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「東北画は可能か? 其の一」 アートスペース羅針盤

touhokuga

アートスペース羅針盤で本日(4/10)まで開催していた「東北画は可能か? 其の一」とトークイベント「東北画とは何か?/rootsとは何か?」に参加して来ました。
展覧会HP ⇒ http://www.tuad.ac.jp/newsevents/headline/newpage_20100324_181742/

雑駁にトークや作品などの感想を以下の通り残しておきます。本展は終了していますが、第二弾も必ずや開催されるはず。ご関心おありの方はぜひ次回開催までお待ちいただければと思います。

「東北画は可能か? 其の一」は、山形県にある東北芸術工科大学美術科准教授の三瀬夏之介氏と同大専任講師の鴻崎正武氏お二人によって本展の構想が実現した。

三瀬氏「去年の夏に思いつき、半年ちょっとで開催を迎えたので準備不足だったことは否めない。卒業制作と重なって作品制作ができなかった学生もいる。これは「プロジェクト」ではなく「旅」のイメージ。東京をスタート地点として日本いや地続きであれば荷車押して大陸にまで、作品と共に旅に出てみたい。「展示」(展示という言葉自体が自分の考えからすると適切ではないが)、基地作り、巣作りのようでビバークするイメージ。」

確かに、「基地作り」という表現がぴたりと合う状況だった。
後から分かったのだが、入口手前のコーナーにある作品は「roots」展の作品で、屏風?間じきりで仕切られた奥のスペースが「東北画は可能か?」展の作品。二つのテーマで作品が並んでいるとは一見して分からないカオス的な空間であった。何しろ、東北工科大学卒業修了制作展では、きちんと折り畳まれていた柴野緑の作品は、床にこぼれ落ちていた(飾られていた?)し、ありとあらゆる空間に作品がある。作品の裏側を除けば、作品の裏に作品があるという、どっちが裏か表か、もはやそんなことは問題ではないのだろう、あらゆるところに作品があった。
気になったのは、作品と作品の間隙を埋めるかのように置かれていた黒い鳥の木彫。あれはどなたの作品なのだろう?
あの黒い鳥たちが、土井沙織さんの絵画から抜け出て来たように見えた。

「roots」展の方は、学生さんからの企画提案だったそうだが、個人的にはテーマはひとつに絞った方が良かったように思う。「roots」展の作品であったとしても「東北画は可能か?」という投げかけに沿わないものではなく、これもまたひとつの東北画の形ではないのだろうか。

再び、三瀬氏のトークに戻る。

「東北画は可能か?」にあたり、学生さんに与えられたテーマは「東北に寄り添え。そこで見えて来たもの、描いてみたいものを12号サイズの作品にしてみる」ことだった。東北出身の学生さんもいれば、逆に初めて東北に居を移すことになった学生さんもいる。元々東北に住んでいる人にとってみれば「今更、東北って?」とあまりにも卑近な存在故、逆に難題だったかもしれないし、素直に見つめられた学生もいる。

三瀬氏「バイアスをかけられることで、自分はこれだ!という主張を見出して欲しかった。自分自身も京都での画学生時代はそうだった。放置されることほど怖いことはない。」
鴻崎氏「んんん???と思うような分からないモノの方が、自分にとってはぐ~っと来るのではないか。」
三瀬氏「東北画というテーマ性が浮かび上がってくる場合と自然に東北画浮かんでいる場合がある。作品に東北があるかないかの判断をするなら、鑑賞者にも東北というイメージがあるはず。」


ここで、会場にいらしていた東北芸術工科大学東北文化研究センター所長 赤坂憲雄(民俗学研究者)氏の発言があった。(メモに誤りがあるかもしれないので、記載内容とご発言が相違していたら遠慮なくご指摘ください。)

「18年前に芸工大に赴任した時東北学は可能かということを呟いたり、書いたりしていた。その当時東北の綴られ方は2つあった。ひとつは、東北が辺境ゆえにあるロマンティックな目線で眺める~辺境ロマン主義。もうひとつは、負のイメージの堆積~辺境からのルサンチマン。両者は東北の表と裏であったが、第3の切り口がある筈だと思っていた。気が付けば時代から遅れていて、みちのくという言葉を拒絶した。差別の感覚もみちのくの意識もない。東北から「みちのく」を解放した方が良い。「みちのく」は東北に限らず、奈良や京都、沖縄にもあるのではないか。」

三瀬氏「フォーマットを人に与えるとノイズが出る。モチベーションをどこから引き出すか。制作を続けて行くのは夢でなく現実である。制作、発表、批評、生活ができる、この流れができると人(作家)はそこに住むことができる。マーケットもにらんでいく必要がある。工科大の学生は純粋過ぎる。プロデュースする人間がいないと危険。」

赤坂氏「社会の中で自身のプロデュースができず挫折していく学生がこれまで大勢いたが、ミヤモトさんという学芸員氏が登場してから変わって来た。」


かなり端折ってしまったけれど、私が注目した発言は上記の通り。
ではトーク、そして基地とした展示や作品を見て何を考えたかであるが、三瀬氏、鴻崎氏による活動(旅)は始まったばかり。それでも大いなる一歩だと思う。「東北画」なるものの実態や定義より、東北から発信される絵画の新たな潮流を日本各地に流し込んで欲しいと心から思っている。芸術の中心は東京や京都などだけではないのだ。
そして、制作を続けて行くためのモティベーション、生活できるためには作品を売るマーケットが必要、そのためにはプロデュースが不可欠。三瀬氏と鴻崎氏はプロデューサーであり、ディレクターとしての一歩を踏み出したのではないか。これが、新たなマーケット開拓につながるかどうかは未知数だけれど、形を変えて準備期間を整えていけば必ず面白い旅ができるのではないかと思っている。

芸工大の卒業修了制作展で見た一連の作品群を私は来年も再来年も、そして卒展という形式でなく見たいと思ったからこそ、今回の企画にも参加した。東北画の可能性を一人でも多くの人に感じて欲しいと願っている。

展示作品について、もっとも印象に残っているのは金子拓氏の3点。「Roots」サイドにあった「明るい夜」、「東北画」サイドにあった屏風風になっていた緑色ベースの力強い画風は忘れられない。そう、村山槐多の作品にある強さに似ていた。
origumiという5人の女子学生のユニットでワークショップで制作された「山形肘折道中屏風」は師である三瀬氏ゆずりの水墨画。山形の温泉宿にあったボロボロの屏風を再生した作品。
他に、津田文香「atmos」、有田真季「山の色」、古田和子「黄昏に風」、特に津田さんの作品は余白が大きく取られ銀地が素敵だった。
どんどんと市場を求めて旅して欲しいし、制作を続けていただくことを願ってやまない。

なお、三瀬氏、鴻崎氏による作品が会場をしっかり引きしめていたことは申し上げるまでもないだろう。

それにしても、三瀬夏之介氏のパワーと奈良ご出身ならではの笑いを取れるトークには卒展時同様に関心した。

長くなりました。まとまらぬまま、最後までお付き合い下さった皆様に感謝いたします。
(参考)過去ログ:東北芸術工科大学卒業・修了展 http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1022.html

*展覧会は終了しています。
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