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「平明・静謐・孤高-長谷川潾二郎展」 平塚市美術館

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平塚市美術館で6月13日まで開催中の「平明・静謐・孤高-長谷川潾二郎展」に行って来ました。

今朝のNHK「日曜美術館」特集でも取り上げられ、朝日新聞本日朝刊の読書欄に森村泰昌氏による書評が掲載されているとか、いずれも未見・未読だがもっともっと世の中にこの画家について紹介していただきたいと思う、そんな展覧会だった。

長谷川潾二郎(はせがわ・りんじろう・1904-1988))は、戦前から戦後にかけて長く制作を続け、独自の写実表現を開拓。画壇には属さず、美術の流行にも超然とした態度をとり、結果日本近代美術史の中で特異な位置を占めることになった。
納得いくまで観察しないと描かない寡作で、孤高ともいえる制作態度、そしてペンネームを地味井平造として幻想小説家としての一面を持っていた。彼の父はジャーナリストとしての先駆け、兄:林不忘はあの『丹下左膳』作者であり
2人の弟も文学者であるという環境を考えると、彼が幻想小説家としての一面を持っていたとしても不思議ではない。

本展は、公立美術館として初めての回顧展として初期から晩年までの作品を網羅し、彼の創作ノートからの言葉をたどりつつ独創的な絵画世界を検証します。

作品は全部で油彩125点、素描3点と作品サイズこそ小さいが、1点1点の濃縮したエキスのようで、全作品観終わった時には集中のあまり心地よい疲労感に満たされる。
彼の作品、特にスタイルが完成するパリ留学から帰国して以後の作品はどれも魅力的で、たとえて言うなら一編の詩歌、あるいは句を視覚表現化しているように感じた。
できることなら、全部持って帰ってしまいたい、そんな欲望にかられる。

展覧会は、基本的に制作年代順かつモチーフ順になっています。

彼が最初に絵を描き始めたのは14,15歳の時。
川端画学校に入学するも、数か月で退学し、以後は独学で油彩技法を獲得する。
ごく初期の頃の作品は、当時流行していた岸田劉生をはじめとする草土社の影響を受けているが、≪ハリストス正教会への道≫1923年などを境にキュビスムの影響下により、画面構成が幾何学的になっていく。

そして、1930年≪窓とかまきり≫、≪猫と毛糸≫(会場冒頭に展示されている)の2枚は彼の画業の中で注目に値すべき作品。前者は、構図に驚いた。
画面一杯に大きく取られた白いの窓、左側に赤いカーテンが寄せられ、桟には小さな緑のカマキリが。窓の向こうには遠く緑の木々の頭と白い雲の浮かぶ風景が描かれる。
白、赤、緑という基本色3つの取り合わせが抜群に上手い。
色数を絞った取り合わせの上手さは、特に後半の作品群など全てにあてはまる。
更に本作の構図はマグリットを思い出させる不思議さ、珍しさがあった。この特異的な構図と色により、観る者をぐっと惹きつける。
後者、≪猫と毛糸≫は後に描く≪猫≫1966年につながる作品で、両者を比較してみると楽しい。

その後1931年に長谷川はパリへ留学。
しかし大好きな蕪村と芭蕉の句集を読み、日本について未知な自分を認識し「巴里の風景はパリ人に任せば良い。日本の自然の研究が自身の仕事である」ことに気付き約1年で帰国。
渡欧中には≪門≫、≪道≫いずれも1931年など筆跡のない平坦なタッチや細部の精緻な描き込みといった画風を確立している。特に樹木表現を観ていたら、アンリ・ルソーをはじめとする素朴派の画家による作風に似ているような気がした。
何の変哲もない風景なのに、どこか惹かれる。閉ざされた門、頑丈な壁の向こうには何があるのか。そんな風に想像力を掻きたてられる。

帰国後、彼は身の回りの風景、かつて目にして印象に残っていた風景を描き始める。
ここでは、≪時計のある門≫1935年が忘れがたい。
麻布のロシア領事館の近くを写生したもの。門は開いていて、赤いれんが壁の前には子供がボールで遊んでいる。画面の上部半分は白っぽい空で覆われ、余白が大きく取られ、その一方で、下半分は建物、門、塀など対象物で埋まっている。画面2分割の手法は、後年描く静物画で顕著に見られる。視線は、一旦大きな余白に向かって、すぐに下半分のディテールに移る。
「一番美しい色は土の色」は彼の言葉だが、本作品の土の色の表現にも注目したい。非常にリアル。

ごくごく小品の≪南禅寺風景≫1936年、≪正倉院附近≫1937年などスケッチ旅行したのか、彼の知らなかった、そして知ろうとした風景を絵に留めている。

≪芭蕉の庭≫1947年、≪食後の庭≫1947年はちょっと特異な画面で面白い。
これは、想像上の風景なのだろうか。
前者は、大きな芭蕉の木を左に配し、右側には青々とした草の上に赤い毛氈をひいて2人のおかっぱの女性が向かい合わせに座っている。茶事でも始めるのか。
近景、遠景の描き分けにより、奥行き感を出すとともに、非現実的とさえ感じる大きな芭蕉の木の存在が想像上の景色なのかと感じさせる所以だろう。
この芭蕉の木と風景は、松尾芭蕉へのオマージュなのか?彼の句から沸き起こったイメージの結実なのか。不思議な作品。

1952年頃から、静物画に取り組み始める。
ここから、延々と続く静物画の数々は圧巻で、似たような構図、モチーフで何枚もの作品をある意味執拗に描く。
そこには納得できるまで、何度でも描く彼の画家としての姿勢が透徹されている。
会場内に貼られた制作ノートの一部を読んでいると、1枚の絵を完成させるのに、色が気に入らないと言って消し、また修正し、また消してと何度も何度も試行錯誤を繰り返す。

透明感のある背景と対象となるモノ。
前述したように、画面はに分割されていることが多い。
上半分は余白、下半分にテーブルや花であれば花瓶、お皿に物(たばこ、パイプ、マッチ、果物、剣玉)が静かに佇む。長谷川が描くモノたちは、時に生きているような輝きを見せている。そして、何枚もの同じモチーフを繰り返し見ることによって、私たちはゆっくりとした時間の流れを無意識のうちに感じる。

彼の静物画には色の取り合わせの妙はより顕著になり、作品の魅力を引き立てていた。
≪玩具と絵本≫ごくごく薄い背景色にそれより僅かに濃いグレーを使用して白のテーブルクロスの存在感を表現、上には真っ赤な球の剣玉や赤白青黄の紙風船、絵本、鉛筆、白いボールがひっそりと静かにその存在を主張してはいるように感じる。

洲之内徹は彼を非常に評価していたがその作品に「目前にある現実がこの世のものとは思われない」と評したのに対し、長谷川は「実物によって生まれる内部の感動を描くのが目的。
静物がただモノがそこにある事実。」だと。
静物がたたえる内在の美を見事に表現している長谷川の静物画を観ていると、いつしか心持が穏やかになってくる。
後年になるに従い、彼の静物画は色彩も形も純度を増していくことが分かる。

静物と同じく彼が多く手掛けた「花」のシリーズも忘れてはならない。
1935年≪アネモネ≫、1938年≪バラ≫。
後者の≪バラ≫がコレクターでもあった洲之内徹の目にとまった。
この絵肌の透明感、花の立体感は、言葉では表現できない。静物画にも言えるが、彼の油彩の透明感、光と影を印刷物にした時、再現不可能なのではないかと思った。
しかし、本展図録(一般に書籍として販売しているので書店で購入可能、3000円)の印刷は素晴らしい。
不可能をほぼ可能にしていると言っても過言ではない。
透明なコップにさしたバラの複数の茎の緑とコップとバラの確かな存在感。
静かな美。

最後に、冒頭にあった≪猫と毛糸≫1930年の作品の戻りたい。
会場途中に≪猫≫1966年(チラシ表紙作品)がある。この猫、よくよく見るとヒゲが向かって右側に三本だけ。
そして、冒頭の≪猫と毛糸≫に描かれる猫に至ってはひげがない。
例によってに分割された背景に芋虫のようにまるくなった三毛猫が眠っている。ひげがないのは、あまりにも遅筆であるためなかなか手を入れられなかったらしい。
結局、片側にだけ髭を入れてこの作品は終わった。それがこの猫にはぴったり合うと判断したからだった。

どれもこれも手元に置いておきたい、傍にいて欲しいと思う作品ばかり。そして、彼の文章にも惹かれた。

最後に会場を何往復かして、もし自分が1枚買うことができるとしたらどれを選ぶか考えてみた。
≪木の実≫1965年、≪木と鳥≫1979年、≪玩具と絵本≫1979年、≪時計のある門≫1935年の4点だろうか。

「私の作品は小さい画が多いから、会場の部屋は適当に小さい部屋が良い。画が集まっている個展の部屋は、私の感覚によって呼吸する空間」。
今回の展示室は大き過ぎるだろうと、長谷川がどこかで小さな笑みを浮かべているかもしれない。

素晴らしい展覧会だった。

*6月13日(日)まで開催中。なお、TV放送後客足が極端に増えてきたので、残りの会期は混雑が予想されます。
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オルセー美術館展2010「ポスト印象派」 国立新美術館

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国立新美術館で8月16日まで開催中のオルセー美術館展2010「ポスト印象派」に行って来ました。
展覧会公式HPはこちら

この展覧会はどう考えても混雑必至と予想し、会期始まってすぐの金曜夜間開館をねらって、18時前には入館しましたが、18時以後徐々に客足が増えてきたように思います。
今年は印象派イヤーということで、あちこちの雑誌で印象派特集が組まれています。

さて、本展のパンフレットの謳い文句「モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ルソー、傑作絵画115点、空前絶後」ってかなり過激なキャッチコピー。中面にはサルコジ大統領が「これらの絵画がまとめてフランスを離れることは二度とない」と駄目押しの一撃。

無論これには訳があり、オルセー美術館が改修工事に入ったためで、本展はオーストラリアから始まり、東京、サンフランシスコの世界3都市へ巡回します。

ところで、「ポスト印象派」って何でしょう?
これもパンフレット見開きに記載されていますが、敢えてまとめてみると次の通りです。
1880年代半ばから1900年頃にかけてフランスで活躍したセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラといった画家たちを「ポスト印象派」と総称。この呼称は、イギリスの批評家ロジャー・フライが1910年に組織した「マネとポスト印象派」展に由来する。日本では長い間「後期印象派」と訳されてきたが、印象派の後半期を示すという誤解を避けるため最近では「ポスト印象派」が定着しつつある。

本展では、印象派作家の作品を第1章で紹介し、19世紀終わりから20世紀初めにかけての様々な作品展開を作家別、系統別にオルセー美術館所蔵作品によって展観しようとするものです。

なお、会場内には解説パネルがほとんどありません。
通常見かける章ごとの解説パネルがない!章のタイトルだけはパネルでなく仮設壁に記載されていました。
各章の説明は、作品リストに掲載されているので、そちらを参照するしかありません。
そして、作品の解説も大半の作品にはなく、音声ガイドだけの解説というのが結構ありました。

仮想オルセー美術館を国立新美術館に構築するという試みなのか、はたまた混雑対策(解説があるとそれを読むのに必死でなかなか進まず、混雑の要因となる)のためか、これはかなり大胆な試みだと思います。
よって、解説がないと・・・という方は音声ガイドを借りられることをオススメします。

展覧会は第1章~第10章で構成されています。
私は2往復しましたが、最後にこの115点から好きな作品ベスト10を選ぶことにしました。しかし、さすがに名画揃いで、どうにも10点には絞り込めず15点を選択。以下でベスト15(作品番号順に番号付け)を振り返りつつ展覧会を振り返ります。

第1章 1886年-最後の印象派
ドガ、モネ、シスレー、ピサロらに並んでジョン・シンガー・サージェントの作品≪ラ・カルメンシータ≫1890年頃が異質だった。これも印象派だったの?中央の女性が強い目線で我々を睥睨している。
ドガ≪階段を上がる踊り子≫は一瞬を切り取った写真のような作品。
モネは5点が出展されているが、中でも人気は≪日傘の女性≫1886年。これは以前来日していたと記憶している(未確認)。他にピサロ≪ルーアンのボワルデュー橋、夕日、靄のかかった天気≫は美しいと思った。

第2章 スーラと新印象主義
スーラはロンドンで大作2点を観てから大好きになった。今回は≪ポーズする女≫シリーズの小品3点に注目したが、ベストに入るには小粒すぎ。
よって、ここでは(1)シニャック≪井戸端の女たち≫1892年をノミネート。シニャックの点描作品は他にもあったし、点の大きさがスーラと違って作品によりばらつきがある。上記作品はスーラ作品に近く粒が細かいために、光のニュアンス表現が美しい。
他に、ピサロ≪白い霜、焚き火をする若い農夫≫、ジョルジュ・レメン≪ハイスとの浜辺≫、シニャック≪レ・ザンドリー≫も良かった。

第3章 セザンヌとセザンヌ主義
「セザンヌ主義」って横浜美術館で2年前だったかに展覧会がありました。このセザンヌコーナーは凄いです。これぞ、なかなか拝見できない名画たち。
(2)≪台所のテーブル≫ 1888-90年
(3)≪水浴の男たち≫1890年頃
(4)≪ギュスターヴ・ジェフロワ≫1895-96年
以上はセザンヌ作品。
(5)モーリス・ドニ≪セザンヌ礼讃≫1900年

他にセザンヌのサン・ヴィクトワール山もあり。日経朝刊情報では、「わたしが見たい一点」調査でベスト10入りしていた作品。

第4章 トゥールーズ=ロートレック
≪赤毛の女≫(これは好き)など3点のみ展示。最近観た作品ばかりだったような。

第5章 ゴッホとゴーギャン
(6)ゴッホ「星降る夜」1888年
ゴーギャンは制作年代、モチーフ等網羅されていた。≪「黄色いキリストのある自画像」≫≪タヒチの女たち≫など著名な作品もあるが、有名であっても個人的に好きな作品ではないので除外。
ゴッホは、≪アルルのゴッホの寝室≫1889年、≪銅の花器のフリティラリア≫1887年、特に後者は好きだけれど惜しくもランク外。

第6章 ポン=タヴェン派
ベルナール、ポール・セリュジェらの作品。セリュジェは次のナビ派にも作品が出展されている。セリュジェは彼の作品によりナビ派結成へ動く。
(7)ジョルジュ・ラコンプ≪紫の波≫1895年-96年
岩の洞窟らしき所に大きな波が襲いかかる。中央にある茶色の塊が観音に見えたが、実際は何なのだろう。構図が特異で他の作品と明らかに一線を画していた。

第7章 ナビ派
本章以後ナビ派作品が増える。
(8)セリュジェ≪護符(タリスマン)、愛の森を流れるアヴェン川≫1888年
(9)ドニ≪ミューズたち≫1893年
(10)ドニ≪木々の中の行列≫1893年
(11)ボナール≪格子柄のブラウス≫1892年
(12)ヴァロットン≪ボール≫1899年

ボナールは、普段観てきた作品とイメージが重ならず頭の中で迷走。ヴァロットンの≪ボール≫は見れば見るほど不思議な作品。セリュジュの≪護符≫は絵画史上非常に重要な小品。一見すると複数の色彩で覆われた幾何学的抽象絵画のように見える。ドニ作品の形の捉え方、独特の色彩の取り合わせ。今回ドニ作品を数多く見られたことは嬉しい。

第8章 内面への眼差し
ここでは、ナビ派と象徴主義を取り上げる。
(13)ギュスタヴ・モロー≪オルフェウス≫1865年

雑誌で気になっていたボナールの≪ベッドでまどろむ女≫に登場するしどけないポーズの女性は、後に彼の妻となるマルトだった。この作品でシーツやブランケットは生きもののようだ。
モローの≪オルフェウス≫は、彼らしい神秘的で装飾的な画面。美しいの一言。この作品、ショップでiphoneカバーになっていたが、カバーにしてしまうとピンと来ない。
他に、フェルナン・クノップフ≪マリ・モノン≫も小品ではあるが、魅力的だった。

第9章 アンリ・ルソー
(14)ルソー≪戦争≫1894年頃
もう1点、通常パリを離れることはないとされているルソー≪蛇使いの女≫1907年と大作2点。これぞルソーの醍醐味。本展の目玉中の目玉。日本国内でこれほどの大作を見られる幸せ。ノミネートは≪戦争≫をあげたが、≪蛇使いの女≫の怪しい雰囲気の虜にされる方も多いに違いない。

第10章 装飾の勝利
ここでは、主に装飾壁画を取り上げている。
(15)ヴュイヤール≪公園 子守、会話、赤い日傘≫1894年

他2点の公園シリーズと一連の壁画。ビュイヤールはヤマザキマザック美術館でも気になっていた。ありふれた日常をそっと見守っている作家の視線を感じる。
ボナールの自宅食堂を飾ったという装飾パネル2点≪水の戯れ≫≪悦び≫も見逃せない。私はボナールがよく分からなくなってきた。どうも今まで観て来た彼の作品と今回出展されている作品イメージが異なる。この装飾パネルは巨大であるが、色構成として如何なものか。少なくとも、ちょっと私の好みには合わないけれど、非常に珍しくかつ興味深い作品であることは間違いない。


各章ごとに壁面が色で分かれていて、この展示方法は昨年のハプスブルク展でも使用されていたが、本展では天井も黒で覆われていたとか。残念ながら目の前の作品に必死で天井のチェックまで至らず。展示方法は向上しているようです。ただし、あまり馴染のないナビ派や各派の関連性などはもう少し詳しい解説が欲しかったなぁと思いました。逆に不足している情報を補っているのが、雑誌特集となると、美術館の役割って何だろうと。森アーツセンターギャラリーで、こちらも大型展のボストン美術館展が開催されており、こちらはギャラリーで、学芸員のいない単なる展示空間ゆえ、それを求めることはありませんが。美術館とギャラリーの役割は別ではないかと思います。国立新美術館は、所蔵品もなく貸スペース的意義を追っていても、企画展で名画を並べるだけのスペースとしてだけの役割しか担っていないとしたら残念です。

一方、展覧会オリジナルグッズは充実。私は115点中、114点が掲載されたダブルファイルを購入。でも、なぜ1点ボナール≪ル・カネの見晴らし≫だけ載ってないんだろう?
iphoneカバーは、モネの≪日傘の女≫とゴッホ≪星降る夜≫が品切れでした。私はユーザーではないので、購入しませんが、こちらも人気の商品でした。

*8月16日まで開催中。会期はまだ始まったばかりですが、早目の鑑賞をお薦めします。
注:5/30、5/31に加筆しています。

特集「矢崎千代二の人物と風景」 横須賀美術館

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間があいてしまいましたが、菅野圭介展の続きです。

企画展の後、地下階の常設展示室に移動。
横須賀美術館には、日本近代洋画の素晴らしいコレクションがあります。

久しぶりのコレクションとの再会を楽しみつつ、お目当ては特集「矢崎千代二の人物と風景」。
作品の一部画像、作品リストなどは美術館HPをご覧ください。
http://www.yokosuka-moa.jp/exhibit/josetu/822.html

矢崎千代二は、明治5年(1872年)に現在の横須賀市に生まれました。明治20年(1887年)4月東京に出て、洋画の手ほどきを受け、その後、黒田清輝と久米桂一郎が創設した天真道場に入門し外光派の画風に触れる。明治30年(1897年)より東京美術学校で黒田に師事し、白馬会の展覧会に精力的に作品を出品。明治36年(1903年)に開催された第5回内国勧業博覧会では3等賞を受賞。その後ヨーロッパ各地を巡り、文展などに出品を重ねるが、大正時代より次第に関心を油彩画からパステル画へと移し、国内外を旅しながら作品を制作。
その一方で、パステル画の指導書や随筆を出版、明治4年(1929年)には日本パステル画会を創設し、パステル画の普及にも努めました。

本特集では、近年明治33年(1900年)制作の油彩画≪秋の園≫が新しく発見されたことを機に、矢崎の画業に光をあて、油彩、パステルの作品を紹介するものです。 

まずは油彩作品。

・≪秋の園≫1900年 個人蔵
新出作品。黒田率いる外光派の画風を象徴している。バラ園を背景に花模様の着物姿の女性が半ば後ろを振り返っている人物像。
柔らかいやさしい雰囲気が画面に漂っていて、女性のかんざしの赤、着物の帯の赤、襦袢や半襟の赤が効果的。

・≪少女像≫ 大正初期
≪秋の園≫に比較するとやや堅い雰囲気。写真で撮影した肖像のような岡田三郎助の作品を思い出した。どこか似ている。

油彩作品は、6月8日から東京芸術大学所蔵の≪鸚鵡≫1900年が出展されるが、訪問時には出展されておらず拝見できなかったのが残念。パンフレット掲載図版を見る限り、≪秋の園≫同様の雰囲気がある。

次にパステル画。

彼の真骨頂はこのパステル画にこそある。本人も自身の才能を活かすのはパステル画法だと認識していたのではないか。それほどまでに見事な作品の数々である。彼がパステルの魅力に気付き、それを広めようとした努力にも敬意を払いたい。
パステル画の展示作品は前期・後期とで総入れ替えで、訪問時には後期作品が展示されていた。
以下、特に印象に残った作品。
・≪夜のコロセオ≫ 1923年か
・≪都会の夕ぐれ≫ 1926年
・≪ヒマラヤ≫ 1921年
・≪ハルピン中央寺院≫ 1938年
・≪香港2≫ 1922年
・≪ジャワスラバヤの灯台≫ 1931年
・≪ブエノスアイレス議事堂前≫ 1931年
・≪カピラ≫ 1921年
・≪ヴェニス≫ 1923年

何といっても色彩表現の巧みさ、美しさに惹かれる。海外の風景スケッチでは吉田博を思い出すが、吉田作品にはない画面の柔らかな感じが私にはとても好ましい。この柔らかさは筆致や形態描写というのではなく、パステル技法によるものではないか。
パステルの色の重ね方、豊富な色数でこれらの風景を描出する技法を矢崎は旅先で次々に作品をつくりだす(彼は速写と言っている)。
矢崎は、「形の速写」「色の速写」という2つの考えを持っており、後者に最適な画材としてパステルに注目した。

目の前の風景の刻々と移り行く変化、空の色、雲、雨、霧など変化の激しい気候や自然を短時間に紙に留め、表現するには短時間で景色を描くことを求めていた。油彩、水彩では表現したい色を混ぜる時間が必要だが、パステルでは色が豊富なためその時感じた色を紙に定着できる。

彼の豊かな色彩表現、細部までを丁寧に描き込んだ作品は、ぱっと目に入った時パステル画には見えない。最後の1枚まで見ていく中で、こんな細かく美しくパステルで描けるのかという驚きと感動に包まれていた。

所蔵品展特集展示「矢崎千代二の人物と風景」は図録もミュージアムショップで販売されている。

なお、常設展示室5の朝井閑右衛門室では「人魚、キューピッド、七福神-朝井閑右衛門空想の世界」と題し、関連する所蔵作品約20点を一堂に展示。こちらもオススメです。朝井の回顧展開催を同館に期待したい。

*6月27日まで開催中。

岩井優 / 坂野充学「Spontaneous order」 Takuro Someya Contemporary Art

新富町のTakuro Someya Contemporary Artで6月5日まで開催中の「Masaru Iwai/Mitsunori Sakano Spontaneous Order」に行って来ました。

岩井優さん、坂野充学さんは、今回初めて拝見する作家さんです。お二人のプロフィールはそれぞれ作家さんのWebが充実しています。そちらをご参照ください。
・岩井優 ⇒ http://masaruiwai.com/cv/
・坂野充学 ⇒ http://www.mitsunorisakano.com/about/index.html

さて、ギャラリー入口を道路がら覗くと、水道からお水が流れっぱなしになっています。
「あらあら、大変!お水出しっぱなしですよ。」と中に声をかけて下さる通行人の方もいらっしゃるとか。
でも、これ作品なのです。
次に続く空間への序章、第1歩。

蛇口を後にすると、正面に何やら不穏な動きをしている映像作品が見えて来ます。
これが、岩井さんの「Galaxy wash-2008」。

ギャラリーを訪れた時、たまたまだと思いますが、岩井さんが在廊されていました。そして、なぜか個展が終了したばかりの田口行弘さんも来郎中。中で染谷氏、岩井氏、田口氏の熱いトークが交わされていました。その最中にお邪魔してしまった私です。

で、ご本人からお話を伺うことができたのですが、この作品、「岩井さんが洗うことが好きだった」に端を発します。
たまたま、深夜に観ていたTVの通信販売番組で「何でも洗える洗剤」のプレゼンをやっていた、「何でも洗える」所に、ひっかかりを覚えたそうです。
そのひっかかりから派生し、何でも洗ってみよう、そしてその行為から何が見えるのか、映像化することを思い付く。

水槽の中に入れて洗剤を使用し洗っている物体には、通常洗わないでしょ!と思うものがガンガン入っている。
ちなみに、使用している洗剤はヤシノミ洗剤で、上記通信販売購入のものではない。いろいろな洗剤を試した結果、もっとも水が白濁しなかったのが、ヤシノミだったという結果ゆえだそう。

で、通常考えられないもの-書籍、鳥のホール、赤白の錦鯉、豆腐!、豚ブロック肉塊などなど。
あまりのおぞましさに、それ以上中に進めなかったお客様もおられるとか。
いや、そこまでではないと私的には思いましたが、そこは個人差があるのでしょう。

全てのものがなくなった水槽に散らばる残滓は、キラキラと輝いているようにも見え、それゆえ「Galaxy」なのだった。銀河のキラメキ感を醸し出している秘密はスクリーンのハイテク素材にあり。
どんなに古いプロジェクターの画像もたちどころに、高画質に変化するというミラクルパワーで、岩井さん曰く、「もう他のスクリーンに戻れない・・・」そうです。
違いは、スクリーンでなく白壁に映せば一目瞭然なんだとか。
なお、ここで洗ったモノの中で食べられるモノは全て岩井さんが召しあがったのでした。再び驚き。洗剤で洗ったお肉は色が薄くなったとお聞きして、別の恐怖が湧きおこりました。
人間の価値観、常識を揺さぶられる作品です。

次に、中央受付前に置かれた椅子に座ると同時に、天井から効果音が聞こえてきます。椅子に何かが仕込んである?
正面と左右に大きなスクリーンが3面を使用しての映像で、こちらは坂野充学さんの「beep deep beep」2010年。
絵的に美しい映像で、左右、正面に流れる映像は皆違いますが、関連づけられており、一場面一場面ではっとするシーンが何度かありました。写真をつなげていった、そんな印象を持ちます。

更に左スクリーン前に床にはトランクに仕込んだ照明作品「night wallkers delight」。
坂野さんは、子どもの頃の体験を膨らませ作品化されることが多い(by染谷氏)のですが、トランク作品は小学校時代の出来事、お友達の女の子の言葉を作品にしています。

最奥には、ホルマリン漬?と思った-実は洗剤液漬-のカラフルな標本作品が。
これがすごい。3つの瓶詰で正面向かって左に青、右にオレンジ、最奥がクリア。
中に浸かっているのは、青が電球、右はビッグマック、最奥は観葉植物。
しかし、浸かって既に10日以上経過していると思われますが、ビッグマック&フライドポテトは原型を留めており、最奥の植木鉢の変化がもっとも激しいようです。
何しろ、浸けた時には緑色だった葉っぱは、脱色し白く液体を浮遊している。こわ~。
で、この怖いクリアがギャラリーオーナーの染谷氏をイメージしたもので、オレンジは坂野さん、青が制作者ご本人の岩井さん。
岩井さんがなぜ電球なのかをお尋ねしたら、「アイディアが浮かぶ時って、まさに電球がパッと点灯するような感じ」だからとお答えが返って来ました。
青とオレンジは、お二人の映像作品とシンクロしていて、映像に合わせて点滅する仕掛けです。
二つとも真っ暗な時間があったり、人物をイメージした作品が点滅する動き=拍動にも見え、いくつか解釈を楽しめる作品。

そして、受付と入口近辺のフォトペインティングにも注目。神保町の古書店で入手した古写真(明治時代とか)を、例えば「上野の西郷隆盛像」写真にいたずら書きのように線を加え、オリジナル作品に仕上げています。歴史上の偉人を線を加え色を追加することで、くすっと笑ってしまうような別キャラになっていて面白い。

特筆すべきは、ギャラリー空間の使い方。中の仕切りを上手く利用し、森を奥に奥に探検していくような印象。
また、面白い作家さんに出会えました。

*6月5日まで開催中。

「マネとモダン・パリ」 三菱一号館美術館

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三菱一号館美術館で7月25日まで開催中の「マネとモダン・パリ」に行って来ました。
展覧会HP ⇒ http://mimt.jp/manet/index.html

4月6日の会期開始から、人気は鰻昇り。GWには、入館待ちの長い行列ができていたとか、既に行かれた方から、入ったまでは良かったけれど館内は大混雑とか、そんな噂を聞いていたらついつい足が遠のいて、なかなか行けずに今日に至りました。
行くなら、GW明けの水曜か木曜の夜間開館狙いと思い、漸く本日決行。生憎の雨模様+肌寒い天候が幸いし、今日の夜間はいつもより来館者は少なくゆっくり観賞。気が付けば閉館時間まで目一杯、滞在時間2時間では足りないほど長居してしまいました。

本展は、マネの芸術の全貌を、当時のパリが都市として変貌していく様子と結びつけながら、代表的作品により展覧しようとするもので、マネの油彩、素描、版画80点余が出品。また、同時代の作家たちの油彩、建築素描、彫刻、写真など約80点もあわせて展示し、マネが生きたパリの芸術的な背景も紹介するもの。

実のところ、私はこれまでマネの作品にそれほど魅力を感じていなかった。一応、1年半前にロンドンへ行った際、コートルードで「フォリー=ベルジェール劇場のバー」やかつて行った卒業旅行のオルセーで「笛吹きの少年」を観ているのだけれど、「なぜ、かくもマネの人気や評価が高いのか」を理解できなかった。「ふぅ~ん」としばらく眺めて歩き去り、ポストカードを買う対象にもなることもなく通り過ぎて来た。だから、こんなに出掛けるのが遅くなってしまったのだ。

しかし、そんな私が本展半ばからすっかりマネ作品に魅了され始めたことに気付き、名残惜しい気持ちで展覧会を後にしたのだ。

展覧会の構成は
?.スペイン趣味とレアリスム:1850-60年代
?.親密さの中のマネ:家族と友人たち
?.マネとパリ生活
の3部構成になっているものの、展示順は会場の広さの問題もあってか作品リストの掲載順になっていない。そのため、ちょっと混乱したが、大きな章立てが更に細分化され、小単位で展示されているので、リストと首っ引きにならなければ、左程気にならないかもしれない。

さて、展示作品の詳細は既にブロガーの皆様がお書きになっておられるので、ここでは全体を通しての感想にとどめたい。
「何故、本展により私がマネを好きになったか。」

同館館長であり、本展監修者の高橋明也氏はインタビュー(以下)の中で、「今回の「マネとモダン・パリ」展は、世界的に見ても1983年の没後100年を記念して、パリとニューヨークで開催された回顧展以来のハイレベルなものだとのお褒めの言葉をいただきました。」と語っておられる。
(参考)MMFのWeb http://www.museesdefrance.org/special02.html

国内では、1996年と2001年に「マネ展」が開催されているだけで、ここまで大規模な展示は国内初。確かに超のつく名品「オランピア」「笛吹きの少年」他は出展されていないが、むしろこれまで目にしない様々な分野のマネ芸術を網羅し、その魅力を伝えていた。これだけ借りて来られただけで十分評価でき、国内では稀有な機会だ。

例えば、静物画、花の作品、そして猫をモチーフにした版画やポスター、肖像画、ベルト・モリゾなどテーマ別に取り上げ、展覧会が進むに連れて、いつしかマネの一方向的でない作品の虜になってしまうのだった。

高橋氏が展覧会冒頭に、「モネやルノワールらであれば、一定方向に作品が定まっており、作品単位での大きなブレはないが、マネは作品それぞれによって作風が異なり、作品によって全く別の一面を見せる。」というような内容を寄せておられた。
色彩だけを取ってみても、「黒」を印象づけるモリゾの肖像画があると思えば、一転して明るい色調だけで描いた妻の肖像があったり。マネの七変化。
これこそ、マネの魅力の一つではないか!彼の姿勢は常に新しい絵画の方向性、可能性を探ることにあったのだろうい。だからこそ、毎回がチャレンジングな作品となり、後世の私たちに一定の顔を持たない画家として記憶されるのではないか。

油彩の中で印象に残った作品は次の通り。マイベストは、「横たわるベルト・モリゾの肖像」1873年。
・「エミール・ゾラ」1868年 オルセー美術館
・「温室のマネ夫人」1879年 オスロ、国立美術館
・「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」 オルセー美術館
・「扇を持つ女」 1862年 ブダペスト美術館
・「花瓶に挿したシャクヤク」1864年 ニューヨーク、個人蔵
・「4個のリンゴ」1882年 クーンズ・コレクション
・「秋」(メリー・ローランの肖像」)1881年 ナンシー美術館
・「街の歌い手」1862年頃 ボストン美術館
・「黒い肩掛けの女」1878年 シカゴ美術研究所 
・「死せる闘牛士」 1865-66年 ワシントン、ナショナル・ギャラりー などなど

油彩もさることながら、マネの版画、素描も多く展示されており、そのほとんどがフランス国立図書館所蔵作品であった。中でも版画作品は、これ以上マネ作品を観る機会は今後ないのでは?と思う程、充実。先日町田市立国際版画美術館のギャラリートークで、担当学芸員の方が「三菱のマネとモダンパリ展に出展されている版画のレベルは非常に高い。オススメです。」と他館の企画展なのに、評価されていたことを思い出した。現在開催中の町田の版画展でもマネの版画は数枚展示されている(『大鴉』のシリーズ)。

版画で印象に残った作品は次の通り。所蔵先に記載がないものは、フランス国立図書館所蔵。

・「異国風の花」 1868-69年
・「帽子とギター」1862年
・「気球」 1862年
・「少年と犬」 1862年
・「プルチネッラ」1874年
・「猫と花」1869年
・「小さな騎士たち」 1862年

異色なのは「猫のランデブヴー」1868年と題するポスター。これと「猫と花」の猫コンビは一推し。マネはこんな作品も制作していたのか!と驚き感心した。

こうして、展覧会監修者の熱意と企画意図が見事に伝わって来たことにより、俄かにマネファンへと豹変したのだった。ただ、今日は空いていたから良かったけれど、激しく混雑していたら、どうなっていたか分からない。版画作品など小サイズの作品など近くに寄れない状態になるのだろう。

そして、本展タイトルに付されたもうひとつのテーマ「モダン・パリ」についての展示も興味深い。
私の強い関心を惹いたのは
・パリ、サン=トーギュスタン聖堂(正立面図) ヴィクトール・バルタール
・ゲイテ座(正立面図・断面図) アルフォンス=アドルフ・キュザン
らの建築図面。飾まで精緻に表現されたシメトリーな図面は、少しの揺らぎも乱れもない美しさ。
もうひとつ、当時のパリを撮影した古写真。中でも、あのアンリ・リヴィエールが撮影した古写真に目が釘付け。
リヴィエールが撮影した事実に驚いたのだった。

う~ん、やはり図録を購入すべきだろうか・・・。
1階のミュージアムショップでは、図録の他に1週間前に入荷したばかりという没後100年マネ展図録(パリ、NYで開催)が限定10冊で販売されていた。こちらは7千円。いずれも、俄かマネファンにとって魅惑的だったが、今回はぐっとこらえたが、未練たらたら。

当時のパリの様子でマネの描こうとした世界を見せ、現代の丸の内に当時のパリを重ね合わせる。面白い視点だった。

しかし、あの床は・・・。ヒールを履いていくと、かなり気を遣って歩かないと音が響いてしかたがない。

*7月25日まで開催中。空いている平日夜間(雨天など狙い目)や閉館間際がゆっくり見られるかもしれません。

複合回路-「田口行弘展」イベント編 ギャラリーαM

ついに、明日(5/26)をもって会期終了となる複合回路-接触領域「田口行弘展」のイベントについて振り返ってみようと思う。

本展は、会期中はもちろんのこと、会期の始まる前からイベントが各種用意されていた。
そして、本展に行かれた方ならお分かりだと思うが、行くたびに会場の様子や流されている映像が増えて行くので、一度として同じ状態に遭遇することがない。更に、常に会場には田口行弘さんご本人がいらっしゃるので、お話を直接伺うこともできる。

通常のギャラリー展示で、同じ展覧会に複数回足を運ぶことはめったにないけれど、本展に限って言えば、4月に1度、5/8「映画鑑賞会」、5/15「Music Live」、5/22「クロージング・パーティ」、5/25の合計5回も行った。

私が参加しなかったイベントは他に5/1「みんなで影絵をつくろう」、開催前の「洞窟探検」の2つ。
今にして思えば、これも参加してみれば良かった。

・5/8「映画鑑賞会」
今回の個展では会場が地下階にあり、やや奥まった所に入口があるため、田口さんは「洞窟」のイメージを持った。そしてそこから、影絵を利用することを思いついたのだけれど、「映画鑑賞会」ではロッテ・ライニガーの世界初の長編アニメーション「アクメッド王子の冒険」を皆で鑑賞。
現在アニメーション修行中の身としてはぜひとも拝見したい作品で、1926年に制作され、当時は伴奏を必要とするサイレント作品だったが、上映されたのは、99年に映像部分が修復されDVD用にオーケストラによる演奏が録音された修正版だと思う。
1926年制作とは思えない技術力の切絵を使用した影絵アニメーション。
作品の中で、田口さんの今回作成中の映像冒頭で出てくる始まりのポーズとよく似た動きが出てきたりで、とても楽しめた。映画鑑賞後、わりとあっけなく解散になったので、田口さんの感想なんかをお話して下さると良かったかなと思う。

5/15 「Music Live」(by 馬喰町バンド)
これは、イベント中もっとも良かった。
まず、すごいアイディアだと思ったのが、会場を和紙で2つに仕切り、奥に馬喰町バンドの皆さんと田口さんが入り、
手前に観客が座ったり立ったりで音楽を鑑賞する。
双方、和紙で仕切られているため、互いの姿を直接確認することはできない。観客は、和紙に写った馬喰町バンドの皆さんのシルエットを眺められるが、向うから観客の様子はまるで見えなかったらしい。
このため、演奏後のトークで「紙の向うに、お客さんいないんじゃないかと不安になった」とバンドの方が語っておられたのが印象的。「いつものライブではお客さんが少しずついなくなっていくのが悲しいけれど、まるで見えないのも不安で微妙だ」とも。
最初は影がなかったので、音楽がどこから聞こえてくるのか分からなかった。紙のスクリーンが壁に見えてしまい、まさかその向うにバンドの方がおられるとは思わなかった。
和紙に写った影作りはもちろん田口さんの考案。どうすれば、あんなに美しいシルエットの数々が作られるのか不思議でならない。単純にライトで写しただけではないことを注記しておきたい。

更に、馬喰町バンドの音楽も洞窟にぴったりで、クロージングパーティではこの時演奏されていた?曲やシルエットが映像として紹介されていた。

5/22 クロージングパーティ(by南風食堂)
参加費無料のパーティなのに、南風食堂さんのお料理、唐揚げたサラダ、ピタサンドウィッチなど申し訳ない気がしてしまった。この日は、キュレーターの高橋瑞木さんや武蔵野美術大学教授の岡部あおみ氏、そして田口さんの母上も来場され賑やかな夕べ。
今回は、紙のカーテンでなく紙のテントが用意され(参加されていた方の中に、パオみたいとの声も)、中には風船が沢山浮いている趣向。
この低い天井のテントの中が妙に落ち着く。
小学校の時の野外実習を思い出した。

会場には、行くたびに受付裏のスペースの壁に2~3日に1回レイアウトの配置図が作成され最後は8枚くらいになっていたか。この手描きの配置図も魅力的で凝視してしまった。
てっきり会場の用意をする前のラフ案なのだとばかり思っていたが、実は展示後の記録なのだそう。
つまり、毎回の会場レイアウトや構成は全て即興的に行われているということだ。

これほど、観る側を楽しませて下さる展示などめったとあるものではない。
明日で終了してしまい、今日は既に片づけモードでしたが、まだご覧になっていない方はぜひ馬喰町のギャラリーαMにお運びください。馬喰町駅西口2番出口より徒歩2分です。

田口さんは、この後ベルリンに帰国され、次のベルリンでの個展に向け準備をされるそうです。次回、日本での個展は来年で、無人島プロダクションと森美術館のMAMプロジェクトが決定しています。今後の活動から目が離せません。

*5月26日(水)まで。

「市井の山居」 細川護熙展 メゾンエルメス8Fフォーラム 

morihiro

メゾンエルメス8Fフォーラムで7月19日まで開催中の「市井の山居」細川護熙展に行って来ました。
詳細は、こちら

「市井の山居」と題された本展覧会では、近年、細川護熙氏が精力的に制作している絵画作品を中心とし、それをランドスケープの一部に見立てたようなしつらえのなかで、茶碗、陶仏など数々の作品を展示しています。

細川氏は現在、神奈川県湯河原町の自邸「不東庵」で陶芸をはじめ、書、水墨、漆芸といった多岐に渡る制作活動を続けています。「不東庵」には建築史家の藤森照信氏が設計した工房と茶室「一夜亭」がありますが、今回フォーラムの空間でも同じく藤森氏設計の茶室「亜美庵杜(あびあんと)」を設置し観客を迎えてくれます。

細川氏と言えば、現在東博で開催中の「細川家の至宝展」で紹介されている通り、肥後熊本藩主だった肥後細川家の第18代当主。後陽成天皇の14世孫にあたり、更にはご存知の通り、第79代内閣総理大臣にも指名された。
詳細はWikipediaをご参照ください。⇒ こちら

そんなサラブレットの当代ご当主は、細川家の至宝に幼少の頃より囲まれ、まさに美の英才教育を環境的に施されていた方である。
政界から引退後、数奇者の道を突き進み、特に陶芸では玄人はだしの腕前と噂に名高い。
東京目白の永青文庫では、別館喫茶室では、同氏が作陶されたお茶碗でお茶をいただけるとか。永青文庫には何度か行っているのに、喫茶室を利用したことがないので、次回まったりしてみたい。。。

さて、そんなご当主の数奇者ぶりと藤森氏による茶室インスタレーションの2つを1度に楽しめる好企画。
まず茶室。
桧皮葺?と思われる屋根の開放的なお茶室で目の前にしっかり苔生したお庭も作られているのが圧巻。エルメスビルの室内にあるとは思えない空間づくり。心憎いのは、苔の中に3つ葉のクローバーなど雑草も紛れ込んでいること。
毎日ちゃんと水やりをしているのかな、きっとそうだろう。
水をかけた後の苔の美しさと朝陽の入ったあの空間を想像すると「さぞかし!」と思わずにはいられない。

そのお庭に効果的に配置されているのが陶仏である。
お茶碗も良いけれど、私が一番感心したのはこの陶仏であった。
最初、作品とは分からず、しかもやきものにも見えず、石仏かと思っていたが、係の方が「あちらも細川氏の陶芸です。」と教えて下さった。
良い表情をしている。作り手の力が上手く抜けた作品だった。

やきものは、評判通りの腕前でいらっしゃるようだ。
何点かこのお茶碗で、お茶をいただきたいと思う作品もあり。

そして、会場には最近始められたという絵画作品がずらりと並び、思ったより点数が多かった。
私は、案内状にも使用されている白隠風の作品(冒頭画像)が一番好き。
模倣でも何でも良いけれど、好きなように楽しんで描いていただきたいと思った。

なお、日本橋の壺中居にて「細川護熙展」(陶芸)が下記日程で開催される。
6月1日(火)~5日(土)
時間:10:00~18:00

*7月19日まで開催中。

「菅野圭介展 色彩は夢を見よ」 横須賀美術館

sugano

横須賀美術館で6月13日まで開催中の「菅野圭介展 色彩は夢を見よ」に行って来ました。

菅野圭介(1909-1963)は、風景や静物を彼特有の色彩とタッチで描いた洋画家です。
菅野は26歳で渡欧、グルノーブル在住のジュール・フランドンに師事し、帰国後の1937年に出品した独立美術協会展で脚光を浴びます。
続く戦争の時代にもその個性をゆがめることなく、1943年には同協会会員に推挙されました。
戦後の1948年に女流画家の三岸節子と「別居結婚」を宣言するも、二人の関係は5年で破局を迎えます。しかし、この頃、菅野は三岸から刺激を受けたのか色彩も線も大胆に躍動的になり、ブラジルでの個展も成功し第2の充実期となりました。
その後、葉山にアトリエを構え、新たな展開を模索していましたが、病のため53歳で失意のうちに亡くなります。
本展は代表的な作品およそ100点により、15年ぶりとなる菅野圭介の芸術を振り返るものです。

横須賀美術館の本展チラシがなかなか入手できず、ただもう「菅野圭介の作品をまとめて観られる貴重な機会」という一心で出かけた。
結局チラシは、その前に行った神奈川県近美葉山にて入手し、チラシ掲載作品「哲学の橋(ハイデルベルク)」の青と白と茶という3色に惹かれた。

作品の展示順がよく分からず、基本的に制作年代順としつつ、モチーフが同じ作品を並べているため、しばしばその順番は崩れ、作品リストの掲載番号順でもない。このあたりは見づらかったけれど、深く考えずただただ菅野圭介の色彩に頭と心を委ねさえすれば、左程気にならないと思う。

冒頭の3点「風景」(街景)、山岳風景(スイス風景)1936年頃、「グルノーブル」1937年は明らかに他の作品と異なっているが、それ以外の約90点の作品はどれも非常に似ている。

理由として、同じモチーフを繰り返し描いていることが挙げられる。
タイトルも同一な作品が多いため、このように文章にしてしまうと作品の差別化は非常に難しい。
例えば「秋」「風景」「海」「黒潮」「花」「静物」などなどいずれも複数枚の同一作品が展示されている。

なので、ここでは個々の作品というより展覧会全体を通じて感じたことを書いてみようと思う。

菅野の作品で使用される色調は2つに大別されるようだ。
一つは赤褐色や赤、黄など暖色系ベースのもの、そしてもう一つは青と白など寒色系ベースのもの。
私の好みは後者の寒色系ベースの作品で、彼の作品画面に、暖色と寒色が共存しているケースはそれほど多くない。

しかし両者が共存する作品は、そのバランスや配置が絶妙で、例えば「花」個人蔵は花の色を赤や赤褐色、黄色で描いているが、それ以外の背景や花瓶などは深い青や紺色でうまく抑制しバランスをとっている。
この微妙な両者のバランスが上手くいっている作品ほど、印象深いのは言うまでもない。

一方、私好みの寒色ベースの作品、主に海を描いた作品群に強く惹きつけられた。横須賀美術館に行かれた方ならお分かりだろうが、この美術館は目の前に大きく海が広がっている。まさに海の正面に向かって立つ美術館である。
眼前の海は、内湾でなく外洋に面しているせいか遠くに大型船の船影が見えるのも特徴。神奈川県近美の葉山も海を横にしているが、あちらの海ではヨットを多く見かけるが、大型船を見ることはまずない。
大海原を前にして、菅野が描いた海の作品を観る幸せ。

色彩の他に特筆すべきことはストロークだろうか。
横一線に引かれた何色もの横縞。その実に単純な画面は、一見私でも出来るのではないかという錯覚さえ起こさせる。
しかし、丹念に重ねられた微妙な色の違いによる色の選択は、菅野がいかに長時間、長期間海を眺め、海を愛し、その再現を絵画の中で試みようとしたのかを感じる。
何枚もの何枚もの海の作品を観て、「菅野は本当に海を愛していたのだろう。」と彼の気持ちが伝わって来る。
色の線だけが並ぶ画面の中で、ふと気になるのは白色の塗り方だった。白を使う時、彼はやや厚めに線を引くというより割合に細かいタッチで塗り重ねている。よって、絵具の塊がところどころにできている。
この絵肌の感じもとても好ましい。外壁や内壁に見られる漆喰などを塗り重ねた時のあの質感。

菅野の作品の中で第2充実期とされる1948年以後の作品では、ヨーロッパの風景を描いた作品が抜群に良い。
冒頭のハイデルベルクの哲学の橋などハイデルベルクを描いた作品はどれも形態の簡略化と美しい色彩が功を奏している。
他に「ブレーメンの森」「ピレネー」なども良かった。

こうした風景画とは別に彼が描く一連の「花」を描いた作品はどこか三岸節子の影を思い出させる。色遣いもさることながら、花のとらえ方が似ているように思った。

菅野は波乱の人生を歩んでいて、詳細は東御市梅野記念館HP(↓)をご参照ください。
http://www.umenokinen.com/modules/contents0/index.php?id=17
彼は晩年、作品がワンパターンと批評されても自身の作風を変えようとはしなかったという。
抽象画のように見える「蔵王雪山」を描いた作品群は精神のうねりを観るようでもあった。

最晩年の1枚「野菜車」1961年(埼玉県立近代美術館蔵)は、既に病を得て自宅にこもりきりとなり彼が望んだ自然美を失ってしまった時の作品。
その絵は、やはり赤褐色と黒で彩られていた。


なお、企画展だけでなく常設展示も非常に充実しています。特に特集「矢崎千代二の人物と風景」(6/27まで)に出展されていたパステル画は必見です。
日本パステル画会を立ち上げた矢崎のパステルによる美しい風景画は忘れられません。こちらも別記事にしようと思います。

*6月13日まで開催中。
本展は下記に巡回します。
・一宮市三岸節子記念美術館 2010年6月19日(土)~7月19日(月・祝)
・ミウラート・ヴィレッジ(松山市) 2010年8月7日(土)~10月17日(日)
・東御市梅野記念絵画館・ふれあい館 2010年10月30日(土)~2011年1月30日(日)

「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」 神奈川県立近代美術館 葉山

hanashi

神奈川県立近代美術館は山で6月27日まで開催中の「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」に行って来ました。
展覧会HPはこちら。*作品画像が一部掲載されています。

ユーリー・ノルシュテイン(1941年~)はロシアを代表するアニメーション作家で、妻であるフランチェスカ・ヤールブソワは彼の作品の多くの美術監督を務めています。
本展では、ノルシュテインが監督をしたアニメーション映画を中心に、ヤールブソワの美しいエスキースや、マルチプレーンを展覧会用に再現したマケットを交え、夫妻の創作の過程、映画完成後の展開の全貌を約900点にのぼるデッサン・スケッチなどの関連資料で紹介するものです。

展覧会は、ノルシュテインが監督をした以下8つのアニメーション映画によって構成されています。

第Ⅰ章 25日-最初の日
第Ⅱ章 ケルジェネツの戦い
第Ⅲ章 キツネとウサギ
第Ⅳ章 アオサギとツル
第Ⅴ章 霧の中のハリネズミ
第Ⅵ章 話の話
第Ⅶ章 外套
第Ⅷ章 冬の日「狂句 木枯らしの身は竹齋に似たる哉」

会場の都合上、展示順序は上記章立ての順序にはなっていませんでした。最初は第Ⅲ章のキツネとウサギから展示されており、第1章、第2章は後半に第Ⅶ章「外套」と一緒に展示されています。

私は格別アニメーションに関心がある訳ではないけれど、ロシアやチェコの作家に分野は何であろうとも関心がある。刈谷市美の「カレル・ゼマン展」も楽しめたので、ノルシュテイン&ヤールブソワの世界はどんなものかと楽しみにしていた。そんなアニメ初心者であるため、二人の名前は本展開催により初めて知った。無論、作品を拝見したこともない。

しかし、会場に入って最初の作品、入口手前にあるマケット(西洋美術の用語で、概ね模型にあたるものを指す。)を覗くとそこにはアニメーションの1シーンと思われる場面が作られている。
本展で展示されているマケットは、紙芝居のような四角い木枠の中に、ガラス板が4枚程度、それぞれ間隔を空けて並んでいる。一番奥のガラス板にはトレーシングペーパーが貼られ、スモークがかかっているように見える。そして他のガラス板にはそれぞれセルロイド製の切絵が複数貼ってある。
このマケットではガラス板の間隔を変えることで奥行き感、立体感を出し、ノルシュテインが発案したマルチプレーンと呼ばれる手法を再現して見せていた。

本展では、こうしたマケットが第3章以後の作品につき3セット前後展示されている。
そして、おびただしい数のデッサン・スケッチは壁から飛び出したクリアアクリルに挟まれ、展示方法が面白いなと思った。とても観やすい展示方法だと思う。
また、こうしたデッサン・スケッチに加え、絵コンテもあり、ノルシュテインの制作過程の一端が窺われる。

絵画として楽しめるのは、映画のコマのエスキース作品群。ここで言うエスキースとは、ノルシュテインの用語で映画製作後に描かれた作品のこと。
これらが実に美しく、水彩、オイルパステルなどで原画の魅力を伝える。
キャラクターデザインは主に妻であるヤールブソワが行っているが、第Ⅴ章「霧の中のハリネズミ」の主人公キャラであるハリネズミのキャラクターは、生み出すのに相当の困難を極めた。しかし、その甲斐あって本当に魅力的で愛らしいハリネズミが登場。本作品は、映画化された後、絵本になっている。

これら制作過程での溢れるような作品群を観た後は、実作アニメーションの上映会へと向かう。
上映会の定員は恐らく40名程度ではないか。
開館の9時半に午前11時からの上映会整理券が配布される。これを入手するために早起きしたのだ。なお、行った日は生憎の雨模様だたせいか午前中の部には空きがあったものの、午後は満員御礼だったため、これから行かれる方はご注意ください。

<午前の部 上映作品>、11時~ 53分間 9時半整理券配布 *作品順序は上映順
「25 日─最初の日」
「キツネとウサギ」
「霧の中のハリネズミ」
「冬の日」(発句)
「外套」(部分)
 
<午後の部 上映作品> 15時~ 61分間 13時より整理券配布 
「アオサギとツル」
「話の話」
「冬の日」(発句)
「外套」(部分)

午前と午後の両方を拝見(午後は「話の話」まで)。ノルシュテインンの『話の話』(1979年)は、1984年に35人の国際的な評論家や企画者によって、「歴史上、世界最高のアニメーション」に選ばれるという代表作。
歴史上世界最高と言われる傑作を観ないで帰る訳にもいかない。さりとて、第1作『25 日─最初の日』は、音楽をあのショスタコーヴィチが担当し、ロシアアヴァンギャルドの影響も色濃い作品でこちらも観たい。そうなると、午前も午後も観るしかないと葉山館に腰を据えることに・・・。

さすがに、解説はあるもののやはり解説読むより映像観た方が早かった。百聞は一見に如かず。

全作品を観て私がもっとも感動したのは、未完成の『外套』である。
これは、ニコライ・ゴーゴリ(またしても、ゴーゴリ!)原作をノルシュテインが映画化し、はや10年以上が経過しているがいまだ完成をみない。
今回はできあがった部分(20分間)の映像を上映している。終始モノトーンで、官吏である主人公アカーキー・アカーキエヴィチが凍えるような寒さがこちらにも伝わり、観ている私も寒気を感じた。何より素晴らしいのはアカーキーの表情描写である。
まるで、生きているかのような細かい表情、表皮の動き、そして彼はよく鼻をつまむ。これは同じくゴーゴリー原作の『鼻』を意識しているのか?切り詰めた生活、ろうそくの乏しい灯、彼の向こうが透けてしまうような外套の薄さ、どれもこれも細部の表現が際立っている。エンディングはキャプションを読んで分かっているから、あれが最後まで続いたら、間違いなく映像を観ながら泣いていたと思う。

映像には出てこなかったが、展示資料のドローイングの中にアカーキーがアルファベットの文字と戯れる場面が何枚もあった。この作品、タイポグラフィーとしても楽しめる。アルファベット(例えばB)の一文字が、擬人化され躍動感があった。どれだけ時間がかかっても、ノルシュテイン&ヤールブソワ夫妻が納得の行く作品を作り上げていただきたい。

次に好みなのは『アオサギとツル』。
こちらは、デッサンやエスキースを拝見している時から気になっていた作品で、ストーリーが分かりやすい。背景の木々の枝ぶりがどこかアールデコを思わせ、華麗な画面。こちらは黒白ではないが、セピア色ベース。男(ツル)女(アオサギ)の心の機微をうまく表現していて面白い。こちらも、絵本となっている(KIN様、教えて下さってありがとう!そういえば、解説に書いてあったかも)。

ノルシュテインの作品に鮮やかな色彩はほとんど出てこない。
彼はこう言っている。「派手な色彩は人に機関銃を打ち込んでいるようで好きではない。」と。

「映像の詩人」とも言われるノルシュテインたる証は、『話の話』『冬の日「狂句 木枯らしの身は竹齋に似たる哉』を観れば一目瞭然。
『話の話』の抒情性は素晴らしい。ほぼ無声映画に近くセリフなし音楽のみの作品を30分弱見せさせる力量は並大抵のものではない。ノルシュテインの好きな映画は、チャップリンの作品だとのことだが、『話の話』ではバッハとモーツァルトの音楽をバックにチャップリンのような哀愁漂う詩的世界が表現されている。

後者冬の日「狂句 木枯らしの身は竹齋に似たる哉』は、松尾芭蕉の連句「冬の日」を基に、世界のアニメーター35名の競作という形で製作され、ノルシュテインはこの連作アニメーションの発句、「狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉」を担当。
日本文化を如何に彼が理解したのか、短い数分の映像から十分に伝わってきた。
特にボロの編み笠を竹齋が自分で被り、芭蕉に破れのない方を渡したあたり、紅葉を足で蹴散らしながら歩く竹齋の姿。映像のひとコマひとコマが今も記憶に残る。

これから行かれる方で、ノルシュテイン&ヤールブソワのアニメーションをまだご覧になっていないのであれば、充分時間を取って、美術館での映画鑑賞された方が本展をより一層楽しめます。個人的には、大人が楽しめる、感動できるアニメーションだと思いました。

*6月27日まで開催中。
作品リストは、展示室内の受付の方に申し出ればいただけます。900点もの資料をリスト化して下さって本当にありがたかったです。

本展は以下に巡回します。
7/18-9/26 高知県立美術館 10/16-11/28 福岡三菱地所アルティアム 12/11-2011.1/23 足利市立美術館

*5/25に加筆・修正。

「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション」その2 東京国立博物館 

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前回の続きです。
本展の作品リストは東京国立博物館のHPに掲載されています。以下。
http://www.tnm.go.jp/jp/exhibition/special/201004eisei_list.html
今回は第Ⅰ部で心に残った作品ですが、本展図録の分厚いことと言ったらもう。展示会場で拝見していて、中国絵画の類が東京展では展示されていないことに気付きました。
山水画はじめ、10点強の中国絵画のコレクションが出ていたのですが、京都展あるいは九州展どちらに出展されるのでしょうか?非常に気になります。
図録に展示会場の記載がないことも気になりました。

第Ⅰ部では、細川家の歴史とそれにまつわる美術を展観します。

第1章 戦国武将から大名へ
第Ⅰ部は歴史資料が中心であるせいか、観客の進みが遅く混雑していた。

・兜
細川家歴代の所用した兜の数々。辻惟雄氏の「かざりの美」を思い出させるような装飾的な兜が揃う。先日、多摩美術大学で辻氏講演「美術とかざり」の講義を拝聴し、
スライドの中で「風が吹いたら兜が風に吹き飛ばされ、それに負けじと首を鍛えるつもりなのか。」と冗談も飛び出すような豪勢な飾りの付いた兜を紹介していただいた。
本展で展示されている兜も凄い。兜のてっぺんから山鳥の尾がそそり立っている。箒かと一瞬思った。そうかと思えば、山羊の角をもっと長くしたような、どう考えても
邪魔になりそうな左右に長く伸びた角のような飾りが付いたものもある。

・「鳥毛陣羽織 九曜紋付」
細川斉樹所用の雨具だったらしい。19世紀のものとはいえ、素晴らしく保存状態が良い。一面が黒い鳥の羽根で覆われており、いかにも暖かそう。こちらもデザインがかっこいい。

・「柏木莵螺鈿鞍」国宝 *5/9で展示終了
・「時雨螺鈿鞍」国宝 *5/11から展示中
2つの国宝認定の鞍はいずれも鎌倉時代のもので、現代では再現不可能な螺鈿細工を施してある。いずれも螺鈿細工を観て正倉院宝物を思い出した。
黒漆の鞍から浮き出る夜光貝の装飾。これぞまさしく「かざりの美」。「時雨螺鈿鞍」の柳のように見える樹木の下にいるのは蛙だろうか?

他に織田信長、明智光秀関係の書状や細川ガラシャの消息、ガラシャの消息は5/11から展示されている細川忠興宛の涙の雫のような流麗な文字が印象深い。

第2章 藩主細川家
・宮本武蔵「鶉図」 重文
剣豪宮本武蔵は絵もよくする人だったのは著名なところ。武蔵の水墨画はあちこちで観ているが本作は初見。宮本武蔵の基準作と言われるほど代表的な作品。

・矢野良勝・衛藤良行筆「領内名勝図巻」*全14巻のうち1巻を展示。期間中巻替。
これが実に天晴れな作品だった。5月22日に展示されていた巻が素晴らしい。那智の滝や幾何学的な岩を執拗に連続させた景観描写が忘れられない。

・杉谷行直筆「富士登山図巻」*期間中巻替。
江戸時代の富士山は活火山だった筈だが、ここでは火口付近の様子まで詳しく写生されている。この登山図巻は宗教的な富士講用のものか、殿様の科学的地理学的興味による発注かどちらなのだろう。

5/11より展示されている一連の博物図譜資料も見逃せない。「毛介綺煥」(もうかいきかん)「游禽図」「昆虫胥化図」など、特にアサヒガニを詳細に描いた「毛介綺煥」は必見。「昆虫胥化図では、実に37もの昆虫類が克明に描かれている。当時大名の間では博物趣味が流行していたとか。西洋のブンダーカマーを思い出す。

第3章 武家の嗜み-能・和歌・茶-
細川家の所有する能衣装の華麗さは特筆もの。個人的には「鬘帯」(*5/11から展示)の愛らしさが好ましかった。
能面、狂言面も展示替えで多数出展されている。

茶道具は、思ったより感心しなかった。
・「筒釜」大西五郎左衛門作 *5/11から展示
珍しい筒型の釜はシャープですっきりした形。当時としては珍しい形で最先端をいっていたんだと思う。

・「利休尻ふくら」
・「黄天目 珠光天目」
・「柿の蔕茶碗」
・「黒楽茶碗 銘 おとごぜ」
・「円文螺鈿茶器」
以上が印象に残った茶道具類。

前回今回と駆け足で細川家の至宝を観て参りましたが、これだけあれば図録も厚くなるというものです。
どうにも中国絵画コレクションが気になるので、京都展は中国絵画があれば行く予定。

なお、細川家の当代細川 護熙 氏と糸井 重里 氏の対談の記事が以下のサイトよりご覧いただけます。
・「ほぼ日刊イトイ新聞」-「細川家の平熱」
http://www.1101.com/hosokawafamily/index.html

*6月6日(日)まで開催中です。
<巡回先>
京都国立博物館:平成23年(2011)10月8日(土)~11月23日(水・祝)
九州国立博物館:平成24年(2012)1月1日(日・祝)~3月4日(日)

「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション」 東京国立博物館 平成館

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東京国立博物館・平成館で6月6日まで開催中の「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション」に行って来ました。

展覧会の概要、見どころなどは公式ホームページが充実していますので、ご参照ください。
http://hosokawaten.com/index.html
個人的に一番楽しみにしていたのは菱田春草「黒き猫」「落葉」をはじめとする近代日本絵画と白隠作品で、展示替えに合わせて2度行っています。
展覧会構成は次の通りですが、私は2度とも朝早い時間帯に行って空いている第Ⅱ部→第Ⅰ部と観ました。

第Ⅰ部 武家の伝統-細川家の歴史と美術-
第1章 戦国武将から大名へ-京・畿内における細川家-
第2章 藩主細川家-豊前小倉と肥後熊本-
第3章 武家の嗜み-能・和歌・茶-
第Ⅱ部 美へのまなざし-護立コレクションを中心に-
第1章 コレクションの原点
第2章 芸術の庇護者
第3章 東洋美術との出会い

以下、第Ⅱ部から心に残った作品を挙げていきます。

第1章 コレクションの原点
細川護立コレクション、あまり盛り沢山なのだけれど中でも著名なのは白隠作品だろう。

今回まとまった点数を拝見できたの喜びは大きい。
冒頭に白隠作品を蒐集するに至った白隠著『夜船閑話』、この本が護立に与えた影響は計り知れない。

・「乞食大燈像」*同じタイトルの作品が2点あり、うち1点は5/11より会期末まで展示。
・「虚堂智愚像」
これらの作品の前に立つと、身がすくむというかわが身の至らなさを思い知らされるというか、「全部お見通しなんだよ。」と言われている気がした。自分の思い込みなんだろうが、全てを知っているような透徹した眼差しだ。

・「十界図」*5/9で展示終了
・「蛤蜊観音像」*5/11より展示
・「蓮池観音像」
白隠の描く観音像はどれも飄々とした感じが好ましい。時にコミカルでもある。
「蓮池観音像」は83歳の最晩年作品とは思えない。蓮池に浮かぶ観音は優雅に佇む。
他に白隠の書-墨跡数点も太く力強い。大悟、観ていて腹から出た言葉だという気がした。

・名刀コレクション&刀の鐔コレクション
これまでの展覧会では、刀はさらっと流してしまうことが殆ど。理由は観ても善し悪しがまるで分からないからなのだけれど、今回はキャプションを読みつつ、刀紋を丹念に眺めてみた。
すると、キャプション通り刀紋の違いが分かり、鋳造する時にあの刀紋の違いをどうやって出すのだろうと不思議だった。
刀紋はまだ良いが、キャプションにあった「沸」(にえ)というのが分からない。帰宅後、意味を調べてみたがそれでも分からず。ちゃんと現物を前に解説していただかないと、これは難しいのだそう(twitterで呟いたらFollowerの方が教えて下さった)。護立が刀に惚れ込んだのは若干17歳の時。見染めた相手は「光忠」(国宝)だったというから恐れ入る。
そんなわけで、鐔の方も半端なくすごい。本展で初めて知ったのだが熊本県は「肥後金工」「肥後象嵌」と言われるほど、伝統技術が息づいている。見どころは「肥後象嵌」の祖と言われる伝林又七作「桜に破扇図鐔」。破れた扇を敢えてデザインに使用するとは大胆不敵。武具に使用する図案として不吉とされなかったのか、当時は安寧の世で、吉祥よりデザイン性重視だったのか、考えると面白い。詳細は展覧会HPの「至宝コラム」ご参照ください。

第2章 芸術の庇護者
ここでは、近代日本画の名品中の名品に出会える。

・菱田春草 「黒き猫」(1910年)、「落葉」(1909年) いずれも重文 *「黒き猫は5/16で展示終了
いずれも春草による畢生の名品である。先に「黒き猫」を拝見したが、この時は猫の毛1本1本まで丁寧に描き、いかにもふわっとした感触を絵肌から伝える驚異の技に注視。猫の瞳の色に吸い寄せられる。
が、私は「落葉」の前に立った時に、戦慄を覚えた。昨年、明治神宮記念館で開催された「菱田春草展」にて下絵は拝見していたが、本画は下絵の比ではなかった。当たり前のことだけれど、あまりにも受ける印象が違った。
今回の「落葉」には「気韻」が流れている。品格を通り越して、ある種精神性の極みのようなものを感じた。
奥行き感のある画面構成は、構図だけではなく微妙な濃淡の付け方にも左右されている。落葉は虫食いや葉脈(金泥で入れられていた)の細部の隅々まで神経が行き渡り、「黒き猫」でも観ていた描写力はますます冴えわたる。
複数の小鳥は、これまた生きているのではないかと思うほど写実的。いくら観ていても観飽きることはないだろう。

・横山大観「山窓無月」(1919年)*5/9で展示終了
・川端龍子「霊泉由来」(1916年)*5/9で展示終了

も良かったけれど、春草と並ぶ、名品と言えば
・小林古径「髪」(1931年)重文、「鶉と七面鳥」(1928年)、「孔雀」(1934年)
特に「髪」は、これぞ古径!と言いたくなるような上品で清廉な作品。半裸の着物姿の女性の長い黒髪を縦縞の着物姿の若い女性が梳る様子を描く。
画面から溢れるものは何だろう。緊張感まではいかないが、やはり清らかな気配が溢れている。
「鶉と七面鳥」は画面を彩る赤い花々が忘れがたい印象を残す。

この他、土田麦遷「明粧」(1930年)、川合玉堂「彩雨」(1940年)も見逃せない。*「彩雨」は5/9で展示終了。
洋画で並んでいた作品は永青文庫で既に拝見した作品がほとんどだったので割愛する。

第3章 東洋美術との出会い
今回、もっとも意外だったのはこの第3章の充実ぶりだった。これほど素晴らしい東洋美術コレクションを持っていたとは!永青文庫でもっと公開していただきたいなと思う。

・「金銀錯狩猟文鏡」国宝
通称「細川ミラー」と言われるこの中国戦国時代の古鏡は紀元前3世紀~4世紀のものとは到底思えぬ状態の良さ。鏡自体は青銅製だが、文様は溝に金銀を嵌め込む象嵌技法が使用されている。紀元前から象嵌技法はあったのか・・・。
にしても、この細かな動物と人物の闘争文、翼を広げた鳳凰文、こうした古代の中国青銅器を装飾する文様はそれだけで研究テーマになるほど奥深い。

・「金彩鳥獣雲文銅盤」 国宝
・「銀人立像」 重文
他、中国の考古美術品はどれもこれも素晴らしく、かつて観たことがない逸品ぞろい。

他に唐三彩も「三彩宝相華文三足盤」、「三彩花弁文盤」など珍しい盤の類に注目したい。

中国のやきものも「白釉黒掻落牡丹文瓶」「桃花紅合子」など、特に最近、徳川美術館の「牡丹」展から気になり始めた白釉黒掻落は、やはり牡丹文で北宋期の名品だった。
が、やきもので楽しめたのはイランの白釉色絵人物文鉢。イランの鉢は全部で4点出展されていたが、白釉の色もさることながら特徴的な絵付けが、やはり西アジアのものであることを明確に伝えている。

仏像は、中国やインド渡来の石像が中心で「菩薩半跏思惟像」はじめ、良い御顔をした坐像、立像が小品だが複数出ていた。

・黄庭堅筆「伏波神祠詩巻」北宋 重文 *5/11より展示
かつて、この書を観たいがために永青文庫に駆け付けた。今回は気前よく一度で全部鑑賞できる。
それにしても特徴的な長いはらい、肥痩が明確な横線、黒々とした墨色。何度観ても惚れ惚れする。今回は全部観ながら臨書の真似をしてやっと離れることができた。黄庭堅の晩年代表作。

これだけの美術品の数々を選び集め、また近代日本美術のパトロンたりえた細川護立の眼力に放心しました。

長くなるので、第1部は次回に続く。

アニッシュ・カプーア展 SCAI THE BATHHOUSE

SCAI THE BATHHOUSEで6月19日(土)で開催中のアニッシュ・カプーア展に行って来ました。
ギャラリーHP ⇒ こちら

早く観たいと思いつつ4月27日から開催されていたのに、漸く行けた。
2005年の同ギャラリーでの個展から3回目の個展となる今回は、新旧織り交ぜ合計5点が展示されている。
作品の画像は、フクヘンさんがブログでアップされていらっしゃいます(以下URL)。
http://fukuhen.lammfromm.jp/?p=5214

入ってすぐに目立つのは、ファイバーグラス製の濃い紫色の球体。
たった、それだけなのに何という存在感なのだろう。

そして、向いの一段高いスペースには真っ白な粉がこんもりと盛られ、その一角が球形に削り取られている。
両者を合わせてみると、紫色の球体が白い粉の山にちょっとだけ触れて、壁際の天井に舞い上がったかのようにも見える。そんな想像をするのも楽しい。

奥のスペースに3点。
中央には、ステンレス製の鏡面のような円形の作品が。
鑑賞者が複数の面に写り込む様子を眺めるのが面白い。ずっと観ていると中に吸い込まれていきそうな気がする。

向かって右には深紅の漆を使った縦長の彫刻が。
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カプーアらしく中央に向かってめりこんでいる。巨大な大砲でも、打ち込まれたかのようだ。液体の中に物体をぽちゃんと落した瞬間をとらえたようにも感じる。
果たしてその実体は、御影石を削って漆をかけたもの。
あの奥には何があるのだろう。いつも、カプーアの作品を観るとそう思う。
「無限の宇宙」。彼の彫刻作品に対する私のイメージをもっとも象徴している作品だった。

深紅の漆作品の向いには、アクリルに気泡を封じ込めた作品。
これも、非常に美しかった。
正面から観て良し、上から見下ろして良し、どこから観てもそれぞれの角度で楽しめる。

カプーアはロンドンオリンピックに向けて、セシル・バルモンドと組んでタワーを建設するそうです。どんなものが出来上がるのか、今からワクワクします。まだまだ、大活躍しそうなアーティストであることは間違いないでしょう。

う~ん、好きなものは好き。
昨年秋にロンドンのロイヤルアカデミーで開催された「カプーア展」は、現在スペインのグッゲンハイム美術館・ビルバオに巡回している。こちらは10月12日まで(以下URL)。
http://www.guggenheim-bilbao.es/microsites/anish_kapoor/?idioma=es

ロンドンでもやっていた真っ赤なワックスを大砲で打ち込むパフォーマンスを、映像でなくその場で観たいものです。

その前に、日本の美術館で展覧会をやっていただけないものでしょうか。

*6月19日まで開催中。

小沢さかえ 「亜熱帯劇場」 MORI YU GALLERY TOKYO

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MORI YU GALLERY TOKYOで5月29日(土)まで開催中の小沢さかえ 「亜熱帯劇場」に行って来ました。
ギャラリーHP ⇒ こちら

MORI YU GALLERYさんには、過去1度しか行ったことがないため、神楽坂駅より道に迷い、更にこちらも迷っているのに道を尋ねられ(皆、神楽坂エリアで迷うのか?)、諦めようかと思い始めた時漸くたどりつけました。
しかし、諦めなくて良かった。

「亜熱帯劇場」楽しめました。
奥から、ギャラリーの方が過去の作品ファイルも持ってきて下さり、2002年頃から現在に至るまでの作品も紙面ではありますが拝見できたのも良かったです。

今回は大きめの作品が4点、中くらいの、小品と大中小と織り交ぜ、全部で15点程の作品が展示されています。

個人的に一番好きだったのは「無傷のエメラルド」。
ジャングルの中で、青年と少年の狭間にいる人物がこちらに背を向け、木の陰から森に向かって顔を覗かせている作品。

小沢さんの一連の作品を観て思ったこと。
(1)独特の色彩構成。
普通だったら、この色を使わないだろうなという所に意外な組み合わせの配色で仕掛ける。これで、ぐらぐらと感性が揺さぶられる。
例えば、「世界が変わるのだとしたら今」では焚き火を描いているのだけれど、炎の色はまるで赤みがない。白っぽい色調のクリーム色、薄い紫など、およそ炎のイメージとは結びつかない色づかいだ。
ギャラリーの方によれば、オーストリア留学中に「色使いが日本的」と言われ、帰国後は「ヨーロッパっぽい」と言われてらっしゃるそうで、いやはや、個人的にはどちらでもない、小沢さん特有の色使いとしか言えない世界だと感じた。
2002年頃の初期作品ではレモン色、黄緑、水色と特に黄色系、黄緑系の色を使った作品が目に付いた。しかし留学して以後は白や黒をはじめ様々な色への挑戦が感じられ、色への偏りがなくなっているように思う。そして、それらの色は境界線なく縦横無尽に塗られ時に画材がキャンバスを流れている。

(2)モチーフに物語性がある。
架空のの世界を描いた作品が多い。ただ、過去の作品集を観ていたら後ろ向きの人物画も何点かあり、私個人としてはそちらの人物画も気になった。

(3)タイトルの面白さ。
「ぷーとしてわー」とか「世界が変わるのだとしたら今」「無傷のエメラルド」「沈黙のファーゼ」などタイトルが非常に面白い。作品を完成してからタイトルを付けるとのことだが、ちょっと詩的な要素も含まれ、タイトルから感じられること、作品を観て感じるこ、それぞれを味わうのもまた小沢作品の楽しみ方であるように思う。

国立国際美術館で開催された「絵画の庭」展で拝見した作品はすっかり記憶から抜けてしまっていたが、「絵画の庭」展の図録を拝見しすぐに思い出した。「絵画の庭」展では黒っぽい色調の作品が多かった。
画面がぐちゃっとした印象で、得体のしれない不気味さを感じたのだけれど、今回の作品でその不気味さを感じることがなかった。

なお、非売品でしたが個展の入口にあったコラージュのような小さな作品もとても良かったです。

*5月29日(土)まで開催中。

「現実から想像へ チェコ舞台衣装デッサン展」 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館

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早稲田大学坪内博士記念演劇博物館で5月23日まで開催されている「チェコ舞台衣装デッサン展」に行って来ました。
当初5月20日(本日)までの会期でしたが、好評につき5月23日まで延長となりました。

先日アップした刈谷市美術館の「カレル・ゼマン展」でチェコの特撮映画に魅せられ、チェコ美術に関心が高まりチェコの舞台衣装デザインってどんなものだろうと行って来たわけです。

本展では、1920~30年代の舞台美術、特に演劇とオペラのための衣装デッサンから、同時代のチェコの多彩な芸術の姿を振り返るというもの。本邦初公開のプラハ国立博物館演劇研究室の舞台美術コレクションから衣装デッサン50点を展示しています。

展示されていた画家は次の通り。
ヨゼフ・ヴェーニク、ヴラスチラフ・ホフマン、アレクサンドル・ヴラジミール・フルスカ、ヨゼフ・チャペック、フランチシェク・トレーストゥル、イワン・ビリービン、ベドジヒ・フォイエルシュタイン 以上7名。

何といっても、一番印象深いのはヨゼフ・チャペックの作品群。
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ヨゼフ・チャペックは、チェコの国民的作家であるカレル・チャペックの実兄で自身も画家、イラストレーター、作家、舞台美術家として幅広く活動した。しかし、ナチズムとヒトラーへの批判のため、ドイツがチェコに侵攻した1939年に逮捕・収監され1945年に強制収容所で亡くなる。

『猿は語る』の舞台衣装2点のデッサン。今見てもまるで古くさくないどころか十分使えるデザイン。色彩、形態、どこをとっても素敵で、他の作家の作品とは一線を画していると感じた。
『遊戯』は『猿は語る』とはまた違って、オレンジと緑の2色をピエロの衣装に配し、『名の多き国』はロシア・アヴァンギャルド?と思わせるモダンデザインで、これまた他の演劇衣装デザインとは趣きを異にする。
これら3つの演劇衣装デッサンを観るだけで、ヨゼフ・チャペックの才能を痛感せずにはいられない。

解説によれば、ヨゼフの作品はポエティシズム、プリミティズムなどチェコ特有の芸術様式の影響を強く受けているとのこと。

イワン・ピリービンの作品(下図右上作品)はまた緻密で精細でデッサンというにはあまりに惜しい作品。
彼はチェコではなくロシアの画家、イラストレーター、舞台美術家で1900年よりバレエ・リュスのディアギレフとベヌアが率いる芸術家グループ≪芸術世界≫に参加。1904年にプラハ国民劇場のオペラ『雪娘』で舞台美術家としてデビューした。
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解説に詳細は記されていないが、やはりチェコを代表する作家とロシアを代表する作家らの交流はあったに違いない。
舞台美術の隆盛はロシア・アヴァンギャルドを語る上でも欠かせない。今年の3月岡崎市美術博物館で観た「ロシアの夢」展の展示作品にもロシアの演劇美術を代表する衣装や衣装デッサンなどが展示されていた。
(参考)過去ログ「ロシアの夢」http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1020.html(記事中には舞台衣装については触れてませんが・・・。)

アニメーションにせよ舞台衣装にせよ、ロシアとチェコとの共通点は多い。

上記に挙げた他の作家ヴラスチラフ・ホフマン、フランチシェク・トレーストゥル、ベドジヒ・フォイエルシュタインに共通するのは舞台美術家であり、建築家でもあることは非常に興味深い。

演劇と芸術の密接な関係。
このキーワードで思い出すのは、ウィリアム・ケントリッジ。
彼もロシア・アヴァンギャルドに魅せられたアーティストでありアニメーションも制作している。

チェコ舞台芸術とロシア・アヴァンギャルド、ウィリアム・ケントリッジ、つながっていくのが楽しい。


なお、早稲田大学内には、演劇博物館の他に會津八一記念博物館があり、こちらも演劇博物館同様に入場無料。
現代同博物館内の富岡重憲コレクション展示室では「屏風-近世の絵画-」展が企画展示として「尾崎文彦の元気 無垢の眼Ⅱ」が5月29日まで開催されている。

「屏風-近世の絵画-」展では伝・馬遠「月下高士図」(室町時代?)の絹本水墨画や渡辺崋山「茄子図」、狩野探幽「地蔵菩薩図」、狩野探雪「藤図屏風」、長谷川派「樹木図屏風」などが展示されています。

「尾崎文彦の元気」では、ねこ、きりん、ゴリラ、ペンギンなど様々な動物のパステル、水彩の愛らしい作品が約30点展示中。こちらも楽しめます。

*「チェコ舞台衣装デッサン展」は5月23日まで会期延長!作品掲載の美しいパンフレットまだ残っているでしょうか。
演劇博物館だけは、金曜日は19時まで入場可能です。

「阪本トクロウ展 -眼差し-」 銀座ギャラリー桜の木

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銀座ギャラリー桜の木で5月29日(土)まで開催中の「阪本トクロウ展 -眼差し-」に行って来ました。
展示作品は、作家さんご本人のHPで紹介されています。→ こちら

http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-847.htmlこれぞまさしく銀座の画廊といった勝手なイメージそのまんまのギャラリー桜の木。普段なら迂闊に入ることができない雰囲気で銀座5丁目日動画廊の並びにあります。

さて、昨年初めて拝見したのはキドプレスで開催された阪本さん初めての版画展でした。
実際に接したことはなくても、阪本さんのアクリル作品の画像は目にしていました。版画の印象もアクリルと大きく変わることなく、余白の大きい、間のある作品が多かったです。
(参考:過去ログ)http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-682.html 

次に、同じく昨年10月に開催されたギャラリーMoMo両国で開催された「共鳴」展でアクリル絵画と初対面。そして、今回の個展と続く。ほぼ半年に1度の頻度で個展を開催され、かなりハイペースの印象を受ける。それだけ個展開催のオファーがあるということは、人気の証だと思う。 
(参考:過去ログ)http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-847.html

さて、本展ではアクリル画、版画を含め全て新作の20点強出展されています。
ギャラリーHP ⇒ http://www.sakuranoki.co.jp/ginza/index_ginza.htm
入口入って正面に展示されているのは「sky」シリーズ。縦に長いキャンバスで空の部分が大きく下部には地球の大地が。地球を上から俯瞰しているような視点なのだろうか。
左に並ぶのも同じく「sky」シリーズだが、こちらはキャンバスの下部には「雲」が沢山描かれていた。
吸い込まれるような水色の空。こちらは大地が白で描かれている。
筆跡を残さないマットな雰囲気と下の部分の濃淡の付け方は絶妙。思えばこの細かい描き込みのため集中力と時間が必要なんではと思う。

「sky」シリーズも良いが、私は「呼吸」シリーズが好き。
先に行った2つの個展も同じだが、誰もいない野球場を描いた作品と登り坂を描いた作品が、私個人の好み。
他に「田園」や「ハイウェイ」シリーズなどの作品はもあり、モチーフは色々と楽しめる。

新作の中でも、これまでにない新たな試みは「地図」シリーズだろう。阪本さんの作品でありながら余白がほとんどなく、永遠に増殖していきそうな作品。

ところで、「日本画」についての議論が近頃twitter上や村上隆氏によるustream発言でかまびすしいですが、それらをしっかり読んでも、聴いてもいない素人の私にとっての「日本画」を本展で改めて考えさせられた。というのも、阪本さんは東京藝大の日本画科ご出身であり、最新号の『アートコレクター』だったかには、新進の日本画科として紹介されていた。しかし、阪本さんの作品に日本画固有の画材である岩絵具、恐らく膠も使用されていない。アクリル(特に今回の新作は千住博先生ご紹介によるとても高級なアクリルだそう)で描かれている。アクリルで、日常見かける一コマを描く。
私は、岩絵具を使用して描いた作品を日本画だと勝手に定義しているのだった。とすれば、阪本さんの作品は私が考える日本画の範疇からはずれる。
2006年に阪本トクロウさんは「日経日本画大賞展」にノミネートされている。
公にも「日本画」とされている理由とは何なのだろうか?
日本画だろうが、何だろうが、ジャンルなど実はどうでもよくて、阪本さんの作品が好きなことにはかわりないのですが。

*5月29日(土)まで開催中です。22日土曜日午後には作家さんも在廊されているとのことです。

注:5月20日加筆修正しました。

「前衛下着道 鴨居羊子とその時代」 川崎市岡本太郎美術館

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川崎市岡本太郎美術館で7月4日まで開催中の「前衛下着道 鴨居羊子とその時代」に行って来ました。
美術館HP ⇒ http://www.taromuseum.jp/exhibition/current.html

鴨居羊子という女性を美術ファンはご存知ないかもしれない。

鴨居さんは1925年大阪府に生まれる。読売新聞大阪本社の記者の後、1955年に下着デザイナーに転身し「下着屋・CoCoチュニック」を設立した。「下着=白」という意識が強かった時代に黄や赤など華やかな色合いや、透けた素材の下着を発表し、下着ファッションショーも手がけ大きな反響を呼んだ。彼女の活躍の幅は、下着デザイナーに留まらずエッセーなど文筆活動や画家として多彩に活動を行った女性である。画家の鴨居玲の実姉としても著名。
詳細な年譜は彼女が立ち上げたチュニック株式会社HPに詳しい(以下)。
http://www.tunic.co.jp/yoko-kamoi5.htm

私が鴨居さんを知ったのは、国書刊行会から『鴨居羊子コレクション1 女は下着でつくられる』発刊された2004年~2005年のことだった。図書館の新刊本コーナーで見つけて表紙の愛らしさが気になり手に取った。本のタイトル「女は下着でつくられる」にも興味を惹かれ、早速借りて読んでみた。

もうかなり前のことなので記憶は完全に薄れているけれど、時代を考えると当時の時代の最先端、それは思想も行動力も全てにあてはまった。それはもう眩しいくらいに自分の生き方や考えを貫いた女性だと思った。その一方で、『鴨居羊子コレクション1』には、幼年期を回想しながら愛する人々への思い出を語る最後のエッセイ集『わたしのものよ』も収録されているが、そちらを読むと胸がチクチク針を刺されたような傷みを感じて、次のコレクション本には手が伸びなかった。鴨居さんの生活や生き方はとても潔いのだけれど、その反面彼女にはどこか孤独というか寂しさの香を感じ、当時の私にはそれが怖くて更に彼女の世界に踏み込めなかったのだと思う。

そんな思い出の中にあった鴨居羊子さんの展覧会が川崎市の岡本太郎美術館で開催されると知り、気になって仕方がなかった。
鴨居さんの文章は読んだけれど、画家として、下着デザイナーとしての活躍は文章では理解していたもののこの目で確かめた訳ではない。
一体どんな展覧会でどんなものを見せてくれるのか、期待と不安の入り混じった気持ちで生田緑地へ向かった。

本展では、鴨居羊子の業績を紹介するのみならず、1950年代、60年代に触発し合った才能の関係図を探っている。鴨居羊子の「言葉」「絵画」「下着」を中心に紹介するとともに、彼女を支えた作家の今東光、司馬遼太郎らの資料や、彼女が尊敬していた岡本太郎や細江英公氏、井上博道氏が撮影した鴨居羊子のポートレートおよび彼女が作った下着や人形たちの写真も多数出展されています。
更に、彼女が主宰していた下着のファッションショー「チュニカショー」の演出に関わったアーティスト、具体美術協会の美術家たちの当時の作品や記録映像も紹介。
これに加えて、若い劇団唐ゼミ☆のメンバーが鴨居羊子とその時代を現代に復活させるかのごとき下着の展示と新しいチュニカショーにも挑んでいます。

上記の通り、多方面から鴨居羊子の活動を捉え、展開させる非常に盛りだくさんかつ濃い内容で、結局2時間半くらいいたのではないだろうか。

入口すぐにとても目立つインスタレーション作品がある。展示室内にガラス(?)張りの部屋がもう一つ作られている。中には木が一本、その枝のあちこちに鴨居さんがデザインした下着-がクリスマスツリーのデコレーションのごとく吊り下げられている。
傍には、鴨居さんの言葉が記された赤文字の看板が。最初見たのは「はすっぱな娘」についての肯定的意見、「はすっぱには、お転婆・生意気・媚を売る・馴れ馴れしいなど軽はずみな言動をする女性」と言うような意味合いが込められている。
彼女は敢えてそこで「はすっぱな娘」になってみよう、何がいけないのかというようなことを書いている(注:メモをしっかり取らなかったので、記憶に誤りがあるかもしれません)。そんな所に、当時の彼女の心意気を感じる。
いきなりストレートパンチだなぁ・・・とツリーを見上げつつ思った。

次に鴨居さんの「絵画」コーナーへ。展示順がきちんと→で案内されていて分かりやすい。
絵画関連作品だけで87点。個人蔵と長崎県美術館所蔵品が大半を占めている。正直個人蔵の作品をよくこれだけ集めてこれたと感心した。なぜ、大阪出身の鴨居さんの作品がこれほど沢山長崎にあるのか?どうも、彼女を含め鴨居家の本籍が長崎県だからではないかと推察。
鴨居玲の絵画は石川県立美術館で何度か観ているけれど、羊子さんの実作品を拝見するのは初めてのこと。繊細な線描、色遣いは、どこか鴨居さんそのものを感じさせる。
そして、特に私が好きだったのは彼女のペン画で「私のものよ」「七夕」「子連れ狼」。ペン画での線の方がすっきりとシンプルに彼女の作品の良さを表現しているように感じた。

次に水彩「ねてばっかり」「どうしたの」「じゃれる猫」などが愛らしい。
そして、一番忘れられないのは鴨居さんによる宗教絵画。イコン画を鴨居風にアレンジした鴨居風イコンの数々には驚いた。敬虔なカトリックの信者だったのだろう。
彼女が祈る姿は、女性を下着で解放することを目指したというイメージからは想像がつかなかったけれど、エッセイを読んで感じた「孤独」「寂寥感」といった一面を浮かべると受け入れやすい。つまらない私個人の想像だが、祈りもまた孤独や寂しさを慰め、彼女に勇気を与えていたのではないだろうか。
犬や猫の作品も絵画には多く登場する。この愛情が人間に向かなかったのかということもまた疑問として残る。

この後、下着ショーを手伝った早川良雄さんの舞台デッサンや鴨居さんと岡本太郎との間で交わされた書簡など「言葉」の展示を観る。手紙の文章にもエッセイ同様に味がある。

次にとても気に入った細江英公氏による「ミス・ペテン」掲載の写真展示コーナー。
「ミス・ペテン」は1966年に限定500部の私家版として刊行された細江英公氏撮影の鴨居羊子人形写真集。
(参考)「古書きとらHPのミス・ペテン画像」http://kosho-kitora.com/?pid=9722587

細江氏曰く「鴨居羊子が人形を沢山持って現れ、後はよろしくと言って人形を渡された。」そうで、細江先生はそれからトランクに人形たちを詰めて撮影の旅に出る。
この写真がもの凄くいい。人形が線路に置かれたスナップなどは泣きたくなる。

同じく細江氏による鴨居羊子さんのポートレートは実に素敵だ。強烈な自我を感じる。少しだけ塩田千春さんの泥をかぶるパフォーマンスを思い出したが同じくあのパフォーマンスにも強烈な自我の香を感じたからかも。

写真コーナーを抜けると、次に待ち構えているのは舞台装置。
いや、よくこれだけのものを展示室に創り上げたものだと感心する。昭和50年代の下町に下着がぶら下がり、猫の写真があちこちに。

ここを抜けると映画コーナー。
上映されているのは鴨居さんが監督したドキュメンタリー映画『女は下着でつくられる』1958年(38分)。
映画監督までされていたとは・・・。そしてこの映画、女性と下着をめぐる当時の時代感覚を表現しなかなか面白い。38分なので、ぜひ最後まで観て欲しい。

この段階で既にあっぱれ!とテンションはかなり上がる。映画まで見せてくれるとは有り難い。しかも流しっぱなしでどの場面からでも観ることは可能。

映画コーナーの片隅に大御所、今東光、司馬遼太郎との関係資料がひっそりと展示されている。二人は彼女の才能を見抜き、高みから鴨居羊子を引き上げ育てた。選ばれる方も選ぶ方も才あってのことだと思う。

最後に、具体美術協会の貴重な映像作品および絵画などが展示されているが、特に映像は珍しい。具体美術協会の活動単独では良かったけれど、鴨居羊子さんとの関係性は理解しづらかった。唐突過ぎるというか。これだけが残念。

本展の図録(1800円)は、中身まるまる鴨居羊子の全てといった感じ。図版より文章の方が多く読み応えがあります。同内容のものが書店でも販売されていますが、お値段は図録の方が格安。

訪問時には観ることができませんでしたが、下記の関連イベントもあります。

■関連イベント
唐ゼミ☆×チュニック
したぎと中世 ~わたしは驢馬になって下着をうりにゆきたい~
開催日:5月23日(日)、30日(日)
※都合により日程、時間等を変更することがあります。
時間 : 各日とも14:00と15:00の2回公演・各30分を予定
場所 : 企画展示室
料金 : 無料(ただし観覧料が必要です)

鴨居羊子さんの新たなブームがやって来るかもしれない、いや、既に到来しているのか。そんな風に思わせる企画展でした。
キュレーションは、ゲストキュレーターの室井絵里さん。中身の濃い、見どころ一杯の企画に感謝。

*7月4日(日)まで開催中。オススメです。

「挿絵本の世界 本と挿絵のステキな関係」 町田市立国際版画美術館

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町田市立国際版画美術館で6月6日まで開催中の「挿絵本の世界 本と挿絵のステキな関係」に行って来ました。

本展は版画の挿絵本を中心に、おもに19世紀から20世紀はじめまでのヨーロッパの作品を紹介するもの。プロローグとして活字本の始まりの時代の古い書物もから、ひたすら美しいもの、理屈抜きにカワイイもの、なんだか怖いもの―そんな三つのグループにわけてお楽しみいただこうというユニーク試みです。

町田市立国際版画美術館の企画展にハズレなし。
チラシも事前情報もないまま、とりあえず気になって仕方ないので行ってみましたが、看板に偽りなし。本当に「本と挿絵のステキな関係」を堪能させていただきました。

版画ファン、挿絵、装幀本ファンの方は必見です。垂涎モノの作品が並んでいました。しかし、残念なことに作品リストが作成されていません。リストがあってもなくても、図録は買おうと思っていたので記事は書けますが、町田市立国際版画美術館のご担当者様どうか作品リストは準備いただけると助かります。
図録も素敵なのです。厚みはないので、2000円はちょっとお高い気もしますが表紙はハトロン紙に包まれ、妙な愛着が生まれます。限定500部だったと思いますので欲しい方はお早めに。

さて、展覧会に話を戻します。
構成は、次の通り。
第1章 プロローグ 版画、書物と出会う 15世紀末~16世紀
第2章 百花繚乱の19世紀 きれい、カワイイ、怖い
第3章 アーティストと本 20世紀

今回は同館所蔵作品だけでなく他館や個人所蔵の作品も借り入れての作品展示。
見どころはズバリ第2章。ため息が出るほど素敵な挿絵が続々と登場して、ガラスケースから離れられない。ジョルジュ・バルビエやビアズリーやら大好きな作家の作品が目白押し。更に知らない作家のものも、う~むと思わず唸る美しさ、愛らしさ、そしてこわ~い版画。
本と版画、挿絵の切っても切れない関係をその歴史をたどりつつ見せてくれます。

もう、全作品オススメですが中でも選りすぐって感動した作品は以下(所蔵先の記載がないものは町田市立国際版画美術館蔵)。

第1章
・15世紀末頃の「時祷書」(手写本)個人蔵
これを観た時、平家納経を思い出した。祈りの書物に対して装飾を施そうとする精神は洋の東西を問わず同じなのだ。
これも左端の部分に果実の模様が施されている。

・木版本『黙示録』第4版 1465年頃
このあたりから木版画が聖典に使用されるようになる。作者不明の素朴な絵を観ていると、≪絵因果経≫を思い出す。

・アルブレヒト・デューラー 『黙示録』1511年 印刷博物館蔵
いよいよ、デューラー登場。それまで観てきた木版の年代記、時祷書の挿絵からいきなりレベルアップしている。デューラーの挿絵木版に観る線描は非常に細かく、人物、動物の動きの表現がリアルで迫力があり平坦ではない。他に展示されている『マリアの生涯』などに観られる華やかさもある。

第2章
ここからが大変。
最初は「キレイ」な挿絵が登場する。
・エドワード・バーン=ジョーンズ、ウィリアム・モリス 『チョーサー著作集』1896年 印刷博物館蔵
いきなりアーツ&クラフツ運動から始まる。
同じく『チョーサー著作集』うらわ美術館蔵のものは、上記1枚1枚の頁を装幀屋に発注して各自が好みの表紙をこしらえてもらう特注本。
展示品は白っぽい豚革に彫りが表と裏は別種の模様が入った装幀。学芸員の方によれば、中には開いた1頁目に所有者の名前を入れてもらったりすることもあったそうだ。趣味の世界にお金を惜しまない人たちはこぞって好みの本を作ったのだろう。

・アルフォンス・ミュシャ 『イルゼ、トリポリの姫君』1897年 
こちらはリトグラフ。ミュシャの挿絵はポスターだけでなく本の中にも息づいている。美しすぎる。本の展示だけに展示されている頁しか観ることができないのが何とももどかしい。
さぞかし、他の挿絵も美しかろう。

・オーギュスト・るベール 『さかしま』1903年 個人蔵
超レア本。こちらも表紙の装幀は特注。茶系の革表紙に金の細工がされている。中にモローの作品の模写が登場する。1頁1頁色も違うし刷りの濃淡も変えていて、文字より挿絵ばかり観てしまいそう。

・リュシアン・ヴォージェル編『ガゼット・デュ・ボン・トン』より ポショワール 個人蔵
ポショワールとはいわゆるステンシル技法のこと。しかし、手彩色によるポショワールとのことだが、こんな細かいことができるのか現物を前に不思議で仕方なかった。
『ガゼット・デュ・ボン・トン』は1912年12月から第一次世界大戦による休刊をはさみ、1925年12月まで全70号が出版されたファッション誌。
当時のご婦人たちは、こんな雑誌を観ながら最新モードに身を包んでいたのだろうか。ジョルジュ・バルビエ、アンドレ・マルティ、ピエール・ブリソ「シャトーでの結婚式」は特に色彩が美しい。

・ウンベルト・ブルネレスキ 『イタリア喜劇の仮面と登場人物』1914年 個人蔵
大判のポショワール12点。この愛らしさと色彩感覚、特に薄紫と黒のコンビネーションは絶妙。女性のマントのレース表現の緻密さ。絵だけを観ていると夢のような物語が展開されているが、これが1914年制作とはとても思えない。逆に現在、これを再現できるのだろうか。

・ジョルジュ・バルビエ 『現代の幸福、あるいは流行の女神たち』 1920年 個人蔵
出ました、バルビエ。アールデコを代表するイラストレーターだが、これだけまとまった作品を観たのは初めて。もう大満足。「深い襟ぐり」の可憐さ(安野モヨコのイラストを思い出した)、「阿片窟」の退廃美と好きな人にはたまらない世界が展開されています。『架空の伝記』の挿絵もゴージャスで華麗で、シノワズリが取り入れられている。

ここからは「かわいい」の世界。多色摺りの木口木版による絵本が紹介される。
・J.J.グランヴィル 『もうひとつの世界』
木口木版に手彩色。硬い線の上にひとつひとつ丁寧に色を乗せて行く。『生きている花々』は博物図譜と妖精の世界が同居している。

・ウォルター・クレイン
ぬり絵本や『美女と野獣』などの絵本。今の絵本の元祖なのだろうか。

・ケイト・グリーナウェイ 『ハメルンの笛吹き』
ケイト・グリーナウェイは絵本作品の中で一番好みの画風。特にお花の描写が美しい。

最後に「怖い」の世界。

・ギュスターブ・ドレ ダンテの『地獄編』1865年
・エドゥアール・マネ 『大鴉』1875年
マネの版画作品は観たことがないかもしれない。現在三菱一号館で開催中の「マネ展」に版画も出展されているそうだが、学芸員さん曰く、「マネ展の版画は素晴らしい」とのこと。
まだ、行ってませんが心して観てこようと思います。

・オーブリー・ビアズリー 『アーサー王の死』1893-94年
ビアズリーも大好きな画家。分かってはいるものの、ビアズリーの黒と白の強いコントラストを活かした作品に魅了される。

・ハリー・クラーク アラン・ポー『怪奇小説集』個人蔵
ハリー・クラーク、初めて知ったが宇野亜喜良さんを思い出させる作風。怖い怖い、怖いけれど美しい。ハリー・クラークはアイルランドのダブリン生まれでステンドグラスの制作者として活躍しつつ、精緻なペン画を主体とした書籍挿絵画家として人気を誇ったらしい。
ビアズリーの影響を受けつつ、独自の絵画世界を創出。ビアズリーより一層耽美的だと思うが、アラン・ポーの作品にそれがマッチしている。

第3章
モーリス・ドニやボナールも良いけれど、一番はマックス・エルンストの作品。これは怖いです。

毎週日曜日の14時から40分程度同館学芸員さんによるギャラリートークがあります。展示解説だけでは分からないことも教えていただけます。
なお、町田市立国際版画美術館は、今年からぐるっとパスに参画しており、企画展無料チケットが付いています。

*6月6日まで開催中。

「チェコ・アニメ 生誕100年 もうひとりの巨匠 カレル・ゼマン展」 刈谷市美術館

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刈谷市美術館で5月30日まで開催中の「チェコ・アニメ 生誕100年 もうひとりの巨匠 カレル・ゼマン展 トリック映画の前衛」を観て来ました。
企画展のHPはこちら。 → http://www.city.kariya.lg.jp/museum/exhibition_2010_zeman.html

チェコやロシアのアニメーションは往々にして質が高い。
本展のサブタイトル-トリック映画の前衛-が気になります。
私はこの分野に関心を持ち始めたのがごく最近なので、カレル・ゼマンももう一人の巨匠とされているイジートゥルンカも知りませんでした。

カレル・ゼマンはチェコ・アニメーション創設者であり、彼は第二次世界大戦中、チェコ・アニメ発祥の地ずりーンを拠点に制作を開始。ジュール・ヴェルヌの原作をもとにした『悪魔の発明』1958年などの斬新な映像作品を創り出し、切り絵やガラスなどさまざまな手法を駆使してトリック映画の王道を歩みました。
本展は、ゼマンの遺族が所有する原画、人形、貴重な制作過程の資料や絵コンテなど約200点の展示や映像作品の上映を通じ、ゼマンの創作活動の全容をたどろうというもの。また、合わせて父・ゼマンと共に映画制作に携わった長女・ルドミラの切り紙アニメーションや絵本の原画も展示されています。

展示は、作品単位に各種資料や原画、作品によっては映像が展示室に流れています。
カレル・ゼマンのことを知らな過ぎるので、とりあえず10時半から始まった『悪魔の発明』の上映を講義室で観ることにしました。
(参考)<上映スケジュール>
○1日1回上映(プロジェクターを使用し、大画面で上映します)
   ・「悪魔の発明」(81分)=10時30分~ 
   ・「インディアンのお話 シリーズ11話」(80分)=12時30分~ by:ルドミラ・ゼマン(切り絵)
   ・「ホンジークとマジェンカ」(67分)=14時30分~ (切り絵)カレル・ゼマン晩年の作品

○常時上映(展示室内の小さなモニターで繰り返し上映しています)
   ・「クリスマスの夢」(11分)・・・・・・常時ご覧いただけます
   ・「プロコウク氏映画制作の巻」(8分)・・・・・・常時ご覧いただけます
   ・「カレル・ゼマンと子供たち」(17分)・・・・・・常時ご覧いただけます
   ・「ロード・オブ・ザ・スカイ」(12分)・・・・・・常時ご覧いただけます

『悪魔の発明』には驚愕した。
今でいう特撮映画で、モノクロなのですが、アニメーションと実写が入り混じった不思議な世界。特に海中シーンは画面がゆらめいていたり、ラストの巨大なタコとか、一体どうやって撮影したのかと思うような場面がいくつも出て来た。
スチル写真を使用しているようだが、そのスチル写真をどうやって撮影したのかもわからない。分からないけど、今の私たち大人が観ても楽しめる映像作品。登場人物は全て人形でなく生身の人間(俳優)が演じている。
ゼマンは語る「当時のチェコ政府は、撮影に必要なものは全て揃えてくれた」と。
その制作技術は、現在の技術でもどうやって撮影しているのか不明な場面があるという。いかに高度なレベルで制作していたのかが察せられる。

1階展示室には、撮影に使用されたスチル写真や潜水艦、登場人物が潜水時にかぶっていた潜水帽(潜水用ヘルメット)など撮影に使用されたミニチュアが展示されている。映画撮影のためのカレル・ゼマンのカットデッサンなども多く展示されていたが、撮影方法はまるで想像がつかない。

他に、ゼマンのデビュー作とも言える『クリスマスの夢』1945年は『悪魔の発明』ほど複雑な映像トリックは使用されていないが、その分シンプルなストーリー展開で、こちらは実写と人形との共演作品なのだが、主人公の少女が愛らし過ぎる!!
クリスマスプレゼントを巡るストーリーで、少女が持っている人形がダンスしたり、最後は少女のもとに帰って来る。
子供の頃の夢をそのまま体現化したような作品だった。
登場していた人形が、そっくりそのまま展示されている。

映画上映用ポスターデザインもかっこいい。

しかし、高度な技術や資材を必要とした特撮映画の制作は、チェコ体制の崩壊と共に終焉する。資材や制作費が少なくてすむ切り絵アニメーションへ移行。ここからは2階の展示室へ。

切り絵アニメーションはカレル・ゼマン晩年作の「「ホンジークとマジェンカ」を観られなかったので多くは語れないが、娘のルドミラの「インディアンシリーズ」よりも切り絵キャラクターが細かい表現になっていたように思う。

個人的には、切り絵アニメーションよりチェコ体制崩壊前の特撮映像がとても面白く興味深かった。

ゼマンに影響を与えた「チェコ・アニメの母」と称されるヘルミーナ・ティールロヴァー(1900-1993)、フランスのジョルジュ・メリエスとの関連性について触れられていたが、いずれの作品も観たことがないため、理解に至らなかったのは残念。特に、ジョルジュ・メリエスは、ウィリアム・ケントリッジにも多大な影響を与えた特撮映画の祖である。彼の制作した「月世界旅行」をやはり見なければと思った次第。
(参考) ジョルジュ・メリエス ⇒ こちら(Wikipedia)

奇しくも、ロシアアニメーション作家の展覧会「話の話」が、神奈川県立近代美術館葉山にて開催中で、こちらにも近々行ってみるつもり。
比較して、ロシアとチェコ作品の違いなどが見つかれば面白い。

*5月30日まで開催中。
本展は、広島国際アニメーションフェスティバル(8/7~8/11)に巡回します。

(修正)5月16日 加筆修正(半分寝そうになりながら書いたので、ボロボロな内容でした。申し訳ございません。)

「ジャンルー・シーフ写真展 Unseen & Best works」 東京都写真美術館

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東京都写真美術館で5月16日まで開催中の「ジャンルー・シーフ写真展 Unseen & Best works」に行って来ました。

少し前に「森村泰昌 なにものかへのレクイエム」を見に行った時から、本展が気になっていた。併設のミュージアムショップで、シーフの写真集を購入する人を多く見かけ、「写真集を購入するほど良かった。もしくは好きな写真家なのだろう。」と人気を目の当たりにしたのの、私自身はチラシ掲載写真にも強く心を惹かれなかったので、後回しにしていた。

気付いた時には、会期末近くなっていたが、今日滑り込めて良かった。

地下1階の広い展示室をすっきりとしたレイアウトにし、極力仕切りは排除。写真をしっかり見せる展示方法だったと思う。
本展は2000年9月にシーフが急逝して10年が経過。夫人のバルバラさんを中心に未発表作品の見直しが行われ、その中から更に厳選した作品を展示している。未発表作品を名プリンターであるイヴ・ブレガン氏により、「シーフだったら、どんなプリントをしただろう?」と考えながら、ゼラチンシルバープリントを行っておられるとのことである。

作品は制作年代順。
作品リストがなく、似たようなタイトルの写真も何点かあったので、今回はこころの写真について記載するのをやめて、全体通じての感想をアップしようと思う。

1950年代に写真家としてデヴュー。
以後は1960年代の前半に「ハーパース・バザー」での活躍が目立つ。
シーフを有名にしたのは、これらのファッション雑誌でのグラビアやヌード写真であるが、そのうち特に顕著なのは女性の身体を被写体とした写真である。

シーフが撮影した女性の身体はどこか即物的、無機的で、人体というより物質のように見える。
そのせいか、ヌードもグラヴィアもエロチックな感じをあまり受けなかった。

気に入ったのは、風景写真の数々。
砂漠に、雨に濡れて光る路面、「雪の降るNY」どの作品にも心を奪われる。
線の美しさだけではない。構図の取り方も独特のものがある。砂漠の写真は絵画のようだった。
自身で暗室を持ちプリントしていたというシーフのプリント表現も素晴らしいが、今回再現に取り組んだ
イヴ・ブレガン氏の力量もまた素晴らしいと思った。
あの黒白の濃淡の微妙な差はいったいどんな風に出しているのだろう。

肖像写真もシーフの重要な業績。被写体の内面からあふれ出てくるものを十分把握して、写真表現化されている。

数ある有名人の肖像写真の中では、イブ・サンローランとジェーンバーキン、モーリス・ベジャールだろうか。
瞳の強さが際立っていた。

*5月16日まで開催中。

「近代日本画にみる女性の美-鏑木清方と東西の美人画」 岡崎市美術博物館

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岡崎市美術博物館で5月16日(日)まで開催中の福富太郎コレクション「近代日本画にみる女性の美-鏑木清方と東西の美人画」に行って来ました。

本展は、福富太郎コレクションより、近代を代表する美人画家・鏑木清方と東西の美人画家30人の作品70点を紹介しています。
展覧会の構成は
1.鏑木清方 20点
2.東の美人画 31点
3.西の美人画 19点

出品作家は次の通りです。
<東の美人画>
菊池容齋、小林永濯、石井鼎湖、渡辺省亭、尾形月耕、富岡永洗、水野年方、寺崎広業、梶田半古、尾竹竹坡、鰭崎英朋、池田輝方、
竹久夢二、山村耕花、池田蕉園、矢沢弦月、小村雪岱、山川秀峰、伊東深水、小早川清、横尾芳月、鳥居言人 以上22人の31点

<西の美人画>
上村松園、伊藤小坡、北野恒富、松浦舞雪、秦テルヲ、島成園、寺島紫明、松本華羊、岡本神草、甲斐庄楠音、梶原緋佐子 以上11人の19点

以下印象に残った作品と雑感です。

1.鏑木清方
福富太郎コレクションと言えば、鏑木清方作品を思い出される方も多いことだろう。
昨年、サントリー美術館で開催された「鏑木清方」展でも福富コレクションから数点名画が出展されていたのは記憶に新しい。
今回も≪妖魚≫≪刺青の女≫≪薄雪≫(チラシ表面)など惚れ惚れするような逸品が揃い踏み。
他に、≪夜の若菜≫、≪緑のショール≫≪金魚≫などが良かったが、清方の描く着物の美しさなど小道具に目が行った。
気になったのは双幅対の作品。
≪つゆの干ぬ間≫≪廓の宵≫は縦長の細い掛幅が1対ずつ。画面を敢えて切り離すことで、構図の面白さが際立つ。
物語を2点1組で見ているような気がした。

2.東の美人画

これも珍しい作品が目白押し。
・石井鼎湖 ≪明治期美人≫1894年
油彩画のような陰影の付け方。どんどん西洋のものが入って来て、伝統的な日本画の技法にも西洋技術がこれまで以上に採用されている。

・富岡永洗 ≪傘美人≫1897年、≪新内≫1900年
富岡永洗は小林永濯の弟子。江戸期の肉筆美人画を思い出す。女の艶っぽさがたまらない。

・梶田半古 ≪天宇受売命≫1897年頃
日本神話の女神が、ギリシャ神話の女神のような装い、オリーブの首輪をぶら下げている不思議な和洋折衷画面。あまりにも西洋化の波が激しく押し寄せ、絵画にも容赦なく進出。当時の世相を梶田半古の絵が象徴している。

・池田輝方 ≪お七≫1913年、≪お夏狂乱≫1914年、≪幕間≫1915頃
池田輝方、蕉園夫妻については、松村梢風著「本朝画人伝」を読んで以来、気になっていた。作品を見た記憶がないので、本展で観たのが最初かもしれない。
≪お七≫≪お夏狂乱≫いずれも心中もので、恋に狂った女の情念が絵の中から立ち上って怖くてたまらない。美人であればあるほど狂おしい様子が痛々しい。

・池田蕉園 ≪秋苑≫1904年、≪夏の暇≫1909年、≪夢の跡≫1911年
≪夢の跡≫と輝方の≪お夏狂乱≫は女性のポーズの取り方がよく似ていた。蕉園は水野年方→鏑木清方の系列に連なる画家だが、やはり清方らの作風によく似ている。

・小村雪岱 ≪河庄≫1935年頃
ここで小村雪岱の肉筆画(絹本著色)に巡り合えるとは思っていなかった。しかも、この作品帰宅後昨年、埼玉県立近代美術館で開催された「雪岱展」資生堂アートギャラリーで同じく昨年開催された「小村雪岱」展いずれにも出展されていない。そうと分かれば、ポストカード探せば良かったと今更後悔しても遅きに失す。
名作「青柳」に似た雰囲気の粋な肉筆画だったのに残念。

・伊東深水 ≪戸外は春雨≫1955年
日劇ダンスホールの舞台裏をスケッチして絵巻物にした風変りな作品。深水はこうした群像絵巻を描いても上手い。
女性たちの舞台裏での様子が克明に描かれる。

・小早川清 ≪唐人お吉≫1930頃
この作品も背筋がぞっとするような怖さがある。ガラス切子のグラスにワイン、当時の風俗を絵に取り入れているが、お吉の悲しみが観る者に伝わる。

・横尾芳月 ≪宵炬燵≫1921年
芳月は池田輝方の弟子。雪の夜に炬燵で暖を取るこれまた艶っぽい美人。居眠りしている様子がドラマの一場面のようだった。

・鳥居言人 ≪お夏狂乱≫昭和初年
鳥居言人は大正新版画展で初めて知った。好色五人女の一人「お夏」は画題として大人気だったのだろう。他の画家もよく画題で取り上げているが、福富氏はこうした心中物の美人画がお好きなのだろう。同タイトルの別画家による作品が何点かある。

3.西の美人画
北野恒富が4点続く。やはり、西の美人画と言えば名前が出る。
4点のうち3点の作風が見事に違っていて、夢二風のものもあれば、初期の≪浴後≫など写実的表現の顕著な作品もあり、流行を追っていたのだろうと思われる作品展開がよく分かった。

当時、女流(閨秀)画家の三園と称されたのは、上村松園、池田蕉園、島成園の3名。
このうち、福富氏は池田蕉園、島成園の作品を多数所蔵されているようだ。
今回目立っていたのは、島成園。島の作品も関東で観ることはめったとないが、大阪市美の常設展では頻繁に登場している。

・島成園 ≪爪びき≫1914年、≪春の愁い≫1915頃、≪おんな≫1917年、≪香の行衛≫1917頃、≪春宵≫1921年、≪灯籠祭夜≫1925頃。
特に、≪香の行衛≫は初期の大作。
≪おんな≫は足もとまで届こうかという長い黒髪を梳る女が描かれるが、着物には般若面。彼女も狂女なのかもしれない。

・松浦舞雪 ≪踊り≫1931頃
松浦舞雪の画業や足跡は不明という。福富氏は画家の名前でなく作品そのものをご自身の目で判断し選ばれコレクションされていることが分かる逸品。画面は華やかで、賑やか、祭りの情景が伝わる。私自身もお気に入りの1点。

・松本華羊 ≪伴天連お春≫1918頃
キリシタンとして捕縛され、白洲に引きずり出されたのだろうか。そんな辛い場面にはとても見えないが、お春の表情はこの世に未練を残し愁いがある。背景の白い花が、彼女に華を添えている。

・甲斐庄楠音 ≪横櫛≫1918頃
白く化粧した芸者だろうか。大正のモナリザと言われたという作品。描かれた女性の顔には微かな笑みが浮かぶ。着物の赤と紫、襟元の灰水色の対比に注目。背景は芍薬だろうか。

・梶原緋佐子 ≪山代温泉の女≫1918年
梶原の作品は、東近美の常設展でよく見かけるが、本作は普段見掛ける作品とまるで異質。最初、梶原の作品だとはとても思えなかった。
1918年=大正7年の頃、デロリが流行していたため、梶原の作風もこうした流行を取り入れ、どこか不気味で生活感溢れる温泉街の女性を逞しく描く。
普段の梶原作品は美しいが、さらりと通り過ぎてしまうが、本作は思わず足を止める力を感じた。

福富氏の審美眼で選ばれた作品70点から溢れる女の情念、妖艶さに会場を一周したらすっかり当てられてしまった。
強烈な印象を残した美人画の数々でした。素晴らしい美人画を拝見でき大満足です。

*5月16日まで開催中。お近くの方はぜひ。オススメします。
本展は以下の美術館、博物館に巡回予定。
・弘前市博物館 6/12(土)~7/19(日)福富太郎コレクション「華麗なる美人画の世界」、
・奥田元床・小由女美術館:9/6(月) -10/24(日)「美人画の系譜」

小林孝亘 「夏の月」 西村画廊

西村画廊で6月5日まで開催中の小林孝亘 「夏の月」に行って来ました。

小林孝亘さんは、私が初めて画廊やギャラリーに足を踏み入れるきっかけとなった記念すべき、そして大好きなアーティスト。
最初インテリア雑誌で眼に留まったのは「Small Death」シリーズだったけれど、森の木の絵に見られるような光の取り入れ方や対象のシンプルな形態が好きで長年ずっと追いかけている。
2004年の目黒美術館の個展では、小林さんと一緒に作品に描かれた風景を追うツアーにも名古屋(当時名古屋に住んでいた)から、参加して、小林さんともお話することができた。
(参考)
過去の作品は小林孝亘さんのWebでご覧いただけます。http://www.mangost.gr.jp/kobayashi/works-set-j.html

そうして、西村画廊で開催される個展にも毎回足を運んでいるけれど、今回はこれまでの作品を踏襲しつつも、更にブラッシュアップされた作品が展開されていた。
小林さんの使う色が、眼に沁みる。それほどまでに作品が輝いている。

色遣いが、これまで以上に明るく濃く強くなったように感じる。
特に、葡萄(マスカット?)を描いた作品や、森の中に鮮やかなテントを描いた作品はインパクトが強かった。

個展案内状に使用されていた「Sleeping Bag」シリーズでは、寝袋に包まれて瞳を閉じて眠っている人物は、眠りというより孵化を待つ蛹のように描かれ、背景には天からの光が降り注ぐ。その微妙なそれと分かる光のグラデーションが、あまりにも自然な感じで描かれている。長い眠りから目覚め、この世に生を受ける時に見る現世の光と見るか、はたまた死へと向かう時のご来光と見るか、それは見る人次第なのだろう。

作者の言葉によれば、本展タイトル「夏の月」はバンコクの古本屋で見つけた松尾芭蕉の本に彼が詠んだ次の句がきっかけになっている。
「蛸壺や はかなき夢を 夏の月」

本展出展作に唐突に出現する「蛸壺」は、こんな理由で描かれている。

小林さんは、この句から「存在していることのはかなさ、悲しさを感じ」、更に「わからないことがわかった気がする」として本展に寄せる言葉を締めくくっていた。

池や森を背景に浮かぶ人影のないボート「Boat」2点が、今回のお気に入り。
誰もいないボートに一抹の寂しさを覚えるのだけれど、あの水の透明感、光の存在が忘れがたい。

油彩9点、奥の応接コーナーには水彩はじめドローイングが10点ほど展示されているので、こちらもお見逃しなく!

なお、本日5月12日の日本経済新聞朝刊に宝玉正彦編集委員が本展の展評を寄せている。
そして、ブログ「フクヘン」(フクヘンさんが小林孝亘さんの作品を今一番買いたいと語っている!)に、本展出品作品の画像が多数紹介されています。
ブログ「フクヘン」→ http://fukuhen.lammfromm.jp/?p=5228

*6月5日まで開催中。

三重県立美術館常設展示第1期

前回の続き。

企画展の後、2階の常設展示室へ移動。三重県美は1階が企画展示室、2階が常設展示室、1階には増築した柳原義達記念館も併設している。

今回は2階の常設展示室で、思いもよらぬ名品に出会えた。

第3室 横山操 《瀟湘八景》シリーズ 1963年
・江天暮雪
・洞庭秋月
・漁村夕照
・山市晴嵐
・平沙落雁
・遠裏帰帆
・瀟湘夜雨
・烟寺晩鐘
以上8点がぐるりと1室を囲む。水墨画の世界にどっぷりと浸れる。
同じ水墨作品でも荒々しいタッチの作品と画面の静かな作品が共存していて、まさに時に荒く時に静かな自然が見事に具現化されている。
私の好きな1枚は、「洞庭秋月」。
洞庭秋月-横山操

前者の月明かりの夜の情景が瞼にそのまま浮かぶ。ぽっかりと月が中央に浮かぶが画面の大半には空気だけが見える。冷たくひんやりとした感じ。秋の気配。

横山操は、それまで工場や建設現場を描いていたが、新たな水墨技法への挑戦をかけて、ポピュラーな画題である《瀟湘八景》シリーズに取り組んだと言う。三重県立美術館の本作品についての解説はこちら

第2室
ここには毎回、曽我蕭白の作品が展示されている。嬉しいのは蕭白の《瀟湘八景図》18世紀中期・紙本墨画。
横山操との「瀟湘八景」対決、存分に楽しめる。こんな嬉しい常設展示をしてくださる三重県立美術館に拍手!
もう1点の蕭白作品は《林和靖図屏風》1760年・紙本墨画。こちらは屏風なので、かなり大きな作品。

第1室
ここでは、日本の近代洋画、西洋絵画が並ぶ。
青木繁「自画像」、村山槐多「自画像」、安井曾太郎「裸婦」、エミール・ノルデ「自画像」など今回は裸婦と自画像作品を中心に所蔵品が展示されている。

*第1期は6月27日(日)まで。

「Tsu Family Land 浅田政志写真展」 三重県立美術館

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三重県立美術館で5月30日まで開催中の「Tsu Family Land 浅田政志写真展」に行って来ました。

浅田政志は、三重県津市出身1979年生まれで昨年第34回木村伊兵衛賞を受賞した新進写真家です。
浅田政志オフィシャルサイト → http://www.asadamasashi.com/index.html

浅田は家族の思い出の再現にとどまらず、家族の絆をテーマに未来を志向した写真作品を郷里で制作。彼の写真は、消防士、ラーメン屋、ミュージシャン、極道など様々な扮装をした浅田家の家族全員をセルフタイマーを使用して撮影したもの。撮影の際、様々な人と交渉し協力を得ながら撮影するという方法と過程をも作品の一部であることにも注目すべきでしょう。

また、近年浅田は全国各地の依頼者のもとへ向かい、依頼者の家族の特色や良さを引き出した家族写真を撮影しています。

本展では、これまでに発表された作品に加え、たくさんの新作が映像やインスタレーションとともに展示されている、まれに見る写真展となっています。

浅田政志の写真集を書店で見て手に取ったが、その時には強い関心がわかなかった。
そんなこともあって、本展の開催を知ってはいたが、津までは遠いし・・・と行く予定はなかった。
ところが、連休中にtwitterのタイムラインを眺めていたら「三重県立美術館の浅田政志写真展はすっごく楽しかった。複数で行くともっと楽しめると思う。」という呟きが突然飛び込んで来た。

「写真展が面白い?良かったではなく面白い?どんな展覧会なのだろう」と興味がわく。早速、ネットで「浅田政志写真展」で検索をかけたら、関西中心の展覧会、ギャラリーのレビューを書かれている小吹隆文さんの展覧会レビュー(以下)を発見。ここでも絶賛されているではないか。
(参考)
「小吹隆文 アートのこぶ〆」http://blog.livedoor.jp/artkobujime/archives/cat_33025.html

これは行くしかない。すぐに津に向かった。

三重県立美術館は企画展だけでなく、曽我蕭白に常設展で出会えるという嬉しいおまけもある。

美術館の中に入ると、いつもと様子が違う。
ロビーには大きな「Tsu Family Land」と書かれたゲート(下)が設置されていて遊園地のよう、だからファミリーランドなのか。受付で会場イラスト満載の両面会場案内図を渡されるが、作品リストはない。ただしこの展覧会に作品リストは不要だとこの後分かる。
GATE

会場は全部で7つのエリアにわかれている。なお、本展は写真展なのだけれど、会場内および作品の写真撮影はフラッシュをたかなければ自由となっています。
これから、行かれる方はカメラをお忘れなく!

1.NEW LIFE AREA
ここでは、浅田家(浅田政志の両親+兄夫婦+浅田政志)の5人家族に兄夫婦に子供が生まれたため6人家族になった
喜びを浅田家全員で祝福している。
展示作品は兄夫婦がハワイ(?)で挙式するところから始まり、子供が生まれた時の写真やら、浅田父が描いたコウノトリ(下)、母の押し花、兄の描いたキャラクター他、手作りインスタレーション「マンモスカメラ」で会場を構成。
「マンモスカメラ」は遊べます。
KOUNOTORI

2.Red ver.AREA
このエリアは浅田家が2001年~2008年まで三重県の様々な場所で撮影した記念写真を展示。
中央には、ボランティアの協力により制作されたMie Star Bowlがあり、こちらも玉ころがしの要領で遊べますが、転がすだけでなく穴の中からプラスチック製の排水カップを取り出すと浅田家について様々なエピソードとサービス判写真が貼られた作品を観ることができる。
このアイディア誰が考えたのだろう。面白かった。

3.Blue ver.AREA
一挙に反転して暗闇になる。三重県の夜中のヨットハーバーに会場を見立てている。壁の両面を巨大スクリーンにして、夜の三重の海の映像を流している。中央には小屋が。中に入るとそこには・・・。どうなっているかはお楽しみ!
三重を愛する浅田家もしくは浅田政志の思いが伝わる。このコーナーとっても良かった。本展で一番のお気に入り。
SEA

4.みんな家族AREA
番号では4番目になっているが、Blue AREAからは次の「ヒストリーオブ浅田家」をはさんで次にある。
自分以外の家族をこの2年間で撮影した写真が展示されている。
会場外に、直近の家族写真のコーナーと制作過程が貼られているが、面白かったのは、一番下の妹さんが当初撮影に参加するはずが「どうしても、おともだちと遊びたくなってしまったので、欠席」と書かれた撮影状況のメモに笑ってしまった。こんなアクシデントもまた思い出になるのだなぁと思った。
TREE

5.ヒストリーオブ浅田家
ここでは、浅田政志が20歳で初めて撮影した浅田家なりきりモノクロ写真や浅田家父がずっと撮影していた家族写真付年賀状を一挙公開。更には浅田家の年表まで作られ貼り出されている。
こうまで開けっぴろげで良いのか!浅田家の皆さんはと感心する。

このコーナーは小学校の教室のように9セットの机と椅子が置かれており、三重県立美術館へのアンケートと「浅田家への手紙」が宿題として机に乗っている。
観客の大半がここに座り、みな宿題を黙々とこなす。こんな光景他ではなかなか見られない。
なんでだか、お手紙書きたくなってしまう、その気にさせられてしまうんですね。
これも浅田家の世界に入り込んだ証ではないだろうか。

6.おみやげコーナー
会場を出るとミュージアムショップならぬ「おみやげコーナー・浅田屋」がお店を大きく広げている。
浅田政志の最新刊写真集「New Life」と一緒に三重県の郷土の名物など他ではなかなか手に入らない特産品の数々が販売されていた。既に完売しているアイテムもあり、なかなかの盛況ぶり。
こんな雰囲気も通常の美術館というよりデパートの催事場で行われる物産展のようで面白い。

7.撮影コーナー
浅田家の写真はセルフタイマーで撮影されている。このコーナーでは浅田家のようになりきって自分たちの写真をセルフタイマーで撮影できるようカメラが設置されている。
こちらも人気で、皆さん思い思いの衣装を付けカメラに向かってポーズを取っていた。
ここで撮影した写真は購入もできる。

とまぁ、こんな具合に写真ありインスタレーションありの実に楽しい空間が展開している。
それにしても浅田家の皆さんがなりきり写真の撮影を実に楽しんでおられることが写真から伝わってくる。
写真集の良さもあるけれど、やっぱりプリントした写真は訴えかけるものの強さが違うと思った。1枚1枚の写真を撮影するたびに浅田家の歴史が刻まれる。その時の思い出が積み重なる。
写真撮影ってこんなに楽しいことなんだっけと誰もが懐かしく、今更に感じさせられるに違いない。
一緒になりきってくれる家族のありがたさも、普段気付かない家族の存在。それに気付かせてくれる。

もう一つ付け加えると、セルフタイマーで撮影しているとは思えない写真の美しさがある。
それはさりげない背景に映っている美しい桜の風景だったり、ここ!というポーズの決まった一瞬を上手くおさえていたり、そこかしこで感じた。

会場には地元三重県の皆さんが、ここは○○で撮影したんじゃないか?など写真を見ながら会話も弾む。
ご近所の方々がふらっと美術館に入って楽しんでいらっしゃる、そんな風景があちこちで見られた。ご家族で来場されてる方もあれば、お友達同士、年配のご夫婦、でも皆さん楽しそうに浅田家のなりきり写真を前に会話も弾む。
堅苦しくない緩さが何とも言えず良かった。美術館でこんなに楽しめる所なんだと再認識できたような気がする。

とにかく観終わった後に、じ~んと心に響く写真展です。
この展覧会はオススメできます。ぜひお近くの方は三重県立美術館にお運びください。そして、twitterの呟きと小吹きさん、本展関係者の皆さんにも感謝です。素晴らしい展覧会でした!

*5月30日(日)まで開催中です。

●三重県立図書館講座「三重を写す」
中里和人、松原豊、浅田政志の写真家三人によるトークライブ
5月22日(土)13:30~15:30 於:三重県総合文化センター生涯学習センター視聴覚室
申込制(先着順140名)
申込方法等詳細はこちら → http://www.pref.mie.jp/TOPICS/2010040299.htm

「Gelatin Silver Session 2010- Save The Film -」 AXIS Gallery

geratin

AXIS Galleryで5月15日(土)まで開催中の「Gelatin Silver Session 2010- Save The Film -」に行って来ました。

まず、GSSとは? GSSのWebページ(以下)からの引用です。
http://www.gs-s.info/activity/exhibition/2010/
デジタル写真に対して「銀塩写真」と呼ばれる歴史あるアナログ写真は、世界的なカメラのデジタル化の進展によりその市場規模が急速に縮小しています。それはデジタルでは表現できない銀塩写真の独特の風合いや、手間や技術を要する暗室作業の世界が失われていることでもあります。

ゼラチンシルバーセッション(GSS)は銀塩写真でしか表現できない写真の楽しさ、面白さを広く知ってもらうことにより、次の世代のためにも銀塩写真技術や機材、フィルム、印画紙等を守っていく思いを繋げていくプロジェクトです。


今年で回を重ねること5回目を迎える「ゼラチンシルバーセッション2010」。テーマは「代表作」。
作家本人が自身の「代表作」を選んで展示しているよう。

今回の参加写真家は以下の面々。
石塚元太良、石元泰博、上田義彦、笠井爾示、久家靖秀、操上和美、小林紀晴、小林伸一郎、 今道子、十文字美信、菅原一剛、鋤田正義、杉本博司、鈴木理策、瀬尾浩司、瀧本幹也、辻佐織、 泊昭雄、中野正貴、M.HASUI、ハービー・山口、平間至、広川泰士、広川智基、藤塚光政、 本城直季、水越武、宮原夢画、三好耕三、森本美絵、森山大道、山本哲也、若木信吾 の33名。

各写真家の写真は1名1~3点。これに、アンセル・アダムスの写真が特別展示されています。

受付で、入場料300円を払うと本展展示作品(除くアンセル・アダムス)&各写真家の展示作品についての思い出などコメントも掲載している小冊子を貰えます。これは要保存。

最初は、アンセル・アダムスの写真が全部で20点ほど。中でもオキーフが被写体になっているものに注目。写真の向こうにいるオキーフの眉と力強い視線にたじたじ。
何気ない子供の写真でも、やっぱり活き活きとした瞳があって魅力的。好きだなぁ、アンセル・アダムス。

私が最初に写真を観るきっかけになったのは、2004年の野口里香「飛ぶ夢を見た」@原美術館だけれど、海外の写真家作品に触れたのは、2006年に名古屋ボストン美術館開催のアメリカを代表する写真家の展覧会だった。
第1弾がアンセル・アダムスでなければ、今頃写真展には行ってないかもしれない。第2弾はアルフレッド・スティーグリッツ、第3弾はエドワード・ウェストン。

彼の写真が原始体験ゆえにどこか懐かしい気持ちが甦る。

そして、国内写真家(GSS参加)33名の写真が並ぶ。なお、一部写真家の作品は販売もされている。

印象に残った写真家。
・石塚元太郎 『PIPELINE ALASKA』Type C-print
・石元泰博 『シカゴ、シカゴ』ゼラチンシルバープリント
・小林伸一郎 『DEATHTOPIA SERIES OSARIZAWA』Type C-print
・今道子 『烏賊+スニーカー,1989』ゼラチンシルバープリント
・菅原一剛 『Nara ♯05』ゼラチンシルバープリント
・杉本博司 『御真影』ゼラチンシルバープリント
・鈴木理策 『White Sands』Type C-print
・瀬尾浩司 タイトルなし ゼラチンシルバープリント
・瀧本幹也 『Makapu'u sea』 Type C-print
・泊昭雄 『NO1』Type C-print
・ハービー・山口 『PROFILE』『Galaxy』ゼラチンシルバープリント
・平間至 『近くて遠い君へ』 3点 ゼラチンシルバープリント
・広川泰士 『TIMESCAPE-無限旋律-♯44』『TIMESCAPE-無限旋律-♯48』ゼラチンシルバープリント
・広川智基 『本郷零時3分』Type C-print
・藤塚光政 『空の帝国』 Type C-print
・本城直季 『giraffe kenya』Type C-print
・水越武 『ヒマラヤの未踏峰ホーク(6754m)』ゼラチンシルバープリント
・宮原夢画 『Angel』ゼラチンシルバープリント
・森山大道 『帽子』 ゼラチンシルバープリント
・若木信吾 『Persimmon on his Head』ゼラチンシルバープリント
(特別展示)
・稲越功一 『1987/LA』 ゼラチンシルバープリント
・植田正治 『パパとママとこどもたち(肩車)大』ゼラチンシルバープリント

って、ほとんど全部じゃないの。いや全部挙げても良かったです、はい。
更に上記の中から絞り込むとすると、宮原夢画さんは今回初めて知った写真家さんですが、植田正治の作品を思い起こさせるモノクロ写真で、とても気になります。

鈴木理策さんのSandシリーズは初見。コメントによれば、理策さんが1987年から3年間アメリカを旅しながら撮影し、大型カメラでの制作に切り替えた思い出の2点とのこと。いや、貴重なプリントを観ることができて、本当に良かった。
菅原一剛さんの渋いモノクロ写真、これは奈良のどこなの?という程、背景の山を写しこんだ神秘的な湖の1枚。
ハービー・山口さんの写真もかっこいいし、若手では広川智基さんの東大本郷キャンバスを撮影した2枚もお気に入り。

「代表作」ということで、ゼラチンシルバープリントに限らずC-printも並んでいたのも良かった。ゼラチンシルバープリントのカラーにはない良さ、またその逆も然り。
先日、鈴木理策さんの講演に参加した時、いつも使っている印画紙がメーカーで作られなくなり、これからどうしようかという話題になった。理策さんは「楽観的だから、まぁ何とかなるんじゃないかと前向きに考えている」とお話されていたのを思い出します。
デジタルにはない良さ、今だけの作品になってしまう時が来るのでしょうか。

参加写真家の皆様&アンセルアダムスに心から感謝。

*5月15日まで開催中。最終日は17時まで。写真好きな方にはオススメです。

黒川古文化研究所名品展-日本刀・江戸絵画・中国考古文物の精華- はじめての美術館72

kurokawa

黒川古文化研究所は西宮市苦楽園の高台の絶景眺望の地に建っています。
阪急電車夙川駅からタクシーで10分程度。バスだと「柏堂町」バス停から800mですが、行きはかなりの登りです。

黒川古文化研究所は古文化財を学術研究の資料に提供し、かつその保存を図るために昭和25年10月に設立された財団法人の研究所です。
詳細は同研究所HPをご覧ください。http://www.kurokawa-institute.or.jp/

年に2回(春と秋)に、代表的な所蔵品を市田に鑑賞できる機会を設けておられ、今回は第103回展観「黒川古文化研究所名品展」に行って来ました。
併せて、鑑賞講座「江戸絵画を鑑定する~「真」「贋」のはざまで何をみるか?~」杉本欣久研究員も聴講し、これも大変興味深く参考になる内容で、その後、鑑賞ポイントが変わったかなと思います。

さて、同研究所の誇る名品の数々の中から印象に残った作品をご紹介します。

<江戸時代の絵画>
・田中訥言 「嵐山桜花図」 
田中訥言は尾張の復古大和絵派の祖と言われ、はじめ京都狩野派石田幽汀に学び、のちに土佐光貞に師事する。徳川美術館など愛知県内に残る作品はかなり多い。本作は、嵐山の春の情景を俯瞰的に描くが、ゆるやかな川の流れが心地よい色で表され、眺めていると「春の穏やかな嵐山の1日」の光景が目に浮かぶ。
この季節(行ったのは4月)にぴったりの1枚だった。

・渡辺南岳 「美人図」
28.8×21.2cmの小画面。しかし、机に寄りかかる美人を描いた様の筆致は一切の妥協がない。生え際の髪の毛1本1本、そして笄やかんざしはすけるような鼈甲。愁いを帯びた表情も何とも言えず艶かしい。
ちらりと見える赤い襦袢が画面の中でアクセントになっている。小品であってもガラスケース奥の壁に展示されているのが常であるのに、こちらでは、わざわざ斜めになった台をガラスケース内に設置し、単眼鏡がなくても細部まで見えるように展示方法が工夫されている。こんな心遣いが嬉しい。

・鈴木其一 「暁桜・夜桜図」
暁桜と夜桜をそれぞれ描いた対幅。琳派画家として知られるが、夜桜は墨だけで濃淡を付け、夜の深い空気を表現し、暁のそれは夜がしらじらと明ける様子を見事な墨使いで見せる。桜の精緻な写実表現も素晴らしい。其一作品の中でも優品だと思う。

・渡辺崋山 「乳狗図」 1841年
とても見たかった作品。右側にある岩?なのか、形が奇怪である。親犬はどこを見ているのだろう。正面から見ると左方向を首をねじって見ている。その下には、白い子犬が母犬の影から様子を伺っている。敵でも見つけた?母犬の前足は地面から持ち上がっている。犬の目はキラりと光る。
画面手前の地面に生える雑草が妙にリアル。本作品は田原に蟄居中に描かれたもの。

・司馬江漢 「水鳥図」 
この作品が江漢のものとは最初まるで思わなかった。彼の絵は西洋画風のものあり、今回のような異常なまでの精緻な表現の作品ありで、八面六臂。特に凄いのは白い水鳥の羽の表現。羽毛の線1本1本描いている。また水鳥の眼には胡粉の点描で光を表す工夫を見せる。

・西山芳園 「雪中龍安寺図」
雪に埋もれる龍安寺を描いているが、単なる雪中表現に留まらず、冷たく凍える空気感まで画面上に描出している点が見事。し~んとした雪のお寺の情景、そして手前の3本の松の木は、画面内におさまらず、元気良く枝を伸ばす。
芳園は江戸時代後期の画家で、松村景文の学んだ四条派の大阪人。

・河村文鳳 「青緑山水図」
河村文鳳は今回初めて作品を観たように思う。岸駒に学んだ。大幅の山水図だが、手前の樹木に顕著な太く黒い輪郭線が特徴的。

他に、昨年和歌山県立博物館での回顧展を観た野呂介石「熊野真景画帖」、鈴木芙蓉「熊野名勝図画」が良かった。

<鎌倉時代の刀剣>
もう少し、日本刀鑑賞の勉強してから再度こちらに臨みたい。展示作品9点のうち、1点を除き重要文化財と国宝(1点)。先日、細川家の至宝で漸く波紋の違いを理解することができたが、刀鑑賞には決まりがある。刀鑑賞講座を受講して見方を学びたいが、この時は、違いがまるで分からなかった。猫に小判状態です。

<中国の考古文物>
中国の古美術品も同研究所所蔵品の中では充実している。
玉製品に青銅の鏡、瓦、塼。青銅鏡は戦国時代から前漢時代のものが中心。この鏡の文様について講演会が別の日程で開催されていた。個人的には鏡より青銅器の方に関心があるが、「星雲文鏡」に注目。

*5月16日(日)まで開催中。
開館時間:10時~16時 休館日:月曜日

「奥村土牛展」 山種美術館

土牛

山種美術館で5月23日まで開催中の「奥村土牛展」に行って来ました。

本展は、2009年に迎えた奥村土牛(1889-1990)の生誕120年を記念し、その人と芸術を同館所蔵作品のうち約70点でたどる展覧会です。
同館には、本画・素描・書を合わせて135点の土牛作品を蒐集し、戦後の秋の院展出品作品のほとんどを所蔵しています。どおりで、他館ではあまり大作を見ないはずです。

展示は奥村土牛の言葉とともに作品をたどっていきます。
「芸術に完成はありえない。どこまで大きく未完成で終わるかである。」という彼の言葉はその芸術の真髄ではないでしょうか。

一貫して、土牛の作品を通じて思うのは「描きたいという強い意志」「写生」「格」「簡素な線と抑制のきいた色彩」です。
再び土牛の言葉を引用すれば「上手い絵はいくらでも描けるだろう。その先の芸術性はその人の心の高い低いで絵ができる。」。画家の精神性を重んじた言葉です。

・「枇杷と少女」1930年
枇杷はまるで本物のよう。わさわさと枇杷になっている枇杷の身は丸々としている。枇杷の木の葉っぱの葉脈が絵の具で盛り上がっている。

・「雨趣」 1928年
画集でなく実作品を見られる幸せ。雨の1滴1滴を胡粉の濃さをいろいろ変えて描きこみ。研究会に入っていたという速水御舟の影響でしょうか。

・「聖牛」 1953年
線と面で構成された画面というと偉そうな感じだけれど、頭に入れてこの作品を見るといわんとすることが分かる気がした。真っ白な牛は胡粉を何度も何度も重ねたもの。善光寺にインドから牛が贈られ、土牛が息子を連れ長野に赴き、写生に1週間をかけた。母牛と子牛の2頭が描かれる。

・「鳴門」 1959年
本展のマイベスト。理由の第一は色。抹茶ミルクをもう少し薄くしたような色としかたとえられない。白を混ぜているけれど、よくよく見ると下地は黄色に塗られている。渦潮の渦は、白で流れをたどる。
離れて見ると更に良い。

・「蓮」 1961年
蓮の葉に埋もれた花の赤さと大きさが、一見して「わっ」と飛び込んでくる。

・「門」 1967年
この作品もすごく好き。こんな門の描き方をする作品は見たことがない。簡単なようでいて、奥行きのある空間を平面に落としこむのはとても困難な作業なはず。しかし、土牛は見事に平面作品として仕上げた。門の奥の先まで見通せて空間を立体的に見せる。黒い門と白壁のコントラスト。夏目漱石の「門」の表紙絵にしたらどうだろう。

・「朝市の女」 1969年
本作品の素描もあったが、本画には女性の前に魚がいろいろ置かれている。

・「茶室」 1963年
先日京都で訪れた大徳寺真珠庵の茶室「庭玉軒(ていぎょくけん)」の室内を描いた作品。拝観寺に中にまでは入れず、外から覗き見ることしかできなかった。土牛の作品で中を拝見した気分になった。

・「海」 1981年
晩年の作品。1回目には、いいなと思えなかったけれど2巡目に好きになった。房総の若い海。鳴門の海の色とは違う。比べて見るのも面白い。

子のほか干支の動物たちとして十二支全てが展示されていた。
「羊」「庚申春」「戌」など味がある。土牛は自身の名前に「牛」が付けられていることもあるが、動物に注ぐまなざしが温かい。「目が楽しいから生き物を描くのが好き」これも土牛の言葉。

動物だけでなく草花へのまなざしも同じ。彼の師でもあった古径と似ているなと思ったのは、花と併せて骨董(?)と思われる染付の器や古九谷の器を描いていること。「チューリップ」「柘榴」「木蓮」等々、奥の展示室は百花繚乱。中央に位置するのは本展チラシに使用されている「醍醐」1972年。ピンク色が萌えていた。

日本画が好ましい理由のひとつに、岩絵の具の質感がある。画面がきらりと光る時、画集や印刷物では見られない喜びを感じる。今回も絵に近づいてじっくりと絵の具の使い方塗り方を見ることができた。画面は決して平坦ではなく、ところどころ厚塗りにされている箇所も分かる。山種美術館は手狭かもしれないが、ガラス1枚隔てるだけで近寄れる作品も多いのが良い。東近美などでは、ガラスと絵までの距離があって、細かな塗りまでは確かめられない場合が多いので余計に貴重。

帰りは渋谷駅のバスに乗車。6分間隔くらいでバスが頻繁に来るし、渋谷駅の降車場所は東急東横線乗り場やJRの目の前。これからは渋谷駅バスを利用しようと思った。

本展チラシは、早々となくなっていましたが、それも納得できる内容です。大規模回顧展を拝見したい日本画家がまた増えました。

*5月23日(日)まで開催中。

「王者の華 牡丹」 徳川美術館

tokugawa

徳川美術館で5月23日まで開催中の「王者の華 牡丹」に行って来ました。
展覧会HP → こちら

日本では、牡丹は中国への憧憬と結びつき、吉祥を表す重要な花として、あるいは、神仏を荘厳するモチーフ、伝統的な四季表現の一部として、古くは平安時代から意匠化され、各時代を通じて数多くの名品が生み出されました。
徳川美術館・蓬左文庫開館75周年と隣接する徳川園がリニューアルして5回目、更には名古屋開府400年を記念し、美術工芸品に花開いた牡丹の姿を本展で紹介します。

本展については、既に「Art&Bell by Tora」様が素晴らしい紹介記事を書かれていますので、ご紹介します。画像も沢山掲載されています。→ http://cardiac.exblog.jp/13142381/

展覧会構成とともに、印象に残った作品をあげていきます。

Ⅰ 富貴の花で飾る 東アジア美術にみる牡丹
<中国>
・絵画
中国絵画に見る牡丹図の数々。日本中にある元代、明代、清代の作家による競演。
伝銭選筆「牡丹図」高桐院(重文)同じく知恩院蔵のもの、伝王淵筆の2点の「牡丹図」。絵で見る百花繚乱の牡丹でいずれ劣らぬ大幅で中国絵画特有の緻密な描きこみが特徴。
後期(5/1~23)には滋賀県立琵琶湖文化館蔵の伝王淵「牡丹図」も出展されていたが、同一作家の牡丹図が各所に所蔵されていることだけでも、当時人気の画題で絵師への注文も多かったのだと分かる。

李一和「花鳥図」白鶴美術館蔵、仇英筆「金谷園図」知恩院蔵、後者は中央の雉に補修が入っていて右下に描かれている雉と中央に描かれている雉を比較すると中央の方が雑。別人の手によるものではないかと思った。

<陶磁器>
よくぞこれだけ集めたものだと感心する。
北宋の白地黒掻落牡丹唐草文梅瓶の数々、磁州窯のものが全5点。最初に目に入る場所に展示されている大阪市立東洋陶磁美術館蔵「白磁銹花牡丹唐草文瓶」(定窯)のものは、他を圧するような格がある。姿形と白磁のとろんとした白色がなんとも言えない。

白磁の次は青磁、龍泉窯5点と耀州窯1点の計5点と五彩など。
そして、また一際目を惹くものがあるなと思ったらまたも東洋陶磁美術館蔵「瑠璃地白花牡丹文盤」(景徳鎮窯)・重文で、瑠璃色の青色の鮮やかさ、これだけ大きな盤、これも安宅コレクションなのだ。
私の好きな粉彩の牡丹文が1点出ていて嬉しい。「粉彩牡丹文大瓶」(景徳鎮窯)東京国立博物館蔵は、国内屈指の粉彩の名品だとか。

漆工品
「牡丹と四季の花々」「牡丹と鳥」をテーマに堆朱のお盆や香箱がずらりと並ぶ。堆朱の漆工品は徳川美の得意分野。館蔵品だけで充分だと思うが、今回は個人蔵、三井記念から牡丹文の作品を借り入れし展示。壮観。

金工品、古裂も牡丹尽くし。

<朝鮮>
絵画はないのが残念だった。朝鮮絵画でも牡丹を描いた作品はあると思うが、ここではやきものだけ。
またも東洋陶磁美術館蔵作品の独壇場「青磁象嵌辰砂彩牡丹文鶴首瓶」「青磁鉄絵宝相華唐草文梅瓶」、高麗白磁は京博所蔵品が出展。

<琉球>
中国、朝鮮と来て、琉球への流れは驚く。琉球の工芸品で見る牡丹。琉球楽器(銅鑼、鼓)が珍しい。

Ⅱ 日本で愛でられた牡丹
<神仏に捧げる花-宝相華と牡丹> 仏教美術の中での牡丹作品を紹介する。

・「大仏頂曼荼羅図」奈良国立博物館蔵(平安時代)・重文
平安時代の仏画にも既に牡丹は取り入れられている。保存状態良く見事。

ここで注目すべきは経典類。
・平家納経(法華経 勧持品)前期、(法華経、安楽行品)後期 厳島神社 平安時代
久しぶりに平家納経をじっくりと拝見。これほど美しい経典などないだろう。装飾経の白眉中の白眉。後期作品見たさに2度出かけたようなもの。
後期の安楽行品は、通常展覧会で見ることができない表面ではなく裏面を見せてくれる。こんな機会はもうないかもしれない。平家納経は裏面もやっぱり素晴らしかった。雲母で描いたのか細い線で四季おりおりの絵が入っている。

・「紺紙金銀交書慧上菩薩経」(中尊寺一切経)平安時代 白鶴美術館 (前期)
時代をさかのぼるほど経典の用紙は手がこんでいる。本作の紺紙の色つやそして金字の金の量。紺地に映える。

<百花の王・百獣の王-獅子牡丹文の系譜>
牡丹の中でも「獅子牡丹文」に焦点を絞って、作品をジャンルを問わず展示する。
目貫、芦屋釜、二十四間四方白星兜、色絵獅子牡丹文銚子(古九谷)、更に「葵紋付獅子牡丹文火事羽織」、歌川国芳「深見草獅子彩色」(前期のみ)と楽しい。

<書を彩る牡丹文>
五島美蔵「太田切」、大東急記念文庫蔵「太田切」、個人蔵「石山切」、「古今和歌集切」など古筆の雲母刷でも牡丹文がかな書に華を添える。

<牡丹を描く>
・狩野山楽筆「牡丹図襖」 大覚寺
・「牡丹に蝶図」室町時代 根津美術館蔵(4/10~5/9)
・酒井抱一筆 「牡丹に蝶図」 個人蔵(前期)
・岸駒筆 「牡丹に蝶図」 神戸市立博物館(後期)
☆山本梅逸筆「花卉草虫図」 名古屋市博物館

山本梅逸の「花卉草虫図」は花と虫のワンダーランド。って若冲じゃないですが、写生と装飾いずにも力量を発揮した華麗な画面。みっしりと花や植物、虫たちが描かれる。虫たちを探し出すのが楽しい。
☆土佐光起筆「牡丹に猫・蝶図」 相国寺蔵 (5/1~23)
・熊斐(ゆうひ)「牡丹に猫・蝶図」 徳川美術館蔵
・司馬江漢筆「牡丹に猫図」 MOA美術館蔵

土佐光起の猫がとても可愛い。丸まって目を閉じ、牡丹の下ですやすや寝ている。他に熊斐のものに惹かれた。

<牡丹で飾る>-さまざまな牡丹文
再びやきもの。
・「染付牡丹文水指」 野々村仁清 個人蔵
・「色絵花鳥紋深鉢」(柿右衛門様式)東京国立博物館蔵
・「色絵牡丹唐草文酒器」(古九谷) 徳川美術館蔵

続いて、徳川美術館得意の蒔絵硯箱、香具箱など姫君の所蔵品から牡丹を探す。

<牡丹を知る 牡丹を活ける>
本草学(薬)や博物学の資料から牡丹をたどる。最後の最後はいけばなの資料で立花の指南書「遠州流生花意匠」などが出展されていた。

常設展示室では茶道具の名品、名刀などに加え、今回は円山応挙筆「華洛四季遊戯図巻」二巻のうち上巻(重要美術品)は応挙の丁寧な仕事を間近に見ることができます。

前期展示に行った時、お庭には牡丹が咲き誇っていました。館内でもそして館館では様々な色の牡丹が出迎えてくれます。

*5月23日まで開催中。お庭の牡丹はもう散ってしまってますが、お近くの方はぜひ。  

「近代日本美術の百花」 千葉市美術館

chiba

静岡県立美術館に続いて、半年間の空調設備工事が終了しリニューアルした千葉市美術館。
リニューアル後の最初の展覧会は所蔵命品展「近代日本美術の百花」。
明治以後、大正・昭和前半の日本画・版画を中心に「花」にまつわる作品を同館所蔵作品約250点で展観するものです。

展覧会構成とともに印象に残った作品を振り返ります。

第一章 祝福された四季 花の伝統的な役割に光を当てる。

・橋本明治「春庭」「春信(橙)」
橋本明治の描く形が好き。「春庭」のチューリップの愛らしさ、「春信」に描かれた橙の無骨さ、いずれも橋本明治でなければ描けない形だと思う。

・戸張狐雁 稲村の秋 1912年
彼の木版画を見ると、物寂しい切ない気持ちがしてくるのはなぜなのか。ちょっと抑えた色調や描きこみ過ぎず「抑制」という言葉を思い出す。

・吉田博 「蜀葵」「雲井桜」
結局好きな作家は変わらない。吉田博の木版画は何度見ても色の美しさ、スケッチの正確さに目を奪われる。

この他、星襄一「こぶし」、椿貞雄「春夏秋冬極楽図」が良かった。

第二章 私の庭 プライベート空間の花

・山村耕花 「壺と百日草」
この壺、最近よく見かける掻き落しの壺だった。山村耕花も骨董好きだったのだろうか?想像が膨らんだ。

他に川上澄生の木版4点など。

第三章 粧う花々 花にたとえた美人画
第三章は見ごたえがあった。特に山本昇雲の「今すがた」シリーズ。山本昇雲は他でもあまり見かけないが、美人画とりわけ「今すがた」シリーズは凝った作りの木版画シリーズで、描かれた女性の表情、仕草、着物の色や文様の精緻さ、背景になっている草花など見どころは1枚に満載されている。

伊東深水の「信美人十二姿」シリーズも強烈。同シリーズ全12作品を一挙公開。
これは嬉しかった。1枚2枚は見かけるけれど一度に12枚見られる機会など、そうそうある筈がない。
「おしろい」「浴衣」などに見られる匂い立つような色香は同じ女性から見てもKOされそうだった。

同じく小早川清「近代時世粧ノ内」シリーズも六枚出ている。本当にこれだけで大判振舞であることが分かる。
「ほろ酔ひ」「化粧」「爪」「瞳」「黒髪」「口紅」の六点はいずれも当時の風俗をよく表現している。
もちろん、版画技術も素晴らしい。「瞳」で描かれた女性のまとうストールはエンボス加工のような処理が施してあるし、雲母の乗りも良い。小早川清の作品イメージは「赤」。彼の使用する「赤」のインパクトに今日も降参。

第四章 舞台の華
ここも、見ごたえある木版画が続く。歌舞伎役者をモデルにした大正期の版画がずらり勢ぞろい。
「よみがえる浮世絵」展の続き、続編もしくはパワーアップ編といったところ。

やはりイチオシは山村耕花。「梨園の華」シリーズは歌舞伎好きの方にはたまらない内容。
「中村吉右衛門の黒影土右衛門」、吉様は麗しい。「初代中村雁治郎の茜半七」の切れ長の目。後に同じ初代中村雁治郎を描いた名取春仙の作品が続き、同じように春仙も切れ長の目を描く。
私は山村作品の方が好み。今回名取春仙出展作品は間延びした感じにひっかかった。

吉川観方の3点。彼は上方の絵師。「観方創作版画」で見る「成駒屋の紙治 河庄の場」1923年は、江戸の歌舞伎堂艶鏡の大首絵を思い出した。いずれも好み。歌舞伎役者は、歯ではなく目が命だと思う。

第五章 返り咲く錦絵 外国人による明治・大正の木版画を振り返る。

ここでは、私の一番のお気に入りヘレン・ハイドの木版画が8点!も出ていた。普段は多くても3点程度なので、これだけでも来て良かった。しかも、見たことのない作品もあったりで、全部持ち帰りたくなる。
ヘレン・ハイドの木版画集とかないものか。真剣に欲しい。

彼女はアメリカ人で特に子供をモチーフとして描くことが多い。
今回は「追いかけっこ」「家路」「かたこと」「金物屋の店先」「内緒話」「6月のある日」「亀戸天神の太鼓橋」
「東京の元日」の8点。中でも「東京の元日」は素晴らしい。セル画かと思った程、発色が良かった。紙そのものが白ではなく黄味がかかっており、意図的なものなのか、焼けてしまったのか。この黄味がかった紙がハイドの作品をより効果的に見せてくれた。
彼女の木版画はどこか写真的でもある。「内緒話」はオーバルにカットされていて、肖像写真を思い出した。

バーサ・ラム、エリザベス・キースも登場。でもハイド以外なら、私はフリッツ・カペラリのちょっと戯画風な作品が好き。「鏡の前の女(立姿)」で鏡に映った女の生足にくらっと来た。

第六章 花の都 都市に見る風景

一番印象に残ったのは織田一麿「画集銀座の内」シリーズ。石版画で深い陰影が特徴。

川西英の「曲馬」の華やかな色使い、人物描写が彼らしい。

第七章 花模様 花に関連した装幀本や図案、画集などを紹介。
再び山本昇雲の「今すがた」シリーズが登場。

神坂雪佳「百々世草」からあじさいとかきつばた。ちょうど季節にぴったり。

圧巻なのは橋口五葉の夏目漱石、泉鏡花らの著作本を飾る装丁画の数々。その数、約20点。
杉浦非水のデザインも好きだけれど、橋口五葉の装丁の華麗さに心躍る。これだけ沢山の五葉の装丁を見たのは初めて。
橋口五葉は木版画も沢山出ている。「温泉宿」「長襦袢の女」など色香漂う美人画と装丁は同じ人物によるものとは思えない。

他に石井柏亭「邪宗門」の曼荼羅のような装丁も忘れがたい。

第八章 季節はめぐる
漸く最終章。
日本画で横尾芳月「線香花火」、長谷川潔「思想の生まれる時」が良かった。

*5月9日(日)まで。版画ファンなら必ずや楽しめます。

「New コレ しずおか 新収蔵品と静岡ゆかりの美術」 静岡県立美術館

前回の続きです。

静岡県立美術館の改修リニューアルオープン記念収蔵品展「New コレ しずおか 新収蔵品と静岡ゆかりの美術」を観てきました。通常は2階の常設コーナー+1階にある3箇所のショーケースで紹介されている同館のコレクションを1階の県民ギャラリーも使用しての拡大ヴァージョンで展観する特別企画。

●「日本画の名品」
「伊藤若冲アナザーワールド」の後に続く桃山から江戸絵画の名品。これが素晴らしかった。
・石田幽汀「群鶴図屏風」江戸中期
円山応挙の師である石田幽汀の屏風絵。ちょうど名古屋城三の丸でも幽汀作品を観たところ。鶴が一体何羽描かれているのか、それぞれポーズの違う鶴鶴鶴。さすが写生といえば応挙の師。鶴の羽毛の細かさ。若冲描く鶴との比較も面白い。ポーズが違うだけではない、タンチョウ、マナヅル、ナベツル、ソデグロ、アネハヅル5種類の鶴を描いているというから驚き。博物図譜で観ながら描いたのだろうか?

・長澤蘆雪「牡丹孔雀図」
蘆雪は応挙の高弟。応挙を間に師と弟子の作品が並んでいたのは意図的なのかな。本作品は、蘆雪の破天荒さはなりをひそめ、本格派で勝負している。

・久隅守景「蘭亭曲水図屏風」(新収蔵)
静岡に行ったのは、伊藤若冲だけでなく、この守景作品が出ていたことも大きい。twitterで先に行かれた方の感想呟きを拝見し、行くのを迷っていたが「行く」に決めた。昨年の石川県立美術館の「久隅守景展」には出展されていなかった大型の屏風。蘭亭から離れるほど、酔いがまわっている。人物描写の上手さが守景の特徴。やっぱり来て良かった。呟きに感謝。

・狩野永岳「四季耕作図屏風」(新収蔵)
永岳は京狩野の9代目。彼によって、京狩野は一時復興を遂げた。「四季耕作図屏風」は先に挙げた久隅守景も多数の作品を残していて、狩野派お得意の画題だったのだろう。本作は中国様式の四季耕作図屏風。当時の稲作の様子が作品から分かる。

・作者不詳「武蔵野図屏風」
富士山が大きく描かれた武蔵野図。同館は富士山を描いた作品を多くコレクションしている。本作品も無款ながら、富士山が描かれていたのが決め手になったか。

以上は江戸前期から後期までの江戸絵画。

雲谷等顔「春夏山水図屏風」重文 桃山時代も出展されている。

1階県民ギャラリー 
●「静岡ゆかりの作家たち」
・五姓田義松「富士」1905年
・川村清雄 「波」 1913-1927年
川村は幕臣の1人であった。「波」は大正2年~昭和2年にかけて描かれたという大作。それにしても、抽象絵画かと思うような「波」の表現。以前から川村清雄の個性的な作風が気になっているが、この作品など最たるもの。

曾宮一念、栗原忠二、和田栄作、北川民次、青木達弥、中村宏、柳澤紀子へと続く。栗原忠二は、イギリスのターナーに師事していたらしい。

ここで一番良かったのは、二見彰一の版画集。これは欲しい(買えませんが)。版画集『お茶のひととき』、『コーヒークインテット』いずれも詩と版画の組み合わせが良い。二見は長谷川繁の影響を受けたらしい。

●「昭和40年代生まれの作家たち」
静岡県立美術館所蔵品となった故石田徹也の作品が2点。続く正木隆も既に亡くなっている。
小西真奈さんが昭和40年代生まれとは以外。
小谷元彦の「SP1」シリーズがとても良かった。今年の小谷元彦展が楽しみ。
他に加藤泉(木彫とペインティング、嵯峨篤も出展されている。

おなじみの名作コーナー、今回はモネ「ルーアンのセーヌ側」、ゴーギャン「家畜番の少女」、シニャック「サン=トロペ、グリモーの古城」と印象派作品が並ぶ。

静岡県立美術館、床のカーペットの色を濃いものからベージュ系の明るいものに変更。同館は美術館への要望・声に対して真摯な対応を続けている。投稿された内容には必ず美術館側からの回答があって、誰もがその中身を閲覧することができる。何年か前、私が同館へ初めて行った時、企画展の前売りは静岡県内の一部店舗でしか取扱がなかった。全国どこでも購入できるようにして欲しいと要望を挙げたところ、現在では「チケットぴあ」など、県外でも前売券の購入が可能になった。
他に、屋根にソーラーシステムを付けたり、LED照明を一部使用したりと環境へ配慮した改修だったようだ。

*本展は巡回ありません。5月9日まで開催中。

「伊藤若冲アナザーワールド」 静岡県立美術館

sizuoka

静岡県立美術館で5月16日まで開催中の「伊藤若冲アナザーワールド」に行って来ました。
展覧会チラシ(上)の伊藤若冲の文字に鶏や烏?が、「ザー」の「ザ」の濁点に菊が使われているのがご愛嬌。
展覧会HP → こちら

昨年、MIHO MUSEUMで開催された「若冲ワンダーランド」に続く若冲の水墨画に焦点を当てた展覧会。
そして、もう一つのテーマは黄檗僧・鶴亭らの作品から、若冲水墨表現に影響を与えたであろう作家たちの作品を紹介します。

第1章 若冲前史
静岡県美では、会場の都合上第2章の作品から展示が始まり、第2章の後に第1章と逆になっているので注意。
約10点の作品が紹介されているが、メインは冒頭に挙げた鶴亭の水墨画。「墨竹図」、「墨菊図」など竹や菊、樹幹表現に類似点を感じるが、
「木蘭図」の濃い目の墨をたっぷり使った表現、擦法、大胆でシンプルな線描が一番若冲らしいかなと思った。
若冲のネタ本、発想源と紹介されていた大岡隼人『欄間図式』、大岡春ト『画巧潜覧』の版本に観る若冲の構図デザインの類似は偶然かはたまた
本当に若冲の源流なのか。これだけでは、結論付けられない。

第1章は巡回先の千葉市美で、更に沢山の鶴亭作品が紹介される予定なので、再度表現の類似点を確認したい。

第2章 初期作-模索の時代
動植綵絵までの水墨画を中心とした作品を33点で(後期:4/27~5/16)紹介する。
若冲ワンダーランドでの出展作もあるが、まだまだ未見作も多くあった。こうして観ると若冲は多作なのか、作品が多く残っているなと改めて感じる。

・「葡萄図」個人蔵
私にとっての若冲原点作品と同じ。一番最初に若冲作品に触れたのは相国寺の葡萄図襖絵だった。本作はそれと同じ葡萄をモチーフとする。

・「隠元豆・玉蜀黍図」 草堂禅寺
これはMIHOですれ違ったもしくは途中で出展中止になった作品だと思う。
隠元豆には蛙と虫が、玉蜀黍には雀が、動植綵絵の「池辺群虫図」「秋塘群雀図」へつながる表現が本作にはある。
葉の穴や欠けを塗り残すことで表したり、隠元の蔓の表現、隠元豆の袋に入っているはずの豆がうっすら見える微かな墨の使い方の妙。
本作品で使用されている四角の印が、本作に合っていた。

・「髑髏図」 西圓寺
これは、今回一番驚いた拓版作品。黒を背景にして髑髏を白く浮き立たせる。暁斎の作品?と思ってしまった。「乗興舟」と同じ技法で正面摺と言われる版画。
本作品の他に同じ版木で2点が現存する。

・「払子図」個人蔵
これも未見。左右幅は無染浄善(禅僧)の書。中幅が若冲作品で払子としゅ杖を描く。若冲には大変失礼なのだが、払子が大根に見えたのは私だけだろうか?
無染の死に対する餞として、本作を描いたという説もあり、キャプションには「無染へのレクイエム?」と見出しあり。
話はそれるが、本展の作品解説は非常に分かりやすい。まずキャプション冒頭に短く見出しがあり、その後に数行解説が続く。この方式でキャプションがあったのは板橋区立美術館を思い浮かべるが、板橋ほどはじけていない。他の来場者も「この解説分かりやすいよね」という会話が聞こえてきて好評だった。

「岩に牡丹図」「釣瓶蕪子花図」「柳白鷺図」など初見作品は他にもあった。着彩画では「雪梅雄鶏図」両足院蔵が素晴らしく水墨だけでなく若冲らしい着色作品もあるので楽しい。

第3章 着色画と水墨画 25点が出展されている。

・「百合図」 個人蔵
百合の葉の表現と第2章にあった「隠元豆・玉蜀黍図」の玉蜀黍の葉の表現がとても似ている。本作は水墨+着色。繊細な筆法が印象的。

・「厖児戯箒図」個人蔵
・狩野養信筆「等春筆狗子図模本」東京国立博物館
同じ等春の作品を模写した作品と言われている。「厖児戯箒図」は2007年の「若冲展」開催にあたり蔵を整理していて発見された若冲初期の作品。どちらが上手い?
(参考)2007年若冲展過去ログ
http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-102.html狩野養信の作品と

・「出山釈迦図」 西福寺
本作品も初見。過去に一度でも観ていたら忘れられそうにない。釈迦の衣の衣文線はお得意の筋目描きだが、ここまで過剰だと衣文線が衣文線でなく別のものに見えてくる。キャプション見出しは「もはや抽象芸術」!

他に同じく西福寺「仙人掌群鶏図」(対決展に出展されていた)、「菜蟲譜」佐野市立吉澤記念美術館蔵が出展されていて、両作品とも静岡会場のみで展示される。
西福寺は若冲と懇意な関係にあったのだなと個性的な作品の所蔵先として忘れがたい。西福寺蔵の2点は出展の頻度が少ないのでお見逃しなきよう。
 
第4章 晩年-多様なる展開 約35点
第4章では晩年の若冲作品に見る多様な表現を追う。
白象群獣図、樹下鳥獣図と升目描き作品も登場。明らかに、升目の塗り方に違いがある。前者は形も左端に中の四角はきっちり寄せられ、塗り方も丁寧。どの升目も寸分狂いなく塗られているが、後者のそれは、丁寧さ、きっちりさがなく雑である。若冲印の有無にも注目。
作者についての議論が過去より取り沙汰されているが、もっと若い研究者の意見も聞いてみたい。特に、本展担当の静岡県立美術館学芸員、福士氏が図録に落款と印象について、興味深い論文を掲載されておられた。

・「椿に白頭図」 個人蔵
・「賞春芳帖」 千葉市美術館
若冲の多色摺版画に観る表現。水墨も着色画も良いけれど、木版画もやっぱり良い。
個人蔵の「椿に白頭図」は「賞春芳帖」の中にある一図を扇面図に利用したもの。こんな風に若冲作品が生活の身近にあれば良いのに。

・「鶏図」 個人蔵
若冲と言えば、鶏の絵師とイメージされるほど鶏を描いた作品が多い。しかし本作はなかでもとりわけ印象深い。初めて観たように思う。
鶏がユーモアに溢れる構図で活き活きと描かれる。様々なポーズに、鶏ポーズ集と名づけたくなるほど。鶏たちの顔のかわいいこと。全部で11図あるが前後期で六図と五図を分けて展示。千葉市美で残り六点を観るのが楽しみ。
ここに描かれている鶏は全て二羽か三羽で描かれ一羽単独のものはないことにも注目したい。

・「山水図」 西福寺
またも西福寺所蔵作品。これもまた個性的な山水図。特筆すべきはそそり立つ巨岩が画面から浮き上がり、やたら岩ばかりが目立っている。

・「雛に双鶏図」 個人蔵
弱いものを守る若冲の生命への温かいまなざしを感じる。

・「鯉図押絵貼屏風」 六曲一双 個人蔵
これも初見。右から4つ波の表現、波とからまる鯉の動きが面白い。鯉の押絵貼屏風は珍しい。落款があるのが1点でその位置から、元々現在のような並び方ではなかったとされている。

第4章からなる「若冲アナザーワールド」は若冲ワンダーランドを超える作品量。
国立博物館の特別展クラスの展覧会であることは間違いありません。時間には余裕を見ておいた方が良いです。
静岡会場は多くの観客が来場されていましたが、ストレスを感じるほどの混雑ではありませんでした。先のことは分かりませんが、千葉会場は混雑が予想されます。静岡会場のみ展示作品もあるので、静岡会場でご覧いただくのも良いのではないでしょうか。
静岡県立美術館ではリニューアル記念のコレクション展を開催中。こちらもいつも以上に見ごたえのある内容です。
コレクション展については、次回感想アップ予定。

5月8日には、佐藤康宏氏(東京大学教授)「若冲における墨と色」と題した講演会も開催されます。先着250名、11時より整理券を配布。

本展図録は、静岡・千葉の両会場あわせて170点の作品を掲載し2000円。きっと会期末には売り切れなのでは?

*5月16日まで開催中。オススメです!
本展は、5月22日から千葉市美術館へ巡回します。千葉会場での出展作品は同館HP(下)に掲載されています。
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2010/0522/0522.html
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