スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「VERY BEST OF SMMA COLLECTION」 セゾン現代美術館 はじめての美術館89

セゾン

「VERY BEST OF SMMA COLLECTION」 セゾン現代美術館 7月8日~10月2日
http://www.smma.or.jp/exhibitions/2011_summer.html

軽井沢へ行ってから早1ヶ月半を経過しようとしています。もう、夏も終わり。
すっかり、遅くなってしまいましたが軽井沢のセゾン現代美術館へ行って来ました!(7月に)
セゾン現代美術館もかねてより一度は行ってみたいと思っていた美術館で、JR東日本のおかげでやっと行けました。あの1万円きっぷもう1度やってくれないだろうか。。。

1981年にセゾングループの総帥、故堤康次郎氏の収集品を一般に公開するため、当時高輪に高輪美術館を開館(品川のプリンスホテルがある場所かな)。その後、1981年に高輪美術館が軽井沢の地に移転し、1991年にセゾン現代美術館と改称して、現在に至る。
菊竹清訓氏設計による美術館と若林奮氏の基本プランによる庭園という素晴らしい環境の中で、まさに国内外の現代美術の歴史を作品とともに辿れるコレクションを展開している。

噂には聞いていたけれど、こんなに凄いとは・・・。とにかく、コレクションの質の高さに圧倒されまくった。
名だたる作家の作品と言っても、その作家を代表するような名品や大型作品を揃えている。
ことに、海外の現代美術コレクションは、国内有数の質の高さと言って良いだろう。

入口までのアプローチ。
approach


入ってすぐに出迎えてくれるのは、篠原有司男のオートバイに、アニッシュ・カプーアの≪天使≫、そして天井からはお馴染みカルダーの≪錆びたボトル≫。
そして、マルセル・デュシャン≪トランクの箱(ヴァリース)≫が、68点の複製入りで中身とともにガラスケース2鎮座していた。

さて、いよいよ長めの回廊から展示室に向かう。
回廊には、マン・レイの作品が7点ずらりと並ぶがこれだけだと思ったら大間違い。1階展示室にも10点弱のマン・レイ作品がずらり。一体どれだけあるのだろう。

1階展示室に入る前に、左脇に進むと、そこには2つの展示室が。
ここでしか見られない、この作品のために造られたとしか思えない2つの展示室。
手前は私の好きなアンゼルム・キーファ≪革命の女たち≫1992年。
ずらりと14台のスチールベッドが並ぶ。まるで墓標のような光景で背筋が寒くなる。
そして、更に奥へ進むと、マグダレーナ・アバカノヴィッチ≪ワルシャワ - 40体の背中≫1990年が。
アバカノヴィッチの辛い過去の戦争の果てのようなボロボロの背中を向けた立体作品が並ぶ光景に戦慄が走る。
この2つの部屋で、思いっきり寒くなった。すごい、すごすぎる。。。この段階で早満腹感があった。

しかし、まだまだ先は長い。
1960年代~1970年の作家たちの作品を紹介。ジャスパー・ジョーンズ(5点)、リキテンスタイン、イブ・クラインなど。
カンディンスキー≪軟らかな中に硬く≫1927年と≪分割-統一≫1934年、このカンディンスキーは素晴らしかった。
そして、カンディンスキーがあると思えばパウル・クレーまでも2点登場!≪北極の露≫1920年、≪木の精≫1923年。何気なく、セルジュ・ポリアコフ≪コンポジション≫が置かれているあたりも渋い。
ジャン・デュビュッフェに、アントニ・タピエス、とアンフォルメル関係の画家たち(タピエス自身はアンフォルメルの画家に影響を受けた)。
イブ・クライン≪海綿レリーフ(RE)≫、久しぶりにクラインブルーを見る。

ここまでに、ミロもエルンストもある。

ブリジット・ライリーの≪礁―2≫は、ライリーの回顧展の際に作家本人に請われて出品された、ライリーの代表作と言って良い。私がこれまで見たライリーの作品の中で一番良かった。

中2階へ進むスロープの正面に出ました!マーク・ロスコ≪ナンバー7≫1960年。実は、最大の目的はここのロスコ絵画だった。≪ナンバー7≫は、高村薫の小説『太陽を曳く馬』上巻、新潮社の表紙カバーに使用されている。
ちなみに下巻はDIC川村記念美術館所蔵作品。
想像以上に大きな作品で、266.7cm×236.2cmの迫力。光を放つようなその画面の前で、しばし立ちすくむ幸せ。
スロープ横には荒川修作特集なのか、意味のメカニズムシリーズ6点が並ぶ。

もう、これで帰っても良いほど満足していたが、中2階展示室もまた凄かった。

年内に愛知県美術館で始まるジャクソン・ポロック≪ナンバー9≫1950年。エナメルに蜜ろう、これは間違いなく出展されるだろう。
今年亡くなられたばかりのサイ・トゥオンブリー≪ディアナが通る≫に、ジャスパー・ジョーンズが何と4点、サム・フランシスにステラとアメリカ抽象表現主義とその後、というタイトルが浮かぶ。

文中に記載していない名品も多数あることを中記しておきます。
全部は到底書ききれないので、かなり抜粋していて、実際はこの2倍くらいの作品が展示されている。

2階展示室。
やっと見られた、フランチェスコ・クレメンテ!パステル画1点だけど、なかなか国内では見られないので嬉しい。
そして、再びアンフォルメルで、ピエール・スーラージュ。

更に、最近関心が出て来た中西夏之のたとえば波打ち際にてシリーズ2点、宇佐美圭司、ヤン・フォス他。。。横尾忠則、大竹伸朗と続く。


この建物、別荘のような雰囲気を湛えているのも特徴。
サロンスペースでは、ジャン・ティンゲリーの巨大なミクストメディア≪地獄の首都 No.1≫、時間になると演奏が始まる。キーファの≪オーストリア皇妃エリザベート≫、セザール≪TOKYO圧縮≫のバリバリの現代美術作品の中に、重要文化財≪「厨子入木造大黒天立像」≫南北朝時代。これはちょっと異質な存在だった。

屋外の広大な庭園・・というにはあまりに広い-に、イサムノグチや安田侃、アルマンらの野外彫刻がある。
彫刻を探しつつ散策するのも楽しい。

イサム

彫刻2

屋外1

とにかく、その系統だったコレクションの質の高さに脱帽。
これは、次の展示替えに是非再訪したい。軽井沢に行ったら、必ず立ち寄りたい美術館です。

なお、1階にカフェスペースはありますが、軽食程度しかありません。がっつり食べたい場合はどこかで食事をして、ゆったりお茶するのが良いと思います。
スポンサーサイト

「先端Prize2011」 東京藝術大学上野キャンパス学生会館

先端prize

「先端Prize2011」 東京藝術大学上野キャンパス学生会館 8月22日〈月〉―8月26日〈金〉

先端芸術表現科2010年度卒業/修了制作展受賞者および学内奨学金受賞者による展覧会『先端Prize2011』に行って来ました。

出品作家は次の4名。
田中 一平 (サロン・ド・プランタン賞 2010年度修了)
鎌田 友介 (卒業制作買い上げ賞 2010年度卒業 )
水島 ゆめ (平山郁夫奨学金賞 学部4年生)
田村 かのこ (安宅賞 学部3年生)

上野まで向かった理由は、鎌田友介さんの作品を見ておきたかったから。
今年の5月に京都児玉画廊で開催された記憶は、まだ生々しく残っている。
(参考)過去ログ:鎌田友介個展「After the Destruction」

来年開催される資生堂Arteggの入選も決まり、勢いを感じる作家さんだと思う。

そんな鎌田さんをtwitterでフォローさせていただいているが、「いつもは沢山宣伝して自分にハッパかけるけど、今回は誰にも特に宣伝せず、そういう状況で自分が何をするのかって事を考えてみた。というわけで展示始まりました。『先端Prize2011』」という呟きを開催初日の夜に拝見し、気になってしまった。

今回は、私が過去に3回いや4回?拝見した建築的要素が弱くなり、物語性の強い展示になっていた(以下)。

全体

京都の児玉画廊での個展に出されていたドローイングのような9つの変形した四角枠は、全体の並びをカーブさせている。京都では目には入っていたのに、脳へ情報として伝わって来なかった細部、木枠を力で折り曲げて変形させている痕跡が、今回は強く印象に残った。

dynamis

暴力性、破壊性を強く感じる。
大型の作品はなく、かわりに置かれていたのは、壁に展示された写真入り額ひとつと、その手前の床に同サイズの額と額にはまっていたガラスの破片が飛び散っている。

destroy2

少し空間を置いて、ねじ曲がった立方体の枠。

それらを少し引いた位置で眺めると、嵐が去った後のような、ここで今何が起きたのか?という事件、物語をついつい想像してしまう。物語性を強く感じたのはこの額と写真による所が大きい。

面写真と額の関係についても興味は尽きない。

写真に写されていたのは、複数の細長い木片である。額は2つだから、写真も2枚。
同じ木片を被写体としながらも、2枚は若干木片の散らばり方が異なっている。
よくよく見ると、写真に写されている木片は、額の枠そのものではないかと思った。

destroy1

割れたガラスの状態と木片の状態、両者がダブルイメージ、いや、原型となる額そのものも目に入っているので、トリプルイメージとなって眼前に立ちあがる。額の枠→折れた枠材(写真の被写体)→額のガラス片。
更に、これまで見せていた巨大なオブジェは今回展示されていないが、それを構成する要素を抽出(額縁のフレームなど)。
全体から細部、要素を絞り出し、見せる。そうした際の見せ方が最大の問題になるが、その問題も上手くクリアしているように思った。

大きめの立方体の枠材とドローイングのような9つの木枠の連続性、これらのつながりにも考えさせられる。あるいは、立方体枠から噴出した9つの木枠のようにも見える。

過去の作品を一旦、脇に寄せて新たな試みにチャレンジされたのだろう。
場の創出力が抜きん出ていた。
資生堂Arteggでは、物語性を出した展示になるのか、それとも児玉画廊で見せたような巨大オブジェを見せるのか、どちらにしても楽しみにしている。


田中一平の作品は、芸大修了制作展に展示されていたものと同じだったか。
若干アレンジはしたかもしれないが、生き物のようにくねくねと動く無数のコードに囲まれ、おまけにコードが不規則な動き、もしくは予想された動き、によって音を奏でる作品。
くねくねと動くコードの動きが面白くて、ついつい見入ってしまった。

分厚いポートフォリオでは、出展作以外の作品やシリーズや写真もあり、、更にコールマイン計画(川俣三郎氏がらみ)にも参加。出展作以外も気になる。

水島ゆめは、写真(だと思う)を使って万華鏡のような立体を制作。
田村かのこは、言葉を視覚表現化しようとしれいるのだろうか。展示の仕方にもう一工夫欲しかった。

京都、奈良、大阪、長崎、福岡、熊本 駆け足の美術館への旅 後編

前回の続きです。

福岡で1泊、幸いというべきか私がホテルにチェックインしてすぐに大雨が。
外に出るのも面倒なので、ホテルの夜泣きそばサービスなどで簡単な夕食を済ませ、早目の就寝。
さすがに、疲れがどっと出て7時に起床の予定だったが、2度寝して9時になっていた。

8月20日(日)
起きた時には雨はやんでいてほっとする。
福岡県美の「高島野十郎展」に行こうか迷ったが、駅から10分歩くし、荷物は預けないといけない、更に寝坊が重なったので、朝食を天神駅近くですませ、西鉄で久留米に向かうことに決める。

目的地は、石橋美術館。
西鉄の特急(特急券不要)で福岡天神駅から久留米まで30分。
バスに5分程度乗って、降りたところが石橋美術館。
石橋美術館といえば、株式会社ブリヂストンの創業者・石橋正二郎が1956年、郷土久留米市に寄贈した石橋文化センターの中心施設として開館。現在は、ブリヂストン美術館も石橋美術館も財団法人石橋財団が管理運営を行っている。

この日は「高島野十郎 里帰り展」の最終日。
美術館の中は、想像以上ににぎわっていて、最初にあった図録が、1周してきたらあと3冊くらいになっていて驚く。急いで1冊確保し、レジで待っている間に残り2冊も貰われて行きました。図録完売。
「高島野十郎 里帰り展」は、高島野十郎の個展としては過去最大級のもので、関連資料も含め約150点を展示。未公開作品も30点含まれている。
高島野十郎は、銀座画廊で昨年に開催された展覧会で40点程拝見したが、その時には、それ程強く好感を持った訳ではなかった。
しかし、今回一挙に約150点を見て、写実性の高い画面に残る抒情性、情緒が伝わって来て、じ~んとしてしまった。個人的には静物画より、風景画の方が好き。

そして、野十郎と言えば、「蝋燭絵画」と「月」シリーズ、特に蝋燭は彼の代名詞とも言える作品群。親しい友人やお世話になった知人に1点ずつ渡していたという。
はっきりと制作年代の分かる「蝋燭」作品は少ないが、どうやら晩年に近づくにつれ、炎の色が明るくなっている。1枚1枚、1つとして同じ蝋燭はない。
「蝋燭」作品は、本館ではなく別館で照明を落とし、展示壁面を黒っぽい色にして、横一列に並べていた。
暗い部屋に、絵画の蝋燭が並ぶ様は、本当に蝋燭が並んでいるかのようで、並べて見るとそれぞれの差異も分かりやすくとても良かった。

別館では、近代洋画コレクションの作品が常設展示されていた。
先日、横浜そごうで観た藤島武二、岡田三郎助、黒田清輝、和田英作、坂本繁二郎、古賀春江、安井曾太郎らの作品がずらりと並ぶ。特に藤島武二の《天平の面影》1902年は、青木繁の≪天平時代≫などと同じく、神話やラファエル前派からの影響を多分に感じる作品。重要文化財だが、横浜そごうの展覧会には出展されておらず、石橋美術館で留守番していた。

石橋美術館の前庭、正面にはバラ園が、そして後ろには日本庭園が広がり、その奥には八女市にあったという坂本繁二郎アトリエが移築されている。
庭を散策した後、売店でホットドッグを買って庭で昼食。

帰りは、JR久留米駅までバスで行き(バスは結構出ている)、ついに漸く、九州新幹線に乗って熊本を目指す。
すぐに新幹線に乗れて、あっという間に熊本。
ここまでは良かったが、その後が問題だった。
前夜から翌朝にかけて降った大雨によって、九州横断特急が運休になってしまった。
本当は阿蘇に行って、南阿蘇鉄道に乗る筈だったのが、次の普通列車は接続が悪く、飛行機の時間に間に合わないため、阿蘇は諦めることに。。。

こんなことなら、福岡県美に行けたよ。。。と思いつつ今更引き返せないので、熊本市現代美術館へ向かうことにした。
熊本市現美は2回目。
前回はバスを使ったので、今回は路面電車。電鉄っていうのかな。
九州は、長崎も路面電車が走っていて、市民の足として愛されている感があり。

熊本市現美のファッション展は、あまり興味をそそられなかったので図書室で読書。
そして、トーチカと「慶長の美」という常設を見る。
トーチカは、もろ震災を扱った作品であった。
で、そうこうするうち17時過ぎになり、早目の夕食。
阿蘇に行かなくなったので、最期の夜はちょっと贅沢に郷土料理のお店でコースを頼む。
ビールを飲みつつ舌鼓。
そして、美術館へ戻った時間は19時ジャスト。
噂には聞いていたが、本当にやっていました。ピアノ生演奏!@図書室。
ムーンリバーや荒城の月など、馴染みのある楽曲のピアノ演奏を聴きつつ図書室でまったり。
見上げれば、そこにはジェームス・タレルの天蓋から青い光がこぼれている。
19時半になると、タレルの天蓋の色が刻々と15分間変化するとのこと。
空港行きのバスは、熊本市現美の目の前にあるバス停:通町筋発、19時29分。
という訳で、残念ながらタレルの天蓋の色の変化までは見届けられず、次回への課題となりました。

熊本空港発20時40分のANAで羽田へ戻る。

今回も駆け足旅行となりましたが、特に大阪市歴博「民都大阪の建築力」福岡市美、長崎県美の「菊畑茂久馬展 戦後/絵画」、石橋美術館「高島野十郎里帰り展」の3つは良かったです。

京都、奈良、大阪、長崎、福岡、熊本 駆け足の美術館への旅 前編

車中1泊含め3泊3日の美術館を巡る旅から帰って来ました。

簡単に旅程と感想を。そして、旅程後編の次の記事をセゾン現代美術館にして、その後はしばらくブログをお休みさせていただきます。

8月19日(金)
前日夜発バスに乗り、京都に6時頃到着。
四条河原町に荷物を置いて、朝食は迷った挙句にイノダコーヒ。ワンパターン過ぎるので、ここは何とかしないと。

朝食後、地下鉄、近鉄を乗り継ぎ奈良国立博物館へ。
「天竺へ」(後期展示)鑑賞。前期についての感想はアップ済み。感想は前期と同じ。
館を出ようとしたら、外は土砂降り。あいにく傘を荷物に預けたままにしてしまい、途方に暮れる。
仏像館で雨がやむのを待っていたら、雨は止まなかったが、出口にタクシーが横付けされ、降りて来られた方と入れ違いで乗車し、近鉄奈良へ戻る。

近鉄で、大阪へ向かう。鶴橋で地下鉄に乗り換えるついでに、焼肉街にある「大吉」さんで韓式定食ランチをいただく。ご飯に合うおかずばかりで、ご飯のおかわりをする。

おなかいっぱいになった所で、大阪市歴史博物館の「民都大阪の建築力」展へ。
これが非常に良かった。
大阪市歴博は、今年で開館10周年。その記念展ということもあってか、力が入っている。
何より、大阪らしさがあふれていた。
見終わると、近代建築見物のために街中へ繰り出したくなる、そんな内容。個人的にはゼネコン紹介や、近代建築として今なお残るビルとそのオーナーを紹介するコーナーもツボだった。今はなき建築の一部を使って制作されたウクレレは、そこはかとなく悲しい。

アートコートギャラリーへ。
ここは駅から遠いのが難。アーティストや学芸員らが1名若手作家を紹介する毎年恒例の企画展。
壁1面に手作りのフォーク「農具」と「苔のむすまで」を展示していた占部史人さん(大巻伸嗣氏推薦)と写真と彫刻作品を出展されていた野村在さん(袴田京太朗氏推薦)が気になる。川北ゆうさんは来月ギャラリーαMで企画展参加。

地下鉄で淡路まで出て阪急で京都へ向かう。
17時の講演の整理券配布が16じからだったが、到着したのは16時半。
もらった整理券は何と100番(定員100名だったのでラスト1枚)。危ない所だった。
京近美のカフェで遅い昼食。
京都国立近代美術館で17時から仲正昌樹氏の「ベンヤミンとドイツ映画」の講演と「実験映画」の鑑賞。
ベンヤミンに著作は事前に読んでおいたので、何とか内容について行けた。
実験映画は、『貝殻と僧侶』が面白かった。無声映画だが、眠くもならずしっかり3本と、1本のドイツ映画『鋼鉄交響楽』、これは実にドイツらしい衝撃的な映像だった。

京都から再び阪急で三宮へ。三宮泊。
この日は、スルッと関西2days切符を使用。

8月20日(土)
三宮からポートライナーで神戸空港へ。
三宮から18分で空港なのは便利。スカイマークで長崎へ向かうが、出発が5分遅れて、到着は10分遅れ。
この遅れが致命的だったことは後で分かる。

空港リムジンバスで長崎市内へ向かう。
長崎県美術館の最寄りバス停に途中停車するため下車。
菊畑茂久馬展「戦後/絵画」を鑑賞する。元々今回の九州は長崎県美と福岡市美共催のこの展覧会を見るために計画した。
長崎県美は初訪問。隈研吾&日本設計の建築は素晴らしかった。敷地を活かした建築はすべからく建築の基本中の基本だと思うが、そこをしっかりと押さえつつ隈研吾らしさを出している。他の美術館に比べると和テイストが控えめなのも個人的には好ましい。
菊畑展は良かったけれど、起承転結が、起結の順になっていて、更にその後も制作年代順ではなかったのでやや混乱。ここは制作年代順にして欲しかった。しかし、大型タブローの数々はこれまで初期作品しか見ていなかったので、大変な驚きとそして、タブローからは光を感じた。後の福岡市美で痛感するが、菊畑さんの場合、オブジェからタブローへの移行過程が興味深い。タブローも初期は立体的要素をはらむ。

常設のスペイン絵画コレクションや菊畑の下絵(これも企画展と切り離されてしまったのがやや残念)他を鑑賞。
屋上庭園も行ったりしていたら、どんどん時間は過ぎていく。
長崎駅へ戻ったら、何と3分前に福岡行きの特急が出てしまったばかりで、次は1時間後だった。1時間に1本しか長崎、福岡間の特急がないとは、事前リサーチが不足していたことを反省。
高速バスが15分後に出るので、高速バス乗り場へ。予約で満席だったが、補助席で良ければということで乗車できたが、結果予約キャンセルが出たようで、普通の座席に座れた。

福岡市美到着は15時45分。
この日は、14時より黒ダライ児氏の講演があり、そのための日程だったが、間に合わなかった。

昼食もとらずにバスに乗ったので、遅い昼食を福岡市美のカフェ兼レストランで取る。

その後、菊畑茂久馬展「戦後/絵画」(福岡会場)と常設を見る。
福岡会場は長崎よりスペースが広いこともあって、初期作品から最新作まで網羅し概観するもの。
九州派時代の貴重な作品や山本作兵衛の炭鉱記録画模写作品、並行するオブジェ制作、そして「天動説」シリーズへ。この過程が実に興味深い。かえすがえすも、黒ダライ児氏や菊畑さんご本人のアーティストトークを拝聴できなかったのが悔やまれる。

福岡市美の常設は2回目だが、今回は菊畑展の関連で、同時代の作家作品を2つの展示室で展示していた。
それ以外にも明治から近代まで日本美術の流れが分かるようなコレクションはさすが。現在、松濤美術館で個展開催中の岡本信治郎のタブローも1点、アンデパンダン関係の作家作品の中にあった。
そして、忘れてならないのは電力王松永耳庵のコレクションと田中丸コレクションのやきもの。

大満足であったが、7月8月は19時半まで開館している福岡市美、長崎県美は20時なので、ゆっくり鑑賞できるのは嬉しい。

福岡市美を後に、天神へバスで戻り、三菱地所アルティアムにて「パラモデルのトミカワールド展」へ。
今回はトミカワールドと謳うだけあって、トミカのミニカーを使い壁一面にパラモデルの字を作り上げているのが目を引いた。後は段ボールのトラック+写真。
写真撮影可能です。

ホテルにチェックインしてのんびり温泉につかる。ドーミーインはやっぱり良いです。

続きは次回へ。

「TWS-Emerging」164 阿部乳坊 [自刻像:変態動物] /165 three [three is a magic number 3] TWS本郷

阿部表
阿部裏

「TWS-Emerging」164 阿部乳坊 [自刻像:変態動物] 165 three [three is a magic number 3] TWS本郷
166 木彩 [GROW] /167 小林広恵 [公園をつれてかえる] 8月6日(土) - 8月28日(日)

http://www.tokyo-ws.org/archive/2011/06/tws-emerging-164165166167.shtml

164 阿部乳坊 [自刻像:変態動物]

彫刻は、その存在だけで空間もしくは場の空気をどれだけ変えられるかが、重要なのではないかと思っている。

阿部乳坊の彫刻は、しっかりと場の空気を変えていた。
まず目を引くのは、細長い手だろう。
やじろべえのような細長い手足が、どの彫刻作品にも共通している。もうひとつ、顔と頭部の彫りと付き方も特色がある。頭を顔の輪郭線に沿って彫りぬき、顔の部分だけ強調するような手法。
頭髪はなく、フードをすっぽりかぶっているかのよう。
彫り目はしっかりと残すタイプ。

作品配置も良く、互いが邪魔しない程度の距離感と間隙が心地よい。

ポートフォリオを拝見すると、長い手は「結ぶ」という意図があるのと、もうひとつ「バランス」これは作家の育ってきた家庭環境の影響があるようだが、この2つを追求した形がこの長い手だった。
阿部乳坊作家のサイト:http://abe-niuu-bou.com/

鑿跡のある彫刻が好きなのこともあるのと、その形にも惹かれるものがあった。
黒部市国際文化センターコラーレで11月27日まで2人展もやっておられるようなので、入善の発電所美術館とからめて行ってみたい。金沢でも出展されるようだが、こちらは厳しそう。

165 three [three is a magic number 3]

threeの3人組ユニットの活動はかねてより拝見している。MEGUMI OGITA GALLERYの荻田氏のお眼鏡にかない、同ギャラリーで初めて観たのは何年前だったか。しかし、これまで見て来たのは単体としての作品だった。
今回は2階の1室を使用したインスタレーションで、こういう展示をするんだと新しい一面を見せてくれた。

フィギュアをつぶしたり、よく寿司折に入っているしょうゆさしを使ったり、既成のアイテムを使った作品が特徴で色の使い方も上手い。
TWSでもお馴染みのフィギュア潰し作品だが、見せ方をひねってきた。
コンセプトもしっかりしている。

展示台の上に、フィギュアの名前と重さを書いて、置かれているのはフィギュアをつぶしたもの。そして、台にはそのフィギュアの影が映っている。
下からライトを当てて照らしているのではないだろうか。床を這う電力コードがあったのはそのためだと思う。
もっと暗くして闇に映し出された影を観るのが、正しい鑑賞方法(作家の意図する方法)のようだったが、残念ながら会場は蛍光灯の明りが燦々と降り注いでいたので、影の出方がもうひとつだった。

threeは、資生堂ギャラリーで開催される「第6回shiseido art egg」に入賞が決定したばかり。
http://www.shiseido.co.jp/gallery/artegg/result/result06.html
来年2012年1月6日(金)~29日(日)(21日間)資生堂ギャラリーでの個展開催では、どんなインスタレーションを見せるだろうか。

166 木彩 [GROW]

絵具が溶けだしそうな、具象と抽象の狭間を鮮やかな色彩と色の滲みで見せる。
悪くはないが、何かもうひとつ物足りない。

167 小林広恵 [公園をつれてかえる]

TWSで、よくあるケースだが3階を2人で使用する場合、奥の部屋を使う方は展示を頑張り過ぎてしまう傾向があるように思える。今回も、狭い空間に、8点~9点。サイズは大小混在させているが、[公園をつれてかえる]というタイトルにある通り、緑主体の作品ばかり。
緑も濃厚な草色だったので、余計に圧迫感が強く、公園いるような開放的だったり、のんびりした気分を味わうには至らなかった。

「名和晃平-シンセシス」 東京都現代美術館

シンセシス

「名和晃平-シンセシス」 東京都現代美術館 6月11日~8月28日
公式HP → http://www.mot-art-museum.jp/koheinawa/

名和さんは、私の短い美術鑑賞歴の中で、ここ数年追いかけて来た作家さんである。

エルメスギャラリーでの個展は、「Cell」をテーマにしっかりと空間にはまった展示を見せ、京都精華、京都造形とこまめに作品を追いかけていたら、名和さんは人気アーティストとしての評価をどんどん高め、2010年のバングラデシュビエンナーレでは最優秀賞を受賞。

今回は35歳の若さで、MOT地下1階フロアをすべて使用しての個展開催である。

公式サイトの展覧会概要から、幾つかキーとなるものを拾ってみた。

・流動的な素材・メディアを情報社会における感覚や思考のメタファーとして扱い、デジタルとアナログの間を揺れ動く身体と知覚、感性のリアリティを表現
・「映像の細胞PixCell=Pixel(画素)+Cell(細胞・器)」という概念を通して、感性と物質の交流の中から生じてくるイメージを追求
・私たちが、感性と物質を繋ぐインターフェイスである「表皮」の質を通して対象をリアルに感知・認識していることに注目し、その表現領域をさらに拡げつつある。


実のところ、この概要に書かれていること、そして1周目の後に受け取る作品解説を読んでも私には、どうもしっくりこない。身体と知覚、感性のリアリティって???

名和さんがこれまでやってきたことの総括であることは間違いないし、総括とはいえ全て新作なのはすごいが、寧ろ今回はそれらをいかに観客に見せるか「見せ方」にもっとも重点を置いていたと思う。

会場全体を真っ白に仕上げ、照明にも工夫を凝らす。
個人的に、その照明が成功していたかについては、賛同しかねるが、見せることへの頑張りは、冒頭に挙げた本展チラシや会場内で配布されている解説用大判チラシ(何と4種類もあるという)の印刷に対しても、アーティストとしての目配りが随所に感じられた。
1周目は解説なしに、作品には解説パネルもない。まずは自由に観てもらおうという意図。
2週目に、前述の解説チラシを受け取ってもう1度観る。
通常、展覧会は1周して終わりという観客が大半なので、アーティスト意図に乗っかれば、本展ではほとんどの入場者が2周はしている筈。

その意図は面白いのだが、では1周目と2週目で見方が変わったかと言えば、少なくとも私に関しては変化がなかった。

「BEADS」「SCUM」「PRISM」「LIQUID」「GLUE」「VILLUS」「MOVIE」などはお馴染みで楽しめる。
そんな中で、今回印象に残ったのは巨大作品群。
1周目の印象は、「とにかく大きい!」である。
特に近作「POLYGON」や「MANIFOLD」等の巨大化は顕著で、また名和さん自身の手作業が減少し、主宰されている工房:SANDWICH作へとシフトしているのも特徴と言える。

その大きさゆえに、これまでの作品とは異質で、更に言えば従来の美しさが失われ、安っぽさ、空っぽな感じを受けた。
国際展や、MOTの天井高のある空間を活かそうとした時、作品が肥大化していったのだろうか。

名和さんの手仕事的な作品と言えば、冒頭壁面にあったドローイング「CATALYST(触媒)」だろう。これは、グル―ガンを使用したドローイングで、支持体に対してグル―部分が盛り上がり、平面でありながら立体的な要素を持った作品。
名和さんのトークは何度か拝聴しており、その発言から、常に素材のテクスチャーを重視して作品制作をされてきたという認識が私にはある。
それを踏まえた時、「CATALYST(触媒)」や「LIQUID」「BEADS」などの思わず手を出して触りたくなるような触感への刺激が、新シリーズでは損なわれているように感じた。

「MANIFOLD(マニホールド)」、情報、物質、エネルギーをテーマにした巨大彫刻の部品(200以上のパーツのうち33個)で埋め尽くした吹き抜けの空間。
中央にあったのは、パーツを組み合わせた後の完成作だろうか。

その模型を垂直方向、水平方向、それぞれから撮影され、ゆっくりとしたカメラワークの映像が2つ上映されている。映像アイディアは、名和さんで、実際に撮影し完成させたのは、映像作家の宮永亮だろう(解説チラシに名前が出ていた)。
あの吹き抜け空間でもっとも手作業的なものを感じたのが、この映像だったし、ゆったりとした動きとモノクロ画像は美しかった。

コンセプチュアルを目指していることは間違いないが、どこか実際の作品との間に溝があるような、新作シリーズではとりわけそんな思いが強かった。作品を観た時の印象、感覚とコンセプトがつながらない。デジタル化されたデータを二次元化、三次元化して見せる手法は理解できるが、次に得られるはずの感覚が付いて来なかったのは残念。私だけかもしれないけれど。。。
それゆえ、作品を観て解説を読むとコンセプトだけが先走っているような、目の前の作品とコンセプトの結びつきが得られぬままとなってしまった。

MOTのチーフキュレーター長谷川祐子氏と名和晃平氏の対談「目に見えない脅威」が以下サイトにアップされている。
ここで、長谷川氏が名和さんのドローイングをもっと見たかったと発言されているのが興味深い。
http://fatale.honeyee.com/culture/feature/2011/koheinawa_yukohasegawa/contents.html

*8月17日 21:15大幅加筆修正

「杉本文楽 曾根崎心中」 神奈川芸術劇場

杉本文楽

「杉本文楽 木偶坊 入情 付り観音廻り 曾根崎心中」 KAAT神奈川芸術劇場 8月15日 17時~
公式サイト:http://sugimoto-bunraku.com/

文楽を一度も観たことがないくせに、「杉本文楽 曾根崎心中」に行ってしまった。
「木偶坊 入情 付り観音廻り」は、「でくのぼう、いりなさけ、つけたりかんのんめぐり」と読む。
文楽を観たことがない人でも楽しめる内容だったのは、曾根崎心中という心中ものが演目であったことも大きいと思う。
男女の刃傷沙汰は、古今東西相通ずるものがある。例えて言えばシェークスピアの「ロミオとジュリエット」が近松に先だって書いている。

「杉本文楽」は当初、3月に上演の予定が震災により中止。3月上演前に、青山ブックセンター本店で杉本博司さん、橋本麻里さんを聴き手に、公演にまつわる裏話や解説などの講演会にも参加していたので、やむを得ないこととはいえ、がっかりした。
チケット払い戻し再上演はないのかと諦めていたところ、今回の再上演が決定。
ただし、チケット代が3月の倍に跳ね上がっていたのはきつかった。
何とかA席のチケットを入手し本番に臨む。

人形の顔をアップにした映像と観音めぐりだけに、関西のお寺の名前の看板が順々に上映されていく。スクリーンは正面に大きいのがひとつ、左にひとつ。

文楽は元々人形をひとりの人形遣いが動かしていたことに端を発し、現在の3人遣いになったと、ブログ「Art and The City」のcatnoelさん(たまたま同じ回を観に来られていた)に教えていただく。
catnoelさんの青山ブックセンターでのトークまとめ → http://ameblo.jp/noel0901/entry-10987325260.html

1人遣いは冒頭の場面だけ、後は通常の3人遣いである。

奥行きのある長い花道から人形が少しずつ舞台前面に登場するかと思えば、せり上がりから天井スポットを浴びながら、登場したり、退場したり。
通常の文楽では観られない舞台装置や演出が随所に見られる。

また、杉本博司さん所蔵の「十一面観音」(平安時代)も舞台美術のひとつとして、役目を与えられ登場。
お初が観音像につつと寄り添う場面など、杉本演出が随所に見られる!
その後、いとうせいこう氏のtwitterでの呟きで、舞台装置として使われていた神社のお社も古美術品と知った。ということは、あれも杉本さん所蔵品。。。

こうした演出もさることながら、私の心を捉えたのは浄瑠璃語りの太夫の朗々とした場内に響き渡る声と三味線の音色。通常の文楽では三味線だけのようだが、今回は他の楽器も使用されていた。特に冒頭鳴っていたのは胡弓もまた忘れがたいが、これはさすがに初演ではなかっただろう。

今年に入って、能も一度観に行ったが、この時も謡に痺れた。
テレビで聴く謡と生で聴く謡や鼓の音の響き、この違いはあまりに大きかった。

今回も独特の節回しでまるで音楽のような浄瑠璃語りが、実に素晴らしい。

更に文楽と言えば、人間でなく人形が役を演じるのだが、小さな動きひとつひとつ、身をくねらせ、時にコミカルな演技を見せ、動きはかなり激しい時もあった。

クライマックスの心中シーンに入る前には、モノクロで松林の映像がゆっくりと背後のスクリーンン流れ、いかにも杉本さんらしい背景。
同時に本当の火を使用してひとだまを飛ばしていた。これは、歌舞伎ではよくあるらしいと翌日知った。
縦に横に上下にと空間をダイナミックに使用するのも通常文楽との大きな違い。
女性役の人形たちの着物にも注視。何度か衣装替えもある。実は、この着物には、エルメスのスカーフが使用されている!

最後の心中で短刀を取りだす場面、お初を刺し、自らの首に刃物を当てるその姿は、魂が宿っているようにも見え、人間以上にリアルに心中を再現していたのに驚く。

場内が暗転し舞台が終了した後、人形遣いの方、太夫、三味線の皆さん全員が顔出しで観客へご挨拶して下さった。
最後にせり上がりから登場された人形遣いの方は、両手を広げ観客の声援にこたえて下さった。
壇上に上がられた皆さん全員が、とても晴れやかで誇らしげで、かつ、舞台を楽しんでおられる様子が伝わってきたのが何より嬉しかった。

杉本氏の申し出に応じ、新しい試みにチャレンジされた文楽界の重鎮の方々のご英断に、心から敬意を表したい。

伝統芸能をそのまま継承していくことは勿論重要なことだと思うけれど、現代において文楽を継続して行くには、時に新しい試みも必要なのではないだろうか。時代に即して、素晴らしい舞台ができれのであれば、それはそれとして評価されるべきことだと思う。
勿論、古来からの文楽も継続していくことは大前提として必要だと思っている。
従来の文楽、新しい文楽の共存によって、新たな文楽ファンの増加、ひいては伝統芸能たる文楽の継承につながるのではないだろうか。

今回の公演は、海外、例えばニューヨークあたりで上演したら評判になりそう。
海外へ日本の伝統芸能を持っていく、そんな試みがあっても良いのにと勝手な妄想は膨らむのだった。

当日券も出るようなので、興味をもたれた方はぜひ、足を運ばれることをお薦めします。

再演を期待したいものです。
8月17日最新情報:9月25日21時~放送日程が変更になりました。10/16(日)22時~TV:NHKEテレにて、ETV特集「杉本文楽」(仮)で公演ドキュメンタリー番組がオンエアされるそうです。そういえば、昨日の公演にTVクルーが入るって貼紙があったのはそのせいか。録画必至ですね。

「ミン・ウォン:ライフ オブ イミテーション」 原美術館

ミン・オォン

「ミン・ウォン:ライフ オブ イミテーション」 原美術館 6月25日~8月28日

「ライフ オブ イミテーション」展は、タン フー クエン(キュレーター)が企画し、第53回ヴェネチアビエンナーレ(2009年)のシンガポール館で展観された世界巡回展です。

展覧会は大きく2部構成と考えて良いだろう。
エントランスとギャラリー1、1階廊下では、シンガポール映画黄金時代とそこに遺された豊富な映画遺産を回顧する。
1階の<CINEMA 1>と2階の<CINEMA 2><CINEMA 3>では、ミン ウォン制作の映像インスタレーションが展開されている。

全体を観終わると、映画を心から愛する気持ちと映画を使って、シンガポールという他民族国家、そしてそれゆえ生じる文化の複雑さやアイデンティティなど含意が上手く盛り込む手法。トリッキーなその映像は、同じ場面を何度見返しても、作家の意図を見逃している気がしてならない。

まず、シンガポール映画黄金時代への回顧。
ここで一番印象に残ったのは、シャーマン オンのドキュメンタリー3本。
映画資料コレクターのインタビューでは、「チケットをすべて残しておく、そのチケットを見るたびに観た映画を思い出すと語る。」。この人の映画への愛ゆえに、貴重なパンフレットやチケット、当時の映画館の様子を知ることができる。

映像として秀逸だったのは「チケット販売員」2009年(3分26秒)。
最初、このビデオはフィクションだと思った。それ程までに、でき過ぎたシチュエーションと語り。
女優を目指している若い女性が選んだアルバイトは映画のチケット販売員。女優にはなかなかなれないけれど、チケット販売員なら、映画もたまに無料で観られ、何より人間観察できるのが面白いという。
今では、チケットを買いに来るお客がどの映画を観るかまで、分かるようになったと語る。

3分半とは思えない内容で、このまま本編に続きそうな題材だった。

展示されている資料に添えられた英文には、1942年から日本に占領され、シンガポールの映画館でも映画上映が制約され、プロパガンダ映画の上映へと移行。しかし、そんな状況下であっても、戦後、小津安二郎や溝口健二が、シンガポールの映画制作者たちに与えた影響もあるという。

もうひとつの資料では、1950年代のシンガポール映画黄金期にあった映画館の名前や写真、そして最初と最後に上映された映画名など事細かな資料を展示、それらの多くは現在残っていない。1965年の独立後、画気に満ちた映画業界は崩壊し、次々と映画館は閉鎖に追い込まれた。
シンガポールの状況と日本の状況は重なる所が大きい。
日本においても1960年代をピークに観客は減少、現在に至るまで、映画館は徐々に大型シネコンプレックスへと移行し、かつてのキネマ的小規模映画館の存在は貴重になっている。

ミン ウォンが制作した映画看板も1階展示室と2階の階段踊り場に展示されている、これらもシンガポールだけでなく、かつて日本にも存在していたことは言うまでもない。


次に、ミン ウォンの映像インスタレーション3つ。
一番印象深かったのは、「ライフ オブ イミテーション」2009年 13分
この映画は、人種的アイデンティティの問題をとりあげたダグラス サークの「イミテーション オブ ライフ」1959年というハリウッド制作のメロドラマをモチーフに展開。この映画を選択している点にも注目すべき。

ミン ウォンは、登場人物の黒人の母親と混血の娘サラ ジェーンを、中国系、マレー系、インド系から3名の男性俳優を選び代わる代わる映像の中で演じさせている。

シンガポールに私は何度か行っているが、中国系、マレー系、インド系民族が見事に混在している国。
あの中にいると、日本人である自分も外国人なのに外国人という意識がなくなるような、人種としての違和感が欧米諸国や同じアジアでも単一民族国家よりも少なかったのが記憶に残っている。

映像の中で、場面が切り替わるたびに、役者も入れ替わり、あれあれあれ?といった感じ。
また、この映像は斜めに相対する2つのスクリーンで上映。各スクリーンの前には、それと同じ大きさの鏡が置かれている。
恐らく、部屋の中央あたりで鏡を覗くのが、一番良い鑑賞方法なのではないか。
鏡を観ると、同時に2つのスクリーンの映像を観ることが可能。
2つは同期しているが、わずかにズレがある。更に、2つの映像の同じシーンが流れる時、それぞれで演じている役者は異なる。
3人×2組という理解は正しいか?

この作品だけでも、何度見直したことか。。。多分6回いや7回は観たと思う。
ちなみに字幕も1つが英語の時、もう一つはスペイン語字幕が流れ、画面の台詞はどちらも英語。
中国系、マレー系、インド系の役者も皆、英語を話す。

そして、女性を演じるのがすべて男性俳優というのもひっかかる。

人種的アイデンティティや言語の問題だけでなく、性差についても意識しているのだろう。そして、ここでミン ウォンが伝えたかったのは何であったのか。シンガポールという他民族国家についての問題提起か、はたまた民族や性差を超えた融合なのか。


もう1つの2階で上映されている映像「イン ラヴ フォー ザ ムード」2009年 4分(トップチラシ画像)でも、白人女優が、元ネタの香港映画「花様年華」のマギー・チャンとトニー・レオンの役両方を演じているのは興味深い。

「イン ラヴ フォー ザ ムード」での台詞は広東語。
母国語を英語とする女優が、画面外にいるミン ウォンの広東語の台詞に続いて、同じ広東語で話す。

ここでは、3つのモニタースクリーン3面で映像を上映。
同じ場面にも関わらず、その表情や台詞まわし、詰まって笑い出す場所も異なる。


1階の「フォーマレーストーリーズ」2005年 25分。*スクリーン4面?に異なる映像がループ上映されている。
ここでは、ミン ウォン自身が16人ものキャラクターを演じている。同じシーンが3回ずつ繰り返されるのは、2階の「イン ラヴ フォー ザ ムード」に共通する所がある。

演技とは果たして非日常的行為だろうか?
存外、日常においても私たちは知らず知らずのうちに演技してはいまいか。更に、演技とアイデンティティの喪失に関係はあるのか。

まだまだ、宿題を出されてなかなかできない子供のような状態なので、こんな拙い感想しか書けないのが残念。

ミンオォンの自国の映画文化に対する強い愛情と含意に満ちた忘れられない展覧会だった。

「空海と密教美術展」 東京国立博物館

密教美術

「空海と密教美術展」 東京国立博物館 7月20日~9月25日
展覧会公式サイト:http://kukai2011.jp/

「空海と密教美術」あまりにも、壮大かつ広範なテーマ、更には重要な出品作品が目白押しなのでまとめるのに困っている。展示替えも多いため、全作品を観るには4~5回行く必要がありそうだがさすがに無理。

仏像は、全期間展示なので書や密教法具や曼荼羅をはじめとした仏画などに関心がなければ、1度行けば良いかもしれない。
展覧会構成は以下4章で、第1会場は第1章・第2章、第2会場は第3章・第4章。

第1章 空海-日本密教の祖
第2章 入唐求法-密教受法と唐文化の吸収
第3章 密教胎動-神護寺・高野山・東寺
第4章 法灯-受け継がれる空海の息吹 
章外  仏像曼荼羅

特に仏像は第2会場にほぼ集中している。いよいよ混雑して来たら、第2会場から見ていくのもよし。金曜夜間開館で18過ぎに入館したが、その時混みあっていた第1会場も19時過ぎにはガラガラになっていた。逆に第2会場、特に最後にある仏像曼荼羅コーナーは混んでくる。

見どころとしては大きく3つで考えてみた。

1.仏像 

今回は、思っていた以上に、仏像がとても多く出陳されていた。
仏像で立体曼荼羅を表現しようとしたのは京都・東寺講堂だが、本会場ではうち8体を展示。本展の一番人気はこのコーナーで、やはり仏像というのは人々に分かりやすく、受け入れやすいと感じる。

東寺からは他にも第二章「兜跋毘沙門天立像」などが出陳されているが、注目すべきはそれ以外の寺社からの出陳仏像。東寺は京都駅にも近く行けるが、それ以外のお寺はなかなか厳しい。
金剛峯寺「大日如来坐像」(密教と言えば、やはり大日如来!)、大阪獅子窟寺「薬師如来坐像」、神護寺「蓮華虚空菩薩坐像」「業用虚空菩薩坐像」、香川・聖通寺「千手観音菩薩立像」どれも魅力的な仏像ばかり。

勿論、普段は暗い堂内で一方向もしくは横あたりからしか見られない仏像を、ぐるりと背後に回って見られるのも博物館ならでは。
個人的には、元々女神像が好きなので東寺「女神坐像」、醍醐寺と東寺のそれぞれ「大威徳明王像」の牛の表現に注目、立っている水牛の素朴な表現は唐からの伝来か。東寺の牛のお尻のでっぷりとした大きさは必見だと思う。これを最後にこの後ろからの姿を見られないのは残念。
また、特に東寺の仏像では邪鬼またはシバ神とその妻が踏みつけにされている表現も面白い。

仁和寺「阿弥陀如来立像」および「両脇侍像」、「増長天立像」、後者は小像ながら、正面衣の中央下部に赤色の彩色が残る。

唐時代の作風を残す東寺観智院「崩壊虚空菩薩坐像」「蓮華虚空菩薩坐像」は、他の国内で平安時代に制作されたものとは明らかに異なる。扁平でうすい体躯と面貌。この素朴な表現は好み。

仏像曼荼羅では前述の通り、牛ばかりに目が行ったが、美丈夫の「帝釈天騎象像」より「梵天坐像」の厚い胸板と張りのある腰や背中、そして崇高な精神性を感じる面貌に惹かれた。頂上にある小像や手荷物法具の存在も見逃せない。
不動明王坐像も・・・きりがないのでやめます。

2.空海の書

全長約12mの「聾瞽指帰(ろうこしいき)」(下巻は10.26m)をはじめ、現存する空海直筆の書5件を各巻頭から巻末まで展示。それぞれの書体や書風の違いを観る絶好の機会。特に巻頭から巻末まで展示される機会はめったとない、更に言えば12mの聾瞽指帰(ろうこしいき)」は、特に展示が困難で、は巻頭、巻末までの間に書体の変化も楽しめる、空海の書の美しさを堪能できる。

解説パネルにも記載されていたが、自分も含め「書」に馴染みのない場合に、楽しむコツは好きな文字を探すことだと思う。私は、自分の名前で使われている字を探す。その次に、こんな風な文字が書けたらなぁという文字を探していく。墨色や、行書、草書であれば文字の繋ぎ方もまた楽しみ方のひとつ。

「灌頂歴名」は、一見すると空海筆?なのと思うような筆跡。少し雑な感じを受けるが、用途に応じて書体も使い分けたのか。先日、NHKのBSハイビジョンで書家の石川九揚氏が、本展出陳品を基本に空海の書を紹介、解説する番組があったが、少ししか観られなかったのは残念。オンデマンドで観られるのだろうか。

<展示期間>
国宝「聾瞽指帰」 展示期間:上巻 7月20日~8月21日 下巻 8月23日~9月25日
国宝「灌頂歴名」 展示期間:7月20日~8月21日
国宝「風信帖」 展示期間:8月23日~9月25日
国宝「大日経開題」 展示期間:7月20日~8月21日
国宝「金剛般若経開題残巻」 展示期間:8月23日~9月25日

3.曼荼羅

日本最古の神護寺「高雄曼荼羅」(8月15日迄)、金剛峯寺「血曼荼羅」(8月16日~)と曼荼羅の名品中の名品が並ぶ。かつて、当麻曼荼羅のあまりの大きさに驚愕したが、「高雄曼荼羅」もひけをとらない。

残念なことに、劣化が著しく金銀泥の描線を肉眼視するのはかなり厳しい。ここは単眼鏡でもないと、真ん中より上方はまず視えないと思う。そのため、隣に映像解説が流れているが、本物を横にして映像を観るのはちょっと悲しい。

「血曼荼羅」は、本展に先だって印刷博物館で開催された「空海のおくりもの」展関連で、バーチャルシアター内で高精細映像を拝見。それを観る限り、非常に素晴らしかったのですが、公式サイトや芸術新潮を観ても画像の掲載がない。。。

平清盛が根本大塔を再建するのにあたり、金堂に掲げる、たいへん大きな両部曼荼羅をも寄進。その制作過程において 、胎蔵界曼荼羅の中尊に、清盛自らの頭の血を絵具に混ぜて描かせたと、『平家物語』に記されて、その曼荼羅は「血曼荼羅」と 呼ばれることになったと言います。

件の「胎蔵界曼荼羅」は、9月6日~9月25日までの展示に変更となりました。 →展示中のミスで皺が寄ったとかで予定が変更され「金剛界曼荼羅」が8/16~9/4まで出展されています。

状態の良い曼荼羅としては、東寺「西院曼荼羅」も外せません。サイズも大きくなく、しっかり描かれている菩薩や如来の姿を肉眼視できます。


大きく3つとしてしまったものの、他にも空海伝来の仏龕や三鈷杵に見られる彫金や彫りの技の美など、見逃せないものばかり。

ただ、全体を通じて見た時に、空海ってどんな人物で何をなしたのかが、頭に入って来ず。これは私自身の理解力の無さ故だろうと思う。他に、2度目に行った時には目立たなくなっていたが、仏像の照明のちらつきや演出がちょっと過剰ではと感じたが、これも慣れてしまった。チラチラは、蝋燭で観ても起きる現象と思えば良いのだし。

既に平日でも11時前後はもっとも混雑タイムとの噂もあり、個人的なお薦めは、明日15日の閉館1時間前、明日に限らず基本的に閉館1時間前は狙い目かなと思います。
会期末には更なる混雑が予想されますので、行かれる方はお早めに。

「山本基 しろきもりへ-現世の杜・常世の杜-」 箱根彫刻の森美術館 はじめての美術館88

山本基

「山本基 しろきもりへ-現世の杜・常世の杜-」 箱根彫刻の森美術館 7月30日~2012年3月11日
展覧会HP→http://www.hakone-oam.or.jp/yamamoto_motoi/

山本基さんの作品を初めて接したのは、2004年の金沢21世紀美術館開館記念展。
床に広がる白の網目が美しくてはかなくて、それがお塩で作られていると聞いて驚いた。
その後しばらく、山本さんの作品を国内で観る機会がなかったが、2009年の金沢21世紀美術家、そして昨年のMOTアニュアル、京都のeN-artsギャラリーでの個展、そして今回とグループ展、個展が続いている。

箱根彫刻の森美術館での本展は、恐らく私がこれまで観た中で一番その力をフルに見せてくれたと思う。
当初会期は4月16日~9月4日の予定だったが、震災により開催が遅れ、7月30日からの開催となった。

私はオープニング初日の土曜日、アーティストトークを狙って出かけた。
箱根の森美術館は今回初めて訪れたが、広大な敷地の中、野外彫刻を楽しめるとともに、本展が開催されている本館の他、ピカソ館、マンズールームなど見どころが沢山。1日のんびりするのも良いと思う。

さて、本題に戻る。
本館ギャラリーは、1階展示場、中2階展示場、2階展示場と3つのスペースに分かれている。
受付は、中2階レベルにあるため、最初の1階展示場に行くために階段を下る。そして、中2階、2階と階段を少しずつ上がっていく。こうした展示室の特性をうまくいかしたのが、今回の展示だろう。
少し下って、上がって、上がって行く、これを中国の故事「登竜門」に見立てた。

1階展示場:現世(うつしよ)の杜
ここは、塩でできた枯山水。岩のかわりに、チベットやパキスタンの岩塩の塊を使用している。粒が粗い塩が白砂かわり。
「鑑賞の手引き」によれば、岩塩が登竜門の瀧のぼりをする鯉らしい。
アーティストトークでのお話では、庭師をされている友人の方にお手伝いを頼んだとのことだが、その出来栄えはまさに枯山水そのもの。

中2階展示場:魔展(まてん)の杜
ここでは、漬物などで使用する粗塩を焼き固めて、直方体のブロックを作る。この塩ブロックを約1000個!使用したお塩の量は3.5トン、によって天井まで届くばかりの塔を作り上げた。
塔高、3m60㎝。
周囲の小石のようなものは、お塩ではなく、お塩が溶けだすのを防ぐための本物の白石。建物を防ぐにはこうした塩止めが必須アイテムなんだそうです。

塩ブロックでできた塔は、これまで高さのない平面への広がりを見せている作品の印象が強かったので、とても新鮮だった。

この部屋には、他にドローイングの小品や写真も展示されている。
いずれも、輪廻、生死の循環を意図した作品。何かに似ていると思ったら「陰陽魚太極図」に似ている。陰陽魚、第1展示室の鯉が、ここでは陰陽魚へと転じたか。

2階展示場。
私がこれまで観た中では、最大級クラスの波打ち際に似た模様を創り出している。
これはもう神技レベル。
ここでは、サラサラの精製塩を油さしで使うプラスチック容器に入れて、少しずつ塩を絞り出していく。使用した塩の量は200キロ。
制作風景は、You Tubeでアップされています。(上記公式サイトよりご覧いただけます。)

MOTアニュアルもそうでしたが、見はらし台が用意されており、上から俯瞰して見ることができます。
上から見た時の感動といったら。
分かっていながらも、美しい光景が広がっていました。

塩は海水から採取できます。
そして、本展終了後、使用されたお塩は海に戻されます。
塩は生まれ、再び還っていく。

作品コンセプトが生死の循環であるならば、使用されている材料もコンセプトそのものを象徴しているのです。

8月11日(木)の日本経済新聞朝刊の最終面に、山本基さんのインタビューが掲載されていました。
山本さんは、妹さんの脳腫瘍による死がきっかけで、お塩によるインスタレーションを開始。
お清めの塩、そして、私が最初に金沢で観たような、網上の模様は、脳をイメージした形態だった、つまり妹さんの辛い死の記憶を昇華しようとされたと言っても良いだろうか。

海にお塩を還すプロジェクトはまだ数年前に始められたようですが、作品を壊すことへの辛さが薄らいだと記事にも書かれていました。


アーティストトークでは、震災前後で何か変化があったか?という問いに対し、
「特に、今回の作品についての変化はない。展示プランは震災前に決まっていた。」
「制作過程では、継続している余震もだが、寧ろ長く続いた雨や台風の方が厳しかった。塩は湿気に弱いので。制作している中で、限られた予算で準備した塩の量が不足しないかどうかが、気になった。」と山本さん。

作品を通して、死生観を見つめ、しばし自身と対峙するきっかけになりました。

<関連イベント>
*アーティスト・トークは
2011年11月19日(土)、2012年3月10日(土)13時半~1時間 本館ギャラリー
*作家と来館者による“海に還る・プロジェクト”
2012年3月11日(日)15:00―(本館ギャラリー2階) 

「もてなす悦び展」 三菱一号館美術館

もてなす

「もてなす悦び―ジャポニスムのうつわで愉しむお茶会」展 三菱一号館美術館 6月14日~8月21日
http://mimt.jp/omotenashi/

トップ画像はイマイチですが、このチラシのセンスは素晴らしいです。
なんというか、美味しそうな感じで、器たちがお菓子やデザートに見えてしまうのは私だけでしょうか。

ということで、会期末まであと少し「もてなす悦び展」へ行って来ました。

タイトルの付け方がまた絶妙ですが、「ジャポニスム」をおもてなしという視点から見直してみようという趣旨。
正式には、
「ジャポニスム旋風の中、イギリスやアメリカ合衆国などで創り出された美しい日常的な品々―陶磁器や銀器、ガラス作品や服飾品―が、どのようにして人々の暮らしに深く入り込み、人生を豊かに彩っていったかを探ろうとする試みです。」

で、ジャポニスムについての詳細はWikipedianに詳しいのでそちらをご参照ください。→こちら

ジャポニスムと言えば、ガレやティファニーなどのガラス器やロイヤルコペンハーゲン社、ミントン社など西洋磁器メーカーの宝石のように美しい陶磁器やカトラリーセット、銀製品などが次々に展開されます。

正直言って、私は西洋のジャポニスムデザイン、特にやきものや立体は好みからはずれます。
時に、それらはグロテスクに見え、やはりやきものは唐津か朝鮮白磁か高麗青磁だよな~と思ってしまう輩です。

今回、蟹がお皿の右上にくっついた作品が3つほど展示されていましたが、あれは宮川香山の真葛焼のパクリでしょうか。発想があまりに似すぎていて、更にジャポニスムと宮川香山の活躍期は重なっています。
伊万里の写しもう~ん、過剰にデコラティブ過ぎてどうも受け入れがたい。。。

小さな小さなカップ&ソーサーも良かったかな。

個人的には陶磁器、ガラス器より、紙ものの展示の方に萌えました。
・.『浮世絵・絵本展図録』1890年
・ジークフリート・ビング編『芸術の日本』1881-91年 で観る浮世絵
・シャルル=ルイ・ウダール《蛙》1894年、アクアチント
・カミーユ・マルタン『レスタンプ・オリジナル』第2年次の表紙1894年、リトグラフ
などなど、最後に登場する「波」の木版画など、今回のベスト。

それにしても、公式サイトも実にデザインに凝っていて、かつ見やすい。
そして、さすが三菱一号館美術館、展覧会構成はしっかりと丁寧に見せてくれます。
展覧会に行けない方でも、せめて公式サイトで展覧会の雰囲気を味わうのも良さそうです。

「百獣の楽園」 京都国立博物館

百獣の楽園

「百獣の楽園-美術にすむ動物たち-」 京都国立博物館 7月16日(土)~8月28日(日)
http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/index.html

この夏、古美術系展覧会で一番のオススメ展覧会はこれ!
これほど、楽しい古美術系の展覧会には、なかなかお目にかかれません。
楽しいだけではなく、そこは京博。しっかりとさりげなく、名品・珍品を約120点も揃えてくれています。

仏教美術、絵画、陶芸、工芸、染織、彫刻と時代も幅広く古代から近代の作品を通して、美術にすむ動物たちを展観するものです。

本展は、明治36年(1903年)開館の京都市動物園と明治30年開館の京都国立博物館とが1連携して開催する初の展覧会です。会期中は、京都市動物園で幾つかの作品の写真パネルが本物の動物のそばに並べられたり、作品に表現されている動物の判別や生態についての情報提供などの交流を行っているそうです。

展示は時代や表現の違いが浮かび上がる、そして何より自由に楽しみながら美術に親しめるだろうという意図のもと、動物の種類ごとに作品が並んでいます。

第1室 体の大きな人気者 象、駱駝
第2室 猿
第3室 犬
第4室 虫
第5室 馬と鹿
中央室 禽(とり)
第6室 猛獣の間 虎と豹
第7室 狐と狸 擬人化
第8室 大集合 これまで見て来た動物たちのおさらい
第9室 鱗介(魚介類と、蛇と亀)
第10室 霊獣(龍や麒麟、鳳凰)

特に気に入った作品を各種類ごとにひとつ展示室順に選んでみました。とはいえ、展示作品はどれもこれも皆、素晴らしいものばかりです。選んだ作品は苦慮の末ということでご参考まで。

第1室
象:「色絵象香炉」 有田焼 個人蔵 犬のような象。解説には「伏せ」ていると完全に犬扱い。ユニークな逸品。
駱駝:「五百羅漢図」 丁雲鵬・盛茂筆 明時代 仁和寺
春の江戸博「狩野一信 五百羅漢」展の興奮もさめやらぬまま、お隣の中国明時代の五百羅漢図も羅漢はフィーバー中。ここでは、手前下で1人の羅漢が駱駝に乗ってとことこと。どこへ行くのだろう。
他の羅漢も皆楽しそうにくつろいでいる。元々24幅揃いの一幅。

第2室
猿:「巌樹遊猿図屏風」 式部輝忠筆 6曲1双 室町時代 京博蔵
式部輝忠は室町時代に活躍した水墨画家。私は式部が好きで、作品が出ると聞けば、なるべく行こうと思っている。故事を画題にしているが、左右の構図が良い。手足の長い猿の図様は、雪村、等伯にも共通するが、中国絵画の影響だろう。
この他、伊藤若冲のちょっといじわるそうな顔の猿が忘れられない「猿蟹図」、「群猿透鍔」は、一体どれだけ猿がいるやらと、刀の鍔びっしりと猿が絡み合う。

第3室
犬:「嵯峨人形 犬」京博蔵
若冲の「百犬図」をさしおいて、私の選ぶこの一品「犬部門」は嵯峨人形。かつて、ビクターのトレードマークだった犬を彷彿とさせるポーズに顔。これが首を回すと尾が動くからくり仕掛けというから驚き。
体に施された図柄も丁寧な仕事。
ウサギ:「銀製兎型水滴」霊鑑寺 赤目の銀製兎の置物のような水滴。右耳から水をたらすなど愛いやつ。
リス:式部輝忠「葡萄に栗鼠図扇面」
猫:「惺々狂斎画帖」 河鍋暁斎筆 化け猫のパンチ強すぎ。

第4室
虫:「夕顔蒔絵象嵌料紙・硯箱」 笠翁銘 個人蔵
意匠が派手で、やや盛り込み過ぎの感があるが、貝、べっ甲などの細工が実に美しい。江戸から明治にかけての作品。
雪村の「菊竹蟷螂図」個人蔵の水墨は初見。セミを追うカマキリはどこか優雅。焦りはみえない。

第5室 
馬:「野馬図屏風」与謝蕪村筆 6曲1双 京博蔵
蕪村48歳の作品。特に樹木に中国渡来の北宋風の表現が見られる。絖本であることも見逃せない。
鹿:応挙「双鹿図屏風」「と蘆雪「楓鹿図屏風」の子弟対決。ここでは、愛らしい応挙を選びたい。正面向きの鹿がかわいらしすぎる。

中央室
とり:ここはもうスーパースター級作品が勢ぞろいしていて、とても一つには選べない。
狩野元信「四季花鳥図」 京都・大仙院 博物図譜のような詳細さ。一体何種類の鳥が描かれているやら。
狩野永徳:「花鳥図押絵貼屏風」個人蔵 永徳展開催後に発見されたらしい、永徳20歳頃の作品。画面はかたいが、きっちりと良い仕事をしている。
この2点見られただけで充分な満足感に浸れる。
そのわきで、じっと「孔雀明王像」京都:安楽寿院が、きょとんとした孔雀に乗ってこちらを見つめる。
もちろん、鳥と言えば鶏の若冲でしょう。「群鶏図障壁画」はもちろん、時代はさかのぼり伊勢集断簡(石山切)」の美しいことと言ったら。

第6室 
虎と豹:「虎図」長澤蘆雪 個人蔵 蘆雪の虎と言えば、和歌山のあの犬のような虎が忘れられないが、こちらは、本気出してる虎図。下書きの線が見られないという。一気呵成に描いてこれですか。。。素晴らしい。
朝鮮または中国の影響が濃く出ている「虎図屏風」単庵智伝画あるかと思えば、昭和35年の工芸、加藤宗巌作「銀製豹」の洗練されたデザインと斬新さ。何より、表面に施された鋳目が何とも良い味わいを出している。

第7室
狐と猿:北斎「狐狸図」2幅1対。北斎肉筆画。

第8室
大集合:「星曼荼羅」大阪・久米田寺 この曼荼羅は衝撃的だった。十二宮が勢ぞろい。確か先日イスラエルのガリラヤ地区のモザイクにも同じく十二宮のモチーフが使用されていた。明らかに西から、東へ伝わってきた画像だろう。
「童子経曼荼羅」智積院もユーモラスな曼荼羅。鬼を動物化して表現している。人々への布教のしやすさを狙ったのだろうか。

第9室
最後の最後に登場してくる応挙「雲竜図屏風」6曲1双のド迫力。個人蔵だそうですが、これはすごかった。
他にも雪村「琴高仙人図」やら赤目の富岡鉄斎「龍図」他もあるが、群を抜いていた。

第10室 
霊獣:「斗牛服」妙法院 迷った末にこれを。明王朝から下賜された宮廷服。この龍に似るが、牛のような角をもつ。

今回は、いつもはおかたい解説も、かなり遊び心が強くて面白い。
特に、元信作品の解説「とくに松の幹に止る鳥たちに踏みつけられた、哀れな虫の存在は必見!!」らしい。
「必見!!」なんて初めて見た。

とにかく、親子で一緒に行っても楽しめること請け合いです。
ひとりで行っても美術館で動物たちがお待ちしてます。

なお、展覧会図録は驚きの800円!オールカラー184ページで、作品解説は日本語・英語併記。海外からの来客でもこれなら大丈夫。スルット関西の特別きっぷ提示や京博友の会員なら、更に10%の割引が。
どうやら、京博の協賛企業である佐川印刷株式会社さんのご尽力により実現した価額らしい。
B5サイズでそれ程場所も取らないので、やっぱり買ってしまいました。

時代や表現方法の幅を超えて、動物と人間は共存していたんだなとつくづく感じました。

堂島リバービエンナーレ2011 「Ecosophia-アートと建築」 堂島リバーフォーラム

堂島


堂島リバービエンナーレ2011「Ecosophia-アートと建築」 堂島リバーフォーラム 7月23日~8月21日
公式サイト → http://www.dojimariver.com/topics/biennale2011.html

2009年に始まった堂島リバービエンナーレ2009「リフレクション:アートに見る世界の今」に続き、2回目となる今回は、飯田誉世氏をディレクターに迎え 「ECOSOPHIA(エコソフィア-アートと建築)」と題した展示を行っている。
ちなみに、第1回目のディレクターは、森美術館館長の南條史生氏で金融危機や地域紛争、貧困問題など、社会の諸相を提起する映像作品を中心とした内容でした。

私は1回目も観ているのですが、記事にはあげていません。記憶の中での前回は、とにかく映像が多かったのでとても2時間やそこらで全作品を見切れない状況の中、確かに重いテーマの作品が多く圧倒された記憶が残っています。

今回は、「これからの地球のあり方を、建築とアートというテーマのもとに自然環境、社会環境、人間の心理の3方向から考察する場とし、地圏、水圏、気圏という領域で未来に向けての地球のヴィジョン、新たな自然観、世界像を指し示す空間を会場全体で見せていきます。」(公式サイトからの引用)というもの。


まず、受付で会場配置図、作品リストとともに手渡されるのが「Ecosophia」と名付けられた香りを染み込ませた紙カード。
ほんのりとした香に包まれながら、会場に入ると、照明を落とした暗めの会場内に静かな音楽が流れているのが聴こえて来ます。
これは、坂本龍一さんによる新曲「ECOSOPHY」2011年。本展のために作られた曲です。
とここまでは良かった。香にも好き嫌いはあるので、この時点で駄目~と思った方もいるかもしれません。

展示スペースは、1階のメインフロア中心で、細かく展示室内が区切られてはおらず、地圏、水圏、気圏の3領域に境界はありません。そのため、どの作品が、地圏、水圏、気圏なのか、観てすぐに分かるものもありますが、天井からぶら下がっているキャプションや会場レイアウト図を観ないと分からない作品の方が多かった。

全体の印象としては、なんだか中途半端な感じが残りました。
テーマと展示されている作品のバランスが、うまく取れていないと感じたからでしょうか。

個々の作品単位で観ていけば、面白いものもありますが、例えば、青山悟さんの「Roses 1/6」は、今年ミヅマアートギャラリーで開催された個展で発表された作品と同じ。そして、これがなぜか「気圏」にありました。
マーティン・クリード「The lights going and off(Work No.227)」2000年も同じく「気圏」。
この作品は、別会場の1室で電球が一定間隔で点いたり消えたりするものですが、この作品で建築とアート?地球のビジョン?

テーマとして掲げた内容が壮大過ぎて、作品がそれに付いて行けていないような。
この傾向は、本展だけでなく、最近拝見する展覧会や芸術祭でもありがちな傾向。

アートと建築の融合を見せたいのか、地球規模の自然観を見せたいのか、どちらに転んでも中途半端で伝えきれていない。いっそ、もっとシンプルなテーマで掘り下げて行った方が良かったように思います。

そんな中で、やっぱりすごいと思ったのは、アニッシュ・カプーア。
彼は、38個もの作品模型を展示。模型でありながら、その全ては実現されたプロジェクトなり作品です。
彼の作り出す造形は、彫刻でもなく、立体という言葉も似つかわしくない。
模型を眺めつつ、非常に建築的であると、そしてカプーアの作品こそ、「アートと建築」というテーマに最も相応かったと、今更ながら思います。
カプーアと坂本龍一氏の音楽は3つのカテゴリー「地圏」「水圏」「気圏」いずれにも属していません。


建築という要素は抜きにして、「地圏」にあった安部典子さんの作品はキャプションを見ずとも、すぐに「地圏」と分かります。元々、安部さんが参加されると知った時から、「地圏」だろうと推測していました。

今回は、震災当日の新聞を利用した新作≪Cutting Book Series:A study of ecosophia≫や≪A Piece of Flat Globe 2011 "Nippon"≫2011年で、中でも忘れられないのが、真っ赤な球体でした。あの球体は何を表現したものなのだろう。私には、地下を流れるマグマの塊のようなものに見えたのです。

これについて、安部さんは、「クリエイションの原形のような、感じでしょうか。地震当日アメリカにいて、日本という「国を思った心境が発端だったりします。」とtwitter上で私の問いかけに答えて下さいました。
震災の日、安部さんはNYに滞在中。
遠く離れた大震災のニュースを受けた時の気持ちをから、イメージを膨らませ視覚化したものだったと。
雑誌から、キーワードになるような単語をひとつひとつ切り抜く。
安部さんの紙や本を使った作品は、以前から地層のように見え、そしてなおかつ美しく、時に発せられるものは強い。

杉本博司さんと永山祐子さんのコラボ、ここは、杉本さんの「海景」シリーズの映像がメインなのですが、永山さんはどうからんでいたのか。映像のためのスクリーンがその仕事だったのでしょうか。
これは、言うまでもなく「水圏」。
同じく「水圏」では、チームラボと柳原照弘さんによるアニメーションのジオラマ。
先日TVを観ていたら、この映像がNHKで流れていた、チームラボが取材されていたので驚きました。
温暖化による海面上昇で、どんどん陸が見えなくなっていく様をアニメーションを使って琳派風に見せています。

池田剛介さんと建築家の原口啓×三木警悟さんの作品は、昨年いや現在も話題になったある美術館を思い出さずにはいられません。そして、それと比較すると雫の動きが不足している。

建築家とアーティストのコラボレーションは、本展に限って言えば、特に建築側の仕事が表面に出て来ていなかった。
建築家単独では、磯崎新の都市計画らしき模型が展示されていましたが、ちょっとピンと来ない。
磯崎氏はオープニングも急遽、風水の方角が良くないと欠席されたそうですが、風水の方角って予め分かっているんではないのでしょうか。
磯崎氏と前述のカプーア作品が、同時に同じ展示室で見られるというのは、確かに稀有な機会かもしれません。
更に両者は、先日ルツェルン・フェスティバルのための移動式コンサートホール「ARK NOVA」計画が発表されたばかりです。
詳細 → http://www.ark-nova.com/
屋根のデザインをカプーアが担当したそうですが、いかにも彼らしい。
38個の模型を再度見返したくなります。

隈研吾さんと森万里子さんの作品は「ホワイトホール」2011年で、特殊素材で作られたモンゴルのパオ風構造体の天井に森万里子の白い光が蠢く。
悪い夢を観そうな。。。個人的にはあまりピンと来ませんでした。

大庭大介さんの作品は、「地圏」ですが、薄暗い会場の照明にキラキラと輝いていました。ここに至ると「地圏」だろうがどうでも良くなってくるような。


ということで、同じく「アートと建築」を軸に開催される次回のあいちトリエンナーレ2013に、やや不安を覚えました。とはいえ建築ご専門の五十嵐太郎芸術監督のこと、必ず素晴らしいものを見せて下さると信じています。

「今 美術の力で-被災地美術館所蔵作品から」 東京藝術大学美術館

「今 美術の力で-被災地美術館所蔵作品から」 東京藝術大学美術館 8月2日~8月21日迄
午前10時―午後5時(入館は午後4時30分まで)月曜休館
観覧料: 無料 ∗会期中、募金箱を設置します。その寄付金は公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団を通じて被災地域の文化財の救援と修理・保存に活用致します
公式URL→ http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2011/hisaichi/hisaichi_ja.htm

震災の被災地にある以下の9機関それぞれの立場から、所蔵品より本展出品作を選び、一つの会場に結集することで、厳しい現状を乗り越えるエネルギーとしたいとの願いから企画された展覧会です。
作品だけでなく、各館の方から、2011年3月11日の震災時の様子や現在の状況や震災後の思いについて記載されたパネルも用意されており、各館の厳しい現況や被害状況が伝わって来ます。
数多い所蔵品の中から選ばれた作品にも、館や所蔵品を守り、運営に当たられている皆様の気持ちが伝わって来ます。
出展作品数は30点と決して多くはありませんが、大作が多く、とても良い企画展でした。

<参加協力機関>(五十音順)
茨城大学、茨城県近代美術館、茨城県天心記念五浦美術館、いわき市立美術館、岩手県立美術館、郡山市立美術館、水戸芸術館、水戸市立博物館、宮城県美術館


私個人としては、本展サブタイトルにあるような「美術の力」というものに懐疑的です。
しかしながら、岩手県立美術館の方によるメッセージに、共感できるものがあり心打たれました。
以下、その部分を抜粋してご紹介したいと思います。

「被災と復興という苦難にあっても、展覧会を見ることでホッとすることができるような美術館の日常を保ち続けたい。」 ~

美術もしくはその作品に力があるとするならば、ここにあるようにホッとするような日常なのではないかと思うのです。
私のブログのタイトルは「あるYoginiの日常」。
いつしか、私の日常に美術、芸術を観る、という行為は欠かせないものになっています。
時には刺激的だったり、衝撃的な感情を味わうという非日常的日常もありますが、その反面、好きなものをのんびり眺めてホッとする、これは欠かせない時間です。

厳しい現況、逃げ場のない現実によって閉塞感がつきまとう今だからこそ、束の間、そこから逃れられるひと時が大切なのではないでしょうか。
そんな大切なことを、岩手県立美術館の方によるメッセージによって、教えていただきました。

3月11日震災時の様子、そして復旧に全力をあげておられるご様子には、思わず熱いものがこみあげて来ますが、こと美術館のみならず、被災地にあるすべての皆さま同様なのだろうと察せられました。

さて、展覧会は3部構成になっています。
セクション1:復興期の精神 東北北ゆかりの作家による風土や自然をテーマに描かれた作品
セッション2:岡倉天心 日本美術の再興者 → 震災により流出した六角堂関連資料と日本美術院ゆかりの作品
セッション3:美術の力 → 生命や人間存在への眼差しを反映した現代美術の作品

各セッションの内容については、冒頭にリンクを貼った公式サイトからご覧いただけるため、ここでは割愛致します。

セッション1:復興期の精神
ここでは、入口でお出迎えしてくれる佐藤静司≪合掌≫1986年 郡山市立美術館が、すべてを象徴している。
震災によって亡くなられた方へ、そして復興への願い、すべてが重ね合わされた両手にこもっているような美しく静かな木彫。

本田健≪山あるき-十一月≫2006-2009年 岩手県立美術館
非常に大きな作品。横は3メートルはあるのではないだろうか。チャコールペンシルだけで描かれた山の木々の風景は、奥へ奥へ誘われ、そしてもう戻って来れないのではないだろうか、そんな不安を抱かせる。

斎藤隆≪西へ≫1991年 宮城県美術館
斎藤は、死のイメージを作品化することが多いという。本作も≪山あるき≫同様に大作。白地の画面いっぱいに、手に手をとって、宙を歩む死者が数名描かれる。此岸から彼岸へ、黄泉の国へ踊るような足取りで向かう姿は恐ろしかった。まさに、死者の霊がこぞって、浄土へ向かっていく風景なのだろうか。

セクション2:岡倉天心 日本美術再興者
震災により流出してしまった茨城県五浦にある六角堂の瓦や棟札とともに、被災前後の写真によって、当時の状況を目の当たりにする。また、なぜ、六角堂が流されてしまったのかという検証結果も展示されている。
茨城県天心記念五浦美術館には1度だけ行ったことがあるが、六角堂まで足を伸ばさなかったのは悔やまれる。
現在、再建に向けて鋭意尽力されている。

作品としては、木村武山≪小春≫1914年 茨城大学が忘れがたい。
日本芸術院の第1回展に出展された大作。左隻は余白が多く、右隻はぎっしりと草花で覆われ、装飾的な画面が展開されている。特に右隻のひまわりの力強いこと。左隻、右隻のバランスも良く構図が決まっていた。
この1点を観るだけでも足を運ぶ甲斐はある。

他に大観が2点、平櫛田中≪五浦釣人≫東京藝術大学などあり。

セクション3:美術の力
マグダレーナ・アバカノヴィッチ≪ベンチの上の立像≫1989年 水戸芸術館
アントニー・ゴームリー≪領域XIII≫2000年 郡山市立美術館
13という数字に意味があるのかないのか。ゴームリーの人体彫刻はさすが。やや前傾で右足を軽く一歩踏み出すその姿は、細い金属棒を組み合わせて制作されているが、充分に人体を表現している。
まるで生きているかのような姿。

河口龍夫 ≪関係-叡智・鉛の百科事典≫1997年 いわき市立美術館、≪関係-再生・ひまわりの種子とマムサスの歯≫1998年 水戸芸術館
鉛は放射能を通さない。1986年のチェルノブイリ原発事故以後、鉛が放射能を遮断する特性を意識しつつ、作品に用いられるようになった。この危機感が現実のものになってしまったことを作品からひしひしと感じる。

本展には、残念ながら福島県立美術館は参加されていないが、既に再開されており、現在は、コレクション展 II「なごみのひとときを」、8月12日からは「あそVIVA☆びじゅつかん」の開催が予定されています。

更に、震災後には福島県立美術館ブログも立ち上げ、美術館の使命を果たさんとする心意気を感じます!
URL→ http://d.hatena.ne.jp/artmuseum_fukushima/ 


最後に少しばかり志の寄付をさせていただきました。
何より私自身、まだ未踏の岩手県立美術館、いわき市立美術館、宮城県美術館、福島県立美術館へ行かねば、そして、それが今の私にできる精一杯の応援なのかなと思っています。

「横浜トリエンナーレ2011」 横浜美術館会場

トリエンナーレ

「ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR -世界はどこまで知ることができるか?-」
2011年8月6日(土)~11月6日(日)11:00~18:00 ※入場は17:30まで
[休場日:8月、9月の毎週木曜日、10月13(木)、10月27日(木)]
公式サイト:http://118.151.165.140/

いよいよ3年に1度の横浜トリエンナーレが開幕しました。
私は、川俣正さんが総合ディレクターを務めた2001年の「MEGA-WAVE」しか横トリは観ていません。
2005年の横トリはどうも興味がそそられず、行くのをやめてしまったのですが、今にして思えばやはり観ておけば良かったと後悔しています。観ていないことには、何も語ることはできません。
他人様の評価でなく、自分の目で観て感じる、考えることが大切なのに。。。その時の私にはそれが分かっていなかった。

まず、横浜トリエンナーレ2011が目指すものとは何かから。以下、公式サイトの逢坂 恵理子(総合ディレクター)の挨拶より引用です。

「みる、そだてる、つなげる」という3つの言葉を掲げ、横浜トリエンナーレが現代美術にかかわる多様な機会を創出する契機となることを目指します。

1、美術作品の鑑賞を通して見るという体験を深める機会となること
2、作家はいうまでもなく美術愛好家も育てる機会となること
3、まだ歴史化されていない現代美術の作品を未来へつなげる機会となること
4、現代美術にかかわるネットワークを構築する機会となること


また、横トリ2011のコンセプト「OUR MAGIC HOUR-世界はどこまで知ることができるか?-」について、三木あき子氏(シニア・アーティスティックディレクター)の挨拶から一部引用。

世界や日常の不思議、魔法のような力、さらには超自然現象や神話、伝説、アニミズム等に言及した作品に注目します。この方向性は、決して科学の限界を問うものでも、また神秘主義を讃えたり、単にアートの娯楽性のみを追求するものでもありません。それよりも、こうした科学や理性では解き明かせない領域に改めて眼を向けることで、これまで周辺と捉えられていた、あるいは忘れ去られていた価値観や、人と自然の関係について考えるとともに、より柔軟で開かれた世界との関わり方や、物事・歴史の異なる見方を示唆しようとするものです。

今日は、横浜美術館会場だけを観て来ましたが、コンセプトは何なのだろうと終始頭から離れず。帰宅後、記事を書くにあたって、目的やコンセプトをチェックしました。特にコンセプトを踏まえつつ、展示内容を振り返ってみます。

なお、鑑賞に必要な時間は、最も長い映像作品が30分弱、映像作品は全部で15点弱。全作品を最後まで観ようと思ったら2時間半~3時間は必要でしょう。
また、会場では一部の作品を除きフラッシュなしなら撮影可能です。
混雑状況は、私は朝一番に入場しましたが夏休み期間中、しかも土曜日ということもあり、小学校高学年~中学生が非常に多く目立ちました。彼らは、さっと観てさっと消えますがかなり賑やかしい。13時半頃迄はそれ程の混雑はありませんでした。


個々の作品についての評価や感想は別にして、こと横浜美術館だけに限った印象は、主催者の頑張りが伝わる展示だったということ。

(1)所蔵品との組み合わせ 
→過去に開催された横トリと違い、横浜美術館を会場にするため、所蔵品と絡めた展示をすると、計画段階から話されていた。
(2)横浜美術館という建築をいかに有効活用するか
→キックオフミーティングでは、南條史生氏曰く「横浜美術館は展覧会をするには使いづらい空間」と言われる程、横浜美術館の建築はいまひとつの評価があちこちで聞こえる。

(1)に関しては、上手くいっている場所とそうでない場所が混在。
個人的に上手く行っていると思ったのは、マグリットの絵画1点とスン・シュンのアニメーション映像(約28分)といつもはダリの巨大絵画があるシュルレアリスムの部屋。この部屋は、デミアン・ハーストの蝶の羽を使用したステンド・グラスとマッシモ・バルトリーにの巨大オルガン(ただし、オルゴールが使われている)、コプト縫製などの組み合わせにより教会のように見える。

所蔵品との組み合わせではないけれど、本展出品作同士のつながりが分かる展示室もあった。

2階の最初の展示室からトピアス・レーベルがーは、鉱物つながりの展示室。
スワロフスキーを使用したインスタ-レーションとパフォーマンスのジェイムス・リー → オレリアン・フロマンの映像(手品をモチーフにしている?錬金術を想起した。3Dっぽい映像。)→ウィルフレド・プリエト(人造ダイヤを使ったインスタレーション)→冨井大裕「ゴールドフィンガー」(画鋲を隙間なく留めているだけだけど)→次の展示室トピアス・レーベルガー(59個の手吹きガラスのインスタレーション、子供部屋の電気スイッチと連動して電球が点いたり消えたり)。

他には、メレット・オッペンハイムと池田学、砂澤ビッキの動物学植物学の標本室のような見せ方も面白い。今にして思えば、なぜこれが?と思った湯本豪一の妖怪コレクションも博物学的で隣の池田学らの展示室と繋がる。
湯本氏の妖怪コレクションは、神話、伝説等に言及した作品として選択されたに違いない。


逆に一番つながりが分からなかったのは、佐藤充、樫木知子らのペインティングなど平面がある部屋からイサムノグチの彫刻までの展示室で、2階の約半分のスペース。例えば、今村遼佑さんの展示室内の更に展示コーナーは唐突感が大きく、作品世界に入り込めず。同じく唐突なのは、国芳の浮世絵だが、化け猫でも幽霊画でもはなかった。なぜ、あそこにあったのだろう?変態、変形つながり?

ここで、作品に強度があったのは横尾忠則「黒いY字路シリーズ」2011年新作である。10点はあっただろうか?部屋中が黒のY字路絵画で覆われているが、1点横尾さんらしからぬ静物画風の作品があり驚いた。あんなタッチは観た記憶がない。横尾さんと言えば、ご本人が既に神秘的なので、その時点で選抜されたのが納得できるが、作品も鮮やかな色彩が消え、黒をベースにしたおどろおどろしさが不気味。

写真では荒木経惟が大きなスペースを使っていたが、来場者の年齢を考慮したのか、いつもの過激さはなく大人しい展示だった。
逆に杉本博司は、迷路のように展示室を仕切り、歴史的遺物と自身の作品を絡ませ「デュシャンへのオマージュ」として展示を構成。作家の個性が強く、本人がキュレーションした展覧会の中での展覧会のせいか、彼のコーナーだけ切り離された感が、早い話、そこだけ浮いていたような印象。コンセプトにはしっかりマッチしているのはさすが。

懸案の1階の巨大吹き抜け空間は、折角の高い天井高を活かせなかったのが残念。イン・シウジェンの渦巻型の作品はまだしも、オノ・ヨーコの透明な小部屋(奥には電話機があり、そこに作家から電話がかかって来たら、電話で話せる。コミュニケーションがコンセプト?)は、あの場所に置く必要があったのだろうか。1度に5人しか中に入れないので、入場して空いていたらすぐに、そこに行くことをお薦めします。
*人数制限がある作品はこれと2階の田名網敬一の映像(ヘッドホンは4つだけ)。

2階の展示室と展示室を結ぶ広いスペースでは、田中功起が面白いスペースを創り出していた。
美術館の中に彼のアプローチ(集めて来たガラクタ?で構成)で美術館を造ったような。上映されている映像作品は、下記サイトで鑑賞できます。もう1度、もしくは時間がなかったという方はこちらをどうぞ。ただし、字幕はありません。
<田中功起映像作品>→ http://vimeo.com/kktnk

個人的な関心事として、同じく美術館を会場としたあいちトリエンナーレ2010との比較で言えば、次の2点が挙げられる。これも今回の横トリの特色。

(1)分野が写真(荒木経惟、田口一奈)、陶芸(金理有の現代陶芸)、平面絵画(薄久保香、樫木知子、佐藤充ら)広く網羅されていたこと。弊害は、ごった煮感と小粒な印象を受けたこと。あいトリは映像中心のインスタレーションが多かったが、派手さはあった。

(2)国内の若手作家を多くメイン会場で採用。
まだ、名前を挙げていない作家で言えば、阿部泰輔(古布による立体)、八木良太(映像他)、森靖(木彫、彼は愛知県・旭丘高校出身なのに!)、嵯峨篤(1970年生まれなので中堅かも)

最後に、横浜美術館会場で気になった作家は次の通り。
・前田征紀(彫刻)
・オレリアン・フロマン(映像)
・ジェイムス・リーバイヤース (パフォーマンス+インスタレーションの組み合わせが上手い)
・ハン・スンヒル(写真)
・田名網敬一(短編2編。古い写真を上手く織り込んだアニメーション)
・ミヒャエル・ボレマンス(絵画と映像)
・マイク・ケリー(立体インスタレーション)
・ツァイ・チャウエイ(映像で良いのかな)
・スン・シュン(28分と長いが、マグリットへのオマージュかと思うような重複イメージが登場する。面白い。)
・ダミアン・ハースト
・マッシモ・バルトリーニ

なお、観落としやすい作品として(私自身も見逃している作品が他にもあると思いますが、)
・冨井大裕 → 2階の美術情報センターへ向かう通路にあるポスターコーナーに紛れた「天井」シリーズ4点
・岩崎貴宏 → 2階の斎奥通路にある望遠鏡と逆サイドの新聞束+α
・島袋道浩 → エントランス前のハムの屋台
・カールステン・ニコライ → 美術館正面の工事仮囲いに8色8枚のステッカーを観客が貼っていく。参加型作品。ステッカーはビジターセンターにて100円寄付するといただけます。


日本郵船海岸通倉庫(Bank ART STUDIO NYK)会場では、クリスチャン・マークレーの「The Clock」(映像)が話題をさらっています。逆に、これしか評判が聞こえてきません。早くも24時間上映して欲しいという要望が寄せられており、期間中にできるだけオールナイトに沿うようなイベントも予定されるとか。発表を心待ちにしたい所です。
*参考:クリスチャン・マークレー 『The Clock』インタビュー→こちら(Art itへリンク)

新港ピアはまだ普請中、黄金町エリアは公開制作期間ですので、ご注意ください。

逢坂ディレクターが目指すものが成しえるかどうかを楽しみに、会期末まで楽しみたいと思います。
私が入館した際に、逢坂ディレクターも玄関でお出迎えされていて、既知の来場者の方との会話で「人生で一番大変でした!」と仰っていたのが聞こえました。

末尾となりましたが、震災という大きなアクシデントがあったにも関わらず、こうして予定通りトリエンナーレが開催されたことを心から感謝するとともに、主催者、関係者、そしてボランティア、参加アーティストの皆さまに厚く御礼申し上げます。

*8月7日、AM9時半加筆修正。

あいちトリエンナーレ2013 五十嵐太郎芸術監督 就任記者会見

「あいちトリエンナーレ2013」の芸術監督に就任された五十嵐太郎氏の記者会見が、2011年8月4日14時~開催されました。
会見の内容をtwitter上での、@Aichi_Triennale(あいちトリエンナーレ公式アカウント)さんによる呟きを転載しました(以下)。
実際に呟いておられたのは@apmoaの中の方です(愛知県美術館のアカウント)。実況ツイート大変だったことと思います。中継を見られなかったものにとって、大変ありがたいツイートでした。


まずは芸術監督選考方法について。

司会「7/1に芸術監督選考委員会を設置し、7/21に開催された選考委員会から五十嵐さんを候補者として推薦を受け、7/28にあいちトリエンナーレ実行委員会で五十嵐芸術監督を決定、8/1に就任いただいた。」

続いて選考理由について芸術監督選考委員会・馬場駿吉委員長からお話。http://www.ustream.tv/channel/aichitriennale(注:配信は終了)

<馬場委員長>
「3つの選考条件として、美術と舞台芸術との複合性を踏まえた新しい国際展ができること/現代美術を基軸に総合性、複合性、祝祭性等愛知の独自性を踏まえつつ世界にアピールできること/愛知の学芸スタッフ、芸術系の大学や団体と連携できることを挙げた。次回、従来のスタイルに捕われず新しい国際展を提示するためには、都市、建築を専門としつつ、美術にも造詣の深い五十嵐さんなら清新なトリエンナーレができるのではと考えた。」

<五十嵐監督>
大きな成功をおさめた第一回のあいちトリエンナーレの次となる第二回の芸術監督ということで、非常に大きな責務だと感じている。具体的なコンセプトはもう少し先になるが、抱負やコメント、想いをお話しできればと思っている。
基本的に第一回とは全然違うものを作るというのではなく、その長所を継承発展していきたい。ただ、建築が専門の僕が選ばれたということは大きなメッセージになっていると思っている。
自分の立場や得意分野を生かした新機軸や、東日本大震災などの時代性を織り込むことを考えていきたい。

第一回に鑑賞者として訪れた自分が楽しめたように、会期中にまた訪れたくなるようなトリエンナーレにしたい。
一方で、国内においても最大規模の国際展なのだから、わかりやすさ、親しみやすさのある作品も必要だと思う。

前回建畠さんが掲げられた最先端の現代美術の紹介は、やはり国際展にとって重要な方針だと思う。それは見たことがないもの、実験的なもの、世界初の出来事に遭遇する悦びをもたらすだろう。

アートとは、異なる価値観を同時に提出し、われわれの思考と感性を揺さぶるものだ。そしてトリエンナーレは新しい才能、若手の作家を積極的に発掘していく挑戦的な機会も提供する。
ある意味日本社会が安定志向で硬直しかねない状況で、こういうチャレンジングなことは重要だと思っている。

前衛と大衆性は矛盾するように思われるかもしれないが、僕個人がやってきたことでも、例えば現代建築の評論で非常に前衛的なものを高く評価している一方で、例えば結婚式教会についての研究をするなどしている。

(街の力を引き出すことについて)

<五十嵐監督>
前回、とくに印象的だったのは、トリエンナーレが街に染みだしていくような祝祭的な風景である。長者町モデルとでも言うべき、市民と一緒になって、また教育機関と連携しながら、さらなるまちなか展開の拡大をめざしたい。
そのような展開が、名古屋、そして愛知の魅力を新たに創造するだけではなく、新しい箱ものを作らなくても、すでにそこにあるものの良さを再発見し、都市を活性化させていく契機になればと思っている。

まちなか展開のなかでは、美術館の中とは違う、ここでしか体験できない固有の空間を作って行く、そして場所の力を引き出していくということができると思う。またそこでは僕の専門分野も大きな役割を果たすだろうと思う。

東日本大震災以降、アートに何ができるか、という議論がある。むろん即効薬にはならない。だが、アートは何気ない現在の日常の豊かさへの気付きをもたらし、ときには未来に向かって生きて行く希望を与える。

作品は必ずしも直接的に震災への対応を表現する必要はない。ただ、こういうものを通奏低音として考えていくのは、311以後の日本において本格的に開催される国際展として世界にメッセージを発信して行くためには重要なファクターだと考えている。

<続いて質疑>

質問「街中展開の拡大というのは具体的には?」
五十嵐監督「エリアや場所は増やすことも考えたいが、現時点では具体的な場所は確定していないしまだ時間が必要。大学などの教育機関は重要な力になるので、連携はしていきたい」

質問「引き受けた理由は?また準備期間にどういうことをやっていくのか、構想があれば。」

五十嵐監督「大役ですが、僕を選んでいただいたことがメッセージなんだと思っている。建築の専門家なので、僕自身も最初驚いた。この地方での大学講師が初めての仕事だったこともあり、名古屋での人脈のおかげで今の自分があるという意味で、愛知への恩返しがしたい。」

五十嵐監督「準備期間は前回同様イベントなど検討したい。一回目はゼロからで大変だったと思うが、その成果が残っている。長者町に壁画が残っていたりイベントが継続していたり、なかば自然発生的にも生まれていて、そういうものへのサポートも継続的にできればと思う。」

質問「前回名古屋市内に限られていたが、全県的なものにするという考えはあるか?」

五十嵐監督「もちろん広がりはあった方がいいと思うが、現時点では具体的には話ができない。実行する人間の数も予算も限られているが、その中で検討していきたい。」

質問「名古屋の街は面白い建築的要素が沢山含まれているが新しい建築物をつくる予定は?」

五十嵐監督「新しい建物をつくるのはさすがに無理だと思う(笑)。ただ、芸文センターのような複合施設はあまりなく、第一回を見て、この箱の力が引き出されているなと思った。」


以下は、就任会見のツイートを拝見しての感想です。

五十嵐監督のお話の中で、個人的に感銘した箇所だけ太字にさせていただきました。
馬場委員長のお話にあった、芸術監督の3つの選考基準は実に明確で、納得できるものです。
そして、この条件で選考した結果、五十嵐氏の就任は何の異存もないどころか、心から応援したいと思います。

前回のあいトリも芸術監督は日本人の建畠氏でしたが、作家選考を行うなど手足となったシニアキュレーターは海外から4名招聘されていたと記憶している。あいトリは美術と舞台芸術、映像の祭典なので、各分野の専門キュレーターを配しており、その点が評価できた。
抱負でも語られておられたように、日本における国際展として、どんなことを発信できるのか、またどんな出会いや体験があるのか、心待ちにしたい。

「フェルメールからのラブレター展」 京都市美術館

フェルメール

「フェルメールからのラブレター展」 京都市美術館 10月16日まで
時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(ただし7月18日、9月19日、10月10日は開館)
展覧会公式サイト → http://vermeer-message.com/

京都市美術館で開催中の「フェルメールからのラブレター展」に行って来ました。
本展は、京都の後、宮城、東京に巡回しますが、東京は混雑必至なので、先に京都で観ることにしました。

何しろ、本展は現存作品が30数点と言われるヨハネス・フェルメール作品のうち3点を公開。そのうち、アムステルダム国立美術館の≪手紙を読む青衣の女≫1663-1664年頃が、日本初公開、更に、この作品はアムステルダム国立美術館で修復作業を終えての世界初公開ともなっています。

ただでさえ人気のフェルメールが3点、うち初来日する≪手紙を読む青衣の女≫が出ているとなれば、混雑は当然と思いきや、意外や意外、京都市美術館では実にゆったり作品鑑賞できました。
同館の開館は9時と東京都内の美術館と比べると早く、私が到着したのは9時20分頃。チケット待ちの列もなく、すぐにチケットを購入し中に入りました。
館内も、予想以上に空いていて、作品の前に誰もいない状態も多々あったほどです。

本展の総展示作品数は全部で43点ということ、会場が混雑していなかったので、1点1点丹念に観ていくことにしました。

さて、フェルメールばかりに目が行きがちですが、展覧会の趣旨もしっかりとしています。以下、本展のサブタイトルに注目です。
「コミュニケーション:17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ」。
つまり、17世紀の「オランダでのコミュニケーション」を主題にその手段や状況などをオランダ絵画で読み解くことが本展の開催意図となっています。

上記を展観して行くにあたり、フェルメールだけでなく、同時期に活躍した他の画家、ピーテル・デ・ホーホ、ヤン・ステーン、フェルディナンド・ボル、ハブリエル・メツー、アドリアーン・ファン・オスターデなどオランダの美術館でお馴染みの画家たちの佳作を揃え、展覧会趣旨と合った作品を選択している点が素晴らしかったです。

作品との間に、仕切りが置かれているため、細部まで確認したい方は単眼鏡等の持参をお薦めします。

そして、展覧会を楽しむ上で、ちょっとだけでも予習すると良いのは、アレゴリー(寓意)のお勉強。
私も最初は、西洋絵画になぜこんなに沢山しゃれこうべが登場するのか、地球儀もよく見かける。。。と思っていました。今回も、隣にいた二人の来場者野会話の中で「また、しゃれこうべがある。何か意味があるのかな。」と話し始めるのが聴こえて来ました。

しゃれこうべにも地球儀にも意味があります。これらの寓意が少しでも分かると、西洋絵画の絵解きの楽しさが加わるというもの。オランダ風俗画も寓意が満載です。
私が持っているのは、『すぐわかる西洋絵画よみとき66のキーワード』東京美術刊。本展の日本側監修をされた千足伸行(成城大学教授)氏が同著を監修と一部執筆をされている。これは、図版も豊富で分かりやすい。他にも類書は出版されていると思うので、何か1冊あると便利です。

寓意


なお、この展覧会の監修者はオランダ・プリンセンホフ博物館長のダニエル・ローキン氏で、ワシントン・ナショナルギャラリー(特にシニア・キュレーターのフェルメール研究の第一人者、アーサー・ウィーロック氏)も協力していることを補足しておきます。

展覧会の構成は次の通り。
1.人々のやりとりーしぐさ、視線、表情
2.家族の絆、家族の空間
3.職業上の、あるいは学術的コミュニケーション
4.手紙を通したコミュニケーション

以下、構成順に印象に残った作品を揚げていきます。詳細な各章の解説は公式サイトに掲載されているので割愛します。

1章.人々のやりとりーしぐさ、視線、表情
・ヤン・ステーン≪生徒にお仕置きをする教師≫1663-65頃 アイルランド・ナショナル・ぎゃらりー
1章で、一番印象深かったのはこの作品。ヤン・ステーンは他にも出展されていますが、本作品は比較的大きな画面で、また丁寧に描かれています。タイトル通りの場面が描かれているのですが、お仕置きされる生徒以外の他の生徒が何人もいて彼らの表情や動きが活き活きと描かれていました。

他には、ヘラルト・テル・ボルフ≪眠る兵士とワインを飲む女≫は、兵士と女に何があったのか、思わず想像せずにはいられない二人の間の微妙に漂うけだるい空気まで画面から感じられる。

2章.家族の絆、家族の空間

・ヤン・ステーン ≪老人が歌えば若者は笛を吹く≫1670-75年頃 フィラデルフィア美術館蔵
またも、ヤン・ステーン。上記のような室内で享楽に耽る人々を描く作品が多い。この絵には教訓も含まれているが、こうした家族の空間を描く作品においても寓意が潜んでいるのがオランダ風俗画の特徴だろう。

ヤン・ステーンはもう1点≪アントニウスとクレオパトラの宴≫個人蔵、歴史を舞台にした作品は珍しいのではないか。この作品にしても束の間の栄華を教訓でしらしめていると解説にあった。

・ピーテル・デ・ホーホ≪中庭にいる女と子供≫1658-60年頃
一見すると小鳥の入った鳥かごを抱く子供とひとりの夫人が壁に囲まれた中庭に佇む作品で、夕暮れ時だろうか、静謐な感じを受ける。しかし、描かれた物の寓意を読み解くと。。。気になる方は公式サイトの作品解説をご参照ください。

こうして、家族を描いた風俗画も戒めや教訓が込められていることがよく分かる。

3章 職業上の、あるいは学術的コミュニケーション

オランダでは、読み書き能力が重視されていたため、教育もしっかり行われ、結果識字率が高かった。最終章で観る手紙が普及したのもその影響がある。

・ヘリット・ダウ ≪羽ペンを削る学者≫1628-31年頃 個人蔵 ニューヨーク
・ヘリット・ダウ ≪執筆を妨げられた学者≫1635年頃 個人蔵 ニューヨーク
恐らく、上記2点はいずれも同じ所有者のものではないだろうか。サイズもほぼ同寸で小品。ダウは、写実的に緻密に学者の皺や皮膚のたるみまで克明に描き出す。

・ハブリエル・メツー ≪窓辺で本を読む女≫1653-54年頃 個人蔵 ニューヨーク
メツー好きとしては、やはりこの作品を揚げておく。

他に、フェルディナンド・ボル≪本を持つ男≫1644年、レンブラント工房にいたヤン・リーフェンス≪机に向かう簿記係≫個人蔵、他にアドリアーン・ファン・オスターデなど、オランダ風俗画を代表する画家の作品が3章は特に多かった。ヤン・リーフェンスの≪机に向かう簿記係≫は、レンブラントと同じラストマンに師事し、友人でありライバルでもあった。一時期工房を共有している。そのせいかレンブラントの画風と共通するものがある。(注:ヤン・リーフェンスに関してレンブラントの弟子としていましたが、誤りです。正しくは上記の通り。12月13日修正)

4章 手紙を通したコミュニケーション
お楽しみは最後ということで、フェルメール3点は最終章に3点が1つの展示室で公開されている。

・≪手紙を書く女≫1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー
これは初めてお目にかかる。やっぱり、女というよりどこかあどけない表情が残る若い女性が愛らしい。大きめのリボンが3つ。そして、背後に飾られているのは静物画で、肉眼視できるかどうかぎりぎりのヴィオラ・ダ・ガンバが描かれている。この作品の情景から何を想像するのか。専門家はいつものごとく、寓意をもとに作品を読み解くが、個人的には自分の好きなように作品を見て想像すれば良いのではないかと思ったり。寓意を知った上での読み解きも楽しいが、そればかりに縛られることもない。

フェルメールの描く光と影、毛皮の質感、椅子の鋲、色づかい、細部まで楽しむ。

・≪青衣の女≫1680年頃 アムステルダム国立美術館
修復を終えての公開。修復前と修復後の過程については、第4章に入る前の休憩コーナーにて高精細映像が上映され、更に詳細な解説パネルが傍に置かれていた。

女性の着用している青いドレスについた汚れなどを洗浄したようだ。この作品は修復に入る前にアムステルダムで観ているが、どう違うかまでは映像を見なければわからなかった。
むしろ、女性の顔の中央あたりに、蝶の羽のようなものが付いていて、あれは耳飾りなのか、何なのかが気になった。
背後にある地図を置いている鉄の棒の質感と色、そして地図の横の長さと画面の右のライン(地図から床まで)の長さが同一になっているので構図に安定感を与えているとの図録解説を見て納得。
ここまで、計算していたか!

使われている場所によって違う青のニュアンスの違い。やはり、。フェルメールと言えばフェルメール・ブルーと言われるその青色を堪能したい。

・≪女と召使い≫1670年頃 アイルランド・ナショナル・ギャラリー
3作品中、もっともドロドロしていそうな状態。メランコリックで床にはくしゃっとなった手紙の書き損じ。赤い封印が引き裂かれた状態で落ちている。
背後の召使の無表情も怖い。
背景の壁にかかっている絵にも注目。
テーブルから垂れさがるタピスリーの質感描写は、他のオランダ風俗画家はフェルメールに限らず皆上手い。

・ピーテル・デ・ホーホ≪女に手紙を読む男≫1670-74年頃、フランス・ファン・ミーリス(1世)≪手紙を書く女≫など、手紙にまつわる絵画がフェルメール含め合計8点あった。
あ、と思ったのは「だまし絵展」で観たエドワールト・コリエル≪レター・ラック≫1703年。トロンプルイユと呼ばれる便せんや手紙がはさまった、一風変わった手紙にまつわる絵画もあるので楽しい。

他に当時の手紙の書き方のパネルなど関連資料も展示されていました。


なお、京都展のみで展示される作品と、巡回先の宮城・東京会場のみで展示される作品が2点ずつあります。
<京都会場のみで展示される2作品>
・ピーテル・デ・ホーホ ≪女に手紙を読む男≫1670-74年頃 クレマー・コレクション
・ピーテル・フェアエルスト≪教師と生徒≫1660年頃 

また、展覧会会場風景や監修者の作品解説は「京都で遊ぼう ART STAFF BLOG」様に詳しく掲載されていますので、ご一読されることをお薦め致します。

本展巡回先は次の通りです。
・宮城県美術館 10月27日(木)–12月12日(月)
・Bunkamura ザ・ミュージアム 12月23日(金・祝)~2012年3月14日(水)

「天竺へ~三蔵法師3万キロの旅」 奈良国立博物館

天竺へ

「天竺へ~三蔵法師3万キロの旅」 奈良国立博物館
前期:8月7日迄 後期:8月9日~8月28日迄 前後期で「玄奘三蔵絵」の巻替え及び一部作品の展示替えあり。
展覧会公式サイト → http://www.asahi.com/tenjiku/
奈良国立博物館HP → http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2011toku/tenjiku/tenjiku_index.html

藤田美術館所蔵の国宝「玄奘三蔵絵」全12巻。
玄奘三蔵は、西遊記でお馴染みの三蔵法師として広く知られている。「玄奘三蔵絵」は玄奘三蔵の生涯を描く、高僧伝絵巻の最高峰に位置づけられ、本展では、全12巻を初めて前後期の巻替えで公開し、その魅力を余すところなく紹介し、玄奘が東アジア仏教史上に残した偉大な足跡をたどるものです。

玄奘三蔵は、中国、唐の時代の高僧で、幼い頃より学問優秀で知られ、真摯に教えを求めた三蔵は出家の後、仏教誕生の地、天竺(インド)へ旅立つ。苦難の道のりの末、天竺に到着し滞在後、多くの経典を携えて帰国し、これを中国語に翻訳し、最期を迎えるまでが「玄奘三蔵絵」に詞書とともに描かれる。

「玄奘三蔵絵」は今回初めて観る機会を得られたのだが、実際絵巻を拝見して一番驚いたのは色の鮮明さと衣の緻密な描写、非常に状態が良い。これを12巻まとめて見ることができるなど夢のようだった。千載一遇とはまさにこのこと。

2008年に九博で開催された「国宝 大絵巻展」には行ったが、その展覧会では本作の出展はなく、絵巻物の展覧会としては評判の高い2006年京博開催の「大絵巻展」では巻二のみが出展されている。所蔵先の藤田美術館へは2回程行ったけれど、訪問時には展示されておらず、藤田美術館でも全巻展示はスペースの関係から到底無理だろうし、一部の巻の展示だったとしても、今回のように巻物の半分を一度に見せることさえ難しそう。恐らく、通常は絵巻の一場面か二場面程度の展示なのではないだろうか。

そう思うと、本展がいかに貴重な展覧会であるかがよくお分かりいただけるかと思う。恐らく私が生きている間に再び全巻展示の機会を得ることはないだろう。

展覧会の構成は次の通り。
第1章 玄奘三蔵絵を旅する
第2章 大般若経-求法の旅
第3章 「西遊記への道のり」
第4章 「憧憬の天竺」

まずは、何と言っても「玄奘三蔵絵」。筆者は、鎌倉後期に宮廷絵師として活躍した高階隆兼。当時の絵巻物を描いた絵師の中でも名高い評判を得ていた。彼が描いた他の絵巻としては宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する「春日権現験記絵」がある。2009年の「皇室の名宝展 2期」でこのうち巻一、五、十九が出展されているが、「玄奘三蔵絵」と大きく異なるのは絹本であること(こんな時、図録を買っておいて良かったと思う)。紙本、絹本の違いはあれど、高階隆兼の特徴である彩色の妙と衣の緻密な描写、また人物表現、表情の細かさは共通している。

この絵巻の良さは
1.発色、彩色
2.着物など着衣の描写、人物表現、表情の描写に優れる。特に衣の非常に精緻な描きっぷりは見事。
3.詞書の美しさ 流麗。京博の図録には言葉書きについて掲載されているようなので、後で見よう。

どの場面も軽く流すことはできず、第一章で「玄奘三蔵絵」を拝見しただけで、すっかり精魂使い果たした。なお、場面替えとなる後半部分は絵巻の上部にパネルで補足されているので、ストーリーの流れは分かるようになっている。後期だけでも、前期だけに行っても筋は追うことが可能。

「玄奘三蔵絵」では、西遊記でお馴染みの猿や豚のお伴は登場していない。

これらの登場は、第3章「西遊記への道のり」で関連作品とともに玄奘三蔵の旅が伝説化され、後に『西遊記』が成立する過程が紹介されている。
特に、注目は快慶作・金剛院の「深沙(じんじゃ)大将立像」で、その異様な姿に思わず目を見張る。
深沙大将は、唐の玄奘三蔵が天竺(インド)への旅の途中で三蔵を助けたと伝えられ、沙悟浄(さごじょう)のモデルとなっている。
左手は元々青蛇をつかんでいる筈だったが、青蛇は失われているのが惜しい。右の胸横に掌を前にして構え、短い裳の上に獣皮をつけ、両脚を象のロから出している。

「玄奘三蔵取経図」(薬師寺)にも同じく経典を入れていると思しき箱を持つ深沙大将の姿が三蔵の横に描かれる。

また、現存最古の西遊記として「新刻出像官板大字西遊記」(世徳本)巻十二・二十や「唐僧取経図冊」には、孫悟空らしきお伴が図版として掲載されていた。

順序が逆になったが、第二章では、三蔵が持ち帰ったという経典の量を実際の視覚体験として経験できる。無論、一部は内容も公開されているが、「大般若経(魚養巻)」三百八十七巻の山はすごかった。さぞや重かっただろうという凡庸な感想しか浮かばないが、経典を持ち帰ろうとした意欲がすさまじい。
元々薬師寺伝来の「大般若経」であるが、後に藤田美術館をはじめ、奈良国立博物館など現在は散逸している。

最終章では、三蔵の旅の道のりをなら「五天竺図」(地図)でたどる。
面白い趣向としては、この「五天竺図」をパネルにして、三蔵が辿った道のりを赤い電飾で示す試み。古図では不鮮明な点もこのパネルでは良く分かる。「五天竺図」には法隆寺所蔵の甲本、乙本、丙本(これらは模本なのか)、他に神戸市立博物館蔵のものが前後期で出そろう。

3万キロの旅を古地図でたどる趣向もまた興味深く、道のりの長さを痛感しました。

図録は1800円。遠方の方で展覧会には行けないという方も、オンラインショップで購入可能です。詳細は展覧会公式サイトの右バナーをご覧ください。

後期も勿論行って来ます。絵巻がお好きな方は言わずもがな必見です。あわせて、なら仏像館もお見逃しなく。

「ジム・ダイン」展 名古屋ボストン美術館

ジムダイン

「ジム・ダイン 主題と変奏:版画制作の半世紀」展 名古屋ボストン美術館 8月28日迄
http://www.nagoya-boston.or.jp/jimdine/index.html

個人的に今イチオシの展覧会「ジム・ダイン 主題と変装:版画制作の半世紀」展の感想です。この展覧会は巡回がありません。名古屋ボストン美術館のみでの開催です。
アメリカのボストン美術館所蔵のジム・ダイン版画コレクションより主要な153点を展示し、ダインの版画制作の軌跡をたどるものです。

この展覧会には2度行きました。1回目は会期が始まって間もなく5月だったかと思いますが、全153点をなめてました。
1時間では到底足りずに時間切れ。最後は駆け足になってしまったので、再訪したのは6月だったか。

ジム・ダインは本展開催のために、震災直後の4月に来名し、4月24日(日)に講演会「ジム・ダインが語るジム・ダインの現在(いま)」を愛知県立芸術大学で行っています。
講演会の様子(美術館のサイトへリンク)→ http://www.nagoya-boston.or.jp/event/report/lecture/post-90.html
私もこの講演会に参加し、ジム・ダイン本人のお話を伺うことができました。

私のへぼい展覧会感想より、講演会のまとめの方がお役に立つのではないかと思い、メモをもとに書いてみました。内容については私自身のメモが頼りなので、間違い等あるかもしれませんが、発見されたら直ちに修正致しますので適宜ご指摘いただければ幸いです。

講演会は、ボストン美術館の版画・素描・写真部 部長クリフォード・S.アクレー氏との対談形式で行われました。以下、ジム・ダイン氏をD、アクレー氏をAとして表記します。

ボストン美術館では1960年代にダインの作品を初めて購入。2006年には、ダインのアーカイブが創設され、作家自身より寄贈された版画作品約800点を収蔵。

A:なぜ、版画だったのか?
D:自分は自然に版画を刷ると反転したイメージが浮かぶ。刷り上がった同じ版を使用しても、刷りにより出来上がりは異なる。これは有機的過程だと思う。手にペンキを付けてスタンプのように、紙に手形を付けることをやっていた。

A:ダインの最初の版画が世に出たのは1960年頃。いつから版画を始めたのか?
D:小さい頃から版画家だったと思っている。ペンキを塗った紙を白い紙に写したり。版画が何かということに気付いたのは、8歳の頃だったと思う。シンシナティにある母の家には北斎の浮世絵があった。中流階級の家なら北斎が2つ、3つあった。
ティーンエイジャーになってかえあ木板を彫って、版画制作をするようになった。キルシュナーやムンクが好き。

A:版画以外の表現形式との関わりがある(版画だけでなく様々な表現をしていた)アーティストとしては、レンブラントやピカソがいる。1960年代はアメリカの版画界にとって、転換期であった。今回のダイン展のサブタイトルは「主題と変装」だが、ひとつだけ独立しているというより連作になっている作品は、ひとつの版からイメージが変容している。例えば、レンブラントの≪3本の十字架≫など、同じ版から色やムードを全く変えて別作品を作る。≪ピカソの闘牛≫について、多くのインスピレーションを得たか?
D:ピカソの11の連作リトグラフは手を加えることにより、削減していく方法。そしてそれをどんどん発展させていく。最初に何かを消したり書いたり、ピカソの作品を観てからグラインダーやドリルといった電動工具を使うようになった。
それにより、早く活き活きとした手を加えることができる。人に託すのではなく、自分で息を作品に吹き込みたいと思った。

A:アメリカの抽象表現主義との関係は?
D:沢山の影響を受けている。デ・クーニングは祖父より2世代前。ジョルジュ・マチューは公の場で制作することで知られていて、その行動、描くことドラマに引き付けられた。
モップと硝酸、スタジオでできずに外で制作した。アクティブな活動もやっているが、こればかりやっている訳ではない。ニードルや手を使って色々なやり方を試みている。ロマンティックな表現主義と言える。

A:≪カークラッシュ≫(最初の作品)は、ハプニングという考え方で制作されている。もし作者が望めば色々な工程で版画に仕上がっていく。エネルギーや自発性、身振りなど、抽象表現主義に基づいたものではないかと思っている。他のビジュアリスト同様、難読症というハンデがあった。それが逆にイメージとして言葉が使用されている。
D:できるだけ自分のイメージから最大限パワーを作品の中に入れたい。その中でイメージを説明したい。言葉を入れることで、力を加えることができると思う。靴という言葉を靴の絵の下に入れることで、多様な表現と言葉のパワーが加わり強いイメージとなる。
左利きであることが障害に影響があるのかもしれない。言葉を沢山読んでいったことが、言葉に対するつながりができたようにも思う。
ひとつの単語を大切に考える。ひとつの単語を入れるのは赤い線や立体を入れるのと同じくらい強いと思っている。
自分はミニマルアーティストではない。ひとつのイメージでできるだけ多くのことを伝えたいと思っている。見るための視覚的寛大さを出したい。
詩人と知り合って、自分も詩を書くようになった。意味だけでなく単語の見かけにも関心がある。カリグラフィが分かりやすいだろう。

A:自身で版画だけでなく絵画やドローイングを行っているのか?
D:当時ロンドンで作品を切ってシルクスクリーンで再現していたが、それが流行だった。大量生産からハンドメイドへシフト。ハンドメイド作品は得意でなかったが、クレーターと≪道具箱≫という作品を作った。シルクスクリーンの完成品より元々のコラージュの方が良かった。機械的なイメージが好きでないことに気付いた。

例えば、デジタル画像をスキャンして印刷しエッチングを加えるという作品を作っているが、そうすると作品が自分のものになる。自分のものは自分でコントロールしたいと思う性格。

A:≪道具箱≫という連作からは今回4点が出展されている。その頃から、機械全盛の時代にも関わらず、手で彩色することを始めているがそれについてはどう思っているか?
D:版画は私にとって、生きている有機的行動。彩色やブラシを塗って色を付けたり、グラインダーで紙に加工する。
時には12枚手で同じものを試しに作ったりすることもある。ただ刷るだけより、パーソナルなものにするのが好き。エディションを沢山作るのは好きではない。ひとつのイメージを作って満足すれば、充分自分は満足。

A:何かを消去するのが前向きな姿勢。消去に電動工具を技法のひとつとして使用している。例えば、70年代の自画像作品。暫くして全く違うものに変える。
作品を選択する際に、同じ版から全く違った自画像が見つかりわくわくした。イメージを版に刷るがその紙も色々な紙を使用している。質感や色のパターンが違っている。紙、特に和紙についてはどう思う?
D:特定の紙を選んで刷る訳ではない。そこにある紙を使用している。
漉きこまれたフランスの紙や和紙には魅了される。紙を選ぶ基準は強度が重要。アイスピックが刺さってもそのまま維持できるような紙。茶色のラッピングペーパーでも美しく仕上がる。ブーツの作品はラッピングペーパーに刷られている。

A:ジムダインは一人で籠るタイプではないと思っているが、それについてどう思う?
D:グリッターとの関係。
画家というのは孤独な専門職だと思っている。版画を制作している時は、友人と一緒に制作。30年来の友人はクロムリング氏の弟子がほとんど。プリンター達との活動は社交性も必要だが、コラボができれば、協力する姿勢を見せれば非常に良い関係になる。
若い人から熟練者まで様々な人と制作してきた。最終的には、私が作りたいと思っている作品に協力してくれる人が残る。そのような人が制作活動には必要。

A:クリムリングはピカソの晩年の版画の刷りを担当していた。作品の対象が自分自身をオブジェクトとしているのが特筆すべき点だと思うがそれについては?
D:これまでの人生と関わっている。祖父が金物店をやっていたので、電動工具が自分の周囲にいつもあり、それで遊んでいた。そういった環境にいたのでカラーチャートも幼少期にあった。水道管のパイプを切ったり、大きくなると機械を使わせてくれたり、削りくずが散りばめられたり。。。
オブジェクトはモノ以上の意味を持っていた。
・ねじを打ちつける金槌
・形が変わる点にも引き付けられる。
道具を見てインスピレーションを得た。道具は人間の状況を象徴していると思う。

A:今、どんな作品を手掛けているのか?
D:まだ完成していないが、リトグラフとエッチングを組み合わせて「共産主義の歴史」、東欧の1950年代のノスタルジックなイメージを自分のスタジオにあるものに似せて制作する大きなプロジェクトに取り組んでいる。
同様に写真や膨張剤?を作っている。

以上で会場からの質疑応答へ。

Q.版画とペインティングの決定的な違いは?
D:質の違い。ペインティング→完成するものはひとつ。版画→2つかそれ以上でもできるイメージを作る行為だと思う。プリンターとペインたーの上下については全くないと思っている。

Q.1点しかないのと同じ版からの連作とでは制作時の気持ちの持ち方は違うか?
D:特に違いはないが、後からの制作に影響を与えることが多いと思う。ナンシーシリーズについては、主題の方が意図を持っていたので、それに私が支配された。結果的に25枚制作。2年半経過し、私から見たナンシーの精神状態だったので、これでいいのかと疑問に思いやめた。

Q.高校生の頃、ダイン氏の素描を見て感銘を受けた。あなたにとって素描とは?
D:素描、ドローイングは重要。
アートの骨組み、構造だと思っている。それが一番明確にあらわれるものだと思うし最も重要なこと。

Q.あなたにとって評価できるアーティストは?
D:私の両親。
自分の考え方として、沢山のアーティストのおかげで育てられ、アーティストの歴史を歩んで来られた。
古代の彫刻や彫像を沢山持っている。

Q.パソコンで絵を描く人が増えているが、手で描くことの強みがあれば教えて下さい。
D:コンピュータ世代ではないので分からない。Good Luckとしか言えない。

Q:作品の保存方法は?
D:乾燥を維持すること。光があまり当たらないように。作品と作品の間に中性紙を挟んでいるが、人に依頼している。


長くなりました。読んでいただいて有難うございます。
版画技法のデパートとも言えるダイン氏の版画作品には驚くことばかり。特に文字を使った初期作品やエナメルを使用した版画、最後の方に出て来る≪歴史的なワンダースブルグ≫の3枚ものは特に好きです。

愛知県美術館の棟方志功や名古屋市美術館のレンブラント展での版画作品と合わせてご覧になると、更に楽しめると思います。

*2011年8月3日、誤植修正。

東京→金沢→名古屋→奈良・大阪・京都→三島・箱根 美術館への旅(後編)

前回の続きです。

7月29日(金
ホテルは勤務先の提携保養所。丸太町にあったので、やや不便。朝食は三条の六曜社でモーニング500円。

・「フェルメールからのラブレター」展 京都市美術館
日本初公開となるフェルメールの「手紙を読む青衣の女」他2点、合計3点の手紙をモチーフとしたフェルメール作品を展示している混雑必至の展覧会。しかし、京都および関西一円の方はゆっくりされているのか、9時20分頃到着したが、チケット購入も待ちなし、中もまるで混雑していない。普段の京都市美と変わらない程度と言ったら言い過ぎかな。ただ、10時半頃から徐々に客足が増えて来て、11時以後はまずまずの入りになったが、それでも列はなし。
京都展でしか展示されない作品も2点もあるので、可能であれば早いタイミングで京都市美の展覧会を観るのをお薦め。フェルメールだけでなくオランダ風俗画の主要な画家の佳品が揃っていました。

・やなぎみわ演劇プロジェクト『1924』Tokyo-Berlin 京都国立近代美術館
今回の旅は、この演劇と火曜日の朝CAMP参加が決まっていたので、そこから組み立てた。
私は13時からの試演を鑑賞。大正時代の雑誌『マヴォ』を知ってから、村山知義は木になっていたが、光田由里著『写真、「芸術」との界面に』の第2章に「村山知義と芸術写真-写真の芸術性」を読んでから益々、村山に興味が湧いていたので、この演劇はすぐにチケットをおさえた。
京近美の展示室をそのまま舞台にした演出は実に興奮させられた。本日ユースト中継もあり、途中まで視聴。1回だけでは分からなかったことも気付いた。詳細は別記事。

・「視覚の実験室 モホイ=ナジ/イン・モーション」&常設展 京都国立近代美術館
既に神奈川県立近代美術館葉山で観ているが、記事を書いていない。演劇チケットと展覧会チケットはセットなので、というか前述の通り、展覧会自体が舞台装置になっているので鑑賞は必須。何度観てもナジの映像は苦手、面白くない。

・「百獣の楽園」 京都国立博物館
京都市動物園と協力して、様々な動物モチーフを使った時代も分野も様々な絵画、工芸、染織などの作品を紹介。
いつもより、子供たちに親しんでもらおうという意図か、作品解説がいつになくはじけていた。ちなみに作品解説は個々の作品分野によって書き手が違う。緩い展覧会と侮ることなかれ。バシッと良いもの出してます。狩野永徳の新出屏風には驚いた。いや、本当に良いもの面白いものを見せていただきました。

図録は価格破壊の800円で180ページ・カラー。最初1800円の間違いじゃないかと思ったので確認してしまった。ショップの方曰く「今回はお値打ちにさせていただいています。」とのこと。しかも海外からの観光客向けなのか、1点ずつの作品解説が日本語・英語両方記載されている。京博を特別協賛している印刷会社のご厚意とか。それにしても、解説の書き手を名前でなく動物の足や手のマークで示しているのも微笑ましい。

この日は金曜だったので、京博は夜間開館。夕食を終えて、阪急で梅田に戻り、深夜バスにて横浜へ向かう。

7月30日(土)
東名高速で2つの事故があったらしく、目が覚めたのは、車内アナウンスで到着が20分遅れると流れた時だった。
7時に横浜発の東海道線に乗る予定だったが、到着が遅れたため、間に合わず次の列車に乗る。
目的地は三島で青春18きっぷを使用。

・「富士幻景 富士にみる日本人の肖像」 IZU PHOTO MUSEUM
富士山の諸表象を、写真を中心に幕末から現代までその表現を紹介するもの。IZU PHOTO MUSEUMで継続していく「富士から見る近代日本」の第一弾。ということは第二弾も間違いなく開催される筈。出品点数450点で展示替えなし。内容盛りだくさん、近代日本にとっての富士山の意味を痛感。お薦め。

IZU PHOTOだけでシャトルバスにて三島駅に戻り、再びJRにて、小田原を目指す。目的地は何年ぶりかの箱根。

・「山本基-しろきもりへ-」 箱根彫刻の森美術館
この日の13時半よりアーティストトークが開催に合わせて出かけたが、10分弱遅刻して入館。
既にトークは開始されていたため、途中参加。三段ロケットのような展示というべきか、段差のある展示室を上手く活かしたインスタレーション。今回はこれまで観たことのない展開もあって楽しめる。

この美術館は初訪問、ピカソ館他も回るが、野外彫刻は突然の大雨によってちゃんと鑑賞できなかった。

観光施設バスでポーラ美術館に向かうも、乗り場を間違え30分に1本のバスを乗り過ごす。ポーラ到着は閉館1時間半前で、そそくさとレストランで昼食兼夕食。

・「レオナール・フジタ 私のパリ、私のアトリエ」 ポーラ美術館
コレクションを中心に、フジタの画業をはじめとする、多彩な創作活動の一端を紹介するもの。一端というのは間違いなく、戦後作品が中心の展示だったが、晩年のフジタのアトリエの壁を飾っていたタイル上のパネル画は新収蔵。これで、100点を超える所蔵品数となったとか。
晩年のフジタの作品はあまり好みではないので、企画展より常設の方が楽しめたかな。ごくごく個人的な嗜好です。

土砂降りにやられた、べたべたになってしまったのでどうしてもお風呂に入りたかった。箱根の温泉に入らず帰るなんて・・・と思って日帰り温泉はないかと強羅駅をぐるりと見渡したら、坂を上がったところ徒歩1分に、「日帰り湯」の幟発見。「薬師の湯 吉浜」さんでひとっぷろ。すっかり良い気持ちになりました。
http://www.hakone-online.com/yoshihama/main1.html

再び箱根登山鉄道→小田急→小田原に戻り、小田原からは18きっぷで東京へ。
前後編にわたり、お付き合いいただき有難うございます。明日からはボチボチ記事を書いて行きます。
カレンダー
07 | 2011/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。