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「内藤 礼 展」 sagacho archives (3331 Arts Chiyoda)

佐賀町アーカイブ COLLECTION plus,2
「内藤礼 展」 sagacho archives (3331 Arts Chiyoda) 9月16日~12月4日


現在でこそ、展覧会を追いかけて東奔西走する毎日ですが、元々美術には全くご縁のない人間だった。
美術館に出かけるようになったのは10年前くらいだろうか。
それでも頻度は月に1度行くかどうかといった程度だったと思う。人間変われば変わるものです。

そんな私は90年代の美術シーンがどんな状況であったかまるで知らない。
佐賀町エキジット・スペースの存在も3331 Arts Chiyodaにsagacho archivesができてから初めて知りました。

佐賀町エキジット・スペースは東京都江東区佐賀1-8-13にかつてあった食糧ビル(さすがにこのビルの名前は何度か目にしたことがある)にあったが、ビルは既に取り壊されてしまった。

ここでは、企画展が開催され、内藤礼さんも1991年に個展「地上にひとつの場所を」が開催された。

本展では、インスタレーション「地上にひとつの場所を」のために描かれた当時のドローイングを10点、更に新作2点を合わせて展示している。

1990年のドローイングであるが、内藤さんのドローイングは初めて拝見した。
ピンクや赤といった暖色系の色を使って、丸、円弧、花びらのような描線。
女性器に見えなくもないし、乳房にも見える。いずれにしても、女性性や母性を感じさせるものばかり。

1点1点を見ていると、ドローイングのモチーフに包みこまれるような感覚がある。

ドローイングのスペースの手前に新作2つが対峙している。
ひとつは、壁に貼られた内藤さん自作の詩「あま つち ゆび あし」が。
もうひとつは、その詩に向かっている小さな小さな5センチほどの人型。
人型にはこれまた針であけたような穴があって、顔のように見える。
詩を読んでいるかのような人「ひと」


新作の詩は、生活の中で悦びを感じる時をひらがなで単語だけで綴られている。

先日、本展関連企画として、内藤礼さんと2009年に内藤礼さんの「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」展を担当された神奈川近美学芸員・三本松倫代氏の対談が開催されたので拝聴した。
(参考)過去ログ「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」展

内藤さんの作品は、言葉にするのはなかなか難しい。
対談は、話が進むにつれて徐々に不可思議な世界へと、やはりこれも内藤礼さんらしい世界へと進み、内藤さんご本人も「なんだかおかしな話になってきましたね(笑)」と苦笑される場面もあり、作品もそれを生み出す作家さんご自身も作品の一部であるかのような印象があった。

対談相手の三本松氏とは2007年に写真家の畠山直哉氏のアトリエで偶然出会ったとのこと。畠山直哉氏と言えば、神奈川近美の展覧会図録、ポスター、チラシの写真だけでなく、その前の入善町発電所美術館の「母型」展図録の写真も畠山氏による撮影だった。(畠山氏と内藤氏は90年代頃から作品の写真を撮影するという関係から始まったようで、この対談にも畠山氏が来場されていた。)

今回のドローイングについては、脳にあるものを自覚するために描いていた。後になってみると自分の風景を作ろうとしていたのだと思ったが、当時は何をしているのか分からないままただ手を動かしていた。
配置(ものの置き場所)することが好きだった。

ドローイングは3種類くらいのスケッチブックをちぎりながら描いた。その後り、立体で作るものになる形が出ているものもある。
空間のためのドローイングでなく、それ自体のための絵。エスキースは意識的に描かないようにしている。

新作の人型の顔は、鎌倉での展覧会で中庭にあったイサムノグチの彫刻「こけし」の顔と似ているボタンがあることに気付いた。(このボタンは確か展覧会に使用されていたと思う。)ボタンはこけしの精霊だと思った。彫刻「こけし」を見守るような形にしたいと思った。

今回は具象として、裸の小さい人を作った。

自分が活性化され、育てていく制作のための方法は、立体ならいきなり素材に触れる。環境の中でモノがどういう国、どういう状態にあるのがそのものとして一番自然で安らいでいるか。
他の理由で力がかかっていたりしないか、考える。

あまり事前にエスキスなどを描くとアートとして自分の中で育てていく大切な部分が固定されてしまう危険性がある。
最後の最後まで固定しないために絵や言葉にはあまりしない、決着させない、完成させない。

今回の新作について。

模型を絵の前に立たせたり関係を持たせたりしているうちに、模型が人に見えて来た。
模型は2月ごろから制作を始め、詩は震災後3月下旬くらいに作った。

自分以外の人がそこにいるのを見たかった。自分以外の生を見たいと思った。
地上の生の貢献を見たかった。

詩の形式は4つの単語が並ぶ。
中世に聖母絵の祈りが書かれていた時、聖書の中の単語を連ねて行くだけの祈りがあった。
日常生活の中の母と子の1日を書いた。
ひらがなにすべてしているのは、声に出すことを意識し、それが大事だったから。普段詩を書く習慣はないので書かない。

人を作ることで、この人が生きているのか、この世を去ってしまった人なのかは分からないが、5月からは人を沢山作り始めた。
最初服を着ていたが、1か月版くらいで裸ということが浮かんだ。

自分が何をしているか、何をしようとしているか分からない気持ちはなくさないようにしたい。

以上対談の中から内藤礼さんの言葉を拾ってみました。*( )書きは筆者追記。

アーカイブには、91年のエキジット・スペースでの展示風景資料もあります。
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神仏います近江 「天台仏教への道」 MIHO MUSEUM

miho

神仏います近江 「天台仏教への道」 MIHO MUSEUM 9月3日~12月11日
展示替えあり。作品リストはこちら。注:展示替えが多いのでご注意ください。

先に記事をアップした滋賀県立近代美術家は仏像をメインとしたテーマ・展示だったが、こちらは釈迦入滅から天台仏教の確立までの道のりという縦軸に長いスケールで展観。
本展に限定した話ではなくまMIHO MUSEUMの展示の特徴として、作品を決して置き過ぎないことが挙げられる。
それゆえ、一度に展示される作品数は50点から60点と少なく、展示替えが多いのも特徴。

信楽の本当に山奥にあるこの美術館への道のりは公共交通機関を利用するとJR石山駅からバスで約1時間。途中の山の景観は美しいが遠いと言えば遠いので、そうそう度々訪れることができないの。

以下展覧会構成とともに感想を。

■釈迦入滅
このテーマでは5つの作品が展示されている。
しかし、ぐいっとひきつけられたのは仏涅槃図(荒戸神社)室町時代。
涅槃図は仏教美術の展覧会ではよく出品される。タイトルそのまま釈迦入滅の時を絵にしたものだが、経典の釈迦入滅をもとにしてはいるが、絵画様式は自由にまかされているため、時代や描き手によって構図や縦長、正方形、描かれているものなどが異なっている。
それぞれ違いを楽しむのも素人にとって最初の鑑賞のポイントだと思う。とはいえ、複数の涅槃図が一度に見られれば比較は容易だが、今回は1点のみ。こういう場合は、面白いと思う部分を見つける。
会衆や動物たちの悲しみの表情はどうなっているか?摩耶夫人一行の位置は?
戴金、錐金などはどこにどんなふうに使われているか。状態は?などなど。
今回拝見した涅槃図は、中央やや右に満月がくっきりと描かれている。会衆や動物たちの数が非常に多く、画面下部に所狭しと並んでいる。
摩耶夫人一行も同じく通常より多く8名様であった。

■釈迦誕生の因果(過去仏、因果仏)
・「誕生釈迦仏立像」善水寺・重文・奈良時代
これは大きい。誕生仏も様々見たけれど、比較的小さなものが多い。善水寺の誕生釈迦仏は、さすがに東大寺のそれ(47センチ)には及ばないものの23.2センチとほぼ半分の高さ。東大寺誕生仏と姿形も似た印象を受ける。

・弥勒半跏像 百済寺・奈良時代
奈良時代と軽く書いてしまうが、奈良時代の仏像は貴重。こちらも像高は23.4センチと小さいが、僅かに大陸の雰囲気を残しつつ素朴な表情が印象的。特徴は顔の表情。

■大乗の菩薩と他浄土の仏
このコーナーは本展のハイライトのひとつで仏像が充実している。
・「観音菩薩立像」極楽寺 奈良時代・重文
・「吉祥天立像」 櫟野寺(らくやじ) 平安時代・重文
・「帝釈天立像」 正法寺 平安時代・重文
・「薬師如来坐像」大日寺 平安時代

他にもあるが、この4体が特に良かった。極楽寺の観音菩薩は法隆寺宝物館の観音菩薩に似ている。
吉祥天はどっしりとした体躯とふくよかな顔が実に良い。衣に僅かに彩色が残る。
帝釈天は、滋賀県近美でも気になっていた木目を意識して作られたような像。実は漆箔だったようだが、すっかり漆は剥がれている。特徴は絵門の表現。翻った袖や脚に沿ってドレープした衣がリアルに彫られている。

「薬師如来坐像」これがここでのベスト。漆なしの素地を活かした檀像。木目は細かい。非常に古い霊木でも使用したのだろうか。仏像の材になっている木の年月に思いを馳せる。一木造かと思いきや木寄せ法だとのこと。
やっぱり解説を読まないと一見しただけでは分からない。山岳仏教の遺品だが、滋賀近美両会場を見て、山岳仏教の信仰の地であった縁の品々が多い。


絵画では「阿弥陀二十五菩薩来迎図」新知恩院・重文・鎌倉時代
これは実に賑やかな来迎図だった。来迎図にも色々種類があるし阿弥陀二十五菩薩来迎図も涅槃図同様、経典の1シーンを描いたものだが、各人各時代で様式は様々。

二十五菩薩が琵琶をならし踊り阿弥陀を伴って来迎する。まことに華々しい。こんな来迎なら良さそうと古の人々も思ったのではないか。状態も良く、錐金も美しい。見ごたえがある。


■仏編満する宇宙
・「善財童子図」南宋時代・MIHO MUSEUM
南宋時代の墨画をさらりと出してくるあたりがこの美術館の美術館らしいところ。

■奈良時代の仏教
漸く奈良までたどりついた。
・「持国天立像」平安時代 MIHO MUSEUM・重文
邪鬼に注目。ものすごい表情で踏みつけられている。彩色もかなり残る、大型の持国天。昔はさぞかしピカピカだったのだろう。

・「千手観音立像」 善勝寺・重文・平安時代
記憶をたどれば、前記の持国天立像」と対面するように向かい合って展示されていたと思う。
像の表面が炭化していることから火災にあった仏像とのこと。よくぞ、くぐりぬけて今日まで。体躯は檜の一木造、顔は扁平な横長だが、表情は柔らかい。脇手などは後補だがそれ程時代は離れていないらしい。こちらも木目が美しい。

・「大般若経」常明寺・国宝
まず用紙に目が行く。料紙は黄麻紙。きっちりとした文字。文武天皇追善のため発願された「和銅経」の遺品。

■法華経
「法華経」は天台宗の根本経典とされた。西教寺の「法華経(重文)」は料紙の色違いを接いだ色紙経の優品。料紙好きにはたまらない。
紫、濃萌黄、薄茶、白、古の色、と言えば京都の染司よしおかさんを思い出してしまうが、日本の伝統の色の美しさ取り合わせの妙を堪能。もちろん裂箔などの装飾も施される。

■比叡山の最澄
・「薬師如来立像」衆生来迎寺・平安時代
あどけない顔が何とも言えない。思わずこちらもつられて微笑んでしまうようなうっすらとした笑みを浮かべているよう。銅像。衣の線や表現もゆるい。

・「如来立像」 若王寺・平安時代・重文
右手で衣を握っている珍しい木造一木。中刳りしていない。

・「大黒天半跏像」 明寿院・平安時代・重文
鎧を身につけ、左手に棒を持つ半跏坐像。武装している大黒天としては最古のものとして貴重。

■最澄以後、天台密教の隆盛
・「宝冠阿弥陀如来坐像」 香蓮寺 平安時代
・「黄不動尊像」 百済寺 南北朝時代
最後に黄不動を持ってくる所がいかにも滋賀らしい。黄不動と言えば、有名な園城寺根本像、秘仏で著名な黄不動を数年前に拝見したのが記憶に新しい所。
今回も5つの展示期間中ほぼ毎期単位で黄不動像が入れ替えとなる。全部で5つの黄不動像が入れ替わりでおでましになる。


企画展示室を出た後には、すぐ隣の展示室を見るのも忘れないように。
その小さな展示室には、飛びきりのコレクションが数点展示されている。
今回は、室町時代の「檜扇」。根来の瓶子に壁には木造の飛天、緑青の筒。古材をあしらって空間全体を古美術品でインスタレーションしている。

石川直樹「8848」 SCAI THE BATHHOUSE

石川直樹「8848」 SCAI THE BATHHOUSE 9月9日(金)~ 10月22日(土)
http://www.scaithebathhouse.com/ja/exhibitions/2011/09/naoki_ishikawa_8848/

石川直樹さんは、今年の3月末から2ヶ月間をかけて、2度目のエベレスト登山に挑戦し、5月20日に登頂成功。
2度目のエベレスト登山の目的は、エベレストに関するあらゆる事象を見聞きし、自分の目で現在のエベレストをきっちりと記録すること。フィルムに刻みつけること。
それゆえ、愛用の中判フィルムカメラ2台と交換フィルム120本を携えて登頂するというリスクを負って山へ向かった。

通常装備であったとしても頂上が8848mの山に登ることがどれだけ困難かは想像がつく。

石川がこだわったフィルム。
いよいよ写真はデジタルに向かって進んでいくしかないのだろうか。
今回彼が撮影したエベレスト登頂の記録は写真の記録性をフルに発揮した取り組みと言える。
そして、その果敢なチャレンジに心から敬意を表したい。

ギャラリーに展示されている写真たちは大きさは様々で、それぞれ山や麓の村の様子を克明にとらえているとともに実に美しくもある。
入口に展示されていた最初の2枚を見た時、これは・・・素晴らしいと素直にそう思った。
過去にも石川直樹の写真は何度か見ているけれど、今回が一番心打たれた。

エベレストに流れる時間、時間とともに変わりゆく山の色、何より、彼のカメラは山に対してあまりにも小さな人間もしっかり写していた。
山のみの写真も多かったけれど、人物を取りこんだ山の写真も数点あり、自然と人間、自然の脅威に挑む人間、そして彼らは一様に必死に見えた。

どういう順番で回るかにもよるが、手前の一段高くなったスペース、-私の場合はそこが一番最後になった-には、越後妻有トリエンナーレの福武ハウスにも展示されていたような八幡亜樹が編集した映像作品が流れていた。
今回の登山の過程を動画でおさめたもので新作。

映像最後の石川の言葉は「ここより高いところはない。」だった。

冒頭に掲げた登山の目的には、実はもうひとつ彼自身に関する目的もあったようだ。
何かの新聞記事のインタビューで語っていたが、自分の生を確かめたいと。

石川直樹は土門拳賞に続き、開高健賞も受賞。写真も撮れるが文才にも恵まれたようだ。
そんな彼の文章と写真はブログで誰でも楽しむことができる。URLは次の通り。
http://www.littlemore.co.jp/foreverest/

「磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」 練馬区立美術館

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「磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」 練馬区立美術館 7月12日~10月2日
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/isoe-tsuyosi.html

マドリード・リアリズムと通常のリアリズムの違いが分からない、さっきネットで検索して見たら、マドリード・リアリズムの画家の名前は出て来たが、その特徴、アメリカ・リアリズムもあるようだが、両者の差は分からぬまま。

そんなことで感想を書くのは、何とも情けないので手短に。

初期から絶作までを網羅する展覧会。
なぜ、ここまで写実画を極めようとされたのか、写実絵画のどこに魅力を感じたのだろうか。
展示は、礒江毅の遺した言葉も一緒に添えられている。

写実絵画のあり方について、徹底的に考え取り組んでおられる様子がひしひしと伝わってきた。

作品から感じたのは、スペインの乾いた空気。
日本とスペインでは、空気の質感が異なるので、同じように作品が仕上がらない。
この乾いた空気や土地のせいなのか、描かれているモチーフも枯れているものが多かった。
例えば、野菜や植物、そしてあまり登場しないのだが、人物像は、生きているモデルを使っている筈なのに、活き活きとした生ではなく、静止、死といった時間が止まったような、と同時に生命も止まっているような乾いた印象を覚えた。

写実絵画と作者の主観との関係は、写実絵画を見るうえで興味深い。

特に礒江毅の作品の場合、単なる写実画を超えた、ささやかな作者の意図や主観がするりと入り込んでくる最晩年の作品が良かった。
彼の作品には、硬質な感じも受ける。
最晩年作では、特に構図が面白くなってくる。

本展チラシ表面に採用されている≪鰯≫や≪サンチェス・コタンの静物(盆の上のあざみとラディッシュ)≫などでは、お皿のカーブに沿って鰯やあざみ、ラディッシュが描かれる。
皿とモチーフの構図の上での一体感があるにもかかわらず、モチーフがこちらに浮かび上がってくるのはなぜか。

≪鰯≫では、お皿の白色と背景の壁の白が同じ、そして、お皿に反射する光があたっている部分だけ更に白く輝く。
最後は光さえも手中にしている。ただただ静かな画面だった。

TAMA VIVANT II 「ただいま検索中」 多摩美術大学八王子キャンパス

多摩vivant

TAMA VIVANT II 「ただいま検索中」 多摩美術大学八王子キャンパス 9月21日~10月1日

・多摩美術大学展【学内展】会期:9月21日(水)~10月1日(木)9:00~19:00(日曜・祝日、最終日は17:00閉場)
会場:多摩美術大学八王子キャンパス 絵画東棟ギャラリー、情報デザイン・芸術学棟ギャラリー
・パルテノン多摩展【学外展】会期:11月25日(金)~12月4 日(日)10:00~18:00(最終日は17:00閉場)
会場:多摩市立複合文化施設「パルテノン多摩」特別展示室

出展作家:一色、今村遼佑、下平千夏、武田海、土屋裕介、冨田菜摘、海老塚耕一

多摩美術大学八王子キャンパスまで足を運んだのは、私が好きな作家さんばかりのグループ展だったから。
「TAMA VIVANT II」は海老塚教授のゼミ生中心になって企画・構成・運営するアニュアル展。

以下各作家さんの感想です。

・武田海(たけだ・かい) 芸術学棟
武田さんの作品を観たのは、2009年の東京コンテンポラリーアートフェアだった。和紙を素材にしたものにミシンで縫ったような糸目を施した彫刻。
素材の特異性もさることながら、造形的に素晴らしく、一目で気に入ってしまった。

今回の作品は、2011年の新作3点と旧作1点、計4点。
展示スペースは芸術学棟ギャラリーで、外光が窓から燦々と降り注ぐ中、窓辺に4体の彫刻が置かれていた。
いずれも女性像と言ってよいだろうか。

≪サクリファイス≫、犠牲は、人魚をモチーフにした彫刻で、胸部から血を流している。
血は、赤糸で表現されていて、身体全体には濃灰色の糸目が施される。
なるほど、人魚姫のお話は考えてみれば「愛」ゆえの自己犠牲とも言える。
とにかく、痛みか苦しみに悶えたように顔を大きく後ろに逸らせたポーズにまず吸い寄せられた。
最初人間かと思ったのだが、足元を見たら鰭だったので人魚と分かった。この彫刻、台座がなかったように思う。
≪Kissed≫も同様に台座がなかったと記憶しているが、いずれも全身像で高さは約140㎝あるのだがバランスが良いのかしっかりと立っている。

≪f7≫は、他の作品に比べ記号的なタイトル。
fは恐らくfemaleのfだと思うが、7は制作順なのかもしれない。
こちらは、極めてセクシーなポーズをした裸像で、屈んで下着を片足から抜き取る瞬間を切り取っていた。

斬新だったのは≪ミスユニヴァース斬り≫という少々物騒なタイトルが付された半身像。
これも赤と濃灰色の糸目、両方が使用されていて、造形的にも糸の使い方ももっとも大胆。それでもミスユニヴァースの立ちポーズをばっさりと袈裟切りしているのは、しっかり分かる。

4つの女性達に囲まれていると何ともエロティックでありかつ残酷な気持ちにさせられる。
いずれにせよ、4体による空間支配力はなかなかのものだった。
以前拝見した作品から更に人物像としての形が美しく、感情までも表出していた像、例えば≪サクリファイス≫も忘れ難い。

・下平千夏 絵画東棟
下平さんは。2010年東京藝大先端表現の修了制作展で初めて作品を拝見。この時、印象に残った作家さんのおひとり。昨年INAXギャラリーでの個展以来、3度目になる。
輪ゴムを使ったサイトスペシフィックな空間彫刻と言ったら良いのだろうか。
とにかく、展示スペース次第で輪ゴムをつなげた大きなうねりの形態も変わるため、毎回非常に楽しみ。

今回は、こちらも外光の差し込む窓辺上部に展示され、輪ゴムの広がりの中から、日の光が見えて、ぞくぞくするような感覚。輪ゴムとは到底思えないような造形。
ねじりの中に自分も吸い込まれそうな感覚があるが、輪ゴムがエネルギーの渦に変換されているかのよう。

・富田菜摘 芸術学棟
今回は、過去に東京ユマニテ個展で展示された≪さんざん待たせてごめんなさい≫。
これは、見逃したのでここで拝見できたのはラッキーだった。
新聞紙や雑誌などの紙媒体そのものを材料にして、その材料にしているメディアを読んでいる人物像。
再生された人物が、元になった紙媒体とともに再構築される彫刻だ。

ところで作品全体で≪さんざん待たせてごめんなさい≫というタイトルなのだが、個々の人物像には名前がある。
例えば、朝日新聞の高齢化記事を読んでいるのは≪菅井チズ≫とか。
記事に登場した人物名なのか?それとも架空の人物名なのか?は分からない。

富田さんは既存の大量製造されたものを使用して新たなものを創り出すが、この≪さんざん待たせてごめんなさい≫は、私がこれまで見た彼女の作品の中ではもっともリアルに現代社会に迫っている。

・今村遼佑 絵画東棟
現在、横浜トリエンナーレ2011横浜美術館会場に出展中。
今回は旧作中心で1点2011年作。
資生堂ギャラリーや横トリのような空間全体のインスタレーションの前段階の作品と言って良いだろうか。
セメントブロックや本を積み重ねたてっぺん、はたまた木材の端っこを利用して小さな小さな飛行機などのオブジェが配される。

気配や普段見ているのに意識として見ていないような景色を得られることの大切さに気付かされ、ありったけの注意力で作品を探すという点は、現在の作品に通じる世界。

・一色 絵画東棟
最初見た時は、版画かと思った。
しかし、近づくにつれて版画ではなく鉛筆画であることに気付いた。
何という濃密な黒であることか。
墨色に近い黒。
ここまで鉛筆の線を描き重ねるという途方もなく細かな制作活動の集積。
黒と白で作られた世界は静かで、作品からは精神性さえ感じた。

・土屋裕介 芸術学棟  *9月26日追記
≪これが全てでも≫2010年は、今年の3月の東京藝大卒業・修了制作展に出されていた作品だと記憶している。
作家さんの名前はなかなか覚えられない(加齢が原因だと思われる)けれど、作品の視覚記憶は強いらしい。

テラコッタ製の人物の表情が何とも言えない。口を半開きにして、自分の座席の向かい側にある空いた座席を瞳は見つめている?
空席にはその前に人がいたのだろうか。
相手は立ち去ってしまった後の光景のように思えた。
そんな物語が浮かぶ程、この作品が語りかける要素は大きい。長いテーブルのほぼ中央にはテラコッタ製の白い皿がぽつんと置かれているが、そこには何も乗っていない。
口を空いた人物は食べるものを求めていたのかもしれない。
「お皿の上に何か乗せて!食べさせて」。鑑賞者の妄想は尽きない。

長いテーブルは小さな長方形の木片を組み合わせて作られている。ここにもかなりの手間がかかっている。
一木でなく、敢えて金色の鋲を使って組み立てた作者の意図を感じた。
2脚の椅子とテーブルの長い脚の質感はとても緊張感があった。

・海老塚耕一 芸術学棟
海老塚さんは彫刻がご専門だと思っていたが、今回は平面作品≪転写された水-Sへの記憶≫を出展。
鉄錆を利用して布に染み込ませたものに、アクリル絵具で描画している。
タイトルがそのまま制作方法につながっている。
河口龍夫さんも同様に鉄さびを利用した平面作品を制作されているが、海老塚さんの場合は、アクリルの描画と鉄さびとの組み合わせ、それぞれの位置や色を含めた関係性が鍵となるように思った。

神仏います近江 「祈りの国、近江の仏像」 滋賀県立近代美術館

祈り

神仏います近江 「祈りの国、近江の仏像」 滋賀県立近代美術館 9月17日~11月10日
http://www.shiga-kinbi.jp/?p=15091

滋賀県内の3つの美術館、滋賀県立近代美術館(瀬田会場)、MIHO MUSEUM(信楽会場)、大津市歴史博物館(大津会場)の3館連携特別展「神仏います近江」が今秋開催されています。
3つの館の母体は、滋賀近美が県立、MIHO MUSEUMは宗教母体の財団、大津市歴史博物館は大津市と、運営主体もそれぞれ異なっているため、こうした官民共同企画というのは、昨年のあいちトリエンナーレ連携で、名古屋城、名古屋市博物館、徳川美術館くらいしかすぐに浮かびません。
3館連携企画といえど、滋賀県に関わる仏教美術、神道美術の展示という点は共通していますが、各館で焦点は異なります。

今回の3館連携企画は、特に滋賀近美の集客の悪さが問題になり、浮上したものだろうと思われます。滋賀県の文化行政はここ10年程の間に益々混迷が深まっていて、仏像や絵画、仏教美術を含む古美術の博物館であった琵琶湖文化館が休館に追い込まれたのも記憶に新しい所です。この企画が始まる頃、検討委員会滋賀県議会では琵琶湖文化館の継承施設として今回の瀬田会場である滋賀県立近代美術館とする結論を決定出しました。
注:滋賀県議会が決定と当初記載したのは誤りです。謹んでお詫びして訂正致します(9/26)
(参考)http://mainichi.jp/area/shiga/news/20110903ddlk25040418000c.html
恐らく調査や議論があったのだとは思いますが、琵琶湖文化館が休館になったのは、私が東京に移る前ですから、あまりに時間がかかり過ぎなのではないでしょうか。

さて、本題に。

滋賀近美では「祈りの国、近江の仏像」では、仏像メインの企画展が行われています。
滋賀県の仏像と言えば、かの白洲正子の向源寺・十一面観音像があまりにも有名ですが、湖北、湖南と奈良、京都に次いで仏像を多く有する県となっているのです。

出展数は展示替え合わせて計57点なので、約50点の仏像名品を観ることができる。
50点の仏像を見ようと思ったら、どれだけの時間がかかることか。確かに寺社仏閣で観る仏像は素晴らしいのは間違いありませんが、なかなか仏像巡りもできないのが実情。こうして美術館、博物館で気に入った仏像があれば、今度は実際にお寺を訪ねてみる、というきっかけ作りにもなります。

会場は、深い緑で統一され(偶然かもしれないが、監視の方の椅子の座面、背面も同じ深緑)、落ち着いた雰囲気で鑑賞することができました。

特に気に入ったのは、入ってすぐの平安時代の仏像群。

「木造薬師如来坐像」(平安・大岡寺・重文)は丸みを帯たどっしりとした体躯をして、迎えてくれます。
10月23日まで期間限定で展示されている木造十一面観音立像(平安・正福寺)は、10世紀の作として、正福寺最古の仏像とされていますが、目立った損傷もなく、正面から見てわずかに右へ腰をひねっている安定した立ち姿勢、手指、そして何より木目を活かした木そのものの美しさもまたこの像の魅力と言えるでしょう。

「帝釈天立像」(平安・善水寺・重文、10月10日迄展示)も同じく10世紀の作例。
数日前に東博の「空海と密教美術展」で東寺の「帝釈天立像」(9世紀)を観てきましたが、同じ帝釈天でもこれ程違うかという程、面貌、体躯と比較してみると仏師の違いか時代の違いが現れています。

こちらの「帝釈天立像」はふっくらとした丸顔で小さく、寧ろやや横に長いのが特徴。親しみやすい面貌です。また、衣の表現、特に袖のたなびく様子は素晴らしい技術。

そして、お楽しみはこれから。
快慶のコーナーで、石山寺の「木造大日如来坐像」を拝見し、その腰の細さ、高い髻と、真如苑蔵の大日如来像に似ています。

ここは、軽く流して次のコーナーで足が止まります。
地蔵菩薩像がずらりと並んでいるではないですか。
最初の平安時代の仏像群の中にも一体素晴らしい木造地蔵菩薩坐像(平安・金勝寺)がありましたが、それに続けとばかり9体の地蔵菩薩が(うち重要文化財4点、県指定文化財3点)!

中で、甲賀市の櫟野寺(らくやじ)蔵「木造地蔵菩薩坐像」は堂々とした存在感を放っていました。光背も制作当時のものと見られる非常に貴重なもの。仏像自体は平安後期の様式をとどめ、漆箔に覆われているため、他の古色像とは異なる。また、像内には、現世安泰と後生菩提を祈っての造られたものと墨書されているとのこと。

他に地蔵菩薩半跏像などあり。

異形の像としては、「塑像魍魎鬼人像」(室町・西明寺)は目を引く。
赤いパンツに赤い目をして、髪は逆立つ。筋骨隆々で逞しいが全体的に小ぶりな像。何を目的として造像されたのか確定要素はないが、寺院守護ではないかと推測されている。


これ程巨大な像をどうやって・・・と思った木造金剛力士像(室町・園城寺)2体もおでまし。

平安時代から桃山前期までを通して滋賀県の仏像の素晴らしさの一端をこの目で確かめることができました。古の人々の祈りの姿と現代に生きる私たちの祈りは重なっているように思います。

また、この会場で見逃せないのは常設展示です。
今期は特に充実しており、戦後アメリカ美術展示室では、ロスコやジョセフ・コーネルらの作品が出ています。近代日本画は、ご当地の小倉遊亀コーナーはもとより、「再興院展の輝き」と題した近代日本画コーナーでは、木村武山「瀑布図」、安田靭彦「飛鳥の春の額田王」「鞍馬寺参籠の牛若」、速水御舟「菊花図」「遊魚」他見ごたえがありました。

常設展示も企画展チケットで入場可能です。

「ゼロ年代のベルリン ―わたしたちに許された特別な場所の現在」 東京都現代美術館

ゼロ年代のベルリン

「ゼロ年代のベルリン ―わたしたちに許された特別な場所の現在」 東京都現代美術館 9月13日~2011年1月9日
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/128/1

世界から集まりベルリンに在住する18組のアーティストによる、映像、絵画、パフォーマンスなど多様な表現による作品を紹介する展覧会。*パフォーマンスは映像化されている。

開催当日は午前中にパネルディスカッション、午後に3組のアーティストによる作品プレゼンテーションがあり、両方参加した。
以下、それらを参考に印象に残った作品を振り返ります。
なお、本展のすべての作品が出揃うのは10月29日以後となりますので、ご注意ください。10月29日以後は1階と地下1階の展示になるようですが、それまでは地下1階の15作品のみです。

また、15作品の約半分が映像もしくは映像インスタレーション。
原美術館で先日まで個展が開催されていたミン・ウォンの2010年≪明日、発ちます≫は5面スクリーンでそれぞれ別のシーンが約13分ループで上映となっているため、全てを観るためには13分×5必要となる。今回は、イタリア映画の鬼才パゾリーニ監督の「テオレマ」(1968年)をベースに登場人物5名をミン・ウォンが演じ分けています。

ミン・ウォンを除く映像作品だけでも最短で約1時間半は必要です。個人差もありますが、映像好きなら時間には余裕を持っておでかけください。

ベルリンと言えば、現在多くのアーティストが世界中から集まり制作や拠点としている場所の筆頭と言えるだろう。
1989年のベルリンの壁崩壊後、急速にベルリンの状況は変化し、経済、政治のみならず街の風景までも一変しているような都市というイメージがある。
ディスカッションでは、ベルリンに生まれたアーティスト、デンマークに生まれ育ち、NYやインドなどに移り住み、現在ベルリン在住、もしくはベルリンとロンドンを行ったり来たりと、ベルリン在住のアーティストと言ってもベルリンとの関わり方は個々のアーティストにより様々であることが良く分かった。
彼らに共通していたのは、ベルリンはアーティストが制作するには適しているが、お金を稼ぐことはできない場所だということ。
規制は比較的緩やかで、ヴォイドのようなフリースペースが各所にあり、また歴史や文化も豊穣で制作活動には適した環境。ただし、ベルリン市には経済的余裕はなくアーティスト支援は望めず、プライベートな財団からの助成に頼るしかない。例外として挙げられていたのが、オラファー・エリアソンのスクールで、彼のスクールは若手作家の育成を目的に公的資金による援助がされているのだそう。

そんなベルリンの都市を一番反映した作品を作っていたのは、マティアス・ヴェルムカ(1978年生)&ミーシャ・ラインカウフ(1977年生)。いずれも旧東ベルリン生まれの二人組アーティスト。
私は彼らの作品を昨年4月に水戸芸術館「「REFLECTION」リフレクション/映像が見せる“もうひとつの世界”展で初めて観た。水戸では3つの作品が上映されていて、作家の名前はすっかり失念していたが、作品を観てすぐに思い出した。
水戸では、セリフがないにもかかわらず妙に気になる作品で、ただ作家の意図するものがよく分からないままに終わってしまった。
しかし、今回来日し、本日のディスカッションとプレゼンに参加していたのは非常に嬉しかった。
特に彼らのプレゼンテーションは興味深く、何に関心があり、現在のようなユニットとして映像作品を制作するきっかけまで作家自身の言葉を聴ける貴重な機会を得た。
マティアスがパフォーマーとして映像作品に写されている、つまり作家の自演であることが判明、それを撮影するのがミーシャ。その後、撮影した映像をアートの文脈に乗るように編集に入る。

マティアスはユニット形成前に彫刻を学びアートを、ミーシャは映画を作っていた。二人は、過去に近所に住んでおり仲が良かったが、その後引っ越しがあり離れ離れに。再会した時、ミーシャは映画製作に行き詰まりを見せていて、二人で試行錯誤して行った結果、現在のような短編映像や映像を使ったインスタレーションを制作するユニットとして活動する形態となった。

二人の関心事はパブリックスペースの「境界」にある。パブリックスペースがどこにあるのか、そこに何があるのか、更にその向こうに何があるのかに興味がある。

なるほど、それが分かると水戸芸術館や今回展示されている作品≪ネオンオレンジ色の牛≫(6分30秒)も納得できる。マティアスがベルリン市内のあちこちでブランコに乗るシーンが繋ぎ合わされている。こんな場所でブランコが!という驚きもあるが、マティアスの眼はブランコを漕いでいる時何を見ているのか。
この作品のラストシーンの美しさは特筆もの。過去に観た作品にも共通するが、二人の映像作品は映像そのものに美しさがある。だから、意味が多少分からずとも見入ってしまうのだ。
更に面白いのは、こうしたパブリックスペースでのパフォーマンス(今回はブランコ乗り)に当局の許可を一切取らないこと。
プレゼンでは他の作品の一部も幾つか見せていただいたが、パトカーや電車の窓ふきを突然モップで始めるなど、非常に大胆な作品もあった。最後はつかまって連行されそうになるが、逃げ出す場面まで撮影されている。

また、今回は単純にスクリーンに映像を流しているだけだが、ベルリン(?)では、展示室内に梯子をかけたり、室内に人が入れる程の部屋を作り、小さな穴からのぞくとベルリンの写真が、また映像作品もモニターで上映したりと、観客がパブリックスペースで何を見ることができるのかを提示したインスタレーションも展開していた。


サイモン・フジワラは日本人の父とイギリス人の母親との間に1982年に生まれた。2010年にはカルティエ賞も受賞し、2011年シンガポール・ビエンナーレ、第29回サンパウロ・ビエンナーレに出品するなど世界の注目を集める新進気鋭の若手アーティスト。
本人は、ケンブリッジ大学で建築を学び、その後フランクフルト造形美術大学でサイモン・スターリングに美術を学ぶ。
今回の作品≪フジ・リユナイテッド≫は彼の父、カン・フジワラと共同制作を行って参加。
これが驚くようなインスタレーション+映像作品。英国陶芸の父と言われるバーナード・リーチと濱田庄司の関係をメタファーにして、西洋的な父権のあり方や父と子供の関係を問い直す実によく練りこまれた作品。
映像作品は、劇中劇のような展開で、サイモンが書いた脚本を演じるために西洋人男性を応募し、その候補者と台本をもとにサイモン自身と応募者が対話する所を映像化。

彼もトークとディスカッションに参加していたが、この作品は3部作の最後で、前の2作品についてのプレゼンもあったが長くなるので割愛。実にその内容はフランコ政権下の同性愛や近親愛をテーマにするなど衝撃的作品だった。プレゼンは3名の作家のラストで、時間が押せ押せになっていたこともあり、マシンガントークで、さすがに同時通訳の人も訳しきれず大変そうだった。

サイモンは、レクチャー形式のパフォーマンス、インスタレーション、彫刻や小説といった手法をとるのが特徴。本作品ではまさにインスタレーションあり陶芸あり、戯曲を自身で作り自演するという活躍ぶり。

今年の7月から8月にかけて馬喰町のTARO NASUギャラリーでライアン・ガンダーキュレーションによる海外作家6名のグループ展「Humid but cool, I think.」にサイモン・フジワラは参加していた。彼の作品はこれまた6名の中で一番記憶に残っていたものの、この時はよく意味が分からず。今日やっと、そういうことだったかと理解できた(そんなのばっかりです。)。
このグループ展はTARO NASUのサイトをご参照ください。→ こちら

フレンチ・ウィンドウ展では印象の薄かったアンリ・サラ、彼の≪入り混じる行為≫2003年は展示空間自体に意味する所があったし、ヨン・ボックは東京を舞台に撮影し映像化した新作を発表し、これまた面白い内容になっている。

平面作品《信頼できるもの》(2011年)では、ヘギュ・ヤンの情報保護封筒の地紋を切り取って再構成コラージュが美しかったし、その意味する所、プライベートとパブリックの関係を問いかける。
イザ・ゲンツケンのミニマルな彫刻とカタリーナ・グロッセの組み合わせも良かった。

ただ、特に映像作品、平面作品はもう少し展示方法に工夫ができなかったのかなと思う。ホワイトキューブの壁にただ並べただけでは作品の面白みや良さが活かしきれていないもの、例えばプレゼンにも参加していたキアスティーネ・レープスト―フのコラージュ作品など、もあった。

*今後、大幅に加筆・修正する可能性があります。

「春草晩年の探求-日本美術院と装飾美-」展 飯田市美術博物館

春草晩年

「春草晩年の探求-日本美術院と装飾美-」展 飯田市美術博物館 9月3日~10月2日迄
http://www.iida-museum.org/

今年は菱田春草が没後百年にあたる。飯田市美術博物館では、春草の最後の画風となった装飾的傾向に焦点をあてた展覧会を開催している。本展では、初期から晩年までの春草の画業を概観しつつ、明治40年代に描かれた名品の数々を紹介。また春草を深い影響関係にあった横山大観や下村観山、木村武山の大作も展示して、春草たちが明治40年代を通じて探求した「装飾美」を展観するものです。

9月21日(水)の日経朝刊文化面には、同時に開催されている長野県信濃美術館の「菱田春草展」の紹介が掲載されていたが、長野県信濃美術館では、前半生での画風「朦朧体」をテーマに春草作品を展観している。

順序としては、信濃美術館の「菱田春草展」を観てから飯田市美術博物館の「春草晩年の探求」展を観るのが良さそうだが、長野市と飯田市は同じ長野県でありながら、かなり離れている。
飯田には、名古屋から高速バスが毎時1本出ているので、今回は名古屋を起点にバスで往復飯田に出かけた。

私が行った9月19日は玉蟲 敏子 氏(武蔵野美術大学教授)による講演「明治の琳派と春草・大観」があり、合わせて聴講した。1時間半パワーポイントで多数の画像を交えての解説で、春草と琳派作品の関係のみならず、千葉市美術館での「酒井抱一展」を控え琳派の予習復習にもなった。また、大観と春草の画の違いについての考察など本当に興味深い内容だった。以下講演内容を踏まえつつ本展を振り返る。

展覧会構成は、
第一章 菱田春草の生涯
第二章 日本美術院と装飾美
の二部構成で3つの展示室により、約40点を展示している。40点と言っても、4分の1は屏風などの大作なので非常に見ごたえがあった。

春草、初期作品の中で見どころは、「菊慈童」1900(明33)年だろう。朦朧体で描かれた約1.8mの大作掛軸で、明治33年春の日本美術院総合展に出品された。高階秀爾著『日本近代美術史論』ちくま文庫(講談社文庫絶版)によれば、本作品は春草の優れた色彩感覚を示す最良例のひとつと高階氏が評価している作品。

と引用してみたものの、作品を見た時には知らなかった。
しかし、知らなくてもこの絵の素晴らしさは感じることができる。朦朧体は色が濁ると批判されたそうだが、本作品についていえばどこが濁っているのか分からない。的外れな批判だったのではと思ってしまった。
遠近が色の明度彩度、色相の変化によって表現されている。
手前には小さな人物が中央にひとり描かれているが、この配置と大きさが却って、人物に視線が向くように考えられている。

その後、春草は朦朧体から新しい画法探求を続ける。
琳派風作品の萌芽は「月下遊鴨」1901年で明らかに見てとれる。「月下遊鴨」は。銀泥で左上に月が、そして水辺は横に長い楕円上でデザイン的な構図。
月光への関心は、酒井抱一「月に秋草図」MOA美術館蔵にも半分隠れた銀泥の月が描かれており、抱一作品との類似性を玉蟲氏が指摘されていた。曰く、月光に対する鋭敏さが春草にも抱一にはある。

また「花あやめ」1905年は、ここでも抱一の「燕子花図屏風」1801年出光美術館、「十二か月花鳥図」五月・畠山記念館、でこれらの類似点としては水面下にあったりり、水から出た状態を描いている点を指摘されていた。
春草のあやめでは、葉の色の薄さに特徴がある。

そして、文展第1回に出展された「賢首菩薩」1907(明40)年・東京国立近代美術館も出展されている。
没線描法と点描技法が駆使された作品で、文展では物議を醸したのだという。
春草の斬新な技法に審査員の方がついて行けなかったということだろう。前述の高階氏の著作によれば春草はこの時「よしッ。来年はもつと程度を下げて審査員に解る絵を描いてやらう」と負けん気の強さを発揮した発言をした。

「賢首菩薩」については、下絵が何枚か合わせて展示されており、完成作までに構図が如何に変わっているかを見比べると春草の構図、作品についての探求度が伝わってくる。

また、本展最大の見どころは、「落葉」1909(明42)年(六曲一双)・福井県立美術館と「落葉」1909(明42)年・滋賀県立近代美術館(二曲一双、前期展示、後期は茨城県近美所蔵作品が出展される)だろう。
重要文化財に指定されている永青文庫所蔵「落葉」は展覧会「細川家の至宝」に出展予定のため、本展での展示はないが、永青文庫所蔵作品以外に、これ程「落葉」が沢山描かれているとは知らなかった。

福井県美の「落葉」は永青文庫蔵のものより後に描かれたもの。
永青文庫の落葉と比較すると、左と右が逆になったようなモチーフ、そして濃淡は福井県美の方がはっきりしている。樹木の幹も、永青文庫の方は地面に対して垂直だけれど、福井の方は屈曲しているものも見られる。

玉蟲氏によれば、「落葉」は、池田狐邨「檜図屏風」19世紀半ば・バーク・コレクションと構図の類似が見られる。狐邨は抱一門下である。また、構図だけでなくたらしこみなど琳派技法の導入もみられる。
それにしても、落葉の葉の色の美しいこと。
遠く離れて見ると、カサコソと落葉が音を立てるのが聴こえて来るような作品。

永青文庫所蔵の春草の名品と言えばもうひとつ「黒き猫」がある。
「黒き猫」は、「落葉」と同じく「細川家の名品」展に出展されるが、ここでは、「柿に猫」1910年・個人蔵が出展されていて、これも必見。葉脈は金泥で描かれ、猫はこれも黒猫。毛並みはふさふさ、目は金。
本展チラシ表面に採用された佳品である。

猫をモチーフにした作品をもう1点。「猫に烏」1910年・茨城県立近代美術館は、奥行き感がほとんどなく平面的、で中央が抜け、左上から右下に斜め下に視線が向くように配された構図が巧み。

春草は、1911年36歳の若さで亡くなるが、最晩年の作品は目の状態が悪かったのか「松竹梅」などのっぺりして、銀地屏風であるが魅力が感じられない。
眼病さえなければ、もっともっと素晴らしい作品を遺したであろう春草。
玉蟲氏は、春草と琳派の中でも特に酒井抱一作品との共通性を指摘されていた。春草は、自然主義、写実と装飾の融合を志向していた。抱一作品の理解にも優れ、抱一の作品世界に惹かれるものがあったのだろうとのことだった。
講演の最後に春草も「風神雷神図」を描いていたと、画像を見せていただいた時には驚いた。
現在は行方不明の春草の「風神雷神図」は、畠山記念館蔵の酒井抱一「風神雷神図」(双幅)を転用したものと推測されている。ぜひ、発見されんことを願う。

第二章は、春草以外の日本美術院の画家たちの大作がずらり。
個人的には初見の作品は少なかったが、福井県美の横山大観「春飽きず」(六曲一双)、同じく大観の個人蔵「秋色」(六曲一双)、下村観山「獅子図屏風」水野美術館、「竹林七賢図」茨城県立近代美術館。
第二章は、日本美術院の画家たちも琳派の影響を受けていることが分かる装飾的な作品、しかも六曲一双の屏風が殆どなので、こちらも日本画好きにはたまらないと思う。春草との琳派の取り入れ方の違いを感じる。

内容充実の素晴らしい展覧会でした。
講演会当日には高階秀爾氏も出席されており、講演後の質疑応答で司会の方から指名を受け、2つ質問をされていたのも印象に残りました。

『預言者』 伊東宣明 個展 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA 

「預言者」 伊東宣明 個展 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA  9月14日(水)~9月25日(日)
http://www.kcua.ac.jp/gallery/exihibition/1776.html

真っ暗な展示室に、ひじ掛けつきのソファがひとつ。正面にはスクリーンで片手首から下のクローズアップ映像が映されている。

伊東宣明の新作『預言者』は不思議な体験だった。

2010年にサントリー天保山ミュージアム「レゾナンス 共鳴」展で『死者/生者』を見た。
この作品については、 PEELERの高嶋慈氏が素晴らしいレビューを書かれているのでそちらを参照ください。
http://www.peeler.jp/review/1006osaka_2/index.html

今回の作品も高嶋氏が指摘する観点を踏まえて作品を体験してみれば良かった。
これは過去形。
最初に本作『預言者』を体験した感想は、なんだかよく分からないだった。
冒頭に書いた通り、ひじかけソファに腰をおろす、これが実に居心地が良い。
そして、目の前のスクリーンと会場に入った時から聴こえていた何者かの声がぴたりと一致していることに気付いた。

一体、これは誰の声なのか?作家?関西弁のくぐもった男性の声で、何を語っているのか聞き取りにくかったが、音声の内容に合わせて、スクリーン上の手が様々に忙しく動く。
手の動きは、影絵遊びをする時の形をイメージしていただくと良いだろう。

実際は約5分のループ映像の作品だが、ループと気付いたのは頭上から「カ、カ、カ!」と言った笑い声が聴こえた時だ。
この激しい笑いに対して、手の動きも激しく笑いのタイミングに合わせて動く。
音声は頭上直上に設置されたスピーカーから流れて来るので、ダイレクトに伝わる。


よく分からないまま会場を出ると、出た所に作家の伊東氏がいらっしゃった。
そこで、男性の声が自分を預言者だと思っている人で、聴こえていたのはその「預言者」による預言だと教えていただいたのだが、そうでなければ分からぬまま帰る所った。
作家は、預言者による預言を録音し、その声を聴きつつ手の動きでそれを表現することを試みた。
映し出されていたのは作家の手。
注:預言:予言とは意味が異なる。預言は神の神託を告げる意。当初、予言と記載していたものは修正しました。

さて、その仕組みが分かったところで、自身の体験を振り返ってみた。

音声が体験者(鑑賞者)である私自身の身体を通じ、手の動きに変換されている錯覚。
つまり、体験者が作品間、音声と映像との媒介、例えて言うなら霊媒のような役割を果たしているかのような。
鑑賞者自身の身体感覚が作品に入り込み、共振している。

上記に紹介した高嶋氏のレビューが本作にもあてはまるだろう。一部引用すると「作品自体が、内部に他者を導入し、他者との回路を開くことによって成り立っている。(中略)伊東の場合は身体や記憶に関わる問題である。」と高嶋氏は『死者/生者』を評されていたが、アプローチ方法を今回は身体的側面を重視しつつも、鑑賞者の内面、自我にまでアプローチしようとしたのが狙い。

確かに、この椅子に座り続けていると奇妙な恐怖感に襲われる。
自分がこの『預言者』に乗っ取られるような恐怖があった。だから、2ループ以上は座っていられなかった。
乗っ取られの恐怖を無意識下に感じたのだろう。だから、自己を守るために居心地の良いソファを離れた・・・のかもしれない。


瑣末なことなのだろうが、気になったのは本作がサウンドインスタレーション作品とされていること。@KCUAの本展概要に「サウンドインスタレーション作品」とされていて映像については触れられていない。

果たしてサウンドインスタレーションと言い切れるのか。

これは、鑑賞者によって異なるのではないか。私自身はまず映像に注意が向き、音声については笑い声で初めて映像から注意がそれた感じだった。
もし、サウンドインスタレーションとするなら、私の場合、作家の意図が上手く体験できなかったことになる。
また、出口で作家に出会わなければ、あの声が誰のもので何であったのかは分からないままだった。できることなら、もう1度座って確認してみたい。
*その後、当初は音声だけの展示予定だった所を、展示1週間前に映像を追加することになったため、@KCUAの概要修正がされていないと分かった。


帰宅後@KCUAのサイトに書かれていたのに気付いたが手遅れ。初めて作品に接する鑑賞者には、作家の意図する所を読み取るためのヒントが少なかったように思う。
注 : 現在は、簡単なテキストが置かれています。

1日経過しても、笑い声が耳に残り手の動きがまぶたに浮かぶ。
短時間ではあったが強烈な認識の無いまま憑依されるという不思議な体験だった。是非、鑑賞されることをオススメします。

伊東宣明さん公式サイト → http://homepage.mac.com/nob_ito/

「アルプスの画家 セガンティーニ-光と山-」 静岡市美術館 はじめての美術館90

セガンティーニ

「アルプスの画家 セガンティーニ-光と山-」 静岡市美術館 9月3日~10月23日
http://www.shizubi.jp/exhibition/future_110903.php

開館1周年を迎えた静岡市美術館に行って来ました。
かつて南口側にあった静岡アートギャラリーには数回行ったことはありますが、静岡市美術館開館後は初めて。

静岡アートギャラリーも駅近でしたが、静岡市美術館も静岡駅と地下で直結。雨が降ってもぬれずに行ける美術館です。静岡駅から徒歩3~5分程度の複合ビル「葵タワー」3階にあります。

広々とした玄関、玄関はオープン展示スペースになっていて、現在は袴田京太朗「人と煙と消えるかたち」展が開催されています。ここは写真撮影可能。
新作、旧作が壁面や床、あちこちに置かれ来館者を出迎えてくれました。

メイン企画展は「アルプスの画家 セガンティーニ-光と山-」。
セガンティーニの名前を聞いたことのない方も多いことでしょう。
日本国内では国立西洋美術館、大原美術館が彼の作品を所蔵しています。

展覧会冒頭の開催の辞を読み進むにつれ、まず気になったのはセガンティーニがどこの国の画家とされているかでした。
彼はアルプスの山や自然を多く描いています。てっきりスイスの画家かと思ったら、そうとも言い切れないようで、イタリア(イタリアで生まれた、更に、生地アルコは現在はイタリア領だが、セガンティーニ誕生時はオーストリア領だったためオーストリアも絡んでくるという、国と国のしがらみを目の当たりにするという。

展覧会構成は、静岡市美術館のサイトに詳しいのでご参照ください。→ こちら

17歳でブレア美術学校に入学し、若き日の作品は非常に沈鬱で画面は暗い。しかし、暗い画面の中で必ずどこかひとつ光の差す場面を作り出している。明暗の対比は若い頃の作品でも顕著。
加えて、ミレーに影響を受けているため、羊飼いをはじめ農村、農民の日常の風景をモチーフとしている。
羊を描いた作品では《羊たちへの祝福》1884年、《羊たちの剪毛》1883-1884年が初期作品では印象深い。
ただし、日常風景を描きつつ宗教的な内容を描いていることも見逃せない。生涯、セガンティーニにとって信仰や宗教は関心事であったが、彼が信じていたのは教会ではなく、自然神であったようだ。
教会に対しては寧ろ懐疑的、批判的立場をとっていたようで、彼の4人の子供たちには洗礼を受けさせていない。

28歳でサヴォニンに移住してから、彼の画面はがらりと変わる。
この頃からセガンティーニ独自の色彩分割技法を用いて、光と色彩あふれる画面へと移行を果たす。
本展チラシ表面に採用されている《アルプスの真昼》《水を飲む茶色い雌牛》など代表作が並ぶ。

同時期にフランスでは点描法で有名なスーラもその技法によって作品を発表していたが、スーラとセガンティーニの間に交流はなく、セガンティーニは当時スーラの作品も見ていないとされている(図録解説による)。

線を重ねてその隙間を補色で埋めるのがセガンティーニの分割技法だが、少し離れたところからみると視覚の中で色は混ざり合い、画面ではなく自らの鑑賞者の脳内で色彩はひとつになる。
彼の描く山々や草、そして岩や山肌の質感と色は、近くで見ると刺繍にも似ていた。

36歳でスイスのマロヤに移住し、この頃ウィーン分離派との交流を始めた。→セガンティーニ略年譜

ウィーン分離派の影響を受け、自然を描いていた画面の中に、象徴主義的な構想画面へとシフトしていく。
《生の天使》では、中央に聖母子と思われる母子の姿を描く。
また、《虚栄》1897年では、裸婦が水に映る自分の姿を見ている。すなわちナルシズム批判の場面を描く。
この裸婦の髪をかきあげるポーズが当時流行したジャポニスムを取り入れているのではないかという論もあるようだが、果たしてどうか。

カロヤ移住後に、セガンティーニの名声は高まり、第1回ベネツィア・ビエンナーレでイタリア政府賞を受賞する。

そして、40歳前後にアルプス3部作に取り組む。
アルプス3部作は《生》《自然》《死》と最初題されたが、後にウィーン分離派により《生成》《存在》《消滅》
として発表された。
この3部作はセガンティーニ美術館蔵で門外不出といわれており、本展への出品はないが、下図が来日している。

3部作といえば、黒田清輝の「智」「感」「情」を思い出す。
黒田は観念を絵画化せんと試み、セガンティーニは自己哲学、もしくは人生観を絵画化しようとしたのではあるまいか。

セガンティーニ作品を語る上で欠かせないのは、彼の不幸な生い立ちである。
幼い頃に両親をなくした彼は、少年院で育ち、基本教育を受けぬまま美術学校に入学した。
母への思いは生涯尽きぬようで、たびたび絵の中に聖母子や母子が登場するのはそれゆえだろう。
女性への崇拝は母への思いでもあった。
また、両親の死の衝撃ゆえかセガンティーの作品には生きているものの死を描いた作品も散見される。本展でも初期の作品で何点か紹介されているが、中で《白いガチョウ》1886年は優れた技量を示している。
セガンティーニは生と死を自然の中に見出し、結果、アルプス三部作への結実をみせた。

セガンティーニは山でアルプス3部作《自然》制作中に腹膜炎を起こし亡くなる。最期の言葉は「我が山をもう1度見たい」だった。
前々回記事をあげた犬塚勉もまた、山や自然に魅入られ山で遭難し亡くなってしまった。
犬塚の最期の言葉とセガンティーニの最期の言葉が重なった。

シリーズ彫刻/新時代vol.6 「原真一展-拾いもの-」 日本橋高島屋美術画廊X

シリーズ彫刻/新時代vol.6「原真一展-拾いもの-」 日本橋高島屋美術画廊X 8月31日~9月19日

シリーズ彫刻/新時代は、東京藝大彫刻科の深井隆教授の監修により、5年間にわたり展開してきた。
毎年このシリーズを楽しみにしてきた。私は、vol.3土屋仁応、vol.4滝上優、vol.5小俣英彦、そして今回のvol.6原真一と過去4回を見たのだが、毎回個性あふれる作家の彫刻作品とそれらが生み出す展示空間の空気、雰囲気に魅了された。
なお、vol.1は森淳一、vol.2は清水淳だったので、このお二人の展示もさぞかし・・・と推察される。

最期を飾る「原真一展-拾いもの-」は、彫刻という分野にこだわらず、コラージュ、ドローイング、絵画、ミクストメディア、更に彫刻も大理石あり、木彫あり、ブロンズありと表現方法を広げることで、自らが決めたテーマにチャレンジしている。そして、それらが渾然一体となった空間は、空恐ろしい程エネルギーに満ち、原真一の力量の奥深さを痛感し、驚きとともに高揚する気持ちで一杯になった。
展示風景は日本橋タカシマヤのブログに掲載されていますのでご参照ください。→ こちら

本展図録より以下一部引用すると
今度のテーマである「拾いもの」とは、排除されたものや無視され続けたものに内包する概念を反映し再生する提示です。

展示空間の真ん中より奥に、彫刻作品が多く置かれている。
強烈な存在感を放っていたのはブロンズの≪Venus-田んぼ≫2009年と木彫の≪カラスの闘魂≫。
田んぼのビーナス像は、縄文期の土偶に似た骨太さとどっしりとした安定感、土俗的な姿をしていた。
≪カラスの闘魂≫は、正統的な1羽の鴉が木材らしきものを突っついているのか、具象でありつつ、戯れている木材と鴉が一体成型されているため、どこまでが鴉なのか、その境界が見えない。

壁面や床には、木に漆を施したシャープな漆を使った木彫≪FLY RIBBON-手≫2011年が、シンボリックにぶら下がる。

≪寝耳≫大理石2011年、≪待ち犬≫木、は上記とはまるで違う。≪寝耳≫はユーモアなのか、片耳がひとつ、石の中で横になって彫られている石彫、≪待ち犬≫はどこからが犬なのか判然とせず。とけるような形態を見せる。

絵画では≪顔≫、多色使いでパネルに貼られていないキャンバスに青白い顔が浮かぶ、タッチよりテクスチャーが粗く、平面彫刻的な質感をはらむ。
同様にコラージュ≪人影≫シリーズも、何枚もの紙を接ぎ貼られ、文字通り黒い無数の影が浮かび、窓ガラスにうつし出される人影を見るような、もしくは遺影のようにも見える。

天井からは帽子型の雑誌?の紙面を使ってコラージュして作られたライト。
ガラス片や糸くずなど、あちこちで拾い集めたものを小山にして盛り付けたミクストメディア≪発行体≫。

そうだった、この個展タイトルは「拾いもの」であったのだ。

作家があちこちで拾い集めたものを、様々な手法で再構築した作品を、再び展示空間に配置している。
鑑賞者は、再構築された原真一作品を拾いつつ見ていく。

≪FLY RIBBON-手≫は、よく見れば壁から伸びた手が、耳が中央に象られたリボンをつまみあげている瞬間を造形していた。が、高島屋さんのブログによれば、これはハエ取り紙がモチーフになっているとか。
これこそ、まさにストレートな拾いもの表現。

カオティックでありながら、様々な拾いものを見つけられる。
再構築された作品をひとつひとつ、私たちが拾いあげていくその行為がとにかく楽しかった。

強いて言えば、特にペインティング作品は過剰過ぎたかなと思った。
作品数が多すぎて、特に手前の空間はごっちゃり感が出ていたので、もう少し間引きした展示の方が1点1点がより活きたように思う。

個人的には最初にあったモノトーンのドローイングと中に紙片と木屑の額装された作品、≪寝耳≫、≪カラスの闘魂≫がとりわけ気に入ったが、どの作品も素晴らしかった。

彫刻とは何か?これからの彫刻表現とは?と問いかけられたような内容で、シリーズ最後に相応しかった。

「犬塚勉展-純粋なる静寂-」 日本橋高島屋

犬塚勉表
犬塚勉裏

「犬塚勉展-純粋なる静寂-」 日本橋高島屋 9月7日~9月26日

犬塚勉(1949-1988)は、東京学芸大学を卒業後に美術教師を続ける傍ら、山を愛し登り、自然を描き続けた画家である。
没後20年にあたる2009年、NHK『日曜美術館』で「私は自然になりたい 画家・犬塚勉」で紹介され、注目を集めることとなった。
(参考)http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2009/0705/index.html
私もその一人で、2009年に同番組を観て、実作品を観たいと思ったが、奥多摩のせせらぎの里美術館、東御市梅野記念絵画館[長野県)に行くことができず、心残りのまま諦めた。

そして2年後の今回、何と日本橋高島屋(他巡回あり)で「犬塚勉展」が開催されると知り、早速行って来た。

デパートの美術展といって侮ることなかれ。
約110点を第1部「画家としての変遷」、第2部「自然を描く」の2つのパートに分け紹介している。また最後には犬塚を紹介する約9分半の映像(加賀美幸子アナのナレーション)もある。

何より驚いたのは、第1部と第2部の作品が、がらりと変わっていること。
NHKで紹介されていたのは、第2部で見せる自然を超写実で描いた作品群だったので、それ以前の作品が、むしろ抽象的、幻想的なシュルレアリスティックであったと本展で初めて知った。

冒頭は、「自画像」1975年頃。背景は黒、画面全体が暗く重いため、本人の表情、特に上部は陰影のためよく見えない。

1978年頃、2度に渡りスペインへ行き、そこで描いた作品「フラメンコ」1978年、「赤い戸」1978年など、色鮮やかにスペインでの光景を切り取った作品群が登場する。「自画像」作品と比較すると、この変化もまた犬塚にとって、スペインでの経験がいかに大きかったかを物語る。

帰国後は、身近な風景、通勤帰りの夕暮れや夫人をモチーフに描くが、登山に向けてのトレーニングや精神鍛錬を行う中で、仏教美術にも関心を持ち始め、「観世音」1980年や蓮をモチーフにした作品も登場する。犬塚作品は、基本的にアクリル絵具を使用しているが、画面全体から受ける雰囲気は、没個性であるように感じた。
気になったのは、馬が多くの作品でモチーフに扱われていること。
「夫人と馬」、「赤い馬」と作品名にも馬を配したものも多く、彼はなぜ「馬」を執拗に描いたのか不思議だった。仏教的というより、神話的要素はあるが果たして馬に何を見たのか。

また、1983年からは画面構成がシュルレアリスム風の幻想的作品が登場する。これは当時の流行だったのかもしれない。

そして、大きな転機となるのが1984年。
1983年8月~9月にかけて過労からA型肝炎となり入院生活を余儀なくされる。
これを境に描いたのが、「頂A」「頂B」いずれも1984年制作。ナチュラリティーとリアリティーの双方を極めた絵画作品の探求が始まる。
これ以後は、前述の美術番組で紹介された超写実で自然を描いた作品が続く。
その中短い画業の中で、評価が高い「ひぐらしの鳴く」1984年は圧巻だった。パネルを2枚横につなげた大作で、蒸せんばかりの草の緑にあふれている。その草の1本1本を面相筆で描き込み、うっすらと陽光と樹影も分かる。

そうした写実ばかりに目がいきがちだが、特筆すべきは構図で、鑑賞者の視線と画面の位置が絶妙なバランスを保つ。なだらかな山の斜面を登りきった所にある叢が、眼前に現れた時、この一瞬を切り取っているように思った。

あとは、もうひたすら息を詰めるような作品が続く・
「夏の終わり」1984年など叢を描いた作品の後、ついに登山で観る風景の完成をみる。
「縦走路」1986年、これまた傑作で、決して写真を見て描いただけではない、そこには犬塚の巧みな画面構成、構想が結実した結果が現れていた。
目の前に広がる山道、ごろごろとした石が落ちている。遠景にかすむ山々。

次なるモチーフは奥多摩に転居した後に、自宅近辺で見かけたブナの木。
と言っても、樹木全体を描くのではなく、幹の一部や切株を克明に描ききる。「切り株」では、風化したもの、時の流れ、ブナの風格といったものを感じる。「縞リスの食卓」では切り株の上に木の実が置かれていたが、これは画家が意図的に置いたのだろうか。

晩年、絶作となる作品で完成を見ぬまま描いたのは玉子石など石と水野ある渓谷の風景。
「暗く深き渓谷の入り口Ⅰ」(絶筆)1988年は、犬塚が命を落とすことになった、川の風景を描く。
中央には玉子石と言われる石を犬塚なりに解釈し扁平に、床に対して水平にし、画面中央にどんと配置、その上から細かい白い飛沫をあげながら川の水が流れ落ちる。
背景は、自画像で観たような暗く陰鬱な色をしていて、高い精神性を感じつつ画面に吸い込まれそうになる。
亡くなった(山で遭難)日の最後の言葉は「水をもう一度見て来る」だったという。


元々、石やブナそのものに、精神性を感じたのだろう。個人的にはそこに非常に共感した。

犬塚勉作品のすばらしさは、単に見たものを克明に写実的に描いただけではない、その先にあるものまでも画面に描きだそうとした、描いた所にある。

実作品を見ることができ、本当に良かった。なお、展示作品はごく1部を除き、すべて妻の犬塚陽子氏所蔵です。
犬塚勉氏のご冥福を心より申し上げます。

本展は下記に巡回します。
京都島屋 2012年1月6日~1月23日
東御市梅野記念絵画館 2012年4月14日~6月3日
奥田元宋・小由女美術館 2012年11月2日~12月25日

「採光」 新宿眼科画廊

採光

「採光」 新宿眼科画廊 9月3日~9月14日 最終日を除き12時~20時、最終日17時まで。
新宿眼科画廊 新宿区新宿5-18-11 http://www.gankagarou.com/sche/201109saikou.html

新宿眼科画廊で開催中の「採光」に行って来ました。
今村洋平、太田黒衣美、利部志穂、鈴木光、若林恿人の絵画、版画、写真、映像、インスタレーションと使用メディアの異なる5名の若手作家によるグループ展で、キュレーションは、結城加代子氏。

今をさかのぼること約1年前、表参道のSPIRALで「ULTRA003」が開催された。
結城さんは、この時受付横の最初の壁面を使って今回出展されている作家(若林勇人除く)を紹介していた。

今回は、ULTRAでの売上をもとにもう1度グループ展をやってみたいね、ということに端を発し実現されたもの。

狭い壁面では不可能な展示が今回は行われていた。各作家とも個々人の持ち味を活かした作品を展開していたと思う。
まずは、今村洋平。
シルクスクリーンを何度も何度も重ねることにより、インクの層ができ、これを岩や山などの自然が生み出した形態へと作り上げる。以前、3331Galleryで作品を観ている。以前見た作品より、形がシャープになっていた。

大田黒衣美。
この方の作品はULTRA003でしっかりと覚えている。何しろ板ガムを使った作品だったので印象深かった。
今回はドローイングもあり、まだ全貌がつかみきれない作家さん。

利部志穂。
このメンバーの中でもっとも最初に作品を見たのが利部さんだった。
柏のIslandでのグループ展で印象に残り、以来かなり追いかけている。先日も所沢ビエンナーレ「引込線」第2会場での作品を見たばかり。
結城氏によれば、空間を彫刻する作家とのことで、なるほどなと思った。
作品の完成度にばらつきがあり、所沢ではおとなしめで、無難にまとめた作品で、逆に利部さんらしからぬと思ったが、ここでは、利部さんらしさが出ていた。
登場したのはたわんだ蓮の葉のようなテーブル。脚が細いので接地させるのが困難なため、天井から吊り下げられていた。展示するのが大変だったらしい。

テーブルの上には、ペットボトルなどの日用品がランダムに配されている。
壁からはガラス瓶がぶら下がっていたり。やっぱり、この雑多感が利部さんらしさのように思う。

鈴木光。
今回は35分の映像、短編映画作品。女性のインタビューをもとに映像化している。何とも不思議な作品。時に非常に淫靡であり、赤裸々な他人の私生活の一端を覗き見たような感覚。それでも30分見せ切った。

若林勇人。
ここでは台風の中心部に出向き、飛び散る波しぶきを撮影した写真を展示。命がけの撮影である。
なぜ、望遠でなく危険を顧みず近距離で撮影するのか尋ねてみたかった。
望遠レンズを使用した遠距離撮影と近距離撮影での違いはどこにあるのか。無論違うのだろうが、どんな見え方をするのかが気になる。

結城氏は今年もULTRAに参画されるそうで、また違ったメンバーの作品を扱うとのこと。
こちらも楽しみです。

2011成層圏vol.4 「私」のゆくえ 松川はりX川北ゆう ギャラリーαM

成層圏vol.4

2011成層圏 vol.4 「私」のゆくえ 松川はり×川北ゆう ギャラリーαM 9月3日~10月8日
http://www.musabi.ac.jp/gallery/2011-4.html

ギャラリーαM初の2人展。
松川はりと川北ゆうの2人はそれぞれ異なるアプローチながら水を扱った平面作品を制作している。

川北ゆうは、2009年京都のstudio90での個展(これは見ていない)から認識していて、気にはなっていたが実際に作品を拝見したのは昨年のINAXギャラリーでの個展「ゆらぎのあと 景色をそそぐ」が初めて。そして、つい先月大阪のアートコートギャラリーで開催されている「Art Court Frontier 2011 #9」(9月17日迄)にも出展されており、そちらも拝見したばかり。
作家の公式サイトはこちら

対する松川はりは、本展で初めて知った作家さん。
日本画の材料を使って、支持体(紙本)と絹本もしくは今回は絹でなくテトロンを張ることで空間を作り、奥行きやぼかしを表出した作品となっている。

2人展ということで、2人の作品をどのように配置するのかも興味深い点だったが、左奥が松川はり、そこから右側と入口入って右奥スペースが川北ゆう、と各人の展示スペースはきっちりと分かれていた。

まず、最初に目に入るのは川北ゆうの作品。
前述のINAXギャラリーでは、彼女の作品は床と平行に展示されていた。したがって、私たち鑑賞者は作品を上から見下ろす形で観ることになった。例えは悪いかもしれないが、この時思い出したのは金魚すくいである。
金魚すくいの台に張られた水、もちろん金魚は存在しないが、ゆらゆらと揺れる水面が、白い下地に描かれた線描によってすくい取られていた。
彼女の作品の制作過程では、実際に水を使用する。描かれた線描が水によって浮かびあがり揺れ、私たちが目にする揺らいだり、にじんだ線の表情が出現するのである。
作品の出来には、偶然性も大きく関わってくるが、画面における線描の寄せ方などは作家の意図によってある程度操作できるが、操作範囲には限界があり、そこを超えた所に前述の偶然性が影響してくる。
実際の制作風景は見ていないが、ご本人から話を伺う限り作品が大きくなればなるほど使用する水量も多くなり、大量の水を一パネルに流す作業はまさに労働と言って良い身体活動を伴っている。

平面に置かれた支持体と線描と言えば、ジャクソン・ポロックを想起せずにはいられない。
川北の作品も中心性を持たない抽象的な作品であるためオールオーバーの範疇にくくられるのかもしれないが、全面性、均質性かと言えば、その点は異なっている。
寧ろ、作者の意図は均質性の排除であり、目には見えない水の流れや水面の表情をいかに美しくすくい取るか、絵画というより、版画に近いような一面をはらんでいる。

かねてより、自分が絵を描いているという気がしなかった、それがstudio90でパネルを床と平行にして制作しつつ展示することでより明確になったという。それ以前は、今回同様、壁に作品を展示していたので、INAXでの展示の方がレアケースだったことになる。

今回のように鑑賞者の視線の正面にあるのと見下ろすのとでは、やはり受け取るものが異なっているように感じた。水というものを意識させられるのは、やはり床と平行に置いた場合の方が強かった。

また、奥にあった小品は水墨の痕跡のようで、サイズは小さいものの、こちらの方がより水の重さを感じる作品だった。


次に松川はりの作品について。
彼女の作品は、何と言っても中央に配された1点≪内臓がぐわんとなる≫2006年の存在感が大きかった。

内臓

この1点が、入って左奥を眺めた時に最初に目に入るのだが、思わず吸い寄せられる。
一見すると分からないが、下地には銀箔を張り、上にある絹本の絵具が明るく見えるように、明度,彩度をあげる工夫がされている。下地には紙や絵具の白色を使うことも多いが、この作品は銀箔の方がより光を反射させるため銀箔を採用されたとのこと。
裏地の銀箔張りだけでなく裏彩色技法や表面には金箔も一部も使用されている。
*アップした時点では銀箔をアルミと間違った記載をしていました。謹んでお詫び申し上げます。

この作品は旧作ではあるが、新作で導入されているような支持体の上にもう1枚重ねることで空気層を創り出す試みはされているものの、見かけ上はそれと分からない。それゆえ、他の作品に観られる奥行き感や透明感にはやや欠けるが、何より胡粉の創り出す白や絹本と日本画の画材特有の小さなキラキラとした光が画面に溢れている。
また、他の作品と比べてモチーフが抽象的に描かれており、甘さがない。私は彼女の作品の中では、≪内臓がぐわんとなる≫が好ましかったが、その理由は甘さのなさだと思う。
新作やポートフォリオにあった作品は、色づかいもモチーフも甘く淡く、砂糖菓子のように今にも消えそうなはかなさがあるが、≪内臓がぐわんとなる≫ではそれが抑制されている。

新作に描かれているのは、プールの水面に映った人物像で、鏡面反射している。
松川の場合は、水をモチーフとして採用することが多い。その理由を伺った所、身体が弱く、時折ふらっと意識が遠のくことがある。意識が遠のく時の感じと水に入った時の感覚に共通するものがあると教えて下さった。

従来の日本画を打破するような画面を生み出している。日本画の画材や技法を上手く取り入れて現代の新しい平面作品をぜひとも制作し続けていただきたい。2層を重ねるという点では、新作の方がその効果が明確に現れていた。今後試行錯誤を重ねて行く中で、層を重ねることで生まれる奥行き感、ぼかし等の効果がより強く表出されることを期待したい。

個人的な嗜好を言わせていただければ、甘さや愛らしさを抑えると作品に深みが出て来るのではと思った(偉そうなことを書いて申し訳ないです)。
作家の公式サイトはこちら

まだまだ暑い9月ですが、αMの今回の展示空間は水から得られる涼を感じます。

フィオナ・タン “Rise and Fall” and New Works WAKO WORKS OF ART

fiona

Fiona Tan “Rise and Fall” and New Works WAKO WORKS OF ART 2011年9月10日~10月15日

フィオナ・タン。
2009年のWAKO WORKS OF ART[この時は初台)で拝見した“The Changeling”(取替え子)に魅せられ(感想書いてません)、2010年の恵比寿映像祭、京近美の「マイ・フェイバリット展」と作品を観るたびに好きになっていく作家である。
詳細は、ギャラリーの作家紹介をご参照ください。→ こちら

今回は2009年のヴェネチア・ビエンナーレ、オランダ館で発表された“Rise and Fall”(22分)と新作映像“Hams and Helge”2011年(9分27秒)1点、ミュージッククリップ1点“Brendan's Isle”(6分52秒)で構成されている。

圧巻なのは、“Rise and Fall”。
通しで2度観たけれど、映像の美しさもさることながら台詞や状況説明一切なしで20分を見せ切る。
特徴的なのは、縦型スクリーンを2台並置して、それぞれのスクリーンに映し出される映像は時に同期し、時に僅かにズレ、そして、2つで1つの横長映像を創り出したりと、使い方が次々に変化し、それがまた非常に効果的に観者を映像世界に誘う。

登場するのは、若い女性と初老の女性。同一人物の若き頃と年老いた姿かとも思ったが、映像を観ていく中でどうやら違うと分かってくる。

2人は同じ時代を生きているのか、それとも時を超えているのかは分からない。
しかし、映像は2人の女性の行為を並列して重ね合わせる。
入浴、口紅をさす、食事、外を散歩する、着替え、様々なシーンがクロスし、そこには容赦なく老いた女性とうら若き女性との対比が提示されていた。
カメラは執拗に、若い女性の背中や肌、そして初老の女性のたるんだおなかや、顔の皺をクローズアップする。
背景になっている両女性の住む部屋もそれを取り巻く庭などの環境も、美しく静かで、2人の女性を引き立てる役割を果たしているように思った。

これは記憶なのだろうか。
時と場所を別にした記憶のモチーフ。
そして、これらを包み込み押し流してしまうのがナイアガラの滝だ。
この滝の何もかも飲み込んでしまう水量と水景が画面一杯に広がり、観る者に轟音とともに迫ってくる。

人は、母の胎内にある羊水に包まれ育ち、やがて母体から産み落とされる。
人の記憶は意識するとしないとに関わらず、そこから形成されている。

ナイアガラ瀑布もやがて川に流れ落ち、静かな流れへと変わり穏やかに海へとたどり着く。
そこに、人生と同等のものを感じる。

Rise and Fall、上昇と下降、時の流れは止めることができない。


“Brendan's Isle”は、インターネットでフィオナが見つけた古写真、霧がかかった海から突き出ている岩石が露出したもの、から彼女が想像した物語。

詩のように、フィオナの声による物語の朗読が始まり、章と章の合間に効果音(海の音など)が流れる。
映像はなくても、目を閉じて静かにフィオナの声に耳を傾けると、脳裏に彼女が古写真から創造した世界を共有できる。
*英語による音読だが、受付で日本語訳を貰える。


“Hams and Helge”2011年は、他の2編と比較すると異質で、映像の美しさや日常を捉えている点は共通するところだが、記憶や時間を扱っている映像ではない。
トップブリーダーと思われる男性と育成している犬達が映し出される。男性は2人。
実はこの2人の男性は双子。
フィオナにその点を尋ねると、数年かけて双子のプロジェクトを行っていて、これはその中の一つとのこと。
映像は、双子ということを聞く前に観ていたが、まさか双子とは。。。男性2人は初老に達しており、外見では分からなかった。
フィオナは双子に関心があるというが、なるほど彼女がこれまで扱ってきたテーマを考えると、双子にフィーチャーするのも分からぬではない。
ただ、プロジェクトの全貌が分からないので、本作品だけを観ても、その意図を理解するのは厳しい。

フィオナの世界を十分に楽しめる内容だった。個展初日にはフィオナ・タン本人が在廊していたのは嬉しかった。
どこかの美術館でフィオナ・タンの個展を開催してくれないものだろうか。
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