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山口、島根の美術館への旅 「雪舟と防府天満宮とファロッキ映画を求めて」

10月29日土曜日より、2泊3日で山口、島根の美術館への旅 「雪舟と防府天満宮とファロッキ映画を求めて」と勝手にテーマを定めて出発。

出発前日の10月28日金曜夜に、東京ナイトリバークルーズで日本橋川から神田川、隅田川と日本橋をスタートして1時間半の東京河川クルーズ。夜の御茶ノ水界隈の風景は、予想通り素晴らしかった。
すっかりはしゃいで、荷物のパッキングもそこそこに旅へと出かけた。
そういえば、雪舟も旅の多い禅僧だったな。

<10月29日(土) 1日目>
当日は朝一番のANAで山口・宇部空港へ向かう。4時半起きはきつかった。
飛行機で爆睡して、1時間半はあっという間。目が覚めたら、そこは山口県でした。人生初山口県に到着。

到着後、バスに乗り宇部新川駅へ。飛行機と宿はおさえたものの、しっかりしたスケジュールは立てておらず、行き当たりばったり。
行かねばならない場所だけは、決めてあったのであとは廻る順番をどうするかだった。
宇部市に到着したのだから、まずは宇部と、UBE現代彫刻ビエンナーレを見にときわ公園に行きたかったのだが、行き方が分からない。
宇部新川駅に到着後、JRの本数が1時間に1本と知りバスに走る。幸いにもときわ公園に向かうバスが5分後に来るという。
東京は晴れていたが、山口県は曇りで今にも雨が降りそうなお天気。
ときわ公園は広大な公園で、湖を園内に有し美術館だけでなく、遊園地施設などもあり市民の憩いの場所として利用されている。
この公園内の野外彫刻展示場でUBE現代彫刻ビエンナーレ入選作品が展示されている。
知り合いの作家さん森川穣さんの作品を観に来たのだけれど、彼の作品だけでなく面白い作品がいくつかあり、結構楽しめた。残念だったのは、とうとう雨が降り出して傘をさしての鑑賞となってしまったこと。森川さんの作品は光を彫刻することがテーマだったので尚のこと残念だった。

ときわ公園から、再びバスに乗り新山口駅へ向かう。というかバスの行き先にそれしか選択肢がなかった。
はたと気付けば、初日の宿泊先は新山口だ。
終点新山口駅で降りたら、目の前が今日の宿泊先だった。これはラッキー。荷物を宿泊先に預けて、YCAM(山口情報芸術センター)へ。
どのバスに乗れば良いのか案内所の方に尋ねようとしたら、長電話で5分ほど待たされる。停まっていたバスが1台。そのバスが出て行ったあと、ようやく電話が終わった。
「YCAMに行くにはどのバスに乗ればよいのでしょう?・・・」
「ちょうど、今出て行ったバスで、次は40分後です。」
が~ん。しかし、目の前にはバス停だけでなくJR新山口駅もある。JRの方に行ったら、こちらはあと10分で山口駅方面の列車が出発するところだった。
新山口駅は新幹線も停車する駅だが、山口駅が市街地で、両者は在来線で約20分くらいの距離。
山口駅に到着し、YCAM行きのバスを確認。その前に昼食を山口駅近辺で取る。麺類とおかずビュッフェで580円~。安い!

山口駅からバスで約10分。YCAMに到着。
山口市中央図書館も併設する素晴らしい施設。設計は磯崎新だが、彼の設計した美術館の中でも一番好きかもしれない。
ここでは今回の旅で最も長い時間を過ごした。
映画も展示も楽しむ。詳細は別記事。

この日はギャラリーツアーにも参加し、映画3本、その後ハルン・ファロッキに関するレクチャーを受講。
YCAMバス停から新山口駅まで直行のバスがあるので便利。これまた宿泊先の前がバス停なので横付けで戻れる。
ホテル近くのメキシコ料理のお店で夕食。

<10月30日(日) 2日目>
早起きして、防府天満宮へ向かう。防府駅(ほうふ駅)は、山口駅とは逆に広島方面の列車に乗る。15分程度で新山口駅から防府駅に到着。
2日目は猛烈な雨が降っていた。
駅から防府八幡宮まで15分弱だろうか。てくてく歩く。
参拝して、写真も数枚おさめて、次の目的地である毛利博物館と毛利庭園へ。
しかし、これが大誤算。駅から2.5キロもあるのにもっと近いと勘違い。行けども行けども到着せず。
恐らく防府八幡宮から20分は歩いたと思う。
それでも9時開館ちょっと過ぎには到着した。
毛利博物館の敷地は25000坪!博物館は明治の終わりから建設が始まり大正初期に完成した素晴らしい建築。
あまり下調べをしていなかったので、その壮大さにびっくりした。
こちらも詳細は別記事。
もちろんお目当ては雪舟の「四季山水図巻(山水長巻)」である。毎年この時期に1か月程公開される。今年は12月4日まで公開中。
お宝も凄いが、やはり建物と壮大な庭に圧倒されました。

ここで再び暗雲が。タクシーを呼べば良かったのに、あまりお金を使いたくなかったので再び駅まで徒歩。
雨の中の強行軍は非常にきつかった。多分40分は歩いたと思う。この往復ですっかり腰をいためてしまった。

防府駅からJR在来線で山口駅に向かう。
山口県立美術館で開催中の「防府天満宮展」とYCAMのファロッキ映画特集最終日のため。雨さえ降っていなければ、レンタサイクルで雪舟ゆかりの場所も観光するつもりだったが諦めた。ひとりでタクシーを乗り回す程、金銭に余裕がなく、レンタカーも考えたが、映画が、19時過ぎに終わるので返却時間を考えるとこちらも厳しい。
山口県は車がないと移動に不便だということは間違いない。次回来ることがあれば、やはりレンタカーを借りよう。

山口県立美術館の防府天満宮展が予想外の行列。しかし1時間弱散々待たされて、中に入ると全然混んでない。
しょっぱなから、絵巻の展示、しかも1列で見させているための行列。2列に誘導すれば、こんなに待たずにすむものを。
あの行列にびびって帰った来場者もいたので、美術館の方はもう少し来場者誘導を考えた方が良いと思う。絵巻を観る前に並ぶだけで疲れた。

YCAMに行ったり来たりでこの日も3本、うちストローブ=ユイレの『階級関係』を最後に鑑賞。合計2日間で6本観て1000円で本当にありがたい企画でした。東京で見逃したので、このために1泊を2泊にしたけれど正解だった。
帰りは1日目と同じ。宿泊先は益田市内に宿を取っていたが、初日に宿をキャンセルして同じ宿に連泊。

<3日目 10月31日(月)>
最終日。7時13分発の益田行き山口線に乗車。
ワンマンカーで約2時間半。新山口から島根県益田市に向かう。雪舟も山口から晩年に益田に居を移している。
同じルートをたどって益田に入る。
このルート、とにかく景観が素晴らしい。山水の風景が左右に広がる。
程なく、益田に到着。
益田駅からバスで島根県石見美術館(グラントワ)へ。5分程度で到着。
こちらも素晴らしい建築で設計は内藤廣、鱗のように瓦が壁面にびっしり付いている。内装もシックでゆったりとした空間が広がっていた。
ここでは現在「雪舟 花鳥を描く―花鳥図屏風の系譜―」を11月23日(水・祝)まで開催中で、雪舟が好きな私としては見逃せない展覧会だったのである。今回の旅を決定づけたのはこの展覧会のためであった。
美術ファンになって日が浅いので2002年の東博・京博開催の没後500年「雪舟展」を観ておらず、もうコツコツと観ていくしかないのだった。
恐らく初めて雪舟筆「四季山水図」京都国立博物館も観たのではないだろうか。常設に出ていたことがあっただろうか。
この展覧会、実に素晴らしかった。詳細は別途。

帰りの飛行機は13時半発、萩・石見空港で、空港と美術館は車で15分程度。しかし、タクシーという贅沢はできないので、必然公共バスを利用することになる。往復、萩・石見空港利用なら、空港の観光案内所でタクシーの助成金申請ができるようだが、乗る前に申請が必要なので帰りだけ利用という私の場合、助成金は利用できず。
もう少し、ゆっくりしていたかったが2時間ちょっとで美術館を去らねばならなかったのが心残り。
しかし、「四季山水図」は素晴らしい。「山水長巻」は別の意味ですごいが、どちらか一つと言われたら、う~ん。

再び機内の人になり、あっという間に羽田到着。

今回の旅はスーパー旅割を利用したので、飛行機代は極力安く、宿もお安くなので、予算内におさまった。
予算をおさえるには1にも2にも早目の予約がポイントかなと思う。
お天気には恵まれませんでしたが、思い出に残る良い旅でした。
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アンリ・サラ 展「Anri Sala」 Kaikai Kiki Gallery 

アンリ・サラ 展「Anri Sala」 カイカイキキギャラリー 10月14日 – 2011年11月10日
http://gallery-kaikaikiki.com/category/exhibitions/solo_ex/solo_anri_sala/anri_sala/

1974年アルバニア生まれのアーティスト、アンリ・サラは、フランスでアートを学び、2001年ヴェネツイア・ビエンナーレでYoung Artist Prizeを受賞し、ベルリンを拠点に、多くの国際展への参加や世界各国の美術館での展示が続いています。

現在、東京都現代美術館で開催中の「ゼロ年代のベルリン ―わたしたちに許された特別な場所の現在(いま)」にも参加しており、先日彼の作品を拝見し、もっと作品を見たいと思った作家のひとり。

待望の今回の個展では、見事にその実力を見せてくれました。

映像作品は2011年制作の新作「Tlateloco Clash」含む3点とオルゴールやドラムを使った作品2点を使用した、インスタレーション空間を作り上げています。

まず注目すべきは新作「Tlateloco Clash」2011年(11分49秒)、「Le Clash」2010年(8分31秒)そして、最奥の展示室手前にあるスネアドラム乃作品「Doldrum」2008年はそれぞれ制作年も異なるが、3つが同期しあって、感覚という感覚が開かれるような共鳴を鑑賞者の中に呼び起こす。

2つの映像作品は手回しオルガンをモチーフにした作品で、Tlatelocoはメキシコの観光名所の名前だろうと思う。
メキシコの人々が、手回しオルガンを回す場面が、緩急をつけて編集され、そして何より視覚が捉えるのは手回しオルガンのキーとなる穴開きの楽譜(専門用語で何というのだろう)の形態だ。
この楽譜そのものが、音楽を視覚化し物質化されたもので、曲によって穴のあき方も変わり、楽譜そのものも変化する。
小さな長方形は、シーンが変わった時に映し出される、高層マンションと思しきビルの窓にイメージが重なる。
そして、途中オルガンが奏でる音楽とマンションの窓に見える明りの明滅が、リンクする場面があり、ゾクゾクするような感動を味わうことができた。

入口正面の和室で同時並行に上映される「Le Clash」もカラフルな建物の様子から同じくメキシコを舞台とする映像ではないかと思われる。この作品では手回しオルゴールを1人の男性が演奏しつつ、街を歩き進む。

手回しオルガンの音色と手回しオルゴールの奏でるメロディが物悲しく、切なく、それを奏でる人々の人生や生き方までもイメージさせる映像とともに鑑賞者を包み込む。
そして、忘れてならないのは、2つの映像作品の中間点に置かれたスネアドラムの作品「Doldrum」2008年。
このドラムが映像作品2つの上映が始まると、一定間隔で自動的にバチが動き、トゥクトゥクと小さな音を立て、オルガンとオルゴールの伴奏をしている。
何ともかわいい存在なのだった。

オルゴールとオルガンとドラムによる音の競演は、鑑賞者を別の空間に誘う。
そして、刹那に過ぎていくその至福の一瞬一瞬を移ろいゆく時間のはかなさを感じ、没入していくのだった。
音楽の構成要素である音符と楽譜の穴やオルゴールの針、それらは人の手を借りなければただの物質でしかない。
しかし、ひとたび人が関与することで、大きな感動を生みだす。

3つの作品との合奏はしないが、「No Window No City」2011年のガラスフレームをはさんだオルゴール作品は、二つの映像を結ぶ重要な役割を果たしていた。
この作品は、受付の方に申し出て、実際に鑑賞者が動かして音を奏でることができる。その時、鑑賞者自身も3つの作品との競演者となりうる。
映像から溢れるオルゴールなどの音楽と、実際に鑑賞者が作りだすオルゴールの音楽が、合わさった瞬間は2度と訪れることのない時間であった。
ガラスをはさんだオルゴールは場所と場所を結ぶ重要な鍵となり、音楽と空間というアンリ・サラの表現の発露としての役割を十分に果たしていたと思う。

2つの映像作品の同時上映の前後に、「Long Sorrow」2005年が単独上映される。
サクソフォンだと思われる楽器が奏でるメロディと演奏者の人生を重ねずにはいられない。

本当に、言葉にならない程の感動を味わわせてくれた。
アンリ・サラとカイカイキキギャラりー心から感謝を申し上げます。

平川恒太「豊かな絵画と、豊かな世界」 バンビナートギャラリー

hirakawa.jpg
「作品番号42、どこから来たか、どこへ行く」 2011 アクリル、油彩、キャンバス 116.7×90.9cm

平川恒太「豊かな絵画と、豊かな世界」 バンビナートギャラリー 10月14日~11月6日
http://www.3331.jp/schedule/001259.html

1987年、埼玉県に生まれた平川恒太さんは、多摩美術大学を卒業し、現在は東京藝術大学大学院修士課程に在籍しています。
本展では、、「豊かさ」とは何かをテーマに、人類の物語を描き出します。
この根底にあるのは、人間が人間であること、人間も生物体のひとつであること、動物の1種族であることの喪失に対する警鐘にもなっているのです。

過去にどこかで彼の作品は見ていると思いますが、本展で初めて意識した作家さん。
まず、バンビナートギャラリーに足を運んだのは冒頭の作品画像を見た時からでした。海を見つめて佇む少年の姿、空の青、海の青、白い雲、遠景の山、それらは渾然一体となった光の点の集積のようで、実際画面は小粒の点描で描かれている部分とフラットな部分の両方が混在しています。

しかし、色同士が上手く溶けあい、印象派絵画のように光をしっかりとらえている所は素晴らしい。
少年の足元に、たわんで落ちているのは何と熊の貴ぐるみで、野性を捨てたことを象徴させているのです。
作品タイトル「どこから来たか、どこへ行く」は、ゴーギャンの『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』を連想させ、彼のテーマである人間の豊かさへの懐疑がゴーギャンの大作タイトルに集約されているのでしょう。

トップ画像の作品の2つ手前にあった作品が以下。作品を追うごとに少年が物語の1シーンを演じているかの如く、つまり絵本を絵画で見ているように展示構成されていました。
以下の画像は森の中で何事か、逡巡している姿に見えます。この作品も、先程の作品のように細部の仕上がりがきっちり完成されている点に注目です。光の入れ方はやはり白の点描使い。

hirakawa3

絵画だけでなく、毛糸を使ったミクストメディアも3点(うち1点が下のウサギ)紹介しています。3つはそれぞれ下方で毛糸により結ばれ、生命や自然の循環を表現しているように見えます。
きっちりと毛糸によって色彩分割された画面は、使用している糸色の影響もあり、くっきりとしていますが、逆にモチーフがあやふやで見えて来ない作品もありました。

hirakawa 2

この他、会場には人間が打ち捨てたであろう野性を象徴する着ぐるみやドローイングも合わせて展示。
空間すべてを多様な手法による作品でうまく結んでいました。

*作品画像はギャラリーの許可を得て掲載しています。

金子國義 「聖者たちの戯れ」 MEGUMI OGITA GALLERY

金子國義
金子國義「The Book」2007- 2011, 130.3 x 194cm, oil on canvas

金子國義 「聖者たちの戯れ」 メグミオギタギャラリー 10月14日~ 11月6日
11時~19時 (月・祝休廊) 会期中は日曜も営業

金子國義、ご存知の方も多いことでしょうが、私は失礼ながら本展で拝見するまで存じませんでした。

金子國義氏については、作家さんご本人の公式サイトでプロフィール、作品等ご覧いただけます。以下URL
金子國義公式サイト:http://www.kuniyoshikaneko.com/


メグミオギタギャラリーに入った途端、いつになく照明は落とされていて、スポット照明で作品を照らし、蛍光灯は極力控えめにしている。なんだ、この妖しげな雰囲気は。

金子國義氏は、1956年に日大芸術学部に入学し、同時に歌舞伎舞台美術家の長坂元弘氏に師事。
卒業後グラフィックデザイン会社に勤務するが3カ月で退社、1964年独学で油絵を描き始める。
そして、1965年頃、澁澤龍彦氏と知り合い、澁澤氏著書の装幀を依頼され、初の個展を薦められる。
以後は、舞台美術・装幀・油絵など様々な分野において活躍されている。

メグミオギタギャラリーのオーナーである荻田氏がかねてより金子國義氏の作品を好きであったことから、開催の運びとなった、念願の企画実現だとのこと。
本展では、金子氏の作品の中から「聖者たち」と題されたシリーズの作品を一堂に紹介、また、内側の小スペースではアリスシリーズの小品も販売展示されている。

いつものメグミオギタギャラリーではなく「金子國義美術館」の様相を呈していた。

まず、かの有名な、レオナルド・ダ・ヴィンチ≪最後の晩餐≫を引用した4年がかりの大作「The Book」2007年- 2011年(トップ画像)が強い存在感を放っていた。
ほのかな照明の中で白のシーツが映えるが、決して真っ白なのではなく血だろうか、薄汚れている。

本個展では「聖者たちの戯れ」と題しているように、宗教画や聖書などから引用したと思われるイメージを金子氏独特のエロスと自傷行為、「血と薔薇」を思い出さずにはいられない世界観を醸し出していた。
見ていて、こちらの方が痛みを感じるような作品が続くが、頽廃的でもあり時代のエスプリを感じさせる独特の世界。
そう、四谷シモンの世界に近いだろうか。

以下の作品では、バレエのポーズが取り入れられ、金子氏が舞台美術に関わっていたバレエの経験が油彩にも活かされている。

金子2
「聖なる惨劇の中で」 油彩・キャンバス 1620×1303mm 1998年


それにしても、エロス、頽廃というだけでは扱えない危険な香りがするのはなぜだろう。どこかしら同性愛的、特に男色の雰囲気が満ち満ちて、モデルの肉体美の誇示に息苦しくなってきた。
(参考)金子國義公式サイト「聖者たち」http://www.kuniyoshikaneko.com/art_gallery/?cat=15

小スペースに入ると、そこはうってかわった「不思議の国のアリス」などアリスシリーズの小品(以下画像)が多く展示されている。なお、今回は普段は使っていない奥の通路まで使用しての展示がされているので、見落としのないように。

アリス
(参考)「不思議の国のアリス」シリーズ:http://www.kuniyoshikaneko.com/art_gallery/?cat=19

「聖者たち」シリーズのような強烈さは薄まっているものの、アリスの挿絵は日本人離れした感覚であった。
西洋版画を見ているような、表現は悪いが良い意味でのバタ臭さがある。
しかし、アリスシリーズはかなり私の好みだった。

これだけの作品数を見られる機会はなかなかなさそう。
金子國義氏の世界を知ったこと、いつもと違うギャラリー空間を体験できたこと、は収穫でした。

コロナブックス刊『金子國義の世界』(以下)も出版されています。

コロナブックス

生誕130年「松岡映丘」展 練馬区立美術館

松岡映丘

生誕130年「松岡映丘-日本の雅-やまと絵復興のトップランナー」 練馬区立美術館 10月9日~11月23日 
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/matsuokaeikyu2011.html

待望の松岡映丘の回顧展、大規模な単独回顧展は1981年開催の100周年記念展(於:山種美術館)以来、30年ぶりとなる。

30年ぶりの回顧展だけあって、関連資料含め内容の濃いものでした。
失敗したのは、宮内庁三の丸尚蔵館所蔵の「大三島」が展示替えでちょうど展示されていない期間に行ってしまったこと。
次回「大三島」は11月1日からの展示となりますが、

本展において、松岡映丘の風景画大作「大三島」は非常に重要で、これを見逃したのはかなりの痛手ですが、以下2つのポイントにしぼって簡単に感想を。

映丘はやまと絵復興に尽くしたこと、更には教育者として後進の日本画家を多数指導していたことは従来より知っていたし、彼の絵は過去に見て来て、線の美しさ、色彩表現、中でも風景部分が好きだった。
本展での発見のひとつは、映丘が武具、甲冑マニア(甲冑フェチと言っても良いかも)であったという事実。
何しろ、日常より武具を付けて、弓を引いている写真が展示されていて、これは明治時代?なのかと我が目を疑った。

彼の勉強熱心さは、血筋(父親は漢学者であり兄弟も学者肌)の影響も強いと思われるが、やはり本人の努力を称賛すべきだろう。弟子に対して「中学を出るまでには『玉葉』のほか(古典文学は)すべて読んだよ」と言ったという。~本展図録・直良吉洋筆「松岡映丘とその弟子たち」より引用。
その成果は彼の歴史画に現れ、歴史画の中でも武者絵のリアリティ溢れる姿は、映丘自身が甲冑好きであり、時に弓矢に興ずる経験に由来するのだろう。

最晩年の大作「矢表」1937年(姫路市立美術館蔵)は、彼の研究と経験が総括され反映したものだと言えよう。
特に甲冑部分は、模様が忠実に再現され、平面であるのに飾りや紐が立体的に感じられ、厚みがあるように見えた。

もうひとつは、やまと絵の中から風景だけを取り出してやまと風景画を生み出した点。
ここにおいて、前述の「大三島」は、彼の風景画の中でも傑作であり、画期的だった。実作品を見られなかったので、図版で確認するしかないが、縦131.8×178.5cmの大作で遠近を色彩のぼかし、特に遠景の空と海の境界、山と海の境界はあいまいで、画面に広がりと穏やかさがある。モチーフとして描かれている場所は、武具が奉納される神社があり、「神の山」として知られるところ。見えない部分で、武具が関係しているのが映丘らしい。

何度見ても涼やかな初代水谷八重子を描いた「千種の丘」、幽玄さと狂気を感じる「伊香保の沼」(注:10月30日まで)も勿論素晴らしい作品だが、今回は、これら2点だけでなく、松岡映丘が描く甲冑と風景に注目して鑑賞すると更に楽しめると思う。

*本展は巡回最後の開催となります。

「トゥールーズ・ロートレック展」 三菱一号館美術館

三菱ロートレック

「トゥールーズ・ロートレック展」 三菱一号館美術館 10月13日~12月25日
http://mimt.jp/lautrec2011/

ロートレックは毎年のようにどこかの美術館で開催される程の人気画家。
本展は、三菱一号館美術館所蔵のトゥールーズ=ロートレック作品を紹介する初の展覧会である。そもそも、同館のロートレックコレクション自体その存在を初めて知ったのだが、実際拝見してみて、その素晴らしさに驚いた。
ポスターやリトグラフからなるコレクションであるが、その由来がすごい。何しろ、ロートレック自身が生前自分のアトリエにおき、その死後、親友で画商であるモーリス・ジョワイヤンが管理していたものが、縁あって同館に入ったもの。

また、アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館との姉妹館提携を記念し、三菱一号館美術館所蔵のポスター・版画コレクションに加えて、ロートレック美術館より、家族と過ごしたアルビ周辺での日々やジョワイヤンとの友情を示す油彩等を展示し、故郷アルビの街とパリ、モンマルトルの歓楽街での創作活動を対比的に再構成して紹介しています。

1時間程度の鑑賞時間を予定していましたが、何のことはない1時間半しっかり堪能しました。
この美術館は毎回、構成や展覧会主旨が明確で、過不足ない解説で満足させてくれる素晴らしい美術館です。
当初気になった足音は、自分自身の足音が他の方の迷惑になっているのではないかと一番気になったので、行く時は底がラバーになっている靴を履いて行き、それ以後気にならなくなりました。

さて、展覧会は以下3章による構成です。
第1章 トゥールーズ=ロートレック家の故郷・南西フランスと画家揺籃の地アルビ
第2章 世紀末パリとモンマルトルの前衛芸術
第3章 芸術家の人生

展覧会の紹介は、上記公式サイトが画像を含めて非常に分かりやすく解説されているので、そちらをご参照ください。

ここでは、私個人の感想を。

何と言っても、本展の見どころはこれまで見たことのない版画作品が多く出展されていること。
特に好みだったのは、ジュール・ルナール『博物誌』の挿絵22点や自身の個展や晩さん会などのメニューカードの数々。
『博物誌』は、1899年に限定100部で販売されたそうだが、デザイン性、鋭い観察眼によるデッサン力が余すところなく活かされていた。
メニューカードも同様で、ちょっと力の抜けた所が好ましく、もし私が誰かにメニューカードを依頼するならロートレック!と思ったほど。メニューと言えば、ロートレックの美食家ぶりはつとに有名で、私は画家としてのロートレックを筒井康隆氏の小説で知ったが、本の中では美食家として実際に料理をして知人にふるまっている姿も紹介されていたように思う。そんな彼が作ったメニューカードは人となりとぴたりと一致する。

今年は、名古屋ボストン美術館で今年開催された「ジム・ダイン」展でも摺り違いの版画の妙を楽しんだが、本展においても少数ではあるが、摺り違いの作品「女性の研究」や「婦人帽子屋ルネ・ヴェール」があった。
文字入り、色版と線だけのもの、線のないもの、の3種類だが、それぞれが与える印象の違いを楽しみたい。

また、ロートレックのポスターも過去何度も観ているが、それでもまだ見たことのないものもあり、とにかく一度に観られる数が多いので、色々と比較して共通点や違いを見つけることができる。
私が注目したのは、色づかいで、基本4色-黒、赤、オリーブグリーン、黄-を効果的に配し、簡潔にかつ強い印象を与えている。あれだけのサイズとしっかりとした輪郭線、そして配色となれば、衆目を集めたことは間違いない。
構図は、浮世絵のものを踏襲しているというのは従来から言われているが、特に縁取り線に黒ではなくオリーブグリーンのような深みのある緑を使っているのも興味深かった。

彼がポスターでモチーフにしているのは、基本的にムーラン・ルージュの踊り子やシャンソン歌手で、当時の風俗も伺いしることができる。その一方で、「マイケルの自転車」「シンプソンのチェーン」など、ロートレックが好きだった自転車にまつわるモチーフを使用したポスターがあったことも見逃せない。
自転車好きだった同時代の画家がいたような気がしたけれど、検索してもヒットせず。以前、ロートレック展で見た記憶が残っているのかもしれない。

版画類で珍しいものはまだまだ続く。
ロートレックは描いた線が一番よく反映する版画技法として、リトグラフを採用していた。
石版画で摺り師はロートレックの場合も別にいて、彼が重用していた摺り師が所蔵していた版画作品も出展されている。
石版画というからには石を使用するが、通常版となる石は捨てられてしまうのだが、本展ではそのひとつ(石の版そのもの)が出展されているのは目を引いた。

モチーフとして、後半以後に娼婦や芸人の舞台裏の姿をありありと描いたリトグラフ「彼女たち」が登場。
愛知県美術館でのロートレック展では、一番共感したのがこれらの作品群で、しどけない無防備な姿を克明にとらえたロートレックの線はやはり見事。
喜多川歌麿のように、芸人や娼婦と非常に親しい間柄であったからこそ描けたのと、やはりロートレックの観察眼の鋭さを感じる。

版画やドローイングだけでなくトゥールーズ・ロートレック美術館所蔵の油彩画も少数ではあるが出展されていて、こちらも私自身は初見のものばかりだった。
貴重な1880年代の初期の故郷アルビを描いた風景画「有る美のカステルヴィエル陸橋」はじめ、ロートレックの叔父や母など身近な人々をモデルにした人物画は興味深い。

ロートレックと母親との関係は深く、最後にロートレックが母親とテラスで談笑している写真が廊下に展示されていた。写真で見る彼の母は実に美しく、ロートレックは母を愛していたのだろう、幸せそうだった。マザコン気味だったのかもしれない、そして彼が女性を追い求めたのは、そこに母を見つけようとしていたのか、勝手な想像だけれどそんな思いを抱いた。

晩年アルコールに浸り、最後はお酒が原因で亡くなったし待ったが、浴びるほど酒を飲まねばならなかった理由は、自身の外見(脚の成長が止まってしまった)へのコンプレックスだったのか。
もっと長く生きて、素晴らしい作品に挑戦して欲しかった。

「彫刻の時間 ―継承と展開―」 東京藝術大学美術館

彫刻の時間

「彫刻の時間 ―継承と展開―」 東京藝術大学美術館 10月7日~11月6日
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/current_exhibitions_ja.htm

「彫刻の時間、-継承と展開-」、展覧会タイトルが見事に本展内容を簡潔に提示している。

本展は、2部構成になっており、藝大コレクションの名品を中心に飛鳥・白鳳の仏像から、近・現代の彫刻まで、日本彫刻の歴史を一望できる展示に、もう一つは、名誉教授、現職教員により空間を意識的に使い、現代の彫刻のあり様、個々の彫刻観の違いを提示するというもの。

地下階にある2つの展示室に、近世以前→近代彫刻と時代を代表する名品がずらりと並んでいる。

展示室2では法隆寺宝物館に並ぶ菩薩立像と類例の「菩薩立像」(重文)飛鳥時代をはじめ、快慶作「大日如来坐像」、「女神坐像」「男神坐像」、「獅子」、円空仏に、舟月、森川杜園らを網羅。これだけのラインナップを円空仏を除き所蔵品で揃えるコレクションの厚さ。

特に印象深かったのは「不空羂索観音立像」・平安時代後期であった。
材となる木は朽ちて、手足がなく銅と顔だけの像であるにもかかわらず、その姿は美しく聖性に満ちていた。残されたほとんど造形の残っていない木像に美を感じるのはなぜだろう。朽ちたものには、朽ちたものの美があり、それを美と感じるのは個人的な嗜好かもしれない。しかし、両腕のないその姿は、西洋彫刻で言うなら、かの有名なミロのヴィーナスも同じ。
像がまとう雰囲気はどこか橋本平八の作品につながる。

飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、江戸、明治の彫刻を見ていくと、当初は祈りの対象であったものが、近世に近づくにつれ、その意味合いが薄れ、職人技といった工芸的要素の強い作品が登場する。
明治以前の段階で、日本彫刻における2つの潮流、すなわち「聖性の強いもの、宗教的であったり、精神性を宿すもの」と「生き物や人物を写実的に三次元で表現し、情緒性のないもの」が登場している点は興味深い。

近代彫刻(の展示室では、橋本平八と平櫛田中の作品が左右に配され、入ってすぐには平櫛田中の「五浦釣人」、最奥には橋本平八の「花園に遊ぶ天女」をはじめとする名作が並ぶ。

「五浦釣人」(いづらちょうじん)の配置は、像の背中が正面になっている。
なるほど、私たちは釣り人が釣りに興じる時、その正面ではなく背中からアプローチすることに気が付いた。釣り人の正面は海だったり、川だったりと水辺であるため、正面向きは不自然になる。

支那帽や頭髪、着衣、そしてタイトルから像のモデルは岡倉天心と分かる。天心がこの竿で院展の俊英たちを釣り上げるという意味が込められているそうだ。田中は、大阪の人形師・中谷省古に弟子入りし木彫の修行を行った後、高村光雲の門下生となり、その後岡倉天心の指導を受ける。
この像をはじめとして、平櫛田中の作品は実在の人物像が多かった。田中は108歳と非常に長命で、彫刻界での知名度も高かったため、造像の注文も多かったのだろう。そして、田中は彩色技法を使い、伝統と近代の間に自身の表現の所在を求めた。この最終成果と言えるのが、「鏡獅子」で、完成までに20年の月日をかけた。本展出展作は、国立劇場にあるものの4分の1のスケールに縮小したもの。また、本展では「転生」木造(1920年)が出展されている。

田中作品の魅力はどこにあるのか、人形師、高村光雲と学んできたその技を活かした写実性の強さは感じるが、その奥にあるもの、-言葉にするのは難しく一瞬の時間を切り取ったような形-、が作品に深みを与え、江戸期から明治初期に観られるような技巧的写実彫刻と一線を画している。

本展を先に拝見したブログ「あべまつ行脚」のあべまつさんによれば、田中の作品は「情緒のない生々しさと彫りの卓越した技術、そして写実の先の「ある」という存在感と」だと仰っているのは的を得たものではないだろうか。

対して、橋本平八、彼は日本彫刻界において異質な存在であった。
近世にあげた、職工的工芸作品ではなく、かといって荻原守衛、高村光太郎らのような西洋彫刻を取り入れた作品でもない。日本古来の仏像をはじめとした作品群を研究し、自身の表現を確立したが、惜しいことに38歳の若さで亡くなってしまった。平八の回顧展は昨年、平八の地元三重県立美術館と世田谷美術館で開催されていて、改めてその作品に魅了された。私は、平櫛田中より橋本平八派なのだった、ゆえに田中作品の魅力が写実性以外どこにあるのかが分からなかった。

最奥の平八コーナーには彼の代表作「花園に遊ぶ天女」1930年、「裸形の少年像」1927年、「石に就いて」1928年、「牛」1934年、「或日の少女」1934年などが並ぶ。
中でも「花園に遊ぶ天女」はややしゃがんだ様子で、耳をすましているポーズと全身に花模様が彫られ、台座に12神(空神、花神、鳥神、風神など)の文字が刻まれている。
自然を耳からその身体に取り込み、取り込んだ自然が身体表面に表出した姿を表現したのだろうか。自然神の信仰がある日本ならではの造像で、平八の研究成果が現れた日本近代彫刻の中でも稀有な作例だと思う。
「石に就いて」「牛」(これも牛に似た石を木彫している)は、昨年の橋本平八回顧展の記事で詳述しているので省略する。

この両者の作品を挟んで中央には、高村光雲「観音像木型」、竹内久一「技芸天」、像高214.5cmの大作、高村光太郎「鯰」、萩原碌山(守衛)「坑夫」、朝倉文夫、佐藤朝山、石井鶴三「鶴田選手像」などが置かれ、日本近代木彫ワールドを形成していた。明治期の技巧溢れた彫刻の中で旭玉山「人体骨格」鹿角を材料としているが、明治期において人体骨格をしっかりと把握していた証拠としても興味深い。驚異の技であることは言うまでもないが、人体骨格の彫刻は現代においても違和感がない。


3階に進むと、現代彫刻の展示となる。
作品ひとつひとつの展示空間に余裕を持たせているため、彫刻がもたらす展示空間の変容を感じることができる。
ゆとりある空間と作品に適した照明が彫刻展示には必須だと改めて感じる。

どの作品も素晴らしかったが、先日日本橋高島屋美術画廊Xで個展があった原真一は、本来の石彫作品を展示。中でも「浴室」は浴槽に腰かける老婆と浴槽内に付着する入歯、身体の一部が切り離され独立した面白い作品だった。最奥には森淳一が非常に面白い展示を行っていた。
森淳一のコーナーでは彫刻3点と3方向から撮影した頭部頭蓋のレントゲン写真が1点が展示されている。
3方向の頭蓋骨写真は二次元であるが、それをひとつの頭蓋の中で3次元化した作品「bollde」2011年は面白い。もちろん、本来頭蓋骨は一つの形であり、3方向から見ても、元は一つの形であるが、森作品では、正面、左、右方向から見た頭蓋を一つの作品に取り込んでしまった。
十一面観音ではないが、3面頭蓋になっている。
他2点も腕と頭部をカリフラワー状、フジツボを集めて成型したような彫刻。

原真一、森淳一が身体にフィーチャーした作品を展示していたのが興味深い。
身体性と言う点においては、林武史の石彫も、表現形式は異なるが、観る側の身体感覚を呼び起こす石彫を展示していた。林武史は岐阜県美術館での2人展で初めて作品に接したが、今回もその時と同じ、鑑賞者が靴を脱いで、直接作品の感触を確かめる試み。

最後に深井隆氏の木彫「月の証-風が降りた日-」は、夢のシーンが現実化したような、別世界へ鑑賞者を誘ってくれる。

近世から近代、そして現代彫刻へ、ここでは書ききれなかったが彫刻の教育や継承という問題も考えさせられる素晴らしい展覧会でした。
図録に全作品の掲載がなかったのが残念です。

「THINKING ABOUT STRUCTURE」 児玉画廊 東京

児玉画廊

イグノア・ユア・パースペクティブ13「THINKING ABOUT STRUCTURE」 児玉画廊 東京 10月8日~11月12日 
出展作家::鎌田友介 / 貴志真生也 / 和田真由子

鎌田友介、貴志真生也、和田真由子の3名による作品を敢えて一つの展覧会に集約し、「構造について考える」という主題を設けることで、そこにある差異と共通点を炙り出し、それによって究極的にはいかにしてイマジネーションが形を伴って存在しているのかについて思考することができるのではないか、と企画されたものです。~本展ギャラリーステートメントより

確かに「構造について考える」に際して、この3名の組み合わせは非常に面白かった。

まず、鎌田友介。
彼は平面化された矩形を三次元に引っ張り出したような立体作品を中心に手掛けて来た。最近は、その傾向に加えて、実験的に写真を取り入れたりインスタレーションを新たに見せている。
今回も、8月に東京藝大上野校舎で開催された「先端Prize2011」より写真を使用し始めたようだが、作家によれば、それ以前から写真は撮り続けており発表したのが初めてということらしい。
写真に関しては、前回の方が矩形そのものが分かりづらく、分かるか分からないかのギリギリの境界にある緊張感が好ましかったが、今回の児玉で見せた写真は明らかに矩形のそれと分かり、その点は残念。

今回特に気に入ったのは、比較的小サイズながら、矩形を傾きを変えて組み合わせた立体作品。
一見すれば三次元化された作品なのだが、もし動かすことができるとすれば、矩形は入れ子状もしくは重なっていき、最後は一つの矩形を象ることになる筈だ。作品は無論静止しているが、私の脳の中で三次元から二次元へと伸縮自在に様変わりする動きがある作品であった。彼の作品における構造とはframeが重要になるだろう。

また、興味深いのは三次元を二次元化する際の過程で、制作には3パターンあるという。絵画でいうデッサン、写真、PC上のパース、以上3つの方法で作品イメージを作り上げる、特に写真はアウトプット、作品としての使用もされており、制作過程での写真と違うのか同じなのかが気になる。

次に、和田真由子。
和田真由子は、鎌田友介とは逆に三次元のものを二次元化する作品を制作している。
この三次元から二次元への置き換えは膨大な作品とともに、平面といっても様々な見せ方をしているのが面白い。
例えば、プラスチック性のシートを布のように垂らして見せる試みは、今後どんな展開をしていくのか。

彼女の使用する色にも注目する。
明るいはっきりとした色は使用されず、ナチュラルでモノトーンの落ち着いた色調で、支持体と同化するような色合いが多い。
三次元のものが二次元に擬態しているように見える。

和田真由子場合、下図はほとんど制作せず、いきなり完成作に取り組むことが多いそうで、この点においても鎌田友介との比較で考えると興味深い。
形式のインパクトはあるが、モチーフで見た時のインパクトが薄いのが気になる。

最後は貴志真生也。
以前、同じ児玉画廊東京での個展「バクロニム」で見せたのと同様の何とも形容しがたい立体作品がドンと鎮座する。
作品に意味を持たせないのが彼の作品の特徴である故、完成作を鑑賞者は思うがまま自らの視点で臨む。
私は今回の作品が怪獣に見えた。
ホームセンターですぐに入手できそうな素材を使って、作り上げる彼の立体作品は枠にはめられることから逃れようとしている。

銀座のエルメスのショーウィンドウディスプレイを現在、貴志が担当している。高級ブランド品であるエルメス製品と貴志の作品との組み合わせは驚くほど成功している。
エルメスの担当者が、白金コンプレックスの「シャッフル」展で根来塗りの器の台を貴志が担当していたのを見て、今回のオファーに至ったとのこと。
根来塗りの時より、シックで楽しいディスプレイになっている。銀座に行かれた際にはチェックです。
「はろるど・わーど」さんのブログでエルメスのディスプレイ画像を一部ご覧いただけます。以下URL。
http://blog.goo.ne.jp/harold1234/e/79642edef50c453f27766a61cfdd0e7f

TWS-Emerging 「172 木戸龍介/173 熊野 海/174 前田雄大/175 茅根賢二」  TWS本郷

TWS-Emerging 172/173/174/175 10月01日 ~2011年10月23日 トーキョーワンダーサイト本郷
172 木戸龍介 [Form of Sin] /173 熊野 海 [HAPPINESS∞REVOLUTION]
/174 前田雄大 [絵画性の視座] /175 茅根賢二 [Melting scene]
http://www.tokyo-ws.org/archive/2011/06/tws-emerging-172173174175.shtml

TWS-Emergingも今年度最終回を迎え、今年も無事すべての回を見ることができた。

さて、今回は粒揃いの4名だった。

1階では、木戸龍介の巨大な木彫が床に横たわっていた。
あまりにも長いので、例えていうならご神木のような太さと長さの木彫なのだ。
しかし、一見一木造に見えるその木彫は恐らく中央部分で接いでいて、パーツとしては2つではないかと思う。
うねりを見せる造形は、水流のよう。川の水の流れだろうか。
水という絶えず動く存在の一瞬を切り取って造形にしている。中はくり抜きになって二重三重に彫りぬかれている。
こういう技巧的な作品は概して東京藝大彫刻科出身者に多いと思ってプロフィールを確認したら、やっぱりそうだった。

しかし、再び個展タイトルを確認すると「Form of Sin」、罪の形という意味でとらえて良いのか。
罪、猛々しいまでの水の流れでイメージするものはひとつなのだが、敢えてここで書くことはしない。

ポートフォリオを見ると、従来から水の造形化に取り組んでおられる様子なので、今後も水で行くのか新たなモチーフを見つけるのか、いずれにせよまだお若いのでこれからだろう。

2階は熊野海(くまのうみ)さんの絵画作品。
今年のTWS-Emergingパンフレット表紙を飾っているのが熊野さんの作品である。
冒頭画像の作品で確認できる通り、背景になっているカラフルな縦のストライプが特徴。
全ての作品にこのストライプが使用されていた(と記憶している)。
そして、前景には小さな人物が多数、緻密に描きこまれ、天地がひっくり返るような描写である。しかし、どうしても桑久保徹さんを思い出してしまう。ただ、熊野さんの場合は冒頭に揚げた、背景に個性があるのだが、全体構図がどこか似ていた。
画力はあると思うので、私の印象を払しょくするような作品を作り上げて欲しい。

3階は前田雄大、茅根賢二の絵画作品。
前田さんは、実験的絵画と言ったらよいのか、2つに上下で画面分割した作品で色による変化を付け並行的に展示することで、色彩による作用を試しておられるような。
こういう作品は面白い。色々比べて眺める。
作家さんのブログ(以下URL)を発見したが、過去作品は今回の出展されていた作品と大きく異なる。
http://songflute.cocolog-nifty.com/blog/top.html
今回一番面白かったのは前田さんだろうか。

[絵画性の視座] というタイトルからもアカデミックな印象を受けた。

ラストは、茅根賢二(ちのねけんじ)[Melting scene] 。
そう、まさに溶けるというのがピッタリの画面。彼は写真を使用して描いているように思ったのだがどうなのだろう。
写真を撮影し、それを参照しつつ、溶けるような画面を絵筆で描く。

そんな溶けるような画面は普段観ている景色をほんの少し変えてくれる。視界が揺らぐようなにじんだ世界。
私は 「via art2010」シンワアートミュージアムで彼の作品を一度見ている筈。
どこか記憶が残っていた。

筑波大大学院洋画コースで確か清水総二さんもいらっしゃったと思う。
茅根賢二さんの作品も人の息づく都市の風景を新たな視点で見せてくれた。

「大雅・蕪村・玉堂と仙」 出光美術館

出光笑い

「大雅・蕪村・玉堂と仙」 出光美術館 9月10日~10月23日
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html

「笑」のこころをテーマに池大雅・与謝蕪村・浦上玉堂・仙の4名の個性ある作品を紹介。
導入は、第Ⅰ章 笑いの古典-瓢箪ころころ、鯰くねくね と題して、冒頭に≪瓢鯰図≫池大雅、賛:大典顕常で、観客の心を和ませる。

自分の身体より大きい瓢箪を怯えた目をして抱きかかえる禅僧。瓢箪の下には鯰がひしゃげて顔だけ出しているではないですか。
実はこの作品、如拙筆「瓢鮎図」(国宝、妙心寺退蔵院蔵)をもとに、大雅が描いたもの。禅問答を大雅らしい大らかでユーモラスな表現で視覚化しています。

今回とりあげられている4名の画家のうちでは、池大雅が一番好き。大雅は本気出した南画も良いのですが、彼の絵の魅力はこうしたユーモラスな作品に真骨頂があると思います。あのゆるさとほんわかした優しい画風、そしてそんな画面を引き締めるのは、大雅の書です。
絵も素晴らしいですが、大雅は書も良い。

続く第Ⅱ章 無邪気な咲い(むじゃきなわらい)-大雅のおおらかさ で大雅作品が9点出展されています。
中でも「山邨千馬図」、「南極寿星図」、「瀟湘八景図」八幅対のうち四幅が良かった。
山邨千馬図は、文字通り千頭の馬を描かんと、親指サイズの馬が画面にひしめく。こういう仕事をしようと思う所が大雅なんだよなとつくづく。
そして、それらとはまた一線を画した六曲一双の屏風「秋杜之図屏風」(絖本墨画淡彩)は、赤と金が生えて、絖本ゆえ退色が目立たず実に美しい画面だった。
もうひとつ六曲一双の屏風「十二ヵ月離合山水図屏風」(重文)も出展されていたが、私としては「秋杜之図屏風」の方が好ましかった。
大雅の作品に共通する、唐子の愛らしさもまた魅力。子たちの無邪気な笑いにこちらも思わず笑みがこぼれる。

第Ⅲ章 呵呵大笑-幸せを招く笑い型
第Ⅲ章は仙を中心に、相阿弥や筆者不詳の室町絵画を交えて紹介する。
やっぱり仙の「百寿老画賛」は、何度見ても老いることを恐れなくて良いと教えられる。

第Ⅳ章 達観した笑い-玉堂の極み
浦上玉堂が登場。そういえば、昨年秋からほぼ1年ぶりではないだろうか、浦上玉堂作品は。
脱藩して漂流の画家となるが、属性から自由になった玉堂の筆は闊達に動く。
「雙峯挿雲図」は遠くにいる人物と近くにいる人物の大きさが同じという。遠近を無視した画法であるにも関わらず、人と自然をテーマにした画面作りは秀逸。この作品には、にやりと笑いが生まれる味がある。
「籠煙惹滋図」も同じく重文だが、こちらは小品で、小さな画面に山水人物が凝縮されていた。

第Ⅴ章 知的な嗤い-蕪村の余韻
与謝蕪村、もっとも苦手な画家のひとり。彼の俳諧的作品がなかなか理解できない。
ちょっと取り澄ましたような印象を受けるのは私だけだろうか。
「山水図屏風」六曲一双 は幽幻で、先に紹介した池大雅と同じく、本作品も絖本。
弟子達が師匠に良い作品を描いてもらおうとお金を集めて値の張る絖本購入の手助けをするという。
いわゆる屏風講時代の初期作品とのこと。
知的な嗤いというのが、いまひとつ感じられない。それでも「寒林狐鹿図」の鹿の表情が何とも良い味を出していた。

第Ⅵ章 笑わせてちくり -仙さんの茶目っ気
ラストは仙作品で笑いおさめとなります。仙作品は笑いの中にも禅の教えがあり、笑いつつ人生を考えるという境地に至るのでした。
ここで興味深かったのは「亀石」という仙が集めた石のひとつ。
芸術家は、時に石に魅了されるようで、仙もその一人だったとは知りませんでした。
それほど、石には人を惹きつける神聖さが宿っているのでしょう。

「メタボリズムの未来都市展」その1 第4回ニッポン建設映像祭 森美術館

「メタボリズムの未来都市展」が森美術館で来年1月15日まで開催中です。
展覧会は、第2章まで見た時点で1時間半経過、非常に興味深い資料や展示物が多く、とても集中力が持たないので、再訪します。という訳で展覧会の感想は後日となります。

森美術館へ行ったのは、関連イベントとして10月17日(月)に開催された「第4回ニッポン建設映像祭-メタボリズムの未来都市特別編-」に参加するためだった。
面白そうなイベントだなと思っていたのに予約を失念し、twitterで開催を思い出した時には既に予約受付は終了していた。しかし、過去のイベントを思い出すと大体予約していても来ない方がいらっしゃるので、行けば何とかなるだろう、最悪立ち見でもと思って会場に向かった。

予想は上手い方に転んで、開始時間を5分過ぎても席は埋まっていなかったので、無事に座席を確保できた。

「ニッポン建設映像祭」はアンダーコンストラクション・フィルム・アーカイブ(UCFA)によるイベントで、2010年8月に大阪で記念すべき第1回ニッポン建設映像祭を開催し、今回で4回目を迎える。

ニッポン建設映像祭のサイトによれば、「ニッポン建設映像祭とは、20世紀という空前絶後の「建設の時代」を一挙に振り返る映像祭。万博、オリンピック、団地、ニュータウン、高速道路、超高層ビルなど…映し出される都市・建築の姿は、過去の遺物ではなく、未来へのメッセージ」とのこと。
詳細は公式サイトをご参照ください。→ こちら

今回上映されたのは、当初4本(1969年代制作2本、1970年代制作2本)の予定だったが、4本終了後、おまけとして特別に1本の追加上映が!冒頭と、前半2本の上映の後、UCAFの方から上映作品についての解説、見どころのレクチャーがあり、4本終了した後で、UCFAの活動をパワーポイントを使って説明して下さった。

追加されたのは、1970年2月4日に放映されたNHK制作ドキュメンタリー「ある人生 万博とび頭」であった。

これが強烈で、菊竹清訓設計の万博のエキスポタワー (Expo Tower)でとび頭として活躍された嶋田雪雄さんを主人公としたドキュメンタリーで、エキスポタワーの128メートルという危険な高所で、命綱も付けず陣頭指揮を取る姿をカメラがしっかりとらえている。撮る方も大変だったのではないか。
嶋田さんは82歳で平成7年に亡くなられたが、口は悪いが鳶職としてのプロ魂と技術は日本一であっただろう。
嶋田氏の「建築家は事務所で線引いてれば良いが、柱建てる奴がおらな、建物はたたへんで!」という言葉は非常に説得力があった。
この番組、エキスポタワーの建築現場映像として非常に貴重である一方、ニッカーボッカーと地下足袋で仕事以外も貫く嶋田氏が愛娘と2人連れだって買物する姿をバックにNHKアナが「鳶が鷹を産んだ・・・」と真面目に語りを入れるという、NHKらしからぬ番組であった。
(参考)NHKアーカイブス:http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2000/h000820.html

特別おまけ映像以外の4作品は次の通り。

・「かわった形の体育館-オリンピックのために-」 企画:清水建設 制作:岩波映画製作所 1964年 19分
代々木第一体育館(設計:丹下健三 施工:清水建設)の大屋根をさせる吊り構造、建設現場を撮影。

・「出雲大社庁の舎」 制作:大成建設 制作担当:産業技術映画協会 1963年 20分
出雲大社庁の舎(設計:菊竹清訓、施工:大成建設)のプレストレスト。コンクリートやプレキャスト・コンクリートといった最新の構造技術と伝統的な木の仕事、伝統と革新の現場が見事な映像。

・「カプセルマンション」 制作:大成建設 協力:日本映画新社 1972年、25分
中銀カプセルタワー(設計:黒川紀章建築都市設計事務所、施工:大成建設)のカプセルが滋賀工場で制作され、東京へと輸送、設置、内部の様子までしっかりとらえた貴重な映像。若き日の黒川紀章をはじめ関係者も登場。

・「EXPO OPERATION 大林組と万国博」 企画:大林組 制作:岩波映画製作所 1970年、28分
大阪万博で大林組が手がけたパビリオン工事を紹介。お祭り広場(設計:丹下健三他)の大屋根を地上で組み立てた後、38メートルの高さまでジャッキアップする。当時最先端のエアドーム構造を採用したアメリカ館の大屋根と2つの大屋根完成は手に汗握る迫力。

どの映像も通常工事関係者しか見ることのできない、建設現場がしっかと撮影されていて、基礎工事、配筋、柱組の美しさが模型では体感できない大きさと迫力で迫ってくる。
特に、60年代、70年代は建築技術の革新によって、過去に例のない難工事を工期にあおられつつ施工して行く現場の方々のご苦労が伝わってきた。

中銀カプセルタワービルのカプセル内部を実際に使用している様子(モデルケース)が撮影されていて、ベッドのヘッドボードに今は見る機会もなくなってしまったダブルのカセットテープセット、しかもメーカーロゴにしっかと「SONY」の文字が入っていたのには泣けた(泣いてないけど)。
カプセルタワーは、新しい都市の人々の生活方式も提案する画期的アイディアで、世界初のカプセルマンション。区分所有マンションとして利用されているが、設計趣旨とは外れるもののホテルとして利用することもありではないか。カプセルは交換可能だとしても、給排水管も交換できるのだろうか。全部のカプセルを交換する際であれば可能か。

メタボリズムを反映し、実際に建設された建物の完成した姿は模型や写真で分かるが、実際の建設現場はこうした貴重な映像がなければ我々の知らぬまま忘れ去られて行く。
設計者の名前は残るが、それを支えた工事に携わった多くの人々の尽力なしでは、建物は完成しなかった。
建設過程を見ると、最先端技術の導入とそれを実現させるための現場の努力、これが噛み合ってこそ建物として設計者の描いた理想が実現することを目のあたりにした。

その一方で、こうした建物は次々と取り壊され、例えばエキスポタワーは、万博終了後展望台としての利用者も減少し、最後は時代の遺物となり老朽化のため、2002年8月から2003年3月に解体されている。

戦後復興をかけて都市構想を描いたメタボリズムも時が経てば、数少ない実現した建物も既に失われ、近代日本建築の儚さ、メタボリズムが建築家を熱くさせた一過性の運動だったのかと感じた。
兵どもが夢の跡。

なお、アンダーコンストラクション・フィルム・アーカイブ(UCFA)は、建設記録映像を収集しています。
ご自宅や勤務先に古い映像テープやフィルムを発見したら、ぜひご一報をとのことです。
連絡先は上記、ニッポン建設映像祭のブログに掲載されています。

「小林史子 Mistletoe」展 INAXギャラリー2

小林史子

「小林史子 Mistletoe」 INAXギャラリー2 10月6日~10月24日 日祝休廊
http://inax.lixil.co.jp/gallery/contemporary/detail/d_001961.html
*展示風景、作家のインタビュー等が掲載されています。

京橋のINAXギャラリー2で開催中の「小林史子展 Mistletoe」に行って来ました。
Mistletoeとは、宿り木の意味で、では宿り木って何だろうとネットで検索した結果、ビャクダン目に属すビャクダン科・オオバヤドリギ科・ミソデンドロン科の寄生植物の総称であると分かった。
(参考)Wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%AE%E9%A1%9E

小林史子さんの作品は、京都のギャラリーeN artsで2010年に、そして今年、水戸芸術館の「クワイエット・アテンションズ 彼女からの出発」で拝見したが、この2箇所の展示は相互に似たものであった。展示場所で集めたものを使用して、集めたものたちの関係性を新たに作りだすと言えば良いだろか。

そして3回目となる今回は、この2回の展示とは大きく違っていたので、まずそれに驚いた。
INAXギャラリーの展示空間は長方形で柱もなくフラットな空間であるが、その展示室がものの見事にひっくり返されている。
これは一体何が起こっているのだろう。私の頭は?マークで一杯になる。
しかも、普段は空いているのを見たことがない、ギャラリー左の奥は壁だとばかり思っていたのだが、その壁が下方のみ開かれ、外の景色が窓から見えるではないか。
ここ、窓があったんだ。ずっとそこにあったのに気付かなかった窓の存在。

展示空間が外の世界と結ばれているように思えた。2階から道行く人々の様子を眺めるのは楽しく、普段見慣れぬ角度からの景色に思わず高揚してしまった。

床も窓の一部になっているのではないかと思わせるように、床に窓枠やドア枠のようなものが半分刺さったような形式で置かれている。

ここで、今回の展覧会に際し行われた小林さんのインタビュー記事から一部引用する。
「忘れたいけど忘れられないとか、覚えたいけど覚えられないことってたくさんあって、記憶のようにいつの間にか無くなったり増えたりするモノで私や誰かの部屋は溢れていると感じています。制作では、そこにオーダーと方向を与えます。そういう意味で、私にとって「窓」「扉」「壁」はとても重要なモチーフです。」

窓や扉は外界との接点となりえ、内と外を結ぶ出入り自由な境界である、一方、壁は外と内を仕切るもの。
彼女が創出したスペースは、外界に開かれ、結ばれている一方で、仕切られてもいた。
宙に浮いた家具は、重力などないかのように、大地との縁をきっぱり立ち切ったように見えた。
そして、彼女が集めたものたちは、ひとつにまとまり例え上下が反転していようとも、内として閉じられた世界でもあった。

考えてみると、寄生する宿り木にも似たスペースのように感じられてくる。内に包まれているという感覚は薄く、どこか不安定で、ふわふわと落ち着かない感じも受ける。
今回のインスタレーションは、INAXビルに寄生し、外へ繋がり広がろうとする作家が作った巣であったのかもしれない。

一番分からなかったのは、複数あった写真の展示である。
先に引用したインタビューによれば、修了作品として提出した作品に写真があったようだが、過去2つの展示で写真を使っておられた記憶がない。
この展示に写真を使った意図は何であったのかが気になる。あの場所に写真は必要だったのだろうか。

頭の中がまとまらないまま、次回作も楽しみにしている自分に気付いた。

「山田 純嗣展 絵画をめぐって-`A Mon Seul Désir-」 日本橋高島屋美術画廊X

山田純嗣201110

「山田純嗣 展 絵画をめぐって-`A Mon Seul Désir-」
日本橋高島屋美術画廊X 10月12日~10月31日

高島屋ブログ:http://blog-tokyo.takashimaya.co.jp/art/201110/article_2.html
*展示風景等が紹介されています。

山田純嗣さんの個展が、2年ぶりに日本橋高島屋美術画廊Xで始まっています。
思えば、私が山田さんの作品を初めて拝見したのも日本橋高島屋美術画廊X「VISIONS 増殖するイメージ」展でした。

山田さんが私の地元愛知県在住の作家さんであったため、その後続く、新橋の東京ステーションギャラリー、あいちアートの森(ナゴヤインドアテニスクラブ会場)、アイチ・ジーン(豊田市美術館会場)、そして今年の春の「TOUGEN 現代作家による桃源郷へのアプローチ」(masayoshi suzuki gallery/岡崎)と追いかけて来ました。

さて、今回の個展タイトルは絵画をめぐって。副題の「`A Mon Seul Désir」はフランス語で日本語に訳すと「我が唯一の望み」となります。
これは、フランスの中世美術館にあるタピスリー≪貴婦人と一角獣≫の6連作のうちの1枚のタイトルになっていて、「我が唯一の望み」とは何であるかは不明で、「愛」とか「理解」と解釈されているようです。~本展パンフレットより。

山田さんは、この個展で「絵画」とは何かということを改めて考え直されたのではないだろうか。
絵画は視覚芸術であるがその本質を目で観ることは難しい、私が拝見した彼の作品には、絵画のあり方や絵画とは何かという問いに対するひとつの答えが提示されていたように思う。

眼前にあるのは、一般的な絵画の範疇に加えて良いものか、しかし、版画でもなく、写真でもない、メディウムによる分類が困難な平面作品。メディウムによる分類など不要ではないのだろうか。少々乱暴な言い方をすれば、絵画も版画も写真も、表象視覚表現の平面化にある点において共通している。山田作品の最大の特色はこれら3つの手法をすべて用いたアウトプット作品であることに尽きるだろう。それゆえ、単独メディウムでは表現しえない複層性が絡み合ったオリジナリティを生み出しているのだ。

本展では、立体から平面へ、そして平面の上に転写されている銅版画の線、その下図220×193cm(以下画像)と完成作を構成してきた要素をひとつひとつ剥がすような展示がされている。

garden of

更にギャラリー最奥の白いカーテンの向こうには、今回東京で初のお披露目となる完成作に至る過程で制作される立体群が来場者を待っていた。立体は大小様々で、新作に使用されているものもあれば、旧作に使用した、例えば愛犬:花子をはじめ、ウサギなど愛らしい動物たちもいて、それらを見つけるためにしばし時間を忘れる。

これまでは敢えて制作過程で生まれるものは展示せず完成作のみを展示されていたが、中京大学Cスクエアでの個展において、立体インスタレーションを初めて行い、それ以後立体展示が継続し、本展では銅版画の下図までも展示し販売されていたのには驚いた。
注:立体作品は非売

モチーフになっているのは、ここ数年名画シリーズとでもいうべきか、西洋東洋問わず、山田さんの琴線にひっかかった名画である。これを立体で再現、再構築して、モノクロで写真撮影することで再び平面化し、典拠となる原画にはないオリジナル線描をエッチングによって画面に施す。

前述の≪貴婦人と一角獣≫とは別に、今回の目玉になっているのがあのヒエロニムス・ボスの≪快楽の園≫(1480-1500年頃、プラド美術館)をモチーフとした作品≪GARDEN EARTHLY DELIGHTS≫220×195cmの大作である。少し前に、テレビ東京『美の巨人』でも取り上げられていたこの名画を再現するのは気が遠くなるような作業であったに違いない。
何しろ、人なのか獣なのか、訳の分からない生物が画面上に跋扈しているだけでなく、背景には草花、建築物?遊具のようなものが画面一杯に描きこまれている作品。

あまりの大作のため、本展開催までに間に合ったのが中央部分でまだ左右の部分が残っているとのこと。
全体が完成するとすれば2年がかりとなるだろう。

そして、昨年頃から画面に付された偏光パールを使用したオリジナル塗料での着彩。
今回は室内なので、光の変化による見え方の違いを感じるのは難しいが、外光によって画面のニュアンスが変わるのも作品の見どころのひとつ。照明であっても左右上下と鑑賞者が動くことによって画面は表情を変えることだろう。白を基調とした作品ゆえに、色の使い方には細心の注意が必要で、これを上手く使いきった作品はまた格別。

さて、今回は上記2つの大作とは別に、非常に存在感の強い作品があった。
高橋由一の著名な≪鮭≫をモチーフにした≪Sirmon≫である。

salmon

実際の由一が描いた≪鮭≫以上のふてぶてしさと肉々しさを感じるとともに、オリジナルの要素として鮭の尾に注目したい。猫がかじったように身がなくなって骨だけになっている。
更に、鮭の中央上部の内臓が見えている部分は、魚の骨が滝のように見え、旧作≪NACHI FALLS(B)≫を思い出す。

一方で極限まで細密な画面を作り上げ、もう一方で大胆かつ骨太な鮭の作品を制作する。この振れ幅が、個人的には好ましい。しかし、「絵画」とは何かという答えを提示するには、必ずしも細密に創り上げた作品でなくても良いのではないかという疑問も持ちあがる。特にサイズの大きな作品になると気になるのはパネルの接ぎ目で、細かいことだけれど、作品の完成度が高まれば高まるほど接ぎ目の部分が目立ってしまう。

私がもっとも強く作家のオリジナリティを感じるのは、銅版画部分である。
主題となっている名画とは無関係の要素が満載で、例えば前記の≪Sirmon≫における銅版画では蝶やカブトムシといった昆虫などが描かれていたり、遊びの要素が強く何が描かれているのか見つけるのが楽しい。この部分があるからこそ、鑑賞者の視線は作品により長く留まる。同様の効果は昨年から始まった着彩によって一層強化された。

銅版画描写について、山田さんご本人がtwitter(10月15日)にて呟いておられるので、少々長くなるが以下転用する。

「絵画は構造として、「形式」(構図、色彩、マテリアルなど)と「内容」(コンテキスト、物語など)の要素を持つわけだけど、自分はそれらを自覚的に分解して制作しているんです。

自作の「描写の軽さ・かわいさ」というのは、いわゆる作品における物語性に関わる部分で、人は何かを見たときに、自分の経験と照らし合わせてそれとは別の想像力を働かせるようなことをすると思うのですが、それは日本の余白の文化というか、李禹煥がもの派で出会いという言葉を使って言ってたようなことに近いのかもしれないけど、何か一つ物があった場合、他は描かれていなくても、見る人の内面に勝手に描かれることがある。というようなことについて、自分はそれを自覚的に描いてしまおうと。

ただ、自分は形式の方向から作品について考えていくタイプだと思うので、物語性ということに関しては、それほどはまり込んではいないのです。ゆえに描写が軽く見えたり分離して見えるのだと思います。また、絵画の要素を解体してもなお作品になっているシュポール/シュルファスのヴィアラ(*)の試みにも感銘を受けたのですが、そういった解体の試みを通過し、物語性とギリギリの所に見た目を整えて作品を再構築してみようと。だから軽いように感じられる部分も必要だと、現状では思ってます。」


*シュポール/シュルファスのヴィアラ=クロード・ヴィアラ(1936‐、フランス、ニーム生まれ)は、 1960 年代末にフランスで起こった芸術運動「シュポール/シュルファス(支持体・表面)の中心メンバーとして活躍した現代美術作家。


展示会場入口近くには円形ボードの作品≪RABBIT≫が3種類展示されている。名画の一部を引用されているのかもしれないが、愛らしいウサギの仕草や動作はオリジナルだろう。名画シリーズばかりでなく、こうしたモチーフ自体のオリジナル作品も継続していただければと思っています。

作家さんは会期末10月29日(土)~31日(月)に在廊されている予定です。twitter(アカウント:@JunjiYamada)で確認できます。

*写真は作家さんご本人の許可を得て掲載しています。

*10月17日、18日に再々修正追記。10月17日にアップしたものがなぜか消失したため、再々修正となりました。

「瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館

埼玉近美

「瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館 9月10日~11月6日
http://www.momas.jp/3.htm

「瑛九展」うらわ美術館会場の続きです。
埼玉県立近代美術館会場では、残りの4つのトピックで展覧会を構成しています。
トピック2:エスペラントと共に
トピック5:思想と組織
トピック6:転移するイメージ
トピック8:点へ・・・・・

この4つのトピックの中で、私の関心はフォト・デッサン、コラージュを扱った「転移するイメージ」と晩年の3カ年にみられる点描の作品「点へ・・・・・」であった。
エスペラント語の習得や彼の画壇についての考え方や組織の中での瑛九を考えることも重要だがここでは割愛する。

瑛九展でもっとも楽しみにしていたのは、彼のフォト・コラージュやフォト・デッサンを見ることだった。
今年に入って読んだ『日本写真史1840-1945』日本写真家協会刊では、瑛九の写真について高い評価がされており、気になっていたし、すぐに瑛九の写真が浮かばなかったこともある。

今回出展されている写真作品を見て、最初にマティスのダンスシリーズが頭に浮かんだ。マティスが切絵に取り組んだのと同じように瑛九はフォト・デッサンに向かったのではないだろうか。
彼にとっての写真は、頭に浮かんだイメージを表現するひとつの手段に過ぎない。作家にとって、自分の中にあるイメージを表現する方法は様々だが、瑛九にとってフォト・デッサンは扱いやすい手法だったのだろう。
また、マン・レイやモホイ・ナジ・ラースローなど、フォト・コラージュを扱う作家が同時代に出現していたことも瑛九の制作に影響しているだろう。時代の潮流に乗ろうとしたのではあるまいか。
直接的影響を本人は否定していたようだが、今回一緒に展示されていたマン・レイやモホイ・ナジの作品と見比べると、やはりその影響は隠せないものがある。

瑛九のフォト・デッサン作品で興味深いのは版画のようにステート違い、つまり一つの版を元にバリエーションを少しずつ変えて複数のシリーズ作品を制作していることだ。このイメージの展開の方法が面白い。
モノトーンをカラーに、同じ型紙を反転させて2枚制作したり、この図像展開はとてもブログでは説明できない。
最初に出て来る「目」をモチーフにした作品は、やはりマン・レイ作品を想起させるが、瑛九にとって「目」は生涯にわたる重要なモチーフであり続けた。後に続く点のシリーズでも「目」が画面中央に配された作品≪れいめい≫1957年(うらわ美術館で展示)があった。

また、フォトデッサンに顕著なのが波打つような線描で、時にクレーの自由な描画を思わせるが、線描でなく色彩の使い方も古賀春江、クレー、そこから離れた所でオノサトトシノブらに近しい色づかいが見られる。

フォトデッサンに使用していたガラス棒、ガラス板、そしてセロファン、そして型紙全体に穴をあける手法など、絵画作品と密接な関係にあることも見過ごせない。

こうしたことからも瑛九は写真というよりむしろ絵画、版画に近い感覚でフォト・デッサンに取り組んでいたと思われる。

次に、晩年の点を描いた作品群について。

まさに宇宙をイメージさせる背景のブルー、惑星のような宝石のような黄色や赤の丸。
西洋画の点描技法とは異なる。大きな丸がやがてストロークの大きい点になり、やがて非常に細かな点の集積となった抽象画へと転換する様は見事であった。

光や色を分子化して、とことん細分化した結果を画面上で観ているような感覚。
光の渦にいつしか自分の身体が取り込まれて行く。そうかと思えば、絵の中に吸い込まれて行くような、瑛九の晩年作品はフラットで遠近感がない、吸い込まれるというより包み込まれて行く、絵画が拡大していくような感覚があった。
ところで、この点を使ったシリーズへの移行がどこから始まったかという点が、やや本展では分かりにくくなっている。会場が2つに分かれていること、制作年代順になっていないため、この変遷については図録等で確認することが必要だろう。

なお、図録(埼玉近美、うらわ美術館共通)は素晴らしい出来栄えで、デザインは祖父江慎さん、画像も美しい上、造本も素晴らしい。アーティストブックとしてもこれ以上のものはなかなか出会えない。2400円出しても買っておいた方が良いと思う。
展覧会に行けない人も図録だけでも展覧会の内容はかなり伝わって来ます。

なお、常設展示では埼玉県ゆかりの画家、「写生の力 倉田白羊と弟次郎」特集が良かったので、こちらもお見逃しなく。特に弟次郎の驚異的な写生にはただただ感動しました。浅井忠が早くから才能を買っていたというのも納得です。

(参考)過去ログ:「生誕100年記念 瑛九展」夢に託して- うらわ美術館

「横浜トリエンナーレ2011」 日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)

「横浜トリエンナーレ2011」 日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK) 8月6日(土)~11月6日(日)

横浜美術館会場は横浜トリエンナーレ開幕初日に行ったにも関わらず、他の会場に行く時間が中々取れず漸く日本郵船海岸通倉会場へ行って来ました。

ここでのお目当ては、つい先日24時間上映が発表されたクリスチャン・マークレー《The Clock》。
24時間上映は10月26日(水)20:00~10月27日(木)20:00で、26日水曜日19時から整理券が配布され定員60名とのこと。詳細はこちら

で、会場入りしたのは11時半前ですぐさま3階の一番奥にあるマークレーの部屋へ直行した。
座り心地の良いソファが用意されており、11時開場であるせいか、マークレーの展示室の先客は少なかった。
そして、私は最前列でどっかりと座席を確保し、それから延々3時間《The Clock》を堪能した。
小学校に上がる前から、ショーン・コネリー扮するジェームス・ボンドが好きだったという保育園児で、ハリウッド映画大好き。
ショーン・コネリーは勿論、それに匹敵するくらい好きだったスティーブ・マックイン、ダーティー・ハリーシリーズのクリント・イーストウッド、往年の2枚目スターであるモンゴメリー・クリフトにロバート・レッドフォーフォード、久しぶりにチャールズ・ブロンソンも見つけた。
もちろん、太る前のディカプリオやマット・デイモンも出て来たけど、現在活躍中の俳優の方が少なかったのかな。それとも私が気付かなかっただけか。ヒュー・グラントやなぜかER救急救命室(あれは映画でなくTVドラマではなかったか)も出て来た。

これだけ沢山時計や時間を尋ねるシーンがあったのかと思うほど、ほぼ全ての時間帯が網羅されており、映画と映画のシーンの繋ぎ方が秀逸。違和感を余り感じないまま見て行ける。編集が抜群に上手い。
見ていると、映画音楽も重要な要素だなと思うことが度々あった。
とにかく懐かしい映画が次から次へと出て来るので席を離れることができず、いっそ1日このままとも思ったが、他にも見なけらばならない作品があったので渋々3時間で退場した。
リアルな時間と映画の時間を同期させている点もツボ。

次に印象に残ったのはやはり映像で、アピチャッポン・ウィーラセタクン。
彼が使用できた空間は非常に広く、全部で7本程の映像を上映していた。両奥の2面スクリーンを使用していた作品、特に≪primitive≫が良かった。非凡な才能を遺憾なく発揮。彼映像は自然や人間のありのままを、美しく詩情を抑制しつつ撮影している点であろうか。

日本人作家では落合多夢のドローイングとインスタレーションが気になった。
落合多夢と言えば、大きなペインティングがすぐに頭に浮かぶが、今回は彼特有のペインティングは使わず、小さなドローイング連作と舞台装置のようなものを使ったインスタレーションで、私がこれまで見て来たものとまるで違っていた。物語を実際に視覚化したような表現。

シガリット・ランダウの死海の塩を使った立体作品と死海に浮かぶスイカ?と全裸の女性の映像、特に映像の方はなかなか。ただ、種明かしが分かってしまうとそれ以上感じる物はない。

2階にあったリナ・バネルジーの貝などを使った造形作品は見事だった。
写真撮影できなかったのは残念。

カールステン・ニコライ、ピーター・コフィンらの作品は、悪くはないのだが強く惹かれるものもない。一過性の作品のようにただ通り過ぎて行った。
同じくイェッペ・ハインは金沢21世紀美術館での作品の方が良かった。数人しか参加できない作品はこうしたトリエンナーレには適していない。

ベテランの戸谷成雄の木彫は、しっかりとした存在感を放っていた。隙間から覗くとまた別の景色が見えて来る。二重にも三重にも楽しめる造形。

泉太郎は、清澄白河のギャラリーだったか恵比寿のNadiffで見せていた作品と共通していてこちらも新鮮味はなし。野口里佳さんの写真も、この会場では妙に浮いているような違和感があった。

他の作家の作品については省略。マークレーとアピチャッポンがダントツに良かった。

「ニューアート展NEXT 2011 Sparkling Days」 横浜市民ギャラリー

newart

「ニューアート展NEXT 2011 Sparkling Days」 横浜市民ギャラリー 9月30日(金) - 10月19日(水)
http://www.yaf.or.jp/ycag/archives/newart/NEXT2011/index.html
*展示風景も上記サイトでご覧いただけます。


曽谷朝絵、荒神明香、ミヤケマイの女性作家3名を紹介する展覧会。

横浜市民ギャラリーはJR関内駅徒歩1分の場所にあった。3階と2階一部を使用した広い展示空間で、3名の作家それぞれ個展形式でスペースが区切られている。

まずは、ミヤケマイ。
お名前だけはかねてより耳にしていたけれど、作品を拝見するのは初めて。
ペーパーワークを使ったミクストメディア。見ることを意識させるよう、額装をハニカムを使ったケースにしたり、展示室に台を設置してそこに昇って見た場合と床から通常通りの視点で見た場合の違いを楽しめる。
作品の前に立って、右から、左から正面から、ハニカムが邪魔して中の作品が隠れてしまったり、すっと視線が奥まで届いたり、とにかく楽しい。

風神・雷神では、風神にダイソンの掃除機を持たせたりユーモアもはらむ。

こまかで美しい色彩のペーパーワークもさることながら、彼女が綴る言葉もまた作品の重要な要素である。
アクリルケースに反転した文字をペイントし、光を当てると文字が中の作品に写る。

文章だけの作品も何点かあったが、この文章がまた良くて。

アクリルケースや木製変形のブラックボックス入りの作品が続いたかと思えば、突如大きな掛軸が登場。
これもミクストメディアとなっていたが、一部紙がコラージュのように付されているものもあったが、一見すると版画のようなプリント作品にも見えた。実際どうなっているのだろう。

携帯がケースの中に仕込まれた作品があり、次の作品に移動しようとしたら携帯が光るのを見て再び戻って確認。確かに通話ランプが光っている。バッテリー切れないのかなと妙な心配をしてしまった。この電話、実際にその番号にかけるとかかります。ヒントは作品名。

個人的に気に入ったのは鉄製の行灯。
2つあってタイトルも面白い。「お帰りなさいませ行灯、お風呂にします?ご飯にします?それとも・・・」と「おやすみなさい行灯、春夏秋冬」。
全部で70点弱の作品が展示されていたが、季節を感じさせるもの、自然、歴史、文学とどこかモチーフになっているものは通じている。

圧巻なのは、本物の石を踏みしめた細い通路を抜けた奥の空間にあるインスタレーション。
ペーパーワークと冒頭に書いたが、確かにここでも紙で作られた微小な人々が、仮想日本に置かれているが、東京、大阪、京都、福島の4都市の風景をレースで作った布が椅子にはらりとかけられ、十字に中央で交差する。
布、刺繍?も駆使したこのインスタレーションは素晴らしかった。

神は紙と作家の言葉にあったと記憶しているが、彼女に相応しい言葉だと思う。

次に荒神明香さん。
2年前に知覚の扉、喜楽亭会場での作品はあまり印象に残らなかったが、今回は違う。
これは本当にすごかった。
作品名≪pasta strata≫材料はパスタ。
パスタを材にして、中に浮遊する都市空間を構築。
震災を機に、地層の上にある建物や車、人々の生活に思いを馳せ作品化したもの。
縦と横への広がり、建物の作り方、街としての完成度も高く、空間に対して強い存在感を放っていた。
観客の多くが椅子に座って砂上の楼閣のような、蜃気楼のような都市を眺めていたのが印象深い。もちろん私もそのうちの一人だった。

荒神さんの次回作がとても楽しみになった。

曽谷朝絵さん。
曽谷さんが、私にとっては一番長くから拝見している作家さん。
2001年制作のVOCA展受賞作から2011年の近作まで油彩画が26点。こうして眺めていると一貫して光を扱っていることがよく分かる。
そして、3階から少し下がった所にインスタレーションを展開。
資生堂Artegg(資生堂ギャラリー)で見せたようなシートを使ったインスタレーションで、光の加減と影で色を浴びる。今回は、靴を脱いで真っ白な床とそこに貼られた色とりどりのシートが放つ色、これは強いエネルギーを放っていると思うのだが、その色を体感すると不思議と身体にも何らかの作用を及ぼしているような感覚を得られる。
視覚刺激だけでないリズムような、音楽的な要素も彼女のインスタレーションにはあると思う。

図録は1200円で薄かったのでやめてしまった。もう少し写真や作品掲載を充実させて欲しかったです。

会期は残り僅かです。横浜トリエンナーレと合わせてぜひ。

「生誕100年記念 瑛九展」 夢に託して- うらわ美術館

うらわ


「生誕100年記念 瑛九展」夢に託して- うらわ美術館 9月10日~11月6日
http://www.uam.urawa.saitama.jp/tenran.htm

うらわ美術館と埼玉県立近代美術館の共催で「生誕100年記念 瑛九展」が開催されています。
この展覧会は、瑛九出身地の宮崎県立美術館で7月16日~8月28日まで開催され埼玉県に巡回しているものです。

1人の作家の回顧展として切り口や見せ方はいくつか考えられますが、本展では8つのトピックを設けて、瑛九の人と芸術の全貌に迫ります。
宮崎県美では1会場で8つのトピック全てを一度に展示されたようですが、埼玉会場では各美術館の広さの関係もあり会場をうらわ美術館と埼玉県立美術館の2会場に分けざるを得ませんでした。
8つのトピックのうち、うらわ美術館では次の4つのトピックについての展示がされています。
1.文筆家・杉田秀夫から瑛九へ
3.絵筆に託して
4.日本回帰
7.啓蒙と普及

すべてのトピックをひとつの会場で見ることができなかったのは非常に残念でしたが、展示資料、内容は充実しており丁寧に作られた良い展覧会でした。

感想は各美術館単位で書くことにしました。

まず、瑛九の作品といって最初に思い浮かぶのはカラフルな円が画面一杯に描かれている、宇宙を予期させる油彩画だった。
しかし、この展覧会によって如何に瑛九が多様な活動と関心領域を持っていたかが良く分かる。
トピック分けした展覧会の場合、時代の推移を念頭に置きつつ作品を見なければならない。

瑛九という名は勿論本名ではなく、本名は杉田秀夫だった。
驚いたことに僅か彼の最初の制作活動は文筆業だった。
若干13歳で雑誌に投稿した童話『金の船』で入選を果たし、15歳で書いた批評が雑誌に載った。1927年から1930年の3年間の間に書いた美術批評が約30本に及ぶ。

彼の批評の中で印象的だったのは、「あらかじめ絵画とはこういうもの、シュルレアリスムとはこういうもの、という理屈を聞かされて、作品にその特徴を認めて安心するという鑑賞方法への痛烈な否定」であった。
特に近頃の私の鑑賞法と来たら。。。自分も瑛九にとって痛烈な批判の対象となっていることを自覚し、悲しい気持ちになった。そして、特に最近様々な理屈にとらわれ過ぎてまっすぐに絵画を見ていないと反省した。素人は素人なりに、もっと自由に好きに作品を楽しむことが一番大切なのに。

瑛九は、生涯にわたり油彩画を描いていた。
トピック3「絵筆に託して」では油彩画の仕事の変遷を初期作から晩年のものまでを展示している。
後期印象派からキュビスム、そしてシュルレアリスムと影響を受けた画家の研究を行ったのか、当時の関心がどこに向いていたかは作品を見ていると分かる。
彼が影響を受けた画家が私の好きな画家と重複していて、特に三岸好太郎が入っていたのは嬉しかった。三岸も早逝してしまったので、知名度は低いかもしれないが素晴らしい才能を持っていた。同じく並んでいた古賀春江以上であったかもしれない。

独特の強い色彩、特にキュビスム風作品、オノサトトシノブの円環を描いた作品の影響からか晩年の瑛九の作品は、大画面を覆いつくすようにカラフルな円環を画面に配した。
点描画の非常に点描画が細かいものもあれば、当もう少し大きくかつランダムな大きさの円環が使用されているものもある。
宇宙の中に吸い込まれるような真っ青な背景色も特徴のひとつだが、奥行き感が感じられる作品とフラットで遠近感の感じられないものがある。フラットな作品の場合、奥行きであく縦横に円が拡散していくような広がりを感じる。まさに宇宙を表現したかったのか。円環は惑星やあまたある星に見えた。

トピック4は「日本回帰」。
今回は先に書いたようにトピックだてなので、瑛九の人生の流れの中で何が起きたかの把握が展覧会だけを見ていると分かりづらい。そこは年表で追っていく必要がある。
トピック3で油彩は生涯続けたとあったが、その途中で制作に行き詰まり、一時は精神を病み、岡田式坐禅法(確か瑛九の時代には相馬黒光も坐禅をしていたのではなかったか)を兄の薦めで行い、漸く回復したようだ。
油彩あるいはフォトグラムを制作しつつ行き詰った瑛九が向かった先は東洋思想。
つい、先日見た岸田劉生も同じだった。
西洋に行き詰まると東洋へ向かう、どこか安直な感じがしてならないが、ここで研究した東洋思想を再び自身に取り込み再構築、自身の解釈で新たな制作ができれば良いのだろうが、劉生の場合は違うようだった。彼はそのまま終わってしまった。

瑛九の東洋思想影響後の作品は、例えばアンリ・ミショーやクレーのような自由な線描、オートマティスム的なデッサンや線の自由を感じる。精神の彷徨が画面上に現れているように見える。

トピック7「啓蒙と普及」では、瑛九が携わった啓蒙活動や教育活動を紹介している。
彼が版画講習会の開催や技法に関する著作を手掛けていたとは知らなかった。制作だけでなく、後進の育成、はては新たな美術の潮流を生み出し美術会の活性化を図ろうとしていた点は作家活動と合わせて評価されるべきだろう。

うらわ美術館会場は、埼玉近美より天井が高くゆったりした作品展示となっている。
どちらの会場から見ても構わないが、時代を考えるとうらわを先にした方が良いかもしれない。

「円空 こころを刻む-埼玉の諸像を中心に-」 埼玉県立歴史と民俗の博物館 はじめての美術館91

円空

「円空 こころを刻む-埼玉の諸像を中心に-」 埼玉県立歴史と民俗の博物館 10月8日~11月27日
http://www.saitama-rekimin.spec.ed.jp/index.php?page_id=232

埼玉県は、岐阜県、愛知県の次に円空仏が多く残されている県だと本展開催を機に知りました。

円空仏をこれだけ沢山拝見したのは初めてかもしれません。円空単独の企画展も私にとって初体験です。
そして、会場となる埼玉県立歴史と民俗の博物館も初訪問。関東近隣の県立博物館はほぼ全て行ったと思っていましたが、こちらだけはどういう訳かチェックが漏れておりました。
建物は、熊本県立美術館の佇まいに似ており、打ち込みレンガの外壁もそっくり。中に入って、やはり熊本県美に似ていると確信し設計者を尋ねたら前川國男氏でした。やっぱり。
内部空間の広さには驚きましたが、広さを十分活かせていないのも熊本県美と似ているように思います。1970年竣工、1971年開館の美術館ですが、堅牢で風格がある建築は落ち着きます。

本展は昭和63年に開催した「さいたまの円空」展以来、23年ぶりの同館での円空展となります。
ふだん公開されていない埼玉県の円空仏とまみえる貴重な機会です。
展示構成は次の通り。
冒頭、円空仏の展示の前に、通常(というのもおかしいですが)円空仏以外の仏像が並び、円空が登場する古い文献『近世畸人伝』などが紹介されています。実際、円空の人となり、人物像はいまだによく分かっていないというから不思議で、日本全国を巡り、当時としては珍しく北海道に渡っている記録があるというからスゴイ人物です。

以後下記構成で、円空仏が像種別を基本に並んでいます。
・円空怒る
・円空の雲文
・円空、笑う

大小様々な円空仏が並んでいますが、ひとつとして同じ像はありません。
円空は最初、神像を制作していましたが、その後仏像制作へと移行します。
同じ像はないものの特徴をいくつか挙げることができます。

木材を2つ割して、木表もしくは木割面に彫刻を施す。
手のひらに縦の線があり。
糸のような細い目と三角の鼻、厚めの唇、そして驚いたことに仏像の微笑みの下には上下に牙のような歯を1本だけ見せている像も何点かありました。

また、≪聖観音菩薩立像≫春日部市観音院(チラシ表面に掲載)などは、身体の正面に雲文を施すものもあり。仏像の頭頂部には松ぼっくりのような羅髪がぽっこり乗っているものも。

木割や使用されている木材を見ていると、丸太だけでなく建築物の一部の材を使用しているのも何点かあり、材となる木自体に何らかの聖性を感じていたのだろうことが推測されました。
この木の神性に魅せられたのか、円空は彫ることに愉悦を感じていたのか、木を見ると自然に彫り始めていたのか、彫っている時の円空の状態は恍惚感のようなものがあったのか、などと様々に疑問がわいてきます。

間もなく東京藝大美術館で始まる「彫刻の時間 継承と展開」展に出展される橋本平八は円空仏に魅せられた一人です。橋本平八の作る仏像も円空仏にどこか似たものがあり、影響の強さを感じることができました。

材となる木の性質や形、そりなど材そのものを活かした仏像を円空は作り続けていたようです。埼玉に円空仏が多く残るのは、日光街道筋だったことが大きかったのではないかとされています。

≪善財童子像≫の三角頭とやや傾いた姿、表情にすっかり虜になってしまいました。どの像にも言えますが、粗い鑿跡も私の好みです。

図録はオールカラーで145ページ1000円。

*本展の巡回はありません。

没後100年「菱田春草展-新たなる日本画への挑戦-」 長野県信濃美術館

長野春草

没後100年「菱田春草展-新たなる日本画への挑戦-」 長野県信濃美術館 9月10日(土)~10月16日(日)
http://www.npsam.com/exhibition/2011/03/1593.php?status=Now

飯田市美術博物館の「春草晩年の探求-日本美術院と装飾美-」に続いて、長野県信濃美術館の「菱田春草展-新たなる日本画への挑戦-」へ行って来ました。
本来なら、春草初期の朦朧体作品を中心とした長野県信濃美術館を先にして、飯田市美術博物館を後にすべきだったのでしょうが、飯田の方が先に終わってしまうこともあり、また飯田は東京からより名古屋からの方が近かったので逆になりました。

飯田で拝聴した玉蟲敏子氏の講演を思い返しつつ、本展を見ていくと初期作品においても玉蟲氏が指摘されていた「隠しの美」、酒井抱一≪夏秋草図屏風≫にも見られる薄の葉影の後ろに隠すように草花を描いた≪武蔵野≫富山県立近代美術館蔵がありました。
≪武蔵野≫は、玉蟲氏のお話では紹介されていませんでしたが、探せば他にも見つかりそうです。
講演で学んだ琳派研究を活かした作品を見つけることができ、それだけで来た甲斐がありました。

行くまでは金銭面で苦しかったので私としては珍しく迷いましたが、ブロガーの遊行七恵さんの「かなり良かった」の一言で行く決意をした次第。遊行さんに感謝です。

本展は、特に軸物が多いのが特徴でそれゆえ出展数も80点はあったでしょうか。中には東近美蔵≪四季山水≫の絵巻や、二曲一双の屏風が数点。
展覧会構成は、図録を泣く泣く見送ったのと、メモを取らなかったので省略。基本的に制作年代順に並び、第一会場~第三会場まで3つの展示室で大一章~第五章と5つの章立てで構成しています。

惜しむらくは第三会場の展示ケース。
他の2つの展示室に比べて、展示ケースが俄か仕立てなのでしょうか、天井が低いこともあり展示ケースの高さが低く、結果的に軸物なのに床面近くに軸の最下部があり鑑賞者は見降ろすような状態。下の方をよく見ようとすると屈まねばならないので、これは見づらかったです。

特に印象に残った作品を振り返ります。

・≪四季山水≫四幅対 1896年 富山県水墨美術館
春夏秋冬を西洋画の技法を取り入れつつ描いた作品。従来の日本画技法を使用したかための画風から一転して柔らかな色彩と描線があるかないかの地平線が溶けてしまうような風景画。

・≪水鏡≫ 1897年 東京藝術大学 *チラシ表面の向かって左側作品
東京藝術大学蔵の作品では、第1章で≪寡婦と孤児≫美術学校卒業制作の作品も出展されているが、春草はここで時の流れ、美しいものにも時間が経てば衰えると教訓をも伝えようとしている。濁った池の水面には観音の姿は判然としない。

・≪寒林≫1898年 霊友会妙一記念会 六曲一双
本展唯一の六曲一双屏風。紙本墨画で、中央が大きく抜けているのはいかにも春草らしい構図。後の≪落葉≫も同様に中央が大きく抜けた構図だった。
本作品は春草の朦朧体の起点となる重要作品。墨の濃淡で遠近を表現している点も≪落葉≫と共通するが、まだ岩や樹木の描き込みが多い。ここでは、酒井抱一の作品にも使われる「彫塗」が樹木の葉などに使用されている。新しい技法に果敢に挑戦する若き春草の姿が目に浮かぶ。

・≪瀑布(流動)≫1901年 光記念館
これも滝の落ちる部分がほぼ中央に白く抜かれている。何と言っても印象的なのは滝が着水する周囲に落葉が舞い散っている所。朦朧体のぼんやりとした画面を着彩された落葉を振り散らすことでアクセントを付けている。
ここで使われている落葉と同様の効果は雁の群れと同じだと思われる。同心円状の雁を配置するのも面白い。

・≪羅浮仙≫1901年 長野県信濃美術館 *チラシ表面の向かって右側作品
空中に浮いている女性は、梅の精である羅浮仙。梅の枝を背景に、枝にはわずかに梅花を付けているだけ。顔と衣に使われたハイライトは、西洋画技法の導入の効果。それにしても、衣の透け感が素晴らしい。溶けて消えてしまいそうな儚さ。

・≪暮色≫1902年 京都国立博物館
奥行感がなく、装飾的、デザイン的な画面。柳の枝に琳派の影響が強く感じられる。

・≪帰漁≫1904年 茨城県近代美術館
朦朧そのもの。靄、霧なのか地面が判然とせず、それでも漁師が家路を急いでいるのかなということが漸く判別できる。歌川広重の東海道五十三次「庄野白雨」を思い出した。

・≪深山朝暉/深山夕照≫横山大観/菱田春草 1905~1907年頃 霊友会妙一記念館
大観と春草は多く共作を遺しているが、こちらも対幅で、春草の描く川の流れが大観描く海に流れ込むような画面構成。

・≪黒猫≫1910年 播磨屋本店
こちらにも黒猫作品ありました。春草は同じモチーフの作品を何点も描いているが、本作もそのひとつ。
この頃になると背景の省略、画面の簡略化、余白が非常に多くなってくる。

他に、南画の米点技法を使用した作品、西洋画を意識しつつ古画に類似の技法がないかを探求し、見つけ出したのだろう、点描画は点を様々な色で付すが、春草の作品≪夏の山≫1905年(水野美術館蔵)では、単色使い。

現代の絵画と言っても通じるような作品もあった。色彩の使い方、効果的なアクセントと朦朧体を描きつつも描線を用いた作品も描いていたからこそ、傑作とされる≪落葉≫≪黒き猫≫が生まれたのだろう。

図録はコンパクトサイズながら印刷は美しく論文2本掲載で2000円です。

*本展の巡回はありません。

「実況中継EDO」 板橋区立美術館

江戸

「実況中継EDO」 板橋区立美術館 9月3日(土)~10月10日(月・祝)
http://www.itabashiartmuseum.jp/art/schedule/now.html

本展は「スケッチと真景図」「事件」「博物趣味」の3章により、40件余りの作品から江戸期の写生に対する感覚を概観するものです。

板橋区立美術館らしい展覧会でした。
他では、こんな思い切った企画展なかなか開催されません。しかも、借用作品含め展示作品はどれもこれも個性の強いものばかり。博物図譜は他館でもよく展示されるけれど、あんなに大きなうみがめの標本(中島仰山)を科博から借用するあたりが、板橋らしさ。このうみがめは、本展のチケットにも採用されており、妙に人懐こいというか忘れられない図版で、チケットは捨てるのがおしいので栞として使おうと思っています。

さて、各章単位に印象に残った作品を振り返ります。所蔵館の記載ないものは板橋区立美術館蔵

<スケッチと真景図>
・「西遊画紀行帖」 谷文晁 
真景図と言えばこの方、谷文晁。今回も和歌山県立博物館の「赤坂庭園五十八勝図」と合わせて2点出展。
文晁が、自身の娘の治療のお礼にと、治療した医師に差し出したというこの画帖。真景図とは言えないが、旅の画帖の楽しさがあり、絵の上手さが際立つ。

・「日光地取絵巻」 河鍋暁斎 1885年 河鍋暁斎記念美術館
ここでいう地取とは、管轄地域の様子を調べてまわるというような意味だと思う。
文晁と同じく暁斎も旅のスケッチが抜群に上手い。本画もうなるが、スピーディーにさらさらと描くこうしたスケッチを見るのは絵師の技量がよく分かって楽しい。解説には滝の描写が・・・とあったが見つからず。場面替え前にあったのだろうか。

・「児島湾真景図」 池大雅 細見美術館
・「比叡山真景図」 池大雅 1762年 板橋区
私の好きな大雅が2点、いずれもこれぞ真景図という見事な真景図。岡山県側の児島から瀬戸内海を臨んだ風景。
児島と瀬戸と言えば、直島へ行く際に何度か通ったことがある。江戸時代はこんな風に見えたのだろうかと思いを馳せる。「比叡山真景図」は絵もさることながら、讃の書の達筆さに惚れ惚れする。大雅は絵も良いが書も素晴らしい。ここに彼の魅力のひとつがある。

・「江戸風景図額」 沖一蛾 個人蔵
とにかく大きい。江戸の大パノラマ図。写真技術がまだない時代ゆえ、人は絵を描くしかなかった。

・「浅草寺境内図屏風」 蹄斎北馬 八曲一双 越葵文庫
北馬は浮世絵好きなら知っての通り、葛飾北斎の門弟。浮世絵だけでなくこんなに巨大な肉筆屏風を描いていたとは知らなかった。しかも、密集した人々の描写の細かさ、真っ赤な浅草寺の楼閣、見どころ満載の傑作。今でいえば、新聞記事に乗るような報道写真といったところか。浅草寺の賑わいが画面から伝わってくる。

・「安房国鋸山之図」 蓑虫山人  個人蔵
・「岩代国磐梯山之図」 蓑虫山人  個人蔵
蓑虫山人、初めて知った絵師。美濃の国の出身というので美濃→蓑としゃれたのだろう。
独特の南画風画面。恐らく筆の運びは早いだろう。3色を使用して、描きこまないむしろあっさりしつつ筆さばきは大胆で、豪快。

この章では、伊能忠能の「日本沿海與地図」三幅・東京国立博物館蔵の出品も目玉。展示されているのは江戸時代に作成された写しだが、現物は焼失してなくたったという。


<事件>
ここでは4点、長谷川雪堤の「火事図巻」は事件さえも図巻に仕立て上げるのが不思議だった。リアルな描写。

<博物趣味>
・「群獣図屏風」 円山応挙 宮内庁三の丸尚蔵館
19種53体の動物が描かれる六曲一双の巨大な屏風。巨大さと裏腹に獰猛なトラから犬までと幅広い動物が一堂に会している。
ヤギの真後ろ、お尻から描いたものがあって珍しい角度からの描写だなと見つめてしまった。
そして、応挙の犬はやっぱりコロンコロンしていて実に愛らしい。正体不明のモモンガみたいな毛がふさふさした動物もいたり、愛らしくて楽しい屏風。これは誰から依頼された仕事なのだろう。金砂子が背景にふんだんに使われゴージャス感あり。

・「鷺図」 小田野直武  歸空庵コレクション
小田野の西洋画技法を取り入れた鷺図は明らかにこれまでの日本画技法とは異なる。他の博物図譜と並んでいると、寧ろ博物図譜と言っていいような技法。

この他、関根雲亭、服部雪斎の「植物図」の精緻さと色の鮮やかさ、「目八譜」は同じく服部雪斎の絵であるが、貝の内側に雲母が使用されておりキラキラと美しい。
高橋由一の「博物館魚譜」は以前一度どこかで観たような、由一は魚譜などを描いて食いぶちを稼いでいたのだろう。

生誕120周年記念「岸田劉生展」 大阪市立美術館

岸田劉生

生誕120周年記念「岸田劉生展」 大阪市立美術館 9月17日~11月23日
展覧会公式サイト http://ryusei2011.jp/

「お待たせしました 麗子です。」の謳い文句で、いよいよ満を持して生誕120周年記念「岸田劉生展」が大阪市立美術館で開催中です。

岸田劉生は、私を美術鑑賞の道へ誘う契機になった画家のひとり。
劉生の≪切通之写生≫に出会わなければ今頃、私はまだスキューバ・ダイビングに明け暮れていたかもしれない。
岸田劉生と言えば誰しもまず思い浮かべるのは、冒頭掲載の本展チラシに採用されている≪麗子像≫があまりにも有名です。図画工作の教科書などに掲載されているので、本物よりも印刷物の麗子像と対面し、岸田劉生と言えば・・・とイメージが作られて行く。
私もそのうちの1人であったが、2007年に刈谷市美術館で開催された「画家 岸田劉生の軌跡」展で劉生の仕事の幅広さと洋画から日本画への変遷に驚いたのだった。
(参考)過去ログ:「画家 岸田劉生の軌跡」展

その後2009年には「没後80年 岸田劉生 肖像画をこえて」が開催され、タイトル通り劉生作品の中でも肖像画に焦点を当てた展覧会だった。
(参考)過去ログ:「没後80年 岸田劉生 肖像画をこえて」

そして、今回の生誕120周年記念展。思えば2年ごとに企画展が開催されているということからしても、劉生の人気は今なお衰えずということが分かる。

最大級の岸田劉生展という大阪市美の本気が伝わる内容でした。
展示替え前期(9/17~10/16)後期(10/18~11/23)で約10点程入れ替わりますが、それでも約230点の作品を一堂に会した回顧展となっています。

これまでの展覧会との比較で言えば、油彩画中心であること、その分、2007年の回顧展と比べて装幀に関しての作品は少なめ、という点が特徴と言えると思う。

作品は基本的に年代順、劉生が居を構えた場所を区切りとして、作品をまとめて展示していた。途中、麗子像のコーナーがあり、麗子を描いた作品だけを集め、様々な麗子の姿を一度に鑑賞することができる。

3度目の今回の展覧会を見て、劉生の納得いくまで同じモチーフを描く姿勢は、麗子像も自画像も風景画も、静物画もいずれのモチーフにおいても共通していることがよく分かった。
特に静物画や風景画が、これだけ出揃ったのは初めてだったので自画像や麗子を中心とした人物画だけでなく、静物画や風景画、特に後者で劉生が何をしようとしたのかを考える良い機会となった。

彼の作風の変遷も、影響された海外もしくは時々の思想によって刻々と変わっていく。
後期印象派のゴッホからセザンヌ、そしてラファエル前派風、ウィリアム・ブレイク、北方ルネサンス、ドイツ表現主義と経て、やがてデロリへとたどり着く。その後、これまで影響下にあった西洋絵画、西洋文化から抜け出て東洋思想に関心は移っている。と同時に、洋画から日本画へと移行を見せるが、先に思想や文化から影響を受けて結果自己の思想も変化、その結果が作品に現れるのか。

例えば、自画像で言えば、後期印象派から北方ルネサンスへ関心が向き、デューラーにみられるような自己の内面探求を実現せんがために、あれだけ大量の自画像を描いたわけだが、納得が行くまで技法と表現方法の模索をしたことは膨大な自画像群からよく分かる。

かの有名な≪麗子像≫1921年東京国立博物館(重文)、そんな劉生が西洋文化から距離を置き、宋元絵画や初期肉筆浮世絵、南画などの東洋画への関心によりついに劉生独自の「デロリ」(生々しいしつこさや、独特の濃い表現)を見出す。
劉生の個性は、この麗子像において実現したと言われている。
実際の麗子とは異なる、すなわち単に写生、写実を試みたのではなく、独自表現による美とは何かを突き詰めた結果であった。
久しぶりに見る≪麗子像≫では、小さな麗子の手に注目した。身体や顔に比べて小さくか細いように感じる麗子の右手は小さな青い檸檬?を持っている。
肩にかかっている毛糸のショールは毛糸の質感までも感じられるような物質感がある一方で、前述の手の細さ、小ささ、顔の大きさ、実際の麗子さんとは異なる願貌、モナ・リザを模したと言われる微笑、と彼特有の技巧、創意が凝らされているとわかる。


確かにデロリに関して言えば、1921年以後の作品より見られるが、写実表現と単純に言えない作品は、1915年の≪切通之写生≫においても同様で、あのぎりぎりとした切迫感、手前に迫ってくるような道路と土手と塀、この3つを強調した画面構成、特に違和感を感じるのは白い塀、は実際の風景とは明らかに異なっているのだろう。


10月9日のNHK番組「日曜美術館」では、≪麗子像≫≪道路と土手と塀(切通之写生)≫についてその秘密に迫るをテーマにしているので、とくと拝見しようと思う。


今回特に印象に残ったのは≪麗子裸像≫1920年と絶筆の≪銀屏風≫1929年。
≪麗子裸像≫は、身を固くして、父の頼みと思ってじっと我慢している小さな麗子さんの姿が重なってしまった。
いたいけな少女の姿が、父親を思う娘の気持ちに感情移入してしまったが故。
絶筆の銀屏風は初見だと思う。
晩年は日本画に傾倒していたが、最後は銀屏風、描かれているのは墨彩の芸者?らしき女性と大書のもじであった。
過去の油彩画を思うと僅か10年にも満たない期間での変貌ぶりに驚きを禁じ得ない。
日本画を描きつつもどこかで満足していなかったに違いない劉生は、パリへ渡航しようとしていた。その資金を得ようと満州へ渡るが、金策の当てが外れ失意のままに帰国。そして酒に浸りついに病を得て僅か38歳で死を迎えるとは。
絶筆を見ていると、劉生の失意がひしひしと感じられるような、やるせなさのような諦念のようなものを感じた。

*本展の巡回はありません。

SHINSEIDO SPROUTS vol.01 -山のカタチ- 新生堂

新生堂

SHINSEIDO SPROUTS vol.01 -山のカタチ- 新生堂 9月28日(水)~10月14日(金)
http://www.shinseido.com/ex/2011/09/shinseido-sprouts-vol01.html

画廊目線"ではなく、同じ作家の立場から次世代の可能性を秘めた若手作家を推薦により展示を行っていく企画展の第一弾。第一弾は、日本画科の齋正機氏(東北芸術工科大日本画コース・非常勤講師)が推薦する東北芸術工科大学を卒業、修了した4名(以下)によるグループ展。


出品作家:大塚怜美(日本画) 鈴木祥太(金工) 松浦翼(日本画) 山口裕子(日本画)

出品作家のお名前と作品をDMで見た時、これは必ず行かねばと思った。
出品作家さんのうち2名の方は、2010年に東京都美術館で開催された東北芸術工科大学卒業修了制作展で印象に残っていた。そして、出品作家全員が2010年に同大を卒業もしくは修了されている。

中でも、金工の鈴木祥太さんの作品はお気に入りで、卒業後どうされているだろうと気になっていたので、新作が拝見できるまたとない機会を得ることとなった。

さて、4名の作家さんいずれも見ごたえがあり期待以上。ギャラリーの展示は当たり外れが大きいのですが、これは私的には当たりだった。むしろ、閉郎間際に駆けこんだのを激しく後悔したほど。もう少しじっくり拝見したかった。以下、各作家さんごとの感想です。

・鈴木祥太
鈴木さんは中地下の奥の個室1部屋を使っての展示。
照明を落として、展示台の上に乗っていた山の植物の金工作品は、まるで山の宝石のようだった。
ふと、足元に目を落とすと、そこには2枚の落葉が。
落葉を見つけた時、不覚にも色んな思いが交錯して涙がこぼれそうになった。
間違いなく私の足元から山の秋が伝わって来て、眼前の作品を見るにつけその思いは深まる。


そして、2010年から約1年半、技術が磨かれたなと思った。
もっとも技術の向上を感じたのは落葉-作品名:「桜紅葉」。卒業制作時の作品では、葉っぱに厚みがあったけれど、そしてそれは金属工芸らしさを出したいという意図的なものだったかもしれないが、個人的には、もう少し薄い方が良いと思っていた。
今回の作品では、薄さが実現され、また葉の虫喰いや彩色もリアルで、金属を感じさせつつ落葉を表現できていた。「蒲公英」はDMに掲載されていたけれど、実際拝見するのと金属の質感が程良く出ていて、だからと言って重すぎることもなくバランスが良かった。

蒲公英

赤い実の「棘無野茨」も良かったけれど、こちらは何点かあったのだが、どれも同じような枝ぶりだったので、もう少しそれぞれに強弱や変化があれば尚良かったと思う。

茨
*作品画像はいずれも作家さんのご了解を得て掲載しています。

それにしても良い展示でした。

・大塚怜美
彼女の魚を描いた日本画は卒業展で、強烈なインパクトを放っていた。魚と言っても日本画でよく見られる池で泳ぐ鯉などを描いていない。描かれていたのは、スーパーの魚売場で売られているパック入り鮮魚が、パックそのまま、かつ値札のシール。
リアルな表現とユーモラスな構図は、かつてのまま。今回も楽しませていただきました。
一番気に入ったのは、生イカが画面下方にぐにゃんと這うように描かれていた作品。
更に、今回は魚の作品だけではなく、人物像の作品もあったが、こちらもまた日本画ではなかなか見られないような表現で、版画のようだった。輪郭線は最初無いのかと思ったが、近づいてよく見るとあるかないかのうっすらとした線描が見える。

大塚さんは、現在東北芸術工科大日本画修士2年。次の修了制作展が楽しみです。まだまだ作風が変化しそうだし、固まっていない所も含めてこれからも驚かせてくれそうです。

・山口裕子
山口さんの作品も2010年の卒業修了制作展で拝見している。うっすらと記憶がある。彼女は、同展で学長奨励賞を受賞している。大塚さんと同じく日本画修士2年。
本展でもかなりの作品数と大作1点を展示されていた。花と動物を組み合わせた装飾的かつ様々な色を取り混ぜたゴージャスな画面。後述する松浦さんの作品も含めて日本画3名の中では一番、従来の日本画らしい。
新しい試みとして、木板に描いて、それをフェイクファーを敷いて、その上に絵を描いた板と合わせて額装する作品があり、なぜファーが必要だったのかと考えることとなった。

羊が描かれた作品だっただろうか?描かれた動物の毛を模造のもので表現?

・松浦翼
松浦さんの作品は日本画と言って良いのだろうか。岩彩とあるが、確かに緑青を使用している個所は明確だが、錆のような、鉄の染みのような痕跡、もしくはバーナーの焼け跡のように見える茶褐色は岩絵の具で描かれたものなのか。
一本一本の線は動き、まるでヒトデや菌類の触手や粘糸のように見える。
自在に拡張しそうな線描による抽象。墨線であるとすれば、そこには水の動きを感じた。

特集展示「雲の上を行く-仏教美術 Ⅰ 」 大阪市立美術館

特集展示「雲の上を行く-仏教美術 Ⅰ 」 大阪市立美術館  9月17日~10月16日
http://www.osaka-art-museum.jp/regular/230917bukkyoubijyutu1.htm

大阪市立美術館の常設展示はかねてより、訪れるたびに楽しみにしている。

しかし、今回の特集仏教美術の展示はいつにもまして素晴らしかった。実は岸田劉生展を目当てに行ったのだけれど、もちろん、劉生も良かったが、気持ちはこちらの方が高揚した。
何しろ、出ているものがあまり他では見たことのない仏教絵画だったりしたものだからついつい。。。

しかし、展示されている作品はどれもこれもほとんどが大阪市美術館の所蔵ではないものばかり。
帰宅して大阪市美の上記サイトを確認してみたら、どうやら所蔵品以外は寄託品らしい。
関西一円ばかりか、我が地元愛知県の七寺のものまでも。

特集展示であるゆえ、特段仏教美術のどこに焦点を当てているということもなく、名品優品を展示しているだけのような、そんな無造作感もこの美術館らしい。

以下、特に印象に残った作品を挙げていく。

第1室
・法界曼荼羅図(重文) 鎌倉時代 太山寺
・毘盧遮那五聖曼荼羅図(重文) 鎌倉時代 高山寺
・兜率天曼荼羅図(重文) 鎌倉時代 延命寺
・五仏尊像 朝鮮王朝時代 十輪寺

中でも「兜率天曼荼羅図」には大変驚かされた。今回は、単眼鏡を忘れてしまったのを激しく後悔したけれど、どうしようもなく、肉眼で観る限り、画面の多くに截金や金銀泥が使用されているのではないだろうか。きらびやかさと画面の緑青の色鮮やかさは鎌倉時代のものとは思えないほど。
兜率浄土を俯瞰する画面構成で、人物、事物が精緻で細かく描きこまれている。

また、韓国仏画の「五仏尊像」もなかなか見られな韓国仏画の優品。王室の発願を期して描かれたものとか。

・聖観音菩薩立像(重文) 平安時代 櫟野寺(らくやじ)
櫟野寺の仏像は、神仏います近江でも良いなと思って注目していたら、まさか大阪で相見えることになるとは。
予想外の喜び。そしてこの聖観音菩薩立像は木造で細身、優美でうっとりしてしまう。
甲賀にあるという櫟野寺には、残された仏像がどれだけあるのだろう。一度訪れたい。

第2室、第3室
第2室、第3室は、金銅製の法具が中心。
・銀製鍍金 光背(重文) 鎌倉時代 四天王寺
・大方広仏華厳経 太山寺 高麗時代
・大寺縁起(重文) 江戸時代 開口神社

大寺縁起は江戸時代のものだが、詞書の部分には上下に金銀砂子がまかれ料紙装飾がきらびやか。
四天王寺の光背は、光背だけでも非常に精緻な金工細工。こんな光背を付けた仏像はいかばかりかと想像は膨らむ。

第4室
最後の4室は頂相や羅漢図、仏像など。
羅漢図と言えば、狩野一信の五百羅漢図を思い出すけれど、ここではその元ネタとも言える古来の羅漢図をいくつか紹介している。羅漢表現の多様性が興味深いが、一信の五百羅漢図の特異さを痛感する。

・十六羅漢図 双幅(重文) 室町時代 聖衆来迎寺
・羅漢図 十六羅漢図のうち二幅(重文) 南北朝時代 護念寺
・釈迦十六善神図(重文) 鎌倉時代 永観堂禅林寺
・金剛経 十六善神像 鎌倉時代 太山寺
・羅漢渡水図巻 江戸時代 明楽寺

聖衆来迎寺の十六羅漢図は昨年だったか大津市歴史博物館で拝見したものの一部か。
「羅漢渡水図巻」は物語仕立てで、最高位の人物が楽しそうに水を渡っている。黄檗宗ゆかりの河村若芝筆。長崎唐絵らしい。

仏像は第4室にも再び登場。
・女神坐像(伝聖徳太子像) 平安時代前期 若山神社
・如来立像 白鳳時代 親王院
・菩薩半跏像 白鳳時代 観心寺

一番最初に目に入ったのは「女神坐像」。これは過去見た神像彫刻の中でもちょっと変わっていた。何しろ、目と鼻が顔の中央にきゅっと寄せられた相貌が個性的で、他にも類例はあるのだろうか。大阪の若山神社蔵で由来が気になる。
もうひとつ個性的と言えば、白鳳時代の如来立像は小像だが、身体に比して顔の大きさが際立っていた。バランスが悪いが何となく愛きょうのある顔立ちと合わせて微笑ましい。

以上、特にというものを取り上げてみましたが、この特集展示は素晴らしかった。
大阪の寺社所蔵の仏画、仏像は拝見する機会がなかなかなく眼福でした。状態がそれぞれ良かったのも印象的。

岸田劉生展の後、一息ついて(休憩しないと、集中力がもたないかも)ゆっくり堪能するのがおすすめです。
なお、常設展示だけなら一般入館料300円。第2弾の仏教美術Ⅱでは、絵画と経典の入替が予定されています。

「すみっこにみつける-いつも近くにある世界 中居真理展」 Gallery PARC

中居真理展

「すみっこにみつける-いつも近くにある世界 中居真理展」 Gallery PARC 9月23日~10月11日
http://www.grandmarble.com/parc/exhibition/
中居真理(作家公式サイト)→ www.nakaimari.com/

京都で読んだ新聞記事で知った個展。写真を使った点が興味をひいて行ってみることに。
以下、Gallery PARCのサイトからの引用です。
中居真理(なかい・まり 1981~)はこれまで、それぞれ独立した写真を組み合わせることで、まったく別のイメージを創り出す〈パターンシリーズ〉を手掛け、近年では身近な風景の一部を切り取り、タイル化し、それらを反復して設置することでそこにあらたな「もよう」の世界を展開させる作品を発表しています。

会場には、たまたま作家の中居さんご本人もいらっしゃってお話を伺うことができました。

まず最初に拝見したのは、インクジェットプリントでタイルの表面をプリントし裏面に磁石を取り付けた16枚のタイルで構成された正方形だった。
16面で構成される正方形自体も一つのパターンを創り出しているが、そのパターンは16ピースになったタイルを取り外して好きに並べることで違ったイメージが生まれる。
自由に並び替えする行為は勿論楽しいが、作品に直接触れる経験は得難い。
ひんやりとしたタイルの感触と鑑賞者自身もイメージ作りに携わる喜びがある。

遊んでいるうちに、万華鏡をのぞいた時の感じに似ているなと思った。万華鏡をくるくる回すと、別の模様が生まれる、次々と変化していく過程は共通する所があった。

ところで、このタイルに施されたプリントの正体は何なのか?伺ってみました。

中居:実は、建物の一部、すみっこです。

そういえば、展覧会のタイトルは「すみっこにみつける」だった。
例えば、上記展覧会のDMも京都市内のビルの床のすみっこ、言われてみればそうだ!
そう教えていただいて、次々と見ていくと、建物の床材や壁材に見覚えが。。。
ひとつ、キャラメル色の美味しそうなイメージがあって、これは?と伺うと、トイレの個室の床面だと驚くような答えが戻って来ました。え、トイレ?

では、このキャラメル色は?と更に重ねて伺うと、照明の色でキャラメル色になったと。画像には加工は基本的にせず、そのままの状態で使うようにしているとのことだった。

以下中居さんから伺ったお話。

中居:最初はフィルムで写真を撮っていて、元々、洗濯物が干してあるのを下から撮影してみたりしていました。
そのうち、今のパターンシリーズに辿りついて、タイルにプリントするならフィルムである必要性がなくなり、デジタルカメラに切り替えることに。
それでも、デジタルだとデータだけの不確かな感じ、危うさが気になって、印画紙でなくても良い、何かに画像を定着させたいと思ったのです。

元々関心があったのは、ものの構成要素。
今回も、ひとつのパターンイメージを作りだす要素を取りだしてみようと考えたことがきっかけで、タイルにプリントすることを思いつきました。
タイル裏面に磁石を付けて取り外しができるようにしたのは、今回の個展が初めて。

この取り外し可能なタイルはインクジェットだけれど、向い側にある壁面のタイルは、特殊技術によってデジタル画像をタイルに直接焼き付けたもので、色落ちや模様が剥げることはありません。
インクジェットは触っているうちに、だんだん剥げてしまう可能性があるけれど、直接焼き付けたタイルではそういったことはない。
だから、実際に建材として使用することも勿論可能です。

その一環で、取り壊し予定の建物の写真を撮影し、それをタイルに焼き付けするプロジェクトも準備中です。


壁に展示されているタイル(下画像)には、京都の町の名前がそれぞれ付されていることにも注目したい。

中居真理2
*画像は作家さんの許可を得て撮影しました。

この作品名が、撮影場所だそうで、本展は「KYOTO EXPERIMENT-京都国際舞台芸術祭2011」関連イベントになっており、撮影場所はKYOTO EXPERIMENTの使用会場になっている。

お話の中に出て来るプロジェクトや作品名で浮かんだのは、大阪市歴博で先頃見た「民都大阪の建築力」展の取り壊し建物の材料の一部を使って作られたウクレレ。
ウクレレは直接素材を取り入れて古い建物の思い出や記憶を留めようとする試み。

中居さんの作品では、写真を使用している点に注目したい。
最近、写真の記録性という点について様々な見解が出されている。現在、呼んでいる芸術批評誌『REAR』26号のテーマは「写真のドキュメンタリズム」だった。

建物の一部を撮影し、タイルに焼き付け、その後新たに建てられた建物にそのタイルを使用したら、全く別のイメージになって再構成されることになる。
ひとつのイメージを取りこみ、データ自体の加工はせず、画像を別の物質に定着させ再使用、再構成させる試みは非常に面白いと思った。

ただし、建物は通常全体で記憶に残ることが多い。床面やすみっこのようなごく一部をピックアップしても、それで全体の記憶を残すことは難しい。
物質は、確かにそれを構成する無数の要素から成り立つが、要素ひとつだけを取り出して、全体をイメージするのは困難だと思われるが、記憶を呼び起こすきっかけにはなりえるかもしれない。。
それでも次々に失われていく建物、少しでもその痕跡を物質として残したいと考えた時、中居さんのプロジェクトは有効かつ面白い方法の一つだと思った。何より、焼き付けたタイルが新たに生み出すイメージは既成のタイルに比べデザイン性に富み色彩的にも魅力的だった。
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