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第62回 正倉院展 奈良国立博物館

syousoin62

第62回正倉院展に行って来ました。
日曜日の朝一番、正倉院展は会期が短いこともあり、例年大行列でも知られる所です。

ということで、近鉄奈良駅に8:15到着。パンとコーヒーをテイクアウトし徒歩で奈良博に向かいます。会場には8:30前に着きましたが、かつて見たことのない行列と人の数。私にとって人生二度目の正倉院展はこうして始まりました。

L字型にできた行列の最後尾に並びましたが、当日券を購入する人達の列も別にあり、チケットは最寄りの鉄道駅で購入するなど事前準備は必須。八時半を過ぎたあたりから、どんどん来場者が増え、あっという間に最後尾がどこだかわからない程、列が長くなっていました。なお。大きな荷物をお持ちの方は屋外にリターン式のコインロッカーがあるので、列に並ぶ前に預けないと後で大変なことになります。

それでも、9:10頃には館内に入れたのですから待ち時間は短い方でしょう。お隣に並んでおられたご夫婦は、40年間毎年正倉院展に来られているそうで、そうなると、参詣の趣すら感じます。

さて、今年も70点の正倉院のお宝が出陳されていますが、やはり、この展覧会でしか観られない、超級作品が並び、諦めないで来て良かったというのが鑑賞後の感想。

基本構成は以下9部門の品々から成っています。
1.聖武天皇・光明皇后遺愛の宝物
2.薬の献納
3.献物箱、献物机
4.大仏開眼会と東大寺の法要
5.さまざまな献物品
6.暮らしを伝える品々
7.装飾紙
8.文書
9.聖語蔵の経巻

特に、お気に入りの宝物は次の通り。

・鳥草きょう纈屏風
およそ天平時代のものとは思えぬ程、色も残り、お花が描かれているのがはっきりと肉眼視できる。また、尾の長いニ羽の鳥が向き合って蝶をついばむ様子が下方に描かれる。顔料も高級なものを使用しているのだろう。往時の華やかさをとどめる。

・鳥獣花背八角鏡
宝庫伝来の56面の鏡の中で最も大きい。64.5㎝の直径で、冒頭にこれを観て、いきなりガツンとやられた。白銅鋳造の八花鏡で、銅が71%残りは錫。表面には疾走する獅子や宝草華を咥えた二羽の鳥など、正倉院宝物には馴染みのある紋様あり。

・繍線がい
ぬのせんがいは、女性用の靴。これが二種類出ていた。しっかり靴と分かる原形を留めている。布の色も鮮やかに残る。保管状況が良くなければ染織品などあっという間に朽ち果てる。花鳥文錦から、大陸伝来の品と想定される。

・螺鈿紫檀五弦琵琶
今回の目玉。大人気でケースの最前列で観るためには、館内で再び並ぶ必要がある。少し離れても単眼鏡があれば、十分見える。ちなみに本日はこの列に並ぶと約一時間待ちと係の方が叫んでおられた。
現存する最古の五弦琵琶で世界でただ一つの遺例だというから、列も当然かもしれない。

私は離れて見たが、表も裏も豪華な貝を使用した螺鈿細工がキラキラと照明に反射して美しいことこの上ない。表には、フタコブラクダに乗って四弦琵琶を弾く人物と熱帯植物、鳥等の細工が。裏面は伏彩色を使用した赤の花紋が。見どころ満載、異国情緒溢れる最高峰のお宝。

・蘇芳地彩絵箱
正倉院には数々の箱物が伝わる。今回の私のイチオシの箱はこれ。下地はベンガラ塗り、濃赤、橙、紫、緑、黄、白の花葉紋は、今塗り終えたばかりのような発色。縁には、彩色によって斑紋を付けタイマイに似せる加工がされている。花紋様の愛らしさと言ったらもう、ため息もの。

・伎楽面 酔胡王、迦楼羅
類作を法隆寺宝物館で観たことがある。この二つの面はいずれもまだ紋様彩色がしっかり残っている点に注目すべき。特に酔胡王の耳の下あたりにヒゲのようなものが飛び出しており、また頭頂部の唐花文がやはり、正倉院宝物らしさを感じる。

・曝布彩絵半臂
麻布に描き絵がされた上衣。花を咥えた(ここでもまた!)獅子がくっきりと見える。麻布に描き絵がされているのは宝物の中でもこれ一点だけ。それにしても信じられないような保存の良さ。

・蓮花残欠
台座は木、茎は金銅製、花弁や蕾は木製。仏か菩薩に捧げられた供養具と考えられる。解説に貝殻が散らされているとあったが、どこの部分なのか判別できず。

・銀壺
口径42.2㎝、高さ43.0、胴径61.9㎝とかなり大きな銀製の壺。これにみっしりと非常に細かな魚子文が打たれている。肉眼では反射して見づらいかもしれないが、単眼鏡があれば、魚子文の細かさがはっきり認識できる。その上、たがねで線彫りされた狩猟する人物やイノシシ、鹿、兎などぐるり一周全面が狩猟図になっている。
これほど、素晴らしい金工はめったとお目にかかれず、感動のあまり泣きそうになった。製作地は唐だと推定されている。

・青斑石鼈甲合子
なぜかスッポンの合子。なぜスッポンなのだろう?しかもリアルに目が透明な深紅の琥珀を入れている。
肉眼では分からないが、甲羅には北斗七星が。この関係性については様々な思想との関連が示唆されている。詳細は図録をご参照ください。

・佐波理水瓶
問題は注ぎ口の人物。なぜ、こんな所におじさん顔が???中央アジアから西アジアの人物の顔とのことだが、アイヌにも似ているように見えた。

・漆胡樽
最初何だろうこれは?と思う程大きくて、色鮮やかかつ不思議な形体をした一対の入れ物に驚く。ラクダの背に振り分ける水を運ぶための革袋がその正体。まるで古さを感じさせないのは、漆故か。

・色麻紙
軸木に麻紙を巻き付けたもの。二種類出ていたが、いずれも配色と色そのもの美しさ。古の文化を色で辿った。

この他、聖語蔵に伝わる経巻の書の美に浸る。いずれも書き手の個性はあるが優れた筆跡。

*11月11日まで開催中。会期中は無休です。
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山川冬樹 Pneumonia. あいちトリエンナーレ2010

あいちトリエンナーレもついに明日で閉幕。
台風到来でどうなることかと思ったけれど、山川冬樹のパフォーマンス「Pneumonia」(ニューモニア)を観て来ました。

山川さんといえば、東京都現代美術館の常設展で拝見した映像作品「the voice over」。これに感動したのを契機に、今回のパフォーマンスも予約した。

パフォーマンスってどんなことをするのだろう。。。

今回の「Pneumonia」は新作で直訳すると肺炎という意味だが、閉塞する肉体及び精神の2つの意味を象徴的に表す。

差程広くない会場には、天井から13個の透明な風船と風船には人の顔写真が付いている。
パフォーマンスが始まると同時に会場の照明は真っ暗になり、山川さんの登場とともに、場内には呼吸音や鼓動の音が流れる。
上演後のアフタートークで分かったのだが、息を吸うと照明が明るくなり、吐くと暗くなるようにシステム化されている。

そして、山川さんとの共演者には、名古屋市内の病院でかつて使用されていたという人工呼吸器:ピューリタンベネット7200A、略してピューちゃんが動き始め、語り出す。
山川さんは、最初水中土木作業用のヘルメットをかぶり登場。

閉塞された日本社会の象徴とも言える放送禁止歌とヨイトマケの歌の二曲を披露。
ピューちゃんは歌を忘れたカナリアを機械音声で歌う。

山川さんはアジア中央部に伝わる伝統歌唱ホーメイの名手、そのだみ声で唸るようなコブシで朗々と歌を紡ぐ。
本人曰く、ホーメイの歌唱法はどこか懐かしいものがある、とのことだったが、私にも言わんとする所は伝わって来た。

中盤は演劇的要素が見えてくる。山川さんの実弟山川史門さんが登場。場内にはお二人の祖父の写真が左右に投影され、2人でおじい様についての思い出語りがされる。
史門さん「自分が割ってしまった風船を元に戻そうと息を吹き込もうとしていたお爺さんのことを覚えている。」

山川さんの作品ではよく家族がとりあげられるが、亡くなった家族へのオマージュという気持ちはないと言う。むしろ、「声」についての思いが強い。父や祖父から遺伝子的に受け継がれた自分の声、歌を歌うことで、精神も肉体も解放される、だからこそ歌いたい。歌う理由を探している。と語られていた。そして、ピューちゃんは、これまで多くの人々に呼吸を与え命をつないで来た。その存在にも歴史を感じると。

タイトルの肺炎によって、おじい様は亡くなられた。途中、本物の豚の肺をお肉屋さんが運んで来て、小道具として使用される。今回の舞台にあたって、この肺のホルモン:フワをどうしても事前に食しておきたかった山川さんは、名古屋市内のホルモン料理店でついにフワを料理してくれる店をキュレーターに探してもらうように依頼した。
肺と声、身体、呼吸との関係をフワの臓物を前に語る。
フワにチューブを差し込み、これも画面に投影。空気を入れてふくらませたりする様子を映し出す。呼吸のイメージ増幅。

エンディングは、13の風船に入った空気を自分の体内に入れつつ歌う。
山川さんは、ギターをかきならしつつ、シンバルは脚で蹴り上げる。

最後にピューちゃんが、ピーっという音をもっいぇ、暗転。舞台は終了した。

私の中でなんだか凄いものを観てしまったという感動がじわじわと湧き上がる。
歌いたくてたまらない山川さんのホーメイの歌声は、宗教的なものを感じた。

明日も公演があります。当日券があれば、是非ご鑑賞をオススメ致します。

ULTRA003 October Side スパイラルガーデン

昨日10月28日にオープニングを迎えたエマージング・ディレクターズアートフェア「ウルトラ」003の初日に行って来ました。

ULTRA「ウルトラ」は出展単位を画廊という法人ではなく、年齢40歳以下の個人ディレクターに絞り、2008年に25人のディレクターによってスタート。
3回目となる今年は、海外からの出展者を含め60人のギャラリーディレクターを30人ずつの二期に分け、白壁単位に出展しています。
更に、昨年との違いは無料化されたこと!
これなら、購入に迷っても何度でも気軽に足を運べます。

さて、10月28日(木)~10月30日(土)のOctober Sideで私の目に留まった作家さんを挙げて行きます。
各壁面にふられた番号順です。

・01 竹松千華(ギャラリーIDF)
ここでは、4名のアーティストを紹介していたが、柏原真美子のペインティングが気になった。愛知県芸4年生在学中。これから更に化けるような予感。

・02 河西香奈(スーパーストア)
現在は写真家のマネジメント業務のみ行っているとのことだったが、来月ギャラリースペースをオープンし展覧会を開催するそう。
写真専門。小野博さんのアムステルダムの一連のスナップシリーズが良かった。写真家の方のお名前を失念したが、テストプリント50枚だったかを封筒に加工し箱に詰めたものも面白い。来月オープンされるギャラリーにも是非行ってみたい。
本城直季さんのマネジメントもされている。

・04 幕内政治 (Ex-Chamber museum)
ブログでお馴染みの幕内さんの壁面は入口向かって右奥階段横。
見ごたえある作家さんと複数ジャンルにまたがる作家さんを紹介。山口英紀さんの書と絵の組み合わさった久々の大作に目が釘付け。
元々、中国書に関心があるので、これはたまらない。欲しい~~。
今年の初めに、岡本太郎賞展で知った木彫の須賀裕介さん。彼の平面風の作品でなく、一木造だという横にあった本格的な木彫がとても良かった。川上幸子さんのクリアなアクリルに黒のドローイングをおさめて重ねたレイヤーのミクストメディアや伊藤航さんのペーパークラフトにくすぐられる。佐藤明日香さんのシールのような細密画あり。
詳細は、幕内さんのブログにて紹介されています。
http://ex-chamber.seesaa.net/article/166220016.html

・05 癸生川栄 (エイトエイコ)
日高進太郎さんの銅版画を使用し立体化したインスタレーションが楽しい。一瞬版画だと分からなかったが、よくよく見たら版画、しかもパチンコ店を模している。平面であるが立体としても楽しめる。

・09 JOCELYN LI(AKI GALLERY,TAIPEI)
台北から2人のディレクターが参加していたが、どちらの壁面も私の好みだった。JOCELYNはCasper Pauli(German)、Wang Liong-Yin,
Yi-Ting,Tsaiの3名によるペインティング。各人とも魅力的。一番右に合った大きなペインティングはスイーツばかり描いている作家だと教えていただいた。

・10 熱海ゆかり (ギャラリーテラ・トーキョー)
ここでは、アニメーション作家の岩崎宏俊さんの映像が良かった。「Swing」はブランコが揺れる様子を木炭かチョークでドローイング。ケントリッジを思い出した。

・11 水野真弓 (アートフロントギャラリー)
竹中美幸さんのキャンディーのような樹脂で描いた作品を重ねたミクストメディアや水彩と墨と樹脂をまぜた抽象的な作品。甘い雰囲気。

・14 雪峰麻衣 (アンシール・コンテンポラリー)
柴田高志さんの作品が目に留まる。雪峰さんがお忙しそうで柴田さんの作品の説明をお伺いできずちょっと残念。
無限に広がる黒い線の動きは細密画ではないもっと別の魅力があった。線でありながら立体的な感じ。

・15 みつまゆかり (ユカリアート・コンテンポラリー)
大畑伸太郎さんの新作発見。今回は線香花火。女の子がしゃがんで線香花火をやっている彫刻+平面のセット。やっぱりお値段は高い!
線香花火はかすみ草を使っているとか。大きなペインティング作品の作家さんも気になった。

・16 宮下和秀 (帝塚山ギャラリー)
築山有城、待場 崇生2名による「絵画≒彫刻」をテーマとした壁面。コンセプトが明確で、それにマッチした作品だった。

・17 ヴィキ・ナターシャプロジェクト,TAIPEI
もう一つの台北からのディレクターの壁がこちら。ここももろに私の好みだった。2人の写真家による写真とペインティング1点。全て台北のアーティスト。
買いそうになって思いとどまる。本当に3名とも好み。Liao Zen Pingのペインティングがサイズ的には手ごろだった。
「Dream Land」というテーマがしっかりしていて、彼女のキュレーションも良かった。ギャラリーはないが、タカイシイギャラリーと提携して・・・とお話されていたと思う。台北のアーティストはTaipei National University of the Arts出身者が非常に多い。いずれのディレクターもそうおっしゃっていた。台北のギャラリーに日本人客はまだまだ少ないらしい。
私は、この17番をベストウォールに投票した。

・20 戸塚憲太郎 (HPGRP GALLERY)
進藤環の複雑な工程を経て生み出された熱帯雨林のような写真が目立っていた。

・23 原田裕介 (相模屋美術店)
3人の京都造形大学出身の若手日本画家よる壁。水野悠衣の四角いドットで構成された作品はモザイク壁のよう。
一見するととても日本画とは思えないが、雲母、胡粉とどこにどう使用しているのか?と思うような日本画のテクスチャーを全て消失させマットにした作品に惹かれる。
幸田史香の正統派な猫や椿を題材とした日本画も良かった。

NovenberSideは11月1日(月)~3日(水)まで。こちらも楽しみです。

岩崎貴宏 「Phenotypin Remodeling」 ARATANIURANO

ARATANIURANO(アラタニウラノ)で開催中の岩崎貴宏「Phenotypin Remodeling」(フェノタイピックリモデリング) に行って来ました。

岩崎貴宏って知らないなぁと思って行ってみたら、今年の3月にあいちアートの森 豊田プロジェクト「知覚の扉Ⅱ」に出展されていた作家さんだと作品を観てすぐに思い出した。
作家さんのお名前を失念するとは、失礼かつお恥ずかしい限り。
しかし、作品がしっかり記憶に残っていたので、すぐに「知覚の扉Ⅱ」のお布団きのこ(注う:作品に対する勝手な自分の印象です)の作家さんだと思い出す。
「知覚の扉Ⅱ」は豊田市内の古い料亭「喜楽亭」を使用した展示で、岩崎貴宏の作品は2階の和室に展示されていた(以下過去ログに展示作品の画象あり)。
(参考:過去ログ)http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1005.html

ARATANIURANOでは初の岩崎の個展開催。
作家プロフィールをギャラリーのWEBサイトで確認してみた。以下抜粋です。
1975
広島生まれ
2003
広島市立大学芸術学研究科博士後期過程修了
2005
エジンバラ・カレッジ・オブ・アート大学院修了
詳細は⇒ こちら

今回の個展では、喜楽亭で拝見した糸でできた塔の作品に加え、紙袋やパッケージを使用した新作も展示されている。
展覧会タイトルは、「生物にあらわれる遺伝子型と外的環境から影響を受けて作られる性質」という意味の「フェノタイプ(表現型)」という生物学用語と、「再構築」、医学用語では「不完全修復」をも意味する「リモデリング」という2つの言葉をキーワードに名付けたもの。
日用品がそれぞれにもつ情報を抽出し、あたかもプラモデルを組み立てるように都市をリモデリングするインスタレーションを発表する。~プレスリリースより一部引用

当社の繊細な糸でできた塔は相変わらず、ネットのごみ袋やTシャツ、パジャマといった衣服類から突如生えて来たように見え、リモデリング感はそれ程感じなかったが、新作シリーズではプラモデル感覚が強い作品になっている。
シャネルの紙袋のロゴを切り抜き、模って、再構築した作品やマクドナルドなど強烈な消費世界をアピールしているが、その手法は、照屋勇賢を想起させたが、岩崎の場合、個々の作品というより作品を複数使用しミニチュアの架空都市を創出しようとしているように見えた。

私個人としては、文庫本を使用しそこから糸製のクレーンが付加された作品が好み。

それにしても、個展2日目にして、結構なお値段だが半分は売約済もしくはキープされていたのに驚いた。

Art Baselでのインスタレーション画象を観る限り、今後も大きな活躍が期待できそうな作家さん。
今回の個展で、今度こそ岩崎貴宏の名前が脳裏に残った。
ARATNIURANOの本展DMハガキが素敵。

*12月4日(土)まで開催中。

Takuro Ishii Viewpoints into the substance Takuro Someya Contemporary Art

Takuro Someya Contemporary Art(TSCA)で開催中のTakuro Ishii Viewpoints into the substanceに行って来ました。
ギャラリーWEBサイト⇒http://tsca.jp/

石井琢郎は、東京藝術大学大学院美術研究科後期博士課程終了。在学中から一貫して、石彫の大作を中心に難しい素材の表現に挑み続けてきた若手でも貴重な存在とのこと。

実は、久しぶりにTSCAに行ってみようと思ってのぞいてみたら、当たりでした。

まず、ギャラリーのドアを入ると、目の前に超巨大な白い石膏の塊が。「前に進めない・・・。」ギャラリーの横幅ほぼ一杯、天井の高さギリギリまである巨大なオブジェが行く手を阻んでいます。
何とか人一人が通れるオブジェの脇を抜けると、普段のギャラリー受付が見えて来て、なぜか安堵。
反対側に回って、漸くオブジェの全貌が判明しました。
TSCAのWEBサイトトップページに画像がありますが、巨岩をかたどった高さ3m奥行き3mの石膏オブジェで、中は空洞。
空洞内部のゴツゴツザラザラした質感が良い感じ。

奥には、石や石の形をした紫色の樹脂の彫刻が展示されています。

石彫の作家さんなのだとここに至って理解できました。
若手の彫刻家による石彫作品はあまり見かけません。記憶にあるのは昨年の卒展くらい。
彼の石彫は彫刻と一見分かりづらいものがあります。
ぱっと見は「石」そのもの。
樹脂のものは、石を型どりして制作したのでしょう。
紫色の樹脂製オブジェは巨大なアメシストを思わせます。

しかし、個人的に惹かれたのは、本当の石を人間業とは思えぬ作業で中をくり抜きギリギリの薄さまで削った石彫の数々でした。
大きさはいろいろですが、大きいものだと制作期間はいったいどれだけかかっているのか。
4ヶ月はくだらないのでは?

奥のスペースには小さなものが置かれていますが、最初、石に鏡が付いているのだと思ったら、よくよく見ると小さく穿った穴だったり。意図的に創られた極小の穴が鏡のように見えたのです。

石そのものの存在感を維持しつつ、中身は空っぽという相反するこれらの作品に魅了されます。そもそも古来より、日本人は「石」を祀り信仰の対象とした民族です。2007年に奈良国立博物館で開催された「神仏習合展」の冒頭にあった≪石造須弥山≫を思い出しました。

恐らく、作家が彫刻素材とした石たちは数ある石の中から、その審美眼を通して選び抜かれたはず。
石そのものの表情や色、雰囲気も併せて感じることができます。石彫からは、どこか霊験や無限の時間が伝わって来ました。欲しいと思った作品です。

*10月30日まで開催中。

特別展示 円山応挙筆「七難七福図巻」 相国寺承天閣美術館

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相国寺承天閣美術館で開催中の館蔵名品展「書画と工芸」において、12月12日(日)まで重要文化財の円山応挙筆「七難七福図巻」が特別展示されています。

円山応挙筆「七難七福図巻」(しちなんしちふくずかん)は全長15メートル!全三巻に及ぶ大作の絵巻です。
世の中の様々な「難」<天災・人災>と「福」を応挙ならではのリアリティ溢れる画面で描ききった応挙36歳(1768年)の超大作。
この作品は元々萬野美術館(萬野コレクション・萬野文化財団)所蔵でしたが、同美術館が2004年2月末に閉館後、主な収蔵品は相国寺に寄贈された作品のひとつです。萬野コレクションのうち、相国寺に寄贈されなかったものは売却(海外にも流出)され、現在の所蔵先が不明な作品もあることを考えると、本作品が相国寺に寄贈されたことを感謝してやみません。
この作品も、流出していたら・・・と考えるだけで恐ろしいです。

応挙筆の絵巻物で、思い出すのは伊香保のハラミュージアムアーク・觀海庵(アルカンシェール美術財団蔵)の円山応挙「淀川両岸図巻」である。「淀川両岸図巻」は、現在三井記念美術館で開催中の「円山応挙-空間の創造」展にも出展されているため、既にご覧になった方も多いのではないでしょうか。
*アルカンシェール美術財団は原美術館を運営する財団法人。

「七難七福図巻」は、「淀川両岸図巻」とは全く異なる衝撃の全三巻。
私も実際に拝見するまでは半信半疑でしたが、応挙の上品で、破綻のない作風からは、想像できない壮絶かつ残酷な写実描写の数々に声を失います。
まさに、応挙の知られざる一面を観たと言えるでしょう。

この絵巻の依頼をしたのは、三井寺円満院の祐常門主は、応挙に「何年かかっても良いから自らが見聞き体験し、目のあたりにしたものを描いて欲しい」と語り、それに応えた応挙は4年の歳月をかけ、この作品を完成しました。
この「七難七福図巻」を本展では三巻ぜ~~~んぶ、端から端まで観ることができます。おまけに、各巻の下絵まで合わせて展示されているという、これだけ見に行くだけでも十分お釣りが来ること間違いなし。

・「福寿巻」
これが最初に展示されていました。タイトル通り人生の様々な「福」場面が描かれています。
「貴人の婚礼」の場面では、馬引きが大きなあくびをしながら、座り込んで花を愛でる姿が。そうかと思えば、十社が大口を開け前歯までにょっきり見えていたり、何とも和やかな風景の始まり。

「花見の宴席」⇒「舟遊び」⇒「宴会準備の厨房の様子」⇒ 豊作で米を運ぶ様子と続きます。

・「人災巻」
「人災巻」が本当に怖かった。というか、観ていて気分が悪くなってしまった私です。
この後続く天災より怖いのは人災じゃないのかと、つくづく思いました。
「押込み強盗」では主人や番号が殺され、子どもも手代にも容赦なし、金の在処を尋ねて脅される様子や身重の女の腹をかっさばいて、中から胎児が見えている・・・強姦とこれ以上ない残忍な場面の数々。岩佐又兵衛も真っ青の血しぶきだらけの凄残さ。思い出すだけでも気分が。。。

「旅先強盗」身ぐるみはがれて殺され鷹と思えば、「心中の検死」⇒「水攻めの拷問」⇒「切腹」⇒「一家心中」⇒「火責めの刑」⇒「獄門」⇒「磔刑」⇒「のこぎり引きの刑」⇒「牛引きの刑」で締めくくり。
いやはや、「人災巻」だけで、どれだけの血の量とさらし首を観たことか。牛引きの牛はやっぱり上手だった。
福だろうが「災」だろうが、応挙の筆は容赦なく克明に描写を行っているのです。かつて、これほど残忍な絵巻を観たことはありません。

・「天災巻」
これも「天災?」と意外な場面が出て来ます。
まずは「地震」。応挙得意の仔犬が揺れに驚いたのか、転がっている様子が何とも愛らしいが気の毒。頭を抱えてしゃがみこむ人々。細部への描写に一切の妥協はなし。
「大雨」⇒「火事」⇒「台風」⇒「雹災」⇒「大鷹にさらわれる」⇒「狼」⇒「大蛇」。

中でも「火事」の場面は大迫力。火消が駆け付け、大団扇で仰ぐ姿、逃げ惑う人々に荒れ狂う生きもののような火炎。これは応挙が実際に火事の現場に立ち会ったとしか思えないような迫真の描写。
大蛇、狼はさすがに観ていないと思うのですが、これらも実際に出会った人から話を細かく聞いたのかもしれません。

本図を拝見した後、下絵も観て行くとその違いや、応挙が何回も描いている場面がよく分かります。

「七難七福図巻」が展示されているのは、第二展示室ですが、この他「敲水煮茗図」、「朝顔図」「薔薇文鳥図」(双幅)、「海浪群鶴図屏風」(六曲一双)、「朝顔に狗子図」と応挙特集となっています。

なお、相国寺所蔵の「牡丹孔雀図」(重文)は、先日アップした京都市立美術館の「京都日本画の誕生 巨匠たちの挑戦-」に出展されていますので、こちらもお見逃しなく。
(参考ログ)http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1234.html

なお、第一展示室に周文筆「十牛図」、長谷川等伯筆「探海騎驢図屏風」(六曲一双)や茶道具、名碗も出展されています。

*「七難七福図巻」全三巻特別展示は12月12日まで。必見です。

「貴志真生也 - バクロニム - 」 児玉画廊 東京

白金アートコンプレックスの児玉画廊で10月30日まで開催中の「貴志真生也 - バクロニム - 」に行って来ました。

貴志真生也は、京都市立芸術大学彫刻科卒業。
詳細なプロフィールは児玉画廊のサイトをご覧ください。↓
http://www.kodamagallery.com/kishi201009/index.html

貴志さんを知ったのは、今年の京都市立芸術大学ギャラリー@KUAのこけらおとし展覧会「きょう・せい展」第1期。
しかし、第1期の展示はカオス状態で誰がどの作品を出展しているのかが分かりづらく、結局私は彼の作品が一体どれだったのかよく分からないまま、ご本人とお話をした。
あちらは私のことなど覚えていなかっただろうが、私は名前と共に人物が記憶が残った。

京芸の彫刻科の作家さんは、東京藝大の彫刻科の方と明らかに作風が異なると最近つとに感じるようになった。
先日、小谷元彦さんと名和晃平さんの対談を聴講したが、その際にもこの話題がお二人の間で交わされていたが、各大学の教授陣および教育方法による違いが大きな理由として考えられる。

どちらかというとスタンダードで基本に忠実なのが東京藝大、その反対を行くのが京芸というのが私の印象。

貴志さんの作品を拝見した第一印象は、やっぱり京芸彫刻科らしいと思った。
日常どこにでもありそうなものを組み合わせて形作られたオブジェの数々。
「作品を観たいように観てもらえればそれでよい。」と語る。

学生時代ことあるごとに、作品のコンセプトを問われ続けたので、それへのアンチテーゼの意味もあって「バクロニム」と名付けた。。「バクロニム」とは「V.I.P」のような単なる頭字語(アクロニム)とは逆に、まず省略形らしき文字列を用意して、それに単語を当てはめて意味を後付けする事なのだが、要は作品からコンセプトやテーマを解放したかったということなのだ。

何ものでもない、意味など考えなくても良い自由を与えられて私は嬉しくなった。
最近、すっかり作品コンセプトや文脈を読み取ることに疲れていたのだ。
ただただ、作品を観て感動し、考えたい。
そんな気持ちに応えてくれる作品。

大ざっぱに塗られた色彩も、彼にとってはそうする意味があったが、それは作品表現の手段の選択であり、コンセプトとは異なる。
作家の感性に基づいてのみ創られた。

大型のオブジェの数々は単独でなく連鎖しているように見える。
一つの鍵となる作品を創り、後はそこから派生させてイメージを膨らませて行く。
作品ドローイングや下絵はほとんど作成しないのだそう。
頭の中だけで形作られるというより、手のおもむくまま材料を積み上げていく感じ。

そうして出来上がったオブジェに意味はなくとも、強い存在感がある。
それが何より、作品の魅力だと思った。
ライトを使用している作品だったので、昼間より夜間の方がより映えるだろう。

*10月30日まで開催中。

佐藤雅彦ディレクション 「“これも自分と認めざるをえない”展」 21_21 DESIGN SIGHT

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21_21 DESIGN SIGHTで11月3日まで開催中の佐藤雅彦ディレクション「“これも自分と認めざるをえない”展」に行って来ました。
展覧会の概要詳細はこちら(公式サイトにリンク)。

本展では、表現研究者の佐藤雅彦をディレクターに迎え、「自分」を形づくる要素を探る作品を通して、自分自身の「属性」を発見する機会をつくり、「自分らしさ」や「個性」について、来場者とともに新たな視点を思索していきます。~展覧会チラシより抜粋~

当初行こうと思っていなかったこの展覧会に行ったのは、10月の初め。
きっかけは、美術手帖2010年10月号の「佐藤雅彦特集」でした。以下。

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最近お気に入りの国立新美術館の図書室で、美術手帖10月号をじっくり読んでみて、やっぱりどんな内容なのか確かめてみようと思い立った。
しかし、どうやらとても混んでいるという。

朝一番で行くということも考えたが、結局日曜の18時過ぎに行ってみることにした。それでも、やはり噂は本当で、体験型の作品にはどれも長い行列が、そして整理券が配布される作品は、整理券争奪が厳しい。
特に「心音移入」は人気が高い上に、体験可能な人数が限られているので要注意。

まずは、展覧会を楽しむ4つの準備を行う。これをしないと、後から待ちうける様々な属性体験をすることができないので、飛ばさないように。ただし、登録ブースが確か3つしかないので、混雑していると、ここだけで既に待ち時間が発生することになる。幸い私は、3分程待ったがすぐに登録ブースに入ることができた。この待ち時間は後の作品に比べれば待ち時間に入らない。

①自分の名前をキーボードから登録
②身長、体重測定
③両目の虹彩パターンの登録
④どちらかの手でリモコンを握って空に星を描く。

こうして、展覧会場へ降りて行く。
まずは≪指紋の池≫。これは、結果的に私の一番のお気に入りになった。
1本の指の指紋をスキャンすると、台の手前から自分の指紋がおたまじゃくしのように泳ぎ始める。
池とあるが、水が張られている訳ではなく、液晶の池を泳ぎ始めるのだ。
池には大勢の来館者の指紋がうようよ泳ぎ回っているので、すぐに自分の指紋もどれなのか見わけがつかなくなってしまう。

次に≪属性のゲート≫。
これは結構辛辣な作品だ。
ゲートの前に立つだけで、自分が男性か女性か、年齢が30歳以上かそれ未満か、そして最後は笑顔かどうか?を判定される。正しい方のゲートが開く仕組み。
私は全部機械判定通りだったが、年齢30歳前後だと機械判定と事実が異なることも結構あるんじゃないかと思った。性別も間違えられたらそれはそれでショックもしくは嬉しい人もいるのかもしれない。

縄文土器の足型の展示や「Exactitudes」12人×80組のスナップ写真の展示がある。服装と態度で分類された人々が壁一面に網羅されているが、80組というのが多いのか少ないのか。こんな風に機械的に分類されたくないという抵抗感が浮かんだ。

「属性の積算」では、まず身長によって、最初に採取した来館者の身長データから自分と同じ人の名前が壁に降って来て、数歩進んで体重を計ると更に絞られ、「あなたは○○○」と特定の人物の名前が機械上判定される仕組み。
私は、見事に大当たりだったけれど、その前の人は違う人物が出て来た。最初に上手く測定できていないと、こうしたズレが発生する。しかし、このズレもまた面白いではないか。身長と体重なんて所詮その程度なんだと思う。

「属性のゲート」「指紋の池」を皮切りに、体験型の作品は全部で14点。どの作品も3分程度の所要時間だが、どれも1回に体験できる人数が一人ずつなので、非常に混雑してしまう。
列を回避するのは現状、無理だろう。長いものだと30分~1時間待ち。空いている所からどんどん並ぶ必要があるが、まず整理券を入手しないといけない作品に配布時間を係の人に確認しておくと良い。限られた時間なら優先順位も大切。

私は「新しい過去」と「佐藤雅彦さんに手紙を書こう」以外は体験できた。
その中で、気に入った作品は「2048」。
人間の瞳の虹彩を計2048個の「0」と「1」で記号化し、スクリーンに呈示する。
最初に撮影した虹彩がここで活用されるが、そのために、登録された虹彩パターンと自分の虹彩を一致させる作業がある。なぜか不明だが、いざこの作品を体験しようとすると、機械が虹彩を読み取れない方が5人に1人くらいはいたように思う。私は幸いにも一発で、機械が読み取ってくれて、採取データの中から私の虹彩と一致したものをすぐに探し出した。
機械音声で「これがあなたです」と2048個の0と1で構成された円形のパターンを見せつけられた時、こんなの自分じゃない!とか他の人に見られているのが妙に恥ずかしくて、パターンをホワイトボード消しのようなもので、ゴシゴシ消しにかかる。しかし、半分くらい消しても「これがあなたです」と無常に音声が訴え続けるのが怖い。

「ふるまいに宿る属性」では最初にリモコンを握って星を描く行為を再度行い、登録されたデータから一致するデータを検索しその名前が呈示される。何人もの名前が出てくるが、ここでも見事に私の名前が出て来た。
敢えて、違う書き方をする手もあったけれど、一致させたかったので、できるだけ同じになるように書いたが、それにしても、何千人ものデータで一

「心音移入」も不思議な体験だった。
体験者は自分の心音を聴診器を胸に当てて聞く。と同時に映像には、小学生が徒競争のスタートラインに立った時の心音がヘッドホンから流れる。そう言えば、ドキドキしたよな~と遥か昔を思いやる。様々なシーンでの心音が聞こえてくるが、やがてその心音が自分のものと重なる。
この不思議な感覚は何だろう。自分なのか他人なのか、認知の境界が曖昧になる。

「1組・2組・3組・4組」は鉛筆の持ち方で4つのタイプに分類される。私は2組だったかな。

行列を作るのに疲れたら、「休憩所」に行こう。
ここでは、ソフィ・カル自身が自作を語る映像作品が流れていて、これだけ見ていても興味深い。しかし、その心はまったく別の所にある。
ここでは、縄張り、人と人との間に間隔をとる行為、すなわち「なわばりづくり」をカメラが捉え、別の場所でその様子を映し出している。
ここで見るまでもなく、人は親密ではない人との間に距離を置く。
「座席番号G-19」も他社の中の自分について考えさせられる。

こうして、自分を構成する様々な要素を最新技術で体験する展覧会。
最後に「指紋の池」に立ち寄ることを忘れずに。再び指をスキャニングすると、池で泳いでいた自分の指紋だけが、自分に向かって泳いで来て、最初に出て来た所へ帰って行く様は、指紋に愛着を覚える。」

「指紋」「虹彩」「ふるまい」「声紋」「鼓動」「身長・体重」「輪郭」「鉛筆の持ち方」などいくつかの自分を作る属性について体験していくのであるが、機械に次々と当てられ自分が絞り込まれていく恐怖があった。
ここで呈示された属性だけで「私」という人間が決められてたまるか!という反骨心みたいな感情が起こって来る。
展覧会の特徴に「人間の未来の可能性と危険性の両面を示している」とある。
今回呈示された属性など、いくらでも機械で作り出せる恐怖。いくつかの属性だけで第2の自分を機械的、科学的に創り出すのがいかに簡単なことかがよく分かる。

特定の人物を形成する属性はこんなものだけではない!と言いたくなった。そうはいうけど、じゃあ「個性」って「自分らしさ」って何?と考える。まだまだいくらでも「属性」例が浮かぶ。でも全部機械で分類できるようになったら、人間なんてちっとも面白くない存在ではないか。
でも、指紋にこれだけ愛着を感じたのは初めての経験だったな。「指紋の池」はビジュアルも美しい。

最後の佐藤さんへの感想を書かずに出て来てしまったので、この記事を感想の代わりにしよう。

*11月3日まで開催中。火曜日休館ですが、11月2日は開館。
10月23日(土)、24日(日)、10月30日(土) - 11月3日(水祝)は10:00〜21:00(最終入場20:30)となります。
それ以外の日は、11:00 - 20:00。

「panorama すべてを見ながら見えていない私たちへ」 京都芸術センター

京都芸術センターで10月24日本日まで開催中の「panorama すべてを見ながら見えていない私たちへ」に行って来ました。

内海聖史、押江千衣子、木藤純子、水野勝規の4名の作家によって「見ること」をめぐるそれぞれのアプローチを紹介するものです。

会場となる京都芸術センターの南北にあるギャラリーだけでなく、元々小学校であった建物を活かし、様々な空間に作品が点在する展示となっています。
ここでは、私が観て行った順番に作品と感想を書いて行きます。

・ギャラリー南 押絵千衣子
ここは押絵のペインティング7点を展示。対象をクローズアップして見せる。油彩とパステルを並行して使用することで柔らかな画面の印象を醸し出している。押絵の作品はもう何年も前から西村画廊で拝見してきているが、2008年に大原美術館・ARKOで滞在制作した≪シャワー≫がとても良かった。どの作品も緑が目に染みる。
しばらく室内に留まり、光と緑のシャワー、ふうわりした空気感を味わう。

・ギャラリー北 内海聖史
≪眼前の黒≫2003年と大小90の作品からなる≪十方視野≫2007-2010年による展示。ペインティングであるが、これはインスタレーションと言っても良いのではないだろうか。天井の高さを活かし、大作≪眼前の黒≫が左から迫り、他の画面は色彩の微妙なグラデーションとバランスで構成されるドット作品≪十方視野≫に囲まれる。
色の渦に巻き込まれたような、それでいて混沌としている訳ではなく、自分の気持ちに沿う色面の方向を見つめる。黒を中心とした大きめのドットの中にも茶系や緑っぽい色があり、色が意思を持って飛び火していくような印象がある。

・木藤純子
階段下にあるスペースを使用してガラスコップの半分や文庫本が置かれている。私が行った時間帯が遅かったので、作品自体がよく見えなかったが、敢えてこの場所を選んだということを考えると、作品が見えにくいことも作家の意図であるのだろう。
作品タイトル≪第七幕 第十三場≫2010年。ものの気配だけが感じられた。

・水野勝規
水野の作品は、少し前にアップしたあいちトリエンナーレの現代美術展企画コンペ≪中川運河-忘れ去られた都市の風景-≫で拝見している。
今回、4名の作家全員の作品が揃う4階和室へ観客を導く役割も果たしている。
1階では、階段を降り切った所の床面に≪drops≫2010年、花火をドロップに見立てたような映像作品で、これが夜にピッタリの映像になっていた。とにかく可愛いしきれい。単純なのだけれどこの場所にあった映像だった。

芸術センター入口正面の壁面にも大きな映像作品≪telescope≫があり、こちらは最もストレートに景色-panorama-を見せている。私たちが普段美しいと思うような光景が何シーンも連続する。
2階の段和室には≪monotone≫水に関しての様々な映像。これも私の好みだった。波紋、滴。静かな気持ちになれる。
3階の階段踊り場を使用して≪shine≫、こちらは木漏れ日の映像。

最後に4階の和室「明倫」には4名の作家全員の作品が揃っている。
内海は球形の≪コロナ≫2009年が12点、入口から斜めに窓下の方に向かって続いている。
床の間の床飾りとしての役割は水野の映像が。
那智の瀧だろうか、滝図のように滝の映像が縦長の黒枠スクリーンで写される様は和室にマッチし、見せ方も上手い。
水野はあいちトリエンナーレより、今回の方が作品そのもの、見せ方共に素晴らしかった。
押江の水彩は天井の片隅にそっと隠されるように置かれていて、でも彼女の作品はこの場所がやっぱり相応しいようにも思った。額装されていないそのままなのもこの空間には合っている。

木藤純子の作品は漸くここで、目に見えて来た。
1階にあったのと同じようにガラスコップの作品。和室の障子の桟にあるガラスコップに要注目。
≪skypot≫で小さな青空が見えた。

テーマは「見ること」という特段珍しくもないものだが、ホワイトキューブ+αの展示空間を各作家が活かし、見ごたえのある展示となっている。

*10月24日まで。オススメします。

2010年10月23日 東京都内ギャラリー巡り

久しぶりに都内で土曜日を過ごすので、今日はギャラリー中心にまわってみた。
以下、ざっくりとした鑑賞記録です。

・松山賢個展 「からっぽの偽物」ギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アート 11月27日(土)までhttp://www.g-sho.com/current/松山さんの個展を拝見するのは2度目。 
モチーフは今回もいわゆる「ギャル」と言われるような今時の若い女の子。精緻に写実的に描かれた女性はグラビア写真のようだが、それだけではない面白みがある。特に今回注目すべきは背景。
≪抽象ガール≫の背景はグラジオラスの花を思わせるような抽象画風だったり、≪彫りガール≫では、女の子の黒の網タイツが刺青に見えて来た。刺青って彫り物そのもの。彫りガールでは背景も一端塗り重ねた絵具層を丁寧に彫りあげて模様を生み出していた。
平面作品なのだが、立体的でもある。≪彫りガール≫のマチエールはとても興味深かった。
11月6日17時~19時にアーティスト・トークを開催。ゲスト:内海聖史、中村ケンゴ

・流 麻二果 『浮々(うきうき)』 ギャルリー東京ユマニテ 10月23日終了http://g-tokyohumanite.jp/human/2010/1004/1004.htm

流麻二果(ながれまにか)さんは、12月に国立新美術館で開催される「DOMANI・明日2010」展の出展作家。個展を拝見するのは今回初めて。大小様々な大きさと形キャンバスに描かれた油彩が中心。様々な色を掛け合わせた抽象画風の作品。印象としては水の入ったコップにスポイトでカラーインクを落として行った様子をキャンバスに落とし込んだように見えた。
個人的には油彩より、2点あったドローイングと糸を使用したミクストメディアが好み。額装されていたのは2点のみだったが、奥に置かれていたファイルに複数作品が入っていた。
細い黒い線と糸のつながり様々に絡み合って、絵と絵がどんどん拡張していく。
同タイミングで10月30日までユカコンテンポラリーアートでも個展開催中。早く退社できれば、行ってみようと思っている。

・向山 裕展「石室・現像」 ギャルリー東京ユマニテ 10月23日終了http://g-tokyohumanite.jp/human/2010/1012/1012.htm
いきなりツボだった。まっ正面に巨大な蟹のペインティング。しかも描かれている蟹は私が見たことのない模様と形をしていた。超リアル。しかし、どこか丸い蟹は、抱きかかえたくなるような愛らしさがあった。
その手前にあった樹脂製の≪のれそれ≫も存在感あり。透明で畳に置かれた魚だが、ウナギの稚魚だという。作家さんが最終日のため在廊されていて、お話を伺った。魚の眼がリアルで怖い。

もうひとつ気になったのが≪いかめし≫。高橋由一の無骨で精緻な油彩画をなぜか思い出した。2つ横に並んだ「いかめし」。昼食が少なかったせいか、余計空腹感を助長する作品。畳の目までリアルに表現しつつ陰影表現もしっかりと描き込まれる写実絵画。

海の生き物に囲まれた今回の展覧会。気になる生物と作家は、共生しとことん観察するらしい。
やっぱり、海系作品に弱い。

・オラファー・エリアソン Olafur Eliasson Feeling things ギャラリー小柳 10月28日(木)まで
オラファーの個展、今月28日までだったとは、危うく見逃す所だった。
金沢21世紀美術館で展示していた影が増幅する作品と映像、写真、オブジェから構成されている。
映像はピンと来なかったが、写真の方は興味深く拝見した。

・石塚紗矢香 「-かけらはただよひ-」展 INAXギャラリー2http://www.inax.co.jp/gallery/contemporary/detail/d_001689.html

石塚さんは、昨年の越後妻有のお米を使用したインスタレーションでとても印象深い作家さん。
今回はお茶碗やお皿などの陶器の破片を展示空間にぶら下げている。破片のぶらさがっている高さ(位置)が、ちょうど私の腰あたり。高過ぎもせず低過ぎもせず。

かけらは別の命を吹き込まれた生きもののように見えて、わさわさと会話しているように感じた。
その中に、鑑賞者が「ごめんください」と尋ねて行くような感覚だった。
展示室外にあった小さなオブジェが可愛らしかったので、お世話になった先輩のお誕生日プレゼントにしようと思い購入。

・HUA QING 「Thinking」 MEGUMI OGITA GALLERY 11月13日まで
ホア・キンは1962年中国生まれのアーティスト。進化とは何かを命題にし、類人猿やダチョウをモチーフにした油彩画の大作。
類人猿はちょっと怖い。ダチョウの寂しそうな瞳が何ともせつなくなってくる。人間になりたいのになれない?
真っ黒の背景に描かれた数式は相対性理論の公式らしい。
厚塗りで色を紗兼ねてできたダチョウの体毛もなぜか痛々しく感じた。

・岩崎貴宏 個展 アラタニウラノ 12月4日まで喜楽亭で気になっていた作家さんだとギャラリーに行って初めて気付いた。これは別記事にします。作品の大半が既にキープされていた。

・風間サチコ展 「平成博2010」 無人島プロダクション 11月27日までhttp://www.mujin-to.com/index_j.htm

平成の博覧会シリーズ第一弾ということで良いのでしょうか。風間さんご自身の貴重な古いポストカードコレクションも一緒に展示されている。版画作品は9点程(8点?)。
ブラックユーモア混じりで面白い。歴代総理大臣の顔が観覧者の籠になっているのが最高。風間さんの手にかかると歴代総理もみなどこか愛嬌が出てくる。
細川さんと鳩山さんの顔に共通項があったとは。墨を使用しているため、黒の諧調に独特の味がある。そして、その墨色を活かす和紙がマッチしている。

ばれんに木版という基本中の基本での版画作品だが、主題の内容と古典的技法が噛み合っていた。

ラムフロム・ザ・コンセプト・ストアの個展(11月23日まで)にも行かねば。

・石井琢郎 「Viewpoints into the substance」 10月30日(土)まで
これも別記事にする。しかし、来週で終了ではないか。石彫の若きアーティストの作品に感銘を受ける。作品を欲しいと思った。

最後に表参道のGYREに行ったが、泉太郎さんの謎の立体と映像が分からないだけに記憶に残った。

「目の果報、知の至福 江戸の文華-戯作と浮世絵-」 アートガーデンかわさき

edonobunka

アートガーデンかわさきで10月24日(日)まで開催中の「目の果報、知の至福 江戸の文華-戯作と浮世絵-」に行って来ました。
展覧会公式サイト ⇒ http://www.edonobunka.com/index.html
*公式サイトがカッコイイ!

本展は、専修大学図書館と川崎・砂子の里資料館との共催による合同企画展で両館が収蔵する戯作・浮世絵コレクションから江戸後期のものを中心に選りすぐった作品によって江戸の文化の豊饒さを展観するものです。

行くまでは、それ程作品数も多くないだろうとタカをくくっていましたが、大間違い。
大変充実した内容で作品数と質ともに素晴らしかったです。見逃さなくて良かったとつくづく思いました。
入場無料な上に、来場者への特典として、展示カタログ(図録)と希望者には戯作と浮世絵を題材とした「2011年大判カレンダー」と「ポストカード」をいただけます。
私は展覧会を観た喜びのあまり、浮足立ち、カレンダーとポストカードをもらい損ねました。

展示は大きく「戯作」と「浮世絵」から構成されています。

まずは「戯作」コーナーから。

こちらは、故向井信夫氏が蒐集された和本コレクションから、馬琴、山東京伝、曲亭馬琴など代表的作家の作品と草双紙のいろいろを時代順に展示。戯作に大きく関わった浮世絵師たちの中から、葛飾北斎、歌川豊国、国貞、国芳のお馴染の四人の絵師コーナーを設けています。

何と、戯作だけで165点!も出展されていて、これだけ沢山の戯作を拝見できる展覧会などめったとあるものではないので、ホクホクしながら見て行く喜び。

これがまた、江戸後期の戯作が中心だからなのか、やたらと状態が良い。もう抜群に良いです。
十返舎一九・絵:歌川国貞≪艶容歌妓結≫、絵:勝川春亭≪大矢数誉仇討≫、柳亭種彦、絵:歌川国貞≪僞紫田舎源氏≫などは、今刷り上がったばかり?と思うくらい色鮮やか。
更に素敵なのは、これら双紙や合巻の装丁。
≪華名所懐中暦≫は表紙が花びらをかたどった中に物語に関連する絵が入っていて、デザイン性、色彩いずれにも富んでいました。他に貝殻尽くしのものがあったり、文字が読めなくとも表紙を見ているだけでも楽しくなります。

他に戯作のはじまりとして、≪春窓秘辞≫という序文を蜀山人、十二人の大物戯作者による各月の景物に当てた狂歌を集めたものが珍しかったです。今で言う、雑誌の始まりでしょうか。
ご丁寧に料紙の色がピンクやら黄緑やら発色が美しく、その上に各作者の文字まで楽しめる優れ物。
さすがに蜀山人の序文は経典のように紺紙金字で筆跡も流麗。見るだけで楽しめる本でした。

浮世絵も初期から後期のものまでバランスよく網羅。作品数は75点。
こちらは川崎・砂子の里資料館所蔵のものですが、こちらも発色などコンディションの優れた浮世絵が多かったです。
中で、これは!と思ったのは次の作品。
・歌川国芳 ≪曽我夜討≫
浮世絵になる前の版下絵。版下絵が今日まで残っているものは珍しく、しかも今回展示されていたものは3枚続きの大作で、線の上手さがよく分かる名品。
国芳の技術力の高さを版下絵で目の当たりにしました。

・魚屋北渓 ≪山復山其一≫≪山復山其二≫
小版摺物ですが、こちらも状態が非常に良い。やっぱり摺物はこうでなくっちゃとケースにしがみつかんばかりにして眺めて来ました。山姥の髪の繊細な彫りもさることながら、着物の色の多彩さと背景のメタリックな輝きに魅入られます。背景には真鍮の粉が使用されているそうで、こういう豪華さは摺物ならでは。

国貞、初代豊国、三代目歌川豊国、国芳、北斎らの浮世絵巨匠たちの作品の個性に久々に圧倒されたように思います。浮世絵の始まりとして、菱川師宣、鈴木春信、歌麿等も数点紹介されているのも良かった。

これで簡易とは言えフルカラー全63ページの図録付で無料!
ぜひぜひお出かけ下さい。

*10月24日(日)10時~最終日は17時まで。
アートガーデンかわさきは、川崎駅前すぐ。川崎駅前タワー・リバーク3階

「京都日本画の誕生 巨匠たちの挑戦-」 京都市美術館

kyoutonihonga

京都市美術館で11月7日まで開催中の京都市立芸術大学創立130周年記念展「京都日本画の誕生 巨匠たちの挑戦-」に行って来ました。

本展は日本近代美術の中でひときわ光彩を放っていた京都日本画の誕生を、京都府画学校の創立と変遷を軸にたどってゆくものです。京都市立芸術大学と京都市美術館所蔵の代表的名品約100点を一堂に公開するとともに、各地に所蔵される重要な作品を集め「一巡りすればわかる京都日本画」を実現。

展覧会の構成は以下の3部構成。
第1章 明治の京都と画学校の創立
第2章 日本画家への登竜門
第3章 師弟で見る京都画壇

展覧会チラシの謳い文句『「一巡りすればわかる京都日本画」を実現しました。』あながち誇大ではないというのが観終わっての感想。
日本画ファンの方であれば、この展覧会は必見です。
タイトル通り、近代日本美術を代表する京都日本画の名品を公開するだけでなく、その成立過程にまで踏み込み、関連資料や解説で、なぜ京都日本画が一大潮流を築きあげたかを呈示しています。

冒頭に京都日本画の隆盛要因として以下の4点を挙げていました。
(1)写生画の伝統
京都では円山応挙を代表とする写生画の重視と伝統、教育が脈々と江戸時代より続いていたこと。

(2)京都博覧会の存在
画家たちの作品発表の機会として京都博覧会の存在意義は大きかった。この発表機会をばねに日本画家たちの成長と飛躍があった。

(3)京都府画学校
京都府画学校は明治13年(1880年)に京都御苑内に仮校舎として生まれ、変遷を経て現在の京都市立芸術大学に至る。画学校の設立により、日本画教育の枠組みが整い、才能ある芸術家たちの育成が可能となった。

(4)染織業界
京都には染織業者が数多く存在し、彼らによる日本画の需要があった。

第1章では上記4つの視点で、京都日本画の歴史を踏まえつつ、第二章、第三章では教育方法や画学校卒業生の名品や卒業制作、師弟作品を織り込むような展示方法は非常に分かりやすかった。
また、展示作品のレベルも非常に高く、京都市立美術館所蔵の名品のみならず、京都市立芸術大学所蔵の卒業制作などめったに観られない貴重な作品も多く展示されている。

第1章
冒頭は、やはりこの人円山応挙≪牡丹孔雀図≫(重文)相国寺蔵で始まる。
この展覧会を観る前に相国寺で応挙の≪七難七福図巻≫をはじめとする名品を見て来たばかりだったが、≪牡丹孔雀図≫が出ていないと思いきや、こちらにお出ましされていた。

他に京都博覧会目録や博覧会の様子、画学校設立の資料などが展示されていた。画学校がらみの資料では、教員、例えば、竹内栖鳳、幸野楳嶺、田村宗立、望月玉泉、鈴木百年らの作品も展示。

染織業界との関連では、川島織物や千總などの刺繍や染織製品の下絵として日本画と完成した染織品が展示されていた。
岸竹堂≪大津唐崎図屏風≫1876年(展示終了)、菊池芳文≪春の夕、霜の朝≫1903年が特に良かった。

第2章
第2章では、京都府画学校時代の教員による絵手本の展示がずらりと鶴区。
これを皮切りに以後、ずらずらと京都日本画の名品や卒業制作作品が続く。以下特に印象に残った作品。

・≪山越阿弥陀図模写≫ 横山大観 奈良国立博物館
大観の仏画の模写など初めて観たかもしれない。

・≪北野の裏の梅≫ 入江波光 絵専卒業作品 京都市立芸術大学芸術資料館蔵

・≪罰≫ 土田麦僊 1908年 京都国立近代美術館蔵

・≪南国≫ 小野竹喬 1911年 京都市立芸術大学芸術資料館蔵

・≪舞う≫甲斐庄楠音 1921年 京都国立近代美術館蔵 

・≪口紅≫ 岡本神草 
・≪拳を打てる三人の舞妓の習作≫ 岡本神草 1920年 京都国立近代美術館蔵

・≪豹≫ 稲垣仲静 1917年 京都市立芸術大学芸術資料館蔵

・≪春立つ頃≫ 上村松篁 1921年 美工絵画科卒業作品

・≪廃船≫ 西山英雄 1936年 絵専選科修了作品

第3章
ここが一番分かりづらくはあったが代表作と言えような名品が沢山展示されている。また展示替えで前期・後期と入れ替わる作品も5点程あり。

・都路華香 ≪東菜里の朝、萬都市台の夕≫1920年 京都市美術館

・竹内栖鳳≪絵になる最初≫1913年 ≪おぼろ月≫1928年

・上村松園 ≪待月≫1926年

・菊池契月 ≪散策≫1934年

・山元春挙 ≪塩原の奥≫1909年

最後は、お馴染中村大三郎の≪ピアノ≫、谷口香嶠≪残月山地図≫ 清水寺蔵 1907年でしめる。

観終わった後、京都日本画の成立過程について良く分かったが、古きを訪ねて新しきを知る。京都日本画の隆盛はよく分かったが、それでは、今現在の京都日本画はどうなっているのか?と考えずにはいられなかった。
本展でもっとも新しい作品が上村松篁野1939年作であったので、尚更であった。過去を振り返ることも重要だが、逆に今の現状についてのアナウンスが欲しかった。

*11月7日まで開催中。オススメです。

豊島美術館 はじめての美術館78

昨日アップした「瀬戸内芸術祭 最終日 豊島美術館」続編として画像アップします。
大変下手な写真で申し訳ございません。ご容赦くださいませ。

まずは、外観から。貝殻のようなシェル構造で柱は1本もありません。

外観1

チケットブース(外からは入口だけしか見えないので画像省略)を出て、美術館に向かう。最初のアプローチ。

アプローチ1

緩やかな坂を上ってカーブを曲がると、こんなベンチが見えてきます。アプローチのカーブとベンチのカーブそして色が同じなので、画象だとベンチが分かりづらいですね。

アプローチ2

ベンチからの景色。瀬戸内海を一望できる絶景ポイント。

アプローチ3

更にアプローチを進むと、今度は緩やかな下りになり、美術館の入口が見えて来ます。

アプローチ4

これが美術館の入口です。靴を脱いで、靴置きに。入口にドアはありません。ここから先は撮影不可。中には内藤礼「母型」があり、信じられないような光景が待っていました。

入口

美術館を出て、小道を下って行きます。これは美術館を振り返った所。名残惜しさ一杯の1枚。

出て来た所

こちらの小さなシェルがshopとcafeスペース。

shop入口

外からは見えませんが、こちらは外界と遮断できるクリアなガラス?製のエントランスの自動ドア。カッコイイ。

shop入口

中に入って、向かって左側がcafeスペース。ドーナツ型のベンチで休憩。天窓から自然光が入ります。
メニューはドリンク中心。豊島で収穫したおにぎりが販売されていました。

cafe1

窓のアップ。こちらは、ガラスの窓付ですが、美術館の方にはガラスなしで外界との遮断はされていません。

shopwindow

ミュージアムショップもドーナツ型に陳列。

shop2

チケットブースに戻って来て、たどった道を振り返った所。左の方が、最初に美術館へ向かうアプローチ。右が美術館を出て、ショップとカフェの前を通って、チケットブースまで戻って来た道です。こうして見ると、アプローチがループ状になっていることが分かります。上空から撮影できれば、アプローチがループ状になっていることがはっきりする筈です。

外観3

画象見ているだけで、また行きたくなってきました。豊島美術館は世界に誇る美しい建築と作品であることは間違いありません。

豊島美術館 公式サイト
http://www.benesse-artsite.jp/teshima-artmuseum/index.html

瀬戸内国際芸術祭 最終日 豊島美術館

さて、いよいよ旅も最終日。
さすがに、疲れも出て来た。五日間遊ぶというのも疲れる。

今日は今回の旅の大きな目的である豊島美術館(てしまびじゅつかん)へ。先日10月17日(日)にオープンしたばかり。
詳細は公式サイトをご覧ください。⇒ http://www.benesse-artsite.jp/teshima-artmuseum/index.html
そのために、小豆島の土庄港近くに宿を取った。6:55始発のフェリーに乗り唐櫃港で下船したが、案内所の方も小豆島から来られているようで、同じ船で到着し案内所の準備を始められた。
唐櫃港では案内所で荷物を無料で預かって下さる。家浦では、コインロッカーか有料の手荷物預かり所を利用することになるので注意。

豊島美術館まで徒歩で13分くらい。緩やかな坂を登って行くと、平たいお椀を伏せたようなコンクリートの屋根が見えて来る。

豊島美術館

後でこれが水滴を模した形だと知った。ここでも環境との調和を考えた建築になっている。白いお碗は周囲の環境に溶け込みつつ豊島のランドマーク機能を果たして行くのではないか。坂からの眺めは絶景だった。
整理券の配布は9時からなのでかなり待ち時間がある。同じ船で来られた方の列ができるが、10名にも満たない。
予定より五分程早く整理券配布が開始。15分間隔で40名分。
予定通り10時の整理券を入手したが、希望時間を申し出ればその時間の分を貰える。
開館まで時間があるので近隣の戸高千世子の作品を観に行った。徒歩で五分位。池の中に稲穂のようなオブジェが揺らめいていた。あれは花をイメージしたものなのだろうか。風が吹くと花びらのような白い花弁がひらひらと。

戸高

開館二十分前にはゲートが開き、二組に別れて順番に鑑賞。一度に中に入るのは20名。

チケットブースとお手洗いや、ロッカーは地中に埋もれて外からはよく見えないが、別棟になっており、そこから美術館を回り込むようにぐるりと外を回って美術館入口に赴く。途中、絶景ポイントがあり、道なりのカーブと同じ弧を描いたベンチが置かれている。今回は、時間が決まっているので、ここで休憩することはできない。このアプローチの長さも計算されていて、うねうねと美術館への期待が膨らむとともにまるで、産まれて来る時の胎道のように感じた。

入口手前で靴を抜いで鑑賞する。床はコンクリートなので、冬場の裸足は避けたい。もしや、床暖房?恐らくそれは無いと思う。

さて、入口に立った時点で息を飲む。
眼の前には想像以上に広い空間が現れた。柱が一本もないため、余計に広く感じたのだろう。かくして、これまで観たことも経験したこともない空間体験が始まる。

外からも分かる楕円の開口部から風も光も降り注ぐ。外界と室内の境界が曖昧な空間。
内藤礼の作品で度々使用されるリボンや糸がやがて見えて来るだろう。そして、主役は「母型」と名付けられた滴。

床に無数に穿たれた微小な穴から滴が生まれ出る様に我が眼を疑った。滴は一定以上に膨らむと別の穴にするすると弧を描いて吸い込まれて行く。滴の正体は地下水。
産業廃棄物の不法投棄があった豊島の歴史に、終止符を打つかのような地下水の滴がやがて大きな水たまりから泉になる。
これが空間のあちらこちらで起きている。
滴が滑り落ちるための床の傾斜角度は完璧な仕事のごく一部なのかもしれないが、それでもすごい。

「鳥肌が立った。」という感想をtwitterで読んだ記憶が頭に浮かんだ。同じ。私も鳥肌が立つ、いや驚きと感動で背筋が寒くなる。

ドームの天井は外観と同じく緩いカーブがあり、パオのように包み込まれたような感覚があるのも特筆すべき点、この包み込まれたような感覚は母親の胎内にいるかのようで、前述の胎道に相通ずるものだった。作品名が「母型」であることを思い出す。内藤礼が西澤との共同で創り上げた「母型」の形は見事としか言い用が無い。
内藤ファンにとって、この場所はきっと聖地になるだろう。今回は混雑のため鑑賞時間が15分と決められているが、「きんざ」と違い、芸術祭以後の鑑賞時間に制限はない。心ゆくまで空間を、時間や季節、天候による違いを体験できる。雨が降ったら、どうなるのだろう?

まさにあっと言う間、現実界から離れた異空間へ旅していたには余りにも短い時間だった。

建築と作品の見事な一体感。この建築なしにして、この作品は実現し得ない。
豊島美術館の設計は、西沢立衛。
今年、建築のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」を受賞している、世界トップレベルの建築家。その実力をこの豊島美術館で見せてくれた。
恐らくいや間違いなく豊島美術館は何かしらの建築賞を受賞するだろう。そう信じて疑わない程、想像を絶した世界だった。

美術館を出た後、もう一つの小さなドームに入るとカフェとミュージアムショップがある。ドーナツ型の長椅子に座ってカフェメニューの飲みものやらをいただき、余韻に浸る。こちらにも同じような楕円の開口部があるが、ガラス?の窓が設置されているため雨風は遮ることができ、今日も閉じていた。

美術館を後に、私はもう他の作品は観なくても良いような気持ちになっていた。
豊島美術館へは芸術祭パスポートが年内まで使用できる。近隣の方は芸術祭期間を外して、存分にこの美術館と作品を味わっていただくことをお薦めする。
島キッチンは団体貸し切りで入れず、家浦に戻り、ふらふら彷徨っていたら、うららという島のおばちゃんが切り盛りする食事処にたどり着き、運良く定食をいただけた。

もう、それだけで充分満ち足りた気分になる。

旅は終わる。
でも、旅の終わりは次の旅のきっかけになる。

*画像編へ次回に続く。

瀬戸内国際芸術祭の旅 四日目 直島

瀬戸内国際芸術祭の旅 四日目。
結局、夜中の一時過ぎまで波音を聞きつつテラスでノンビリ過ごした一夜が明け、何とか早起きできた。
朝の散歩に繰り出す。
ベネッセハウスのミュージアム棟からパーク棟までてくてく歩く。
朝のひんやりした空気が気持ち良い。

パーク棟は、海辺に近い。芝生のある広いスペース。
ニキ・ド・サンファルの彫刻がいくつも点在して観光客のカメラ被写体になっている。

niki

少しだけ朝ヨガする。海を眺めながらのヨガは最高です。

昨夜、しっかり食べたせいかあまり空腹は感じなかったが、散歩とヨガで食欲が出て来た。
パーク棟のビュッフェ。値段と内容が一致してないように思う。
朝食はミュージアム棟の和食かパスしても良かったかな。

濃いコーヒーが飲みたかったのでラウンジでエスプレッソを飲みつつ朝刊とオラファー・エリアソンのぶっとい作品集に目を通す。
9時からパーク棟にある作品のギャラリーツアーに参加。
ホテルの方にご説明いただく。

入口正面のゴームリーの鉄のチップで作られた人体は、福武会長の代わりらしい。あの場所で会長の代わりにゲストをお迎えする。
杉本博司さんの作品はパーク棟が完成した時には設置されておらず、昨年ロビーをつぶして展示空間に変更された。
やはり、夜間の方が写真が映える。朝でも外光の量が多過ぎるように感じた。夜の浮かび上がるような画像が素敵だった。須田悦弘さんの作品にも簡単に触れたが、朝だけのお楽しみは、同じく昨年設置されたテレジータ・フェルナンデスのガラスキューブの壁面作品。
外に出て、作品を観ると、太陽の光でガラスがキラキラ反射して光る。その様子は、眼前の海の波濤のきらめきと同じだ。フェルナンデスは、この海の輝きを作品化したのだった。
太陽が東にある午前中の早い時間だけに、海と作品の比較が可能になる。

チェックアウトし、地中美術館に向かう。ホテルゲスト専用シャトルに間に合わず、徒歩で向かう。ベネッセハウス宿泊客には朝一か夕方の枠いずれかで整理券をいただける。
二回目の地中美術館。日曜夜のナイトプログラムでは他の作品を観ていない。ここで、ミュージアムリンクのスタンプラリー達成!記念品のトートバッグを受け取る。
今回はデ・マリアの部屋が一番ズンと来た。まるで宗教施設であるかのような荘厳で清廉な雰囲気が漂う。
地中カフェもすぐに座れたので、バナナアイスで休憩。

李禹煥美術館に徒歩で向かう。
李禹煥と安藤忠雄のコラボレーション美術館で今年の六月に開館した。
屋外スペース柱の広場は美術館の一部。
中は四つの展示空間からなるが、やたら気になったのは、天井のガラス。あちこちで作品上部の天井から外光が入る。
三角形と矩形を使用したプランは李禹煥の作品と呼応する。
影の間の映像と石のオブジェの組み合わせが面白い。石は時空を超えた歴史の証人であった。
瞑想の間の床材が気持ち良い。あそこでヨガをしたら、さぞかし呼吸も深まるだろうなと妄想する。
しかし、思った程の感動がない。
安藤忠雄尽くしに、なけなしの感性が徐々に鈍りつつある。

ベネッセハウスで荷物を受け取り、本村地区へ移動。

日曜日に観ることができなかった護王神社と南寺の鑑賞。南寺も整理券はゲスト枠があり。
いずれも再訪だが、自分が思い描いていたイメージと何か違った。

そして、今日のメインイベントは、川俣正の向島プロジェクト「島から島を作る」ガイドツアー。
二時から一時間で本村港から船でコムカイ島と向島へじょうりくする。制作スタッフの方によるガイド付き。ゆるいツアーなので、12才以上の方ならどなたでも参加可能で参加料は500円。予約不可で先着順。
船で数分足らずで作品コムカイ島へ。海の漂流物を利用し、浮島を作る。実際に港から臨むより、どんな風に作られているのか、プカプカ浮く浮島上陸体験は冒険心もくすぐられる。

向島1
向島2

その後、向島に上陸して島内見学。
コムカイ島の計画デザイン画やメモ、制作風景写真などをアトリエに入って見学。
向島3

中央に写っている方がガイドをして下さった、川俣事務所の方です。
川俣正の国内プロジェクトが形として残る向島は貴重、こちらは継続中。
詳細は⇒ http://mukaijima.blog94.fc2.com/blog-entry-124.html
公式ガイドブックには掲載されていない始まったばかりのツアー。

宮浦に戻り、大竹伸朗とgrafのI湯へ。宮浦港からすぐ。入湯はせず、混雑してるので、外から眺めるだけにする。ラブ湯より、道を隔てたところにあるレトロアメリカな雰囲気のダイナーが良かった。内装もお店の人も、ドラマセットから抜け出たよう。スコーンセットをお願いしたが、美味しかった。ホットドックなどのフードメニューも美味しそう。

高速船で小豆島へむかう。今夜の宿は前日とうって変わってチープなのだった。

瀬戸内国際芸術祭 三日目 女木島&豊島&直島

三日目。今日も快晴。今回の旅は天気に恵まれている。

目覚ましなしで起きたが、うまい具合に七時頃目覚めた。
今日は、トラブルが発生して女木島⇒豊島⇒女木島⇒直島の行程になってしまった。
10時発のフェリーで女木島へ向かう。平日にも関わらず満席。
やっぱり、混雑してるのかなと漸く思いはじめる。

女木島にはほぼ二時間の滞在。洞窟には行かず。エルリッヒの作品がある場所で食事も可能だったが、男木島への船の時間があったので食事はなし。
エルリッヒ作品は鏡のトリック作品。精錬所と言い、またも鏡かと思ってしまった。面白いけど、鏡に引っかかった。
FUKUTAKE HOUSEは、越後妻有の時より良かった。
ビルヴィオラ久しぶりに観たけど、やっぱり彼の作品が好き。ヴィオラ作品がきっかけで映像作品に関心が持てるようになった。

ヘレナの手の先から水が迸り、向いの画面の映像の男?はずぶ濡れ。別々の作品が一体化した動きを見せる。
家畜や鳥、動物たちの鳴き声とアニメーション映像の作品を小さなモニターで見せていた作品はとても好き。海外ギャラリーが気に入った作品を見せてくれている。

石川直樹はアクリル二枚を一組にして、島のように見せた展示。八幡亜樹がカメラワークと編集している石川を被写体にした映像もあり。

中庭の杉本博司は駄洒落連発の作品。遊んでる。

愛知県立芸術大学プロジェクトは、オルゴール作品が良かった。

男木島は、経由しただけで作品はターミナルになっているものしか観ていない。
豊島へ。そして、ここで大失態に気付く。貴重品以外の荷物を女木島のコインロッカーに預けたまま!!!
豊島からは直島に向かう予定が大きく予定が狂う。ちょうど芸術祭実行委員の方にすれ違ったので、ご相談してみたら何とか元来た道を戻って高松に入り、高松から直島にいける事が分かった。

残された道は一つ。男木島への船の時間まで豊島を回る。
最初に行ったのは塩田千春の作品。元々小学校だったのを例によって窓枠で中を覆う。歴史を留めて、中を包む。

shiota

他の作品はどれもピンと来なかった。
それから唐櫃に向かう。船まで残り約一時間。向かった先はボルタンスキーの心音の作品。
初めて自分の心音を録音(録音には料金別で1500円必要)。
録音した自分の心音を聞くことができる。早速自分のを聞くととても動きが早い。カバン忘れ事件と時間が押していて走ったのが原因かも。

ここでタイムオーバー。
家浦港に戻り、男木島⇒女木島、ダッシュでバッグを取り出し、乗って来た同じ船に駆け込む。船員の方にはお願いしておいた。無事回収。

予定より二時間遅れてチェックイン。
今日はせっかくベネッセハウスに宿泊できるというのに大失敗。前回の直島でもミュージアム棟に宿泊したが、今回も同じミュージアム。
一ヶ月ちょっと前にきんざの予約がどうしたら取れるか、調べていたら、空いているではないか。ちょうど良いツインが。

後先考えず即予約。

ベネッセハウス宿泊者優先枠で地中美術館と南寺の優先整理券をいただける。

食事も奮発して、今回はパーク島のフレンチを予約。
パーク棟は初めて入ったがこれまた素晴らしい建築。設計は地中美術館と同じく安藤忠雄だが、どことなく大山崎山荘美術館を思い出す。長い回廊の途中壁に小さなケースが埋め込まれ、須田悦弘さんのバラが三点。ピンク色。花びらだけのもの、満開のもの。
照明は地中美術館と同じく床面にスリットがあり、そこから光が入る造り。


ここにはコーヒーと紅茶無料のロビーがあって、写真集やアート本など自由に閲覧できる居心地良さ抜群。目の前は海!
夕食の後、ホロ酔い気分で森山大道の写真集ハワイを眺める悦楽。
今日一番の時間。
次回はパーク棟に泊まってみたい。

美術作品もスゴい。杉本博司美術館と言えるくらい、サイトスペシフィックな空間と作品。izu photo museumで観た松林図が!
中庭の幾何学オブジェと石と苔。苔のむすまでってタイトルの本があったっけ。

作品を並べるだけではなく、ここでは作品の前に光の棺と題した直方体の箱が置かれている。中に蛍光灯?が仕込まれ光っている。蛍光灯と無機質なコンクリート、モノクロ写真の絶妙なハーモニーに脱帽。

パーク棟の入り口ではゴームリーの彫刻やトマス・ルフの写真が。
いや、ホントに泊まれて良かった。

下は、今回宿泊したお部屋にあったクリストの作品。

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明日は早起きして散歩しよう。

なんだかんだとありましたが、最後はリゾート気分。やっぱり、もっと早くチェックインしたかった。涙。

瀬戸内国際芸術祭の旅 二日目 高松市立美術館&香川県立ミュージアム&直島

旅の二日目。
目覚ましなしで起きた時間から行動開始。
今日は岡山駅からJRの快速で瀬戸大橋を渡り高松入り。
今日の宿に荷物を預けて、向かった先は高松市立美術館。
高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.01を10/24まで開催中。
出品作家は、青木陵子、石田尚志、猪瀬直哉、カミイケタクヤ、山下香里の五名。
この中では猪瀬の絵画とカミイケタクヤの舞台美術作品が好印象。
カミイケの作品は舞台美術とされているが、大きな絵画作品と合わせてインスタレーション作品と言って良いだろう。
石田尚志は、あいちトリエンナーレの映像プログラムで観たばかり。しかし、今回は四つの最新作の映像があり。ライブペインティングを早送りしたもの、バッハの音楽付きのものなど、これまでの作品とちょっと趣向を変えていた。噴霧器でドローイングするのもあった。全部まともに観ると一時間位を要する。
常設は讃岐漆芸の美と系譜。

まちバスですぐ近くの香川県立ミュージアムへ。
個人的にはこちらの企画展「海を越えた香川のアーティストたち」の方が楽しめた。
館蔵作品と高松市美所蔵作品から、猪熊弦一郎、川島猛、イサムノグチ、木村忠太、ジョージナカシマ等の作品中心に展観。
特に猪熊作品は初期から晩年まで網羅、イサムノグチの彫刻はちいさいものが多かったが、陶芸作品や無窓国師のおしえという石庭を模した作品など珍しいものがある。
極めつけは、ジョージナカシマの家具。ダイニングテーブルと椅子は実際に座ることができる。惹かれたのは、親交のあったベン・シャーンの版画作品とそのための木製額。額がジョージナカシマ作。ベン・シャーンの作品によく合っていた。
ここは博物館機能も有しているようで、特集展示で物語の誕生ー絵巻を読むーをやっていた。高松松平所蔵作品中心。展示は分かりやすく土蜘蛛草紙絵巻のあらすじを絵入りプリントで解説。邨田丹陵の那須与一図衝立(明治時代)が良かった。

香川県立ミュージアムからフェリー乗り場に徒歩で向かう途中椿昇の映像作品を観る。二酸化炭素の濃度によって原初の海になったり画像が乱れたり。

12:40のフェリーで直島の宮浦港へ。
フェリーは混雑していなかったが、宮浦港は賑わっていた。直島は今回で二度目。初めて行ったのは何年前だったか。。。年の2月でした。
SANAA設計の海の駅はまだ影も形もなかったな。
町営バスに乗って家プロジェクトに向かう。本村地区は、お祭りで交通規制がひかれていたが、運良くお神輿担ぎに出会った。櫓の上には小学性の少年四人が懸命に太鼓を打ち鳴らす太鼓祭り。

護王神社と南寺以外は回ることができた。
そう、前回訪れた時、内藤礼のきんざは台風により修復中で今回はどうしても、きんざを体験したかった。
で、きんざ体験。これは別途。
大竹伸朗のはいしゃと千住博の石橋が初訪。千住の石橋がとても良かった。ウォーターフォールを最適な外光で観せる。朝と夕方では作品の見え方も異なるはず。
家プロジェクトは、帰りの船の時間があるため、四時以後急にお客さんが少なくなる。宮島作品も須田悦弘さんの椿がある碁会所も私1人の時間があった。
碁会所は、右側の部屋にも作品があるのでお見逃しなく。タイトルは有無。

そして、今回はもうひとつリベンジしたい作品があった。
地中美術館のタレルのオープンスカイ・ナイトプログラム。前回の直島訪問時に体験してとても素晴らしかったこと、そして、その時は冬の小雨の晩だったので、季節や天候を変えた環境で再度トライしたかった。これも、予約必須だが、キャンセル待ちだったが、こちらに来る前にキャンセルが出て無事正式予約できた。
やっぱり、いいわ~。オープンスカイは、金沢21世紀美術館にもあるけど、照明装置もあるのだろうか。金沢のナイトプログラムは聞いたことがない。照明の色の変化で四角の中の空の色が刻刻と変化する様こそ、タレル作品の醍醐味。
雨の日は雲の動きも面白かったけれど、晴天の夕暮れから夜にかけての今回は星の位置の変化が見えた。
プログラム終了後は町営バスもなく、直島タクシーを利用。いきなり九人乗りのワゴンが迎えに来たので驚いたが、直島ではこれが標準なのだろう。タクシー料金は五人乗りの乗用車と同じ。

帰りは最終高速船で高松へ戻る。

瀬戸内国際芸術祭への旅 1日目「岡山・美の回廊」展&犬島

朝一番の飛行機で羽田を発ち、岡山空港へ。
羽田空港行きのモノレールが混んでいてビビる。国際線ターミナルがオープンしたら、ますます混みそう。

今日から5日間瀬戸内国際芸術祭と近隣の美術館巡り。
今回の旅のテーマは「のんびりと旅する」に決めた。なるべくギチギチのスケジュールにせず、観たいものを混雑状況に注意しつつ観て行こうと思っている。

最初の目的地は岡山県立美術館「岡山 美の回廊」。CASA BRUTUSの国宝特集で、この展覧会が紹介されていたので、ここは絶対外せなかった。すぐ近くの岡山市立オリエント美術館には行ったことがあるのに、岡山県立美術館は初訪。

今回は二階と地下一階の展示室すべてを使用しての総力戦。展示作品数200点で、岡山ゆかりの美を平安から現代まで、ジャンルを問わず展観する。
噂で雪舟作品が粒そろいと耳にしていたが、確かに凄い展示であった。キーボードがないので、詳細割愛するが、美術館のサイトで作品リストをご参照ください。慧可断臂図も個人蔵の山水図も破墨山水図も天橋立図も何度観てもよいけれど石橋美術館の四季山水図は特に印象深かった。観た記憶がないので初見だと思う。雪舟16点は濃かった。

宮本武蔵や浦上玉堂の水墨画も、良寛の書も出ている第二章の墨の美と心は見応え充分で眼福の一言に尽きる。

第二章に負けず劣らずインパクトがあったのは第一章祈りのかたち。
三点除き全部重要文化財の仏像・神像で岡山県の仏教彫刻の素晴らしさが頭に焼き付いた。
とりわけ、平安時代の聖観音菩薩立像、吉祥天像、薬師如来像、二躰の随身像、五智如来座像は何度も何度も戻って眺めた。予想しない出会いに感動。随身像は他に類例がないとされる阿吽のポーズの二躰で、偏平で温和な感じとポーズに最初から注目してしまった。
ここでは、ガラスケースなしで、かつ至近距離で仏像を観ることができる。これが嬉しかった!

三章の明治の油彩画の隣に展示されている四章近代の工芸も見どころのひとつ。
ここでは、正阿弥勝義の骸骨置物(男女)個人蔵で頭が真っ白になる程の衝撃を受けた。この精緻な金工作品は現代再現しようとしてもできないのではないか。正阿弥勝義は、京都の清水三年坂美術館の館長が一番お好きだとおっしゃっていた作家だ。なるほど、こんな作品を作られたのではたまらんなと納得。いや、ホント凄い。これが今日のマイベスト作品。

また、岡山出身の作庭家、重森三玲意匠書院が再現展示されている。故郷に住む妹へ贈ったという。京都の重森邸と重なる意匠があるが、よりモダンであるように感じた。

最終章の8章多様な美の表現では、岡崎和郎や中原浩大らの作品とともに、河口龍夫の種子をエネルギーに航海する船が天井から中空に浮かぶ。発電所美術館や東近美の船とは別作品。これも初見だがロビー空間を使用したうまい展示だった。解説も丁寧で照明の配慮も行き届いていて好感をもつ。


岡山県美を後にし昼食を済ませ、岡山駅から赤穂線に乗り西大寺駅へ。ここから私の瀬戸内芸術祭が始まる。宝伝港から犬島へ渡る。
西大寺駅から港まで路線バスが接続し待ち時間は殆どなし。

港に到着してすぐに船への乗船が開始。ここは特段の混雑はなく全員無事乗船。港から犬島が見えている。

下船後、前売チケットをパスポートに交換し、まずは妹島和世設計の家プロジェクト四つを回る。歩いて回るのに適度な距離感。しかし、予想外だったのは強烈な日射し。間違いなく、無防備な私は日焼けして今はヒリヒリする。

四つの中では、中の谷東屋とS邸蜘蛛の巣の網の庭が印象深い。建築としての面白さは前者、作品としての面白さは後者。「中の谷東屋」の屋根の造り、コンクリート叩きの床面の反響音も織り込み済みか?

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S邸「蜘蛛の網の庭」2010年。Sはspider(蜘蛛)のSなのかな、やっぱり。入口はありますが、中には入れません。

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中の蜘蛛も作品の一部。蜘蛛の巣がこんなに美しいとは!

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I邸 「眼のある花畑」2010年は、作品タイトルがそのまま建築と映像で再現されている。
下は、花畑のある方と逆側から撮影したもの。ガラスは鏡面になっているようだ。

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F邸は、開いて閉じての構造。アアルトの花瓶を彷彿とさせる湾曲した外との仕切り壁が美しい。作品は、「山の神と電飾ヒノマルと両翼の鏡の坪庭」2010年
これは、かなり拙い写真。写真撮影しづらい場所、内部の撮影は禁止でした。

F邸1

F邸2

そして、いよいよ精錬所へ。

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何度も画像や書籍類では観ていたが、百聞は一見にしかず。
近代化産業遺産をひと回りして団体客をやり過ごしてから、精錬所へ入る。からくり屋敷みたい。
アースギャラリーは、1人で夜に取り残されたらさぞかし怖いだろう。煙突を通る風音を効果音として流す演出。

エナジールームの島の御影石一枚岩に水を張った展示空間が静謐で、独り占めできたので、しばし黙考。
次のチムニーホールで観た映像は、歴史の中の人物の呪詛の文字がが血のように降り注ぐ。
急速な近代化に警鐘を鳴らしていた三島由紀夫とその残滓へのオマージュ。
果たして、それがここにあるものたちから感じられるだろうか近代化産業遺産をふらふら散歩していたら、石造りのテーブルと長椅子を見つけお昼寝。それにしても見事な廃墟跡だ。

帰りは五時十五分発の宝伝港行きの船と岡山行き直行臨時バスで岡山へ戻る。宝伝にはマイカー利用者が多いようで、岡山行き直行バスは半分程度空席。岡山に一泊で無事一日目を終了。

犬島は午後二時過ぎ以後は逆光で精錬所も煙突群をうまく撮影できない。カフェのメニューも軒並み売り切れです。

あいちトリエンナーレ2010 現代美術展企画コンペ 「中川運河-忘れ去られた都市の風景」

「あいちトリエンナーレ2010」の続報です。

「あいちトリエンナーレ2010」では、応募総数204企画(国内139企画、海外24カ国65企画)から9企画を選定して、愛知芸術文化センターアートスペース(G、H、X)の各会場で3期にわたって展示を行っています。

また同企画で長者町会場においても応募総数300を超える作品展示数の中から。12案を長者町各所で展示。こちらは、展示作品によって、展示場所も異なるので開催場所については公式サイトをご確認ください。

今回は愛知芸術センターアートスペースX(愛知芸術文化センター地下2階)で10月31日まで開催中の「中川運河-忘れ去られた都市の風景」についての感想です。この展示、良かった。テーマの選定と映像作品が上手く噛み合って、じ~んと来ます。

キュレーターは田中由紀子、参加アーティストは、平川祐樹、水野勝規、吉田知古の3名。
吉田は写真、平川と水野は映像作品を発表。水野の場合、映像だけでなく、映像作品を使用したインスタレーション作品も展示していた。

中川運河は、名古屋の人なら大方知っているに違いない。Wikipediaによれば、「名古屋港が国際貿易港となるためには鉄道で運ばれた貨物を港まで運ぶ運河が必要と考えられるようになり、名古屋市都市計画事業の一環として建設を決定した。1926年(大正15年)に起工され、1930年(昭和5年)に竣工。」と説明されている。
全長8.2kmの長さで水深約3.0m、かつては汚泥が堆積し問題となっていたが、現在は環境への配慮で排水規制を行い、徐々に水質は良くなってきているようだ。

水源がないため、水の流れはほとんどないらしい。中川運河をじっくり眺めたことはなく、通り過がりや車窓から見たかなという記憶しか残っていない。しかし、若い3人のアーティストによる作品で、地元の景色を改めて見なおす行為が心地よかった。歴史の一端をたどっている感覚とでもいうのか。

平川の2面スクリーンを使した映像作品≪waterfront≫2010年は、ひとつひとつのシーンがとても美しかった。2面では、各スクリーンで異なる映像が流れる(7分ループ)。
これは腰を落ち着けてじっくり見た方が良い。小さな動きのひとつもゆるぎない大切なものだと感じる。

吉田知古(よしだ ともこ)は唯一写真作品を展示していた。
あいちトリエンナーレにおいて、写真展示はとても少ない。志賀理恵子(愛知芸術文化センター)や長者町のマーク・ボスウィックの展示ぐらいではないか。ここで、写真に出会えたのは嬉しい。
円形にカットしてぶら下げたり演出は凝っていたが、個人的にはもっとストレートに見せて貰った方が良かった。

水野勝規は≪waterfront≫16分ループ2010年、≪neon≫2010年の2点。
後者が映像インスタレーションで、ドラム刊の中を覗くと、そこには・・・・。ちょっとした驚きがあるので、ぜひ実際に出向いて見て欲しい。
水野は京都芸術センターで10月24日開催中の「panorama」展にも参加し、複数の映像作品を展示し、存在感を放っていた。

運河沿いの風景と自然のうつろいを静かに写す≪waterfront≫2010年。こちらの方は≪neon≫と比較すると、繊細でインパクトに欠ける。もうひと工夫できなかったかな。そのあたりは、京都の展示で見事にクリアされていただけにちょっと残念。

水野の作品を同時期に京都とあいちトリエンナーレの2会場で観られたのはラッキーだったと思う。

あいトリでは他にも現代美術展企画コンペ作品があるので、お見逃しなく!
この企画楽しいです。全部を観られなかったのが残念。

*C日程が10月31日までです。

笹岡啓子写真展 「CAPE」  photographers' gallery

新宿三丁目駅から程近いphotographers' galleryで10月17日(日)まで開催中の笹岡啓子写真展 「CAPE」に行って来ました。
詳細はギャラリーのWebサイトをご覧ください。⇒ http://www.pg-web.net/home/current/current.html

笹岡さんを知ったのは、少し前にアップした高橋あいさんも参加されていた愛媛県の久万町立美術館の「帰去未来」展の図録。
同展は、笹岡啓子、高橋あい、の3名が参加。図録も写真集のような出来栄えで高橋さんの東京藝大卒展で購入したものです。

今回、個展が開催されると知り、早速出かけてみました。
展覧会タイトル「CAPE」は岬の意味。ケーブタウン(喜望峰)のケープ。

入口入ってすぐに海辺の1枚があった。
北海道の岬だろうか?海を臨む岸壁のごつごつした質感やぬかるんだ地面の様子に触感が刺激される。
遠景には、霞んだ海辺と曇り空。白波に水平線。何と言うことのない景色なのかもしれない。
しかし、私はこの1枚がとても気に入った。
好きな理由を自分に問いかけてみる。
・遠くかすんだ水平線は観ていて飽きが来ない。
・ぬかるみの質感
・白い波しぶき
・前景と後景、雲り空、バランスの良い構図

他にも5点程作品があったが、やっぱり最初にあった作品が一番好き。
干潟のひざ下までしかない海岸の様子を撮影した写真も良かった。
こっちは澄んだ海水?と底に透けて見える地面。これが地球、大地なんだなと海水をフィルター代わりに観る。

水のモチーフに囲まれると、気持ちが落ち着く。

アクリルに像を写しての展示だったが、私はやっぱり紙の方が良いなと思うが、難しいのだろうか。
アクリルにしてしまうと、透明感は出るのだけれど、作り物のように見えて来て、あとてかりすぎるのも気になる。

帰りに笹岡啓子『EQUIVALENT』限定600部の小さな写真集を購入した。
Webで見つけた時は、A4ぐらいの大きさかと思っていたが、W156×H180mmのコンパクトなサイズでちょっと驚く。 
上記に挙げた2点は掲載されていないけれど、印刷も良かったし、近頃、眠る前に写真集を手に取ることが多い。
文字を見たくないので、写真を眺めながら眠りを待つ。コンパクトなサイズは手に取りやすいし扱いやすい。
結局大きな写真集より出番が多くなる。

『EQUIVALENT』を見ていると実に様々な境界があるものだという感想がわく。水平線、岩と岩の凄く狭い間に人が歩いている。岩の向うはこの世ならぬ、あの世のように見えた。

*10月17日(日)まで開催中。

「尾張徳川家の名宝」展 その3 徳川美術館

前回からの続き。いよいよ最終回です。
この段階で残り約200点ですから、恐るべき展覧会であることは何度もこちらで書いている通りです。
この内容と質量で通常とお値段変わらず、ミュージアムトライアングル割引、もしくはチラシの端についている割引券があれば200円引きの大人1000円ですから、もう行かなきゃ損です。

今回は、徳川美術館の第7展示室、第8展示室は企画展展示室となっています。
第7展示室~第9展示室のある建物は昭和10年秋に開館した当時のままの帝冠様式建築で、昭和初期の美術館建築として文化財登録もされています。
中に入ると分かりますが、当時の正面玄関(今は閉じられたままで出入りできない)の装飾は一見の価値あり。

第7展示室、第8展示室は「里帰りの名品」と題した展示を行っています。
ここでは、徳川美術館コレクションではなく、かつて尾張徳川家が所有していた作品で江戸、明治に手元を離れてしまった作品と新たに徳川美術館が購入した作品の展示です。まさにお里帰りした作品達に出会える貴重な機会。
展示作品の大半が個人所蔵家のものとなっていることにも注目。

以下印象に残った作品です。作品名、制作年代の後に所蔵先の記載のないものは個人蔵。
■ 里帰りの名品
・≪法師物語絵巻≫  南北朝-室町 
・≪羅生門絵巻≫ 江戸
・≪四季花鳥図屏風≫ 伝雪舟 六曲一双 室町 出光美術館

・≪踊布袋図≫ 梁楷筆 名物(重文) 南宋 香雪美術館 (10/24まで)
・≪一路巧名図≫ 熊斐筆

・≪釈迦説法図≫ 朝鮮王朝 興正寺蔵
寺外初公開作品だが、大きさに驚くと共に、非常に派手な画面。

・≪元永本古今和歌集≫ 藤原定実筆 二帖のうち一帖 平安 東京国立博物館
白雲母の料紙と和紙の色合い、連綿と綴られた文字の美しさが融合。

陶磁では
・≪金襴手瓢形仙盞瓶≫ 明 
・≪高麗粉引花生≫ 朝鮮王朝
・≪青磁経筒水指≫(重文) 南宋 東京国立博物館蔵
貫入が大きく入るが、それが景色として美しい。

・≪染付磁器入花蝶蒔絵菓子箪笥≫ 江戸-明治 

変わり種では ≪分銅金≫ 三個 宮内庁三の丸尚蔵館
地下鉄駅近辺のポスターにこの分銅金のポスターが掲載されていた。非常にインパクトの大きい金ぴか金塊が3つ。形は上下が扇型になっていて、家康の命により鋳造されたものの一部で遺産として伝えられた。1個につき数千万円から1億円の価値があるらしい。明治に入って尾張徳川家から皇室に献上されたもの。

この里帰りの名品たちの展示で非常に重要なのは、大正10年(1921年)の売り立てで、徳川家の手を離れたものが大多数であることだ。江戸幕府崩壊後に新政府が設立し、旧幕軍の藩士、藩主は苦境にあえいでいた筈だが、尾張徳川家に関しては苦境もあてはまらなかったようだ。明治時代には侯爵家として華族となっている。大正10年の売り立ては、高橋箒庵に依頼し行ったもので、生活資金が困難になったのではなく、美術館の設立資金を集めるための売り立てであった。ここで得た資金を元手に昭和6年(1931)財団法人徳川黎明会を設立。昭和10年に開館した。
詳細は徳川美術館Webサイトをご参照ください。 ⇒ こちら

1万数千もの所蔵作品を戦前から戦後までほとんど逸失することなく現在に至ることができたのはなぜだろうと、この展示室で改めて考えてみた。徳川御三家筆頭でありながら、将軍を一度も輩出しなかったこと、名古屋という地の利、更に徳川家代々の家長の堅実さを挙げられるのではないか。大正時代に美術館の設立を考え実現できたのは、尾張徳川家ならではの豊富な資金力の賜物だろう。大正時代の売り立ての経緯や歴史を今回知って、よくぞ、代々受けついだ宝を守り抜いた!と感動を覚えた。

■新たに購入した作品 ここからはすべて徳川美術館所蔵作品

・≪豊国祭礼図屏風≫ 伝岩佐又兵衛 六曲一双 江戸 (重文)
今回は展示しないのかなと思っていたら、やっぱり出ました≪豊国祭礼図屏風≫又兵衛特有のやや面長の顔や細部にわたる描写の細かさ、一体全体この屏風の中にどれだけの人物が描かれているのか、密度の濃さは特筆もの。

・≪白天目≫ 大名物 朝鮮王朝 徳川将軍家伝来

漸く最後の展示室へ。第九展示室 寄贈品
名古屋の豪商であった岡谷家からの寄贈品が特に多く目立っていた。

・田中訥言 ≪百花百草図屏風≫、≪古今著聞集図屏風≫ 各六曲一双
田中訥言は尾張生まれの江戸時代の画家で復古大和絵派の祖と言われている。名古屋では、名古屋市博物館など彼の作品を比較的よく目にする。そんな彼の代表作のひとつが≪百花百草図屏風≫(重文)。金地の屏風に90もの草花が描かれる。

・≪石山切≫ 貫之集下 藤原定信筆、伊勢集 伝藤原公任
思えば、徳川美術館に通うきっかけになったのが≪石山切≫の特別展であった。ここで、初めて料紙の美しさを知ったのだった。最後に≪石山切≫が出て来て、ほっとした。日本古来の書作品には人の心を包むような優しさを感じる。

やきものも、≪黒織部茶碗 銘 冬枯≫(重文)などあったが、名宝の集中砲火を浴びて、最後には感覚が麻痺してしまった。


これだけ作品数が多いので、音声ガイドを借りて主要な作品の解説を聞き、ちょっと気になった作品だけ解説を読むようにすると良いと思います。全部の解説を読んでいたら、時間がいくらあっても足りず、疲れてしまいますのでご注意を。

*11月7日まで開催中。超重量級の展覧会です。オススメします。

「尾張徳川家の名宝」 その2 蓬左文庫

前回の続きです。
徳川美術館新館の第一展示室~第五展示室の作品数は全部で136点。通常、博物館・美術館で開催される特別展でも136点は多い方だと思います。更に、第一展示室に足を踏み入れた時から、美術館側の気合いを感じ取り、観る側(私)もいつになく気合いが入った鑑賞となりました。その結果、第五展示室を観終わった段階で疲弊、かつ、空腹に気付き、次の蓬生文庫の展示を観る前に、昼食を挟むことに。

実は、徳川美術館には既に何回も訪れていますが、カフェしか利用したことがなく、今回初めて館内日本料理店「宝善亭」を利用することにしました。
まだ時間が早かったので、私が一番乗り、すぐに他のお客様も入って来られたので、土日は早めに行かれた方が良いかもしれません。
注文したのは旬小箱 (握り寿司)お吸い物・デザート付 2,500円 こちらは事前予約なしでいただけます。
握り寿司が白飯にすれば1950円となりますが、個人的には握り寿司をお薦めします。男性には、やや物足りないかもしれませんが、私には十分。少しずつ色んなお料理をいただけるのが魅力です。
詳細は、徳川美術館のWebサイトをご覧ください。⇒ http://www.tokugawa-art-museum.jp/info/restaurant.html

さて、エネルギーも充電した所で蓬生文庫へ。
徳川美術館と蓬生文庫は館内でつながっていますが、蓬生文庫は名古屋市の施設。尾張藩の書物倉である「御文庫」の創設がはじまりで、昭和25年に名古屋市へ移管されました。

この御文庫の展示品も毎回とても楽しみにしていますが、やっぱり今回は特別でした。
蓬左文庫展示室には、全部で64点、うち重要文化財は24点と3分の1が重文という割合!

以下、印象に残った作品です。

・≪葉月物語絵巻≫ 絵-平安時代 詞-鎌倉~南朝期 (重文)

・≪源氏物語絵詞≫ 鎌倉 (重文)
白描の美しさを堪能できる逸品。私は国宝よりこちらの方が好きかもしれない。女性の黒髪は、上村松園の美人画を思わせるような艶やかで一本一本丁寧に描かれている。

・≪西行物語絵巻≫ 鎌倉 (重文)
状態が非常に良い。朱赤の鮮明さに驚くとともに、非常に美しい画面。

・≪源氏物語画帖≫ 土佐光則
土佐派の繊細な描写に、毎度のことながら超絶技巧だと感心しきり。

・≪重之集≫ 伝藤原行成 (重文)
藤原行成は、日本の古筆で一番好き。今回の作品は「伝」付なので、行成ではないかもしれない。が、作品を見る限り、行成らしい優美な書体。

・≪続日本紀≫、≪斉民要術≫ (いずれも重文)
他にも複数の古典籍が並ぶ。≪続日本紀≫は現存最古、≪斉民要術≫は中国最古の農業に関する書物。

・≪刺繍阿弥陀三尊来迎図≫ 鎌倉 (重文)
蓬生文庫展示室作品の中ではマイベスト。これは実に素晴らしい仏画だった。作品名で分かるように刺繍の仏画作品(繍仏)。類例の≪刺繍釈迦阿弥陀二村像掛幅≫(重文)を大阪の藤田美術館で観たことがある。時代も同じ鎌倉で、当時は刺繍で仏画を制作する流行があったのだろうか。手の込んだ刺繍には舌をまく。しかも状態が良いのが素晴らしい。阿弥陀の髪は、人毛が使用されているが、それも藤田美の繍仏と同じ。表装ももちろん刺繍。勝手な推測だが、制作者は同じだったりするのだろうか。

・≪紫紙金字金光明最勝王経≫ 奈良 (重文)
紫紙の色合いが深い。類似作品は何度か観ているが、徳川美所蔵作品は状態が良い。金字もくっきりはっきりで、剥落はなし。

・≪法華経普門品≫ (重文) 平安
装飾経の白眉。これ観られただけでも来た甲斐がある。

・≪龍図≫ 陳容筆 (重文) 南宋
これは過去に一度2008年の徳川美術館特別展「室町将軍家の至宝」で観ている。記憶が明確なのは、あまりの大きさと迫力に記憶が残っていた。陳容の自賛あり。これがまた良い書。

・≪虎図≫ 伝牧谿筆 重要美術品 南宋
龍と虎が横並びに展示されているのも前回観た時と同じ。仲良くいつもセットで並ぶ。落款に牧谿とあるが、他の真筆とされる作品との比較から別人の手によるものと考えられている。かなり邪悪な目つきの虎が怖い。

・≪菊鷺文白密陀彫文庫≫ 明
・≪梔子連雀文堆朱盆≫ 元
徳川美術館所蔵の堆朱作品の質の高さとコレクションの充実ぶりはすさまじいものがある。国内屈指ではないだろうか。他にもあっちでもこっちでもこれらの南宋~明までの工芸品が展示されている。上記は前者がずば抜けて手間のこんだ作品であること、後者は梔子と雀のバランスの良さが気に入った。

次回は最終回です。つづく。

「尾張徳川家の名宝」展 その1  徳川美術館

徳川美術館で開催中の「尾張徳川家の名宝」展に行って来ました。

現在、名古屋では「ミュージアムトライアングル」と題して、先日アップした名古屋城での「武家と玄関 虎の美術」展、名古屋市博物館では「変革のとき桃山」展と今回の徳川美術館「尾張徳川家の名宝」展、三館連携の企画を行っています。
特典として、
(1)3つの展覧会について、いずれかの展覧会入場券を呈示すると、団体料金で観覧できる(各展覧会会期中の身有効、一葉一名限りで他の割引券との併用不可)。
(2)3つの展覧会図録がどの展覧会のショップでも購入できる。
などなど。公立美術館と私立美術館の連携はとても嬉しい試みで、各館とも力の入った特別展で名古屋開府400年記念で盛り上げようという意気込みが伝わって来ます。

さて、本展は名古屋開府400年を記念し、かつて尾張徳川家に所蔵されていた作品、明治時代以後、売り立てられたり贈与された作品も併せ、尾張徳川家伝来の名品を一挙に公開するものです。
徳川美術館の至宝である国宝「源氏物語絵巻」や国宝「初音の調度」(初音の調度は次回展で全点公開予定)の出展はないものの、展示替えなしでほぼ全点の名品が見られる貴重なチャンス。これだけ出そろうのは平成15年(2005年)の開館70周年記念展以来、しかしこの時は前期・後期で大幅な入れ替えあり、ではないでしょうか。

メガトン級の展覧会であることは、国宝9件、重要文化財46件を含む約280点を展示していることでも、お分かりいただける筈。
作品リストはこちら(PDF)
本当に凄いのは、上記作品リスト以外にも特別出陳として伝牧谿≪柳燕図≫(重文)、≪寒山拾得図≫天游松谿筆(重文)などの作品が展示されていることです。
しかし、それがどこにも案内されていない、奥ゆかしいのか何なのか。。。

感想は2回か3回に分けてアップします。
今回は「伝来の名品」(徳川美術館 新館展示室)編です。

第一展示室
通常なら、常設展の展示スペースも、今回はいきなり特別展仕様。作品リストもいつもは常設展示室単位でバラバラなのに、特別展として一つにまとまっている。この方が見やすいし使いやすいので、できれば今後もそうして欲しい。
武具や刀剣類の展示室なのだが、ここで≪唐子文染付徳利≫明時代が展示されていたので驚いた。
移動用の蓋まで付いていて姿も美しくすっきりとしている。
≪火縄銃≫三種類。銃身を飾るマリア像の象嵌や人面図(アポロ)、唐草文から大陸伝来のものであることが分かる。
≪銀溜白糸威具足≫は華麗で、金でなく銀である所がカッコイイ。
また、刀剣類7点はすべて国宝。徳川美術館の刀剣は一度も研ぎに出しておらず、江戸時代の研ぎの様子が分かるのだそう。

第二展示室
このあたりから既に壊れて来る私。茶道具の名品に加え、床飾りとなる絵画も玉澗≪遠浦帰帆図≫南宋~元(重文)、伝牧谿≪洞庭秋月図≫南宋などが出てくる。
墨蹟も重文2点、与徳惟禅者偈≪虚堂智愚墨蹟≫は古銅砧形花生と合わせて展示されていて、枯具合が何とも良い感じ。わびた感じと言ってしまうと身も蓋もないが、「詫び」という言葉がピタリと来た。

茶碗では≪黄天目≫南宋(以前から、これは好き)、≪白天目≫大名物・室町などなど。唐子モチーフも2点あった。
そして、極めつけは≪竹茶杓 銘 泪≫千利休作。古田織部が利休の位牌代わりとした有名な茶杓で、もちろん織部が制作した竹筒もすぐそばにある。

第三展示室
(書院)
この部屋には、実際に書院スペースが設置されていて、棚は電動式に開閉する仕組み。
書院の設えを楽しむ趣向。よって、設え重視のため、鑑賞位置から離れた作品はとても見づらい。単眼鏡は必携。
軸物は≪布袋図≫伝胡直夫筆・名物(重文)。明時代の文房具や堆朱盆などなど。
≪盆石 銘 夢の浮橋≫は、何度か見ているがいいな。小宇宙を創っている。

(鎖の間)
書院と反対側に位置するのが鎖の間。
一休宗純墨蹟≪初祖菩提達磨太子≫室町時代は、家康所要の品。
そして、ここでもう1点素晴らしい茶杓が出ていた。≪竹茶杓 銘 虫喰≫千利休作。虫喰のような節に空いた穴があるため、虫喰の銘が付いたもの。
前室の「銘 泪」と通常同時に展示されることはない。
この他、古備前水指、灰被天目など茶道具と文房具など合わせたしつらいになっている。

第四展示室
室内に能舞台がある広い展示室。能衣装や能面など能にゆかりのある作品を展示。
ここでは、能面5種に注目。室町時代の≪黒式尉≫伝越智吉舟作が印象的だと思ったら、屈指の名品だそう。
への字の目が笑っているようで笑ってない気がして怖かった。

第五展示室
江戸時代の絵画や工芸を展示するスペース。
≪遊楽図屏風(相応寺屏風≫八曲一双(重文)。人物表現など極めて精緻で面白い。じっくり見ていると時間があっという間。
この他≪歌舞伎図巻≫(重文)、≪本多平八郎姿絵屏風≫(重文)あり。
工芸では菊折枝蒔絵茶弁当一式のお道具が素晴らしい。こんな豪華な茶弁当道具で、野点したら絶対楽しい。
炭でお湯を沸かすことができ、湯気を逃がすため煙突らしき穴も開いている。

以上、新館はここまで。
次回は、蓬左文庫展示室です。

*11月7日まで開催中。

あいちトリエンナーレ 七ツ寺共同スタジオ 高嶺格「いかに考えないか?」

あいちトリエンナーレの七ツ寺会場に行ってきました。
10月10日~10月17日の14時~20時までの期間限定で高嶺格「いかに考えないか?」を開催中です。

高嶺格と言えば、来年早々に横浜美術館での個展開催が予定されている人気アーティストの1人です。
現在、金沢21世紀美術館においても長期インスタレーション「Good House, Nice Body~いい家・よい体~」を展開中で8月に短時間ですが拝見した所、2005年の「鹿児島エスペランサ」をわずかに感じさせる「家」がテーマの映像インスタレーションでしたが、会期は来年3月21までと長期間なので現在進行形です。
私はこの1~2年の間にARATANIURANOでの個展「スーパーキャパシタ」や丹波マンガン記念館で制作された作品の一部を東京藝術大学美術館で観た程度。
今回、七ツ寺会場で手渡されたA4四つ折りのパンフレットに「高嶺格自筆年譜」を読み中部地区に縁がある作家なのだと初めて知りました。

会場の七ツ寺共同スタジオで、2000年に「二パフ・日本国際パフォーマンス・アート・フェスティバル・名古屋公演」を客として訪れている。更に遡れば、1997NENに岐阜県立国際情報芸術アカデミーに入学し卒業、その後も5年間大垣で暮らしていた。

「いかに考えないか?」は七ツ寺共同スタジオの特性や高嶺に出品オファーした小屋主のニ村利之氏をテーマとした影を利用した映像+パフォーマンスが組み合わさった観客参加型作品となっていた。

舞台は液晶?スクリーンとなっていて、向こう側に2人のパフォーマーがいる。
観客席は階段式で座って鑑賞する。観客席とスクリーンの間に端末が設置されていて、ここで観客の1人がパフォーマーにやって欲しいことを入力し、入力が終わると、機械音声が入力内容を読み上げる。BGMとして舞台袖にキーボード奏者が控え常に演奏する。

例えば、「すもう」と入力すると、音声読み上げと同時にスクリーン上にも「すもう」の文字が踊る。パフォーマーの2人がいきなり指相撲を始めたのは可笑しかった。
スクリーンに映る影は鮮明な黒であったり、明るい色彩に変化したり画面を観ているだけでも楽しめる。色彩の影は、オラファー・エリアソンの金沢での個展デ観た影が増殖する作品を思い出した。

恐らく観客はパフォーマーの動きを観つつ、今度何をやってもらうかを考えてしまうのではないか。タイトルとは裏腹にふと気付くと常に考えてしまう自分を認識する。
そして、パフォーマーが観客の指示にどういった反応、動きをするのか、についても自然と考えてしまうのだ。更に更に、自分以外の観客が入力装置の前に立った時、この人はどんな指示を出すのだろう?と推測する。となると三重の思考の罠が仕掛けられていることになる。
敢えて考えないか?と提示しておきながら、これがトリッキーな仕掛けであるように思えてならなかった。

パフォーマーは顔写真付でパンフレットに掲載いされているのが、高嶺、二村氏含め7名。名前だけ掲載されている方が約5名。

あいちトリエンナーレはパフォーマンスアーツやビジュアルアーツにも焦点を当てているのが特色だが、あいちトリエンナーレらしい作品になっていることは間違いない。

お近くの方は夜にふらっと行くのが良さそうです。ライブ感覚でパフォーマンスと映像を同時に楽しめる異色作です。

10月15日(金)20:30~ 作家を囲んでのトーク「考えるということ」が開催されます。
出演:高嶺格、建畠晢、ニ村利之

*期間限定ですのでお見逃しなく。

あいちトリエンナーレ 納屋橋会場その2 ヤン・フードン

地元に帰って来たので、あいちトリエンナーレを再訪して来ました。

今回は、8月に映像機器が不調で上映中心になっていたヤン・フードン(楊福東)の映像インスタレーションと同じく機械不調だったスン・ユァン&ポン・ユゥ、そして奥まった展示室にあったため、前回気付かなかったカーメン・ストヤノフの映像と絵画作品の展示についての感想です。

ヤン・フードンを初めて知ったのが、愛知県美術館で開催された「アヴァンギャルド・チャイナ」展で最後の展示室で8面スクリーンを使って上映された《断橋無雪》2006年。モノクロでレトロな静謐な空間は、それまでの過激なパフォーマンス作品から離れほっと一息付け、ぼおっと映像に見惚れた方も多いのではないだろうか。

この作品で、私の記憶にヤン・フードン名前が刻み込まれた。
そして、原美術館の個展開催。《竹林の七賢人》をはじめ新作《将軍の食卓》など、存分にその力量を知る事ができた。

納屋橋会場は元ボーリング場であった建物で、ヤン・フードンの作品は3階の恐らく実際にボーリングレーンがあった広大なスペースで展示されていた。
ヤン・フードン作品は、土曜と日曜の週二日、計3回のみ上映されているが、その理由が作品を観て漸く分かった気がした。

3階に案内され、順番に中に入るとだだっ広い空間に9つのスクリーンとそれらに対応した2台1組の35mm映写機が点在している。大勢詰めかけたら、全員入場できるのか?という不安は杞憂であった。
軽く500入は、入ることができそうな空間。
どこに立っても9つ全てのスクリーンを一度に目にすることはできない。うまくスクリーンをバラして配置している。
何も映し出さなくても、既ににこの空間にがインスタレーションだった。

映像は9つのスクリーンそれぞれ異なるが、同じシーンを繰り返している。フードンは、フィルム崇拝者なのだろう、これだけ手のこんだことをしながらフィルムで作品を上映することを貫き通したのだから。映写機を使用するには、当然映写オペレーターが必要だ。
オペレーターは4人~6名で運営、フィルムは9作品のうち8本が約20分2巻で残りが10分2巻とのこと<名古屋シネマテーク通信NO.339より>。このため10の映写機のフィルムチェンジに忙しく、オペレーターの方が小走りになっているのを見かけた。

上映時間は35分。突然サイレントフィルムが一つのスクリーンで始まり、順々に他のスクリーンでも開始される。
どのスクリーンを観るか迷うけれど、すぐに濃厚なキスシーンが始まった画面に目が釘付けになる。
半分程度が男女のからみを様々な場面展開で観せる。
舞台は旧租界ではなかろうか。古き良き上海の面影があった。
そうかと思えば、2つのスクリーンで格闘シーンがあり、トンボ返りやアクロバティックな活劇シーンが始まり、こちらは香港映画を思い出す。

ひとつひとつのスクリーンを観て行くのもよし、複数のスクリーンを同時に観るも良し。複数の映像の重なりを観るのもまた作品の楽しみ方の一つだろう。じっとしていてはすべての映像を鑑賞うできないので、観客は思い思いに場を変えて作品を鑑賞する。動く観客と動かないスクリーンの関係が斬新で両者の関係性さえ曖昧になっていくように感じた。

ドラマチックなストーリーは、音声なしでも充分、むしろない方が良い位で、セリフなしでもストーリーが浮かび上がるような刺激的かつドラマティックな場面を創り出していた。
ちょっと崩れた感じの女と男の絡みで、あるスクリーンの男性は女性を片手に抱きながら、その目はまるで感情がこもっておらず、遠いどこかを見つめていた。凍るような視線だった。

どのスクリーンも各スクリーンの映像を繰り返すのだが、微妙に役者や衣装が変わっていたり、ちっとも飽きることがない。

ノスタルジーと退廃と淫靡で甘美な世界を堪能し、あっという間に終了の時間がやって来る。始まった時と同じように、一つ一つのスクリーンの上映が突然暗くなるのだった。

スン・ユァン&ポン・ユウのインスタレーションは、舞台装置のような2階の窓から約2分間隔で雑誌か本が1冊ずつ落ちて来る。これは、この本が落下するシーンが鍵。装置の状態が戻って本当に良かった。

カーメン・ストヤノフは、同郷のブルガリア出身力士の琴欧州に差し入れ料理を作って行く過程を映像化した。
料理番組を観ているようで、これはこれで楽しい。室内には琴欧州のポスターとペインティング2点。キッチンもセットされている。

ヤン・フードンはこの会場ならではの作品を見せてくれた。

*10月31日まで開催中。土曜日:18時、日曜日:13時、16時開始
注:ヤン・フードン作品は土日限定で祝日は上映しません。

「武家と玄関 虎の美術」 名古屋城天守閣

名古屋城特別展「武家と玄関 虎の美術」に行って来ました。

かつて名古屋城本丸御殿の玄関は、勇壮な虎図襖で飾られていました。開府400年を迎え、現在本丸御殿の復元工事が 着々と進められているが、10月16日(土)から10月26日(火)までの間、玄関復元過程を特別公開し、これに伴い、虎の名画を集結した展覧会を開催するものです。
本展は、多彩な虎図により、武家と玄関における虎図の意義を探ります。

いやはや、もうこれはビックリ仰天の凄い特別展です。
私の知りうる虎の名画はほぼ全て集結し、更に初公開の虎図も複数あって、よくこのスペースに収まったものだと感心しつつ、グルグル会場を回ってしまいました。
名古屋城天守閣2階は回遊型なので、好きなだけグルグル回れます。
一部作品に展示替えがあるため、一度に展示される作品数は、40点弱ですが実際拝見すると、もっと沢山あるような気がしました。屏風はニ曲一双、六曲一双と対になっていたり、12面、4面と複数面の屏風絵が中心なので、非常に見ごたえがあります。

展覧会の構成は次の通りです。
1.異国の霊獣
(1)天の龍、地の虎
(2)吉祥と虎
2.巨大な虎と龍  大画面虎図の誕生
3.入口を守るもの   玄関虎図の成立
4.さまざまな虎
5.虎図襖の帰結
(1)いのり、祀る
(2)御所、御寝の間の虎図

いつもは印象に残った作品を挙げるのですが、印象に残らなかった作品の方が少ないというか全部良かった!
仕方ないので、ここではマイベスト3を挙げてみたいと思います。

1.海北友松   「雲龍図」 建仁寺本坊方丈下間ニ之間北側・東側襖絵  
北と東を龍と虎で守ります。この襖絵の大きいことと言ったら。左右で一体何メートルあったのか。
画面が暗雲、黒雲で覆われ、そこからクローズアップした龍がどど~んと目一杯の存在感を示し、片側には虎図が。そもそも本展の主旨は虎図の検証なのに、なぜか龍に目がいってしまう。それ程までにど迫力大画面。無論、この作品は2章に展示されている好例でしょう。
長椅子が作品の前に置かれているので、暫く見惚れていました。

2.長谷川派 「竹虎図」   禅林図釈迦堂虎間南側襖絵   
永観堂禅林寺の「竹虎図」は一味も二味も違います。
これだけの虎図の中で、かなり個性的な作風で、長沢蘆雪、曽我簫白とまた違った個性。しなやかなアヴァンギャルドと名付けたい。尻尾が長くて、黒の線と躍動的な虎のポーズは他の作品では見られません。

3.土佐光文 「竹ニ虎図」 京都御所御常御殿御寝の間北側襖絵
寝室を護る代表格はこの作品。向かって右(右隻)の正面を向いた虎の福々しいこと。顔はなぜか扁平なので、扁平虎と名付けたい。
御所を飾っただけあって、金地の豪華な襖絵で、上下は白雲で覆われる。

この他ユニークな虎としては、
・単庵智伝 「竜虎図屏風」慈芳院  六曲一双  ⇒  ひょうきんな表情
・「虎図屏風」 六曲一双  今治市河野美術館 ⇒ 情けない表情
 この作品は、館外初公開作品。こんな情けない表情を浮かべていては武家を護ることはできなさそう。
もっとも、相手を威嚇するだけでなく、主君に手なずけられている様子を描くことで、逆に風格を見せる場合もありとのことなので、上記は後者の例なのかも。

久々の再会を果たした虎たち。
・長澤盧雪  無量寺 「龍虎図」
今回は龍も虎もやってきました。二つは本来向かい合わせで使用されていた。
・円山応挙  金刀比羅宮表書院襖絵  「遊虎図」
左端の白虎が何度観ても寸詰まりで愛らしい。
・狩野山楽  唐師子図屏風   本法寺
・猛虎図   正伝寺
若冲の模写のオリジナルがこちら。

・雪村 「鍾馗虎図」 個人蔵
・龍虎図屏風  七宝庵コレクション (10/24まで)
・学画巻   個人蔵
・虎縫陣羽織  犬山城白帝文庫蔵

まだまだ沢山あります。
ここでは、構成と作品を考慮せず記載しましたが、実際展示を順に観て行くと、虎図が霊獣として大陸から伝わり、吉祥モチーフとしてあるいは、武家を守護するものとして日本に古くから浸透したものだということが理解できます。

また、今回は普段レプリカ展示の名古屋城本丸御殿の襖絵「竹林豹虎図」や腰貼付の重要文化財が名古屋市博物館を出て里帰り展示されているので、この機会をお見逃しなく!
貼付は2階ではなく1階展示室に展示されているので、くれぐれもお忘れなくご鑑賞ください。と書いている自分が気付かずスルーしてしまいました。

*11月7日まで開催中。巡回はありません。
展示替え作品は名古屋城公式サイトをご確認ください。

「宇野亜喜良展 AQUIRAX」 刈谷市美術館

刈谷市美術館で11月3日まで開催中の「宇野亜喜良展 AQUIRAX」に行って来ました。

宇野亜喜良さん(以下敬称略)のお名前に覚えがない方も、きっとどこかで彼が手がけた「本」の挿絵や表紙絵、ポスターや絵本を見かけているんだと思います。

私も自分が見て来た挿絵や表紙絵を描いていたのが宇野亜喜良というお名前だと知ったのは、割合最近のことでした。
そして、自分が親しんだイラストやデザインを手がけた方が名古屋市生まれだと知って驚き、また嬉しくもありました。

本展は、1950年代から現在まで長年取り組み続けている「本」のデザインをやイラストレーションを中心に、これまでの仕事の全体像を紹介するものです。絵本減がをはじめ、各種ポスター、雑誌、新聞の挿絵原画、アニメーションの上映を含め約400点の展示を通じ、進化し続ける宇野亜喜良の過去から現在、そして未来までをも展観します。

本展の開催を知った時から今日までずっと待ち遠しく思っていた展覧会だったが、期待以上に充実した展示で、気が付けば二時間半も美術館にいた。実際、時間がもう少しあれば併設の佐喜知庵で、お抹茶と展覧会に因んだ特製「ピンクの薔薇」の和菓子付(300円)をいただいて3時間コースになっていたと思う。

たまたま訪れた日が木曜日の12時半頃。13時からは担当学芸員によるギャラリートークに参加することができた。
以下展示構成やギャラリートークの内容を踏まえつつ本展を振り返る。
展示構成は、
?.1950ー1959
極々初期の作品、恐らく宇野が画家を志し始めた頃のデッサンや自画像は2階の展示室外の壁に貼られた年表横に6点程展示されている。それらは、最後のお楽しみとしてとって置くことにして、冒頭は「カルピス広告」の原画1956年と1959年の2種。1956年カルピス工業に入社し、同社の広告課に配属されていた頃の作品。
これら初期の作品では、女の子の口許に注目して欲しい。
口角がキュっと上を向いていることが分かる。まだ、メルヘンちっくで愛らしいけれど、宇野亜喜良特有のエロチックな雰囲気きは全くない。

同時に初めて手がけた絵本は『どうぶつ えとおはなし』1957年頃で、これ程早くから絵本に携わっていたとは知らなかった。
展覧会を通して、一番の驚きは彼が相当数の絵本の挿絵を手がけていたことだった。

1959年に、カルピスを退社し、フリーのデザイナーとなる。
同年、彼の初期代表作とも言える「越路吹雪リサイタル」パンフレット、ポスター類をシルクスクリーンで制作。
シルクスクリーンを使用することで通常の印刷に比べ、よりしっとりした印象を受ける。既に、この一連の広告作品において、宇野亜喜良デザインとすぐに分かる特徴を見出せる。ちょっと切れ長で大きな瞳。寂しげな表情。特にポスターの構成は杉浦康平であったことにも注目。杉浦康平もまた気になるADの1人。

?.1960ー1969
ついに広告黄金期とも言える60年代到来。
ここからは行け行けドンドン状態とでも言うか、旭化成工業の「カシミロン」ポスターや雑誌『母の友』『新婦人』の表紙を担当するなど八面六臂の活躍を見せる。

中でもぐっと来たのは『ONDINE』ポスターと本。細江英公の写真(モデルは江波杏子)と宇野のイラストとのコラボレーション作品で、1963年とは思えないカッコ良さである。思わず持って帰りたくなる衝動に駆られた。危険。
コラボ作品として他に、横尾忠則と文章を梶祐輔が担当し、赤と青のセロハン紙を差し込んで、2人のイラストを交互に楽しむ企画本を作り出した。

「マックスファクター」の広告もシビれるが、この章で個人的に一番興味深かったのは3本の映像作品であった。
後にも先にも宇野の作った映像はこの3本のみ。全てを展示室内のモニターで上映している。全部観ると約24分必要だが、これは必見。
「白い塔」⇒ 「お前と私」 ⇒ 「DON(午砲・ドン)」の順に制作。
「白い塔」1964年は、白い紙にブリューゲルの版画を彷彿とさせるような魚などのモチーフが登場する幻想的作品。
「お前と私」はボディーペインティングを使用した実写。これが一番良かったと思う。
「DON」1966年は、切り絵によるアニメーションで、原画も展示されている。
しかし、宇野にとって納得の行くような出来栄えではなかったのか、キャプションによれば「アニメーションの動きを計算できない」と「DON」を最後に映像から離れる。

他に目を引くのは『近代建築』の表紙絵で、人物を排除した静物画。シュルレアリスム作品のような雰囲気を湛えていた。

また、同時並行で童話作家の今江祥智とのタッグで絵本が出版される。今江から立っての希望で実現した。今江に宇野を紹介したのが、和田誠だったというエピソードも納得。
以後、今江・宇野コンビの絵本は次々と世に生まれる。

次に演劇分野の広告にも携わる。
中でも、寺山修司と組んだポスターがまた妖しい魅力が溢れていた。
2階展示室では、傾向塗料が 使用されたポスターの発色を確かめてもらうため、特殊な照明のもとポスター8枚を鑑賞できる。

寺山の脚本完成より、ポスター校了のタイミングが早かったため、内容も知らされぬままポスターを描き、それを気に入った寺山が舞台演出にポスターに描かれた女性のポーズと同じ動きを役者にさせるなど、宇野の舞台に対する感覚はこの頃形成されていったのかもしれない。

今では、宇野が舞台構想まで練るというから、とても76才とは思えぬパワーだ。

?.1970ー1989
1970年代に入っても寺山とのコンビは続き『週刊新潮』に掲載された「人間を考えた人間の歴史/キリスト、シェークスピア。ヒットラーなど2人が考える人物像の違いがそのまま本人達の人となりを表しているように感じた。
学芸員さんのお気に入り作品が上記のキリスト作品として紹介された。

1970年代には益々芸域を広げていることを感じた。
これまでの下睫毛の長い潤んだ瞳の女性から、時代劇の挿絵で」見せるようなきりっとした線や筆遣い。

そうかと思えば、「かくし絵どうわ」シリーズで見せるユーモラスな童画、雑誌『アンアン』表紙で見せるコラージュなど、これも好き、あれも好きで
、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。好きな作品の前でウロウロしてしまった。

?.1990ー2010
最終章では、やはり芝居に関する仕事に注目した。
コクーン歌舞伎やINAXギャラリーで先に展覧会が行われていた人形劇一座「結城座」の舞台装置や人形デザインまでも手がける。

イラスト作品では、抒情的な雰囲気を極力抑えて、客観的な感じを出すイラストへと作風も変わっている。
強い特徴が排除されることで、より作風の幅が広がっていることは間違いないが、それでも宇野作品と分かる、官能的な感じは決して損なわれていない。

最終章の一番のお気に入りは、『中日新聞・東京新聞』連載の新聞小説挿絵「奥の横道」の原画が素晴らしかった。
特にブロンジーノに範を取った作品やツィッギー、ジェーン・バーキンをモデルに描いた作品はマチエールもニュアンスもモデルの特徴をよく捉えている。

図録は、あっと驚くような黒いベルベットの装丁で表紙を開くと、右下に浮き字の印刷で宇野のサインAquiraxと入っている豪華版。
これだけ凝っていれば、3000円も見合った値段だと思う。

なお、10月24日(日)14時~15時半 於:刈谷市中央図書館にて、宇野亜喜良の講演が開催されます。先着200名、聴講無料。

展覧会の初日イベントとして開催された「ライブ・ペインティング」では僅か40足らずで壁一面にイラストを描き上げたそうです。
本職とは言え、非常に描くのが早く、それもあって非常に作品の多いイラストレーターだとのことでした。

また、宇野をイラストレーター、絵本画家などと肩書を決められたくないというのも強い希望。
確かに、本展を見れば分野を問わず活躍する姿が浮かんで来る。
まだまだ、これからなのだ。

本展の巡回はなく刈谷市美術館の単独企画。あいちトリエンナーレや近隣の豊田市美術館などと絡めて楽しむこともできます。

*11月3日まで開催中です。オススメします。

「天狗推参!」 神奈川県立歴史博物館

天狗

神奈川県立歴史博物館で10月31日まで開催中の「天狗推参!」に行って来ました。

天狗と言えば、あの鼻のたか~い異形の姿を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
しかし、天狗はいつの時代に、どこから来たのか、最初から鼻高だったの?と天狗の歴史について、詳細はと言われるとはたと考えてしまいます。

本展は、この天狗にスポットを当てて変幻自在のイメージを絵巻や舞楽面、浮世絵など、国宝、重要文化財を含む約150点から探り、その魅力と謎に迫るものです。

観終わってみて、目から鱗がポロポロ落ちると申しましょうか、「えっ、そうだったの!」と改めて知る事実も多く充実した展示資料+各資料の適切なキャプションや解説パネルなどによって、展覧会を出る頃には、ちょっと天狗に詳しくなった自分がいました。
ここ最近拝見した展覧会の中では、個人的に「岡崎和郎展」に並ぶヒット。「この秋、博物館にテングが大集結!!」のキャッチそのままの盛り沢山な内容です。

展覧会の構成は次の通り。
第1章 天狗推参! -中国から天狗がやってきた!?-
第2章 魔界転生 -外法と集合する天狗たち-
第3章 天狗のかたち -鼻高天狗の登場-
第4章 江戸時代の天狗 -天狗への眼差し-
第5章 天狗信仰の広がり -天狗の民俗的世界-

展示作品リストや学芸員さんによる「天狗推参!の魅力に迫る」と題した記述等が神奈川県立歴史博物館の公式WEBサイトに案内されています。ぜひご参照ください。
http://ch.kanagawa-museum.jp/tenji/toku/toku.html

私が感じた本展の見どころです。

1.天狗の歴史がわかる!
司馬遷著「史記」、「大鏡」「日本書紀」など古くからの歴史書には天狗の原型である「流星」そして「天狗」の文字がはっきりと記されている。
古文書など読みこなす能力はなくとも、KEY WORDについては⇒で指し示されていて、すぐに見つけ出すことができる。「流星」という文字から受けるイメージは、とても格好良く怪しさはかんじないのだが、中国でも悪さをする存在として扱われていたのだろうか。

古来天狗は僧侶の修行を邪魔する怪しい秘術を行う存在とされていた。仏画にも半人半鳥の姿で登場する。
しかし、天狗は山に住む鎌倉時代あたりから徐々に山岳修験と結びつき、信仰の対象になるが、怪しい存在がいよいよ神格化し意味づけが逆転してしまう所が実に面白いと思った。
こんな所に、日本らしさ、山岳信仰の強いお国柄が表れているように感じる。

天狗の「狗」には、狐の意があり、今のような狐に羽が生えたような天狗の図像もあり、これまた興味深い。

2.天狗の造形の秘密がわかる!
天狗の鼻高は当初日本に中国から伝わった時ではなく、桃山・江戸期以後にはっきり強調されるようになっている。元々は行道(仏道を修行する過程)において先導をつとめる猿田彦の系譜に連なる。
参考資料として法寺をはじめとする平安時代の「舞楽面」などを展示。「天狗面」という名前ではっきりと存在を表し始めるのは、本展資料では室町時代のものが最古だった。時代が新しくなるほど、赤い顔の鼻の高さが強調されず造形面となる。この面や造形の変遷を探って行くのも楽しい。

3.天狗を民俗学的な視点で考える!
修験道と結びついた天狗は、やがて権現様として各地の神社で祀られる。最終章の第5章では、天狗信仰の広がりの一例として、高尾山や茨城県の大杉神社などの資料を紹介している。巨大な絵馬に描かれた天狗は実にダイナミック。御札などご存知神社グッズの中にも、天狗がロゴのように使用されていた。

ここでの一番の驚きは「天狗の爪」。もっとも大きいものは清浄光寺(神奈川)所蔵のもので、およそ10センチ以上あった。爪の実態は化石なのだが、民俗学的視点でみる天狗には愛着がわいてくるのが不思議だ。
最終章ではないが、「浮世絵に観る天狗」をテーマにして広重、国芳、芳年等の天狗を描いた作品を展示替えで2期にわたって展示する。江戸時代に生きる人々の間にいかなる姿で、天狗が捉えられ、伝わってていたかを改めて振り返る。

「天狗」をテーマにして各方向から掘り下げた意欲的な展覧会で大変良かった。

観に行った日は、時間に余裕がなくキャプションのすべてを読み切れなかったのが実に残念。私のつまらない駄文では表現できていない魅力がたっぷり詰まった展覧会なのにもどかしい。

理解不十分な点も多々あるので、じっくりと会期末の10月末までに再訪したい。
なお、展示作品の一部に展示替え、期間限定の展示作品があるのでご注意ください。

*10月31日まで開催中。巡回はありません。オススメです!

「岡倉天心と日本彫刻会」 小平市平櫛田中彫刻美術館 はじめての美術館77

tanaka

小平市平櫛田中彫刻美術館で開催中の『岡倉天心と日本彫刻会‐日本木彫の「伝統」と「革新」‐』に行って来ま
した。
美術館の公式サイトはこちら

平櫛田中(ひらくしでんちゅう)は、1872年岡山県に田中家に生まれたが、10歳で平櫛家に養子に出される。本名は、平櫛倬太郎というが、生まれの田中家の苗字を通称として使用していたらしい(Wikipediaより)。日本近代を代表する彫刻家で、何と昭和54年に107歳という長寿に恵まれ、小平市には亡くなるまでの約10年間を過ごした。

小平市平櫛田中美術館は、この平櫛邸を広く後悔するため昭和59年に「小平市平櫛田中館」として開館。平成6年に点時間を新築し、旧邸と展示間の2館を美術館としている。平成17年に遺族から作品寄贈を受けたことを契機に、平成18年4月に現在の「小平市平櫛田中彫刻美術館」と改称された。~美術館リーフレットより~

木彫に関心を持ち始めた数年前から行ってみたいと思っていたが、漸く今回初訪問することができた。
JR中央線の国分寺駅で西部多摩湖線でひと駅、一橋学園駅南口を出て徒歩10分程度。一橋大学小平国際キャンパスに程近い。行ってみたら、意外と近く西部多摩湖線も10分に1本程度で運行されているので、中央線からの乗り継ぎもスムースだった。

2年に1回、隔年の秋に特別展が開催され、本年度は「岡倉天心と日本彫刻界」展を開催中。本展は、これまで取り上げる機会の少なかった日本彫刻会-日本で最初の本格的な彫刻団体-の作品を紹介し、岡倉天心の彫刻振興策を検証するものです。

日本彫刻会の名は、木彫が好きだの何だのと言っておきながら、今回初めてその名を知った。明治以後の近代彫刻家として著名な高村光雲(高村光太郎の父)の高弟である米原雲海、山崎朝雲、平櫛田中、加藤景雲、森鳳聲、滝澤天友ら6名により1907年、最初の文展が開催された記念すべき年に結成されている。

高村光雲には非常に多くの弟子がいたようで、彼らの名前には光雲の「雲」の一字が入っている。平櫛田中は、青年期に人形師のもとで木彫の修業をした後、1897年(明治30年)に上京し高村光雲の門下生になっているのだが、彼の名前には「雲」の一字が入っていない。1907年(明治40年)から1913年(大正2年)まで岡倉天心の指導を仰ぐ。「雲」の字が入っていないのは、私の勝手な想像だが、高村光雲の影響度が小さいことが理由なのかもしれない。

展示作品は、ホール、第1展示室、第2展示室、第3展示室、第4展示室、地下展示室、記念館など全部で約80点と想像以上に見ごたえがある。

平櫛田中の木彫は、東博を中心に他館でも見かけるが、彼以外の作家で名前を知っていた作家が一人もいないのは何とも情けない。しかし、他館で彼らの作品が紹介されることはあるのだろうか?私の記憶が頼りないだけなのか。
出品作家は以下の通り。
米原雲海、山崎朝雲、平櫛田中、加藤景雲、森鳳聲、滝澤天友、吉田白嶺、吉田芳明、平坂芳文、林美雲、山本瑞雲、下村清時、内藤伸、畑正吉、川上邦世、石本曉海、関野聖雲、中谷翫古、松尾朝春、太田南海、三木宗策、長谷川栄作、牧俊高、沼田一雅、西村雅之

近代彫刻家をすべて網羅している訳ではない、例えば、先日三重県立美術館で観た橋本平八も、同じく木彫制作が主体の近代彫刻家の一人だが、彼は「日本彫刻会」に参加していない。橋本の場合、平櫛より25歳年若く、やや彫刻会の活動に加わるには若すぎたか、もしくは橋本は佐藤朝山に師事しており、彫刻会に参加するきっかけや動機もなかった可能性が強い。
しかし、これだけ大勢の作家が何らかの形で「日本彫刻会」に絡み、一度は会員としてその名を連ねたことは、彫刻界の一潮流であったことは間違いないだろう。

印象に残った作家は次の通り。
・米原雲海 ≪仙丹≫1910年 東京国立近代美術館
雲海は、高村光雲の代表作である≪老猿≫1893年・東京国立博物館蔵は、雲海の代作と噂されるほどの腕前の持ち主で、光雲の信任も厚く、息子の光太郎の木彫指導を託される程だったという。
雲海の作は、この他個人蔵の≪竹取翁≫1912年や≪月≫1910年・島根県立美術館など、表情や動きの表現が実に自然で、滑らかな木肌の美しい作品が多い。
光雲の作品より線は細いように思えたが、小品が多かったせいもあるのかも。

・平坂芳文 ≪老農夫と孫童≫1919年 富山県庁、≪伝・中大兄の皇子≫1910年 個人
牙彫から木彫に転じた。
平坂の作品は上記2点しか展示されていないが、日本彫刻会の活動全体を捉えた研究がおこなわれることはなく、また消息の分からない館員が多く、作品の多くが散逸してしまった影響が大きい。今回の2点のうち個人蔵の一点は、本展開催を機とした新出品。
≪伝・中大兄の皇子≫は2階に展示されているが、実に凛々しくもあり格調高い。着彩なしの木彫で、木自体の美しさも作品からにじみ出ている。

・川上邦世 ≪女性立像≫1917年 個人、≪雲≫1915年 熱海市立澤田政廣記念美術館
彫刻会の作家中、もっとも個性的な作風を貫いていたのが、川上邦世だ。彫刻会にも短期間しか関わっていなかった。彫刻会を脱退後、フュウザン会(斎藤与里、岸田劉生、清宮彬、高村光太郎らで結成)に参加し、より新しい作風、表現主義というのか、≪女性立像≫はプリミティブな印象を受け、浮かんだのは「埴輪」だった。
他の作家は、光雲の薫陶を受けた作家が多いせいか、どこか皆似たような作風が多いので、非常に目立っていた。

他に平坂と同じく牙彫から木彫に移行した吉田芳明、中央の彫刻家同士の諍いに疲れ野に下ったというエピソードと彼もまた川上同様、青木繁の≪海の幸≫を彷彿とさせる≪五人の比丘≫制作年不詳 個人が忘れ難い。

日本画家の下村観山と兄である下村清時、両者の合作≪三番叟と稚松図≫大正中期も興味深い。

記念館(旧平櫛田中邸)は国立能楽堂の設計者・大江宏による書院造の名建築。建築を観るのもまた楽しい。
こちらには、田中の晩年の傑作≪鏡獅子≫1965年や個人的に好きな≪気楽坊≫1961年などが展示されているので、お見逃しなく。

玄関脇にある巨木は、田中が100歳で購入した20年後の制作のための材料だそう。
余人に真似のできない制作・生存エネルギーだと感心した。

*10月17日(日)まで開催中。会期中無休。10時~16時。ぐるっとパスが使用できます。
なお、本展は岡山県の井原市立田中美術館へ巡回します。

山田純嗣 新作展 「森の距離」 不忍画廊

SHINOBAZU GALLERY(不忍画廊)で10月23日(土)まで開催中の山田純嗣新作展 「森の距離」に行って来ました。
作品画像など詳細はギャラリーのWebサイトをご覧ください(↓)。
http://www.shinobazu.com/exhibitions/index.htm

山田純嗣さんの作品を初めて拝見したのは2年前の7月のこと。
そして、その翌年、つまり昨年の7月名古屋の中京大学・Cスクエアで開催された個展「絵画をめぐって-The Pure Land」で完全にKOされた。
以来、追っかけ続けて今日に至る。

八重洲のSHINOBAZU GALLERYで開催されている新作展を楽しみにしていた。
数ヶ月前から始められた作家さんのtwitter(アカウント:@Junji Yamada)上での呟きに時折、はさまれる制作過程の画像が「一体、今度はどんな新作が?!」と毎回期待させるのだ。

そして、ギャラリー内に入ってすぐ、≪BOAT IN FOREST≫5点組・2010年(98×300cm)の大作に釘付けになる。
何しろ私は「水」系モチーフに極めて弱い。
インド占星術によれば、前世は水辺に棲む生きものだったとか。
・・・とこれは余談だが、目の前にあるのは森の中の池がモチーフになっていた。
なぜか、『金の斧、銀の斧』や『ナルキッソスの神話』やら次々とお伽噺が脳裏に浮かぶ。
山田さんの作品特有の白い画面と丸みを帯びた立体-これは石膏で制作されている、が非現実的な空想世界であることを助長するのかもしれない。

傍らにあった椅子に腰かけてこの作品をじっくりと眺めることにした。
ギャラリーは大通りに面したビルの1階にあり外光が入る。近作で加えられるようになった僅かな画面への着彩、これは点描画のように点のような○でそっと置かれている。
キラキラとこの点が光り、ある角度から見ると、まるで点が存在していないかのように思われ、また別の角度、例えば屈んだりすると、パールのような虹彩を放つ色の点が現れる。
点の正体は車の塗装で使用されるパールペイントを主体にその他材料を混ぜて調合された山田さんのオリジナル。
真っ白だった画面に着彩するのに、かなり勇気が必要だということは素人でも分かる。

たまたま初日は作家さんがいらっしゃったので、お尋ねしてみると「やり直しは利かず、痕跡を消すことはできない。一発勝負。もとはと言えば、若冲作品のコレクションで有名なプライスコレクション展の際、照明の変化で屏風を見せていたことにヒントを得て、外光や観る時間帯によって作品の見え方が変化するような作品を作ろうと思った。夕方17時以後になるとまたぐっと作品の見え方が違います。」とのこと。

伺ったのは正午を過ぎたあたりだったので、この画面が夕暮れに包まれた状態は何とも気になる。

ギャラリーでは展示されていないが、昨日まで愛知県立芸術大学史料館で開催されていた「アイチ・ジーン」展では、今回展示されているもう1点の大作≪DISTANCE FOREST≫2010年(194×130cm)と共に、作品の基礎となった立体が追加で展示されていたそうだ。
山田さんの立体をこの目で拝見したかったのに・・・無念。

石膏立体で空想世界を一旦形にして、それを写真撮影し印画、更に凄いのはその後画面上にエッチングで紋様を描き、今回はもう1段階着彩にまで及ぶ制作過程は驚嘆に値する。
一つ間違えば、やり過ぎや失敗につながるが、慎重に試行を重ねて点描が≪Flowers≫シリーズでは花弁への着彩に到達。
僭越ながら、私は新しい一歩を心から称賛したいと思う。

作品を観る時、視点の移動についても意識すると作品をより楽しめる。
最初に自分の視線がどこへ向かうか、そして次にどこへ移るか、最後はどうするか。
まず、石膏のモチーフそのものか着彩に、そして空間構成や奥行き感に、最後に表面に付加された青銅器のようなエッチングの細かい紋様。

ギャラリーの最奥にそっと展示されている1点≪HANAKO≫2010年(40×40cm)にも惹かれる。
モチーフは犬小屋と一匹の犬で、他の作品と比較するとシンプルな画面。
これは、2001年9月11日に亡くなってしまった山田さんの愛犬「花子」の作品。
画面に対して、犬小屋と犬の大きさが小さ過ぎるようにも思えるが、このサイズが、記憶の中の「花子」を制作した現在に生きる山田さんと今は亡き「花子」の関係性を物語る。

来年2月23日~3月6日に豊田市美術館にて「アイチ・ジーン」展の一部巡回があり、山田純嗣さんの作品が出品されます。愛知県芸資料館とはまた異なる展示になるとのこと。楽しみにその日を待ちたいと思います。

なお、10月8日、9日、22日、23日は山田さんが在廊されています。

*10月23日(土)まで開催中。
SHINOBAZU GALLERY(不忍画廊)
中央区八重洲1-5-3 不二ビル1階
月~金:11時~18時半、土:11時~17時
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