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2009年1月の振り返り

1年間で観に行った展覧会の数をどうすれば確実にカウントできるか色々と考えてみました。
最初、記事の最後に連番を振ればと思ったが、記事にしない、できない(うまく書けないから)展覧会も数多くあることに気付いたので、他のブロガーの皆さまの真似っこで1か月の振り返りでカウントすることにします。これがちゃんと続けられますように!

<美術館・博物館>
・ランドスケープ 柴田敏雄展 1/2
・甦るモダニスム 中山岩太 1/2
・イマジネーション/視覚と知覚を超える旅 1/2 以上東京都写真美術館
・国宝 雪松図と能面 1/3 三井記念美術館 
・博物館に初もうで 1/3 東京国立博物館
・招福扇絵展-末広がりなおめでたさ・鴻池コレクションより- 1/4 太田記念美術館
・ピカソとクレーの生きた時代 1/4 Bunkamura ザ・ミュージアム
・珠玉の輿~江戸と乗物「~ 1/4
・徳川将軍家ゆかりの女性 1/4
・絵にみる春夏秋冬 1/4    以上江戸東京博物館
・「東京国立近代美術館工芸館所蔵 人形展」&常設展 1/9 碧南市藤井達吉現代美術館
・「モネ 印象 日の出」展&常設展 1/9 名古屋市美術館
・「アンドリュー・ワイエス-創造への道程-」&常設展 1/9 愛知県美術館
・「水の浄土・琵琶湖-琵琶湖文化館の収蔵品を中心に-」展&常設展 1/10 安土城考古博物館
・「さて、大山崎 山口晃」展 1/10 アサヒビール大山崎山荘美術館
・京都御所ゆかりの至宝-甦る宮廷文化の美 1/10 京都国立博物館
・浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展 1/10 高島屋京都店  
・ふたつでひとつ 1/11 京都市美術館本館 
・シェル美術賞展2008 1/11 京都市美術館別館 
・琳派展Ⅺ 花の協奏曲 1/11 細見美術館 
・「花のかんざし」及び手にふれる楽茶碗鑑賞会 1/11 楽美術館 
・狩野派と近世絵画展 1/11 相国寺承天閣美術館 
・珠玉のヨーロッパ油彩画展 バロック美術から十九世紀へ 1/12 静岡アートギャラリー
・小林古径展 1/12 佐野美術館
・智積院襖絵完成記念 田渕俊夫展 1/14 日本橋高島屋 
・東京藝術大学退官記念 田渕俊夫展  1/17 日本橋三越 
・大津絵・泥絵 1/17 日本民藝館
・素朴美の系譜(後期) 1/17 松濤美術館
・松岡映丘とその一門 1/17 山種美術館
・無声時代 ソビエト映画ポスター展  1/17 東京国立近代美術館フィルムギャラリー
・空は晴れているけれど 1/18 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
・重高・高宏 「窯ぐれ三代展」 1/18 菊池寛実記念 智美術館 
・追憶の羅馬 ローマ展 館蔵日本近代絵画の精華 1/18  大倉集古館
・近代の屏風絵-煌めきの空間 1/18 泉屋博古館分館
・新春展 1/18 ニューオータニ美術館  
・DOMANI・明日展 1/24新国立美術館
・加山又造展 1/24 新国立美術館
・japon 蒔絵 (後期) 1/24 サントリー美術館
・田中屋コレクション 小村雪岱×岩崎勝平 1/25 川越市立美術館
・新春を寿ぐ 1/25 遠山記念館
・除魔招福展」 1/25 河鍋暁斎記念美術館
・氾濫するイメージ-反芸術以後の印刷メディアと美術 1960’sー1970’s 1/25 うらわ美術館
・妙心寺展 1/31 東京国立博物館
・福沢諭吉展 1/31 東京国立博物館

<ギャラリー>
・杉戸洋展 1/11 ケンジ・タキギャラリー(名古屋) 
・宮永愛子展 1/17 資生堂ギャラリー
・アラン・セシャス「夜と昼」 1/17 メゾンエルメス
・木村太陽×ポル・マロ 1/17 Ask? Art Space Kimura
・森山大道写真展 「DIGITAL 銀座」 1/17 RING CUBE
・きらめくデザイナーたちの競演 1/31 ギンザ・グラフィック・ギャラリー

1月は美術館・博物館の展覧会44、ギャラリー6で終了です。
本当は今日まで銀座・養清堂で開催していた小野耕石さんの個展に行ったのだけれど、最終日のため既に終了していました。
幸い、片づけをされていた小野さんご本人とお会いし、少しだけお話することができたのが救い。

もう少しギャラリーを回りたいのだけれど、仕事が忙しく平日の夜はなかなか空かないため、土曜日1日ではこれ以上は難しい状況です。
1月の目玉は個人的な好き嫌いは別として、加山又造展かな。結局書いていないけど、高島屋京都店のベルギーロイヤルコレクション浮世絵展も良かった。
現代アートでは、ミュゼ浜口陽三の「空は晴れているけど」の元田&小野作品が印象的。

明日から2月。2月1日は父の誕生日なので、この場を借りてお祝いを。「お誕生日、おめでとう!」

ということで、拙い内容ですが来月もよろしくお願いいたします。
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「妙心寺」 東京国立博物館・平成館

myousinji

東博の特別展は、私にとって東京ディズニーランド的楽しみになっている。
何より好きなのは、開門一番乗り。
9時半開門の5~10分前に到着して、ゲートが開くのを待っていると、むか~しTDLの開門を楽しみに待っていたあのワクワク感、高揚感がよみがえってくる。
この高揚感が好きで、朝一で並んでしまうのではないだろうか。

今日は強風と雨の降る悪コンディションだったが、それでも既に並んでいる。
私も列の後ろについて、しばし寒さを耐えつつ9時半を待ち、やがて開門。
平成館にはスムースに入って、皆さんが第一会場に突進されるのを横目に、第二会場に入った。
誰もいないうちに、お目当ての狩野山雪「老梅図襖」を堪能しようという作戦。

しかし、その目論見の前に立ちはだかったのが白隠の「達磨像」と天井からぶら下がる狩野探幽の「龍図」のレプリカ垂れ幕。やはり、白隠は気になる。ちょっと立ち止まり、しばし眺める。この大きいのが愛知県のお寺にあるとは意外だ。
元信の水墨障壁画「四季花鳥図」8幅(前期展示)。
ひょえ~大きい。誰もいない空間で、1人四季花鳥図と向き合うのは大変贅沢な時間だった。
しかも、驚くほど静か。
思わず、瞑想しそうになったが、まだ先を急がねばならない。

すると、ついに逆方向から来る男性が1人現れたが、彼の目的は等伯の「古木猿猴図」(前期展示)のようで、正面に立って動かれない。
私は隣にあった「豊干・寒山捨得図衝立」(前期展示)が目に止まり、こちらを先に眺める。
こちらも長谷川等伯によるものだが、細かい虎の毛や豊干の方が丁寧に描かれている小品。

猿猴図もちらちらと眺めつつ先に進む。なお、図録掲載の作品リストによれば猿猴図も衝立も東京だけの展示作品のようである(館内備付のものでチェックしただけなので、間違っていたらご容赦ください)。

そして、正面の海北友松の「琴棋書画図屏風」(前期展示)も気になりつつ、こちらは後にまわし、先を急ぐ。お1人現れたことで、やや焦る。
次に見えたのは、何とも大きな虎の屏風。う~ん、こちらは更に気になって仕方がないが、前に立ったらその背後に最大の目標「老梅図」が現れたので、まずは「老梅図」の正面に立った。
この時点においても、まだ誰もいない。先程の方はまだ等伯の前にいらっしゃるようだ。

「老梅図」はその直前に見た狩野山楽の「龍虎図屏風」(前期展示)があまりに大きくインパクトが強かったので、小さく見えた。
しかし、大きさは左程問題ではない。
描かれている老梅の枝ぶり、構図は予想通り奇怪な様子をしていた。
何かに似ている、この枝の様子・・・浮かんでいたのは、2008年東京ワンダーウォール2008の立体部門で大賞を受賞した小畑多丘さんの作品形態である。画像はこちらをご参照ください。
このあり得ない形が人の心をとらえるのは、江戸時代も現代も変わらないのだろう。
山雪の想像力の結実した作品をじっくりゆっくり貸切状態で堪能し、大満足。

一番美味しいものを頂戴したので、後はゆっくりと鑑賞。
同じく山楽の「松図」は傷みが激しいこともあって、他の障屏画と比較すると見劣りしてしまう。

第2会場出口手前には狩野永岳の「西園雅集図襖」が異彩を放っていた。ただ、はじけきれていない感をやや感じる。
驚くべきは、その隣の探幽「山水図襖」(前後期2面ずつ)。
これって探幽なの?申し上げにくいのですが、悪い意味で。はっきり書いてしまうと、上手くない(下手かも?)と思った。後期2面はいかなる具合であろう。

ここまで至っても、まだ貸切状態だったので、そのまま第2会場を逆行することにした。
先程の大きな虎の屏風「龍虎図屏風」狩野山楽(前期展示)は、龍と虎のにらみ合い。
なぜか虎の隣に豹がいて、解説によるとこの時代に豹は虎のメスだと考えられていたらしい。

ぐっと戻って、帰り路に気になったのは「春日局坐像」と狩野探幽「春日局像」(前期)。
こちらの探幽は彼らしい作品で、やはり上手いなと感心する。
ガラス製の「瑠璃天蓋」もじっくり見たが、これは第1会場の最初にあるものの方が大きく素晴らしかった。

肖像画がズラズラ続く中、ふと目に入ったのは「福島正則像」。これが曽我蕭白筆と知り、なるほど~と思う。他の肖像画とは明らかに異なる。
福島正則は本当にこんな面構えだったのだろうか。内面が顔に出ているような忘れられない作品。
今、小さなマイブームは蕭白なので、この1点に出会えたのは嬉しかった。

ここまで来たら漸く、第1会場から鑑賞されている方々が入って来られたので、私は第1会場から順序通り見て行った。

後は印象に残った作品をあげていく。
第4章に多い。
・「福富草紙 巻上」(半期巻替) 登場人物の顔の表現に注目。
・「鍾呂伝道図」 伝狩野正信筆 
・「十六羅漢図」 蔡山筆 インドっぽい羅漢図。異国風。何しろ眉毛が長い!
・「達磨・豊干・布袋図」 左右の李確筆の布袋図と豊干が良かった。
・「瀟相八景図屏風」 伝相阿弥筆 六曲一双
雄大な風景をゆったりと穏やかに描いている。逆に迫力のようなものはない。
・「瀟相八景図」 狩野元信筆 上手いのだけれど、まとまりすぎていて大人しい感じ。

以上は前期のみ展示。

第2会場最後の伊勢屋直七作「楼閣人物螺鈿座屏」の超絶技巧には、目を丸くした。第1会場には、明時代の「山水楼閣人物図螺鈿引戸」もあり、螺鈿対決も見ものである。

絵画ばかりの感想となったが、書などこれ以外の見所も多く楽しめる。

*前期展示は2月8日(日まで。お早めに。

「初春を寿ぐ」 遠山記念館 はじめての美術館13

埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館に行って来た。
きっかけは、展覧会に出ていた良いなと思った作品のいくつかが、所蔵先を「遠山記念館」としていたからである。
遠山記念館はどこにあるんだろう?と思って調べたら、埼玉県と分かり、他の展覧会(先にアップした川越市立美やうらわ美)と併せて出かけることにした。
遠山記念館のHPはこちら

しかし、こちらの美術館アクセスが非常に悪い。
電車で行く場合の最寄駅は川越駅か桶川駅のどちらかであるが、どちらからもバスで20分程乗車し、更にバス停から15分歩く必要がある。
おまけに、このバスが曲者で1時間に1本あるかないか。

行きは川越市美からタクシーを利用。帰りはバスだったが、記念館でいただいたバスの時刻表が古くて、結局20分以上バス停で待つ羽目になった。
注:HP掲載の時刻表は最新版なのに、紙製のものが古いままで差し替わっていなかった。

さて、遠山記念館は日興証券の創立者・遠山元一(明23年~昭47年)が幼少時に没落した生家を再考し、苦労した母の住まいとするために建てた邸宅(昭11年完成)と同氏が長年蒐集した美術品を広く公開することを目的に敷地内に美術館を付設し、昭和45年に開館した。

生母のために建設した邸宅というのが物凄い。
東棟(木造茅葺平屋)約200㎡、中棟(木造瓦葺二階)約290㎡、西棟(木造瓦葺数寄屋造)約200㎡と昭和初期の建築技術の粋を集めた大邸宅で文化財に登録されているのであった。
こんな所に一人で暮らしていたということはまさかないだろうが、母だけの住まいにしては広すぎる。
もちろん、邸宅に合わせて広大な庭園もあり。かつて梅屋敷と呼ばれていたそうだから、初春には素晴らしい眺めなのだろう。

美術館も凝った作りで注目に値する。入口上部には天使の飾りが付いていて、遠山元一はクリスチャンであったことを知る。
展示室扉の押手の意匠も珍しい形をしている。美術館の設計は今井兼司で、彼の私信によればこの意匠が人を模ったものであるらしい。
他にも天井のフレスコ画他和洋の意匠が満載されていて、一見の価値あり。

展示室は入口をはさんで左右対称に一つずつあるが、どちらもあまり大きくない。
したがって、展示作品数はおのずと多くはないが、ガラスケースがない部分が多いので、日本画をケースなしに眺めることができた。
今回は抱一の三幅対をガラスなしで見ることができたのが収穫。

他には、「雪景帰牧図」 橋本雅邦 江戸-明治時代が秀逸だったが、今回の展示は、新年に相応しい作品ということだったので、絵画目当てに行くと物足りない感がある。

お抹茶をいただけるというので、抹茶券を購入したが、広大な庭園や屋敷があるにも関わらず、抹茶をいただけるのはこの寒いのに美術館脇の粗末なあずまや。
中は薄暗く、景色も見えず、非常に居心地が悪いので、これはオススメしない。

5月に江戸絵画の特集展示があるようなので、これだけは気がかり。
もう少し近ければ・・・と思うばかり。

*「初春を寿ぐ」は2月1日まで開催中。

「狩野派と近世絵画展 後期展示」 相国寺承天閣美術館

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前期展示に続いて、京都の相国寺承天閣美術館の後期展示を見て来ました。

今期は、第一展示室のメインが狩野派一門による三十幅の列祖像で、行けども行けども禅師の肖像画が続くのにはさすがに、腰がひけました。
見ようによっては楽しめるのかもしれませんが、生憎禅僧についての知識もないため、鑑賞のポイントが分からない。
しかし、この列祖像は開山忌にかけただけで、今回が初公開!という実に貴重な作品群なのです。
元々、寛政の御所造営にあたった狩野派一門の宿舎が相国寺で、彼らが仕事を終えて帰る直前、当時の相国寺僧侶たちが達磨太師から開山までの30名の祖師たちを描いてくれるよう依頼し、快諾を得、描かれたもの。

顔の向きまで考えて描かれようで、一列にずらりと並べると壮観な景色でした。

私にとってのメインは、上記の祖師象ではなく、やはりこの人、本阿弥光悦の赤楽茶碗銘「加賀」です。
畠山記念館で光悦の「雪峯」に惹かれましたが、「加賀」も同じ重要文化財で、こちらは「雪峯」とは異なり、筒型をしています。

中央の茶室「夕佳亭」(金閣寺のある茶室の再現)の茶席は、野々村仁清作のものが多く使われていました。
残念ながらこの「夕佳亭」、中のお茶碗や茶杓、水指など遠くてよく見えない。もう少し近寄れるようにするとか工夫して欲しいなと毎回思います。

続いて第二展示室。
こちらの方が興を惹かれる作品が多く出ていました。

・「中商山四皓図 左右山水図」 三幅対 狩野元信筆
元信-永徳の祖父と言った方が分かりやすいかもしれませんが-の見事な三幅の水墨画。
あまりに素晴らしいので、そばにあった探幽の作品(後述)の印象が薄れるほど。

・「杜子美図」 狩野探幽筆 石川丈山賛
探幽らしい、線の美しい作品。でも、先日見た畠山の唐子図の方が好きだなぁ。

・「百猿図」 山本探山筆
狩野派の画家、山本探川の系列画家だろうか。
百匹いるかどうかまでは数えられなかったが、かわいい猿満載の作品。

・「花下遊楽図屏風」 重要文化財
たばこと塩の博物館で見たような風俗画。たばこと塩の展覧会に出ていたか確認したが出品されていなかったので、目にするのは初。
こちらは、狩野派作品ではないが、狩野派が活躍した時代の作品と言うことで特別展示されていた。
同じく、俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」(昨年開催の東博・対決展に出展されていた)に再会。
何度見ても良いものは良い。

第一展示室に続いて、名碗がズラズラと並んでいた。
こちらでは「堅手雨漏茶碗」 箱書紅心宗慶が気になった。
この堅手茶碗、小林古径が所持していたという。

これらの名碗を見ていたら、茶碗、やきものや茶道具を鑑賞するための最低限の知識を得たくなり、今週とうとう「すぐわかる茶の湯の美術」(東京美術)と「やきものの楽しみ方完全ガイド」(池田書店)を購入してしまいました。
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来るべき「田中丸コレクション」展までに、何とか知識を蓄えようと俄か学習中です。

*3月29日まで開催中です。

「樂歴代 花のかんばせ」 樂美術館

京都の樂美術館で開催中の「樂歴代 花のかんばせ とりどりの花の意匠をあつめて」に行って来ました。
サブタイトルが展示テーマそのものになっていますが、花に因んだ様々な樂歴代の作品を展観するものです。
因んだと言っても、花の文様を使っているもの、花の名前を銘にしているもの、器そのものが、梅、菊、牡丹などの形をかたどっているもの、関わり方も実に様々。

チラシに掲載されていた田中宗慶作「香炉釉菊文阿古陀形水指」を楽しみにしていたのですが、実際に見たらこちらの水指も大きくてびっくりしました。
水指ですから、大きくて当然なのですが、写真のマジックは怖い。写真と実物大くらいかなと錯覚してしまったため、実物との解離の大きさに驚くことになるわけです。
小さい方が可愛らしかったのでしょうが、どっぷり大きな水指になっているのを見たら、ちょっと落胆でした。もちろん、焼き物自体は素晴らしい作品だったですが。。。

さて、今回は鑑賞だけでなく「手にふれる樂茶碗鑑賞会」にも参加して来ました。
何年も前から、この鑑賞会が開催されているのは知っていましたが、ついに参加することに。
どんなお茶碗を手に取れるのか!ということが最大の関心事。
HPにもどんな茶碗を鑑賞できるのかについて、案内されていません。もしかすると、予約時にお伺いすれば、教えていただけるのかもしれませんが、今回は行ってからのお楽しみ。

今回は予定よりひとつ多い次の3つのお茶碗が登場。お茶碗は3つ全部一度に出て来ず、ひとつひとつ順番に出て来ます。

七代 長入作 若松繪赤楽茶碗
九代 了入作 島代茶碗
十代 吉左衛門・且入 吸江斎好島台茶碗

新年にふさわしくおめでたい席に使用するお茶碗で、七代のものは松の絵が付されていました。
九代、十代は対になっているようなお茶碗で、見込みに金銀箔がそれぞれ塗られており、高台は亀甲形にしています。
元々子供用に作られたとかで、かなり小ぶりのお茶碗です。

手に触るのとガラス越しに見るのとで大きな違いは、器の温かさでしょうか。
これも当たり前ですが、茶碗は元々お茶を飲むためのもの。
器を温めて、お茶を立てるのですが、今回お茶を立てる手前の状態で参加者に渡されます。
お茶碗を回す直前にお湯で温めているので、実際に触った時に感じたのは、ほんわりとした温かさでした。
高台もひっくり返して確認できるし、重さや手に取った時の感触、薄さも実感できます。

学芸員の方の解説付きですから、茶碗の由来や作者の簡単な略歴、作風も教えていただけました。
お話によれば、やはりお茶を入れた状態で鑑賞するのが一番望ましいとのこと。
それも当然のことですが、有名なお茶碗であればあるほど、そんなことは不可能です。

しかし、樂美術館では手にふれるだけでなく、実際に樂茶碗でお抹茶をいただくことができます。
しかも当代の解説付き。ただし、こちらは一人7,000円です。手に触れる鑑賞会は入館料込で2,000円(入館料のみは700円)。

貴重な体験となりました。次回も京都へ行った際には参加してみたいと思います。

*手にふれる楽茶碗鑑賞会は、毎月第一土曜・日曜日のみ開催。 
 特別鑑賞茶会は月1回、2月と3月は15日(日)に開催予定です。いずれも予約が必要です。

「加山又造展」 国立新美術館

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サブタイトルも何もないシンプルなタイトル「加山又造展」に行って来た。
展覧会公式HPはこちら
国立新美術館の展覧会はサブタイトルなしが良い。
この展覧会は、加山又造の回顧展として100点を頗る見ごたえがあり、構成も分かりやすかった。

冒頭、エントランスの「雪」「月」「花」(いずれも東京国立近美)の三点で、観客を鷲掴み。
しかもチケットをもぎる手前からも、作品が見えていて、中についつい誘われてしまう。
この3作、かつて東近美の吹き抜け壁面を飾っていたそうで、近美を彩るに相応しい豪華な作品であった。
国立新美術館が建設されなければ、間違いなく東近美で開催していただろう内容だと思う。

第1章 動物たち、あるいは生きる悲しみ-様式化の試み
藝大時代の作品(昭26)から、昭35年までの初期の作品を集めている。
ここでは、キュビスムや彼の好きだったアンリ・ルソーの影響がうかがわれる。
ことに、キリンや月などの動物モチーフにルソーぽさがあらわれており、作風の変遷をたどるには欠かせない内容だった。

第2章 時間と空間を超えて-無限の宇宙を求めて
この章がメインなのかと思わせるほど、大作、力作ぞろいで驚く。

・「奥入瀬」(昭37)
キリン(昭35)年からわずか2年後に描いたとは思えないほど、作品が変化を遂げている。
ここから、琳派の影響が濃厚な屏風絵が始まる。
ただし、この奥入瀬ではまだ対象となる自然を鋭角的、方形として描いていて、まだキュビスムっぽさが残っていた。

・「千羽鶴」(昭45)
黒、銀、金の3色の使い分け、まるで着物で言う黒留袖のようなイメージの作品。
加山は京都西陣和装図案家の家庭に生まれた。やはり着物のイメージが終世、念頭にあったのだろうか。
大画面を月から太陽に向かって群れで飛び交う千羽の鶴。
また、彼の作品の中で特徴的な波紋が切金で描かれている。この千羽鶴は、加山のこの頃の屏風絵の集大成のような作品ではなかろうか。

第3章 線描の裸婦たち-永遠のエロティシズム
一転して、変化急な作品が登場。オール裸婦の屏風。
モデルの顔立ちが、デザイナーの花井幸子さんに似ていると思ったのは私だけか。
どのモデルも花井風か、山口小夜子風だったのが気になった。
エロティシズムというより、何かの広告を見ているような感じ。

第4章 花鳥画の世界-「いのち」のかたち
第2章に続いて、この第4章も見ごたえ満載。
「華と猫」(昭48)で描かれていた牡丹だけをクローズアップした「牡丹」(昭54)は圧巻の一言。
あれだけ大きいと牡丹は牡丹でなくなっていて、私には人食花のような毒花のように見えた。
しかも花の色が一方は黒だったのも余計毒々しさを増している。

「満月光」も同様に毒気のある作品。
最初の印象は怖いである。噴火する火山を前景にして、琳派を意識したのか華やかな画面にも関わらず怖さがある。
「夜桜」(昭57)も同じ。この作品は岐阜県高山市の光記念館が所蔵しており、めったに出品されることはないという貴重なもの。しかし、ここで描かれた夜桜も艶やかであるが故の狂気をはらんでいるように感じた。

第5章 水墨画-色彩を超えた「色」
先日、田渕俊夫の見事な水墨画作品を見たばかりなので、どうしても両者を比較して見てしまう。
私の好みは、断然田渕作品。
加山の水墨画作品は作り過ぎている感じがした。
「龍図」(昭63)光記念館蔵は、六曲一双の大作であるが、江戸時代の例えば蕭白やらの作品と比べると迫力がなく、龍が可愛らしすぎる。

「月光波濤」(昭54)は等伯の松林図を意識したのか、左半分はよく似ている。さすがに同じ構図はまずいと思われたのか、右には滝がとってつけたように描かれていた。

これら水墨画はどうも感心しない。

第6章 生活の中に生きる「美」
前章の水墨画とは逆に、加山又造らしさが溢れていたのが最終章。
ここでは、陶磁器やら着物(振袖・訪問着など)やら羽子板まで登場していた。

中でも印象に残ったのは、まず着物。
留袖、訪問着、振袖のデザインはそれはもう見事だった。光琳の着物を思い出したほど。
色と言い、バランスと言い、女であれば一度は着てみたいと思わせる。

そしてもうひとつは版画-メゾチント作品である。
メゾチントと言えば、これまた最近浜口陽三の作品を鑑賞したばかりだが、加山又造も素晴らしいセンスを持っていたと分かる。
「玉虫」「メタモルフォーシス」「KAKI」「熱帯魚」など、いずれも甲乙つけがたい出来栄え。
特に、私は最後の「熱帯魚」が良かった。

展示途中の休憩コーナーに又造先生のCG作品が展示されていて、こちらも必見。
何しろスパニエル(犬)やらのキュートでカラフルでおまけにポップなCGで、常に新しいものに挑戦する画家の精神が感じられます。

最後の最後まで、十二分に加山又造の魅力を堪能させてくれる内容でした。

*3月2日まで開催中。作品のごく一部に展示替えがあります。

「日本の春 -華やぎと侘び-」 畠山記念館

畠山記念館の冬季展「日本の春-華やぎと侘び-」が24日(土)より始まり、初日に見て来た。
たまたま、主任学芸員の方によるギャラリートークにも参加でき、今まで気付かなかった視点で作品を見ることができたのは収穫。
そして、何よりギャラリートークがあってもなくても、今回の冬季展は見どころが多く、畠山記念館の実力を思い知らされた感じで、必見です。

冬季展の目玉は、15年ぶりの公開となる野々村仁清作「銹絵富士山香炉」でしょう。
チラシをよくよく見ていなかった私は、この富士山香炉が朝・昼・暮と三態の連作になっていることを行って初めて知った。
この香炉に併せて、新年の幕開けに相応しく「吉祥」「慶賀」などの意味や願いがこめられた茶道具を中心に展示が考えられている。

畠山記念館の展示ケースは階段上がって手前から「濃茶」のお道具、「薄茶」のお道具、最後に「懐石」のお道具の順に並んでいるのだそう。
前回は鈍翁にまつわる品々の展示だったが、あの時も同じような展示趣向だったのだろうか?

出品作品の中に「これは!」と思う作品が頻出したので、それらをピックアップしてみた。

・「唐子遊図」 狩野探幽 1/14~2/19のみ展示
幅の違う対幅になっている掛け軸。元々1枚のものを切り離したのか、最初から対幅として描かれたのかは分からないのだそう。
学芸員さんは、どちらかと言えば後者を支持したい様子で、1枚にしていないことで、より画面に広がりが感じられると解説されていた。
凧あげをしている唐子が愛らしく、凧糸の緩んだ様子は写実的で探幽はやはり上手い!と唸らされる。
元々唐子ものが好きなのだが、大好きな1枚になった。

・「山水図」 伝夏珪筆 南宋時代 1/14~2/19のみ展示
重要文化財指定の名品。これと同じモチーフが雪舟の作品にもあり、狩野派の模本として使用されていた由来をもつ品。浅野家伝来。
伝夏珪の作品としては、かなりの大幅で見ごたえがある。
特に良いのは橋のあたりの様子で、こちらの作品の前でお抹茶をいただき最高の気分だった。

・「大色紙」 藤原公任筆 平安時代
白雲母で装飾された料紙に流れるような筆使いの書。古今和歌集の歌が記されているそう。

・「銹絵富士山香炉」 野々村仁清作 江戸時代
*下の画像は「昼」
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仁清の作例としては、この香炉、非常に珍しいものだそう。
何しろ驚いたのは、その大きさ。写真で見た時は、通常の香炉(両手で覆える位の大きさ)をイメージしていたが、実際見たら大きくてギョッとした。
ひとつ間違えばキワモノになりそうな感じで、富士山というより、クラゲのお化けのような・・・。何て失礼な感想、ご容赦ください。
面白いのは、朝、昼、暮と3つあるのは香炉の蓋部分で、一方に3つ穴が開いていてそこから香の煙が立ち上るしかけ。
着せ替え香炉なのであった。

同じく仁清作の「竹節蓋置」も展示されており、こちらは虫食いのような左右非対称の穴が中央に開いていて、竹の節に似せた作りが面白い。

・「赤楽茶碗 銘 雪峯」 本阿弥光悦作 江戸時代 重要文化財指定  
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光悦七種(不二山、障子、雪片、 七里、雪峰、鉄壁、毘沙門堂)にも挙げられる名碗。
光悦による赤楽の茶碗で良いものは、どこか華があるように思う。

「雪峯」という銘は、光悦自らが名づけたと言われるが、名は体を表すとはまさにこのこと。
一方の口縁から胴にかけてなだれるようにかけられた白釉が、山に積もる白雪に見える。
白釉は、やきものの肌のざらざら感と相まって、質感を高めているのも素晴らしい。

もうひとつの特徴は、窯割れを金泥で補い、その修復部分こそが見事な景色を作り出している所だろう。
最初から計算して、窯割れを作り出しているのだろうか。だとしたら、光悦の天才ぶりは恐ろしいものがある。
無数にある割れ目が、傷でなく逆に見所になってしまうのだから不思議だ。
高台の周囲がくぼんでいて、そこにも金泥を埋め込んでいる。

畠山翁は、この「雪峯」とサンリツ服部美術館所蔵の国宝・白楽茶碗(銘不二山)とどちらにするかの選択を迫られ、「雪峯」を選んだのだという。
残念ながら、まだ「不二山」を拝見したことはないが、個人的には「雪峯」の方が自分の好み。
もうひとつ筒型の赤楽茶碗「銘 李白」という光悦茶碗が展示されており、そちらとの比較も楽しめる。

・「金地白梅図屏風」 狩野常信筆 江戸時代
まもなくサントリー美術館で開催される「三井寺」展でもこの常信の見事な屏風絵が公開される予定だが、こちらは、丈の若干低い屏風絵(六曲一双)。
白梅が今の季節に相応しく、新年を彩っていた。
この屏風絵の前にも椅子が置かれていて、のんびり屏風を楽しむことができる。

これら以外に、光琳絵、乾山作の火入「銘 赫々」などの冬にちなんだ焼きものも見もの。

*展覧会は3月22日までですが、期間限定の展示作品もありますので、ご注意ください。

「氾濫するイメージ-反芸術以後の印刷メディアと美術 1960’sー1970’s」 うらわ美術館 はじめての美術館12

urawa

うらわ美術館で会期終了日(25日)に「氾濫するイメージ-反芸術以後の印刷メディアと美術 1960’sー1970’s」を見て来た。
この美術館、土曜・日曜は夜8時まで開館と土日休みの勤め人には理想的な運営をして下さっている。
金曜夜の夜間開館をする美術館は多いが、平日は金曜だろうが何だろうが、早く帰れないことは多いので、土日の夜間開館をもっとしていただける美術館が増えて欲しいもの。

こちらは、八王子市夢美術館に似た雰囲気。浦和駅より徒歩7分。商店街を抜ければすぐ。
ホテルのあるビルの3階にある。
5時過ぎに入館し、観客は少ないだろうと思いきや、意外や意外大入りで、びっくりした。
既に図録も完売で大変な盛況ぶりである。

1960年代から70年代にかけてのそのようなヴィジュアル・イメージを横尾忠則、赤瀬川原平、粟津潔、中村宏、木村恒久、タイガー立石、つげ義春、宇野亜喜良の作品を通して紹介するというのが今回の展覧会の概要。

1969年代生まれの私は、まだ幼少だったためこれらの作品に記憶は浅いが、それでもどこか記憶にひっかるものがあった。
ことにこれらの作家の作品でも印刷芸術、グラフィカルアートに絞った内容なので、作家別に分かりやすくまとまっていた。

出品作家の中では赤瀬川原平のやんちゃな時代の1000円札関連作品と併せて、演劇用のポスター、雑誌掲載の双六など見たことのない物がずらり。
やっぱり赤瀬川さんのものは面白い。読んでいたら、すっかり時間を取られてしまった。

木村恒久はその名前を聞いた時、ピンと来なかったけれど、作品を見たら覚えがあって、これだったのか~などと妙に合点が行った。

中村宏は最近東京現代、名古屋市美で個展が開催されたばかりなので、記憶に新しい。個展では油彩など大きな作品が多かったが、こちらでは出版芸術、メディアアートが展開されていて、目新しさもあった。でも、私はこの人の作品苦手です。ゴメンナサイ。

粟津潔、つげ義春、タイガー立石と来て、タイガー立石は埼玉県近美で昨年初めて知った。
もう、ここらあたりまで来るとかなり濃い。

個人的には宇野亜喜良の作品が良かった。
ウィーンの世紀末芸術をなぜか彷彿とさせる作品。ポスターも色気があって退廃的でとてもおしゃれ。
この方、名古屋出身とのことで余計親近感がわいた。

最後は大御所、横尾忠則。
この方も私の苦手とするところであるが、今回う~むと思わずうならせる作品があった。
週刊プレイボーイに連載されていた柴田錬三郎の小説「うろつき夜太」の挿絵シリーズ。
連載小説の挿絵を依頼された時、横尾は乗り気ではなく何とか無理な注文を付けて断ろうとしていた。挿絵のモデルに田村正和を希望していたら、弟の田村亮が決定し、仕事を引き受ける次第となった。
挿絵を描くにあたって、柴田鎌三郎と寝食を共にするなど、相当な入れ込みだったらしい。
とにかくこの挿絵は素晴らしい。モデルが田村亮というのは納得で当たり役だ。

挿絵にすると横尾忠則の毒気が上手く中和される気がして、私にも受け入れられるのであった。

1969年代、70年代の印刷芸術の面白さを存分に堪能した。
チケットありがとうございました!

*この展覧会は終了していますが、以下の通り巡回します。
2009年4月4日(土)~5月17日(日)八王子市夢美術館
2009年8月29日(土)~10月12日(月)足利市立美術館

「田中屋コレクション 小村雪岱×岩勝平」 川越市立美術館 はじめての美術館11

tanakaya

今日は埼玉県へ遠征した。
行き先は全部で4館。きっかけは、さる方に頂戴したうらわ美術館のチケットであったが、いつ行こうかと思いあぐねていたら、川越市立美術館で大好きな小村雪岱の展覧会が昨日(24日)からスタートしたため、これに合わせることにした。

小村雪岱も岩崎勝平も川越の出身。どおりで、埼玉近美で雪岱の小特集が組まれるはずだ。
今回は「川越を愛した平成の商人」と言われた故・田中利明氏のコレクションから郷土出身2名の作品が公開されている。

川越市立美術館は、川越駅からバスで15分程度。私はついつい小江戸名所めぐりバスに乗車してしまったが、この巡回バスも2種類あるようで、観光でかなり賑わっている様子だった。巡回バスは時間がかかり本数も少ないのでオススメしません。
美術館は博物館と隣接し、ご当地の名物「蔵」の形をした建物である。
2002年にオープン仕立てなので、館内はまだ新しくきれいであった。

特別展展示室は地下1階。
最初は岩勝平(いわさきかつひら)の作品。
この作家、初めて名前を聞いたが、その生涯を振り返ると師であった岡田三郎助の弟子であった女性との結婚がターニングポイントとなっている。
妻の早逝による結婚後の不遇と孤独が画家としての才能までも奪ったとしか言いようがない。

冒頭の自画像は若者らしくかたい表情をしている。そのかたさが後の不遇を予測せしめるかのよう。
戦前の作品で印象に残ったのは、「童女象」。
同じタイトルで3作の油彩があるがどれも味のある表情をしている。
更には、戦後の作品にもつながる婦人像。こちらは水彩、デッサン、油彩と着物を着た女性やら、裸婦やら様々な女性が描かれている。

従軍中も水彩で絵筆をとっていた。

戦後、妻の死後画壇から離れ、孤独と貧乏の間で作品を描き続けるが主なものはパステルによる婦人像である。戦後は素描画家として活動していく。
「裁縫」1957年、「横たわる女」「ショールの女」などタイトルは同一で似たようなモチーフの作品が多い。画像左はこの時期の「赤い着物の女」。

昭和27年頃京橋の繭山龍泉堂で川端康成の知遇を得、東京百景に取り組むが、鉛筆画であっても一つ間違えると最初からやり直すため、1作に数か月かかり思うように金銭を得ることができなかった。
このシリーズのうち「日本大学医学部並びに付属病院」「浜松町あたり」などは味のある鉛筆素描で、作家の力量が伺われる。

晩年、死期を悟った岩崎は何とか画壇復帰をし画家:岩崎勝平として死にたいと願い、必死の思いで作品を新制作協会へ出品するが認められず59歳で死去。
観ているこちらの方が無念な気持ちになってしまった。

お目当ての小村雪岱は版画作品はわずかで、挿絵下図と装丁作品が中心だった。
下図は作家研究には欠かせないものであろうが、一鑑賞者としてはちょっと物足りない。
装丁作品の方は、見返絵だけで買ってしまいそうになる本の連続。
挿絵原画の中では、画像右のお伝地獄(昭和10年)が秀逸だった。こういう原画はもっと見たい。

小村の日本画は恐らく今回初めて見たと思うが、いずれも版画に劣らぬ線の美しさ。
「唐津くんち」は185.5×95.5の大幅だが、屋根の続く街並みを幻想的に描いている。
版画には見られない味わいがある。
「百衣観音」1937年「如意輪観音」1939年も墨画ですっきりとしているが美しい。
これらの日本画は田中屋これくしょんでなく川越市立美術館蔵。

常設展では、没後10年ということで同じくご当地作家の相原久一朗の作品が数多く展示されていた。
冬の風景画が非常に多く、ブルー、グレー、白、黒などの寒色がキャンバスを彩る。
先ごろ見たハンマースホイを思い出した。
「朝陽フラノ岳」1997年は朝陽が顔を出す前のフラノ岳を描いていて、好印象。
一番好きだったのは「薫風」1986年。何と言うことのない田園風景と空だけど、静かで良い。

数少ない日本画の展示では、橋本雅邦の「蓬莱山」が存在感があった。

作品画像、詳細は初日に行かれたArt&Bell by Toraのとら様のブログに詳しいです。

*3月22日まで開催中。

「DOMANI・明日展」 国立新美術館

国立新美術館で開催中の「DOMANI・明日展」に行って来た。
文化庁芸術家在外研修の成果ということで、歴代研修生に選ばれた作家たちの作品展である。
出品作家は、15名。ジャンルは写真、映像、立体、平面絵画と雑多である。
それにしても、この展覧会サブタイトルが「未来を担う美術家たち」となっているので、てっきり若手の作家による展覧会と思いきや、舟越桂など、ベテランの域に達している方も多く、このサブタイトルと内容がマッチしていない気がする。

15名のうち、強く感銘を受けた作家が2人いた。
圧倒的に印象的だったのは、菱山裕子である。この作家の名前は今回初めて知った。
展覧会チラシに作品の写真が掲載されているが、写真では作品の良さ、特徴を全く知ることはできない。
「空飛ぶ男」2000年は、巨大なアルミニウムとステンレススチール、木で作成された立体人間が見事に空を泳いでいる。
しかも、その大きさたるや、245.0×380.0×600.0cmと縦6メートルの超大作。ロン・ミュエクとはまた違う巨大人間なのであった。
彼女の立体人形の素晴らしい所は、顔である。
どの作品も、とても表情が上手く出ている。服もこれがアルミニウムかと目を疑うような出来で、靴についたお花の飾りなどかわいくて、泣かせてくれる。
ブルドックらしき犬も、妙に愛敬があって気になる。
さらに、人間も犬も身体の形をよくとらえ、表現化されている所が素晴らしい。ポーズがひとつひとつ決まっている。
イスラエルに留学していたとのことだが、人物像がどれも外国風なのはそのせいか?
この作品だけは、実際に目で見ないことにはその良さが分からない。

もう一人は、駒形克哉。
駒形は切紙作家として著名で、私も過去作品を見たことがあった。今回は全て2008年の新作。
暗幕をくぐって、てっきり映像作品か何かがあるのかと思いきや、駒形ワールド全開だった。
天井にミラーボールがぶら下がり、白い壁に模様を作り出している不思議な雰囲気。
壁には、金色の紙でできた駒形の切紙細工のオンパレード。
「生命の樹(金の生る樹)」では、実際に使用されている硬貨を型押しして、作品の図柄としている。
この手法は他の作品にも使用されていて、目についた。
どうやって、作っているんだろうと思わせるような紙のアート。
時折人造宝石がアクセントになってキラキラしているのも良かった。

石井勢津子のホログラフィーや馬場磨貴のシュルレアリスム風写真も気になったが、上記2人の作品がとりわけ素晴らしかった。

*明後日26日(月)まで開催中です。

はじめての美術館10 「日本の民画-大津絵と泥絵-」 日本民藝館

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ついについに、民藝運動の総本山「日本民藝館」を訪れた。
日本民藝館は私のバイブル藤森照信著「美術館三昧」にも紹介されている名建築美術館のひとつである。設計は「美術館三昧」によれば柳宗悦・吉田亨ニとなっている。

最寄駅は京王井の頭線駒場東大前下車徒歩5分。駅から民藝館までに至る道の両脇は文字通りお屋敷ばかり。閑静で瀟洒な住宅街で、こんな所に住んでみたいと思わせるものがある。
目指す民藝館は、大谷石の石塀が目印で、当たりの建物とはやはり一味違うので、すぐわかる。

入口の抜けると、広い大谷石敷の土間になっていて、観客は靴を脱ぎスリッパに履き替えて鑑賞する。この大谷石の土間を毎日係の方が磨かれるそうで、摩耗してつるつるになっていた。

年末年始にかけて、民藝運動に加わっていた英国人「バーナード・リーチ絵日記」(下図)を読み、ほんの少しは民藝運動の一端が垣間見えた気がした。無名の職人による民衆的美術工芸の美を発掘し、世に紹介することに努めたというのが活動の趣旨ではあるが、活動により民藝による作家という新たなブランドを作り出してしまったようで、矛盾も生じてしまったのが悲しい。

リーチ


柳宗悦と親しかった白州正子さんの著書を拝見していると、矛盾が生じ、民藝の仲間うちでも上手くいかなくなってきた様子が書かれていた。

さて、今回之特集は「日本の民画-大津絵と泥絵-」である。隣駅の松濤美術館ではちょうど「素朴美の系譜」という展覧会を開催中で、そこでも民藝館の大津絵はいくつか出展されていたので、併せてご覧になると良いと思う。私も民藝館の帰りに、松濤美術館で後期展示を楽しんだ。

大津絵はこれまでも何回か見ていて馴染み深い。元々東海道の宿場町大津で土産物として描かれ売られた絵で、実に素朴な表現で神仏画から風俗画まで描かれるようになった。
対して泥絵は見かけることがまずない。
そもそも泥絵って何?と思いきや、受付でいただいたパンフレットにちゃんと説明されている。
泥絵は、遠近法などの西洋絵画の影響を受けて、胡粉が基調の不透明な泥絵具で描かれるようになった江戸期の絵画を指す。最初長崎に始まり、上方、後には江戸へと伝播し、眼鏡絵や名所絵図として量産された。

これら大津絵と泥絵を柳宗悦が「民画」と称し使い始めた。

いずれも、相当数作品の展示はあったが、泥絵より大津絵の方に愛情を感じる。泥絵は前述の通り、長崎のものから江戸で作成されたものまで、きちんと網羅されているので、違いも分かりやすかった。
泥絵は珍しいし、西洋画的な要素もあり、インパクトは強い。しかし、大津絵は1点、1点、作品に愛敬があり、和む。
企画展スペース以外の常設展示の部屋でも大津絵はやきものなどと併せて展示されており、違和感なくマッチしていたと思う。

土間を除いて床は、板張り。飴色で使い込んだ感じが美しい。
展示スペースは細かく小部屋単位で区切られ、作品にはタイトルと年代だけの簡単な名札が付けられるのみ。
まず解説なしの状態で作品と向き合って欲しいという柳の意向が反映されている。

その日はたまたま第2土曜で民藝館向かいの西館(旧柳宗悦邸)も公開されていたので、見学した。民藝館開館1年前の1935年に完成、母屋は民藝館と同じく柳の設計で、72歳で亡くなるまで生活の場として使用されていたもの。
ここで、一番印象的だったのは、書斎で、壁という壁にぎっしり本がおさまっていた。部屋の中央に係の方がちょこんと座られていて、部屋の主で自分が侵入者のように感じた。

*3月22日まで開催中。西館は、展覧会開催中の第2・3水曜、第2・3土曜の10時~16時半まで開館。

「松岡映丘とその一門」 山種美術館

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山種美術館で開催中の「松岡映丘とその一門」に行って来ました。

まず、松岡映丘について、日本画家だとは思うがどんな作風だったか、どの一門に連なるのか、と問われたらまず答えられない程度の存在でした。
本年度(2008年度)は、松岡映丘の没後70年にあたるそうで、その節目として、映丘とその門下生たちの画業を振り返る展覧会として本展が開催されています。

松岡映丘のプロフィールであるが、この記事を書くに際して調べてみたら物凄いサラブレットであることが分かりました。
~ウィキペディアから
兵庫県の旧家である松岡家に生まれ、兄には医師の松岡鼎、国文学者、歌人、医師の井上通泰(松岡泰蔵) 、民俗学者の柳田國男、海軍軍人で民族学者、言語学者の松岡静雄がいる。この他にも夭折した兄弟がいるが、成人したのは映丘を含めて5人で、これが世にいう「松岡五兄弟」である。

柳田國男の弟!?苗字が違うので、まさか兄弟なんて夢にも思いませんでした。
しかも「松岡五兄弟」ってこれまで聞いたことはありませんでしたが、世にいうとあるからして、巷では常識だったのでしょうか。。。

それにしても兄弟そろって、医師、国文学者、民俗学者って凄いDNAですね。
そんな中、日本画家というのは異色な存在のようにも思えます。

ウィキペディアの続きを読むと、幼少期から歴史画を好み、最初は狩野派の橋本雅邦に学んだが、後に住吉派の山名貫義に入門して本格的に大和絵を研究するようになる。
1899年に東京美術学校日本画科に入学し、ここでは川端玉章、寺崎広業らの指導を受ける。また在学中に小堀鞆音や梶田半古、吉川霊華らの「歴史風俗画会」に参加している。
大和絵の復興に尽力し、東京美術学校教授として、多くの優秀な後身を育て、優秀な指導者でもあった。

とここまで、書いてまたつまずく。
よく「大和絵」って見かけるが、それはどんな絵を指すのだろう?
今でに基本的なことも分からないでいる私。
また、調べてみると、大和絵とは、時代によって指す意味は異なりますが、広い意味では中国画に対する日本画、特に平安から鎌倉時代 の絵巻などのような日本古来の絵画を指すようです。
と、なかなか定義づけは難しい。

さて、今回の展覧会で松岡映丘の作品はわずか5点。やはり歴史画が多いのですが、異色作として興味深いのは特別出品されている「千草の丘」でしょう。
モデルは新派女優の水谷八重子20歳の頃。
歴史画ではなく、生身のモデルの人物画です。鼻がリアルすぎたと作者が後に語ったとか。
脚注を見て、再度じっくり鼻を眺めましたが、特段違和感は感じませんでした。

お得意の大和絵技法の作品としては「春光春衣」が素晴らしい。
法華経や厳島経の見返しを参考にして手がけた作品は、砂子や切箔が使われ華麗に装飾されています。これなど見ていると、映丘が大和絵のどこに憧れたのか分かるような気がします。

映丘一門としては、山口蓬春、山本丘人、橋本明治、高山辰雄、杉山寧らの作品がありましたが、それら門下生の作品より、師である雅邦の「岩上遊鷹」や川端玉章「海の幸図」に心惹かれました。

同じく師である寺崎広業らの作品は、最奥の展示室に集められていますが、いつも通りこの部屋の密度が一番濃かったです。

展示室入口最初の服部有恒「淀殿」も顔立ちに淀のイメージが立ち上っていて、妙にリアルで忘れられません。

*3月1日(日)まで開催中です。

「京都御所ゆかりの至宝-甦る宮廷文化の美-」 京都国立博物館

暁斎展以来かな、京博の特別展「京都御所ゆかりの至宝」展を見ることができた。
やはり、京博あなどってはいけない。

約130点で京都御所ゆかりの品々、これらは御所や宮内庁に伝わる品々、と天皇の下賜品や移築された御所建物の障壁画の名品までを一堂に集め、宮廷文化の全貌をかえりみる初めての機会。
展覧会構成にしたがって感想を簡単に書いてみる。

1章 京都と天皇の遺宝
天皇といってもここで展示されているものは室町時代後半から江戸時代半ばの至宝。歴代天皇の直筆、奉書などが多かった。

中でも「後陽成天皇宸翰女房奉書」は、豊臣秀吉に朝鮮出兵をいさめる内容の手紙であり、めったに古筆など読めないのに、この奉書に限っては冒頭部分が私でさえ判読可能だった。
天皇が朝鮮出兵に心痛めていた様子がこの奉書で伺われる。

見事なちらし書きを披露している「正親町天皇宸翰仮名消息」(室町時代・大雲院)も美しく惚れ惚れした。
天皇は達筆でないと、つとまらない。

・「金装三葉葵桐紋蒔絵飾太刀」
太刀は他にも展示されていたが、これは別格。細工の細かさ、豪華さはさすが。秀忠へ時の天皇から下賜されたという曰くつきの品物。これが個人蔵というから驚く。

・「日月蒔絵硯箱」仁和寺
サントリーの蒔絵展に出展されても良さそうなのに、蒔絵の名品。

・「霊元天皇宸翰和歌袱紗」御物
こちらは、正真正銘御物である。御物などこの機会を逃したら、次にお目にかかる日が来るのかどうかさえ危うい。この袱紗、あまりにも美しく感動してしまった。

2章 桂宮家と桂離宮
京都ゆかりの至宝と言えば、桂離宮は切っても切り離せない。
ここでは、この利休の引手、釘隠が6組9枚展示されている。これらの所蔵先は宮内庁京都事務所となっていた。七宝でできた花文引手やら木瓜形のやらあったが、一番好きだったのは月字形引手。
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これなど桂離宮のイメージを引手で表現する逸品。

他には茶道具の良い物がぞろぞろ出ていたが、上に同じく宮内庁京都事務所所蔵である。
中国明時代の「青貝唐絵硯箱」、「染付山水文水指」などがとりわけ良かった。

最後に狩野探幽「源氏物語図屏風」(右隻)宮内庁三の丸尚蔵館蔵があったが、後半屏風が続々出て来て最後には記憶が消えてしまっていた。もったいない。

3章 宮廷と仏教
個人的には、このコーナーが一番良かった。

・「水天像」平安時代 京都国立博物館蔵 国宝
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水天の表情が何やらなまめかしい。平安時代という古さにも関わらず、状態が非常に良く彩色も線もしっかり残っている。本展マイベストはこの水天。本当に美しいお顔だった。更に衣服の錐金の細かさと言ったら…溜息もの。

その隣に「孔雀明王像」(鎌倉時代・智積院蔵)もあって、孔雀明王が好きな私としては、これもしっかり堪能した。重文指定のものだけあって、見事。

・普賢菩薩騎象像 平安~鎌倉時代 妙法院 重文
残念ながら前期展示に仏像はこれだけ。でも品のある普賢菩薩で満足。大倉集古館のものに似ている。

4章 宮廷の装束
各天皇のお召しになられた装束が展示されている。高貴な方のご使用、所有物を「御料」というらしい。展示作品名に軒並み付帯されているので、調べてやっと意味が分かった。

5章 御所の工芸
ここでは、釜屋助左衛門という作者の唐金茶道具などを展示。

6章 紫宸殿の荘厳-賢聖障子絵
いよいよ、ここから京博らしさのスタート。
江戸時代初め仁和寺に下賜された狩野孝信による障子絵20面を一挙公開。ずらりと並んだ中国の賢聖名臣の肖像作品は地味ながら壮観な景色。
これだけでも、来た甲斐があったと思った。

7章 御所をかざった障壁画
こちらは狩野派の障壁画がどかんどかんと並んでいる。
状態がいま一つのものが多い中、やはり抜きん出てその存在感をアピールしていたのは、伝狩野永徳作品である。
永徳本人の手による作品ではないかもしれないが、何かしら惹かれるものがある。
・「牡丹麝香猫図襖」 南禅寺
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・「枇杷雉子図襖」 南禅寺
これらの障壁画は天皇の即位などで、御所建物が新たに造営され不用となった旧御殿が門跡寺院に下賜されると同時に一緒にもたらされたもの。

・「唐人物図屏風」 狩野甚丞筆 仁和寺
・「楼閣山水図舞良戸貼付」 狩野貞信 麟祥院
・「厳島図襖」 狩野洞春 光明寺
なども好印象。

8章 御所の障屏画
7章では狩野派による障壁画の紹介であったが、最終章では安政度造営(1855年)の御所・清涼殿の障壁画が展示されている。ここでは、土佐派-主として土佐光文-の名所図が使用されれいるのも興味深い。題材も花鳥画から名所図に転じている。
いずれも宮内庁京都事務所所蔵の名品。

最後は、狩野派に学んだ山本素軒「琴棋書画図屏風」(六曲一双)で見事に締めくくられていた。

*2月22日(日)まで開催中。

はじめての美術館9 「珠玉のヨーロッパ油彩画展 バロック美術から十九世紀へ」 静岡アートギャラリー

バロック

静岡県立美術館には何度も行っているけれど、JR静岡駅南口から徒歩1分の静岡アートギャラリーを初めて訪れた。
以前よりその存在は知っていて、何度もチェックはしていたけれど、どうも食指の動く展覧会に出会えなかったが、今回「珠玉のヨーロッパ油彩画展」の開催を知り、やっと行くこととなった。

本展は、17、8世紀のオールド・マスターから19世紀の近代絵画に至る油彩画を長年に亘って蒐集された長坂剛氏による『長坂コレクション』から、伝統的な絵画手法によって描かれた正統派ヨーロッパ絵画58点を、宗教画、世俗画、肖像画、風景画、風俗画の分野別に紹介するもの。
出品作家のほとんどは、ルーベンスなどの巨匠周辺や美術アカデミーで技法を学び、それぞれの国の伝統を継承した画家たちだが、教科書などに掲載されているような著名な画家はひとりもいない。

長坂コレクションを蒐集した長坂氏は1975年社用でパリを訪れ、ルーブル美術館で受けた美術作品からの感動が蒐集のきっかけとなった。
その後本人自ら海外へ足を運び、1点1点その眼で作品を選び購入したもの。
その特色として、描かれた時代の一般的な市民の趣味趣向を今に伝え、芸術に触れる喜びに溢れた作品で、様々な主題とジャンルを含んでいる。


さて静岡アートギャラリーは、立地条件など雰囲気的に高崎タワー美術館に似ているが、ビルの3階フロアが全て展示室となっており、思っていたより展示スペースは広い。

宗教画、世俗画、肖像画、風景画、風俗画の順にテーマごとに作品が展示されているので、非常に見やすかった。
特に印象に残ったのは、肖像画コレクションである。
ここでは、主にロシアの画家の作品が目立っていた。長坂氏のお好みによるものだろう。
「青いストッキングをはいた女流詩人」(1870年頃)はフランスのジョルジュ・ルフェーヴルによるものだが、ピンクのドレスを着た横たわる女性の足に注目。

ドレスのすそから覗く足はなぜか青い!
顔や首、腕は白いのに、足だけが青いのは何故?

これは「ブルーストッキング」と言って、18世紀半ばのロンドンの文学好きの社交夫人の間で流行。そこから供用ある文学好きな女性たちのことを指す言葉となったらしい。
日本ではかの平塚雷鳥を中心に結社されたフェミニストの一派「青踏(せいとう)社」は、このブルーストッキングに由来する(踏は靴下の意)。

マイベスト作品は、風景画。
ノルウェーのルートヴィヒ・ムンテ「収穫」1873年
ムンテの名前は無論知らない。83.2×129.5cmのなかなか大きな作品。
画面の3分の1が空、その下には広大な田園風景画描かれている。
ちょうど、今週末に見たニューオータニ美術館のミレーのパステル風景画の構図に似ていたような気がする。
残念なことに、この風景画コーナーには椅子が置いてなかった。
座って、じっくり鑑賞できなかったのが、心残り。

もう1点は宗教画。
オノリオ・マリナーリ「聖チェチリア」も良かった。
カルド・ドルチの聖母風。オノリオ・マリナーリはイタリアの画家。

最後にあった風俗画は、バロック以後近代に至る19世紀後半の作品がほとんどだったので、テーマ別に作品を見て行ったが、実はほぼバロックから近代への流れを見て行くことができた。
結局最後に絵ハガキを買ったのは、この風俗画コーナーの最後にあった「カプリ島の小さな中庭」フランチェスコ・パオロ・ディオダーティ(1888年)。

ハガキ映えする作品だった。

本展の監修は成城大学教授の千足伸行氏であるが、上手く構成されていたと思う。
名前の知らない作家ばかりだったが、とても見ごたえのある内容だった。

*3月8日(日)まで開催中。

「さて、大山崎」 山口晃展  アサヒビール大山崎山荘美術館

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京都と静岡の記事がいつまで経っても終わらない。食べても食べても減らないわんこそばのよう。
展覧会に行かなければ良いのだが、じっとしていられない。

さて、大山崎である。
山口晃さんの作品は、マンガのようで取り立てて好きという訳ではない。
今をときめく日本画現代アーティストと漫画家の境界って何だろう?

今回の展示にも「すゞしろ日記 さて、大山崎版」2008年があったが、これなどまさに漫画である。
大作「最後の晩餐」2008年を見ていると、しごく出来の良い極上のマンガ原画を見ているような気分になった。
「チェンバロを弾く高山右近」2008年然り。

そんな中、一番楽しめたのは新館にあった「邸内見立 洛中洛外圖」2007年。
こちらは、見れば見るほど面白い。ダジャレ?満載の絵画作品。
くすりと笑いを取る技術は山口晃の真骨頂。観客は皆、絵に張り付いて、「あーだ、こーだ」言い合うのが楽しい。
その横にあった「自由研究(柱華道)」も本展のテーマ『大山崎の歴史』にからんだ面白い内容。
こんな視点こそ、まさしく漫画家魂のようなものが見えてしまう。

「大山崎交通乃圖」2008年も作者お得意の分野。空想の入り混じった過去と未来が混在した交通の圖で、こちらも見れば見るほど、いろんな発見があって楽しい。

絵画だけでなく「携行折畳式喫茶室」や「山荘秘密基地」など立体作品も見られた。
前者はもっとひねりが欲しかったが、後者は発想が面白いので、こちらももう少し手の込んだ作りをして欲しかったなと思った。

新館の壁面見立シリーズはガードマンさんが、皆に一生懸命に説明して下さって、それはそれで大変だなと思いつつ、説明なしだとまるで分からないというのもどうなの?とこちらはいま一つ。

大山崎山荘という個性ある美術館に、山口作品はまずまず違和感なく溶け込んでいたと思う。
何より、訪れる老若男女の観客はみんな楽しそうだったのが一番印象深かった。

*3月8日(日)まで開催中。

大山崎山荘美術館の隣に「宝積寺」(ほうしゃくじ)というお寺がある。こちらの本堂に重要文化財指定されている鎌倉時代の院派作「十一面観世音菩薩立像」があるそうなので、次回は必ず拝見したい。

はじめての美術館8 「空は晴れているけど」 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

ぐるっとパスを使って、水天宮のミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションに行って来た。
開館10周年記念展として新人作家による版画展を先月から開催している。

半蔵門線・水天宮駅の3番出口を出たら右手すぐに目指す美術館は見えてくる。ガラス張りのファサードが目立つので分かりやすい。
入口手前が小さなカフェになっていて、出品作家の資料(作品集)などお茶を飲みつつ眺めることができる。

1階は、浜口陽三の作品がメイン。初期のモノトーンのものから多色刷りのカラーメゾチントまで、浜口陽三の作品を愛でる。私は彼の作品が好きなので、かなり時間をかけてじっくり見た。
アスパラガスの作品は先端部分が人間の顔に見えてくる。
今回一番のお気に入りは「うさぎ(ピンク)」(1954年)。初期の作品だが、ピンクが使っているように思えない程、うっすらピンクが出ている。

地下の展示室にはらせん階段を使って下りて行く。
今回は杢谷圭章、小野耕石、元田久治の3名の若手作家による版画展。実はお目当てはこちら。

小野耕石は、3名の中で最若手の1979年生まれ。
3月には資生堂アートギャラリーでも個展が予定されている。
彼の作品は版画を超越し、立体作品と進化を遂げた。ピンのような粒粒の集合体が、実は100回もインクを重ねた集積体だなどと言われても「へっ?」としか思えない。
一体全体どうやったら、あんなきれいなピンが出来上がるのだろう。。。

・「徒花」 2008年
虫の抜けがらのように壁にくっついている。単純に平面にピンの粒が並んでいるより、こちらの方が面白い。
「タイトルなし」の正方形の積み重ねと三角形を六角形に見立てて並べてあるオブジェも良かった。
崩れそうで崩れていない。重ね方にも工夫がある。

元田久治は、身近な都市を廃墟に見立てた版画作品を手がけている。
・「Indication Tokyo Station 」 2007年
・「Indication National Stadium」 2008年
東京駅や国立競技場?を廃墟に仕立てた作品。いずれも共通しているのが無人。
人気のない廃墟は遠いようで近い未来だったりして、どこか不安になる。その一方廃墟特有の美しさがあるのが怖い。
後者は、蓮池が広がっていた。

元田の場合は、リトグラフだけでなく、絵画ミクストメディアも数点あり、こちらの方が私は良かった。
実に緻密な線を描く人。

杢谷圭章は、前述の2人と比較するとどうしてもインパクトが薄くなってしまう。
ただ、3人のコンビネーションは絶妙で、立体系、緻密系と来たら、抽象系でしょうということで、抽象的な作品をアクアチント、ドライポイントを使用して描いている。
特徴的なのは、カラーと単純な線だけのドライポント2点を1点としてセットで見せているところ。
これはこれで面白いと思う。

*2月22日(日)まで開催中。おすすめです。

2009年1月18日 鑑賞記録

記事のアップが、書いても書いても全然間に合わないので、今日はまとめてしまおう。
イチオシのものだけは、この後別途記事にしますが。

ということで、本日見に行った展覧会。ちょっとした感想を加えて。

・新人作家による版画展「空は晴れているけど」 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

⇒これが本日の一推し。次の記事に続く。

・加藤唐九郎・重高・高宏 「窯ぐれ三代展」 菊池寛実記念 智美術館 前期は2月8日まで開催

智美術館の展示は毎度のことながらレベルが高い。何しろあの空間、あの展示方法ならどんな作品でも、美しく見えてしまうのではないか。今回は唐九郎から始まって孫までの三代の陶芸展。高レベルな作品が更に美しく映えていた。
何と言っても志野である。志野焼は、あまり好みではないのだが、彼らの手にかかると志野のもっさりした感じが消えている。高宏の志野焼に至っては、これが志野?と驚くような斬新さ。
黄瀬戸も良かった。
唐九郎は茶碗をはじめ花器など、古陶磁の研究をされただけあり、基本から外れない桃山陶芸を追求する姿勢が作品に現れていた。
重高は、大きな花器などに個性が出ていたと思う。
もっとも楽しみなのは高宏の今後の作品。冒頭の新しい志野など、枠に捕らわれない作品を作っていって欲しいと思う。

・「追憶の羅馬 ローマ展 館蔵日本近代絵画の精華」 大倉集古館 前期は2月8日まで開催

昨年の日本橋三越での展覧会を思い出す。同じ趣旨の展覧会だが、今回は大倉集古館の所蔵品のでローマ展に出展されていたものを前期・後期に分けて展示。
よって、昨年三越で見た作品が多かったが、何しろ大きな作品が多いので見ごたえがある。
大観、古径、玉堂らの大作に再会。

・「近代の屏風絵-煌めきの空間」 泉屋博古館分館 前期は2月8日まで開催

やはり展示数が少ないこともあってか、いまひとつ。一番良かったのは、海北友雪の「日吉山王祭礼図屏風」(江戸時代)。こちらは見ごたえある六曲一双の屏風絵。細かい人物描写が面白い。

・「新春展」 ニューオータニ美術館 1月25日まで開催

Takさん、一村雨さんらが続々とご報告されているニューオータニ美術館の新春展。展示数はさほどないものの質は高い。
印象に残った作品は次の通り。

*ビュフェ 「二羽の鳥(つる)」
こんなに大きい作品とは思わなかった。ビュフェが鶴を描くとこうなるのか。水色のバックが効果的。

*ポールギアマン 「チューリップ」
ギアマンの作品は初めてかもしれない。赤・黄・白の3色チューリップが思い思いの方向に向いている。こちらはパステル調の背景。

*モイズ・キスリング 「ハンモックの婦人」
キスリング?と思わずキャプションを見てしまった。意外に小さい。ちょっと私の見たことのあるキスリングぽくなくて、逆に印象に残った。

*ジャン=フランソワ・ミレー 「田園に沈む夕陽」
これ、とっても好き。パステル画だけど、空と広大な大地のシンプルな画面が見ていて落ち着く。

*キース・ヴァン・ドンゲン 「腰掛ける婦人」
ミレーと一、二を争うほど良かった。キース・ヴァン・ドンゲンをまとめて見たい!
この婦人像のか細さ、なのにどこか色香漂う。首と腕が長い。白磁のような肌だった。

*岩佐又兵衛 「本間孫四郎遠矢図」
こんなに作品と観る側の距離って開いていたっけ?と思わせるほど、作品が遠く見えた。単眼鏡なしでは、ほとんど作品の詳細を知るのは困難だと思う。
よくよく眺めると、さすが又兵衛。人物の表情がきちんと描き分けられている。

*喜多川歌麿 「美人と若衆図」
ブロマイド写真のようなちょっと変わった構図の肉筆。歌麿の肉筆ってなかなかお目にかかれないので、こちらもしかと目に焼き付ける。

*葛飾北斎 「ほととぎす虹図」
北斎の死の前年に描かれた作品。89歳にしてなお、ほととぎすを細部まで描いているのはさすが。
ただ、北斎にしてはパンチのない作品。やはり年には勝てない?

*小林古径 「上宮太子」
聖徳太子16歳の図。眼もと涼やかな太子像は好感が持てる。

*祥瑞振出形香合 景徳鎮窯
蓋が付け替えられる交合なんて、初めて見た。とても愛らしく美しい。
こんなのが、手許にあったら楽しいだろうな。

ところで、奥の部屋には平櫛田中の大谷翁の木彫がドンと鎮座していた。あの存在感はすごい。
作品リストには掲載されていないので、尚のこと驚く。

・「東京藝術大学退官記念 田渕俊夫展」 日本橋三越

昨日に続いて再訪。今日で終了の展覧会だけれど、見ることができて本当に良かった。
とら様に感謝申し上げます。
田渕俊夫は私の大好きな日本画であった。名前がピンと来なかったのだけれど、自分のブログで「田渕俊夫」と検索したら、2件も記事が出て来た。いずれも好印象の作品に挙げられていた。
かつて地元愛知県芸術大学で教鞭を取られていたとのことで、県内のメナード美術館で何度か作品を拝見していたのであった。

昨日はものすごく混んでいて、ゆっくり見られなかったのと図録が欲しくての再訪。
しかし、既に図録は完売だった。。。幸いなことに東京展のあと、名古屋と福岡に巡回するため、急遽増刷されるとのこと。
しっかり、予約して来た。

日本橋高島屋の展示とは異なり、こちらでは初期の作品から最新作まで幅広く網羅されている。
刻シリーズや翠色や赤・黄色と多彩に色を使用した作品もあれば、現代アートぽい日本画もある。更に、永平寺に奉納した襖絵など見ごたえ十分。
本当に素晴らしい内容だった。

「木村太陽×ポル・マロ」展 ASK?Art Space Kimura

京橋、東京近代美術館フィルムセンター裏手にあるAsk?Art Space Kimuraにて開催中の「木村太陽×ポル・マロ」展に行って来た。
今日(17日)は17時よりアーティストトークが開催されるということで、大好きな木村太陽さんに初めて対面できる!と喜び勇んで初めてのギャラリーに向かった。

木村さんの作品を最初に見たのは2006年金沢21世紀美術館の「リアルユートピア」展。
何と言ってもサッカーボールを使って作成されたぬいぐるみオブジェ「働け働け」があまりに可愛らしくて忘れられなくなった。その時映像作品も併せて展示されていたが、そっちはおバカな感じのお下劣系作品だったのも対照的で忘れられない。

その後、2007年森美術館の「笑いのすべて」で見たドローイングにはまり、一度にファンとなる。
横須賀美術館のオープニング展にもこの人と小林孝亘さんの作品見たさに、はるばる行ったようなもの。

彼の作品の魅力は何を次はてくれるんだろう?というワクワク感もあるが、その超人的発想の面白さが一番の魅力。歩いていても自転車に乗っていても、いろんなことを思いつくと言う。
ドッキリ的なだけでなく、う~むやるな的な場面が作品にあるから、足を運ぶ。
多才な変化球投手といった感じかも。

今回はポル・マロとの2人展なので、展示スペースの半分に木村作品が置かれていた。
メインになるのは中央に置かれた女子の足の連鎖だろうか。
それとも、ごみ箱に模したプレーヤーだろうか?

アーティストトークでご本人の展示作品解説によれば、「嫌悪感、グロテスク系」に飽きたので、「お色気系」に路線変更したとのこと。
同じことを続けられない性格なので、ドローイングあり、映像あり、変なオブジェありとなっている。

前述の女子の足は、元々かのブランクーシの彫刻作品のようなものを作りたい!というのが発端だというのには驚いた。
あの足を見て、ブランクーシを思いうかべる人はまずいない。
この足がなぜ切れ目なく続いているかということには、同じリズムの繰り返しに興味を持ったからとのこと。

また、これまで彼の作品にはジャージが頻出していたが、一種の中毒のようなもので、これはいけないと今回はジャージ禁止とし、そのかわりに登場したのがストッキングだった。
やはり面白い作家さんだ。
ストッキング使用にも苦労はつきもので、制作にあたりストッキングを一人で買いに行くときほど恥ずかしいことはないとお嘆きであった。

ポル・マロさんは哲学的精神的なお話をいくつかされていたが、キャンパスと布に描かれた絵画は、どちらも私の好みではなかった。

木村さんは2月20日より東京都写真美術館で開催される恵比寿映像祭にも出展される。

・・・と記事を書くのに色々調べていたら、木村太陽HP発見!http://www.taiyokimura.com/
これで小さな展覧会も見逃さずにすむ。

そう言えば、登場した木村さんがトーク中ずっと握りしめていたカメラはあの今話題のリコーデジタルカメラGX100(GX200の前モデル?)だったなぁ。

*1月24日まで開催中。

「宮永愛子展 地中からはなつ島」 資生堂ギャラリー

楽しみにしていた宮永愛子の新作展「地中からはなつ島」へ行って来た。
地下への階段を下りると、今回は照明をぐっと落として暗いスペースが見えてくる。
階段横の吹き抜け部分から、階下の展示を覗くと、例の円形ケースに収まったナフタリン作品群が見えてくる。
何かの標本のようでもあり、ショーケースに入ったガラスオブジェにも見える。

今回は、かつて銀座周辺に50以上もの井戸と湧水が存在していたということに着目。
資生堂ギャラリーが銀座の地下に存在するということから、地下から地上へと水が通る水脈を引き、そこに「島」(⇒前述の円形ケース)を放った。「島」には、ナフタリンでかたどられた様々なオブジェがあるが、それらは時間と共に次第に昇華し、崩れ落ちやがて消失してしまうが、それらを収めている透明な官の内側に、結晶となり、新たなかたちへと生まれ変わってゆく。

⇒ 展覧会解説より。

受付を抜けて見えてくるのは、何本もの透明な管の列。
もしや、それらは全て最初に見た例の「島」につながっていたのか!?
宮永は東京芸大の先端芸術表現専攻を修了しているが、もはや科学を芸術に取り入れる時代になっていたとは。

なぜナフタリンが結晶化するのかは不明だが、透明な管には塩の結晶のような透明で小さな粒が無数についていた。
そこにあるのは、水道の蛇口やら排水溝の蓋やら、水道管。
部屋全体が、地下水脈の一部になったかのような世界を作り上げている。

今回のように、展示空間を意図的な世界に構築すると、彼女の作品はより一層映える。
年末に東京ワンダーサイト本郷で見たナフタリン作品だけの展示で感じた物足りなさは、今回見事に払拭された。

会期終了間際に再訪したら、今日観たのとは違う作品状態になっているのだろうか。。。楽しみ。

*2月1日まで開催中。

「アラン・セシャス 夜と昼」 メゾン・エルメス8Fフォーラム

明日で終了のこちらの展示。
面白かったのでご紹介。既に、ogawamaさんKINさんが記事にされています。

エレベータを降りる前、エルメスのエレベーターはドアがクリアなので、向こう側が見えるが、何か巨大な物体が横切るのが見えた。
むむむ?なんだあれは?

EVを降りると、いつものギャラリースペースが何だかがらんとしている。
手持無沙汰になって、近くの模型みたいなオブジェ「小さな天蓋」(2006年)を眺めていると、「作品はあちらにもございます」と係の方のお声がかかった。

よく見ると右側は黒い暗幕で仕切られている。遠くから聞こえてくるのはモーター音?
暗幕の中央を抜けると、そこはもうひとつの多分夜の世界だった。

主役は3体の猫人形、擬人化した猫「夢遊病者たち」(2002年)、夢遊病の猫だったのか。
20年くらい前に流行ったキョンシーって、こんなポーズしてなかった?
ほんと、笑えます。

しかし、帰り際にいただいた展示カタログ(これも無料だから素晴らしい)の解説には、この3体にセクシャリティーが潜んでいたらしい。
なるほど、カタログの写真を見て一応納得した私。
でも、言われなきゃ分からないと思うけど。

最奥にあるのは、渦巻模様。これも作品でタイトル「エミール・クーエへのオマージュ」(2006年)。
ここで渦巻をじっと見つめていると、またも係の方の声が「踏んでください」。
足もとにあった小さなペダルのようなものを踏むと・・・。
ネタばれになるとつまらないので、書きません。

ところで、セシャスは猫好きなんですね。
東京現代美術館での「パラレルワールド」に出展していたらしいが、全く記憶になし。
MOTって扱う作家は良いのに、展示する作品がイマイチだから印象がぼける。
ヴィック・ムニーズしかり。私の鑑賞眼がないせいもあるが。

やはり今回のように代表作になるものだと、印象は雲泥の差。
これで、猫好きアランの名は忘れない。

1階にあったという桑島秀樹さんのインスタレーションをチェックするの忘れた。ショック!

*メゾンエルメス8Fフォーラムにて明日まで。

はじめての美術館7 「いのちを線に描く-日本画家・小林古径」展 佐野美術館

久々の「はじめての美術館」シリーズ。
三島市の佐野美術館「小林古径」展に行って来ました。
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三島の美術館と言えば、ヴァンジ彫刻庭園美術館。こちらには昨年12月含め数回行ったことがあります。
佐野美術館は、ヴァンジ庭園美術館の三島駅をはさんで反対側にあります。
最寄の交通機関はバスか伊豆箱根鉄道のいずれか。
今回は、行きをバス、帰りは伊豆箱根鉄道を利用し三島駅を往復しました。

バス停「佐野美術館」を降りると、美術館はすぐなのですが、入口を抜けると広大な日本庭園があることに驚きます。島根県の安立美術館には及びませんが、こちらも相当なお庭です。
庭園を抜けると、美術館が見えて来ます。
館内は、観光の団体客が大勢いらっしゃって、皆さん観光バスでどんと一度に来館し、時間が来ると潮が引いたように消えてしまいました。

さて、今回の企画展は日本画家、小林古径の回顧展。素描、淡彩画20余点を含め約70点を紹介しています。
作品は年代順に展示されていますが、初期の作品が一番印象に残りました。

これまで古径の作品は、東博、東近美を中心とし、様々な作品を観ています。自分の中で、古径は安田靭彦とごっちゃになっていたのですが、初期の作品を見る限り、その緻密さ、上手さは速水御舟を思い出させました。

冒頭の「少女」(明治31年)は、古径15歳の作品です。
更に「村上義光」(明治32年)16歳、「妙音」(明治35年)19歳の時に描かれた作品を見るにつけ、その上手さに舌をまきます。
古径は16歳で当時挿絵画家だった梶田半古に師事していますが、若い時の作品は日本画と言っても西洋画のような雰囲気をどれもまとっています。

師であった梶田の死後34歳以後36歳あたりから、古径らしさが表面に現れて来るように思います。
若い頃の作品は上手さに頼っている所があるように感じましたが、36歳頃からは技巧に走り過ぎることなく自身の線を描けています。

「琴」(昭和2年)や「茄子」(昭和3年)頃には、30代で見せたオリジナリティーを更に完成させたように感じます。どれも目一杯画面を使っていなくても、描きたかったものはちゃんと見せています。

「猫と玉蜀黍」(昭和10年)
この作品。まずは猫の瞳の色に注目です。
古径は動物が好きだった、ことに猫がお気に入りなのか、画中に犬や猫、兎など動物と植物が多い。
会場には写生帖がずらりと並んでいたがそこにも動物・植物は多く描かれていました。

「くろ兎」(昭和17年)は、色の使い方や兎に使っている輪郭線の太さが気になりました。

古径の使う色でポイントなるのは「赤」かもしれません。
「琴」では、女の子(モデルは古径の娘)の着物の赤さが目に沁みる。

展示替えがあり、70点で画家の全てを回顧するのは難しいけれど、初期の作品をいくつか見られた結果、古径へのイメージが変わりました。

*2月16日まで開催中。

「東京国立近代美術館所蔵 人形展」 碧南市藤井達吉現代美術館

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昨年4月に開館した碧南市藤井達吉現代美術館で開催中の「人形展」に行って来た。
数ある美術館の中から自分が行きたい、行ってみようという気にさせるのは、企画展のテーマはもちろんのことだが、私の場合その美術館の雰囲気、居心地の良さも重要なファクターになっている。

今回の訪問は「人形展」というテーマに関心が強くあったし、更に碧南市藤井達吉現代美術館に最初行った時、居心地が良いなぁと感じたのを忘れられず、安城から実家の車を借りて訪問した。

展覧会の概要は以下の通り。美術館HPよリ引用。
昭和初期からの人形の歴史を見渡すと、人形制作に近代の意識を芽生えさせた竹久夢二や五味文郎の創作人形、伝統を革新した平田郷陽や野口光彦、鹿児島寿蔵、堀柳女をはじめ、伝統的手法をもとに個性的な創作表現を深めている秋山信子や林駒夫、面屋庄甫から、現代の造形芸術としての人形を表している友永詔三や浜いさを、四谷シモンらまで、多くの作家が活躍しています。東京国立近代美術館工芸館では、1977年の開館以来、そうした人形芸術とその発展を検証し得る作品の収集・普及・紹介に努めてきました。
 本展覧会では、工芸館の人形コレクションのうち、主要な日本作家26人の代表作品を紹介し、あわせてドイツの作家4人による人形芸術を対照してご覧いただきます。約70点の作品はいずれも豊かな芸術性と情感をうかがわせ、向き合う者ひとりひとりにその美を明らかにすることでしょう。


ここでは、とても丁寧に作られた作品リストをいただけた。
どこかの県立美術館とは大違い。
展示を全て見終わった時、私は人形の世界にすっかり魅入られていた。人形は果たして工芸なのだろうか?むしろ彫刻的要素の方が強いように思われる。
「人形は顔が命」と聞いたことがあるが、やはり表情というのは大切だ。目線ひとつとっても、その人形の印象を左右する。

展示されていた人形たちは、表情は無論のこと、実に様々な素材や技法で作成されており、その多様さや技法による違いにも注目した。

私のお気に入り人形たち。
・川崎プッペ作 「女」 1959年 布帛
この人形を一目見たら忘れられなくなるに違いない。
何故にこんなポーズを作者は人形にとらせたのだろう。半座りになって、半身を捻りつつ両腕は頭の後ろに組んでいる。顔は、当時の女性の流行の化粧なのか細眉にブルーシャドウ。
う~ん、たまりません。って、何がたまらないのか自分でもよく分かりませんが、観た瞬間「やられた」と思ったのは確か。

・鹿児島寿蔵 「紙塑人形 さぬのちがみのおとめ」 1960年
こちらも、1960年の作品とは思えない。昔話に出て来るような日本の女神像だけれど、こちらは髪型表現がすごい。髪の毛が風にたなびいて、後ろに波打っている。
女神は膝をついて、身体をくの字にやや曲げて、上体は後ろにそらし気味。顔は天を仰いでいる。
顔、身体、着衣どこをとっても美しく、女神の感情が見事に表現されている。

・高浜かのこ 「夢の中に遊ぶ」 1982年 紙、桐塑
巨象に小さな子供達が群がって遊んでいる。とにかく細かい。

・大林蘇乃 「あね」 1951年 桐塑
弟の面倒をみる姉。ほのぼのとした懐かしい感じの作品。

・四谷シモン 「解剖学の少年」 1983年 紙、木、ガラス、毛、布、皮
ご存知四谷シモンの人形。タイトルの通り、少年の全身像だが、問題は胸部と腹部が人体標本のように皮をめくって内臓が丸見えになっている。
恐ろしいほど、少年のまつげは長く顔も美しいため、身体の状態と無表情な顔がミスマッチ。ミスマッチゆえに余計気になる。
何とも不思議な人形であった。

・友永詔三 「花占い」 1994年 木彫、サイプレス
チラシ表に採用されている縦に細く長いシルエットの人形。これなど、人形と言ってはいけないような立派な木彫作品。チラシで見るのと実際接してみたのとでは、やはり印象は違う。
特に人形の肌質(木の表情、色、質感)は実際接した方が、重みを感じた。
立体として造形的な美しさはこの作品がNO.1。
同じ作家の「初夏」という作品も出展されていたが、こちらも素晴らしい。

・アクセス・ルーカス 無題 磁器、鋳込
ドイツ人作家の磁器人形。磁器製の人形はこの作家のものだけ。
袖の飾りが特にきらびやか、これが鋳込みという技法なんだろう。顔の表情は厳しいが美しい。

帰りに、1階のカフェ「むぎの家」でコーヒーで休憩。
やはり、何度来ても気持ちの良い美術館だと思う。
税金の無駄だという声もあると聞いたが、ぜひ今後も良い企画展を続けていって欲しいと思う。
こんなに素晴らしい美術館、と言っても過剰に大きい訳でもなく、市の規模からいっても適切な大きさだと個人的には思っているが、があることを心から誇りに思っていただけたらと願っている。

*2月15日まで開催中。展覧会はこの後、三島市の佐野美術館に巡回します。

「智積院講堂襖絵記念完成記念「田渕俊夫展」 日本橋高島屋

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関西遠征シリーズが続くかと思いきや、フェイントで本日からスタートした「田渕俊夫展」に行って来ました。先週のNHK「新日曜美術館」の特集にもとりあげられていたので、ご存知の方も多いことでしょう。私は見逃したのですが、今更激しく後悔しました。
予想をはるかに超えた頗る良い内容だったのです。

現在日本橋三越で田渕俊夫展を開催していますが(1月18日まで開催中)、今回の高島屋の展覧会は京都智積院講堂内の襖絵60面の完成と昨年10月の奉納を記念し、一般公開に先駆けて紹介するものです。

7時前に到着したのですが、お客さんはまばら。広い会場内で襖絵をじっくりゆっくり堪能しました。
金剛の間、胎蔵の間、大悲の間、不二の間、智慧の間とお部屋ごとに襖絵が展示されています。
昨年の東近美で行われた東山魁夷の展覧会の時のように、畳が手前に敷かれており、その向こうに襖そのものがあるため、かなりの臨場感が得られます。
畳が敷かれているため、入場した際には新しい畳の香がするのも好印象。

まずは金剛の間にある2作品。ここは「夏」をイメージして「けやき」(6面)と「めだけ」が置かれています。入口正面にあるのが「けやき」。
こちらは、世田谷公園のけやきをスケッチしたものだそうですが、特徴的なのはけやきの太い幹が途中でずっぽり折れていること。
にもかかわらず、その横から枝が伸び、更に枝葉を伸ばすという植物の生命力ある姿を幻想的に捕えています。
白い襖に消えて行きそうなけやきは、夢の1シーンのようです。

胎蔵の間は、「胎蔵」の言葉から「春」をイメージした2作品「枝垂れ桜」と「柳」です。
この2作品は好みがわかれるかもしれません。
私は断然「柳」が良かったです。敢えて全体でなく柳の木の上部を描かず中間部より下だけを描いたことで、柳の木のスケール感を醸し出している所がお見事。
横一杯にしだれる柳の枝を見ていると、母なる胎内に抱かれているかの感覚が起こりました。

智慧の間は「秋」がテーマ。「ススキ」と「柿」の2作品です。
いずれも素晴らしい作品なのですが、「柿」は忘れられません。一見すると、「柿」とは分からないように思います。その枝ぶりは寂寥感が漂い、晩秋の趣。孤高の人を思い浮かべました。

大悲の間は「冬」です。冬山を描いた2作品ですが、ここでは特に技法に着目しました。
和風点描絵画と申しましょうか、水墨画で点描画表現をこんなに幻想的(語彙が乏しい~)かつ空気感が漂うものなのでしょうか?
山の稜線をほんのわずかのタッチで表現している所など泣かせます。
こちらの作品は、智積院と言えば思い出す長谷川等伯の「松林図」を想起させるやもしれません。
技法は異なりますが、画面から漂う森閑とした雰囲気は同じです。

最後は不二の間。ここでは「朝陽」と「夕陽」の2作品。
両者は向かい合わせに展示されていますが、どちらもタイトルを見ずとも時間帯がすぐに分かるはず。
「夕陽」は1日の終わりを。水は描かれていないのに、そこに水辺があって景色が映り込んでいるように見えました。とにかく美しいです。

「朝陽」の方は、新しい何かが生まれてくるそんな気持ちが伝わって来ました。朝靄の立ち込める中、太陽は描かれていないように記憶していますが、それでも陽の光が見えてくるのです。

お客さんは会場内に3人程になったので、椅子に座って作品の前で暫くぼ~っとしてしまいました。
白と黒、墨の濃淡だけでこれほどの表現ができるなんて、水墨画とは本当に驚くべき絵画法です。
ことに田渕作品は、引き算が見事だというのが強い印象です。

智積院でも公開していただけるかと思いますが、ぜひ再見したいもの。

*1月27日まで開催中。18時以降は入場料半額で空いているようです、オススメします。

「シェル美術賞展 2008」 京都市美術館別館

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東京で見逃した「シェル美術賞2008」をラッキーなことに京都展の最終日に見ることができた。
何しろ、東京展は代官山ヒルサイドフォーラムで13日間、京都ではわずか6日間の展示期間である。
面白い展示内容だったので、もう少し期間を長くして、大勢の方に観ていただいたら良いのにと思う。

ところで、会場にあった作品リストが作家名、タイトル、材料、全て英語表記だったのだけれど、日本語のものはあったのに、なくなったのでしょうか?
どなたかご存知の方があれば教えてください。
時間がなく、係の方に日本語のものは?と聞く暇もなく、会場を出てしまった。

あまり期待していなかったので、メモを取らず眺めていたが、「おっ」「むむ」と思う作品が、随所に現れたので、最後に一気にリストチェック。記憶は早くも曖昧です。
受賞作、入選作はこちら。以下好印象の作品です。

・伊東 啓二朗  「素敵な大人になりたい」
マイベストはこの作品。白黒のモノトーンな配色が不気味さを醸し出しているが、子どもが背中を向けて遊んでいる絵。こんな風に紹介すると身もふたもない。


・井上 佳香 「 みどりと白」 岩絵の具

・小川 暁雄 「 一山図」 紙本墨画・アクリル
アクリルや油彩が多い展示作品中、墨画で存在感を出していた。
丸っこい樹木や光のとらえ方などが面白い。

・小野 さおり 「 わすれもの」 油彩

・サガキ ケイタ 「 ウゴメクヨル」 ペン
このサガキさんの作品は、過去にどこかで見た記憶がある。自身のブログでキーワード検索したが、ヒットしなかった。
やはり、こんな時のために、印象に残った作品は作家名必須、できればタイトルと併せてできるだけ書いて残しておかねばと反省。
全てをペンで描写。ひとつひとつ細かい物(顔など様々なもの)が描かれている。

・前川 瑞江 「君のために捧げる歌」
曲名は忘れたが、音楽を聴いていて、インスパイアされそのイメージを絵画化した作品らしい。
どんな曲なのか分からないので、それが絵になった時、ぴったりした感じなのかどうかも分からないが、作品自体は構図が特徴的。
画面の上部に3人の人が立っている。うち1名に焦点を絞り、残る2人のうち1人が銃で狙っている。
銃で狙われている場面にしては、緊迫感はないが、画面に対して人物の小ささ、描き方が特徴的。


今回はグランプリに該当作なしということで、準グランプリが2点選ばれていた。チラシ掲載の2点。
いずれも好みではないが、強いて言えば下段の三宅由希子「すべてを受け入れる」が良かった。
上手くするともっと幻想的な作品をどんどん描いていくかもしれない。

準グランプリ、審査員賞など受賞・入選作は全部で44点。
応募総数1700点のうちの44点であるが、その個性を平面で発揮するのは至難の業だということが良く分かった。
大半の作品はどこかで見たようなありがちな内容で、残る一部の作品が自分の琴線に触れる。
出品作家の平均年齢27.4歳という状況で、上に挙げたようなお気に入りが見つかっただけでも大収穫だと言える。
実作を観ることができて、本当に良かったと思う。

*展覧会は既に終了しています。

「水の浄土・琵琶湖-琵琶湖文化館の収蔵品を中心に-」 安土城考古博物館

昨年2008年4月1日より、滋賀県の財政状況の悪化、施設の耐震診断が出来ていないことなどを理由に、休館を余儀なくされている。
今回は、同館所蔵の収蔵品が安土城考古博物館の特集陳列で久々に展示されるということで、観に行った次第。安土城考古博物館は初めての訪問である。

ところで、この安土城考古博物館のアクセスの悪さには驚いた。最寄駅の安土駅は快速が停車せず普通電車しか停まらない。さらに、この安土駅からは徒歩で25分(実際はもっとかかるのではないか?)、この寒い冬場では駅近くにレンタサイクルはあるものの、利用を考える人などいないだろう。
ということで、タクシーもしくは自家用車などの車でしか行けない。バスもなし。

仕方ないので、行きは能登川駅(快速停車)よりタクシー(約2000円)利用。当日は、寒波到来で朝方みぞれまじりの雪が降るという悪コンディション。
博物館に行く前、近くの織田信長の築城で著名な安土城跡に運転手さんが案内して下さった。小高い山の城跡があったが、こんな自然の厳しい場所に信長は城を建てたのかと感慨深いものがあった。周辺は良質な地下水が豊富な地域ということで、防衛上の理由が主であったろうが、水にも着目したのかもしれない。

目指す安土城考古博物館はレンガ作りの予想外に立派な建物であった。琵琶湖文化館の考古部門だけ独立させて、こちらに移したのだが失礼ながら、それは成功しているとは思えない、閑散とした状態だった。

展覧会は、安土城考古博物館の所蔵品を含め60点とまずまず。
展覧会構成と印象に残った作品は次の通り。
ご紹介している作品は以下文化館HPで画像を見ることができます。

プロローグ びわ湖-天台薬師の池-
・木造薬師如来坐像 平安時代 慈眼寺(守山市)
こちらは昨年11月、琵琶湖文化館による修理の過程で、制作された鎌倉時代初期は顔に墨や朱を塗った木像で、室町時代以降に金箔(きんぱく)を張られていたことが分かった、という曰くつきの仏像。
同館学芸員の方のブログによれば、この先いつ見られるか分からないとのこと。

墨で眉と口髭、顎髭が描かれ、唇には朱、目尻と目頭には青の顔料が塗られていた。金箔をはがした上で再度塗る予定だったが、今回の発見で当初の姿で保管することになり、展示では、700年ぶりに甦った当時の様子のまま拝見できた。

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*左は修理前の室町時代以降金箔が張られた状態。右が当初の薬師如来座像のお顔。

何だか、化粧をする前と後でもこれほど変わるかという程お顔の様子が変わっているのを目の当たりにした。
金箔を施した修復には、当時の宗教思想がからんでいるものと思われる。

第1章 水へ祈り
・紙本墨画「叡山図」 曽我蕭白
文化館では蕭白の素晴らしい本気の水墨画を所蔵している。こちらは、それ程大きくないものの、画技が突出していたことは明白に感じられる。

・絹本著色「猿猴図」森狙仙筆

第2章 描かれた水の世界
・紙本墨画淡彩「楼閣山水図」右隻(重文) 近江神宮所蔵
六曲一双の大作。
蕭白の素晴らしさは、この文化館寄託、所蔵作品で学んだと言っても過言ではない。この「楼閣山水図]またの名を「月夜山水図屏風」と言って、辻惟雄先生の「奇想の系譜」には後者の名前で掲載されている。実は、この記事をアップした日は、インターネットで調べても同一の作品だと分からなかったので、別の作品かと思って、記事にも2作品を所蔵などと書いていた。
ところが、琵琶湖文化館の学芸員氏よりコメントをいただいて、漸く謎が氷解した(Akitu様ありがとうございます!)。

*青字部分は1月14日に加筆修正しました。

かくも素晴らしい作品を託されていながら、なぜ休館せねばならないのか、どうにも納得いかない。

・紙本著色「山水図」 円山応挙 
応挙らしい丁寧精緻な画面。色合いも美しい。

他にもこの章では山水図を中心に展示されている。

第3章 豊穣の海
・絹本著色「鴨図」 谷文晁
一画面に、ぎっちり28羽の水鳥が描かれている。こんな絵も描くのかとちょっと意外。

・「三上山蒔絵台」 梅沢隆真作
田植えをしている農夫とそれを指示する人物を蒔絵台に描いている。非常に珍しい工芸品。
昭和天皇の大嘗会の神饌のための神田である悠紀斎田が野洲三上村に置かれた記念として作られたものらしい。

エピローグ 「水から生まれ、水へと還る」
・絹本著色 「蘭亭曲水図」 横井金谷
横井金谷は、蕪村に私淑した地元出身の文人画家。近江の与謝蕪村と言われる。昨年3月に大津市歴史博物館で「楳停・金谷」という企画展で大きくとりあげられていたので、記憶に新しい。

エピローグでは「蘭亭序」に関する作品を集めて展示していた。

また、各章ごとに松戸喜代次作の「もみ紙」作品や琵琶湖各所、仏像の写真ぱネルが展示され、琵琶湖文化館らしさを出していた。

好印象の展示だったが、仏教美術関連が寂しく、写真パネルの仏像を拝見しては、溜息が出てしまうのであった。

常設展では、神像特集「神々の像をまつる」が行われており、様々な神像が展示されていたのが面白かった。
megami

中でも、玉龍寺の「木造女神坐像」(上画像) 室町時代 は、袖中に隠した左手で顔の大部分を覆い隠すというまれに見る様子をしている。このような神像は、他に類例がないらしい。
この他、木造弁財天坐像(安土町千光院)室町時代もインドのサラスバティーを神格化した水神で、頭上に蛇がとぐろを巻き、更にそのてっぺんに老人が乗っかるという異形の神像。
なぜ、てっぺんに老人?
長浜市で活躍した仏師右京介が制作した。制作者がきっちり判明しているのもすごい。

*「水の浄土」は1月18日で終了。
「神々の像をまつる」は2月22日まで開催中ですが、展示替えがあります。

「日仏交流150周年記念 開館20周年記念 モネ 「印象 日の出」展 名古屋市美術館

印象派ファンの方々では話題になっている?「モネ 印象日の出」展を名古屋市美術館で観て来ました。
事前にmixyで混雑状況など調べてみましたが、お正月前は人出は少なかった模様。安全を期して、平日金曜の夜間開館前を狙って入りました。案の定、それほどお客さんは入っておらず、ゆっくりじっくり鑑賞できました。

さて、この展覧会はタイトル通り、印象派の名前の由来ともなっているモネの名作「印象 日の出」を中心とした内容となっています。
作品数は「印象 日の出」を含め、全部で35点。海外からの出品は「印象 日の出」のみで他の作品は全て国内の美術館、企業、個人所蔵作品からの貸し出しとなっています。

出品作家と出品数は次の通りです。
・モネ 18点
・ブーダン 3点
・ピサロ 4点
・シスレー 4点
・セザンヌ 1点
・モリゾ 1点
・ルノワール 3点
・ギヨマン 1点 

展覧会の構成は、冒頭ブーダン、ピサロ、シスレーら関連作家の紹介とその作品を展示。
ちょうどその中心にモネの「印象 日の出」展がど~んと中央に展示されています。この作品は少し高しひな壇からも見ることができるし、もう少し近寄って柵の前まで寄ることも可能です。
バックの赤い壁がとにかく強烈で、絵より目立っていたかもしれません。
最初観た時、「えっ、小さい・・・」と思ったのは私だけでしょうか。モネの作品は割と大きいものが多いというイメージがあったので、その小ささに驚きました。
「印象 日の出」も含め、モネの作品の多くは近くで観るより、離れて観る方が私は好きです。
本作も同じで、近くで観るより、離れて観た時の方が、日の出の空の明るさや海に写り込む様子が美しく感じられました。印象派の出発を記念して、船出と日の出を描いたとされれいますが、それに相応しい作品であることは申し上げるまでもありません。

この作品は第1回印象派展の出品作だが、本展では第1回(1874年)から最後の第8回印象派展1886年)までを出品作家や概要をパネルで丁寧に案内してあります。
それらを読んでいると作家間の確執などが伺われ、印象派とひとくくりに私たちは呼んでいるものの、そう簡単に割り切れるものではないのだと複雑な思いがしました。

2階の展示室は、「印象 日の出」以外のモネ作品が全て置かれています。
ここでの好印象作品は次の通り。
・「ルエルの眺め」 1858年 丸沼芸術の森
モネの初期の作品。まだ印象派前なので、細かい描写。それでも透明感や水の様子が素晴らしい。

・「テムズ河のチャリング・クロス橋」1903年 吉野石膏株式会社
オークラチャリティー展でも、同社所蔵のモネの優品を昨年堪能させていただいたが、これも素晴らしい。チャリング・クロス橋を描いた作品は、本作の横にもう1点笠間日動美術館所蔵のものも並べられていたが、蕩けそうな画面の様子に惹かれる。2点中こちらの方が好み。

・「霧の中の太陽」 1904年 個人蔵
午前中のウォタールー駅を描いた作品。「テムズ河のチャリング・クロス橋」同様、離れてみるとより素晴らしさが際立つ。絵に吸い込まれそう。


この他1階に展示されていた作品の中では、学生時代名古屋市美術館の「ルノアール」展で観たと思しき「読書するふたり」に再会した。この作品は、群馬県立近代美術館所蔵なので、昨年のリニューアルでも拝見したかもしれない。
シスレー「舟遊び」1877年島根県立美術館や「サン=マメスのロワン運河」1885年ヤマザキマザック株式会社は、同じ作家ながらタッチも変わっており、その作風の変化を見るのも面白いです。


地下1階の常設展では、草間弥生の「ピンク・ボート」1992年がどんと入口正面にあります。
この作品、常設でもなかなかお目にかかれないので、草間ファンはお見逃しなく。ピンクが強烈です。

また、昨年ハラミュージアムアーク觀海庵でのインパクトが強烈だったアニッシュ・カプーアの「虚空No.3」同展展示品とほぼ同一と思われます、も展示されています。
あれほどの演出効果はありませんが、こちらも併せて楽しめます。

この他、常設展ではモディリアーニの名作「おさげ髪の少女」が待っています。

*企画展、常設展とも2月8日まで開催中。

名古屋⇒京都⇒静岡⇒三島 3泊4日美術館めぐり

2009年初の美術館巡り。
何しろ、年末年始に名古屋に帰らず東京で年越ししたため、さすがに我が最愛の親に顔を見せるという重要使命が今回の旅の目的。
決して、京博の企画展やら「モネ印象 日の出」展目当てではない。

ということで、3泊4日の旅程をだらだら書くのも何なので、行った美術館と展覧会名のみざっと挙げる。個別に取りあげるべきものは、別途記事にいたします。

1月9日(金) 新年早々有休を1日いただきました。 東京⇒豊橋間は新幹線ひかり号利用
・碧南市藤井達吉現代美術館 「東京国立近代美術館工芸館所蔵 人形展」&常設展
・名古屋市美術館 「モネ 印象 日の出」展&常設展
・ケンジ・タキギャラリー 「杉戸洋展」
・愛知県美術館 「アンドリュー・ワイエス-創造への道程-」&常設展

1月10日(土) 名古屋発⇒安土⇒山崎⇒京都を青春18きっぷ利用
・安土城考古博物館  「水の浄土・琵琶湖-琵琶湖文化館の収蔵品を中心に-」展&常設展
・大山崎山荘美術館 「さて、大山崎 山口晃」展
・京都国立博物館 「京都御所ゆかりの至宝-甦る宮廷文化の美」
・高島屋京都店  「浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展」

1月11日(日) 京都⇒名古屋を青春18きっぷ利用
・京都市美術館本館 「ふたつでひとつ」
・京都市美術館別館 「シェル美術賞展2008」
・細見美術館 「琳派展Ⅺ 花の協奏曲」
・楽美術館 「花のかんざし」及び手にふれる楽茶碗鑑賞会
・相国寺承天閣美術館 「狩野派と近世絵画展」

1月12日(月) 名古屋⇒静岡⇒三島⇒東京を青春18きっぷ利用
・静岡アートギャラリー 「珠玉のヨーロッパ油彩画展 バロック美術から十九世紀へ」 <初訪問>
・佐野美術館 「小林古径」展 <初訪問>

4日間で、ギャラリーひとつを含め15展に行くことができた。
やはり、ボリュームとしては京博の企画展が良かったが、高島屋の「浮世絵ベルギーロイヤルコレクション展」は東京の太田記念に出展されていなかったものが大半で、素晴らしかった。あの春信の状態の良さ作品内容はファン垂涎もの。

最終日は、浜松の平野美術館「江戸の美術」を観たかったが諦めたが、静岡アートギャラリーで思いかけずじかんを要したので、結果的にそれで良かったと思う。

夢の美術館 江戸の名画100選 

このタイトルは展覧会でなく、NHKBSハイビジョンで1/2に放映されたTV番組。
夢の美術館は毎年シリーズとなっていて、私が日本美術好きになったのも、この番組がきっかけと言えるかもしれない。

ちなみに過去に放送された内容は次の通りです。放送日は初回時のもの。

第1回 西洋美術(1998年11月3日放送)
第2回 日本の美(1999年11月2日放送)
第3回 20世紀アート(2001年1月3日放送)
第4回 イタリア美術(2001年12月22日放送)
第5回 国宝(2002年12月15日放送)
第6回 印象派の時代(2004年1月4日放送)
第7回 ルーブル名宝(2004年12月23日放送)
第8回 うるわしのアジア仏の美(2005年12月10日放送)
第9回 世界の至宝・工芸(2007年1月28日放送)
第10回 世界の名建築(2008年1月27日放送)

記憶によれば、このシリーズの第2回(1999年)「日本の美術100選」を最初に観たようだ。
初回の西洋美術は残念ながら記憶にない。

「日本の美100選」で最後の100点目に紹介された「松林図屏風」で長谷川等伯を知り、いつか本物を観たいと思った。最後まで食い入るように見ていたことを今でも覚えているのだから、余程鮮烈な印象を持ったのだろう。

伊藤若冲は名作NO.97で「動植綵絵」が番組で紹介されていた。
ただ、その名前が強く刻みこまれたのは夢の美術館より後、2002年1月2日夜10時にNHK総合で再放送された「神の手を持つ絵師」を見てからである。
以前、夢の美術館で見たのは伊藤若冲だったのか・・・ここで作家と作品が結びついた。
何しろ、番組で若冲役の岸部一徳が、あまりにもはまっていたのも良かった。

話を戻そう。
3回目の20世紀アートまでは記憶にあるが、以降見たり見なかったりが続き、今年は久々に6時間半の長丁場をじっくり腰を据えて視聴。
紹介された100点は番組HPで案内されている。
このうち私が、実作を観た作品をチェックしたら、5割だった。7割くらい観たと思ったが、しっかり数えたら半分。
作品を知っているだけで、すっかり観た気になったものがあったのかもしれない。

さてさて、他の皆さんはどの程度本物をご覧になっているのでしょうか?

<番組HP>
http://www.nhk.or.jp/yumebiedo/index2.html

番組の監修はゲスト解説者として出演された小林忠先生を中心とした専門家。
名画100選なのに、徳川家光の「枯木梟図 」が入っていたり、小林先生曰く「お願いして無理に100選に入れてもらった」とかで、独自色が出ているのも面白い。

過去に同じNHKIの別番組で見た映像も沢山あったが、それでも江戸絵画を作者の経歴共々まとめてられたのは収穫だった。
ちょっとした江戸絵画の復習ができたような気がする。

写楽の肉筆画がギリシャ・コルフ島のアジア美術館で発見されたのは、昨年8月に新聞で報道されてようだが、私はちっとも知らなくて驚いた。
TV映像で見る限り、この肉筆画かなり状態も良くいい感じ。
あぁ、これは見たいと思ったら、早速今年の7月4日から江戸東京博物館にて日本・ギリシャ修好110周年特別記念「写楽 幻の肉筆画」とそのものズバリなタイトルの特別展が企画されていた。
企画展HPはこちら⇒http://sharaku.exh.jp/

これで、また名作が見られる☆
更に、未見の名作の1枚である狩野山雪「老梅図」も東博「妙心寺」展のために里帰りする。

こうやっって、地道に1点1点本物と出会えば、いつか100点制覇できるかな。

ゲストのロバート・キャンベル氏による蘆雪をめぐる和歌山への旅なども興味深かったが、大好きな渡辺崋山の絵が97点紹介が終わっても出て来なかったのでハラハラしてしまった。
えっ、まさか崋山の絵は名作にならないの???
結局98番目に「鷹見泉石像」が紹介され安堵する。


この番組は衛星放送、総合放送で再放送されるはず。関心おありの方はお見逃しなく。
それにしても、休憩なしで6時間半は目に過酷だった。

「寿ぎと幽玄の美 国宝 雪松図と能面」 三井記念美術館

あちこちのブログで、続々とこの三井記念の展覧会の鑑賞レビューがアップされている。
かくいう私も1月3日に観にいったのだが、この展覧会の記事は書くのを止めようと思っていた。
何を書いて良いのか分からなかったというのが最大の理由。
しかし、思うがままに書けば良いのだと開き直って、自分なりの感想を記録に留めることにした。

内容が乏しいのは、毎度のことですが何とぞご容赦くださいませ。

さて、応挙の国宝「雪松図屏風」は毎年三井記念美術館の新春恒例展示である。やはり、離れて観るのが一番好き。元々ある屏風の白い部分を活かした作品は、まさに余白の美。

今年の目玉は、平成20年度に重要文化財に指定された「旧金剛宗家伝来能面」54面を一挙に展示していることだろう。
残念ながら、当方「能」も「歌舞伎」も全くの不調法。
ただ、地元愛知の徳川美術館などあちこちで展示されている能面には過去いくつか出会っている。
と言っても、それらはわずか1点、多くて2~3点といった感じで、54面もの大量の能面を観るのは無論初めてのこと。

展示室5・6・7の3室を使用し、54面の能面を「翁・尉・鬼神・男・女」の5種類に大別し、展示している。
まず、冒頭の翁面であるが、同じ役柄名のものでも、作者が異なると、面の様子が相当違うことが分かった。どちらが良いとかというレベルの高い鑑賞はできないが、作者による面の違いというのは、鑑賞する上で注目点になった。ただ、同じ役の面が複数あるものはあまりなく、冒頭の日光・春日の翁と中盤の山姥などの面だけだったのは残念。

あとは、ひたすら形態、表情的に面白い作品を探す。

それにしても室町時代の能面がこれほど状態良く、沢山保存されているのは、やはり素晴らしいことだと思った。

能面をそもそもどうやって作るのか帰宅後調べてみた。
できれば初心者向けのそんな解説も会場内にパネル表示などしてもらえたらと思う。
ちょっと三井の解説はそっけなさすぎだった。

能面以外には長次郎の黒楽茶碗「銘俊寛」など茶道具も能にちなんだものを取り揃えている。

*1月24日まで開催中

「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」 Bunkamura ザ・ミュージアム

クレー

名古屋市美術館からの巡回を経てピカソとクレーの生きた時代」を観ました。
全作品数64点とそれほどないが、なかなか見ごたえのある内容でした。
ただ、タイトルは「ピカソとクレーの生きた時代」と思わせぶり?ですが、別名を付けるとするならば、「ノルトライン=ベストファーレン州立美術館所蔵西欧近代美術コレクション展」と言った感じでしょうか。
今回、同館が改修工事のため休館する機会を利用して、そのコレクションを日本で展示紹介しようとする試みです。

展覧会構成順で印象に残った作品を振り返ります。

第1章 表現主義的傾向の展開
表現主義を標榜しつつ、しょっぱなはフォービスムのマティス「午後の休息」1904年が登場。
明るい色彩のみを使用し、まぶしさで輝いていた。

・フランツ・マルク 「3匹の猫」 1913年 
この作家を知らなかった。動物をよく描いたそうだが、この3匹の猫も大胆な色彩と構図で、確かにドイツ表現主義の魁のように感じる。一瞬シャガール?と思ったけれど、シャガールであれば、猫だけ3匹というのはあり得ないか・

・マルク・シャガール 「祝祭日」 1914年
シャガールは2点あって、うちこの祝祭日はシャガールらしからぬシンプルな画面。
ユダヤ教を意識したテーマ。人物の頭上にさらに小さな分身が乗っている。

第2章 キュビスム的傾向の展開
キュビスムと言えば、この人ピカソの登場。ピカソは全6点。
中でも一推しは「二人の座る裸婦」1920年。古典主義時代の作品。あまりにも存在感があった。
この時代のピカソの作品は好きなのだが、その中でも特に良いと思う。落ち着いた色合いの背景が気になる。
帰りにこの作品だけポストカードを買おうとしたが、印刷だと暗くなり過ぎていて、買うのをやめた。
やはり、本物だけが見せる味ってある。

・「鏡の前の女」 パブロ・ピカソ 1937年
もう顔だけでマリーテレーズ・ワルテルと分かる。
画面左の黄色の花瓶、鏡の中の赤・白・黒の幾何学模様、マリーの着衣の青が上手くバランスがとれている。さすがピカソ。

同じくピカソの「フェルナンドの肖像」も気になった。

第3章 シュルレアリスム的傾向の展開
この章の個人的見所はルネ・マグリット。未見作(以下)ばかりで嬉しかった。
・「とてつもない日々」 1928年
マグリット
女性の裸体にからみついたような男性の半身。男性の半身は女性の身体の線を壊すことなくその1部と化している。見ようによっては、壁から男が飛び出して女性を壁に引きずり込むようにも見える。
面白い。

・「庶民的パノラマ」 1926年
通常横に展開されるであろう風景が縦につながっている。まるで、家の2階1階地下階といった感じ。
各界はそれぞれ美しく(?)描き分けられて、吹き抜けで上手くつながっている。
不思議なマグリットの世界。

・「暗い庭」 イブ・タンギー 1928年
シュルレアリスム主宰者ブルトン旧蔵作品。「不在の淑女」と2点あったが、暗い色調で、どちらかと言えばシュルレアリスムらしくないこちらの作品の方が気に入った。

第4章 カンディンスキーとクレーの展開
冒頭カンディンスキーの1914年作3点が並んでいた。久々にこの年代のカンディンスキー作品を観る。
ロベール・ドローネーのクレーの始祖というべき作家のものも1点あった。
これ以後ドローイング含む27点のクレー作品で展覧会は終わる。

・「畑の中の黄色い家」 1912年
いたずら書きのような水彩作品。こんな作品はクレーの中でも好み。

・「ムッシュー・ペルレンシュバイン」 1925年
スプレーを使用して制作。以前何かで画像を観ていたので、実作に出会えてうれしかった。

・「リズミカルな森のラクダ」 1920年 (トップ画像)
今回チラシやポスターにも採用された作品。もっともクレーらしい作品だと思う。

「宝物」「赤いチョッキ」などを眺めていると毎度のことながらクレーの作品は詩的でリズミカルだと感じる。
「助けを呼ぶ声」「踊りの場面」、ことに前者はピカソっぽいドローイング。線の巧みさはピカソも素晴らしいが、クレーも上手い。

*3月22日まで開催中。 
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