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高橋耕平 「史と詩と私と」 京都芸術センター

この1ヶ月に見た中で、忘れられず心にひっかかっている作品がある。
京都芸術センターで開催中の作家ドラフト2014の高橋耕平《史と詩と私と》(しとしとしと)だ。

《史と詩と私と》は約60分(正確には58分56秒)の映像作品で、配布されている解説によれば、2010年に閉校となった作家の母校の姿でグラウンドを整備する男性、音楽室で遊ぶこども、合唱する近隣の高齢者たち(同校OBか)、町長の視察などをカメラで追っている。筋書きのないドキュメンタリなのだが、1時間という長尺を感じさせず最後まで映像を追った。

解説は作品を見た後に読んだので、舞台となっている学校が作家の母校であることや、登場人物の中に作家の両親の姿をとらえていることは後で知った。

そうして解説を読むとタイトルの《史と詩と私と》の意味が分かってくる。
展示会場の京都芸術センターも閉校となった小学校(*)の跡地と校舎をアートスペースとして活用したもので、映像の中の小学校と観賞者である私がいる旧明倫小学校が脳内で重なりあう。京都芸術センターが廃校となった小学校であることは解説を読む前から知っていたので、観賞中に映像中の小学校がどこなのか、自分がいる場所も元は小学校であることは認識しつつ観賞していたし、その意味も考えて映像を見ていた。
*『明治2年(1869年)に下京第三番組小学校として開校した明倫小学校は、平成5年(1993 年に124年の歴史をもって閉校』(京都芸術センター公式サイトより引用)

映像を見ていると否応無しに自分の小学校の記憶が立ち上がってきた。小学校というのは、どこもそれほど違いはないのかもしれない。小さな机、音楽室、木の床(自分の小学校は木であっただろうか、中学は木の床だった)など記憶をたぐりよせるのだ。
考えてみれば学校、特に義務教育の小学校・中学校ほど多くの人が共有する場所はないかもしれない。卒業生と思しき高齢者は幼き頃、在校生として通っていて、卒業後に再び同校に戻り教室で歌を唄う。どれだけ多くの個人の時間が積層しているのだろう。しかし、個人の経験は舞台は同じでもそれぞれ固有の自分史がある。同じようでいて微妙にあるいは大きな差異があるだろう。

画面を見ているうちに、スクリーンが気になってきた。映像前半の一瞬に、スクリーンと映像に写った建物のレンガ壁が重なりスクリーンがレンガ壁でできているような錯覚を覚えた。よくよく見てみるとスクリーンは通常のフラットな状態でないことに気づく。レンガのような長方形と同じ形状が積み重なっているのだった。このスクリーンは一体どうなっているのか?蛇足ながら、観賞者が座る椅子は小学校でよく用いられている木製(風?)のスクールチェアで、身体の大きい人は座面からお尻がはみ出してしまう恐れがある。映像が終わった後、近づいてスクリーンを側面から見ると、こちらも小学校で用いられる机の上面をスクリーンとして横倒しにしたものが積み重なっているのだった。

映像と上映されている展示空間が入れ子になり、更に観賞者や作家、そして映像中の登場人物たちの個人史が層をなしていることに気づくと目眩がしそうになった。まるで、何層も版を重ねた版画のような映像インスタレーション。

「史」と「私」は上記の通りその意図がつかめるのだが、残る「詩」はどこにヒントがあるのだろう。
勝手な想像だが、漢字でなく「ひらがな」でタイトルを読み下すと「しとしとしと」これらも全て同じ音韻の積層である。存外「詩」には意味がなく、この音遊びをしたかっただけなのか。あるいは、映像中にしとしとしと雨の場面があっただろうか。


作家の高橋耕平(敬称略)の作品は過去何度か拝見しているが、本作のような公共/個人と歴史の相互作用を扱い始めたのは最近で、直近では惜しくも見逃してしまったが、同じく京都のギャラリーPARCで発表した「 HARADA-san 」も実在のはらだ氏を撮影取材した約1時間のドキュメンタリー映像だった。関心の変化は母校の閉校が契機になったのか、どんな経緯があるのか知りたい。入れ子構造という魅力的なおまけは失うが、展示場所が映画館で見てもドキュメンタリとして観賞者を引き込む内容だったと思う。ドキュメンタリとして見た時に、音声の問題、冒頭から最後まで音声がやや聞き取りづらかったという点は気になったので今後改善を望みたい。

作家の今後に目が離せなくなってきた。

3月9日まで開催中。
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第116回企画「ラスト・シーン展」 中京大学 C・スクエア

名古屋市内八事にある中京大学名古屋キャンパス内のアートギャラリーC・スクエアが今年の1月25日にキュレーターの森本氏による最後の企画「ラスト・シーン」展を終えた。森本氏の退職(ご定年とのこと)により後継者を採用することなく、この後2つのエンドロール企画(2月17日〜3月1日磯部友孝展「彫欲」、3月3日〜3月17日下平知明展)を残しC・スクエアは終了する。

私のような俄美術ファン(本格的に美術館やギャラリーを巡り始めたのは2006年頃〜)がこのギャラリーの存在を知ったのは6年程前のようだ。ブログ内検索をかけたところ2008年12月に初訪しようとしたが17時に閉館と知らずに行って間に合わず(2007年4月から東京に4年在住)、結局初訪は2009年7月の山田純嗣「絵画をめぐって〜The Pure Land~」だった。当時東京に住んでいたこと、日曜・祝日が休廊で17時閉廊だったためその後も気になりつつも見逃した企画展が多い。2006年以後に開催された過去の企画展はC・スクエアの公式サイトで概要が公開されているが、今の自分からすれば垂涎ものの内容で当時の自分にはこの価値が分からなかったんだなと我が愚かさを叱咤したくなった。
絵画、彫刻、写真、版画、アニメーションなど複数のメディアにわたる企画展を開催しているが、特に写真展の充実ぶりに瞠目する。

公式サイトでは確認できないが1999年にC・スクエア企画展「Underground」を開催した畠山直哉氏も同ギャラリーでの写真展の充実を検証する上で欠かせない。そして本展で再登場の畠山氏による陸前高田の写真14点は私の中で生涯忘れられない記憶として胸に刻まれた。

片側の壁面のみを使用したシンプルかつフラットな展示で写真のサイズはすべて同じ。2012年〜2013年に撮りおろした最新作であった。これまで拝見してきた震災後の畠山氏の写真の中では比較的大きめのサイズで、詳細なプリントサイズは不明だがやや横長の正方形に近く、ギャラリーがC・スクエアなだけにプリントサイズもスクエアなのかとくだらない想像まで浮かんだ程。

IMG_0137.jpg
*主催者の許可を得て撮影

14点の最初の1枚目で「これはもう畠山直哉の写真」だとわかる。2点、3点と横に並ぶ陸前高田は抑制と理性の効いた構図で見事にとらえられていた。水平、垂直、重機、うっすらと煙る空気、湿ったアスファルト道路あげていくときりがない。震災後の東京都写真美術館での個展で公開された陸前高田の写真群はまだ写真家の心の動揺をそのまま具現化していたように思う。あれからわずか約2年。2年という年月で何が変わったのか、時間の流れと変わりゆくもの・変わらないものを写真という媒体を使い鑑賞者に呈示する。卓抜した写真家の思考と目と技術と経験にはどんな言葉も陳腐になる。

観者の思考を強く促し、感情をざわめかせ、細部にわたり凝視し長時間目が離せなくなる写真群。
そして最近ひっかかっていたプリントサイズに関する違和感は畠山氏の写真に一切なかった。プリントサイズの違和感は同タイプのものを対象として同じように撮影しプリントサイズだけ大きくした際に抱くことが多い。見慣れた小サイズを大きくすることで間延びするデメリットはあっても、スケールメリットは見られないことがここ最近いくつかの写真展示であったのだが、サイズを大きくするなら大きさにあった構図・撮影技術が必要であるように思う。

本展最終日に開催されたイベント「ラスト・トーク」には残念ながら参加できなかったが、Twitter上で参加された方@konoike_gumi 様のtweetを拾ってみた。*ご本人の許可なく転載しています。
「3.11以降、僕の人生は全く変わってしまいました。つまり、複雑な人間になってしまった。今まで自分のことはある程度わかったつもりでしたが、全くわからなくなった。芸術で表すべきメタファーと、自分個人に起こった出来事がうまく接続できない。なんとかうまくやれるようになるとは思っているのですが。僕は3.11以降は故郷の陸前高田しか撮っていません。昨日も行ってましたが、唯一廃墟として残っている歩道橋を撮ってきました。変な話ですが、懐かしかった。もう全てが片付けられてまっさらな何もないものしかない中で、廃墟だけが記憶を残している。与論島に取材に行った時に、洗骨、という埋葬の風習を写真に撮ったことがあります。亡くなった人を砂浜に埋葬して白骨になったところで掘り起こすんです。気持ち悪くないのかな、と遺族の方に聞くと、懐かしい、っておっしゃるんです。陸前高田の歩道橋の廃墟を見た時と同じだと思いました。」

14点の写真の中に同じ場所を時期を違えて撮影した2点があった。1点は元あったであろうものが失われた大地でゲートボールらしき球技をしている高齢者の人たちが小さく写っている写真。もう1点は夜のとばりがおりてくる頃、ゲートボールをしていた平地が新たな建築物を建てるために掘り下げられ土中に基礎が設置されつつある状態の写真。出入口からは後者の写真の方が手前にあり、その次(奥に近い)にゲートボールの写真。こうして並べられると事実としてどちらが先なのか観者は混乱する。素直に観ると時系列に並んでいるように思えるが、どう考えてもそれはおかしい。なぜこの順番で2点を設置したのか、今も答えが出ないままもどかしい思いが残っている。


ラスト・シーン展には畠山氏の他に映像作家のかわなかのぶひろ氏、鴻池朋子氏も出展されていた。私が訪問したのは早朝だったのだが、奥のコーナーで観たかわなか氏のレトロ調のエロティックで扇情的な動画もまた忘れがたい。同一空間でこの組み合わせはないだろうという驚きも含めC・スクエアそしてキュレーターの森本氏をはじめ運営委員のみなさまに心より感謝を申し上げます。

後藤靖香 「床書キ原寸」 名村造船所跡地 クリエイティブセンター大阪

床書き

後藤靖香 「床書キ原寸」 名村造船所跡地 クリエイティブセンター大阪4階 11月23日(水)~12月23日(金)
後藤靖香さんのHatena Diary:http://d.hatena.ne.jp/yasuka510/20111201

年内に関西へ行くつもりはなかった。
でも、11月の関西遠征後、名村造船所跡地の製図室と呼ばれるスペースで後藤靖香さんの新作展示があると知り、一旦は諦めたものの、評判を耳にしてやはる行くことにした。

後藤さんの作品はもちろんだが、何と言っても場所性が魅力だった。旧造船所の製図室で後藤さんの作品。
どんな場所なのか、そしてそのスペースに後藤さんの作品がどう向き合うのか、これは画像などではだめで、やはり自分の目と身体で体感したいと強く思ったのだった。

最寄駅は地下鉄四ツ橋線の北加賀谷駅。
加賀などとつくと、てっきり石川県なのか?と誤解しそうだが市内でも海に近い場所になるようだ。
駅から徒歩8分くらいで、旧名村造船所跡地に到着。
敷地内に、内海が注ぎこんでいるではないか。そうか、ここで船を造ってそのまま沖へと出航したのだろう。あり日の姿が浮かぶ。
外階段を上がって、目指す会場は4階。
入った所は、想像以上にだだっ広い空間だった。何しろ60m×20m=1200㎡の大空間。
受付にはボランティア、それとも大阪府の方だろうか?男性がお二人いらっしゃった。なぜか観客は誰もいない。
今回の展示は「おおさかカンバス推進事業」の一貫なのだが、どうも大阪府外での告知が足りないようで、私もtwitterで初めて知った次第。「おおさかカンバス推進事業」とは、大阪のまち全体をアーティストの発表の場として「カンヴァス」に見立て、大阪の新たな都市魅力を創造・発信しようとするもの。専用サイトもしっかり開設されています。:http://osaka-canvas.jp/
なお、この事業大阪府主導です。

前置きが長くなりました。
名村造船所は、造船不況により大阪から佐賀へ移転、その後は日本橋梁株式会社が一時的に原図場として使用していたとのこと。床には、橋梁設計の跡が沢山残っています(下画像)。ひとつの設計が終わるとペンキを塗って、その線を消す。そしてまた設計図を書く、ペンキで消すの繰り返し。この床には船の設計図も間違いなく眠っている。足元に造船の歴史が眠っていると知って、それだけでわくわくしてきました。

橋の設計図

受付で、後藤靖香さんお手製の解説文(A41枚)に「床書き原寸とは・・・」や上記のような会社の歴史、設計にあたっての専門用語、作品に描かれている人物や小道具の説明など、イラスト入りで詳細に案内されています。
この案内文、保存決定です。
また、関連資料となる造船所時代の古写真なども沢山受付に展示されていて、当時の様子を知ることができました。
なるほど、なぜ床書キであって、床描キでないのかが腑に落ちます。

そもそも、ここに来るまで船の設計をCAD発明以前にどうやって行っていたのか、また船を造る手順など、まるで知らなかったので、目から鱗がポロポロと落ちていく落ちていく。

こうして、船の設計についてちょっとお勉強した後に、後藤さんの大作2点と改めて対峙します。作品画像は上記の作家さんのブログに掲載されています。
後藤作品の特徴である黒く太い、力強い描線は健在。キャンバス布を支持体に、裏に木枠なしで帆布のようにぶらさがっています。敢えてここは帆布を支持体にしても良かったかもしれません。

写真で見た原図工の方のポーズがややオーバーアクション気味になっていたり、人物の目線が、ドラマティックになっているなとか、写真そのままではなく、彼女なりにイメージを起こして絵画化しているのだとよく分かります。
人物だけでなく、バッテンと(実物大スケールの線を引くための木製または竹製の長い棒)の厚みやたおやかさ、留釘(バッテンを固定するための釘)の存在感などが目の前にド迫力で迫ります。

原寸ではなく、人物も釘もバッテンも実際より大きくなっているのも後藤流。

後藤靖香さんは広島県のご出身。祖父にあたられる方が特攻隊員で戦争の話をよく聞いていたとか。そんなこともあって、戦争画モチーフの作品で評価を得た作家さん。彼女の描く人物は坊主頭が多いのですが、今回は頭髪がある!
広島の軍港と言えば呉、呉も造船で栄えた街です。
今回の制作にあたり、呉近辺の造船所に見学に行ったりとリサーチもしっかりされた成果が、解説文や作品に現れていました。
そして、1200㎡のスペースに負けない平面作品は彼女なくしては難しかったでしょう。
慾を言えば、あと2点、両面から拝見したかったです。

4階からの景色を眺めつつ、海は呉にもつながっている。もしかすると、名村造船所で造られた船が、祖父の方とも縁があるやもしれないなと想像しながら、会場を後にしました。

海

「さよなら九段下ビル」 九段下ビル3階他

さよなら九段下


「さよなら九段下ビル」 九段下ビル3階他 12月13日(火)~26日(月)
時間:12:00~21:00(※最終日のみ17:00まで)
場所:九段下ビル3階他 〒101-0051 千代田区神田神保町3-4-1九段下ビル3F

出品作家:勝亦かほり・加藤久美子・金田翔・桐生眞輔・久次米毅・田中一平・伯耆田卓助・増田悠紀子

九段下ビル自体の存在をこの展覧会で初めて知った。
1927年に竣工し、九段下のランドマークとなっていた昭和のレトロ建築。その九段下ビルが今年で取り壊しとなり、80年余の歴史に幕を閉じるのを契機に、若手作家による作品展が開催されている。

出品作家は、東京藝術大学先端表現専攻関係者が中心。
写真、ペインティング、オブジェ、などメディアにこだわらない作品が並ぶ。
昭和のレトロビル故、サイトスペシフィックな内容となっていた。特に屋上にある立体作品、私は男根だと思ったけれど、角度を変えてみれば人型にも見える。
ビルの屋上から眼下を眺めるカラーテープで彩られたオブジェが、ちょっと寂しそうだった。

21時まで鑑賞可能、食べる作品もあり。
会社帰りにレトロビルの最後を味わってみるのも良いのではないでしょうか。

自分の足跡を残すことができて私は嬉しかったです。

大坂秩加 「良くいえば健気」 GALLERY MoMo 両国

大坂秩加
「兎に生まれて亀の皮を被る」2011年
acrylic, watercolors, colored pencil, chalk ground on hemp cloth and panel
90.0 x 300.0cm


大坂秩加 「良くいえば健気」 GALLERY MoMo 両国 11月12日~12月10日
作品展示風景(ギャラリーのブログ):http://artmomo.exblog.jp/17148630/

既に会期を終了してしまったが、大坂秩加さんのペインティングによる初個展「良くいえば健気」の感想は書いておきたかった。

毎回思い出から始まってしまうのは悪い癖だけれど、大坂秩加のペインティングを初めて見たのは2009年スパイラルの「ULTRA002」だった。
どういう訳か、その時の作品をあまりよく覚えていないのだけれど、非常に線が美しい作家さんだという印象を持つ。
オーナーからは、版画専攻でペインティング作品は初めて・・・というお話を伺ったというのが朧気な記憶。
昨年、銀座のシロタ画廊で初個展が開催されたがそちらは版画作品のみ。

版画ももちろん良いのだけれど、彼女の美しい線が版画だとどう頑張ってもわずかではあるが太くなってしまう。
彼女の場合は、とことんペインティングを見たかった。

そして、待望のペインティング中心の個展。
水彩、ドローイング、版画含めて約15点。圧巻なのは、個展DMにもなっている《兎に生まれて亀の皮を被る》2011年で、90.0 x 300.0cmという横3mの大作である。
聞けば、夏休み中、大学校舎が節電のため冷房が入らないため、両国のギャラリーでひたすら制作に励んでいたと言いう。

今や、彼女の作品のトレードマークと言っても良いだろう、大根足?が見事にウェーブのような形を形成しており、なぜか浴槽の縁からはローブが垂れ下がっていたり、リボンや布が垂れていたりとブラックな小道具も大坂流。

緻密な描写はますますさえて、銭湯の壁のシミやカビ、そしてモザイクタイルの間の黒ずみ、はては、水風呂コーナー?のみ丸石の浴槽で、石の配置と色の再現がリアルすぎる!
右端に転がっている小さな風呂桶が、そこはかとなく悲しい。
銭湯と言えば、富士山のペンキ絵。これはあまりに上手すぎると逆にリアルさを失うため、あえて手癖を押さえて、ぺたっとした富士山ペンキ絵で舞台道具は準備万端。

ところで、今回の個展での新作は、彼女が観た夢をモチーフにしている。
この個展に合わせて、個展カタログ子『大坂秩加 良くいえば健気』を限定300部で発売。その中に収められているのは、作品画像だけでなく、作品1つに対して1編の文章が寄せられている。
この文章が作家性というのだろうか、本人の個性を表しているように思ったが実の所はどうなのだろう。
夢で見たお話をショートエッセイとしてまとめているのだが、ちょっと詩的なものもあるが、等身大の20代女性の日常や心境を垣間見ることができる。

気になったのは、出展作品のうち《兎に生まれて亀の皮を被る》で観られるような緻密な背景描写、ディテール再現の作品もあれば、粗いタッチで背景を1色か2色でベタ塗りしている、例えば《私はまだ、よく分かりません》といった作品もある、
作家によれば、場所を特定したくない場合にこの背景テクニックを使用しているとのこと。タッチの粗さで場所の特定、不特定性を出すのは難しい。

大坂作品に共通する、ちょっと暗くて不気味な感じと、あっけらかんとした20代女性の感性が共存している点がとても面白かった。

興梠優護 「boiling point」  CASHI°

興梠優護
「/ 03」 H1621xW1303mm (F100) 2011 oil on canvas

興梠優護 「boiling point」  CASHI° 2011年12月2日(金)~12月24日(土)
http://cashi.jp/lang/ja/exhibition/995.html
興梠優護(artistサイト):http://oguy.jp/index.html

馬喰町のCASHI°で、興梠優護(こおろぎ・ゆうご)が2年ぶりの個展(2010年にGallery Art Compositionで個展「火|花」開催)に行ってきました。

随分前から見知った作家のような気がしているが、個展を拝見するのはこれが初めてということに自分自身でも驚いている。
デビュー当初のソフトクリームのように蕩けるようなヌードシリーズ(「l<エル>シリーズ」)が記憶に残っていたが、アートフェア大阪で版画作品を、文化村ギャラリーでヌード像を一新した「火」をイメージした作品を観てのち、高橋コレクションのヌードモチーフの油彩に戻って、彼の作品(「l」シリーズ)にりつかれてしまった。

以前このブログにも書いたと思うが、高橋コレクションに入っているヌードを観た時、老いることが怖くなくなった。
こんな風に肌が溶けて老いていくのなら、それはそれで良いのではないか、朽ち果てていくその姿もまた美しいかもしれないと思わせた。実際は、溶けるのではなく、しわしわになってたるんでいくのだから、現実は残酷だ。

昨年の「火」をモチーフにした作品は、彼の肉親が亡くなった際の思い、経験を昇華したもので、これまでのヌードモチーフから一転して、黒を主体とした激しい色遣いと具象と抽象の間を彷徨うような、また、これまでになく写真的な要素を持ち合わせた作品(smokuシリーズ)だった。作品画像は作家のサイトをご参照ください。→ こちら

そして迎えた今回の個展。興梠優護は、またも新しい一面を見せてくれている。
モチーフは2種類。ひとつはヌード、そしてもう一つは口の中。後者は、口シリーズとされている。
口シリーズはこれまでにもグループ展、個展で発表されている。
新しい側面というのは、ヌードモチーフの作品の色彩がより彩度が高くなり、かつて観たことのない蛍光グリーンやピンクを背景色にした作品を登場させたことだ。

また、蕩けるような皮膚は上から下に流れ落ちていたが、新作シリーズ(スラッシュ/シリーズ)では、画面から蒸気のように気体化したものが浮遊している。
2年前の個展は「melting point」、今回は「boiling point」。
起点作は、ギャラリーの最奥にひっそりと展示されている。画像は作家サイトのトップ最上段にあるもの。
タイトルは個展タイトルそのまま「boiling point」H530xW455mm (F10)2011年。

smokeシリーズの名残を中央の一部に留め、背景色は黒だが、下地に何色かを重ねているのはキャンバスの脇を見ると分かる。沸点(boiling point)というより、発火点に近いイメージだが、ここから派生して、スラッシュシリーズが始まっていく点は実に興味深い。
スラッシュシリーズでは、後に続く番号が大きいほど、制作が新しくなるが、最新作ではこれまで以上の抽象化が進んでいる。抽象化が今後どう画面上に進むのかは分からないが、/シリーズを制作していく過程において、抽象化の進行と画面構成のはざまで迷いがあるように感じた。

個展に先立ちスパイラルの「ULTRA004」ノーベンバーサイドで出展していた「/02」では、これまでにない淡い色調の背景と画面に浮遊する白い斑状のものが付されており、こちらの方が「沸点」のイメージに近い。
近づいて絵肌を確かめると、遠目ではフラットに見えていたが、実際は少しずつテクスチャーやニュアンスの付け方が違っていて、様々なテクニックが多用されているとのこと。
実際にざらつき感やつるっとした画面の部分など、それぞれ触って確かめたくなる衝動に駆られる。

淡い色調で軽さがあるので、塗りは薄いかと思いきや、実際は何層にも塗り重ねられていてこちらの想像以上に絵の具層
は厚かった。不思議なことに淡い色調な背景を使っているのはこの作品だけ。元々、肌色の色相の使い方は抜群に上手く、作家も扱いやすいのだろう。同じような扱いやすい色として黒が挙げられる。
ところが、蛍光グリーンのような軽く明るい色の作品を仕上げるのには、相当手こずったのか、「/03」(トップ画像)でピンクを使って後は、再び得意の黒背景に戻っているのは惜しまれる。

「/03」と同じく黒、白、緑、赤など捕色関係にある色だけを使った、怒りもしくは情熱を感じさせる作品などは非常に力強く、メランコリックな雰囲気が漂う。

口シリーズも作家が関心を持つ皮膚へのアプローチの延長線上にあり、むしろこちらの方がストレートに皮膚感覚を鑑賞者に与える。ここでは赤と肌色系統の色相グラデーションを巧みに操る。口の巨大なアップは、こちらが食われそうで怖かった。

モチーフとしての皮膚、触覚的なテクスチャー、興梠作品は鮮やかな目で触れる絵画へと進化していた。そして、この進化は今後も続くと信じている。

*12月21日AM1:35に加筆。

八木 良太 展 「高次からの眺め」 無人島プロダクション

高次からの眺め

八木 良太 展 「高次からの眺め」 無人島プロダクション 
10月30日(日)ー11月19日(土)、11月29日(火)ー12月17日(土)
http://www.mujin-to.com/press/lyotayagi_2011.htm

横浜トリエンナーレ2011での出展も記憶に新しい八木良太の個展へ行って来ました。
旧作も一部ありますが、ほとんどが新作です。

個展タイトル「高次からの眺め」は、作家のかねてからの関心事である「高次元領域」から由来している。
一次元を「線」、二次元を「平面」、そして我々が生活する領域が縦、横、高さからなる三次元とすると、その先の四次元世界、三次元+αのαを「時間」とする考えもあるが、学術的には「時間」ではないという。

八木良太が作品を通して我々に提示する世界は、これまでも存在はしているが日常では認知できないものが含まれていた。
例えば、≪氷のレコード」≫、≪Portamento≫といった作品では、作品を通して初めて知る音や物を提供してくれた。

本展では、この日常では認知できない領域について更に踏み込んだ作品が多く見られた。

最初に目に入って、そしてやっぱり気になって最後に戻ってきたのが≪Chain Reaction≫2011年。
鉄球5個?を四列均等に上からテグスで白い直方体の台座の上に吊り下げた作品。そのうちの1つの球を持ちあげて手を離すと、カチカチと鉄球同士がぶつかり、気持ちの良い音を奏でる。そして、鉄球同士がはじかれて一斉に動き出し、やがて重力に耐えかねたように力尽き、寄り添うように元の形に戻って行く様に心惹かれる。
単純な構造であるにもかかわらず、ある一定のリズムと規則をもった動きに安堵を感じるからだろうか。

カチカチと鉄球の音が響く中、展示空間にもうひとつ、時を奏でる音があることに気付いた。
≪common sense(time)≫2011年(下画像) カチカチと鉄球と良く似た音、アナログ時計の秒針の音で時の経過を告げる。
音の発信源をみやると、石膏で一部固められた小さなカセットプレーヤーがあった。
石膏部分はカセットプレーヤーの再生、停止、電源ボタン。
操作できるのは音量つまみだけ。
永遠とも思われる時間の作品化と言ってしまえば簡単だが、寧ろ時間の流れを我々は操作できない、抗えない、ことを告げているように感じた。

高次2
*ギャラリーの許可を得て撮影、掲載しています。

壁面展示の平面作品≪CD≫2011年は、レコード、カセットテープ、と続く音声記録媒体シリーズ(勝手に命名)の第三弾というべきか、CDを剥離して、キャンバスに造形的に貼ったもの。
剥離したCDは照明や鑑賞者の見る位置により、光の反射が異なり、様々な表情を見せる。
100年後、200年後、この作品を見る人々にこれが「CD」と言われてCD現物そのものを想起できるだろうか?
記録媒体の記録的意味合いを持つ興味深い作品だった。

極めつけは、≪Passage≫2011年
作品タイトル「Passage」は、音楽の楽節、通路、(時・季節などの)経過、(体内の)導管などの意味を持つ多義語。
八木は、これをどんな意味合いで使用したのか気になった。
白い台座一面に小さなLEDライトがはめ込まれ、その傍らにデジカメがある。
LEDライトが明滅し、デジカメでその状態を写し液晶で眺めたら・・・そこには驚くべき世界があった。
これぞ、まさしく高次からの眺めとしか言いようがない。
シャッタースピードとLEDの明滅のタイムラグを利用しての作品だと思うが、それにしてもこの液晶から見える世界の不思議さ、美しさを表現する言葉が見つからない。

本展タイトルをそのまま作品名とした≪高次元からの眺め≫2011年、冒頭の≪Chain Reaction≫の原案であった≪無重力の雨≫2011年などを用いて、空間全体が高次元の世界を垣間見せてくれるインスタレーションとなっていた。
この中にいる束の間、現実の三次元界から解き離たれることができた。

森淳一展 「trinitite」 ミヅマアートギャラリー

森淳一展 「trinitite」 ミヅマアートギャラリー 11月24日~12月24日
http://mizuma-art.co.jp/exhibition/1319181804.php

ミヅマアートギャラリーでの初個展となる森淳一 「trinitite」(トリニタイト)に行って来ました。

森淳一は1965年長崎県生まれ、1996年に東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了、現在は同大学の准教授を務める。
私が森淳一を初めて知ったのは、昨年開催された東京都現代美術館の「MOTアニュアル2010」。極めて精緻な木彫は超絶技巧と言っても良いだろう、そして非常に美しく妖しげな紋様を浮かびあがらせていた。

以来、展示があるたびに拝見している。直近では、東京藝術大学美術館で今秋開催された「彫刻の時間 ―継承と展開―」展で2階最奥の展示が忘れられない。そして、この「彫刻の時間 ―継承と展開―」展で拝見した作品は、本展の序章であったことが今にして分かった。

本展タイトルの「trinitite」(トリニタイト)は、、1945年にアメリカで行われた人類初の核実験、トリニティ実験の際に生成された人工鉱物の名称を指している。この実験で使用された爆弾と同系のものが同年、長崎に投下された。長崎に生まれ育った森にとって、原爆は決して歴史の中の事件ではなく、目を逸らすことのできない現実として常に彼の傍らに影のように存在し、影響を与えてきたという。~ギャラリーサイトより引用

さて、ギャラリーの展示空間に入って、まず息を呑んだ。
中央にあった大きな三位一体像の木彫<trinity>。柿渋で着彩されたその木肌は何とも言えない古色を醸し出している。
そして、その姿こそしっかと目に焼き付けるべきだろう。
1945年の長崎原爆投下の一瞬が目の前にあった。
爆風により衣服はもちろんのこと、皮膚も髪も全てが灰塵と帰さんとする刹那が見事に彫刻の名のもとに表出されている。

近づいてみると、無数の穴があいていて、空洞の中がちらりと見える。
完全な一木造であると分かった。台座の扱いも抜群に上手く像と台座が切り離しがたい、まるで台座から像が生えているかのような作りをしている。
またしても絶技とも言える彫りの冴えを見せつける、そして技だけでなく、像から溢れるイメージや精神性、崇高性にひれ伏したくなるような感慨があった。

顔だけが3方向に分かれたまま、ひとつとなっている。
そう、前記の「彫刻の時間 ―継承と展開―」展に、同じ構造の頭蓋骨の作品があったことを思い出す。
作家によれな、藝大美術館で展示した作品が今回のドローイング的な役割を果たしたのだという。骨格から制作を始め、肉付けしていく過程を経たと考えてよいのだろうか。
本作は、ケルンのKolumba Kunstmuseum所蔵17世紀の木彫、三位一体像から着想を得ており、森はティルマンスの写真集『Wolfgang Tillmans』 :Yale(University Press・2006/6/30)の表紙(以下)に使用されている同像を見て着想を得たというが、オリジナルを超え、完全な森淳一の世界を創出している。

ティルマンス

振り向けば、<trinity>が向いている正面の壁面上に、一羽の鳩が静止している。こちらも風化した瞬間を留めて設置したもの。

奥の畳スペースにはセラミックのマリアの顔像<shadow>が置かれていた。
どこまでも深い瞳の洞は、底知れぬ闇を湛えているようで、モチーフは、長崎の浦上教会に残る「被爆マリア」。こちらも東松照明だったか、似たようなイメージの写真を見た記憶がある。
また、その隣には長崎の海岸でしか採取されない貝の一種を使っての彫刻。こちらも骨をイメージさせる素材に、銀歯が取り付けられており、同じく原爆による被爆の痕跡をイメージさせた。

また、今回は木彫だけでなく、新たに油彩や写真といった分野にも挑戦している。
特に写真は実際にある風景を撮影したのではなく、模型を制作して疑似的な場面を創り出し、それを写真撮影しているとのこと。雪景色の中の風景にしか見えない。しかし、一見おとぎ話の一場面のように見えるが、実はトリニティ実験で使用された原子爆弾研究所を模した。

複数の表現手段を用いて時系列で長崎への原爆投下を展示空間に創出していた。
素晴らしい展示でした。

内海聖史 『シンプルなゲーム』 void+

内海聖史『シンプルなゲーム』 void+ 11月11日(金)~12月10日(土)
http://www.voidplus.jp/satoshi-uchiumi-simple-game/

内海聖史(うちうみ さとし)さんの個展、今年の4月のギャラリエANDO(渋谷)「さくらのなかりせば」に続き、本年2度目の個展開催です。
作家プロフィールはこちら

本個展では重要な命題があった。
「完璧なホワイトキューブでの個展機会を得ることになった。画家として、作家としてどうするか?」

直球ど真ん中で行くか、カーブでかわしてみるか、制約のない展示環境を得られた時、如何にその空間を活用するのかことに真摯に考えた結果を本展では見せてくれている。

通常の個展では考えられないような開催期間中週に1回の展示替えが行われる。
メイン会場の真っ白なほぼ立方体のような部屋は天井に照明がなく、邪魔な柱も梁もない。
そして、サブ会場に応接セットがあるスペースの最奥壁面があてられている。
この2つの展示スペースを1軍と呼び、応接セットのあるサブ会場の他の壁面には、出番を待った控え投手さながらの作品達が置かれていた。

様々なプランが泉のごとく湧出た結果、今回は上記のような週1度の展示替えを行い、作家は「絵画とは何か」を思考しつつ、非常に実験的かつチャレンジングな展示を見せてくれた。

星型のキャンバスに描かれた絵画を観たことがあるだろうか?

私は本展第3週目に≪Star≫と題された赤ベース、青ベースの星型キャンバスに描かれた作品を観た。
矩形の壁面にピタリと展示された≪Star≫は、これまでの作品とは違って、色よりもキャンバスの形に意識と注意が観た瞬間一斉に流れ込むのがよく分かった。
私の中での絵画の形、固定観念は基本的に矩形、あっても円形キャンバスくらい。少し前にWAKO WORKS OF ARTで、矩形キャンバスの下部が詰め物か何かで両脇こぶのように膨らんでいたのを覚えている程度。

固定概念を超越した星型(五茫星)は、単独でのフォームの意味合いを考えてしまった。そして、フィールド自体が意味を持ち始めた途端、私の関心は色彩から遠のき形へと向かう。
それによって、これまでの作品の見方と明らかに違う信号が脳内に発信されていた。

これも作家にとっては想定済みのこと。
分かっていながら、敢えて鑑賞者に「星型キャンバスでの作品はいかがでしょう?」と問い掛けられているような。

元々絵画は洞窟壁画から始まり、建築空間、展示空間に合わせて、基本的に矩形キャンバスを使用するのが一般的。
12月9日の「アーティスト・トーク」内海聖史 x 笠原出(美術家)、中村ケンゴ(美術家)、松山賢(美術家)は、対談相手の絶妙な突っ込みと質問が上手く噛み合って、面白い内容だった。

トークの中で、「内海さんの作品は作家の内部からではなく、展示空間は言うまでもなく季節感を考慮した、古典的技法や考え方を軽さをまとうように提示」という中村氏はじめ作家以外の3名の方々からのコメントがあり、納得が行った。
ストイックなまでにシンプルな技法ではあるが、非常に手数のかかる作業は表に見えないように、完成作は軽やかに鑑賞者の前に登場する。


そして、作家の関心は色、絵の具、その材料となっている顔料にある。
好例となる逸話があり、ヨーロッパなど諸外国のオールドマスターや名品を前に出た感想は、「絵の具の色がいい。」!
とコンセプトやストーリー性はみないということに驚いた。

この作家にとって絵画とは色を見せる、色を感じてもらうための装置なのではないか。

個展初日に絵の具のお話を伺ったところ、同じ色番号でもメーカーが異なっただけで色のニュアンスが変わる、その絵の具の色の違いを利用して色のグラデーションが制作されている。

衝撃の星型キャンバスを見詰めつつ、視線がキャンバスの中をさまよう。

星の中には綿棒を押すことで作られた無数の点が何ものにも見えないように注意深く構成された画面で輝く。

気が付いた時には最終周。
ゲームにはまると時間の経過になかなか気付かない。
チャレンジングな作家の掌の上でころころと転がされた自分に気付いた。

「イコノフォビア -図像の誘惑と恐怖-」 愛知県美術館ギャラリー G1、G2室

「イコノフォビア -図像の誘惑と恐怖-」 愛知県美術館ギャラリー G1、G2室 11月29日~12月4日
http://iconophobia.net/

〈イコノフォビア〉。この耳慣れない言葉なのに、一度耳にするとなかなか離れがたい記憶に残る。「イコン(図像)」と「フォビア(恐怖症)」を組み合わせた言葉だという。
本展は、魅了されるがゆえ、時に恐怖さえ与えるやもしれない図像を生み出す9名の作家によるグループ展。
出品作家:阿部大介/池奈千江/鷹野健/高橋耕平/田口健太/坂本夏子/二艘木洋行/水戸部七絵/qp

出品作家は版を扱う作家(版画や写真を使用する)とそれ以外の平面作家とに大別される。
まず、版を使わない作家から。
・池奈千江 1977 愛知県生まれ 2003 愛知県立芸術大学院美術研究科油画専攻修了
彼女の油彩は非常に絵具が薄い。薄すぎて、ベールががかったような淡さ。
描かれているのは主に少女像。全身もしくは肖像画であるが、最小限の色味と線で、軽く薄く、儚く、ふわふわと画面をモチーフが漂っているかのよう。
そんな印象を一番体現していたのは≪sleep≫2011年 眠りと題されたこの作品は、「死」もまた永遠の眠りとされるのを踏まえた上で制作されたのだろうか。
生きているのか亡くなっているのか分からない、宙に浮かんだ寝姿はやはり死の予感を感じずにはいられない。

画像は、≪round≫2011年。写真撮影にはこの作品の方が向いていたので敢えて別作品を掲載。実際に目で観ないと、絵具のニュアンスは分からないだろう。
ike

彼女は名古屋市瑞穂区蜜柑山にあるSee Sae Gallery+Cafeにて12月17日まで個展を開催中。
詳細 → こちら

・水戸部七絵 1988? 神奈川県生まれ 2010 名古屋造形大学卒業
薄付きの油彩の隣に、ごりごりに濃厚かつ絵具がてんこ盛りされた作品が登場。とにかく強烈なインパクト。
絵具のてんこ盛り作家は結構見かけるけれど、水戸部(敬称略)の作品は、破たんと絶妙な画像解釈との間のギリギリの所に位置している。一歩間違うと、作品は崩壊寸前の危機にある程の破壊力を有するが、上手く均衡が取れている作品は、何にもまして力があると同時に存在感と面白さがある。
まだまだ未知数であることは、モチーフからも察せられ、絵具のチューブのような具象もあれば、タイトルは≪東京メトロ≫(下画像)なのに、メトロはどこなの?と探したくなるような抽象とが混在。
mitobe

mitobe2

作家のサイト(以下)を観ると、絵本にも関心があるという。ところで、このサイトのトップ画像も良いですね。
http://nanaemitobe.com/ 注:トップ画面は音楽が付き
今後が楽しみな作家。

・二艘木洋行 1983年生まれ 
お描き掲示板での描画を2005年より始め今日に至る。
デジタルアートの一種なのかと思いきや、手描きの水彩ドローイングもある。水江未来さんのアニメーションのような。
nisougi

月並みな表現で申し訳ないが、ポップでカラフル、オートマティスムを思わせる自由奔放な描線が特徴。
まさにお描きというのがピッタリだが、バラバラに見えつつも全作品を通しての統一感と作家のオリジナリティがある。
アニメーションなどに向いているように思うが、その方面にご関心はないのだろうか。
オリジナリティ要素のひとつに、作家サインがある。画面対比のサインの大きさはかなりのもの。中には画面の中心に名前が入っているものがあったり、レタリングとして観ても面白い。
タイトルは「梨」。untitledのダジャレ。
子供のような絵、かのパウル・クレーもそう評されることがあったが、大人の描く子供のような絵ほど怖いものはない。
作家サイト → http://unknownpop.com/about.html

・坂本夏子 1983 熊本市に生まれ 現在、愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士後期課程在学中
出品作家として、もっとも著名なのは彼女だろう。
2010年のVOCA展、国立国際美術館で開催された「絵画の庭」展など展覧会での作品発表の機会を得ている。
今回出品された2点は、最初2011年制作とあったので新作と思いきや、1点は今年2月に開催された「アイチ・ジーン」豊田市美術館会場で、もう1点は同じく「アイチ・ジーン」愛知県芸術大学芸術資料館で展示された作品らしい。

未見作は「Octopus Restaurant」で、空中に蛸が浮かび、相変わらずどこまで続くのかという程、奥行きが深い。
sakamoto

画面の中央に向かえば向かう程、細胞のような壁面が密になっていく様子には恐怖を覚える。まるで壁という壁が全て細胞で、触手を伸ばしてくるような。

そして、こんなに濃密な画面と構成を考える坂本夏子という作家にも畏怖を覚える。

・qp
詳細不明。作家サイトは発見。前記の二艘木氏とのつながりがあるよう。
アンタイトルで紙にインク、その上から保護用なのか光沢を出すためなのかニス塗りされている。
こちらもお描きに近しく、モチーフに性的描写が多いのが特徴。色づかいに特徴がある。小画面が多く、これが大画面になったらどうなるのだろうと思った。扱いきれるか。
qp

次に版表現の作家へ。

・阿部大介 1977 京都生まれ 2004 愛知県立芸術大学大学院美術研究科 修了
本展企画にも携わっている。アイチ・ジーンでは、版を利用した立体作品が印象に残っているが、今年の春のアインソフディスパッチでの個展頃から平面版画へ回帰。
本展でもトナーを利用した銅版画≪to the mass≫15枚組を展示。ストロークの痕跡が感じられるモノトーンの版表現はストイックで書のようでもあった。
abe

・田口健太 1980 長崎生まれ 2009 愛知県立芸術大学 大学院 美術研究科 美術専攻 油画・版画領域 修了
写真であって版でもある。
そう評するのは適切だろうか。技法については以下作家のサイトに詳述されている。以下。
http://kenta-taguchi.net/
ほぼ同じ少女の顔が4つ並ぶが、光の当たり方が違う。そして、その表情や顔付きも同じようだが微妙に違いを持っているような気がする。
4点の少女ドローイングをフィルムに行い、現像し写真化されたものが作品として展示されている。*画像は3点ですが本当は4点並ぶ。
taguchi

作品の印象を決めるのは、ドローイングだろう。
どこまで、魅力的な像を描けるか。光のニュアンスはその次の段階にあるのではないか。
観者の目は、最初図像全体に行き渡り、光の当たり具合などの細部への配りは次段階にある。

・鷹野健 1980 神奈川県生まれ 2005年愛知県立芸術大学大学院油画専攻修了
石膏に版を転写?する作品。
石膏の白の上に、版のインクが溶けだすようなにじみを見せる。
takano

陽炎もしくは過去の幻影を観ている気がした。版も写真も記録を残す手段のひとつであることを思い出した。
作家の公式サイト:http://www.ttakano.com/

・高橋耕平 1977 京都生まれ 2002 京都精華大学大学院芸術研究科修了
大学で版画と写真を学ばれたという。
2点の写真を使用した作品≪object≫(a man)シリーズは、一見真っ黒な画面なのだが、よくよく目を凝らすと、じんわりと人の顔らしき像が浮かぶ。
写真に油性インクを使用したまだら模様のポートレートが11点並ぶその下に1点の映像作品が。
家族にまつわる思い出話を2人の男性が池を背景に数十秒ずらして全く同一の台詞を語る作品。
音声の「ズレ」がポイントなのだが、声は声色という例えがあるように色の役割をし、支持体となる紙の代わりが画像で、映像による版表現であった。10人が同様にズレをもって発話したら10色の多色刷りとなるのか。
takahasi

彼も現在京都にて「パズルと反芻」と題した2人展を開催中。こちらは12月23日まで。
詳細 → こちら

版表現の違いに焦点を当て画像の扱いを見せるなら、山田純嗣さんの作品があればより面白かったに違いない。

9名による図像操作に翻弄されつつ楽しめるグループ展だった。

*写真は主催者の許可を得て撮影。
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