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あいちトリエンナーレ2013 五十嵐太郎芸術監督 就任記者会見

「あいちトリエンナーレ2013」の芸術監督に就任された五十嵐太郎氏の記者会見が、2011年8月4日14時~開催されました。
会見の内容をtwitter上での、@Aichi_Triennale(あいちトリエンナーレ公式アカウント)さんによる呟きを転載しました(以下)。
実際に呟いておられたのは@apmoaの中の方です(愛知県美術館のアカウント)。実況ツイート大変だったことと思います。中継を見られなかったものにとって、大変ありがたいツイートでした。


まずは芸術監督選考方法について。

司会「7/1に芸術監督選考委員会を設置し、7/21に開催された選考委員会から五十嵐さんを候補者として推薦を受け、7/28にあいちトリエンナーレ実行委員会で五十嵐芸術監督を決定、8/1に就任いただいた。」

続いて選考理由について芸術監督選考委員会・馬場駿吉委員長からお話。http://www.ustream.tv/channel/aichitriennale(注:配信は終了)

<馬場委員長>
「3つの選考条件として、美術と舞台芸術との複合性を踏まえた新しい国際展ができること/現代美術を基軸に総合性、複合性、祝祭性等愛知の独自性を踏まえつつ世界にアピールできること/愛知の学芸スタッフ、芸術系の大学や団体と連携できることを挙げた。次回、従来のスタイルに捕われず新しい国際展を提示するためには、都市、建築を専門としつつ、美術にも造詣の深い五十嵐さんなら清新なトリエンナーレができるのではと考えた。」

<五十嵐監督>
大きな成功をおさめた第一回のあいちトリエンナーレの次となる第二回の芸術監督ということで、非常に大きな責務だと感じている。具体的なコンセプトはもう少し先になるが、抱負やコメント、想いをお話しできればと思っている。
基本的に第一回とは全然違うものを作るというのではなく、その長所を継承発展していきたい。ただ、建築が専門の僕が選ばれたということは大きなメッセージになっていると思っている。
自分の立場や得意分野を生かした新機軸や、東日本大震災などの時代性を織り込むことを考えていきたい。

第一回に鑑賞者として訪れた自分が楽しめたように、会期中にまた訪れたくなるようなトリエンナーレにしたい。
一方で、国内においても最大規模の国際展なのだから、わかりやすさ、親しみやすさのある作品も必要だと思う。

前回建畠さんが掲げられた最先端の現代美術の紹介は、やはり国際展にとって重要な方針だと思う。それは見たことがないもの、実験的なもの、世界初の出来事に遭遇する悦びをもたらすだろう。

アートとは、異なる価値観を同時に提出し、われわれの思考と感性を揺さぶるものだ。そしてトリエンナーレは新しい才能、若手の作家を積極的に発掘していく挑戦的な機会も提供する。
ある意味日本社会が安定志向で硬直しかねない状況で、こういうチャレンジングなことは重要だと思っている。

前衛と大衆性は矛盾するように思われるかもしれないが、僕個人がやってきたことでも、例えば現代建築の評論で非常に前衛的なものを高く評価している一方で、例えば結婚式教会についての研究をするなどしている。

(街の力を引き出すことについて)

<五十嵐監督>
前回、とくに印象的だったのは、トリエンナーレが街に染みだしていくような祝祭的な風景である。長者町モデルとでも言うべき、市民と一緒になって、また教育機関と連携しながら、さらなるまちなか展開の拡大をめざしたい。
そのような展開が、名古屋、そして愛知の魅力を新たに創造するだけではなく、新しい箱ものを作らなくても、すでにそこにあるものの良さを再発見し、都市を活性化させていく契機になればと思っている。

まちなか展開のなかでは、美術館の中とは違う、ここでしか体験できない固有の空間を作って行く、そして場所の力を引き出していくということができると思う。またそこでは僕の専門分野も大きな役割を果たすだろうと思う。

東日本大震災以降、アートに何ができるか、という議論がある。むろん即効薬にはならない。だが、アートは何気ない現在の日常の豊かさへの気付きをもたらし、ときには未来に向かって生きて行く希望を与える。

作品は必ずしも直接的に震災への対応を表現する必要はない。ただ、こういうものを通奏低音として考えていくのは、311以後の日本において本格的に開催される国際展として世界にメッセージを発信して行くためには重要なファクターだと考えている。

<続いて質疑>

質問「街中展開の拡大というのは具体的には?」
五十嵐監督「エリアや場所は増やすことも考えたいが、現時点では具体的な場所は確定していないしまだ時間が必要。大学などの教育機関は重要な力になるので、連携はしていきたい」

質問「引き受けた理由は?また準備期間にどういうことをやっていくのか、構想があれば。」

五十嵐監督「大役ですが、僕を選んでいただいたことがメッセージなんだと思っている。建築の専門家なので、僕自身も最初驚いた。この地方での大学講師が初めての仕事だったこともあり、名古屋での人脈のおかげで今の自分があるという意味で、愛知への恩返しがしたい。」

五十嵐監督「準備期間は前回同様イベントなど検討したい。一回目はゼロからで大変だったと思うが、その成果が残っている。長者町に壁画が残っていたりイベントが継続していたり、なかば自然発生的にも生まれていて、そういうものへのサポートも継続的にできればと思う。」

質問「前回名古屋市内に限られていたが、全県的なものにするという考えはあるか?」

五十嵐監督「もちろん広がりはあった方がいいと思うが、現時点では具体的には話ができない。実行する人間の数も予算も限られているが、その中で検討していきたい。」

質問「名古屋の街は面白い建築的要素が沢山含まれているが新しい建築物をつくる予定は?」

五十嵐監督「新しい建物をつくるのはさすがに無理だと思う(笑)。ただ、芸文センターのような複合施設はあまりなく、第一回を見て、この箱の力が引き出されているなと思った。」


以下は、就任会見のツイートを拝見しての感想です。

五十嵐監督のお話の中で、個人的に感銘した箇所だけ太字にさせていただきました。
馬場委員長のお話にあった、芸術監督の3つの選考基準は実に明確で、納得できるものです。
そして、この条件で選考した結果、五十嵐氏の就任は何の異存もないどころか、心から応援したいと思います。

前回のあいトリも芸術監督は日本人の建畠氏でしたが、作家選考を行うなど手足となったシニアキュレーターは海外から4名招聘されていたと記憶している。あいトリは美術と舞台芸術、映像の祭典なので、各分野の専門キュレーターを配しており、その点が評価できた。
抱負でも語られておられたように、日本における国際展として、どんなことを発信できるのか、またどんな出会いや体験があるのか、心待ちにしたい。
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山川冬樹 Pneumonia. あいちトリエンナーレ2010

あいちトリエンナーレもついに明日で閉幕。
台風到来でどうなることかと思ったけれど、山川冬樹のパフォーマンス「Pneumonia」(ニューモニア)を観て来ました。

山川さんといえば、東京都現代美術館の常設展で拝見した映像作品「the voice over」。これに感動したのを契機に、今回のパフォーマンスも予約した。

パフォーマンスってどんなことをするのだろう。。。

今回の「Pneumonia」は新作で直訳すると肺炎という意味だが、閉塞する肉体及び精神の2つの意味を象徴的に表す。

差程広くない会場には、天井から13個の透明な風船と風船には人の顔写真が付いている。
パフォーマンスが始まると同時に会場の照明は真っ暗になり、山川さんの登場とともに、場内には呼吸音や鼓動の音が流れる。
上演後のアフタートークで分かったのだが、息を吸うと照明が明るくなり、吐くと暗くなるようにシステム化されている。

そして、山川さんとの共演者には、名古屋市内の病院でかつて使用されていたという人工呼吸器:ピューリタンベネット7200A、略してピューちゃんが動き始め、語り出す。
山川さんは、最初水中土木作業用のヘルメットをかぶり登場。

閉塞された日本社会の象徴とも言える放送禁止歌とヨイトマケの歌の二曲を披露。
ピューちゃんは歌を忘れたカナリアを機械音声で歌う。

山川さんはアジア中央部に伝わる伝統歌唱ホーメイの名手、そのだみ声で唸るようなコブシで朗々と歌を紡ぐ。
本人曰く、ホーメイの歌唱法はどこか懐かしいものがある、とのことだったが、私にも言わんとする所は伝わって来た。

中盤は演劇的要素が見えてくる。山川さんの実弟山川史門さんが登場。場内にはお二人の祖父の写真が左右に投影され、2人でおじい様についての思い出語りがされる。
史門さん「自分が割ってしまった風船を元に戻そうと息を吹き込もうとしていたお爺さんのことを覚えている。」

山川さんの作品ではよく家族がとりあげられるが、亡くなった家族へのオマージュという気持ちはないと言う。むしろ、「声」についての思いが強い。父や祖父から遺伝子的に受け継がれた自分の声、歌を歌うことで、精神も肉体も解放される、だからこそ歌いたい。歌う理由を探している。と語られていた。そして、ピューちゃんは、これまで多くの人々に呼吸を与え命をつないで来た。その存在にも歴史を感じると。

タイトルの肺炎によって、おじい様は亡くなられた。途中、本物の豚の肺をお肉屋さんが運んで来て、小道具として使用される。今回の舞台にあたって、この肺のホルモン:フワをどうしても事前に食しておきたかった山川さんは、名古屋市内のホルモン料理店でついにフワを料理してくれる店をキュレーターに探してもらうように依頼した。
肺と声、身体、呼吸との関係をフワの臓物を前に語る。
フワにチューブを差し込み、これも画面に投影。空気を入れてふくらませたりする様子を映し出す。呼吸のイメージ増幅。

エンディングは、13の風船に入った空気を自分の体内に入れつつ歌う。
山川さんは、ギターをかきならしつつ、シンバルは脚で蹴り上げる。

最後にピューちゃんが、ピーっという音をもっいぇ、暗転。舞台は終了した。

私の中でなんだか凄いものを観てしまったという感動がじわじわと湧き上がる。
歌いたくてたまらない山川さんのホーメイの歌声は、宗教的なものを感じた。

明日も公演があります。当日券があれば、是非ご鑑賞をオススメ致します。

あいちトリエンナーレ2010 現代美術展企画コンペ 「中川運河-忘れ去られた都市の風景」

「あいちトリエンナーレ2010」の続報です。

「あいちトリエンナーレ2010」では、応募総数204企画(国内139企画、海外24カ国65企画)から9企画を選定して、愛知芸術文化センターアートスペース(G、H、X)の各会場で3期にわたって展示を行っています。

また同企画で長者町会場においても応募総数300を超える作品展示数の中から。12案を長者町各所で展示。こちらは、展示作品によって、展示場所も異なるので開催場所については公式サイトをご確認ください。

今回は愛知芸術センターアートスペースX(愛知芸術文化センター地下2階)で10月31日まで開催中の「中川運河-忘れ去られた都市の風景」についての感想です。この展示、良かった。テーマの選定と映像作品が上手く噛み合って、じ~んと来ます。

キュレーターは田中由紀子、参加アーティストは、平川祐樹、水野勝規、吉田知古の3名。
吉田は写真、平川と水野は映像作品を発表。水野の場合、映像だけでなく、映像作品を使用したインスタレーション作品も展示していた。

中川運河は、名古屋の人なら大方知っているに違いない。Wikipediaによれば、「名古屋港が国際貿易港となるためには鉄道で運ばれた貨物を港まで運ぶ運河が必要と考えられるようになり、名古屋市都市計画事業の一環として建設を決定した。1926年(大正15年)に起工され、1930年(昭和5年)に竣工。」と説明されている。
全長8.2kmの長さで水深約3.0m、かつては汚泥が堆積し問題となっていたが、現在は環境への配慮で排水規制を行い、徐々に水質は良くなってきているようだ。

水源がないため、水の流れはほとんどないらしい。中川運河をじっくり眺めたことはなく、通り過がりや車窓から見たかなという記憶しか残っていない。しかし、若い3人のアーティストによる作品で、地元の景色を改めて見なおす行為が心地よかった。歴史の一端をたどっている感覚とでもいうのか。

平川の2面スクリーンを使した映像作品≪waterfront≫2010年は、ひとつひとつのシーンがとても美しかった。2面では、各スクリーンで異なる映像が流れる(7分ループ)。
これは腰を落ち着けてじっくり見た方が良い。小さな動きのひとつもゆるぎない大切なものだと感じる。

吉田知古(よしだ ともこ)は唯一写真作品を展示していた。
あいちトリエンナーレにおいて、写真展示はとても少ない。志賀理恵子(愛知芸術文化センター)や長者町のマーク・ボスウィックの展示ぐらいではないか。ここで、写真に出会えたのは嬉しい。
円形にカットしてぶら下げたり演出は凝っていたが、個人的にはもっとストレートに見せて貰った方が良かった。

水野勝規は≪waterfront≫16分ループ2010年、≪neon≫2010年の2点。
後者が映像インスタレーションで、ドラム刊の中を覗くと、そこには・・・・。ちょっとした驚きがあるので、ぜひ実際に出向いて見て欲しい。
水野は京都芸術センターで10月24日開催中の「panorama」展にも参加し、複数の映像作品を展示し、存在感を放っていた。

運河沿いの風景と自然のうつろいを静かに写す≪waterfront≫2010年。こちらの方は≪neon≫と比較すると、繊細でインパクトに欠ける。もうひと工夫できなかったかな。そのあたりは、京都の展示で見事にクリアされていただけにちょっと残念。

水野の作品を同時期に京都とあいちトリエンナーレの2会場で観られたのはラッキーだったと思う。

あいトリでは他にも現代美術展企画コンペ作品があるので、お見逃しなく!
この企画楽しいです。全部を観られなかったのが残念。

*C日程が10月31日までです。

あいちトリエンナーレ 七ツ寺共同スタジオ 高嶺格「いかに考えないか?」

あいちトリエンナーレの七ツ寺会場に行ってきました。
10月10日~10月17日の14時~20時までの期間限定で高嶺格「いかに考えないか?」を開催中です。

高嶺格と言えば、来年早々に横浜美術館での個展開催が予定されている人気アーティストの1人です。
現在、金沢21世紀美術館においても長期インスタレーション「Good House, Nice Body~いい家・よい体~」を展開中で8月に短時間ですが拝見した所、2005年の「鹿児島エスペランサ」をわずかに感じさせる「家」がテーマの映像インスタレーションでしたが、会期は来年3月21までと長期間なので現在進行形です。
私はこの1~2年の間にARATANIURANOでの個展「スーパーキャパシタ」や丹波マンガン記念館で制作された作品の一部を東京藝術大学美術館で観た程度。
今回、七ツ寺会場で手渡されたA4四つ折りのパンフレットに「高嶺格自筆年譜」を読み中部地区に縁がある作家なのだと初めて知りました。

会場の七ツ寺共同スタジオで、2000年に「二パフ・日本国際パフォーマンス・アート・フェスティバル・名古屋公演」を客として訪れている。更に遡れば、1997NENに岐阜県立国際情報芸術アカデミーに入学し卒業、その後も5年間大垣で暮らしていた。

「いかに考えないか?」は七ツ寺共同スタジオの特性や高嶺に出品オファーした小屋主のニ村利之氏をテーマとした影を利用した映像+パフォーマンスが組み合わさった観客参加型作品となっていた。

舞台は液晶?スクリーンとなっていて、向こう側に2人のパフォーマーがいる。
観客席は階段式で座って鑑賞する。観客席とスクリーンの間に端末が設置されていて、ここで観客の1人がパフォーマーにやって欲しいことを入力し、入力が終わると、機械音声が入力内容を読み上げる。BGMとして舞台袖にキーボード奏者が控え常に演奏する。

例えば、「すもう」と入力すると、音声読み上げと同時にスクリーン上にも「すもう」の文字が踊る。パフォーマーの2人がいきなり指相撲を始めたのは可笑しかった。
スクリーンに映る影は鮮明な黒であったり、明るい色彩に変化したり画面を観ているだけでも楽しめる。色彩の影は、オラファー・エリアソンの金沢での個展デ観た影が増殖する作品を思い出した。

恐らく観客はパフォーマーの動きを観つつ、今度何をやってもらうかを考えてしまうのではないか。タイトルとは裏腹にふと気付くと常に考えてしまう自分を認識する。
そして、パフォーマーが観客の指示にどういった反応、動きをするのか、についても自然と考えてしまうのだ。更に更に、自分以外の観客が入力装置の前に立った時、この人はどんな指示を出すのだろう?と推測する。となると三重の思考の罠が仕掛けられていることになる。
敢えて考えないか?と提示しておきながら、これがトリッキーな仕掛けであるように思えてならなかった。

パフォーマーは顔写真付でパンフレットに掲載いされているのが、高嶺、二村氏含め7名。名前だけ掲載されている方が約5名。

あいちトリエンナーレはパフォーマンスアーツやビジュアルアーツにも焦点を当てているのが特色だが、あいちトリエンナーレらしい作品になっていることは間違いない。

お近くの方は夜にふらっと行くのが良さそうです。ライブ感覚でパフォーマンスと映像を同時に楽しめる異色作です。

10月15日(金)20:30~ 作家を囲んでのトーク「考えるということ」が開催されます。
出演:高嶺格、建畠晢、ニ村利之

*期間限定ですのでお見逃しなく。

あいちトリエンナーレ 納屋橋会場その2 ヤン・フードン

地元に帰って来たので、あいちトリエンナーレを再訪して来ました。

今回は、8月に映像機器が不調で上映中心になっていたヤン・フードン(楊福東)の映像インスタレーションと同じく機械不調だったスン・ユァン&ポン・ユゥ、そして奥まった展示室にあったため、前回気付かなかったカーメン・ストヤノフの映像と絵画作品の展示についての感想です。

ヤン・フードンを初めて知ったのが、愛知県美術館で開催された「アヴァンギャルド・チャイナ」展で最後の展示室で8面スクリーンを使って上映された《断橋無雪》2006年。モノクロでレトロな静謐な空間は、それまでの過激なパフォーマンス作品から離れほっと一息付け、ぼおっと映像に見惚れた方も多いのではないだろうか。

この作品で、私の記憶にヤン・フードン名前が刻み込まれた。
そして、原美術館の個展開催。《竹林の七賢人》をはじめ新作《将軍の食卓》など、存分にその力量を知る事ができた。

納屋橋会場は元ボーリング場であった建物で、ヤン・フードンの作品は3階の恐らく実際にボーリングレーンがあった広大なスペースで展示されていた。
ヤン・フードン作品は、土曜と日曜の週二日、計3回のみ上映されているが、その理由が作品を観て漸く分かった気がした。

3階に案内され、順番に中に入るとだだっ広い空間に9つのスクリーンとそれらに対応した2台1組の35mm映写機が点在している。大勢詰めかけたら、全員入場できるのか?という不安は杞憂であった。
軽く500入は、入ることができそうな空間。
どこに立っても9つ全てのスクリーンを一度に目にすることはできない。うまくスクリーンをバラして配置している。
何も映し出さなくても、既ににこの空間にがインスタレーションだった。

映像は9つのスクリーンそれぞれ異なるが、同じシーンを繰り返している。フードンは、フィルム崇拝者なのだろう、これだけ手のこんだことをしながらフィルムで作品を上映することを貫き通したのだから。映写機を使用するには、当然映写オペレーターが必要だ。
オペレーターは4人~6名で運営、フィルムは9作品のうち8本が約20分2巻で残りが10分2巻とのこと<名古屋シネマテーク通信NO.339より>。このため10の映写機のフィルムチェンジに忙しく、オペレーターの方が小走りになっているのを見かけた。

上映時間は35分。突然サイレントフィルムが一つのスクリーンで始まり、順々に他のスクリーンでも開始される。
どのスクリーンを観るか迷うけれど、すぐに濃厚なキスシーンが始まった画面に目が釘付けになる。
半分程度が男女のからみを様々な場面展開で観せる。
舞台は旧租界ではなかろうか。古き良き上海の面影があった。
そうかと思えば、2つのスクリーンで格闘シーンがあり、トンボ返りやアクロバティックな活劇シーンが始まり、こちらは香港映画を思い出す。

ひとつひとつのスクリーンを観て行くのもよし、複数のスクリーンを同時に観るも良し。複数の映像の重なりを観るのもまた作品の楽しみ方の一つだろう。じっとしていてはすべての映像を鑑賞うできないので、観客は思い思いに場を変えて作品を鑑賞する。動く観客と動かないスクリーンの関係が斬新で両者の関係性さえ曖昧になっていくように感じた。

ドラマチックなストーリーは、音声なしでも充分、むしろない方が良い位で、セリフなしでもストーリーが浮かび上がるような刺激的かつドラマティックな場面を創り出していた。
ちょっと崩れた感じの女と男の絡みで、あるスクリーンの男性は女性を片手に抱きながら、その目はまるで感情がこもっておらず、遠いどこかを見つめていた。凍るような視線だった。

どのスクリーンも各スクリーンの映像を繰り返すのだが、微妙に役者や衣装が変わっていたり、ちっとも飽きることがない。

ノスタルジーと退廃と淫靡で甘美な世界を堪能し、あっという間に終了の時間がやって来る。始まった時と同じように、一つ一つのスクリーンの上映が突然暗くなるのだった。

スン・ユァン&ポン・ユウのインスタレーションは、舞台装置のような2階の窓から約2分間隔で雑誌か本が1冊ずつ落ちて来る。これは、この本が落下するシーンが鍵。装置の状態が戻って本当に良かった。

カーメン・ストヤノフは、同郷のブルガリア出身力士の琴欧州に差し入れ料理を作って行く過程を映像化した。
料理番組を観ているようで、これはこれで楽しい。室内には琴欧州のポスターとペインティング2点。キッチンもセットされている。

ヤン・フードンはこの会場ならではの作品を見せてくれた。

*10月31日まで開催中。土曜日:18時、日曜日:13時、16時開始
注:ヤン・フードン作品は土日限定で祝日は上映しません。

あいちトリエンナーレ2010 中央広小路ビル&ボリス・シャルマッツ編

漸く、最後の展示場所中央広小路ビル編へ。
中央広小路ビルは、愛知文化芸術センターと長者町会場の中間、やや長者町会場の方が近い場所に位置しています。名古屋市営地下鉄栄駅から徒歩5分もかかるか、かからないか。栄は地下街がのびているので、地下街を歩いて行けば、炎天下を歩く距離は少ないです。

長者町会場から愛知芸術文化センター間の移動には、草間プリウス(当日予約要、平日は割と空いてました。)や、ベロタクシー(電動モーター付自転車)なども利用できます。

ベロタクシーは、各会場への移動にとても便利!
各会場にベロタクシー乗り場があり、乗車はそこから、下車も次の会場のベロタクシー乗り場と決まっています。
また、例えば「納屋橋会場」からは、名古屋市美術館と長者町会場には行けますが、愛知芸術文化センターへの直行はできません。各会場の乗り場から行ける行き先は2会場に指定されています。
トリエンナーレのチケットを呈示すれば、無料で乗車できます。こちらも空いていれば乗車できますが、発車時間が決まっているたようで、土日で利用客が多い場合は、事前に予約しておいてから、鑑賞に行くなどした方が良いかもしれません。平日の昼間に乗車しましたが、それでも乗車時間まで5分ちょっと待ち時間がありました。思った以上に、風が気持ち良く歩くより全然楽です。これはオススメ!

■中央広小路ビル
ここでは、4つの作品を展示していますが、どれもなかなか面白かったので、忘れずに必ず行って欲しいです。
・ピップ&ポップ
1981年シドニー生まれのニコル・アンドリヤヴィチと1972年パース生まれのタニヤ・シュルツの二人によるアーティストユニットだそうだが、今回初めて知った。このファンシーさ、ラブリーさは、あいちトリエンナーレでNO.1間違いなし。近寄ってみると、極小の布袋とか小技が沢山あるので、要チェック。ピンクや蛍光グリーンに、蛍光イエローなど、まるでお菓子の国かおとぎの国気分を味わえる。
靴を脱いでの鑑賞になるので、じっくり腰を据えて鑑賞してください。写真撮影可能ですが、思わずシャッターを切りたくなる。
タイトルは「ハッピースカイ ドリーム」。材料もスイーツで、「砂糖、菓子、モデリングメディウム、ミクストメディア、愛情」とキャプションに謳われ、最後に『愛情』って書いてあるのが心憎い所。近寄ると甘い香がするのは、お菓子やお砂糖の香だったのだと納得した。

・アーヒム・シュティーアマン&ローランド・ラウシュマイアー
映像作品。10分位の長さだっただろうか。結構面白くて最初から最後まで通して観た。パソコン上の出来事を映像で実写化したと言えば良いのか。コミカルでテンポが良く、いかにも国内の作家ではまず観られない発想と内容だったように思った。

・ジム・オヴェルメン
彼の作品は8月22日に開催された音楽パフォーマンスに合わせて鑑賞。通常は映像単体での上映だが、パフォーマンスの日は、映像に合わせて、合唱隊が登場し実際にコーラスするという楽しいイベント。映像だけの時とパフォーマンス付では、当然後者の方が良かった。ただ、映像作品単体として観た時、それ程個性的とは思えなかった。

木村崇人の作品は、広島市立現代美術館で今年観たものと同じだった。星を作る作品。こちらは、先日名古屋城で≪木もれ陽プロジェクト 星の回廊≫が開催された。

なお、中央広小路ビルには、愛知県立芸術大学のサテライトギャラリーが入っており、私が行った時もグループ展「CIRCLE2」が開催されていた。かなり広いスペースを持っているので、是非立ち寄って欲しい。もちろん、入場無料です。展示スケジュールはこちら

■ボリス・シャルマッツ 納屋橋会場
前回、触れたように予約制の映像パフォーマンスで、鑑賞料は千円。「チケットぴあ」で予約可能だし、当日でも空いていれば会場で予約できる。

ピアノの上にベッドのようなスペースがあり、たった一人で室内に寝転んで右上方に釣り下がるモニターの映像を鑑賞するもの。最初に係の方に案内され、室内を1分程見学する。その後、台の上によじ登り、枕の位置に仰向けで寝る。部屋が暗くなり、係の方も退出され、映像開始。
映像作品は、いきなり舌を出したダンサーたちが登場するというもの。私は途中から映像鑑賞というより、激しい睡魔との闘いになった。まどろんでは、何かの音ではっと目が覚め、画面を見やると映像が変わっている。この繰り返し。これが約50分続く。
最後の最後に物凄いピアノの演奏があり、そこではっきりと覚醒した。枕の両脇にスピーカーがあり、サラウンドシステムによる音響効果は凄かった。

夢か現か幻か。自分が観ていたものは、まさにそんな感じ。

なぜか、終了後ペットボトルのお茶をいただけますが、会場内では飲んではいけないそうです。
ボリス・シャルマッツは今度の土日(9/4・5)に実演パフォーマンスが開催される。詳細は以下をご参照ください。
http://aichitriennale.jp/news/post-335.html

納屋橋会場には草間彌生のソファセットなど、くつろげる設備が整っています。
体験してみたい方はぜひ。また、当日券を購入されて、一度納屋橋会場に入場し、再度納屋橋会場だけを別の日に観たければ、この映像パフォーマンスチケットで他の作品も鑑賞できるとのこと。

ヤン・フードン作品と9月28日~10月10日まで開催される映像プログラムを楽しみにしているので、地元でもあり再訪します。
記事を書いていて気付きましたが、愛知芸術文化センターの12階と地下2階に現代美術企画コンペの作品や「西京人」の人形劇映像、実際に劇を行う日(9/11、18・19・20など)もあるので、そちらもお忘れなく。私は、地下2階の作品は見逃してしまいました。次回は欠かさず観て来ます。

あいちトリエンナーレ2010 長者町&納屋橋会場編

徐々に記憶が薄れつつあるので、長者町と納屋橋会場編についての感想を。
ただし、納屋橋会場では3階フロアをフルに使用して見せる映像作品が映写機の不調により鑑賞できず、また同じく納屋橋会場のスン・ユァン+ポン・ユゥの作品が機械不調のため、本来紙が上部から降り注ぐ筈が降り注ぐことなく紙の小山を観るに終わったのは残念です。

私は前売りの当日券で回っていましたが、納屋橋会場の日付印は押されず再度入場はできます。でも、遠方から来られた場合、交通費、宿泊費を考えれば何度も名古屋に足を運べる訳でもなく、観客泣かせとしか言いようがありません。
また、スン・ユァン+ポン・ユゥの作品の不調については会場に行くまでまったく情報の入手ができず、マイナス情報の告知が欠けているというのが実感。僭越ながら、プラス情報だけでなく、マイナス情報もしっかり公式HP、公式Twitterで案内すべきではないのかと、観客のための情報伝達対応を迅速かつ十分に手配していただきたいものです。

■長者町会場
8月の名古屋は熱いでなく暑い!例年、名古屋の夏は暑いが、今年は一層厳しかった。
愛知芸術文化センターや名古屋市美術館のように冷房のきいた空間ばかりではないので要注意。むしろ、冷房のきいてない空間の方が多いと思った方が良いです。全部観て回っても、各展示場所の距離は大したことはないので、徒歩でも十分可能だが、問題は暑さ。炎天下の鑑賞はオススメしない。私は16時過ぎ頃に回り始めたが、閉場時間までに一通り観ることはできた。通常19時閉場だが金曜は20時までとなっている。
また、長者町会場で入場券の提示が必要は場所は、以下の4つで他は無料拝観可(壁面絵画など屋外設置作品も多い)。
・万勝S館
・長者町繊維会館
・中愛株式会社地下
・スターネットジャパンビル

印象に残った作品です。
・渡辺英司 スターネットジャパンビル
スターネットジャパンビルをほぼ全部使用してのインスタレーション。完成度の高さは群を抜いていた。
いつものように図鑑から切り取った蝶が部屋中に飾られているだけではなく、見せ方も上手かった。他の方の紹介記事を拝見していたら3階の展示が云々とあったけれど、私が行った時、3階への階段は補修中とかで封鎖されていました。中に作品があったのかな。

・ナゥイン・ラワンチャイクン 長者町繊維会館
ナゥインの作品は、長者町の歴史そのものだった。長者町は繊維卸業者の街。実家の家業の関係で、小学生の頃からこの街を見て来た。絵画も良かったけれど、映像に思わず見入ってしまった。そこでは、長者町を拠点としている会社の社長さんや喫茶店のママさん、お茶屋さんなどが登場し、長者町の歴史を語っている。第二次世界大戦時に名古屋が大空襲に遭った時の話までされている方もいて。徳川美術館で名古屋大空襲で炎上している名古屋城やその周辺の写真を観た後だったので、余計リアルだった。
堀田商事のビル壁面作品もお見逃しなく。

・浅井裕介 長者町繊維会館
9/4まで東京のARATANIURANOで個展開催中の浅井裕介さん。部屋一室だけでなくビル入口から階段脇まで例によってドローイングで良いのかな。古いビルの一室に彼の泥絵はよく噛み合っていた。なお、同じく長者町会場にある喫茶クラウンでコーヒーをオーダーして「浅井さんので」とお願いすると浅井さんの作品入りのカップでコーヒーが供されるとか。私は行きませんでしたが。行かれた方があれば、ぜひ教えてください。

長者町繊維会館はナゥインや浅井の他に、一番最初にあった北川貴好の電球を使った球形のインスタレーション(9/12までの展示)も良かったし、ジュー・チュンリンのアニメ映像と映像を空間に出現させたインスタレーションの組み合わせもまずまず。

長者町繊維会館とARTISANビルの現代美術展企画コンペの作品は、3期に分かれて展示されます。A日程は9/12まで。B日程:9/15~10/3、C日程:10/6~10/31ですので、ご注意ください。

・トーチカ エルメ長者町ビル
彼らの映像は楽しくてかわいい。特に今回は映像インスタレーションで、壁に空いた穴から覗き見る方法。室内展示のものとあいまって現実と映像が錯綜する感覚があった。トーチカの作品は、エルメ長者町ビル1階、無料なので、再訪したい。なお、栄にあるアーバンリサーチというブティックの3階がギャラリーになっていて、8月31日までトーチカの映像作品流しています。私はこちらも拝見して来ました。

・マーク・ボスウィック 万勝S館
写真&植物などを使用したインスタレーション。摩訶不思議な空間を創り出していた。一言でいえば、スピリチュアル的なものを出そうとしていたのか。

・山本高之
こちらも無料拝観可能な旧玉屋ビルにある。子供を主役にした映像作品が2本とその際子供たちが制作した作品が展示されている。動物園の動物を主役に「これが私の1日♪ラララ~」の合唱が、調子っぱずれだったり歌い手が変わる時の変化が楽しくて、ついつい長居。

・戸井田雄 中愛株式会社地下
伏見地下街とポケットマップには掲載されているが、会場が変更になり、中愛ビル地下での展示になっているので要注意。真っ暗な部屋に入ってしばらくすると、コトが起こります。あの瞬間を生み出すために会場変更したのではないか。

・西野達
こちらは、期間限定の展示作品。私は8月22日に夜空に高く明滅する「愛」の文字を観ました!9月以後の展示スケジュールは公式ガイドやHP等でご確認ください。

・ナタリヤ・リボヴィッチ&藤田央
これも無料拝観可能な吉田商事株式会社1階での展示。室内に巨大な赤のウサギのバルーンが横たわる。ペインティングやドローイングが楽しかった。カオスなんだけど、雑然としているのも、このユニットの場合は成功していた。

他に大山エンリコイサムの壁画およびドローイング作品などもあり。大山さんの作品は9/12までの期間限定です(壁画はそのままかもしれません)。

■納屋橋会場
こちらは、映像作品を中心に構成されている。
・小泉明郎
彼の映像作品は、毎回楽しみにしている。今回の作品は、第三者の様子に注目。突如泣き始めた男に戸惑う電車内の人々。どうやって撮影したのだろう。周囲の人々の戸惑いやおびえの表情を引き出すためのアプローチ方法が冴えている。2画面並列で、まったく別の状況にあるが、実は左画面の女性と、右画面の電車の男性は会話をしているように見えるのだ。この人は今後も要注目の作家だと思う。森美術館、サントリー天保山と毎回興味深い作品を発表し続けている。

・梅田宏明
一度に4名しか体験できない、体験型の作品。目をつぶって鑑賞する。白黒2台、カラー2台とあるが、両方鑑賞するとその違いがよく分かる。

・小金沢健人
通路の奥まった所にが展示室になっているので、見逃さないように。黒い絵具でストロークを連続させた場面を映像化したものなのか?4~5面をスクリーンにして映像を流す。

この他、クラウンホテルのある方の屋外に出ると、牛が2頭描かれていて、作家さんの名前を失念してしまったが、この牛が実に良かった。こちらも、お見逃しなく。

もうひとつ、納屋橋会場のボリス・シャルマッツの映像パフォーマンス?作品は予約が必要です。当日空きがあればその場で予約可能。11時から毎時定時スタートで1時間に一人しか体験できませんので、ご注意ください。鑑賞料は1回千円。こちらも鑑賞して来たので、感想は残る中央広小路ビル会場編と合わせてアップします。

*9月1日加筆修正。

あいちトリエンナーレ2010 愛知芸術文化センター8階編

記事があっちこっち飛んでしまって、恐縮です。あいちトリエンナーレの続編で、愛知芸術文化センター8階。

普段、8階はギャラリーとして活用されているが、今回はトリエンナーレで全室使用。私が行ったのは開幕2日目だったけれど、混乱があったため、現在回る方向が逆になったと聞いている。最初にあった宮永愛子さんの作品が最後になったらしい。

ということなのだが、今回は私が観た順番で印象に残った作品。多分現在とは逆だと思われます。

・宮永愛子
今回のテーマは名古屋市内を流れる堀川。堀川から製塩された塩を使い、天井から床まで糸を垂らし塩を付着させる。これが全部で6本位あったと思う。
手前には古びた郵便受け、これはパリで作家が入手したらしい、その1箇所、1箇所にナフタリン製の鍵が入っている。会期終了近くに行ったら、鍵は溶け、最初に観た状態ではなくなっているだろう。
お塩でできた糸の柱の向う側にはこれも古い小舟が一艘。
この宮永さんのコーナーは、靴を脱いでの鑑賞になる。そして、ちょっと部屋が狭い。2日目は大勢のお客さんが押し寄せ、繊細な作品を触ったりするお客さんが出て、作品の一部が破壊されてしまった。twutter情報では鍵が盗難にあったとか。
この部屋に限らず、愛知県芸術センターは監視員の数が少な過ぎて、作品を守ることに対して準備が不十分であった。その点が、名古屋市美術館とは異なっていた。

なお、この会場だけではなく、納屋橋のたもと(屋外)にもうひとつ、同じ堀川の塩シリーズの作品が展示されているので、お見逃しなく。

・タチアナ・トゥルーヴェ
突如展示空間に、室内が設置され、それがまた摩訶不思議な作品だった。コンセプチュアルな空間インスタレーション作品。空間の見え方が面白い。人がいないのに、いるかのような気配を感じる。

・ヤコブ・キルケゴール
砂漠の映像と、砂の中にマイクを入れて集音し、同時に流す。最初、バックに流れる音が何であるかが分からなかったが、ガイドを後で(名古屋市美で借りて)聞いて知った。
巨大な画面に砂が崩れ落ちて行く様子が流れるが、様々な形に変わって行く。勅使河原宏監督の映画「砂の女」からインスパイアされた作品だとのこと。私も観ていて、安部公房の小説を頭に浮かべていたので納得。いや、凄いです、この砂地獄は、ぜひ体験していただきたい作品のひとつ。
東京で、9月4日(土)Misako&Rosen(ギャラリー)で、キルケゴールの音楽パフォーマンスが開催される。これには、是非行ってみたいと思っている。

・ソニア・クーラナ
彼女は、パフォーマンスも行う。いきなり路上に横たわる。彼女自身が作品の一部。ひたすら横たわって何もしない。じ~っとじ~っと。その様子を捉えた映像や写真を展示しているが、ご本人が来名し9月4日(土)に同じ芸術文化センター8階のギャラリーGでパフォーマンスを行う。名古屋にいたら、行ってました。
鳩が猛烈な勢いで、ソニアの顔を攻撃していた。ある種哲学的作品だと思う。

・ツァン・キンワ
映像インスタレーション。これは面白かった。数種類の英単語が大きさを変化させて、文字が生きもののようにくねりながら床を這いまわる。まるで蛇か、むかでのように。スピーディーで文字を追いかけて行くのも楽しいと思う。会場にいた子供たちにとても人気のある作品だった。タイポグラフィカルな面白さもある。

・ズリカ・ブアブデラ
複数カ国にわたって、生活経験のある作家。今回はアラビア文字を使用してのインスタレーション。まるで読めないが、ガイドを聴いたら「愛」という意味なんだとか。愛知県の愛。やるな~。
小窓から覗いて鑑賞する映像も、変化があって面白い。空間全体の活かし方が上手い作家だった。」

・ツァイ・ミンリャン
こちらも映像。映画のセットに模した椅子が4客並んでいて、実際に自分が映画の一部になったかのような体験を味わえる。映像は、家族で映画を観る場面から始まる。そして過去の記憶をたどる。会話はほとんどなかったが、リンゴを齧る女とそれを後ろの席の男に食べさせる場面が妙にリアルでついつい全部観てしまった。ツァイの作品は、台詞はないが、ストーリーが感じられる。

・アマル・カンワル
これも映像。単に「映像」とある作品と「映像インスタレーション」となっている作品の違いがイマイチ分からない。これは、シンプルに映像。だけど、飛び切り美しい作品だった。あまりに美しいので、これも全部観た。風景を撮っているだけなのに、切り取り方と見せ方が上手い。私と同様に、最後までご覧になっていらっしゃる方が何人かいた。写真を連続させ、途切れなくさせたというのだろうか。これはもう1度観たい。

映像作品は、最初の数分間が勝負。私は割とすぐに出ず、最低でも30秒間は留まり、最後まで観るか否かを決める。

ミケランジェロ・コンサーニの大がかりな映像も印象的だったけど、意味する所が分からなかったのがもどかしい。

8階は映像作品が多いので、映像に関心がない方は、さっさと通り過ぎてしまえるかも。私は8階だけで約2時間(閉館時間の18時まで)いたが、大半の映像をじっくり観るとこの位はかかる。飛ばせば1時間もかからないだろう。
個人的には映像好きなので、8階も楽しめた。外国人アーティストの知名度は不明だけれど、文字が躍ったツァン・キンワは今年のシドニービエンナーレ2010の出展作家だとのこと。普段、なかなか作品を観る機会のない国外作家の作品を名古屋で観られる意義は大きい。

*月曜休館。木・金・土は20時までなので、ゆっくり落ち着いて鑑賞したい方には夜間がお薦め。

あいちトリエンナーレ2010 名古屋市美術館編

愛知芸術センター8階の前に、名古屋市美術館編を先にアップします。
後程、あいちトリエンナーレ2010の注意事項や鑑賞に際して気付いたことをまとめますが、音声ガイドは借りることをオススメします。500円払うと音声ガイドチケットをいただけて、愛知芸術センター2カ所、名古屋市美術館の計3会場で利用可能です。てっきり、各会場で500円だと思っていました。アーティストとその作品について、コンパクトにまとまっていて、丁度良い長さなのも魅力。音声ガイドは解説が長過ぎるのも多いのですが、これは個人的に最適な長さでした。

こちらは、通常の企画展同様に1階2階の企画展示室を使用しての展示で、常設コーナーは通常通りです。

ここで、印象に残った作品は次の通り。
・オー・インファン
線香そのものを使用したアート作品。
床にお線香で文字を描き、開催初日に点火。美術館閉館時には火を消して、開館時に再点灯を繰り返す作品。私が行ったのはちょうど4日目。右端の方から徐々にお線香が灰になっていたが、よく仏壇やお墓参りの際に使用するお線香とは違うのか、灰の状態は白ではなく寧ろ貴褐色になっていて、線香の色と灰の色がマッチしていて、観た目も美しい上に、お線香の香りがまた良い。高級なお線香だからこそ、強過ぎず弱過ぎず、万人皆が好みの香りかどうかは分かりませんが、ずっとそこにいたくなるような空間だった。
描かれている文字は、名古屋にあるゲイバーの名前。一見意味のない言葉の羅列も見る人が見れば・・・。これも、開催地に関連しての作品。

・ホアン・スー・チエ
日用品を光らせるアート。ペットボトルに蛍光液を入れてみたり、薄暗い照明の中では、日用品もそれとは見えない。

・塩田千春
巨大なドレスに赤色の液体が入ったビニール管を絡ませる作品。
液体は心臓から流れる血液よろしく拍動によって動いている。
前々回アップした近隣のケンジタキギャラリーでの個展と合わせて見るのと更に良い。

・ジェラティン
小山登美夫ギャラリーでの龍安寺石庭を模したインスタレーションの衝撃と比較すると今回のはインパクトが小さい。
これには、仕掛けがあるがその鍵を握っているのは作品を監視されている方が握っている。

・島袋道浩
個人的な好みだけれど、ここ名古屋市美での展示は最初と最後(本作品)に尽きる。
まさか、シマブク作品であの安井仲治(やすい・なかじ)のプリント写真を観ることができるとは!干物の写真がたまりません!!!
なぜ、島袋が安井の写真に着目くしたのか。これを知りたい。
安井仲治の回顧展が、ここ名古屋市美術館で過去に開催されたことを知っていたのだろうか?
タコや干物の写真を撮影した写真家って他にいそうだけれど。

愛知県の篠島を舞台に繰り広げられる映像や写真のインスタレーション。篠島はタコで有名。やっぱり、この作家はタコなのね、と妙に納得してしまうが、今回はタコに留まらず、篠島で見かけた景色を抽象画家のデ・クーニングの作品に見立てた。
路上観察隊よろしく、あちこちのデ・クーニングらしい景色をスライドで見せる。確かに、抽象表現主義に見えて来るから不思議。
展示室の外では「あなたは魚をさばけますか?」と数台のモニターで様々な魚を捌く映像が流れている。
篠島をテーマにここまで作品化できるシマブクの本領に酔いしれました。

なお、名古屋市美術館から徒歩すぐにある二葉ビルでは、梅田哲也の作品があります。*11:00~19:00(金曜は20時まで)
今年、豊田市の喜楽亭の作品に惚れ込んで以来、追っかけしてる作家さん。今回はお水を利用。
入ってすぐに出ずにしばらく待っていて下さい。ここにも仕掛けがありすので、お見逃しなきように。
与えられた空間を最大限に活用する手腕は見事でした。

あいちトリエンナーレ2010 ロボット版 『森の奥』 平田オリザ+石黒浩研究室

あいちトリエンナーレ2010の話題が続きます。
ちなみに、今週は遅い夏期休暇を取得しており名古屋に帰ってきました。

あいちトリエンナーレ2010の特色の一つとして、愛知芸術文化センターという演劇、ダンス、音楽など複層的なジャンルを楽しめる施設を利用できる点が挙げられる。

これまで、私は専ら美術(コンテンポラリーから古美術まで)を主として鑑賞して来たが、年初に横浜で高山明氏によるportBの『赤い靴クロニクル』で初めてパフォーマンスと演劇の境界線上にある作品と出会って、大変な衝撃を受けた。
以後、徐々に演劇にも関心領域を広げたものの、高山明氏の作品のように参加型ではない、いわゆる舞台で観る演劇やダンスにはもう一歩踏み出せないでいた。

そんな時、地元愛知県で、パフォーミングアーツにも力点を置いたトリエンナーレが開催されることになった。
事前に前売券を購入しようかと思ったが、必ず名古屋にいるという保証もなく、縛られるのも嫌で結局前売りは見送った。
しかし、一昨日からtwitterであいちトリエンナーレ情報を探していたら、平田オリザ+石黒浩研究室(大阪大学)によるロボット演劇『森の奥』がとても良かった「新幹線代を払った甲斐があった・・・云々」という呟きを発見。それを呟いていた方も、私と同様に演劇にこれまで馴染みがないとのこと。同様の状況下にある方の感想を拝見するにつけ、むくむくと抑えていた好奇心が沸き上がり、観に行くことを決意。幸いにも日曜のチケットは完売だったようだが、月曜と火曜は当日券が出るという情報も入手した。

念のため、18時から販売開始だったが、17時過ぎには列につく。
恐らく並んでいた方は皆さん当日券の購入が可能だったと思う。

こうして、ロボット演劇を初体験することになった。
粗筋は次の通り(チラシからの引用)。
中央アフリカ・コンゴに生息する類人猿「ボノボ」を飼育する研究室で、サルと人間の違いを研究するロボットと人間たち。その会話から「サル/人間/ロボット」のあやうい境界線が浮かび上がる。

ここから先は私のごく個人的な感想です。
登場人物は、人間6名、ロボット2体。
舞台は研究室で、ここを中心に登場人物とロボットが会話を展開していく。話題は、遺伝子研究、クローン、自閉症など生物科学と心理学を扱いつつ、ロボットと人間、そして猿⇒類人猿⇒ヒトへの進化の過程とその違いを探って行く、実に科学的なテーマをはらんだ演劇だった。

その中で一番印象深かったのは、やはりロボットと人間が演劇しているという現実だろう。私にとって科学的な問題は、さほど重要ではなく、恐らくまったく別のテーマであったとしてもそれなりに楽しめたのではないかと思う。しかし、サブテーマの中でも「ロボットと人間」の関係性について、様々な問題提起がなされ、私自身の中にモヤモヤとした形にならないものが今も渦巻いているのは、やはり平田オリザ氏の脚本・演出によるところが大きい。

猿と人間とロボット、セクシャル的、生物学的、道着的、心理学的、それらのアプローチを劇中で登場人物と一緒に知らず知らずのうちに考えている自分に気がつく。

統合失調症の研究者が胸をボカボカ叩き始めた時(あの行為は何というのだっけ)、ロボットも一緒にそれまでの機械的な音声を捨て、猿のような叫びをあげ始めた。
ロボットは人間になれないのか、なりたいのか、彼等に感情は備わっていないはずなのに、まるで感情があるかのような錯覚を覚える。観客がそんな感想を持つようにプログラミングされていることは重々承知しているが、承知した上で、敢えて用意された掌に乗っても良いのではないか。

講演終了後の平田オリザ氏のトークで制作の裏話をお伺いすることができた。以下、平田氏の談話。
ロボットは、
(1)プログラミング
(2)センサー
(3)リモートコントロール
の3要素から操作が行われている。特に、演劇においてはプログラミングとリモートコントロールによって演技を可能にした。
センサーだと僅かな音、例えば、観客の咳ひとつにも反応してしまい、誤動作発生の危険性が高く現実的ではない。

1時間半という今回の演劇時間は予算から考えて最高のパフォーマンスを達成した場合から逆算した。
充電が少なくなってくる後半に、誤動作が発生する確率が高くなる。初日、二日目と最後までロボットは演じ切ることができなかった。
ラストシーンの胸を叩き雄叫びをあげるシーンは、今回初めて成功した。ロボットが動かなくなった時のことも考慮して、シナリオはもうひとつ準備されており、危急の時は人間がロボットの代わりに演じる。

演劇において間合いは重要だが、ロボットの間合いは0.01秒の単位で操作が可能。苦手なのは、同時多発の動作で、これはプログラミングが非常に難しく、それが人間の役者と一番異なる所。その代わりに、セリフは決して間違えないし、忘れることがないのは利点。
稽古は、ある一定水準まで達すれば後は、ひたすら同じパフォーマンスを得られるため、動作やセリフが決まった後は稽古しないでも良い。稽古の時間の流れは人とまったく違う。
予算の制約もあるため、ロボットが話すスピードは、微調整できない。今のスピードより一段階上げると、早くなり過ぎてしまう。文脈単位での操作なら可能。

ロボットは、誤動作発生の可能性を考えて予備にもう2体準備している。バッテリーがなくなる後半に誤動作が発生する確率が高くなると言ったが、交換してもその発生の危険性が高まるため、結局今回のように各1台がフルに1時間半演じるというのがベストな現在とり得る方法だった。

ロボットと人間が1時間半話していることを観客に見せたかった。劇作家にとって、ロボット演劇は刺激的。

また、自分は都市に祝祭は要らないと思っているので、「都市と祝祭」をテーマにしたトリエンナーレで自分の演劇が招致されたことで喧嘩を売っているのかと思ったが、今回のロボット演劇をオープニングに持って来たことで、新聞一面、TVでも「あいちトリエンナーレ2010」は大きく採りあげられ、芸術監督として建畠氏の仕事は成功したのだと思っている。

ロボット演劇は今回が世界初演!
ロボット「wakamaru」2体の愛くるしい動きに魅了され、共に生活したくなります。ロボットデザインは、喜多俊之氏でした。

長くなりました。最後まで読んで下さった方に感謝です。
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