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2010年 私が観た展覧会ベスト15

いよいよ、今年も残すところ後4時間を切りました。
この段階で、この記事を今日中にあげることができるのか甚だ不安な状況です。
前置き抜きで、早速本題に入りますが、今年私が観た展覧会の分母は分かりません。同じブロガーの遊行七恵さんが400とおっしゃっていましたが、ギャラリーを除いて美術館・博物館だけであれば恐らく私も同程度だと思います。
あと、今年は海外、台北に2回、ソウルに1回行きましたがこのベスト15は国内で開催された展覧会に絞ります。
また、トリエンナーレや芸術祭も除きました。純粋に、美術館・博物館で開催された展覧会から選びました。
選定基準は、ギャラリー編の基準にひとつ加えて次の3つです。
(1)強く感動したこと
(2)展示構成、内容が優れているか
(3)その後の自分への影響度

第1位 「ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える」 東京国立近代美術館・広島市現代美術館
今年は、東近美のケントリッジで始まり、パフォーマンスを見るため初めての広島遠征。そしてケントリッジが京都賞を受賞したことから、ワークショップまで参加した。
彼のドローイングの力強さ、そして昔ながらの手法でのアニメーション、加えて使用されている音楽との組み合わせは素晴らしいものがある。また、錯視オブスキュラを利用した作品も非常に興味深い。古い手法を遣いつつ最新の表現を生み出す稀有なアーティスト。
京都でのパフォーマンスは知らないが、広島でのパフォーマンスはとても良かった。

第2位 「因幡画壇の鬼才 楊谷と元旦」 鳥取県立博物館
こんな展覧会は、もう2度とお目にかかれないのではなかろうか。楊谷と元旦という因幡で活躍した江戸時代の2人の絵師にスポットを当てた展覧会。単に作品を並べて見せるだけでなく、お寺の障壁画の再現を試み、空間で作品を味わわせてくれたことにより、一層その素晴らしさを堪能することができた。
希少性、内容、作品数、いずれにおいても今年のダントツトップ。しかも県レベルの博物館単独開催であることも非常に重要。素晴らしい博物館だと思う。

第3位 「橋本平八と北園克衛」 三重県立美術館
木彫家の中でも、橋本平八の作品が以前から大好きで、回顧展が開かれないかと思っていたら、何と今年開催されることになった。弟の北園克衛のことは知らなかったが、展示を観て行くな方で、マヴォに参加していたり、過去に北園の仕事にも触れていることが分かって、またグラフィックアート、写真、詩人としての多彩な活動に驚いた。三重県立美術館での展示では、兄弟の交流に焦点を当てた展示を行っていたのだが、その後巡回した世田谷美術館では、両者のコーナーはほぼきっちり分かれていて、兄弟の関係性は見えてこなかった。展示方法は、断然三重県立美術館の方が良かった。それにしても、橋本平八の木彫がこれだけの数まとめて拝見できたのは本当に嬉しい。特に、≪石に就て≫(木彫で石を表現した作品)には力と神聖さが宿っていた。まさに目に見えない精神性を彫刻化したのだと思った。「図録も素晴らしい出来栄え。

第4位 「Tsu Family Land 浅田政志写真展」 三重県立美術館
思えば、この展覧会も私が写真芸術にはまっていくきっかけだったように思う。浅田の写真は、写真集で見てもあまり面白いとは感じない。しかし、この展覧会は違った。抜群に良かった。
写真を使って浅田家の人々の歴史とつながり、そして家族の大切さ、絆を教えてくれた。
また、展示方法も素晴らしく、単純に写真を並べるではなく、常に遊び「Family Land」だから、遊園地感覚で写真を見る様々な工夫が凝らされていた。
浅田家の皆さんへの作文コーナーや三重県の物産を集めたお土産コーナー、仮装して写真を撮れる記念写真コーナーなど、全館あげて展覧会を盛り上げていた。ボランティアの皆さんとの二人三脚での成果。

第5位 「パラモデルの世界はプラモデル」 西宮市大谷記念美術館
これは、今年観た現代美術の中で抜群に楽しかった。美術館全体がパラモデルの世界観で一色、担当学芸員さんまで作品の一部に取り込んでしまうあたりも凄かった。映像、立体、平面、様々なメディウムを使用して展覧会を作り上げる力量は並大抵ではない。解体するのが勿体ないと思った。もう少し長く展示して欲しかった。

第6位 「マネとモダンパリ」 三菱一号館美術館
実は、マネを苦手としていた私が、一気にこの展覧会を観てマネに興味を持ち、むしろ好きになってしまったという展示構成、作品ともに非常に良かった。現在単独で持って来られるだけ持って来て、マネの素晴らしさを教ええてくれた。

第7位 「オラファー・エリアソン あなたが出会うとき」金沢21世紀美術館
原美術館で開催された個展以来のオラファー・エリアソンの日本国内の個展。元々、彼が金沢21世紀美術館の建物に惚れ込んで実現されることとなった。
しかし、楽しませてくれました。まさに光を操るアーティスト。J.タレルも素晴らしいけれど、エリアソンはやはり凄かった。会場が広い分作品数も多く、原美術館での個展を上回る規模。大満足。図録も本人が凝りに凝ったカッティングの美しいもの。

第8位 「田中一村 新たなる全貌」 千葉市美術館
田中一村もこれまで埋もれていた画家。この非凡なる才能を奄美大島への調査も含め、書簡、写真、様々な資料と共に画業を追う回顧展。文人画から最後の奄美大島での≪不喰芋と蘇鐵≫などの作品を観た時、思わず泣きそうになった。

第9位 「フランク・ブラングイン展」 国立西洋美術館
こちらも未知の西洋画家。松方と幻の美術館建築を志した画家。しかし、そんなことより私は彼の作品に惚れた。
今でも西洋美術館の常設でブラングインの≪しけの日≫1889年を観る度にこの展覧会を思い出す。明るい原色を使用した≪りんご搾り≫も忘れ難いが、彼の版画作品もとても好きで、めったに買わないボストカードも購入。

第10位 「小谷元彦 幽体の知覚」 森美術館
小谷元彦の集大成、そして、彼が今やろうとしていること、やろうとしてきたことの全てが明確になった。
特に日本の近代彫刻に対して懐疑しつつ、前述の橋本平八の≪石に就いて≫を念頭に置きつつ新しい作品表現を目指していた彫刻群の部屋は圧巻だった。黒と白、展示構成も本人が考え抜いたのだろう、メリハリが効いていて非常に良かった。橋本平八の展覧会や平櫛田中美術館を訪問した年に、小谷の個展を拝見できたのは非常にラッキーだったと思う。

第11位 「没後100年 長谷川等伯」展 東京国立博物館・京都国立博物館

大好きな等伯の回顧展。もう待ちに待ったとはこのこと。初期の仏画から晩年の作品まで余すところなく見せてくれました。東博、京博で若干展示作品が異なっていたので、この展覧会は3回行っている。

第12位 「天狗推参」 神奈川県立歴史博物館
この博物館の企画展は侮れない。数年前に開催されて今でも図録を探し求めているのに一向に見つからない「ハマヤキ故郷へ帰る 横浜・東京-明治の輸出陶磁器」に匹敵するいやそれを超える面白い内容だった。
大体、天狗についてこれまで深く考えたことはなかったが、その来歴、如何にして信仰の対象となっていたかの遍歴を豊富な資料で、しかも分かりやすく丁寧に解説。これで図録が1200円(だったと思う)はお得すぎる。

第13位 「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」 神奈川県立近代美術館葉山
この展覧会の前に、刈谷市美術館で開催された「カレル・ゼマン展」も私に与えた影響は多大だったが、このノルシュテイン&ヤールブソワのロシアアニメの巨匠の展覧会は衝撃的だった。
おかげで、以前はそれ程関心のなかった短編アニメーションに大変な興味を抱くことになり、この後、「アニメーションフェスティバル」や「和田淳と世界のアニメーション」とレイトショー通いを続けたのもこの展覧会の影響によるもの。しかし、ノルシュテイン&ヤールブソワのアニメーションは実に素晴らしい。足利市立美術館に巡回中なので、未見の方は是非。

第14位 「岡山・美の回廊」 岡山県立美術館
岡山県立美術館の総力を挙げての展覧会。仏像(これがまた名品揃い)、雪舟、良寛、宮本武蔵、浦上玉堂に加え、正阿弥正悦の金工に、現代美術に至るまで岡山の底力を見せつけた。

第15位 名古屋のアートトライアングル
名古屋城天守閣の「武家と玄関 虎の美術」徳川美術館「尾張徳川家の名宝」名古屋市博物館「変革のとき 桃山」とこちらは、名古屋の3つの美術館、博物館が総力を合わせてお宝を見せてくれた。


・「写真家中山岩太 私は美しいものが好きだ」 兵庫県立美術館

東京都写真美術館からの巡回展だが、規模がまるで違った。もう別ものと考えた方がよいくらい内容が充実していた。安井仲治を知ったのもこの展覧会がきっかけ。ベスト15入りさせたかった。

・「平明・静謐・孤高-長谷川潾二郎展」平塚市美術館

これも未知の画家を世に広めた素晴らしい展覧会だった。画文集をまだ入手していないのでじっくり彼の文章と共に味わいたい。

・「大沢昌助と父三之助展」 練馬区立美術館
年末に、こんな素敵な展覧会に出会えたことを
感謝したい。建築と水彩、紙映画と見る物すべて新鮮だった。
お孫さんが中心になって、紙映画の上映をされていたのも好印象。

・「美しき挑発レンピッカ展」Bunkamura Museum
タマラ・ド・レンピッカの美しさ、女の美への執着と業を作品から教えてくれた。

・「都築響一と巡るHEAVEN 社会の窓から見たニッポン」 広島市立現代美術館
いやぁ、知らないものを知るって大切だなとつくづく感じた。気合いの入った展示内容で巡回しないのが勿体ない内容。これもベスト入りさせたかった。

・「ミュトス」 入善町発電所美術館
真夏に相応しい、大洪水。視覚体験のみならず、全身体験だった。

・「前衛下着道 鴨居羊子とその時代」川崎市岡本太郎美術館
これも貴重な内容の展示だった。鴨居羊子の絵画作品他、私は細江英公さんの写真に、唐ゼミの舞台装置。時代と雰囲気が綯い交ぜになった良い展覧会だった。今年は弟の鴨居玲の回顧展もそごう美術館で開催された。(1/1追記)


次に美術館・博物館・ギャラリー以外で観たベスト10を別記事にします。続く。
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2010年 私が観たギャラリー展示 ベスト10

2010年の振り返り第一弾、私が観た展示ベスト10ギャラリー編から。美術館・博物館編は別記事を続けてUPしますので、お付き合いいただければ幸いです。
選定基準は、強く感動した、自分の美術鑑賞に影響を与えた以上の2点。

第1位    田口行弘    複合回路 接触領域 第一回   ギャラリーαM
迷いなく今年の第1位はこの個展だった。一体会期中に何度ギャラリーに足を運んだことか。関連イベントも会期前の洞窟見学以外は参加した。行くたびに、展示内容が変化し、それを写真撮影し、コマドリアニメよろしく映像化して同時並行で見せる手法。
最初は活き活きとしていたお花が枯れて行く様、その影が実はドローイングだったり。会場の日々のデッサンも奥の展示室に貼られていいてそれを見るのも楽しかった。
田口行弘は11/27~12/11まで大阪のPINEBROOKLYNにて、この5年間を振り返るドキュメント展示を開催し、こちらも素晴らしかった。
来年は森美術館で次回のMAM PROJECTに登場。無人島プロダクションでの個展も控えている。
ベルリンを拠点として海外での活動が中心になっているが、ぜひ来年も国内で素晴らしい作品を見せていただきたい。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1056.html     http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1089.html

第2位 宮永亮「making」 児玉画廊・京都
同一映像を東京の児玉画廊と京都の児玉画廊の両スペースで発表。
いずれも拝見させていただいたが、圧倒的だったのはやはり京都での展示だった。京都の児玉画廊は非常に特殊なスペースで、関東で言えば柏のアイランドに近い。
映像作品を8面スクリーンで横にも縦にも(1階、2階両方で映写し吹き抜けがあるため、2階からは階下のスクリーン映像も鑑賞できる)という映像鑑賞の三次元化を試みていた。
その後、あいトリでヤン・フードンが宮永と同じように多数のスクリーンで映像を見せており、これは宮永の手法と似ているとこの
個展をすぐい思い出した。
また、中央には父から受け継いだ愛車のミニクーパーをいよいよ廃車するとのことで、インスタレーションとして利用。この車で撮影した映像という制作過程の一部を彷彿とさせる利用。
車にカメラを積んで撮影した京都の夜の風景が、なぜか別のものに見えた。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1130.html

第3位 森川穣 「確かなこと」 京都芸術センター
あのスリットを覗いた時の気持ちは今でも忘れられない。
まず展示室内に至るまでのアプローチにあった写真も良かった。見えないものを感じさせる、五感をフル回転させられるような展示だった。同時期に開催されたstudio90での「雨の降るを待て」も非常に良かったが、完成度はこちらが上だったと思う。
琵琶湖ビエンナーレでの展示も拝見したが、制約が多かったのか、こちらは上記作品に比べるとちょっと物足りなかった。
来年は宇部ビエンナーレでの展示が決まっている筈。山口県まで追っかけます。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-975.html

第4位 鈴木基真「「World in yours」 Takuro Someya Comtemporary Art
若き木彫作家の展示。大掛かりでありながら、ミニチュアな情景を木彫で作り上げる。展示方法も凝っていて、大きな円筒形の台も自作。
彼は群馬青年ビエンナーレで今年入賞を果たした。
先日、同ギャラリーの彫刻グループ展で新作を拝見したが、これも良かった。しかし、常に人物が出てこないのが気になる。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1010.html

第5位 「Panorma すべてを見ながら見えていない私たちへ」京都芸術センター
内海聖史、押江千絵子、木藤純子、水野勝規4人による「panoram」をテーマとしたグループ展。
これは、創造センター全体を使用する展示でとにかく面白かった。
グループ展であるが、各位の個性を如何なく一つのテーマで発揮し表現していた。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1237.html

第6位     複合回路 接触領域  第5回  青山悟
森村泰昌氏にべたな展示だけど、この季節に相応しい良い展示だねと語らせる、青山自身の画家であった祖父の作品と自分の作品を結びつける展覧会。小学性の時に青山が描いた作品も登場し、過去と現在をシンクロさせる内容。
トークイベント過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1302.html

第7位   桑久保徹  「海の話し 画家の話し」 TWS渋谷
今年拝見したペインティングの展示ではこれが一番印象深い。
大作が並んだ部屋も圧巻だったが、ユーモラスな一面の感じられる小品にも魅力を感じる。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1153.html

第8位   束芋   「ててて」  ギャラリー小柳
美術館での大規模展覧会に続いてのギャラリーでの展示。こちらは、新たな平面作品に取り組んでおり、線の美しさや紙のテクスチャーの作り込みなど今まで私の知らなかった束芋世界を見せてくれた。
シンガポールでの工房で制作した平面作品が忘れられない。      
http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1159.html

第9位 ジュン・グエン=ハツシバ 展   「「Thank you ありがとう Cam on」   MIZUMA ART GALLERY
私の記憶の中にずっとハツシバの名前と映像作品が残っていた。
彼の作品を最初に観たのは2004年の森美術館MAMPROJECT第2回目。今回久々の日本橋でび個展開催ということで、映像だけでなく彼のダイナミックなインスタレーションを拝見できたのは大きい。
会期ぎりぎりで観に行ったので、記事は書かなかったが、やはりかれのアイデンティティとナショナリティに関する作品と亡くなった父親を偲んでの作品は強く印象に残っている。ギャラリーの方が丁寧に作品解説をして下さったので、より理解が深まった。それがなければ、2つの映像の関連性が分からなかっただろう。

第10位 
(1)  港千尋 「レヴィストロースの庭」 中京大学Cスクエア
私を写真に向かわせるきっかけとなった個展の一つ。とても美しいレヴィストロースの庭のモノクロ写真の数々に魅せられた。この後、港氏著作など読ませていただいた。勿論その後、同タイトルの作品集も購入。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1104.html
(2)  やなぎみわ展「Lullaby」 RAT HOLE GALLERY     
この短い映像で受けた強烈なインパクト。母と娘、女性であれば誰しも思う所は色々あったのではないか。精神的な葛藤を映像化して見せてくれた。ラストシーンもあっと驚く終わり方。
過去ログ:http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1000.html


選外になってしまったが、他に入れたかった個展は次の通り。
・大坂秩加 展「シリアスとまぬけ」 シロタ画廊
・三好耕三写真展 VACANT
・アニッシュ・カプーア展 SCAI THE BATH HOUSE
・名知聡子展 「告白」小山登美夫ギャラリー
・山本基 「たゆたう庭」 eN-arts 
・村林由貴 「溢れ出て止まない世界」 ギャラリーRAKU
・三瀬夏之助 「僕の神さま」イムラアートギャラリー東京

TWS本郷の毎年恒例「TWS-EMERGING」やINAXギャラリーでの展示も毎回良かった。特にINAXは絶対外せない。他に日本橋高島屋美術画廊Xも毎回質の高い展示空間を作り出している。

来年は、まだ行ったことのない画廊にもう少し足を運びたいと思います。

パフォーマンスアートは別記事にします。  

「ニュー・スナップショット 日本新進作家展vol.9かがやきの瞬間」 東京都写真美術館

東京都写真美術館で2月6日まで開催中の「ニュー・スナップショット 日本新進作家展vol.9かがやきの瞬間」に行って来ました。
行ったのはクリスマスイブの夜間開館。この日は17時半以後全展覧会が入場無料。しかも、いつもと同様木曜・金曜夜間(17時半以後)鑑賞限定のトワイライト・カードにポイントもいただけた。
3つの展覧会を回ったので、あっという間に3ポイントでミュージアムグッズがいただけるという、この上ないクリスマスプレゼントになった。
トワイライトカードについてはこちら

そして、現在開催中の所蔵品展「スナップ・ショット」も良かったけれど、「ニュースナップショット 日本新進作家展vol.9かがやきの瞬間」もとても良かった。
新進作家の定義がイマイチよく分からないのがひっかかるものの、今回は、池田宏彦、小畑雄嗣、白井里美、中村ハルコ、山城知佳子、結城臣雄の6名による展示である。
作家プロフィール等は美術館のサイトをご参照ください。⇒ こちら

ここでは、特に印象に残った池田、中村、山城、3名について取り上げたい。

・中村ハルコ 「光の音」30点1993-1998年
彼女は既にこの世を去ってしまった。2005年43歳の若さですい臓ガンで亡くなっている。「光の音」はトスカーナ地方で彼女が撮影したシリーズであるが、風や空気の香まで伝わって来そうな写真。そして、その写真の全てに「生」が溢れているのだ。
モノクロ写真もあるが、美しい色彩、色の対比が抜群に上手い。全てインク・ジェットプリントによる写真であるため、よくよく見ると粒子の粗さが気にならないでもないが、今回は全作家インクジェットプリントによる作品。
所蔵品展の「スナップショット」展の大半がゼラチンシルバープリントであるのと対照的である。

彼女の作品が忘れ難く、翌々日写真集「光の音」を購入したが、図録と違って、印刷はやはり写真集の方が断然良い上に、「海からのおくりもの」シリーズも掲載されているので、余計泣ける。

・山城千佳子
展示の上手さは、彼女が群を抜いていた。彼女の作品は、映像祭の時に拝見していたが今回は更に力を付けて来たのではないかと実力が如何なく発揮された展示。
新作「聴こえる歌」(写真23点+映像1点)2010年
彼女のブースはぐっと照明が落とされ、映像作品がさりげなく床に上映され、周囲を写真作品で囲む。
深い熱帯雨林に入り込んだかのような感覚に陥った。
作品タイトルはさておき、写真作品のほとんどは木漏れ日に焦点を当てている。人物であっても風景であっても、陰影と光の対比が絶妙なバランスをもって写真を構成。
すごい、写真家だと思った。

・池田宏彦 「echoes」映像作品と写真12点
1972年生まれ、1998年にキャノン写真新世紀優秀賞を受賞している。
イスラエルで出会った人々やその世界の一部を写真と映像で見せる。イスラエルという未知なる世界をモノトーンの写真と宇宙を感じさせるようなスケールの大きいカラー映像で表現。
個人的には、写真より映像作品に惹かれた。

・小畑雄嗣 「二月」33点 2003~2007年
北海道を取り続けたシリーズ。思わず先日エルメスで拝見した曽根裕の展覧会「雪」を思い出した。彼のモノクロ写真にも雪の結晶をモチーフにしたものが数点ある。
それらも無論良いけれど、スケートリンクや雪ソリ遊びを楽しむ人々。どこかでみているはずなのに、こうして彼の写真で見ると新鮮な感じを受けたのはなぜだろう。


池田、小畑のトークが1月2日に行われるようなので聴いて来ようかと思っている。

東京都写真美術館は1月2日から開館で、2日は全館無料、3日は入場料が20%引き。詳細はこちら(PDF)。

なお、この展覧会のフライヤーは切り取り線が付いていて、切り取るとポストカードになる優れ物。

*2月6日まで開催中。

「芸術家の家 大沢昌助と父三之助展」 練馬区立美術館

oosawa

既に12月23日に終了してしまい、巡回もない展覧会だが、どうしても記録として残しておきたいと思った。
練馬区立美術館開館25周年記念「芸術家の家 大沢昌助と父三之助展」である。
なぜ、もっと早く行かなかったのか、いやたとえ最終日閉館2時間前のぎりぎりであっても、見逃さずに済んだのは、twitterでの尊敬すべきアートブロガー遊行七恵さんの呟きだった。
以下呟きを引用。
「練馬区美「大沢昌助と父」展で、大沢家の息子たちが「紙映画」なるものを拵えて活弁つき上映していたそうで、場内ではその紙映画をDVDで上映中。「橋の上の殺人」がモダニズム漂うピカレスクもので面白かった。モノクロでシャープなところがいい。他のも上映中。楽しい「映画」だった。」
「大沢昌助とその父 三之助 感想http://bit.ly/fqSno5見逃さずに行けてよかった!と思う展覧会だった。」

この2つの呟きを見て、これは行かねばならないと最終日に駆け込んだ次第。

そして、結果は遊行さんの仰る通りのツボかつ稀有な展覧会だった。
この展覧会では、辰野金吾の教えを受けた建築家で、今日の東京藝術大学建築科を立ち上げた大沢三之助(1867年~1945年)の業績を建築設計図案や水彩画などにより検証。合わせて、三之助が育てた異色の建築家や美術家の仕事も紹介。また三之助の長男である大沢昌助は(1903~1997年)1929年から二科会を中心に活躍し、戦後は抽象的要素が画面を占める絵画を描いた画家であり、彼の少年時代の水彩画や大沢三兄弟が作り続けた同人誌や紙映画などの資料も公開するものです。

Ⅰ章 建築家・大沢三之助
この第Ⅰ章については、明治時代など古い建築にお詳しい前述の遊行七恵さんのブログに熱い詳細な内容が語られているので、ぜひそちらをご参照いただきたい(以下)。私の方はごく簡単に。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-2057.htmlここでは、三之助の建築家としての仕事や、教育者としての仕事や在学中の成績表など珍しい資料の数々に驚き、じっくり鑑賞して行った。
あの中之島にある大阪市公会堂に三之助の建築案が3等に選ばれていたこと、有名なローマでの日本美術展覧会の会場設計を手がけていたとか、ごく身近な所で活躍された建築家だったのだ。

そして、とどめは私の大好きな今和次郎が三之助の教えを受け、彼の卒業制作「ラオ屋と子供」や武田五一の作品が観られたこと。
思いっきり感動した。来年は今和次郎の展覧会が開催されるらしいが、もう今から楽しみでならない。
今回はその先鞭であった。
そして、三之助の師であった松岡壽の水彩画や松岡の授業ノートに三之助の成績が点数化されていたり、当時を思い出させるにたる、豊富な資料の数々にとにかく圧倒された。
第1章だけで1時間弱かかった。

Ⅱ章 大沢三之助とみづゑ
これまた、私のツボだった。大下藤次郎を知って以来、この時代のみづゑ(水彩)が大好きなのである。
三之助の水彩画はとても素人とは思えない、東京帝大工科大学で教えを受けたのが西洋画を学んだ松岡壽であったことも三之助にとって幸運だった。
確かに、建築家を生業としていたかもしれないが、彼は時間さえあればスケッチに出かけていたようで、兵役中にもスケッチブックを携え水彩画を描くほど絵が好きだった。
そんな彼の水彩画は、本当に素晴らしい。
特に好きなのは「日光山旅行日記」、「水辺の夕」「河畔夕景」など。

大下藤次郎顔負けの腕前だと思ったし、特に日光山旅行記は欲しいくらい。

Ⅲ章 息子・昌助の受け継いだもの
絵の大好きな三之助は、自分の息子昌助にも絵を手ほどきする。
水彩画だけを比べると、私は父の三之助の作品の方が好み。昌助の水彩はややタッチが粗く、後年は西洋画の影響を強く受けた水彩画であるのが特徴で、三之助の作品は当時の流行というか基本に忠実な水彩画を描いている。

やはり昌助は油彩の方が彼の本領を発揮出来ていると思う。

この最終章での最大のみものは、三兄弟が制作した雑誌「GOOD HOPE」と紙映画である。
三之助には3人の息子、長男:健吉(建築家:彼がローマでの日本美術展の現場監督だった)、次男:昌助、三男:三郎(建築家)。

「GOOD HOPE」の装丁のカッコよさと言ったらない。当時最先端を行っているセンスあるデザイン。
これだけでも大収穫なのに、紙映画には心底仰天した。

今も現存する兄弟が作った紙映画は100本もあり、今回はその一部がそのまま展示されていただけでなく、実際に弁士による活劇上映の映像が会場に流れていた。確か6本だったと記憶している。
・絵画の研究 昌助作
・大地震 三郎
・橋上ノ殺人 健吉
他3作品。どれも、くすりと笑ってしまうようなお話もあれば、シュールな絵柄でスリリングな展開があったり、活弁がまた上手いの何の。すっかり惹きこまれて、全部観ると30分は必要で、時間の関係上1作品だけ観られなかったのが心残り。

12月11日には、実際に大沢三之助のお孫さんである大沢匠氏による「紙映画上映会」が開催されていたので、これは参加したかった。 

大沢昌助の描いた「三之助・みよ子の肖像」コンテ作品だが、両親を描いた実に思いの伝わる絵であった。
また、1階から2階への階段途中に三之助や昌助が愛蔵していた洋書や硯、外国土産などの写真が展示されていて「大沢家の想い出」と題されていたが、これまた両者の嗜好や制作の背景にあるものが分かり良い展示でひたすら大沢家の家族に思いを馳せ、会場を後にした。

*本展は既に終了しています。

「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」 国立西洋美術館

デューラー

国立西洋美術館で1月16日(日)まで開催中の「アルブレヒト・デューラー版画・素描展 宗教/肖像/自然」に行って来ました。

デューラー自身が構想した芸術理論書『絵画論』の草稿の中で、芸術において重要なのは「宗教」「肖像」「自然」の3つの主題であることを明らかにしている。
本展では、これら3つの主題が実際の作品においてどのように視覚化されたかを見て行くことで、デューラー芸術の本質に迫ろうとするものです。
出品される版画・素描作品は、メルボルン国立ヴィクトリア美術館からの105点を中心に国立西洋美術館の所蔵版画49点、ベルリン国立版画素描館からの3点の素描を加えた計157点。国立西洋美術館所蔵のでデューラー版画を一堂に展示するのも本展が初というのも見どころの一つです。

第1章 「宗教」デューラーの受難=情熱

第2章 「肖像」名声の流布と永続のためのメディア

第3章 「自然」 写実から潜在的イメージへ

過去にもデューラーの版画はあちこちで観ているが、概要に書いた通り同時期に開催されていた関連企画展、東京藝術大学美術館の「黙示録-デューラー/ルドン」展然り。

これだけの数が揃うのはまたとない機会で、観て来た当日に書いた通り、技法による作品の違いや、各章冒頭の素描と版画との比較ができたのは嬉しかった。

主催者側の意図からすれば、主題についての考察も念頭に入れつつ鑑賞すべきなのだろうが、キリスト教に疎いため、特に「宗教」についての作品図像への深い理解と読解には至らず。

ということで、鑑賞記録の繰り返しになるが、一番強く感じたのは、版画技法の作品に与える影響の大きさであった。
木版、エッチング、エングレービング、ドライポイント。
やはり、デューラーの木版画は素晴らしいが、銅版画と比較すると緻密であることは相違ないが、線の太さの違いは素人目にも歴然としている。
デューラーの線の美しさはエングレービング技法をもって集大成を見た。
わずかにエッチングとドライポイントによる版画が数点あったが、エングレービングほどデューラーの良さを伝えていない。ドライポイントは、別の意味で面白い雰囲気を醸し出していたので、たった3点しか残していないのはやや残念。

モチーフとして一番興味深かったのは、第2章「肖像」である。
特に、デューラーの妹、マルガレータ・デューラーがモデルと推測されている≪ある女性の肖像≫1503年は木炭による素描であるが、今回印象に残った作品のひとつである。
自身の自画像は美化して描いているのに、妹らしき人物は極めてリアルに容赦なく写実的に描いている。

そして、本展最大の見どころは、≪マクシミリアン1世の凱旋門≫の超巨大木版画作品 1515~1517年だろう。
木版49枚を繋げて1つの作品としたものであるが、その大きさは全体で341.0×294.1cm(紙寸)。

下から最上段を見上げてもあまりの細かさに何が描かれているのか単眼鏡を使用しても分からない。
余談だが、本展単眼鏡をお持ちの方は是非持参されることをお薦めします。
そこは、西洋美術館、きちんと部分部分を拡大し、図像解説も怠りない。
これだけの巨大木版画連作を作り上げていたとは知らなかった。神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が、版画芸術に魅入られなかったら、本作の制作はなかっただろう。
デューラーは彼が生きた時代の皇帝にも恵まれていた。

第3章では、国立西洋美術館所蔵のデューラー三大銅版画と言われる≪戦士と死と悪魔≫≪書斎の聖ヒエロニムス≫≪メレンコリアⅠ≫に加え、≪アダムとイブ≫に目を奪われる。
他に、≪ネメシス≫1502年における人体表現も素晴らしかった。

この展覧会を機に以前から気になっている『西洋版画の見かた』を購入したら、案の定、デューラーの作品を例として各技法の説明がされていたので、私も含めて西洋版画初心者には最適な良書だと思います。
技法のみならず、西洋版画の歴史について、実際の作品画像を取り入れつつ説明しています。
これで、700円なら買って良かったと思いました。

なお、2月13日まで常設の新館2階版画素描展示室にて開催している小企画展「アウトサイダーズ」ではジャック・カロやオノレ・ドーミエの作品を中心とした「よそ者たち」をモチーフにし版画作品を展示中。
個人的には、ドーミエもカロもあまり魅力を感じない。
むしろ、良かったのはベーハム(初めて知った)のエングレーヴィング作品≪小さな道化≫1542年だった。

*1月16日まで開催中。
年末年始は12月28日(火)~2011年1月1日(土)は休館。
※1月3日(月)・1月10日(月)は開館。
※1月4日(火)・1月11日(火)は休館。

「池田龍雄アヴァンギャルドの軌跡」 川崎市岡本太郎美術館

ikedatatsuo

川崎市岡本太郎美術館で1月10日まで開催中の「池田龍雄アヴァンギャルドの軌跡」に行って来ました。

本展は、戦後から現在もなお活躍を続ける池田龍雄の60年にわたる仕事を概観するとともに、その間に出会った人々との交流を紹介しつつ時代の軌跡を辿るものです。

何と言っても、本展チラシ表面(上画像)に使用されている強い赤の蚕もどきの異物が生み出されれいる作品《規格品》和歌山県立近代美術館蔵にただならぬものを感じる。物凄いインパクト。

今年観た映画『ANPO』にも池田の作品そして池田龍雄本人が出演しコメントしているのを観て、彼に関心を持った。同じ時代の中村宏の作品は東京都現代美術館での展覧会、名古屋市美術館でも以前拝見し知っていたが、なぜか池田龍雄のことはこの映画を観るまで自分の中で認知できていなかった。多分どこかで作品は観ているに違いないが、池田龍雄の作品として認識していないということ。

こんな強烈な作品を描く池田龍雄の回顧展と言える総決算的な内容。
悲しいかな、作品リストが作成されておらず、個々の作品についてメモを取るまではしなかった。
展覧会構成だけは、メモした。以下の通り。
Section1 池田龍雄 創造の軌跡
(1)初期作品 自画像
(2)社会と芸術
(3)グロテスクと風刺
(4)仮面と形象
(5)概念としての芸術
(6)物質と重力
Section2  交流と越境
(1)戦後のアヴァンギャルド
(2)青年美術家連合とルポルタージュ絵画
(3)制作者懇談会とその周辺
(4)アンデパンダン’64展から概念芸術へ

池田龍雄の人生は戦争に翻弄される所から始まっていると言っても良いだろう。
若干15際で海軍航空隊に入隊し、特攻隊員として敗戦を迎える。まさに九死に一生を得た池田は、1948年に現在の多摩美術大学、当時の多摩造形芸術専門学校に入学する。

次々と移りゆく作風は、時代を反映し、時流や時世への作家自身の思いをぶつけるかのような作品の数々。
1950年代のインクと水彩の作品は、無気味、グロテスクでありながら形体の面白さがあって、後年の激しい画風の影は大胆な形の捉え方以外に共通点は見出せない。

彼はその後岡本太郎や花田清輝らと出会い、その先鋭的な運動に参加し前衛芸術へと傾倒。
1954年には日本近代美術史上有名な「読売アンデパンダン展」に《網元》で注目を浴びるが、世相を反映した風刺画でこの頃から既に強い個性が発揮されていた。

次に興味深いのは、池田が仮面に興味を持って作品化するところ。
仮面の存在は、芸術家にインスピレーションを与える存在なのか、余談ながら今年は例年になく「仮面」の展示や仮面に影響を受けた作家の作品を観たように思う。

その後も彼は様々な人々の交流を通じて、次々に新しい作品と制作意図を見出して行く。

特に、宇宙と生命の深奥を描いた15年に及ぶ連作は「BRAHMAN(ブラフマン)」はある種、現代の曼荼羅の陽であり、深遠な宇宙をイメージさせる。

第2章では、彼を巡る人々との交流を中心に展観する。
前述した中村宏をはじめ、吉仲太造らの作品と作家の紹介。
そして、彼等の前衛に影響を及ぼしたのは、瀧口修造の存在は欠かせない。
西欧では、ラファエル前派のジョン・ラスキン、シュルレアリスムにおけるアンドレ・ブルトン、芸術運動には、常に思想家、文芸家の存在あり。
日本近代美術における瀧口修造の存在を思う時、現代において、瀧口に近い存在の人物はいるだろうかと思う。

また、第2章では、松澤宥と池田龍雄の交流が語られる。
以前、豊田市美術館で「宇宙御絵図」展が開催され、松澤宥が大きく取り上げられていた。
もしや、あの展覧会に池田龍雄の作品も出展されていたのだろうか。今回は松澤から池田龍雄への書簡が展示され、2人の交流をや当時、池田が展開していたパフォーマンスも松澤の存在を考えると腑に落ちる。
池田のパフォーマンス作品映像が2点「BRAHMAN」と「梵天の塔」が上映されていたが、発表された時代を考えるとその前衛ぶりたるや、想像がつかない。

もう一つ、池田の仕事で驚いたのが絵本の挿絵である。
散々ルポルタージュ絵画やBRAHMANシリーズの絵画を観た後に突如、子供向けの絵本の愛らしい挿絵を見るとその乖離に驚いた。書籍の装幀も手がけているが、彼の作品はSF小説の表紙などにぴったりではないか。
当時の作家の多くは絵本挿絵の仕事をしていたのだろうか。
宮本三郎も然りであった。

多面的にかつ時代を反映しつつ池田龍雄の全貌を知る素晴らしい展覧会だった。

岡本太郎の作品や母、かの子や父、一平の作品を紹介する常設展も毎回楽しめます。

*1月10日まで開催中。おすすめします。

2010年12月26日 鑑賞記録

今年も残すところあとわずか。
社会人になってからというもの、冬休み、年末年始の感覚が希薄になっているのは勤務先の年末年始休暇が短いせいかもしれない。私の仕事納めは30日。

さて、今日の鑑賞記録です。池田龍雄のアヴァンギャルド展含め、特に印象に残った展覧会は来週以後別記事をあげるつもりです。

<美術館>
・「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」 国立西洋美術館  1/16迄
デューラーの版画をどうこう言う前に、今回一番気になったのは、版画技法の作品に与える影響の大きさ。
木版、エッチング、エングレービング、ドライポイント。
やはり、デューラーの木版画は素晴らしいが、銅版画と比較すると緻密であることは相違ないが、線の太さの違いは素人目にも歴然としている。
デューラーの線の美しさはエングレービング技法をもって集大成を見た。
わずかにエッチングとドライポイントによる版画が数点あったが、エングレービングほどデューラーの良さを伝えていない。ドライポイントは、別の意味で面白い雰囲気を醸し出していたので、たった3点しか残していないのはやや残念。
この展覧会を機に以前から気になっている『西洋版画の見かた』を購入したら、案の定、デューラーの作品を例として各技法の説明が語られていたので、自分の疑問と関心が満たされた。

・「大正イマジュリィの世界」 渋谷区立松濤美術館   1/23迄
上京して以来、弥生美術館に足繁く通うようになったこともあり、知らない画家は殆どいなかった。
この展覧会は章立て、展覧会構成と驚くべき数の古書の装幀や挿絵が展示されていることである。
これほどの数の、装幀本が並ぶのはちょっと記憶にない。
以前から神奈川近美や愛知県美に巡回した「誌上のユートピア」展が開催されたが、それを上回っているのではないか。
とにかく、作品数が多いので時間に余裕をもってお出かけください。
なぜか、2階のソファで疲れ果ててうつらうつらしている男性(なぜか男性)が5名はいらっしゃった。しかも若者が多かったのが不思議。
せっかくの展覧会なのに、図録が一般図書として販売され、サイズが小さく、本展の売りだと思う折角の装幀本の数々が2cmほどの極小図版にされているのは、何とも残念でならない。しかも展示作品全てが掲載されていない。これで2300円は高いように思った。代わりに再販売されていた93年の絵葉書展の図録を購入。

・「REALITY LAB 再生・再創造展」 21_21DESIGN SIGHT   12/26本日終了
先週根津美術館に行く途中、以前ブランド「me」が入っていたテナントが、別のお店に変わっていたので、中に入ってみたら、それが本展で紹介されている三宅一生の新ブランド「123 5」のブティックであった。
折り畳み式の折り紙のようなデザインとポリエステルなどの古繊維を再生して作られた繊維で再創造された洋服は、まさに近未来的なデザイン。
しかし、中には日常着ていてもそれ程目立たないであろうカッコ良いスカートや上衣もあった。
展覧会では、この新ブランドができる過程を映像その他で見せるが、それ以外に、元々発想の源になった、物理学者の方の視点による様々な「石」の展示があって、これが冒頭なのだが、興味深かった。
恐竜のお腹にあった石とか。隕石とか。
ところで、建築家の石上純也もそうだったが、デザインや設計をする方はみな物理学に非常な関心を寄せていることが更に興味深い。デザイン、建築に物理は不可欠なのだろうか。

<ギャラリー>
・阪本トクロウ 「けだるき1日生きるだけ」 アートフロントギャラリー        12/26本日終了
作家さんが在廊されていたので、お話させていただいたが、ひどい風邪をひかれていて声を出すのもお辛そうで。
そんな状態なのに、真摯に質問に答えて下さって有難うございます!
今回は。更にモチーフが単純化され、余白が多くなっている作品が多かったように思った。1点、夜景を描いた作品があって、その作品が一番気になった。
まだ実験的な作品がだとのこと。
ところで、阪本さんが影響を受けた画家を今回初めて知った。
特に強く影響を受けているのが、浮世絵、中でも広重。他には、小野竹喬、福田平八郎、構図的には横山大観、そして、師の千住博氏だとのこと。
千住さんは、とても描くのが早いと、阪本さんが仰るのだから余程のことなのだろう。この秋家プロジェクトで観た千住さんの作品は素晴らしかった。

・塩田正幸 SFACE " DNA”   G/P GALLERY  1/30迄
これは、詳述したいけれど、写真の展示も無論あるが、どちらかと言えば、1点もので写真にプラスαした作品が多く、作品の見せ方も立体的だったり、額縁の装飾も含め、写真家という枠にはおさまりきらないアーティストだと思っている。
写真そのものもいいなと思う作品があった。

MEMは所蔵作品展のような形で複数名の作家による展示。鉛筆のドローイングを出している海外作家の作品が気になった。 

2010年12月25日 鑑賞記録

クリスマスイブの夜は、東京都写真美術館の17時半以後無料の恩恵に預かり、どっぷり素敵な写真展示に囲まれ幸せな気持ちに包まれた。
その後、渋谷のシアター・フォーラムにて映画:「荒川修作 死なないこども」を鑑賞。
これを観て帰宅後、すごい疲労が襲って昨晩はブログを書かずに終わる。

そして、本日久々に10時間以上睡眠を取って、起床したら11時で驚いた。そして、朝から頭痛の予兆があり。
しかし、今日は行かねばならない所がいくつかあって、何とか起きだして出かけた。案の定、帰路から激しい頭痛、漸く薬が効いて来たので今日はさぼらず観たものを書いておく。そんな苦しいクリスマスの鑑賞記録。

<美術館>
山種美術館:「日本美術院の画家たち」12/26(日)まで
今回の見どころは、3年ぶり?だったか久々に小林古径「清姫」シリーズの8点。
古径の線の美しさが、この作品ではとりわけ引き立つ。

私の好きな小茂田青樹の「春庭」「妙高山」「丘に沿える道」と3点も出展されていたのが嬉しい。
小茂田青樹は、速水御舟と同時代の日本画家であるが、御舟ほどピックアップされず、いつも1点か2点ひっそりと展示されているので、3点は嬉しかった。しかも「丘に沿える道」はかなりの大作。私は小茂田の色が好き。

あとは、御舟の「翠苔緑芝」や菱田春草の月四題のうち「夏」「秋」など。
戦後の作家では、吉田善彦尾瀬三趣のうち「草原の朝」「水辺の夕」が日本画らしからぬヴェールをまとったような優しい雰囲気で、異色さを出して印象に残った。

森田の病める天子も怖かった。
さすがに、何度も通っていると既に観た作品も多い。今回は特にその印象が強かった。

<ギャラリー>

・「下平千夏 -implosion point-展」 INAXギャラリー2
http://www.inax.co.jp/gallery/contemporary/detail/d_001748.html 

下平さんは、今年の春の東京藝大先端芸術表現科卒業|修了制作2010"「chasm」 / BankART ,神奈川での展示が凄く良かったので、どうしてもこれだけは見逃したくなかった。
お名前をすっかり失念していたが、ギャラリーのサイトで作品を拝見し、すぐに思い出し最終日に駆け込み。
修了制作展示同様、輪ゴムを極限まで使っての三次元インスタレーション。
今回は中央部に吸い込まれるような印象を受けるが、やはり強烈なインパクトがある。若干会場が輪ゴム臭いのは致し方ない。
手前の小さなショーケースではボンド(接着剤)を使用したオブジェがあって、こちらも美しい。
元々、大学では建築を専攻されていたと今回初めて知ったが、特に輪ゴムの作品にはそれが反映しているように思う。最大の問題は、これらの作品は販売することが困難だということだろう。
ペインティングや彫刻などと違って、インスタレーションは販売が難しい。ことに彼女の作品はそれが顕著で、ミニチュアにしてしまっては、作品から受ける印象が大きく変わってしまうだろうし。
いっそ、海外に活躍の場を移したらどうかなどと勝手に思ってしまった。だから作品が売れるというのではなく、もっと発表の場を得られるのではないかという素人の浅はかな思いつきです。

・「最後の探検家 松浦武四郎」 INAXギャラリー
これは、展示も面白かったが、むしろブックレットが凄かった。このブックレットは欲しい。造本として手が込んでいる上に、ビジュアル的にも美しい。
しかも河鍋暁際に「涅槃図」を描かせるあたり、大胆というか奇人対奇人の丁々発止のやりとりが目に浮かぶ。

セラミカは省略。

・『西野達 別名 大津達 別名 西野達郎 別名 西野竜郎』西野達作品集出版記念展  アラタニウラノ
1/8まで(12/26~1/5まで冬季休廊)
西野達の作品集出版記念と言うことで、写真付特装版の写真の展示が中心。ドローイング数点、立体1点。
豆腐大仏の写真と東京タワーに一筆加える作品。
特段の魅力は感じない。西野達は、やっぱりあいトリで見せてくれたようなあっと驚くオブジェというかインスタレーションというかミクストメディアが魅力だと思う。
作品集は良い出来だと思う。

・GALLERY COLLECTION 彫刻 Takuro Someya Contemporary Art 1/29まで 冬季休廊12/26~1/3
彫刻を中心としたグループ展。
やはり、お目当ては鈴木基真の木彫と、石井琢郎の石彫。
どうにも石井琢郎の石彫のストイックさに惹かれてならない。今回は、旧フランス大使館で行われたNO Man'S Landの出展作品が入口入ってすぐに展示されていた。
やはり、これくらい大きいと存在感があって、素材になっている石自体が大きいので更に訴えかけてくるものが強い。いつものように中は空洞だというのに。。。普通なら到底持ち上げられないが、中が空洞になっているため(石井さんが彫って空洞にし、ところどころに穴が開いた表面だけにしてある)一人でも持ちあげられるらしい。

鈴木其真の作品は群馬青年ビエンナーレ入賞作品+α。袋が下についていた塔の木彫が面白いがやはり、どの作品にも人は一人もいない。

清澄白河のギャラリーに行ったら新しいギャラリーが2つも入っていて驚いた。
・「AK INOMATA “インコをつれてフランス語を習いに行く”」 AI KOWADA GALLERY
これが、件の新しいギャラリー11月に入っていたらしいが、ちょうど私が行った後に移転して来たと思われる。
今回は、“やどかりに『やど』をわたしてみる”という写真と映像(約5分)+やどかりの上に乗せる樹脂製の都市をあつらえた立体の3点セットが欲しくなってしまった。
やどかりの動きが可愛い。オブジェだけ単独で飾っても良いし。
このやどかり達は作家さんが実際に飼育している10匹もいるやどかり達の映像と写真。
都市は作家が行きたいけどなかなか行けない場所をモチーフに選んで全部で6都市だったか。樹脂の展示はそのうち2点だったが、映像はNYのもの、写真は確か4点出ていた。いずれもエディション3まで。

新作インコの映像はいまひとつ分からなかった。というより、頭はやどかりで一杯になっていた。作家さんもいらっしゃっていて、とても美しくてこちらの方がドキドキしてしまった。ここはオーナーの小和田氏もとても美しい女性だった。作品には関係ないが、ついつい美人を観ると嬉しくなる。

・「榎倉冴香 Pink Ashtray 」 SPROUT 
こちらも新しいギャラリー。雑誌も手がけている方がオーナーでギャラリーをオープンしたそう。
榎倉さんは、父、祖父、三代にわたる画家一家だとか。
そんなことはさておいて、個人的には一番奥にあった鉛筆画の作品1点が一番好きだった。ペインティングはまだまだ定まってない感じ。良いものとそうでないものの落差が激しい気がした。

・「丸山直文 透明な足」 Shugo Arts  12/25最終日
丸山さんの新作は、これまでと大きく変化していたので驚く。もちろん、独特の色遣いは変わっていないが、より抽象化されている。滲みやぼかしがより強くなって、モチーフがより曖昧になっているが、なぜか私はこれまでの作品より今回の新作群の方が好み。
全部で9点、小品は1点、に囲まれてとても良い気持ちになれた。

・LEO RUBINFIEN(レオ・ルビンファイン) タカ・イシイギャラリー 1/29まで 冬季休廊:12/30~1/6
今回が日本での初個展。ルビンファインの過去30年間の活動を振り返る、世界各地で撮影された34点のモノクローム写真・カラー写真作品を展示している。
これが、また良かった。特に、ルビンファインの写真は良かった。
過去の写真集で観る作品より、展示されている写真の方が見ごたえがあったし、ドキッとするような1枚が何点かあった。現在制作中だという作品集、完成したら買ってしまうかも。モノクロも良いけど、やっぱりカラーの方にはっとする写真が多かった。
もう1度再訪したい。

・篠山紀信|山口百恵:hiromi yoshii gallery 1/15まで
篠山紀信さんは、先日台北の台北市立美術館での個展を拝見したばかり。今回の山口百恵シリーズは台北では出ていなかった。映像と写真で見せる。

蜷川美香他は省略。

・池田亮司 ギャラリー小柳 最終日12/25まで
東京都現代美術館での展示に近い。映像とオブジェを組み合わせた展示。最終日だからか、結構お客さんは入っていた。特段、平台の動く映像作品が気になった。

「雪」 曽根裕展 メゾンエルメス8階フォーラム

メゾンエルメス8階フォーラムで2月28日まで開催中の「雪/曽根裕」に行って来ました。
詳細はこちら

平日の夜だったせいか、他のお客様も数名で静かにじっくり鑑賞。
高いガラスの窓には雪の結晶を描いたドローイング「スノーフレーク」が全部で14点。

そして、床には水晶で作られた彫刻作品「雪の結晶の形はすべて異なる」が全部で16点。
まず水晶の大きさにひるんだ。ガラスにしては、質感が違うので確認したら、やはり水晶だった。

水晶はパワーストーンとしても有名で、あれだけ大きなものだと水晶のお値段だけで・・・とついつい金額が頭をよぎる。これだけ透明度が高くて、大きな水晶をどこで入手したのか。

今回のエルメスの展示では、曽根さんの「雪」と今回の水晶彫刻制作にまつわるエッセイが5ページ+ペインティング画像が掲載されていることに、今気付いた。
そこに、中国の黒竜江沿いの山から採取する水晶を中国のスタジオで彫刻して行く過程が掲載されている。

作品を観て行くと水晶にクラックが入っていたので、接合したのかと思ったが、制作中の温度変化によりどうしても入ってしまうものなのだと書いてあった。
彫刻されているモチーフは様々だが、メインは雪の結晶。
「私は雪が好きだ」という文章から始まるエッセイでは、中谷宇吉郎資料館で観た雪の結晶を彫刻化することを思いつく。

今回の展示はその結実。既に海外で発表している作品だが、国内の曽根裕展は過去にあったのだろうか。海外での展示の様子は、ギャラリー内に図録が置かれている。
私はまだ美術ファンとして日が浅いので曽根さんのお名前しか知らなかった。

今回は、手元の資料も見ず作品だけを観たので、形態より、一体どうやってここまで水晶を彫刻化できるのだろうかと技法が気になった。

天井には雪の結晶のドローイング、目の前には透明な氷のような彫刻作品。
この季節に相応しい。

反対側の小さなスペースにはペインティング「サマー・マンモス」と真っ白な大理石の彫刻「スノーリフト」が。
大理石の彫刻は、80×98×89の大きさで2004-2005年の作品。
なお、先に挙げた水晶彫刻とドローイングは大半が2010年制作の作品。

ペインティングには魅力を感じないが、大理石彫刻には引き込まれる。

年明けの1月15日~3月27日まで初台のオペラシティにて「曽根裕展」が開催される。
こちらでは、どんな展示を見せてくださるのか、心待ちにしていよう。

そして、いただいたエッセイにしっかり目を通してからこの展示を再訪すると、また違った気持ちで作品を鑑賞することができるように思う。

*2月28日まで開催中。

「via art 2010」 シンワアートミュージアム 

via art

シンワアートミュージアムで12月25日(土)まで開催中の「via art 2010」に行って来ました。

via artは、「社会とアートをつなぐ」をコンセプトに掲げる学生運営のアートイベント。今年で4年目を迎え、美術業界以外からの著名な審査員を迎え、応募者の中から37名を選抜し入選作品を展観します。この37名の中から、審査員賞、KURATA賞などの各賞受賞者(13名)が更に選ばれ、後日入賞者の展覧会も開催される予定です。

私は、「via art 2009」入賞者展を今年拝見し、初めてこのイベントの存在を知りました。

今回はまず入選者37名の作品を拝見。
ごくごく私的な嗜好での視点ですが、気になった作家さんは次の通りです。

・足立篤史 作品は4点 「記憶~KAITEN~」「物語~YAMATO~」「BIG BOY」「deuy chevaux 2cv」全て2010年
彼の作品には、驚くと共に感心しました。
素材はケント紙+海外雑誌や英字新聞、そして戦記小説など。
新聞や小説を材料にした極めて精密な戦艦や車の模型です。一番大きなものは戦艦「回天」ではないでしょうか。
「大和」も大きかった。
戦艦シリーズは、戦没者(兵士)の写真が掲載された新聞か小説の一部を敢えて見えるように加工し、そこに古びた感じのニュアンスまで紙に付けてから立体化している。
その精巧さと技術には舌を巻きます。ぜひ、うらわ美術館あたりに所蔵してもらいたい、本を使用したミクストメディアでした。欲しい。。。戦艦マニアだったら、たまらないでしょうね。
彼はまだ東京造形大学彫刻科の1年生。これからどんな作品を展開して行くか非常に楽しみです。
なお、作家さんご本人のサイト(↓)もありますので、作品画像はそちらをご参照ください。
http://exprime.exblog.jp/
・清水総二 「Zurich」シリーズ油彩3点 2010年
私の好みは一番左にあったもっとも大きなペインティング。
ご本人がいらっしゃったので、お話を伺った所、写真の一部をクローズアップして描いた作品。写実というより、ソフトフォーカスが入ったようなぼかし方が特徴。あとは、たまたまかもしれないが、チューリッヒの街の色、色の使い方が素敵でした。あまりにぼかしが強過ぎると、作品が曖昧になって平凡に見えてしまう所が怖い。
なお、via artでは5千円以下で購入できるコーナーもあり、彼はそちらにも1点作品を出していたが、これは実見作品第1号ということで、写真をキャンバスに謄写し、その上からペインティングした作品で、前述の入選作品とは技法・アプローチとも全く異なる。

・大石麻央 「名前を教えてあげる」「ほんとうにこわいこと」
彼女は今年の8月7日~29日まで開催されていたTWS本郷での「TWS-EMERGING2010」に出展されていたので、記憶に残っていた。この展示は拝見したが、記事には書かなかった。
今回は、TWS本郷で展示していた作品とは異なる新作2点。8月に観た作品より技術がレベルアップしていると思った。特に「名前を教えてあげる」はまるで人間が動物の顔をかぶったまま横たわる。その横たわる寝姿が非常にリアルで、ご本人曰く「たぬきの死体を人間化したもの」???いまひとつ意味不明でしたが、死体だとしたらちょっと怖い。気になるのは、顔がタヌキに見えなかったこと。
2点とも動物の顔を毛糸や紙粘土、ニードルフェルトで制作するいわゆる手芸的ぬいぐるみ作品だが、目は樹脂なのか、瞳が3段階に赤く着彩されていて、それも怖さを増していた。
一見かわいいだけに、かわいらしさの中に潜む怖さが余計引き立つ。

・山田優アントニ 「three passengers」「driver」「woman passengers」「last train」の4点。
テンペラと油絵具でのペインティングは、中世の宗教絵画風で独特の個性が出ている。
好き嫌いは別として、確固としたオリジナリティができつつある。
愛知県立芸術大学在籍中。地元の学生さんだけに応援したい。

・吉野もも 「関係」
吉野さんは、前述の2009年のvia artの受賞者展で既に拝見している。その時に観た作品と同じような「曲面」2010年というタイトルのものより「関係」2010年が良かった。
錯視効果を利用した平面なんだけど立体。ちょうどその中間を狙った作品。

・水代達史 金工作品が全部で6点。
特に「夜の住人」「Fry JAPAN!!」「Sweet trap」「カモフラージュ」が良かった。
様々な技法にチャレンジして、今はいろんな方向性を探っているのだろう。個人的には金魚が飛行機になったような「Fry Japan!!」2009年「カモフラージュ」2010年がとても好き。
前者は金工とは思えないような軽さを作品に感じ、「カモフラージュ」は紫檀と銅と銀の組み合わせがシック。
東京藝大金工科在籍中。七宝作品もあったし、まだまだこれから進むべき方向を見定めて行くほんの通過点何だろうなと感じた。
特に工芸は、やはり経験年数によって技術向上がどんどん図られるので尚更である。

・佐藤 学 「☆と糸と新月の川」
大画面の日本画で目立っていた。画面の作り込みが凝っていて、その質感も見どころのひとつ。
糸のような細い線、新しい日本画の潮流を作れるや否や。もうひとつ個性が欲しいところ。

・豊島 尚 「neon sign 01」「neon sign 04」
グラフィック的なペインティングで面白いと思った。
この作家さんは、将来的にデザインの方に進まれるのかそれともペインティングでやっていくのか。

・木々つばさ 「サヨウ」2010年 シルクスクリーン「シザ」ミクストメディア」2010年

新しい版画の方向性を観た。これまで版画といいつつ立体に近い作品、例えば小野耕石さんや芳木麻里絵さんを観てきたけれど、彼女の作品の場合、版画にあたる部分が薄い被膜、例えていうならせみやちょうが脱皮する直後の白い抜け殻のような立体感があった。
もう1点は、逆に極めてシンプルなシルクスクリーンだが、画面構成が美しい。

・小口祐輝 ペインティングが3点
「聳峙」2009-2010年が素晴らしかった。アクリル、油等々、画材に様々なものを使用してあの色、あの質感を出しているのだろう。これは是非、実作を見ていただきたい。圧倒的な迫力。東京藝術大学大学院在籍中。

受賞者の名前と在学中の学校名はvia artの以下サイトに掲載されています。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLL_ja&q=via%e3%80%80art

*12月25日(土)10時~17:45 入場無料

東京画廊+BTAP 60周年記念展 『ミクロサロン60』 東京画廊+BTAP

tokyo

東京画廊+BTAPで12月25日まで開催中の東京画廊+BTAP 60周年記念展 『ミクロサロン60』に行って来ました。
詳細はギャラリーのサイトをご参照ください。⇒こちら

なかなか、こちらの画廊にはお伺いできず過去も気になる展覧会がありながら見逃したことも数回。
資生堂ギャラリーに行くついでに行けばよいのに、道に途中で迷ったりするからついつい。。。言い訳です。

『ミクロサロン』は、1961年12月に東京画廊で開催された展覧会のタイトルです。21名のアーティストに制作を依頼した小サイズの作品を、画廊の壁面いっぱいに展示した展覧会だったそうです。
今回もそうですが、毎年この時期、庶民でも何とか手を出しやすい小サイズの作品を集めた展覧会を開催しているとのこと。開郎60周年ですから、日本の近代美術史を語れる画廊と言えるでしょう。

今回の出展作家は次の錚々たる面々。若手からベテランまで幅広い。
東亭順、荒木省三、狗巻賢二、大岩オスカール、大巻伸嗣、岡本信治郎、桂ゆき、栗原一成、呉強、小清水漸、
蔡國強、蔡錦、斎藤義重、佐々木卓也、沈文燮、菅木志雄、杉山功、鈴木伸吾、関根伸夫、宋冬、金田勝一、北川宏人、金昌永、久野真、栗原一成、小清水漸、古林希望、こんどうひさし、平良美樹、高橋淑人、高松次郎、瀧本光圀、豊福知徳、中野北溟、西澤千晴、朴栖甫、林武史、比田井南谷、福岡道雄、古家万、松井紫朗、松浦浩之、宮澤男爵、安井曽太郎、山口理一、山田彩加、矢柳剛、袁順、よしだぎょうこ、吉田茂規、ラメシュ・ダハ、李禹煥、渡邊陽平、王舒野

中で、私がいいなと思った作家さんは次の通り。

・大岩オスカール
彼の小さなサイズのペインティングは初めて観たような気がする。いつも巨大画面の大作ばかりなので、逆に新鮮。大岩ファンで大作は無理でもこれなら購入できるし飾れる大きさ。まだ売れていなかったと記憶しています。気になる方はお問い合わせの上、お急ぎ下さい。作品は4点ありましたが、いずれも素敵でした。

・古林希望
彼女の作品は全て完売。和紙、桃肌紙を使用し鉛筆で抽象的な紋様を描き、更にその上から和紙をベールのようにかぶせて平面でありつつも立体的に見せる作品。鉛筆画のやさしさと和紙の風合いがマッチしていました。
とても優しい気持ちになる作品です。

・蔡國強
例のごとく燃やしたようなドローイングですが、小さめのサイズでも存在感あり。

・大巻伸嗣
大巻三と言えば、広い空間でのインスタレーションのイメージが強いのですが、あのインスタレーションを小世界に落とし込むことが可能なのかと感心した。
アクリルケースに白い砂?をベースに着色したお花の模様が残っている。過去に観た作品は床にあったので、会期中にどんどん色が薄れて行ったりその変化を楽しむのも見どころの一つだが、アクリルケースに入れてしまうと壁にもかけられる。・

・安井曾太郎
なぜか、安井の色鉛筆画が1点展示されていた。確か8万円位だったと思う。
ここで、安井曾太郎!と嬉しくなってしまった。しかも色鉛筆の小品などそうそう見られるものではない。

・古家万
古家の写真集は書店で眺めていて記憶に残っていた。プリントは初めて観たけれど、富士山を背景にお正月のかざるにはピッタリの作品。
しかも構図い、色とも美しい。

高松次郎さんの小さな立体作品も良かった。小さいけれど、展示室一杯に作品が展示されているので、見ごたえがある。
今回60周年を記念して、過去の展覧会活動の全記録を網羅する『東京画廊+BTAP60周年記念カタログ』+作品DVD付(5千円)も販売中。
開廊当時の写真など、アーカイブ資料も併せて展示されている。
60周年記念カタログは千部限定。過去の展覧会を観ていると日本の近代美術史そのもののように感じた。

*12月25日まで開催中。


なお、東京画廊+BTAPで本日23日まで、ギャラリーART POINTにて、アートブロガーであるあおひーさんが参加されているグループ展「Reflections- 現代アート新鋭作家13人展 - あわせてご覧いただくのも楽しいです。
あおひーさんの新境地作品が展示中です。

artpoint

「東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展」 東京藝術大学大学美術館他

hakase

東京藝術大学大学美術館他絵画棟など上野校舎で10月24日まで開催中の「東京藝術大学 大学院美術研究科 博士審査展」に行って来ました。⇒http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2010/hakaseten10/hakaseten10_ja.htm

博士審査展だけは、修士・卒業制作展とは別に12月に開催されると知ったのは昨年のこと。今年は是非拝見したいと日程を事前にしっかりチェック。
「博士審査展」というからには、ここでの作品発表および博士論文の審査によって博士号を取得できるかどうかがかかっているのでしょう。
各作品の傍に置かれていた論文の分厚いこと。実際、じっくり座って拝読したくなるものもありましたが、全部目を通す時間がなかったので、気になるものだけざっくりと。

以下、私の目に留まった印象に残った作家さんを挙げていきます。なお、展示は東京藝大美術館の1F、地下2階、3階の展示室1~4の他に絵画棟などを使用しています。
ここで初めて気付きましたが、音楽学部構内の大学会館2階の杉山礼香さんの作品は見逃しました。

<日本画> 3階展示室3
3名の方による展示だったが、どれも正統派過ぎて新鮮味、面白味には欠けていたように思う。勿論技術的には素晴らしい。中では、大竹寛子さんの≪mind stream≫が一番良かった。赤っぽい下地に無数の金色の蝶が乱舞する様は妖艶かつ妖しい雰囲気が放たれていた。
今春の卒展でも感じたが、東京藝大の日本画科の方の作品はどれも正統派が多く、皆何か似ている。特に、日本画は学校のカラー、ひいては指導教官の色-が反映されているように思う。

<油画>
・フィロズ マハムド 3階展示室の右側にど~んとどこかで観たようなカラフルな戦闘機があると思ったら、やはりあいちトリエンナーレ2010で愛知県美術館会場に出展されていた作品と同じもの、同じ作家さんだと分かった。
作品タイトル“sucker'wfp21"は、様々な穀物を飛行機の表面に貼り付け機体デザインを飾っている。あいトリでは穀物戦闘機で評判になっていた。

マハムド氏は、バングラデシュ生まれ。2007年に東京藝術大学に研究生として留学。国民の労働の証である穀物が税として戦闘機に変わるというシニカルな意味合いの作品。解説は下記マハムド氏のサイトに詳しい。

マハムド氏ご本人のサイト ⇒ http://www.firozmahmud.com/index.html

ペインティング≪Layapa Paintings Series≫として大作1点、中程度の大きさのものが4点の計5点。いずれもキャンバスの角が飛び出していたり変形している。ペインティングも個性的で、私的には好み。戦闘機との組み合わせも上手く行っていた。
オオタファインアーツの取扱作家さん。⇒ http://www.otafinearts.com/artists-firoz-mahmud.html

私が読みたかった博士論文は彼のものだった。

・山本久美子 日常収集シリーズで3点。
古紙(チラシや古新聞)を使用して、立体作品を制作。うらわ美術館のコレクションにぜひ加えて欲しい。

<油画技法・材料>
・小池 真奈美 ≪居残り佐平次≫≪抜け雀≫≪三枚起請≫≪時そば≫の4点。
一目観ただけで、上手いと思った。テーマは落語の中の自画像。落語好きな方にはたまらないペインティングかもしれない。筆跡を残さない、写真のような油画。絵に描かれた女性は全部自画像なのだと思う。複数の女性の顔がよく見ると全て同一人物だった。
彼女もマハムドさんと同じくオオタファインアーツの取扱作家。
今回の作品もギャラリーのサイトに掲載されている。⇒ http://www.otafinearts.com/artists-koike_manami.html

<彫刻>
・大平龍一 美術館1Fエントランスホール
木彫に音楽性を加えた巨大な木彫作品が4つと小さな小さな大黒天がたまらなくいとおしい。
中央に四角いホワイトBOXが床に配置され、その上で柏手のごとく、4拍手すると、木彫作品に仕込まれたスピーカーから微かな振動ともに鳴動する。地響きのようなその音にまず驚くが、やはり巨木のオブジェもすごい迫力。

≪十俵≫?だったかを支えて床で踏ん張っている大黒天を見つけた時は思わず微笑んだ。

・渡辺理紗
木彫好きとしては、やはり見逃せないが、砂時計をモチーフにしたのはどうなんだろう。彼女のせっかくの良さがあまり発揮されていないように感じた。むしろ小品の≪電球≫、ジャスパー・ジョーンズの作品の引用のように論文に記載されていたが、≪電球≫ の方が同じ静物でも、木彫の魅力を感じる。

<工芸(鍛金)>
・小田 薫 ≪記憶の在り処≫≪大きな街≫
鍛金の彫刻作品。完成度は非常に高い。

<工芸 (ガラス造形)>
・藤田紗代 砦シリーズ3点
彼女の作品もどこかで観た記憶がある。氷の結晶のようなガラス造形は忘れ難い。

<先端芸術表現>
・多和田有希 ≪Local News≫
多和田さんは、2009年のTARO NASUでの個展を拝見している。以下その時の感想記事。
(参考)http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-616.html

2009年の個展で拝見した作品と同じ技法。写真自体をクラッシュ加工して線描する。
小さいサイズの作品は、これまでの作品と加工方法が大きく違っていて、水玉風というかカビのようなものが写真に付されていて、あれも多和田さんの作品だったのだろうか。

・春日聡 ≪スカラ=ニスカラ≫
地・水・火・風・空の5つの要素を映像化し全部で32分。これは全部通して観たかったが、地と水のみ拝見した。
続きが気になるが、再訪する時間がない。ただ、面展開がぎこちなくぶつ切りみたいに展開するのが気になった。もう少しスムースに場面転換した方が、映像に没入しやすい。

・琴 仙姫 ≪bloodsea≫ 絵画棟1F
これは実に衝撃的なインスタレーションだった。映像もあって、まるで映画のようだったのでこれも全部観たかったが数分観ただけだが、続きが気になる。
作品は赤い十字架。しかしこれは彼女の記憶や体験を表現したもの。ベタと言えばそれまでだが、砂地に置かれた暗闇に赤く光る十字架は血が捧げられたような印象を受けた。

栗山斉は、オラファーエリアソン風の光を使用した作品。もうひと工夫欲しかったかな。一つの作品として観た時には弱い気がした。


なお、19日に行ったら藝大アートプラザで「第5回藝大アートプラザ大賞展」テーマ「呼吸」を開催しており、ほぼ五万円以下で芸大生の作品を購入できる。応募作品の中から様々な領域の先生方が慎重に監査を繰り返し、審査し入選作から大賞、淳大賞他を選出。
最終日だったので、あらかた売れていたが、もっと早く行っていたらと残念。欲しかった作品は売却済でした。来年は早めに行きたいな。

*12月24日まで開催中。入場無料 10時~17時 

「セーヌの流れに沿って 印象派と日本人画家たちの旅」 ブリヂストン美術館

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ブリヂストン美術館で開催中の「セーヌの流れに沿って 印象派と日本人画家たちの旅」に行って来ました。
詳細はこちら

この展覧会は、ブリヂストン美術館とひろしま美術館との共催で開催されているため、単独館のコレクション作品だけでなく、両館コレクションに加え、他館からの作品借り入れもあり非常に充実した内容となっています。
企画展での出展作品数だけで何と138点。
この他、いつものように第2室でコレクション展示も行われています。

見ごたえがあるので、充分時間に余裕を持ってお出かけされることをまずはオススメします。

本展では、セーヌ川流域を5つの地域に分け、それらを描いた印象派の作品を中心に、日本人画家たちの滞仏作も含めた19世紀半ばから20世紀にかけての作品群を紹介。近代絵画の歴史を地理的にたどるとともに、セーヌ川が画家たちによっていかに表現されてきたかについても展観するものです。

という、上記企画展主旨の視点が面白い。
単にフランスに留学した作家たちの作品を並べるだけでなく、セーヌ川を旅するように、各地にまつわる作品を描いた作品でセーヌ川流域も併せて紹介し、企画の勝利。

第1章セーヌ上流とロワン河畔
いきなり、間もなく閉館するサントリーミュージアム天保山所蔵「サン=マメスの平原、2月」1881年が登場。
シスレーが描いたサン=マメスの風景画が3点出ていたが、私としては天保山の作品が一番好き。

この後、明治期に渡仏した日本人画家の作品が続く。
今興味があるのは浅井忠。彼のデザインに関する仕事に一番関心があるが、ここではやはり著名な「グレーの洗濯場」「グレーの橋」などが紹介されていた。浅井は43歳!でフランスに2年間留学。他作家と比べ、やや遅いが、その意気込みを評価したい。

大原美術館所蔵の児島虎次郎の抒情性の強い作品、東京藝術大学所蔵の岡田三郎助「セーヌ河上流の景」はモネの影響だろうか、どこか似ている。

第2章 セーヌと都市風景
・アルベール・マルケ「ノートルダムの後陣」1902年 愛知県美術館
愛知県美は何度も行っているので、恐らくこの作品も観たことはあると思うが、記憶にない。少し離れて鑑賞すると近くから観たのとで印象が変わる。

マルケ箱の他、「ポン・ヌフ夜景」1902年サントリーミュージアム天保山他1点と、いずれも良い作品ばかりだった。

・出島春光 「ノートルダム寺院」1932年頃 彩色 絹 個人蔵
出島春光の名前は今回初めて知った、非常に美しい線を描く作家。日本画なのか洋画なのか、今回最も印象深かった作家の一人。

・小野竹喬 「セーヌ河岸」 インク、着色 笠岡市立竹喬美術館
敢えて日本画らしからぬ技法で描いたセーヌ河岸だが、小野竹喬らしさ溢れる。小野竹喬は日本画家でなくても必ず活躍し評価されていただろう。

ポール・シニャック「パリ、ポン=ヌフ」1902年 ひろしま美術館
このシニャックは素敵だった。他にポン=ヌフを描いたひろしま美術館蔵のピサロの作品も良かった。

・アンリ・ルソー「バッシィの歩道橋」1895年 サントリーミュージアム天保山
またもやサントリー天保山。閉館したらこれらの所蔵品は大阪市に寄贈されるのか?それともそのまま東京のサントリー美術館で展示もありえるのか。しかし名品を沢山所蔵されている。

・蕗谷虹児 「挿絵原画(巴里の散歩)」「巴里哀唱」
蕗谷の作品は第4章にも登場する。ここでは蕗谷の挿絵を紹介。

他にルノワール「トリニテ広場」、ボナール「ピガール広場」などあり。
しかし、いいなと思う作品はブリヂストン美術館所蔵品が多かったのも印象的。

第3章 印象派揺籃の地を巡って
・ポール・シニャック「アニエール、洗濯船」 上原近代美術館
シニャックらしい明るい色彩と光溢れる画面構成。
ここでは、モネとヴラマンクの作品が多く紹介されていた。村内美術館所蔵ドービニー「アンドレズィの夕暮れ」1867年は、存在感溢れる作品。バルビゾン派の作品の重厚さはやはり代えがたい。これがあるだけで展示がしまる。

第4章 ジヴェルニーと藝術家邨

再び日本人画家の登場。正宗徳三郎、金山平三、森田恒友、土田麦僊、跡見泰、そして蕗谷虹児である。
御茶ノ水図書館所蔵の「ヴェトゥイユの風景」は名品。絹に彩色されている。
非常に貴重な作品。

第5章 セーヌ河口とノルマンディー海岸
やはりここでもモネ作品登場。他にはカイユボット「トルーヴィルの別荘1882年、ラウルデュフィ、クールベ「エトルタ海岸、夕日」新潟県立近代美術館、万代島美術館蔵はクールベにしてはおとなしやかな作品。

宮本三郎「エトルタの海岸」、華月泰男「エトルタ」、高畠達四郎」などみなエトルタの風景を描く。それだけ魅力ある土地なのだろう。

*12月23日まで開催中。お見逃しなく。
この後、ひろしま美術館に巡回予定。

「帰ってきた江戸絵画 ニューオリンズ ギッター・コレクション展」千葉市美術館

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千葉市美術館で開催中の「帰ってきた江戸絵画 ニューオリンズ ギッター・コレクション展」に行って来ました。

12月19日に千葉市美術の小林忠館長による記念講演会「お帰りなさい。ギッター・コレクション」を聴講できたので、小林館長のお話を交えつつ展覧会を振り返ってみます。

展覧会の概要については、千葉市美術館のサイトをご参照ください。ニューオリンズを襲った2005年のハリケーンカトリーナから僅か数点を除き貴重な日本美術を守り抜いたカット・ギッター氏と奥様のアリス・イエレン夫妻の素晴らしいコレクションを107点でたどります。
なお、ギッター氏は著名な眼科医で時給100万円!、奥様葉ニューオリンズ美術館の副館長で美術教育を担当でされているとのこと。日本美術のコレクションのきっかけはアメリカ空軍の軍医として福岡に近い西戸崎に近い日本家屋で2年間暮らし、日本の人物埴輪を購入したのが最初の美術品だったそうです。
九州といえば、やきものでも著名な場所、陶窯も回り江戸絵画とは別に、日本の現代陶芸もコレクションの柱の一つになっています。
また、ギッター・イェレンコレクションは、ギッター・イェレン財団により、自宅に付設された美術研究センターで作品を展示し、研究者や愛好者に公開されている。
彼らのコレクションは「萬葉庵コレクション」として知られ、全作品がサイト上で画像公開されています。以下URL。
http://www.gitter-yelen.org/
展覧会はコレクションを表現内容別に6つのセクションに章立てて構成されています。また第1章と第2章の間に8分間のNHKが制作したギッター・コレクションについての映像解説があり、こちらはギッター氏へのインタビューは勿論のこと、ギッター邸や邸内での展示風景、そしてハリケーン直後の作品の傷んだ状況などが紹介されていますのでお見逃しのないように。

第1章 若冲と奇想の画家たち

・伊藤若冲 《達磨図》、《白象図》、《月梅図》、《寒山捨得図》など全8点。若冲と言えば、同じくアメリカのプライスコレクションがつとに有名ですが、ギッター氏も含め、やはり異国の目利きの心をつかむ魅力があるのでしょう。

・曾我蕭白 二曲一双《二老人図》、《蘭亭曲水図》他1点計3点出展されているが、素晴らしい作品。2005年の京博開催「曾我蕭白展」にもこれらは出展されていない。いずれも初見作品。

・長澤蘆雪  全5点。特に私が気にいったのは《月に雲図》&《月に竹図》の2点。前者の斬新な構図は蘆雪らしい。
《赤壁図》は縦141.5の大作。

・徴翁文徳 《龍虎図》六局一双の水墨画の大屏風。あっと驚く大迫力で、秋の名古屋城虎の美術に登場して欲しかった!

第2章 琳派の多彩
来年度に千葉市美術館では酒井抱一の展覧会を予定しているそうですが、今回も抱一の素晴らしい三幅が日本に里帰り。

・酒井抱一 《朝陽に四季草花図》三幅対
抱一は非常に偽物作品が多いそうですが、見極めのポイントのひとつは絵具の良さ。本作品も発色の良さ、退色もなく極めて美しい。
また曲線の美しさも見どころと小林館長。
他に《秋冬草花図》も抱一らしい上品な草花図。

・中村芳中 《月次草花図》二曲一双の貼交屏風も良かった。

・鈴木其一  全3点
私の個人的な好みでは、以下2点。
渡辺始興《春夏草花図》
神坂雪佳 《輪舞図》 《秋草花図》
特に雪佳の《輪舞図》は、六曲一隻の屏風風で、大和文華館所蔵の桃山時代の同名作品からインスピレーションを得たのでしょうか。
なお、雪佳と言えば、百々世草ですが、アメリカの日本美術のコレクターは大概これを所蔵しているとのこと。羨ましい限り。

ただし、ギッター・コレクションには残念ながら琳派の中の琳派、尾形光琳の作品を所蔵していない。

第3章 白隠と禅の書画
ギッター・コレクションの禅画については、2000年~2001年に山下裕二教授の監修で「ZENGA 帰ってきた禅画展」が開催されている。

主として白隠、小林館長のお気に入りは《布袋図》。
私が面白いと思ったのは同じく白隠の《篆書百図》。白隠は全9点。

円山応挙が席画で描いたと思われる《達磨図》も応挙にしては酔狂な作品。

書では、幕臣で江戸後期から明治にかけて活躍した山岡鉄舟《龍図》。図とあるが、実際は龍の文字が龍であるかのようにうねる文字。
中原南天棒も他ではなかなか観られない作品。全3点。確か若冲の
作品にもよく似たモチーフのものがあったように記憶している。
《托鉢僧行列図》大正12年。南天棒は大正時代の僧だった。

第4章 自然との親しみ
・山本梅逸
かねてより、私は梅逸はもっと評価されてしかるべきではないかと思っているのだけれど、今回も素晴らしい六曲一双屏風《四季草花図》が出展されている。
梅逸は名古屋で活躍した江戸の画家。繊細で緻密な西洋画に近い画風を感じる作品。他にも1点あり。

・呉春 《双鹿図》
ギッター夫妻は非常に仲睦まじいそうだが、この雌雄の鹿もまるで夫妻を象徴するかのよう。呉春でこういう作品はあまり観た記憶がない。絹本著色。

紀楳亭や柳沢淇園など、かなりマニアックな文人画のコレクションもあり作家のラインナップの幅広さに驚く。

第5章理想の山水
・池大雅 《湖景図》はじめ全4点。第1章では大雅のユーモラスさが表現された作品が1点展示されていたが、小林館長曰く「大雅をあがめすぎ」とのことで、私も全く同感。
大雅は面白いユーモア溢れる作品や奇想天外な作品もあるのに、なかなかそれらに焦点が集まらないのは残念でならない。

・与謝蕪村  桃源郷を描いた《春景山水図》はギッター氏ご自慢のコレクション。他に2点あり。

そして、再び紀楳亭同様、滋賀県では著名な横井金谷の作品まであり、文人画は最初の頃収集を熱心にされていたらしい。

小林館長が
ギッター・コレクションのうち、ひとつだけ持って帰って良いと言われたら、浦上玉堂《火伏金生図》とお話されていたが、非常に小さい作品だが、密度濃く玉堂らしさが全面に出ている。

・福田古道人
この画家の名前をご存知の方がどれだけあるだろう。
どうやら、明治から大正時代に生きた人物で神道にも傾倒し、最後は餓死したとか。
とあるアメリカ人コレクターが120点も所蔵しているが日本では僅か数名のコレクターがいる程度だとか。
非常に色の美しい描き込みもしっかりしていた。

第6章 楽しげな人生
最終章では、肉筆浮世絵の登場。
・歌川国貞《美人見立士農工商図》
・山口素絢 《鴨川納涼図》《鈴鹿峠宿り木図》
・立原杏所 《文人作画図》
今年は杏所の当たり年。
これも未見作だが、画面に登場する文人は杏所本人だろう。なんだか親しみがわく一点だった。

・祇園井特 《文読む芸者図》
祇園井徳があるとは驚いた。この作品を購入した理由を是非一度伺ってみたい。

・富田渓仙 《遊里風俗図》六曲一双
もちろん、これも先に行われた富田渓仙展には出展されておらず、しかしながら、素晴らしい作品だった。

ギッター氏は日本の書は読めずともそのバランスの良さ、見た目の美しさで、自分の目を信じて作品を購入した。
日本人コレクターはついつい作家の名前や印で買いがちだが、名前の知らない絵師の作品も本展には何点か出展されている。

1月16日(日)14時より河野元昭(秋田県立美術館長)による記念講演会「琳派の魅力ーギッター・コレクションを中心に」が開催されます。聴講無料ですが、往復ハガキで申込必要です。ただし、定員に満たない場合は、当日でも参加可能です。

*1月23日まで開催中。ボリュームあり、見応えありオススメです。

三瀬夏之介個展 「ぼくの神さま」 イムラアートギャラリー東京  

最終日ラッシュの2010年師走の土曜日17日。

東京・神楽坂ににオープンしたイムラアートギャラリー東京のこけら落としとなる展覧会、三瀬夏之介個展 「ぼくの神さま」に最終日の駆け込みで行って来ました。
詳細⇒こちら

行って良かった~。
入った瞬間、これは当たりと感じる雰囲気。
それにしても、大勢お客様がいて驚きました。作品もほぼ完売状態です。

入口入ってすぐの壁の手前に小さな小さな額縁に描かれた富士山に一目ぼれ。

大作の屏風絵「ぼくの神さま」は第一生命ギャッラりーのものより小さいですが、長さはかなりある。やはり、以前の作品と比べるとより装飾的になっているように思った。

私の好みは最奥の、以前佐藤美術館の個展で行っていたような、三瀬さんのアトリエ風スペースの展示。
このコーナーには壁中に大小様々な、かつ作品自体の形も四角ではなくオーバルだったりとバラエティに富み、更には「シナプスの小人」シリーズのミクストメディアもあって、でもそれらのすべてが三瀬さんに影響を与え、愛されている様子が伝わって来た。

気に入った作品はなぜかすべて非売品。奥のコーナーにあった具象の墨画の山水図がとても良かった。
山を背景にして湖でボートを漕ぐ人物。手前には祠が。
三瀬さんが恐らく山形に行った後に描かれたものに違いない。

冒頭の富士さんのお守りのような絵も愛らしかったし、テクスチャーの石っぽい感覚が良かった。

‘会期は本日で終了ですが、作品集発『冬の夏』売記念として年明けにはミヅマアートギャラリーで個展開催中の池田学氏とのトークが新宿・紀伊國屋サザンシアターで来年トークイベントが開催されます。
2011年1月14日(金)19:00開演(18:30開場)
事前予約必要。詳細はこちら

「開館記念名品展」 センチュリーミュージアム はじめての美術館81

本年10月4日から新築オープンしたセンチュリーミュージアムの「開館記念名品展」の最終日に駆け込みで行って来ました。

センチュリーミュージアムは旺文社の創業者である故:赤尾好夫氏の書画骨董仏教美術のコレクションを財団法人センチュリー財団に収蔵し、同財団により運営されている。
私は知らなかったが、以前は別の場所にあり2002年に一旦閉館し、このたび2010年10月4日に東西線早稲田駅から徒歩6分の地に新築移転オープンしました。

地上5階建の建物で、4階と5階が展示室として使用されています。
受付で入館料500円を支払、丁寧な「開館記念名品展」作品解説をいただきました。全頁数16ページ。これも保存決定。
まずは、4階の展示室から。センチュリーミュージアムは、とりわけ日本の奈良時代から江戸時代に至る文字文化に焦点を当てた収集がなされており、「書の美術館」として高い評価を得ています。

そして、その評価は正しいことをこの目でしっかと確かめて来ました。
今回は2つの展示室合わせて65点の作品が展示されています。
4階は書画中心、5階は仏像や古鏡が中心です。

65点のいずれ劣らぬ名品ぞろいで、本当に驚きました。
何しろ、東博の「東大寺大仏展」で拝見したばかりの「大聖武」はあるは、正倉院御物を思わせる唐時代の螺鈿花鳥文鏡はあるはで驚くばかり。
しかも5階の仏像は、私が最近好きになっている平安仏が中心。それに加えて唐時代や北朝時代の石造の仏像がコルビジェのLC3のソファが配置された空間で鑑賞できる鑑賞環境。

さて、65点の中で忘れ難い作品を数点挙げます。

・≪金銀泥下絵詩書巻≫ 本阿弥光悦筆 江戸時代 絹本
今回、もっとも驚いたのはこれ。琳派の作品展でも拝見したことがない。しかし物凄い代物でした。光悦の書作品の中でも壮年期の名品ではないかと思います。
下絵は伝俵屋宗達とされていますが、そうであってもなくても、素晴らしい書と絵巻物。明治の元勲:福岡孝弟の旧蔵品。

・≪三十六歌仙絵巻≫ 伝冷泉為相賛 鎌倉時代
状態が非常に良い上に、断簡にせず絵巻のままの状態であることに感銘を受ける。絵は勿論非常に丁寧で線が美しい。

・≪古筆手鑑「武蔵野」≫ 平安~鎌倉時代
数奇者の蒐集した古筆切の中でも名物切を19葉貼り込んだもの。光明皇后や小野道風のものあり。
素晴らしい。古筆。

・≪揚柳観音図≫ 伝牧谿筆 南宋時代
牧谿ではないにせよ、南宋時代の傑出した画家の手による作品と言われている。

・≪山水図≫雪舟等揚 双幅 室町時代
画面は縦11.5×横25.1 小品ながら雪舟らしき、墨の濃淡で輪郭線なく表現した山水図。

・≪紺紙金字日蔵経巻第八≫(神護寺経)平安時代 12世紀
見かえしの美しさは、他にも展示されていた紺紙金字経の中でも随一であったと思う。
センチュリーミュージアムの古写経コレクションは素晴らしいの一言に尽きる。

この他「滑石経」という石に発願を行った遺品が8枚出展されていた。ここまでくっきりと文字が見えること自体が素晴らしい。平安時代の末法思想を反映した作品。紙では信じられず、より保存が安全そうな石に願いを彫った。

なお、次回展覧会は「古鏡-漢鏡と和鏡の変遷」で1/6(木)~4/2(土)まで。

センチュリーミュージアム午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 毎週日曜、年末年始、展覧会準備期間(不定期)
入館料 【一般】
500円(団体20名以上 400円)
【高校・大学生】
300円(団体20名以上 200円)
【中学生以下】
無料
東京都新宿区早稲田鶴巻町110-22
センチュリーミュージアム
TEL: 03-6228-0811 東京メトロ東西線 早稲田駅下車 1番出口 徒歩6分

TWS-EMERGING 2010 平川ヒロ/高松明日香/吉田早苗 TWS本郷

トーキョーワンダーサイトで開催中の「TWS-Emerging 150 平川ヒロ - となりの部屋のうそつき/151 高松明日香 - ミラーズ/152 吉田早苗 - 木まみれ」に行って来ました。

各作家のプロフィールはギャラリーのサイトをご参照ください。


・150 平川ヒロ - となりの部屋のうそつき
2階の一番広い展示室を使用していたのは、平川ヒロ。
プロフィールはギャラリーサイトをご参照ください。⇒こちら。プロフィールを拝見した所、愛知県芸術大学2009年に卒業している。やはり地元にある大学を卒業されたと分かると応援したくなるが、そんなことはさておいて、与えられた2つの展示室では、とても見ごたえのある展示がされていた。

手前の小部屋では、ペインティングではない手芸系的な作品が並ぶ。編み物で編んだ大きなタペストリーやら、彫刻風な作品、木の枝を使用さいたようなオブジェなど。狭い空間に対し若干作品数が多いようにも思えたが、正面の布を解体したような作品や正面向かって右の編み物を菱形に組み合わせたものは、素材自体のテクスチャーを強く喚起させる。
一方、奥の広いスペースにはカラフルな油彩が。どこかで観たような雰囲気の作品と思ったら、杉戸洋だった。
淡い色遣いと、曖昧な線描。ゆらぎ。

一見、両者に関連性はないと思われるが、実は建築の建築をテーマに2つの部屋の作品を構成している。
コンセプトが非常に興味深いが、ただ漠然と見ているだけではそのコンセプトは分かりづらい。
ただ、単純に面白い、特に個人的にはペインティングより手前の手工芸的作品が興味深かったし好み。
作品のアーカイブ資料も拝見したが、ペインティングは少しずつスタイルが変わっているようだし、変革過程のように思った。

151 高松明日香 - ミラーズ
彼女のペインティングは私好みで、最初にあった≪ざわめき≫2010年を観てはっとした。
青年と思しき人物が窓を見上げている風景。他に≪ひらめき≫2010年、≪海藻≫、≪フォレスト≫2009年などが印象的。
全部で大小9点のペインティングがあったが、展示の仕方も含め、写真的だなと思ったら、パンフレットに写真などを見て作品を描いていると書かれていた。
どこか小西真奈さんの作品を思い出させる。実際比べてみるとまるで似ていないけれど、作品から醸す雰囲気が似ているのかもしれない。既存作家の作品を浮かべてしまうのは、作家さんに失礼だとは思うけれど。
ただし、タッチや色遣い、特に色はテーマやモチーフのせいか青や緑系の色が多いのが特徴、は高松明日香のオリジナリティがしっかりと感じられた。

これからが非常に楽しみ。

152 吉田早苗 - 木まみれ

平面と立体の狭間というべき作品で展示室を装飾していた。タイトル通り、木まみれである。
過去の作品集を拝見すると、かなり作品にばらつきがあって、グラフィック的なペインティングは面白いと思ったが、今回展示されていた作品にあるペインティングでは、私が感じたその良さが発揮されていない。

手法としては面白いと思うが、迫力も技術的にもまだまだかなといった感じ(素人感想なのに大変僭越ですが)。

今後、どういった方向に進んで行くのだろうか。

*12月19日(日)まで開催中。

「複合回路」Vol.5 青山悟展 <トークイベント 青山悟×森村泰昌> ギャラリーαM

aoyama

ギャラリーαMで開催中の「複合回路」Vol.5 青山悟展 に行って来ました。
開始後すぐに観に行って、12月8日に開催されたトークイベント:青山悟×森村泰昌も拝聴したので、簡単にその様子を以下まとめてみます。内容に誤り等ございましたら、遠慮なくコメント欄にてご指摘いただければ幸いです。
また、トークの内容についての記載に際し、敬称は省略させていただきます。

まず、本展キュレーターの高橋瑞木氏による今回の展覧会の説明。
詳細は、ギャラリーの以下公式サイトに掲載されていますのでご参照ください。
http://www.musabi.ac.jp/gallery/aoyama.html

高橋:今回誰とトークしたいかと聞いたら森村さんだった。なぜ、森村さんと対談したかったのか?

青山:2010年は十年経過し、社会的にも芸術的な意味でも時代の変わり目で模索の時代だと思っている。その中で森村さんは過去から未来まで言葉にして説明するのと同時に展覧会で「レクイエム」や「まねぶ美術史」では学ぶ所が多かった。特にまねぶの方には私的なアートヒストリーが語られていて自分のアプローチと重なる部分画あると思ってお願いした。まさか本当に森村さんが来て下さるとは思っていなかった。

「六本木クロッシング」でもご一緒させていただいたが、森村さんはヒトラーや三島を出しておられて、自分はウィリアム・モリスと言う19世紀の社会主義者かつ芸術家を登場させ労働について語らせた。そこでも、個人的には森村さんと重なる所があったと思っていた。


高橋:「まねぶ美術史」について説明すると、森村さんが高松市美術館のコレクションのキュレーションを依頼され、ご自身が学生時代に練習した作品と高松市美のコレクションを並べて展示した。(赤々舎刊行の図録を掲示しながら解説。)非常に見ごたえのある内容で、若い時の作品なので恥ずかしかったのではないかと思ったり。

森村:展覧会もさることながら、一冊の本にしたかった。今年出した本の中では非常に気に入った1冊。
中学時代に高校入学後は油絵をやりたいと思っていた。高校1年生から絵を描くようになって10代からの試行錯誤の結果現在に至るが、かなりの私事で人に見せるものではなかった。カンディンスキー風の絵を描いていたりしたが、とても恥ずかしいし見せることは全くなかった。。しかし捨てずに残していて、なぜかサインをしていた。
サインをするのがいい。作品を作っている気分になる。サインの練習を一生懸命その頃したという1人遊び。自分は展覧会などできる人間だと思っていなかったので画家遊びしていた。授業中に1人で小さな絵を描き切って並べたりして、1人展覧会をしていた。

そんなことから始まったが、最近、かつての作品をもう一度引っ張り出して見たくなる心境になった。
スポーツもそうだが、自分が好きなものに出会った時の出会いのフレッシュな喜びはピュアなものだと思う。へたくそとは別に、それをやっている喜び。
1人遊びの頃の精神の在り方が、そこに出ている気がして、自分にとって大事なものだし、再評価できるようになった。最終的にそこに戻りたいために、これまでやってきたのではないか。

なぜなら、展覧会を行ったり芸術家としての形があってその美術家の森村が、やった作品として皆が見てくれる。
10代から後のプロセス抜きにして戻れなかった。ゴーギャンの遺作の「我々は…どこへ行くのか・・・」というタイトルの作品のどこは、後戻りできない時間のように思えるが、実は未来を目指していて時間はループしている実感がある。過去の作品だが未来の作品にくっつく気がする。
そこに青山さんが興味を持ってくれているのと、自分のおじい様の小さい時に知っている祖父の作品と自分の絵、
入口の作品は小学校四年の絵だそうで、青山さん曰く、「彼の油彩としてピークの絵」だそうだが。
青山さんは祖父の作品と自分の絵を結び付けたが、自分と少し重なるかなと思った。

青山:「まねぶ美術史を出すのは恥ずかしい」という森村さんの言葉があったが、自分もこれは恥ずかしかった。家族の絆を見せる展覧会ではないし。祖父は90歳代まで描きで同じような絵を描いていた。
幼少期は憧れの存在だった。毎年二科展に連れて行かれるのが家族行事だが、似たようなテイストの作品が多く飽きてくる。その家族行事が苦痛になり、そうこうするうちに新しい情報が入って来た。例えば、高校時代にステラやニューマン、ウォーホルが、入って来る。森村:結構、アメリカだね。それは何年代か?

青山:80年代後半から90年代。そういうのが入ってくると祖父の絵がかっこ悪いものに見えて来た。イギリスに行っていて、日本に帰国したのは五年前だが、今回の展覧会まで祖父の絵と向き合おうとしていなかった。

森村:なぜ、そんな心境になったのか? 割と唐突ですよね。冒険的で思い切った展示だから。

青山 :この風景画はロンドン時代の作品で叙情的なものが多かった。この頃、ホームシック状態になっていた。だんだん抒情的なものがなくなり血も涙もない作品になっていて、元々ミシンで機械的だし。このままやっていると行きつく所が見えなくなりつつあって、過去作から現在に至るまでの作品を同時に眺める展覧会をしようとした時、祖父の絵がその装置にならないかと思った。

高橋:この展覧会の話をした時、最近のペインティングについて批判的で抒情的じゃだめ。ナイーブで、そこと祖父の絵が重なっているから、それと自分は戦うという話だったが、最終的に青山さんは変わった。

青山:絵画に対するいらつきがある。ペインターの話は、独特だと思うし、空間が色がと語る時、排他的に思えることがある。ペインティングとそうじゃないものが二極化している。それが自分では気持ち悪いと思っている。

高橋:ペインティングを嫌いだとは言ってなかった。好きだと言っていた。

森村: 青山さんは絵が好きな感じを受ける。自分は青山さんの祖父のような絵を描く人を優しい目で見られるようになった。
今、みんな何をやっているんだろうということに興味があり、油絵みたいなのは「何やこれ」と思っていた。一方で日本画専攻、京都画壇が京都にはあり、ひたすら日本画を描く学生がいた。疑わずにこの道に進んでいる。自分は日本人であり、日本の伝統的な芸術をやっていくんだという正しさを認めていた。そういう人たちを疑いつつも羨ましいと思っていた。土台は疑いようもなく日本画であり、そこでスタートさせる。洋画でもそう。最近では、
銀座のBLDギャラリーで辰野さんの絵を観たが無茶苦茶良い絵だった。ある種羨ましさを感じた。自分が油絵を描くということについて疑わずに追求して行く。まさに画家。

私なら、まず油絵って西洋の絵じゃないのと思ってしまう。日本の文化の中で育った自分にとっては、油絵は憧れて絵を描いてきたが、外国のボキャブラリーではないのかと絵を描くことの土台を揺るがされる疑問を持ってしまう。かといって、日本画にすればというと、日本画は自分と江戸時代は切れてるしと疑いが出てしまう。日本文化を大切にしますという精神的状態に真摯にもなれず自分はその土台がグラグラしている。疑わなくていいから、他の人は突き進めるが、自分はとりあえず写真という、メディアを使った。グローバルで二十世紀型のメディアを使った。
青山さんはそれをミシン刺繍に置き換えたのかと。ミシン刺繍の芸術史などないから、何処の国の誰がやっているのかは問題にならず、ミシン刺繍のメディアの発見は面白い。その手法を使えば結構何でもできる。
写真をミシン刺繍しても良いし。
もの作りの喜びは油絵は駄目でもミシン刺繍ならOKなんじゃないか。祖父の絵とやはりどこか似ている。似ているから、祖父の絵は嫌だったのかもしれないが、嫌いではなかったのだと思う。

青山: 刺繍の場合はすぐに気を抜くと工芸だと言われてしまう。自分は芸術をやっているつもりなのだが、油断するとアートですらなくなってしまうという危機感があるが、ペインターには危機感がないように思える。そこに特権的なものをふるまわれている気がする。なぜなら自分には、画家としての才能がないと気づいてしまった。
小学性四年頃までは神童だった。

森村:どうして小学校の絵が続かなかったの?

青山:父も絵を描いていてキュビスム風の絵を描いていた。小学校2・3年の時にキュビスムが入って、ある日、父親の影響で画面分割をした絵を描いたたら、友達に「馬鹿じゃないの」と苛められ突っ伏して泣いた。感性が違うと気付いた。
それを契機に、絵が描けなくなってしまった。立体的にものが見られなくなってしまった。その頃の絵がうまいという評価にあった柔らかい線も石膏デッサンもできなくなった。

森村:それはキュビスムやったからじゃないよね?立体的に戻れなくなったということではなく、自分の中にある感受性が平面だと気付いてしまった。

青山:その頃、父がヌードを描いていt、家庭訪問で担任がそれを見てクラスに言いふらした。

森村:美術的な家庭にあって、それが良い方向にいかずネガティブに入って行く面があった。それで美術から離れた?高校の時は何をしていた?

青山:高校時代にはイギリスで寮生活をしていた。駐在員の息子がいたり、教育方針やシステムは日本的で、英語が話せるかと思って行ったが、日本人の先生しかいないし、外出禁止で親の許可がいる。勉強も全然しないし、毎日どうやって楽しく過ごすかを考えないとやってられない。500人全員が日本人のイギリスにある高校で、今はない。

森村:それはいつのこと?(80年代)間違ってそこに行ってしまったのか?

青山:刑務所と同じで、友達とは今でも仲が良い。スポーツや音楽、その日その日の楽しさを見つけるながら生活してたが勉強は全然しなかった。高校は3年間。絵はやっていなかった。
イギリスの美術学校は入るのは簡単だが、出るのは難しい。とりあえず、そこに入ろうと思った。とりあえずロンドンでもう少し遊んでいたかった。

森村:ゴールドスミスを選んだ理由は?

青山:ゴールドスミスはそんな良い大学とは思わなかったが、大学に入る前に外国人向けの準備コースがあり、当初は彫刻家志望だった。美術離れしていて絵は描けないと思ったが、ドナルドジャッドなら自分にもできると思い、ジャッド的なものを準備期間中に作っていた。ゆがみまくっていたりとか。

森村:工房はあるのか?

青山:工房はあった。本学部の生徒と一緒にやらせてくれる。

高橋:ジャッドがどうしてあの形態だったかは知らないで?

青山:知らない。形態だけ真似した。気に入ったのもある。シュッとしてるなと想った。ジャッドの具象っぽい感じ。ピアノのキーボードをジャッド風に作ってみた。

準備コースは終了したが、上がれなかった。「テキスタイルなら空いている。」と言われたので、そこに入った。

森村:他に定員が空いている学科はなかったのか?

青山:ポップミュージック科はあって、見学に行ったが楽譜がかけないのは駄目だと言われた。

森村:その頃はロンドンにいたいという気持ちが大きかったのか?

青山:テキスタイルの学科でもアートヒストリーとかある授業があって、全くついていけず一年留年し、そこからこのままでは駄目だと思い、生まれ変わったように勉強を始めた。今ではもうその学科はない。それで、漸く美術に気持ちが戻って来た。

森村:テキスタイル学科では他の人は何をやっている?

青山:学生はみんな女性で男性は僕一人。機織り、手織り、ニット、タフティング、シルクスクリーンとか。
自分の髪をおってみたり。かなりコンテンポラリー。


森村:一般的には、京都市芸などではメインは伝統工芸。ファイバーアートとか。ちょっと変わった人が時々出てくるけど。
そこはコンテンポラリー的な意識を持っている学校だった?そこで自分の意識が明確になったの?

青山:女性と言う表現が強い。女性ばかりの中で日本人男性ただ1人のマイノリティ。その時代はアイデンティティーと言われていて、自分は男性のアイデンティティーでなく日本人のアイデンティティーを貫こうとした。
そこで、漫画的なものを考えた。シルクスクリーンでマンガの自分とミッキーを対峙させたり。ポップアートに目覚めていて。そういう表現をしていた。卒業したのは98年で1年間準備期間を置いて、99年にアメリカに行った。

森村:アメリカに行ったのはなぜ?

青山:習いたい先生がアメリカに行った。シカゴに行ったがそこもファイバーマテリアルの学科。憧れの先生は髪の毛を縫うゴッドマザーみたいな人だった。ずっとシカゴにいるアーティスト。
テキスタイル系アートで現代美術の評価を得ているのはその女性しかいなかった。

森村:その時にペインティングの先生がいたのか?

青山:いました。ペインティングの先生や授業も受けられたが、議論が多かった。言っていることがバラバラで、その時もペインターたちは何を言っているのかと馬鹿にしていた。

森村:その時もペインティングいいなとは思わなかったんだ。その後、改めてペインティングいいなと思ったのは?

青山:その頃、ルシアン・フロイドが良いと思い始めた。そうするとそこから見えてくる面白いペインティングがあると思い始めた。

森村:このスタイルはいつから?

青山:イギリスの二年目位から今のスタイルになり、シカゴの頃には確立されていた。最初はパッチワーク風のものが凝り始めて今のようになった。最初は額縁にも入れていなかったし、絵を描いている気分はなかった。

森村:絵を描いている気分はいつごろから?

青山:風景の作品の頃にあった。初期作品。近作は絵だという意識を持たないで作っている。

森村:絵を描いているような絵的な感覚はあると思うが、風景の頃の作品と今の作品、金糸、銀糸の作品との違いは?

青山:風景の頃は自分で写真を撮って刺繍にしていた。最近は、ニュースなどからイメージを取り出す。現在のテクノロジーとの関係性との繋がりで銀の糸で光らせている。自分としてはイメージの墓場。イメージが溢れかえる。

森村:金と銀、特に銀は葬式をイメージさせる。イメージの墓場というイメージに銀糸は近いね。

青山:クロッシングの作品は表は任意を色で選んで、裏は紙媒体を切り抜いて刺繍している。それでモノクロ。何も意味がない物が残ってしまう。

森村:労働という言葉の意味は?

青山:単純にミシンでの作業は身体的な苦痛を伴う作業だと思っているし、女性の労働のシンボルでもある。リーマンショック以後、景気が悪くなり、明らかに自分の美術家としての生活も危ういとを思った瞬間がある。ウィリアム・モリスを引用したのも、資本主義システムへの疑いがあり、モリスの言葉で「労働の無駄は終わるであろう」というのをエディットしてひたすら労働の無駄を繰り返す作品を作った。

森村:刺繍に出会ったのは大きいですね。作業のプロセスは働いている感じがある。モノづくりの気分と重なり、自分の問題としても、これからどうなるのかということにつながっている。面白いのは、政治問題、本来芸術問題ではない。どう感動するかは金銭に関係のないもの。売れる売れないに関係なく良いものを創る。もしかしたら油絵を描いていたかもしれない。自分が油絵を好きだったのは油絵の匂いだった。
水彩画は、あまり良い匂いはしないが、夏休みに1人だけ油絵を出した子がいて、良い匂いで憧れで大人の匂いがした。
芸術は特殊なことをしている位置付けになってくるが、青山さんの家庭環境はものすごく芸術的だったが、ミシン刺繍は芸術的でない労働。本来は非常に安い賃金で売る。
自分も、随分昔に作品を刺繍にして売りませんかという話が出た。それをやっていたら青山悟はなかったかも。ちょっとぐらっとしたけど。今から思えば、実際に刺繍をする人にとっては労働。

青山さんの場合、テキスタイルに行ったのも刺繍で芸術をやろうと思うのもたまたまだったんだろうね。

危うい。自分の作品が芸術作品でなく労働になってしまう。一方で労働としての刺繍にリアリティを感じている。その間で揺らいでいるように感じる。
裏表はいささか分かりやすくなりすぎる展示だが、青山さんの思いが正直に出ている展覧会だと思う。コンセプチュアルではなく、思いが正直に伝わる展覧会。

青山:高橋さんと話し合っていくなかでコンセプチュアルすぎるのは避けたくて、危険性をずっと感じていて、最終的には正直にベタな展示になってしまった。

高橋:この展覧会はおじいさんの絵がいいねと展覧会を観て言っている人が多い。祖父の絵からの絵への抵抗感もきっかけだったが、結果的に祖父の絵も再評価できて良かったと思う。
青山さんは、美術家になるのを諦めてしまうきっかけは何回もあったが、結局芸術家の道を進んだ。古いのを出してきたのが新しいのにつながる。逆に新しい感じが生まれたり。

青山:「まねぶ美術史」展は大型のビエンナーレに対抗する手段になるという発言があったが、今の美術を森村さんはどう見ている?

森村: 芸術は1人でコツコツやるもんじゃないかなと思っている。個人の話。他の人はよく分からない。
芸術はそんなに簡単に理解できないものというひとはいるが、人と人より芸術とのコミュニケーションは可能。
個々人が好きに解釈すればいい。自分達の思いを一人一人表すのが芸術領域。

大型のイベントは集客力が評価になる。
イベントと表現はどこかで線を引くべきではないか。

万博のあった年。 三島由起夫のクーデタ事件があった。
どの位人々の心に影響力があるかを考えると、三島のクーデタはある種の芸術活動だった。一枚の絵を二三千万で作って、小さくても人の心に残るのが表現力。

長谷川りんじろうの画文集を祖父の絵を見て思い出した。
りんじろうの文章の中で、それは安保闘争の年だった。(神宮外苑でのエッセイを朗読)

この非常時に絵を描いている人物がいるとは。
自分も安保の時はイロイロ自己追求した、そんな時代に長谷川さんはもくもくと絵を描いていた。なんやこいつ?と思われても絵を描いていた。

警官とデモ隊と長谷川さんの誰の肩を持つのか。
自分に引きつけていうなら、許してもいいかな、裏表の関係だけど確実にくっついているからね。ある種の和解を感じさせる展覧会。クリスマスシーズンにぴったりだと思った。


*12月18日まで開催中。なお、最終日にも以下の通りトークイベントが開催されます。
■トークイベント 青山悟 x 眞島竜男(アーティスト)■
日時:2010年12月18日(土)18時~
予約不要、参加無料
会場:gallery αM

「石上純也-建築のあたらしい大きさ」 豊田市美術館

ishigami


豊田市美術館で12月26日まで開催中の「石上純也-建築のあたらしい大きさ」に行って来ました。
詳細は、美術館ホームページをご参照ください。⇒ こちら
本展では、石上純也(1974年生まれ)の考える「『あたらしい環境=建築』-それが建築のあたらしい大きさであり、建築のあたらしいイメージである。」を5種類の模型を中心として展観するものです。今ある世界をいかにして少しでも広げていけるかということ、建築をより自由なものにしていくことができないか、という石上純也の建築を模型を通して伝える内容となっています。

今回は、2階の展示室1から鑑賞して下さいと受付で伝えられ、まずは2階の展示室1へ向かう。

<展示室1> 雲を積層する
この部屋の天井の高さはかなりなもの。かつて、ヤノベケンジのジャイアントトラやんがファイアーしたのもこの展示室だった。
そこに、巨大な真四角の大きな半透明の建築模型が展示されていた。
ここでのscale(石上はスケールという言葉をよく使用する)=1/3000。実際の建築物にした場合も同じ素材を使用する?いやまさか。

地盤面と接する床と天井を除いて,5層の積層構造になっているが、各界の幅が異なっていて、上に行くほど、下の相との間が広がって行く。不織布で床の間仕切りを、柱はカーボン、カーボンの留め具は鉄らしい。

これは、蟻が雲の上を歩くスケールで、人の大きさと建物の床の厚みを縮尺してできた模型。

雲の中を歩く感じ。。。模型ではよくイメージできず。
ただし、観た目は美しい。特に3階から見下ろすと美しく見えます。

<展示室2> 森と建築のあいだ scale=1/50
これは、『神奈川工科大学 KAIT工房』の映像と模型からなる。唯一、この模型のみが実際の建築物として実現していると考えて良いだろう。展示室4の模型のひとつも実際建築されているが、あれだけ大量だと実際に建てられた住宅の模型はどれなのか分からない。

ここでは、2000㎡のワンルームを305本の柱のみで成立させ、中に観葉植物を置くなど、外部と内部の境界を曖昧にしているのが特徴的。外部との仕切りはガラス。

<展示室3> 地平線をつくる scale=1/23
現在計画中の学生がキャンパス内でゆったりくつろぐための施設。思わず贅沢な!と思ってしまったのは私だけだろうか。学生より、疲れたサラリーマンや労働者、健康を害して入院を余技無くされた方のためにこそ欲しい空間。

この模型が凄かった。ブログ'A'holic days のmoriさんが豊田市美で本展のボランティアされた時のご苦労を書いていらっしゃったのは、この模型か?と頭に浮かぶ。
*参考:'A'holic days 「石上純也展ボランティア@豊田市美術館

とても繊細で細かい、模型を超越して、ある種のミニチュアアートの域に達しているが、真っ先に浮かんだのはボランティアの方々のご苦労だった。
これを完成させるの、大変だったろうなぁ。。。
薄く平たくどこまでも広がって行く、大地にひかれたレジャーシートのような建築模型。自然と一体感がある点においては他のものと同様。

<展示室4> 空に住む scale=1/300
床の大きさに対して、階高の非常に高い積層建築。以前、資生堂ギャラリー主催の石上純也氏のトーク(ベネツィアビエンナーレ受賞前を拝聴した際にも話題にあがっていたもの。
これより前に行われた資生堂ギャラリーでの石上純也展にも類似の模型は出ていた。

ここでは、全部で120もの階高な積層建築の模型が部屋に列をなして並んでいる。こちらもまたボランティアの方の作業のご苦労が頭に浮かぶ。
ひとつひとつ観て行くと階段の設置場所や設置方法、階段の種類が違ったり、皆どこか違う。

この建築でいつも思うのは、実際住むとなったら大変だろうなということ。上に行ったら下に行くのが面倒になりはしないか。上階は掃除しなくなりそう。メンテナンスは?とつい現実的なことが浮かぶ。

最後に、建築とはちょっと違う個人蔵の≪little gardens≫2007-2008年が展示されている。
これは、建築というより、完全に美術作品と言って良いだろう。丸テーブルの上に、ミニチュアの食器や押し花が。たばこと塩の博物館で開催中の小林礫斎のミニチュア作品が浮かんだ。
石上氏のイラストイメージにもっとも雰囲気が近い。

再び1回に戻って、展示室8、もっとも広い展示室へ。
<展示室8> 雨を建てる scale==1/1
ベネチアビエンナーレで出品した作品の2倍の大きさの模型。展覧会開始前、完成直前に仮止めをはずす段階で、予測しない力が加わり展示物の柱54本のうち48本が倒れ、展示できなったという作品。現在は勿論、復旧して見事に建ち上がっています。

この模型は糸によって面を支えている。54本の雨の柱を建て、2808本の雲の糸をはる。
糸がまるで見えない。肉眼視出来ないほど細い白い糸。
光の加減で漸く見える場所を見つけたが、確かに糸が出ているではないか。
柱はカーボンできていて、透明な建築。透明な空間がそこにある。

蜘蛛の糸、雲の糸、芥川龍之介の小説を今度は思い出した。

資生堂ギャラリーで開催された『石上純也展 建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?』とは、全くscaleの異なる内容。
より大きく、実際の建築に構想が近付いているように思う。

一見実現不能のように思えたり、突拍子もないような考えの先に新しい建築がある。
それを続けていくことで、建築の可能性を追求できる。
今の技術をもってすれば、不可能も可能になる。

そんなことを考えた。
とにもかくにも、これだけの細かい模型制作、本当にご苦労様でした。一番の功労者は模型制作に携わったボランティアの皆様だと思います。

なお、最終日の12月26日には、以下の石上純也さんの対談が開催されます。
石上純也(建築家)×南後由和(社会学者・東京大学大学院情報学環助教授)対談
日時:12月26日[日] 14:00-
*美術館1階講堂にて
*当日正午より整理券を配布します(定員172席)
*対談終了後、石上純也氏のサイン会あり

早めに並ばないとあっという間に整理券はなくなることでしょう。

また、2階の常設展示では速水御舟に、前田青邨、クリムト、クリスト、イブ・クラインをはじめ、別館の高橋節郎館では美しい漆工芸を鑑賞できますので、お見逃しなく。

「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」 サントリー美術館

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サントリー美術館で12月19日(日)まで開催中の「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」に行って来ました。


18世紀後半、安永・天明・寛政期の人気浮世絵師、喜多川歌麿、東洲斎写楽、戯作者の山東京伝、狂歌の大田南畝といった江戸文化を彩るスターの作品を売り出し、文化の最先端を演出、創造したのは、版元の蔦屋重三郎という人物だった。言わば現代の出版社の敏腕編集者蒹経営者と言ったところだろうか。

この展覧会で蔦屋重三郎、略して「蔦重」(と呼ばれていた)の仕事を観て行く中で、思い出したのはここ1カ月ほどはまっているNHKの火曜ドラマ「セカンド・バージン」のヒロイン役中村るい(鈴木京香)だった。
蔦重の話題とそれてしまうが、しばしお付き合いいただくと、このドラマの主役である中村るいは上場を狙う(先週ついに上場を果たした)新興出版社の敏腕編集者蒹役員(専務)。作家の担当から発掘、売れる本の企画、そして先週彼女は新たに発売される女性誌の編集長を任され、その雑誌がバカ売れするという、辣腕編集者ぶりをドラマ中で発揮しているが、中村るいと「蔦重」、時代も性別も違うがやっていることは同じ。

本展では、蔦重の時代を見極める、民衆の求めるものが何かを嗅ぎつける嗅覚の素晴らしさ、天才的な冴えを持ち、如何なくそれを発揮したかがよく分かる。
見どころは浮世絵よりも、むしろレアものの版本の数々だと思う。
これだけ、珍しくかつ良質かつ大量かつ多様な版本が並ぶ展覧会はそうざらにはない。浮世絵の展覧会は毎年必ずどこかで行われているし、来年も東博で「写楽展」が予定されている。
その予習も兼ねて、人気浮世絵師の陰には蔦重のような版元の存在もあったという事実や江戸時代の出版事情などを知るにはうってつけの展覧会だった。

展覧会の構成は次の通り。

第1章 蔦重とは何者か?-江戸文化の名プロデューサー
第2章 蔦重を生んだ<吉原>-江戸文化の発信地
・蔦重と江戸吉原
・蔦重の新たな展開
・蔦重と狂歌師たち
・蔦重と寛政の改革
第3章 美人画の革命児・歌麿-美人大首絵の誕生
・歌麿のライバルたち
第4章 写楽“発見”-江戸歌舞伎の世界

解説を深く読まずとも、蔦重がどんな仕事をし何を残し、どんな成果をあげたのか。展覧会を一巡するとおおよそ理解できる。これぞ展覧会の見本。素晴らしい構成と展示内容で、会場中に大きく引き伸ばした蔦重が描かれた版本の一部や浮世絵など、時代を感じさせる会場作りの妙。
サントリー美術館らしい、観ているだけで楽しくワクワクしてくる展覧会だった。

個人的に一番面白かったのは第2章。
ここが展覧会の核となる部分で、吉原が文化人らのサロン的な役割を果たしていたこと、そしてその様子が吉原細見シリーズの数々より伺われる。

そうかと思えば、時代の潮流を見てとり『男女一代八卦』【占ト書】や『年号重宝記』『歴代武将通鑑』『絵本武将記録』【武者絵本】、『くはんおんきやう』(経本)に往来物に俳諧絵本など、多様な出版物もプロデュースしている。
恐らく、彼は出版という仕事が楽しくて仕方がなかっただろう。

苦しい時代や世相を見通し、狂歌の流行や歌麿を人気絵師にのし上げ、次に写楽を見出し、売り出していく、その眼力たるや天才的ともいえる。

葛飾北斎の才能も早くから見抜いており、彼が勝川春朗と名乗っていた頃の≪能登守教経勇力≫≪仁和嘉狂言≫などをいち早く出版させている。

寛政の改革でお上の取り締まりや節約が厳しく言われるようになった頃も先んじて時代を読み取り『四遍摺心学草紙』、『観光邪魔入』鍬形惠斎、『江戸生艶気樺焼』山東京伝作画など、取り締まりの網を潜り抜け出版を続ける逞しさよ。

英一蝶≪吉原風俗図巻≫、歌麿の≪絵本駿河舞≫、≪絵本千代秋、≪百千鳥狂歌合≫など歌麿は浮世絵はあちこちで観るけれど、版本の良い物がぞろぞろ出ていてこれが一番の眼福だった。他に≪夷歌連中双六≫大田南畝編、北川馬麻呂画とジョイント作品もいくつもプロデュースしている。

他には、肉筆浮世絵の良い作品も何点かあった。

半分程度が期間中展示買えがある。12/15~12/19は最後のクール。東洋文庫所蔵の1点を除き、12/8~12/13までの展示と同じ内容。図録は2300円だったと思うが、買う気満々だったのに、実際に図録の中身を観ていると、版本がちゃちく見えてしまった。紙から紙に印刷して作られたものなのに、本物と図録の違いにちょっと歴然とし買わずに帰って来た。

*12月19日(日)まで開催中。

「高嶺 格 Good House, Nice Body ~いい家・よい体」 金沢21世紀美術館

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金沢21世紀美術館では約1年の会期で「高嶺 格 Good House, Nice Body ~いい家・よい体」と題した長期プロジェクトを行っています。

「Good House」と「Nice Body」の2つのプロジェクトから構成される本展では、生きて行く上での根本的な拠り所でありながら日常の中で愚鈍になりがちな「家」と「体」についての我々の感覚や認識をプロジェクトに関わる多くの協働者と共に、ライブに問い直していく試みです。

夏に、金沢21世紀美術館を訪れた時は時間が足りず、映像作品のみ拝見したのですが、今回は朝から閉館まで1日、美術館にいたので、2つのプロジェクトをじっくり体験して来ました。

●プロジェクト1:「Nice Body」(長期インスタレーションルーム)3/21まで
≪Good House,Nice Body:私を建て、そして通り過ぎていった者たち≫
民家の古材を使用して組み上げ作った「家」を舞台に、オーディションで選ばれた5名のメンバーが役者として参加。特殊な方法で撮影された彼らの身体が、舞台に青白く光り、うごめき、声を発し、笑い、叫ぶインスタレーションです。
観ている時には、あまりのことに圧倒されて、思考停止、ひたすら天井や床に写される映像と、音や声に耳をそばだて、五感をフル稼働させていた。
あれは、あの仮想「家」の叫びだったのだと今ようやく、ここで思い至った。てっきり様々な人の家にまつわる思い出が語られているのだとばかり思っていたが、恐らくすべてフィクションなんだろう。

とにかく、怖くて耳に残っているのは「男の匂いがする~、男の匂いがする~」と繰り返される女の執拗な声。この声が流れている時の映像は、青白く手が伸びるような状態になっていただろうか。

場面が転換し、真っ白な砂地のようになる瞬間や、星空が投影されてみたり、意味深なタイトルだが、この家に住んでいたであろう人々の声を家が代弁していたのかな。
とにかく素晴らしい作品です。鹿児島エスぺランサ以来の高嶺格による映像インスタレーションの傑作ではないでしょうか。単に映像というだけでなく、身体活動を特殊加工して見せる、まるでお化け屋敷のようなあの気配造り。そして、音声。映像でありながらパフォーマンス的要素が満載されていた。

●プロジェクト2:「Good House」高嶺格、渡辺菊眞 プロジェクト工房 3/21まで
≪すみか-いつの間にかパッケージ化され、カタログから選んで買わされるモノになってしまった住処を、自分の手に取り戻す≫
こちらは、フライヤーによれば、高嶺が鋭敏に嗅ぎ取った現代住宅に潜む「インチキ臭」への嫌悪を出発点とし、メンバーや来場者と共に「ひとが住む場所とは何か」ということを自分の身体を使って、作り、漢字、考え、発信するプロジェクト。パートナーの渡辺菊眞氏(高知工科大学准教授・D環境造形システム研究所)は、土嚢研究の・実践者。

工房には廃材と大量の土嚢を用いて公募で集まったメンバーらと作り上げられた建築物、構築物というべきかがある。中に入って、実際に体験できる。
パオのように土嚢が積まれた空間の内部は妙に落ち着いて、縄文時代やモンゴル民族を思い出した。天井が開いていて、別の場所から回り込むと上から下が覗きこめ、その気配によって、土嚢空間内に入って来る光量も変化する。声も内部で反響する。

廃材を用いた家らしき空間では、床の一部が強化ガラスになっていて、下から上が丸見え。
スカートの人はどうすれば?と思ったら、カーペットが横に用意されていた。でも、せっかくなので、上下で眺め合う体験スケルトン空間を体験するのは楽しい。
橋のようなものを渡っていくと、さっきの土嚢の家の天井部分に行きつく。橋は一人ずつしか渡れないけれど、冒険気分でこれも楽しい、
家のある周囲にはソファやら、様々な住宅を映し出している映像やらごった煮状態。

家とは何かという本来的な意図を考えるには、何か違うような気がしたけれど、インスタレーションとしては非常に楽しいし、実際にガラスの床ってありだなと思ったことも事実。ガラスの床を渡るのはかなり怖いんですけどね。

それにしても、金沢21世紀美術館は素晴らしい。
企画展+常設、更にこんな長期インスタレーションがある上に、もうひとつデザイナーのナガオカケンメイさんのプロジェクト企画も同時並行。更に、私が行った日は、写真家の志賀理恵子さんと比嘉豊光さんを招き、コーディネーターが若手の遠藤水城氏による二十一世紀塾no.2「フォト・ライフ・フォト・ライフ」も開催されていた。並行して、比嘉豊光さんの映像作品2つが上映され、更に秋山館長とナガオカケンメイさんのトークイベントがあったり。身体一つじゃ、全部見切れないくらい、盛り沢山な内容。
これが、金沢市の美術館なのだから驚く。通常の公立、いや国立でもここまで充実したプログラムを組んでいる美術館はないだろう。

案の定来場者は、非常に多く、夜も賑わいを見せていたが市内近隣の観客より遠来の観光客も多いように感じた。私も含めてですが。

なお、現在常設で、ジェームス・タレルの≪ガス・ワークス≫が1日先着8名のみ体験できます。
14時~16時の2時間。でも朝から予約リストに名前を早く書いた順で8名。
知っていたら、朝一番で常設に飛び込んだのになぁ・・・。これだけが残念でした。

「ペーター・フィッシュリ ダヴィッド・ヴァイス」展 金沢21世紀美術館

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金沢21世紀美術館で12月25日まで開催中の「ペーター・フィッシュリ ダヴィッド・ヴァイス」展に行って来ました。

ペーター・フィッシュリ(1952年~)、ダヴィッド・ヴァイス(1946年~)は、ともにチューリッヒ生まれで、在住。1979年、ソーセージやハムで日常を再現し、写真に撮影した「ソーセージ・シリーズ」を、1981年には自らパンダとクマに扮して社会システムの矛盾を暴き自らの秩序を構築しようとする映像作品《ゆずれない事》、冊子《秩序と清潔さ》を制作。以降、様々なメディアを用いて「日常」をテーマに共同制作を続ける。2003年ヴァネツィアビエンナーレで発表した《無題(質問)》で金獅子賞を受賞した。

本展では、彼等の代表的な作品を紹介し、身近な光景や事物に真摯な眼差しを向け、意味のずれや解釈の多様性さを綿密な計画と偶然性によって提示し、皮肉とユーモアを織り交ぜながら人間社会の本質を浮き彫りにし、独自の美学に貫かれた表現の妙と世界を楽しんでいただくものです。

フィッシュリとヴァイスの名前を聞いても、最初作品が頭に浮かばず、知らないなと思っていたら、昨年、東京国立近代美術館で開催された「ヴィデオを待ちながら」展に映像作品、恐らく《事の成り立ち》1985年が出展されていた。流れるような日用品で行われるドミノ倒し的の連続運動に仰天し、お気に入り印を付けていたことを金沢に来る直前に気付き、この展覧会が俄然楽しみになるという、アホな美術愛好家の私だった。

写真作品を1シリーズとすると、約30点の作品が展示されている。
初期作品から本展開催のために制作されたのか、2010年制作の彫刻とサウンド作品が光庭にあった。

冒頭は展示室7。巨大スクリーンに映像《パラッツォ・リッタでのカナルヴィデオ》。タイトルのカナルはcanalの意味?
どこまで続くのか先の見えない穴の中に吸い込まれて行くような。そして、その穴と思しきものの色は様々に変化して行く。色だけでなくグラデーション、ニュアンス、そして背景も白いレース編みのような紋様が付されたりとこれも穴の変化と呼応して変わる。
全部で約1時間の映像で、途中繰り返しがあるのかどうかは不明だが、二巡目に観ても最初観たものとはパターンが違っていたので同じ場面は出てこないのかもしれない。穴は途中、霧消し抽象画のごとく色相のみになったり、ストーリー性はないのに、何故かずっと飽きない。

続く展示室8。今回、気にいった展示空間の一つ。前述のアーティスト紹介にも書いた《ゆずれない事》他、クマとネズミに扮した映画の一部や、日本庭園や家屋をクマとネズミが徘徊する映像など、全部で5つの映像が壁面に上映され、モビールのようにクマとネズミが空中遊泳しているサイレント映像他との組み合わせが絶妙。
《ゆずれない事》だったと思うが、これはミュージアムショップでDVDを販売していた。ここでは思い止まったが、買ってしまおうか。最初から字幕付きでストーリーを追いたい。
また、この展示室中央には撮影に使用したネズミとクマのコスチュームがケースに入って鎮座していて、映像とコスチューム、言わば抜け殻との対比も興味深い。

通路や展示室壁面には、写真作品が少なくとも30点はあったと思う。
日用品を組み合わせて別のもの、動作だったり、観念だったり、作品タイトルで何に見立てたのか分かるが、これがまた面白い上に写真が上手い。茶の湯の世界に通じるような見立てと静謐の美を感じる。トリッキーな作品だがどうやって撮影したのだろう。

展示室14では、金獅子賞を獲得した《質問》の日本語ヴァージョンがスライド上映されているが、マイベストはこの作品。
何パターンあるのか、蛇のように形を変えて繰り出される疑問の数々、それって、自分も疑問に普段思っている事と共通していたり、改めて視覚呈示された疑問の数々は、哲学的で答えなど出すことを求められていないのに、ついつい考えてしまう。
疑問と一緒に時折、小鳥などの画像も登場し、これがまた愛らしくて、日常が形態と視覚メディアを通じて現れたとでも言おうか。奥深い作品だった。

途中、寝息を立ててスヤスヤオヤスミ中のクマとネズミの人形もいるので通過しないように。動きます。

展示室11には90個もの粘土作品と《エアポート》シリーズの写真作品が同居。これまた圧巻です。粘土はクスリと笑を誘うものもあり、エアポートは、やっぱり時代を感じさせる、パンナム機が撮影されていたり、カッコいいのだ。

最初から最後まで、2人の作品に魅了されっぱなし。ことに、写真が気になった。映像は知っていたけれど、写真は初めて観たから余計になのだが、ショップで素敵な写真集を発見。これも欲しくなってしまった。

図録というべき作品集は12/16~全国の書店でも販売されます。

*12/25まで開催中です。オススメします。

後藤靖香 個展 「羊羹オサライ」 TEZUKAYAMA GALLERY

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TEZUKAYAMA GALLERYで12月18日まで開催中の後藤靖香 個展「羊羹オサライ」に行って来ました。

後藤靖香さんと言えば、今年国立国際美術館で開催された「絵画の庭」展での鮮烈な墨色と骨太な墨画で、強烈なインパクトを残した若手画家です。

奈良美智さんは、彼女の作品を観て「はだしのゲン」を思い出したと仰ったそうですが、私も全く同感で、最初見た時、小学校で学んだ『はだしのゲン』をいの一番で思い出しました。

その後、後藤さんが今回個展が開催されているTEZUKAYAMA GALLERYのグループ展に出展されると知り、そちらも拝見しましたが、一番奥にあった巨大な絵画は、やはり強烈な存在感を放っていたものです。

今回は待ちに待った個展ということで、これは逃すまじと先週行って参りました。
作品は全部で6点、別にオープニングパーティを開催した「BINDU」というお店に割合に小さめの「てがみ」というタイトルの作品が展示されているのですが、そちらは拝見できず。

残りの6点と、デッサン集(こちらも1枚7千円で販売されている)をしっかり観て来ました。

売り物ではなかった、というか絵画の範疇に入らなかったのか、呉を描いた地図のような書き込みが沢山されているポスター大の作品があって、そこに書かれている内容がとても面白かった、というか後藤さんが日頃考えておられるであろうことが呟きのように文字として描かれた、構想マップで、私の関心をもっとも惹きました。

作品は、更にグレードアップというか迫力を増して来たように感じます。

冒頭に挙げた画象の作品はその好例で、こちらまで吐く息が白く、寒くなって来そうな緊迫感とリアルさが漂っていました。
彼女は呉がかつて軍港であったせいか、モチーフにどこか戦前、戦争がらみのものが多いです。
最初にはだしのゲンをイメージしたのはそのせいですが、描かれている人物は坊主頭。ギャラリーの公式サイトによれば、祖父から戦争体験を繰り返し聞かされ、戦争を自身と近しいものと思いつつ育って来ました。
映画「ANPO」に出演していても不思議ではないと、映画を観ている最中にも後藤さんのことを思い出していました。
墨色が目立ちますが、墨だけでなくアクリルや油、ペンも使用しての画面つくり。
モチーフとなっている場面はかつて耳にした戦争体験の話だけでなく、当時の資料ももとになっているに違いありません。漫画ではない、絵画を追求して欲しいと思います。

今回6点のタイトルは「ソーフがけ」「手箱の中身」「返信ハガキ」「さらえる」「羊かんカステラ」「芋洗」。
入ってすぐのコーナーにある三枚の大作と奥のやや小さ目、それでも結構大きな作品から時代を溯って自分も同じ場所に立っているような錯覚に陥ります。

タイトルへの思い入れやなぜそのタイトルなのかをご本人に伺ってみたい所ですが、残念ながら在廊されていなかったので、お話は伺えず。
後藤さんは来春のVOCA展への入選が決定しています。
いよいよ、東京デビュー決定ですので、関東地区の皆様はぜひとも後藤さんの作品との対面を心待ちになさってください。
一目で、彼女の作品がどれだか分かるに違いありません。

*12月18日(土)まで開催中。

「ポスター天国 サントリーコレクション展」 サントリーミュージアム天保山

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サントリーミュージアム天保山で12月26日(日)まで開催中の「ポスター天国 サントリーコレクション展」に行って来ました。

ポスターの歴史的名品をそろえたグランヴィルコレクションとの出会いがきっかけとなり、1994年に産声をあげたサントリーミュージアム[天保山]もいよいよ、本展を最後に閉館することになってしまいました。
最後の企画展となる本展では、グランヴィルとその後収集した約2万点のコレクションの中から、400点を選りすぐりポスター展としては最大規模の内容で19世紀末のアール・ヌーヴォー、20世紀のアール・デコからポップアートを経て90年代後半まで、グラフィックアートが展観できる内容とです。
通常の展示室であるギャラリーだけでなく、玄関からミュージアムショップ向かいのスペース、休憩コーナーまで館全体至る所に、引き札から現代のデザイナー作品まで日本の作品も展示しています。

まさしく「ポスター天国」という展覧会タイトルに相応しい内容でした。

ここでは、3階、4階のギャラリーに展示してある作品を中心にご紹介します。
第1部 ポスターの歴史
<ポスター誕生とアールヌーヴォー>1890年~
<モダンスタイルへ向かって>1900年~
<ポスターデザインの革新>1910年~
お馴染、ジュール・シェレやロートレック、スタンランらのリトグラフの大型ポスター作品が冒頭を飾ります。
そして、やはりポスター黎明期と言えばこの方、アルフォンス・ミュシャやグスタフ・クリムトの第1階ウィーン分離派展、エゴン・シーレの「第49回ウィーン・分離派展」のポスターなど名品が続々と続きます。

私の好きなビアズリーやココシュカそしてカンディンスキー「第1回ファーランクス展」ポスターが印象に残りました。
ポスター展と言えば、今年は「アール・ヌーヴォーのポスター展」が美術館「えき」KYOTOや銀座松屋で開催され、私は京都で同展を拝見しましたが、第1章は「アール・ヌーヴォーのポスター展」でも出展されていたポスターと重なる作品も複数ありました。

フランス⇒オーストリア⇒ドイツ⇒イギリス⇒スイス⇒アメリカへとポスターは各国の文化や世相を反映したものが登場してきます。

<さまざまな試み>1920年~
<アール・デコ>1930年~
中では、前述の「アール・ヌーヴォーのポスター展」で私がもっとも気に入ったフランスのA.M.カッサンドルの作品が「ノルマンディー号」1935年も観られたこと。
機械の直線や曲線、スピード、力強さを賛美するデザインが1920年代から始まると解説にありましたが、カッサンドルのポスターはまさにそれを具現化しているといえます。

<戦争とポスター>1940年~
ここでは、ベン・シャーン(アメリカ)の≪これがナチの最後だ≫1942年で強く反戦のメッセージを訴えています。
フガッス(イギリス)≪うっかり話すと命とり≫1940年は、啓蒙というより恐怖感を植えつけられるような効果を感じました・

<ユーモアとキャラクター>1950年
<対抗としての回帰>1960年
<個性の多様化>1970年
ホックニーやロバート・ラウシェンバーグらが登場してきます。この頃、技法はこれまでのリトグラフから写真を使用したオフセット印刷などが使用されるようになります。

<円熟とポーランドの衝撃>1980年
1970年~1980年にかけて世界に衝撃を与えたのがポーランドの作家たち。
<ポスターはどこへ行く>1990年
時代を追って、ポスターの変遷を観て行きます。

第2部 ポスターを支える三つの要素

文字、絵、写真。これら3つの各要素で秀でた作品を第2部では、特に文字、写真、絵に特色ある作品を各単位で展示しています。
ここまでで、合計210点のポスターが展示されていました。

ミュージアムショップのある2階にも展示は続きます。作品リストは3階4階のギャラリーのものとは別に作成されているので、とても有難い。
2階は主に日本のポスターを中心ンイ展示。
作者不詳のフマキラーやイチジク浣腸の戦前の商業ポスター。ここでは杉浦非水や伊東深水、堂本印象、東山魁夷など名だたる作家が手がけた作品もあり、混然一体、笑いを思わず誘うものも多数あり。

戦後の日本のポスターでは、田中一光、亀倉雄策、横尾忠則、サイトウマコト、浅羽克己、、早川良雄ら戦後を代表し、今も活躍を続ける現役作家の作品もあわせ、戦前戦後合わせてこれだけで100店以上は展示されています。

最後は、世界各地の「珍ポスター」と題して、プエルトリコ、イスラエル、台湾、中国、インド、モンゴル、キューバ、イラン、メキシコ、タイなど世界万国博覧会並の国数のポスターが映画や観光、展覧会に商品ポスターなどジャンルも多彩な作品を集めて展示。

至る所、ポスターで、どれがどこの誰の作品なのか、最後には訳が分からなくなっていました。
これから行かれる方は時間に十分ゆとりを持ってお出かけください。

なお、本展の図録は作成されていませんが、過去の図録が大幅に値下げされて在庫限りの販売セールをミュージアムショップで実施中です。映画ポスター展などの図録が200円~500円、高いものでも1000円という廉価で販売されています。なくなり次第終了ですので、お早めにおでかけください。

*12月26日まで開催中。オススメします。

重田美月展 「近所の発光」 GALLERY MoMo Roppongi

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「野原」 2010 年 油彩、キャンバス 803 x 1000mm

GALLERY MoMo Roppongiで12月18日(土)まで開催中の重田美月展 「近所の発光」に行って来ました。
作家のプロフィール等詳細はギャラリーのサイトをご参照ください(↓)。
http://www.gallery-momo.com/GALLERY_MoMo/current-roppongi-j.html
この個展のDMが自宅に届いた時には、どこか懐かしい甘酸っぱい気持ちが蘇って来ました。
幼少の頃にTVで観ていた、『ひみつのアッコちゃん』にどこか似ている。
うわ、テレビアニメのヒロインがついに登場!?と興味は惹かれたものの、そのままになっていましたが、日頃拝見しているブログ「はろるど・わーど」さんの記事を拝見し、これは実見せねばと行って参りました。

やっぱり、行って正解でした。
印刷では分からなかった絵肌の質感が極めて緻密で、筆跡を残さない技法なのですが、モチーフに微妙にぼかしを入れている、そこが印刷では分からなかった所です。

過去の作品ファイルを拝見しましたが、驚くべきことに今回のような作品に転換したのはごくごく最近のことで、それまでは、全く正反対のいわゆる正統派の油彩、全体にヴェールがかかったような人物画などを手がけていて、作風の変貌ぶりに驚きました。

油彩の壁と反対に鉛筆画のモノトーン作品が5点並んでいます。
これが、変化の始まりでした。
ぬり絵シリーズとのことで、ぬり絵の小冊子を作ってみたということでMoMoのオーナーの所に持ち込まれたようで、オーナーが面白いからこの路線で進めてみたら?と作家にアドバイスされたそうです。
ぬり絵、これまた私が小学校低学年時代に異常に流行りました。
どれだけ、母親にせびって買ってもらったか。

重田美月の作品は、私の幼少期の記憶と強く結び付きはしますが、決して同じではありません。
そこには、非現実的仮想世界が含まれているのです。笑いを含むともまた違う、寧ろ毒っぽさに近い。
「毒」という言葉は適当ではないかもしれませんが、一見愛らしい、かわいい!と思いがちですが、よくよく観て行くとシュールでちょっとキモい表現が幾つも出て来ます。
例えば、固目が顔面からはみだし、福笑いであるかのごとく不気味な形相をしていたり。

私は、右奥にあった薔薇の花から編み物のようにつながっていて、左上に手が飛び出している作品がとても気になりました。平面なのに、立体感を感じる、奥行きのある画面構成が魅力。

今回が初個展とのことですが、今後が楽しみです。油彩も鉛筆ぬりえシリーズも並行して制作して欲しいなと思いました。

*12月18日まで開催中。

「ラファエル前派からウィリアム・モリスへ」 横須賀美術館

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横須賀美術館で12月26日(日)まで開催中の「ラファエル前派からウィリアム・モリスへ」展に行って来ました。

ラファエル前派の画家の国内での展覧会は、一昨年2008年にBunkamuraザミュージアム、奈良県立美術館で開催された「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」が一番記憶に新しい所。ウィリアム・モリス、彼は画家という範疇で良いのか疑問ですが、彼やモリスが提唱したアーツ&クラフツに関する展覧会は毎年のようにどこかの美術館で開催されているように思えます。

今回の「ラファエル前派からウィリアム・モリスへ」展では、ラファエル前派からウィリアム・モリスへの純粋美術と装飾美術の一体化というテーマから芸術と生活の融合という理念への展開の流れを、その同盟や運動に関わった作家ロセッティ、バーン=ジョーンズなどラファエル前派を代表する画家の絵画約80点やデザイナーの作品含め全118点から展観しようとする初の試みです。

出展されている作品の大半が、イギリスやオーストラリアの美術館所蔵の作品で未見作がほとんど、正直これだけのラファエル前派の絵画作品を鑑賞できる機会はそうそうありません。
ロンドンに数年前に行った際にも、テートブリテン、V&Aなど各美術館に行きましたが、80点もの作品は観ることができなかったと記憶しています。

展示はほぼ作品年代順、作家単位になっています。

あまり難しいことは考えず、華麗で優美なラファエル前派の絵画を堪能することができました。
以下印象に残った作品多数ですが、特にというものを挙げていきます。基本的に西洋絵画の図録は買わない主義ですが今回は、図録買ってしまいました。

・ウィリアム・ダイス ≪聖母子≫、≪ヤコブとラケルの出会い≫
ダイスについては今回初めて知りました。彼はラファエル前派に所属したというのではなく、ルネサンス美術への回帰を目指し隠遁生活を送る画家集団ナザレ派に影響を受け、フレスコ画を学ぶ。特に≪聖母子≫1845年頃、ノッティンガム美術館蔵などはラファエロのような宗教絵画の影響が感じられる。ラフェエル前派到来以前の予兆を感じさせる画家で、彼らへの共感も示したという。

・ジョン・ラスキン
彼に関する作品は書籍に掲載されている建築素描である。中で、1点≪ルーアン大聖堂西玄関口≫ウィリアム・モリス・ギャラリー蔵は克明な水彩デッサン。
彼の思想なくしてラファエル前派の成立はあり得なかった。

・ジェームス・スメザム ≪ダンテとヴェルギリウス≫1864年個人蔵
この画家のことも知らなかった。ロセッティの友人で、ダンテの『神曲』に題をとった作品。彼の作品はラファエル前派の画家の作品と趣を異にしており、非常に幻想的であり、独特のタッチを持っている。
緻密で装飾的というより、解説にも記載されていたがウィリアム・ブレイクの画風に近いと思う。

・ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
本展では、ロセッティ関連の作品が全部で18点ある。
≪朝の音楽≫水彩 1867年 バーミンガム美術館
≪レディ・リリス≫水彩 1867年 個人蔵
≪愛の盃≫水彩 1867年 ウィリアム・モリス・ギャラリー ⇒ 国立西洋美術館の油彩の水彩レプリカの3作目
≪マリゴールド≫18747年 油彩 ノッティンガム市立美術館
これらの着彩画や黒チョークによるデッサンなどすべて女性像である。まさにロセッティらしい。神話的、装飾的な美しさは彼の作品から満ち溢れている・

・エドワード・コリー・バーンジョーンズ
これも、日本国内ではなかなかお目にかかれない画家。
≪モーガン・ル・フェイ≫1862年 水彩 ハマスミス・フラム行政区
≪ティスペ≫1864年 黒チョーク、水彩 ウィリアム・モリス・ギャラリー
≪プシュケを誘い出すクピド≫1867年 油彩 ハマスミス・フラム行政区
≪宵の星≫1880年頃 油彩 ウィリアム・モリス・ギャラリー
≪ペリカンの献身≫ 鉛筆、蝋チョーク、金彩 ウィリアム・モリス・ギャラリー
これ以外にもバーンジョーンズは全部で23点の出展あり。これだけ、これだけ油彩、水彩、デッサンなど多彩な作品群を単独展以外で観られるのは貴重。
しかも、やっぱりバーンジョーンズって好き。

・ウォルター・クレイン
≪愛の聖域≫1870年 ウィリアム・モリス・ギャラリー
≪ディアナとエンヂュミオン≫1883年 ダンディー美術館
≪平和の天使≫1900年 ウィリアム・モリス・ギャラリー

上記3点の油彩のほかに、木版画3点もあり。彼はバーンジョーンズの追随者であり、その仕事を手伝っていた。アーツ&クラフツ運動の「影響を受け、その再興に勤めた人物。
なるほど、バーンジョーンズの後継者だから、気に入ったのかと得心した。よくよく見てみると、どことなく作風が似ている。

・ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
≪南の国のマリアナ≫1897年 ハマスミス・フラム行政区
≪フローラ≫1914年頃 郡山市立美術館
ウォーターハウスは残念ながらこの2点のみ。しかし前者≪南の国のマリアナ≫は実に素晴らしい作品だった。
この1点を観られただけでも、来た甲斐があった。郡山市美の≪フローラ≫は過去にも観ているのだが、それでもやはり優美で装飾的。

他にもウィリアム前派の中心メンバーであったミレイの≪めざめ≫1865年パース美術館、ウィリアム・ホルマン・ヘントの作品もあったが、ヘントの作品はラファエル前派の作家の中でもちょっと濃厚過ぎて苦手であった。

アーツ&クラフツ関係のウィリアム・ド・モーガン、彼の展覧会も近年パナソニック電工汐留ミュージアムで開催されたばかりダシ、ウィリアム・モリスのテキスタイルなどの作品も勿論出展されている。

最後にステンドグラスが集められた展示空間があったが、ラファエル前派の作品はステンドグラスにすると見栄えは上々で、ステンドグラス向きだと改めて感じた。

イーブリン・ド・モーガンの≪フローラ≫1894年 ド・モーガン財団は、ルネサンス絵画のボッティチェリを思わせる美しさで解説にもその影響下にある作品とあった。それにしても優美で観ているだけで幸せになれる。

肝心の展覧会意図についてより、目の前に繰り出される、ラファエル前派関連の画家の作品に圧倒され、主旨のことなどすっかり忘れていた。
未知の作家の作品含め約120点堪能しました。

横須賀美術館は常設展示も日本の洋画のよいものを持っています。常設展示もお見逃しなく。特に朝井閑右衛門の作品を常時これだけ見られるのは国内でここだけではないでしょうか。

*12月26日まで開催中。
本展はこの後以下に巡回します。
2011年2月25日~3月27日 美術館「えき」KYOTO

「バウハウス・テイスト ハウハウス・キッチン展」 パナソニック電工汐留ミュージアム

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パナソニック電工汐留ミュージアムで12月12日(日)まで開催中の「バウハウス・テイスト ハウハウス・キッチン展」に行って来ました。

建築、美術、デザインがお好きな方なら一度は「バウハウス」の名を耳にしたことはあると思う。
バウハウスは1919年、ドイツに誕生した造形学校で、「すべての造形活動の最終目的は建築である」という理念のもと、自己の表現だけに偏らず技術的な力も備えた芸術家を育てることを目的として設立された。バウハウス関連の展覧会は過去に何度も開催されており、そこでの教授陣の豪華さは目を見張るものがあるが省略する。

本展は、バウハウスのキッチン関連の作品を紹介し新しいデザイン、新しい女性像、新しい生活様式の歴史的意義を問い直そうとするものです。

展覧会を観た後、女性にぜひとも足を運んで観ていただきたい内容の展覧会だと思った。
展覧会タイトルは「キッチン」となっているが、バウハウス設立の時代(1920年代前後)より、女性の社会進出が始まり、バウハウスにも多くの女子学生が在籍し、活躍していたことを物語る写真や作品が数多く展示されている。
特に、意外だったのは写真展示の多さであった。
バウハウスの学生達の様子や、学生の肖像写真など写真展示として観て行くのも本展の楽しみ方の一つだと思う。

個人的に一番惹かれたのは冒頭にあった雑誌「ニューライン」の表紙デザインである。
すこぶるカッコイイ。モホリ=ナジやヘルベルト・バイヤー、フランツ・エーリッヒが手がけたそれらの表紙装丁デザインはモダニズムの先端だったことだろう。

この他、興味深かったのは特に女子学生が多かった織物工房の作品で、バウハウスデザインのワンピースが2着展示されていた。私は向かって左側のノースリーブのワンピースがとても気に入った。
このワンピース今着用しても決して古くさくも野暮ったくもない。すこぶるお洒落なデザイン。胸元の開きと横縞のラインの入り方、色、ステッチの濃紺が決まっている。

むしろ、肝心のキッチン道具類のデザインはあまりにも現代にも息づいているものばかりで驚きがない。
今もバウハウスデザインは、生き残っているのだなと感慨深かった。

最終コーナーでは、マイスターキッチンの再現がなされ、実際に設計され建築されたキッチンの様子を体感できるという貴重な体験が可能。また、事前に受付で申し出れば、このマイスターキッチン再現コーナーは撮影可能です。
私は、ちょっと大がかりなマイスターキッチンよりも、その前に主婦の雑誌に掲載されていたシンプルかつ無駄が排除されたコンパクトなキッチン4種類に興味がわいた。
実際に自分が使うなら、こんなのがいいかなと誰しも夢見てしまう。

展覧会の構成は次の通り。
1.バウハウスと新しい女性
2.新しいキッチン
3.卓上のバウハウスデザイン
4.マイスターキッチン

蛇足かもしれないが、バウハウスの教授陣の中でヨガに似たマスダスナンという思想にかぶれた人物があらわれ、学生もマスダスナン弛緩体操、極端な菜食主義しかもなぜかニンニクが重要、という料理関連の資料が珍しく興味深く拝見した。

この展覧会も図録がよく出来ていて、非常にコンパクトだが読みやすく美しい内容。画象が小さいという方もおられるかもしれないが、非常に売れ行きが好調なようで残部僅かとなっていました。お値段2100円です。

*12月12日まで開催中。巡回はありません

「アンドリュー・ワイエス展 オルソン・ハウスの物語」 埼玉県立近代美術館

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埼玉県立近代美術館で12月12日まで開催中の丸沼芸術の森所蔵「アンドリュー・ワイエス展 オルソン・ハウスの物語」展に行って来ました。

アンドリュー・ワイエスと言えば、ニューヨーク近代美術館が所蔵する≪クリスティーナの世界≫1948年がつとに有名。2009年に惜しくも亡くなったが、ちょうど亡くなった頃、愛知県美術館で「アンドリュー・ワイエス展」が開催されていて、私もここで初めてワイエスの世界に触れた。

今回は、この≪クリスティーナの世界≫に描かれている女性クリスティーナ・オルソンと弟のアルヴァロが住むオルソン・ハウスは重要なワイエスのモチーフとして30年にも亘り描き続けられ、「オルソン・シリーズ」と呼ばれている。
埼玉県朝霞市の「丸沼芸術の森」が所蔵する約200点の水彩・素描による「オルソン・シリーズ」はワイエスの創造の原点を伺い知るものとして、世界的に高く評価されているが、本展は「丸沼芸術の森」が所蔵するワイエスコレクションの全貌を紹介する最初で最後の機会となるものです。

これが行ってみて分かったのだが、何とまさに全貌で展示作品数は238点!
なぜ、全貌を紹介する最初で最後の機会と美術館側が言い切っているのかは不明だが、丸沼芸術の森は常設展示はしておらず、今回の企画展は2000年から始まった丸沼ワイエスコレクションによる国内外での展覧会並びに、丸沼芸術の森でのワイエス展&フォーラムの10周年を記念するものでもあるようで、238点すべてというのは、日本初とのこと。(参考)丸沼芸術の森blueberryのワイエスブログより⇒http://marunuma-artpark.sblo.jp/
行って良かった、会期に間に合って良かったというのが正直な感想。

展覧会というより、「オルソン・ハウスの物語」という絵物語を展示を通して見せてもらった。作品の合間合間に、絵本のような物語風の絵詞が書かれているのがとても良かった。作品解説より、今回の展示には合っていたと思う。展示に没入できるのに効果的だったことは間違いない。
作品を1点、1点眺めていくうちに、オルソン・ハウスの様子や、周囲の風景、草の香、風の音、家畜、クリスティーナと弟のアルヴァロの生活の気配。
そういった諸々すべてのものが、水彩や素描とともに感じられる。

いつしか、自分もオルソン・ハウスの近くに訪れたようなそんな錯覚に陥るのだ。

完成した作品を眺めるのも勿論良いけれど、今回のように完成作に至るまでの膨大な素描や水彩、習作をワイエスが丁寧に何度も何度も積み重ねた上で、あの「クリスティーナの世界」他の作品を描き上げたのだと思うと感無量。
特に、水彩作品は、それ自体完成作と言っても良い程の出来栄えで、テンペラとはまた違った魅力がある。

気に入った水彩作品のタイトルだけ挙げておく。なお、作品サイズや技法まで記載された作品リストが丁寧に作成されているので、メモを取るのにとても助かった。これは保存しておこうと思っている。

・≪穀物袋≫1961年
・≪「石舟」の上のバケツ≫1957年
・≪じゃがいも袋≫1958年
・≪オルソン家の朝食≫1967年
・≪オルソンの家≫2008年
・≪物置のドアの前のバスケット≫1968年
・≪オルソン家の終焉≫習作1969年 テンペラ、ボード

2009年に観たワイエス展より、ひとつの物語を見せてもらったようでしみじみと感じ入ることができた。

図録は作品番号121~238には掲載されていないが、印刷は美しく光沢のない紙質で確か1800円だったと思う。

なお、企画展鑑賞後は必ず常設展示をご覧いただくことをお薦めします。
今期の常設展示では、ドラクロワ「聖ステパノの遺骸を抱え抱き起こす弟子たち」やピサロ、モネ、ルノワールら印象派の作品に混ざって、キスリング「リタ・ヴァン・リアの肖像」、ポール・デルヴォー「森」などの西洋絵画をはじめ、日本画の名作が多数展示されている。
橋本雅邦「長江晴楼図」1895年、横山大観「漁村曙」、下村観山「巌に鳥」1915~1916(六曲一双)、菱田春草「湖上釣舟」1900年(屏風二曲半)、小茂田青樹「秋叢」、速水御舟「夏の丹波路」1915年。
御舟は珍しいごく初期の20代の作品、また観山の作品は畳に座ってじっくり鑑賞できる大作です。

*12月12日(金)まで開催中。巡回はありません。ワイエスファンの方はお見逃しなく。

林勇気展 『the world and fragments of the world』 ギャラリーヤマキファインアート

hayashi
《the world and fragments of the world》2010年

神戸元町の阪神元町駅から徒歩数分の元町商店街の一角にギャラリーヤマキファインアートはありました。

神戸までギャラリー巡りをするとは、さすがの私も初めてですが、どうしても林勇気さんの個展は拝見しておきたかった。
その理由は今年、名古屋の中京大学Cスクエアで開催された「ふれて / みる」展(衣川泰典さんとの2人展)を見逃してしまったので、何としても今回は拝見したかった。
その前に、わくわくKYOTOで林さんの作品を拝見していたのですが、ギャラリーの公式サイトに掲載されている林勇気さんのプロフィールから更にその前に東京のneutronで拝見したのが一番最初だったことを思い出しました。
林さんのプロフィールはこちら(ギャラリーのサイトに飛びます)。

作家さんの名前に記憶がなかったのですが、ずっと観ていても飽きない映像で淡い色合いの映像で、今その時の記憶が蘇って来ました。
そうか!あの映像作家さんが林さんだったのか。
気付くの遅過ぎです。

今回は全部で5点の映像作品が展示されていますが、メインは《the world and fragments of the world》シリーズの3点。
映像は2分半程の短いものですが、ループで流されているので時間的にはそれ程短く感じません。
私は砂浜を歩いている映像が3つの中では一番好きでした。

他の2点は、このシリーズとはかなり異なっていて、パックマンか何かの懐かしきTVゲームを思わせる映像が1点、もう1点はキッチンにある身近な生活用品を題材とした作品。
私は一番この作品が好きでした。

林さんの作品は映像横に額装されて展示されていましたが、映像の入ったブルーレイディスクの隣にそっと小さなドローイング作品が寄り添っていて、それがまた魅力的。
いっそ、ディスクにもドローイングして欲しいなと思ってしまいました。

映像作品は基本的に静かで、音も入っているのですがノリノリ系ではなくむしろ効果音的なものだったような。
このあたり、音にはもう少しこだわって欲しいかなとやや物足りなさを感じます。
特に、同じように日用品を使用した映像作品は多くの作家が取り扱っていますが、森美術館で最近拝見したトロマラマの音楽性は非常に高かった。映像と音楽の両方が楽しめるというのは、作品の大きな魅力の一つになっていました。
無論、静謐さを重視する考えもあるかと思いますが、林さんの作品の場合、個人的にはもう少し音楽があっても良いのではないかと。

彼の映像作品はデジタルカメラで撮影した写真をパソコン内でつなぎ合わせ加工しているってことで良いのでしょうか。ギャラリーの作家コメントを拝読する限りそのように読めますが。

本展は好評で、既にDMはギャラリーになく、また12/5(土)までだった会期も延長され12/18(土)までとなりました。
また、来年2月18日~3月19日に林勇気展「あること being/something」が兵庫県立美術館で開催されます。こちらも楽しみです。
また、現在兵庫県立美術館での個展のために、写真と出演者の募集を行っています。締切は12月25日まで。
詳細は美術館のサイトをご覧ください。(↓)
http://www.artm.pref.hyogo.jp/news/hayashi.html


ギャラリーヤマキファインアート開廊:11:00-19:00 ※13:00-14:00は昼休み
休廊:日・月曜日

「彫刻家 エル・アナツイのアフリカ-アートと文化をめぐる旅」 国立民族学博物館

anatui

国立民族学博物館で12月7日まで開催中の「彫刻家 エル・アナツイのアフリカ-アートと文化をめぐる旅」に行って来ました。

エル・アナツイ(1944年生まれ)は、ガーナ生まれでナイジェリア在住の彫刻家。近年はワインやビール瓶のふた、シールといった廃品を使用し、優美でスケールの大きな織物をおりあげることで知られています。
本展では、アフリカの現代美術が置かれた状況を前向きに捉えなおし、エル・アナツイというアーティストの作品世界を美術史と文化人類学の双方から語ろうとしています。更に、美術史と文化人類学、美術館と民族学博物館の新しい創造的な協力関係を模索していきます。

エル・アナツイのことは何も知らなかったけれど、アフリカの現代美術、そして特に彫刻という分野でのアフリカの現代美術とは如何なるものであるか非常に関心があった。

展覧会のフライヤーを見た時には気付かなかったけれど、フライヤー表面に使用されている作品≪レッド・ブロック≫2010年は実は巨大な織物の一部で、織物といっても繊維や布でできているのではない。
前述の通り、何か缶詰の缶蓋を金属線(銅線)でつないで織り上げているのだ。これだけ同種類の缶を集めるということは相当消費量の激しいものでないと、時折異なる種類の缶の一部も混ざっているようだが、ほぼ同じものばかり。
近づいて実物を見るまでは、缶でできているのか分からなかった。

展示は、初期の作品から近作へと時代を追って作品の変遷を辿る。
第1章 記憶を彫る
初期(1982年~)の作品では、木彫やレリーフ表現によって過去のアフリカから現在のアフリカへ。彼の祈りをこめた作品を制作している。
たとえば、「焼け焦げ」は虐げられた植民地支配時代のアフリカでの人々の苦境を表現。作品をアナツイらしくアレンジし、例えばナネビィ(さなぎ)や人間を表現している。アクアバ(お守り)という作品がとても印象に残った。
木を刻み、彫ることで遠い時代の記憶や日々の生活を記憶に留めようとしたという。

第2章 歴史を紡ぐ
1990年代から次第に彼の作品は変化を見せる。インスタレーションとして彫刻を見せるという試行がこの頃から始まる。
そして2000年頃を境にビールやリカーの蓋を再利用して優美でスケールの大きな織物を作り始める。
本展2階の展示スペースを観て作品が制作されたという≪排水管≫2010年は、他の作品とは違って織物でなはなく見事にタイトル通り廃物缶を利用して、管そのものを立体造形として見せてくれる。
可変可能な造形物。

第3章 創造のプロセス
アナツイは工房を持っており、常に5~6人の人々が働き総勢20人ほどの助手がいる。彼らは都合の良い日を選んで工房にやってきて自分の分担作業を行って帰って行く。分業制を採用しているのも特徴のひとつ。日常生活の一部のように缶やアルミ素材を織り上げていく。織り上げる前に膨大な量の瓶のキャップや缶蓋を切り取る作業もある。パーツを助手達の手で作りあげた後に、最終段階でアナツイの指示でそれらは組み合わさり織物や立体化されていく。
彼らの頭の中には芸術作品を制作しているという概念はなく、ただ単に仕事もしくは作業なのだった。会場には、アナツイのインタビュー映像も流れていた。時間がなかったので、少ししか見られなかったけれど、国立新美術館の図書室で本展図録をじっくり読みこんでみたい。

また、彼は作品構想段階でアイデアをノートにメモする。それがドローイングやデッサンへと展開。本展でもその一部が展示されている。

第4章 作品の背景-社会、歴史、文化
最終コーナーでは、アナツイにインスピレーションを与えている彼の故郷ガーナの伝統的な織物「ケニテクロス」(ケニテ布)、これはガーナのアサンテ王族がまとった高貴な人々の衣装として使用されていたらしい。
その色彩は、アナツイの作品で見られるような原色や光を彼流に再生したものであるようだ。

アナツイの中には常にアフリカ、ガーナやナイジェリアは存在し、国や民俗の歴史や文化資源などが作品に融合し投影されていることは否めない。
巨大な幕のような織物としての展示でなく、それらを使って衣装を制作してみるのも面白い。
しかし、やはりただの工芸でなく現代美術と評価されるには、こうした文化を背景にしながらも新しい造形、本展で見せてくれた新作「排水管」のような、一種民族文化人類学とは無関係に思える作品の制作も必要になってくるだろう。
更に、彼が作品に使用する缶やビールの蓋も見事に生活に根付いたものであることを忘れてはならない。数千年の後、アナツイの作品を未来の人類が見た時、現代の私がケンテクロスを観たのと同じような感慨を抱くのではないか。

アナツイの作品は、ロンドンの大英博物館でもパリのポンピドゥーセンターでも観ることができるという。
すなわち、民族学に分類すべきか美術として分類すべきかどちらにも分類可能な境界線上の位置にある証だろう。

が、どちらにあっても良いだろうし、どちらの側面から見ても彼の作品は時代や文化を見事に反映している。
しかし、やはり私の目にはれっきとしたアフリカ現代美術として鑑賞した。
工房制作という方式も、現代の欧米作家ではありがち。

この特別展を鑑賞した後、常設展示の国立民族学博物館に初めて入った。
ぐるりと一周したが、日本人であっても知らないような日本の伝承文化の数々、まして世界中の民族学の形ある物が広大な展示室に満載でめまいを起こしそうだった。
その中で、再びアナツイの彫刻を思い出すと、この常設展示空間にも展示されていた作品≪くずかご≫2004~2010年を拝見すると、やはりこれは美しい彫刻作品として私の中に深く刻まれた。

*12月7日まで開催中。残念ながら作品リストはありませんが鑑賞ガイドが配布されています。

本展は、この後下記に巡回します。
神奈川県立近代美術館葉山 2011年2月5日~3月27日
鶴岡アートフォーラム 4月23日~5月22日
埼玉県立近代美術館 7月2日~8月28日
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