スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「田原市博物館の名品による渡辺崋山展」 愛知県美術館

kazan

愛知県美術館で7月11日まで開催中の「田原市博物館の名品による渡辺崋山展」に行って来ました。

渡辺崋山は私の大好きな江戸の画家の一人。
我が地元愛知県にある田原藩(現在の田原市)の家老職にある人物だったことをご存知の方も多いだろう。
そして、絵師としての崋山と言えばこの作品・国宝「鷹見泉石像」東京国立博物館蔵を思い出されるのではないか。

渡辺崋山は家老職の家に生まれたわけではなく、父親は上士の家格であった。しかし、田原藩は貧しく財政困難で、上士と雖も、扶持は少なく大変な貧乏の中で暮らしていたという。
この辺りの詳細は崋山についての著書を読むもよし、Wikipediaを参照するもよし。

本展は画家としての崋山の活動に焦点を当て、その意義を改めて見直すものです。
作品は、田原市博物館の選りすぐった名品37件(うち重要文化財8件、重要美術品4件、田原市指定文化財11件)を一堂に展示します。注:作品は展示期間中入れ替えがあります。

冒頭に展示されているのは、椿椿山≪渡辺崋山像≫1853年(重文)。
椿椿山は崋山の弟子で、崋山の肖像画と言えばこの作品を思い出すことが多い。

以後展示は分野別に紹介されているが、愛知県に2年ちょっと前までずっと住んでいたにも関わらず、いまだ田原市博物館に行ったことはなく、田原市自体に行ったのも数えるほど。いや1~2回くらいではなかろうか。
今回展示されていた作品の大半が初見であり、田原までの距離を考えるとたとえ約30点と雖も、貴重な作品の数々を目にすることができ、とても嬉しかった。

以下、特に印象に残った作品について挙げてみたい。所蔵先は全て田原市博物館である。

・≪孔子像≫1838年
・≪渡辺巴洲像画稿≫1824年
・≪渡辺巴洲像画稿(五図)≫1824年
・≪林大学頭述斎像稿本≫1830-1844年
・≪ジャンヌダーク像≫1830-1844年

崋山といって真っ先に浮かぶのはやはり西洋絵画の技法を取り入れたリアルな肖像画だ。先にご紹介した「鷹見泉石像」は言わずもがな、「佐藤一斎像」など肖像画の名品は数多い。
今回は、その中でも特に≪渡辺巴洲像画稿(五図)≫をはじめとする画稿類に注目した。崋山の肖像画が生まれてくる過程をこれらの画稿が我々にその技法、肖像画への取り組み方などを教えてくれる。貴重な資料であり、作品の一部であった。
特に五図は、細かい表情のひとつひとつを的確にとらえ、描写しスケッチしている。

また、≪ジャンヌダーク像≫は以前九州国立博物館で観た≪ヒポクラテス像≫を思い出した。西洋の人物をモデルとして、何かの模写なのだろうか?西洋画の技法を習得しようとしていた姿勢が強く感じられる。

・≪月下芦雁之図≫1837年 田原市指定文化財
崋山にしては粗い筆致での水墨画。話は前後するが、崋山は最初白川芝山に入門、その後金子金陵に学び、彼の紹介で当時の人気絵師の一人として著名な谷文晁を師とすることができた。本作品は、亡くなる4年前のもので、同年≪高見泉石像≫をも描いているが、両者の技法は対照的で、一方では写実的な肖像画を、また一方では大胆な筆致の芦雁図を描いているのだった。この多才ぶり。

・≪湖石白猫図≫1838年 田原市指定文化財
奇妙な形の湖の石、-一見すると石というより植物のように見える-が、その石に丸くなって眠る白猫。岩上には雀が2羽、猫を見下ろしている。何とも言えぬあたたかい雰囲気がある。

・≪客坐掌記≫1832年 ・≪客坐掌記≫第十四 1838年 重要美術品
スケッチブックのような体裁でこれぞまさしく崋山の見て来たものをそのまま時を超えて自分も観ているようで、時代の息吹、崋山の息遣いを感じることができる。スケッチも実に味わいがある。

・≪一掃百態図≫1818年 重要文化財
これもスケッチブックのような冊子で、どこかのお店の中の様子を写生したもの。こうやって崋山は常に紙本を持ち歩きスケッチに精を出していたのだろう。
軽妙洒脱というのがピッタリ合う。特に女性の描き方筆遣いは後の静嘉堂文庫美術館蔵≪芸妓図≫につながるような描写も見られる。

・≪乳犬図≫19世紀前半
今年、黒川古文化研究所で拝見した 「乳狗図」 1841年によく似ている。こちらの方を先に描き、後「乳狗図」を描いたのか。親子の犬の様子に、崋山の思いが込められているのかもしれない。

・≪春秋山水図≫ 1830-1844年 絹本着色
崋山では比較的少ない山水図。
他にも≪高士観瀑図≫など田原市指定文化財の山水図が2点程出展されている。

・≪牡丹図≫1841年
これこぞ、崋山が自刃に追い詰められることになった歴史的な価値のある作品。これは以前も観たことがあるような気がする。

・≪獄廷素描及び記録≫1839--40年 重要文化財
これには心底驚いた。入獄していた際のスケッチである。こんなことが許されていたのか。だとすればやはり小藩と言えど家老職にあった人物にはやはり特別許可されていたと考えるのが自然なのか。
当時の取り調べの様子が垣間見られる歴史的価値の高い資料だと思う。

他にも崋山が使用していた印の数々など図巻スケッチ類がいくつも出展されている。これらも崋山の作品形成と絵画研究の過程を知る上で非常に重要な資料であった。

なお、併催の「和魂洋眼」も愛知県美の所蔵作品展ながら、名品が揃っている(さすがに、こちらは過去に拝見した作品が多かったけれど、再会もまた楽し)。

*7月11日まで開催中。
スポンサーサイト

「三谷龍二絵画展」 小川美術館 はじめての美術館73

mitani

東京都千代田区三番町にある小川美術館で今月末まで開催中の「三谷龍二絵画展」に行って来ました。

三谷龍二さんは、1952年福井市生まれ。木の器や匙、バターケースといったテーブルウェアを作られている木工デザイナーとしてつとに有名です。

そんな三谷さんが平面絵画や立体作品を手がけていらっしゃることを知らなかった私。本展開催を雑誌「芸術新潮」6月号で知り、紙面に掲載されていた作品を見て「いいなぁ」と思った。
同雑誌にて三谷さんの絵画や立体作品について紹介記事を書かれているのは人気作家の伊坂幸太郎氏。『重力ピエロ』をはじめ2008年には『ゴールデンスランバー』で第五回本屋大賞と第二十一回山本周五郎賞を受賞している。

そんな伊坂氏の本の装丁によく使用されているのが、三谷龍二さんの立体作品であったことも今回初めて知った。
一番最初が前記の『重力ピエロ』(下)であったそうで、伊坂氏は、「装丁デザイナーが、自分の作品の表紙に三谷作品が相応しいと思ってくれたことに幸福を覚えた」と回顧されている。

piero

三谷氏の作品が装丁を飾った本の画像は、三谷氏ご本人のHPに掲載されているのでご参照ください。以下。
http://www.mitaniryuji.com/f-pro.html

小川美術館には今回初訪問。随時開館している訳ではなく展覧会開催時にだけ開館される。場所はかつてあった山種美術館から程近い。
中は意外に広く、そして照明を落とし非常に落ち着いた空間になっている。
今回は三谷龍二氏の『僕の生活散歩』(新潮社刊・下)出版記念による開催で1988年から2009年の間に制作された絵画作品約30点とともに、木の器も展示・販売もされている。

seikatusannpo

さて、冒頭目に入ったのは、立体作品である。
実に素朴な手の感覚が伝わって来る小さな人物像がひとつのコーナーに1点だけ展示されていた。
恐らくこの本の装丁に使用されているものではないだろうか(よく似ている)。

seikatu

形もさることながら、像を創り出す素材のざらっとした感覚。目で観る触覚とでもいうべきか。ざらっとしたような肌感とやや褐色をおびた白色が古びた感じを出している。

次に≪舟≫や≪飛びネコ≫2000年といった一見玩具のような立体が続く。それらのどれもが皆懐かしい感じを受けるのだ。大切な何かを置き忘れ、それがひょっこり現れたとでもいうような、目の前にあるのはそんな作品たちだった。

平面作品に移ろう。
こちらは、テンペラや漆といった木工作家らしいと言えばらしい工芸的な手法を使用した絵画で、これらも絵肌に特徴がある。ざらっとした質感は立体で感じられたものと同じ。
更に描かれたもののはかなさと静けさと懐かしさ、これらが共存しているのも同じ。

どの作品も皆素敵で、三谷氏が絵を始めるきっかけになったという≪校舎≫1988年(冒頭画像)は校舎の色と背景色、そしてやはり絵肌の質感から醸し出される郷愁に誘われる。

私の好きな富山県入善町にある「発電所美術館」を描いた作品もある。
しかし、作品のモチーフは、恐らく三谷氏ご自身の身近な生活と共にあるものが多い。
≪薬缶≫だったり、ケメックスのコーヒーメーカーだったり、そして窓から眺めた風景画もいくつかあった。

そのどれもが三谷さんの暮らしぶりを象徴しているようで微笑ましくもあり、羨ましくもあり。
テンペラが作り出す絵の表情は平面でありながら立体的で、絵の魅力を一層増している。

一点一点見て行くうちに心がほどけ、和んで行くのを感じる。
美術館と銘打っているが実際の運営は彌生画廊が行っているため、作品の販売もしている。実際展示作品のほとんどは買い手が既についていた。
これらの作品は木工作品制作の合間に作られる、いわば余技といった性格のものであるため、約20年間で30点ほど、中には作ってもすぐに人手に渡ってしまうものもあるらしい。

三谷氏の静かで懐かしい世界を見られる貴重なチャンスです。

*6月30日まで開催中。11時~17時まで。
東京都千代田区三番町6-2 三番町彌生館1F
地下鉄「半蔵門」5番出口徒歩6分/「九段下」2番出口徒歩10分、「市ヶ谷」徒歩10分

「TAKASHI SUZUKI / BAU」 radlab.

suzukitakashi1

京都のオルタナティブスペースradlab.で開催中の「TAKASHI SUZUKI / BAU」に行って来ました。
個展詳細 ⇒ http://alter-laboratory.tumblr.com/post/721387799/next-takashi-suzuki-bau-6-25

radlabが、実は2週間前の土曜(6月12日)に梅田哲也「デッドストック」関連イベントのオールナイトライブがあったLABORATORYと同じ場所だということに気付いたのはサイトの解説を読んでのこと。

どうやら、個展が建築の展覧会プロジェクトrep主催による場合は、会場をradlabと呼ぶそうで分かりやすいような分かりづらいような。
とにかく、建築絡みの内容だと会場がradlabと表記されていると知っていれば十分でしょう。

さて、今回の企画は写真家の鈴木崇さんの個展。

10センチいやもう少し大きいかくらいの縦長のキャンバス風のものに写っているものの正体やいかに。
画像をよく見れば分かって来る筈。
どこのご家庭のキッチンにもあるスポンジタワシの数々。
これらの色や形をブロックのごとく組み合わせ、ひとつひとつ撮影していく。
その組み合わせたるや、今回30点、いやそれ以上だった筈。

私が最初に見たのは、入口入って右手にある3つ縦に並んだ展示(以下、写真下手で申し訳ございません)。
suzuki2

展示の仕方がまた上手い。
右手は前述の通り、3つを縦に並べたかと思えば、一番地味な組み合わせ(冒頭画像)1点勝負があったり。そうかと思えば正面の一番大きな壁面にはずらりと数段にわたってこの黒ベースのスポンジ写真が等間隔に配置されている。
どの組み合わせが好きだろう?ついつい、目で追って探してしまう。
そして、長時間見ているうちにスポンジの組み合わせが別物に、立体的に、更には3Dのように手前に飛び出してくるかのような視覚的作用まで感じられるようになるから不思議。

センスがいいなと思うのは、スポンジの色と形の組み合わせの仕方。
どれだけのスポンジ種類があるのか分からないけれど、スポンジとは思えない美しさがある。

repの方によれば、建築を考える時にも今回の写真のようにいくつか立体の組み合わせを考えることがあるそう。
なるほど「建築とアートの関係性の中から建築なるものについて考察していきたいと考えています」というサイトにあった一文はこのことであったか。

結構長居をしてしまったが、長時間見ていても飽きなかった。

なお、7月4日にはアーティストトーク「ART INTO ARCHITECTURE / ARCHITECTURE INTO ART」を開催。
ゲスト:鈴木崇(アーティスト)、保坂 健二朗(東京国立近代美術館学芸員)、小野暁彦(建築家、京都造形芸術大学准教授)
日時:7月4日 18時00分開場、18時30分開始、 20時00分終了
場所:Mediashop
※先着順40名(立ち見あり、ワンドリンク)
注:会場は「radlab.」 ではありません。

建築とArtの関係を探る試み。これからの企画にも期待しています!

*7月25日(日)まで開催中。
13時~21時(期間中の金・ 土・日のみ開廊)
河原町三条バス停から徒歩2分程度、地下鉄京都市役所駅から3~4分程度。1階が焼肉店のあるビルの2階です。

「坂本友由展」 Art Lab TOKYO

銀座から日本橋兜町(日本橋高島屋から徒歩5分程度)に移転されたArt Lab TOKYOで開催中の坂本友由展に行って来ました。
坂本友由プロフィールは以下。
1985年  栃木県に生まれ
2008年  東京藝術大学美術学部デザイン科卒業
2008年  個展 銀座芸術研究所)
2009年  リキテックスビエンナーレ 奨励賞
2009年  個展 銀座芸術研究所
2009年  D-party2展 於:77gallery
2009年  Tokyo Contemporary Art Fair 2009 出品

最新号の『art icle』vol.31に本展開催の記事を目にした時から、強くインプットされた今回の個展。
坂本友由(敬称略)の作品は、Tokyo Contemporary Art Fair 2009で初めて拝見し、鮮烈な印象が残った。
描かれている女の子の唇に何より惹かれたのだ。
彼が描く女の子の唇は、リップグロスでツヤツヤしている。女性の私でさえ、あの唇に惹かれるのだから、男性陣はさぞかしと思うのだがどうなのだろう。
本物以上にリアルなみずみずしさとツヤが画面に再現されている。
長いまつげに大きな瞳、表情はキュート。素人目に見ても技術的にも確かで、可愛いだけではおさまりきらない何か、底知れなさを感じた。

今回の個展は初日で7点の作品(アクリル)は全て完売。どうやら、個展開催前に既に問い合わせがあり、展示前には買い手がついていたようで、でもそんな人気ぶりも分かる気がする。
新作は2009年に見た作品より洗練され、透明感が増している。更に作品タイトルと絵の内容をひっかけるという日本語の掛け詞と現代絵画の組み合わせの妙を楽しめる。

以下作品タイトルを並べてみる。タイトルでどんな作品なのか予想するのも楽しい。
・「目には芽を、歯には葉を、鼻には花を」 
・「盛りで生やしで触れ合って」  ⇒ ヒント 森と林
・「染まるほどズキンズキン」   ⇒ ズキン 頭巾
・「イエイ」  ⇒ イエイの同音語は?
・「声を枯らしてでも言ノ葉」 
・「曖昧見舞ン」 
・「語る指数」 ⇒ カタルシス

ギャラリーに行った時、ちょうど坂本さんご本人がいらっしゃったので少しお話することができた。
女性を描く時、写真やら資料やらを探して、それらを参考にしつつモデル(描く対象)を決定。
特に今回の新作では絵と作品タイトルとを一緒に見ることで、楽しんで欲しいとのこと。

今後、男の子を描くことも思案中とか。

それにしても、7点ともブラックユーモアあり、コミカルありで可愛いだけじゃないどころか、今回はそのユニークさが一層強調されている。

来月7月27日からは、川崎市市民ミュージアムにて「ガーリー2010」にも参加。
ガーリーと言えばガーリーだけど、その枠に入りきらないところが最大の魅力。

もちろん、川崎の「ガーリー展」も見に行きます。オススメです。

*7月10日まで開催中。 
Art Kab TOKYO 東京都中央区日本橋兜町16-1 第11大協ビル 3階
開廊時間:15時~20時 最終日は17時半まで 日曜のみ休廊

ストラスブール美術館所蔵「語りかける風景」 Bunkamuraザ・ミュージアム

hukei

Bunkamuraザ・ミュージアムで7月11日まで開催中の「ストラスブール美術館所蔵 語りかける風景 コロー、モネ、シスレーからピカソまで」に行って来ました。
展覧会ホームページ ⇒ http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/shosai_10_strasbourg.html

本展はフランスとドイツの伝統が交わるフランス・アルザス地方の豊かな文化都市ストラスブールの美術館から厳選された約80点の風景画で構成される展覧会です。窓、人物、都市、水辺、田園、木という6つのテーマから近代の風景画の全体像を追いながらヨーロッパの風景を楽しんでみましょうというもの。

車窓からの風景を眺めるように、作品を見て行くのがこの展覧会には一番相応しいような気がする。

1.窓からの風景
この章では、5点の作品が展示されているがモーリス・ドニ「内なる光」1914頃にやはり目が行ってしまう。背景のフレスコ画と暖色使用が特徴でドニの妻?マルトを娘たちが囲んでいる幸せそうな一コマ。宗教的でもある。

そして、この展覧会で終始一貫気になったのがモーリス・マリノ「室内、縫い物をするエレーヌ」1904年。マリノのタッチの粗い色だけを置いて行ったような作品がとてもひっかっかる。

2.人物のいる風景
つい先日、国立新美術館のオルセー美術館展でお気に入りのフェリックス・ヴァロットン(ボールで遊ぶ子供のいる公園)の作品「水辺で眠る裸婦」1921年が出展されているので注目。相変わらず不思議な空間構成で、巨大な植物が横たわる裸婦を囲むように配置。奥のボートに視点が吸い寄せられる。

ここでも前述のモーリス・マリノ「庭の女性」1907年の色彩に惹かれる。

3.都市の風景
いよいよコロー、ヴラマンクらが登場。しかし、全部で12作家による13作品が展示されているが、知っている作家はコローとヴラマンクだけ。この2名の作品より、マルタン・ユーブレシュト「イル川にかかる橋」1922年、ロタール・フォン・ゼーバッハ「雨の通り」1895年頃が良かった。

4.水辺の風景
元々水のある風景-海であっても川であっても湖であっても-が好きなので、ここでは、大半の作品にチェックマークが付いている。
やはり、圧倒的に好きなのはコローの「ヴィル=ダブレーの池」1860-63稔頃。コロ―の作品もいろいろで、本展でも数点出展されていたが、本作品以外はいまひとつ。逆に「ヴィル=ダブレーの池」の良さが光っていた。
池に映るボートの影、湿った空気感や池からのにおいさえ漂ってきそうな情緒ある風景画。コローのこういう作品は大好き。
他には、オランダの有名な風景画家であるメスダッハの「海景」1895年。久しぶりにメスダッハの作品を見たなとオランダ旅行が懐かしくよみがえって来た。
シニャック「アンティーヴ。夕暮れ」1914年、ウジェーヌ・カリエール「大河のある風景」1906年などが続く。

5、田園の風景
ヨーロッパを列車などで旅すると、車窓から田園風景を目にする機会が多い。
ここでは、テオドール・ルソー「風景の習作」1830年、シスレー「家のある風景」1873年、ピサロ「小さな工場」と見ごたえある作品が続く中、またしてもフェリックス・ヴァロットン「家と葦のある風景」1921-24年頃、ラウルデュフィ「3つの積み藁のある風景」1908年頃、そしてクールベ「ルー渓谷の雷雲」と私の好きな作家の作品が並んでいるのが嬉しい。
未知の作家では、アドルフ・切るスタイン「雷雨」1872年、アントワーヌ・シャントルイユ「太陽が朝露を飲み干す」制作年不詳、ゴンチャローヴァ「家禽のいる庭先」1907-09年が良かった。

6.木のある風景
最後は木のある風景で締めくくられる。
最後の最後までモーリス・マリノの作品にぐぐっと迫られる。色彩の威力は絶大。ここでは「ヴェルモワーズの牧場」1947年が展示されている。
他の作家では、カンディンスキー「サン=クルー公園」1906年、ミハイル=ラリオーノフ「陽光を浴びる木々」1905年、テオドール・ルソー「木の幹の習作」。そして最後はやはりこの人、ラウル・デュフィ「赤いモスク」1909年で風景の旅を楽しく終えた。

*7月11日まで開催中。
本展は以下の通り巡回されます。
巡回先 熊本県立美術館 2010年4月3日(土)-5月9日(日)
石川県立美術館 2010年7月22日(木)-8月23日(月)
岐阜県美術館 2010年9月3日(金)-10月17日(日)
秋田市立千秋美術館 2010年10月23日(土)-11月28日(日)

「MASAKO - every day TWS-Emerging135」 TWS本郷

トーキョーワンダーサイト本郷で開催中のTWS-EMERGING2010の第1回目、135MASAKO、136厳慧蘭、137柴田七美を見て来ました。
詳細はTWSのWEBページをご参照ください。http://www.tokyo-ws.org/archive/2010/03/tws-emerging-135136137.shtml

TWS-Emergingは、トーキョーワンダーウォール(TWW)の入選者100名の中から希望者を募り、審査を経た後、TWS本郷にて個展を行う企画です。本年度は、年間を通して21名の若手アーティストの展示を行うそうです。

このシリーズは昨年も楽しみにしていて、ほぼ毎回欠かさず見に行っていました。
2010年度第1回目に2階の展示スペースをフルに使用しているMASAKOは、かねてより注目している作家さん。2008年の「101TOKYO Contemporary Art Fair 2008」で初めて作品を拝見し、それから半年後のギャラリーショーコンテンポラリーアートでの個展以来、久々に彼女の作品を拝見します。

今回は、照明をかなり落とし、薄暗い部屋中、全部で約10点(いやもっとか?)程の作品が並んでいます。サイズ的には大きな作品が多かったです。
相変わらず、暗い色調の作品で、特に今回は「死」をモチーフにしたような作品が目に付きましたが、その一方で、これまで見られなかった描き方が見られ、新しい試みに向かっておられる様子が感じられます。

会場内で作品リストを探しましたが見つからず。全部タイトルなしなのか。
個人的に、一番好きな作品は、入口から向かって右側の壁の最奥に飾られている人物の肖像画。これは彼女にしては緻密に描いた作品。写実的と言っても良いかもしれない。
基本的に彼女の作品はタッチが大まかで粗目なものが、多いのに上記肖像画はそういった粗さのない丁寧な表現をしています。逆にそれだからこそ、人物の表情や様子がより鑑賞者に伝わって来るのかもしれません。

もう1点、非常に気になった作品は入口向かって左側の手前にあった横型の大きな作品で、地下通路を描いたのでしょうか。対象も画面もぼんやりしていて暗い。それでも、今までの作品とは違って、空気感や雰囲気を目一杯伝えているような印象。絵肌も他の作品とは異なって、白っぽい表面仕上げがされています。

日本人離れした雰囲気を持つMASAKOの作品は、また一歩進化したように感じます。


他の2名:厳慧蘭(オムヘラン)「記憶の箱:すてる」、柴田七美「ROOFS」は3階スペースに展示されていますが、それぞれ個性的な作品で見ごたえがあります。厳の非日常的空間の精緻な描写、柴田の家や屋根をモチーフにした作品群いずれも良かったです。
また、こちらのお二人は以下の日程で在廊されます。
厳慧蘭=会期中の金・土・日(予定)
柴田七美=会期中の土・日(予定)

*6月27日まで開催中。お見逃しなく。

「稲垣仲静・稔次郎兄弟展」 京都国立近代美術館

inagaki
京都国立近代美術館で6月27日まで開催中の「稲垣仲静・稔次郎兄弟展」に行って来ました。

稲垣仲静(いながきちゅうせい)・稔次郎(としじろう)兄弟と言っても、ご存知のない方も多いのではないでしょうか。ご多聞にもれず私もかつてはその一人。いつも、お世話になっているブログ「遊行七恵の日々是遊行」の遊行七恵様が、ある時、私に京都岡崎にある星野画廊の個展案内状を見せて下さった。
星野画廊は、本展で稲垣仲静の作品を何点も貸出している老舗の画廊で、特に明治・大正・昭和の関西画壇の作家を中心に紹介し取り扱っていらっしゃる。地下鉄・東山駅から京都国立近代美術館へ向かう道すがらにあるので、最近では京近美へ行くたびに立ち寄るようにしているが、昨年初めて訪れた際、今度、稲垣仲静の展覧会があるとオーナーの星野氏が教えて下さった。
その時、星野氏が手にされていたのは昨年開催された「躍動する魂のきらめき」展の図録で、見ると仲静畢生の名作「猫」1919年頃(上チラシ左側)が掲載されている。

この図録掲載の「猫」が、私の仲静作品との初めての出会いとなる。
星野氏曰く、「夭折の天才で、遺された作品が非常に少ない」とのことだった。

本展では、この稲垣仲静(1897-1922)と弟の型絵染人間国宝に指定された稲垣稔次郎(1902-1963)の二人の芸術と足跡をたどります。特に、仲静の遺作のうち、現在所在の分かる作品ほぼ全てと、虎のモティーフを愛した稔次郎の代表作を集めて展示している。

やはり、私の関心はどうしても稲垣仲静に向いてしまう。
「猫」1枚ではどんな画家であったのか、見定めることなどできない。仲静は若干25歳で腸チフスによってあっという間に召されてしまった。本人もまさかの早逝であったに違いない。

父は日本画科であり、また工芸図案家であったことも関係してか、仲静は1912年(明治45年)京都市立美術工芸学校絵画科に入学する。入学当初は、かたいデッサンが徐々に習熟していく過程がよく分かる。卒業近くの彼の作品は非常に写実的で、美しい線を描いている。彼は美工を卒業後、1917年(大正6年)京都市立絵画専門学校(絵専)に入学。

この辺りから、作風の激しい変遷が始まる。大正時代に流行したデロリ、あの甲斐庄楠音のような白塗りでおどろおどろしい「舞妓」の作品などが登場する。
そうかと思えば、当時話題の作家であった岸田劉生の影響を受けたのか、自画像をはじめとする超写実的な作品が何点かあった。中でも印象深いのは「軍鶏」1919年。群鶏を実際に見たことはあっただろうか?記憶を探ってみるが、イメージが浮かばない。でも、これほどまでに威圧的で鶏とは思えない、むしろ人間のように屹立したポーズをとっている鶏は初めて見た。

羽毛の付きかたはおろか禿げ具合、そして特筆すべきは両足の太さと鋭い眼光。
こんな鶏が目の前に現れたら、即刻敵前逃亡しそう。

同じく1919年の作品「鶏頭」の極めて精緻かつ丁寧な彩色。超リアルに葉っぱの虫食いまで表現するあたり、鶏だいすきな江戸の画家:伊藤若冲を思い出す。無論作風はまるで違うけれど。

1919年の1年間に仲静は代表作のほとんどを制作している。死の3年前に何かが彼に乗り移りでもしたのかと神がかり的なものさえ感じる。
「馬之図」、そして冒頭の「猫」、「林檎と葡萄」「牛」これらも、1919年に全て描かれているのは驚異的と言える。
どの作品にも完成作の前に何枚もデッサンを描いており、本展では完成作だけでなくそのために描かれたデッサンも併せて展示されているので、比較してみると面白い。特に「猫」は下図ではなくドローイングで「黒猫」「暖を取れる猫」など愛らしい仕草や表情の猫たちが登場。仲静はさては猫好きだったのだろうか。

1920年「霞日」は前年に見せた超写実が幾分控えめになって、その分情緒的な表情を見せる。
1921年、ここでは甲斐庄楠音の作品とよく似た裸婦のデッサン・スケッチが多数展示されていた。流行を追ったのか。それとは別にドローイングで「深淵」、デロリ風味の「太夫」、そしてやや沈鬱な雰囲気の「夜桜」、「久世にて」など風景画に挑戦する。常に新しい方向性を見出そうとする仲静であったのか。

とても鉛筆(色鉛筆)だけで描いたとは思えない「ライオン頭部」など、モチーフは実に様々で、彼は道に迷っていたのかとさえ思えてくる。

1922年、死の前に素晴らしい大作を完成させる。「寒汀」「三羽の鷺」。これまで見て来た作品と趣を異にしており、正当な日本画技法で描きつつ、デザイン的な側面から見ても非常に素晴らしい作品。図案化であった父の才能の継承が感じられる。とりわけ、「寒汀」は本展のマイベスト。ここに至った仲静のその後の作品も是非見てみたかった。夭折が惜しまれてならない。


一方、弟の稔次郎は尊敬する兄:「兄貴との二人展をやりたい。兄貴には負けへんで」と言っていたそうだ(チラシより)。

工芸家、図案家の道を歩んだ稔次郎の作品は、京都らしい年中行事を取り入れたり、常に新しく斬新なデザインを心掛けていたように思った。興味深かったのは型染に使用する「染型紙」であった。切り絵のようなそれは、色を塗る前から美しい図案であることがよく分かる。「御室の塔」「虎」「兎」などそれらは型紙のままで重文に美しいし、今でも通用するようなデザイン。
稔次郎曰く「型を掘る時が一番楽しい。後はもう労働ですよ」。
その染織技術を活かした着物の数々。和服好きにはたまらないであろう斬新な意匠を拝見できた。

「東の芹沢、西の稲垣」と謳われたの人気作家であった稔次郎。その美しい図案と染織の技を堪能した。

なお、本文中にご紹介した星野画廊では、現在「国画創作協会を中心にして稲垣仲静の周辺・小さな名作たち」と題した展覧会を開催しています。
詳細 ⇒ http://www10.ocn.ne.jp/~hoshinog/yokoku/index.htmlこちらも6月27日まで開催中。仲静の作品も数点出展されており、京近美から徒歩数分です。ぜひお立ち寄りください。

*6月27日まで開催中です。
本展はこの後、以下に巡回します。
・7/17~8/2 笠岡市立竹喬美術館
・9/14~10/24 練馬区立美術館

「ローマ追想-19世紀写真と旅」 京都国立近代美術館

roma

京都国立近代美術館で6月27日まで開催中の「ローマ追想-19世紀写真と旅」に行って来ました。

本展はイタリア・モデナの写真美術館に寄託された19世紀写真のコレクションから厳選した、コロッセオ。凱旋門、境界建築などローマの名所旧跡あと撮影した約130点の貴重なオリジナル・プリントを日本人画家の渡欧手記などの所蔵資料等とあわせて展示するものです。

18世紀以後イギリスの貴族階級による遊学旅行「グランド・ツアー」については、以前町田市立国際版画美術館で開催された版画であり建築家であったピラネージの展覧会でその存在を知った。

今回は版画でなく、更に進んで当時のローマの様子を撮影した写真が並ぶ。
さながら、19世紀ローマにタイムスリップしたような感を得られる。やや茶番だ印画紙に写しだされたコロッセオ、ウェスタ神殿、ポポロ広場・・・等々。

過去にローマへは1度行ったけれど、フォロロマーノはじめ私が訪問した時も写真の中のローマもあまり変わっていないように思う。モノクロプリントに沈んでいる分、形態の美しさがより鮮明に感じられる。
今も昔もローマは旅愁を誘う都市である。

そして、一緒に展示されていた19世紀頃に渡欧していた日本人画家の手記によって、彼らの目に偉大な都市ローマがどのように見えていたのか、そして何を感じたのかを知ることができる。

遺跡が好きな方には特にたまらない内容の展示であったと思う。
しかし、現在ピクチュアリズムに関心がある私としては、記録写真的側面が強く、芸術性、絵画性(ピクチュアリズム)を強く感じる写真はあまり見つからず、あまり心惹かれるものがなかったのも事実。

本展図録は、twitterを賑わしているように通常の図録体裁とは大きく異なり、写真アルバムのような小さなサイズで、ポストカードとして切り離すことも可能。このあたりの工夫は素晴らしい。

*6月27日まで開催中

Plastic Memories いまを照らす方法 東京都現代美術館

東京都現代美術館で6/20迄開催していた常設展「Plastic Memories いまを照らす方法 」 を見て来ました。

近頃は、評判の良い展覧会情報をtwitter上で リアルタイムで 入手でき本当に便利になったものです。

今回の常設展示「Plastic Meniries(可塑的な記憶)」では、もとの場所と時間から切り離され、アーティストの想像力のなかで自由に形作られる素材としての記憶をテーマに「現代美術」のひとつの側面に光をあてるものです。

このコンセプトについて、観客に何をどのように見せるのかが、キュレーターの腕の見せ所。本展ではそれが見事に成功していたと思います。私個人が好きな作家である松本竣介や米田知子、ボルタンスキーが出展されていたことを抜きにしても、視点が明確で様々な切り口によって過去から「いま」そして未来へと移りゆく時間を現代美術の表現で見せてくれました。

Prologue The Voice-Over
山川冬樹氏の「The Voice-Over」、この作品を見た本日は父の日だった。偶然にせよ、興味深い符牒だと思う。
山川冬樹氏はフジテレビの元ニュースキャスターであった山川千秋氏の長男。現在は歌手としてパフォーマンスアーティストとして活躍中で、今年のあいちトリエンナーレでも10月に彼のパフォーマンスが予定されている。

この映像作品は、父である山川千秋氏が遺した膨大な録音、録画テープを編集し音と映像からなる約35分の作品を制作した。
真っ暗な室内には大型スクリーンだけでなく、4か所に小型TVが配置されていて、これらは、本作品がたどる16年間の間に製造され、一度は父を画面に映しだしたであろうものが選ばれている。

映像はニュースキャスターとして活躍していた時代から、食道ガンで番組を降板するまでを1年1年、父親のニュースを読み上げる声で当時の世相を振り返りつつ、間にプライベートな子供(息子の冬樹氏と思われる)との対話を間に挟み、人生を時間を1つの映像作品でなぞるのだ。
場面の切り替わりの都度、一旦映像も音もシャットダウンされ、耳と眼には残響と残像だけが残る。
作品観賞中には気付かなかったが、映像途中で「声がお聴き苦しくて申し訳ございません。」とテレビの向うにいる視聴者にお詫びをしている音声が流れて来た。その時は風邪なのか、なぜこのシーンが映像に選ばれたのかが分からなかったのだが、食道ガンに侵され、声が出づらくなっていたのだろう。死病と死期を予告するような前振りなのだと、後に分かった。

山川冬樹氏にとって、この作品は父への鎮魂になったのだろうか。この作品は彼の中にあった父との思い出の結実というには生易しい気がする。もっともっと高い所を山川冬樹氏は目指している。
センチメンタルに陥ることなく、完成度の高い映像と音響を見せた手腕は素晴らしい。35分という時間はあっという間であったが、実際の時間軸は実に長く重いものだったのだろう。

<Chapter 01> もうひとつの「歴史」を語るために

最初に展示されているのは、松本竣介の「鉄橋近く」シリーズ、「ニコライ堂」「運河」などのデッサン作品。
ここで、私たちは松本竣介が描く作品を一人の人間の記憶として残された風景として見て行く必要がある。本来作品は個々人が自由な視点で観て行けば良いと思っているが、本展では企画者の意図を汲み取りつつ作品を鑑賞した方が楽しめる。
竣介がこれらのデッサンを描いたのは戦時中1941年~1943年の間である。戦時色まっただ中の国内状況におかれてもなお、個人的に好きな風景を描かずにはおられなかった松本竣介。だからこそ、彼の作品は時代を超えて、観る者に共感と感動を呼び起こすのだろう。

次はクリスチャン・ボルタンスキー。
彼もまた「歴史」をテーマにした作品制作を行う作家である。
・「D家のアルバム」1971年 写真
・「死んだスイス人の資料」 1990年
いずれにおいても、生死について嫌でも考えざるを得ない状況に置かれる。古びた写真たちは、そこに写されている人々の生を過去のものとして提示するのだ。「死んだスイス人の資料」は過去に何度か展示されているが、ホロコーストを意識させた作品性は見事。

米田知子は写真によって、歴史や記憶の存在を可視化する。先日原美術館で彼女の写真展図録を購入したばかり。図録で見た作品が目の前にあるのはとても嬉しかった。プリントはプリント、印刷物は印刷物なので、できるだけプリントされたものを見ておきたいと思っている。

最後にタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの「エメラルド」2007年は幻想的な夢見るような世界観があった。
そして、羽枕の羽根と思われる白い物体がおびただしい数で、画面上に浮いている。雪のようにも見えるが、その白い羽によって、現実世界と境界が引かれているように思う。強いインパクトはないが、美しい映像の作品だった。

≪Chapter -02≫ いまを刻印するために
リチャード・ロング、土屋公雄らのオブジェ作品とランドスケープ派の写真家ハミッシュ・フルトン(ゴールズワジーとの関連性は?)の写真を展示されている。
この空間は、展示室の中でも一番クールだったのではないか。1章2章と展示を見るにつけ、3章の意味合いがより大きくなっている。ロングの石の円環と土屋の陶器の月のような形の展示が印象的。時間とその繰り返しを意識させられる。

≪Chapter -03≫ 喪失にあらがうために
この章では、先日6月1日に亡くなった大野一雄の皮膚を撮った石内都の写真を展示。この展示は4月24日から始まっているのだが、これもまた不思議な符牒である。
また、三木富雄の「Apple Yard」1971年があるが、本作品は非常に貴重。三木富雄と言えば「耳」の彫刻であまりにも有名だが、彼は晩年この「耳」のモチーフから逃れるために試行錯誤を繰り返していたという(常設展解説リーフより)。彼にとって耳の彫刻は「死体みたいな感じのする」ものだった。そこから逃れ、制作行為を留める方法を見つけ出そうとしていたという解説はあまりにも深い。

≪Chapter -04≫ 時空を超えて
最後は木村友紀の写真と前田征樹の「UNIVERSAL LOVE」。正直この章がもっとも意図するものが伝わって来なかった。前田の作品はシュタイナーの色彩論が参照され、光を通して個と宇宙が交感するような過程を再現したというが。これはう~ん?といった感じだった。

*本展は終了しています。

平城遷都1300年記念「大遣唐使展」 奈良国立博物館

KENNTOUSI2

DAIKENNTOUSHI

奈良国立博物館で開催中の平城遷都1300年記念「大遣唐使展」に行って来ました。

展示替えがあったため、2度行ったのですが結局記事を書いているのは最終日当日の朝。何という体たらく。

遣唐使といえば、誰もが社会か歴史の授業で習っている筈。その歴史は西暦630年、唐の時代に日本の公式使節団「遣唐使が初めて派遣されました。以後894年の遣唐使派遣停止に至るまで、山上憶良、阿部仲麻呂、吉備真備、鑑真、最澄、空海とこれまた誰もが一度は名前を聞いたことのある有名人たちが、海を渡って大陸から情報や知識、文物を日本にもたらしたのです。

本展は約220件の展示品によってダイナミックな日中交流の様相と、大陸文化を吸収し成長・変貌をとげた日本の軌跡をたどるものです。

何しろ展示品は展示替えがあるとはいうものの220点。
これらが次の7部構成で展示されています。なお、現在奈良国立博物館の西真館が工事中のため、第三部以後は本館を使用しての展示となっていました。1回目に行った時は、まだ混雑がなかったため良かったのですが、2回目は観客も増えており、本館の展示ケース間の通路が狭いため、作品を見るのにややストレスを感じました。

第一部 波濤を越えた日中交流
第二部 国際都市長安と唐代宮廷文化
第三部 ドキュメント遣唐使 <第一期=7世紀>
第四部 ドキュメント遣唐使 <第二期=8世紀>
第五部 正倉院の時代 宝物の源流と奈良朝の工芸品
第六部 外交の舞台 アジアの秩序と諸国間の関係
第七部 ドキュメント遣唐使 <第三期=9世紀>

これらの中から、とりわけ印象に残った私個人の見どころを挙げておきたいと思います。

1.海外からの里帰り品
・吉備大臣入唐絵巻 第一巻、第四巻 ボストン美術館
・菩薩半跏像 フィラデルフィア美術館蔵
・観音菩薩立像 ペンシルバニア大学博物館
・琉璃堂人物図 伝周文矩筆 メトロポリタン美術館蔵
・照夜城図 韓幹筆 メトロポリタン美術館蔵

どれも素晴らしい作品ばかりで、またしてもいつものように「これを逃すといつ見られるのか分からない」という強迫観念にとらわれてしまう、そんな作品たちでした。
吉備大臣入唐絵巻は、何と27年ぶりの公開で平安時代の絵巻物の名品中の名品。平安時代制作にもかかわらず、状態は極めてよく、彩色もよく残っている。やはり公開機会が少ないため良好な保存状態を可能にしているのだと思われる。本絵巻についてはNHKでも特集番組を制作して紹介していたため、私も最初に本作を見た後にTVを見て絵巻のストーリーや見どころを理解することができた。術を使用したり、毀誉褒貶に相手を目くらましさせる吉備真備の姿がコミカルな描写で描かれている。人物の頬の赤みが、後の時代の絵巻にもあてはまる特徴で、これが人物を愛らしく見せる。

フィラデルフィア美術館の菩薩半跏像はエキゾチックで、大陸伝来の特徴がよく現れている。日本初公開。私は薬師寺の聖観音菩薩立像と並んでいた石像の菩薩半跏像が好み。腰のひねり具合、ゆったりとした体躯。非常に大らかな印象を受けた。

2.墳墓の壁画と出土品
・仕女図
・仕女調鳥図 
お墓は違えど、両者は墳墓に描かれた壁画の一部。唐時代のものが、よくこれだけきれいに残っているなと感心しきり。線描の美しさは現在にも通じるものがある。
・武人俑
この武人俑の造形の面白さは一目見たら忘れられないかもしれない。2回目に本展を訪問する前に橿原考古学研究所で平伏俑なるものを拝見したが、あごがしゃくれ、墓を守る役目を与えられたのか狛犬の阿吽像を思い出した。

3.書の名品
唐から日本にもたらされたものの中には書の名品もあり。
出展作品の半分が台東区立書道博物館蔵のものだったのは、やや新鮮味に欠けたが、三井記念美術館蔵の「孔子廟堂碑拓本」虞世南筆、「石台孝経拓本」玄宗筆、見たことはあるとはいうものの王義之、顔真卿、緒遂良など名だたる書家の作品が並ぶ。

第2会場
4.国内の仏像名品たち
・観音菩薩立像 堺市博物館
・観音菩薩立像 金剛寺
などなど、仏像名品がずらり。お気に入りの一体が見つかると思う。

5.仏画の名品
2回目の訪問時に、やはり来てよかったと思ったのはこの仏画を見られたこと。
中でも、国宝「普賢延命像」松尾寺蔵はすばらしかった。平安時代12世紀の仏画の名品である。彩色、装飾いずれも素晴らしく、この前でしばし陶然としてしまった。

他に、地味な存在ではあるかもしれないが、大宰府で出土された「青磁三足壺」観世音寺蔵、冒頭で紹介されていた「青磁四耳壺」東京国立博物館蔵などやきものの世界でも大陸からの影響の多大さが伺いしれた。

*本日6月20日で終了です。

2010年6月19日 鑑賞記録

個人的な話題で恐縮ですが、本業が大変忙しくなって参りまして、とても毎日ブログの更新をすることが難しい状況になっています。先週の木曜だけ、既に予約していたイベントに参加するため、何とかして脱出しましたがその反動が翌日および来週以後も続きそうです。

更新頻度は減ってしまうかもしれませんが、末長く見守っていただけたら幸いです。

ということで、今日の鑑賞記録です。今日は明日会期末を迎える展覧会、個展を中心に回っています。

・横山裕一 ネオ漫画の全記録:「私は時間を描いている」 川崎市民ミュージアム 6/20(日)まで
私は漫画をほとんど読まないため、横山氏のこともこの展覧会を通じて初めて知った。惹かれた理由は展覧会のチラシ(やっぱりチラシの影響力というのは大きいと思う)。「何だか面白そうだ」そんな風に思わせるチラシって凄いと思う。こんなチラシを作れる段階で、横山氏の魅力は推し量れるのではないだろうか。
そして、もうひとつ気になったのは展示デザインをトラフ建築設計事務所が手がけていたこと。トラフの展示デザインも確かめたかった。

案の定、作品の見せ方や展示室の構成は面白くて、漫画作品は何周も回っているうちに目が回りそうになったが、そこさえ気を付ければ楽しめるはず。漫画もさることながら、ボードに油性ペンキと、マーカー、ニスで描かれた1990年代の大型作品が好き。そして、彼の作品は平面でなく、Tシャツやらティッシュボックスやら、ポスターにするとより一層魅力的になっている。絵画とデザインの狭間、いやそんなジャンル分けなど無意味であって、自身の作品を活かす場所がそれだけあるというのは大変な強みの筈。そして、横山氏が海外、欧米諸国で人気が高いのも展示作品を見れば一目瞭然だった。最初に作品を見た時、アメリカのポップアートもしくは海外コミック風だなと感じたほど。

ちょっと分かりづらいが、もうひとつの展示室の方に前述のTシャツやらポスターや海外で出版された作品集が展示されているのだが、そこで見逃せないのは、漫画制作にあたって使用される大量の写真だ。「カラー土木」の資料となったと推測されるおびただしい数の写真は同じモチーフを角度を変えて何枚も撮影していたり、実際漫画に使用されている個所があったり、とても興味深い。

現在、新富町のギャラリー「ARATANIURANO(アラタニウラノ)」で7月14日(水)まで個展開催中。詳細はこちら
新作ペインティングが発表されているようなので、こちらも足を運ばねば!

・「ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし」東京都庭園美術館 6月20日まで
今春、岡崎市美術博物館で「ロシアの夢 1917-1037」展を見たばかり。またしても、ロシアアヴァンギャルドか、でも好きだから行ってしまう。本展は、ロシア・アヴァンギャルド作家の中からロトチェンコとステパーノワ夫妻にスポットを当てた展覧会。
彼ら二人の芸術を絵画、空間構成、建築、日用品のデザイン、舞台装置、装丁デザイン、ポスター、写真など分野別に展観している。

過去に何度か拝見している作品も多かったが、注目したのは絵画と写真。特に写真の作品数は充実しており、まとまってロトチェンコの写真を見ることができたのはとても良かった。しかも、彼のモノクロ写真はとても私の好み。まず、構図に彼の感性が表出している。写真もポスターも媒体は違うけれど、どこか共通している部分を感じた。
ロトチェンコの写真集があったら欲しい。写真のポストカードはミュージアムショップに3枚あったが、私の気に入った作品ではなかったのでパスした。

一方、ステパーノワの方では絵画、衣装デザインが良かった。
庭園美術館は、作品リストがいつも作られていないのに、今回は用意されていてとても嬉しかった。

・第1回ガロン展 白金台・瑞聖寺内 ZAPギャラリー 6月20日(日)まで
「ガロン」とは、市川裕司、大浦雅臣、金子朋樹、小金沢智、佐藤裕一郎、西川芳孝、松永龍太郎の7名からなるグループ。美術史研究者の小金沢氏を除く6名は日本画出身作家である。メンバー7名はみな、1976年~1982年と若い世代。

そんな意欲的な彼らの初グループ展を見て来た。
各作家とも本展のために制作した新作を展示。どれも力の入った作品ばかりだったが、個人的な好みは、一階の金子朋樹さんの琳派風画面と二階の西川さんの巨大水墨画。大浦さんの≪創世機≫はメタリックな表現が見事だった。あの絵肌は、実際に作品に接してみなければ、決して分からないし伝わらない。

金子朋樹さんのアーカイブ作品集をチェックしたが、本展作品はこれまでの作品と比較するとかなり実験的な試みをされているようだった。画面の下に光琳の杜若図屏風を思わせるようなモチーフがあったり、かと思えばヘリコプターがあったり、画面に不思議な透け感を感じたり、取り合わせのミスマッチな感じに惹かれたのかもしれません。対して、二階の西川芳孝氏の巨大水墨画は、正統派の山水。こういう真っ向勝負な作品が好きです。

次回開催も期待。

・八木貴史 「バーミリオン」 Showcase 銀座 6月26日まで
DMが送られてきた時から、行こうと決めていたのに早くも来週の木曜で終了であせった。

色鉛筆で作られた彫刻作品を制作する八木貴史の個展。室内には僅かに3点しか展示されていなかったが、全て完売していた。もっとも大きな作品は、シャンデリアで制作に1ヶ月半を要したとのこと。
色鉛筆を沢山繋ぎ合わせて、木材のようにする所から制作は始まる。初期の作品では、色鉛筆同士の接合部分の跡が肉眼視できるが、近作ではその痕跡が消えている。確実に技術が上がっている。

どの作品にも共通しているが、滑らかな曲線はとても美しかった。

次回は、ShowcaseではなくMEGUMI OGITA GALLERYでの個展開催が決まっているそうです。これも楽しみ。

・「中国の扇面画」&橋本コレクションの中国絵画 松涛美術館 6月27日まで
古いものでは、1563年、1655年で、残りは制作年不詳のものを除くと大半が現代中国作家の扇面画の展示。
時間が止まっているかのように、昔も今も大きく変わらない中国の扇面画作品を堪能。何点かは現代作家の息吹を感じる新しい表現があり、敢えて扇面画に取り組んでいるのはなぜなのだろう。

現代の日本画家の扇面画というものをまだ見た記憶がない。

橋本コレクションの中国絵画は、石鋭の≪探花圖≫(重文)や李士達の作品はじめ、私はこちらの方に見ごたえを感じた。なかなか中国絵画を目にする機会がないので、僅かでも拝見できる機会は非常に貴重。

ところで、松涛美術館を訪れる時の楽しみであった2階のサロン・ド・ミュゼの喫茶サービスが昨年度(今年の3月31日)で終了していてとてもびっくりした。私は、あの2階で絵画を眺めつつ革のソファにゆったり腰掛け、紅茶とクロックムッシュをいただくのが大好きだったのに・・・。何度リピートしたことか。
これは再開していただけないものだろうか。あの紅茶もクロックムッシュもそして、展示室でお茶をいただくという無上の喜びを何とか再び味わいたいのです。

Bunkamuraミュージアムの「語りかける風景」展は後日記事をアップする予定です。

フラッシュ 今津景 山本現代

白金の山本現代で開催中の「フラッシュ 今津景」に行って来ました。

今津さんと言えば、2009年VOCA展の作品が印象的で記憶に残った作家の一人。

本展では、大型作品を中心に良い意味でVOCA展の作品イメージを見事に払拭し、作家の力量、底力を見せつけてくれたように思います。

私がもっとも意外かつ忘れられないのは、タイトル「中庭の奥」2010年
本作品だけ、他のものとは別のタッチで制作されていて、かつ画面に使用されている色が他は青や黒、紺ベース中心なのに比較すると、ややオレンジで一層違和感を創り出していた。
しかし、この違和感は決して悪い意味ではなく、他と違っているために一層個性的で作家の幅の広さを見せてくれていた。
他の作品は「S・O・S」、「ジョイライド」など見ていると不安を掻き立てられる。
特に{S・O・S」はノアの箱舟からイメージしたのだろうか、生き残りをかけた人々の海での様子が写実的に精緻に描かれている。
一見写真のように見えなくもないが。よくよく見ていると絵具はきっちり使用されている。


大作が多いがゆえ、日本の家屋に奥にはちょっと大き過ぎる気がし、そのせいか私が行った数週間前には2点前後売却済だっただけで。。
しかし、クオリティーを考えると今回のケースを除くと来年までこれ!と行った展覧会はありません・

6月20日まで開催中。

「現代中国の美術」 奈良県立美術館

nara

奈良県立美術館で開催中の中国第11回全国美術展受賞優秀作品による「現代中国の美術」展に行って来ました。

「全国美術展」は、5年に1度開催される中国政府主催の美術展で、最も権威ある登竜門として中国国内から数万点!の応募があり、その規模と内容そして水準の高さは中国随一といっても過言ではありません。各地の部門ごとの展覧会で受賞作を決定した後、北京の中国美術館で約500点が受賞作品展として一堂に会し、その後さらに厳選された作品が本展のように「現代中国の美術」展として韓国、日本等で紹介されています。

今回は、第11回全国美術展受賞作品から86点を厳選し紹介。中国画、油彩画、版画、漆絵、彫刻、水彩、アニメーションとバラエティに富む作品群によって、中国美術の動向を展観できる機会となります。~展覧会チラシより一部抜粋


奈良国立博物館への道すがら、前々から気になっていたので本展を見るために奈良県立美術館に立ち寄った。

軽い気持ちでのぞんだが、のっけから展示作品の気迫、迫力に終始圧倒されっぱなし。さすが、現代美術のマーケットを席巻する中国選りすぐりの作品だけのことはある。
今回は約80点の作品が、前述の通り複数のジャンルにおいて展示されている。
全体を通して感じたのは、具象画ばかりで、抽象絵画はほとんどない(いや、全くなかったかも)。具象画の中でも、風景画は少なく人物画、風俗画が多いことだろう。このため、最後の方になると、どれも似た作品に見えてくるかもしれない。これは審査員の好みによるものか、この傾向が現代中国のアートシーンそのものなのかかなり疑問を覚える。やはり、政府主催の公募展ということで保守的な作品が多いのだろう。かつて見た「アヴァンギャルド・チャイナ」展の作品と様相をかなり異にしている。しかし、これもまた現代中国の一面であることには違いない。

しかし、1点1点の技術、画力を眺めていくと、それはもう卓抜しており、さすが数万点の中から・・・と思わずにはいられない。

油彩画は、リーシャオジー「秘語」やチェン・シュードン「入城式」、シェ・チェンアン「遠くの歌を静かに待つ」など、どこか明治期の日本近代洋画の始まりを思わせる作品や、やはり軍部をモチーフにしたものなどが目立つ。
そんな中、シュー・イェンピン「漁港のにぎわい」や水彩画のルー・チンロン「兄弟」は、先日まで国立西洋美術館で開催されていたフランク・ブラングィン風の漁港風景を丹念に、スーパーリアリズム(と言って良いのか)で表現。そうかと思えば、これはブリューゲルのパロディ?と思ったリン・セン「村里」が気に入った。後者はまさに中国の農村風景をブリューゲル風に仕上げた佳作。

1980年代生まれの作家の作品に目を向けてみる。
リャオ・ヤン(1983年生まれ)「街角よもやま風景」はモノクロ版画であるが、構図が秀逸で、かつ画面も緻密な描写、劇画のような強い印象。
ジン・ラン(19080年生まれ)の「瞳」は、紙本墨画に金属箔を張り付けた凝ったマチエールで新しい表現方法を模索する姿を感じた。

個人的にはリー・ジュン、ユーィ・ボー2人による共作「犬のユートピア」が愛らしく楽しめて好き。画面を11分割し、それぞれにポーズや表情の違った犬が描かれている。こちらも絵肌は、亜麻布に銀箔張と凝っている。

さて、これぞ中国と思うのは、中国画と漆画なるもので、これらの定義が素人ゆえよく分からないが、漆画の方は、漆を下地に塗ったものの上に絵を描いているよう。下地を活かした表現が求められる。中でも、ヤン・リンジアン「いにしえ」は奥行き感ある表現で工事現場建築途中の裸鉄骨を組んだ状態を描いて強い印象を残していた。同じくリュ・ホワン(1986年生まれ)「卒業間近」も気になった。

中国画は、日本で言う日本画にあたるもの?繊細な表現、細い線描で傾向として似た作品が多かったように思う。

ワン・シャオバオ「静寂の故郷」(油彩)、ワン・ハイジュン「百年の道程」(水彩)、リュウ・ジーピン(水彩)は、本展の中でも☆3つのベスト。
他に、ジャン・シァンシーミクストメディア「帰宅」、4本のアニメーションも素晴らしい。

唐の古の美術を堪能した前後に現代中国の息吹を感じるのも楽しいです。

*7月4日まで開催中。
なお、本展はこの後福岡アジア美術館、富山県立近代美術館富山県水墨美術館、東京・日中友好会館に巡回予定です。
<お詫び>
巡回先を誤記しておりました。正しくは富山県立近代美術館です。お詫び申し上げます。
ご指摘くださった「通りすがりさま」有難うございました。

「楊谷と元旦 -因幡画壇の奇才-」 鳥取県立博物館

楊谷と元旦
6月20日まで鳥取県立博物館で開催中の「楊谷と元旦 -因幡画壇の奇才-」に行って来ました。

6月13日放送のNHK教育『日曜美術館』アートシーンで同展の紹介映像が流れ、屏風絵の見事さに釘付けに。全くノーチェックだった展覧会で、詳細を同博物館サイトで見るにけ、2010年が楊谷の生誕250年に、元旦は没後170年にあたるため開催されると知り、この機会を逃せばこの両画家の作品をまとめて見ることはないのではないかと、またしても強い切迫感に襲われ急遽関西行き日程の中に組み込むことにした。
また、楊谷の画業がまとめて紹介されるのは今回が初という更に貴重な機会であることを付記しておきたい。

タイトルにある「因幡画壇」は耳慣れない言葉で、因幡の白ウサギならぬ因幡画壇とは果たしていかなるものかに、強い関心が湧きおこる。TV番組終了後、twitter上でブログ「あべまつ行脚」のあべまつ様は「鳥取と言えば沖一蛾はじめ他にも画人がいる。」とすぐに画壇の一角を成す画家の名前が出てくるあたりはさすが。私はと言えば、一蛾も鳥取関係の画家だったのかと漸くそこで知った。

さて、「楊谷と元旦 -因幡画壇の奇才-」は実に素晴らしい内容でこの後長く私の記憶に残ることは間違いない。
片山楊谷(1760~1801)の強烈な作画力、技術力に驚嘆し、こんな画家がいたのかと屏風絵、軸物いずれにおいても個性的な才能を見せつける。タイトルにあるー因幡画壇の奇才-は誇張でも何でもなく、本当にその通りだと思った。
対する島田元旦(1778~1840)は、かの有名な谷文晁の実弟。こちらは、アイヌの生活を描いた作品や実景図などに力量を発揮。そうかと思えば、濃密な唐絵風の屏風絵なども遺しており、画風多彩である。

展示作品は、前期・後期の展示替えがあるが全部合わせて164点、これに加えて同館常設展示室も特集コーナーを組み関連画家の作品など約24点を紹介。全てを観るには2時間は必要だったし、帰りの列車の時間さえ気にしなければもう1周したかった程。

展示構成と共に以下展覧会を振り返る。まず展示は作家単位になっていて、最初に楊谷、後半に元旦の順になっている。
■楊谷
プロローグ-長崎の画家-
楊谷は長崎の医師の家に生まれ、父親は「洞」某の中国人、母は日本人の熊本姓だが、特に父親についてはっきりとしたことが分かっていない。更に、楊谷の絵の師匠であるが、これもはっきりとした資料がなく、長崎のどこかで画技を学んだことは確かだが、中国人絵師に直接、もしくは中国人絵師に学んだ日本人といずれにせよ唐絵の技法を学んだようである。
ここでは、黄檗宗の関連画家である河村若芝(河村は、若冲アナザーワールド展でも若冲に影響を与えたとされる唐絵画家の一人として作品が展示されていた)、渡辺秀石、そして沈南蘋≪麒麟図≫1749年≪双鶴図≫1758年(いずれも長崎歴史文化博物館蔵)らの作品を紹介する。中でも、楊谷との関連が一番強いと推測されている費漢源の2点≪竹図≫長崎歴史文化博物館≪枇杷に小禽図≫1756年・神戸市立博物館にも注目したい。これらの作品、特に沈南蘋の濃密でカラフルな色彩絵は、これまで何度か見ているが、費漢源の作品は、むしろ墨色に特徴があり、色彩より線の画家といった印象。

【楊谷--瓊浦時代-】
ここから先は、一挙に楊谷ワールドに突入する。作品リストを見ると、お気に入りマークがみっしり付いていて、のっけから楊谷に圧倒されたことがよく分かる。中でも特にといった作品を挙げる。
・≪花王獣王図≫1783年 鳥取県立博物館
楊谷24歳の若き日の佳作。楊谷はわずか13歳で絵描きになると決め、後に諸国を漫遊し画技を磨く。本作は、縦180センチの画面に牡丹と虎を縦に上手く配置。後述するが、既に虎の描き方が楊谷流となっている様子が感じられる。

・≪猛虎図≫三幅対
楊谷の虎の特徴は、毛描きにある。尻尾も体毛もそして髭もどれも手に触れれば刺されるのではないかと思う程、直線的で毛が長い。そして、身体を覆い尽くすようにみっしりと綿密にそれらの長い体毛を一本一本肉眼視できる形式で描く。そして、顔貌も見事に虎の怖い表情を捉え、他の画家にありがちな虎なのか猫なのかといったことは決してない。
これより前に≪猛虎図屏風≫六曲一双1780年も展示されていたが、そちらは21歳の作。両者を比較すると、虎の描き方が随分上達し、かつ自身の画風を得ていることが見て取れる。一番右幅の虎は、何と何とホワイトタイガー。楊谷は白い虎をどうやって知ったのだろう。中央は黒白、左端が一番ノーマルな黄色と黒の虎。三幅あるが虎も三様。

・≪鷲図≫一幅 渡辺美術館
これも大幅だが、墨一色の水墨画。この作品で鷲は大画面に一杯、身体が紙面よりはみ出して全部が描かれていない。身体を捩じるようにし、特徴ある大きな二つの瞳はどこか一点を見つめている。この構図と鷲の瞳が忘れられない。

・≪菊慈童・花鳥図≫三幅 1791年 
楊谷は「菊慈童」をモチーフとして多く作品を描いている。そして、色彩の鮮やかさ菊慈童の着衣や髪の精緻な描写に虎とは違う別のものを見るようだ。

【特別展示】新発見の楊谷作品
・≪猛虎図屏風≫六曲一双
本展開催準備中に、発見された六曲一双の屏風絵。これが、ガラスケースなしにど~んと展示室に置かれている様は壮観。残念ながら、新発見作であるためか、図録には掲載されていない。こちらも楊谷の毛描きが見事な作品。

【楊谷-稲葉時代-】
楊谷は鳥取藩主に画技の才を見出され、茶人家の片山家に夫婦ともども養子入りする。そして、鳥取の地で画業に励む。
・≪桃園三傑図≫神戸市立博物館
・≪鶴亀図≫鳥取・興禅寺
≪鶴亀図≫は、典型的な鶴亀の吉祥画題を扱っているものの、楊谷の手にかかればかなり毛色の違った作品となっている。最大の理由はやはり構図の取り方であろう。中央に大きく鶴を一羽。背景にはなぜか波濤と岩、手前にやや小さめの亀が横向きに鶴の方を見上げている。まさしく鶴と亀が出会った場面。「かごめかごめ」という歌が頭に浮かんだ。
何ともドラマティックで面白い。

【妙法院真仁法親王との接点】
妙法院真仁法親王は当時文化サロンを成していた人物で、この人物を通じて京画壇をはじめとする他の画人たちとの交流の場を楊谷は得ていたようだ。
ここでは、円山応挙の≪龍虎図≫二幅が展示されているが、楊谷の迫力ある虎と比べるとぬいぐるみのように見えた(応挙よごめんなさい)。

・≪山水花鳥人物図押絵貼屏風≫六曲一双
・≪山水図押絵貼屏風≫六曲一双 1796年
いずれも、ますます冴えわたる楊谷の技量が見事に描出される作品。虎のみならず花鳥、鯉、亀、鶴と何を描いても上手い。

【特集】山路寺に残る障壁画
ここまででも私は十分に感動し、楊谷の素晴らしさに惚れ込んでいた。しかし、これだけでは終わらない。この特集展示は本当に素晴らしかった。
兵庫県の真言宗の寺院・山路寺には、今も楊谷の障壁画が残っている。なぜ、彼がこの寺の障壁画を描くことになったのか経緯等は不明。今回は、寺内の再現を試み、まるでお寺の中で観ているかのごとく障壁画が設置されていて、実際の状態を体験することができた。
・≪老松図襖≫
・≪渓流猛虎図襖≫
・≪牡丹孔雀図襖≫
いずれも1800年と楊谷の亡くなる前年に描かれた畢竟の大作であることは間違いない。これらは全て紙本墨画で、最初の老松図襖は狩野永徳を思わせるかのごとく、どっしりと8面を上手く使って度太い幹、うろ、そして枝まで描ききる。見た瞬間に震えが走った。
更にすごいのは、次の間の楊谷得意の猛虎図。やはり、なぜかここでも水辺の岩に這いつくばったり、身体をしならせ上を見上げるなど虎の動き方が様々で、一つとして同じ動きをしていない。
滝の描写も見事。ここで、感動のあまり泣きそうになった。しかし、楊谷は「虎の画家」と称して良いのではないか。かつて、ここまで見事に虎の絵を描いた画家を私は知らない。

このコーナー最後に、個人蔵の銀箔墨画の六曲一双屏風(これもガラスなし)≪龍虎図屏風≫が展示されている。
このド迫力。1798年頃の作品といわれるが、ここでも虎の動き方は尋常でない。実に活き活きと龍と相対する場面を描く。銀地に墨の黒が映える。

楊谷の作品は到底上記に挙げた作品だけでは尽きせぬ魅力がある。図録を再度見返してみると、前期展示作品にも素晴らしい作品が何点もあった。これ、前後期とも見たかった。

次の元旦コーナーへの橋渡しとして『兼葭堂日記』にみる楊谷と元旦と題し、楊谷と元旦が日をおかずして蒹葭堂のもとを訪れた記録が日記を元に紹介している。ここで、「木村兼葭堂像」谷文晁1802年(重文)が展示されているのも心憎い演出であった。

長くなるが、もうしばらくお付き合いください。
■元旦
いよいよ、もう一人の主役島田元旦の登場。
【特集】蝦夷を描く
元旦は、1799年、22歳の時に幕府の調査隊の一行として蝦夷に赴き、同地のアイヌ民族や景観を描いている。
ここでは亜欧堂田善≪海浜アイヌ図≫1800年、≪毛夷武餘蔦図≫1800年と、当時の江戸絵画としてはかなり異風の作品2点に注目。最近だったか、東博の常設特集でアイヌ民族に関連する資料の展示を見たけれど、これほどインパクトは強くなかった。やはり絵画にすると、当時の様子がストレートに伝わる。また亜欧堂と島田元旦の画風の比較も面白い。両者の描くアイヌの人々は、似ているようで別物に見えてしまった。

【特集】風景を写す
谷文晁が、当時の老中松平定信の命により真景図を多く遺しているが、その影響からか弟元旦も風景図を多く手がけている。
・≪東海道中図屏風≫六曲一双
・≪諸国名所図≫八面 栃木県立博物館
特に、屏風の方は、当時の東海道を行く人々の様子も描き込まれ、風俗図としても楽しめる。元旦40~50代の作品といわれている。

プロローグ-谷家に生まれて-
谷文晁は当時人気画家であったが、本人のみならず妻も弟、妹も絵をよくした。
・≪秋江独釣図≫島田元旦 1794年
17歳とは思えない技量だが、ややかたい。

【元旦】-鳥取藩島田家へ-
元旦は蝦夷から帰朝後、1801年に鳥取藩島田家に養子に入った。
ここから、鳥取藩士としてまた一方で画作も依頼される二足のわらじを履く日々となる。
・≪旭日に鶴図≫1809年 鳥取・松岸寺
あっけにとられたのはこの作品。これまで、割とよくある風景図ばかりを見て来たのに、突如この作品147.2×99.3の大幅で、デザイン的要素が非常に強い。
背景の波の描き方、そして、なぜか波の間に旭が漂っている。そしてそれを上から見下ろす鶴一羽。絵具は良い物を与えられていたのか(依頼した人物は上役?)彩色も美しく、鳥の羽根の細かな描写、透け感まで見事に表現されている。思わず、花札に使いたくなる作品だと思った。

・≪山水人物花鳥獣図≫1802年 19枚
19枚のセットで鶉や金魚!、とんぼ、月に向かって吠える狼等々モチーフの選択が個性的。

・≪群蝶図手焙≫
・≪色絵花卉藪柑子図手焙≫ 京都・両足院
いずれも仁阿弥道八の陶器で、文晁・元旦らが絵付けをしている。

【二つの幽霊図】
以前拝見した東京・全生庵の谷文一≪燭台と幽霊図≫、元旦の個人蔵≪幽霊図≫との比較。文一は、元旦の甥。いずれも同じ構図でほぼそっくり。どちらが写しなのかは不明。

【元旦】-家督相続、そして鳥取へ-
・≪群鹿群鶴図屏風≫六曲一双 1826年
沈南蘋の同タイトル作品の写しだが、単なる写しでは決してない。明らかにオリジナルを超越し、元旦そのもののオリジナルへと昇華している。あまりにも濃密で装飾的な画面にくらくらするが、これほどまでに金を多用し、絢爛豪華な作品もなかなかお目にかかれるものではない。

・≪花鳥図押絵貼屏風≫1831年 六曲一双
概して、元旦の著色作品はどれも高価な絵具を使用しているのか、色彩が実に美しく艶やか。これも唐絵風の花鳥図であるが、細部まできっちりと描き込む画技の高さが光る。

・≪不動明王図≫1837年
元旦60歳の作品。本作を描くにあたり、元旦は禊をし21日間こもって、婦女を遠ざけ全身全霊をかけて完成させた作品と言われている。本作意外に、仏画の出展はなく言われ通り元旦の信仰と魂がこもっている作品。背景の火炎描写が素晴らしい。

・≪俳仙図≫ 1838年
元旦最晩年、亡くなる2年前の作品。これまで見て来たような力の入った作品ではなく、寧ろ肩の力が抜けた洒脱で悟りの境地さえ感じる。こんな作品を描く境地になっていたという事実が作品以上に興味深い。

元旦は、楊谷と違い、これといった特徴をあげるのが難しい。風景山水、花鳥、鯉、唐絵モチーフいずれも器用にこなす画家であるのだろう。特に花鳥画は南蘋派風の濃い画面で、一方風景は兄の文晁ゆずりの作風と描くモチーフによって作風を自在に変えているのだろう。

以上で企画展示室での展示は終了だが、1階の常設展示室にもまだまだ両者の作品と新発見の関連画家・世鷺と楊江(楊谷と元旦の後継者?)の作品が展示されている。
こちらボリューム満点。これから行かれる方はお見逃しなきようご注意ください。
長くなるので、印象に残った作品タイトルのみ列挙。残念ながら、ここでの展示作品は図録に掲載されていない。更に、本展展示作品の大半が個人蔵の作品なのも見逃せない事実。次にいつ拝見できるのか・・・(涙)。

<楊谷>
・菊慈童図
・牡丹図
・孔子十哲図 鳥取県立博物館

<世鷲>
・群仙図押絵貼屏風
・寿老人・連雀・双鶴図

<元旦>
・楊貴妃・風雨牡丹図
・花鳥図
・葦に白鷺図 島田元旦・林 松林
・桜花図 鳥取県立博物館
・菊に仔犬図 ⇒ 円山応挙の円山派を学んだ成果を感じる。
・秋景山水図
・仙境雅会図 鳥取県立博物館

本展の入場料はこれだけ充実した内容で大人600円!更に驚いたのは、かなりの厚みの本図録のお値段1670円!!!
ちなみに関連論文4本、全作品解説、印章表、落款の変遷等、資料的価値も非常に高い。
これだけの大規模な企画展を単独開催された鳥取県立博物館の皆様に心から敬意を表したいと思います。恐らく準備段階から相当の年数がかかっているのではと推察しました。

鳥取は遠いと仰せの方は、せめて図録だけでも取り寄せられてはいかがでしょう。図版だけでもエネルギッシュな楊谷、元旦の魅力は伝わります。この展覧会を機に、因幡画壇の企画展を関西、京都あたりでもぜひ開催していただきたいものです。もっと彼らの作品の魅力を広く伝えていけたらと切に願っています。

*6月20日まで開催中。なお、土曜・日曜は夜間午後7時まで開館しています。通常は9時~17時。オススメです。
なお、鳥取へは京都、大阪、三宮、姫路などに停車するJR特急「スーパーはくと」号があり、私はこちらを利用しました。関西からなら往復割引きっぷもあるようです。
他に姫路⇔鳥取間を高速バス片道2300円が1日4便、こちらも検討の価値ありです。
なお、鳥取駅からは100円のループバスが1時間に3本~4本あり、博物館前に停車し所要時間約10~15分。
いざ、鳥取へ!

「港千尋展 レヴィ=ストロースの庭」 中京大学 C・スクエア

名古屋・八事の中京大学C・スクエアで6月19日まで開催中の「港千尋展 レヴィ=ストロースの庭」 に行ってきました。
ギャラリーサイト ⇒ http://www.chukyo-u.ac.jp/c-square/2010/96/96top.html

港千尋氏は、1960年生まれ、1984年に早稲田大学を卒業後ガセイ南米研修基金を受け、南米各国に長期滞在。1994年に写真集『波と耳飾り』(新潮社)を出版。1995年多摩美術大学に着任し情報デザイン学科芸術コース教授に。
2007年には第52回ベネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナーを務める。

本展は、1999年に行われた社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースへのインタビューを機に始まった「ブルゴーニュの庭から出発して、ブルターニュ、オーストラリア、アマゾンから沖縄へと、神話世界にゆかりの大地をめぐる」旅から生まれたもので、2008年にNTT出版から刊行された写真集『レヴィ=ストロースの庭』掲載の作品が中心になっています。

ここ最近、写真展が気になっている。
本展もホームページの作品画像が気になって、早く行かねばと思っていた。
作品は、全部で30点程だっただろうか。作品リストはないが、リーフレットに5点の作品が掲載されている。全点モノクロ写真で、冒頭には上記の通り庭の作品から始まる。
そこから、私たち鑑賞者は知らないうちに旅に出るのだ。人類学者のストロースの庭は、彼の思索を象徴するかの如き庭で、そこに本人が立っている姿は庭の一部であるかのようだった。
作品を見ていくうちに、この庭の風景をどこかで見たような記憶が蘇る。何だろうと思ったら、クロード=モネの睡蓮の庭だった。レヴィ=ストロースの庭に睡蓮は見当たらなかったが、同じ様に池なのか、いや池ではないかもしれない。なぜなら、そこには水の流れがあった。
深い緑りと水が静かに湛えられた池?湖水?は、見ているだけで濃密で静謐な景色であった。深い緑や水の香り
がこちら側に感じられるような、そんな写真。

私たちは、いつしか庭から旅立ちインドネシアやエクアドルといった国々の人々やその暮らしの一端が写し出された作品に接する。そうすることで、レヴィの思索をたどっているのかもしれない。

再びフランスに戻り、冒頭で見た、いやそれ以上に美しい広々とした大地や空を見る。
先日世田谷美術館で見たフランスの写真家であり考古学者であったフェリックス・ティオリエを思い出した
。彼は自身で写真撮影を行ったが、港氏は、レヴィの目となり足となって世界各地で人類の足跡を撮影したのだろう。

写真作品の他に、港氏がストロースにインタビューした映像(30分)と1点の映像作品(15分)も楽しめる。
残念ながら、会場に件の写真集『レヴィ=ストロースの庭』がなかったようなので、一度写真集を見たいと思う。

*6月19日(土)まで開催中。
午前9時~午後5時 入場無料

「生誕110周年記念 山本丘人展 魂の抒情詩」 日本橋高島屋

yamamoto

日本橋高島屋で6月21日(月)まで開催中の「生誕110周年記念 山本丘人展 魂の抒情詩」に行って来ました。

山本丘人(1900~1986年)は、東京に生まれ、1924年に東京美術学校を卒業し、松岡映丘に師事。以後、帝展や新文展などに出品を重ね、1948年には、それまでの日本画壇の弊週を打ち破り新風を起こすべく、上村松篁、秋野不矩らと創造美術を結成。戦後の日本画の改革に力を尽くし1977年に文化勲章を受章。
本展では、山本丘人作品の根底に流れる抒情性に焦点をあて、約60点の代表作をを3章に分けて展示するとともに、実際に使ったイーゼル、火鉢などでアトリエを再現します。

第1期 1921~1950年
師であった松岡映丘の丘の字を名前にいただいたのだろう。山本丘人の丘人は本名ではなく、本名は正義。
初期の作品は東京美術学校の教えを守った忠実な日本画が目立つ。特徴的なのは「婦女坐像」1922年で見られるような柔らかさ。
第1期では、この「婦人坐像」をはじめ「不忍池」「青い海」1932年の3点が大下図と並べて展示されていたのは珍しい。大下図は東京藝術大学所蔵の貴重なもの。かなり細かく下図でも仕上げていたことが分かる。

第1期時代の丘人作品が一番好き。柔らかく、素朴で、静かで、それでいて丘人の生きていた時代を上手く画面に取り入れている。「公園の風景」1928年、「河岸風景」「空」1941年と徐々に作品は洗練されてくる。1936年に小金井に
転居して後、第一期様式が確立した。

第2期 1951~1966年
第2期は1期の甘さや柔らかさから一変して作風が変わる。
むしろ、峻烈な印象と硬い線が目立ち荒々しい雰囲気の作品へ移行。「満月夜」1963年、「海巌」1965年など、なぜ、こうまで作風が変化したのかが気になった。図録に掲載されていたのかもしれないが、時間がなかったので、今回図録の中身はチェックしなかった。そして、この、時代丘人は小金井から大磯へ引っ越し、以後大磯のアトリエで画業に励む。

第3期 1967~1984年
いよいよ、山本丘人の集大成である。意外にも過去第1期の作品は目にしたことがあるけれど。3期の作品はほとんど見ていないのではないか。記憶に残っている作品がなかった。
しかし、「残春」1971年、「夕陽」1068年、「濤と華」1970年、「葉かげの陽」1972年とどちらかと言えば第1期に近いのだけれど、幼い部分がなくなり、洗練された、師の永丘とよく似た優雅さがあった。
・「季節風」1977年
春夏秋冬を描く4幅対。丘人は冬の風景が好きだったという。「冬の風景の方が簡素化され、それ自体の色彩が現れているので、冬に惹かれる」という言葉を残す。
・「夏渡る時」1979年
私に好きだった第1期の作品にプラスアルファでミステリアスな雰囲気が出ている。
・「天上月華」1974年
満月や月は描かれていないのに、土や周囲の風景はほんのり明るい。
・「地上風韻」1975年
満開の咲き誇る藤。一方で地面には逞しくタンポポが何本も女性を護衛するかのように取り囲んでいた。

これまで、一度もまとめて見たことのない作家を制作年代順に一度に拝見できたことは、私にとってプラスだった。

*6月21日まで開催中。本展が巡回先最後です。*6月21日(月)まで開催中。

「ウィリアム  エグルストン:パリ-京都」 原美術館

hara

原美術館で8月22日(日)まで開催中の「ウィリアム エグルストン:パリ-京都」に行って来ました。

原美術館での写真展には良い思い出が詰まっている。
思い出深いのは、何といっても2004年開催の野口里佳「飛ぶ夢を見た」で、これまで写真にまるで関心がなかった私に写真の素晴らしさを教えてくれた展覧会だった。
会場の原美術館が、写真の展示にマッチしていて、空間を上手く使用して大きな作品、小さな作品とその場所に応じた作品が展示されていたことをつい先日のことのように覚えている。

2008年の「米田知子展 終わりは始まり」を見逃したのは痛恨事で、今回、エグルストン展の図録が未完成だったため、なぜか米田知子展の図録を購入してしまった。とても素晴らしい写真集に仕上がっていて、やっぱりこれを見なかったのは我ながらアホとしか言いようがない。

さて、そんな愚かなことが2度と起きないようにと待望のウィリアム エグルストン個展にいち早く臨んだ。

本展はカラー写真を藝術的表現の域にまで高めた先駆者であるアメリカの写真家、ウィリアム エグルストンの、日本美術館における初個展。展示の中心となる「パリ」と「京都」のシリーズはカルティエ現代美術財団の依頼を受けて制作した近作です。また、「パリ」シリーズは写真だけでなく、色彩豊かで闊達自在なドローイング作品によっても構成され、これまで発表されなかったエグルストンの新たな一面に触れることができる。更に、名声を得るきっかけとなった写真集「ウィリアム エグルストンズ ガイド」に収録された、彼の故郷アメリカ南部の人や風景を撮った初期の代表作もまじえ、魅力あふれたエグルストンの世界を紹介します。

ウィリアム エグルストンのプロフィールについてはこちらのサイトに詳しく掲載されています(以下)。
http://www.artphoto-site.com/story58.html

展示は、1階のギャラリーⅠ・Ⅱ、廊下で「パリ」シリーズ2006年~2008年の写真44点&ドローイング10点、そして写真とドローイングのペアが12点。
2階のギャラリーⅢでは「ウィリアム エグルストンズ ガイド」1976年から7点(東京都写真美術館蔵)。
ギャラリーⅣ・Ⅴ・2階廊下では「京都」シリーズ2001年には22点写真が展示されているので、サイズは左程大きくはないが、見ごたえは十分あった。

大変お恥ずかしい話だけれど、エグルストンの名前も写真も今回初めて知った。
だから、展覧会のチラシ掲載作品を拝見した時「どうなんだろう・・・」と若干不安だった。どんな写真を撮影する方なのか見当がつかなかった。

しかし、最初の1階ギャラリーで「パリ」シリーズを数点見てすぐに、これはいいなと思った。今まで見たどんな写真とも違って個性的だった。
彼の視線に私は一番興味を持った。
常に色と色の組み合わせを念頭に置きつつ、被写体となるものを探しているのだろうか。モノが決まったら、後は構図。どんな位置から、どういう組み合わせで撮影すると、もっとも効果的になるのかを計算しつくしているように思う。
写真1枚1枚に時折はっとするような組み合わせのものが登場。そのたびに、ヴィヴィッドな色に悩殺され、パリの色というより、寧ろブラジルっぽいカナリアイエロー&グリーンなどのイメージが頭に浮かんだ。
色の取り合わせの巧妙さは、ギャラリーⅡの即興ドローイングにもあらわれている。ここでも多種多様な線が使用され、からまってしまった色毛糸の様子にも見えた。
各色の分量のバランス、目を惹く構図、やはり只者でないことだけは明確になった。

そして、対照的なのは同じ都市を題したシリーズ作品である「京都」シリーズと。この両者の比較はとても興味深い。
京都でのエグルストン氏の視線に自分も入り込めるような錯覚を覚える。
京都で撮影に臨んだエグルストン氏にとって、今回の撮影は実に困難なことだったのではないかと想像している。
エグルストンの興味は、京都においてなぜか生け簀の魚に及んでいたようだ。

パリシリーズに比べると、色が落ち着いている。先程のヴィヴィッドさはどこへやら。
彼の目には現代日本が見事に投影されていることが写真から分かる。

本展で私がもっとも強い印象を受けたのは旧作の「エグルストン ガイド」であった。アメリカ南部地方の様子が怖いまでにドラマティックな形で印画紙に残っている。これは奇跡なんじゃないかと思った。
タイトル≪ミシシッー州サムナー、キャシディ沼を背景に≫1970年頃は白い乗用車をバックに黒人男性と白人男性が1名ずつモデルになっている。異様なまでの静けさを感じ、次に一体何が起こるのか、ぞくっとしたことは間違いない。
他にも老人がベッドで寝ようとする際に銃を観賞者に向けていたり。壊れかけた屋外の長椅子にうつろな表情の老婆がいたり。そして、他2点は広大なアメリカの長い道路や古き良きアメリカ時代の家など当時の文化、文明を象徴していた。

昨日アップしたフランスのティオリエは初めてカラー写真を生み出した人だった。一方エグルストンはカラー写真を藝術的表現にまで高めた先駆者であった。一見つながりがなさそうだが、こんな比較をしながら鑑賞すると楽しいのではないだろうか。

これは、図録が欲しい!とショップに行ったら、まだ完成されておらず6月末頃に入荷予定とのことだった。行かれるなら7月以後の方が、図録も気に入ったらその場で購入できるので便利かもしれない。

*8月22日(日)まで開催中。

「フェリックス・ティオリエ展」 世田谷美術館

setagaya

世田谷美術館で7月25日まで開催中の「フェリックス・ティオリエ写真展/いま蘇る19世紀末ピクトリアリズムの写真家」に行って来ました。
展覧会の詳細はこちら(一部画像が紹介されています。)

フェリックス・ティオリエ(1842-1914)は、19世紀末に炭坑や機械産業、繊維産業で急速に発展したフランスの都市サン=テティエンヌに生まれる。1857年にリボン製造業に従事して成功をおさめ、十分な富を蓄えて1879年に37歳の若さで引退。以後、ヴェリエールという村に住みながら、考古学の研究、専門書の出版、画家との交流、写真撮影などでその生涯を過ごした。
特に、バルビゾン派の画家たちとの交流はティオリエの写真に大きな影響を与え、自然や田園などを写した風景写真などにその影響が表れています。
ティオリエの写真は長い間その存在が知られていなかったが、1980年代に子孫によって紹介されることにより次第にその評価が高まっている。本展では、遺族らが保管する世界初のカラー写真であるオートクロームや約170点の貴重なヴィンテージ(ゼラチン・シルバー)・プリントが一堂に紹介されています。 ~展覧会チラシより抜粋


展覧会の構成は次の通り。
第1章 肖像写真
第2章 パリの風景
第3章 農村に暮らす人びと
第4章 工業化の時代
第5章 ティオリエの愛したフランス
第6章 色彩の世界へ

第1章では、ティオリエ一家やティオリエ自身の肖像写真などが展示されている。ここでは≪サン=ジェルマン=ラヴァル村のティオリエの孫たち≫1906年に注目した。ティオリエは、生涯アマチュア写真家を貫き、作品発表の場を持たなかった。しかし、この1枚を見るにつけ、明らかに彼の意図は単なる肖像写真、記録写真ではなく芸術写真を志向しているのではないかと推測される。背景の建築物-ティオリエは壁の垂直線がお気に入り?-にピントを合わせ、肝心の二人の孫は建築物に対して非常に小さく画面の隅にポツリと写っているだけである。孫の顔は、しっかりと判別できない。

肖像写真を撮影しつつ、常に彼の視線はもっと深い所にあったのではないかと第1章で感じた。

続く、第2章。ここでは、先だて三菱一号館美術館のマネ展に展示されていたような19世紀のパリの街の写真が並ぶ。1853年から1870年までセーヌ県知事を務めたオスマンの大規模な都市改造の様子が一見できる。また、1900年に開催されたパリ万博の様子が各パビリオン建設中の様子やセーヌ川から万博会場を臨む風景など、見事なモノトーンの諧調で風景を刻む。
特にパリ・モンソー公園を写した3点、ノートルダム大聖堂(怪獣像含む)5点は素晴らしい。今回、さすがに辛抱たまらず図録(これが図版印刷が出色の出来)を購入したが、改めて眺めてみてもため息モノ。

第3章は、ティオリエの孫たちが再び登場し、農村での人々の生活の様子をカメラでとらえる。農村風景をバックに孫たちも活き活きとした表情を見せている。孫娘と孔雀を写した作品、葡萄の収穫の様子、まるで一点の絵画を見るようだった。

第4章では、フランスの炭坑地を撮影。炭坑というのは洋の東西を問わず、写真を撮影したくなる何かが潜んでいるのだろうか。前章での農村風景が一転して、ボタ山や煙突から黙々と噴煙を吹き出している様子が撮影されている。しかし、炭坑の様子でさえもティオリエの手にかかると≪サン=テティエンヌの工場のある風景≫1880-1910年頃に見られるように、大地の様子、広大な空と雲の関係、そして煙突から高く上がる煙が一体となって、雄大な景色を作り上げていた。どの写真についてもあてはまるが、ティオリエが現像した写真の空の黒と白のバランスおよび諧調は本当に素晴らしい。

第5章。いよいよティオリエの真骨頂が発揮される。彼が愛したフランスの風景写真は実際以上に美しいのではないかと思えるほど。モノトーンによって、見えなくてよいものが見えなくなり、見せたいものだけが上手く表現されているといった印象を受ける。
特に前述したように空の様子。そして水辺の様子。これらの光と影をゼラチンシルバープリントに落とし込んだティオリエの技術力とセンスには脱帽。
が、空も水も良いけれど、彼の撮影する建築物の写真にも注目したい。ティオリエは建築美とも言える、垂直な柱やアーチ型の天井、まっすぐで長い回廊に強く惹かれていたのではないだろうか。
初期作品で見せた建物の垂直線へのこだわり、それは延々と彼の写真の中で受けつがれているように思う。

また、第5章では影のように黒く写った木々の枝、時にはこれを効果的に見せるため写真をアーチ形にカットしていることにも注目した。この樹木の黒は写真を焼く時に決まるのだろうか。写真技術に疎いため、分からないが、この黒と白のバランスの良さが一貫してティオリエの写真の魅力だと思う。

羊の群れの連作シリーは、まさにバルビゾン派の絵画のようでコローやテオドール・ルソーの作品を思い出さずにはいられない。彼らの油彩を意識して、ティオリエがこれらの写真群を撮影したのであれば、もはや絵画と写真の境界線はどこにあるのか・・・私には分からない。両者から感じるものは同じなのだった。

≪モルナンの池、嵐の空≫1880-1910年頃、≪サン=テティエンヌ周辺の木々と冬≫1880-1910年頃、≪プレシヴェの沼、積みわら、嵐の空≫1880-1910年頃、≪ブルターニュの港と釣り船≫≪小さな釣り船に乗る二人の男≫など、どれもこれも情緒と光、空気まで表現した写真作品に写真の中に自分が取り込まれていく気さえした。

第6章 「色彩の世界」へでは、ティオリエの撮影した初期カラー作品「オートクローム」の貴重な作品を3期に分けて7点ずつ紹介している。
第5章までモノクロ写真だけを眺めて来て、ここで初めて色彩世界が登場するが、これまた実に素晴らしい。1点1点はごく小さく、展時台にあるボタンを押すと、中からライトが当たってオートクロームの像が浮かんでくる仕組み。時間が一定経過すると照明が消え、画像は黒く沈んで行く。
何といってもここでは、作品番号174の≪ヴェリエール教会の入口で居眠りする聖歌隊の少年≫が素晴らしい。赤のマントを着用した少年の愛らしさ。最初観た時は少女だと思った。この作品は6月13日までの期間限定展示となっている。ご覧になりたい方は、ぜひ来週日曜日までに世田谷美術館までお運びください。

オートクロームは、カラーと言っても現在のプリントとは無論異なって、抑制のきいた静かな色彩で、時代を感じさせつつそこに魅力を感じるのだった。

展覧会図録もオススメですが、高画質印刷を使用したポストカードもこの質でこのお値段?(100円?だったか)という出来映えです。

*7月25日まで開催中。
以後、下記に巡回します。
・2010年9月4日~10月17日 山梨県立美術館
・2011年5月26日~6月26日 美術館「えき」KYOTO

「観じる民藝」 そごう美術館

mingei
mingei2

そごう美術館で7月4日まで開催中の「観じる民藝-尾久彰三コレクション-」に行って来ました。

「骨董とは生きていく上のお囃子で、元気の素」という尾久彰三氏(おぎゅう・しんぞう・1947-)さんは、柳宗悦とともに民藝運動を行っていた伯父の影響で、早くも10歳頃にもの集めに開眼。長じて敬愛する柳が創設した日本民藝館の学芸員として長年勤務し、益々その眼に磨きをかけました。ものを観るということは自分自身を知ることという姿勢で、何気ないものの中から深遠な美を見出す尾久さん。

本展は新刊本『観じる民藝』の刊行にあわせ、コレクションから選りすぐった、李朝の工芸品、日本の古陶磁、仏像や仏画、染織品、木工品など約350点を展覧します。何やら不思議な御縁で舞い込んできたもの、はたまた金策を労してようやく手中に収めたもの、今日はやめておこうと思いつつ一目惚れしてしまったもの等々、尾久さんが観て、観じ、愛してやまないものたちへの思いを語った名文とともに多彩な品々を紹介しています。~展覧会チラシより引用


展覧会のイベントとして「尾久さんと友人たちとの語らい」と題して、展示室内の「尾久さんの部屋」に会期中の毎週日曜にゲストを迎え、展示品の中からゲストにちなんだものたちを設えた中でトークショーを行います。
第1回目(5/30)は古道具坂田店主の坂田和實氏、そして2回目となる本日は山下裕二氏(美術史家・明治学院大学教授)がゲスト。2回目の本日トークショーに参加したので、その様子を交えつつ展覧会を振り返ります。

「尾久さんの部屋」は畳敷き。
山下氏と尾久氏のお二人は小さな四角いテーブル(詳細は後述)を前に、まずは「あらためまして、ようこそ」とお二
人のご挨拶から始まります。
そして、ゲストに合わせて設えだけでなくおもてなしも毎回変えているそうで、今回は尾久さんの知人が輸入されているスプマンテを酌み交わしてのトーク。お酒を楽しみつつのトークは、前代未聞と山下教授。
お酒を傾けつつのトークは、弾む弾む。お酒の器は明治時代の古ガラス製の小さなコップ。ワインクーラーがわりをするのは唐津焼の鉢。早速、作品たちががしがし使用されています。
おつまみは、オリーブの塩漬け。これが唐津焼の平碗に盛られています。これは今回の企画展を担当されたそごう美術館学芸員の森谷氏が会場から探して来られたそうですが、本来、お皿ではなくお抹茶を飲む器だとかで苦笑い。しかもこの唐津焼、お値段も立派で40万だったと暴露。

更に、会場にいた参加者にこの器を回して良いことに!皆で器を触って楽しみ、希望者はオリーブ食べてもOK!という大サービスまでありました。オリーブ美味しかった!

テーブルは、高島屋の骨董部(今はない)で尾久さんの奥様に、尾久さんが薦めて奥様が購入されたもの。どれも、購入に際して、楽しいエピソードが尽きません。
値段の話題から、「ものを語る時にお金で語るのは簡単で分かりやすい」「東博の常設展示作品の値札を付けたら面白い」「自分の価値観との比較をしやすい」「ものの値段は変わって行く」と話題が展開。

続いて「尾久さんの部屋」に展示されている作品や、山下教授が会場内でこれは!と思った作品にまつわるお話が続きます。

尾久さんが一番最初に買ったもの、それは泥人形の天神様でした。
10歳の頃から前述の伯父さまのお手伝いで古美術商に出入りをしていた尾久少年は、ある日一人で飛騨高山の古美術商で、天神様に目を留め、購入。
その後、何年もかけて6つの古美術店で1点1点、天神様をお祭りするのに相応しい道具を購入していきます。お社やら神酒飾り付き瓶子など。天神様の刀は、天神様が正一位ということから裏山から取って来た櫟の木を、刀は民藝館の梅で尾久さんがこしらえました。長い付き合いの天神様ですが、ある時、尾久さんが占いのようなことをしていたら、狐が天神様に化けて、尾久さんの前に現れ、「これから、わたしがあなたの守護神になります。」とお告げがあったと真顔で話されていました。

古びた小さな天神様とそれを大切にされている尾久さんを観ていると、あながち夢や幻でもなさそうな気がしてきます。また、10代から、自分のおこづかいで購入できるガラス器類を購入されていたそうです。

山下教授のお気に入りは、平安時代の木彫「神像」と真っ黒な通称「ドテラ地蔵」(江戸時代の地蔵菩薩)、そして弥生時代の土器・壺(本展チラシ表面掲載)、「刺繍三尊来迎図」(南北朝時代)。

「ドテラ地蔵」は、横から見るとドテラを着用しているように見えるからと尾久さんが付けた愛称で、頭が小さく東北で作られたもの。同じくお部屋にあった石版の「万治の石仏」に恰好が似ていると山下教授が指摘し、尾久さんも「なるほど、気付かなかった」と両者の共通点に納得。

一方、平安時代の木彫は実に素朴なお顔をしており、尾久氏曰く「これを買った六本木の店主は神像と言っていたが、頭は羅髪のようだし、仏像じゃないの~」と笑って、仏像もどきの神像を我が子のように愛でておられました。九州におられるご子息を尋ねる直前の買い物で、大分県臼杵のもの。「ちょうど先鞭になった」と尾久氏。
この仏像をだっこしつつ山下教授は「木が枯れてて、いいですね~」とにこにこ。
こちらも参加者に回覧されることに・・・。「みんなの手の脂が付いていいんじゃないか」と尾久さん。
もしかすると、一番ハラハラされていたのは、学芸員の森谷氏だったのではないかと思います。尾久さんの止まらぬトークに、時に止めに入ったり、助け船を出したり。

この企画展は5年越しで実現したもの。更に今日のトークは2年前の同館開催「木喰展」でのお二人のトークが非常に好評で楽しかったので、すぐに2年後の企画展でのトークの予定が決まったと森谷氏からの説明がありました。

さて、話を戻しましょう。
平安時代の木彫は、縄文時代の巨木信仰にルーツがあるのではと山下先生の解説が続き、次に弥生式土器と「尾久さんの部屋」にあった縄文土器へと話が展開。なお、お部屋になくても、話題にあがった品々は、すぐに美術館の方が会場内に持って来られ、作品を前に話が進みました。
弥生式土器は、道路工事の際に発見され、一方縄文土器は尾久さん曰く「本当に縄文なのかは分からない、レプリカとかクッキーに見えるが、自分は時代よりも器に付けられた波の紋様が美しいから買った」。

「良い、悪いという言い方をする。何が本当なのか?真贋を問うことに意味があるのか?」と山下教授。今ここにあるものと自分との関係が一番重要なのではないのか。

最後に尾久さんお気に入りの通称「ミルヒー」こと李朝だと思われる神像が登場。この男神像は、かなり強烈な個性を放っています。他に「奪衣婆」の像、これら2点は、本展開催にあたって出展作品が決定した後に、購入された新しい仲間たち。でも二つとも尾久さんの一番のお気に入り。
『「奪衣婆」に衣服を奪われても、最後は「阿弥陀三尊来迎図」で阿弥陀さんがお迎えに来て下さるという展示の流れになっています。』と報復絶倒トークは、楽しい幕引きとなりました。


常々、個人コレクションの展覧会を拝見していると、コレクターの個性を感じます。今回も尾久さんのお人柄を見事に反映したコレクション、そして尾久さんとのお付き合いの長い学芸員さんとの名コンビで実に楽しい展覧会となっています。
毎週土曜日には、尾久さんのギャラリートークも開催されます。集めたものたちにまつわる楽しいエピソードが伺えるチャンス。こちらも、参加してみたいと思います。

最後に、今日のトークをしめくくった尾久さんの一言。
「美しいものは、熱意さえあれば必ず買えます。」
そして、トーク冒頭に語られた「骨董と民藝は異なるもの」。
尾久さんの集めた民藝の美を拝見できる貴重な機会。おすすめします。

(ご参考)来週以後のトークゲスト
6月13日(日) 青柳恵介氏(古美術評論家)
6月20日(日) 山本萠氏(詩人・墨人)
6月27日(日) 白洲信哉氏(文筆家)
場 所 :そごう美術館展示室内
定 員 :各回60名
参加費 :500円(消費税含む。別途、入館料が必要となります)
参加方法:そごう美術館までお電話でお申し込みください 電話 045-465-5515(美術館直通)
     *当日でも空きがあれば参加可能

展覧会図録は、世界文化社より刊行された「観じる民藝」で書店で購入可能です。今から読むのが楽しみ!

観じる

*7月4日まで開催中。本展は巡回がありません。お見逃しなく。

根本寛子 "音なき音" Showcase/Megumi Ogita Gallery

nemoto

今日で会期を終了してしまったが、Megumi Ogita GalleryのShowcase(銀座5丁目)で開催されていた根本寛子 "音なき音" に行って来ました。
作品画像は、ブログ:ex-chamber museumさんにアップされています。

DMをいただいた時から気になっていたのに、最近仕事が多忙な上に、体調がすぐれなかったりで結局最終日に駆け込むことになってしまった。しかし、行ってこの目で作品と対峙することができて本当に良かった。

1981年生まれの根本寛子は、武蔵野美術大学、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を経て、2008年に東京藝術大学大学院美術研究科修士課程を修了。本展は、2008年12月の個展に続き2回目。

作品はペインティングが全部で5点だっただろうか。
目に入った瞬間、上手いと思った。
一番惹かれたのは、マチエール。
筆跡を残さないフラットな質感。手も器も何もかもリアルに描かれている。もしかすると、バロック絵画の影響を受けているのではないだろうか。DMに使用されている作品に描かれたカーテンの質感は、バロック絵画で見られるような技法で、布の質感までも表現されている。
ギャラリーの方によれば、フラットな質感は叩き込む技法で得られているのだとか。

モチーフには、一見メルヘンちっくなものや女の子らしいものが選ばれているが、画面から漂う気配はどこか重く、秘めやかなものを感じる。現代のシュルレアリスムと表現するのは見当違いだろうか。

いつものように、過去の作品集に手を伸ばす。
私は、2年前の横浜の住宅展示場で開催されたアートフェアで彼女の作品を見かけていることに気付いた。
しかし、その時は印象に残らなかった。
2年前の彼女の作品は、今回展示されている新作と大きく異なる。
銃口をこちらに向けた作品などおどろおどろしいテーマばかり。
私の好みとは大きくそれている。

しかし、今回の新作では過去作品で見せていた尖った部分、ダークな一面がなりをひそめ、画面がブラッシュアップし、モチーフも大人しいものに変えている。
本人の模索の結果なのか、ギャラリーからのアドバイスなのかは分からないが、私個人としてこの変化はとても嬉しい。さもなければ、この個展に足を運ぶこともなかったかもしれない。
それ程、大きな変化が作品集と眼前の作品から分かる。

作品はどれもタイトルがない。
私の一番のお気に入りは、入ってすぐの右側にかかっていた正方形の作品。
この正方形の作品が一番最後に完成した作品だと教えていただく。

蓋のあいた宝石箱が左下にあり、ネックレスが文字をかたどっているようだが、何と書いてあるのかは分からない。
宝石箱やネックレスが置かれたテーブルクロスの質感や模様の描き込みは、既に十分なレベルだと思うが、まだまだ技術的に伸びそうな勢いを感じる。
空想世界と現実のちょうど中間を描いたような世界観。

ちょっと空虚なテーブルの様子に様々な空想が膨らむ。
この絵が似合う壁は、真っ白よりもちょっと古い感じのお家かもしれない・・・。

どの作品にも共通して重い色調が使用されている。
そのせいか、間もなく梅雨に入ろうというのに、冬をイメージしてしまった。しかし、雨の日にこの作品と向かい合っているのもまた楽しいだろうと思った。

これからの成長や変化がますます楽しみな作家さんだった。

*本展は、既に終了しています。

「ルーシー・リー展」 国立新美術館

ルーシー

国立新美術館で6月21日まで開催中のウィーン、ロンドン、都市に生きた陶芸家「ルーシー・リー展」に行って来ました。
展覧会公式ホームページはこちら

ルーシー・リー(1902-1995)はウイーンの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、ウィーン工業美術学校で轆轤の面白さに魅了され、作陶を開始。
彼女の作品は程なくブリュッセル万国博覧会などの国際的な展覧会で数々の賞を受賞し、高い評価を得る。しかし、第2次世界大戦の足音を聞く頃、ユダヤ人であるが故、ナチスドイツの迫害を恐れ、1938年英国に逃れ、以後およそ半世紀にわたり同地で制作を続ける。
本展では、20世紀を代表する陶芸家ルーシー・リーの創作の軌跡を国内外のコレクションより選りすぐった約200点でたどるもの。近年英国の研究機関に寄贈された豊富な関係資料をふまえた没後初の本格的な回顧展となっています。

ルーシー・リーの名を知ってから、まだ日は浅い。
昨年、六本木の21_21デザインサイトで開催された「U-Tsu-Ea/うつわ」展でその名を知り、作品を初めて拝見した。
この「U-Tsu-Ea/うつわ」展を企画したのが、私の好きなデザイナー三宅一生氏で、陶芸界の一部でしか知られていなかったルーシーを広く日本に紹介した功績は計り知れない。
三宅氏とルーシーとのつながりがなければ、今回日本での初回顧展が開催されることもなかったかもしれない。

果たして、三宅氏はルーシーの作品のどこに魅了されたのだろう。
ロンドンで見つけた彼女の作品集に衝撃を受け、三宅氏はすぐにルーシーの工房を訪ねたという。芸術新潮6月号(最新号)記事によれば、「見たことがないものを見ているという思いと同時に、僕がずっと探していたものがここにあるという感情に襲われた」と氏は回顧している。

昨年、最初にルーシーの器を見た時にはカラフルな色彩ややきものの薄さに惹かれた。
しかし、本展で改めてじっくりと彼女の器を見て行く中で徐々に彼女の器に対する私の気持ちは変化していく。

まず、一番惹かれていた色彩にあまり魅力を感じることなく、寧ろシンプルな白の器、例えば≪白釉青線文鉢≫東京国立近代美術館蔵、や愛らしい≪丸文鉢≫ギャラリー小柳蔵、徹底した造形美を感じる≪スパイラル文花器≫個人蔵の方に好みが傾く。

また、もうひとつ強く惹きつけられたのは溶岩釉シリーズの陶肌。あのデコボコした肌合い、テクスチャーが何とも言えない。そこにルーシー特有の色合いが加わって一層魅力を増している。

展覧会は、
Ⅰ.初期-ウィーン時代 1921-38年
Ⅱ.形成期-ロンドン時代
Ⅲ.円熟期
と制作年代を追って作品を展観している。合わせて彼女の持ち味である様々な色を生み出す秘密である「釉薬ノート」やその人となりを知る書簡や家族写真など資料も豊富に展示され、作品だけでなくルーシー・リーという人物像にも迫る展示内容となっていることは見逃せない。

ここでは、個々の作品について振り返ることはせず、展覧会を見ての感想を述べたい。

約200点に及ぶ作品を見て感じたのは、ルーシーの作品に彼女が見てきたもの、そして好きだったものが見事に反映し、それを自身の作品に昇華していることだ。
≪スパイラル文花器≫、溶岩釉シリーズなど、どこか土器や古代陶器の面影を感じさせる作品が少なくない。そして同様に白釉シリーズでは中国宋代、元代、あるいは朝鮮白磁の影響を強く感じる。
彼女は、やきものの歴史を踏まえた上で、うまくそれぞれの良さを現代陶芸に再現した。

それが自分の中で分かった時、ちょっとだけルーシーの作品から気持ちが離れて行くのが分かった。
彼女がインスパイアされたそれらの土器、中国陶器、朝鮮陶磁オリジナルの方に、私自身より強い魅力を感じてしまうからだ。
オリジナルの力強さとでもいうべきか。
もちろん、ルーシーの現代陶芸も評価しているし、素晴らしいと思う。これは、単純に個人の嗜好による問題と思っていただきたい。
よって、昨年も今年もルーシーの作ったボタンの数々、これらは古代陶器などと比較することなく彼女のオリジナル作品として純粋に気持ちが入って、惹きこまれ、もっと言うなら、このボタンを活かした三宅氏デザインの洋服を一度で良いから袖を通してみたいと切に思ってしまうのだった。

最後に、再び彼女の器に話を戻す。
彼女の器の形にもまた注目しなければならない。薄作りであるだけでなく、ラッパのような円筒花器、朝顔のような鉢など同じフォルムの作品を数多く手掛けている。
これらは、ルーシーのこだわりが強く形態にあったことを示しているのだろう。
だからこそ同じフォルムの作品を作り続けたのか、もしくは発注者の意図によるものか。

その形を見た時、ルーシーの器だとすぐに分かる、そんな造形美を創り出した陶芸家はやはり偉大だと思っている。

なお、先にご照会した「芸術新潮6月号」のルーシー・リー特集が非常に充実しています。

shincyo6

また、展覧会図録はコンパクトサイズながらこちらも全作品の写真集のようで、ルーシーファンにはオススメです。

*6月21日まで開催中。
展覧会は、下記の通り巡回します。既に国立新美術館はオルセー展の余波もあってか混雑しているようです。巡回先の方がゆっくり観賞できるのではないでしょうか。
・益子陶芸美術館 8/7~9/26
・MOA美術館 10/9~12/1
・大阪市立東洋陶磁美術館 12/11~2/13
・パラミタミュージアム 2/26~4/17
・山口県立萩美術館・浦上記念館

「MIHO GRANDAMA Arte della Luce」 MIHO MUSEUM

img054_20100603224524.jpg

MIHO MUSEUMで6月6日(日)まで開催中の「MIHO GRANDAMA Arte della Luce」に行って来ました。
展覧会HP ⇒ こちら(一部作品画像を観ることができます。)

3月13日から6月6日までのロングランで大きくは前後期、作品によってはⅠ期~Ⅲ期に展示替え。私が行ったのはGW中、第Ⅱ期&後期の展示期間中でした。
本展は、美術館創立者生誕100年を記念し、コレクションの原点である日本美術を中心に、東西の古代美術や、グランドオープン以降新たに蒐集された作品から約90点(ひとつの会期では約80点)を選りすぐり、創立者の言葉とエピソードも交え「美を求める心」でコレクションの精華を展観するものです。

これほど美しい展示を可能にする美術館はあるでしょうか。
私の知る限り、ここまで徹底して作品の美を引き出し、鑑賞者に提示してくれる美術館は他に浮かびません。
美術館というより、ギャラリーのように自在な展示を行っています。

コレクションの質もさることながら、作品の見せ方によってたとえ国宝、重文、重要美術品などに指定されておらずとも鑑賞者の眼を存分に楽しませる方法はあるというお手本のような展示。

冒頭は小さなやきものの器に小花(生花)が一輪そっと飾られています。このお花、毎日係の方が変えているとか。
お花は最初だけでなく、展示室内のあちこちに展示作品に活けられているから驚きです。

・≪金銅香水杓≫東大寺二月堂伝来 鎌倉時代
hisyaku.jpg

仏具の一つだが、通常それはガラスケース越しに見ることが多い。
しかし、ここでは違います。
黒漆の大きな台の上に、そっと香水杓が横たわり、水杓の部分には実際にお水が張ってあり、中には可憐な撫子が一輪
活けてあった。

確かに水杓なのだから、水を入れて使用するのは当然と言えば当然。
しかし、普段美術館、博物館に行っている中で、鎌倉時代の仏具に実際水を入れて展示されている状態を見たことがある方はおられるのだろうか?
私にとって、これは大きな衝撃だった。
古美術品に水を入れて良いのか?!
これまで、タブーだと思い込んでいたことはこれほどまでに眼前であっさり破られた。
しかも、飛び切りの設え。仏具に花を活けるという行為には、供花の意味もあるのかもしれないが、ここは純粋に美を楽しむ目的で花を活け展示したのだろう。水杓の花生への見立ては素晴らしかった。

今回の展示では、美術品や古きものたちをいかに生活の中で楽しむか、共存が可能かを教えてくれたように思う。
「観る」は、本質を直に見抜く行為である。
「暮らしの中で、自然に美しいものと過ごす時間をもつ。」
同館創立者の言葉であるが、その言葉を体現した内容だった。

作品を以下のテーマ別に展示している。
1.品格、2.祈り、3.生命、4.和歌(茶の湯の慣習)、5.夢

印象に残った作品を挙げて行く。
・≪山岳図≫池大雅 (後期)のみ
近頃、大雅がマイブーム。1点でも沢山の大雅作品が観たいので、これはラッキーだった。

・≪焔摩天像≫平安時代 室生寺伝来 重文 原三渓旧蔵
この焔摩は昨年10月に横浜の三渓記念館で、孔雀明王像(東博)とセットで拝見できたが、何度見ても飽きることはない。平安時代の仏画は貴重であり、本作品の状態の良さは特筆もの。しかし焔摩天の顔は、福々しいが厳しい目をしていた。

・≪持国天立像≫平安時代 益田鈍翁旧蔵
興福寺伝来。仏像そのものより、横たわる邪鬼の存在が気になる

・≪紺紙金字光明最勝経王経巻第二≫奈良時代
奈良時代の古写経もまた貴重。特に時代をさかのぼる程、紙質がよいものを使うそうだ。この紺紙自体の色合い、深み、更に書で使用している金泥の量が非常に多いのも特徴。字も端正で品格あり。

・≪常滑三筋壺≫ 平安時代
ひびの入った古い板の上に、同じく真ん中に大きな穴のあいた常滑焼?上部の青緑色の釉薬のかかり具合が絶妙。

・≪黒根来手付木瓶≫江戸時代
根来は他にも何点か出展されている。黒根来のやかんは珍しい。他に≪根来瓶子≫室町時代、根来大盤≪室町時代・松永耳庵旧蔵≫、≪根来角切盆≫

・ザクロ形壺、魚型容器、河馬像 いずれもエジプト紀元前のもの
河馬像は紀元前21~紀元前17世紀と気が遠くなるような古代の犬の像。太古の昔からお犬様はいたようだ。ところで、これだけ歴史をさかのぼると、時代判定はどうやって行っているのか興味がわく。

・カメオ装飾杯 おそらくイラン9~10世紀
カメオ装飾杯の美しさといったら、宝石のような杯。白っぽいガラスに緑で紋様が彫られている。<
kameo.jpg

・亀形香炉 漢時代(前3~後3世紀)
kame.jpg

亀は古代の青銅技術とは思えないような技術力。ブリキのおもちゃにも似ている。

これらエジプト、イランの考古物は広めの間隔をおいて展示されている。普段、東博ではこの間にもう1点置きそうな所に何もなく空間が残るが、これだけ質の高い品々であれば、鑑賞にも余韻が必要というもの。
余白があることにより、その前の作品に浸ることができた。
これらの考古物の対面壁面には若林奮の彫刻ならぬドローイング連作≪多くの川を渡り再び森の中へ≫が展示されている。古代文明の遺物と若林のドローイングが不思議とマッチしていた。

お茶道具は、展示室内に茶室を模して茶道具一式、軸物も含めしかるべき所に展示されている。
ここでも、≪鉄錠花生≫13世紀~14世紀を壁にかけ、活けられているのは無論、生花。お花は紫の鉄線と白の小花で、周囲に清浄な雰囲気を放出していた。

後半のやきものは、切子ガラスのガラス鉢、志野、朝鮮白磁、≪絵唐津鳥文振出≫、≪伊万里鉄釉染付鷺門皿≫など、やきものコレクションだけでひとつの企画展が開催できる程のボリュームだと思った。また、やきものを乗せる台が、古材であったり、黒漆であったりと取り合わせの妙により、器をより美しく引き立てている。こんな展示の仕方を楽しめるまたとない機会。遠くまで足を運んだ甲斐がありました。

*6月6日(日)まで開催中。オススメします。

「光のアート(メディアアート)Ⅰ -森脇裕之の世界-」 MOA美術館

前回の続きです。実は、まだ続きがありました。

MOA美術館に行かれたことがある方はよ~くご存知かと思いますが、こちらの美術館はバス停を下りて、館内に入ってすぐに長い長いエスカレーターがあります。江戸東京博物館の半屋外エスカレーターにも最初おののきましたが、こちらは天井がアーチ型でカラフルな照明により、幻想的な空間になって、上へ上へと向かっていく。
今回は、そんなエスカレーターの乗り換え地点の踊り場に3点の光のアート作品が展示されています。

「光のアート(メディアアート)Ⅰ -森脇裕之の世界-」
今年、MOA美術館では、近年注目されているメディアアートの作品を3期に分け、円形ホールにてシリーズで展示します。第一回目のアーティストは、LEDなどの光るパーツを用い、来館者との相互作用を期待させるインスタレーション作品でも知られる森脇裕之(もりわきひろゆき)氏。
森脇氏は、国内のみならず海外においても活動を展開される一方、ファッション・デザイナーや、演劇パフォーマンスなど、異分野の垣根を越えたコラボレーションで多角的に活躍されるアーティストです。~美術館HPより引用

【展示作品】
作品画像はこちらをご参照ください。なお、これらの作品はフラッシュなしで撮影可能です。

・「タイヨ・グラフィー」は光をあて、電気を蓄えた無数のソーラーバッテリーに影を作ると音が鳴りはじめる。
・「レイヨ=グラフィー」は作品の前に立つと影が赤く発光する。
・「Lake Awareness」は吊るされた大きな円盤の作品に手をふれると、光の波紋が拡がっていく仕組み。

「タイヨ・グラフィー」と「レイヨ=グラフィー」の技術を応用して出来上がったのが、「Lake Awareness」だと思われます。一番大きな作品は、「Lake Awareness」で、青色LED光を使用。
自分が作品に手を触れて音を確かめるのも良いですが、他のお客様が遊んでおられるのを傍で観ていた方が、より作品の美しさや仕組みを理解することができます。
光の輪が波のように伝わって行く様子が、離れて観るとよく分かります。

森脇裕之氏のプロフィールや他の作品については、多摩美術大学の教員業績システムHPに詳しく掲載されています。
http://faculty.tamabi.ac.jp/html/ja/66.html 

*6月8日(火)まで開催中。
休館日:木曜日(祝日の場合開館)

「又兵衛絵巻と北斎・広重風景版画の名作」 MOA美術館

MOA

熱海にあるMOA美術館で6月7日まで開催中の「又兵衛絵巻と北斎・広重風景版画の名作」に行って来ました。

開催していたのはぼんやり知っていたけれど、行く予定になかった。
しかし、2週間前twitterのTLに「岩佐又兵衛、浄瑠璃物語絵巻全12巻が公開!」流れて来た。呟かれていたのは、早速足を運ばれた「弐代目・青い日記帳」のTak様。

私は、又兵衛の大ファン。
しかし、俄か美術ファンの私は2004年千葉市美開催の「岩佐又兵衛」展を観ていない。というかその時点で、私は彼の存在を知らなかった。
仕方ないので、数年前から又兵衛の展示があると耳にすれば、できる限り足を運んでいる。
今回展示されている岩佐又兵衛≪浄瑠璃物語絵巻≫は、私が又兵衛ファンになるきっかけとなった記念すべき絵巻。
この絵巻は又兵衛が手がけたと言われる絵巻の中で、最も色彩華麗な作品と評価されている。
ただし、本作監修者が岩佐又兵衛ではないかと言われている一方で、≪山中常盤絵巻≫≪堀江物語絵巻≫とは紙質、色彩に相違が見られ、別のグループの作品ではないかとする説(どうも辻惟雄先生はこちらの説ではあるまいか)もある。
ま、作者問題は古美術絵画作品にはつきもの。あまり、作者についてはとりあえず気にしないでおく。

初めて私がこの絵巻に出会ったのは、2008年サントリー美術館開催「KAZARI 日本美の情熱」展でのこと。図版では見ていたものの、まさかこれほどのものとは。この時は、全12巻のうち、3巻・4巻・5巻が出展されていた。
そして、2009年3月に今回と同じMOA美術館「所蔵名品展」、こちらではわずか1つの巻(不覚にも巻数の記録を残さなかったので不明)しか展示されておらず。
そして、この時の経験から名品展でも所詮1つの巻か・・・と諦観の境地に至ることに・・・。

ところが、である。

実際に行ってこの目で見るまで半信半疑であったが、本当に全12巻揃い踏み。しかも九巻は、全貌が一度に公開されているではないか。
我が目を疑うと同時に、ガラスケースに張り付いた。この絵巻、詞書は原作「浄瑠璃物語」を引用し、金泥による料紙装飾も艶やかな所に書き連ねられる。詞書全文が読みやすいようにパネルに貼ってあり、段ごとのあらすじも解説パネルで紹介されている。
浄瑠璃物語絵巻は、義経説話の一つで、奥州へ下る牛若と三河矢矧の長者の娘浄瑠璃との恋愛譚を中心にした内容で、中世末期には浄瑠璃節として、盲目の法師によって盛んに語られていた。

誠に勝手ながらブログ「徒然なるままに」様が2007年に全12巻をご覧になった際の各巻段内容は以下の通り。引用させていただく。今回もこれと同じだったと記憶している。

・巻一 三河国矢矧宿(みかわのくにやはぎじゅく)
 物語のスタート一番展示されている部分が少ないが、ここは牛若が矢作の宿(現在の愛知県岡崎市矢作町)に入るま で。
・巻二 笛の音、物見の段;牛若は「せみおれ」笛を吹く
・巻三 風くち
・巻四 四季の段、姿見の段、枕問答の段、局入、忍入りの段
・巻五 やまとことばの段、精進問答の段、御座うつりの段
巻二から巻五までは、牛和歌と浄瑠璃姫との出会い、互いの存在に気付き、屋敷の中に招き入れられる牛若。姫を一目見たいと思ったその時、風が吹いて二人を隔てていた御簾がはらりと舞い上がり、ついに対面を果たす。
牛若は姫の心をつかもうとかき口説き-と言っても美しい歌などで-(やまとことばの段、精進問答の段)ついに、姫の心をつかみ。御座にうつり一夜を過ごす。
ここでの絵巻描写はまさに絢爛豪華。金で貼られた地のまぶしいこと。しかし、細部の細部まで手を抜くことなく描いているのは、尋常ではない。

例えば、屋敷内に広げられている書物。
通常これらが描かれていても判読できる文字は書かれていないことが多い。うねうねとした線だったり、点点が続いていたり。しかし、この絵巻ではミリ単位の文字が書かれていた。
池には水鳥たちに加え、雌雄の孔雀(?)もいたり、あちこちに精緻な筆致で描かれた鳥たちがいるのでご注目。

牛若の着物にはなぜかお猿さん模様で、絵巻は異時同図法により、1枚に時間の違った場面が描かれるので同じ人物があちこちに出てくるが、その着物は一貫して同じ、お猿を確認できれば牛若だと分かる。
姫の描写。ここでは、糸のように長く漆黒な髪をあげたい。床入りの場面に描かれた屏風にまで掛け垂れ下がる長い髪と周囲の鮮やかな色彩の対比。背景のまぶしいばかりの色によって、より黒い髪が映える。

・巻六 別れ
一夜を明かした二人はすぐに離れ離れになる。ここで牛若は霞の印を結ぶ場面が描かれるが、これは何かの術なのか?
絵巻にはうすく白っぽく牛若が宙に描かれている。この後、彼は馬追いとして東へ向かう。

・巻七 牛若の受難
・巻八 牛若の罹病
・巻九 牛若の死
馬追いとして東へ向かうが、姫への恋慕のあまり、牛若は病を得て、蒲原宿で床についてしまう。が、宿の女主人に目を付けられ、娘の婿へと請われ、橋にもかけなかった牛若の態度に腹を立てた主人によって殺されてしまう。
巻九は、全場面が公開されていた。牛若の病から死に至るまでの描写は、たとえ詞書は分からずとも、顔色の悪さ、布団などから誰もが理解できる。ここからいよいよ物語は悲しい結末へ。

・巻十 浄瑠璃の旅
牛若の危険を察知した浄瑠璃姫はお付きの冷泉と女二人で東へ向かうも、富士山の雪女と間違われて宿が見つからない。
・巻十一 牛若の蘇生
牛若の死を知った浄瑠璃姫は、悲しみにくれる。亡骸をかき抱き涙がとめどなく落ち、その涙が牛若の顔につたった時、牛若は蘇生する。そして、牛若は姫を天狗の化け物、これが強烈なキャラクターで2匹?いる)の背中に乗せて矢作へ送りか返す。自分は平家討伐を誓い、戦いの場に向かう。

・巻十二 五輪くだき
ここでは、平家と源氏の戦闘場面が繰り広げられる。戦の描写に登場する武者の数は一体いかほどだろう?そして、人物の誰もがイキイキとした表情をし、動きの描写も皆違う。
戦いに勝利し、姫のもとに駆け付けるも姫は既に此の世にいなかった。母に追い出され、死に至ったのだ。牛若はこの話を尼になった冷泉から伝え聞き、冷泉寺を建立し、姫の菩提を弔う。そして報復のため姫の母を捕まえ、簀巻きにして海へと。

やはり、物語の筋を追って絵巻を読んで行くのが一番。ストーリーあってこその絵巻物。通常は、この一場面しか展示されないので全貌を理解できないのは甚だ残念。

山中常盤とは違って、血みどろなおどろおどろしさはほとんどない。義経と浄瑠璃姫の可愛そうな恋物語。
やはり、最後は美しさより残酷さが印象にに残るのであった。


と、絵巻全12巻を堪能した後の広重・北斎の浮世絵は過去に何度も観ているせいもあり、お漬物的な感覚でざっと回った。
しかし、その次に続く部屋はそういう訳にはいかず、再び足を止める。
絵巻だけではなく、同館所有の又兵衛作品がいくつか展示されていた上に、北斎・広重の肉筆画が各2点ずつ出展されているではないか!
現在の展示作品リスト ⇒ MOA美術館HP*展示期間終了後リンク切れになります。

・自画像 岩佐又兵衛勝以 重文
この自画像は、又兵衛ファンなら一度はどこかで目にしているのではないか。冴えない大人しそうな様子の又兵衛自画像。
・官女図 岩佐又兵衛勝以 重要美術品
・楊貴妃図 岩佐又兵衛勝以
・伊勢物語図  岩佐又兵衛勝以 重要美術品
・寂光院図 岩佐又兵衛勝以  重要美術品
・柿本人麿図・紀貫之図 岩佐又兵衛勝以 重文
過去に訪れた時に拝見した作品もあり、今回は寂光院図、完汝図が気になる。≪柿本人麿図・紀貫之図≫双幅水墨画で歌は又兵衛自身の筆によるものか。宴での即興作品と言われている。

北斎の肉筆画2点≪群鶏図≫≪二美人図≫(重文)は、いずれもさすが北斎と思わず唸った。やっぱり凄いわこの人は。広重は≪墨堤花見二美人図≫≪犬目峠春景図・猿橋冬景図≫、と美人画と得意の風景画。
北斎程のインパクトはないが、控えめな美しさは広重の得意とする所。

で、もう終りにしたいのはやまやまだけれど、あと少しお付き合いを。

階段を下りた展示室5にはいつものモネ作品とレンブラント以外に、高村光雲≪妙音天≫1929年があった。小さな木彫ではあるが、とても美しいお顔で今も忘れ難い。

展示室6以後はプチ東博「日本美術の流れ」のように、時代単位に仏画、考古、やきものとジャンルを問わず古美術作品を展示。以下印象に残った作品をあげるが、ここも垂涎もの作品多数!
・聖観音菩薩立像 奈良時代  重文 ☆小さいけれど、一木造の美しい立像
・仙盞形水瓶 平安時代 9~10世紀 重文
・妙法蓮華経 巻第八(平基親願経) 伝 平基親 平安時代 12世紀
・蓮唐草螺鈿礼盤 鎌倉時代 13世紀 重文
・瀬戸奈屋肩衝茶入 伝 藤四郎 室町~桃山時代 16世紀
・唐物箆目肩衝茶入 大名物 中国 南宋~元時代 13~14世紀
・柳橋図屏風 桃山時代 17世紀
・色絵石楠花文皿 鍋島 江戸時代 17世紀末~18世紀初期
・美人相傘図 礒田湖龍斎 江戸時代(18世紀)
・唄姫図 鳥文斎栄之 江戸時代 寛政6~7年(1794~95)頃
・文瓶 伊万里 江戸時代 17世紀初期  形がすそ広がりに膨らみ、八方に縦筋で分ける。
・色絵若松椿文水指 尾形乾山 江戸時代 18世紀 乾山のやきものは他に2点あり。

以前訪れた際、展示室7・8はやきものばかりだったのに、今回はやや趣向が変わって一層ワンダーランドと化していた。又兵衛だけではありません。仏画、やきもの何か目に留まるものが見つかる筈です。

*6月7日(月)まで開催中。木曜&第2水曜日は休館ですのでご注意ください。
カレンダー
05 | 2010/06 | 07
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。