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「第13回 岡本太郎現代芸術賞展」 川崎市岡本太郎美術館

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川崎市岡本太郎美術館で開催中の「第13回 岡本太郎現代芸術賞展」に行って来ました。

「岡本太郎現代芸術賞展」は、昨年初めて拝見し、枠にはまらない多彩なジャンルな現代芸術作品が多く面白かったので、今年も楽しみにしていました。

第13回目を迎える今年は、758点(昨年は611点)の応募があり22組の作家が入選しています。
審査員は、椹木野衣(美術評論家)、平野暁臣(空間メディアプロデューサー・岡本太郎記念館館長)、村田慶之輔(美術評論家・岡本太郎美術館館長)、山下裕二(美術史家・明治大学院大学教授)、和多利浩一(ワタリウム美術館キュレーター)の5名(敬称略・50音順)。

率直に申し上げて本年度はまた格別に面白いと思える作品が多数あった。さすが入選作!と思える作品ばかり。
中でも特に私が気に入った作品は次の通りですが、結構悩ましい選択でした。

・矢津吉隆 「Phantom objects」
暗幕で仕切られた真っ暗なコーナーに20個ほどの透明な四角いケースが並んでいる。中では様々な日用品がくるくると
モーターにより回転している。電動かざくるまのようである。日用品の色にも当然配慮がされていて、近づいてよく見ないとそれが日用品であることは分からない。闇に忽然と浮かんで回る物体は、もはや日用品とは別の存在になっていた。

・東方悠平 「天パニック」
美術館の通路の一角に落ちている丸い渦巻状の灰色の物体。最初、それが何を意味しているのか分からなかったが。壁を見るとロケットに撃ち落とされた大仏の絵が展示されているではないか。その頭からぽろっと「ら髪」が降り落ちていく過程も描かれている。
この過程までは絵画なのだけれど、落ちてきた「ら髪」だけが仮想現実として眼の前に突如現れたのだった。
やや巨大な「ら髪」は1個ではなく、複数ポロポロと点在している。発想が面白い。大仏の「ら髪」の実物サイズなのだろうか?

・クニト 「クドリャフカとUFO」
犬はともかく巨大なUFOが陶芸作品であるとは、まずは驚き。表面の質感も一工夫されていて、現代の陶芸作家はここまでやるのかという感動があった。東近美で「現代作家による陶芸展」に選ばれても良いと思うのだけれど、もっと作品を見たい。

・入江早耶 「Untitled」
クレヨンで作った人体彫刻いや違う「人体彫刻のような大きなクレヨン」が入江さんの作品。こんな大きな女性のクレヨンで壁に線が引かれていたけれど、確かにクレヨンで描いたような線だった。
幼稚園に連れて行ったら喜ばれそう。って私も十分喜んでいたけれど。

・浅野健一 「力人」
からくり式の力士像三体。映像で実際に力士を操作し動かしている様子が流れていたけれど、堂々たる土俵入りを披露していた。彫刻としてもリアルかつ緻密な表現。映像でなく実際に動いているのを見たら更に感動しただろう。

・長谷川学 「風の前の塵」*特別賞
解説を読まなければ、これが髪と鉛筆だけで制作されているとは誰も思わないだろう。実際には黒く鈍い光のメタリックなマシンガン、拳銃、果てはミサイルなどの立体武器作品。紙で作った武器を執拗なまでに鉛筆で黒く塗り込む作業は途方もない労力がかかったのではあるまいか。質感は限りなく金属に近い。大きなミサイルはその質感がもうひとつ上手く出ていなかったように感じたがマシンガンと拳銃サイズのものは本物のようだった。持ったら、すごく軽いんだろう。

・ながさわ たかひろ 「プロ野球画報」 *特別賞
なんと言いますか、もう脱帽です。ハイ。野球好きにはたまらないでしょうね、この方の作品は。楽天イーグルス前150試合の記録。その日のハイライトをピックアップし描き綴る日々。1試合につき縦1列、8試合で1枚、計19枚で1組。限定19部の版画集。19番は実際に野村監督に差し上げたそうですが、イーグルスファンなら絶対欲しい!
とにかく一人でも多くの方に見ていただきたい作品。

・サガキケイタ 「イドラ-最後晩餐-」
ペンによる細密画に取り組む作家は多いが、サガキさんの作品には引き込まれる何かがある。忠実にダヴィンチの最後の晩餐を再生しているかのように見えるが、サガキ流のアレンジもされている。

・辻 牧子 「日常の柔らかな化石」 *岡本敏子賞
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冒頭の矢津と同じく日用品を使用しているが、辻さんの場合、身の回りの日用品にアクリル絵具を何層にも塗り重ね、乾いた所を彫るというプロセスにより化石化を図る。日用品といっても選ばれたものたちは実に様々。椅子、自転車、地球儀、折り紙のツル、ジーンズ、豚骨までおよそ化石化できないものはないのではなかろうか。
丹念に彫り進まれた化石の表面は虹色に光沢があり、美しい。絵画なのか彫刻なのか。

・三家 俊彦 「The indignant」 *岡本太郎賞
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アルミホイルで作られた戦闘集団。馬に乗った騎馬兵隊。これが床一面に展開されている様は圧巻。アルミホイルとはいえ、1点1点のディテールもおろそかにはしていない。ゲーム世代ならではの発想だと感じた。

・Natsu 「失われた状態」
手芸系作品であるが、キラキラしたビーズは照明でさらに光を増幅していた。形態も面白い。

豊田市喜楽亭で拝見した梅田哲也の作品も良いのだけれど、知覚の扉があまりにも良かったので今回は仕掛けが大掛かりなだけに大味に感じた。
蔭山忠臣のコミュニケーションについて考えられる作品や加藤翼のパフォーマンス風な一発作品も印象深い。

なお、岡本太郎美術館の所蔵作品も毎回楽しめる。私は岡本太郎氏デザインの紐の椅子が好きです。

*4月4日まで開催中。
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「生誕120年 小野竹喬展」 東京国立近代美術館

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東京国立近代美術館で開催中の「生誕120年 小野竹喬展」(前期)に行って来ました。
展覧会HP ⇒ http://www.momat.go.jp/Honkan/ono_chikkyo/index.html#advice
訪れたのは、会期早々の3月7日。にも関わらず、思ったよりお客様の出足が良く人気作家なのだと実感した。
本展は、1999年におこなわれた生誕110年・没後20年記念展以来、10年ぶりとなる大回顧展でにふさわしく本画119点、
スケッチ52点と出品数は過去最大になっている。

展覧会の構成は次の通り。
第1章 写実表現と日本画の問題
特集展示Ⅰ 竹喬の渡欧
第2章 自然と私との素直な対話
特集展示Ⅱ 奥の細道句抄絵

小野竹喬は、竹内栖鳳に明治36年に入門。その後、土田麦僊らとともに明治42年に京都市立絵画専門学校に入学し、大正7年に
麦遷、村上華岳らと国画創作協会を設立する。

雑駁に感想を書いてしまえば、本展で私がもっとも興味深かったのは初期の作品から、竹喬スタイルの確立に至るまでの変遷であった。
往々にして、作家独自の作品スタイルを確立するまでの過程は、分野を問わずどの作家においても興味深いものがある。
中でも、今回の竹喬は1939年を境に、突然と言って良いほど表現方法が変わってしまう。
「南画風の表現から新しい画風は、色の面によって対象を把握し、かつ日本画の素材を素直に活かそうとするものだった。
この時期、竹喬は大和絵の表現を手本とし、線も色も古い大和絵に学ぼうとした。」~美術館HPより。

そして、学習の成果により対象の単純化、カラリストと呼ばれるほど温雅な色彩を特徴とした作風を創り上げる。

<第1章で印象に残った作品>

・「野之道」1906年 
・「故郷の春」 1909年頃 大きく余白を左に取り、余白を活かした画面構成。
・「郷土風景」1916年頃  手前の樹木の細い幹が特徴的。以後、竹喬の描く樹木の幹は往々にして細くひょろ長い幹をしている。
セザンヌの影響を受けているとされている作品だが、なるほどひょろひょろした幹の感じはセザンヌに似ている。
・「波切村」1918年頃 日本画なのに油彩画のようだった。
・「冬日帖」1928年 画面を見ていると音が聞こえてくるような作品。
・「風浪」 1930年 スケッチがそのまま大画面になったような作品。

<第2章で印象に残った作品> ここからは自己のスタイルを確立して以後の作品が並ぶ。ずっと見ているとほっこり暖かい気持ちがしてくるから不思議だ。
・「仲秋の月」 1947年 描線のない形態の把握が面白い。
・「奥入瀬の渓流」1951年 渓流が鑑賞者に向かって流れて来るようなやまと絵風の明るい画面。
・「深雪」 1955年
・「海」 1971年
・「宿雪」 1966年 
この作品が忘れられない。筍のような樹木の下にある根雪の表現。相変わらずひょろっと細い樹木の描き方。
対象はシンプルになっているが、色彩も雪以外はアクセントになる色を使用している。ポスターになっても不思議ではない。
・「夕茜」 作品を見て和歌を思い出す。なんという情緒あふれる絵画だろう。
・「鴨川夜景」 1973年
風景画の多い竹喬にしては珍しく、人物が入った作品。
          
そして最後の最後で本展の目玉作品となる「奥の細道句抄絵」シリーズ。
竹喬の晩年の代表作として知られ10点全部が展示されているのも見逃せない。
心中の風景を頭の中で構図と色調を組み立て描く。竹喬のスタイル確立後の作品は、みなどこか大らかで(これは形態の単純化によるものだが)、
ともすれば、どの作品も似たような印象しか生まれず、やや飽きが出てくるが、「宿雪」で背中がしゃきんと伸びた。
私がイメージする竹喬の色は水色や青、緑といったベースに茜色を効果的に使用する。

特集展示1は、ヨーロッパ各地に出かけた際のスケッチ、これは土田麦遷の作品と並んで展示されていたので、両者の比較ができて面白い試み。
個人的にはスケッチに関して言えば、竹喬の方がうまいと思った。

特集展示2では、奥の細道に旅した際のスケッチ。この中では「紅花Ⅱ」が一番気に入った。

なお、本展に合わせて、近代美術館常設展、特集で「水浴考」、須田国太郎特集も拝見した。中でも「水浴考」はここ最近気に入っている近代美術館独自の
所蔵作品によるテーマ展示。今回は遠藤利克、塩田千春、新海竹太郎の「ゆあみ」など、展示作品の選択が面白い。

「小野竹喬展」後期展示も行けるだろうか?気持ちを落ち着かせたい時、安らぎを感じたい時に竹喬の作品は非常に効果的だと思った。

*前期展示は修了しています。現在は後期展示中。4月11日まで。会期末間際は混雑しそうです。

「東北芸術工科大学 卒業・修了展」 東京都美術館

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昨晩、最後のアップで突然サーバーエラーとなり記事が全て消えたのでフテ寝しました。
気を取り直して、再度東北芸術工科大学卒業・修了制作展の感想です。

東北芸術工科大学は山形県山形市にあり、東北地方で唯一の芸術大学とのこと。
そういったバックボーンは今回初めて知りましたが、工科大の学生さん、卒業生の方の作品はTWS本郷、INAXギャラリー銀座などで昨年あたりから見ていて記憶に残っていました。

今回は、2月に同大を会場とした卒業・修了制作展の中から選抜された作品を東京都美の2会場で東京展として展示しています。

まずは、2階の第二展示室:日本画・洋画・版画から。
特に日本画の作品は印象に残った作品は全てと言っても過言ではない。中でも格別これは!と思った作品は次の通りです。

・土井沙織 「サバキノトリ」(大学院)
冒頭に展示されていたのだが、何よりまず大画面(3680×5490)のド迫力と背景の赤色のインパクトに驚く。
こんなに力強い日本画って久しぶりに見た・・・。巨大な多頭鳥が中央にどっかりと黒く太い線で描かれていて、赤との対比効果は抜群。この時点で、「これは凄い」と鉛筆とメモを取り出す。

・針生卓治 「山月記」(大学院)
この作品は今回のマイベスト。2600×3640のこちらも大画面。そこに描かれているのは岩のような牛の左後方からの後ろ姿。
もう1頭は真っ黒な影のようで、顔も尻尾も描かれていないので、一見すると同じ牛だと分からないかもしれない。
この作品は山古志村の闘牛を見て描かれたそうで、本展終了後は山古志村の役場に展示されることが決まっているとのこと。
針生さん御本人にお話を伺ったところ、作品に「重さ」を出したかった。その結果が牛であって、重さを追求すると白いもの軽いものをモチーフには選ばない。
ギャラリートークをされていた同大日本画コース准教授の三瀬夏之介氏は、黒い方の牛に山の見立てを感じると解説されてされていた。

・鈴木尚武 「音信不通」
通常の日本画の見せ方とは異なり、床には穴開きコンクリート(側溝に使用するような)に無機質な街の風景を描き、壁面にはビルの側面と電線とこちらもありふれた日本の風景を描く。二つの見せ方で殺風景な構築物を描くが、よくよく見ると絵肌には白い線が幾筋も入り細かいでディテールの工夫もなされていることに感心した。とても、面白い作品だと思う。

・木村聡美 「生ける」
見せ方で言えば、木村聡美さんの作品も考えられている。支持体そのものを生け花の花のように見立てて通常であれば1枚のボードで一気に見せるところを敢えて、縦長のパネルに分け、その配置も考えている。
見せ方だけでなく、肝心の日本画も白をベースに青を取り合わせ、こちらも白線で様々な花が描かれているのが近づくと良く分かる。平面絵画ではあるが、立体インスタレーションとしても楽しめる。

・菊池 咲 「生きている」
動物作品の日本画。キャラが立っているという表現は相応しくないと思うけれど、動物たちのとらえ方が均一でなく、バラエティに富んでいるのが面白い。
特に私が好きなのはラクダ。離れた眼ととぼけた表情がたまらない。
両腕を組んだ猿、いやゴリラかのさびしげな表情も心惹かれるし、左上の熊が、「ぼくを連れてって」という顔でこちらを向いている。
この作品も支持体の大きさや形は様々で、パズルのように組み合わせてひとつの画面を作りだしていた。

・西山綾子 「あしたには」
派手さはないのだけれど、女の子(多分作家さん御本人?)の部屋を上から俯瞰した図。
カーペットになっている部分に砂が使われていて絵肌とそこからあらわれる表情が特徴。スリッパの脱ぎ散らかし方、水色のペディキュアを塗っている
さりげない日常が作品から感じられる。色のバランスもうまいし、カーペットの縁取りのサクランボ模様が愛らしい。

・柴野緑 「full」(大学院)
紙、糸、インク、クレヨン、ニスを材料とした日本画という枠には当てはまらない作品だと思う。射撃の的に使用するような人体の枠組にニスで古びた感じを出した?のか、茶褐色になっている部分もあり、人体に血液のように糸でステッチが入っている。3枚の人体像の下にはそれぞれ足袋や上着などの装束が紙で作られ畳まれている。
一見するとどうしても「死」を意識せざるを得ない。死に装束なのだろうか?それとも巡礼?様々に想像が膨らむ。

・海老名麻未 「Labyrinth」
文字通りラビリンスを巨大万華鏡のような立体と緻密かつカラフルな日本画で表現。装飾的な華やかさは展示作品中一番だったかもしれない。

<洋画>
・竹田奈那 「石橋」
ヨーロッパ宗教絵画の再現のような作品。油彩でなくミクストメディアとされているが、描きここみの細かさはすごい。今後どんな作品を制作されるのだろうか?

・鈴木邦之 [Untitled」
廃材を利用したオブジェ。絵画でなく彫刻作品だと思う。何を表現しているのか、いや具体的な何者かがなかったとしても彼の作品(これだけは地下3階彫塑室に展示)
は異彩を放っていた。

<版画>
・斎藤絢 「お誕生日おめでとうというお葬式」
タイトルのお葬式にふさわしくないほどデコラティブな立体人形。大きさが作家本人とほぼ同じくらい。御本人によれば「自分の支配下における程度の大きさを選んだ」のだとか。5体とも全て違う作り込み。ニットあり、カラフルな小さな玉をくっつけたものあり見ていてとても楽しい。l
なぜ「お葬式」なのかをお聞きしたら、立体人形と私はコミュニケーションできない。死んだ人ともコミュニケーションできない。だから、お葬式というタイトルにしたと答えが返ってきた。
今は何でも作りたいし描きたいという気持ちが作品にあふれている。

地下3階
ここでは、工芸作品(陶芸、漆芸、金工)が特に私の好みだった。

・菊池麦彦 「LURE BAG」 漆芸
漆でできたカラフルなルアー。私にはウミウシのように見えた。この技術があれば、ルアーでなく他のものに転用しても美しく現代的な漆芸作品が見られるのは間違いないと思う。

・鈴木祥太 「凛」 金工
野にある植物やツバキを金工で表現。さりげなくはかない「野菊」や「山ブドウ」は素敵だった。御本人によれば、金工で植物を制作したのは卒業制作が初めてとのこと。ハイジュエリーが好きで金工を学び、今後もジュエリーや今回のような彫刻とバランス良く制作していきたいとお話して下さった。

・星野友里 「いつかいつもきょうも」 陶芸 大学院
展示されていたプレートセットが欲しい。あんなに愛らしいプレートで食事できたら毎日楽しくなりそう。梯子が付いているのはなぜだろう。

・高橋幸子 「いとなむ」
羊毛で椅子を覆った造形作品。連続性と羊毛の切れなさのイメージが重複する。もこもことした素材を活かした大胆な作品。

・及川裕介 「神威」 彫刻
彼の木彫は、操り人形のように細かいパーツに分かれており、今にも動き出しそうだった。落武者風な形態が印象的。

ざっとこれだけ挙げてみたが、ここに記載しきれなかった作品にも素晴らしいものが多かったです。
教授陣のご指導もさることながら、学生さんが自分の作りたいものを明確に企図していて、作りたくて描きたくてという気持ちが作品から鑑賞者にストレートに伝わって来ます。

必ず「あっ」と驚くような作品、「これ、欲しい!」と思う作品に出会える筈。
ぜひ、お出掛けください。

なお、4月5日(月)~10日(土)までアートスペース羅針盤で「東北画は可能か?其の一」が開催されます。
上記でご紹介した作家の作品も展示されます。4月10日にはトークイベントもあり。
アートスペース羅針盤:中央区京橋3-5-3 京栄ビル2F
詳細は、三瀬夏之介さんのブログにて。http://blog.natsunosuke.com/?day=20100324

*4月3日(土)まで開催中です。

「小熊秀雄展2」 豊島区熊谷守一美術館3階ギャラリー

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昨年の「小熊秀雄展」に続く第2弾として豊島区熊谷守一美術館3階ギャラリー「小熊秀雄展2」が3月28日まで開催されています。

今年度新収蔵作品を含め、34点+「天井の物」(直筆原稿)や写真2点が出展されています。

昨年の展覧会で初めて小熊秀雄を知り、その才能に衝撃を受け2回目となる今年度も会期ギリギリになってしまいましたが、初見作品が過半数で貴重な展覧会でした。
(参考)昨年の展覧会ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-548.html

元々小熊秀雄の油彩作品はわずか5点の現存が確認されていますが、そのうち2点≪すみれ≫1930年代、≪夕陽の立教大学≫1935年が昨年同様、今年も展覧会に華を添えています。

今回印象に残った作品は水彩、ことに展覧会をご担当されている方のお言葉を借りるなら「エネルギーの壁面」を飾っていた作品群でした。
・≪ピストル≫
・≪飛翔するイメージ-童話風に-≫
・≪たき火にあたる人物≫
・≪道は帝政か?共和か?≫
・≪激情(自画像)≫
以上5点が並んでいましたが、これらは小熊の激しい一面をよくあらわす作品ばかりです。

冒頭の≪ピストル≫は色使い、タッチ共に激しく、貧困や将来からの不安、病苦?に悩み死を意識していたのか?はたまた戦争の影をそこに見出したのか分かりませんが、いずれにせよ強い存在感を放っていました。
同じエネルギーでも≪飛翔するイメージ-童話風に-≫は明るく、活発な感じです。

≪たき火にあたる人物≫は、これをエネルギーというのか疑問ですが、画面は真っ赤。たき火というより画面全体が燃え上がっているような。思えば、小熊の≪夕陽の立教大学≫も赤い夕陽が象徴的な作品でした。

≪激情(自画像)≫は怒りもあらわに、自傷行為で壁にパンチをくらわす場面を描いています。
写真で見る小熊秀雄は温厚そうですが、やはり激しい感情を持つ人物だったことが作品から感じられます。

素描は、男性-これも小熊自身なのかは分かりませんがーを描いた作品が多い中、小熊の妻を描いた夫人像が私は好きです。水彩も≪女≫とタイトルが付されているものは、あの「赤」ではなく「ピンク」を効果的に使用していて、私が小熊作品に惹かれるのは、彼のこんな色使いも大きな要因です。
素描の形のとらえ方も特徴的で、戯画風とはちょっと違う、誰にでも描けそうでいて、そうでなく、人物ならその人の特徴をよくとらえ、味のある表現をしています。

豊島区は数少ない小熊作品を毎年少しずつ集めているようです。
来年の開催も期待したいです。なお、今年はカラーの「豊島区小熊秀雄所蔵品目録」を無料でいただけます。小熊秀雄展だけであれば入場無料。会期は明日の日曜日まで。

小熊秀雄の詩人としての詩作も4作品紹介されています。詩と絵に生涯をかけた小熊秀雄をぜひご覧いただければと思います。

*3月28日まで開催中。

「ロシアの夢」 岡崎市美術博物館

岡崎市美術博物館で3月28日まで開催中の「ロシアの夢」展に行って来ました。
展覧会HP ⇒ http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/bihaku/exhibition/exhibition.html

この展覧会のチラシ、とってもカッコイイのです。赤色と緑色で同じ内容の色違いが2種類あり、二つを並べてみるとチラシのデザインセンスの良さが際立ちます。

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そんなチラシに惹かれた訳ではないのですが、岡崎市美への巡回前に開催されていた埼玉近美で同展に行けなかったので、今度こそ!という思いが強かった。

20世紀の初め、ロシア・アヴァンギャルドの画家や詩人は古い伝統を打ち壊す過激な芸術の革命を推進していた。1917年ロシア革命がおこり、アヴァンギャルド芸術家が革命政府に加わり、芸術家の夢と国家の夢が重なりました。プロパガンダを目的としたポスターや陶磁器制作などに芸術家は携わり、1920年代には、新経済政策のもと、映画や商品広告のポスターが数多く生まれ、絵本、雑誌、舞台美術、建築と幅広いメディアや分野で国家の理想が描き出されます。
スターリン体制が確立され、五カ年計画が始まる1928年以降、芸術家たちは、創造的な活動を厳しく制限されるようになります。1934年には、「社会主義リアリズム」が芸術の絶対規範とされる中、アヴァンギャルドは容赦ない批判にさらされ、1937年に粛清の嵐が吹き荒れたこの年に、アヴァンギャルドの芸術家が抱いた革命の夢は終りを迎えます。
本展では、この激動の時代をポスター、雑誌、絵本、陶磁器、テキスタイル、建築、舞台美術の多彩な作品と当時の写真資料約210点で展観するものです。  ~展覧会チラシを引用し、一部要約

展覧会構成は次の通り。

第1章 ぼく自身の革命だ 芸術の革命から政治の革命へ 1913~1917
第2章 広場はぼくらのパンフレット 芸術とプロパガンダ 1917~1921
第3章 生活建設の旗印のもとに ネップ(新経済政策)の時代 1921~1928
第4章 社会主義リアリズムに向けて 5カ年計画の時代 1928~1937

ロシアアヴァンギャルドの展覧会で今でも忘れられないのは、2003年4月26日~2003年7月27日に岐阜県現代陶芸美術館で開催された「ロシア・アヴァンギャルドの陶芸展-モダン・デザインの実験-」である。
(参考)http://www.cpm-gifu.jp/museum/tenraninfo/03_4index.html
当時、私は東近美で見た「カンディンスキー展」に感銘を強く受け、これを境に美術館を訪れるようになった。この岐阜県現代陶芸美術館の「ロシア・アヴァンギャルド展」もカンディンスキー作品が出品されるのと、この美術館設計を磯崎新が担当していたという2つの目的で愛知県から出かけたのだ。
そして、展覧会では、カンディンスキーというよりアヴァンギャルド・デザインそのものに感心し、こんな作品がロシア⇒ソ連にあったのかという驚きだった。
私の中での当時のロシアのイメージが大きく覆された衝撃。7年前のことなのに、幾何学的なデザインのティーカップや家具デザインなど強く印象に残っている。

そして、その懐かしいロシア・アヴァンギャルドの陶芸作品も本展に出展されていた。所蔵先が岐阜県現代陶芸美術館となっているものが何点もあったので、7年前に見た作品と同じだと思う。
・ウラジミール・マレーヴィチのティーセット
・ニコライ・スエティンの「ティーポット

マレーヴィチ以前のミハイル・アダモヴィチ(ペトログラード国立当時工場」のマグ&ソーサー「戦いによって自分の権利を獲得せよ。ソヴィエト社会主義共和国連邦1917年10月25日」など、お茶を飲むときにまで労働・戦いを厭でも見せつけられ、洗脳されてしまう。
生活にまで政治思想、社会思想が入り込む恐ろしさ。そして、恐ろしい筈のそれらの器に描かれたデザインは、悲しくなる程素晴らしいのだった。

政治や政権の翻弄されたロシア・アヴァンギャルド芸術であるが、本展展示作品中、私がもっとも素晴らしいなと思ったのは雑誌『レフ』『新レフ』のデザイン性である。
1920年代中ごろから後半にかけて発行されたこの雑誌のデザインや装丁は、ほぼ100年弱が経過しても古めかしさがない。現在でも十分通用するほどに洗練され、シンプルな美しさを保っている。
ある意味、緊張感のある美しさと言った方が適切だろうか。

また、昨年、東近美と京近美でロシア映画のポスター展が開催されたが、ロシアのポスターデザインのカッコよさと言ったら右にでるものはないだろう。カッコ良さと共に力強さがあるデザイン。そして、特徴的なのはタイポグラフィー
(*)の秀逸さだろう。*活字を用いる印刷技術および活字書体のデザインやその選択・配列などのデザイン表現全般

また、もうひとつの注目すべき点は、ポスターなどにフォトモンタージュ技法を最初に取り組んだのが、ロシア・アヴァンギャルドの芸術家達だったということ。
代表的な作家として、グスタフ・クルツィス、アレクサンドル・ロトチェンコらである。

そして彼らが特に好んだ色は、やはり「赤」。旧ソ連の国旗を覚えておられるだろうか?社会主義の象徴とも言える「赤」を主体にした作品(ポスター、チラシ等)。赤を使用していない作品を見つける方が困難なのではないかと思った。

しかし、「赤」の持つ効果は国民の意欲を向上させるに効果的で、プロパガンダとして芸術家の作品を利用するにはもってこいの色だった。

この他、本展では舞台美術意匠、建築図面など、多岐にわたる資料の数々で大変役に立った。ウィリアム・ケントリッジの現在の関心が「ロシア」にあると伺ってから、益々アヴァンギャルドはへの関心ともっと知りたい欲求は高まるばかり。

本展図録は、ロシアの雑誌『レフ』のような、紙質のやや薄い、雑誌感覚の図録だった。埼玉近美で買えばいいやと思ったのが大間違いで既に完売。現在は岡崎市美術博物館でしか販売されていない。元気印書留で購入は可能。
私もまだ図録を購入していないのだが、早くじっくり読みたいなと思っている。
多種多様な展示品でロシア・アヴァンギャルドの始まりと終焉、そして政治との強い関わりを教えて貰った。

*3月28日(日)まで開催中

「生誕130年記念 鰭崎英朋展-明治・大正の挿絵界を生きる-」 弥生美術館

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年明け早々に見て来たにも関わらず、感想を書かぬまま今週末の3月28日(日)に会期末を迎える「鰭崎英朋展」。

本展では、鰭崎英朋(ひれざき・えいほう)の生誕130年を記念し、日本近代の挿絵史に残した軌跡を、初公開作品を含めた約350点によって展観し、英朋の魅力を再検証するものです。 ~弥生美術館チラシより

鰭崎英朋は、明治13年東京に生まれ、17歳で浮世絵師・月岡芳年門下の右田年英に入門。新進の日本画家として活動しつつ、挿絵画家としても活躍し、特に妖艶な美人画を得意とした英朋は、雑誌・新聞を舞台に人気挿絵画家として、生涯挿絵に専念し挿絵一筋に生きた画家です。
同じく月岡芳年門下の水野年方に師事し、美人画家として著名な鏑木清方も若かりし頃、英朋同様に挿絵画家として人気を博していたが、清方は挿絵と袂を分かち、日本画一本でやっていく人生を選んだのと対照的で、両者の挿絵作品が、埼玉県立近代美術館開催の「小村雪岱展」でも一緒に並んでいたのはつい最近のこと。

日本画家として、日本美術界にその名を残し、人々の記憶に今も残っている清方に対して、鰭崎英朋の名前を知る人はごくごく限られています。そんな英朋の足跡、そして作品の素晴らしさ、画業をたどる本展は非常に貴重な機会でした。

展覧会の構成は次の通りです。
第1章 新進の日本画家として
第2章 美しき「鏡花本」の世界
第3章 挿絵画家として生きる
第4章 波乱万丈の「家庭小説」
第5章 華麗なる装幀本の世界
第6章 瞬間をとらえる-大相撲の取組挿絵

何しろ展示作品数約350点、しかも弥生美術館の展覧会は毎回解説が丁寧で、1階2階の展示室にぎっしり作品が詰まっているので、見終わった後、底知れない満足感と集中した後の疲労感で、それっきり文章にすることができなかった(ブログが遅くなった単なる言い訳ですが)。
既に2ヶ月経過して、今もなお印象に残っていることを記してみたい。

まず、第1章。
ここでは、英朋若き頃の日本画作品が並ぶ。これがまぁ、驚く程に上手い。英朋は日本画家の道を選択していても、画壇の一角をなす実力と才能を有していたと思う。私が感銘を受けたのは「幽霊画」である。英朋の師である右田年英のそのまた師である月岡芳年の幽霊画に勝るとも劣らぬ妖艶で美しい幽霊。英朋の美人幽霊の方が、線の細さ、はかなさを感じる。男性が観た時、幽霊ながらも「守ってあげたい」という気持ちにさせられるのではなかろうか。

幽霊画以外の作品も美人画がほとんどで、こちらも後の挿絵系譜になっていくのが分かる作品。清方と比較ばかりするのはどうかと思うけれど、同時代に生きた画家として彼ら二人の美人画を見て行くと、清方の美人は「きりり」とした感じの作品が多いが、英朋の美人は「妖艶」「はんなりとした色香」が強いように思う。

展示資料の中に、英朋が語る彼の理想の美人(定義)が紹介されていて面白い。一部ですが「丸顔の婦人にあっては、目が大きく二重瞼で、鼻に丸みがあって、口は小さくて、眉も生際も濃からんことを・・・細面の婦人にあっては・・・」と延々続き、更には「襟足が良いのです」と締めくくられ、美人は襟足!と妙に記憶に残ってしまった。

第2章では、泉鏡花の作品装幀や挿絵を手がけた鏡花作品ゆかりの作品が並ぶ。
中でも最高傑作と言われる作品が、冒頭本展チラシ掲載作品の『続風流線』口絵である。
泉鏡花を中心として、彼の作品の装幀や挿絵を手がけたのは英朋だけでなく、前述の鏑木清方や小村雪岱、橋口五葉らが挙げられる。英朋は鏡花本人と個人的な付き合いもあった。しかし、当代切っての挿絵画家たちが手がけた鏡花の小説というのは余程の魅力があったに相違ない。残念ながら私は泉鏡花の小説に目を通したことがないので、その世界について今、語ることはできず、想像の域にすぎないことを恥ずかしいと思っている。

鏡花本の挿絵については、『婦系図』の口絵で、清方との合作をしていて、両者の挿絵界での人気ぶりを伺うことができると共に、作家は違えど、同一画面を描いて違和感がなく調和しているのは、各々の個性が良い方向に発揮され、両者に共通する美しさがあるせいだろう。

第3章から第5章では、英朋の挿絵画家としての作品の数々が雑誌、新聞小説、本、紙媒体を通しての活躍ぶりを堪能する。登場人物の感情はあらわになり、特に女性の嫉妬、恋情、怨嗟のごときを描かせたら右に出るものはいないのではないか。冒頭の日本画の幽霊でも感じたが、英朋は幽霊小説が好きで、幽霊そのものに非常に関心があったというから、好きこそものの上手なれの諺を思い出した。

また、英朋は方位学(易)に凝っていて、その傾倒ぶりは家族にまで影響を及ぼしたというエピソードは面白い。実は私も一時期九星方位に関心があり、吉方位への旅行をしていたこともあったので、ぐっと親近感を覚えてしまった(余談)。

最終章では、英朋の相撲挿絵を取り上げている。
妖艶な美人や幽霊と続いて、いきなり相撲の挿絵という意外な感じがあった。観察力、基本的な写実描写が卓越しているので、相撲取りを描いてもやはり上手い。上手いだけなら、他の画家でも描けるだろうが、英朋の挿絵は、彼が考案した「分解挿絵」は取組の流れが分かりやすいということで評価され、更に人気を博した。

「読者に分かりやすい挿絵を描く」相撲の世界で読者に何を求められているかを察し、絵の分野では英朋は他のライバルを寄せ付けず大人気だったという。当時は分かりやすい相撲絵がある新聞がよく売れたので、新聞各紙では人気挿絵画家は引っ張りだこ。新聞の売り上げを相撲の挿絵が左右したというから、その影響力の強さに驚いたが、肝心の英朋は相撲絵を描き始めた時、相撲が好きな訳でもなく、見たこともなかったというから面白い。

英朋がなぜ、日本画家としての才能を持ちながらも生涯挿絵画家として生きる道を選んだのか、その明確な理由は分からないようだ。解説等によれば、英朋は、浮世絵師の歌川国芳門下としての自分に誇りを持っており、市井の画家であった浮世絵師と同じように挿絵画家であろうとしたとする説が書かれていた。
本当のところはどうだったのか?亡くなってしまった英朋に、もはや確認することはできない。

*3月28日まで開催中。

第4回 shiseido art egg 村山悟郎展 「絵画的主体の再魔術化」

第4回 shiseido art egg、選出された3名の最後は、村山悟郎展「絵画的主体の再魔術化」を見て来ました。
ギャラリーHP ⇒ こちら

1983年生まれ、現在も東京藝術大学大学院美術院研究科絵画選考博士課程に在籍中のまだまだお若い作家さん。

展示室に入って、息をのむ。
前回の岡本純一さんは、空間の中にもうひとつ空間を作ることで、錯視的な効果を狙った空間マジック展示を展開されていた。資生堂ギャラリーに何度も行っている方なら、このからくりに思わず「やられた」ときっと感じたことだろう。

村山さんの場合、「やられた!」と感じたのは同じだったのだけれど、岡本さんの展示で感じたそれとは別種のやられた感。壁に貼り付けられたのはキャンバスではなく、支持体そのものが、麻?紐を編んで作りあげられそこに白い石膏を塗り、固まった状態をキャンバスに見立てて、絵筆を走らせる手法。
編み込んだのが分かるように、支持体の橋から紐のまま飛び出しているし、編み棒かと見まごうものは、割り箸利用。
描かれた文様も含めて、一種プリミティブアート的なものを感じた。
それにしても、あれだけの大画面、しかも通常のキャンバスにありがちな四角でない任意の多面形は面白い。
床の敷物が壁に貼り付けられているような感じとでもいうのだろうか。
いずれにせよ、このような手法の作品は初めて見た。

広い空間で思い切り、原始の雰囲気を味わった後、もうひとつの奥にある小空間に移動。こちらでは、線の細いドローイングが展開されている。カラフルな線描が表現しているものが何であるかはちょっと理解しがたかった。

大きな展示空間の作品がショッキングであるがゆえ、奥の部屋のドローイングがあまり印象に残らなかったのかもしれない。

今後が楽しみな作家さんである。

*3月28日まで開催中。

「岡村桂三郎展」 コバヤシ画廊

銀座のコバヤシ画廊で開催されている「岡村桂三郎展」に行って来ました。

岡村さんと言えば、忘れられないのは2008年の神奈川県近代美術館鎌倉での個展です。
この時の感動と何とも言えない畏怖感は今でも忘れることができません。頭というより身体的に残る感覚というのは、なかなか忘れ難いものがあります。
(参考)過去ログ:「岡村桂三郎展」 神奈川県近代美術館

そして、ごく最近では練馬区美術館で開催されている「ゲンダイビジュツ「道(ドウ?)」展で、1985年、1989年、1996年と過去の作品から現在の作品に至るまでの過程となる作品を1点ずつ拝見したばかり。
こういう経過を経て、現在の作品が出来上がって来たのかとその変遷を知るのはとても興味深いもの。

さて、今回の新作展は神奈川近美での作品とは異なり屏風仕立てではなく、画廊の壁面に沿う大きな平面絵画4点が主体でした。
展示風景画像は、こちらのニュースでご覧いただけます。 ⇒ こちら

象や怪鳥のようなモチーフを見て来た私にとって、今回のモチーフは意外。何とびっくり「蛸」が画面いっぱいに8本の足をくねらせ、ちょうど蛸を下から見上げた視点で描いたもの、また一方では海底に沈みじっとうずくまる姿を描いたものと、不穏な気配が画廊一杯に漂っています。

支持体は、バーナーで焦がした板を削り、うろこ状の模様が付けられており、これまでと同じ手法。
神奈川で見た象と同じように、こちらを射抜くような鋭い目線も変わらずです。
ほぼ画面中央の蛸の目にまずは視線が吸い寄せられ、目はひとつしかないのかと思っていたら、近くにもうひとつの目も描かれていました。よくよく見ると長く伸びた蛸の足に吸盤となる突起も作られています。

画廊を訪れた際、運良く岡村さんご本人が在廊されていて、初対面のお客にも関わらず、熱心に作品解説をしていただき、制作にあたってのお話を伺うことができました。以下印象に残ったお話です。

Q.今回はなぜ「蛸」だったのでしょう?
A.水に住む生きものを描きたかった。ふと浮かんだのが、蛸だったのと、今回は屏風でなく、壁を直接飾る平面だったので、「蛸」がいいのではないかと思った。

Q.制作にあたり、どこかで実際に蛸をご覧になったのでしょうか?
A.品川の水族館に見に行って、動き方や形などを見て来ました。

Q.この蛸の足の動きや、構図が独特で、特に蛸が山のようで、とても面白いです。
A.実は、この蛸の足の動きと構図は、昨年上野の森美術館で開催されていた「聖地チベット」展の出展作品に着想を得たもの。蛸の足は千手観音の仏像のように、そして構図は、展覧会の冒頭に展示されていた人間の身体が山のように例えられていた絵があって、あんな形で蛸を描きたいと思った。

岡村さんがおっしゃっていた「人間の身体が山のようになっている絵」は、≪魔女仰臥図≫(以下)のことでしょう。

MAJYO

チベット展で印象的だった作品の一つで、あれがこの蛸の原型化と思うと楽しくて、岡村桂三郎氏の発想、イメージの膨らまし方にひたすら感心。
今回の展示作品を見て、チベット展の作品をイメージされる方があるでしょうか?
千手観音は≪十一面千手観音菩薩立像≫なのか、≪ヤマーンタカ立像≫なのかは定かではありませんが、チベット展にあった仏像は蛸足8本どころではなく、これでもかというほど手が沢山ついていたのは確かです。

そして、入って正面にある一番大きな画面の作品は、下絵段階では展示作品とは違った構図だったそうですが、一晩置いて、出掛けた先で、「やはり、あれは違う!」とひらめいて、全て一からやり直して、現在の作品になったとか。
構図の重要性はこんなお話からも感じられました。

怪しい蛸に見つめられ、自身も海中にいるかのような錯覚を覚えつつ、没入できます。実際ダイビングをすると、今回の作品のようにじっと海底にうずくまる蛸を見る機会もありました。

奥のスペースには小品(こちらも海の生き物が多かったような)も沢山展示されています。お見逃しなきように。

*3月27日まで開催中です。

2010年3月22日 鑑賞記録

先週来からの疲れが取れず、漸く連休3日目にして遠出する気力が出て来たので、日延べしていた水戸へ出掛けました。という訳で、本日の鑑賞記録です。宮城県美の高山登展は諦めました。

JRのホリデーパスを買って、土浦駅で下車。駅レンタカーでまずは茨城県陶芸美術館を目指す。茨城県は、県立の4つの美術館共通の年間パスポート(1年間すべての展覧会に何度でも入場可能)年会費3000円!が格安で便利です。

1.「濱田庄司展」 茨城県陶芸美術館 注:本日(3/22)に終了しています。

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濱田庄司の作品は、日本民藝館、大山崎山荘美術館他、様々な場所で見て来たが、制作年代順に約170点で初期から晩年までの作品を通覧できたことは大きい。
濱田庄司が川崎市生まれだということ、リーチとともにセント・アイヴスで工芸作家としての活動を開始した後、沖縄で作陶していたことは全く知らなかった。沖縄の古窯「壺屋」で伝統的な技法やかたちを学んだことで、トウモロコシをイメージした「黍文」や「赤絵」が生まれたのだ。

ことに「黍文」が初期から晩年に向けてどんどん変化し、より単純化されていく様子が分かる。また、学生時代の濱田は雑誌の挿絵を投稿したりと、陶芸家になる前の出発点となる貴重な資料の数々も展示されていた。
濱田が亡くなったのは1978年、まだほんの数十年前のこと。作陶風景の写真パネルなどにより、作品を見ているだけでは分からぬ、釉かけや絵付けの様子がよく分かった。彼の独特の流れるような紋様がいかにして生まれたのか、そして濱田の使用した6つの釉薬、もっとも興味深いのは塩釉など、実験的な釉への挑戦とこだわりを知った。
先日、川喜田半泥子の陶芸を堪能したばかりだが、濱田も半泥子にも共通していたのは、「土」に対する考え方である。濱田「一流の土で二流のやきものを作るより、二流の土で一流のやきものを作りたい」。この言葉が忘れられない。半泥子「どんな土でもやきものにできぬ土はない」にも通底するのではなかろうか。
また、晩年に楽焼に取り組み始めていたことも興味深い。2点だけ展示されていた濱田の楽焼は肌色っぽい、これまでの彼のやきものにはない表情をしていた。

展示構成、作品、資料、いずれも私の知らなかった濱田庄司を存分に見せてくれ強い感銘を受けた。

2.「アンソールからマグリットへ アントワープ王立美術館コレクション」 茨城県近代美術館 3月28日まで。

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展覧会HP http://www.modernart.museum.ibk.ed.jp/exhibition/kikaku/index.html

出品作品の多くが初公開というベルギー・アントワープ王立美術館の近代絵画を70点で展観するもの。
第1章 アカデミスム、外光主義、印象主義
第2章 象徴主義とプリミティヴィスム
第3章 ポスト・キュビスム:フランドル表現主義と抽象芸術
第4章 シュルレアリスム
以上4章構成で、ベルギー近代絵画を概観する。未知の作家が多数。ヴァレリウス・デ・サデレール≪フランドルの雪景色≫1928年が印象深い。
マグリットの日本初公開となる≪9月16日≫1956年は、思わず「う~ん」と唸りたくなるような1点。闇に浮かぶ1本の大木の中央上部に三日月が白く光る。ただそれだけなのに、何とも不可思議な非現実的な風景が成立している。背景となる黒い森、マグリット作品によく登場する岩の小さなものがいくつも草原に点在している。これら背景の描き込みの細かさにも注目。マグリットは他に2点あり。

デルヴォーは、強度のマザコンで女性恐怖症だったらしいが、本展出品作≪バラ色の蝶結び≫1937年は、彼の妄想が絵画化したようで不気味。全裸の女性たちの上半身にピンクの大きなリボンが蝶結びされている。デルヴォーに差し出された贈りものなのか?中に1人だけリボンがなく、頭から白い布をかぶっている女性がいて、彼女こそデルヴォーの母なのではと想像した。更に、全く趣の異なるデルヴォーの水彩画≪ウェステンデの海≫は秀逸。
この両極端な油彩と水彩を見ていると、デルヴォーと言う人の倒錯した精神状態を考えずにはいられない。

他にも私の好きなレオン・スピリアールト≪セルフポートレート≫1908年、≪砂丘の少女≫1904~1905などやアンソールの初期作品が出展されている。
*本展は、広島⇒島根⇒東京へと巡回します。

茨城近美は常設展示も見逃せない。
今期は、近代日本画の名品の数々(東近美か東博かと思うような大作!)が勢揃い。
・川端玉章 ≪早春晩秋山水≫ 明治40年
・横山大観 ≪朝顔日記≫ 明治33年頃 ⇒ これは本当に素晴らしい作品だった。
・下村観山 ≪竹林七賢図≫ 明治45年頃 六曲一双
・菱田春草 ≪帰漁≫ 明治37年 ⇒ 仲良く大観の作品の右隣に展示されていた。墨画の優品で初見。
・木村武山 ≪熊野≫ 明治35年 ⇒ 144×200の大画面で平家物語の一場面を描いた歴史画。
・小野竹喬 ≪武陵桃源≫ 大正7年 六曲一双 ⇒ 「小野竹喬展」に出品されていないのが不思議なくらいの名画。六曲一双屏風で雄大かつ幽玄な桃源郷の世界を描く。萌えるような桃?の花々の色と川の流れが忘れられない。

常設第2展示室では「人間像の表現」をテーマに所蔵作品を展示。厚みのある展示内容。

3.「親鸞-茨城滞在20年の軌跡-」 茨城県立歴史館 *本日で終了しています。

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茨城行き決行の要因のひとつ。本展の評判を何かで読んで気になっていた。評判通りの茨城県を切り口に親鸞の軌跡を約100点でたどるという興味深いものだった。展示作品も、仏像から絵巻、経典に至るまで幅広く充実している。
特に、茨城県に残る≪聖徳太子絵伝≫上宮寺蔵、≪聖徳太子絵伝≫妙安寺、≪親鸞聖人絵伝≫願牛寺蔵などは状態も良く絵もしっかりとしていて見ごたえがあった。
そもそも親鸞が40歳~60歳までの20年間茨城県で布教活動をしていたとは、本願寺展にも行きながら全く知らなかった(記憶になかったが正しい?)。この20年間に親鸞の布教が残した足跡は非常に大きいことがよく分かる展示内容。解説も分かりやすい。難点は、毎回ここの特別展には作品リストが用意されていないこと。・・・と思ったら、帰宅後HPを見たら作品リストが掲載されていた。⇒ こちら
これからここに、行く時は作品リストを印刷して持参しよう。
図録は1000円とお値打ちなのに厚みもあり、お手頃な値段。

仏像では木造「阿弥陀三尊像」1307年のものが印象的。向かって左の菩薩の顔が個性的だった。

秋には、私の好きな立原杏所の展覧会が予定されている。これも見逃せない。

4.「リフレクション/映像が見せる“もうひとつの世界”」 水戸芸術館 5月9日まで

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展覧会HP http://www.reflection-alternatives.jp/

聞きしに勝る内容。2時間強を予定していたが、やはり全作品を見ることはできず、日を改めて再訪する予定。1度全作品を見るなら4時間は必要だと思う。しかも、内容がかなり重かった。
今日は、さわひらきの新作、Chim↑Pom、八幡亜樹、マティアス・ヴェルカム&ミーシャ・ラインカウフらの作品を鑑賞。さわひらきの新作は、映像でついにここまでやったか!という驚きと感動がないまぜになり、連続2回も観てしまった。さわひらきさんのファンは必見です。

この展覧会については、全ての作品を見てから日を改めて別途アップしようと思います。今日は時間が足りずに見ることができなかったローラン・モンタロンの長編(1時間くらい)が気になります。

で、最後の締めくくりは、水戸から上野に出て本日最終日の「長谷川等伯展」(後期)へ。19時15分頃入館しましたが、待ち時間もなく、お客様もそれ程でもなくストレスなしで鑑賞できました。3度目の鑑賞となりましたが、これまでとは違って「山水図襖」に強く惹かれ、その前でかなりの時間を費やし、やっぱり好きな「善女龍王像」にしばしのお別れをしてきました。

照屋勇賢 「ひいおばあさんはUSA」 上野の森美術館ギャラリー

上野の森美術館ギャラリーで開催中の照屋勇賢「ひいおばあさんはUSA」に行って来ました。
展覧会HP ⇒ http://www.ueno-mori.org/exhibition/gallery/20100314/index.html
期せずして何度も作品を拝見する機会に恵まれる作家さんがいます。
照屋勇賢さんは、私にとってそんなアーティストのお1人です。最初に照屋さんの作品に出会ったのは、2006年豊田市美術館「GARDENS」展で記憶は既にあやしいですが、トイレットペーパーの芯を利用したクラフト作品だったと思います。次は、2008年静岡県美術館「風景ルルル」や原美術館の「アートスコープ」。紙袋を利用したペーパーワークや静岡県美では特に《Dessert Project (paradigm shift)》が物凄く記憶に残っていて、これはカビが生えたりしないのかと周囲の観客の方々と思わず歓談してしまいました。
そして、直近では昨年のTWS渋谷での映像作品(この映像作品、他でも一度拝見したような・・・)でまたも新境地を展開。作品を拝見する度に、新しい表現手法を展開されていますが、最近は特に「沖縄」をテーマに、日本とアメリカのはざまに置かれた沖縄の歴史と社会に言及する作品を制作されています。

本展は、同時期に開催しているVOCA展受賞者(照屋氏は2002年、VOCA奨励賞受賞)として、2002年受賞作品である紅型着物をモチーフにした≪結い You-i≫に続くような展示を見せてくれています。
展示作品の配置と作品名は以下配置図の通りです。*会場配布資料を掲載しています。
TERIYA
6番に置かれているのが前述の≪結い You-i≫ですが、これは着物として仕立てられたものが置かれ、今回は新たに紅型の反物-もちろんそこには、作家によるメッセージ性あるプリントがされている-が天井を飾り(7番)、その下には、紅型の模様を作り出す型紙を切りぬいた後の様々なパッケージが並んでいます(図中の小さい□が並んでいる部分)。ティッシュボックスやお菓子の箱、ほぼ外資系会社のものが使用されていた。

着物⇒反物+型紙と原点に立ち返るような時間の流れも感じ、意図的なものなのか?
皮肉にも伝統的な沖縄工芸の型染めにアメリカ資本の箱を使用して型紙を作る。。。こんな所にまでアメリカさんが入り込んでいるということの比喩?と次々に疑問がわいてきます。

1番から5番は布(綿布や麻)に沖縄出身の著名人や歴史上の人物を「英雄たち」として似顔を諧謔的に描く。
瀬長亀次郎氏は米軍占領下の沖縄で、圧政に対する抵抗運動を行い、後に衆議院議員となる。詳細はこちら。尚寧王は、江戸初期の琉球王国の王様。

それら英雄とは別格として、≪昭和天皇裕仁≫も登場している。

ちょうど、森美術館で始まった「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?」のアーティストトークに、照屋さんが参加されていたので、今回の展覧会についてお話を伺うことができました。

最初に伺ったのは展覧会タイトル「ひいおばあさんはUSA」の意味。

照屋さんのひいおばあさまは「うさ」さんというお名前で、「うさ」をローマ字読みすると「USA」と何とも皮肉というか、偶然の一致だと思うが、ひいおばあさんの名前からタイトルを命名。
「ひいおばあさんやおじいさんの時代に生まれた沖縄の人々にとって、昭和天皇は神だった。日本本土以上に神としての信仰と言っても良い、絶体的な存在だった。その価値観を少しでも揺るがすようなそんな展示をしたかった」と照屋さん。「東京の人は、沖縄の人に比べて本当にドライ」とも。

冒頭に書いた着物から反物への時間的逆行についての意識はなかったそうです。展示手法として、天井から下げると良いかなと考えたとのことで、六本木クロッシングでの展示同様、アーティストなら当然かもしれませんが、見せ方への強いこだわりを感じます。

照屋さんは「沖縄」、「アメリカ」両者の関係や歴史、社会的問題を取り上げて作品化されていますが、その手法が常に多様であり、どの場合においても見せ方がとても上手い、作品として美しかったり面白かったり、単に社会事象をとりあげるに留まらない所が最大の魅力です。
これからも、きっとまた別の方法で私たちを驚かせてくれるそんな展示でした。

*3月30日まで開催中です。会期中無休。

「VOCA展2010」 上野の森美術館

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上野の森美術館で3月30日まで開催中の「VOCA展2010」に行って来ました。

今回で17回目となるVOCA展。
VOCA展とは、全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などに40歳以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品する方式で国内各地から優れた才能を紹介してきた。
今年は35名の作家が絵画、写真、ドローイング、オブジェなどを出品し、この中から7名の選考委員によりVOCA賞1名、VOCA奨励賞2名、佳作賞2名が選ばれた他、大原美術鑑賞が館の選考により決定されています。
*出品作家一覧 ⇒ こちら

以下印象に残った作家&作品です。受賞者にこだわらず、私個人の感想です。

・中谷ミチコ ≪そこにあるイメージ?≫≪そこにあるイメージ?≫
平面作品という区分けが正しいのか?と思わせる立体感ある絵画。女の子の顔の部分が凹んでいる。支持体に厚みがあって、凹みを作った所に樹脂を流し込む技法。最初見た時「やられた~。こういう手もあったのか」という驚きが一番で、その後もじっくり女の子の凹んだ顔の部分を見つめていた。彫刻と平面のちょうど狭間になる境界線上にある作品でとても良かった。表情や描き方、色の使い方も独特の個性が出ている。

どうにも気になるので、調べてみたら中谷さんは多摩美の彫刻科を卒業した後、ドイツに渡り現在もドイツに在住し、活躍している彫刻家だった。
作家ご本人のHP ⇒ こちら
4月5日(月)から4月10日(土)まで茅場町の森岡書店で「中谷ミチコ そこにあるイメージ」展が開催される。詳細はこちら

・坂本夏子 ≪BATH,L≫
坂本さんの作品は、先日行った国立国際美術館「絵画の庭」で初めて見た。画面全体が揺らいで蠢いている。空間の奥行き感、人物も空間に合わせるように揺らぎ、こちらから見るとひどく不安定ではかなげな感じ。

・薄久保香 ≪encounters beyond≫
中谷さんと同じく本展で初めて知ったが、圧倒的な存在感を作品から感じた。大画面の油彩というだけではなく、筆致を残さないフラットな絵肌や髪の毛の透き通るような薄紫の色や線。左右2つのキャンバスが展示されていて、ひとつは大きな女の子のアップ(向かって右)、もうひとつは夕暮れ時なのか抽象画のような風景(?)だと思う。全く対照的な素材でありながら、どちらにも通じるもの-例えるなら「風」を感じた。

・風間サチコ ≪大日本防空戦士・2670≫
風間さんの作品は2度目かな。こんなに大きな作品は初めて。風間さんの個性ある版画は噂に聞き及んでいたものの、これだけ大きな作品を鑑賞できて嬉しかった。昭和30年代を思い出させるような懐かしい感じを受けたけれど、その実、強い社会風刺性もある。アナログ的な面白さにはまりそう。

・佐藤允(さとう・あたる) ≪獣性≫ ≪こころのそこから≫
鉛筆、色鉛筆、インクを使って、執拗なまでの描き込みはすごい。しかも単に細かいというのではなく、増殖していくかのように線描が続いて行く。全体はピカソ風にデフォルメされた顔のようにも見えたけれど、そこから先はまるで違う。ちょっと怖くて不気味なんだけれど、まじまじと見てしまう強さがあった。

・遠藤俊治 ≪湯のみとやかん≫ ≪ガードレール≫ ≪サッカーボールとか≫
遠藤さんは愛知県稲沢市在住。3作品の油彩は、どれも日常生活でよく私たちが目にするものをそのまま描いているように見える。しかし、よく見ると線はわずかだけれど揺らいでいたりで、意図的なものなのか、そうでないのか判別しがたい程の揺れがある。私がこの作家さんをいいなぁと思ったのは、技巧に走り過ぎていないというか、技術とか上手さとかを超越した何かを感じたから。身近に置いておくとほっとするような感じがあった。

・渡部裕二 ≪雪≫
鉛筆画の作家さんは他にもいらっしゃったけれど、渡部さんの≪雪≫は水墨画のような鉛筆画で、濃淡や余白を十分に活かした画面構成が素晴らしかった。

・TETTA  ≪雲の上で君を待ってる。≫
シナベニヤに墨と油彩で描いた作品は、日本画のようだったが、それも作家さんの意図的なものなのだろう。TETTAさんは、私の勝手な思い込みで男性だと思っていたら、女性作家さんだった。4月2日までGALLERY MOMO 六本木で個展を開催されていて、たまたまTETTAさんが在廊していた日に出掛けたので、お話を伺うことができた。VOCA出展作品はペインティングだけれど、元々作品テーマは「観音」。表現手法は様々で写真あり、ご自身が観音に扮するパフォーマンス、ドローイングなど実に多様。
「観音」にこだわる理由は、「釈迦は解脱しているが、観音は解脱前の修行中の身。煩悩を捨て切れていない人間と釈迦のちょうど中間的な所に惹かれる」のだそうです。

TETTA( テッタ) 展「My underground」@GALLERY MoMo Roppongi 4月2日まで。詳細はこちら

この他、伊藤彩-この作家さんはサントリーミュージアム天保山での次回展の出展作家で要注目-、清川あさみさんの装飾的、手芸的絵画、船井ミサさんのガラスの平面オブジェなどが気になった。

今年は、VOCA賞の三宅砂織はじめ、朝海陽子、石川直樹、多和田有希らの写真作家も例年より多く選出されていたように思う。

*3月30日まで開催中。

「歴史を彩る 教科書に載る名品」 藤田美術館

藤田美術館で開催中の「歴史を彩る 教科書に載る名品」展に行って来ました。
展示作品リスト ⇒ こちら

藤田美術館に行くのは今回で2回目。「教科書に載る名品」というタイトルに釣られて出掛けましたが、文字通り素晴らしい作品に出会うことができました。

・「刺繍釈迦阿弥陀二尊像掛幅」 鎌倉時代 13世紀 重文
展示順最初に登場するこの刺繍阿弥陀は、驚く程状態が良い。鎌倉時代のもので、これだけ色や刺繍そのものに損傷がなく元々刺繍絵がはっきりと肉眼視できることはめったとない、いやこれまで見たことあっただろうか。状態の善し悪しに関わらず鎌倉時代までさかのぼる刺繍仏画自体、目にする機会はほとんどないのだから、本当に驚くとともに感動した。解説によれば、5色の絹糸が表面には使用されているが、その下地のような黒い部分は絹糸でなく頭髪。昨年あった「尼門跡寺院の世界」が思い出される。
この釈迦阿弥陀二尊像の刺繍は細かい部分まで実に丁寧。上部の飛天、お釈迦様や阿弥陀を飾る光背や天蓋飾りの細かいことと言ったらもう、単眼鏡で見ると更に細部までしっかりと刺繍されていることがよく分かります。
もう一幅同じく鎌倉時代「刺繍阿弥陀三尊来迎図」が並んでいて、こちらは重文していなし、素人目にはどちらも状態も細部の刺繍も素晴らしく評価の違いは何だろうと疑問が浮かんだ

・「玄奘三蔵絵 第1巻」 鎌倉時代 国宝
展示替えで第1巻は4/4迄の展示。以後第2巻、第3巻と6月13日までの会期中3回に分けて展示される。西遊記で著名な玄奘三蔵の一生を描いた絵巻物。極上の絵具を使用したのか、美しい色彩は今もあせることなく残っている。こちらも登場人物の描写は上手く、背景も細かいところまできっちりと丁寧に描きこまれ、飽きることなく眺めていた。高階隆兼が描いたと考えられている。

・「仏功徳蒔絵経箱」 平安時代 国宝
4つの側面の絵が全て異なる。法華経の説話をそれぞれの面に描いている。平安時代の蒔絵経箱は昨年だったかサントリー美術館で見たものが直近だと思うが、元々数が非常に少なく貴重。更に法華経説話を描いたものは、他に類例がないという。これまた平安時代のものとは思えない。現在の作品と言っても通用してしまいそう。赤色の蓮華が舞う姿やたなびく雲。優美な世界を作り出す。

・「柴門新月図」 室町時代1405年 国宝
制作年が分かる最古の詩画軸。絵と序文の間に18人の禅僧が相別を題材とした漢詩を寄せ書き。全体の中で絵の部分より送別を題材とした漢詩部分の方がスペースが多かった。水墨画の方は作者不明、ひょろひょろした背景の木々、空のぼかし、これが当時の水墨スタイルだったのだろうか。

・「桜狩蒔絵硯箱」 尾形光琳 江戸時代 17~18世紀
尾形光琳の蒔絵硯箱など蒔絵芸や螺鈿細工の組み合わせした本作品で、本作品は初めて拝見。レリーフのような立体感や構図案、意匠デザインが秀でていると思う。上記作品の優美さが印象に残っている。

・「紫式部日記絵詞」 鎌倉時代 国宝
ずら~っと横に広げられた絵巻の風景に驚く。徳川美術館、五島美術館所蔵の紫式部日記や絵詩は残念ながら、痛みがあるか、状態が悪くて認識できないこともある 色彩、料紙装飾、全体的に紫式部関連作品ではもっとも状態が良いのではなかろうか

・「深窓秘抄」 平安時代 国宝 4月25日まで展示
注目したのは料紙装飾。装飾といってもデコラティブでなく、紙を青や紫に染めた繊維を散らしている料紙文様は「大飛雲」。上品で奥ゆかしい装飾に優美な細い線のかな文字がピタリとはまる。

・「曜変天目茶碗」 南宋時代 国宝
ついに、2個目の国宝「曜変天目茶碗」と対面。虹彩部分が静葭堂美術館の方が、より斑が大きく、数も多かったように感じられる。3個目の大徳寺の所蔵品はいつ見られることやら・・・。

以下他に印象に残った作品。
。「芦屋小屋小丸千鳥釜」、・「蔦鴨図」 円山応挙、「幽霊・髑髏仔犬・白蔵主」長澤蘆雪、「織耕図屏風」右隻(4月25日まで)英一蝶、・「柿蔕茶碗 銘大津」朝鮮時代。

さすが、大富豪。絵画、焼き物、工芸と幅広い分野ででこれだけコレクションしているのは素晴らしい。戦後までコレクションが残せたということが凄い。

*6月13日(日)まで。一部作品に展示替えがあります。

「向井潤吉展~わかちがたい風景とともに~」 日本橋高島屋 

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日本橋高島屋で3月22日まで開催中の「向井潤吉展~わかちがたい風景とともに~」に行って来ました。

向井潤吉は1901年京都生まれ。1914年、日本画を学ぶために京都市立美術工芸学校に入学するが、どうしても油絵を描きたいと周囲の反対を押し切り退学。関西美術院で油絵を4年間学んだ後、20代半ばに渡欧し、ルーブル美術館で模写、夜はアカデミー・ド・ラ・ショーミエールで素描を学ぶ。1930年に帰国、1937年に従軍し、戦争記録画を制作する。終戦直後の1945年に描いた「雨」以後、1995年に93歳で亡くなるまで一貫して日本にある民家の風景を描き続けた。
向井潤吉のプロフィールについては、Wikipediaをご参照ください。 ⇒ こちら

本展では、没後15年を記念して代表作100点と素描30点を一堂に展観するものです。

向井潤吉の作品は、世田谷美術館へ行くたびに常設コーナーや館内で数点見かけていて、気になっていた。世田谷美術館分館である向井潤吉アトリエ館へいつか行こうと思っていたが、なかなか行けず、そうこうするうちに耐震工事のために休館になってしまった。長い工事期間を終え、いよいよ来月4月27日から再開されるとのこと。

再開を前に、本展で100点以上もの油彩を一度に見られるということで、勇んで出かけて行った。

向井潤吉に限らず、こうした回顧展で興味があるのは作風の変遷である。初期の作品から、画家の個性、オリジナリティがどのあたりで出てくるのか、著名アーティストとしての評価を得るに至った画風はどのタイミングで現れているのか、そんなことを考えながら作品を追っていくのが楽しい。

向井潤吉の画風変遷は、ある意味ドラマティックだと思う。
初期の作品では、1920年の「舞妓の顔」は萬鉄五郎の作品かと思うような大胆な色使いとタッチで、到底後の民家風景を描いた作家と思えない。どうやら、若き日の向井はフォービズムに関心があったようで、1930年頃まではフォービスム風の作品を何点も描いていた。

渡欧後の向井の模写技術も秀でている。例えば「模写 老人の顔デューラー」1929年、「ミレーの模写 裁縫をする若き女」1928年、そして、模写回数、後世への影響が一番感じられるコロ―の作品などが目に付いた。
従軍後に描いた作品では「影」1938年(中国・蘇州上空にて)など空中から俯瞰したような広大な中国大陸を描いた作品がとても気になった。戦争の影が濃厚になった世情を反映するかのように、空も街も川でさえもどこか黒ずんで、濃厚な影に取り巻かれているようだ。よく見ると、陰りを帯びた大地に更に真っ黒な飛行機の影が描かれていることに気付く。この飛行機こそ、まさしく戦闘機に違いない。「坑底の人々」1941年は開戦時に描かれた炭坑夫だろうか。これもまた重く暗く、心にずしんと来る作品であった。

これをた時、ある種のショックに襲われた。私が見てきた向井潤吉の風景画とは全く趣のことなる画風、構図であったという驚き。そして、もうひとつの理由は、所蔵者があの福富太郎氏だったこと。福富氏は本作品のどこに惹かれてコレクションに至ったのかが気になる。美人画だけでなく戦争画もコレクションされていたのか。
作品リストがないためはっきりとしたことは言えないが、「影」以外にも福富氏のコレクション作品が数点展示されていた記憶がある。向井潤吉という作家を福富氏は評価していたのだろう。

向井の画風が大きく変化するのは終戦後である。戦争体験を通じ向井潤吉の心境に大きな変化があったのだろうと推測される。
そんな終戦直後の1945年に新潟県の北魚沼群川口町を描いた作品が「雨」。この作品ではまだ後のコロ―風な民家風景の繊細で精緻な作風は感じられない。むしろ、日本の原風景を描き始めたという対象そのものと事実こそが、大きな転換点して評価されているのだろう。どんよりとした空の重苦しい灰色。雨に打たれた家々は沈んで見える。それは天気のせいだけでなく、終戦を迎えた当時の日本全体に通底した状況であっただろう。この時期のやや粗いタッチにも注目したい。

「ある厨房長の像」1949年は向井の作品にしては珍しい人物像で、小出楢重の作品に似ているかなと感じた。

晩年の民家作品の作風が確立してきたのは1950年後半から1960年代に入ってからだろうか。戦後に再度渡欧した1960年に描いた「トレド新春」は、向井作品において、更なるステップとなった作品だと思う。ここで描かれている空は、かつて見たことなないような真っ青な青。

日本中を旅して、滅びてしまいそうな農村や山の民家と周囲の自然を丹念にスケッチし油彩で描いた。
ここからは、よくぞこれだけと感心してしまう程全国各地、特に長野県、岐阜県、新潟県などの寒い地方の作品が多かったように思う。
茅葺屋根の民家を見ていると、日本が置き去りにしてしまった大切な何かを否応にも感ぜずにはおられず、ノスタルジーと言える感傷と共に一抹の寂しさ、そして意図的なのか桜の季節、早春の季節を描いた作品が多かったので、一足先に展覧会場で日本の春を満喫できた。

なお、日本美術史家の辻惟雄氏は著作「日本美術の歴史」の中で、今後も評価される画家として向井の名を挙げている点は興味深い。

*3月22日(月)まで開催中。最終日は午後5時半まで入場(18時閉場)です。

鈴木基真 「World in yours」 TSCA東京

Takuro Someya Contemporary Art 東京(TSCA東京)で開催中の鈴木基真「World in yours」に行って来ました。

木彫作家の鈴木基真にとって初の個展「World in yours」は、かつて見たことのない風景をギャラリーに展開していた。
展示風景や作品画像は「フクヘン」さんや「はろるど・わーど」さんに掲載されています。

鈴木其真は1981年生まれ、2004年に武蔵野美術大学卒業後、2006年にジーンズファクトリーアートワードにて準グランプリを受賞し、続く2007年には第11回岡本太郎現代美術大賞展入選を果たした。作品ファイルや作家に関する資料は現在作成中とのことだったが、一貫して今回展示されているようなどこかで見た風景の一部もしくは断片を木彫により表現している。

まず、特徴的なのは作品のモチーフだと思う。
人物像、動物像の木彫はよく見かける。先日こちらにアップした灰原愛も人物彫刻をメインとしていた。しかし、鈴木其真のようなミニチュアサイズの構築物や車、植物を木彫する作家にはいまだお目にかかったことがない。

過去に作りためた小さな模型のようなオブジェの数々によって、架空の一つの街が作り出されていたが、街のどこにも人物や動物が見当たらない。車、住宅、ビルなどの建築物、そして特筆すべきは看板や街路灯、段ボール箱といった無機物がメイン。生きているものとしては植物-樹木の作品のみ。
ギャラリーの奥から出て来たお墓の作品に付いていた十字架に留まっていた2羽のカラスだけが、生きものだった。

眼前には多数の木彫アイテムを使用した箱庭もどき風景が展開している。
沢山のアイテムから、どこに何を配置するのかというのも作業は、心理学でいう箱庭療法に近い。
縮尺自在なオブジェ達の一点一点を丹念に見て行くと、実に細かい作業を行っていることがわかる。粗い所は逆らわず、緻密にしたい場所というのが、鈴木の頭には入っているのだと思う。

森をかたどった作品の樹木は彩色具合も数種類に描きわけ、色だけでなく彫の調子や技法を敢えて変化させ、1本1本の個性を見せている。
粗い鑿跡だったり、そうかと思えばはためくカーテン、ホリデーインホテル(壁にぶらさがっている)の目の間の空き地に極小の消火栓が置かれていたりとディテールもおろそかにしない。

次に注目したのが展示方法である。
入口最初の2つの作品は、彫刻を置いている台座は特注の円柱形であり、両者の高さも異なっている。「岡本太郎賞受賞作品は、かなり高い位置に台座があり、まるで見られるのをオブジェが拒んでいるかのようだった。」と染谷氏は語る。視点の高さが違うと、見え方も違ってくるのだろうか。
どの作品でも設置場所・高さいずれにも強いこだわりを持っている作家だといえる。

年内中(だったと思う)にはドイツの木彫作家:シュテファン・ヴァルケンホールが教えている大学に入りなおすそう。言われてみれば、鈴木の作品とヴァルケンホールの人物彫像の彫像がどこか似ている気がする。
木彫制作が好きで好きでたまらないということが、作品から溢れている。

独自の世界観を巨大木彫箱庭に作り上げた鈴木其真の今後が非常に楽しみ。
作品を売ることを考えず、今は美術館での個展もしくはグループ展参加のために、今回展示スペース最奥にあったビルや入口にあったストーリー性ある風景などに取り組んでいただきたいと思った。

注:本展は好評なため、会期が3月27日⇒4月3日(土)までと延長されています。お見逃しなく。
TSCA東京
〒104-0045
東京都中央区築地1-5-11 築地KBビル 1F
開廊 : 火曜-土曜 12:00-19:00 (休廊 日曜・月曜・祝日)

「絵画の庭 ゼロ年代日本の地平から」 国立国際美術館

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国立国際美術館で4月4日(日)まで開催中の「絵画の庭 ゼロ年代日本の地平から」に行って来ました。
展覧会HP ⇒http://www.nmao.go.jp/japanese/b3_exhi_beginning_garden.html
展示作品リストはこちら(PDF)。

本展は、万博記念公園から中之島へ移転し5周年を記念し、日本の若い世代を中心に活発な動きが見られる、この10年余りの新しい具象的な絵画に焦点を当てるものです。~展覧会HPより~

「具象的な絵画に焦点をあてる」とは一体どういうことであるか?実は展覧会を見終わっても、その疑問は解決されるどころか、より疑問となってしまった。
出展作家は新進画家から草間弥生まで、幅広い世代にわたる28名の近作、新作約200点を紹介している。

28名の作家の中で、私個人の感心を惹いた作家について感想を。

・厚地朋子
京都市芸術大学の卒展でアトリエに置かれていた≪ルーラル≫2008年の他に≪スター≫≪珈琲≫≪星と夢≫いずれも2009年の最新作が3点と≪SPAと温泉≫2007年、≪新しい部屋はシルクのガウンで≫2008年などの旧作もあり。
最新作の3点を見ていると、いよいよ厚地ならではの画風がしっかり現れて来たと思う。厚地の不思議なタッチ、キノコ雲の小さい物をいくつか横に並べているような、不思議なマチエールと絵具の乗せ方。福笑いのパーツを絵具でがさねているような感じと言えば伝わるだろうか。
特に≪珈琲≫など対象と描き方のミスマッチさも面白い。それでいて、モデルのおばあちゃんから漂うほのかな温もり、画家の温かさが感じられるから凄い。今回のマイベスト作家。

・池田光弘
やっぱり、嗜好が偏ってしまう。SHUGO ARTSの昨夏の個展の印象が忘れられない。今回は4点出展され、うち1点が最新作2009年のもの。厚地もだけれど、池田も具象と言えば具象。タイトルが全てないので、記事にはしにくいが、黒い闇の中にある白の長い階段(?)には、どこまでも落ちて行きそうな感覚がある。
池田の作品には大作が多いけれど、ヴァンジ彫刻庭園美術館所蔵作品はやや小ぶりでこれなら!というサイズのものもあり。

・栗田咲子
栗田の作品は昨年の『東京アートフェア』で初めてみた。その時は少女を描いた人物像だったが、今回はあえて、人物をクローズアップせず、むしろ背景になっている。まだまだ自身のスタイルをつかみとれてなくて、検討中という状況だろうか?勝手な思い込みだけれど、栗田咲子の作品は人物に一番魅力があるように思う。

・中山玲佳
≪Safarisn-Deer≫2008年 作家蔵
構図がまず面白い。向かって右反面には虹色の帯の背景で、左は真っ黒、見えているのは雪の結晶だけ。たしかに壮大さは出ていますが、逆に市民にはちょっと敷居が高い感じだろうか。

・花澤武夫
日本画と思いきや、油彩画でテンペラ技法を使用。金箔を画肌に使用するので、一見現代の琳派風?と思った。
幻想的な画風で、まだこれぞ!という作品には出会えなかったが、手法は面白い。
≪血、風、火の要素≫2009年、≪暁霧≫2009年など全7点があった。

・杉戸洋
本展での第2の収穫は彼の新作だった。私の勝手な推測だが、ここ数年杉戸は長いトンネルに入ったかのように感じた。それはいつだったか、名古屋のケンジタキギャラリーで、個展開催中なのに、制作が間に合わなかったのか、妙に中途半端な作品ばかりが並んでいたからだろうか。
今回出展している2つの新作を見て、漸く長いトンネルから抜け出たのかと思った。特に≪quadll≫2009年作家蔵の作品は、杉戸らしいカラフルな格子模様の作品。こういうのもありだなと感心してしまった。しかし、これが主催者側のいう具象絵画なのだろうか?私には抽象としか思えない。

他にも法貴信也、小沢さかえ、牧嶋武史らの作品が気になった。

*4月4日まで開催中

灰原 愛 展 「はじまりの世界」 unseal contemporary

unseal contemporaryで3月27日(土)まで開催中の灰原 愛 展「はじまりの世界」に行って来ました。

同ギャラリーでは2回目となる灰原の個展です。

灰原愛のプロフィールはこちら

今回は大小合わせて全部で5つの木彫作品が展示されています。
展示作品は、ギャラリーHPよりご覧いただけます。⇒ こちら

一巡して、東京藝大の彫刻科:深井隆教示の教室の作家さんかなと思って、オーナーに確認したら当たりでした。
深井先生の生徒さんの木彫作品は、大体私の好みに合うので、そうかなぁと。

過去の作品ファイルも見せていただきましたが、彼女は一貫して人物彫像を制作しています。特に多いのは女の子。今回の個展では少年も登場しましたが、作品集の彫像も含めるとほとんどが女の子です。

一番気になった作品は、「嘘と孤独と支配欲」というおどろおどろしいタイトルの付された薄紫のドレス姿の立像。
⇒ http://www.unseal.jp/artist_works/index.php?album=haibara-10ex&image=haibara_10ex_043.JPG小さな顔の表情がたまりません。やや俯き加減で鼻ぺちゃもご愛嬌。
画像では分かりにくいですが、瞳も濡れて光っています。玉を使用しているのかなと再度見直してみましたが、木に着彩+光らせるように何か塗布しているのでしょう。
何かを訴えかけるような瞳が、気になります。
立像の首にかかっている3連のネックレスはちぎれていますが、支配から逃れるため鎖をちぎった様子だとか。

灰原の彫像は、一木造。今回展示されていたもっとも大きな「あわい夢路はじまりの世界」でも約2カ月~3カ月で制作するという。
ヨガのポーズを取っている小品「星遊び」なら2週間もかからないそうで、これがわずか2週間足らずで出来上がるのかと驚いてしまった。

「あわい夢路のはじまり」は本展でもっとも大きな作品だが、彼女の表情も一癖ある。
瞳は薄いブルーで、どこか生命感は希薄なのに、半開きになった唇はつやつやとリップグロスで塗られているかのような妖しい光を出している。このうつろな表情が何とも怖い。

もうひとつ注目すべきは彫像たちの足許。
オーナー曰く、「灰原は靴フェチ」なためか、やや厚底の靴がどれも愛らしいし、こだわりを感じる。過去の作品集では靴下を履いている作品もあったが、長さを変えていてこれも可愛い。細部へのこだわりは、靴だけでなく彫像の指先や手の甲の表現、着彩の精緻さにも感じられた。小さな爪が本物の女の子のようだった。

今回の展覧会タイトル「はじまりの世界」に展示作品全てのテーマ性つながりの希薄さは気になったが、作品のクォリティはとても高い。
今後も注目されていく木彫作家だと確信した。愛らしい世界から脱した時が更なる飛躍の時なのかもしれない。

*3月27日まで開催中。

「「筆飛将軍」林りょう苑-異色の唐画師-」 大阪市歴史博物館

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大阪市歴史博物館で開催中の特集展示「「筆飛(ひっぴ)将軍」林りょう苑(りんりょうえん)-異色の唐画師(からえし)-」を見て来ました。
博物館HP ⇒ http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2009/rinryoen.html
展示作品のうち3点の画像 ⇒ http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2009/rinryoen/rinryoen_item.html
林りょう苑(りんりょうえん)って誰?いつの時代の人?と私も名前を初めて知る画家。そもそも日本人画家なのか?
彼は1770~80年ごろに大阪で活動した唐画師で、自らを「筆飛将軍」と称していたというから、人物もさぞや面白かったのでしょう。りょう苑は、中国風の人物画を得意とした福原五岳に師事し、後に相国寺の高僧に招かれ京都へ赴き、著名な寺院に所蔵されている名画を見て絵の研鑽を積み、数年後に大阪へ戻った後は、和と唐、両方の画風をものとする作品を描き高い評判を得る人気絵師となりました。生没年は不詳で、若くして亡くなったと伝えられています。

今回の特集展示は200年前に大阪で活躍した人気絵師、林りょう苑を約30点の作品と資料で紹介する初めての!展覧会です。

1.「唐」へのあこがれ
りょう苑の生きた時代の大坂では、中国文化への関心が高まっていた。彼の絵画学習は、その著書『画記』で紹介されているが、唐から明時代までに活躍した絵師の作品が数多く挙げられている。遺された作品の多くは「唐」(中国)を題材にしている。
・「西湖図」個人蔵
やや硬い線描で描かれた楼閣が特徴的な水墨。岸辺は逆に墨の濃淡で柔らかく表現している。

・「宮女遊戯図」 1770年 個人蔵
楼閣を臨む水辺に屏風を立て、くつろぐ宮女の一群。宮女の細かく繊細な筆使いが眼をひく。上ャ苑が描く樹木の幹は平坦さを避けるためか、洞がしっかり描かれているのも特徴。本作品の落款は、同じく大坂の文人、木村蒹葭堂の作品に似せたと言われ、両者の交流がわかる。にしても、当時の関西在住の南画・文人画家で木村蒹葭堂と関わりのない人物などいないのではないだろうか。どの画家の足跡をたどっても、必ず木村蒹葭堂との交流や名前が出てくる。

・「青緑山水図」 1770年 個人蔵
この作品は非常に印象的だった。岩肌に細かい襞がひとつひとつ細かく描かれている。まるで中国の有名な霊芝のように見えた。この図版がないのは残念。こういう岩を描く画家って他にいるのだろうか。明代あたりで私の知らない画家の技法なのかもしれない。

2.「和」へのまなざし
唐画を学んだりょう苑は、雪舟や狩野永徳など日本の古い絵画も学習し、特に桃山時代以前の絵画に学ぶべき点を見出していた。彼の水墨画は、唐画のようなものもあるが、大胆な筆法の即興的作品も沢山遺した。それらは皆、どこかユーモアな視点が見られる。

・「蹴鞠図」 江戸時代 個人蔵
当時、蹴鞠が好まれていたことが本作品から分かる。毬を受け損ね、顔面に毬があたる瞬間を描く。注目すべきは3人の人物のうち、画面手前の後ろ向き姿の男の着物の裾。細かく線で描くのではなく、むしろ墨を散らす、もしくは粗く筆で何度か掃くような技法。勢いがある。

3.彩色で描く
ここでは、清時代の絵師:沈南蘋の影響が伺われる花鳥画や明時代の絵師:仇英の美人画に似たような繊細華麗な美人画を展観。
・「得双寿図」 江戸時代 個人蔵
大きな身をつけた桃の木とつがいの鳥を描く。中国のめでたい事物を描く=双寿図で、前章で見せた粗い筆さばきが嘘のような精緻な筆使いと細かい彩色が特徴。

4.墨で描く
りょう苑の魅力はこの水墨画にあり!と思う。彼の水墨画には勢いある運筆と大胆な構図が見られ、これはオリジナルかと思いきや、明代の浙派の影響が感じられると解説にあった。浙派の画風がピンと来ないけれど、こんなに大胆な作風だったのだろうか?とにかく墨の使い方が大胆。そして構図の取り方も斜めの線や余白の取り方が上手い。私も1枚欲しくなったくらいで、人気絵師だったのは当然だろうと思った。
・「大鷲図」 黄谷軒コレクション
足許の岩や、和紙の身体が刷毛で勢いよく描かれる。爪の不自然な曲線が逆に目立つ。目と鼻先は紙の白を塗り残して表現する。奇矯と言える画風。落款の文字も爪のような曲線で合わせているのが面白い。

・「漁夫図」 個人蔵
こちらは、構図に特色がある。縦長の画面に逆くの字を描くような二本の線が橋をあらわす。これが橋!?という意外性は全作品中最高。上の橋に童子に琴を持たせた童子、下の橋には網を持った漁夫が歩く。この橋は本来、並列しているのだろうか?川と思しき所には、薄墨をさっと刷いたような筆線が数本斜め上に向かって走るだけ。一方橋げただけが真っ黒に描かれるアンバランスさ。
何とも面白い。

なお、大阪市歴史博物館の特集展示に合わせて、大阪市立美術館の常設展で彼の屏風絵が3点も出展されている。こちらは今月28日まで。早速、その足で大阪市美に向かった。
3点のうち、2点は六曲二双の大作。全て水墨の禅画風の作品で書も混じる作品もあり、当時の文人画らしい。

・「山水人物図」 1780年 六曲二双 後世に屏風に仕立てなおしたか?

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・「飲中八仙図」 1773年 六曲一双
・「仙人図」  1778年 六曲二双

どれも唐画の影響下にある作品、暴れん坊の水墨作品をもう少し見たかった。それにしても、こんなに面白い画家がいたなんて、大阪絵師の特別展とか開催されないだろうか。個人蔵の作品が多かったので、探せばもっと見つかりそう。

*特集展示は4月5日(月)まで。火曜日休館です。オススメします。

あいちアートの森 豊田プロジェクト「知覚の扉Ⅱ」 喜楽亭 

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3月14日(日)まで開催中のあいちアートの森 豊田プロジェクト「知覚の扉Ⅱ」に行って来ました。
展覧会詳細 → http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2010/temporary/chikakunotobira2.html
会場は大正時代まで料亭として使用されていた「喜楽亭」(下)、こちらは長く豊田市に在住していましたが存在を全く知らず、初めて訪れました。豊田市美術館から徒歩で15分、車なら5分程度の豊田産業文化センター隣にあります。
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こちらで出展している作家は次の12名。
石田尚志、市川平、岩崎貴宏、梅田哲也、大巻伸嗣、荒神明香、小島久弥、銅金裕司、中西信洋、名知聡子、山極満博、和田みつひと。

印象に残った作家を挙げていく。

・石田尚志
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玄関入って奥の最初の和室を使用。壁に3面ある障子をスクリーンに見立て、2部屋を使用して映像作品を公開。障子に映る石田の手描きドローイング映像と低く流れる音楽は和空間とぴたり一致していた。奥の部屋では書道風の「ハネ」のような形を映像化していた。

・梅田哲也
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この作家の空間がもっとも「知覚の扉」というテーマに相応しい展示内容だったように思う。
繊細で、すべての感覚をフルに稼動させて、梅田の作品の意図を知ろうとする。でも、本当は積極的にというのではなく、自然な形で五感を働かせて欲しいというのが作家の狙いなのではないかな。
私が好きなのは、水場にある水槽に湯のみ茶碗を浮かべ、モーターで水流を起こし、この流れで茶碗がぶつかると「チリン」という風鈴のような音が聞こえてくる。最初部屋にいた時は風鈴があるのだと思っていた。
土瓶風の炉では、砂磁石がゆっくりと立ち上がりまた寝ていく、この繰り返しなのだが、よくよく見ないと砂鉄を使用していることに気付かずスルーしてしまいそうになるので注意が必要。

・名知聡子
nachi

小山登美夫ギャラリーで度肝を抜くような超大作を見せてくれた名知の作品を一番楽しみにしていた。お座敷の床の間を使用して、天井からぶら下がる両腕皮膚に赤斑のある女性像。見ていると、かゆいのか痛いのか、想像させられた。

・岩崎貴宏
iwasaki

これも非常に面白い作品だった。最初思わせぶりな寝乱れた寝具が畳に置かれているだけかと思った。しかしよくよく見ると掛け布団のシーツからきのこのように増殖する(生えている)白い小さなタワー(塔)が4つ程くっついていることが判明。このままだとカビのように増殖していきそうな感じがある。

・山極満博
yamagiwa

普段使用されず忘れ去れているような小さなスペースに、小さな作品を置くという密やかな作品展示を行っている作家。今回は喜楽亭の室内と庭に数箇所作品を配置。
感覚を呼び起こすのとはちょっと違う、むしろ存在を消すかのように小さな作品を置くことで、普段見ている風景とはどこか違うスケール変化を起こすような展示。

*喜楽亭の展示は今日、3月14日(日)が最終日です!

「知覚の扉」 豊田市美術館

tikaku

豊田市美術館で3月28日(日)まで開催中の「知覚の扉」に行って来ました。
美術館HP → http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2010/temporary/chikakunotobira.html
本展は、豊田市美術館のコレクションから感覚器官を刺激し、身体感覚を揺さぶり、目覚めさせる作品を紹介するもの。あわせて「あいちアートの森」の出品作家の4名(市川平、中西信洋、山極満博、和田みつひと)の作品展示も行っています。

コレクション作品での出品作家は次の通り。
オラファー・エリアソン、小谷元彦、草間彌生、杉本博司、中原浩大、エルネスト・ネト、カーステン・ヘラー、三木富雄の8名。

何度も豊田市美には行っているが、今回初めて見た作品は3点あった。
中でも一番印象深いのは小谷元彦の《9th Room》2001年、壁面上下に鏡を使用した映像作品。
小谷1
小谷2

外から見ても美しいけれど、この四角の箱の中で見る小谷の映像作品は奈落の底へ向かって激流と共に落ちていくような感覚を得たり、自身の内部に入り内臓の一部と化してしまうような錯覚に陥ったり、短時間(実際は5~6分だと思う)の間に映像がどんどん流れ変化していく様はとても面白い。あれだけスピーディかつ色彩的にも青→赤→暗転の繰り返しだが、メリハリが効いて飽きさせない。
上も下も鏡なのだけれど、私は下を向いた時の感覚の方が楽しめた。
エルメスの立体作品にも感心したけれど、映像作品の力量もさすが。森美術館での個展が待ち遠しい。

次はエルネスト・ネトの《スクリーンの足頭目のアメーバ》2006年。
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ネトだと最近ではすぐに、大きなインスタレーション作品、例えば中にスパイスやお米が入っているモチモチしたクッション系立体空間が浮かぶけれど、本作品のようなパッチワークの延長線上にあるような平面作品もネトらしくて愛らしい。どうも、プニュプニュしてないかどうか膨らんでる部分を触りたくなる衝動が起こって困った。写真撮影はフラッシュなしならOKだけど、触るのまでは許可されてない。

最後はカーステン・ヘラー《ネオン・エレベーター》2005年。
ヘラー

これは、鑑賞者である私が失態した。この作品はネオン管スクリーンの中に入りスクリーンに囲まれることで得られる感覚-ネオン管が下から点灯していくために、床がせり上がる感覚を得られるらしいのに、中に入らず外から眺めたので面白さが分からなかった。係の方が近くにいらっしゃったので、「内側に入ってみてください」とアドバイスしていただけたら良かったのに。
冒頭の小谷作品では、係の方が積極的に箱の内側に入るように薦めてくださったので、余計に残念。

中原浩大《ビリジアン・アダプター+コウダイノモルフォⅡ》1989年は、昨年馬喰町のギャラリーαmで初めて見たが、こちらも豊田市美の中で一番天井が高い(ジャイアント・トラやんが、立ってファイアーできる高さ)展示室1に置かれると、別の作品のように見えた。水平、3階から眺める作品の展示風景はさながらトランプの国、不思議の国のアリス風にも感じた。もう1点、こちらはギャラリーαmでは展示されていなかった《回転椅子──中原浩大が浩大少年にしてあげられること》1991年、中原の2作品は直接的に感覚に訴えかけるのではなく、間接的な関係にあるため、テーマとの関係性がやや希薄、意図が分かりさえすれば逆に濃厚に感じるかもしれないが、なかなかそこまで読み解くことは難しかった。

エリアソンの《グリーンランド・ランプ》2006年(チラシ上作品)は何度見ても、ピンクと緑の光で満たされた部屋にいる喜びを味わえる。照明そのものより、光が映りこむ白い壁面への透過光線が美しいのだ。
なお、エリアソンの作品のみ3月22日までの展示とのことなので、ご注意ください。

あいちアートの森、出品作家では、中西信洋が良かった。
中西
小さなフィルムの集積層はいくつも見たが、作品を構成しているフィルムに撮影されているものの正体が本展で初めて分かった。てっきり中小もしくはごく一部の具象物の積み重ねであった。建物や何気ない町の風景が、あんなにも繊細で美しい作品になってしまうとは・・・驚き。制作過程が分かると作品の見方も変わって行きそう。

気になるのは、次に挙げる山極満博のミニチュア世界。展示室内の椅子まで超ミニサイズ(間違えて蹴飛ばしそうなところにちょんと置かれている)で作ってしまった。
山極

この作品を見て伝わる感覚、発生する感覚って何だっただろう。身体的よりも騙された!的な感じの作品だと思った記憶がある。

なお、明日も大巻伸嗣によるシャボン玉プロジェクトを14時から30分程度の時間で屋外開催されるのに加え、小島久弥、中西信洋、山極満博3名によるアーティスト・トークが15時~17時まで美術館講堂で開催される。お近くの方はぜひ。本日も開催された同プロジェクトでは、空を舞うシャボン玉の風景に懐かしい記憶が蘇りました。
syabon


*3月28日(日)まで開催中。

椿昇展「GOLD/WHITE/BLACK--Complex」 Think Spot KAWASAKI

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川崎市のThink Spot KAWASAKI で3月14日(日)まで開催中の椿昇展「GOLD/WHITE/BLACK--Complex」に行って来ました。
展覧会HPはこちら ⇒ http://kitanaka-school.net/event/2010/03/gold-white-blackcomplex.html

本展は、2009年2~3月、京都国立近代美術館で開催された、椿昇2004-2009「Gold/White/Black」展を会場を移し、より「根源的な対話」(Radical Dialogue)を求め開催されている。

会場のThink Spot Kawasakiは、旧日本鋼管の体育館だったが、現在はJFE都市開発株式会社により、撮影現場などに使用されているそうだ。余談だが、日本鋼管と言えば、私が若き頃には男子実業団バレー界の花形チー(井上選手とか)ムの一つだったことを思い出す。体育館なら、彼らが練習場として使用していた場所ではないか。展覧会を観る前に、会場そのものでセンチメンタルな気分になってしまった。

しかし、この展覧会、そんな私の甘っちょろいセンチメンタルなど、見事にぶっとばす内容。twitter上の呟きでは「凄い」とか「かっこいい」「ミサイル」等の言葉を目にしていたので、ある程度予想はしていたが、やはり聞くのと見るのとでは違う。椿昇の作品で私が観たのは、2008年赤坂サカス「Polly Zews」で、やたらと大きい物を作りたがる作家だなという程度の印象しかなかった。
ところが、2009年に開催された京近美の個展はogawamaさんのブログを拝見して、もう少し椿昇の作品と向き合ってみたいと思い、行きたかったが、結局未見に終わる。・・・そんなこんなで、ついに椿昇個展と対峙となった。

個展での展示作品を文章であれこれ書くより、YouTube動画があるので、見に行けない方、行く前に見たい方があれば下記をご参照ください。主催者の北仲スクール:室井尚氏が案内。

http://www.youtube.com/watch?v=da6RFkTyHeg (前半)

http://www.youtube.com/watch?v=ZVbia6Oc2Rc&feature=player_embedded# (後半)

で、個人的な感想です。
展示を見た時は、展示作品のクールな感じと照明が色とりどりに照らすバルーンの超巨大ミサイル(横側にNippon)、とにかく展示会場と作品がマッチしていたので、これを美術館という箱におさめていたら、今日見た以上に作り物っぽく感じただろう内容が、意図を持って立ちあがっていた印象を受けた。
展示を見た後で、京近美の河本氏、前京近美館長の岩城氏、そして本展主催者の北仲スクールの室井氏の展評を読んでみたら、案の定強いメッセージ性のある内容で、作品を見ただけでは理解しがたい背景や作家の思考などがやっと分かった。そして、それらを分かった上で、再度自分が見たものを照合すると見事に筋が通った展示空間を作り、あれだけの見せ方ができるのは凄いと思う。

以前の放送室を使用してアメリカを象徴するものを強調したり(ブッシュ政権の画像、ラップ音楽)、よく聴くとラップの詩にもメッセージ的な内容と徹底している。

牛の睹殺シーンでの血、そして牛の瞳(生から死)、ミサイル、十二使徒のCGは墓碑、金やミサイルは欲望、作家の意図とは反するかもしれないが、私自身は生死と欲望、すなわち人間の業を見せつけられた気がする。

バルーンを使ったり、巨大化させることで鑑賞者の目をハードな物やメッセージ性から敢えてそらすような仕掛け。これらは単一作品で見ると、ただの大きな玩具にしか見えない。
これだけのハードな空間だったからこそ、バルーンが今まさに目の前にある戦争と平和を思い出させてくれたのではないだろうか。

個人的には、放送室の展示と坑道を模した最初の長い廊下(十二使徒展示場所)が好きだった。あの2つの空間は文句なく美しかった。

*3月14日(日)まで開催中。夜間の方が照明が映えるように思います。

やなぎみわ展 「Lullaby」 RAT HOLE GALLERY

表参道のRAT HOLE GALLERYで3月21日まで開催中のやなぎみわ展 「Lullaby」に行って来ました。
ギャラリーHPはこちら ⇒ http://www.ratholegallery.com/exhibitions/2010/01yanagi/intro.htm

2009年は、やなぎみわイヤーと言って良いほどの大活躍。3月の東京都写真美術館「My Grandmothers」展を皮切りに、6月のヴェネチア・ビエンナーレ日本館での新作「Windswept」、同じく6月の国立国際美術館での「婆々娘々」展といずれも記憶に残る大規模な個展を開催した。
その制作エネルギーは衰えることなく、今年も年始早々、新作「Lullaby」をひっさげ個展をするとは驚き。
本展開催(1月29日~)にあたり、タイミング良く2月1日に雑誌「AERA」誌上において、インタビューが掲載されていた。制作費は、やなぎの場合、自己負担と書かれていて、かなり驚いた記憶がある(結局、雑誌は購入せず)。考えてみたら当たり前で、今回の個展もそうだが、映像+映像の中から抜け出たような写真が何点か合わせて発表されることがほとんど。もちろん、写真だけの個展の場合もあるが、写真を売って制作費を賄う状態らしい。

本展では最初に写真が展示され、奥のコーナーで展覧会タイトルになっている新作映像が公開されていた。
国立国際美術館で見た「The Old Girl’s Troupe」2009年は、老いるということが恐ろしくなってしまった。乳房はしわぶき垂れ下がり、身体のぜい肉もしかり。しかし、醜く老いた当事者たちは、舞い踊り享楽の世界に埋没しているかのようだった。
かなり長い映像作品にも関わらず、起承転結のメリハリがやや弱いせいか、観た後にあまり残るものがなかった。

しかし、今回の新作は違う。
「The Old Girl’s Troupe」より上映時間は短いとと思うが、途中からあっと驚く急展開があり、やがて静寂が訪れるという、しかも前半に繰り返し繰り返し行われる対立と入れ替わりの動きが激しく、一体この先どうなるのか?というドキドキ感の期待に応えてくれた。

以下、新作映像の詳細に触れるため、続きを読みたい方はクリックを。

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「川喜田半泥子のすべて」 そごう美術館

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そごう美術館で3月22日(月)まで開催中の「川喜田半泥子のすべて」に行って来ました。
美術館HP ⇒ http://www2.sogo-gogo.com/common/museum/archives/10/0211_handeishi/index.html

この展覧会は、年初に銀座松屋で開催され、横浜のそごう美術館に巡回している。既にアートブロガーの多くの皆様は銀座松屋での展覧会をご覧になっており、感想も続々とアップされているため、今回は個々の作品についてでなく、展覧会を通じての感想をまとめてみたい。

銀座松屋の展覧会に行かなかったのは、過去の経験により松屋では落ち着いて鑑賞できないのではないかと危惧したからである。松屋での展覧会は、狭い会場に観客がひしめき、落ち着いて鑑賞できたことがない。行ったタイミングが悪いのかもしれないが、逆にそごうは展示空間が広く、さすがに美術館と銘打っているだけのことはあり、ゆっくりと鑑賞できる。今回の半泥子も思った通り、自分のペースでゆるゆると元気いっぱいの器たちを眺めた。

川喜田半泥子(かわきた・はんでいし)は、我が地元愛知県の隣、三重県で実業家としても活躍しつつ、陶芸、書、画に堪能で、そのいずれもが余技とは言えないレベルにある粋人。彼の存在を知ったのは、昨年江戸東京博物館で開催された「写楽 幻の肉筆画」展だった。この展覧会の目玉、写楽の肉筆画(扇絵)を真蹟と鑑定した確認作業の中で使用されたのが、川喜田家(半泥子)のコレクションで現在は石水博物館所蔵「老人図」だった。このあたりの詳細は、写楽 幻の肉筆画」展図録p23~24に図版入りで掲載されている。

石水博物館は、三重県津市にあり、津市の素封家である川喜田家十六代当主久太夫(号が半泥子)が昭和5年に設立した財団法人石水会館の文化施設であった。写楽だけでなく同館が所蔵する扇面は200点以上にものぼると言われている。昨年、三重県立美術館で開催された「大橋歩展」の後、ついに石水博物館に足を運んだ。
石水博物館は2011年の移転新築オープンに向け、急ピッチで作業を進めているが、現在は半泥子が頭取をかつて勤めた百五銀行関連の会社が入居する津丸の内ビルの一室を間借りしている。
スペースは極小で、ふた坪あるかないかだろう。その狭い空間に半泥子の創意が満ち溢れていた。焼き物、書、画。書画はの類は特に展示数が少なかったが、やきものは既に、本展が最初の巡回先であった岐阜県陶芸美術館で開催されていたにも関わらず、見ごたえがあるものが多く、ひとめで気に入ってしまった。
作品にも魅了されたが、個人的には半泥子のビジネスマンとしての顔と数奇者としての顔、二つの顔を持った人の生きざまに一番関心を持った。

古今東西、今月発売の雑誌『東京人』4月号の特集に取り上げられているようにコレクションをもとに美術館を造った富豪は数多いが、自身も制作者、アーティストとなって作品を作る、しかも玄人芸になっている人物は他に例をみない。三井財閥の益田孝は書や陶芸もしたが、アーティストとしての半泥子には及ばないと私は思っている。

なお、半泥子の評伝は「おれはろくろのまわるまま―評伝・川喜田半泥子」千早耿一郎・日本経済新聞社・1988年があるが、いまだ入手できていない。

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本展では、石水博物館で初めて半泥子の作品を観た感動が再び蘇るような自由自在、闊達な作風を随所に見せてくれた。通常であれば、とてもやきものとしては使用できない割れやかけもそのままを活かしたり、蒔絵をほどこすなりして、欠点が逆にみどころになるような、いわば「逆転の発想」の連続。

また、彼の作品の中ではとりわけ、焼き物の水準の高さが評価されているが、土自体へのこだわりを捨てる。土に関心を強い関心をもつがゆえ、遠く大陸にまで陶土の調査に出掛けるが、結果半泥子の到達点は「やきものは、どんな土田ってできる」だった。全てをあるがままに受け入れる精神、これぞまさしく「茶の湯」の神髄ではないのだろうか。

本展覧会はそごう美術館の後、以下の2会場を巡回します。

・4月3日(土)~5月30日(日)・山口県立萩美術館・浦上記念館
・6月8日(火)~7月25日(日)・三重県立美術館

特に、半泥子のお膝元である津市の三重県立美術館への巡回が楽しみ。地元開催だけに、嬉しいおまけがついてきそうな予感がする。そうでなくても、同じ市内にある間借り中の石水博物館を再訪したい。写楽の「老人図」に出会うのは同美術館移築オープンあたりで公開してくれるのではないか。

この記事を書いていて気付いたのだが、そごう美術館の関連特別企画「半泥子の茶碗による茶会」が2月に2日間各2回の計4回開催されていた。これ、行きたかった!!!
三重県立美術館の関連イベントにも期待。

~お詫び~
記事をアップした3月9日時点で川喜田半泥子の「田」が「多」になっていました。訂正させていただきました。深くお詫び申し上げます。

*3月22日(月)まで開催中。
石水博物館は、津駅をはさんで三重県立美術館と反対側・JR・近鉄・伊勢鉄道 津駅より三重交通バス岩田橋バス停下車 徒歩1分の津丸の内ビル2階にあります。

「Mot アニュアル2010 装飾」 東京都現代美術館

Mot

東京都現代美術館(以下Mot)で4月11日まで開催中の「Mot アニュアル2010 装飾」に行って来ました。

Motが若手アーティストを紹介する展覧会「Mot アニュアル」10回目となる今年は、「装飾」をテーマに10名のアーティストが作り出す作品を展観する。
出展作家は、次の通り(あいうえお順)。
青木克世、小川敦生、黒田潔、塩保朋子、野老朝雄(ところ・あさお)、松本尚、水田寛、森淳一、山本基、横内賢太郎。

全体としての印は、月並みだけれど「装飾」という単語ひとつとっても、そのイメージの捉え方は作る側である作家それぞれ違う。更に、観る側である鑑賞者の私の持つイメージと作家の思いは一致したりしなかったり。偶然、展覧会を観に行った日に小川敦生のアーティストトークを少しだけ聴くことができた。小川は「観てもらうお客さんが思ったことそれが答えです。自分と同じ見方を逆にして欲しくない気持ちがある。むしろ、その違いを期待している。」と話されていたのが印象的だった。自由な見方をして良いんだと、晴れてお墨付きをもらったような感じとでも言おうか。

テーマへの関与はさておき、印象に残った作家を挙げたい(展示順)。

・黒田潔
壁一面に描かれていたのは何だろう?虫?森?、得体のしれない何かに囲まれた感じ。線は全て黒くくっきりと迫る。「装飾」と向き合うための10の思考-参加アーティストからのメッセージには、「本展制作作品のために、アラスカを旅した」とあった。アラスカで出会った森の木々や植物、動物のイメージが作品として空間に表出したのだった。作品を観てアラスカにまで思い至ることはなかったが、不気味な気配を感じたことは間違いない。出口近くに円形の飛び出したパネルがあり、そこだけアクリルや色鉛筆で着衣彩された模様が描かれていた。作品タイトルは「風の通り道」2010年。黒の中に配置された唯一のカラフルな紋様は効果的だった。

・森淳一
どこかで以前、別の作品を観たことがあるような気がしたが、記憶は曖昧。2008年~2010年の作品まで7点を出展している。本展では、塩保さんと共に、お気に入り作家になった。あのエンブレムのような形、「flare」シリーズは一体どうやって彫り上げたのか?技法的な関心がひとつ。素材は本当に木だけなのか?到底、木彫と俄かに信じがたいものが目の前にあるのだが、よくよく眼を凝らしてみると、木そのものが持つ年輪のような文様が見えて来た。やはり木でできているのかという驚き、そして、薄さ、繊細さ、細かさは実際に観ていただくしかないだろう。
展示室を出たところに、木以外の素材を使用した「doll.hand」2010年はリンサムニウム、タグアナッツ、アクリルと木の実を使用した作品で、これも別種の美しさがあった。作家の意図は二つの要素を同居させながら、どちらに寄り添うことなく別の世界を浮かび上がらせるような作品とは、素材と、素材とモチーフ、全く別種のものから新しい世界を生み出すということだろうか。改めて、作家コメントを読んでみれば、そんな風に読み取れた。

・山本 基
山本の塩によるインスタレーションを最初に観たのは、金沢21世紀美術館のオープニング展だったが、一貫してその制作技法、作品は変化していないようだ。展示場所に合わせて如何様にも作品は変化させることが可能。今回は蟻の巣へ行く道筋のように通路が沢山出来ていた。
美しいくねくねと白い線で作られた模様がまさか塩だとは、言われて、そして近寄ってみて漸く分かるかどうか。作家は特に「装飾」というテーマを意識していない。それにしても、一人で最初から崩さず制作作業にあたっているのか?複数人で分担して作業を進めるのか(個人的には後者だと予想)、2月6日にあった山本のアーティストトークは聴いてみたかった。せっかく作った塩の「迷宮」2010年、も本展終了後は跡かたもなく消え去ってしまうのかとおもうと、インスタント作品=インスタレーションの意味が作品と結びつく。

・塩保朋子
森淳一と併せて、本展でもっとも印象深い作家のひとり。見せ方としては単純で、巨大な切り絵作品を左右上方に配置したスポットが照らす。すると、切り絵を通して、光は壁に新しい世界を現出している。部屋に入った時の驚き、高揚感が忘れられない。目の前の切り絵の模様と壁に映し出された模様は白黒反転している筈なのだが、まるで違和感を感じない。離れて観た方が、より美しさを味わえるのではないか。切り絵が巨大になればなるほど、壁の模様がよりダイナミックに、部屋中を模様で満たすことだろう。そんな世界を是非また味わってみたい。

・小川敦生
透明石鹸にカービングしたドローイング作品。表面に彫られたドローイング(模様)を鑑賞するために、巨大な長方形の石鹸自体を四方からライトで照らしている。小川は「本当は、お客さんに石鹸を触って、感じてもらいたかった。結果的に展覧会終了時には石鹸がすり減って消えてしまう。そんなことも考えて申し出たが、美術館、担当学芸員から許可が下りなかった」。担当学芸員「展覧会まで作品をカービングされたドローングを全てのお客様に観ていただきたかったので、作品が溶けてなくなる状態はマズイと判断した。」。と結果的に観るだけで、触ることはできなかったが、石鹸は既に何日か経過し、透明だったはずなのに、黄褐色に変色しつつあった。模様が全て一本の線でつながっているかどうか、気になる所だが、小川「確認したことがないので、1本の線なのかどうか分からない」とのことだった。石鹸まみれ、石鹸かぶれしつつ制作し、制作期間は3カ月。
冒頭の全体感想にもつながるが、今しばらくトークの内容を続けると、小川「作品やものづくりで人と人とはつ上がらない。むしろ、作品は人と人との切断面だと思う。作家が予想しなかった見方をしてくれるのが良い。個々人の見方が真実であり、観賞者の視点が大切。今後はめちゃくちゃ時間をかけてるのに、それが見えない作品を作りたい。」と切断面論など興味深い話を聴くことができてラッキーだった。

ペインティング作品もあったけれど、横内賢太郎は別として、水田寛の視点が面白いと思った。道路を俯瞰した図や、マンションで布団や洗濯物の並ぶベランダを描いた作品など、麻生知子とはまた違う、あちらはひとつをクローズアップしているが、水田の場合は全体を描いている点などが印象に残る。

*4月11日まで開催中。

「木田安彦の世界」 パナソニック電工 汐留ミュージアム

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パナソニック電工 汐留ミュージアムで3月22日(月)まで開催中の「木田安彦の世界」に行って来ました。
美術館HP ⇒ http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/10/100116/index.html
この展覧会の評判は、twitter上の呟きでも何度か観ていて、更に芸術新潮3月号で「木田安彦 木版画巡礼のゴールから」を読むにつけ、早く行かねばと気は焦るばかり。やっと、今日の朝一番で観て来たが、芸新や同展チラシでは到底伝えきれていない凄みがあった。作家プロフィールを見るにつけ、キラ星のごとく並ぶ賞の数々。多くはデザインや広告での活動に対して授与されたものだが、2004年度には京都美術文化賞、2006年京都文化功労章を受賞しており、この展覧会まで木田安彦の名を知らなかったのか、わが身が情けなくなってきた。

京都市芸デザイン専攻卒業後、博報堂制作部勤務。
1975年に博報堂退社以後は、ガラス絵、板絵、水彩、油彩、書と活動領域を広げて来た。そして、1977年あの田中一光に見出され、セゾングループのクリエイティブ・スタッフになり、2002年に田中氏逝去まで公使に亘り薫陶を受ける。

本展では、木版画制作の大成として5年の歳月を費やし2009年春に完成させた「西国三十三所」36点の版木り版画、下刷り・本刷りと同年夏、最後の6点を描き挙げた5年シリーズのカレンダー「日本の心・名刹」のためのガラス絵を一挙に公開し、木田作品の神髄を紹介するもの。

とにかく、「西国三十三所」の木版からは彼のものなのか、はたまた描かれている仏像や寺社のものなのか、エネルギーがひしひしと伝わって来る。展覧会場もいつになく照明を落とし、壁は全て黒で統一。入った時は、汐留ミュージアムでないかのようだった。

彫り前後の状態の複製画、版木、刷り上がった版画とそれぞれ33枚セットで壁一面に展示されている。通常版画は下絵を描いた紙を裏返しにして板に貼り彫って行くが、木田は板に直接下絵を描く。引いた線が気に入らないと別の色で直す。この状態の複製画を展示。次に彫りあげた版木そのものを展示。彫り上がり後の摺りを展示。
これらは、縦3列に並んでいたので、一番上にあった作品はよく見えなかったのは残念。
完成された木版画だけは横一列に整然と並んでいるが、結局、版木と完成版画の間を何度も往復してしまう。そして、そんな観客は私だけでなく他の方も皆同じような行動を取っていたのが面白い。

木田の木版は、一本の線さえも無駄になっていない。全ての線が作品に必要な要素といえる。1点1点が、西国三十三所の見どころを四角い小さな画面に凝縮していて、詳しい方なら作品タイトルを見ずとも、どのお寺を描いたものなのかすぐに分かるのではないだろうか。
≪六波羅蜜寺≫や≪≫の口から仏像を吹き出す空也上人像のアップはグラフィック化の最たるものだと思った。
仏像。偶像、巡礼する人々すべてが、木田の手にかかるとある意味グラフィック化され、特徴を最大限に引き出される。木田の手にかかると仏像も人物も本物以上に本物らしく味がある顔立ちになる。

下絵制作や彫りだけでなく摺りまで全て木田が1枚1枚手がける。
1枚完成させるのに、時には30回くらい摺ることもあり、1枚摺るのに3時間~5時間、時には1日かかることもあるという。

完成作を観て行くと色の使い方が非常に巧みであることが分かる。多くて3色、基本は黒ともう1色(原色)をどこかにアクセントとして使用しているが、色の選択、奥位置、ぼかし具合どれもが木田のセンスの良さを現している。
特に黒をベースに赤を使用した作品では、赤い部分だけ浮きあがって見えた。平面作品が立体に見える不思議さ。

木版画制作の細かく緻密な作業のため、ついに木田は眼を悪くし失明の危機に陥る。周囲からは「版画制作をやめた方がいい」と言われながらも決してあきらめず、病を乗り越え、この版画シリーズを見事に完成させた。

ガラス絵シリーズでは黒一色の世界から抜けて、カラフルな色彩世界へと移る。着彩に金箔を使用している作品はキラキラと金の部分の輝き神々しい。仏像だから神々しいという表現は相応しくないとしたら、極楽を示す黄金色とでも言おうか。法隆寺の救世観音のアップはそっくりだった。一体一体の仏像や建物の形態の捉え方が非常に上手い。
個人的には、木版画シリーズの方が好み。

図録はコンパクトだが、印刷は抜群。これでお値段1300円はお手頃だと思い、迷わず購入した。図録の装丁も木田作品を使用して作家名をお札にして貼り付けてあるのがしゃれている。かっこいいと思ったら、図録の編集・装丁も木田安彦本人が手がけていた。この図録が作品ではないか!

チラシは既に終了した京都展の方が好きかな。こちらは清水寺の木版画作品を使用。

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*3月22日まで開催中。オススメです。

「おもてなしの美 宴のしつらい」 サントリー美術館所蔵品展

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サントリー美術館で3月14日(日)まで開催中の「おもてなしの美 宴のしつらい」に行って来ました。

本展はサントリー美術館所蔵品により、中世の酒宴、近世の遊楽図や浮世絵に描かれた賑やかな宴の姿をたどり、食膳具・酒器・茶道具など、日本のおもてなしの心が育んだ美を紹介するもの。

てっきり陶芸や漆器中心の展覧会かと思いきや、思った以上に屏風絵や絵巻が沢山出展されていて、出光美術館で開催中の「麗しのうつわ」と同様、所蔵品の質と豊富さを随所に見せる内容だった。
以下、展覧会構成と印象に残った作品です。

第一章 季節のおもてなしとしつらい
2ひな祭りのおもてなしとしつらい(2/17~会期末まで)
入って正面には江戸時代の≪雛人形・雛道具≫が飾られている。小さな小さな酒器や雛道具を見ていると、兵庫県立博物館で見た「ミニチュアの世界」展が再び蘇る。話はそれるが、あの展覧会は本当に良かった。近県の皆様はぜひお運びください。話題を戻す。
・≪吉野図屏風≫室町時代 16世紀
やまと絵技法で、桜の花の胡粉を盛り上げ、立体的な桜の花々。雛の季節に、桜はまだちょっと早い気がした。

・≪孔雀図屏風≫雲谷等璠 六曲一双
引いて見た時の構図の素晴らしさが光る。左右の端に重きを置いて、中心に向かって伸びる樹木の枝。孔雀というモチーフより全体に目が行く。

・≪西行物語絵巻≫15世紀 室町時代
絵巻は室町時代の物が一番面白いように思われる。西行物語絵巻も人物描写が軽妙で、愛嬌がある。細かい部分もきちんと描けていて、お気に入り。

・≪犬張子≫ 江戸時代
この張子は強烈にその存在をアピールしていた。視覚的・立体的インパクトは大きい。

第2章 おもてなしと宴の歴史
ここでは酒天童子絵巻(中巻)、住吉物語絵巻、邸内遊楽図屏風など絵画のみ。

第3章 おもてなしの器と調度
ここからいよいよ器ものが登場
1 おもてなしの酒器
・≪灰釉平瓶≫猿投 平安時代
前述の出光美術館「うるわしの器」にも出展されていた猿投窯の灰釉平瓶。形が良い。中国当時の模倣だろうが、これはこれで確固とした美しい形と釉色、灰釉とあるが実際は渋い薄緑色というべきか。

・≪葡萄栗鼠粟鶉沈金大鼓樽≫室町時代
室町時代ですでにこのような沈金工芸品を制作していたのかという驚き。正倉院展を見ていれば、奈良時代にまで工芸の歴史は遡れるのだから当然か。栗鼠って昔からいたのねと今更思う。

2 おもてなしの食の器
・≪銹絵四方向付≫ 美濃 桃山時代
・≪織部四方向付≫ 美濃 桃山時代
縦に長い向付は、冬の時期に料理がさめないように考案されたものとキャプションにある。いわゆる実用から「生まれた美」か、縦長の四方向付は形が好き。

朱漆の折敷など、ここでは漆の器や蒔絵碗、蒔絵飯器なども併せて展示されている。ちょっと食指は動かない。

3 おもてなしの茶道具
・≪猿猴捉月図野溝釜≫ 江戸時代 重要美術品
これが本展ベストかもしれない。この茶釜、形が良いだけでなく胴の部分に猿が右足を持ちあげ、水にうつる自分の姿と戦おうとするシーンが鋳造されている。欲を言えば、前と後ろとで違う場面にして欲しかったが、どちらも同じ。

・≪耳付花入≫伊賀 桃山時代
やはり、桃山時代の古陶に惹かれる。耳付の花入れは有名なものがいくつもあるけれど、こちらは縦のストレートなラインが特徴的。他の伊賀花入と比べると大人しい分だけ上品。

4 おもてなしの香道具

・≪浮舟螺鈿蒔絵焚殻入≫ 室町時代
・≪秋草海松貝蒔絵香炉≫ 桃山時代
またも、室町&桃山工芸にしてやられる。貝や螺鈿の繊細な細工が小さな小さな世界に現れている。

・≪楓流水蒔絵車文透香枕≫ 江戸時代
お香を炊きしめて、自身の紙に香を付けるという優雅な行為が、枕を目にしてリアルに浮かんだ。これって今もやろうと思えばできるんだろうな。「おもてなしの香道具」がテーマだが、香をつける行為も殿方の前で行われていたのだろうか?

5 おもてなしの調度

最後に≪鼠草紙絵巻≫が出展されていたのに、作品リストに見つからない。≪色道取組十二番≫磯田湖龍斎は、その直前に行っていた≪赤いクロニクル≫の舞台を江戸に写したような浮世絵。十二枚で一組の続きものだが、当然あたりさわりの少ない1枚目が出展されていた。春画を展示するリスクは負わないようだ。

*3月14日まで開催中。

「大野麥風と大日本魚類画集」 姫路市立美術館 はじめての美術館69

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姫路市立美術館で3月7日(日)まで開催中の「大野麥風と大日本魚類画集」展と常設展示を観て来ました。
美術館HP ⇒ http://www.city.himeji.lg.jp/art/index.html

姫路市立美術館で思い出すのは、昨年Bunkamuraで開催されたベルギー美術のコレクション。私が訪れた2月にはフランス近世絵画のコレクションを常設で展示していた。

まずは特別企画展「大野麥風と大日本魚類画集」について。魚類画集、大野麥風(おおの・ばくふう)という知らない画家の名に惹かれて、この展覧会を見逃したら次はいつ開催されるか分からないという妙な焦りで、姫路に向かった。

<企画展概要>美術館チラシより一部引用
大野麥風(1888~1976)は魚を得意とした日本画家で、本展は彼が原画を手がけた代表作の『大日本魚類画集』は、木版画の傑作として高い評価を受けている。本展では、『大日本魚類画集』全72点を中心に、その原画や関連作品、および肉筆による屏風、掛軸、花鳥画など麥風の作品を紹介し、その魅力に迫るものです。

作品リストが作成されていなかったので、全体の印象と感想を簡単に。
作品画像は、こちらのHPを発見。⇒ http://www.ohmigallery.com/ImageDatabase/Bakufu/Bakufu.htm

作品展示は、制作年代順になっていた。麥風は最初に洋画を長原孝太郎(止水)に学び、その後、白馬会、太平洋画会、光風回等の洋画団体展に出品していた。

洋画時代の作品も決して悪くないけれど、あまり印象に残っていない。むしろ、洋画から日本画に転向して以後の作品が面白くなってくる。
≪早春≫個人蔵は、富岡鉄斎か速水御舟のような不思議な雰囲気を持ち、南洋諸島で過ごした間のスケッチや≪南洋諸島≫個人蔵(いずれもはっきりとした制作年代は不明)は、その特徴が顕著に出ている。

1937年に生来の魚好きが高じて『大日本魚類画集』を500部限定で制作。
・・・と一行で記してしまえば簡単だが、これを制作するために水族館に通うだけでなく、和歌浦沖合で潜水艇に乗り込み、実際に潜水艇から見られる魚の生態を観察したらしい。余程魚が好きでなければ、そこまでの情熱が持てるものではないだろう。
更にすごいのは、この画集の監修は和田三造(本当はこの展覧会を観たかったのに、新型インフル大流行と重なりボツ)、題字を谷崎潤一郎と徳富蘇峰がそれぞれ担当する豪華さ。他にも当時の高名な魚類学者の田中茂穂と釣り研究家で料理法にも豊富な見識を持つ上田尚、2人による解説も付され、学術的にも充実した内容となった。

私は元ダイバーだったので、自分が海に潜っているような気持ちで1枚1枚観て行った。面白いのは魚の動きや生態。群れを作るものは、群れで描かれているし、魚の色もすこぶる良い。原画も版画も一緒に展示されている作品もあり、見比べると版画の方が好みだったり、魚がイキイキしていた。

軍国主義へまっしぐらに進んでいた当時の日本にこんな画家もいたのか!という驚き。

版画集出版後に、注文依頼で描いた魚の作品もあり、人気ぶりが伺われる。
戦後の晩年は、むしろ落ち着いた花鳥画を手がけ、また作風が変わりぐっと落ち着いている。こうして、大野は、画壇から脚光を浴びることなく、生活と密着した作品を常に描き、自身の好きなことを徹頭徹尾できた人だったのではないかと思う。


常設展示室について。
てっきり企画展入場券で常設展も観ることができるのだろうと思ったら、別に入場料が必要だった。大多数の美術館では企画展で常設も観ることができるのだが、私が行った中では富山の高岡市立美術館に続いて、2館目。
お代を払って、入場。
今回は近代フランス絵画50点を観ることができる。中には、西洋美術館で開催中のフランク・ブラングィンまでコレクションしている。クールベ、コロ―、モネ、マティスまで一堂に集めて展示できるのはコレクションの充実度を物語っている。
ただし、日本画コレクションは少ない。


最後に、姫路市立美術館は明治時代の建物(明治末~大正2年建築・旧陸軍第10師団の兵器庫、被服庫)を保存活用し、平成15年には登録有形文化財に指定されている。赤レンガ造りが東京駅を思い出させる。姫路城からもすぐ近く、先にご紹介した兵庫県立博物館も徒歩3~5分ですぐです。

*3月7日(日)まで開催中。

横浜美術館コレクション展 【特集展示】自画像/肖像画に学ぶアートの歴史、【写真展示】都市へのまなざし

今日で終了するのに気付かず、記事にするのが終了日となってしまったが、束芋展が開催されていた(これも今日が最終日だった)横浜美術館コレクション展が、以前に比べ格段に面白くなっていたので記録として残しておくことにした。

私見だが、横浜美術館クラスの公立美術館であれば、相当数の所蔵作品があるのが通常。私が過去に行った全国の公立美術館で目を見張るような常設コレクションを持っていたのは、南から福岡市立美術館、大阪市立美術館、愛知県美術館、静岡県美術館などが浮かんでくる。今回取り上げる横浜美術館の所蔵作品数は2008年9月現在で約9750点、我が地元愛知県美術館は2009年3月現在で約7400点となっている。

これだけの所蔵作品を持っているのだから、見せ方次第で企画展同様の魅力、むしろ常設作品目当ての観客があっても良いと思う。しかし、現実は企画展目当ての観客が大半で、現在開催中の愛知県美の「大ローマ展」は人気で、私が訪れた時も多くの観客で賑わっていたが、なぜか企画展を観た後の所蔵作品展用の5つの企画室にいる観客はまばら。
愛知県美術館の展示室レイアウト ⇒ http://www-art.aac.pref.aichi.jp/info/profile.html
大半の観客は所蔵作品展を見ないで、企画展だけで帰ってしまうのだった。美術館の係の方が、「企画展のチケットで所蔵作品展もご覧いただけます。」の呼びかけが空しく響く。

同様の現象はこれまでの横浜美術館でも見かける光景だったが、今回はかなり様変わりしていた。
①動線
全ての企画展を観ている訳ではないが、少なくとも束芋展までの横浜美術館の企画展の観客動線は、この束芋展と全く逆で写真展示室をスタートとして最後に【特集展示】自画像/肖像画に学ぶアートの歴史に行くような流れができていた。
横浜美術館3階のレイアウト(PDF) ⇒ http://www.yaf.or.jp/yma/guide/informationplan_japanese.pdf

ポイントは、これまで最後になっていた写真展示室、写真ゆえ関心がない方も多いのか、ダリの部屋まで行って帰られる観客が多かった。関心がないというより、都合よく帰りのエスカレータはダリの部屋の出入口すぐにあるため、その少し奥にある写真質の存在に気付かなかった可能性もある。

ところが、今期より企画展の動線を逆にし、更に企画展につきもののグッズや図録などの物販コーナーを写真室のまん前に設置。私が所蔵品展に行ったのは2月末だが、物販コーナーは最初からあの位置だったのか?昨年12月25日のダンス・ライブ(12/25)では、ライブ開始前に企画展だけを鑑賞できたが、位置は違ったような気がする。

いずれにせよ、束芋展の「ちぎれちぎれ」と「BLOW」は一度に観賞できる人数に限りがあるため動線を固定化したのが幸いしていた。
観客は企画展から、写真展示室に進むか、踵を返して企画展側のエスカレーターに乗るかの選択となるが、多くの観客は逆回りをよしとせず(?)写真展示室にほぼ流れていたのは非常に興味深い。

②【特集展示】自画像/肖像画に学ぶアートの歴史、【写真展示】都市へのまなざし 

次にコレクション展の展示室の中で、もっとも変化をしていたのが上記2つの展示。観客の動線順から行くと、【写真展示】都市へのまなざし:須田一政、石内都、金村修、米田知子から。この4名の写真家による「都市」を被写体とした連作シリーズの展示がとても良かった。見せ方、作品の展示方法、更にはシリーズの中からの展示作品の選択が見事で、4人の作家の個性が顕著に現れていたと思う。米田知子の≪川≫1995年を展示ラストにするあたりが泣かせる。元々川や海や湖など水景写真に弱いので特に忘れ難い。
 
写真展示室⇒ 日本画・工芸 ⇒ ダリ・シュルレアリスム ⇒ ブランクーシの部屋 ⇒ 【特集展示】へと進む。

【特集展示】自画像/肖像画に学ぶアートの歴史はプチ企画展になりそうな内容。何度も観ているお馴染の作品も見せ方を変えるとまた違った角度から鑑賞できる面白さをここで学んだ気がする。
タイトルにあるスラッシュ「/」は分母分子を表すもので、肖像画枠組みに自画像があることを示している。この肖像画の変遷を通してアートの歴史も展観しようという試み。展示構成は、次の通り。
1.ロシアと日本にみる近代肖像画の始まり
2.日本における近代肖像画の展開
3.浮世絵にみる肖像画とその余韻
4.近代ヨーロッパの肖像画
5.近代日本洋画の肖像画と自画像
6.現代日本画による肖像画
7.現代美術と肖像画
8.現代美術の自画像と肖像画
9.日本現代美術の自画像と肖像画
10.現代における自画像と肖像画の行方

ラストの「10.現代における自画像と肖像画の行方」で展示されているのがウォーホル≪キャンベル・スープⅡ≫1969年だけなのは解せなかったが、ウォーホルは現代なのか?、構成は面白いし浮世絵などは芳年や豊国、長谷川潔への流れで充実。所蔵作品だけだと厚みのある分野とそうでない分野が、どうしても出てくるが、さすが横浜美術館、所蔵品だけでこれだけ楽しめる内容で見せてくれるのだから凄い。

更に、ホワイエではイサムノグチの所蔵作品6点全てをまとめて展示。これまた、何度か見ている作品なのに見せ方で新たな魅力を引き出してくれていた。

③「ヨココレ通信」の創刊
展示中の所蔵作品と作家についての話題や展示での工夫などから、コレクションの魅力を紹介する目的で本年2月より「おためし」創刊号として発行。創刊号では各セクションの担当者から「展示のみどころ」などを紹介している。紙面最後には館長の逢坂恵理子氏の「館長室のティータイム」と題してA4半分程度の文章を掲載。読み応えのある紙面づくりになっていた。「ヨココレ通信」は展示室内に置かれているが、1階の総合案内でコピーをいただける。なお、作品リストも同じく1階の総合案内で希望すればいただける。

長くなってしまったけれど、横浜美術館の新しい試みに1美術ファンとして感謝するとともに、熱い期待を寄せている。コレクション展の展示作品はフラッシュなしなら撮影可能というのに気付いた。次回からはカメラも持参しよう。

*文中の特集展示、写真展示は終了しています。

途中にあった河野通勢≪自画像≫

「所蔵水彩・素描展-松方コレクションとその後」 国立西洋美術館

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水彩裏

「フランク・ブラングィン」展を鑑賞の後、同時開催中の「所蔵水彩・素描展-松方コレクションとその後」を観て来ました。

西洋美術館は、前回のブラングィン展記事中でも記載した通り、松方幸次郎のコレクションを基礎とし、1959年に設立された。2009年の開館50周年記念事業の一環として、ブラングィン展を開催し、本展は関連商企画として所蔵品の中から松方コレクションを中心に19-20世紀の主要な水彩・素描作品38点を紹介するもの。

全体を通じての感想は「松方コレクションはやっぱり凄い。」に尽きる。
小企画展ながらも、その質の高さは目を見張るものがあり、特に水彩は油彩ほど展示に対して強くないため、なかなか同館でも目にする機会がない。これ程の作品を所蔵していたのか!という驚きと松方コレクションなら「さもありなん」と感心した。

入ってすぐにドミニク・アングル≪ジェニー・ドラヴァレット(?)の肖像≫1817年(素描)がある。小品ながらもアングルの人物画特徴をよく示す作品。まずはこの作品をカメラにおさめる。話はそれるが、西洋美術館の常設は基本的にフラッシュさえたかなければ、個人で撮影可能。カメラのご用意をお忘れなく。

ドラクロワ、ターナー、モネと続きセザンヌへ。セザンヌは水彩が3点出展されている。特に、≪舟にて≫1900-1906年はセザンヌの≪浴女≫などを思わせるような色使い。
次にゴーガンだが、これは一風変わっている。扇絵になっていた。ジャポニスムの影響?西洋絵画で扇絵はあまり見かけないし、ましてゴーガンの水彩扇絵など初めてみた。≪マルティニック島の情景≫≪マルティニック島の牧草地≫
1887年(水彩)いずれも、島での風景を描いているが、油彩同様、ゴーガンの線や特徴的な色使いがよく出ている。

ドガを間にはさみ、いよいよお目当てのギュスターヴ・モロー2点が登場。
2点のうち、≪聖なる象≫1882年(水彩・チラシ表面))の美しさといったらもう、言葉にならない。この作品が本展チラシ表面に採用されている。実際に近くで作品を観ると池には蓮の花が、どこかしら西洋風の仏画を思わせる線描の細かさ。本展を観た後、東博で等伯展を観たが、仏画コーナーで見た≪善女龍王像≫と線描の細かさについては重なる所があり、この作品を思い出した。
しかし、あちらは背景には何も描き込んでいないが、こちらは夕暮れの風景で、遠方に山並みが遠く見える。象に乗っているのは聖女だろうか、天井からは天女(エンジェル?)が4人聖女を取り巻きながら飛んでいる。全体に睡蓮や象をモチーフに使用しているため、どこかエキゾチックな雰囲気が漂う。文句なく、今回38点のうちベスト1だった。

モロー作品の残る1点≪聖チチェリア≫1885-90年(水彩)は≪聖なる象≫ほどの描き込みの細かさは見られなかったが、背景の樹木、コバルトブルー色の山を前に立つ聖女が印象深い。

他にセガンティーニ≪花野に眠る少女≫1884-1885年(水彩)もなかなか他所ではお目にかかれない。こちらもモロー同様に松方コレクションであったものだが、現在は同館寄託作品となっている。草原に大の字になって眠る少女。大地の緑にいくばくかの野花が咲き、仰ぎ見るのはやや薄い青空。こちらにその気持ち良さ、空気まで伝わって来る。あんな風に昼寝できたらと思わずにはいれれない。

セガンティーニの後、これは!と思ったのはポール・シニャックの水彩3点≪グロワ≫≪漁船≫≪オンフルール≫20世紀初頭でこれも松方コレクションである。3点のいずれも、シニャックの特徴をよく示す海辺の風景や船を描いた作品。船を描いた作品を松方は好んだのだろうということが、これらシニャック作品からも伺われる。
拙い写真ですが、以下作品画像です。
なお、西洋美術館所蔵品検索より、展示作品画像は参照可能です。⇒ こちら

シニャック2
シニャック1
シニャック3

アングルとゴーガンの扇絵以外、本記事中で私が印象に残った作品として挙げているのは全て松方コレクションである。展示作品38点のうち、23点が松方コレクション(旧松方コレクション1点含む)であることも私自身興味深かった。
藤田嗣治の2点≪自画像≫≪裸婦≫1926年が松方コレクションになっているのは、松方と同時代を生きた日本人画家の作品をコレクションしていても決して不思議ではないのだが、何か意外な感じがした。当時のパリで人気作家だったから?はたまた作品自体に惚れた?同じ日本人としてコレクションしようという意識が働いた?どんな気持ちでコレクションに加えたのかが気になった。

*5月30日(日)まで新館2階版画素描展示室にて開催中。
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