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「フランク・ブラングィン」展 国立西洋美術館

ブラングィン

国立西洋美術館で開催中の「フランク・ブラングィン」展に行って来ました。
フランク・ブラングィンの略歴・紹介は展覧会公式HPをご参照ください。⇒ こちら。*公式HPは職業診断もあって面白い。

まず、結論。
個人的にはこの展覧会大ヒット。ここ最近の西洋美術系展覧会では一番良かった。
その理由としては、私が本展開催までブラングィンという画家について何一つ名前さえ知らなかったこともあるけれど、決してそれだけではない。

本展では4つの顔を見せるブラングィンを紹介している。
(1)画家としてのブラングィン
(2)壁面装飾家としてのブラングィン
(3)デザイナーとしてのブラングィン
(4)版画家としてのブラングィン

個人的には、画家として、版画家としてのブラングィンに感動した。

圧倒的とも言える油彩で見せる色彩感覚。あの強烈な色彩は今も目に焼き付いて離れない。
明るいオレンジと緑を取り合わせた森の背景に真っ白な白鳥が数羽、身体を休めている作品≪白鳥≫1920-1921年。
コバルトブルーのいかにも地中海?的な海の色と真っ赤な帆は、けばけばしいとまでロンドンのアカデミーで酷評されたが、これまでにない大胆な色使いだっただけであり、単なる毒々しさとは違う≪海賊バカニーア≫1892年。他にも印象に残った作品は多数あるが、後述する。

そうかと思えば、エッチング・リトグラフのモノクロ版画で見せる線描の細かさ、陰影の付け方は、版画界の大御所、かのピラネージ(建造物のエッチングが何点かあり)やレンブラントに匹敵する腕前である。
更には、日本の浮世絵に影響を受けて制作された色刷りの木版画。これがまた良いのだ。モノクロエッチングの緻密さはどこへやら、油彩で培った美しい色彩感覚と簡略化された形態の作品もあれば、清親の光線画を思わせる光と影の風景画、様々な面を見せてくれる。

私は、めったとポストカードの類を購入しないが、今回はモノクロ版画ものを2枚に手を出し、早速飾っている。しかし、やはりポストカードはポストカード。実際の作品とは大きさも異なるが、質感も違っている。

国立西洋美術館所蔵作品の礎を築いた松方幸次郎は、水彩、油彩、版画合わせて、約200点を蒐集していた。蒐集作品の中には他の画家の作品によるものもあったが、これらは1924年に美術品などの贅沢品の輸入に100%の課税がかけられることがきっかけで、日本への輸入が困難となった。そこで、ロンドンの倉庫とパリのロダン美術館に保管されたが、ロンドンの倉庫が火災に遭い、作品は全焼する!
この200点の作品が残っていたら、ブラングィンの画家としての知名度はもっと上がっていたというが、展示作品を観ればなるほどと頷けるものがある。
更にこの2人は、火災以前に松方のコレクションを元に「共楽美術館」の建設を夢見ていた。ブラングィンは美術館の建築デザインを依頼されていた。ところが、1923年の金融危機、続く1927年の関東大震災をきっかけにコレクションは散逸し、夢の美術館として終わる。


展覧会の構成と概略は次の通り。
?.松方と出会うまでのフランク・ブラングィン
・アーツ&クラフツ運動とアール・ヌーヴォー(作品番号1~19)
・大画面の絵画(作品番号19~29)

?.フランク・ブラングィンと松方幸次郎
・第一次大戦期のブラングィンと松方(作品番号30~39)
・共楽美術館建設に向かって(作品番号40~56)
・松方が蒐集したブラングィンの作品(作品番号57~80)

?.壁面装飾、版画、その多様な展開
・エッチングとリトグラフ(作品番号81~96)
・木版画と日本(作品番号97~107)

次に冒頭に挙げた以外の印象に残った作品について。
まずは、油彩。
・≪海の葬送≫1890年
ブラングィンの作品モチーフには船を扱った作品が多い。ウィリアム・モリスの工房で装飾芸術を手がけていたが、工房を離れてパリに移り、船員として働きながら作画活動を行っていた経験から生まれたもの。それゆえに、他の作品群と違って、海や船を扱った、例えば≪しけの日≫1889年などは、抑制した色彩で同一作家の作品ではないようにも思える。本作は、船で死亡した船員を海に流す場面を沈鬱に描く。空も甲板も曇っていて、悲しみがこちらにも伝わって来る。

船をテーマにした作品が多かったことも、造船業を営んでいた松方の好みと一致し、コレクションのきっかけとなった。

・≪慈愛≫1900年
≪海の葬送≫とは対照的。油彩であるが、どこかパステル画のような筆使い。これもブラングィン作品の特徴のひとつ。どこか、タペストリー的で、実際、タペストリーにしたら、さぞかしと思わせる。左よりの青いドレスの女性が聖母マリアと見立てた寓意画。

・≪りんご搾り≫1902年
これも凄かった。リンゴがキャンバスからこちらまで飛び出してくるのではないかと思わせる。おびただしい数のリンゴの色は全て微妙に異なり、、中央の女性の上着は≪海賊バガーニア≫で見せた程の強さはないが赤色で、作品のアクセントになっている。濃密な画面構成。同じく濃密過ぎるほど濃密な画面構成な作品≪ラージャの誕生日の祝祭≫1905~1908年も挙げておく。

次に版画作品。

・≪若者の功名心≫1917年 リトグラフ
雨が降りしきる中、青年と少年のちょうど境目頃に見える若者の左斜め後方からの姿を描いた作品。一瞬、ノーマン・ロックウェルの絵かと思った。少ない線なのだが、若者の功名心よりもどこか孤独で寂しげではかない。遠くに見えるのは軍艦。本作品は「船乗りを養成する」という連作の中の1枚。

・≪アルビの古い橋≫1916年 エッチング
リトグラフよりエッチングに優れた作品が多かったように思うが、中でもこの作品にはとても惹かれた。
まず、構図。大きなアーチ型の橋脚とそこを抜ける小船。川面は静かにないでいて、櫓を漕ぐ波紋までしっかりと線描されている。
モノクロなので、色は分からないが恐らく夕景の一場面。
本作品を含むエッチング作品の所蔵先は全て東京国立博物館なのはなぜなのだろう?東博とブラングィンとの関連が分からない。

・≪雪のついた木≫1920年頃
昨年の江戸東京博物館の「よみがえる浮世絵」展に出展されていそうな作品。いやもしかしたら、出展されていた?(後で図録確認しよう。)簡略化された雪のついた枝黒く強い線でうねっている。背景にはぼんやりとした樹木と煙突付の住宅がある。

デザイナー、壁面装飾家としてのブラングィンの良さは、あまりにも画家、版画家としてのインパクトが強く薄れた。同様に、夢の美術館で終わった「共楽美術館」関係の展示はやや物足りない気がした。ブラングィン作品に惹かれるあまり、そちらに集中してしまった結果かもしれない。
壁面装飾の方は、イギリス・リーズの≪セント・エイダンズ教会のモザイク≫など素晴らしい作品を残しているが、残念ながら展示作品だけでは、その凄さを頭では理解できるが、感じ取るのは難しかった。

絵画・版画作品だけでも十二分に素晴らしく満足できる。

気になる講演会も開催される予定なので、再度足を運びたい。
講演会詳細はこちら
スライドトークはこちら

*5月30日まで開催中。
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第26回 上野の森美術館大賞展絵画大賞 「福島沙由美展」 上野の森美術館ギャラリー

SAYUMI
「視点の境界線」2008年 第26回 上野の森美術館大賞展 絵画大賞

上野の森美術館ギャラリーで3月4日(木)まで開催中の「福島沙由美展」に行って来ました。本展は、第26回 上野の森美術館大賞展絵画大賞の受賞記念として開催されています。

福島さんの作品は、昨年TWS本郷での「TWS Emerging」展で初めて「鏡游掬~きょうりさらい~」を拝見し、その青色の美しさ、油彩とは思えない透明感が強く印象に残る。
<参考:過去ログ>http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-673.html
そして、先月、東京都美術館での東京藝大卒展にて、別の作品、恐らく「視点の道導」2010年?を拝見し、「鏡游掬~きょうりさらい~」とは別の青色、水中から宇宙へ移行したような印象を受けた。

本展は、2006年制作の「浸染19.6℃」から最新作まで、およそ7点で構成されているが、やはり圧巻なのは2度目の拝見となる「鏡游掬~きょうりさらい~」シリーズ。13枚のキャンバスを横に連ね、162×1261㎝という大画面を作り出している。
描かれているのは、水泡にピンクや白の睡蓮や水草などの花々。
自身も水中に浮遊しているかのような気にさせられる。水泡のように見えたものは、実際は鏡かガラスなのだろう。そこに映しだされる花々は上下左右と反転しているのだろうが、観る側には、なかなかそれと認識できない。

彼女が関心を持っているのは「視点」。
展覧会のパンフレットの作家本人の言葉によれば
「視点」をテーマに自分で創ったガラスの球体の中を水で満たし、そこに映しだされた虚像の風景をえがいています。ヒトの目はレンズと似ていて、ものを見る際、眼球の網膜に上下左右変転した像が投影され、その像が脳内で処理され、逆さに見えている筈なのに、正常な像として認識されるという。

更に、作家本人が志向するのは、作品の並べ替えにより別の絵がみえてくる作品の制作である。
会場内に、過去の展覧会風景、展示デッサン、これまでの作品などがお手製の作品集に残されていた。それを順に見て行くと、今回は隙間なく13枚のカンヴァスをつなげて展示していたが、30センチくらいずつ距離を置いて展示している写真があった。確かに間をあけて13枚を観るとまた違った印象を受ける。
順番を入れ替えたらどうなるんだろう?1枚だけで展示するにはちょっと惜しい作品で、やはり個人的には13枚で一連の作品として見ていたいと思う。

単独作品としては、近作よりむしろ2006年の「浸染19.6℃」が気に入った。この頃は、現在のような青中心の色使いはなく、むしろ黒ベースの暗い色調。それでも、絵から立ち上がって来る何らかの気配(描かれているのは同じく、水に映しだされた景色のよう)を強く感じ、光と空気、泡が具現化されていた。作品集は昨年の本郷での展示でも観ているのに、見る側のタイミングや心境によって、好みの作品も変わるようだ。

*3月4日(木)まで。10時~17時

「第2回 恵比寿映像祭」 東京都写真美術館

昨年を第1回として今年が第2回目の開催となる東京都写真美術館で開催中の「第2回 恵比寿映像祭」に行って来ました。
第1回を観ていないので、1回目との比較はできないが、展示上のいくつかの問題点を除けばなかなか楽しめる内容だったし、ここでしか見ることのできない映画も上映されているため、気になる作品があれば、是非足を運んで見られることをオススメする。
第2回の今回は、「歌(うた)」なるものを手掛かりに様々な映像について考えるもの(展覧会案内より)。

3階から地下1階までを使用し、全館あげての展示となっているが、3階から順に展示内容を追っていく。

イントロダクションを抜けて、最初に目に入るのはフィオナ・タン≪ダウンサイドアップ≫2002年。モノクロの上下反転した映像作品。影を利用して見せているので、最初は上下反転していることに気がつかない。反転していようがいまいが、この影を活かした映像はとびきりの美しさだった。個人的には本展のベスト。フィオナ・タンはインドネシア生まれのオーストラリア育ちで現在オランダで活動中。このモノクロ映像で、今週の土曜日にあるアルフレッド・ジャー作品との映像作品上映「歌をさがして」に行くかどうか思案中。
体調が悪くなければ行くのだけれど、昨晩の激しい頭痛を考えると二の足を踏む。

次に、おなじみのアンリ・カルティエ・ブレソンのモノクロ写真。

ブレッソンの写真を観ている頃からどこかで聞き覚えのあるピアノの音が流れてくる。グレン・グールドのバッハ作品『ゴールドベルク変奏曲, アリアBWV988』を映像編集技術によって、ティム・リーは自身の手で映像再現した。

正面には昨年東近美で初めて知ったヴィト・アコンチの映像「テーマソング」1973年でこれは初見。アコンチの映像は基本的に自作自演なので、映像そのものの印象よりアコンチの個性的な顔立ちの方が記憶に焼きついて離れない。
むしろ、隣にあったアコンチへのオマージュ作品(アコンチ作品のエロチックなリメイク)「フレッシュ・アコンチ」に昨年観た「こじ開け」と同じ場面が登場して、本作品がアコンチ作品のリメイクと分かったが、登場人物が全裸なのが過激。

仕切りの向うに4点作品を出展していたのが、カタリーナ・ズィディラー。一番面白かったのは≪SHOUM≫2009年。BGMに流れる曲(タイトル不明)は絶対どこかで聞いたことがあって、ついついノリノリになってしまう。この曲を言葉としての意味ではなく、音として文字化して紙に書いている映像が流れている。異言語であれば、言葉は意味として脳が理解できず、単なる音としてしか認識できない。それを視覚化して表現した作品。

ミン・ウォン、これはちょっと良く分からなかった。
アルフレッド・ジャーは過去にギャラリーで観たことがある。今回も鏡面を使用した作品。でも、これらに歌のテーマを探し出すのは困難だった。

中央には山城知佳子の映像作品が数点。沖縄で生まれ育った彼女が海に素潜りする映像があって、これも「歌」というテーマを脇に置いておいて、久々に青い海の中を観たという鮮烈な印象が残った。更にこの映像では水中での他者とのからみもある。何を訴えているのだろうか。

2階の展示へ。
2階は観賞者参加型の展示作品が何点かある。
ナム・ジュン・パイクの≪参加型TV≫は、マイクを持って歌を歌うと、目の前にあるTV画面の二次元映像の形が変わるというものなのだが、恥ずかしくて誰も歌わない為、画像の変化が分からない。もう少し、他にやりようがなかったのだろうか?あの展示室で歌を歌うってかなり、いや相当の勇気が必要だと思う。

暗幕をくぐるとTEAM生西の≪おかえりなさい、うた-Dusty Voices Sound of Stars≫と題した本展のための新作音声インスタレーションがある。発砲スチロール製の長椅子が沢山室内に置かれ、思い思いの場所に座り、音の世界に浸る。音が鳴るたびに、天井から下がる電球の光が明滅する。
目をつぶって聞いていると、様々な歌の思い出が語られる。このインスタレーションがもっとも本展タイトルにマッチしている気がした。

エンネ・ビアマンはポラロイドカメラによる写真、しかしこれがとても素晴らしい!やジョナス・、メカスのフィルムをそのままプリントしたような写真、アンダース・エドストロームと展示室内の3名による写真展示は見ごたえがあった。個人的にはビアマンの写真が気に入った。

タシタ・ディーンは≪緑の光線≫2001年と題して、水平線に落ちていく夕日の映像を見せる。ただそれだけなのに、海の緑と夕日のオレンジの色の取り合わせが絶妙。

藤本隆行・真鍋大度・石橋素の≪Time Lamps Plant/偽加速器2010≫は摩訶不思議。作品は2つあって、どこをどうつながっているのか今もってよく理解できていないが、LED照明が変わると、中央の機械式植物の動きがくねくねと変わる。この動きが単調でなく、かなり長時間眺めていても飽きることがない。どのくらい動きのパターンを持っているのだろうか。

地下1階展示室では、都築響一≪デュエット≫、カラオケは人生の縮図=まさにそうかもしれない、の展示と高嶺剛の絵画、素描など脳内宇宙を表現する作品世界を展開していた。

全体として、「歌をさがして」というテーマ性が分かりやすい作品そうでない作品とに二分される。一般の鑑賞者がふらりと訪れて、このテーマだとかなり難解ではという印象を受けた。テーマなど関係なく、個々の作品で観て行く方が楽しめる気がした。

毎日、1回の上映室で貴重な映像作品を上映している。上映スケジュールはこちら。私は、シリン・ネシャットの初長編映画「男のいない女たち」-現代イラン史をひもとく歌を鑑賞、更に開催2日目には吉増剛造 レクチャー・パフォーマンス「貧しさ・・・・詩人の眼gozo Cine」に参加した。
シリン・ネシャットの映画は映像も美しく、普段身近にないイランの一面を垣間見る内容だが、後味は悪い。
吉増剛造さんのパフォーマンスは凄かった。ほぼずっと話づくめ、それでもまだ語りきれないような状態。文章なのか詩の朗読なのかその境目は私には理解できず、切れ目なく際限なく続く言葉の羅列はまさしく「うた」そのものだったと思う。バックに流れる映像はアイルランド風景を映した作品(詩人イェーツへのオマージュ)が美しかったが、萬鉄五郎を追って制作された映像もまた、萬作品の力強さがそのまま伝わって来る内容。

*2月28日まで開催中。

「陶磁器ふたつの愉楽」 根津美術館

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根津美術館で開催中の「陶磁器ふたつの愉楽」に行って来ました。

新創記念特別展第3部にあたる本展も、第1部、第2部同様、根津美術館らしい名品の数々と展示室5で見られるような「茶道具と名物裂・更紗」と題し、丁寧に仕覆や更紗の布を観賞者に見せてくれます。これも、見せ方の妙を感じる展示でした。
以下印象に残った作品などを挙げて行きます。

<展示室1>
・龍虎図屏風 雪村周継筆 6曲1双 室町時代
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(右隻)
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(左隻)
大好きな雪村の6曲1双屏風。龍はともかく、室町時代から江戸時代に描かれる虎というのは、往々にして愛らしいものが多い。本作もしかり。虎の凶暴さはなりをひそめ、面長の顔立ちに目が行く。中央の虎よりも背景に描かれている川の流れや飛沫の表現、雨?や風の描写が秀逸。右隻の龍図の雲とは思えないような雲の表現にも注目。雲というより波にような描写だ。こちらも雲がいきもののように龍を取り巻く。
雪村の水墨作品でこれだけの大作はなかなか拝めない、新年早々の眼福だった。

以下本展タイトルの通り、陶磁器の展示が続く。本展では鑑賞の歴史と使う楽しみという陶磁器の二つの顔を所蔵品から紹介するもの。
特に根津の豊富なコレクションから、鑑賞法や名器を記した「君台観左右帳記」に記された品々を並べているところにも注目、これぞ根津美術館ならではだと思う。

南宋の「青磁袴腰香炉」から始まり、同じく南宋龍泉窯「青磁筍花生」「珠光青磁茶碗 銘遅桜」と南宋⇒元⇒明⇒清時代のやきものへ続く。同時にやきものと言えば、朝鮮のものも忘れてはならない。むしろ、個人的な好みは朝鮮焼き物にあり、「井戸香炉 銘此の世」青磁でも高麗青磁の「青磁鉄絵牡丹文水注」「白磁象嵌菊花門瓶」が良かった。

中央あたりに唐三彩が2点特に「三彩女人坐像」が目を惹く。着彩がしっかり残っている所がみどころ。

中国、朝鮮の鑑賞用陶磁器を並べ、後半で使う器に目を向ける。

ここで、好きな唐津焼が登場。出光での展示と比較すると数は少ないが、「鉄絵葦文瓶」(チラシ表右側)「唐津扇形向付」とやはり好きなものは好き。
今回はなぜか酒器に目が行き、志野盃、絵刷毛目徳利、黒高麗徳利、青磁蓋銚子の鉄と青磁の取り合わせに惹かれたり。
とどめは尾形乾山「鏽絵染付金彩絵替土器皿」5枚。出光の絵替皿と並べて観たい欲望にかられる。

<展示室2>
京派の粋<エスプリ>円山四条派の絵画とだいして、呉春らの優美な作品を展示している。
・長沢芦雪 「犬図」 江戸時代
ここで、芦雪を見られるとは予想外。しかもかわいい子犬の作品。応挙の犬もかわいいけれど、芦雪も負けない。

・呉春 「帰漁図」 
呉春は他にも「南天双鳩図」「矛屋春景図」とあったが、どれも応挙につながる写実的で優美な四条派の作品だった。

<展示室5> 茶道具と名物裂・更紗
ここでは、更紗や名物裂だけにスポットを当て取り上げている。中でも布帳や古裂だけを漫然と並べるのではなく、例えば更紗などは茶箱を包んだ形で展示していたり、仕覆もひとつの棗に着せ替え洋服のように幾種類もの仕覆が並んでいた所が面白い。
布だけの鑑賞でなく、ここでも用としての鑑賞を見せてくれた。

個人的には「間道」の粋なところが好きで、どうしてもそちらに目が行ってしまう。
更紗は、昨年横浜のシルクセンターで拝見した古裂のものの方が紋様は多様で面白かった。

<展示室6> 新春を寿ぐ
ここでは、新春にちなんだ茶道具の取り合わせを展開。毎度のことながら、これだけの名品が揃っていると、毎回度の組み合わせで何をあわせようか考えるのがさぞや、楽しいことだろうと思う。

・色絵如意頭香合 野々村仁清
・伊賀瓢形水指 銘 呂洞賓 桃山~江戸時代
・斗々屋茶碗 銘 春日山 朝鮮時代
・黒楽写瓢象嵌茶碗 小川破笠作 江戸時代

最後の破笠は、三井記念美術館で開催されていた柴田是真と同じく江戸末期の工芸家。イベントで参加したトークの中でもこの破笠と是真の比較が話題に上っていたので、作品を一度観て観たいと思っていた。恐らく過去にも観ているのだろうが、破笠と意識して観ていないので、どこがどう是真と違うのかが鑑賞ポイント。さすがに1点だけでは分からず。次回への課題となる。

*2月28日(日)まで開催中。

没後400年特別展 「長谷川等伯」  東京国立博物館

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東京国立博物館で開催中の「長谷川等伯」展に行って来ました。

もう、本当に待ちに待った等伯登場です。私は伊藤若冲、岩佐又兵衛、最近では池大雅も好きですが、等伯は若冲と並んで大好きな画家。
等伯がいなければ、日本美術を好きになっていなかったかもしれない、関心をもつきっかけを作ってくれたのは、かの有名な「松林図」(本展でも登場!)ですが、その前に智積院で彼と息子久蔵の「楓図」や「桜図」(本展出品なし)を観て感動のあまり30分はあの畳の部屋(当時)で陶酔し、心で泣いてました。

等伯の回顧展とあれば、いてもたってもいられません。初日に駆けつけました。
展示作品数は、前後期の入れ替えが4~5点あるだけの約70点。思ったより少なめですが、たっぷり二回会場内を回り結局2時間半はいたでしょう。

展覧会構成は次の通り。
本展を観る上で注目すべきはキャプションに描かれている印。信春時代の作品と等伯時代の作品とで印が分かれているので、およその制作時期が印を観れば分かる仕組みになっている。

第1章 能登の絵仏師・長谷川信春
ここでは等伯を名乗る前の長谷川信春時代の仏画の数々を軸物衷心に展観。昨年京博開催の「日蓮と法華の名宝」に出展されていた作品もあり。
仏画好きには堪らない第1章だった。26歳の最初期作品の「十二天像」世覚院蔵から始まり14点、とりわけ素晴らしいのは「釈迦多宝如来像」大法寺蔵などに見られる仏の表情の描き分けと優しい顔立ち。本展ベスト3作品のうち1点がこの第1章にあった。「善女龍王像」石川県七尾美術館蔵。成仏を願う法華の女性信者のために描かれたとされるこの小さな仏画に描かれているのは、龍を頭上に、右手に三鈷剣を持つ童子の立像である。少女のようにも見える顔立ちとよくよく見ると細かい衣紋特に袖口のあたりの細かさ、ほのかに立ち上る柔らかい感じが何とも癒されるのだった。
1点だけ持ち帰って良いなら、私はこの小さな「善女龍王像」が欲しい。

第2章 転機のとき-上洛、等伯の誕生-
息子久蔵を連れ、能登を後に上洛し、絵師として京都で身を立てる信治時代の作品から等伯と名乗り始めるまでの作品を展観。ここでも「十六羅漢図」霊泉寺蔵には後の等伯水墨画の息吹を感じさせる部分が随所に観られたり、「春耕図」京都国立博物館蔵では、狩野派技法も取り入れたか?という線描が観られ、派手さはないけれど、小品や「牧場図屏風」「山水図襖」、室町水墨画か南宋絵画研究の成果を感じる「「寒江渡舟図」「山水図」など観れば観るほど、面白い発見がある。
等伯の墨絵技法については『美術の窓』3月号の島尾新氏×板倉聖哲氏による対談に詳しいので、関心がおありの方はお手にとられることをオススメします。「等伯って、どんな人」という等伯初心者の方にも楽しめる好企画。

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第3章 等伯をめぐる人々-肖像画-
等伯は敬虔な法華宗徒でした。その彼を取り巻く僧だけでなく、「千利休像」表千家・不審菴⇒この作品はよく利休と言えば出てくる肖像、「武田信玄像」成慶院蔵など戦国から桃山時代を生きる等伯の時代を映す鏡。「武田信玄像」については真筆問題も浮上しているようだが、損傷がかなり激しく、肝心の信玄像部分に至っては肉眼ではとらえにくい。

第4章 桃山謳歌-金壁画-
第4章からは屏風や障壁画が並ぶ。前期の智積院からは「楓図壁貼付」4面「末に秋草図屏風」2曲一双、「柳橋水車図屏風」香雪美術館、そして極めつけは「波濤図」禅林寺蔵。
第4章に出展されている作品は、同じく東博の「対決展」など過去に目にしている作品も多かったが「波濤図」は今回が初見。こんな作品があの永観堂で有名な禅林寺のどこに眠っていたのやら。横に長い長い波濤図は金雲が湧きおこり、波頭の動きはうねうねと。中心は渦を巻いているように見える。あの渦の中に巻き込まれてしまいそうな流れ。
優美というのとはちと違う。荒々しいのともまた違う。酒井抱一、尾形光琳の「波濤図屏風」も観て来たが、これまで私が観た中では最高の波濤図だった。金雲のチラシ方、流れもバランスが取れていて、派手すぎないギリギリの所で止まっている。本展のマイベスト作品。

第5章 信仰のあかし-本法寺と等伯-
ここでのハイライトは高さ10メートル、横6メートルにも及ぶという「仏涅槃図」。噂では聞いていたが、やはり大きさというのは実際に体感してみないと分からないものだ。何しろ一番高い天井部分から下げても下の方は折れて床に垂れ下がってしまっている。いっそ、外に出して等伯没後400年大法要を営んでいただけないものだろうか。
この涅槃図には等伯を遺し先に逝ってしまった息子久蔵をはじめとする長谷川家の人々の名を刻んでいる。
しかし、これほど大きな涅槃図を制作したのには、永遠のライバルとされる、狩野派のサラブレッド狩野永徳への対抗意識があったことも見過ごせない。ちょうど大きな仕事を永徳に邪魔され、取られた後のことだったようだ。

描表装されていたと後で知った。この時はあまりの大きさにどこを観て良いものやら、下の方の動物ばかり注視していた。次回は描表装もしっかり確認しよう。単眼鏡、双眼鏡お持ちの方は必携です。

巨大「仏涅槃図」とは別に、等伯作品として今回唯一出展されている「妙法尼像」の白描画が印象深かった。等伯の人物、特に仏画の多くに登場する仏や菩薩の顔、表情はとても優しく柔らかい。とりもなおさず私が等伯を愛する所以はこの表情にもある。妙法尼もやはり、良い優しいお顔をされていた。観る(ここでは等伯)人の気持ちが入った作品。

第6章 墨の魔術師-水墨画への傾倒-
本章では、墨の魔術師と題して、等伯の水墨画を展観していく。
「瀟湘八景図屏風」東京国立博物館蔵、「禅宗祖師図襖」天授庵、「竹鶴図屏風」出光美術館、「枯木猿猴図」龍泉庵
など、およそ15点の水墨屏風の名品が勢揃い。
息子久蔵亡き後、前章で見たような金壁画ではなく水墨画中心の画作となる。
古典の研究をよくしているなと撥墨技法や墨の濃淡の使い分けなど、非常に扱いが上手い。

第7章 松林図の世界
国宝「松林図屏風」は最後の最後に登場するが、出口間際ではちょっと落ち着かなかった。むしろ、その手前にあった「檜原図屏風」禅林寺(またしても禅林寺!)の近衛信尹和歌と等伯の檜原を背景にした書画合作の素晴らしさ。初見だが、これぞ日本美術の粋ではないだろうか。
無論「松林図屏風」については今更語るべくもないだろう。ただ、あの作品は何者かがあのような屏風に上手く仕立てたとのことで、最初からあれを意図して等伯は描いていないらしい。

智積院の久蔵の「桜図」をとても観たくなった。父の作品が傍らにないのでは、久蔵も寂しかろう。「桜図」の本展出品がなかったのは非常に残念。
今も京都に行ったら、摸本でない「桜図」に出会えるのだろうか。

*3月22日まで開催中。3月9日より一部作品が入れ替えられます。
混雑が予想されるため、お早目のご鑑賞をオススメします。図録は印刷も美しく(檜原図屏風はちょっと不満だけど)充実した内容で2500円。

注:2月24日夜追記。

2009年度 京都市立芸術大学 作品展 京都市立芸術大学

こちらも既に終了している展覧会だが、記録に残しておきたい展示があったので短めに。

京都市立芸術大学作品展は、毎年開催され卒業生だけでなく在校生全員参加の作品展。出品しないと単位がもらえないそうだ。しかし、今年初めて行ったので、例年どうなのかは分からないが、会場は京都市美術館(本館・別館)と京都市立芸術大学の2ヶ所に分かれての展示。
私が行ったのは、京都市立芸術大学校舎の方。芸術大学校舎というのは、どこもそうなのか、中を歩くと面白い。一つ一つの部屋がアトリエ風になっている所もあれば、かなり狭いスペースで何名かの共同アトリエになっていたり。

時間が1時間ほどしか取れなかったので足早に展示を観て回ったが、私個人が気に入った作家さんは2人。

・山下耕平 造形構想 修士2年 アトリエ棟3階
「Traverse」
yamashita
山下は、INAXギャラリーでの個展を昨年初めて拝見し、とても印象に残った作家さん。思わず立体を買ってしまいたい衝動に駆られたほど。
今回はINAXギャラリーでの個展とは一転して暗く重い雰囲気の展示を行っていた。部屋の照明はかなり落としていたので、中は薄暗い。ほのかにスポットが当たっている作品もあるけれど、闇に沈んでよく観えないペインティングが何枚もあった。それらの作品はほぼ全て、山に登る人の肖像である。
これは山で亡くなった方、遭難された方の慰霊なのだろうかと思った。暗く沈む作品は、位牌か遺影のようだ。
部屋の奥には、山で拾ったかどうかは分からないが、石が山の形に積み上げられている。よく頂上まで登るとこんな形に石が積み上がっていると思うが、まさに石の小山を作品化していた。
無数の山登りをする人々に囲まれ、一種独特の雰囲気にのまれてしまった。彼はなぜ、こんなにも山と山に登る人にこだわるのだろうか?一度お話を直接伺ってみたいと思う。

・吉村熊象 造形構想 修士2年 大学会館
「風景な風景Ⅲ」
yoshimura
こちらは、初めて知った作家さん。広大な空間を使用した空間インスタレーション作品。テーマは何と日の丸!
ちょうどバンクーバーオリンピックが始まる直前だっただろうか。オリンピック狙いで日の丸を作品化したのであれば、それはそれで凄い。
まず部屋に入ってすぐに中央が丸く切り取られた白い大きな旗がある。その穴から雛段を臨むと赤い円環が見えてくる。これで日の丸の出来上がり。
無論、それだけの単純な仕掛けではない。左右に赤の破片(紙片?)が落ちていて、何かがぶら下がっている。
強烈な日の丸へのアンチテーゼのように感じた。

他には、TARO NASUで昨年初見の厚地朋子「ホームズ」(下)、岡田裕樹(版画・修士2年)、水野正彦(版画修士2年)。勝村富貴(彫刻修士2年)、岡堅太(漆工4年)にチェック。
atsuji

なお、作品展とは別に「INTERIM SHOW」と題して京都市立芸術大学博士後期課程油画6人によるオープンスタジオが同じく大学新研究棟4階で開催されていた。
樫木知子さんに初めてお目にかかったが、作品に描かれている女性は樫木さんなのでは?と思う程、雰囲気が似ていた。2年前から作風ががらりと変わっていることが作品集で見て取れる。きっかけは指導教官のアドバイスが大きかったとのこと。ここ最近ではますます線が鮮明に美しくなっているように感じた。

羽部ちひろさんの作品もご本人はお見かけしなかったが、面白い作品で気になった。

来年は京都市美術館の展示作品も観てみたい。

*本展は2月14日(日)に終了しています。

「医学と芸術展」 森美術館

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森美術館で開催中の「医学と芸術展」を観て来ました。

1回目でどうも消化不良というか、あんまり面白くないなぁと思って、2回目は音声ガイドを借りつつ再訪したけど、結局印象は変わらずじまい。

医学、生命や死、老いと美術との関連を観て行こうという主旨なのだが、医学の視点で美術を観たいかどうかというのがまず観る側によって違う。
私は結局、医学の視点で美術を観て面白いと思えなかった人の範疇に入ってしまっただけのこと。ツボにはまった人もおられるだろうし、人それぞれだ。

展示作品を一つ一つ見て行けば、杉本博司「歴史の歴史」にも出展されていたフランスのダゴティの解剖図に再会し、かと思えば、ダヴィンチの頭蓋骨や肝臓の血管などのデッサン-これは本展の見どころの一つなのだろう-やら西側優位で展示は始まる。
これが、第1部「身体の発見」

しかし、私の関心は東洋医学にある。
チベット医学の経絡図やら、解体新書やらの方が興味深いが、これもあちこちの展覧会で観ているので新鮮味はない。
骸骨図と言えば、忘れてならないのが円山応挙と河鍋暁斎の「骸骨図」。でもあの場所にあるとちっともありがたみが湧かない。
黒田清輝が模写したレンブラント「テュルプ博士の解剖学講義」(本物はオランダのマウリッツハイス美術館蔵)は、真作のそれとは大きさからしてまるで違うが、むしろ私の関心はなぜこの作品を黒田は模写しようと思ったのかにある。医学的関心があったのか、はたまた実作品の迫力ゆえか。本物はとても大きな作品で、迫って来そうな恐ろしさがある。

第2部「病と死の戦い」

人は常に病と死と闘う。それは古来も同じ。その好例として神がかりを示す作品として、狩野一信「五百羅漢図」の1枚「神通」(神通力の神通)が展示されていた。

更にその先にあった最新の義足や義手、義眼の展示の方が凄かった。これって美術なんだろうか。
なぜか蜷川美花制作の義足があるかと思えば、最新技術を駆使したハイテク義足までズラリと並ぶ義足の歴史。

礒江毅「バニータスⅡ(闘病)」はとても印象深い絵画。礒江毅は、2007年に53歳で亡くなっている。詳細はこちら

そして、闘病中と死後すぐの写真を並べたヴァルター・シェルス「ライフ・ビフォア・デス」。何ともここまで作品化してしまうと、死とは一体何だろうと思わざるを得ない。すぐ身近に迫る未来か。私の死顔はどんなだろうと考える。

第3部 「永遠の生と愛に向って」
死の後には生と愛でフィナーレを迎える。

アニー・キャトレル「五感」はアクリル(?)の中に5感をそれぞれ感じている時の脳の形を樹脂で表現したオブジェ。これが、なぜか美しい。
人の脳の形は、一部だけ取りだすと美しいのかもしれない。脳味噌全体を象牙などで作った模型は沢山あったけれど、それらは決して美しいとは思えない存在だった。

緑色の遺伝子操作したうさぎや、老人のような皮膚をした子供。この先医学は生命をも操作していくのか。
フランシス・ベーコンや松井冬子の絵画とどうも最後までごった煮的な展覧会という印象を拭えなかった。

視点の斬新さは評価するけれど、感動したか、面白かったかと問われるとNOかな。

*2月28日(日)まで開催中。

渡辺 豪 「白い話 黒い話」 愛知県美術館・展示室6

続きのつもりが、すっかり間があいてしまった。

愛知県美術館では企画展示の他に、充実した常設展示が最大の魅力。その常設展示にいつの頃からか展示室6では毎回地元出身もしくは地元の藝大卒業・在学中の若手現代作家の作品を紹介するようになった。
割合に広めの展示室いっぱいを使用しての展示なので、ギャラリーの個展と同じ扱いである。

今回は、渡辺豪「白い話 黒い話」と題して、旧作、新作それぞれ1本ずつの映像作品を流している。

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渡辺豪を知ったのは2005年秋に開催された豊田市美術館の「very very human展」。今にして思えばこの展覧会は加藤美佳さん、鬼頭健吾さんら凄いメンバーが揃っていた。
この時、渡辺さんは映像でなく映像をプリントした近未来的作品を展示されていたと記憶している。

昨年の「放課後のはらっぱ」とそれに続く常設展で、映像をじっくり見て面白いなと。そう言えば、その前に横浜のZAIMでも観たのだったな。

今回は2004年の≪emo≫(8分51秒)(上画像)。こちらは、「ベリーベリーヒューマン」展の実写かという少女の首像が実際に録音された女性の声に同期して話す。
話している言葉は普通なのだけど、目の前の首像はどう見ても普通ではなく未来人いや宇宙人のそれである。
特徴は瞳以外全てが真っ白になっていること。
その異風な外環から繰り出される言葉は、巷で見かける若い女子の男性論だったり、彼との距離感だったり、妙に生々しく身近。このギャップが面白くて、ついつい引き込まれる。

他方、新作≪ライトエッジ≫2009年(21分30秒)には、人物の姿はない。
あるのは、ただ本棚と大量の本を主体に据えた作品。暗闇に浮かび上がるのが何であるか最初判然としない。闇に慣れると、次第に白0い背表紙が観えて来て本であることを認知する。

ゆっくりとした時間をかけて、本はやがて感覚を置いて浮かび更に白い姿を現す。こうなると本というより、1本のろうそくのようにも見える。長く長く本が伸びて行きデフォルメされていくと、それは本ではない別の何かであるようだ。
もう少し、変化の時間を早くしてくれると良いのだけれど、あまりにもゆっくりとした動き過ぎて、やや単調に感じる場面もあった。

展示室前に美術館の係の方がいらっしゃらないので、映像作品が展示されていることに気付かないお年寄りが、真っ暗な中で出口が分からず困っていらっしゃった。
もう少し、事前の案内を入口前でして下さった方が良いのではないかと思う。

*3月22日(月・祝)まで開催中。

小池一馬 個展 「瞬き」 hpgrp GALLERY

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昨日が最終日で、既に終了している個展ですが、自分自身のために感想を残しておきたい内容でした。
作品画像はex-chamber museumさんのブログでご覧いただけます。⇒こちら

小池さんは、昨年AISHO MIURAで初めて個展を拝見、その後ULTRAでも作品を観て私の気になる作家さんの一人です。
作家ホームページ⇒ こちら

今回の個展「瞬き」は基本的にペインティング作品のみで構成、奥に数点水彩+インクのドローイングがありましたが、メインはあの独特のテクスチャーを持つペインティングです。
画材に光沢感があり、観る度に食べたくなるような質感。
最初は「ドロップキャンディ」みたいと思ったけれど、お菓子の「グミ」の質感にも似ている。
アクリルだけではこの質感は出せないだろうと思っていたら、やはり水彩絵具とメディウムで作ったペーストを綿布にペンチングナイフで「チクチクと載せる」手法で描かれている。~個展チラシより

このペーストの盛り上がりが単なるペインティングでなく、むしろ立体感を出していて、こちらに向かって増殖しているようにも感じるし、うごめいているようにも感じる。
この凸凹した感じは、平面絵画というより彫刻作品に近い。ちょうど名和晃平さんの「グル―」を彫刻として観るのと同じ感覚。「グル―」も接着剤で線を描きキャンバスに対して浮き上がり立体感があるのは共通している。

私が感じる小池さんの作品の魅力の第一は色使い。
ラインの集積体も、線一本一本の色はが考え尽くして選択されている筈。
ちょうど最終日でご本人がいらっしゃったので、お話を伺ったら「色にはこだわりが強くある」と案の定お答えが返って来た。「時には一本の線の色を決めるのに二時間くらいかけることもある」そうだ。
選ばれた色の並びは今回も秀逸だった。

私は急進的イメージの正方形のペインティングの4つあった中の左下の作品(トップ画像左下)の色使いが一番好きで、中心に近い所は淡いパステル調の色、外側は逆にはっきりとしたむしろ重いトーンの色を使っているが絶妙のコンビネーション。小池さんならではの配色。

点描のような作品では観る度に「アンデス」や「ペルー」の民俗衣装を思い出す。

今回は中央にあった赤色バックに女性のワンピース?ドレス?をモチーフに描いた作品が特に印象的だった。
背景の赤色が効果的。以前の作品では観ていないモチーフのペインティングだが、身の回りにあるものが描かれているため、作品との距離感が近くなった気がした。

今後、どんな作品を予定されているのか伺ったら、「現在のペインティング技法を立体に展開していきたい」とのことだった。元々、彫刻科ご出身の作家さんなので、AISHO MIURAで見せてくれたような大きな立体にも挑戦されるのだろうか?とにかく今後が楽しみな作家さんです。

*本展は終了しています。

”calm” 保井智貴、國時 誠、小野雄紀 BOOK GALLERY WALL 

calm

南青山5丁目のフラット青山2階にあるBOOK GALLERY WALLで”calm”(2月20日17時まで)を観て来ました。
詳細こちら→http://www.storestore.net/pg68.html

通常の個展と大きく異なるのは、その物語性にある。
まず、”calm”というイメージがあり、それを具現化する方法を探った結果が今回の展示なのだ。

展示されているのは3名のアーティストによる作品。
・保井智貴の彫刻(乾漆造) 立位の女性人体1つとミュール、うさぎと男の子1体(2つは洗面所)
・國時 誠  ファッションデザイナー
・小野 雄紀 サウンドデザイナー

ブックギャラリーであるから、本が陳列されて置かれているのかと思ったが、そうではなかった。
いや私にはそう見えなかった。
大きな書棚が3列ほど並んでいて、そこに積み上げられていたのはここで手がけた本の在庫ではないだろうか?数種類の本が沢山あって、誰かに買ってもらうのをじっと待っている状態。

最初に観たのはこの書棚で、次に目に入ったのは、黒白ギンガムチェック(?)のワンピース。スカート部分に女性の姿が浮かんでいるがこれは刺繍なのか?同時に優しい音楽が流れていることにも気付く。

右側の置き型照明のまわりには無数の蟻が床を這っていて、この時点で何とも面白い空間だなぁと思った。

床の蟻は照明めがけて集まっているように見える。

書棚の間をすり抜けると、棚の小スペースにひっそりとミュールが置かれていた。これが保井さんの彫刻。作品というより、誰かが置く所がないから、そこに置かせてもらったように見える。前からそこにあったかのような自然さ。

最奥に椅子が並べてあり、等身大の女性の立位像が凛とした姿で直立している。
その瞳はまっすぐで、でも私と視線が交わらない。彼女はどこを見つめているのか。
個展案内の画像はこの女性像の顔色の悪さが気になったが、やはり実物を観ないと分からないものだ。本物の作品の顔色は決して悪くない。むしろ、唇の色のつややかさや硬質な肌の感じ、更にもっとも注目すべきは彼女が着用するワンピースのデザイン。
裾回りは白いかきつばた?「琳派だ、これは」と思った。
螺鈿を使用した装飾は現代彫刻に見事にマッチしていて、華をそえている。

更に女性像の両脚を覆うタイツの色。このブルー何と言うのだったか。靴は濃いベージュ(黄土色)で、色のバランスの良さ、センスの良さが保井さんの彫刻らしい。今回過去の人物作品と異なるのは髪の毛の処理。マットな黒でなく漆技法(名前を失念)で少し色を落とし光沢を消している。もう1体の男の子の頭髪と比較すると良く分かる。

部屋を出て、洗面スペースにも保井さんのちいさく縮こまった寒そうにしている兎と男の子が並んでいた。

・・・文章で書いてしまえば、これらのものが置かれているのだが、音楽と保井さんの彫刻からイメージして造られたワンピースと乾漆彫刻のコラボレーションで作られた”calm”な空間を私の文章力ではとても伝えきれない。
音楽と照明と蟻と彫刻と、ワンピースに描かれているのがう安井さんの彫刻の女性、部屋の空気を味わって欲しい。


ちょうど保井さんご本人がいらっしゃったので、お話を伺った。
「”calm”という状態を自分の作品だけでなく、國時さん、小野さんとのコラボで創出したかった。琳派に関心があり、作品でちょっと使ってみた。乾漆彫刻は1年で4体ほどしか制作できない。今回の女性像は約4カ月要している。」とのことだった。

来週の金曜日26日~3月7日まで西荻窪の「STORE」で「服と像」と題して、保井智貴さんの作品集とSTOREのシャツやワンピースの展示販売会が開催されるらしい。作品集の泊氏が撮影された写真は絵画のようでした。”calm”で使用されていたCDの犬(これも保井さんの彫刻)がとってもかわいくて、ついつい手にとってしまいます。

前日25日19時から前夜祭あり。お近くの方はぜひ覗いてみてください。
詳細こちら→http://www.storestore.net/pg70.html

*calmは2月20日(土)17時までです。オススメします。

「古代帝国の遺産 大ローマ展」 愛知県美術館

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愛知県美術館で開催中の「古代帝国の遺産 大ローマ展」に行って来ました。

本展は、昨年9月19日~12月13日まで国立西洋美術館で開催されたのをかわきりに、愛知県美術館、青森県立美術館、北海道立近代美術館に巡回する。
昨年国立西洋美術館で本展を観たけれど、会期末近かったので混雑していてゆっくり鑑賞することができなかった。しからば、地元愛知県美術館で再訪して。目的は≪モザイクの噴水≫。

国立西洋で本展を拝見した時、本展の目玉作品である≪アレッツォのミネルヴァ≫前3世紀(フィレンツェ国立考古学博物館)や大理石の彫像の数々も無論素晴らしいが、≪モザイクの噴水≫(↓)の美しさに圧倒されてしまった。

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運良くtwitterのタイムラインを追っていたら、栄・中日文化センターで「古代ローマ遺産 モザイクの輝き」と題して國學院大學の小池寿子教授の特別講座が開催されると知り、早速申し込んだ。

講座の前に予習をしておこうと、愛知県美へ先に行って「大ローマ展」と≪モザイク噴水≫をはじめとするモザイク装飾をしっかり目に焼き付ける。
(参考)愛知県美術館大ローマ展ブログ(展示風景や搬入の画像も!)⇒ こちら
     大ローマ展公式HP ⇒ こちら

最近愛知県美術館の企画展では、作品リストを作成して下さるようになった。
今回と前回から作品リストが置かれていてとても嬉しい。以前はリストがなかったので、作品についてのメモやお気に入りマークをチェックすることができず、非常に不便だったのに、改善して下さっていることに感謝。
私が行った時も、隣の大学生らし気男性が作品リストにメモやチェックをしていたので、私だけでなく他にもリストを活用されているお客さんを見つけて嬉しかった。

愛知県美術館での展示の方が、西洋美術館よりゆったりしていて、同じ階に全ての作品が展示されているため、空間的に作品群が見渡せたのがとても良かった。西洋美術館はちょっと手狭で、階も分かれているし、更には混雑が快適な鑑賞を妨げていたので、落ち着いて作品を観ることができず。特に小さなコインや宝飾品の展示ケースでは人が密集してしまい、頭越しにしか見られなかったが、愛知県美では小さな作品はできるだけ、展示ケースの位置が集中しないようにされていたのも良かった。
宝飾品は最後に暗く照明を落とした空間で、スポットを当てていてゴージャス感を創出した展示風景が印象深い。一番混雑しそうなものを最後にもってきたのも良かったと思う。
1か所だけコーナーを利用した展示個所があって、あそこだけが今後混雑するかもしれない。

さて、今回もやはり一番気に入ったのはモザイクコーナー「オティウム-楽しい暮らし」だ。ここでは、モザイク壁画を四方に並べ、ローマ人の別荘あるいは邸宅を模したような展示光景。
美しいモザイクに囲まれ、すっかり気持ちはローマ人になってしまう。

・地中海のモザイクはアウグストゥスの時代に繁栄したが、現在地中海沿岸諸国でモザイが残っている都市は非常に少ない。例えば、ローマ市内でモザイクを観ることができる教会はわずかに8つ。

・古代ポンペイの生活様式に合わせ、第1~第4まで4つの様式でモザイクは展開する。
ポンペイ第一様式 ⇒ 壁面やドアに絵を描く。擬扉。
ポンペイ第二様式 ⇒ 壁面に描いていたものを三次元的に描くようになる。
ポンペイ第三様式 ⇒ 室内の前面に外の風景を描く。室内にいながらにして外の景色を楽しむ。アウグストゥスの時代
ポンペイ第四様式 ⇒ 展覧会様式

古代ローマ人は室内を飾ることで生活を楽しもうとした。その後ルネサンス期に壁に絵を描く習慣がリバイバルする。

・ローマのモザイクは床にもある。モザイクの見方は床に水をかけ砂ほこりを落としてから見る。見事に絵が浮かびあがって来る。貴族のヴィラではモザイクのテーマによってどの部屋を飾るか決めた。装飾的効果。

・その後キリスト教徒たちが徐々にモザイクを自分たちの宗教へ取りこんで行く。ローマ時代のカンデラブルム(燭台)、カタゴンベなどローマ美術からの紋様を引用し始める。特にルネサンス時代にローマ時代のものが次々に発掘される。
グロテスク紋様(先日のニコラ・ビュフェ氏の壁画を思い出した)、組みひも紋様など、ラファエロの「聖三位一体」にも組みひも紋様が使用されている。組みひも紋様は神との約束を意味する。パターン画を描く職人が現れ。技術の継承が進む。

・キリスト教会では床にモザイクを使用しない、ここがローマ時代のモザイクとの大きな違い。キリスト教徒にとって天井は天国を意味するが、モザイクは光、光である神を具現化するのにこれほど相応しいものはなかった。したがって、光である神を足で踏むことはできないため、モザイク画を床に用いることなく、モザイクは天井装飾に使用される。

・古代ローマ時代は、下絵の上に石を貼り付けるが、キリスト教時代になるとモザイクガラスを使用することでより光が増すようになった。ローマではその後モザイクは廃れていくが、ビザンティンでは続く。

実際の講義では小池先生が訪れたローマやラヴェンナの教会など、現在も残るモザイクの遺構を豊富なスライド画像で見せていただきつつ解説が入る。モザイクの画像の意味、図像学に関する説明もあり、とても書ききれないが、やはり宗教美術、西洋美術を理解する上で、キリスト教や古代神話に関する知識はあるにこしたことはない。知っていれば、知っているだけ目の前の作品の意味が分かり楽しくなってくるのだ。

講座を受講することで、何気なく置かれていた燭台の飾や模様の意味、フレスコ画に描かれた鳩や聖杯に湛えられた水の意味を考えつつ鑑賞すれば、また違う発見もあるに違いない。

やはり、あと1回はローマ展を再訪して今回の講義を復習してみたいと思っている。

なお、愛知県美術館では企画展入場券で常設展示も楽しめる。西洋絵画(クリムト・ピカソ・ラウル・デュフィ)などの名画多数)、日本画(今回は近代日本画の名品が展示されている、小杉放菴の屏風は必見物)、更に木村定三コレクションでは村上華岳、土田麦僊、竹内栖鳳、幸野楳嶺、福田平八郎など京都画壇による日本画特集を開催している。
こちらも傑作揃いなので、ぜひ企画展だけでなく常設展示も見て行って欲しい。

同じく常設で開催されていた渡辺豪「白い話 黒い話」はまた別途。

*大ローマ展は3月22日(月)まで開催中。
★名古屋より西への巡回はありません。関西方面の方もぜひ。

チケット売り場で多少並ぶこともあるので、事前にチケットを購入しておかれることをオススメします。

「-小林礫斎と手のひらの宇宙- ミニチュアの世界」 兵庫県立歴史博物館 はじめての美術館68

ミニチュア

兵庫県立歴史博物館で開催中の「-小林礫斎と手のひらの宇宙- ミニチュアの世界」に行って来ました。

同館は姫路城の程近く、お城の大手門と反対側に位置している。姫路市に来たのは今回が初めて。元々姫路市立美術館の展覧会目当てに訪れたのだが、姫路市美から徒歩数分の同館で本展が開催されていることを姫路駅で知り、急遽行ってみることにした。

本展の概要は次の通り。~展覧会チラシより引用~
明治から昭和にかけて小林礫斎(こばやしれきさい)と一流の職人たちによって作られたミニチュアは、今、国内外から注目を集めています。
故・中田実氏は、礫斎作品のなかでも格段に小さい超ミニチュアを集めつづけ、彼の死後、コレクションは兵庫県芦屋の地で永らく守り伝えられてきました。本展ではご遺族から近年たばこと塩の博物館に寄贈された旧・中田コレクションを中心に、小林礫斎とその工房のミニチュアを一堂に展観するものです。また、技法や意匠のルーツとなった日本の古美術作品(国宝・重文含む)をあわせてご紹介します。我が国に根づいた「ちいさきもの」を愛でる美意識の系譜に、こころを馳せる契機となれば幸いです。

まず、入口で作品リストを手にとって仰天した。
展示作品数は合計820点!展示替えで入れ替えになる作品は4~5点なので、実質約800点の作品が展示されていることになる。うち、礫斎の作品650点が前述のたばこと塩の博物館所蔵作品である。

<展覧会構成>
序曲    日本美術とミニチュア
第一楽章  小林礫斎とミニチュア
第二楽章  中田実と極小ミニチュアコレクション
第三楽章  見果てぬ夢

序曲から出鼻をくじかれた。
いきなり登場したのは見事な仏画の数々。こちらはてっきりミニチュアが出てくるものだとばかり思っているので、≪法華経変相図≫鎌倉時代初期(海住山寺)の見事な一幅や≪随求曼茶羅図≫鎌倉時代(瑠璃寺蔵)、≪紺紙金字法華経巻第四≫平安時代(鶴林寺)、金銅仏立像・中国・南北朝時代等々が登場し、目が白黒してしまった。
これらのほとんどが優品なのにも感心し、「ミニチュアの世界」展でまさか仏教美術にお目にかかれるとは予想外のと喜び。

これらは信仰のミニチュア表現として制作されたものとして紹介されている。例えば「曼荼羅」=宇宙に溢れる無数の仏を描いた空間の縮図であり、仏世界を縮小したものが「仏画」で、なるほど言われてみれば信仰のミニチュア表現という見方をこれまでして来なかったが、視点は面白い。

歴史博物館らしい観点による展示で、最初から気に入ってしまった。

更に清少納言の「枕草子」の一節を引用する。「なにもなにもちひさき物はみなうつくし」はあまりにも有名。日本人は古来より小さい物を愛して来た。

序章以後、怒涛のミニチュア工芸ラッシュが始まる。

あるわあるわ、よくぞこんなに小さなものを作れたものだと、ほとほと感心する程小さい。
米粒に絵を描くまではよく見かけるが、蒔絵硯箱、象牙細工、たばこ盆にたばこ入れ等々、数え上げればきりがない。
これらは、手のひらの上にちょこんと乗るくらいの小ささ。

中でも、≪葦手模様文車≫小林礫斎・昭11年のミニチュア玩具?の模様は、かの国宝≪葦手下絵和漢朗詠集上巻≫藤原伊行筆・京都国立博物館蔵(2月28日まで展示)で使用されている模様とそっくり。
≪和漢朗詠集≫との類例だとよくぞ看破し、借用できたと学芸員氏の力量にも感服。

こんなに沢山のミニチュアを制作した小林礫斎とはどんな人物なのか、興味は膨らむ。
初代礫斎は江戸時代にはじまり、指物(組み手を見せず、金釘を使用せずに鏡台・茶だんすなどの木工品を作る伝統工芸)細工の職人だった。
本展の小林礫斎はちょうど四代目。関東大震災を機に、ミニチュア制作に傾倒し、彼の作品は袋物商で扱われる以外には、頒布会によって販売された。
前述の古美術作品からの「葦手模様」の引用からも分かるように、彼の作品には意匠、文章などにも古典学習の成果が伺われるものが多く見られる。
それゆえ、一部の文化人たちの間で購入され、愛されてきた。

礫斎のミニチュアを愛した文化人の一人に中田実がいる。
彼は、特別にスタンダードなミニチュアサイズよりも更に小さい極小ミニチュアの制作を依頼した。中田実は、裏千家の茶人・中田宗関の長男で、茶人の家に生まれ育った美意識が礫斎への注文品にも発揮されている。
超ミニチュア茶道具は建水、やかん、香合、茶せん、棗とありとあらゆるものが本物そっくりに再現される。
茶入れに使用される仕覆などに使用される古裂までもがミニチュアとして古裂帳が何冊も制作され、更紗に緞子、金蘭と通常サイズの裂帖と遜色ない質の高さに目を見張る。
茶道具だけではない。香道具や華道具と古典芸能道具全て網羅されていた。

画帖に屏風、掛軸、双六、人形、扇子に団扇。もはや制作されていないものを見つける方が困難。

小ささだけでなく、絵も模様も形もどれも全て高レベルにあることに驚嘆するが、これも全て礫斎を中心とし、共同して制作にあたった一流の江戸職人の存在なしではなしえなかった。あくまで工芸としてのレベルを求めて

しかし、時代はいつまでも礫斎に工芸品としてのミニチュア制作を許してはくれなかった。太平洋戦争に突入し、戦後は礫斎にミニチュアを依頼する人も少なく、実用品としてたばこ道具や箸入れなどを制作し糊口をしのいでいたという。その後、世間は手のひらの世界の存在をすっかり忘れてしまった。

小林礫斎もまた時代に埋もれてしまった工芸家と言える。彼の技術の高さ、その美しさ、多様さ、面白さはもっともっと評価されて良いのに。
本展をきっかけに、小林礫斎のミニチュア作品を改めて見直してみることができたらと切に願ってやまない。

大人も子供も誰にでも楽しめる実に面白い展覧会だった。

*3月28日(日)まで開催中。
なお、下記仏画など一部作品に展示替えがあります。
【前期】~2/28
国宝「葦手下絵和漢朗詠集 上巻」平安時代、京都国立博物館蔵
重要文化財「法華経変相図」鎌倉時代、海住山寺蔵
県指定文化財「随求曼茶羅図」鎌倉時代、瑠璃寺蔵
県指定文化財「降三世明王像」鎌倉時代、瑠璃寺蔵
市指定文化財「紺紙金字法華経巻第四」平安時代、鶴林寺蔵

【後期】3/2~
重要文化財「興福寺曼茶羅図」鎌倉時代、京都国立博物館蔵
府指定文化財「春日曼茶羅十六善神図」鎌倉時代、海住山寺蔵
市指定文化財「春日曼茶羅図」鎌倉時代、西光寺蔵
県指定文化財「紺紙金字大般若経巻第二九八」平安時代、観福寺蔵

~サラリーマンコレクター30年の軌跡~ 「山本冬彦コレクション展」 佐藤美術館

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佐藤美術館で開催中の~サラリーマンコレクター30年の軌跡~ 「山本冬彦コレクション展」に行って来ました。
展覧会詳細は、佐藤美術館HPをご覧ください。⇒ こちら

山本冬彦氏と言えば、ギャラリー等に置かれているフリーマガジン『アーティクル』誌上等で「アートソムリエ」として画廊の巡り方や美術品購入のアドバイス、美術をより身近なものにするための普及活動を行って来られた。昨年には、「週末はギャラリーめぐり」(下画像)をちくま新書から上梓され、益々のご活躍ぶり。

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30年間で蒐集された現代美術作品は約1300点とのこと。
単純に1300を30で割ると、1年で40点強の作品を購入されている計算になる。
分野も現代作家の日本画、版画、洋画と分野を問わず幅広く蒐集されておられる。

本展は、山本冬彦氏の1300点のコレクションから厳選した160点により、単なる蒐集を超えた活動を感じ、ひいては美術の魅力の発見に繋げていただこうとするもの。

展示は3階の第一展示室で「アートソムリエの眼」と題し、若手作家を社会に紹介するため購入した73点を、4階第二展示室で「コレクターの眼」と題し、同世代の作家を中心に購入した83点を、5階の第三展示室で大作5点と合計114名の作家による161点を展示している。

私が一番感心したのは、作品リストと展示方法であった。
各階の作品展示は、作家の名前順(あいうえお順)に並んでいる。1人の作家で複数作品が並んでいる(例えば三瀬夏之助の4点、大藪雅孝の5点など)場合もあるが、作家順に並び、しかも「あいうえお順」は分かりやすかった。
元々、作品解説はあまり読まない性質なので、解説なしも一向気にならず、むしろ今回はなくて正解だったと思う。

作品リストの備考欄に、過去に佐藤美術館での展覧会に参加したことのある作家さんに●印、前述の『アーティクル』で山本氏が紹介された作家に▲印、そして佐藤美術館の奨学生である作家には採用時期を示す数字が入っていて、現代美術を初めてご覧になる方にも、参考になる最低限の情報は提供されていた。

昨年、和歌山県立近代美術館で開催された「自宅から美術館へ 田中恒子コレクション展」そして、今回本展を拝見して思ったのは、コレクターの個性をコレクションが見事に反映しているということ。
そして、集められた作品はみなコレクターの生活と共にあるということだ。

例えば、田中氏のコレクションはご自宅に平面作品を飾れる壁が少ないために、平面作品は少なく立体や上からぶら下げる作品などが多かった。ところが、山本氏のそれは、本展展示の161点を観る限り、逆に壁に飾れる作品をという視点で蒐集されて来たため、立体は少なく平面作品が中心となっている。

個人コレクターの蒐集した作品なのだから、私個人はコレクターの好みを反映しているからこそ、逆に面白いと思える。作品を観て行く中で、私は「こんな作風がお好みなのかな」などと考えつつ鑑賞を進めていたし、161点観て行った中で、何となくお好みの作風というのも感じられた。
作品を買われた時の気持ちを推察したり、いくらでも個人コレクションを観る楽しみはあるし、普段はご自宅にある作品をこうして拝見できるというのは貴重な機会なのだ。
美術館所有のコレクションなら、常設で展示されることもあるだろうが、個人蔵の作品は次にいつ出会えるかも分からない。

そして、1年で約40点はさすがに凄いと思うけれど、作品を所有する喜び、作家を応援するという気持ち、美術を鑑賞する場所は、美術館だけでないのだということを山本氏はご自身の体験を持って伝えておられる。
自身の生活と美術はもっともっと密接なものなのだと田中氏も山本氏も教えて下さっているのだと思う。

恥ずかしながら、私も昨年から「作品購入積立貯金」を始めた。
毎月いくばくかのお金を積み立てて、気に入った作品を購入しようという試みである。
「作品を購入する」ということで、ギャラリー巡りも「この作品を自分が欲しいかどうか」という視点と、「欲しいとは思わないけれど作品としてどうか」と2つの視点で観ることができる。

田中氏のコレクション展でも山本氏のコレクション展でも、作品の購入価額はさすがに出ていなかった。
例えば、目の前の作品の購入価額が存外安いのか到底手が出そうにない値段なのか、そんなことも分かれば、観賞者は自分で作品を買うという行為をもっと身近に感じられただろう。

山本氏の思いとはちょっと離れてしまったかもしれないけれど、私はそんなことを考えながら館内を歩いていた。

*2月21日(日)まで開催中。

森川穣「雨の降るを待て」 studio90

前回の続きです。
京都芸術センターでの展示「確かなこと」を拝見した後、市バスに乗って森川さんのもうひとつの作品「雨の降るを待て」鑑賞のために、studio90へ向かった。

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到着し、森川さんとご挨拶。お目にかかるのはこれで2回目。
早速、展示室にご案内いただく。

「中は暗いので、注意して下さいね」と森川さん。
暗幕をくぐると、ほぼ等間隔に並べられた様々な器が床に置かれていた。
見上げると器の上からは、天井にいくつか穴が開けられており、そこから差し込む光がささやかにゆるやかに器を照らす。
天井だけ見ると、星空のようで、床を観ると器がキラキラと煌いている。

きれいな世界。ゆるゆるとしたずっといたくなるような居心地良さ。

目が暗さに慣れてくると、器の中にお水がたまっていることに気付いた。でも全部の器にお水が入っている訳ではない。お水が入っていても、縁まで一杯になっているのと下の方にちょっとだけ溜まっているもの様々で、器の形や大きさも皆違う。
神奈川近美の内藤礼さんの展覧会「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」でも小瓶にお水が入ったものが沢山使用されていたっけ。

森川さんの作品の意味する所は何だろう。私が作品に浸っていると、森川さんが作品解説をして下さった。

100日間、毎日器を天に向ける。
タイミングは眠る直前。
一日の終わり、一日の始まり。
~「雨の降るを待て」解説より一部抜粋。

24時間器を外に置いておく。置く位置も置く時間も決まっている。
24時間お天道様かはたまた雨雲にさらされるかはその日次第。
毎日毎日、集めた器が私の目の前に置かれているのだった。

これまで時間を視覚化しようとしたアーティストの作品はいくつも観た。
この作品は時間もだけでなく、空気も風も光も自然のエキスだ。

「照明が当たっているのは、雨が降った日の器なんです。」と解説が続く。
晴れた日の器には照明が当たっていないので、暗闇に沈んでいる。
光をいっぱい浴びた器が暗闇に沈んで、お日様が射さなかった雨の日の器がキラキラと雨水が反射して光る。
実際のお天気とは逆。いや実は私に観えていないだけで、光を浴びた日の器は本当は輝いているのかもしれない。

私が行った2月13日はちょうど器を天に向け始めた日から数えて89日目だった。
行った時間には、まだこの日の器は外にあって展示室には前日2月12日までの88個の器が横10個×縦8列+余り8個が横に並んでいるのを鑑賞した。
個展の最終日である2月24日がちょうど記念すべき100日目。
この日に森川さんが眠りにつく頃、作品が完成する。いや、もしかしたら、まだ続く?

長い時間が経過したような気がした。だって、88日間を1度に経験したのだから。
展示室の外に出た時、88日間のお天気記録と展覧会解説(先に一部引用)をいただいた。
2月6日は雪だった。
この日の器はどんなだったろう?

これだけの仕掛けを作るのって大変だったろうなと思い、そのあたりを伺ってみた。
「自分のstudioだから、天井に照明仕込むのもできるんですよね。」とのこと。

作品の余韻が続いて、何を伺ったらよいのか分からなくなってしまった。
「確かなこと」「雨の日を待て」いずれも素晴らしいインスタレーションで、私がこの日観た最高の作品だった。

森川さんの今後にますます期待とエールを捧げたい。

*2月24日(水)まで開催中。こちらもオススメ。
studio90 京都市南区久世大藪町490-1-3 TEL 080-1505-6581
studio90@live.jp

(注)sutudio90での作品鑑賞には予約が必要です。
<予約方法> ⇒ こちら
当日でも電話で連絡し、空いていれば鑑賞可能とのこと。
現在の予約状況は、森川さんご本人のブログで確認できます。⇒ こちら

なお、studio90までは市バス利用も可能ですが、遠来の方は最寄りの阪急東向日駅またはJR向日町駅からタクシーを利用された方が早いです。
アクセス詳細は、studio90のホームページでご確認ください。⇒ こちら

公募京都芸術センター2010 森川穣 「確かなこと」 京都芸術センターギャラリー南

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「公募 京都芸術センター」2010の入選作:森川穣「確かなこと」を観て来ました。

毎年審査員は交代しており、本年度審査員は映像作家の河瀬直美氏。126件の応募作品の中から、入選作は2点で森川穣(もりかわ・みのる)ともう1点は、寺島みどり「見えていた風景 - 記憶の森-」(ギャラリー北)と決まった。
*作家プロフィールは上記にリンクした展覧会HPをご覧ください。

森川は、細長いスリットを使用した空間インスタレーションとピンホールカメラで撮影した写真を展示している。

ギャラリー南の展示室に入ると、まず正面に見えるのは真っ白な壁に開けられた横長のスリット。
どこかで、最近こんなスリットを観たと思ったら、金沢21世紀美術館で開催中の「オラファー・エリアソン展」であったと思い出す。

エリアソンはスリットで光を表現したが、森川のそれは違う。
作品「確かなこと」はスリットを観賞者がまず覗くことから始まる。

スリットの向うは、最初目が暗さになれないため真っ暗だったが、次第に目が慣れてくると徐々に様々なモノが目に入って来る。
私の場合、最初見えて来たのは「くしゃくしゃに丸められた紙」だった。
そして、モノが見えてくるより前に生温かい空気の流れがあることを感じた。ちょっと湿っぽい匂いもしたような気がする。
徐々にスリットを覗きながら横歩きで進んで行く。
すると、観えるモノたちも違っていることにすぐに気が付く。
ゴロゴロした石、砂、正体不明のゴミのようなもの、いつの時代のものか分からないような古新聞etc。

最初、石が多いように思ったので、川岸にあるモノを集めて設置したのかと思いきや、大間違い。
これらは、全て会場となっている京都芸術センターの床下から集めたモノたちだった。

森川は公募作品制作にあたり、「この場所の地霊に向き合いたいと思った。」そして、その方法としてギャラリー南に向かうまでの廊下にその「入り口」を発見する。床下に続く排気口は釘止めされ閉ざされていたが、床下に潜り(もちろん許可を得て)普段人の目に触れない床下の地霊を地上に救い(掬い)出した。

スリットの奥には先の観えない闇と確かなモノたちの存在をしっかりと感じる。
視覚だけでなく、土埃の匂い、生温かい風、嗅覚、触覚までも刺激される。
ずっと圧し留められてきた時間が、漸く地上に出て流れ始めたような気がした。

平成12年4月にオープンした京都芸術センターは、昭和6年に改築され、戦前の番組小学校の特徴をそのまま残している元明倫小学校の既存施設をできる限り生かし芸術センターとしての機能を担えるよう平成11年に改修を行った建物。平成20年には、登録有形文化財として登録されている。

越後妻有トリエンナーレの廃校プロジェクトなど場所を変えて行えば、また違ったモノ、匂い、感覚を得られるのではないだろうか。その場所その場所で地霊の存在も異なるのか、はたまた地球ひとつの地霊は全て同じなのか、確かめてみたい。

展観が逆になってしまったのだろうが、展示室に続く廊下の各窓下にA4サイズほどのモノクロ写真が置かれている。この写真の下、すなわち窓の下にあるのが、前述の排気口。
写真は排気口に設置したピンホールカメラがとらえた画像、これが、一見すると杉本博司の「劇場シリーズ」を思い起こさせるような作品で、ちょうど排気口が白くなっていて、劇場シリーズの「舞台」のように観えたのだ。

写真は各排気口により黒白の強弱がまるで違う。
並んでいる写真を比較しつつ観ると面白さが分かって来る。各排気口における光の違いによる差のためなのだが、霊界への出入口を視覚化したようで、ちょっと怖い。

視覚、嗅覚、触覚と来て聴覚がないなと思っていたら、ちゃんとあった。
下記の通り「確かなおと」と題し、作品「確かなこと」をこの日だけのサウンド・インスタレーションとともに体験できる機会が設けられている。一体どんな音を聞かせてくれるのだろう。

●森川穣「確かなおと」
 時間 : 10 : 00-20 : 00 | 会場 : ギャラリー南

本作品の仕掛けは一体どうなっているのか、上からの壁はぶら下げているとして、奥には箱上のものが設置されていて、その上に床下のモノたちを置いたのか。

素晴らしい空間インスタレーション作品だった。
なお、森川の主宰する『Studio90』で別作品「雨の降るを待て」(予約制)も今回鑑賞して来たので、次回に続く。

*2月24日(水) 10:00-20:00 会期中無休・入場無料 オススメします!

「朝鮮虎展」 高麗美術館 はじめての美術館 67

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京都市北区にある高麗美術館「朝鮮虎展」に行って来ました。

今年の干支、「虎」にかけての「朝鮮虎展」。
朝鮮半島の虎は、古来人々と深く関わり、「龍虎図」「鵲虎図」など、虎を題材とする民話や美術工芸品が今日に伝わり、日本にも伝来。日本では自国内に生息しない虎は早くから興味の対象となり、江戸時代には絵画の画題として多く取り上げられている。
本展では、虎年を迎える2010年、虎の姿を見つめ、朝鮮と日本の関係をさぐるものです。~チラシより引用

・・・と難しいことを並べてみたが、要は虎をモチーフに朝鮮絵画、工芸品をはじめ、日本絵画、やきものを集めそれらを比較展観してみようというもの。

以下印象に残った作品。なお、会場に作品リストはなし。
朝鮮絵画で思い出すのは、一昨年に観た「朝鮮王朝の絵画と日本 宗達、大雅、若沖も学んだ隣国の美」展であろう。
ここで見た素朴で愛嬌のある朝鮮民画の「虎図」はインパクトが大きかった。
そして、今回高麗美術館でこのかわいい「虎図」の仲間たちに大勢出会うことになる。

やはり一番心惹かれたのは「華角函」朝鮮時代(19世紀)である。
明るい黄色基調で。赤と緑、それだけでも十分華やかであるが、よくよく目を凝らすとそこに描かれた動物キャラがかわゆいのだ。虎というよりどう見ても虎シマの猫が近い。
でも、ちょっとポーズを取った所など、本当に憎めない存在。この箱は牛の角を板状に加工し、0.3mmほど薄く、均一に研磨した角紙に色とりどりの絵を施し、木工品に貼り付けて装飾する朝鮮独自の技法だとか。
このぺらんぺらんの紙みたいなものが牛の角でできているとは、到底一見しただけでは分からない。
中に何を入れるのか、どんな場所に置くと似合うかなと考えてしまう。実は欲しかったりする。

そして、木製「騎虎人形」朝鮮時代後期 個人蔵。
これがまた三井寺展で見た「新羅明神坐像」が虎に乗ってる・・・。馬でも牛でもなく虎って乗り物になるのか?素朴な驚きを感じる。荒削りな木彫人形の虎は、虎というより猪に近いかもしれない。それでも、何とも言えない魅力がある。実は、これ「遺体を運ぶ喪輿を装飾し、亡者を守護する役割を担う」という民俗的宗教的に重要なものだった。

虎型の起き上がりこぼしまである。郷土玩具の「みかづきコレクション」から出展されている虎の玩具はどれも表情浴衣で、かわいそうにまるで怖さは感じない。むしろお茶目。玩具だからそれでよし。

さて、絵画は目を見張るような珍しい作品群が多数出展されている。
今回最大の呼び物は、伊藤若冲の描いた鹿苑寺所蔵「竹虎図」と元ネタになっている京都・正伝寺所蔵の伝李公麟「虎図」朝鮮時代(16世紀)が横並びで展示されるという貴重な機会。*チラシ表面上部画像参照ください。
残念ながら、私が同展を訪れた時は、ちょうど正伝寺蔵「虎図」の展示期間外で摸本が展示されていた。

並べてみると若冲のオリジナル部分がより明確になって非常に興味深い。
特に右斜め前方から墨で掃くように描いた樹木や葉の表現は若冲ならではの描法。墨絵の虎の毛は一本一本細く長くきっちり描かれている。また、右下の地面の描写もお手本と異なり、草が草でないような、デフォルメが施された。
この2枚の比較だけでも、来た甲斐はあるというもの。

2月14日(日)の会期最終日にはめでたく摸本でなく本物の2点展示を見終えている筈である。

今回は前期後期と展示替えがあるため、再訪する予定なのだ。
後期はどんな虎たちに出会えるのだろう。ワクワクする。

*2月14日(日)まで開催中。

「杉本博司 光の自然」 IZU PHOTO MUESEUM はじめての美術館66

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掛川の茶会へ向かう途中、最初に立ち寄ったのは三島の「クレマチスの丘」にあるIZU PHOTO MUESEUM
昨年10月に開館したばかりのこの美術館は、あの杉本博司自身が手がけた初の美術館空間としても話題を呼んだ。
開館オープニングの様子は、フクヘンさんのブログでご覧いただけます。⇒ コチラ

開館記念は、やはり「杉本博司 光の自然」(ひかりのじねん)。

自然(じねん)とは、万物が現在あるがままに存在しているものであり、因果によって生じたのではないとする無因論のこと。仏教の因果論を否定する。外道の思想のひとつである。
また外からの影響なしに本来的に持っている性質から一定の状態が生じること(自然法爾)という意味や、「偶然」「たまたま」といった意味も持つ。
 -Wikipediaからの引用

「じねん」の意味を今頃分かったが、これでやっと全部がつながった。やはり、タイトルと展示の内容が首尾一貫、コンセプトの明快さが見事に展覧会を通じて伝わって来た。
やはり、杉本御大は稀有なアーティストだ。

美術館自体は思ったほど広くない。

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それでも、展示を観終わった時の満足感は十分ある。

天井から床まで1枚の自動ドアは、まるで壁のようだが、そこを入ると中はかなり薄暗くなっている。
この薄暗い縦長の空間に置かれているのは2つの作品。
1つはこの展示のために誂えたとしか考えられない≪放電日月山水図≫2009年(六曲一双)である。
ついに、写真で屏風を作り上げてしまった。

過去に発表されてきた≪放電場≫シリーズの応用編。全部で6枚の≪放電場≫作品をつなげて屏風のように見せている。
さすがに表装はされてないが、逆に表装するなどという考えは端からなかっただろう。

離れて観て、また近づいて観る。
≪放電場:ライトニングフィールド≫はカメラもレンズも使用せず、案室内でフィルムに直接電流を流すことで、光の軌跡を焼き付けた、偶然のたまもの。
この偶然の集積をうまく並べて、日月山水図と見立てるあたり、茶の湯の見立て精神に通ずる。

私は昨年立教大学で杉本の講演を聞いて以来、彼を現代の数奇者だと思っている。
今回も見事に数奇者らしく見立て現代版:日月山水図を作り上げたのだ。

そして、入口から対角線上の奥のコーナーにあるのは、杉本博司「歴史の歴史」展でも展示されていた≪雷神像≫1体。

この展示の後、外庭に大きく開口部が広がっている空間に檜の1枚板の長椅子がある。
椅子の脚(実は椅子じゃなかったらどうしよう。座って良かったのか)は、昨年アクシスギャラリーで「三保谷硝子店―101年の試作展」で拝見した三保谷硝子と思われる立方体?の透明硝子。
この透明度の高いクリアガラスを見ていると、否が応でも直島の誤王神社を思い出す。

窓の外には石で囲まれた苔むした中庭があり、そこに石製の棺かと思うような空間が石で作られている。
御大好み。
この中庭を臨むスペースもギャラリー2とされている。

さて、最初の展示室の壁の向こう側に縦に細長い展示室3がある。
こちらで展示されているのは、写真術のパイオニアであるウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットへのオマージュと言える新作≪光子的素描:フォトジェニック・ドローイング≫シリーズ全11点(2008年~2009年)である。

ある日、杉本はタルボットのネガを入手(購入)する。
焼きつけてみると、これが実に素晴らしい。
科学者でもあったタルボットはどことしようとするか杉本に通じる所があると思うのだが、タルボットは絵画表現の主役である絵にとって代わる写真制作に挑戦していた。

このネガが杉本の手にかかると、見事に写真なのか素描なのか判断つきかねる絵画表現が結実する。

着彩されているのだと思うが、このネガに焼かれたモチーフ1点1点も選りすぐられている上に、着彩、色の表現が絶妙。
何点か見ていると、ロスコー絵画のような「赤」の作品があったり、どす黒い作品があったり。
濃紫色にはすっかりまいってしまった。
美し過ぎる。

この作品群を見ていると、絵画と写真の境界線なんてあるのだろうか。
ノーボーダーライン。

建築それ自体(外観上はすっきりした箱)よりも完成され完璧を求める杉本イズムの美意識が随所に現れる展示室の構成と照明、作品にまたしても魅了されてしまった。

一見されることをオススメします。

*3月16日(火)まで開催中。

<参考情報1>
同じクレマチスの丘にあるヴァンジ彫刻庭園美術館では2月20日(土)~5月9日(日)まで「アイラン・カン-内なる本棚」展も開催されます。
アイラン・カンは昨年越後妻有トリエンナーレで作品を拝見し、色彩あふれる光の本で満たされた空間インスタレーションが印象的。こちらも楽しみです。

<参考情報2>
冬の晴れた日に行くと、富士山がとても美しく、最高の景色が楽しめます。

<参考情報3>
クレマチスの丘にあるイタリアンレストランは人気のようで、土日のお昼時は予約していないと食事は難しそう。

「~音が描く風景/風景が描く音~ 鈴木昭男・八木良太展」 横浜市民ギャラリーあざみ野

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今日も「twitter」の情報伝達力の素晴らしさに感謝する1日となった。

横浜市民ギャラリーあざみ野で2月13日(土)まで開催中の「~音が描く風景/風景が描く音~ 鈴木昭男・八木良太展」に行って来ました。

横浜市民ギャラリーでの展覧会は昨年あたりから、アンテナに引っかかっていて結局行かないで終わていたのだけれど、今回はtwitter上で私がフォローさせていただいている方々数名の「良かった!」という呟きに後押しされ、これは行っとこうと思った次第。

鈴木昭男さんと八木良太さん、お二方のプロフィールをご存知ない方は、本展HPをご参照ください(以下作家名敬称略)。

展示は1階と2階に分かれ、1階が鈴木昭男、2階を八木良太と作家単位に使用。鈴木昭男は、「点音(おとだて)さがし・ワークショップ in あざみ野」と参加型パフォーマンスがメイン。「点音」(おとだて)は茶の湯の世界で野外でお茶を楽しむ「野点」を文字って、野外で音を楽しむことを指す造語である。
会場には「点音基地 in あざみ野マップ」の拡大ヴァージョンが置かれていて、ここで「点音」のコツ?や例を学んでから、自分も街に出て音を楽しめるポイントを見つけるというもの。
「点音地 in あざみ野マップ」携帯版が用意されていて、これを見ながら街歩きしつつ、音を探す。

しかし、今日は生憎の超寒空+雨とこの後続く2階の八木良太の展示がツボで、「点音」はできなかったが、あざみ野でなくても、どこの街でもちょっと立ち止まって音を楽しむポイントを見つけることは、どこでもできる筈。鈴木昭男によるマップの「点音案内」を見つつ、なるほどこうやって、点音ポイントを見つけて行くのねとお作法をブログを書きつつ習得している私。

さて、2階である。
この企画展、キュレーションがとても良いと思う。
鈴木昭男&八木良太のカップリングも上手いし、展覧会タイトルと展示内容が見事にマッチしていた。

私が八木良太の名前を意識し始めたのは、ご贔屓のブログ「'A'holic days」の昨夏3日間だけ開催された京都市芸「制作と実験」の記事を目にした時だった。
さすがに会期3日間で東京から京都へ向かうことはできず、本展はブログ記事だけの情報に留まったが、「何だか面白そうなことをやっていそうな作家さん、これは一度見なきゃ!」という漠然とした思いが残る。

その後、八木の扱ギャラリー(と言って良いのか?)・マネジメントをされている無人島プロダクション作家全員展 「移動 ~無人島 in 高円寺での最初で最後のグループ展~」(2月20日まで)を先月見て来たばかり。
ただ、この時は八谷和彦と田口行弘の映像が印象深く、八木の作品は同じく贔屓のブログ「あお・ひー!」さんの記事
を読み直して、そう言えばと思い出した。
(八谷と八木って「八」つながりで、ごっちゃになりそう。。。スイマセン)

前置き長過ぎ。ここからが重要!
今回の八木の展示は結論から言うと、素晴らしかった。

ただの映像アーティストだと思ったら大間違い。
更に、音を扱うアーティストとしてくくってしまうのも違う。
ひとつの表現手法へのこだわりはなく、むしろこだわらない所が魅力な上に、映像、音、立体、平面いずれにおいても
非凡なる才能を見せてくれた。

ブロガーとしては、言語表現により展示内容を伝えることも重要な使命と認識しているが、これこそ「百聞は一見に如かず」。実際に目で見て、音を聞き、展示空間全てを楽しんでこそ、その良さが分かろうというもの。

私は展覧会タイトルとその展示内容が見事に一致している場合、非常に好印象を持つことが多いが、まさに今回の両名の展示はその好例。
最初の作品≪Rainy Day Music≫2010年から、最後の作品≪虹≫2006年まで「音が描く風景/風景が描く音」が展開されている。

賢明な読者の皆様はここで、あれ?と思われるかもしれない。
≪Rainy Day Music≫と≪虹≫って・・・。

前者は傘の柄と持ち手を使用した雨音を聞くオブジェ。
柄の部分に「ポケ音」(私はこれを所持しているのですぐ分かった)というポータブルプレイヤーが仕込まれている。
壁に設置されているのだが、これを取り外し、傘をさすかのごとく雨音を聞く疑似体験が可能。
当初4つ設置されていたこの作品は、2つ観客が落として壊れてしまったとのことで、私が訪問した時は残りの2つになっていたが、向かって左はプレイヤーが壊れていて音が聞けず、実質フル稼働しているのは最後の1台だった。残り2日間の会期頑張れ!

ラストの≪虹≫2006年はガラスにシルクスクリーンで何かの文章を7色に転写したもの。二重ガラスによって、見方によっては虹の色が重なり合ったぼやけた感じを作品化したもののようにも思える。

雨に始まり、虹で終わる、過去に手がけた作品でこれだけ展示ストーリーを作れるって凄い作家だ!

雨の次に目に映ったのは大型スクリーンに流れる映像≪Common Difference≫(海とメトロノーム)2009年。
打ち寄せる波の映像の中央にメトロノームが時を刻む。
波音とメトロノームの音。

音を視覚化したのが≪Sky/Sea≫2010年。
レコード盤が水槽に浮かんでいる。A面とB面に空と海の音楽が刻まれている仕掛け。

そして、私が映像と共に心惹かれた2種類の八木による写真作品≪600km/h≫2009年、≪Wave Form≫2010年。
ひとつは、かなり大きなサイズの写真で、一見すると「水平線」のように見える。下の方に行くにつれ微妙なグラデーションでぼかしが入っていて、時速600キロメートルって何のこと?音に対して光の速度?とか見当違いも甚だしい誤解をしていたが、実は新幹線のぞみ号がすれ違う所を撮影したもの。

≪Wave Form≫2010年は、宇宙から地球を撮影したものかと思いきや、答えは鳴門の渦潮を真上から見られるスポットで撮影したもの。

いずれにせよ、海や波を連想させる作品で最初のコーナーは統一されている。

≪Lento-Presto≫(Corridor)2009年の音を映像化した作品や錯視を利用し小説を3Dにしたような≪鏡の中の鏡≫2009年など楽しい作品が続く。

≪時間を止める方法≫2008年は「壁掛け時計が、秒針は時計回りなのに、分針は秒針と反対に動いてる!どうやったらそんなことできるの?」と思いきや、仕掛けは簡単。答えは見に行って確かめてみて下さい。

そして≪Warp≫2009年も記憶にとどめて置きたい作品。
円形スクリーンの中に入って、プロジェクターの回転に合わせ、映像が円を描いて動く仕掛けなのだが、映像モチーフが恐らく船にカメラを設置し、船の流れに沿って川岸の風景を撮影したものだと思うが、よくこんな風景見付けたなと感心する。工事現場⇒川岸でバーベキュー⇒お祭り風景と画面は流れる。
途切れることのない流れが円形スクリーンを利用することで見事に完成していた。

随所に作家の工夫やアイディアが活かされた、この展覧会は何と入場無料
残り2日、あざみ野まで足を運ぶ価値はあり。ぜひ、~音が描く風景/風景が描く音を~お楽しみください。

*なお、貴重なお話を伺った無人島プロダクションの藤城氏、ワークショップでお忙しい中、質問に答えて下さった作家の八木良太氏に御礼申し上げます。
今後も八木氏と無人島プロダクションのご活躍を期待し、心より応援しています!

*2月13日(土)まで。お見逃しなく。 10:00~18:00

「鈴木コレクション・館蔵品による日本画名品展」 掛川市二の丸美術館 はじめての美術館65

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前回の「夜の美術館と現代アート茶会」の続き「夜の美術館編」です。

掛川には、資生堂アートハウスの展覧会を見に結構訪れている。直近では昨年12月に「小村雪岱展」を見に行ったばかりで、今回も二の丸美術館へ行く前に、現在開催中の「山名文夫展」を見て来た。
*「小村雪岱展」過去ログ ⇒ こちら

資生堂アートハウスは新幹線駅側方向にあるため、反対の北口には行ったことがなかった。
今回初訪問した掛川市二の丸美術館は掛川城、御殿がある「掛川城公園内」にあった。掛川駅から徒歩で約10分。
二の丸美術館HP ⇒ こちら

北口を出てまっすぐ歩くと、すぐにお城が見えてくるのでいくら方向オンチの私でも迷うことはない。
駅周辺や駅からお城のある大手門までの道を「掛川アートプロムナード」として、「Public Art&Design」と題したリーフレットで街なかのアート作品を紹介している。リーフレットは、「現代アート茶会」を主催していた「掛川の現代美術研究会」で編集・発行しておられる。

さて、掛川市二の丸美術館は、大手門を通り、お城の天守閣を横に見つつ、ちょっと奥に入った場所にあった。
純和風建築で、一瞬お城の施設なのかと見まごう程。

30年前の明るさで美術館内を鑑賞するという粋な企画が今回の売り物。
特に日本画を見る際の照度へのこだわりは、若冲作品はじめとした日本美術コレクターとして著名なジョー・プライス氏の提唱する所でもあり、過去に開催されたプライスコレクション『若冲と江戸絵画』では照度を変えて作品を鑑賞するという試みがとても印象に残っている。以後他の美術館でも徐々に照明を落とす、またその反対の過程で作品の見え方を楽しむという展示方法を時折見かけるようになった。

鑑賞させていただいたのは、同館で開催中の「鈴木コレクション・館蔵品による日本画名品展」と常設の煙草道具などである。
鈴木コレクションは、昭和54年(1979年)に故鈴木始一氏から掛川市に寄贈された近代日本画44点を有する。

1階が第二展示室、地下一階に第一展示室があり、まずは1階の第二展示室の作品12点から鑑賞。
作品リストがちゃんと用意されていてて嬉しい(近頃作品リストのない美術館も多いので)。

冒頭は前回も書いた通り、明治の彫金家の海野勝「屋島合戦扇的図」(制作年不詳・紙本着彩)。
有名な屋島の戦いの一場面を描いた歴史画であるが、繊細な筆使いで思わず唸ってしまった。船の上の扇を掲げた姫の美しいこと。
海野の日本画というのは他にもあるのだろうか?
彫金家としての海野の絵の上手さ、あれだけの象龕細工を作るのだから、絵の上手さも当然かもしれないが、下絵でなく本画であることに感動した。
他ではなかなかお目にかかれない作品だと思う。少なくとも私は初めて海野の絵画作品を目にした。

次に、竹内栖鳳の双幅「鴉」(紙本・墨画)1901年が登場。栖鳳は他にもう1点「秋の実り」(絹本着色)という小ぶりな作品が出展されていたが、ちょうど村松梢風著『本朝画人傳』巻七(中公文庫・絶版)で栖鳳の部分を読んでいた所だったので、これも興味深く眺める。「鴉」のようなあっさりした墨画は栖鳳作品の緻密なイメージとかなり違った。宮本武蔵の水墨画を思い出してしまった。

そして、海野勝の日本画の続いて、注目したのは速水御舟(1894-1935年)「赤城路の巻(草稿)」1916年作(41.2×183.5)。御舟22歳頃の絵巻草稿である。ネットで検索したら、青梅市立術館が「赤城路の巻」を所蔵されているようで、これが完成作なのか同じく下絵か草稿の類なのかが気になる。
密集した松の樹木と向かって左に山(だったと思う)。御舟が劉生の影響か超写実画などに取り組む前の作品だろう。

他に再興日本美術院に出品された山村耕花「宋三彩劃花壺(壺三題の内)」1922年や次回東近美で個展開催の小野竹喬「秋の山」1950年頃が印象深い。

地下1階へ降り、第一展示室へ。こちらの方が広めの空間になっていて24点が展示されていた。
美人画の伊東深水「鏡獅子」1940年頃、安田 靫彦「水仙」1940年、川端龍子、横山大観と近代日本画のBIG NAME作家作品が続く。

その中で目を惹いたのは、前田青邨「櫻」(絹本着彩)、福田平八郎の「りんご」(紙本着彩)、そして最後の方に展示されていた川端龍子「狩の雨」(紙本着彩)であった。
特に、福田平八郎「りんご」は面白い。へたの部分が黄色で、確かにリンゴと言えばリンゴなんだけれど、1階で先に見ていた同じく福田の「猫柳」は福田作品らしいのに、リンゴは妙にリアルで彼らしくない作品なのだった。

川端の「狩の雨」は第一展示室でのマイベスト。やはり好きな作家の作品をごひいきにしてしまう。
「狩の雨」は墨のにじみを上手く利用して、情緒漂う美しさがあった。

最後は、駆け足になってしまったのが残念だけれど、他に奥村土牛「金魚」(紙本着彩)1951年、徳岡神泉「櫻」、中川紀元「鯉」、結城素明「初夏の花」にチェックマーク。

お土産の中に、今回も展示されていた東山魁夷「萌春」1950年頃のポストカードが入っていたのも嬉しいご配慮でした。
コレクターの故鈴木氏は、本当に日本画がお好きだったのだろうなと感じる作品たちです。

*2月14日(日)まで開催中。
次回の企画展は「日本画にみる風景-富士を愛でる 山水から風景画へ」と本館リニューアル改装中により休館中の静岡県立美術館の日本画コレクションより風景画を展観するもの。
開催期間:2月20日~3月28日(日) 3月6日(土)午後2時より展示解説あり。

最後に夜の美術館鑑賞後に写した掛川城です。

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「夜の美術館と現代アート茶会 気韻生動」 掛川市二の丸美術館・二の丸茶室 

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掛川市二の丸美術館と二の丸茶室で開催された掛川現代アートプロジェクトvol.3「夜の美術館と現代アート茶会 気韻生動」に参加して来ました。

イベント概要は次の2部構成。2月6日(土)と7日(日)の夜に2回ずつ計4回(1回あたり参加者15名限定)開催され、私は7日(日)の17:20~の回に参加させていただいた。

●夜の美術館
掛川市二の丸美術館所蔵品の日本画名品や煙草道具などを作品が制作された約30年前の照度で鑑賞する。

美術館から掛川城二の丸茶室にわらじを履いて移動。待合に通されゆず湯をいただき広間へ移る。

●現代アート茶会
「記憶に残す現代アート体験」を実現するために、現代アーティストをゲストに迎え、お茶会に使える道具を1つ、職人的な技を持つ方とコラボレーションして、作っていただくプロジェクト。
第3回目の今回はアーティストの名和晃平さんが、この茶会のために制作した風炉先屏風のお披露目茶会となる。茶会には、ゲストととして名和さんと本イベントプロデューサーである山口裕美氏も参加。

初日6日(土)に参加された静岡大学人文学部・平野雅彦教授のHP(以下)に、茶会や作品画像等詳細が掲載されています。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1069.html

ほぼひと月前、Twitterでの呟きに、本イベント開催とリンクを見つけた時は我が目を疑った。
エルメスギャラリーでの個展をはじめとして大人気の名和晃平さんとアートプロデューサーの山口裕美さんがゲストの茶会って、そんな凄いイベントが本当にあるの?!

ありました。本当に。夢のようなひとときを過ごさせていただいたので、以下拙い感想をご報告しようと思います。

参加前の予習不足はお恥ずかしい限りだが、「夜の美術館と現代アート茶会」は今年で回を重ねること3回目。
1回目ゲストはミヤケマイさん    ⇒ 掛軸「初まり、始まり」
2回めゲストは中村ケンゴさん    ⇒ 棗(アクリル製) 銘「スピーチバルーン・イン・ザ・ヒノマル」
と既に掛軸と棗が制作されており、今回は待合でこの2作品をじっくり鑑賞。

イベント開催経緯は、主催者である「掛川の現代美術研究会」の発足に端を発す。同会の活動は、掛川の街なかにあるアート作品をお掃除したり、傷んでいる所がないかなど点検したりという活動から始まったそうだ。が、ある日代表の山本和子氏(掛川おかみさん会の会長も兼務)が、山口裕美氏の著書「現代アート入門の入門」(光文社新書)を読まれ、。「現代アートで街を、掛川駅前から掛川城、そして二の丸美術館を元気にできませんか?」著者の山口氏に連絡を取ったことから様相は一気に変わって来る。
山口氏曰く、「3回程ご連絡いただいて、こちらから連絡しなければいけないという気持ちにさせられた。」という一気呵成(山口氏の言葉をそのまま引用)な押しもあって、山口さんとの交流が始まった。

そして、山口氏の発案によりこのイベント「夜の美術館と現代アート茶会」の開催にこぎつける訳だが、そのあたりの詳しい顛末は、山口氏のHP「Yumi Yamaguchi Contemporary Art Lab 」に詳しいので、ぜひご参照ください。とても面白い。
http://www.so-net.ne.jp/tokyotrash/produce/06kakegawa.html

まず夜の美術館鑑賞から。
二の丸美術館所蔵作品は、個人コレクターの寄贈による煙草道具、工芸品、日本画の三本柱。
中でも煙草道具のコレクションは渋谷のたばこと塩の美術館と並ぶ収蔵品とのこと。
先に煙草道具を拝見したが、LED懐中電灯が用意され、照明の落ちた暗い環境でLEDで照らして道具を鑑賞というレアな体験はオツ。個人的には煙草道具に使用されていた古布が興味深かった。布は劣化しやすいのに状態良く保存されている。

次に開催中の「鈴木コレクション・館蔵品による「日本画名品展」の鑑賞へ。こちらは長くなるため、詳細は明日にまわすが、冒頭にあった海野勝≪屋島合戦扇的図≫紙本着色は、この美術館にこそ相応しい作品だと思う。昨年の「皇室の名宝展」1期で素晴らしい象嵌置物≪太平楽置物≫≪蘭陵王置物≫に魅了された海野勝の肉筆画を拝めるなんて、それだけで満足してしまった程。

先を急ぐ。

いよいよ茶会。
参加者15名のうち、6名のご婦人が置物で参加をされており、更に男性の方でスーツを着用されていた方が2名。
茶会なので、さすがにジーンズはまずかろうと避けたのは今更ながら賢明だったと思う。

本当に立派な茶事だったのである。

まず待合に通され、ゆずの香のお茶「九重」(仙台・九重本舗玉澤)をいただく。
明かりは和ろうそくのみ。
蝋燭の明かりというのは、こんなにも風情あるものかと改めて感じる。江戸時代にタイムスリップしたような感じ。

ゆずのお茶はほんのり甘くて実においしい。清廉な甘さというのがぴったり。
その後、床にあるミヤケマイさんの掛軸と中村ケンゴさんの棗を適宜拝見する。個人的には中村ケンゴさんのアクリル製棗が気に入った。アクリルという素材と赤と白のコントラストがポップなんだけど、なぜかマッチ。
棗は食べ物ではないけれど、美味しそうと思ってしまった。
中に抹茶が入っているのだろうか。透けて緑色が見えているのも良し。

そして、いよいよ広間へと。
ここでも明かりは和ろうそくのみ。お部屋が広いので数本の燭台が用意されている。
ほの暗さがたまらない。

お正客だけは避けるべし。私が参加した回のお正客はお着物姿の6名の方で「先生」と呼ばれてらっしゃる方だった。
茶道に精通しておられることは、身のこなしや正客としてのお話っぷりで素人でも分かった。

名和晃平さんの新作は、グル―シリーズの風炉先屏風、銘「神獣」。
*グル―とは接着剤の意。熱でとかしてピストル上のグルーガンで形を作って行く。

風炉先屏風は、通常のグル―ドローイングのように平らに置かれていない。部屋の隅に炉が切ってあるので、結界(お正客の先生曰く)となるよう中央で折れた状態で置かれている。
作品画像は冒頭の平野教授のHPをご覧いただけば一目瞭然。
茶会直前まで手を入れられていたというその作品は、龍、それこそ神力を備えた獣のようでもあるが、やはり私には延々と増殖する細胞(セル)に見えた。
また、屏風自体の作成には山種美術館の「速水御舟展」の作品にも関わった京都の有名職人様(お名前を失念)が担当された。

後で登場される名和さんよれば、「グル―は絵画としてでなく、彫刻として見て欲しい」とのこと。

茶会に話を戻す。
お手前は、前述の「掛川の現代美術研究会」代表・山本氏が勤められる。
ここでの驚いたのは、おもてなしの「点心」と一献(吟醸生原酒&掛川里山栗焼酎」の美味しさ、手のこみようである。
吟醸生原酒は毎年2月4日の立春の日の朝に搾られる超限定酒「立春朝搾り 平成二十二年度庚寅二月四日」(島田市・大村酒造)。お味はやや甘口だが、香高し。
掛川里山栗焼酎「自ら自ら」(芝川町・富士錦酒造)も初体験だったが、こちらもほんのりと栗のお味が口にほんわかと広がる。

お茶だけでなく吟醸日本酒と栗焼酎も!!!
本当によろしいんですか?いただいても。という気持ちにさせられる程、美味しかった。
お運び役は、ユニクロの名和さんパックマンTシャツでキメた「現代美術研究会」男性会員の皆様がご担当。

卒なく堂に入ったに所作に感心する。
私がもう少しアルコールに強ければ、もう1杯さかずきを受けたのにと・・・残念。

「春の点心」(掛川市・月茂登)と題されたお料理がまた美味なることこの上なし。
お酒と同じく、基本的にできる限り素材は、地元掛川産のものを使用している。

・ 菜飯       掛川初馬の月茂登女将実家のすずな、すずしろ
・ 豚のにこごり   掛川ポーク
・ 卵焼き      掛川上内田のさくら卵
・ 天ぷら      浜北のスナップエンドウ、ふきのとう
・ 酢の物      掛川はっさく、掛川のほうれん草など
・ 小吸い物     シラス真蒸 御前崎のしらす 
            梅干し 掛川の梅

どれも忘れ難く明確にお味を記憶しているのに、なぜか梅干しだけ記憶がない。暗くて食べ忘れた?
中でも「豚のにこごり」は名和さんの作品をイメージして料理長が新たに考案されたそうで、プルプルとしたゼリー状の食感とピクセルのイメージを重ね合わせたのかと推測。

お道具に移る。

床の間には通常掛軸などがあるが、今回は掛軸かわりに山口氏所蔵の名和さんビーズ≪スーパーマリオ≫がいました。ちっちゃいカラフルなマリオが5体。ガラスの粒も小さめで、羊とか先日のエルメス「L_B_S」で巨大なビーズシリーズを拝見したばかりなので、小ささが逆に新鮮だった。

水指は切子硝子のものを使用。
ガラスを冬の茶事で使用するのは、本来ならあり得ないのだろうが、ビーズシリーズと併せて使用すると違和感はまるでない。

山本氏のご挨拶やお道具説明などがあり、山口裕美さんのご紹介とアート作品や作家の名和晃平さんの紹介と茶会は楽しく進んで行く。
二の丸美術館所蔵品の煙草盆も、さりげなく畳の上に置かれていて、参加者一堂に順次回され、触ったり、煙管をもったりと鑑賞した。この煙草盆の説明は二の丸美術館の学芸員の方が行って下さったが、明治期のものだとか。
普段、ガラスケース越しにしか見られないものを触れるという貴重な経験にまたも高揚する。

宴もたけなわになる頃、にいよいよ名和さんの登場~。って茶会ゆえ拍手はなし。

グル―についての説明や作品への思いを訥々と語られる。
ワタリウム美術館での講演会と比べると、どこか照れくさそうなご様子とお見受けした。

和やかな雰囲気に背中を押され、思い切って名和さんへお尋ねしてみた。
「ワタリウムでの講演会でテクスチャーを重視しているとおっしゃっておられましたが、、テクスチャーとはどんな意味で使われていらっしゃるのか?」

名和さん「テクスチャーは触感の意味。本当はこの風炉先屏風も実際に触って欲しいと思っている。自分にとって触感は触った時の感触というだけでなく、目で見た時の感触も含めて重視している。」

なるほど、だから冒頭でグル―は彫刻とおっしゃっていたのだった。
思えば、ビーズもグル―もscumも触感を刺激される作品たちということに気付く。

名和さんの作品を二つも前にして、素晴らしいゲストとの会話と美味しいお料理とお酒をいただき、次に茶菓子⇒薄茶が供される。

茶菓子は3点。うちひとつは「辻占 福寿草」(金沢市・諸江屋)で、中を割ると私のには「いいものハこれ」とビールジョッキと杯のイラストがちっちゃく描いてある。
主菓子の「梅花蓍蕷饅頭」(掛川・梅廼家)はお饅頭の皮がしっとりして、格別美味しかった。
お抹茶も掛川産「若葉の白」(掛川・松下園)。
掛川は「煎茶の生産主体で、抹茶は作られていなかった。煎茶用の茶葉と抹茶では生育方法がまるで異なる。」と私の席の近くにおられた現代美術研究会の女性会員の方に教えていただく。

名残り惜しいが、楽しい時が経つのは早いもの。あっという間に1時間が過ぎ、茶会は終焉を迎える。
ご正客の立派なご挨拶(おもてなしへの御礼と総括感想)で無事茶会は終了した。

本当に夢のようなひととき。

心づくしのおもてなしをして下さった掛川の現代美術研究会、掛川市二の丸美術館、名和晃平さん、山口裕美さんら関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

掛川には資生堂アートハウスを訪ねて何度か来ていたが、お土産に頂戴した『掛川ミュージアム&ギャラリーMAP』を見ると、市内には二の丸美術館をはじめ、ねむの木美術館、ギャラリーなどもあると知った。
掛川アート巡りにMAPは最強アイテムになること間違いなし!

来年も抽選に当たるよう(今年は倍率2倍!)お祈りしつつ、終りとします。
長文にもかかわらず、最後までお読み下さった方、ありがとうございます。

注:記事アップ時から第1回ゲストアーティストのミヤケマイさんのお名前と名和さんのビーズシリーズをピクセルシリーズと誤表記していました。
この場を借りて、深くお詫び申し上げます。

*2月9日23:25 修正。

「山口 英紀展」 新生堂

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表参道にある新生堂
にて2月19日(金)まで開催中の「山口英紀展」(やまぐち・ひでのり)に行って来ました。
今回は水墨画作品だけで勝負です。

私が山口英紀さんを知ったのは、昨年6月に開催された同じく新生堂での個展から。
その時の感想はこちら

全く一目ぼれというのは、このことだと思った。
私は水墨画、とりわけ目下の所は中国山水画と室町時代の山水画がもっとも好みで、ゆえに先日たまらず故宮博物院まで出かけた。東博の東洋館が長期休館になってから、常時一定数の中国絵画や書を堪能できる場所がなくなってしまったのは非常につらい。

大好きな中国山水や書の影響や勉強をされていた山口英紀さんの作品は、そんな私にとって現代アートとして昇華されているが、やはりどこか中国山水の香漂うのが魅力。

土曜日にお伺いしたら、山口さんご本人が前回同様在廊されており、直接ご説明を伺うことができました。
山口さん6月にお目にかかった時より痩せられていて、ちょっとビックリ。
「山口さん、痩せられませんか?」と私。
「最後の追い込みが厳しくって~。でも、もう無事完成したので大丈夫です」山口さんはにっこり。

どうやら超大作、キャンバス9枚?だったかの連作で京葉工業地帯を描ききった作品で精魂使い果たしたご様子。
睡眠は、職場(画家活動とは別に国語の先生でもいらっしゃる)に通うバスの中での仮眠が続いたなどというお話を伺うと、これだけ精緻なものを描いたら、そんなことにもなるだろうとひたすら感心する私。

一見セピア色の写真に見える(実作を見なければ、写真でないと信じがたいほど)作品は、そのセピアの下色付けから始まっています。
特別に選んでいる和紙(上記感想ご参照ください)を染めてこの色を作りだされているのだとか。
更に紙本の良い点は、染織した状態のものを更にちょっと表面を削ったりしてニュアンスを付けられること。これによって、「中国水墨作品のような古びた感じを出した」とおっしゃっていました。

個展案内状の「追憶より淡く」紙本墨画(トップ画像)は、渋谷のスクランブル交差点を描いた作品。上下各1点で1つの作品になっている。上にある作品が水たまり(?)に反射し、しかもその水たまりにぽちゃりと雨か何かの滴が落ちて水面へ反響している様子が見事に描かれている。

歪んだ人物、陽炎のような背景のビル。
どうやってこの陰影を表現するのか。

元ネタの写真はあって、それをパソコンなどで処理した画像を参考にしつつ、最終的には山口さんのオリジナルで作品モチーフは決定される。例えば元ネタにはない軍艦を加えてみたりとか。写真を元にはしているが、決して単に写しているのではない。
お伺いしたところ、さすがに鉛筆で下絵は描くとのこと。
技法については、雑誌「美術の窓」2009年10月号に掲載されていたので、もし気になる方はバックナンバーをお買い求めください。
また、Tak様の「弐代目青い日記帳」にて本展に関する詳細な記事と個展の画像がアップされています。そちらも是非ご参照ください。

横連作の工業地帯作品の一番最後の部分の左下隅に小さな小さな刻印が。
この印も、もちろん山口さんのお手製。印刻も書を学ぶ上での一課程で、そちらの方の作品は山口さんご自身のHP「思索室」で拝見できます。

さて、超大作も素晴らしいけれど、私は円形の作品も気に入った。
現在高島屋横浜店に巡回中の「美の予感 2010 -新たなるカオスへ-」展でも山口さんの作品が1点展示されているが、そちらは今回展示されている作品より大きく直径70センチのものだとか。作品集を見せていただいたが、魚眼レンズで見た時のような歪みが描かれていた。
6月の個展と違って、ストレートに見たものを描くだけでなく、歪曲した状態、波紋が広がった状態など、より対象を描く条件を高度にしていることに注目したい。

しかし、それらの大作や円形作品とは別に、階段を上がった小部屋(6月の個展はこの小部屋だった)に展示されていた風景画。私の本展マイベストはこの1枚である。
作品名は「にはたづみ」。

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「にはたづみ」は比喩的に「流るる」「川」「水」「行方知らぬ」などにかかる枕詞と山口先生(ここでは国語の先生のようだった)に解説いただく。
そう言えば、今回展示されている作品は全て水(海だったり、川だったり、水たまりだったり)をモチーフにしているのも共通。展覧会サブタイトルは「にはたづみ」っていうのも格好良かったんではないでしょうか。

「にはたづみ流るる涙止めそかねつる」万葉集178。
こんな歌も似合います。

場所は、中国の蘇州。東洋のベニスと言われる水の都として名高い。
山口さんが杭州に留学されていた頃に行かれた蘇洲の一風景で、「右側の余白部分には実は超高層ビル群があったのです。水上生活者の住まいと船を描いたが、もう今はなくなっているかもしれません。」

時間が止まったかのような1枚。
絶妙なバランスと構図の取り方。写真を凌駕した墨絵と言っても過言ではありません。
この作品は肌理の細かい絹本です。
私は絹本作品の方が好みですが、こちらは失敗したら最後。やり直しがきかない一本勝負。

山口さんの作家活動はますます順調なご様子。
更にプライベートでも素敵な奥様と昨年ご結婚された由。本当におめでとうございます!
今回展示はありませんでしたが、作品集にあった「うちひさす...」絹本水墨のような人物画も素敵でした。

うちひさす宮道を人は満ち行けど
           我が思ふ君はただひとりのみ  万葉集11巻ー2382

次回の個展では人物画などの小品も拝見したいと希望を書いてみたりして・・・。
高島屋の作品もしっかり追っかけて拝見します。

*2月19日(金)まで開催中。日曜・祝日休廊。11:00~18:00(最終日は17時まで)
新生堂地下1階展示室 東京都港区南青山5-4-30

<高島屋 「美の予感 2010 -新たなるカオスへ-」へ巡回情報>
横浜展   2010.2.3~2.9     高島屋横浜店七階美術画廊
名古屋展  2010.2.17~2.23     ジェイアール名古屋高島屋十階美術画廊
新宿展   2010.3.10~3.16    高島屋新宿店十階美術画廊

「ウィリアム・ケントリッジ展 ギャラリートーク&2回目」 東京国立近代美術館

金曜の夜間開館をねらって「ウィリアム・ケントリッジ展」の2回目とギャラリートークに途中から参加した。

*1回目の鑑賞記事はこちら

1月2日の本展初日に1回目に行き、その後1月10日のジェーン・テイラー氏の講演会を拝聴(この時は講演会だけ聞きに行った)し、2回目の鑑賞はギャラリートークのタイミングに合わせたのだった。上手く仕事が終わらず、途中参加になったのが悔やまれるが、やはりギャラリートークに参加して良かったです。
展覧会の図録をじっくり読めば良いのかもしれないが、東近美の担当学芸員の方のケントリッジ作品への熱い思いもしっかり伝わって来たし、文章だけでは伝わらないモノが聞き手にしっかり伝わって来ました。

以下、トークと講演会で印象に残った点です。
トークや講演会に行くことができなかった方に少しでも参考になれば幸いです(内容至りませんがそこはご容赦下さい)。

1.ケントリッジの映像作品制作過程と展示方法
「床の上に、映像カメラ、ドローイングペーパー、ポケットには消しゴムとストップウォッチ。
ある場面を描き、カメラで映像を撮影⇒再びドローイングを描く⇒映像⇒ドローイング」byテイラー氏。

この順番を見て、既に同展をご覧になられた方は、はたと思い当たる節があるのではないだろうか?
今回の展示方法と重なっていることに、ギャラリートークにより初めて気付いた。
映像作品の間にはドローイングの展示がサンドイッチされている。
それは、制作過程にも重なるが、「ケントリッジのモノクロ作品をイメージした展示」by学芸員氏。

「ケントリッジは、ストーリーボードや骨組みを用いず映像作品を作っていく。暫定的な分析により、何が不足しているのかを考え、描き加えていく手法を取る」byテイラー氏。

すなわち即興性、偶然性の高い制作方法が取られていることに着目したい。

更に、本日入手した「BIG ISSUE 135号」にケントリッジにアーティストのやなぎみわがインタビューした記事(これもケントリッジを知る上で興味深い)も拝見したが、ケントリッジは映像作品に至るまで油絵にも取り組んでおり、「油絵はもっとも難しかったことの一つで、自分がこう描きたいという期待と実際に描けたものとのギャップが如実で、いつも辛い思いをし、自分との闘いだった。」と回顧しているのが興味深い。

現在の制作方法を考えると、油絵は、即興性、偶然性、更には音楽との構築と今の作品の良さをもっとも反映しがたい技法なのかもしれない。

2.展覧会サブタイトル、展示方法と制作技法との関連
「サブタイトル『歩きながら歴史を考えるそしてドローイングは動き始めた・・・』はドローイングと撮影を行ったり来たりして、歩くという身体行動の中で、アイディアが浮かび作品に取り入れられて行くことを象徴したもの。「例えば、文章を書こうとして息詰まると、ちょっと外に散歩氏に行ったりしてそこで上手い考えが浮かんだりする経験を思い出して欲しい。」by学芸員氏。

「更に歩きながら考えるという点を重視し、最初の5つの映像が一度に流れている展示室には当初敢えて椅子を置かなかった。毎日来館者によるアンケートが本展担当である自分の机上にどさりと置かれ、その多くに『映像作品の展示室に椅子がないとか人が前を横切って遮られるのがうざい。』とかという声が寄せられているが、自分としては、『遮られたり、どっかり腰を据えて映像に浸るのではなく歩きながら鑑賞する』のもケントリッジ作品を見るひとつの方法だと思っている。」by学芸員氏。

なるほど~そういう意図があったとは・・・。確かに自分の初日に椅子がないので床座りして観ることになるとブログに書いた。2回目の鑑賞では、歩きながら観たり、どんどんチャンネルを変えてみたりと興味のおもむくままに観る方法を取ってみたが、2回目ということもあり、確かに違和感はない。

3.ケントリッジの関心
後半には、錯視を利用したステレオスコープによる作品や、円筒形の鏡像を利用した作品が出てくるが、「これらはケントリッジが見るということに関心をもっているために制作されたもの」by学芸員氏。

個人的にはケントリッジは見るということに特段関心を持っているのかもしれないが、聞くという行為にもまた同等の関心を寄せているように思う。でなければ、あんなにも映像と音楽が共鳴した作品を制作できるはずがない。
映像と音楽の融合につながるかどうかは分からないが、来月だったかNYのメトロポリタン劇場のオペラにも携わるとのこと。う~ん、ぜひ見てみたい。どんな舞台芸術が飛び出すのだろうか。

そして、1回目で気に入った映像作品で「蚕のようなものが星座」になる作品の「蚕」の正体が実は「蟻」だったとトーク解説により判明。蟻の画像を反転したものだった。
言われてじっくり見なおしてみたら、確かに蟻の形をしている。

「見る」ことだけでなく、ケントリッジの関心は旧ソ連、ロシアにも向けられている。
2008年制作の≪俺は俺ではない、あの馬も俺のものではない≫には①ショスタコービッチの「鼻」(どの部分が鼻なのかが解説でやっと分かった、間抜けな私)、②ロシアアヴァンギャルド(幾何学文様の映像作品)、③ブハーリン(政治家)などを作品化したもの(あともうひとつあったと思うが失念)。
が、もちろんその意図が分かれば分かったでよいのだけれど、最後の学芸員氏の言葉が私には一番嬉しかった。
「・・・と解説して来ましたが、僕の感想を言わせていただくと『映像と音のシャワーを楽しんだ』です。」

なお、同じくギャラリートークに参加されていたテツ様のブログをご紹介します。
「中年とオブジェ~魅惑のモノを求めて~」


そう!小難しいことを考えずに映像と音のシャワーを目一杯浴びて欲しいと私も思います。
そして、2回見てもやっぱりケントリッジのドローイング作品には目を奪われる。これは図録ではなくやはり実作を見てでないと感じられない強さなのです。

トーク最後には、5年後か10年後にケントリッジ展の開催を匂わせる発言もあり。これも楽しみ!

*2月14日(日)まで開催中。土日は混雑しそうです。

2010年1月の振り返り

今年最初の振り返りです。

<美術館・博物館> 以下46展 
・現代工芸への視点 装飾の力 東京国立近代美術館工芸館
★ウィリアム・ケントリッジ 東京国立近代美術館
・木村伊兵衛とブレッソン 東京都写真美術館
・日本の新進作家展vol.8 出発-6人のアーティストによる旅 東京都写真美術館
・躍動するイメージ 東京都写真美術館
◎ 国宝土偶展 東京国立博物館
・博物館に初もうで 新春特別展示「虎之巻」
・ 没後50年北大路魯山人展  日本橋高島屋
・ 医学と芸術展 森美術館
○ 清方ノスタルジア サントリー美術館
○ 柴田是真の漆x絵 江戸の粋・明治の技(展示替え2回目) 三井記念美術館
・ アンコールワット 日本橋三越本店
○ いけばな 歴史を彩る日本の美 江戸東京博物館
・ 旗本がみた忠臣蔵 江戸東京博物館
○ 退任記念 絹谷幸二 生命の軌跡 東京藝術大学美術館
・まばゆい、がらんどう 東京藝術大学美術館
○ 江戸の彩 珠玉の浮世絵コレクション(前期)
・ 浮世絵百華 平木コレクションのすべて(後期) 浮世絵とは何であったか たばこと塩の美術館
○ 色彩の詩人 脇田和 川越市立美術館
◎ <特別公開> 相原求一朗 北の十名山 川越市立美術館
・ 新春展 山崎美術館
・ 日常 場違い 神奈川県民ギャラリー
○ 東京藝術大学先端芸術表現科 卒展 BankART STUDIO NYK
・ DOMANI・明日展2009 国立新美術館
・ ルイス・バラガン邸をたずねる ワタリウム美術館
○ 糸あやつりの万華鏡 結城座・375年の人形芝居展  INAXギャラリー1 東京
◎ 安井曽太郎の肖像 ブリヂストン美術館
◎ 麗しのうつわ 日本やきもの名品選 出光美術館
◎ オラファー・エリアソンあなたがであうとき 金沢21世紀美術館
・ 広瀬光治のニット展 金沢21世紀美術館
・ 椿絵名品展~あいおい損保コレクション~ 金沢21世紀美術館
○ モノ学・感覚価値研究会展覧会 京都大学総合博物館
・ ツイン・タイム・トラベル イザベラ・バードの旅の世界 京都大学総合博物館
○ 世界遺産金閣・銀閣寺宝展 相国寺承天閣美術館
・ 今日の冬の旅 仁和寺霊宝館 
○ 菊池契月 えき美術館
○ 朝鮮虎展 高麗美術館
○ 水連池のほとりにて モネと須田悦弘、伊藤存 アサヒビール大山崎山荘美術館
・Artのメリーゴーランド 岐阜県美術館
○ あいちアートの森 堀川プロジェクト ナゴヤインドアテニスクラブ・東陽倉庫テナントビル 
○ 鰭崎英朋展 -明治・大正の挿絵界を生きる  弥生美術館
・ 夢二と大正ロマンの世界展 竹久夢二美術館
・ ルノワール -伝統と革新 国立新美術館
・ 竹久夢二展 憧れの欧米への旅  日本橋三越本店
○ ガラス絵 ~浜松市美術館の名品~ 小金井市立はけの森美術館
◎ 斎藤真一展 瞽女と哀愁の旅路 武蔵野市立美術館
・ ボルゲーゼ美術館展 東京都美術館
○ 第58回 東京藝術大学 卒業・修了制作作品展 東京都美術館・東京藝術大学

今月は29日~31日に台北へ。
○「燃燒的靈魂‧梵谷特展」&常設展 國立歴史博物館・台北
◎「華麗彩瓷―乾隆洋彩特別展」 故宮博物院・台北
◎「水墨漫興─陳淳書画展」他常設 故宮博物院・台北

ギャラリーで良かったなと思ったものは既に記事をアップしているが、記事をあげていないものは以下(モレあり)
・「移動 ~無人島 in 高円寺での最初で最後のグループ展~」無人島プロダクション
・「変成態 -リアルな現代の物質性 vol.7 鬼頭健吾」展 ギャラリーαm
・Ryan Gander 「I'm an Aurefilian」TARO NASU
○ 奈良絵本展 丸善日本橋店 
・ 金氏徹平 「Post-Something」 SHUGO ARTS 
・ 桝本佳子展 INAXセラミカ
・ 松山 隼 -今日のお祈り-展 INAXギャラリー2
○ 長谷川潔展 永井画廊
○ 天明屋尚 「風流(ふりゅう)」ミヅマアートギャラリー
・ G-TOKYO 2010 森アーツセンターギャラリー
・「ストリート2010」(前期) 上野駅2階ガレリア ステーションギャラリー

記事にはしていないけれど、横浜フォトフェスティバルのプレイベントリレートーク(約2時間のみ聴講)や青山ブックセンターでの畠山直哉×飯沢耕太郎氏の対談に参加。
いずれも楽しめる内容だった。

前原冬樹 「いろはにほへどちりぬるを」 YOKOI FINE ART

maehara

既に終了してしまった個展で恐縮だが、前原冬樹「いろはにほへどちりぬるを」を最終日に駆け込みで見て来た。

前原冬樹さんは、2008年のおぶせミュージアムでの展覧会をチラシで初めて知り、見に行きたくて仕方なかったが、どうにも都合がつかず断念。
前原冬樹氏のプロフィールや過去の作品はギャラリーHPでご覧いただけます。
http://www.yokoifineart.jp/jp/artists/fmaehara.html

昨年のアートフェアで扱ギャラリーのYOKOI FINE ARTのブースで1点を拝見しただけ。
漸く今年新作の個展が開催されると知り、更に柴田是真の山下裕二教授×千宗屋氏の対談の最後に、お薦めの現代アート作家として山下教授が推薦かつ強く応援されていたのが前原冬樹氏だった。

で、結局会期末になってしまったが初めて東麻布のYOKOI FINE ARTへ。

展示空間はそれ程広さはなかったが、新作「一刻」シリーズ5点が展示されていた。
*最奥の展示されていた「タイルに蟹」はギャラリストさんによれば2006年の作品とのことだったが、個展ミニパンフだと2010年とある。なぜ違う?

展示作品画像はブログ「ex-chamber museum」様でご覧いただけます。http://ex-chamber.seesaa.net/article/139388461.html
これが全て木彫。
木彫好きの血が騒ぐ。

極めつけだと思ったのは「排気口」「煙草」のセット作品。
特に「排気口」は朴の一木作りだとのこと。
どうやって、これを一木でくり抜いて金網部分だけ掘りあてたのか~。
凄い、凄すぎる。
煙草はもちろんまっさらな新品である筈がなく、吸い殻で、端っこがぺちゃんこに潰れている。
この絶妙なニュアンス。

山下教授曰く「どうでも良いような所にとことんこだわりを見せる作家」。

ちなみに、対談の際に千宗屋氏が推薦されておられたのは、同じく木彫の須田悦弘氏。
究極の木彫相反関係かもしれない。

ただ、須田氏も現在制作されているのは、雑草や椿、薔薇など植物が多いが、卒業制作は「スルメ」だったので、スルメ方向に進んでいたら前原氏と同じような作品を作られていたやもしれない。

前原氏の作品に話を戻す。

作品は超リアル、かつ超絶技巧なだけではない。
全体から立ち上るのは、そこはかとない哀愁。
しおれた吸い殻、錆びた排気口、ワニ革のベルト(トップ画像)、柱に潰れてくっついているカマキリ。
何なのだろう、この切なさは。

切ない気持ちを胸にギャラリーを出たら、冷たい風が頬に気持ち良かった。

*1月30日で終了しています。

「国宝 土偶展」 東京国立博物館

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東京国立博物館で開催中の「国宝 土偶展」に行って来ました。

今回の台北行きで、一番の発見は青銅器の魅力だったのだが、青銅器を見ていると宇宙人っているんじゃないかと真剣に考えてしまった。
そして、青銅器⇒宇宙人⇒遮光器土偶と頭の中で結び付き、台北で見た青銅器の前に「国宝土偶展」の記事をあげようと思い立ったのである。
更に、何の符牒か今朝の日経朝刊1面のコラム「春秋」がこの「土偶展」の紹介になっているではないか。
「春秋」で美術展覧会についてだけ語られることはほとんどなく、直近では昨年9月14日の「アイ・ウェイウェイ展」(森美術館開催)ぐらいだろう。
(参考)過去ログ http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-794.html

このコラムを紙面で発見した時、土偶たちが、「僕らを紹介してよ!」と言っているように感じたのである。

さて、本展は既にご存知の方も多いことだろうが、イギリス大英博物館で2009年9月10日~11月22日まで開催された「THE POWER OF DOGU」の帰国記念展で、国宝3件、重要文化財23件、重要美術品2件を含む合計67点が展示されている。
特に国宝3件が一同に展示されるのは、本展初。

土偶好きのこちらとしては、大切な我が子の晴れ舞台を見るような気持ちで臨んだ。

何といっても、私にとっての土偶の魅力は造形の面白さ、愛らしさにある。
国宝3件のうち、個人的に一番好きなのは昨年国宝指定された「合掌土偶」。体操座りして両手を重ね祈りのポーズをしているこの土偶はポーズもさることながら、顔の造りから頭頂部の飾?、体中に付いている文様と見どころ満載。
更に私が注目するのは、彼(合掌土偶)を支えている専用の黄色のスケルトン色の置き台である。
まさに、彼のために作られたであろう専用の台座。
この台座がなければ、きっと上手く座っていられないんだと思う。もう、ぴたりと身体の一部であるかのような変形の台座でこの台も含めて好きなのだった。

同様にポーズ土偶は好きで「しゃがむ土偶」福島県出土の笑っているかのような表情も興味をそそられるが、腕の動きはもっと不思議。ヨガやストレッチの準備段階で行うような右手を左肩の方に水平に伸ばし、左手はその右手を抱えるようにして手先を左ほほに当てている。これと同じ姿の土偶の類例が他でも発見されていることから、祈りのポーズの一種と言われているが、これが祈りのポーズだとすれば、ヨガやストレッチも祈りに太古をたどれば祈りにつながる?

愛らしいと言えば「みみずく土偶」の存在を忘れてはならない。
ひまわり顔のような微笑ましい表情。
どう見てもキャラクター人形かおもちゃの人形のようだ。

更に奇妙奇天烈菜土偶と言えば、もはや国宝土偶人気をも超えるかもしれない「遮光器土偶」だろう。
この宇宙人としか思えない体形と両目の表現、頭頂部の飾。
当初光を遮る遮光器に目の形が似ているため「遮光器土偶」と呼ばれるようになったが、現在の研究結果では、遮光器自体が国内の縄文遺跡から一つも出土していないため、目の極端なデフォルメ表現との見方が大勢であるらしい。
デフォルメ表現は遮光器土偶に限らず土偶全体に関して言え、縄文人による表現力の豊かさを裏付ける重要な一例だと思う。

土偶だけではない。
土面や「有孔鍔付土偶(踊る女性)」で見られるように、縄文時代の出土品は造形表現豊かなものが多い。
モチーフは人間にとどまらない。
動物型の土製品も多く出土している。
この素朴さがたまらないのだ。
本展で紹介されている動物型土製品は猪などわずかだが、後述する平成館の考古コーナーで類例作品が展示されている。更に本展展示の「猪形土製品」は上出来で、通常はもっとブサイクさが却って愛らしい程の面白い作品が多い。

縄文人のアート性の高さは世界に誇れる。
これらは、信仰の有り方、祭祀、精神世界と解釈も様々であるが、用途は何であれ、造形表現の結実として考えた時、プリミティブアートとして一級品であることは間違いない。


展覧会を出口付近に展覧会グッズが販売されている。今回は特別展だが平成館でなく本館特別5室を会場としているので、通常より売り場も小さめだったが、一番目立っていたのはガチャガチャ2機。
単に私がガチャガチャ好きで目がないので、それだけが強く印象に残っているのかもしれない。

誘惑には逆らえず、ガチャガチャにお金を投入。
2種類あって、ひとつは土偶の「ミニフィギュア」、もうひとつは「スーパークロス」でいずれも300円(記憶曖昧)。私はクロスが欲しかったので、そちらを選択。
出て来たのは、「遮光器土偶」の白地クロス!超嬉しかった~。

その後、地下1階に行ったら土偶関連の映像が流れていたので、これもお見逃しのなきように。

そして、映像コーナー近くにいた2人のお若い男性がガチャガチャの丸いプラケース5個以上抱えている姿を発見した。ちなみに全部ミニフィギュア。
そんなに好きなんだ・・・。上には上がいた。

過去に発見された土偶総数は、約17000~18000点にものぼる。
本展展示品だけでなく、平成館1階の考古学コーナーにもかわいい土偶が沢山いるので、そちらの展示土偶達ともぜひ対面していただけたらと思う。

*2月21日(日)まで開催中。

「ゴッホ展・燃燒的靈魂」 國立歴史博物館・台北

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先週金曜の夜から日曜の昼まで、実質土曜日まる1日台北に行って来た。
土曜日は故宮博物院が夜8時まで開館しているため、敢えて土曜日を狙っての旅。見て来たものはポツポツ記事にあげていく。先日は汝窯青磁について大阪市立東洋陶磁美術館の展覧会とからめて書いた。

2回目は台北の國立歴史博物館で3月28日まで開催されている「ゴッホ展・燃燒的靈魂」を見て来たのでご報告。
それにしても、展覧会タイトルが激しい「燃燒的靈魂」だもの。ちなみに中国語(北京語)でゴッホは梵谷と書くので、展覧会の正式タイトルは「燃燒的靈魂‧梵谷特展」
展覧会の公式HPは以下(展示作品画像を見ることができます)。このHPがゴッホの部屋なのか窓から雪が降り込んでいるあたりに工夫があって面白い。
http://vangogh.ishow.gmg.tw/

公式HPをご覧いただければお分かりのように、展覧会タイトルの文字が本当に炎を放って燃えている。
以前、台北の国会中継をTVニュースで見ていたら、すごい乱闘になっていた。
たまたまかもしれないが、激しいお国柄なのかもしれない。

展覧会は、オランダのクレーラー・ミュラー美術館所蔵作品、ゴッホの≪自画像≫を含む20点の油彩画と77点のドローイング、デッサン等で構成されているが、別に1点だけ日本のポーラ美術館所蔵の油彩作品≪アザミの花≫が出展されていた。

冒頭に記載した通り油彩より素描がメイン、しかも制作年代が画家として活動を開始した初期の1880年~1885年の作品を多数集めていて、いつものゴッホ作品のイメージとはかなり違う。

初期作品はひたすら鬱屈として暗い色調で、、ミレーの影響を強く感じる作品が多い。
農民や労働者の姿をモチーフにした作品が多いのも特徴。

本展出展作品の所蔵先であるクレーラー・ミュラー美術館に一昨年に行った際も初期作品は何点も見たが、70点もの素描は出ていなかったと記憶している。
確かにゴッホの有名な作品「ひまわり」シリーズや「星月夜」など晩年の2年半に描かれたものが大半だが、初期の素描作品を見ていると、ゴッホが何を描きたかったのかや身近な人々を見つめる視線、しっかりした線描など、この展覧会はこれまで知らなかったゴッホの一面を知るには十分な内容だった。

木々の表現など、後の糸杉シリーズに移行していく過程のひとつとして見て行くと大変興味深い。

ここまで初期作品にしぼりこんだゴッホ展はある意潔く、来て良かったと思わせる内容。
確かに傑作とされる油彩画は少なかったかもしれないが、初期の油彩画や素描も日本ではなかなか見られない作品なので有意義な時間だった。

会場内ではゴッホに関する3D映像まで流れていて、3D映像って通常の展覧会場ではかつて見たことがなく、目を引く。更に展覧会場までのアプローチも凝っていて天井が星月夜風にライトアップされていたり、期待を高めるような演出が楽しい。

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日本でも今年の10月1日(金)~12月20日(月)まで国立新美術館で「ゴッホ展-こうして私はゴッホになった-」が開催されるが、日本での展覧会HPを見るとゴッホ作品は油彩画35点、素描約30点で、他はハーグ派のモーヴやモネ、ロートレック、スーラなどの油彩画が約30点とかなり内容は異なるようである。

それにしても、台北のゴッホ展は団体客で大盛況だった。
元々それほど素描はそれほど大きな作品ではないし、大半の人が音声ガイドを借りていて、なかなか移動しない。
あと日本の展覧会と大きく違うなと思ったのは、図録とは別に600円くらいの展覧会ガイド(A4サイズ冊子)を販売していて、かなりの人がそれを購入していた。
日本のいわゆる分厚い図録は別に作成されていて、大変充実した内容で印刷も美しいがお値段も日本より若干高め。
もう一つ、いわゆる展覧会チラシは全く見かけなかった。多分リーフレットがあったような記憶はあるけれど、パンフレット立てもなく、リーフレット本当に見かけたのだろうか私は?

展覧会入場料は、日本よりやや安いと思う。台湾ドルで大人一般300$だった(現在1台北ドル:約3.2円前後)。

展覧会グッズ販売は、日本とほぼ同程度かそれ以上の賑わいぶり。
いろんなものが溢れかえっていた。
昨年イギリスで見た展覧会「ビザンチン」のグッズ販売は寂しい感じだったのに、開催国によって違うなぁと感じた。
台北での展覧会は日本に近い雰囲気があった。

台北にこれから行かれる方があれば、ゴッホ展も良いかもしれない。
台湾でゴッホも面白いです。

なお、ゴッホを見た後、國立歴史博物館の常設展示を見たが、これまたとても面白かったので、また次回。

*3月28日まで開催中。

「第58回 東京藝術大学卒業・修了作品展」 東京藝術大学・東京都美術館

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先月のこと。横浜のBankART Studio NYK で開催された「東京藝術大学先端芸術表現科卒業/修了制作2010」が結構楽しかったので、先端芸術表現科以外の日本画、油画、工芸、デザイン、彫刻など各科の卒業・修了作品展にも初めて行ってみた。回を重ねること2009年度で第58回というから歴史を感じる。

さて、本展の規模の大きさたるや驚愕に値し、会場は東京藝術大学美術学部のほぼ全棟および大学美術館だけではおさまらず東京都美術館の地下3階と1階の展示室を借りての大規模な催し。
予定鑑賞時間を大幅に超過し、それでも全てを見終えることができなかった。

基本的に、大学卒業生の作品展示は東京都美術館、大学院修士生の作品は東京藝大に展示されている。

本展でのマイベストは、油画科修士修了生の石井香菜子「予兆」。
この作品は絵画棟の1階の114号室に展示されている。中に入った途端、暗闇と入口と中を仕切る壁が立ちふさがる。
壁をすり抜け、中を覗くとそこにあったのは暗闇の中に水のような真っ黒な液体がプール状のいれものに湛えられている。そこにぽっかりと浮かんでいるのは4つほどの灯篭のような三角錐の船のようなもの。
これが静かに静かにゆっくりと動く。
思わず黙り込んで見入ってしまった。
あの瞬間が今でも忘れられない。悠久の時を感じたと言ったら大げさだろうか。
先客が1人いて、その男性もじ~っと黙って立ちすくみ作品の静かな動きをただただ見つめていた。
後で、図録で確認したら黒い水だと思ったものは油のようだ。油・・・プールと言えば原口典之。でも、あの作品とはまた全然感じが違う。

あとは、個人的に一番好きな彫刻科で気になる作家さんが数名。
まずは、宮田将寛(みやたまさひろ)「心の影~自分を見つめる~」。
今知ったのだが、この作品テラコッタだった。鉄かなと思ったのだが、大間違い。
何より最初の印象が「かっこいい~」である。
彫刻家の修士生作品は構内の彫刻棟がメイン会場。普段なかなか入ることができない大学構内の風景も併せて楽しめるのが本展のもう一つの魅力でもある。
普段は修士生の作品制作の場となっている部屋が展示スペースだが、打ちっぱなしの簡素な部屋が彫刻にぴったりマッチしていた。
細長い人物とそれと同じ長さに伸びる影?をテラコッタで制作。
シュールというか、ストイックというか、この作品も威圧され押し黙って見つめるだけ。

木彫ですぐにでも作品が売れるのではと思った作家さんは人見元基(ひとみ・もとき)。
愛らしい動物彫刻で、彩色もカラフルで楽しい。

さすが技術的には秀逸な作家さんが揃っていて、どれも甲乙つけがたいが、これは凄いと思ったのは池島康輔(いけしま・こうすけ)「メメント・モリ」。樟で制作された裸体の男性とその台座となっている怪しげな波のモチーフがうねるうねる。
他に佐藤元彦(さとう・もとひこ)の「記念写真」も妙に気になる存在感。でも、それを言ったら岡本直浩(おかもと・なおひろ)「ジキタリス」も基本に忠実、上手い。上手いだけでは職業アーティストとしては不足なのだろうか。
最後に、TWS本郷での展示が記憶に新しい海谷慶(かいや・けい)の「Oasis」も再登場。

木彫が好きなので、甘甘。
彫刻好きなので、このまま学部生の展示で気になる作家さんを。
長尾睦美「待つ人」他3点。テラコッタと木の組み合わせ。優しい印象の作品。
田畑浩太「Triangler」ミクストメディアとあるが、材は何だろう?人物なんだけど、形がきれい。
稲田侑峰 「森の年輪」「年齢を重ねる」「雨を待つ」こういう素朴な木彫が実は一番好みだったりする。
塚本響子「blue sky blue」テラコッタ。テラコッタでの人物像って最近多いような気がする。これは女性の衣装の表現が面白かった。
中尾牧子、鏡を使用したちょっと草間弥生?といった角田優「胎内鏡」、石でも良い作品が何点か。
石川直也「アメダマ傘」は白い大理石で傘をさして座り込んでる女性を表現。これも形が良い。

・・・きりがない。

本当は日本画、油画でも気になる作家さんは沢山。通常各科で図録を作成しているが油画科だけ作成していなかったのは残念。冒頭の石井さんは油画なので、あったら買ってたと思う。更に油科では版画専攻の方も何人もおられ、これがまた良くて、修士のイングレシス・ベアトリスさんの作品は色といいデザインといい素敵だった。

意表をついて面白かったのはデザイン科の作品。
思わず商品化しては?と思うような作品がいくつもあった。
デザインの美しい物楽しい物は、一番身近で楽しめるアートなのだ。
中でも、修士でバーコードを絵画化していた「えコード」の小柳祐介さん、袋物のデザインをされていた方(お名前が~失念)あれは真剣に欲しかった。
学部生で、圧倒的存在感を放っていたのが佐々木英祐「パッション」。毛穴や汗まで表現する超リアル巨大絵画は恐怖すら感じたが、ド迫力。めちゃ上手い。

全卒業生、修了生の作品が掲載されている図録(確か2500円)もあり。
私は好きな彫刻科の卒業生(500円)、修了生(400円)の各図録かわりの作品集とポストカード集を購入。
修士のポストカードはそのまま飾れるのでこれは良いアイディア。

これらの作品群の中から、大学買い上げ作品が決まる。その結果もきになる。
そして卒業制作作品には、東京藝大では必ず卒業時に制作が課題とされている自画像も、もちろん一緒に展示されているのでお見逃しなく。

卒業生、修了生の卒業を祝福するとともに、今後の一層の活躍をお祈りいたします。
素晴らしい作品を見せていただき、心から感謝感謝。

*2月3日(水)9:00~16:30(入場は16時まで)
東京藝大会場だけでも、せめて19時くらいまで開催していただけたらと願ってやみません。

「あいちアートの森 堀川プロジェクト」 東陽倉庫テナントビル・ナゴヤインドアテニスクラブ

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我が地元の愛知県の6か所の会場を使用して「あいちアートの森-アートが開くあいちの未来-」というイベントが開催されている。詳細は以下公式ホームページをご参照ください。
あいちアートの森公式ホームページ⇒ http://aichiartnomori.com/

今年行われるあいちトリエンナーレのプレイベントかと思ったが、どうやらそうでもないような。

パンフレットによる本イベントの説明は次の通り。
「あいちアートの森」は文化庁の「地域文化芸術振興プラン推進事業」を活用し、現代アート作品やパフォーマンス等の転換を行うもので、市町村、地域の文化施設、芸術系大学と連携し、今後のアートによる地域おこしに貢献するとともに、県民の方々に現代アートへの関心を高めていただこうとするもの。

全部で6会場あるが、全ての会場が同時期に開催されるのではなく、開催スケジュールは各会場によって異なるので注意が必要。ちなみに広小路プロジェクトは昨年12月4日~本年1月末で既に終了してしまっている。

私が訪れたのは、6会場のうち参加作家数と展示場所が最も多い堀川プロジェクトである。
このうち、東陽倉庫テナントビル(旧トーヨーボーリングセンター)とナゴヤインドアテニスクラブに行って来た。
後者のナゴヤインドアテニスクラブは、入社1年目で公式テニスを習いに1年弱通っていた懐かしい場所。堀川は、名古屋での私の勤務先から目と鼻の先なのだった。

まずは、ナゴヤインドアテニスクラブから。
訪れるのは何年ぶりいや十数年ぶり。
ここでの展示のお目当ては、山田純嗣さんの展示である。

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昨年の中京大学・Cスクエアでの個展は本当に素晴らしかった。今回は如何に!と行ってみたら、これがやっぱり素敵だった。テニスクラブという個性的な空間を見事に活かした展示内容。
Cスクエアでの個展同様、作品制作に使用された石膏オブジェを上手く使用したインスタレーション(トップ画像)となっていた。

隣のスペースは先日Yuka Sasahara Galleryで拝見したばかりの三宅沙織さんの作品が展示されていたが、こちらはちょっとインパクトがなかった。ギャラリーで見たのと作品は違っていたと思うが、印象的には変わらない。

次に、東陽倉庫テナントビルへ移動。徒歩で数分の場所にある。
元々ボーリング場だったらしいが、ここには私も行ったことがない。
で、この会場が想像以上に素晴らしい展示をしていた。

私の一番のお気に入りは映像作家の若見ありさ。以後作家名敬称省略させていただきます。
お名前は今回初めて知ったが、この映像は素晴らしかった。
全部で3編あって、ごく短いものが2本ともう少し長めの1本「Corus」、どれも好きだけれど「Corus」は本当に良くて、通しで2回見てまだ見ても良いくらい。
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現在東京藝大学院映像研究科アニメーション専攻の教育研究助手に就任されていらっしゃるようだが、今月開催される映像祭に参加されるのだろうか。とても気になる。

もう1人、映像系の作家さんで素敵な作品があった。トーマス・ノイマン。
thomas

この方の影のような映像作品も非常に面白い。若見作品と合わせて必見である。

絵画では田口健太の描いたイメージを印画紙に転写した作品「ケモノがる風景」(上画像) も良かったし、柴田麻衣のアクリルを使用した透明感ある作品(下画像)など気になる作家さんを何人も発見。

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ボーリング場であり、かつ今ではトーヨーキッチン(?)の倉庫スペースとして使用されている空間を使った上手い展示が随所に見られ、とてもとても楽しめる。
展示作品は、受付の方に事前に申し出て、フラッシュなしなら撮影OKなのも魅力。

愛知県在住の方だけでなく、近県の現代アートが気になるなぁって方は是非!おすすめします。

2月4日からは、豊田プロジェクトもスタート(3/14まで)。こちらも近々見てくる予定なので、続報をお楽しみに。

*堀川プロジェクトは3月7日(日)まで開催中。今回ご紹介した会場は18時で閉場です。

「市川孝典 murmur」 FOIL GALLERY

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馬喰町のフォイル・ギャラリーで開催中の「市川孝典 murmur」に行って来た。
ギャラリーHPはこちら

市川孝典(いちかわ・こうすけ)さんの記念すべき最初の個展「Vintage Brown」が開催されたのは昨年の6月のこと。
幸運にも私は最終日に滑り込み、ご本人ともお話させていただくことができた。その時の感想記事はこちら
最初の個展での記憶も冷めやらぬまま、2010年のVOCA展入賞者の中に市川氏のお名前を発見した時はかなり驚いた。
デビューして1年経たずして、VOCA展に入賞とはすごい。

そして、今回もまたもや運良く市川氏ご本人が在廊されており、ご本人とお話することができた。写真撮影もご快諾いただいたので、ブログに掲載させていただく。*拙い写真でゴメンナサイ。

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*市川氏ご本人が一番お好きだとお話されていた作品。

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*展示風景

前回個展では、シャンデリアやロシア貴族が着用していた上着などモチーフ自体にインパクトがあった。
しかし、今回のモチーフは樹木。
展覧会タイトルの「murmur」は英語で「ざわめき」の意だが、今回は特に「木々のざわめき」の意味で用いられている。
樹木をモチーフとして、前回同様線香で付けられた穴や焼け跡で制作された作品は、前回以上に構図や陰影の表現など技法的に如何に優れているかが明確になったように思う。
つまり、モチーフのインパクトだけで勝負するのではなく、作品全体で勝負できることが明確になったと言うべきだろうか。

更に前回市川氏ご本人が仰っていた通り、和紙(これも様々な和紙の中から選りすぐった)を使用し、焦げ跡での表現のみならず、和紙自体を破いたりと別のニュアンスを付ける試みもされていることに注目。
最初に使用されていた洋紙(上質紙だったか)は、和紙に比べ弱いため、破くといった冒険はできなかったが、和紙はちょっとやそっとでは形を損なうことがないとのこと。
会場に2点だけだったと思うが、アクリルの額に入っておらず、和紙そのままで直に展示されている作品((トップ画像)がある。

やはり、アクリルを通して見るのと、アクリルなしで直に見るのとでは全然違っていた。
私の好みは断然アクリルなしの方。
ダイレクトに焦げ跡や濃淡などが伝わって来る。

モチーフとなった樹木はフランスの古城周囲の森に入った時の記憶で描かれている。
前回もそうだが、市川氏はご本人の記憶を絵画化する。
下書きなしで、どんどんイメージがわき起こり、記憶が絵画化されていく過程はまるで魔法のようだ。

今朝(2月1日)の日本経済新聞朝刊の文化面でも大きく記事が掲載されていて、またもやビックリ。
日経記事では、現在の制作方法についてや線香を選ぶまでの過程など詳細が記載されている。もし、まだご覧になられていない方は、ぜひ同誌をご参照いただければと思う。

印象的だったのは、来客での人気作品と市川氏ご本人が好きな作品が違っていたことだろうか。
市川氏が一番好きだと仰っていた作品は、15点の展示作品中でも、一番抽象的で白の余白部分が多い作品だった。
もしかすると、あの白い部分こそが、一番描きたいと思った靄だったのかもしれない。

VOCA展出品作も今回の樹木をモチーフにした作品だとのこと。

次回作ではどんな記憶の世界が飛び出してくるのだろうか。

*2月6日(土)まで開催中。12:00 - 19:00
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