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「黙示録-デューラー/ルドン」 東京藝術大学大学美術館

DURER

東京藝術大学大学美術館で12月5日(日)まで開催中の「黙示録-デューラー/ルドン」を観て来ました。

本展は、同じく上野の国立西洋美術館で開催中の「アルブレヒト・デューラー版画・素描展ー宗教・肖像・自然」の関連企画として開催されているものです。
ここでは、デューラーの≪黙示録≫連作を中心に、西洋美術における黙示録図像の変遷を中世末期から近代までたどるものです。

展覧会構成は次の通り。
プロローグ:デューラー以前の黙示録図像
参考展示:中世における黙示録写本
第1章 デューラー≪黙示録≫
第2章 デューラー以後の黙示録図像
マティアス・ゲールング 町田市立国際版画美術館蔵の作品が約59点。
ヤン・ライゲン、マティス・メリアン各1点
第3章 近代:ルドン≪ヨハネ黙示録≫への道

まだ、国立西洋美術館のデューラー展は未見で、先に関連企画である本展を拝見した。

私が一番関心をもったのはプロローグと参考展示、すなわちデュラー以前の展示であった。
特に冒頭にあったハンス・ムルチャーの後継作家による「使徒聖ヨハネ」「聖マリア」東京芸術大学大学美術館蔵は見事であった、

あとは、おなじみのジャック・カロや作者不明の美しい黙示録の図版が続く。

この頃の図版は手彩色が行われていた。その色彩も後年のデューラーやルドン作品には見られない美しさだ。
今年の5月に町田市立国際版画美術館で観た展覧会 「挿絵本の世界 本と挿絵のステキな関係」でも同様の図像が出展されていたように記憶している。
この時も、木版手彩色の美しさに魅せられたのだった。

第1章のデューラーの黙示録は、国立西洋美術館での展覧会同様、1点を除きすべてメルボルン国立ヴィクトリア美術館蔵の作品となっている。
同館所蔵の作品は状態が良いので有名なのだそう。
こうして、黙示録の図像の歴史を眺めて行くと、デューラーの作品が如何に卓越していたかが良く分かる。
描き込みの濃厚さはまさにドイツ人魂というか、ゲルマン魂というべきか。とにかく濃密、濃厚。
繊細さはなく、圧倒的な線描の濃さで押しまくって来る感じだ。
少し前に西洋美術館の版画・素描室で開催されていたフランス19世紀版画を観たばかりだが、あちらの緻密で繊細で影のある版画とはやはり大きく異なる。技法的にも19世紀フランス版画はエッチングが主体だったが、デューラーのそれは木版である。
木版でここまで細かい線描を行うのだから、やはり並大抵の力量ではなかろう。

おかげで、その後に続いていたマティアス・ゲールングの版画にスカスカな印象を受けた。

最後に近代版画でルドンが登場するが、彼の版画はその師であるブレダンともましてデューラーのそれとも全く異なる。写実から脱してむしろ象徴主義とでもいった作品の数々で、極めて幻想的でシンプルに仕上がっている。
その急激な変化は、受け手をさぞかし驚かせたのではないだろうか。

他に、アルフレート・レーテル、ステファーノ・デッラ・ベッラという、あまり見かけない版画家の作品も数点登場する。
いっそデューラーなしで、他の作家中心に取り上げた方がより面白かったのではないかなと感じた。

*12月5日まで開催中。
同時に「明治の彫塑 ラグーザと荻原碌山」展も開催中。セットで入場券を購入すると200円割安です。
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「シェル美術賞展 2010」 代官山ヒルサイドフォーラム

SHELL

既に昨日終了してしまいましたが、代官山ヒルサイドフォーラムにて「シェル美術賞展2010」を観て来ました。

今年の入賞作家と作品は、以下シェル美術賞ホームページに掲載されていますので、ご参照ください。
http://www.showa-shell.co.jp/society/philanthropy/art/gallery2010.html

また、惜しくも受賞は逃したものの入選された作家の皆さんの一覧はこちら

私が気になった作家さんは次の通りです。

・大坂秩加 「6月6日、明日は遠足」アクリル・色鉛筆・白亜地・キャンバス 島敦彦審査員賞
元々、大坂さんの作品目当てで観に行ったのだが、今回はアクリルと色鉛筆の組み合わせで緻密な描写と描き込み。背景のどんよりした暗さが気になるが、何より怖かったのは洗濯物と一緒に干されている裸の女性。
思い浮かべたのはあの月岡芳年の「奥州安達がはらひとつ家の図」1885年。
背筋がぞくっとする怖さがあった。
個人的にはもう少し明るい作品が好みだが、やはり絵と構成の上手さに惹かれる。

・酒井陽一 「海の空」 シルクスクリーンプリント アルミニウム

・仙石裕美 「8番目の海」 油彩

・黒宮由美 「眼窩の記憶」 鉛筆・岩絵具・ジェッソ・パネル 島敦彦審査員奨励賞
彼女の作品は空間のゆがみと鉛筆と岩絵具のモノトーン世界に、静かな恐怖があった。平面なのに三次元の感覚がある。

・石山浩達 「赤い星」 油彩 家村珠代審査員奨励賞
絵具が滴り落ちる赤さだが、血色ではない。ミニチュアサイズになった人間が赤い渦に巻き込まれて飲みこまれていく。どこか滑稽で、視点がはぐらかされるような感じ。


あとは、作家さんのお名前だけ列挙させていただきます。
村上乃理、内藤亜澄、井上ゆかり、上浦舞、大島尚子、角谷沙奈美、小山直樹、戸田沙也加、村尾成律

グランプリは小野さおり。彼女は今年の群馬青年ビエンナーレ2010でも大賞を受賞しており、絶好調のよう。
確かに、独特の色彩とモチーフの捉え方で一目で小野の作品と分かる個性がある。

こうした公募展を観ていると、作品の流行や傾向が似通って見えて来て、そんな中で画家自身のオリジナリティを出し切ることの難しさを鑑賞者の立場ではあるが、常に感じる。

話はややそれるが、今年のシェル美術賞の審査員のお一人、家村珠代氏は目黒区美術館の学芸員をされていたのではと思ったら、審査員プロフィールを確認して記憶に間違いないことが分かった。
家村さんが企画した小林孝亘さんの初の美術館個展「小林孝亘展—終わらない夏」(2004年)のイベントに参加したのは今でも忘れられない記憶だ。そのイベント(小林さんと巡るツアー)の歳、展覧会担当学芸員の家村さんにもお世話になった。続いて、村田朋泰展—俺の路・東京モンタージュ」(2006年)とこれまた大ヒットの展覧会のキュレーションをされてきた。2009年に目黒区美術館を退職され、現在はインディペンデントキュレーターになられていたとは。これが一番の驚きだった。

*本展は既に終了しています。

上條花梨 ”Stray Dog” -New Paintings- MEGUMI OGITA GALLERY

KAMIJYO

MEGUMI OGITA GALLERYにて12月18日(土)まで開催中の上條花梨 ”Stray Dog” -New Paintings-に行って来ました。
作家のプロフィールなど詳細はギャラリーのサイトをご参照ください。⇒http://www.megumiogita.com/
アーティスト・イン・レジデンスの訪問先であるフィンランドで作成した新作約10点を中心にした個展で、SHOWCASEでの個展を含めると今回で3回目の個展開催となります。

最初の個展からずっと拝見しているが彼女特有の技法「スパッタリング」は一目で彼女の作品と分かる強い個性を作品に生み出している。
一貫してその高度な絵画技術は変わらず、今回も見事に上條さんの世界をギャラリーに生み出していた。

そして、彼女の作品にフィンランドで目にしたモチーフはマッチしている。
いつも作品を拝見する度に思うのだが、上條さんの作品は冬の季節がとても似合う。似合うというより、冬や暖房のきいた室内、そんなほんわかした温かさが伝わって来る作品なのだ。

それを前提にしてみると、北欧フィンランドと間もなくいや既に突入しているクリスマスシーズンに持って来いの個展なのだ。

私が気に入った作品はギャラリー入って右奥の壁にかかっている割合に小さめの作品2点。
1点は白を基調にトロールが描かれている。
これが、一番好き。赤と白でクリスマスカラー風なのだけれど、トロールって人形なのかな、とても愛らしい。
その右隣の作品は、他の作品とは一風異なっていて、次へのSTEPを予感させるような仕上がりとなっていた。
周囲の家具に比べて、ミニチュアサイズの女の子の描き方がいつものとはちょっと違う。
コラージュ風に写真を張り付けたように写実的になっていて。
この女の子がやたらと存在感があった。
他の作品の一本調子な雰囲気とは一味違う、新たな魅力。
こんな調子で、少しずつ作品が変化していくのかもしれない。

いつものように、階段下のスペースが楽しい。
知らない間に、立派なソファが置かれていて、仮想室内展示空間が生まれていた。
上條さんの作品とジョイントしていた作品は誰のものだったか。。。

「こんな風に応接間に飾ってみたらどうですか」といった提案が、ソファや壁に囲まれた小空間によって可能になっている。

もう1点大きめの作品で気に入ったものが。こちらはおもちゃが沢山描かれていて、見ているだけで楽しい気持ちにさせられる。

上條さんの絵画作品で思う存分フィンランドを堪能できます。

*12月18日まで開催中。

マレビトの会 『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』 自由学園明日館講堂

昨日で終了してしまったが、約1ヶ月にわたる舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー」略してF/T10のプログラムであるマレビトの会 『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』を観て来た。

今秋京都でも上演されていて、私が最初この演劇のポスターを見つけたのは京都藝術センターだった。
展覧式演劇というのに惹かれたのだが、テーマ性の重さといわゆる「演劇」は苦手なので、今回東京でも上演されると知っていたが前売り券の購入は見送っていた。
しかし、上演後twitter上での評判がすこぶる良く、フォロワ-さんからのお薦めもあって最終上演の当日券で鑑賞することができた。
本当にtwitterとフォロワーさんには感謝です。

しかし、百聞は一見に如かずとはよく言ったもの。
いわゆる劇場で観る演劇とこの 『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』はまるで異なっていた。
例えていうなら、演技者によるパフォーマンス&映像で見せる展覧会に近い。
また、会場が素晴らしかった。
自由学園明日館はフランク・ロイド・ライトの設計で著名な建築で以前から行ってみたいと思っていたが、明日館は外観しかのぞめなかったが、このプログラムは講堂で開催されていたので、もちろん中に入って鑑賞。
外光が差し込む中で観る演劇は新鮮、演劇は暗い劇場の中で観るという常識を既に会場からして打ち破っていた。

内容は以下のF/T10の公式サイトによるプログラム紹介をご参照いただくとして、私個人の勝手な感想を書いてみる。
http://www.festival-tokyo.jp/program/marebito/

演技者は全部で13人。
講堂の中に、点在していて、最初に受付で渡される配置図により番号が振られた場所を中心に演技を行っているが、時に動き歩きまわったり、演技時間外の時はいなかったりする。
タイムテーブルがあり、同一人の演技の中でコアな部分には黒い編みかけが付されているので、この編みかけの演技者を追いかけるのが一番効率よくこの演目を観る方法だったのだと30分後に気がついた。
同時並行で、何人もが互いに直接的に関係ない演技を始めるので、最初は勝手が分からず戸惑った。
つまり、誰の演技を観るのが良いのか分からなかったのだ。
同時に複数のチャネルから台詞や演技、視覚と聴覚による刺激を受けて、一つに集中するのが慣れないうちは難しい。
暫くすると、慣れて来て、とりあえず面白そうな演技をしている人の傍に寄って行って一人の演技に集中することにした。約20~30分でコアな演技部分が終了するが、すぐに別の演技者の演技が始まるのでまたそちらに移動する。
鑑賞者回遊型の演劇なのだ。
当初恐れていたずっと立ちっぱなしで鑑賞するのかという心配は杞憂で、壁にもたれたり、舞台に座ってもよし、会場内にある舞台装置のひとつである椅子に座っても構わない。思い思いに好きな場所で鑑賞し、歩きまわることができる。
舞台となっている講堂で、鑑賞者と演技者は完全に空間を共有し、通常の演劇のように舞台と観客席を隔てるものは何もない。
したがって、慣れないうちは誰が演技者で誰が観賞者なのかの見わけが付かないこともある。ブツブツ話していると演技者なのかと思ってしまうが、鑑賞者が独り言を言っているのだと持っていたチケットで漸く分かることもあった。

演劇の内容はタイトル通り広島の原爆投下をテーマに、広島だけでなく原爆投下時に日本にいた在日韓国人が多くいたという韓国の都市HAPCHEONを扱っている。
演技者は自らの体験や創作、台詞もテキストも演技もすべて演技者に寄って考えられ、それを報告する形式を取っている。演技者の傍らには小さなモニターが設置されていて、演技者の名前や彼らの報告内容の抜粋が映像を交えつつ映し出されている。
解説書によれば、美術館で言う作品キャプションのようなものとあったが、まさにその通り。
この小さなモニターが演技者のキャプションの役割を果たしているので、彼らが何を演技し、語っているのかのおおよそはモニターを観ているとつかめる。

また、講堂の中央舞台側にはこの演劇のガイドの役割を果たす演技者がいて、彼女が時折旗をもって各演技者を案内したり、舞台中央にある原爆投下のポイントを指示したりと不思議な動きをするのだ。
また、各演技者は基本的に単独に演技(報告)を行っているが、時折複数名によっての絡みがあり、一時たりとも目が離せない。

報告と言う形式をとっている以上、ストーリーがある訳ではないが、報告を聴いていると詩的に聴こえることが度々あり、目を閉じて彼らの語りを聴いている心地よさ、いや内容は原爆や広島に関する思い出だったりするので、楽しい話題ではないのだが、抑揚の効いた語り口に聴きほれるといった方がしっくりくる。

私は、島崇による「広島と七つの川」とチャン・ヨンドゥによる「野菜が医者になった」そして桐沢千晶の「生きているヒロシマ」「見る/見られる」が特に印象に残った。

ヨンドゥの場合、語りもだが長い手足を使ったダンスのような身体表現に目を奪われた。
それはとても美しい動きだった。

各人の報告内容は体験に基づくもので、それゆえより迫真とリアリティを持って迫って来る。

また、2階からは全体の様子を俯瞰でき、どこで何が行われているかを上から見るのも、視点が変化してこの演劇を楽しむ要素の一つになっている。
同時チャネルによる放送のようで、集中できなかったり、聞こえにくかったりという問題点も多少はあるが、すぐに慣れてしまう。

また、特筆すべきは効果音とBGMの使い方であろう。
上空を飛行する飛行機の音、サイレン、これらが流れるとバラバラに演技を行っている演技者も一端動きを止める。例えば飛行機の音が聞こえると、皆が上空を見上げるなど統一した動作を行う場面もあった。

鑑賞者と演技者の距離感がこれだけ近いという、常識破りの演劇であったが、こんな方法もあるのかという驚き。
そして、鑑賞者は上映中、出入り自由なのである。
一旦、外に出て再び会場に再入場することも可能。

しかし、演技者はずっと同じ報告を繰り返している訳ではないので、結局、次はどうなるのか、何をするのかという期待と関心のため、長居をしてしまう。
私も、その後の予定さえ入っていなければ昨日の最終公演は4時間だったので、最後までいたに違いない。

ここでは、各演技者の報告についての感想は割愛する。そこまで書くと長大な文章になりそうなので。
しかし、この演目によって「広島や原爆」のイメージが自分の体内に形づくられたことは間違いない。

また、機会があったらぜひマレビトの会の公演を観たいと思っている。
マレビトの会の公式サイト⇒ http://www.marebito.org/
*公演は既に終了しています。

「鈴木康広 まばたきツアー」&崔在銀 展―アショカの森― 原美術館

11月28日(日)本日限定の「鈴木康広 まばたきツアー」に参加して来ました。

申し込んだ時には、内容が今一つピンと来なかったのですが、参加してみたら大当たり。最近では瀬戸内芸術祭で話題になったファスナー船のアーティスト鈴木康広氏ご本人による、ご自身の作品解説と原美術館の建物の「窓」に焦点を当てた建物探訪。
普段は入れない裏庭にまで入ることができた上に、美術館として開館する前の個人邸宅であった頃の貴重な写真まで拝見できて、大大大満足でした。
このツアー、品川駅から原美術館まで日曜に運行しているバス『ブルンバッ!』の車体表面のデザインを今年は鈴木さんが手がけたために開催されたそうです。前年は田尾創樹で、昨年にも同様のツアーがあったそうですが、気付きませんでした。

ツアーの行程は次の通り。

・品川駅のバス乗り場に集合後、参加者はまばたきマークのシートを受け取り、衣服に貼り付ける。

・集合後、鈴木康広さんをバスガイドにして、わずか5分足らずですがバスのデコレーションについての説明を受ける。今回車体には、原美術館の窓のミニチュアをバスの窓に貼り付け、原美術館の小さな窓を万華鏡のように通して品川の景色を眺めるというのがコンセプト。

・美術館到着後、改めてバスに取り付けられた窓の数々を眺める。この時、自分の好きな窓の形を覚えておくことが肝要。この後、美術館を一周して、実際の窓を外から眺める建物見学が始まる。

1階玄関を通って、普段は入れない裏庭に出て、窓を眺める。裏庭に立派な木造りの裏門があることに初めて気付いた。そして、建物の窓は美術館として開館する際、作品保護のため、すべて窓としては閉じてしまったので中からは分からない。外から見ると、実に様々な形や大きさをしていることに気付く。全部で約24種類の窓が使用されているのだった。

次に、カフェのある中庭から建物を眺める。ここでも注目するのは窓。実際にその場所に見合った窓が設置されている設計者の意図が強く感じられる。
窓は閉じてしまったけれど、鈴木さんの次の言葉が印象深かった。
「窓は閉じても、そこに絵画がかかる。絵は世界との窓口になります。」蓋し名言であった。

カフェの横にあるレストランやパーティースペースに移動して、鈴木さんの作品を鑑賞。
全部で6点程あったか。
私が一番印象深かったのは「めぐすり銃」である。
個々の作品について鈴木さんご本人から解説が伺えるという貴重な機会。この「めぐすり銃」は、鈴木さんが小学生だった頃、そして今現在も目薬をさすのが苦手で、少しでもその嫌さが緩和されないかという思いで制作。
素材はペットボトルと同じもので透明。銃の形を型どりして、先端に目薬についている射し口が取り付けられていて、実際に目薬をさすこともできる。ただ、蓋を付けるかどうか悩んだが、蓋を付けるとなるとネジこみ部分が必要になるため、この作品には蓋が付いていない。
「めぐすり銃」で目薬を差す姿を想像すると楽しくなったくる。ぜひとも製品化して欲しい。
他に、ガラスでできた「スプーンの時計」中が真空になっていて、美しいのだが、これはちょっと実用的ではなかった。

映像でこれまでの作品制作についての説明が始まる。
大学時代はパラパラマンガの制作にはまっていたそうで、マンレイの作品をモチーフにした時からパラパラ漫画の紙を裏表使用するようにした。映像で観るパラパラ漫画はコマ撮りアニメのようだった。

そして、大学卒業後、NHKの「デジタル・スタジアム」(略してデジスタ)に応募する作品の制作に励む。
この時、作ったのがジャングルジムに子供たちが遊ぶ映像を投影した作品と、「まばたきメガネ」の2点。
前者は、小さなジャングルジムの模型を取り出して、実際にジャングルジムを回しながら映像を当てるとどういう風に見えるかを実体験できた。くるくる回る物に対して投影すると、当然だが映像も早周りする。

「まばたきメガネ」は光をあてるとレンズにあたる部分がまばたき運動を繰り返すもの。

鈴木:「自分にとって1コマでなく2コマが大切。2コマ揃ってこそ、初めて現実に近づくと思う。例えば裏と表もそう。自分の身体体験を作品化したい。」

次にまばたきについての作品が多い理由をお尋ねしてみた。
鈴木:「見るということは外部と関わる部分が大きいと思う。目には全部の感覚が入れ子になっていて、内臓の一部が目として外部に出て来たような高性能なシャッターの役割を果たしているのではないか。視覚は、他の感覚に比べて現実以上のものが生まれる器官だと思う。」


というわけで、私が初めて鈴木康広を知った作品、「まばたきの葉」につながる。
当初植物の未来について考える提案をする中で思いついた作品で、現在のように機械+鑑賞者参加型の作品に進化する前には自分でまばたきの葉をばらまいたらしい。


ファスナー船について。
初めて国内路線の飛行機に搭乗したのが2002年。その時、機体から見た眼下の景色に船があって、それがファスナーのように見えたという。
その2年後2004年に模型、FRPでファスナーの船を作りラジコンで動かし、池で動かすことに成功。
実際に船として制作したかったが、費用もかかるし実現困難だった。瀬戸内芸術祭に企画として応募したが音沙汰なし。しかし、原美術館の関係者の方から漁船を譲ってもらえることになり、ついにファスナー船は実現化する。
今後は、フェリーのようにしたいというのが夢。

この他、原美術館のミュージアムショップでも販売している「リンゴけん玉」や「逆さの木コマ」の解説など、お話は尽きず。まだまだ話足りないご様子だったが、時間も押していたので終了。
とてもカッコイイ上に、気配りもできる好青年アーティストでした。
本当に今日はお疲れさまでした。

この後、現在開催中の企画展「アショカの森」を鑑賞。
1階の展示が良かった。特にスクリーン5面の奥にある蹲の石に水を張り、木の映像を見せた「もうひとつの月」は素晴らしい。木の周囲の空の様子が時間と共に経過して行くのが、5~10分見て行くと分かるので、すぐに立ち去らないように。石という時間を想起させるものと空の時間の移り変わり、更にこの映像はゆっくりと回転する。地球の自転を思わせる。

エントランスの「夢想家の散策」、入口入ってすぐに古材によるインスタレーション「アショカの森」も圧巻。
なお、この部屋の窓から見えるみかんの木は、この作品のために植樹されたそうだ。

常設では2階最奥にある奈良さんのドローイングルームが大変化を遂げている。
先日、Twitterで好きな女性の写真を貼ったとかという情報を拝見した記憶があるので、単眼鏡で捜索。1枚それらしきかわいいナース風の女性の写真があったけれど、あれかしら。

*アショカの森は12月26日まで開催中。

「宮本三郎1940-1945」 宮本三郎記念美術館 はじめての美術館80

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宮本三郎記念美術館で11月28日(日)まで開催中の「宮本三郎1940-1945」に行って来ました。

宮本三郎記念美術館は、自由が丘駅から徒歩7分程度。
世田谷美術館の分館として、宮本三郎のアトリエがあった土地および作品の寄贈を受け、2004年4月に開館。
かねてより、気になっていた存在でなかなか足を運べずにいたが、漸く会期末ぎりぎりで行って来ました。

自由が丘というのは、実に良い雰囲気の街で、特に美術館のある奥沢は閑静な住宅街。
住宅街の中に、溶け込むように美術館はありました。
展示室は2階のみですが、まずまずの広さ。そして何より一番驚いたのは、それ程広さはないにも関わらず、作品や資料がびっしり展示されていたこと!

「宮本三郎1940-1945」展は、1940年から1945年という激動と混迷の時代を軸とし、これに相前後する滞欧期、そして戦後の荒廃した時期のそれぞれに描かれた作品を豊富な資料、宮本自身が撮影した写真類などと一緒に展観しています。

それにしても、これほど充実かつ丁寧な展示をされているとは!もっと早く伺えば良かったです。
展覧会を辿って行くと、当時の世相の変化と共に、宮本の心境まで察せられ切ない気持ちになりました。特に最終章に展示されている「死の家族」はピカソの青の時代の作品を思わせるような、「え、これが宮本三郎の作品?」とこれまで持っていたイメージを覆されるような大作があって、しかも、この作品展示するあてもなく、それでも描かずにはいられなかった宮本の画家としての気持ち、そして戦後を迎えた一日本人としての心境が強く反映された傑作でした。

1.ヨーロッパでの日々/1938年10月-1939年12月
ここでは、宮本のヨーロッパ留学時代に描かれた、作品、主に模写を中心に展示。やはり、彼の画力は相当なものであったことが作品から読み取れる。
オリジナルが良いから尚更なのだが、レンブラントの「聖家族」の模写1939年は美しい。そして、国立西洋美術館の「コロ―展」で来日したコロー「青い服の女」ルーブル美術館蔵まであった。
彼は器用だったのか、その後の作品を観て行くとヨーロッパ留学の成果や影響が後の作品に強く現れている。

2.戦時下での日々/1940年9月-1944年8月
ここからが、今回の展覧会の核である。1940年、陸軍の依頼を受け、宮本は中国に従軍画家として渡航する。
以後、マレー半島、タイなどを巡る。
ここで、印象深いのはかの「マレーの虎」と言われる山下将軍を描いた「山下、パー縛る両司令官会見図」であるが、本展では本画はなく下絵のみ。それでも、十分に、むしろ下絵があることで、彼がこの作品をどうやって描いて行ったかの過程を知ることができた。
1943年に描いた「飢渇」からは、この時宮本は何を思って、絵筆を取っていたのかその心情を思いやると非常に複雑な感情が沸き起こって来た。宮本自身、非常に苦しかったのではなかろうか。
従軍画家の戦争責任について取りざたされることがあるが、あの時代の日本人の正気を問うたり責めたりすることができるのかと私は思う。

20点以上の素描はすさまじく、軍用機、兵士、落下傘部隊メナド奇襲の下絵など、素描ゆえにいっそう生々しく状況が伝わって来る。これらに加えて、宮本が撮影した写真も如実に過去の史実を伝えていた。

また、興味深かったのは大日本航空美術協会・編集『航空美術』航空美術普及部、1942年発行の全40点。
これには驚いた。
いや、こんなものがあったとは。
しかも出品してる作家40名のメンバーが凄い。
伊藤深水などの日本画家まで含まれている上に、鳥海青児、藤田嗣治、向井潤吉、清水登之らが軍用機をモチーフにした作品を出展しているのだった。
彼ら40名のそれぞれの表現の違い、モチーフの選択と比較していると時間がどんどん過ぎて行った。
モチーフや描き方ひとつにしても、画家の戦争に対する気持ちが反映されているのではないかと推測する。

Ⅲ.疎開生活、そして戦禍のあとに/1944年8月
宮本は健康上の理由をきっかけに、故郷石川県小松市に疎開。
本展で初めて知ったが、小松市に宮本三郎美術館がある。今度金沢に行くので、行ってみようと思った。

戦後の作品は、やさしい穏やかな作品が多い。
「ピアノ」「編み物」「風景/四手網」。風景画は日本海を描いているのだが、彼が描く日本海はそれ程冷たくも暗鬱でもない。

そして、前述の「死の家族」である。ここに、彼は自身の戦争への思いをぶつけたかったのではないだろうか。
青色の背景に、亡くなった人物が中央に横たわる。
周囲を取り巻く家族の表情はもちろん暗く沈んでいる。

なお、宮本の描いた作品は当時絵ハガキとして流通していたようで、かなりの数の絵はがきも展示されていた。
また、宮本の挿絵や装丁を手がけた本も展示されていて、これも新鮮だった。次回の展覧会ではこの宮本の挿絵がテーマになっているので、こちらも楽しみ。
今度はもう少し早く出かけようと思っている。

美術館のミュージアムショップに月光荘の品物も扱っていました。落ち着ける素敵な美術館です。

*11月28日まで開催中。

ホリー・ファレル「タミー」 Showcase/Megumi Ogita Gallery

tammy

銀座5丁目のショウケース/ メグミオギタギャラリーにて開催中のホリー・ファレル「タミー」に行って来ました。
http://www.megumiogita.com/Showcase/index.html

ホリー・ファレルは現在カナダ/・トロント在住の画家で、今回が日本では2度目の個展開催となる。
身近にあるものをモチーフに描く作家であるが、最初見た作品で印象的的だったのは、料理本や救命用具がモチーフになっている静物画だった。
白をベースにした静物画は写実的だが、とても温かみのある作品になっていて、どこか古い懐かしい感じを受ける。その理由がモチーフにあるのか、技法にあるのか、恐らく両方が理由なのだろうが、とても好ましく思えた。

という訳で、好みの画家としてその名前はしっかりと記憶に留めておいたが、漸く2回目の個展案内が届く。
今回は「タミー」(Tammy)ちゃんというバービー人形の後でリカちゃん人形より前に制作された人形がモチーフ。今はもう製造されていないという。
残念なことに、タミー人形を私は知らないが、勤務先の先輩にこの話をしたら知っていると教えてくれた。
どうやらタミーちゃんはお金持ちのお家のお嬢さんが日本では買っていたらしい。

前置きはさておき、Tammyシリーズは全部で4点展示されているが、どれも実に愛らしい。
ギャラリーに入ると、思わず顔がにんまりとしてしまうのは、やはり女子の証だろうか。
どの作品もタミー人形を描いているが、季節感やら人形の顔立ち、お洋服、髪の色、みな違う。
画象は、作家の公式サイトに掲載さているのでご参照ください。
http://www.hollyfarrell.com/Available/index.html

ただし、やはり実際の作品と画象とでは微妙に色のニュアンスが異なっているので、ぜひ時間があれば実見されることをお薦めします。
なお、奥の事務所スペースに靴をモチーフにした作品も2点あるのでお見逃しなく。

いつも一緒に生活していたくなる絵画で、ホリー・ファレルの作品はいつもそこにあるのが必然であるかのような静かで親しみ深い存在なのだった。

*12月18日まで開催中。

「服部一成二千十年十一月」 ギンザ・グラフィック・ギャラリー 

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ギンザ・グラフィック・ギャラリーで11月27日(土)まで開催中の「服部一成二千十年十一月」に行って来ました。詳細はこちら

服部一成(はっとり・かずなり):グラフィックデザイナー、アートディレクターで1964年生まれ。1988年東京藝術大学デザイン科卒業、ライトパブリシティ入社後2001年よりフリーランス。

大変お恥ずかしいのですが、服部氏のお名前を存じ上げず、本展のフライヤーを拝見して、いかに自分が服部氏の手がけた展覧会チラシに惹かれてホイホイ展覧会に出かけて行ったかに気付き、どうしてもこの展覧会は拝見したかった。

どんな感じだろうと入ってみたら、意外や意外。
これが、実に面白い展示構成になっている。
1階はベニヤ板で作られた壁が沢山仮設されていて、壁一面に服部氏デザインの壁紙もどきのデザイン画が連続して1面をそれぞれ覆っている。

一見テキスタイルで覆われているような感覚に包まれrが、シャープな線で構成された壁面はあくまで軽く今回の展覧会のチラシデザインと結びつく。

沢山の壁面デザインを鑑賞後、地階の展示室へ行くと、2010年11月まで手がけて来た仕事の数々が展示されている。
美術館好きとしては、ロトチェンコから横山裕一展までの美術展のポスター・チラシにチケットに図録の展示にやはり関心が高く、え、あの展覧会のちらしも服部氏が手がけていたのかと結構驚いた。
クリエイターの名前は知らずとも、手がけたデザインのお仕事の成果には沢山出会っていたのだ。
むしろ、彼のチラシデザインに惹かれなければ行かなかったかもしれない展覧会もあった。
たとえば、横山裕一展。
あれは、チラシに惹かれた最たる展覧会だった。
私の場合、展覧会チラシのデザインや内容によってその展覧会に行きたい度合いの強弱が左右されることが大いにある。
え、これも?と思ったのは三菱美術館一号館のロゴデザイン。
確かにあのロゴは強く印象に残る。
グラフィックデザインは、人々の記憶に残ってこそなんぼの世界ではないか。
だとすれば、やはり服部氏のデザインで私の記憶に残っている仕事は思っていた以上に多かった。

ブックデザインでは、中平卓馬の最近復刻された写真集やら本の装丁。

観たことないけど、とても好みだったのは「竹尾デスクダイアリー2006」。
そう言えば、この「竹尾デスクダイアリー」の素晴らしさは特筆すべきものがある。昨年のデスクダイアリーをgpギャラリーで拝見した時、あまりの美しさにすぐに竹尾に電話して在庫を確認したが、時すでに遅し。完売であった。元々販売用のものでなく、お仕事関係の方々に配布するためのダイアリーらしい。
今年の発売は来月上旬とのこと。
どなたが手がけるかは確認できなかったが、予約だけはしておいた。

雑誌では「流行通信」「真夜中」「月刊百科」(PR誌)の装丁デザインにも携わっておられ、どちらかというとヨーロッパ的なデザイン性を感じる。
日本特有の和風感覚はそぎ落とされ、印象としては軽やかで繊細な感じ。

観ていて楽しいデザインばかりで、間にあって良かったとつくづく思った。

*11月27日(土)まで開催中。
なお、最終日の土曜日は18時までの営業となりますのでご注意ください。

「19世紀フランス版画の闇と光 -メリヨン、ブレダン、ブラックモン、ルドン」 国立西洋美術館新館

meriyon
シャルル・メリヨン パリの銅版画』:ル・プティ・ポン》
1850年
国立西洋美術館


国立西洋美術館新館2階版画素描展示室で11月28日まで開催中の「19世紀フランス版画の闇と光-メリヨン、ブレダン、ブラックモン、ルドン」に行って来ました。

もう、この展示文句なく素晴らしいです。
個人的に大好きな分野であるということが一推しの大きな理由ではあるけれど、元々好きなロドルフ・ブレダンはともかくとして、シャルル・メリヨンやフェリックス・ブラックモンの版画もあんなに美しいとは。
ブレダン、メリヨン、ブラックモン、ルドンの4名によるわずか40点の版画作品展示であるにもかかわらず、1時間弱その部屋にいて、美しき版画世界に没入してしまったのだった。

冒頭は、シャルル・メリヨンの『パリの銅版画』シリーズの吸血鬼から始まる。これが1853年の制作。
メリヨンはエッチングとドライポイントの二つの技法もしくは、エッチングとエングレーヴィングを組み合わせて制作している。
彼の作品は、パリの風景画が多いが、建物を構成する細い線の美しさ、遠近感を刷りの濃淡で表現している。
ノートルダム寺院やポン=ヌフなどお馴染のパリの風景であるが、メリヨンの銅版画世界では色がないかわりに形態や線描の美しさばかりに目が向いてしまった。絵画以上に情緒的であったと思う。

意表を突かれた作品としては『海軍省』1865年頃。なぜか、メリヨンには珍しく魚が空を飛んでいるという非現実的な光景が表現されている。

次にブレダン。今回は全部で8点。およそ人間業とは思えない精密さで画面をみっちりと構成している。彼の技法はリトグラフ、もしくはリトグラフとシン・コレの組み合わせ。
もっとも有名な『善きサマリア人』1867年は何度か観ているが、今回は『枝』『魔法の家』『沼地の背後の村々』などブレダンの不思議な世界観をより知ることができた。
『蝶と沼』はデザイン的に時代を反映しているように思えた。
ブレダンだけの回顧展をどこかで開催していただけないものだろうか。もしくはメリヨンでも良いな。
過去の展覧会図録などを検索してみたが、単独での個展などは開催されていないようだ。特にブレダンは作品数が少ないのだろうか。

そしてフェリックス・ブラックモン。
彼は『ラ・フォンテーヌの寓話』シリーズの中から「猿と猫」「恋するライオン」「幸運の女神を追う男と寝て待つ男」作品名にギュスタブ・モローの原画とあったので、モローの原画を版画化したものだろう。
モロー原画以外では2点。『かもめ』と『もぐら』いずれも、不思議な構図であった、カモメの方は大空に無数のカモメが飛んでいる。三好耕三の写真で同じような構図の作品があったなと思いだした。

最後にルドン。彼はブレダンを版画の師として教えを受けた。師とは大きく異なる新しい手法で作品を手がけている。ルドンは油彩やパステル画も有名だけれど、版画はこれまで紹介した3名のの作品と一味もふた味も異なるように思われた。
そういう点では、ルドンこそ新しい版画の時代を呼び覚ましたのかもしれない。

*11月28日(木)まで開催中。オススメします!

「Self Portrait - 私という他人」 高橋コレクション日比谷

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高橋コレクション日比谷で11月28日(日)まで開催中の「Self Portrait - 私という他人」に行って来ました。
詳細はこちら

出品作家(五十音順):青山悟、梅津庸一、大野智史、岡田裕子、草間彌生、興梠優護、小橋陽介、坂本夏子、中山ダイスケ、奈良美智、野田幸江、松井えり菜、森村泰昌、横尾忠則(14名)


上記14名による32点のコレクションによって「Self Portrait」をテーマにした展示を展開している。

何と言っても、一番存在感を放っていたのは森村泰昌の作品。今回のDMにも使用された「肖像 九つの顔」1989年はレンブラント「テュルプ博士の解剖学講義」(マウリッツハイス美術館蔵)の引用であることは、すぐに分かるのだが、森村ヴァージョンは登場人物がすべて森村自身のなりきりである。
一見すると、本物と見まごう程違和感がない。むしろ、森村作品はCプリントに透明メディウムを使用しているため、実際のレンブラント作品より明るく、華やかささえある。

昨日は同会場で高橋氏と「セルフポートレートって何?」というトークも開催されたようで、残念ながら拝聴できなかったが、森村氏にとって他者と自分との境界はどこにあるのだろうか。結局の所、彼の作品はすべて自画像なのだ。
この他、最新作の「ちいさなレクイエム」シリーズの「サルバドール・ダリ」や「ヨーゼフ・ボイスとしての私」「遠い夢/チェ」2007年など、さすがツボをおさえたコレクション。
2008年の「だぶらかし」大作をはじめ、全9点は最多出展作家となっていた。

今回のテーマと展示作品の関連性が森村作品や松井えり菜「MEKARA UROKO de MEDETAI」、小橋陽介「self-portrait」は良いとしても、他の作品からはテーマとの関わりが理解できなかった。
ゆえに、普通のグループ展として眺めていく。

そして、注目したのはやはり、興梠 優護の油彩2点。
作家のサイト ⇒ http://oguy.jp/index.html「1 22」と「1 18」の2点。今年の「アートフェアOSAKA2010」でも彼の作品はとても気になっていて、その後Bunkamura galleryまで新作を見に行って、やっぱりいいなと思った。

今回は、大阪で拝見したシリーズと同じヌードの作品。
ネット上のヌード画像から題材を得て絵画化しているとネットのインタビュー記事で読んだが、とろけるような女性の身体からはエロチックさはあまり感じられず、むしろ退廃美もしくは実質の肉体からは決して得られることのない視覚的な皮膚の柔らかさを感じる。
垂れてしまった乳房さえも、なぜか美しいのだ。
老いた身体も、興梠 優護の手にかかると手ひどい現実から解放されるような気がして、観ていてなぜか救われた。

そして、1999年の奈良美智作品が7点もあり、しかも未見作ばかりだったので驚いた。
特に浮世絵と絡めた作品は面白い。
こんなシリーズも描いていたのかと新鮮な驚きがあった。奈良さんのキャラクターと浮世絵が不思議とマッチしている。

現在個展開催中の中山ダイスケのオブジェや青山悟の作品もあり、さすが旬の作家の作品が揃っている。

なお、最終日11月28日(日)14時~15時半まで横尾忠則氏と高橋氏とのトークも開催されます。
≪会 場≫ 高橋コレクション日比谷展覧会場内
≪参加費≫ 無料 (イベントは無料ですが観覧料が必要)
≪定 員≫ 椅子席を50席でそれ以降は立ち見。
≪参加方法≫
当日11時より高橋コレクション日比谷受付にて整理券兼観覧チケットを発行。
イベント開始時間の30分前より、整理券番号順に入場

* 11月28日迄開催中。

「伊庭靖子 個展」 MA2ギャラリー

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MA2ギャラリーで開催中の「伊庭靖子個展」に行って来ました。
詳細は、同ギャラリーサイトをご覧ください。⇒ http://www.ma2gallery.com/current.html
伊庭さんと言えば、昨年開催された神奈川県立近代美術館で個展ですっかり魅了され、以後京都のイムラアートギャラリーの個展-resonance-や資生堂ギャラリー主催のトークに参加したりと現在追っかけ中の作家さんのお一人です。

今回は油彩の新作9点(だったと思う)にドローイング2~3点wp1階と2階で展示。
いつもと違うなと思ったのは、画面サイズ。

ここ最近の伊庭さんの作品は割合に大きなキャンバスを使用されていました、特に神奈川県近美での展示で拝見したクッションの新作にはその傾向が強く感じられましたが、今回はかなり小さめの作品が数点あって、これなら自宅に置けそう!と思われたお客様も多いのではないでしょうか。

割と小さめの作品は染付の陶器の紋様をクローズアップした作品で、これまでよりも少しぼかしを強めた感じです。
前のくっきりとした印象から、フィルターにかけたようなモチーフの揺らぎのようなものを感じました。

私が一番気に入ったのは2階に展示されていたクッションの正方形のキャンバスの作品。緑色のクッションの模様が爽やかで、あの清廉なイメージが大好きです。
白い壁面に見事にマッチしていました。

もちろん、大きなサイズのクッションモチーフの新作もありますので、お楽しみに。

なお、現在初台のオペラシティーの常設展示で伊庭さんのシルクスクリーンが3点展示されています。
ドミニク・ペロー展に行かれる方はそちらもお見逃しなく。

*来年1月16日まで開催中です。
12:00-19:00 冬季休廊:12.27 (土)~1.11 (火)
なお、MA2ギャラリーは本展から月曜と火曜が休廊で、日曜オープンとなりましたのでご注意ください。
日曜オープンは、個人的には有難いです。

「救いのほとけ-観音と地蔵の美術-」 町田市立国際版画美術館

救いのほとけ

町田市立国際版画美術館で11月23日まで開催中の「救いのほとけ-観音と地蔵の美術-」展に行って来ました。

この展覧会は、開催前から楽しみにしていたのに、結局会期ぎりぎりの11月21日(日)に出かけて、記事にするのもこんなにギリギリになってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱい。
期待通りのとても良い展覧会でした。

この展覧会では、「観音菩薩」と「地蔵菩薩」の焦点をしぼり、その姿をあらわした木版画、それらの版画を内部の空間に納めた仏像、関連の深い仏画や絵巻物など、重要文化財15点を含む平安時代から江戸時代までの約120点を前期後期を通じて紹介し、「救い」をテーマとする仏教美術の醍醐味を味わっていただくものです。同時に、時代や宗教をこえて営々と伝わる、生と死をめぐる人々の思いを考えます。~展覧会チラシより~

展覧会の構成は次の通り。
プロローグ 印仏の広まり
仁和寺の曼荼羅や「三千仏名経」東京藝術大学美術館、「阿弥陀如来坐像摺仏」などで印仏の始まりを紹介。

1.版画と仏像
このテーマが、いかにもこの版画美術館らしいテーマ。普段は何気なく通り過ぎがちな仏版画の成り立ちから版画に印が混じったものなど仏版画の謎について考察しています。

2.ふえる観音、変化する観音
観音さまは人々の願いに応じてさまざまに姿を変える、その多彩な世界を仏像や仏画などで展観。

3.救済のかたち
最後は地獄の責め苦からの救済を祈りとしてかたちにした作例を紹介。

版画だけでなく、実に素晴らしい仏像が出展されています。この仏像を見に行くだけでも町田まで出向く価値があります。
・地蔵菩薩立像および印仏 国立歴史民俗博物館蔵 重要文化財
・千手観音立像および印仏 滋賀・福寿寺蔵 重要文化財
・十一面観音立像および像内納入品 和歌山・広利寺
・聖観音立像  よみうりランド 重要文化財

特に、よみうりランドにある聖観音立像は平安期の典型とも言える美しい一木造で腰のひねりがいと言い、お顔立ちと言い、実に優美。

仏画では、「魚藍観音図」何種類もの「魚藍観音図」が出展されていますが、どれも微妙に違うのが面白い。
一風変わった所で印象深かったのは「霊照女像」岳翁蔵丘筆(個人蔵)で、これもめったに観られない作品ではないでしょうか。

「熊野観心十界図」兵庫県立歴史博物館蔵は色鮮やかで、よくよく見て行くと実に様々な場面が事細かに描かれていて興味深い。

他に版画美術館らしい作品は墨摺に手彩色を施した仏画の数々に出会えたこと。
印仏に焦点を当てた展示というのは、なかなかないので、とても貴重な内容でした。元々印仏は、祈仏や祈心をした人々の名前を書いて、その寄進をされた人々の名前を書いて像内に残す目的で作られたようです。確かに紙であれば折り畳みやすく持ち運びもしやすいし、狭い場所にも納めやすい。
こんな所にも版画の技術が使用されているという仏像と版画の関係についても、これまであまり考えたことがなかったので、勉強になりました。

また、名古屋市博物館から「大乗荘厳宝王経」という一風変わった海外からの流入品もあり、これは極彩色で日本の印仏とは違う面白さがあり目を惹きました。

図録は限定1200冊。2500円とちょっとお高かったのとその日の一番に行ったのがこの展覧会で、持ち運ぶにはあまりに重そうだったので、購入を見送りましたが、観仏三昧でお馴染の和歌山県立はくぶつかんの大河内学芸員の寄稿もあるので、やはり取り寄せ使用と思います。

また、本展からはちょっとそれますが、先日韓国国立中央博物館で高麗仏画の展覧会を拝見しましたが、そこでも地蔵と観音を大きく取り上げていました。仏にも阿弥陀如来など何種類かあるにも関わらず、地蔵菩薩と観音菩薩が両方の展覧会でクローズアップされているのは、やはり人々から救いの存在としてとりわけ篤い信仰の対象であったに違いないのでしょう。

*11月23日まで。お見逃しなく。

「至高なる風景の輝き-バルビゾンからの贈りもの」 府中市美術館

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府中市美術館で11月23日まで開催中の「至高なる風景の輝き-バルビゾンからの贈りもの」に行って来ました。

こちらも早く行かねばと思っていたのに、結局会期末ギリギリにお伺いすることになり反省すること仕切りです。
本展は府中市美術館開館十周年記念展ということもあり、毎度のことではありますが、会場は大勢のお客さまで賑わっていました。
最終日も必ずや混雑すること必至でしょう。
何しろ、それほど程良い広さの展示空間に海外からのバルビゾン派風景画とバルビゾン派から影響を受けたと思われる日本人画家による西洋画の風景画がぎっしりとひしめいています。
展示作品数は、なんと約120点。よくぞこれだけの風景画を集めたとつくづく感心しました。むろん作品数だけを問題にしているのではありません。

本展の主旨は、風景画はいつから始まったのか?そして、バルビゾン派の作品の紹介と日本での風景画の始まり、そして明治の洋画家たちの黎明期の足跡をたどりつつ、府中市と言えば「武蔵野」。「武蔵野」を舞台にした風景画作品など、展示を見ながらにして「風景画散策」を楽しむという展覧会構成となっています。

この明確な展覧会の趣旨と構成が確固とし、それに見合った作品を展示することにより、知らず知らずのうちに、風景画の歴史や流れ、そして様々な風景画の楽しみ方を知ることができました。
展覧会を主宰した府中市美術館には心から感謝いたします。

普段何気なく、観ている風景画、もちろん何度か観ている作品も多くあったのですが、展示の仕方や見方を示唆していただくことで、今まで気付かなかった作品の持ち味や味わい方を教えられ、別の視点で作品を鑑賞することができたのも本展での大きな収穫となりました。

展覧会構成は手元のメモをもとに記載するため、誤りがあるかもしれません。予めお断りしておきます。
第1章 ドラマチックバルビゾン
ここでは、お馴染のクールベやテオドール・ルソーらの作品に混じり、プチパレ美術館からドービニーにのエッチング作品が4点出展されており、これは興味深く拝見しました。
ドービニーの風景版画を拝見したのは初めてかも。
また、レオン・リシェという画家の作品、これはいずれも府中市美術館蔵なので、常設展で観たことがあるのでしょうが、改めてみると「女性のいる風景」などとても素敵な作品だと感じました。

個人的に好きなクールベでは、西宮市大谷記念美術館の「眠る草刈り女」が良かったです。さすが松方幸次郎が日本に将来しただけのことはあります。

「激しく厳しい森の風」⇒「あたたかくやわらかな光」⇒「壮大なる色彩の終焉」とテーマ別にバルビゾン派の作品を観て行きます。
どうしても好きな画家に目が行きがちで、やはりミレー恐らくすべて2回目以上は拝見していますが、足が止まります。千葉県立美術館所蔵「垣根に沿って草を食む羊」は初見で、これは実に良かったです。

また、フェルディナンの「砂けむりの中を行く羊の群れ」をはじめとする夕暮れの農村風景画の数々は情緒あふれ、美しい空の色と大地の色、そして羊や人々の姿が胸を打ちます。

第2章 田園への祈り-バルビゾン派と日本風景画の胎動
いよいよ、ここから日本風景画の黎明期からの展観が始まります。

お馴染の高橋由一からはじまってフォンタネージによってもたらされた西洋絵画の技法。それを学び、西洋へ留学し、西洋画を学んだ画家たちの仕事がズラリと並んでいました。

今回一番印象深かったのは、本多錦吉郎でしょうか。
由一や吉田博、松岡寿、鹿子木孟郎らの作品は、他館でも何度も紹介されていてよく知っているのですが、本多錦吉郎の作品はあまり印象に残っていませんでした。
しかし、今回彼の作品がまとまった数展示されていて、良い絵を描くなぁと、もっと評価されても良いのではないかなと感じました。
特に「豊饒への道」個人蔵は素晴らしかったです。
あと、個人的に好きな川村清雄、彼の作品は実に様々で作風の変化、型どおりの様式から外れた作品が結構あるのですが、今回出展されていた「ベネチア風景」府中市美術館蔵は良かった。
以前静岡県美だったかで観た川村の風景画も忘れ難いのですが、どこかの美術館で川村清雄展をぜひ開催して欲しいものです。
手堅い肖像画も手がけているのですが、風景画と肖像画はまるで違った印象を受けます。

小山正太郎「秋豊図」個人蔵、」そして、やはりこの人和田英作の風景画「渡頭の夕暮」、「落ち穂拾い」(模写)東京藝術大学美術館、「三保の松原」府中市美術館など大御所ぶりを如何なく発揮しています。

忘れ難いのは、中川八郎「雪林帰牧」。木炭だけで描いた作品ですが、まるで水墨画のような深い味わいで、空気感やその香まで絵から漂ってくるような印象を受けました。
本展のマイベスト作品です。

青木繁の小品「少女群像」早過ぎる天才の死。小品ですが、青木らしさが現れていました。

他には山脇信徳「雨の夕」高知県立美術館、荻生田文太郎「雨中の桜」など今まで知らなかった画家ですが、素晴らしい作品を遺しているのだと知って感動。

高島野十郎の「霧と煙のニューヨーク」、中村彜「風景」安井曾太郎「宇治黄檗風景」など彼ららしい風景画にも対峙でき、西洋絵画より、むしろ明治~大正時代の日本人による風景画に重点を置いた内容でしたが、却ってそれが新鮮でした。

*11月23日まで開催中。

「立原杏所とその師友」 茨城県立歴史館

杏所

茨城県立歴史館で11月23日まで開催中の「立原杏所とその師友」に行って来ました。
展示作品は前後期で入れ替えがあります。作品リストなど詳細は以下茨城県立歴史館公式サイトをご確認ください。
http://www.rekishikan.museum.ibk.ed.jp/03_tenji/thema/tatiharakyousho.htm#
ここ最近で観た展覧会では一推しの展覧会の一つです。

立原杏所の作品と言えば、東博所蔵の「葡萄図」(重要文化財)が著名で、私が杏所をしったのもこの作品を東博で観たのがきっかけだった。大胆な墨画で、墨の濃淡とブドウや枝を縦横無尽に走らせ、もしかすると酔って宴席で描いた作品なのかもしれない。とにかく、一目見て忘れられない作品と画家になった。

立原杏所は、江戸時代後半の水戸藩士で、同じく水戸の南画家である林十江らに絵を習い、「水戸の南画」を代表する画家になった。
本展では、杏所の生涯にかかわった人々の資料を交えつつ、没後170年にあたる今年に「南画家」そして文人としての立原杏所の世界を作品と関連資料でたどります。また、合わせて、杏所に関わりのある林十江、谷文晃、渡辺崋山、椿椿山らの作品も紹介しているのも見どころのひとつです。

展覧会の構成とともに印象に残った作品を挙げて行きます。

第1部 翠軒、十江そして杏所へ
(1)父 立原翠軒
杏所の父・翠軒は藩校である彰考館の総裁であるが、この人物がまた傑物で、儒者であり、書も絵も更に七弦琴まで奏でるという文化人であった。
杏所の人生や人物を考える上で、この父親の影響ははかり知れないものがある。父親であるというより、もはや師であったというべき関係であったのだと思われる。
ここでは翠軒関連資料、前述の琴や書などが並ぶ。

(2)最初の師 林十江
林十江は江戸時代の絵画に詳しい方なら、必ずやその名前や作品を目にしたことがある筈。最近では、板橋区立美術館で開催された「諸国畸人伝」展でも紹介されたばかりである。
ここでは、この十江の作日院が6点紹介されている(前後期で展示替えあり)。
「木の葉天狗図」茨城県立歴史館蔵、「花一輪」、「雪公釣鼓図」など未見作も含め、拝見できたのはとても嬉しかった。林十江の大胆な描画は見ていて楽しい。発想が奇抜。今回は大津絵の影響を受けたと思しき作品もあって興味深かった。
なお、杏所は同じ水戸藩の絵師、林十江に最初に指導を受けている。

(3)下野黒羽の画人小泉斐
小泉斐(こいずみ・あやる)。彼の作品は栃木県立美術館か博物館で拝見した記憶がある。
杏所は、父翠軒と親交があった小泉斐の指導も受けている。彼の作品もまた味わい深い。特に真景図と鮎図を得意にしていたようだ。栃木県立博物館蔵の「鮎図」は良かった。

第2部 謹厳なる文人杏所の世界
(1)漢画・古画より学ぶ世界
ここからは杏所の作品世界へ入って行く。これだけ多くの杏所の作品を観たのは初めて。何しろ「葡萄図」の印象が強過ぎて、他の作品は過去に数回観たがあまり印象に残らなかった。
ここでは、タイトル通り、漢画などの学習成果を発揮した宋元画風の作品が並ぶ。やはり、彼の腕前の確かさが作品にあらわれている。
「青緑山水図」茨城県立歴史館蔵は観ていて気持ちの良い山水図。

(2)真景と肖像、人物
「北越山水図巻」早大會津八一記念博物館、「遊歴図巻」、「那珂川湊口晩望図」、「松島御鳥秋晩図」、「雪中門前弓持人物図」など、14~15歳から51歳まで幅広い年代の作品を集めている。特に「松島御鳥秋晩図」は柔らかな雰囲気の名品である。

(3)山水の妙、花鳥の彩り
「雪月花図」出光美術館蔵をはじめ、「雪景山水図」などやはり杏所は山水図に佳品も多く、もっとも多く手がけているようだ。
「富岳図」は55歳の最晩年の作品だし、「春江漁舟図」の賛は父の翠軒が書いている。翠軒はよく杏所の作品の賛を書いているのも今回初めて知った。
「芦石鵞鳥図」(重要美術品)出光美術館蔵、「花木図」(重要美術品)、「菖蒲図」など、花鳥画は洗練され、かつ上品な美しさがあり、山水図とはまた別の魅力がある。むしろ重要文化財や重要美術品に指定されているのはこの花鳥画の分野に多い。

第3部 文晃と門下四哲とその交流
第3部では、杏所に関わった南画家四哲の作品を紹介する。展示替えがあるものの名品ぞろいで非常に見ごたえがあった。
(1)江戸南画の巨人谷文晃
江戸南画といえば、まずはこの人、谷文晃。
彼は松平定信の命に従い、真景図を多く残しているが、「白河楽翁下屋敷真景図」白河私立歴史民俗資料館(後期展示)や草雲美術館の「山水図」など、今回は山水図が良かった。なお、重要文化財の出光美術館「戸山三層図稿」の展示もある。

(2)心の友渡辺崋山
崋山と心の友とされるほど交流が深かった杏所。私が杏所を好きな理由はこんな点にもあるのかもしれない。
大好きな崋山の名品が沢山出展されている。
久々に彼の絶筆「黄梁一炊図」(重要美術品)(10/26~11/23)を拝見できたのは非常に嬉しかった。
また草雲美術館「翎毛虫魚画帖」、「白鵞遊魚図」遠山記念館、「毛武遊記図巻」常葉美術館、「鸕鷀捉魚図」出光美術館など未見作品でも大作が多く、これを拝見できただけでも水戸まで出向いた甲斐があった。
このパートは非常にお薦め。

(3)花鳥と山水の妙手 椿椿山と高久靄
椿山はともかく高久靄の作品にはなかなかお目にかかれないので、これも貴重な体験だった。高久靄は池大雅の師事。彼の作品には北宋絵画の米法山水の技法が見られる。「墨竹図」などの墨の濃淡だけで遠近を表現したすっきりとした佇まいの作品や山水図など彼の作品も一度まとめて観たいと思っている。

(4)継承者 春沙と朴二郎
杏所の娘と息子も絵を描いたが、娘の春沙の作品は良かった。春沙は、父杏所の友であった渡辺崋山を師として絵を学んだ。父親譲りの上品な作風と女性らしい線の柔らかな作品を残している。

非常に盛り沢山な内容かつ名品が多く、展示内容、構成とも素晴らしかった。
おまけにオールカラーのかつ資料性の高い図録がわずか800円という信じられないお値段。郵送も可能なので、茨城県までは行けないという方は是非、図録を取り寄せされることをお薦めします。

*11月23日まで。オススメします。

「和田淳と世界のアニメーション」 シアター・イメージフォーラム

wada

11月20日から渋谷と表参道のちょうど真ん中に位置するシアター・イメージフォーラムにて「和田淳と世界のアニメーション」が11月26日まで7日間限定で上映されています。
詳細は、以下主宰のCALF公式サイトをご覧ください。
http://calf.jp/wadaworld/home.html

プログラムはAプログラム、Bプログラムと2種類用意され、昨日より1日交替でAプロ、Bプロを上映。毎回、上映前にゲストと和田監督とのトークがあります。各プログラム13作品、76分、75分の上映時間です。
昨日の初日は上映後に、CALF(アニメーションレーベル)主宰のお一人である土居伸彰氏と和田監督とのトーク。
なお、土居氏は先日、京都賞受賞記念のワークショップにてパネリストのお一人として参加されていて、ケントリッジへの鋭い質疑応答に敬服したばかり。

そして、本日は、公開中の映画『ゲゲゲの女房』鈴木監督とのトークがあり、『ゲゲゲの女房』では映画中のアニメーションで和田さんと大山慶さんが協力されたご縁で、同映画で使用したアニメーション制作秘話などのお話が伺えました。

さて、各プログラムの上映作品はCALFの公式サイトをご覧いただくこととして、私の感想を簡単にまとめてみます。なお、私は和田さんの作品を拝見するのは今回初めて。今年、ロシアのノルシュテイン監督の展覧会を神奈川県立近代美術館葉山館で拝見して以来、俄かに短編アニメーションの魅力にとりつかれたアニメ新参者です。

<Aプログラム>
アニメーションの魅力のひとつは、まず描画、キャラクターの絵の魅力が大きい。和田さんの作品は細い線と、基本的に顔が大きい割に目・鼻・口などパーツが小さめ。今回は初期の作品から順に上映していたので、キャラクターの変遷もよく分かった。初期の作品より、やはり近作のキャラクターの方が親しみやすくて、ほのぼのした感じがある。

和田作品は全部で7作品。中でも圧倒的に面白かったのは『春のしくみ』2010年。これは最高でした!場内からも思わず笑いが何度か会ったほど。こういう発想がどうしたらできるんだろうと思う程、予想外の動きをしてきます。
あと、私が好きだったのは象が登場する『係』2004年。ペチペチっていう音は、和田さ自身がご自分の身体を使ってどこを叩けば一番それらしい音がするだろうと実検し、選ばれた効果音が配される。
そして、そのペチペチという音が、映像以上に印象に残る不思議な作品。ペチペチと象の身体に貼られるシールのイメージだけが私の記憶に強く残った。
『やさしい増え、鳥、石』2005年はわずか3分30秒の作品だが、これも身体感覚を伴うような描画とどこかおっとりした間合いで、観ていてほんわかする。
和田さんの作品は、このほんわかさとちょっとキモイ所の組み合わせとバランスが魅力ではなかろうか。
もちろん、あの太っちょいキャラも好きです。

海外作品の方では、『ミラマーレ』ミカエラ・ミュラー(2010年クロアチア/スイス)。水彩で描かれたコマ撮りだろうか。やっぱり、絵の魅力がこの作品は優っていた。スピード感もあるし、あっという間の8分だった。

和田さん自身も「よく分からない」とおっしゃっていたフランスの『悩ましい愛撫』ジェレミー・ブラー(2009年)。巨大な顔面がクローズアップされるのですが、この顔が液体のようにぐにゃぐにゃと変化する様が気持ち悪いようで、触感的でとにかく不思議な作品。でも絵なのか、人形なのか、キャラの魅力があった。
『オオカミたち』ラファエル・ゾンマーハルダー(スイス・イギリス2009年)はモノクロで、線のしっかりした描画で、ストーリーはラブストーリーなんだけど、悲しい結末だったが、大人のアニメーションという感じで個人的にはこれも好み。

<Bプログラム>
和田作品の中では、『このマヨネーズはゆるすぎる』2002年、『kiro no hito』2003年『そういう眼鏡』2007年の3作品が特に気に入った。
中でも『そういう眼鏡』は羊が沢山出て来て、羊と人間が一体化したり、生えて来たりとメタモルフォーゼと身体運動の面白さ、これも発想と映像化が見事に上手く組み合わさった映像作品になっていた。

『kiro no hito』はモノトーンの映像の中で、突然赤いイアリングと口紅の色が映えて、女性をよく観てるなぁと感心してしまった。そして、おばあさん風なのに、なぜか全員ランドセルしょってるのが笑える。

世界のアニメーションはBプロも魅力的な作品が多く、中で特に印象深かったのは『ベニーニ』エリ・ヴォリネン他2名(フィンランド)2009年。男の脇から突如エイリアンのようなつぶらな瞳をした分身が生えてきたら、あなたはどうする?男と分身は仲良く暮らしていたのに、ある日、シャボン玉を作って窓辺で遊んでいたら、悲劇が・・・。切ないお話だった。

もう1つは『オルソリャ』ヴェラ・セデルケニイ(ハンガリー・2009年)。逆立ちしないと生きていけない女の子のお話。でも、これってハッピーエンドだったような。
『生命線』アンジェラ・シュテフェン(ドイツ・2009年)はストーリー性より絵画性が目を惹いた。次々と移り変るハリネズミの身体の紋様が面白い。
・・・て、どれもそれぞれ面白いし、見どころがあるので、もうこれは自分の目で確かめてみるしかないでしょう。

短編アニメーションの魅力にとりつかれます。しかし、上映順序とか練りに練ってらっしゃるでしょうね。特に世界のアニメーションは順番が変わると印象も変わってくるかもしれません。

11月26日まで21時~のレイトショーです。
ハーブ&ドロシーの後の上映だと思われます。併せてみるのも吉。
なお、シアター・イメージフォーラムは整理券制です、今回の上映会場の定員は108名。お早めに。

「鈴木清写真展 百の階梯、千の来歴」 東京国立近代美術館

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東京国立近代美術館で開催中の「鈴木清写真展 百の階梯、千の来歴」展に行って来ました。

鈴木清は1943年福島県いわき市に生まれた。
当初、漫画家を志し上京したというが、1969年 東京綜合写真専門学校卒業。同年から翌年にかけ、『カメラ毎日』に「シリーズ・炭鉱の町」を発表、写真家として出発。以降、看板描きを生業とし、写真家活動を展開。
以後、個展開催と並行しつつ4~6年に1回のペースで写真集を自費出版で続ける。
1982年 写真集『天幕の街』刊行、翌年同書および同題の個展により第33回日本写真協会賞新人賞受賞。
1994年 写真集『修羅の圏』刊行、翌年同書および同題の個展により第14回土門拳賞受賞。
上記が主な受賞歴である。

今回の展覧会では、鈴木が刊行した8冊の写真集それぞれからの作品を紹介するとともに、写真集のダミーや個展会場の手描き図面など、鈴木独特の手作業を通じた制作プロセスにも注目しつつ、彼の作品世界について紹介するものです。

なお、会場では8冊の写真集すべてを実際に手にとって見ることができる点が素晴らしい!
もちろん、白い手袋が用意してあるので、それらを着用した上で、写真集のページをめくっていく作業の楽しいことと言ったら。
最近私の関心が写真に向いていることはここでも繰り返し書いているが、特にオリジナルプリントと写真集とは全く別次元の作品世界なのではないか、写真集そのものも作品として捉える必要性を強く感じるようになった。
少し前にアップした記事「中藤毅彦による写真集をみる」ワークショップで尚更、その思いを強くした。
あそこで手にとってみた、ウィリアム・クラインの{New York」はまさしく写真を使ったアート本そのもの。
オリジナルプリントにはない、別次元の作品性、芸術性を遺憾なく発揮している1冊だった(あ~やっぱり、あれは欲しい)。

さて、展覧会では、思った以上にオリジナルプリントの展示が多く出ていたので、見ごたえがあった。
写真集別の展示写真数は次の通り。
・『流れの歌』 35点
・『ブラーマンの光』 13点
・『天幕の街』 38点
・『夢の走り』 32点
・『愚者の船』 12点
・『天地戯場』 12点
・『修羅の圏』 14点
・『デュラスの領土』 8点
その他 2点、および写真集ダミー7点、展示プラン6点。

毎度のことながら、2階のギャラリー4の展示リーフレットは非常にデザイン性に優れていて、これも毎回の楽しみである。今回も鈴木清の写真集に収録されたテキストから抜粋された言葉の数々が様々なタイポグラフィーによって表面を飾り、裏面は作品リストになっている。

私が一番惹かれた写真集は『修羅の圏』、次に『夢の走り』であった。
個々のプリントで言えば、どの写真集シリーズにもそれぞれ、グッとくる1枚、2枚はあったが、写真集を1冊の作品として観た時、圧倒的にこの2冊に惹かれた。

『天空の街』シリーズのコラージュ作品が、実に鈴木らしい、これが今回の展覧会のチラシやポスターにも使用されているのだが、鈴木の直筆と思われる色鉛筆か何かのマークが彼の写真集作りの試行錯誤や制作過程の一端を見せており興味深い。

関連イベントとして、本日11/19(金)18時より写真家の金村修氏と批評家の倉石信乃氏による鈴木清を巡る対談があったので聴講した。
司会は本展担当学芸員の増田玲氏である。

対談の内容は、写真集についてより鈴木清その人をクローズアップしたものだったので、若干私が期待していた内容とは違っていたが、東京総合写真専門学校で1年間、鈴木清の指導を受けた金村氏のお話が面白かった。
数々のエピソードや実際に鈴木が語った言葉の数々が、彼の人となりを表しているように思う。

・教育者としての鈴木清
通常は生徒の写真についてあれこれと指導する先生が多いが、鈴木の場合は自作を生徒に見せ、感想を語らせるなど、一風変わった教育手法だった。(金村)

彼からは、写真家はビジョンを持つということの大切さを学んだ。写真に対して盲目であっても良いとすら思う激しさに震撼した。

・鈴木清の展覧会
本展に個展レイアウトスケッチが展示されているが、あの通りに展示がされることなどなかった。すべて会場でインスピレーションをもとにどんどん展示を変えて行った。緻密なようでいて、反面破壊的であった。破壊的というのは、、綿密なプランニングスケッチまで描いておきながら、結局毎日通って写真の配置を変えたり、あげく、枯葉を集めて来て写真の上に枯葉を置いてしまったり、写真の上に写真を重ねるなど、およそ通常では考えられないような手法の展示だった。鈴木がいなければ、彼の個展の再現は不可能だ(金村)。

・鈴木清と読書
非常に多くの本を読んでいたことは間違いない。特にフランス文学に詳しく、ヌーボーロマンを読んでいて、その頃ちょうど、写真集『愚者の船』が刊行され、それとヌーボーロマンがどう結びつくのかが分からなかった。アトリエに呼ばれて行くと、ものすごい量の本があった(金村)。
現実にインスパイアされることもあるのだろうが、鈴木の場合は、本、書物にインスパイアされることもあったのだと思う。
鈴木の配偶者の方が、彼にとっては写真も書物も生きていく上で欠かせないものだと語っておられたたという(増田)。

・鈴木と音楽
鈴木は、ブルース・スプリングスティーンとジョージ・ハリスン、ベートーベンが好きだった。特にジョージ・ハリスンへの傾倒ぶりはすさまじく、手紙まで出していた。歌詞に対する共感が大きかったのではないか(金村)。

視覚芸術における音楽は語りにくい。鈴木の作品に言えることは水辺に対する感受性の強さである。どの写真集においても水辺のイメージは一貫んしているように思う。また、鈴木の作品は根源的に労働と結びついているものがあるように思う(倉石)。

・鈴木の性格
或る日、電話がかかって来て、会いたいと言われ、写真集にテキストの寄稿を依頼された。あまりにも性急で、事態はどんどんと進んで行く。周囲のものを巻きこむ力はすごいものがあった。
良い意味でも悪い意味でも他人や仲間とつるんでいない。
現状の自身に対する評価には不満を持っているが、それを隠さない。そういう欲求は強い人だった。

・鈴木はどういう世界を写真で見せようとしていたのか?
観る人が勝手に解釈すれば良いと思っている。ビジョンがあるようでない。むしろ空っぽだから何でも入る(金村)。

旅を撮ったのではないかと思う。空間的な旅。鈴木清のまなざしには両性具有的なものがある(倉石)。
鈴木清の世界には2つの次元が入り込んでいる。
ひとつは、出版物や書物を展示して行く。
もうひとつは、立体的なものを創ることができる人だった。立体物を創ることもできる人で、空間演出か的な要素を持っている人だった。

図録も秀逸きで、ポケットサイズの太めの辞書のようなデザインと装丁でとてもカッコイイ。
場所も取らない上に、写真の印刷もとても良い。これで1500円はお値打ちだと思う。この展覧会は巡回なし。買える時に買っておいた方がお得。郵便局を利用するなどして通信販売も可能

+12月19日(日)まで開催中。

「高僧と袈裟-ころもを伝え こころを繋ぐ-」 京都国立博物館

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京都国立博物館で11月23日まで開催中の「高僧と袈裟-ころもを伝え こころを繋ぐ-」に行って来ました。

「高僧と袈裟」最初、この特別展のチラシを観た時、何ともまた地味かつマニアックな展覧会を行うものだと驚いた。いまだかつて、僧侶が身に付けておられる「袈裟」を注視し、関心をもったことはなかった。
そこを敢えてクローズアップしようとするこの展覧会は実に意欲的かつ京博ならではの好企画展だった。

恐らく開催側も多くの入場者を見込めないことは覚悟の内であっただろう。それでもなおかつ、こんな貴重で稀有な展覧会を開催して下さったことに対して心から感謝を申し上げたい。
この企画展がなかったなら、袈裟について何一つ知らず、関心をもつことなどなかった。
そして、そんな人が多いだろうということも見こしていたのか、今回は作品リストだけでなく【小・中学生向けワークシート】袈裟ってなあに?が作成されていた。
このワークシートがまたよくできていて、小・中学生向けなどと銘打たずとも十分に大人のためのワークシートとして活躍してくれる。
もうひとつ鑑賞の助けになるのは、お馴染の「京都国立博物館だより」10・11・12月号で各章単位の内容がまとまっていて復習になる。
強いて言えば、最後か途中で、実際に袈裟を着用できるコーナーがあったら良かったと思う。
前述のワークシートに「袈裟を着てみよう!」という記事が掲載されていて、袈裟の着用方法が図入りで解説されているのだ。陳列されていた袈裟と一緒に、べっ甲製らしき円環も一緒にケースに入っていて、あれをどう使って袈裟を下げるのか、やはり実演してみた方がより理解が深まったに違いない。

展覧会の構成は次の通り。
第一章 袈裟のはじまり 律衣と糞掃衣(りつえとふんぞうえ)
「律」と呼ばれるインドの仏教修行集団の規則を通して定められた制服が袈裟だった。

第二章 天皇家と袈裟
法王や天皇が身に付けた袈裟を展観する。

第三章 鎌倉仏教と袈裟
鎌倉時代の仏教において袈裟はどう変化し、何を伝えようとしたかを探る。

第四章 伝法衣(でんぽうえ)にみる東アジア交流Ⅰ
伝法衣⇒師から嗣法の弟子へ、法を伝えた証として授けられる特別な袈裟。
この時、袈裟は、嗣法の象徴という重大な意味を持つことになった。

第五章 道教・神道と袈裟
神仏習合の思想が反映した袈裟を紹介

第六章 伝法衣にみる東アジア交流Ⅱ
新発見の夢窓疎石ゆかりの袈裟と南北朝時代の作例を紹介。

第七章 袈裟と名物裂
袈裟と名物裂のつながりを考察。袈裟に染織品としての価値を見出した茶道での名物裂を紹介。

第八章 伝法衣にみる東アジア交流Ⅲ
「金蘭」という裂地は足利義満によって開始された日明貿易によってもたらされるようになった。金蘭の袈裟を中心に室町時代の袈裟を紹介。

本展は、袈裟を通して、日本の仏教と東アジアの染織の歴史をたどり、またそれを伝えて来た人々の想いを届ける機会にしたいと企画されたもの。
見どころは、めったに表には出てこない秘蔵の袈裟の数々が一堂に会し、まじかで見られることにある。

冒頭に書いたようにこれまで袈裟の存在に注目したことがなかったので、これだけの袈裟を一度に観ることができたことがまずは貴重な機会だった。
その上で、それぞれの袈裟を眺めて行くと、折型の拡大図もあり、一見似たような袈裟でも織りや糸の細さ密度の違いが良く分かる。
更に袈裟の中でも国宝や重要文化財が目白押し。
どこがどう優れているから国宝や重文指定されているのかが、素人には残念ながら分からず。豚に真珠(豚には失礼だが)状態だったかもしれない。
それでも、袈裟って美しいなと、多くの袈裟を前にして思った。
色遣いの配置や、同じ紫でも黒に近い紫だったり、紺に近い紫だったり微妙に相違する。

気に入った作品にはリストに印を付けておくが、今回は「九条袈裟」が多く観られた。
そもそも九条袈裟の「九条」が意味する所さえ知らないのが情けない。
縦に区議らている数に応じて、九条袈裟、五条袈裟等と呼ばれるが、九条以上の袈裟は盛装に用いられるのだそう。

また、興味深かったのは、実際に展示されている袈裟を着用している高僧の肖像画が並んでいたことである。それらの絵画によって、明らかに目の前の袈裟が、高僧に使用されてていたことを如実に物語る。すなわち、盛装して撮影した写真にようなもの。

他に印象に残ったのは、冒頭の華麗な中尊寺経国宝2点、最澄の七条袈裟、国宝「法然上人絵伝」、「一遍聖絵 巻第十、巻第十一、重文「刺繍九条袈裟貼屏風」重源招来、高麗時代の「文殊師利問菩提経」、絶海中津料「二十五条袈裟」などなど。

時代がくだるにつれて、記事も豪華になって行く。染織美の展覧会としても興味深い内容だった。

*11月23日まで開催中

「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」 シアター・イメージフォーラム

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シアター・イメージフォーラムにて、話題のドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を観て来ました。
公式サイトはこちら
昨日は、この映画の監督・プロデューサーである佐々木芽生監督による舞台挨拶があると知り、急遽駆け付けた。

私と同じ思いの観客が多かったのか、はたまた映画そのものの人気のせいか会場は満席。
ほぼ定刻にまずは佐々木監督の舞台挨拶が始まる。

ほとんど予備知識なしで観に行ったのだが、佐々木監督は元々TV番組などの取材陣のコーディネーターなどのお仕事をされていて、映画を自分が作ることなど考えてもみなかったという。
それが2002年に、NYでハーブ&ドロシーと出会い、彼らのことを知った時、心底驚いた。
この時、佐々木監督の中で何かがはじけたのだと思う。

そして、それから2年その時の思いは封印されていたが、2004年に彼らに再会。
ここで、佐々木監督は思い切って彼らにアプローチ、取材をして媒体がTVになるのか何になるのか分からないがお二人のことを世界の人々に知って欲しいと熱い気持ちを伝えた。
ハーブとドロシー(以下ヴォーゲル夫妻)は、快諾してくれた。
初めて、二人の住むマンションに行った時、作品で一杯で本当に驚いたそうだ。
何から始めて良いのか分からないので、まずはデジタルビデオを片手に夫妻の姿を追いかけたのが始まり。

気が付けば、映画を作ることになり、多くの心ある皆さんの協力をいただいて完成にこぎつけたが、途中何度もくじけそうになり、「なぜ、自分はこんなことを始めてしまったのだろう?」と後悔に近い気持ちを抱いた日もあった。そして、映画となると予想以上に制作費も嵩み、気が付けばNYにあるご自身のマンションも抵当に入れ日本円にして5000万円の制作費用を捻出した。しかし、困難はまだ続く。映画は全米で無事公開でき、幸いにも好評を博したが、今年2010年に日本で公開することが佐々木監督の目標だったが、なかなか配給先が決まらず、こちらも頓挫しかけた所、様々な方面から有志の方々の援助があり、こうして無事日本公開にこぎつけ、私も鑑賞できることになった。
人の強い情熱は、目に見えない何かを通じて伝播して行くのだ。

佐々木監督ご自身は、ヴォーゲル夫妻と関わるまでアートに関心があった訳でもなく、ただ二人の情熱に心を打たれ教えられることがあったのだと思う。そして、ヴォーゲル夫妻から受けついだご自身の情熱を映画に昇華したのだと思う。

ご夫婦は、身長150センチ程の小柄で地味な外見で、NYのアートギャラリーのオープニングでは却って目立ってしまう程だが、彼らは人気者で常に温かく迎えられている様子は監督のお話にもあったし、映画のシーンにも出て来た。

「ごく普通の市民が、全米の美術館中でもワシントンナショナルギャラリーを中心に2000点以上のアート作品を寄贈し奇跡をおこした老夫婦の物語。」

この映画は、単なるアートコレクターのお話ではない。
むしろ、アート作品は彼らの情熱の向けたベクトルの一つであっただけで、本当に監督がこの映画で表現したかったのは、夫婦が同じ目的に向かって、30年もの間助け合い、ひたむきに「美は楽しい」というその思いだけで、アーティストを追い、作品について調べ、時にはアーティストのアトリエにまで出向き彼らと対話し、作品や作家について理解を深め、それによって人間関係、信頼関係を構築したという生き様だったのではないだろうか。

映画は二人の出会いとなれそめから始まる。
夫のハーブは元々絵を描いていて、美術に関心があった。妻のドロシーも夫の影響を受け絵筆を取り始める。
しかし、彼らはアーティストとしてでなくコレクターの道を選んでいく。
二人には子供はいないが、猫や亀と1LDKのアパートに慎ましく暮らし始めた。

映画の中で、作品を見つめる二人の姿勢の対比が撮影されていたが、前のめりになって見つめる夫ハーブと、一歩引いて冷静に見つめる妻ドロシー。
相補い合って、助け合って、お互いの好きなことに情熱とお金と時間を注ぎ続けた。
ドロシーはアートだけでなく、お芝居も好きで、二人はNYという街とお互いをとても愛している様子が場面の至る所からあふれ出ていた。作品がどんどん増えて行って、ワシントンナショナルギャラリーに運びだす時にはトラック5台分だったのだから恐れ入る。
美術館からオファーが来るようなコレクションを築きあげることができたのは、ハーブの知識と夫妻の審美眼の賜物なのだが、果たしてそれだけが理由だろうか。否、私はそれだけではないと思った。

この映画の鑑賞には、美術に関心があろうがなかろうが関係ない。
どちらかと言えば夫婦愛や人生の楽しみ方、生き方、そして情熱を注ぎ続けることを私たちに教えてくれる。

多くのアーティストも出演しているが、中でもクリストと亡くなってしまった妻のジャンヌ=クロード夫妻が、ヴォーゲル夫妻についてのエピソードを語る場面がとても印象深かった。
リチャード・タトルと夫妻とのやりとりもおかしかったが、やはりクリスト夫妻とヴォーゲル夫妻の間柄は別格だったようだ。

映画を観ていて不思議だったのは、彼らがどこから作品を購入していたのかということ。
映画だと、直接アーティストから作品を購入しているように見えるのだが、恐らくギャラリーの仲介はあるのだろう。しかし、それらしきギャラリストは出演していなかったように記憶している。更に彼らが好んでコレクションしていたのは、ミニマルアートやコンセプチュアルアート。一見してこれらの作品を理解するのは非常に難しい。私など、コンセプチュアルアートというだけで、尻込みしたくなる時がある。彼らは作家を長期にわたり見つめ続けて来て、作品を集め続けたからこそ、価値あるコレクションを成し得たのだろう。これまた情熱と夫婦の協力があってこそ。

ワシントン・ナショナルギャラリーから送られたいくばくかの金銭もまた国民に還元と作品購入にあててしまう。
根っから、アート、美を愛する二人の姿勢に脱帽した。
世界中にアートコレクターは沢山いるだろうが、夫婦でという点がヴォーゲル夫妻の素晴らしさなのだ。これだけの情熱を夫婦で半世紀にわたり注ぎ続け、作品やアーティストと関わってきた、関わることができたのは、ご夫婦の人格、相補い合う愛情ゆえであろう。
まさに、ふたりだったからこそなしとげた、それもごく自然に。それは彼らにとっては必然だったのだ。

独り身の我が身にとっては羨ましくもあり、ちょっとセンチメンタルに陥ってしまった。

最後にお知らせをひとつ。
来週11月22日は「いい夫婦の日」。
この日を記念して、青山学院大学において『ハーブ&ドロシー』特別トークショーが開催されます。
何と、NYからスカイプを通じてヴォーゲル夫妻が登場します!!!
*トークショー:佐々木芽生、鳩山幸
*NY中継:ハーブ&ドロシー・ヴォーゲル夫妻
日時:11月22日 18時~20時
場所:青山学院大学 青山キャンパス 総研ビル(14号館)12階大会議室
参加費:無料 定員250名 申込要
詳細および参加申込は以下のサイトからお願いします。
http://www.sccs.aoyama.ac.jp/topics/101111.html 

*この後、順次全国で公開予定です。詳細は公式サイトをご確認ください。

松江泰治 「survey of time」 TARO NASU

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TARO NASUで11月20日(土)まで開催中の松江泰治 「survey of time」に行って来ました。

今回の個展では、1980年代頃から撮影された初期のモノクロ写真作品と、最新作の映像作品7点が展示されています。
松江泰治のプロフィールはこちら(ギャラリーの公式サイトへ)。

昨今、写真家の方のトークなどに参加すると、「これからは写真だけでなく映像制作も視野に入れている」という発言を耳にすることがあります。
確か鈴木理策さんも、横浜のlanClassでのトークで以前そんなことをおっしゃっていました。

松江さんのお名前は存じていたものの、実際にプリントを拝見するのは初めて、ましてや最新作の映像も初見。

元々、東京大学の地理学科で航空写真で地学の研究をされていて、その後、森山大道氏の写真に強い影響を受け、写真家を目指すことになったそうですが、今回展示されている初期のビンテージプリントは、森山氏の影響を僅かに感じる、都市や日常でのスナップ風のモノクロ風の写真が並んでいました。
特に、注目したのは影の取扱方。初期プリントでも影を意識した写真が多かったように思います。対象をひとつひとつ丁寧に捉えている印象を受けました。

対して、映像作品は以前、写真集で拝見した松江泰治さんらしい作風、上空から俯瞰した写真を映像化していて、非常にゆっくりとした動きがある点が写真にはない魅力。
サイレンスでループ映像なので、どこから見ても構わないし、ストーリーがある訳でもない。

例えば、病院やカフェなど待ち時間を持て余してしまうようなスペースにこの映像作品があると、とても癒されるのではないだろうか。
私の好みは、階段を下りて一番最初にあった白っぽい映像、あれは雪景色だった?工事現場だった?のと、イギリスのような牧草地帯にのんびりと家畜が行きかっている映像、そして、一番奥の展示室にあったチリのお墓の遠景映像、この3つがとても良かった。

逆に意外だったのが、同じく映像で市井の猫を被写体にした映像。
思わず赤瀬川源平さんの写真を思い出してしまうような、のんびりとしたそして俯瞰していない等身大の映像だった。どこにでもありそうな日常の光景。この映像作品の対面に初期のビンテージプリントが展示されていて、モノクロ写真がそのまま映像化されたように両者は連動しているように感じた。

奇しくも、前述の鈴木理策氏と松江泰治氏は同じ1963年生まれ。そして、もう一人同年生まれの鷹野隆大氏、2人の写真評論家(倉石信乃、清水穣)らと12月11日より恵比寿のNADiff a/p/a/r/tにて『写真分離派宣言』なる展示とイベントを行う。

松江氏と鷹野氏のトークは2011年1月30日[日] 15:00 - 17:00 に開催。

こちらの展示も楽しみである。

*11月20日まで開催中。

「それらすべてを光の粒子と仮定してみる」 村上友重 CASHI

馬喰町のCASHIで11月25日まで開催中の村上友重(むらかみ・ともえ)「それらすべてを光の粒子と仮定してみる」に行って来ました。
作家プロフィールなど詳細はこちら
murakami tomoe



村上友重は水と光を一貫したテーマとし、地球上の美しい空気感を称えた風景が印象的な写真作品を中心に国内外で精力的に活動を続けている若手写真作家で、先日スパイラルで開催された「ULTRA003」のNovember Sideにも出展されていたとのことですが、どうやらスルーしてしまったようです。気付きませんでした。

本展は今年受賞した「The Art of Photograpy Show 2010」にて最優秀賞である「1st Place Award」を受賞した新たな歩みの一歩となる場所として、全て新作にて構成されています。

と言っても、旧作も拝見しておらず、実質的には今回初めて写真を拝見したのですが、最初に目についたのは、入口正面にある台上の漆黒に僅かなカーブを描いた光の曲線が写されている大型写真1点と壁に2点。壁の2点は飛行機の航跡を長時間露光で撮影したものだとか。

一方、その黒さと対照的に壁の奥には大きさも様々なスナップや4つ切、更にもう少し大きめのサイズの作品が10~15点程展示されています。
ギャラリーの方によれば、一切加工はしておらず、焼も村上さんご自身で行っておられるとのこと。

やっぱり海の作品に目が行ってしまうのですが、空と海の写真を並べて観ると実は両者にそれ程大きな差異はないのかなと思えてきました。そして、圧倒的に光っていたのは森を撮影していた1枚。個人的には海の写真が好きですが、ぱっと観た時の印象は森の緑のあまりの美しさに足が止まりました。

「綺麗な写真だね」と安直に言えないような力量を持っていると思ったのは、最初の黒の3枚のインパクトが大きかったこと、そして他の作品との比較において常に革新に挑戦されている魅力があったからだと思う。
1980年生まれとまだまだお若い写真家さんなので、今後の一層のご活躍を期待したい。

オリジナルプリントはそこそこのお値段だったのですが、村上さんご自身の依頼でお知り合いの方に頼んだ装丁と印刷の美しいミニ写真集300部限定が通常1350円のところ、CASHI特別価額で1050円だったので、ついつい跡先考えず買ってしまいました。
でも、眠る前に観ていると楽しそう。

*11月25日まで開催中。

「岩田俊彦展」 ラディウム-レントゲンヴェルケ

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「ヒシ」URUSHI on wood panel

ラディウム-レントゲンヴェルケで11月20日(土)まで開催中の「岩田俊彦」展に行って来ました。
詳細はギャラリーサイトへ⇒ こちら

岩田さんは1970年生まれの漆工芸作家で、東京にやって来て間もない頃にレントゲンで初めて作品を拝見し、それからずっと気になって、銀座のモンブランで開催された小展示まで観に行った程です。
漆作品なのですが、デザイン感覚がモダンで、厚みのある造形は平面と立体作品のちょうど中間に位置しているような感じを受けました。

特徴的なのは、画面に配された図柄で、この大胆な図様と漆ならではの色遣いが作品の特徴でしょうか。
モダンといっても、決して伝統から外れてはいない、むしろ伝統技術を踏襲しつつ現代のデザインを見せてくれる、漆っていいなと思わせてくれる作品です。
あの艶やかな漆ならではの質感がたまりません。

あえて、作品に厚みを持たせることで、側面の色を変え表情を観る方向によって変えている。

今回は、これまで見たことがなかった小さなサイズの作品が3点あって、真剣に欲しくなってしまった。
そのうち2点の色遣いが紫とベージュの組み合わせでシック。
それより少し大きいサイズで、紫と黒や僅かに緑が加わっていた作品も良かった。

蜘蛛やドクロ、蝶にトンボ、モチーフも少しずつ変化しているように思う。

縦に四角で展示してあるものもあれば、菱形のように展示されているものもあり。
置き方によっても、作品の印象が変化するので、敢えて置き方を変えて楽しむこともできるのではないかな。

和室にも洋室にも合いそうな作品。
やっぱり、好きだなぁ。

なお、10月23日~11月23日まで喜多方市美術館で開催中の「漆 そのあたらしい表現を巡って」、同じく10月2日~11月23日「会津・漆の芸術祭」にも岩田さんは参加されています。

*11月20日まで開催中。

「大津 国宝への旅」 大津市歴史博物館

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大津市歴史博物館で11月23日まで開催中の開館20周年記念企画展「大津国宝への旅」に行って来ました。

この展覧会、結論から申し上げると素晴らしいです。
何しろ、前期・後期合わせて国宝35点、重要文化財55点で大津の名宝を史上最大規模で展示。
チラシにある「えっ、国宝がこんなに!」は思わず私も同じことを呟いてしまったほど。

大津市歴史博物館の秋の企画展は、毎年とても力が入っているのですが、今回はさすが開館20周年記念だけあって、これまで以上に充実した内容でした。
展示空間もこんなに広かったっけ?と思った程です。

展覧会構成は次の通り。
第1章 珠玉の古文書と大津ゆかりの祖師
第2章 工芸と歴史資料
第3章 絵画の魅力
第4章 み仏の祈り 仏像の美
第5章 曼荼羅 (前期のみなので、今回は後期展示だったため拝見できず)
第6章 不動明王(前期のみ)
第7章 顕教の美(後期のみ)
●秘仏開扉 大半は前期のみの展示 後期は1点のみ
●六道の世界 11/2~23まで

近年、三井寺展の開催もあったため、秘仏と言われる黄不動や智正大師坐像などはその時拝見していたので、後期展示に的を絞っていた。
展示作品リストはこちら(PDF)→http://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/image/201002/otsukokuhou0914.pdf
後期展示の最大の見どころは何と言っても最後の「六道の世界」だと思う。

何しろ、聖衆来迎寺の絹本著色の六道絵は全部で13点、うち1点の「人道四苦相図」のみ11/6~23までの展示だったため、拝見できなかったが、残り12点はしっかと拝見して来た。
本来六道絵は、15点あり、今回出展されていない2点「畜生道図」と「阿修羅道図」は写真パネルでの展示。

しかし、12点いずれも、素晴らしいというのはやや不適切な表現かもしれない。
世にも恐ろしい様々な地獄絵があの手この手で描かれる。
①閻魔庁図
②等活地獄図
③黒縄地獄図
④衆合地獄図
⑤阿鼻地獄図
⑥餓鬼道図
⑨人道不浄相図
⑩人道四苦相図(1)
⑪人道四苦相図(2)
⑫人道無常相図
⑬天道図
⑭譬喩経説話図
⑮⑮優婆塞戒経説話図

いずれも鎌倉時代のものですが、彩色もよく残り、人物表現、鬼の様子、姿形、動きいずれも精細に描かれて、一層怖さが増している。
こんなすごい仏画があったのかという驚き、これまで観た記憶がないのか、数点は拝見していても、ほぼ全作品がそろうのはまたとない機会。

また作品の解説に異時同図であるため、どういう順番に地獄に落ちて行くかも図入りで解説されているので分かりやすい。

他に絵画で感心したのは、同じく聖衆来迎寺所蔵の「絹本著色揚柳観音図」高麗時代の仏画と「法華経」(色紙金銀箔散)平安時代、「絹本著色阿弥陀八大菩薩図」延暦寺・滋賀院蔵 挑戦高麗時代。
つい先日、韓国国立中央博物館で開催中の「高麗仏画」に出展されていても決してひけをとらない名画。
特に、水月観音とも言われる揚柳観音図の美しさ。本場ソウルで観た類似作品と同レベル。

「紙本著色 石山寺縁起絵巻」のうち第3巻、第5巻が出展。もちろんこれも国宝です。

仏像群も忘れるわけにはいかない。
今回一番惹かれたのは「木造十一面観音立像」盛安寺蔵と「木像地蔵菩薩立像」大津市内現存最古の地蔵菩薩と言われている作品。更には、「木像愛染明王像」「木造四天王像」がお待ちかね。特に「四天王像」に組み敷かれている邪気の様子が茶目っ気たっぷりなのが気に入った。

会期末に向けて11月16日~は延暦寺の「金銅経箱 叡山横川如法堂埋能」平安時代(国宝9や前述の聖衆来迎寺の「人道四苦相図(1)」が展示を待っているので、ぜひぜひお出かけください。

なお、常設展示に海北友松の屏風絵もあり、こちらも見逃せません


*11月23日まで開催中

「個室都市 京都」 高山明/Port B JR京都駅ビル

「個室都市 京都」という作品が現在、京都駅東口広場を舞台に開催されている。
現在、京都では舞台芸術の祭典『KYOTO EXPERIMENT 2010』を開催中で、本作品もそのプログラムのひとつとなっている。
「個室都市 京都」公式サイトはこちら

作品と簡単に言ってしまったが、一応「演劇」としてジャンル分けされているが、私個人としてはそのジャンル分けに非常に抵抗感を覚える。

作品の演出は、高山明氏で既に東京の池袋にて「個室都市東京」で評価を得、今回は京都を舞台に新たな展開を試みる。
なお、高山明氏は同時並行で山手線各駅に避難所を設けるという「完全避難マニュアル東京版」の演出・制作に携わっておられ、こちらも近日中に記事にしたいが、まだ二箇所しか避難できていないためもう少し時間が必要。

さて、個室都市京都は、仕組み自体は至ってシンプル。
京都駅ビル7階東広場に突如、DVDを鑑賞する個室ブースを作り出し、部屋数は12位だろうか、各部屋によって、内部が微妙に異なり、中は恐らくすべて畳敷だが、椅子が違う。
リクライニング可能なリラックスチェアだったり、マッサージ機能が付いた電動マッサージチェアだったり、シンプルなクッションだったり。
部屋が空いていれば、希望の部屋を利用できるが、基本料金は一時間で500円なので、タイミングがうまくあえば、希望の部屋を押さえられると思う。

私は幸いにもすぐに、希望していたマッサージチェアのお部屋が空いたので、そちらを利用する。
なお、個室にはフリードリンク制でコーヒーや紅茶など、マンガ喫茶のように飲物の持込可能。
そして、これが最も重要だが個室では京都駅近辺でインタビューされたおよそ200名分のDVDを鑑賞するのだが、一度に五本まで持ち込み、観終わったら返却してまた5本を選ぶシステム。
インタビューされている人によって一本あたりの長さは異なるがほぼ五分前後。従って、ー時間だと10本は鑑賞できる。

問題はズラリと並ぶDVDのどれを選択するかだろう。
DVDのパッケージにはインタビューされている人物の上半身の写真がカバーリングされているが、情報はそれだけ。

いかにも濃そうな人物を選ぶか好みの異性のものを選ぶかは、鑑賞者に委ねられている。年齢、性別、国籍すべて様々。

私はできるだけ、属性に偏りのないように選んだつもりだったが、今思えば、もっと冒険しても良かった。内容が無難なものが多かったから。

インタビュアーの質問はまるで脈絡がなく、
通天閣と京都タワーのどちらが好きか?
京都駅にはよく来るか?
京都の駅ビルについてどう思うか?
今、一番会いたい人は?
あなたには守るものがあるか?
国際結婚についてどう思うか?
自分の家族であっても国際結婚は構わないか?
外国人が日本で働くことをどう思うか?
昨日の今頃なにをしていたか?
インタビューの御礼として貰う500円を何に遣うか?
あなたの夢は?
あなたは誰かに愛されていると思うか?
今後、戦争が起きると思うか?
天皇は京都に戻った方が良いと思うか?
今朝の朝食は何だったか?
東西南北のうち好きな方角は?
その方角を選んだ理由は?
どの季節がいちばんすきか?
その季節を選んだ理由は?

などなど矢継ぎ早に聞かれる。そして、「さいごにあなたは一体誰ですか?」という質問でしめくくられる。

個々人の回答や態度の差違も興味深いが、私が最も驚いたのは好きな方角。
私が選んだインタビュアーのうち男性はほぼ全員が北を好きだと言っていた。女性は逆に南と北に別れる。東西に至っては、誰1人好きと回答する人がいなかったのにも驚いた。また、その方角が好きな理由も聞かれるのだが、回答は千差万別でしかも曖昧なものが多かった。
北には人類が、殊に男性が惹かれる何か原始的な要素が潜んでいるのだろうか。

これらのインタビュー映像を通じて思い出したのは、今和次郎の「考現学」である。
高山氏本人の意図はこの際、脇に置いておこう。
様々な問についての回答を聞いていると、社会学的アプローチ、かつ、都市論、そして現代という時代に生きる人間像をあぶり出しているように思えてならない。
それらのインタビューを聞いている鑑賞者本人もいつしか、自分だったらどう答えるだろうと無意識のうちに考えてしまうだろう。

鑑賞は次の予約者がいなければ延長も可能で、30分で200円。

そして、この後希望者にはオプショナルツアー(ツアー代金は別途1000円)が用意されている。
3名集まると出発するが、結局1人ずつ時間差で動き始める。
今回は、イヤホンから流れる声の主の誘導に従って、ツアーを開始するのだが、これ以上書くとネタばれになって、面白くないので詳細は割愛する。
私個人の感想は、私の知らない京都が見えたこと。
何十回と京都駅には来ているけれど、これまで知らなかった場所や、見方があったのだと、そして、京都ならではの誘導トークも良かった。

個室都市京都は、舞台が終了してもなお、続いていくように思う。全部のDVDの中で一番人気はどれだったのかや参加者の感想を分析しても面白そう。

京都駅に来たら、ふらっと立ち寄ってみるのもこの舞台には相応しい。ぜひとも、気軽に体験を。
予約は、こちらのサイトより可能です。⇒ http://compartment.shop-pro.jp/

*11月21日まで開催中。

開館50周年記念名品展 「大和文華館の日本絵画 」 大和文華館

大和文華館開館50周年記念名品展「大和文華館の日本絵画 」に行って来ました。
美術館公式サイトはこちら

この美術館は、故吉田五十八設計の名建築として知られ、藤森照信著『美術館三昧!』にも掲載されています。
しかしながら、老朽化は否めず、来館者用のロッカーもなく、薄暗い玄関ホールであり、今思えば、それもまた古き時代の名残で良かったが、根津美術館、サントリー美術館、山種美術館と続々リニューアルされて行く中、大和文華館も時代の流れに乗ったのだろうか、改修工事に入った。

そして、この秋ついにリニューアル工事が完了し再開!

新しい美術館は、まずチケットブースが、館内ではなく新たに設置された敷地ゲートの一角にある。人、1人で一杯になりそうなスペースでチケットを購入。
お馴染みの美術館への坂道をてくてくと登って行く。
この坂道も以前は舗装されていなかったと記憶しているが、今回は綺麗に舗装され歩きやすくなった。これなら美術品運搬の際に発生する振動も少なそう。

メインロビーは見違えるように明るくなっていたが、建物外観は変わっておらず、内部も受付を無くした分、ミュージアムショップが新たに設置され、美術館オリジナルグッズやナマコ壁をロゴ化したオリジナルミュージアムグッズが、沢山作成されている。
大和文華は、外観のナマコ壁が大きな特徴なのだ。今では、これもあまり見られなくなった。

入って左側にあったお手洗いは、応接室に変わり、右手のショップ奥にピカピカのお手洗いができている!個人的には、これが一番嬉しかった。以前のお手洗いは暗くて怖かったのでやや利用するにも勇気が必要だったのだ。お手洗いの反対側にコイン式ロッカーも設置。根津美術館と同じもの。

長い回廊を抜け展示室に入る。
明るい!むしろ明るすぎやしないかと、ここで初めて首を傾げる。床はカーペット式に変わっていた。そして、建物のもう一つの特徴、中央の中庭とそれを囲むガラスに以前あった真ん中の仕切りがなく一枚ガラスになっていた。
最初に感じた明るすぎという印象は結局最後まで変わることはなく、外光が入りすぎて、展示ケースのガラスに反射、結果、中の作品が反射により、見えない、観づらい場面が多々あった。以前、反射はここまでひどくなかったように思ったのだが。遮光フィルムも貼られているとのことだったが有効とも思えず。
矢代幸雄の東洋美術への理想、「自然の緑が陳列室の空気をも彩るようにしたい」、「自然の額縁のなかで東洋の美術は一番美しく見える」を実現したものである筈なのだが、彼が存命していたら何というだろう。
自然光は、ガラスケースなしで作品を観るのであれば有効だろうが、どこか矢代の望んだ姿とは違っているように思えた。
訪問する時間帯にもよるだろう。私が行ったのは丁度お昼時だった。

肝心の作品は開館50周年記念展に相応しく、館所蔵の名品が一挙に登場。テーマ別になっており、第一弾は日本絵画。
以下、印象に残った作品を挙げるが、何度か来ていてそれでも未だ拝見したことのない作品が中心。初めて行かれる方であれば、どれもこれも素晴らしい作品ばかりで見どころ満載間違いなし。

・寝覚物語絵巻    平安後期     国宝
料紙装飾の極み。絵もさることながら、料紙そのものの豪華さは平家納経、法華経を想起させる。

・笠置曼荼羅図     鎌倉    重文
仏画のコレクションもなかなか。中で、これが一番印象に残った。

・山水図屏風    伝周文
これが、件に挙げた観づらかった作品。折角の伝周文の山水図、もっとしっかり拝見したかった。水墨の六曲一双、雄大な山水。

・婦人像    桃山   重文
・阿国歌舞伎草子    重要美術品
桃山時代らしい風俗図。女性の着物の描写に注目。うさぎ柄は愛らしすぎる。

・婦女遊楽図屏風    六曲一双    国宝  
かの有名な松浦屏風で、漸く対面できた。やはり、状態も良く素晴らしい。碁盤の木目まで絵でひょうげんしている。女性たちの着物や髪型が桃山という時代を象徴している。金地がまぶしいが、着物の艶やかさも負けていない。

・輪舞図屏風     六曲一双
輪になって踊る様子を描く小型の屏風。これも珍しい。

・中村内蔵助像    尾形光琳   重文     全期間  
こちらも著名な、光琳のパトロン内蔵助の肖像画。

・武蔵野隅田川乱箱    尾形乾山
初見だろうか。記憶がない。乾山の箱物も良い。

・金地山水図屏風   渡辺始興  六曲一双
金具に要注目。

・源氏物語浮舟帖   重文   鎌倉
絵画だけでなく書蹟の展示もある。石山切、伊予切など、例によって料紙の美に惹かれつつ、今回はこの浮舟帖が、実に素晴らしかった。絵と書の融合。


他にも、田能村竹田、呉春、司馬江漢の珍しい墨画など、キリがない。

前期・後期と大幅に展示替えがあるのでご注意ください。
前期は11月14日まで!

写真家中藤毅彦による「写真集をみる」ワークショップ PIPPO

浅草のPIPPOという小さな写真ギャラリーにて、写真家中藤毅彦による「写真集をみる」ワークショップに参加しました。

第1回目は、ウィリアム・クライン、エド・ファン・デア・エルスケン、ロバート・フランクの3名について略歴等の解説を拝聴しつつ、貴重な写真集(初版)を手にとって見ることができます。

いやはや、3名の写真集素晴らしかったです。

特に、クラインの著名な4都市シリーズの中でも「NEW YORK」は写真集のレイアウトや大きさ、造本、装丁デザイン、中にはさまれたリーフレット、もうあらゆるところにクラインのアーティスティックな精神が貫かれている。
これは、真剣に欲しい。
彼は、パリでレジェに師事し、バウハウスデザインも学んでいるが、それが初期写真集『NEW YORK』から感じとれる。
しかし、今や古書店でも20万程度するという超希少かつ高価本。

ROMA、TOKYOも良いけれど、私は「MOSCOW」も好きだった。

次はエルスケン。
彼は『セーヌ左岸の恋』(Love on the Left Bank、1954)で一躍有名になったが、個人的には『Sweet Life』(1964)がめちゃ好み。とにかくグラビア印刷が素晴らしい。
クラインのもそうだけれど、復刻版であの印刷や黒の感じはあらわれていない。

フランクは上記2名に比べると優等生的でかつ品のある写真だったし、写真集も同様。

このワークショップ11月13日(土)にも開催されます。
まだ人数に余裕があるようだったので、関心がある方は是非PIPPOにお問い合わせください。

三好耕三写真展 VACANT

神宮前、原宿に近いVACANTに初めて行ってきました。

目的は、三好耕三写真展。
前日にとある写真集専門店のお店の方から評判の良さをうかがっていたのだ。

2階が三好さんの個展+なぜかアンセル・アダムスの写真が6点ほど展示されている。1階は、また別の方の写真展だが、これもまずまず楽しめた。

三好さんの写真は初見。
ゼラチンシルバープリントで過去からの作品を選りすぐって展示されていたのだと思う。
特にテーマは定まっていないが、風景だったり、少女が道に佇んでいたり様子だったり、海鳥が何羽も羽ばたいていたり。

白黒世界と陰影が迫ってくる圧倒的な美しさ。しかし、それだけではない何かがある。
悠久の時というべきか。
「Globe」という写真は実際にある大きな球形の巨岩か。
最近、石の存在そのものが気になっているので、余計この1枚に強く惹かれた。

とにかく、お勧め。
なお、写真集「ORIGIN」が10月末に発売されたばかり。
ギャラリーには過去の写真集も含め、手にとって中身をみることができます。

*11月12日(金)まで。

「南宋の青磁 宙をうつすうつわ」 根津美術館

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根津美術館で11月14日まで開催中の「南宋の青磁」展に行って来ました。

南宋官窯の名品を加え、国宝2件、重要文化財7件を含む65県の国内の砧青磁を一堂に集め、青磁の釉色の美しさに触れる展覧会。

根津美術館のコレクションにこだわらず、個人蔵も含め国内各所から選りすぐりの南宋青磁の名品揃いです。
噂には聞いていましたが、これ程までの名品揃いとは!
陶芸関連の展示で、今最もオススメできる展覧会であることは間違いありません。

青磁と一口に言っても実に様々、最高峰と言われるのは希少価値性、「天青色」と言われる気品ある釉色から北宋汝窯のものが頂点とされているかもしれないが、古来日本に伝わり愛されてきたのは南宋、とりわけ龍泉窯のものではなかっただろうか。

「宙をうつすうつわ」と三時された龍泉窯の青磁のうち、宙を思わせる美しい釉色のものを特に「砧青磁」と呼び珍重され、諸大名、茶人にこよなく愛されてきた。
いっそ、北宋汝窯の青磁と、南宋・龍泉窯の青磁を並べて比べて観たい欲求に強くかられた。どれだけの違いが両者にあるのか、釉色はやはり違うのか。

今回は、南宋青磁の中でも特に龍泉窯のものに的を絞り、一部南宋官窯の珍しい米色青磁の逸品を展示し眼福この上ない。

特に気を付けて観て行ったポイントとしては、釉色、姿、形、貫入の有無、貫入がある場合はその入り方である。
また、国宝や重文指定されているものとそうでないものとの違いは何であるかについても、できるだけ考えながら観て行った。
無論、素人には結論など出ようもないが、やはりやきものの世界は良いものを観るに尽きるのではないかと思っている。

個人的に気に入った作品は次の通り。形状の変わったものと透明感のある釉色のものを好む傾向がある。
・青磁槌形瓶 梅澤記念館 重文
・青磁筒形瓶 銘大内筒 根津美術館 重文
・青磁鳳凰耳瓶 大阪市立東洋陶磁美術館 重文
・青磁玉壺春形瓶 
・青磁下蕪形瓶 徳川美術館
・青磁蓮弁文碗 常盤山文庫
・青磁碗 銘雨龍 鹿苑寺

・青磁盤 MOA美術館 2口 
この2口の青磁盤はとても薄くて、透き通るような水色。めちゃ好みだった。2口揃いというのも珍しい。

・青磁輪花洗 銘青海波 金沢市中村記念美術館 重要美術品
・青磁双魚文盤 2つあったが、44番が好み
・青磁筒形香炉 銘千鳥 徳川美術館
筒型香炉は他にもう1点あったが、そちらも良かった。徳川美術館の銘千鳥は何度も見ているが、蓋のついた香炉でその蓋に千鳥の細工があるのが何とも洒落ていて、何度観ても好き。

・青磁花文不遊環瓶 藤田美術館
これも、非常に珍しい形状。

あとは、官窯の米色青磁にひたすら魅せられた。
官窯の南宋青磁は全部で10点だが、どれもこれもすべて素晴らしく、全部に☆印が付いていた。
なかでも青磁輪花鉢や青磁壺、常盤山文庫所蔵の3点が忘れられない。

後半は国内の遺跡で出土した南宋青磁の破片の展示。

破片と言えば、現在大阪市立東洋陶磁美術館で11月28日まで「幻の名窯」南宋修内司官窯(杭州老虎洞窯址発掘成果展)が開催されている。

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こちらも、既に鑑賞しているが、この時の印象は欠片ひとつとっても、釉色は北宋汝窯の発掘成果展の方が良かったなと思った。あくまで個人の好みなのかもしれないが、透明感と澄んだ青は北宋の青磁に多かったように思う。

南宋官窯の青磁は「粉青」と呼ばれる独特の色合いや「貫入」大胆な入り方そしてその美を生み出し中国青磁の最高峰の一つと言われているそうだ。
ただ、今回出展されていたような米色青磁の欠片はなかったと記憶している。

本展図録は購入を見送ったが、掲載論文含めじっくり読んでみたいし、今にして思えば講演会に申し込めば良かったと今更ながら後悔した。


なお、展示室5では「中国の画冊と画巻」と題した展示が行われている。
元時代~清時代の作品で、6点中4点は清時代のものだったが、仇英「竹林七軒図巻」と元時代の「聴颿楼集宋元画冊」が惜しげもなくずら~っとガラス一面に広がっていたのは望外の喜び。
この画冊のケースからくっついて離れられなくなってしまった。

展示室6「炉開きの茶」も毎度のことながら美しい設え。
象嵌従事花文俵形鉢な備前瓢型振出などたまりませんね。

*11月14日まで開催中。

平櫛田中コレクション2010 東京藝術大学 正木記念館 はじめての美術館79

東京藝術大学の藝大アートプラザの手前に古めかしい門と2階建の建物があるのをご存知でしょうか?

京美術学校の第五代校長である、正木直彦の長年にわたる功労を記念するために昭和10年(1935)7月に建設(金沢 庸治 設計)されました。近世和風様式の鉄筋コンクリート造2階建で、1階部分は平櫛田中をはじめとする彫刻作品を展示するスペースとして1年に1度、不定期に公開されています。
東京藝術大学公式サイト⇒ http://www.geidai.ac.jp/museum/concept/masaki_ja.htm
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2010/denchu10/denchu10_ja.htm
正木記念館の存在を知ったのは、まだ昨年のことで、その時には開館タイミングを逃し拝見できず、今年こそと漸く念願かなって行って来れました。
今年は10月26日~11月7日(日)の開館で、既に公開は終了していますが、素晴らしい作品が展示されていたので、感想を残しておこうと思います。
関心を持たれた方は、恐らく例年秋の公開のようなので来年訪れてはいかがでしょう。

それ程広くないスペースに44点の作品が置かれています。

入口で表面には、全部の作品の画象と作品タイトル、作家名、制作年、素材、像高が記され、裏面に作家のプロフィールが掲載されたリストをいただけます。
特に印象に残った作品は次の通りです。

・橋本平八 「幼少の孟子像」 1931年
・橋本平八 「良寛」 1934年
いずれも図録で確認したが、現在世田谷美術館で開催中の「橋本平八と北園克衛」展に出展されていない。
実は、正木記念館のことは、昨年9月に日本橋高島屋で開催された「滝上優展-佇む人間-」の彫刻家滝上氏から教えていただいた。滝上氏も橋本平八の彫刻がお好きとのことで、早逝した橋本作品はどこで見られるのでしょうかとお尋ねした所、正木記念館のお話を伺った。
2点とも像高30センチ弱なので小さめの木彫だが、特に「良寛」はその人柄までもが彫刻から滲み出ており、人格さえも彫刻で表現できるのかと改めて感嘆した次第。
1点でも多く橋本作品を拝見できるだけで、幸せな気持ちになれる。

・宮本理三郎 「海幸」4点、「茄子」、「蛙」2点、他5点
今回一番、驚いたのは宮本理三郎だった。彼のことはここで初めて知ったが、プロフールによれば、1904年生まれ、佐藤朝山の門下生となり、日本美術院に参加、1934年に院友に推挙されている。戦後は平櫛田中のもとで、生活のために仕事の手伝いをすることがあったという。田中コレクションの中で宮本作品は12点と最も数が多い。

何と言っても衝撃的だったのは「海幸」シリーズ4点である。昭和9年頃の制作された4点は、良く見ればすべて干物!とりわけ、メザシの彩色された木彫は、大きさから形状、色まで本物そっくりで、下手するとコンロであぶりかねないほど。
真剣に欲しいと思った「海幸」シリーズ。
しかし、なぜ干物を彫刻対象に選んだのか、日常生活そのもの。動物を対象にした作品が多いのも特徴。

・吉田白嶺 「岩雲雀」 木彫
白嶺は他にブロンズで「翡翠」もあったが、やはり木彫の方に味わいを感じた。彼は岡倉天心の日本彫刻会に参加し、精緻な小禽類の作品を多く残しているという。

・平櫛田中 「霊亀」「転生」「平安老母」「島守」「禾山笑」
全部で5点出展されていますが、いずれも田中らしい写実的な表現としっかりと裏打ちされた技術が垣間見れる木彫作品。やはり「禾山笑」は好み。すべて木彫です。

この他、石井鶴三の「浴女試作」、竹内久市「久米舞」、藤川勇造「兎」「ミスターボーズ」、米原雲海「鶴の子」など見ごたえがありました。

ぜひ、来年も再訪したい空間でした。

*展示は既に終了しています。

「花鳥画-中国・韓国と日本-」(前期) 奈良県立美術館

花鳥画

奈良県立美術館で11月14日まで開催中の「花鳥画-中国・韓国と日本-」に行って来ました。
美術館公式サイト ⇒ http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-21477.htm本展は、平城遷都1300年を記念し、国宝・重要文化財を含む約120件の作品で構成し、古くから日本へ感銘を与えてきた中国・韓国の花鳥画の美に触れ、それらを摂取し展開させながら日本が生み出してきた数々の名品を展示することにより、両国の美術と日本の美術の深い関係、および日本における更なる創造のありさまを示します。
~展覧会チラシより一部引用

この展覧会の開催を今年の春から待ち遠しく、とても楽しみにしていた。
そして、期待通りの素晴らしい展示内容だったが、結局後期展示は目の前まで来ていたのに時間の都合上諦めたのが心残りである。
第1部の唐時代の金工製品などを除き、絵画はほぼ全点前期・後期で入れ替えとなっている。
ちなみに、前期:9月28日~10月24日 後期:10月26日~11月14日 
また、ごく一部の絵画は短いもので4日間長くて12日間というごく短期間のみ限定されている作品もあるのでご注意ください。
作品リストは、奈良県立美術館公式サイトに掲載されています。

そして、本展は正倉院宝物と合わせて観るとより楽しめる企画になっていました。
特に、第1部 唐・統一新羅の花鳥画・花鳥文様と日本での受容・展開
ここでは、正倉院宝物の多くに見られる「花鳥文様」について考察する。まだ、わずか2回しか正倉院展を拝見していない私がいうのもおこがましいが、正倉院宝物の外観的な特徴の一つとして花鳥文をはじめとする文様があげられる。
それ程、全く別の宝物に共通もしくは類似する花鳥文様が次々に登場するのだ。前回記事をあげた東京国立博物館の「東大寺大仏-天平の至宝ー」やにも記載したが、「銀壺」に象徴される花が枝を咥えた文様は、箱もの宝物など随所に見付けることができる。
これらは、遠く中国の歴史をさかのぼる青銅器につながっていくという論文が、本展図録に松本伸之氏(東京国立博物館学芸企画部長)が「中国古代の工芸品に表された花と鳥」に執筆されているので、関心がおありの方は是非図録だけでも取り寄せてみてはどうかと思う。

特に本展では、第1章に唐時代の考古器物や壁画などが展示されているが、どれもこれも素晴らしいものばかり。
・「鳥語花香仕女図」唐時代(708年)
708年とは思えぬほど、顔料が良く残る女性の半身図。

・花鳥文蓋付三足容器、花鳥文碗
これらには、銀壺で観たような魚魚子文や鳥や草花が合わせて鏨彫?されている。

・扇面法華経冊子断簡(柏に鶯図) 平安時代 重文
藤田美術館所蔵の法華経の一部であるが、極めて美しい。状態良く発色鮮やか。平安時代にまで花鳥画が伝わった証と言えよう。

また後期には五弦枇杷の装飾を彷彿とさせる「螺鈿花鳥文六花鏡」など唐から伝わった螺鈿細工も出展されている。正倉院には収蔵されなかったが、この時代交易により、唐時代の工芸品や染織品が日本に伝えられたことは間違いない。様々な人の手を渡って来たことだろうが、長い時を経て、よく現世まで保存されてきたと感心する。
他にも、正倉院宝物と共通する文物が中国や韓国からも貸出されているので、要注目です。こちらはまだ、開催中です!

第2部 宋・元・明・高麗。朝鮮王朝の花鳥画と日本での受容・展開
これは、現在の私にとってもっとも関心が高い分野である宋時代の中国絵画が登場する。モチーフ別に【水墨花鳥画】前期のみ、【歳寒三友、四君子】後期のみ、【院体花鳥画】(前後期)、【草虫画】後期のみ、【大画面花鳥画】前後期。

水墨花鳥画では、伝牧谿作品が続々展示されていたがやはり、気になるのは「猿猴図」。これに類似する作品は、長谷川等伯など後の日本の画家も多くが模写、引用している。
根津美術館の「竹雀図」伝牧谿や「芦雁図」など鳥や動物を対象とした作品が伝牧谿の水墨画には多い。

そして、忘れてならないのは貴重な式部輝忠「遊魚図扇面」室町時代・個人。式部の作品は、なかなかお目にかかれないので、1点1点との出会いが重要。
他に筆者不明の元時代作品「蓮池白鷺図」が良かった。

小画面の院体花鳥画は小ぶりで似たような作品が多く、伝李安忠(南宋)の「鶉図」をはじめ、鶉モチーフの作品を多くの絵師が描いている。

大画面花鳥画はこれぞ中国絵画!と思うような大画面。

・「四季花鳥図(秋)」呂紀(重文)、これはかつて東博の東洋館で一度拝見したような気がする。

・「鳥花山水図」陳箴 隣華院蔵
所蔵先が所蔵先だけに、そう簡単に拝見できなさそうな作品。
やはり、個人的には大画面好き。

圧巻は狩野元信「四季花鳥図」(元大仙院方丈)八幅だろう。
ちょうど展示ケースの前に長椅子がいくつかあるので、座ってじっくり鑑賞できるのが、この美術館の良い所。
八幅がすべて元あった屏風のように床の上に立ちあがった状態は背筋が慄然とするような驚きと感動があった。
素晴らしいの一言に尽きる。
後期には金箔ヴァージョンの「四季花鳥図」が展示されているが、個人としてはこの水墨主体の画面の方が好き・

・「夏景聚禽図」辺楚善 明時代・出光美術館蔵
・「百鳥図」 (伝)元・銭選 明時代・元宮内庁三の丸尚蔵館
・「群禽図」鈴木其一 双幅
最後の其一の作品は「琳派展」に出展されてたとか。残念ながら見かけたことはない。

各国絵画についての考察は同じく図録掲載の板倉聖哲氏(東京大学東洋文化研究所准教授)「画譜の系譜-東アジアの視点から」に詳しい。なお、前述の松本氏、板倉氏のお二方が本展監修に携わっているため、この素晴らしい内容もむべなるかなといった所。

やはり、この展覧会を観ると、中国・韓国の大きな影響を受けつつ、独自の文化文明を発達させた日本という国も悪くないと思う。

*11月14日まで開催中。お見逃しなく! 

「東大寺大仏 天平の至宝」 【期間限定】正倉院宝物展示 東京国立博物館

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東京国立博物館で開催中の「東大寺大仏 天平の至宝」展に行って来ました。
展覧会公式サイト⇒ http://todaiji2010.jp/なお、11月2日(火)~11月21日(日)まで期間限定で正倉院宝物が展示されています。
この展覧会「東大寺の大仏」と謳っていながら、あの巨大な仏像を東京まで運んで来れる筈もなく、バーチャルリアリティ映像で見せるという、非常にエンターテイメント性の高い内容。

ここ最近の東京国立博物館の特別展は、やたらエンターテイメント性に重点が置かれているように思えてならず、何か肝心なものが抜け落ちているように思うのは私だけでしょうか。

本展に出展作品は、展示替えもあるため約60点に過ぎません。
何度か奈良国立博物館や東大寺に足を運んでいれば、それ程見どころのある展覧会だとは思えませんでした。
何より、私を失望させたのは正倉院宝物の照明です。

今年の「第62回 正倉院展」に出陳され、胸躍らせた大きな「銀壺」の片割れである南倉の「銀壺 乙」.
(参考)第62回正倉院展:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/c85d6d03819593a19a097767a3607f9e/a8

とにかく、これが観たいがために、朝早く開門前から並んだのですが、楽しみにしていた「銀壺 乙」で重要な鏨文が暗くて見えない部分が多過ぎです。単眼鏡をもってしても見えない位の明度の低さには呆れました。しかも、台座が黒で、これがせめて鏡か何か模様を台座でも観られるような工夫が欲しかったのですが、台座が黒いため、余計に銀壺には光が当たらず、わずかに4つのスポットが当てられた箇所しか紋様の判読ができず。
奈良博では、もっと明るかったし、作品の全体がよく見えたので1周してすべての模様の連続性や違いを細かく観察できたのに、この違いは何でしょう。
思わず、お隣にいた見知らぬ男性に、「これ見えないですよね!」とお話したら、その男性も全く同じことを考えておられたようで、しかも奈良の正倉院展にも行かれていた方だったので、「奈良の方が良かった・・・」と二人で肩を落としたのでした。
金工品なので、光による劣化も展示期間の短さを考えれば、それ程気にする必要もないように思いますが、会場の雰囲気作りに力点を置き過ぎ、肝心の作品が鑑賞しづらいようでは本末転倒ではないでしょうか。楽しみにしていた反動のせいか、おかげでテンションが下がりました。

いつものように、会場は第1会場、第2会場と分かれていますが、私のお薦めは第1会場の出口から、「大聖武」(聖武天皇真筆と言われる「賢愚強」巻十五(国宝)と光明皇后御願「大威徳陀羅尼経」「瑜伽師地論 巻第十二」「大び婆沙論 巻第二十三」(すべて重文)書です。特に、「大聖武」の意志の強さがあらわれた力強く、かつ端正な書には、感動しました。非常に美しい文字です。
なお、「大聖武」は現在、平成館の国宝室にも、1点展示されているので、こちらもお見逃しなきように。

この4点の書は、混雑すると列をなして見づらいので、先に書を観て、それから第2会場へ入ります。しかし、ここでバーチャル映像は飛ばし、次の「正倉院宝物」展示へ向かいます。
展示されているのは、わずか14点ですが、奈良博の「正倉院展」の続編のような意味合いがある展示内容でした。今回の特別展は光明皇后1250年御遠忌記念であるため、光明皇后が聖武天皇のために用意した薬(漢方)「桂心」や「人参」他には、染織製品「纈屏風 鸚烏武・象木」2扇、「斑犀如意及び素木如意箱」そして、最後に忘れてならない「墨画仏像」奈良時代の墨画で、くっきりと残る黒い墨線の仏画が忘れられません。

ここで、第1会場に戻ります。
第1会場での見どころは、「伎楽面」10点(東大寺蔵・重文)奈良時代。
正倉院展でも伎楽面は2点出ていましたが、奈良時代の伎楽面は非常に貴重で、しかもこちらも状態の良い面が多かったのが印象的です。特に「獅子児」「太狐父」「崑崙」は良かった。造形も良し、塗りも良し。

そしてもうひとつ。「西大門勅額」。こちらも聖武天皇の字と言われています。やはり、本展の鍵は聖武天皇の書ではないかとここでも感じました。

あとは、仏教彫刻の傑作。
ただし、思ったほどの数が出ていなかったのと過去に拝見したものが多かったのでやや感動は薄かった。
快慶作「僧形八幡神坐像」(東大寺・国王)、「阿弥陀如来立像」「地蔵菩薩立像」の3点は要注目。やはり、荒々しさよりも、寧ろ洗練された上品な美を感じる仏であり神の姿でした。

「五劫思惟阿弥陀如来坐像」は、三井記念美術館で今夏拝見したものより、やや大きいようにも見えたが、勘違いかも。伏せ目がちにうっすらと微笑まれた目でさえ、大らかで衆生を見守っているように思った。

本展の目玉「八角燈籠」。確かに大きいし、火袋羽目板の鉄彫は、奈良時代のものでありながら、平等院鳳凰堂や法隆寺天蓋のの飛天にどこか面差が似ているような。

再び第1会場戻るもよし、映像のタイミングがあえば映像を先に観るもよし。

なんやかんや言いつつ、1時間半の鑑賞が終了。何だかんだと書いたものの、60点でも堪能できる作品が展示されていることは確かです。また、バーチャル映像はプラネタリウムかと思うような出来栄えでした。ただ、それが私の観たいものかと言えば、何か違うような気がしたのです。

平成館でも楽しい小企画がいくつか開催されているので、ぜひに。

<展覧会構成>
第1章 東大寺のはじまり-前身寺院と東大寺創建-
第2章 大仏造立
第3章 天平の至宝。

*12月12日まで開催中。正倉院宝物展示は11月21日まで。
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