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小瀬村真美 「闇に鳥、灰白の影」 ユカササハラギャラリー

小瀬村真美 「闇に鳥、灰白の影」 ユカササハラギャラリー 10月29日~12月3日
http://www.yukasasaharagallery.com/exhibitions/index.html

artist Website → http://www.db-beam.com/mk-works/j/

小瀬村真美さんの4年ぶりとなる個展を拝見した。
今回は映像インスタレーション作品「Frozen」(20min.)と写真ドローイングを展示。
写真ドローイングは、先日京橋で開催されたヴィラ・トーキョーで初めて拝見し、今回展示されていたのも同じレースのシリーズだった。

さて、写真ドローイングはひとまず脇に置いて、ここでは映像インスタレーション「Frozen」の感想を。

壁のスクリーンは恐らく白い布だろうか?映像サイズ以上の長さで床に設置している。下方に垂れさがる布を見ながら、なぜスクリーンを床に広げたのかを考えることになった。
スクリーン前には折り畳み椅子が2脚。
到着した時には、ちょうど小さな染みが少しずつ広がりを見せ始めた時だった。
しばらく画面を見つめる。
徐々に黒い染みが少しずつ、茶色になったり濃紫になったりして、色面を広げていく。ごく僅かな動きでうっかりすると、どこが広がって行くのか見逃してしまう。
そして、上方からザーザーという波音のようなものが聞こえ始めたが、これは映像のサウンドなのか、はたまた隣接する首都高速を走る車の音なのか判断できなかった。帰り際に、ギャラリーの方に確認したら、映像サウンドとのこと。
とすれば、やはりあの音は打ち寄せる波の音だったに違いない。

そうこうするうちに、黒い染みはどんどん広がって行き、スクリーンの半分程の大きさになる頃、画面中央に島影が見えて来た。「ん、これはもしや?」。島影はやがて本当の島もしくは岩になって眼前に登場。大小大きさが異なる岩が3つ程見えて、黒い染みだと思っていたものが、今度はうっすらと消えていき、海面に変化していくではないか。

黒の靄は雲のようにも濃霧のようにも見え。魔界が現実界になって眼前に現れたかのような、白昼夢を観ている心持がした。
そして、すっかり海と岩の風景がはっきりと現れたその時、1羽の海鳥が飛び去って行く姿が見え、やがてその姿が別の右側にあったスクリーン(存在にその時迄気付かなかった)へと移行、鳥はスクリーンからスクリーンへと渡って行った。

制作技法についてはギャラリーサイトに掲載されているが、以下一部引用させていただく。
和紙にジークレー・プリントで印刷されたイメージの上に水彩で加筆されたドローイングは、これまでの小瀬村作品同様、時間のながれに着目したものになっており、2007年発表のイングジェットでプリントアウトした架空の風景写真のインクを溶かして再撮影した作品 「Under Water」がベースになっています。

染みのようなものはインクを溶かしていく過程で発生したものなのだろう。

大元は写真、これに彩色を加え、更にそれを溶かして膨大な量のスチール撮影、そのコマ撮り画像をアニメーション同様につなげて映像化している。

作家もステートメントで述べているように、写真として過去の時間を留めた像が再び新たな時間を追加され復元してくる。
先週まで、馬喰町のギャラリーαMでは「風景の再起動」と題した個展が開催されていたが、小瀬村の作品は「時間の再起動」とも同じく「風景の再起動」いずれにもあてはまる作品だった。

おびただしい時間の集積は、コマ撮りされた写真1枚1枚の積み重ねと比例し、その時間を追体験する鑑賞者は、作家の描いた時空の中に取り込まれる。
知らず知らず、時の物語に入り込んでみると案外居心地の良い世界だったのは、好きな水墨画の境地を感じさせたからかもしれない。

素晴らしい映像インスタレーションだったが、併置された写真ドローイングとの関係性が分からなかった。関係ない2つのシリーズであれば、単純に隣接させない方が良いのではと思った。
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梅田哲也展 「大きなことを小さくみせる」 神戸アートビレッジセンター

梅田kavc

梅田哲也展 「大きなことを小さくみせる」 神戸アートビレッジセンター 11月12日~12月4日
http://kavc.or.jp/art/eam/umeda/

「小さなものが大きくみえる」の大阪、新・福寿荘の個展と同じタイミングで始まった神戸アートビレッジセンター(KAVC)の大きなことを小さくみせる」。
こちらは、1階のKAVCギャラリー、1roomと地下1階のシアター&スタジオ3他を使っての展示構成となっています。
KAVCシアターの展示を観る場合は500円が必要ですが、これは500円払っても観ることをオススメします。
入場料500円というより、梅田哲也さんのイラストによる特製入場バッチ(500円/全8種類)(以下)を買うと言った方が良いかも。
http://lockerz.com/s/157177280
入場料500円を払うと、もれなくこの特製入場バッチを貰えます。既に人気で品切れの種類のものもあるそうです。
ちなみに、私は以下画像の中で6番に決めました。

さて、展覧会。
梅田哲也さんの作品を楽しみにはちょっと我慢が必要です。
何もない、何だこれだけ?と思っても暫く我慢。まず間違いなく数分後に何かが起こります。
この待ちの時間が長いような短いような。じりじりした気持ちというのが、お預けをくらった犬のような状態といいますか。

1階の作品はあやうく1つ見つけて満足し帰る所でした。実は最低でも4つあります。
地下のシアターはかなり大掛かりな仕掛けなので、これも必見。
いや、これは良かったですね。
もうひとつ、スタジオの作品も今まで観たことのない音を使ったもので、こちらも楽しい。
何でもできてしまう、スタジオを使って何をどう見せるのか、考えどころだったと思います。そして、場所はシアター。
シアターである点を活かした作品で、観ることを意識させられる内容だったことは間違いありません。

全体的に大阪のよりも大掛かりで作り込んだ作品が多いのが神戸の特徴。
これは、梅田さんが会場に合わせて作品を変えているから。
初日にこの個展に出向いてオープニングトーク「大きなことを小さくはなす」も拝聴。
対談ゲストはクワクボリョウタさん。インターネット交換手として、本展の制作サポートもされたという堀尾寛太さんとの3人でのお話。
クワクボさんは国立国際美術館で「世界制作の方法」に出展されているのでご存知の方も多い筈。メディアアーティスト。

梅田さんのご指名でクワクボさんとの対談が決まったとのこと。
お二人のお話で印象に残ったのは、作品制作する際に鑑賞者をどれだけ意識するかという点。
梅田さんは一人の鑑賞者を浮かべ、クワクボさんは逆に1人を意識せず不特定多数、フローとしての観客しか考えていない。
梅田さんはリピーターとしての一人を想定されているようで、大阪、神戸でも同じ作品にはしていない。無論彼の場合、場所に影響を受けるため同じというのはあり得ないのかもしれないが、「今何をすべきかを考え抜くと仰っていた」その態度は非常に好感が持てた。
翌日、大阪で知恵熱が出るほど考えていたという話をスタッフの方から伺って、それもありえるだろうと思った。

また、「予定通りになってしまっては逆につまらない。」発言も私が梅田さんの作品を楽しみにしている要因のひとつで、だからこそ何が起こるか分からないワクワク感が私を作品に向かわせるのだった。

大阪も神戸も、今の梅田さんの思考を垣間見る内容でした。名古屋でまたライブをやって欲しいです。

2011年11月26日 鑑賞記録

来週、名古屋に戻るので本日はギャラリーで会期末が迫っているものを中心に回れるだけ頑張ってみました。
それでも、伺えなかった展示もあり。やはり限界はあります。
ということで本日の振り返り。

・「朝鮮陶磁名品展」 静嘉堂文庫美術館 12月4日迄

静嘉堂文庫の中国陶磁は驚嘆をもって以前拝見しましたが、朝鮮陶磁は未見。こちらは三菱財閥のお宝をお持ちでとにかく蔵が深い。朝鮮陶磁もまず間違いなく素晴らしいものをお持ちだろうと、この展覧会だけは行かねばと思っていた。
やはり、初めて拝見する朝鮮陶磁コレクションは本場韓国の美術館で拝見したものに勝るとも劣らぬ名品が並ぶ。
私の好きな高麗青磁が中心で、しかも小瓶をはじめとして掌サイズの愛らしいものも多くもろに好み。
粉青鉄絵はあまり好きではないのだけれど、今日観た「三葉文瓶」の鉄絵の黒はよく色が乗っており見事。
また、陶磁だけでなく螺鈿などの漆芸、特に「漆地螺鈿葡萄栗鼠文箱」や「華角張十長生文箱」などの工芸品も合わせて出展されている。やきものお好きな方は是非。

・高山登退任記念展 「枕木―白い闇×黒い闇」 東京藝術大学美術館 12月4日迄 入場無料
宮城県美術館での個展を拝見できなかったので、今回は必ずと思っていた。
インスタレーションは宮城県美の個展展示に似ている。枕木の組み上げと蒸気音、映像を使ったインスタレーション。大掛かりなインスタレーションになぜか、あまり感動や感情の動きを得ることがない。これが何故なのかと考えるけれど、理由が分からない。インスタレーヨンンの奥にドローイングや版の作品があり、私としては寧ろこちらの方にぐっと来た。
反対側には過去の制作風景や枕木ドキュメンタリー映像などが複数のプロジェクターで上映されている。

この後、藝大プラザの「藝大アートプラザ大賞展」へ。今年は漆芸やデザインの方が頑張っているように思う。特段欲しいと思った作家さんはなし。

・土屋信子 「宇宙11次元計画」 2012年1月28日(土)迄

注意:開廊日時:12:00-18:00 *日・月・祝および2011年12月20日(火)~2012年1月7日(土)は休廊。
水戸芸術館の「クワイエット・アテンション展」で拝見しているので、作品を観て土屋さんの作品を思い出す。
海外中心での活動と活躍。水戸で拝見した時より更にパワーアップしているように思った。

・加藤大介展 「-今は見える-」 INAXギャラリー 11月28日迄

木彫作家さんの個展なので楽しみにしていたのに、結局会期末近くとなってしまった。しかし、やはり上手いですね。
お面を取り外しても立派に彫刻として成立する等身大の人物立像が3体。
微妙に異なるアイビールック(死語?)に身を包み、顔にはお面を付けている。これ、全て乾漆造、阿修羅像と同じ技法で制作されている。お面に開けられた穴から中の顔をどうしても覗きたくなってしまうのが我ながら情けなかった。
中の顔に集中するあまり肝心のお面の記憶が飛んだのが情けない。これは私好みで良かったです。

・清澄白河のコンプレックスへ。
小山登美夫ギャラリーのディエゴ・シン展、タカ・イシイギャラリーの前田征紀展、ヒロミヨシイでは津田直展、キドプレスの樋口佳絵展、SPROUT、アイコワダギャラリーへ。米田知子展は前回拝見したので時間なくパス。

個々の感想を書くと長くなるので、好印象はディエゴ・シンと前田征紀展。

・宮永亮展 ギャラリーαM 再訪 宮永亮氏、下道基行氏、キュレーターの高橋瑞木氏とのトークを拝聴

・TARO NASU 春木麻衣子展
新作は画面2分割で縦に黒帯。左右で異なる人物のパーツをつなげて見せる写真。これはまた変化しているがう~ん。

・マキファインアーツ グループ展「Winter Show」 12月10日まで
中谷ミチコさん目当てで行って、ご本人が在廊されていたのでラッキーだった。
今回は、新・港村にも出ていた石膏彫刻の白い小品とアイディアスケッチメイン。「一度自分がやってきたことを壊して、新しい何かに進みたいと思った」とのこと。
ここ最近、VOCA展や森岡書店での個展イメージからどんどん離れて行っているようで、直接ご本人からお話を伺えたのは良かった。

・「Color of future たぐりよせるまなざし」 ターナーギャラリー 12月4日迄
西澤諭志さんの新作、特に『コジマ』が良かったです。行った甲斐あり!カミトユウシさんの作品は油彩で良いのでしょうか?会場内に作家名も作品名も案内図もないのは何とも残念。あとキュレーションに対してなぜ、この作家を選んだのかも分からず。有賀慎吾さんの作品はもう少し落ち着いたところで見たかった。小便小僧の1階にあった立体も誰の作品だか分からずじまいで終わる所だったけれど、奥村昴子さんのものだと帰宅後判明、これは入口で目を引く作品。1階、3階、4階が展示スペース。

「南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」 サントリー美術館

南蛮美術

「南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」 サントリー美術館 10月26日~12月4日
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/11vol05/index.html

今、東京で観ることができる古美術系展覧会でイチオシがこの「南蛮美術の光と影」展。

行くまでは数年前に同じくサントリー美術館、大阪市美へ巡回した「BIOMBO」展と同じような内容だろうと思っていた。
ところがどっこい、本展鑑賞後に「BIOMBO」展図録を確認したが、確かに出展作品で重複するものは何点かあるけれど、こちらは「南蛮美術」にだけ的を絞った点がそもそも異なっていた。確かに屏風は南蛮美術の重要な一翼を担っているが、本展では、屏風に限らず聖母図、聖龕、聖人肖像画などなども多数出展されている。

第1章 はるかなる西洋との出会い
ここでは、南蛮屏風の名品+万国人物図、合計11点が一同に・・・と書きたい所だが、そうは問屋がおろさず4つの会期に渡ってバラバラと。中には神戸会場のみ展示作品が3点あり。11点は2回行けばほぼ観ることが可能。
中でも、伝狩野山楽、狩野孝信筆の南蛮屏風2点はそれぞれ、細部まで細かく描かれており優品だった。他に宮内庁三の丸尚蔵館や文化庁保管など、なかなか出展されていない南蛮屏風も珍しくどれも当時の様子を知る貴重な作例だった。

第2章 聖画の到来
いよいよ日本に聖画がイエズス会によりもたらされる。
「ポルトガル国インド副王信書」は版画?が周囲を彩る貴重なもの。信書の下に下がるひも状のものも古過ぎて固まっていたが当時のままなのだろうか。
「悲しみの聖母図」「聖人像」「人物像」など、西洋画が日本に初めてもたらされたのは、既に16世紀後半のこと。
これを当時の日本人はどのような気持ちで見つめたのかが非常に関心のあるところ。
日本画とは明らかに異なる画材、支持体で描かれた祈りの対象。
そして、これらの聖画を自分たちの手でやがて描くことになる。日本の油彩原点は17世紀初期にあったのではないか。

第3章 キリシタンと輸出漆器
来日した宣教師たちは、日本の高度な技術で作られた漆器に目を付ける。蒔絵コレクションと言えばかのマリー・アントワネットの漆器コレクションは凄かった。あれも、サントリー美術館で拝見したのでした。
西洋の人々は蒔絵が大好きなようで、せっせと国外輸出を始め、そのための漆器類制作を命じる。
IHS、イエズス会の紋章入りのものは当然として、「秋草洋犬蒔絵絵箪笥」など、琳派と西洋が融合したような不思議な図柄のものまで登場。

第4章 泰西王侯騎馬図の誕生と初期洋風画
いよいよ、本展のハイライトである泰西王侯騎馬図屏風の揃い踏み。
サントリー美術館所蔵のものは四曲一双。神戸市博所蔵品は四曲一隻。
この屏風に使われた顔料を科学的に分析し、X線照射をして得られた最新の研究成果をもとに、同屏風の謎に迫る。
2つの屏風の金箔では金の含有量が異なるとか、胡粉だけでなく鉛白も使用されていたとか。
しかし、材料云々より、まずはここの描かれた馬の表情や躍動感、人物の顔や着衣の表現などに注目したい。
また、両屏風は元々会津藩伝来のものだが、その後所有者が変わったため表具や金具の差もチェックしたい。
日曜美術館で特集されたので、TVをご覧になった方はよくお分かりかと思う。

泰西王侯騎馬図屏風は名品中の名品だが、それだけではないのがこの展覧会の素晴らしいところ。
個人的には第1期に出ていたMOA美術館の「洋人奏楽図屏風」、満福寺の「泰西王侯図」、香雪美術館「レバント戦闘図・世界地図屏風」(これはBIOMBOにも出展されていたと思う)など、珍しい洋風画屏風が沢山。
ここにおいて、日本人、恐らく日本人宣教師らが描いた国内初の洋風屏風が誕生する様を知ることができる。

第5章 キリシタン弾圧
しかし、日本の政権は安定せず。織田から豊臣、そして徳川へと時代が変わり、キリシタンの弾圧が始まる。
政権交代程、当時の外国人宣教師にとって怖いものはなかっただろう。
日本史教科書でみる板踏絵、真鍮踏絵、更に弾圧の様子をありありと表現するのはイタリア内務省所蔵、マカオ伝来の「長崎大殉教図」2点と「日本イエズス会士殉教図」の凄惨たること。
稚拙な表現ながら、淡々として見えるが実は凄く恐ろしい状況。斬首の様子はリアリティありすぎ。

第6章 キリシタン時代の終焉と洋風画の変容
聖画として伝わった西洋画が日本国内でやや形を変えながら洋風人物図になっていく様を紹介。
ご存知「聖フランシスコ・ザヴィエル像」に「老人読書図」「達磨図」など、モチーフが聖画でなく宗教を超えている点に注目。キリスト教に達磨像はない筈。

第7章 南蛮趣味の絵画と工芸
最後はこうした南蛮美術がもたらした南蛮表現の在り方をめぐるもの。
「観能図屏風」「花下遊楽図屏風」に始まり、「南蛮人喫煙図柄鏡」「色絵うんすんかるた香合」「南蛮胴具足」などなど。
個人的には南蛮人の燭台がインパクトありました。

本展は、この後4月に神戸市立博物館に巡回します。
図録は掲載論文6本?だったか2500円。神戸でもう1度観たいです。

福居伸宏展 「アンダーカレント」 TKG エディションズ京都

福居伸宏 展 「アンダーカレント」 TKG エディションズ京都 11月11日(金) - 12月10日(土)
http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/nobuhiro-fukui-exhibition-undercurrent-2011/
*作品画像は上記ギャラリーのサイトよりご覧いただけます。

福居伸宏さんの個展「アンダーカレント」へ行って来ました。

小山登美夫ギャラリーでは2008年の「Juxtaposition」、2010年の「アステリズム」に続いて3度目の個展となりますが、京都では初。今回は2004年以来撮影を続けている夜の都市シリーズ「アステリズム」と新シリーズ「undercurrent」と3枚組の「one and one」を含め約10点を展示しています。

私が初めて福居さんの写真を拝見したのは2010年の清澄白河での個展「アステリズム」でした。
その時は、夜の都市、住宅の風景が無機質で取っつき難く私の手に負えない気がして、それでも記憶に強く残り、自身の中で上手く消化できないことへのもどかしさを感じました。

そして、2度目の出会いとなる本展では旧作シリーズも、2つの新作シリーズも楽しむことができました。
ここでは、特に好と強く惹かれた新シリーズについて感想を書いてみようと思います。

その前に、今回の記事を書くに際し、『Researching Photography』でのインタビュー記事を読み直し、大変参考になったので改めてご紹介させていただきます。非常に充実した内容でPart1、Part2の2部構成(以下)。2010年12月5日、ゲストに福居伸宏さんを迎えて行われた「Researching Photography – Nobuhiro Fukui」に基づき、、ンタビューと書き起こしは良知暁 氏による。
http://researchingphotography.blogspot.com/2011/07/rp-record-part-1.html
http://researchingphotography.blogspot.com/2011/08/record-rp-part-2.html

まず「undercurrent」、モチーフになっているのは雨後のアスファルト道路だろう。そこには単に雨粒の残る道路の表面が撮影されているのみ。しかし、提示された像は、私たちが普段肉眼で見えていると認識しているものではなかった。
同じ光景は幾度となく目にしているけれど、残念ながら目の前の写真のように私の目も脳もそれらの色や形や質感をとらえていない。
通常眼下に見るものを正面で見ているという位置、角度の問題では無論ない。それも多少影響はしているかもしれないが、一見した時、抽象表現形の絵画にのように感じた。
今回プリントされている「undercurrent」シリーズのうちプリントされて展示されているのは2点。

雨の雫が落ちているアスファルトは、ライトの光を反射しとても美しい。夜間はアスファルトがコールタールのような粘り気のある液状に姿を変えているようで、2点のうち1点は水滴に赤っぽい色が重なっていた。赤信号時の光の反射が水滴に写り込んだのだろう。
ポートフォリオには上記2点以外に約10点程がおさめられていて、プリントされたもの全てを並べて、微妙な質感や色、痕跡の違いを楽しんでみたい。
抽象絵画のようなイメージが広がり、数を増せば増す程、作品間にある僅かな違いを感じ、その差に新たな別の気付きが生まれる可能性を秘めている。

再び展示された写真に目を移してみると、白っぽく残っているのが横断歩道の白、車の轍を見つけ、道路はこんなに人の営為を写しとっていたのかとはっとした。
光を発する水滴の質感は思わず触れたくなるような、平面であるのに、雫の感触、形を見出し触角を刺激された。
抽象絵画で時間軸を表現するのは難しいと思うが、「undercurrent」では、写されている痕跡と観者との間に横たわる時間の流れに思いを馳せることができる点にも惹かれる。

タイトル「undercurrent」はビル・エヴァンス、ジム・ホールのアルバムに同名のものがあり、過去の個展でも音楽からタイトルを採用されているケースが多い。文字通りの意味としては、「底流」もしくは「表面にあらわれない暗流」「とされる。
目に見える物質的要素を持つ「底流」(川底の流れ)と目には見えない「暗流」(感情や思想など不穏なもの)、この両義はタイトルだけでなく作品そのものが孕むものを反映している点は興味深い。

プリントサイズは96.0×144.0cmと「アステリズム」シリーズと比較してかなり大きく、このサイズも抽象絵画を想起させるのに一因と言えるだろう。

もう一つの新シリーズは、「undercurrent」以上に興味深い作品だった。
3枚セットという組写真の形式で、特に気になったのは3枚組という点。日本古美術の浮世絵3枚続きを思い出した。
浮世絵に限らず古美術の世界、特に日本美術では3幅対など3枚セットでひとつの作品とするものが旧来から存在する。
それを意識されたとは思えないが、この3枚組の写真は、どこか3幅対の掛軸のような面白さがある。

ひとつでも完成されているように感じるが、3枚並べることで、その連続性、拡張性は増幅している。
また、作品の並びを入れ替えたら果たしてどうなるのか、といったことも試してみたくなる。
背景は、単一のトーンを持つからし色。これに柿がアクセントに加わる。
ベタな背景によって奥行きがなく、柿の木の枝がぺたりと画面にコラージュされているかのよう。
注視すべきは、枝の画面上の配置で中央の1点を除く左右の2点の構図やモチーフの様子は似ているが、よく見ると違う。
中央の1枚では、左下から右上に向かって斜め上方に伸びる枝の先にあるものは柿ではなく別の果物のようで、この果物らしきものは、右端の1点の左側にも配される。
何とものどかな秋の風景。。。と言っていられない3枚の像で見れば見るほど引きこまれてしまう。

「アステリズム」シリーズの空でも見られたトーンを均一ににした背景からは非現実的な印象を受ける。この3枚組は通路脇に展示されていたため、最初、写真だと分からなかった程。被写体は住宅の外壁材として使用されるカラーサイディングだろうか?
各々54.0×36.0cmという縦長のフォーマットもまた掛軸を思わせた所以だろう。

少し時間が経過した今でも、この3幅対が気になって仕方がないのはなぜなのか。もっと気付かない見る喜びが潜んでいる予感がする。


空間の広い清澄白河のギャラリーでの新シリーズ発表を心待ちにしています。

没後70年「木村武山の芸術」 茨城県天心記念五浦美術館

武山

没後70年「木村武山の芸術」 茨城県天心記念五浦美術館 11月1日(火)~12月4日(日)
http://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/02_tenrankai/01_kikaku.html

3月11日、茨城県天心記念五浦美術館も強い地震に見舞われ、駐車場の下に埋設した四基の浄化槽の破損、入口の流水路損傷や壁面のはく落、駐車場のり面の陥没などの被害に遭った。その後、修復工事を進め、約8カ月ぶりとなる11月1日に美術館は再開され、企画展「没後70周年 木村武山の芸術」が始まっています。

木村武山(1876~1942年)は笠間市出身で、下村観山、横山大観、菱田春草と共に五浦に移り住み、大正3年、岡倉天心の一周忌を機に再興された日本美術院ではその中心となって活躍するなど、天心による日本画の近代化の一翼を担った画家です。五浦に移り住んだ4名のうち最若年で、他の3名の陰に隠れ一般的な知名度は低いのが実に残念な画家です。

私が木村武山の作品を初めて見たのは、野間記念館だったかと思います。
本展にも出展されている≪光明皇后≫≪慈母観音≫など、溶けるような華麗で柔らかな色彩と光に溢れた画面で強く印象に残りました。ここで、木村武山(きむらぶざん)の名をしっかり脳裏に刻み、その後も作品を見つけるたびに武山が好きになっていき、今年の夏には茨城近美「木村武山 彩色杉戸絵展」で待望の須磨御殿の彩色杉戸絵(本展でも一部出展)をすべて見ることができ、感無量の一言でした。
武山、素晴らしい!もっと評価されても良いのにと益々その思いを強くしました。

そして、美術館再開記念としての本展開催。待ちに待ったとはまさにこのこと。
木村武山展は昭和49年に茨城近美で、平成10年に笠間日動美術館で開催されたのみ。
本展は、久々の回顧展であり、過去最大規模のものと言えるでしょう。

前置きが長くなりましたが、展覧会構成に従って本展を振り返ります。

【プロローグ】
明治21年(1888年)わずか12歳で描いた≪梅に茶器図≫で、その非凡な才能の芽を既に発揮。
逆くの字の構図、下方に寄せた花など構図に優れている。
話は前後するが、武山の父は旧笠間藩士であり、その後笠間銀行(現在の常用銀行へ継承)や笠間電気株式会社(現東京電力)を設立する実業家へと転身した。武山は長男であったが、早くに絵の才能を認められ、絵の道に進むよう絵の師も付け、父親に認められたというから、その理解と先進性は特筆に値する。

その後、東京美術学校で菱田春草の一年下で入学。入学後は、橋本雅邦教授、下村観山助教授の専科へ進んでいる。
私が武山好きなのは、橋本雅邦つながりなのかもしれない。
橋本、下村両師の作品の模写や影響を強く受けた作品、例えば≪高倉帝厳島行幸≫東京藝術大学蔵(東京美術学校卒業制作)などで伺うことができる。ただし、これらの作品は、武山なりの創意は見られるものの、絵から立ちあがる強さに欠けている。

そして、美術学校卒業後の作品には先輩の春草や大観が推し進めていた朦朧体を自作に取り入れようとする試みが見られる。特に武山は雲煙、霞などを朦朧体を使って表現。当時批判される要因となった色の濁りについては、相当苦心を重ねたのだろう。部分的な導入など慎重に扱っているのがよく分かった。

【歴史画】
本展は、全作品を制作年代順にしておらず、モチーフによって大別している。
ここでまず注目すべきは第一回文展出品作≪阿房劫火≫1907年・個人蔵。
後年でこれと類似な作品が見られないのは、武山にとって幸せだったのかどうか。

人は一切描かず、画面上に紅蓮の炎が狂ったように阿房宮を包む。もうもうと立ちこめる煙の描写はドラマティックにさえ見えた。

≪祇王祇女≫1908年・永青文庫蔵は平清盛の寵愛を一身に受けた白拍子の祇王が、清盛の心移りを嘆き修業に励み隠棲する姿を描いた大幅。
ここでは、腫瘍となる祇王の人物の透けるような衣の描き方の他に、背景の薄や秋草、全面に祇王を隠すように描かれた薄の緑の葉がとりわけ忘れがたい画面を作っていた。歴史画の中でも神話画や天皇の肖像画など、彼の画力は歴史画で発揮できないように感じた。

以前、酒井抱一らの琳派作品では、抱一の「夏秋草図屏風」のように、薄や背の高い草と下方に自生する草花をその奥や手前に描いている点が面白い。
1908年にして、武山は琳派芸術の技術を自作に取り入れている点に注目したい。
以下3点がここでの重要作と言えるだろう。 

【花鳥図】

本展を観て、実は武山の作品の魅力はこれら花鳥関係にあるのではないかと思った。
特に琳派風の装飾性と写生の要素を組み合わせた成果がここで感じられる。

・≪イソップ物語≫1912~1913年 茨城県近代美術館蔵
高いデザイン性には脱帽。裏彩色も使用しているのか、画面が光っているように見える。

・≪鵜滑鶏≫1933年頃・笠間稲荷美術館蔵
こちらも構図の面白さと鵜骨鶏の依頼上映が
上記と同じくデザイン性が非常に高い。鳥の毛一本たりとも神経を注いで描き続ける作家たち。写生と装飾の融合が武山の生涯に亘るテーマを再興しなければならない。

・≪日盛り≫1917年 福井県立美術館 六曲一双
・≪白菊図屏風≫1917年 個人蔵 六曲一双
六曲一双の屏風絵。横166.3㎝の巨大画面にポロック作品はどのようみ見えるのだろう。あでやかさは本展最高。
金泥で描かれた葉脈も美しく、強い琳派への傾倒を感じた。

六曲一双屏風二つを1年で描き上げている点がすごい。白菊の方は画面上に其一作品にも登場する群青の流水が帯のように描かれている。白菊てんこ盛りで、いくらなんでも盛り過ぎではと思ったほど。

鳥も花も、武山の徹底した視線、写実で描かれている。稀代のカラリストとしての抜群の色彩センスで、装飾画面に仕上げるのが武山風。春草も琳派研究を進めていたことを思い出す。武山はひとつ学年が上の春草を目指していたのかもしれない。
春草作品への傾倒ぶりを感じる≪黒猫≫1917年・茨城県近代美術館、≪柏二鶺≫1916年頃・重林寺などはとても興味深かった。武山は晩年の春草以上に琳派の導入を上手く自身の作品に取り入れているように思った。

【仏画】
いよいよ仏画登場。仏画では古画の学習、仏像研究の成果が結実している。

・≪観世音寺炎上の図≫1934年・横浜美術館蔵
・≪聖観世音菩薩≫1940頃・個人蔵
・≪不空羂索菩薩≫1935年

忠実に模写したものに、独自の表現を描き加える。
武山は天心、大観によると『創』が足りぬとされていた。確かに春草や観山のような強い創意を感じる作品はそれ程多くないが、最終章に続く屏風絵は杉戸絵などを見ると彼の画業はここに完結セリと思った。

【障壁画】
ここでは、普段お目にかかれない武山の室内装飾画の数々を紹介。
・高野山金剛峯寺の新署員襖絵「孔雀図」1915年
・須磨御殿杉戸絵(展示替えで6点を交互に見せる)
・成田山新勝寺奥殿襖絵「天人奏楽」1918年

いずれも勝るとも劣らぬ華麗さ。

更に必見なのは大日堂安置の厨子。
浄瑠璃寺吉祥天厨子絵や阿弥陀来迎図を忠実に模写。正面扉左上には平櫛田中作とされる実寸大コガネムシの彫刻が取り付けられている。なぜ、コガネムシなのか、田中と武山の交流も気になるところだが、田中の作品で間違いないのかも疑問が残る。

一部展示替えあり60点強の作品群は大作揃いで、非常に見ごたえがあります。また、個人蔵の作品も多く作品を鑑賞できる貴重な機会であることは申し上げるまでもありません。感無量でした。是非、一人でも多くの方にご覧いただきたい展覧会です。

図録は175ページ、掲載論文2本で、印章リスト付き。折り込み見開きページも多く、この内容で1200円は破格の安さだと思います。もちろん、武山ファンとして、美術館再開を祝して購入させていただきました。

茨城県内の4つの美術館の企画展を1年間何回でも鑑賞できるお得な共通年間パスポート(3000円)もオススメです。

<参考情報>
大日堂障壁画特別公開
木村武山が母の供養のため郷里笠間に建立した大日堂。堂内には武山が精力を傾けて描いた仏画や花鳥画に彩られているそうです。本展開催を機に、普段見ることのできない大日堂を特別公開しています。
見学方法:電話予約制
予約方法:大日堂管理者 木村明正氏(Tel:0296-72-1326)に電話にて、見学日時を要相談。
*管理者の都合によりご希望に添えないことや、当日の天候等により急遽中止、変更になる場合があります。
 また、電話はお間違えのないようにお願いいたします。
場所:笠間市箱田2210(JR水戸線笠間駅より約3.6キロ)

梅田哲也展 「小さなものが大きくみえる」 新・福寿荘

チラシ

梅田哲也展 「小さなものが大きくみえる」 新・福寿荘 11月12日(土)~12月4日(日) 
火曜日除く平日:15:00 -19:00/土・日・祝日:11:00 -19:00 火:休み 新・福寿荘(大阪市西成区山王1-5-31)
http://breakerproject.net/2011/index.php?id=11100001

梅田哲也展覧会「小さなものが大きくみえる」に行って来ました。
同時期に同じ関西で2つの個展を開催中の梅田さん、大活躍ですが、「考え過ぎて知恵熱出るわ。」とおっしゃったとか。
分かるような気がします。

西成区山王にある築60年の木造アパート福寿荘を舞台に、梅田哲也が、空間をそのまま活用したサイトスペシフィックな作品を披露します。
会場となる福寿荘は、阿倍野区と西成区の境界線に建ち、その背後には高層マンションが建ち並び、大型ショッピングモールもオープンするなど再開発が進むエリアにあります。また周辺の木造長屋やアパートも徐々に取り壊され、急速に変化していく兆しがみられるなか、戦後の歴史が刻まれた地域資源であるこのアパートを実験的な創造の場「新・福寿荘」として再生させる試みでもあります。  ~Breaker Project 2011」サイトより抜粋、引用

地下鉄動物園前駅で降り、天王寺方面へ歩くこと5分。
どんどん道幅は狭くなり、木造長屋の多い区域に入って行くと、昔ながらの大阪の風景がありました。
そして、道に迷いそうになると、「新・福寿荘」への道案内が貼られていたので、1度も迷わずに福寿荘の前へと。
全景

想像していたのより、大きなアパートで受付ではホテルのフロント宜しく愛らしい女性が出迎えて下さいます。
*写真撮影とブログ掲載はご本人の許可を得ています。

受付

入場料300円を払って早速中へ土足のまま進みます。

梅田さんと言えば、今年拝見した中では京都Art Zoneでの個展が忘れられません。
建物内にどんな仕掛けが作られているのか慎重に歩みを進めます。
まずは、天井からぶら下がっている紐などを引っ張ったり。
会場にはいくつか照明に付いているような紐がぶら下がっていますが、ここは美術館ではありません。紐は引っ張って良いというか寧ろ引っ張らないと楽しくなりません。必ず引っ張った方が良い。

さほど大きな変化はありませんが、ネタばれしてしまうので是非ご自身で体験を。
それにしても古い建物。本当に凄い。
途中、一旦外に出て天井裏に上がるという子供の時にもやれなかったことをやるチャンスが巡って来ます。
幸い、スカートでなくて良かった!
木製の急拵えの梯子を上って、屋根裏へ。小屋組みがびっしりと一目了然。
日本家屋の柱組みや小屋組みをしっかと見ることができる。

天井裏

他のお客様が紐を引っ張ると照明が点灯したり消えたり。そのたびに天井下が蛍のように明滅します。
天井裏にはほとんど照明がないので、下から漏れる光や外から入ってくる光で真っ暗ではないもののほの暗い。

近所に住む子供たちはすっかり福寿荘を気に入って、探検に来るんだとか。無理ないです。
一旦2階(1階だと思っていたのは2階で、傾斜のため2階が1階に見えたに下りて、再び探検を開始。
途中、今回の目玉作品とも言える、2階1階をぶち抜いて作ったお手製水琴窟のような仕掛けが登場。

私が行った時は、水道から出るお水の感覚が、予定ではポタ、ポタ、ポタとゆっくりとした落ち方だった筈が、ず~っとお水が細く流れっぱなしで、それに合わせて水音も鳴りっぱなしになっていた。
梅田さん曰く、予想外のことが起きる方が楽しいとのことだったので、作家さんからすれば気にされている様子もなかった。

他には自転車の照明を実際に自転車を漕ぐことで点灯させ、その明りの先には元からあった絵画などに向いている。
雑然と昔置いてあったものをそのまま転用して使っている、

2階のお国は関連資料を閲覧できるラウンジスペースやゲスト宿泊室!(新・福寿荘では宿泊も可能。要予約)もある。
宿泊室には、玄関ドアに設置されているような覗き窓が設置されているので、中を覗いたけれど和室だということ以外は分からなかった。宿泊者だけのお楽しみなのかもしれない。

階段を下りていよいよ1階スペースへ。
最初に案内いただいた所で、思わず息を吸い込んでしまった。
石垣

何なのだ、この不思議な建物内部の構造は。
福寿荘の隣には高い石垣がある。この石がをそのまま建物の内壁として使用されている。え、こんなのあり?と問いかけた区なるような凄い水回りスペース。

台所

冬はさぞかし寒いのでは?と心配になってしまう。聞けば、このアパート大家さんがご自身で建てられたそうで、日曜大工の域を超えてオリジナリティ溢れた個性豊かな建物(?)となっている。
一瞬地下牢に来たのかという錯覚さえも浮かんだ程で、梅田さんの作品よりも建物見学メインになってしまっていた。

恐らく、梅田さんもこの建物の面白さにすぐ気が付き、建自分自身の作品は勿論だが、物自体も作品になるような建物主体で自分自身は引き気味のポジションを取られたのではないか。

ポテンシャルが存分につまったこの建物、個展終了後も梅田さんにより作品と建物の魅力を共存させて欲しいと思っています。

「新・福寿荘」へお出かけの際にはスカート、ハイヒールなどは避け歩きやすく動きやすい服装をオススメします。忘れたら忘れたなりに楽しめますので、ご安心ください。
また、写真撮影可能です。カメラもお忘れなく。

「茶碗 今を生きる-樂歴代と時代を語る名椀-」 松坂屋美術館

茶碗

「茶碗 今を生きる-樂歴代と時代を語る名椀-」 松坂屋美術館 10月19日~11月27日
会期中無休! 午前10時~19時半 最終日は18時で閉館 *巡回なし
http://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/museum/2011tyawan/index3.html

「茶碗 今を生きる-樂歴代と時代を語る名椀-」は、松坂屋創業400周年・松坂屋美術館開館20周年記念の同館単独開催の企画展。
ふらっと入ったら、これが驚くような名品が勢ぞろいしているのに驚いた。
茶道をされる方、やきものに関心がある方はもちろん、関心ないという方も必見の展覧会です。

過去に何度も京都にある樂美術館にはお邪魔していますが、同館所蔵のみならず国内所蔵家、美術館からよりすぐりの名椀がずらりと並ぶ様子は壮観。
これだけ出していたら、樂美術館には今どんな茶碗が出ているのだろう?と心配になった程。

更に、最終章の第6章現代(昭和・平成)桃山憧憬、伝統とモダンそして今、においては、樂家の作品だけではなく、ご当地近辺に縁の深い、加藤唐九郎、川喜田半泥子の作品も紹介。
総点数80点で、茶碗とは何か、日本人にとってそれはどんな存在なのかを問いかけます。

展示構成と簡単な感想を。

第1章 桃山時代(天正から慶長期)
茶の湯創世 侘の極地と躍動する桃山 長次郎、宗慶、志野、瀬戸黒、織部

個人的には第1章に一番萌えました。
何しろ、長次郎作の黒楽4点、赤楽1点「銘 二郎坊」、計5点!
「銘 利休」「銘 杵ヲレ」「銘ムキ栗」「銘 禿」以上が黒楽。
久しぶりに長次郎の黒楽椀を拝見しましたが、あの見こみの枯具合、渋い表情がたまりません。小ぶりで手のひらにすっぽり包みこめそうなサイズ感も長次郎が好きな理由のひとつ。
「銘 ムキ栗」四方茶碗は恐らく初見。こんな形の茶碗も作っていたのかと驚いた。

黒楽以外にも織部、志野と桃山時代の名椀がずらり。茶碗はやっぱり桃山の作例が一番好き。

第2章 江戸時代前期(寛永・寛文) 
桃山残照 自由精神と江戸近世モダニズム 道入、一入、本阿弥光悦、野々村仁清

長次郎に続くは、本阿弥光悦。
光悦茶碗は長次郎を更に上回るほどに好きで、今回は計4点。白楽茶碗「銘 冠雪」と飴釉楽茶碗「銘 紙屋」(いずれも個人蔵)は恐らく初見。
特に前者の白楽は本当に美しく、この白に抹茶の緑が注がれる様子を想像するだけでため息が出る。
光悦はすっきりとした縦のラインがあるものの方が好み。他2点はあの名椀「銘 村雲」と「銘 立峯 追銘 五月雨」。
ここでは、ノンコウ茶碗(樂家の3代目の道入の作例等も見られる。

仁清の茶碗からは彼特有のデザイン性を感じる。それはここまで眺めて来た茶碗と比較しても、はっとするほど現代的な感覚である。特にサントリー美術館蔵≪色絵七宝繋文茶碗≫の周囲に描かれた紋様と口どりの銀の組み合わせが何とも言えない。渋味とモダンが同居している。

第3章 江戸時代中期(元禄・享保)
元禄を生きた二人の従兄弟 乾山と宗入 宗入、左入、尾形乾山
乾山は嫌いではないが、今はあまり惹かれない。

第4章 江戸時代後期(元文・文化・文政・幕末)
様式性の確立 長入、得入、了入、旦入
第4章以後、樂家の代々の作例の違いを楽しむ。
第5章 近代(明治・大正)
茶の湯近代のマニエリズム 慶入、弘入、惺入

第6章 現代(昭和・平成)桃山憧憬
桃山憧憬、伝統とモダンそして今 覚入、当代吉左衛門、加藤唐九郎、川喜田半泥子
これも久しぶりに、三重県出身の川喜田半泥子の型破りな茶碗を観て、これまで観て来た作例との比較を考える。
現代における茶碗の進化。

日本人にとって茶碗は目で愛玩するものでもあるが、やはり本来は手にとって土の柔らかさや温かみを感じてこそのものだと思う。そう思うと、美術館のガラスケース越しにしか見ることのできない名椀の数々の距離は物理的にも心理的にも遠いのであった。

樂美術館では月に1度「手にふれる樂茶碗鑑賞会」や不定期に「特別鑑賞茶会」など実際に名椀を手に取ることができるイベントが開催されています。
本展を観て、是非一度手に取ってみたいと思われる方は、参加をお薦めします。茶道の心得がなくても大丈夫とのこと。
要予約です。詳細 → こちら

また、松坂屋美術館の企画展はこれまで作品リストがないことがほとんどだったが、今回も作品リストが準備されていました。聴く所によれば、最近はリストの用意がされているとのこと。
また、知らないうちに『松坂屋美術館ニュース』が発行されているではないか。
2年前に発刊されたようで、年4回の発行らしい。
同館には学芸員の方もお二人常駐されているので、これからも独自の企画展をどんどん期待したい所です。

「西野トラベラーズ ─行き先はどこだ?─」 京阪電車なにわ橋駅「アートエリアB1」

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「西野トラベラーズ ─行き先はどこだ?─」 京阪電車なにわ橋駅「アートエリアB1」
10月22日(土)─12月25日(日) 12:00─19:00 月曜休館
http://artarea-b1.jp/schedule.html

京阪電車なにわ橋駅「アートエリアB1」は、なにわ橋駅コンコース内に開設されたギャラリー(オルタナティブスペース)である。2010年度は「京阪電車開業100周年」にちなみ、沿線図、イラスト、映像など京阪電車の鉄道コンテンツを中心に展示。本格始動第一弾となる今年は、鉄道芸術祭「西野トラベラーズ ─行き先はどこだ?─」と題し、西野達をメインアーティストに迎え、ギャラリー内にインスタレーションや壁面一杯、約20メートルの巨大絵図「京阪沿線ご案内」を展開中です。
本展は、西野達の関西初個展となります。

ということで屋内の関西初個展ということで、期待を胸に行ってみました。
これがとにかく理屈抜きで楽しい!
西野のドローイングは初めて見たが、元々武蔵野美術大学では絵画専攻(油画?)であっこともあり、リーフレットのインタビューによれば「元々描くのは好き」とのこと。
「京阪沿線ご案内」(下、一部)では京都の出町柳から中之島までの各駅の名前と駅周辺の情報、特に名所、美術を中心に観光案内宜しく、見どころが案内されている。

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思わず、京阪列車で気になった駅で降りて、食事をしたり観光したりしてみたい!と思わせるような内容。
個人的にツボだったのは、「土居駅」と「滝井駅」間に書かれたコメント(絵ではないですね。。。)「この間たった二百二十三歩」(西野達調べ)。笑いました。実際に歩いて歩数計測したのかな?と想像するとおかしかった。

他にはご当地グルメポイントもしっかり押さえていて、例えば、伏見近辺のあんぱん専門「都麗美庵」(トレビアン)、香里園駅近辺では中華料理の「大三元」をメガ盛りの聖地として紹介。

持ちかえりたくなると思っていたら、この絵図を20分の1で縮尺したリーフレットを300円でアートエリアB1にて300円で発売中。縮尺絵図だけでなく、裏面には西野達へのインタビューも掲載。読みごたえもあり、この沿線案内をポケットに京阪電車で旅するも良し。
リーフレットは、蛇腹折り済のものと、折られていない長い絵巻状態のままのものに2種類から選択可能です。

会場には巨大絵図だけでなく、西野らしいインスタレーションが4つも!設置されています。

中でも最奥のインターネットカフェ(下)、2階建てで1階につき2部屋、計4部屋。靴を脱いで実際にネットカフェとして利用可能。
ここで、気になった旅情報などについて更に検索できる仕組み。

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そして、豆腐大仏に続く新作として取り組んだのは「リンゴ噴水」(下)、後は街中でよく見かけるものを組み合わせたオブジェ、そして、本展への入口にならんとするような住宅に設置されている玄関ドアがなぜか京阪電車のドアになっていたり。

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屋外を屋内に、公共を屋内空間に持ちこむ手法は健在。
また、電車のドアを住宅玄関にすることで、公共とプライベート空間の境界が曖昧になり、どこからがパブリックスペースなのか?と問いかけられているようだった。
インターネットカフェもしかりで、わざわざ正面からではなく裏手に回って靴を脱いで個室に上がった時、自分の中でここは公共なのか、思わず周囲の目を忘れてしまうような落ち着きを得たのが忘れられない。

また、西野達が選んだアーティスト、横山裕一、コンタクト・ゴンゾ、ジェコ・シオンボ、伊藤キム、山川冬樹、しりあがり寿が、アートエリアB1を離れ、京阪沿線にあるスペースを使って会期中、イベントやパフォーマンスを開催し、鉄道沿線をつなげる試みも同時に行っている。
中之島バンクスや京都にオープンしたばかりのAntenna Mediaなど、注目のスポットを上手く使うことで点を線でつなげる。

展示空間に留まらず、ネットを使用することで更に活動域を広げ、更に鉄道芸術祭であるという本来テーマに則り、沿線各駅を上手く使い紹介する。なんだか分からないけど、面白いというのもありじゃないかと思わせる。

「自分の作品がどこへ行くかわからない」というようなことをやっているアーティストが好き、という西野達。
次は何をどこで巻き起こすのか、これからも目が離せない。

「成層圏 vol.5  風景の再起動 宮永亮」 gallery αM

風景の再起動

「成層圏 vol.5  風景の再起動 宮永亮」 gallery αM
10月22日~11月26日 12:00~18:00 日月祝休 入場無料
http://www.musabi.ac.jp/gallery/2011-5.html

昨年春の児玉画廊東京「地の灯について」、夏の児玉画廊京都「making」から、はや1年。

そして、馬喰町のgallery αMで高橋瑞木氏のキュレーションによって待望の個展「風景の再起動 宮永亮」が開催されています。
初日に開催されたアーティストトークも拝聴し、それらも踏まえつつ今回の展示について振り返ってみようと思います。

昨年の「making」展あたりから、映像を単に見せるだけでなくインスタレーションの要素を取り入れ始めていた。例えば京都展では、映像の素材撮影に使用していた実父から譲り受けたというローバーminiが1階会場にどんと置かれていて、車内は煙草の吸殻やらぬいぐるみやらが、普段撮影に使っているのと同じ状態で置かれていて、今にして、この時も映像作品制作の断片を見せていたのだと気付いた。

本展では、このインスタレーション的な要素がより増幅されている。
愛車の代わりに会場に置かれているのは、木造の小屋で構造下部4隅に車輪を取り付けてある。車輪を取り付けた理由は、作家によると「生活者としてどう生きていくのかを考えると定住するのか疑問に感じた。そこで仮設空間としての小屋、車輪付きで移動できるような空間を考えた。」のだという。

小屋は同寸の木製パネルを使って組み立てられており、パネルは展示室内のあちこちに点在し、中には床置きされているのもあったりと、さながら工事中、未完成の状態を見せていた。
これらの展示空間に散らばっている木製パネルをスクリーンに見立て、完成作の≪arc≫(7分51秒)は、小屋の横長壁面の投影し、反対側の壁面には≪arc≫を構成している映像の素材を全てつなげた作品≪raw≫(52分22秒)といった具合に、更に点在した木材もスクリーンとして≪boats≫(3分3秒)、≪snow sun,sun≫(1分50秒)、≪joy≫(1分38秒)などが単体の素材としての姿で映像化されている。

つまり、完成作の素材と仮設小屋の素材とをリンクさせて、空間内に配置し映像を見せていて、作品の見せ方としては非常に興味深いものがあった。
と同時に、単に映像を見せるだけでなく、見せ方、素材の扱い方、更には映像制作の過程を見せることで、映像そのものの特性を鑑賞者に問いかけているのだった。
通常、私たちが映像作品を観る場合、目にするのは完成作であり、その膨大であろう労力には、例えば素材集め、アニメーションであれば大量の絵コンテなど、更に長大な時間を要する編集作業にまで思い至らない。
それを完成作をバラバラにして見せることで、完成作と素材との可逆性を提示し、また時間の逆行をも視野に入れたインスタレーションを構築した。

次に完成作である映像自体を考えてみる。
宮永の場合、映像となる素材群はすべて実写で得られたものであることが大きな特徴で、撮影で採集した素材の中から、どの部分をどのように繋げ、重ねていくか、殊に重要なのは完成作で見られるイメージの積層だろう。
作家の住む関西や実家のある北海道、そして今年旅したスウェーデンの風景など、作家が実際にある時間に存在していた場所の風景が、いくつも重なって≪arc≫は制作された。
車載機に設置したカメラと定点に設置したカメラで撮影した2種類の方法で得た素材で、いずれも作家の目や身体性が排除されていることに注目したい。
したがって、作家の意図や感性、バイアスがかかるのは、少々乱暴かもしれないが編集作業だけと言えよう。
しかし、編集に際しても作家が心がけているのは、ノイズの排除、すなわち作家の思考や感情を抑制し、心地よさを重視するという。
映像そのものは、光の集積であり作家の言葉をそのまま借りれば「自らの映像にそこまで没入や同化して欲しくない。目の前にあるように見えるものは光が映っているだけで、一歩引いて観て欲しい。」と言う。

作家自身の映像作品への信頼のなさというか、強度への心もとなさが現れた言葉だと思ったが、かといってそれを不安視している訳ではなく、問題を踏まえつつを逆に面白さとして扱っていこうというのが作家の意思であることを忘れてはならない。

最後に作品に使用されている音について。
これも実際に採集した音、具体的には青森県の竜飛崎にいた時17時に鳴る時報を引きのばし反転再生したものだそうで、ここでも素材は実際に作家本人が実在した時間の存在とその編集という映像と同じ構造がみられる。

こうして完成した≪arc≫はじめ、映像インスタレーションは実に見事だと思った。
映像の完成度は非常に高く、そして美しく、作家の心地よいものという意図が反映している。

その一方で私が気になったのは素材の内容であった。
確かに作家が実在した時間と場所を扱ったものではあるが、素材採集時には、採集しようと思ってカメラを携帯する訳で、そこに発生する作家の意図や考えを排除することはできないだろう。
それを前提にした場合、異なる場所の意味性について、どうしても考えざるを得ないのだった。特に震災前後に訪れた東北地方の風景について、また唯一の海外からの風景も異質で、単純に出かけた場所です、という説明だけでは、物足りない気がしたのだった。

「風景の再起動」、まさに採集された風景は宮永の手によって私たちの眼前に再起動したことは間違いない。

*最終日11月26日には以下トークイベントが開催されます。
トークイベント 11月26日(土)16時~17時 宮永亮x下道基行x高橋瑞木 ギャラリーαM

京芸版画作家さん4名による2012年カレンダー発売中!

カレンダー2

今年もいよいよ残すところあと1ヶ月半。
京芸版画専攻の作家さん4名によるhiyomi circle特製<限定300部>の「2012年カレンダー」を手に入れました。(以下)

カレンダー3

hiyomi circleのメンバーは、宮田雪乃さん、芳木麻里絵さん、堂東由佳さん、桐月沙樹さんで、皆さん、京都市立芸術大学の版画ご出身(在籍中の方もおられます)。

今年2月の「京都市立芸術大学作品展」で、宮田さん、堂東さん、桐月さんの3名の版画作品を見て、皆さんそれぞれ個性的で素敵な版画作品を作られるなと、京芸版画のレベルの高さに驚いたものです。
その後、全国大学版画展の入選作品展が文房堂ギャラリーで開催され、ここでは宮田さん、桐月さんの入選作品が展示されていたので再会。その前にAATM(丸の内)で桐月さんがノミネートされていました。

また、芳木麻里絵さんはこれより前に、京都オープンスタジオやULTRAなどで作品を拝見しており、版画とは思えない立体と言って良いレースなどの量感ある作品で定評がある版画作家さん。元々芳木さんの作品も大好きでした。

そんな4名の方がタッグを組んでカレンダーを制作。これをTwitterで知って、漸く入手できました。
愛らしいしカラフルで、紙質も1枚1枚微妙に異なります。版画って良いなと改めて思えるような、本当に素敵なカレンダーです。1年が終わったら、解体して文庫本カバーにもなりそう!

限定300部!エディション入りでお値段1500円。

月別担当は次の通りです。
1月・5月・9月 : 宮田雪乃さん
2月・6月・10月 : 芳木麻里絵さん
3月・7月・11月 : 堂東由佳さん
4月・8月・12月 : 桐月沙樹さん

<入手方法>

①下記店舗にて販売されています。
京都:kara-S(カラス) COCON KARASUMA3階 http://www.kara-s.jp/ 
大阪:itohen(イトヘン) http://www.skky.info/itohen/map/index.html

②通信販売:ゆうちょ振込にて対応可能です。
振込口座など詳細は、hiyomicircle@gmail.com 宛にお問い合わせください。

来年の準備はお早めに☆

ヴィラ・トーキョー 京橋2丁目再開発地区

ヴィラ・トーキョー 京橋2丁目再開発地区 11月11日~11月18日
http://www.newtokyocontemporaries.com/

ヨーロッパを拠点とする10ギャラリーと、東京を中心に活動する9つのギャラリが、1週間の期間中、東京において現代美術の展覧会および上映会、コンサート、パフォーマンスやトークなどのイベントを開催。ポーランド、ドイツ、フランス、イギリス、オランダ、イタリアのヨーロッパ諸国で活動するギャラリーが参加来日し、東京からは、ニュートーキョーコンテンポラリーズの7つのギャラリーを初め、タカイシイギャラリー、小山登美夫ギャラリーが参加しています。

何やらよく分かりませんが、会期も短いので展示だけ観て来ました。
イベントやパフォーマンスが金、土、日と開催されるようなので、関心がある方はそちらと合わせて行かれた方が楽しめるのではないでしょうか。

場所が分かりにくいので、まずは明治屋ビルを目指して、最初に起点となる会場番号①のnfomationに行くのも良しですが、私は最初に見つけた会場⑤に入りました。
各会場で地図やアーティスト名の記載されたパンフレットがあるので、それを入手。
展示会場は全部で5つ、これ重要です。
地図には①~⑧までの番号が振られていますが、京橋の⑥会場⑦の清澄白河ギャラリーコンプレックスで、⑧青山のLabはイベントだけ開催するスペースで展示はありませんので要注意。

ということで、5つのビルはそれぞれ、徒歩1分かからない場所にあるので、移動にそれ程時間はかかりません。EVのない雑居ビルもあるので、階段だけは覚悟がいるかも。

さて、気になったアーティストは海外作家がほとんど、国内作家では岩崎貴宏さんや南川史門さんが気になりました。田中功起さんは、青山|目黒での個展で発表されていた映像作品と写真などを展示。小瀬村真美さんは現在開催中の個展と関係のある作品とのことなので、個展も伺わねばと思ったり。
木村友紀さんの写真とインスタレーションは、う~ん、写真はあの室内にはピタリとはまっていたと思いますが、どこか物足りなさを覚えました。

海外作家では①のビル1階を使用していたアネタ・グシェコフスカ。ボレロの音楽と共に美しい肢体による動きで様々な形を創り出す映像「Bolimorfia」2008/2010は良かった。演技者は作家本人だろうか。同映像につながる写真「Acrobat Book」と合わせて楽しめる。

アリシア・クワデのインスタレーションは2箇所で展示。いずれも錯視を利用するもので、いずれも好印象。しかけは単純だが、ランプを使ったも作品は危うく仕掛けに気付かず通り過ぎる所だった。鉄のオブジェを並べていた方は視線の遊びとオブジェが並んだ空間そのもの、いずれをも楽しめる。

また、⑤ビルにあったロンドゥーダ氏による5つの映像作品はかなり意味深で興味深かった。
5台のTVモニターのうち、正面から左2台は、映画のオープニング、本編が始まる前のカウントダウンや各映画制作会社のイメージ映像などが編集され集められていて、右側は逆にエンディングタイトルとエンディングロールを集めた映像2つ。
これで、思い浮かんだのはマークレーの「The Clock」。
先の5つの映像は作家も制作年代もバラバラ。かなり古い作品もあった。
つまり、類似の発想による作品は従来からあったのだと主張しているように感じたのである。
なお、中央はロンドゥーダ氏が自身の書いたあるパフォーマンスに関する解説を読み上げているものだとか。
中央の映像と左右の4つの映像の関係性が理解できなかった。ロンディーダ氏ご自身の存在をアピールした?もしくは過去にあったパフォーマンスに関係があったのか。

他に①のビルにて、菅志木雄さんと同じ部屋で展示していたペインティングのダン・リーズもなかなか。菅さんごの展示も良かったので、この2人の展示空間は楽しめた。

④のチプリアン・ムレサン(?)の段ボールにスライド投影していた作家のインスタレーションも良かった。

ということで、緩い感じはしつつ普段観ることのできない海外作家の作品やインスタレーションを思ったより楽しめました。

ビルを探す目印は「ヴィラ・トーキョー」のマーク。ビルからビルは地図で見るよりずっと近いのでご注意ください。

関西方面1泊2日の美術探訪の旅

山口・島根の記事も終わったか終わらないかのうちに、関西へ1泊2日で出かけて来ました。

この日程は当初予定していなかったのですが、夙川の黒川古文化研究所にて公開研究会:-実物とデジタル画像による文化財考察-「中国花鳥画の彩りに迫る」(以下)が11月12日(土)に開催されると知り、急遽予定を組みなおした。
http://www.kurokawa-institute.or.jp/
この研究会のパネリストが関西の若手中国絵画研究者3名で、どうしても参加したかった。
3名のうちのおひとり、塚本氏は元大和文華館の学芸員をされていたが、約1年前に東京国立博物館へ移られたので、元関西若手中国絵画研究者とするのが正しいだろう。

という訳で、詳細は後日アップしますが、簡単に見たものを。観たものと見たものが混在。

11月12日(土)
・大阪市歴史博物館 「心斎橋 きもの モダン ―煌めきの大大阪時代―」
以前、岡崎市美術博物館にて「あら、尖端的ね。」と題した展覧会を見たが、これは大阪に特化した大正から昭和初期のモダン文化の紹介と考えると良い。必ずしも着ものに限定している訳ではなく、広告媒体、百貨店などに関する資料と関西の画家による時代を反映した絵画を合わせて展示。
前回の建築展の方が、私としては面白かったです。過去に見ているものが多かったせいもある。

・兵庫県立美術館 「榎忠展」、チャンネル2 大西伸明、イチハラヒロコ
詳細別記事にしますが、これといった感動は得られず。大西伸明さんの展示は考えさせられ良かった。

・黒川古文化研究所 「中国の花鳥画-彩りに込めた思い-」 11月13日で終了。
所蔵品だけでなく借用品も合わせての企画展で驚いた。てっきり所蔵品による展覧会だと思っていたので予想以上に楽しめた。もちろん、公開研究会も充実した内容で、脚を運んだ甲斐あり。

・神戸アートビレッジセンター(KAVC) 梅田哲也 「大きなことを小さくみせる」
アートゾーンに続く今年の個展。大人気の梅田さん。神戸でも新趣向で楽しませてくれましたが、アートゾーンをどうしても私自身の記憶から排除できない。シアターだけ500円入場料というのも、どうなのかなと思った。結局、500円必要ってことではないか。

11月13日(日)
・国立国際美術館 「世界制作の方法」「アンリ・サラ展」「中之島コレクションズ」
中之島コレクションズの国立国際のコレクションはさすがの作品揃い。結構見たかった作家の作品を見ることができた。
アンリ・サラは全体としてみれば、カイカイキキギャラリーの方が良かった。ただ、大阪だけで紹介している映像が1本あったので、やはり行って良かったと思う。
「世界制作の方法」は、作家それぞれが捉える世界の違いを楽しんだが、既視感が強い。

・アートエリアB1 西野達 鉄道芸術祭vol.1 西野トラベラーズー行き先はどこだ?ー」
いやはや、これには参りました。凄いです。西野さんワールド満載。京阪沿線案内の壁面ドローイングは必見。300円のリーフレット(蛇腹折り可能)もオススメ。

・新:福寿荘 梅田哲也 「小さなものが大きくみえる」
神戸と大阪、二か所、いや松本市美術館を入れると計3か所同時開催の個展とグループ展。神戸とは逆に作品の作りこみをできるだけ抑えて、建物そのものを見せるような引いた展示になっている。神戸と合わせて違いを楽しんだ方が良い。
それにしても築60年の賃貸アパートは凄かった!

・大津市歴史博物館 神仏います近江 「日吉の神と祭」
神像と日吉神社の曼荼羅や祭礼図屏風満載の企画展。やっぱり神像表現は興味深い。日吉神社信仰は文脈ひとつで片づけられない多様性がある。

・TKGエディションズ京都 福居伸宏展 「アンダーカレント」
旧作、新作合わせての展示。新作がとても良かった。この日一番の収穫。詳細は別記事にて。

・タカ・イシイギャラリー京都 
gallery 1: 「Walking 歩くこと、描くこと」展 管啓次郎の詩と佐々木愛の絵
gallery 2: 青木陵子+伊藤存「9才までの境地、そのころの日射し」展 
2つの展示がそれぞれ邪魔をせず、上手く共存している。青木陵子と伊藤存の映像作品は、世界制作の方法に出展していたものを更にアレンジしていて、個人的にはこちらの方が良かった。

・FOIL GALLERY 「Oblique Narratives ―斜角叙事―」
1ヶ月間だけの間借りだとのこと。韓国の作家3名によるグループ展。段ボールを材料にした作品を展示していた作家はなかなか面白かった。

・児玉画廊京都 升谷絵里香 「For the Sake of the Moment !!」
閉廊15分前に行ったら、既に作品上映が終わっていて焦った。お願いしたら見せていただけたので図々しいとは思いつつ甘えさせていただく。1階2階を使っての展示だが、1階の作品(映像5本)と展示構成が良かった。

「油絵茶屋再現」 浅草寺境内

「油絵茶屋再現」 浅草寺境内 10月15日~11月15日 
午前9時~午後4時半 入場無料 会期中無休
http://gts-sap.jp/modules/ev_iap/index.php?page=article&storyid=13

「油絵茶屋」、何のこと?と思われる方も多いに違いない。

日本に「美術」という概念や言語が生まれたのは明治時代。美術の萌芽が芽生え始めたその頃、日本で初めて行われた油絵の展覧会場は、浅草寺の境内に現れた見世物小屋だった!
小学校でも、中学校でも教えてくれなかった美術史の裏側を紹介し、再現しているプロジェクトが、現代2011年11月15日まで、場所は同じく浅草寺境内にて開催されています。
題して「油絵茶屋再現」。
詳細は、是非浅草寺に脚を運んでいただき、そこで配布されている両面印刷の瓦版に、東京大学文学部教授:木下直之氏が「油絵茶屋と浅草寺について」寄稿されていますので、そちらをご参照いただければと思います。
どうしても、行けないという方は、是非、木下教授著「美術という見世物―油絵茶屋の時代 」(講談社学術文庫他)をお読みください。

日本の美術教育あるいは日本史で、油絵茶屋についても教えるべきだと思うが、見世物では体裁が悪いのか、はたまた風俗史扱いされたのか、事実は埋もれたまま今日を迎え、ようやく木下教授の著作によって一般に紹介されることになった。

今回のプロジェクトは美術家の小沢剛さん+東京藝大油画科のメンバーが主体となった油絵茶屋再現実行委員により、明治7年の五姓田芳柳、義松、2名の油絵による見世物小屋を再現したもの。
見世物小屋では、珈琲を供していたことから油絵茶屋と呼ばれていたとか。そんな初の油絵展覧会は、「美術」が生まれた上野ではなく「浅草」、しかも浅草寺境内を場所としていたのが実に興味深い。
当時の政府は、浅草に公園を作ろうとしていた。そうした都市政策?の一翼をも担っていたのかもしれない。
浅草寺という場所が明治時代、いかに重要な拠点とされていたかも知ることになる。

そして、その後浅草から上野へと「美術」の中心地は移行し、現代では更に六本木他へと拡大しているのだった。
浅草寺の後、見世物小屋は全国各地に巡回したというから、これも現代での展覧会の巡回とどこかつながっているのだろうか。

作品は全部で12点、これも当時の茶屋の様子が書かれた資料から、どんなタイトルの作品が描かれていたかを調査し、再現している。役者絵中心の展開で、縦長で絵看板のような大きさの作品を含んでいるのが特徴的であった。

入口で前述の瓦版を受け取り、奥へと入って行く。
入口を入って全てを見渡すことはできず、くねくねと奥へ奥へと進んでいくのが面白い。次に何があるのか分からないという所がポイント。
ホワイトキューブ中心の現代における展覧会との違いに思いをはせる。

明治7年の際には、油絵の説明をする口上があったそうで、今回は1日だけ口上をするパフォーマンスも行われた。
残念ながら、このパフォーマンスは見逃してしまった。
どんな説明で語り口だったのかだろう。

今回再現された油絵は、有志の制作スタッフの皆さまが1人1点担当され、絵画の横に役者の名前と作家からの一言(短いの長いの様々)が添えられている。
既にお名前を知った作家さんが多く、従来の作風を知っているだけに、再現された油絵はかなり個性や自身の作風を抑制し、再現することに努めておられるのが良かった。
やはり、皆さん非常に筆達者でいらっしゃるので、上手い!

江戸時代、高橋由一らによって漸く幕開けとなった日本人による油絵は、こうした見世物小屋の体裁をとって、初めて庶民に伝わっていたことが非常に面白かった。
好奇心をくすぐる見世物小屋には口上もちょっと新しい趣向として珈琲だって提供したという訳で、実に日本らしいではないか。
上から西洋美術がど~んと乗っかって来たものの、その受容の仕方があまりにも日本的だし、当時の世相をよくあらわしていると思った。
見世物小屋は用意されたが、油絵茶屋再現にはお客の存在が欠かせない。
何だ何だと除き込み、狭い茶屋の中に吸い込まれたら、私自身も周囲のお客さんも皆再現スタッフの一員であり、構成要素のひとつであった。
茶屋にある役者絵を見ながら、入れ物が立派な箱になり、味もそっけもなくなったけれど、明治も現代も、日本人にとっての油絵、「美術」という存在は存外変わっていないように思う。

ところで、前述の木下教授の著書では、油絵の前に「生人形(いきにんぎょう)」を使った見世物小屋が当時人気だったという。松本喜三郎は当時、生人形師としては国内トップ、人体標本の制作まで依頼されていたというから凄い。
一度、生人形も見たいと思っている。

「第24回 UBEビエンナーレ 現代日本彫刻展」 ときわミュージアム 彫刻野外展示場

宇部ビエンナーレ

「第24回 UBEビエンナーレ 現代日本彫刻展」 ときわミュージアム 彫刻野外展示場 9月24日~11月13日
http://www.ube-museum.jp/modules/d3blog/details.php?bid=88

継続は力なり。
回を重ねること24回、UBEビエンナーレ現代日本彫刻展は、屋外彫刻に特化してはいるが継続開催されるビエンナーレの草分け的存在と言えるだろう。
しかし、国内での知名度はまだまだ小さいかもしれない。
瀬戸内芸術祭や越後妻有トリエンナーレのような派手さはないが、堅実に回を重ねることで地元の方には定着している催しだと思う。

今回山口県行きのきっかけになったのは、このUBEビエンナーレに森川穣さんの作品が入選したからであった。
せっかくの機会なので、知っている作家さんの出品作を観たい、それでビエンナーレ会期中での日程を組んだ。

会場は広大なときわ公園の一角にあるときわミュージアムの彫刻野外展示場。湖のある公園は、晴れていればさぞかし、と思うが、残念ながら訪れた日はあいにくの小雨が降りそぼる曇天。

傘をさしつつの鑑賞は屋外彫刻にはあまり向いていない。

森川さんの作品「此方」(こなた)は光を彫刻しようと試みた作品。
が、残念ながらランダムに空けられた(もしかすると配置には一定のリズムがあり、理論もあるのかもしれないが、一見しただけでは分からなかった)穴から射し込む光がどんな風に見えるのか、それが醍醐味であったのだろう。しかし、残念ながら光はさしてくれなかった。画像が光っているのは別の理由。写真がピンぼけで申し訳ございません。

IMG_0447_convert_20111110000251.jpg

真ん中あたりに空いているランダムな小さい穴。この穴から湖を見るのも楽しい。

IMG_0450_convert_20111110000422.jpg


後で館内にある模型展示も観たけれど、完成作と模型ではカーブの付け方に違いがあり、模型の方がカーブが緩かった。
完成作でカーブがきつく、やや小さくなったように見えたのはスペースか制作上の都合かどちらなのだろう。

大賞作品ジョージ ダン イストラーテ「UNITY OF OPPOSITES」は石彫で普遍的な造形、アカデミックな石彫で端正ではあるが、面白みには欠ける。

個人的には入賞していなかったが、カイ シーメンツ の 「Total Theatre」が良かった。
日曜美術館のアートシーンでもこのビエンナーレについて紹介されたが、その際にも「Total Theatre」が登場し、中に人が入っていた。
「世界を見渡すための劇場として、場所としての彫刻。
君はその上に登ることができる。その中に歩いて入っていくことができる。その中で寝転ぶこともできるし、寝ることも、夢見ることだってできる。そして、ただ通り過ぎていくこともできる。きみは、何がまわりにあるかを見る。」作家コメントより引用。
雨でなければ、中に入って何が見えるか試したかった!

この作品、なぜ入賞しなかったのだろう。。。

ということで、入賞するしないは関係ない。
私は私の感性で作品を観ていくだけ。

リー ユンソク「Poom-SPACE」 ステンレス・スティール 180×490×125cm もカッコ良かった。
ありきたりな感じがしないでもないが、ステンレスの硬質さと楕円のオブジェ、そして中に挟まれた球体と未来に向けた卵を養成しているカプセルのようだった。

アリヤ キッチャロエンウィワット「THE NATURE IN MY MIND」 ステンレス・スティール 450×250×200cm
巨大な植物の種子を逆さまにしたような。この彫刻の前に立つと、大きさの感覚が狂う。
なぜか、ダリを思い出した。

なお、受賞作品については森川穣さんのブログ写真が美しいです。もちろん、ご本人の作品搬出、設置やワークショップのことなど詳細もアップされています。開会式の模様も合わせてご覧ください。以下。
http://aholicdays.blog118.fc2.com/blog-entry-583.html

「素描/エクリチュール」 SPROUT Curation

素描
Koji ENOKURA C-13, 1982

「素描/エクリチュール」 SPROUT Curation 10月1日~11月12日
展示風景・詳細:http://sprout-curation.com/wp/2011/09/605

スプラウト・キュレーションは、雑誌『スプラウト』の編集・出版をされている志賀良和氏がキュレーションするギャラリーで2001年10月に清澄白河にオープン。

開設以後、清澄白河のギャラリーが集まるビルへ行くたび必ず覗くようにしている。
当初から、割と好みの作品が置いてあるなと思っていたが、だんだん毎回楽しみになっていて、前回の泉太郎展も狭いスペースながら、楽しませてくれた。

そして、今回は4名の作家の素描を集めた展示を開催している。
展示風景は、上記ギャラリーサイトをご参照ください。
奥のスペースには、今は亡き榎倉康二のこれまでほとんど公開されることのなかった80年代初頭のドローイング3点と、若手作家の揚妻博之、笹川治子、村田峰紀3名のドローイングが、絶妙な調和を奏でて展示されていた。

若手3名のうち知っていたのは村田峰紀さんで、彼はあいちトリエンナーレ長者町会場で長期間パフォーマンス・ドローイングを行っていた。
今回もその延長上というか、それが彼の作風であるパフォーマンスとからめたドローイング「アフターイメージafterimage」が1点あった。
身体の動きの痕跡や皮膚感覚がそのまま物質に展観されたかに見える衣服上のドローイングは荒々しい色と線の連なり。
激しさと動きを止めた時の静かな時間が同居しているような、ものとしての強い存在感を放っている。

ものとしての存在感、時間の静止を感じさせたのは、奥の榎倉のドローイングも同じで、土色に染まっているのは油なのだろうか絵具なのだろうか。
3色に画面分割された作品はアメリカの抽象表現主義の作家の作品を思い出させる。
強い黒と白のコントラストに土色が加わり、地球の大地を表現しているようにも見えた。

榎倉のこの力強いドローイングに一番近しいものを内実させていると思ったのが、村田峰紀の作品だった。

揚妻博之は、現在ドイツ留学中で、音を可視化させる方法を探求し作品化しているという。東京藝大先端表現卒とのことで、今春丸の内で開催された「a.a.t.m2011」でも天野太郎賞を受賞されている。卒展もa.a.t.mも観ているはずなのに記憶が。。。
ドローイングは黒一色で「あなたが持つ空間性について」というタイトルが付され、コイルと12 本の線からなる再生装置の振動から生まれる音のインスタレーションで鑑賞者が認識するであろう「音」をイメージして描かれたそうだ。
ギャラリーサイトにある1点が素晴らしく良かった。
シリーズなのか、複数枚作品はあるが、サイト掲載のものが特に印象深い。
私自身は、彼のドローイングから「音」を得ることができなかったのは残念だが、それでも強烈な印象はあった。

笹川治子は4点のドローイングで、「スキーマ 2011」とタイトルが付けられていた。
元々、インスタレーションや、監視カメラなどの情報管理社会を象徴するモチーフを、段ボールや中古の電化製品といったごく身近な素材を用いたシリーズを展開している作家だが、志賀氏の薦めでドローイングを出展することになったという。彼女も先端表現卒業。
ポートフォリオでインスタレーションを拝見したが、目の前にあるドローイングとはかなり印象が違う。
ドローイングは、緻密で彼女の脳内風景を描き出したような。シュルレアリスム風でもある。

独特のオリジナルモチーフがひしめきあう画面は、ややもすれば怪奇的でもあるが、その一歩手前で抑えてあるのも良かった。

大御所:榎倉康二の胸を借りた形での若手作家3名のドローイング競演、とても楽しめました。

「国宝 -毛利家の至宝-」 毛利博物館 はじめての美術館94

「国宝 -毛利家の至宝-」 毛利博物館 10月28日~12月4日 会期中無休
http://cs3.c-able.ne.jp/~mouri-m/cgi-bin/disp.cgi?code=10193&mode=one&page=0&bmode=top&no=1

再び、山口県への旅の続きです。

毛利博物館は、あの雪舟畢生の名品のひとつ「四季山水図(山水長巻)」(国宝) を所蔵しています。毎年、11月の約1ヶ月のみ公開しており、全長16メートル!の巻物になっていますが、特注ケースに入れられ、巻替えなしで巻頭から巻末までしっかり鑑賞することが可能。

山水長巻は、基本的に館外不出とされているようですが、近年では20021年の「雪舟」展(東博・京博)と2006年の「雪舟への旅」展(山口県立美術館)に出展されています。後者の場合、僅か12日間の展示でした。

というわけで、目的はまだお目にかかったことのない「山水長巻」だったのですが、毛利博物館へ行って驚きました。
事前リサーチが不足していて、毛利庭園と呼ばれる庭園があるのは知っていたものの、まさか25,000坪という広大な敷地面積を誇っていたとは。。。
更に毛利博物館の建物自体が見どころ。
毛利博物館は、近代には華族の最高位である公爵の地位にあった旧萩(長州)藩主毛利氏の本邸を博物館として公開したものである。また所蔵している文化財は、すべて旧公爵毛利家に伝来したものであり、総数約20,000点に及ぶという。毛利邸建設にあたっては、旧長州藩の幕臣であり維新の元勲井上馨により、明治25年(1892年)同地を建設地として決定。日清・日露戦争により着工が遅れ、結果的に完成したのは大正5年(1916年)、6年弱の歳月を経て完成したという。
詳細は、こちら

しかし、想像以上のすごい建物でした。
これが建物の玄関です。 正門は丘の下で武家屋敷のような門構え。

毛利1

明治時代の長州閥の勢いたるやと往時の様子が目に浮かびます。
照明器具、総檜造りの堅牢な建築、長押や欄間の細工などなど古き大正建築は見どころに溢れていました。
中庭(下画像)も擁し、なぜか蘇鉄と寄り添うような大石が配置されているのも印象深い。

毛利2

2階にあがれば、絶好の眺望で、市内を一望に遠く海まで臨めます。

正門から毛利博物館の玄関までも5分弱は徒歩でかかりますが、玄関入ってすぐに展示室がある訳でなく、旧毛利邸を散策して更にその奥に漸く展示室が登場。
第一展示室は、あれ?これだけ、と思いましたが、渡り廊下を進んでいくと増築部分が第二展示室になっていて、こちらに冒頭にご紹介した雪舟「山水長巻」をはじめ、「古今和歌集 巻八(高野切)」(国宝)、鎌倉時代の大和国で活躍した当麻(たいま)の刀身に、最古級の拵(こしらえ)がつく 「菊造腰刀」(国宝)、日本国王之印・印箱(重文)などの名宝が並んでいました。第一展示室、第二展示室と合わせて60点程の作品が展示されています。

「山水長巻」は今思い返してみれば、16メートルもあったのだろうか?と思うほど、端から端までじっくり観てもあっという間で春夏秋冬、それぞれの四季の様子を水墨と薄い彩色で描いています。
描かれている建物や人物の姿は唐様で中国風だが、景色は日本のもの。
個人的には夏の海に船が何艘も浮かんでいる、穏やかな風景が好きでした。ほのかに青が使われているのも涼やかで好ましい。季節の変わり目がそれと分からぬほど巧みにつなげられているのも雪舟の構成力のなせる技でしょう。
全体として、宋代の絵画技法を駆使しているが、構図や景色に雪舟のオリジナリティが発揮されています。

この「山水長巻」は、来年4月14日~5月27日にサントリー美術館で開催される「毛利家の至宝 大名文化の精域」展に出品される予定です。恐らく期間限定の展示になると思われますが、混雑必至それでも必見ものです。

幸いにも今回は朝一番に入館したおかげか、展示室は私ひとり、山水長巻はじめ他の名品も独り占め状態でじっくり堪能しました。
展示室の奥には休憩スペースがあり、居心地の良いソファが配置され、窓から毛利庭園を眺めることができます。
こうした古美術の展示室で外光が入るようになっているのは、なかなか珍しく(奈良の大和文華館くらい?)庭を観て、お宝を観るという至福のひとときを得られました。

毛利邸をひととおり見学後、毛利庭園へ。
面積7,934m2と巨大なひょうたん池を有し、春には桜、秋には紅葉を楽しめます。

毛利庭園

生憎私が行った時は雨、雨にそぼる緑もまた趣はありました。
毛利庭園の詳細はこちら

やっぱり思いきって出かけて良かった、そんな風に思える素晴らしい博物館でした。

開館20周年記念展 「伊東深水-時代の目撃者-」 平塚市美術館

開館20周年記念展 「伊東深水-時代の目撃者-」 平塚市美術館 10月22日~11月27日 
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/2011206.htm

伊東深水(1898-1972)と言えば、美人画の巨匠として知られる日本画家であり、女優:朝丘雪路の父としても有名です。

東京印刷の活字工として働いていたが、日本画家の中山秋湖に日本画を習い、1911年わずか13才でにこちらも美人画の巨匠と名高い鏑木清方に入門。めきめきと力を付け、1913年には巽画会1等褒状、1914年に再興第1回院展に『桟敷の女』が入選し、漸く印刷会社を退職している。

本展では、長らく不明であった出品作など初公開を含む初期から晩年までの約100点で、女性風俗画家としての側面、社会の労働者や貧困層を写し取った社会派画科としての一面、また大正新版画運動への取り組みなど新たな深水像を紹介するものです。

基本的には制作年代順に並んでいるが、テーマごとに分かれており多少の前後はある。

冒頭は13歳の墨画「枇杷」、ここまではまだ良かったが清方への入門後に描いた「新聞売子」1912年に目を見張る。
勤労少年をとらえた作品で、無論美人画ではないが、モチーフの選択に自身の境遇を重ねたのではないか。
なお、この時代の作品でかの関根正二(早逝の天才画家と言われている)と交流があり、関根をモデルにした作品もあるそうで、図版は図録に掲載されていたが出展はない。記憶がおぼろげだが、所在不明だったかもしれない。
関根正二と伊東深水の交流、こちらも非常に興味深い内容ではあるが、ここではひとまず脇に置いて先に進む。
「乳しぼる家」「寒鮒釣り」では、風景画とも言えるような農村風景などが牧歌的な雰囲気を湛えつつ暗い色調で描かれている。

初期作品で、それ以前もそれ以後でも見られない作風の1点「大島の黎明」1916年愛知県美術館蔵が印象に残った。
愛知県美の所蔵作品に伊東深水の日本画、しかも縦が156.0センチとかなりの大幅で、画面一面に雨なのか、クレバスのような筆触の線で一杯になっている。
解説によれば、当時人気の今村紫紅の影響とのこと、言われてみればそんな気もするが、他の作品と比べると違和感が大きい。自分の画風を得るまで、様々に試行錯誤していたのだろう様子がうかがわれる。

美人画として最初に本展で登場するのは「笠森お仙」1917年。茶屋の娘だろうか、何とも言えない色香が襟元から立ち上がる。
そして、どんどんこの路線を突き詰めていった結果、「指」1922年(平和記念東京博覧会美術展2頭銀杯)を完成。

これぞまさしく着エロの極みだろう。
平塚市美訪問の前日夜、名古屋の朝日カルチャーセンターで藤原えりみ氏による「西洋絵画を視る?-裸体表現の歴史」第2回講義後、参加者の皆さまがtwitter上で議論を交わされる中、「着エロ」の存在を知った。
*第2回目講義は、体調を崩したため受講できず。
裸体ではなく、薄い黒の単衣をまとっている日本髪の女性。単衣と言ってもあまりに薄い、夏物なのか、単衣の下に来ている白の下着とほのかに赤く染まるやわ肌が透けて見えているではないか!
漆黒の日本髪の女が長台に座ってじっと見つめる左手の薬指には指輪が。。。
はぁ、たまりません。モデルは深水の妻である好子氏、新妻の姿を描いたということだろう。

これが、前日に知った「着エロ」というものか。西洋美術だけでなく日本画の世界にもしっかり取り入れられている。
本作を観て、喜多川歌麿の美人画、彼もまたこうした透けを活かした色気表現が上手い絵師、を思い出した。

同じく透け感を出すのが上手く美人画の巨匠として名高い上村松園、彼女の美人画と深水の美人画を比べると明らかに受ける印象が違う。深水の方にはしっとりとした、しっとりし過ぎる程の情緒がある。
松園はきりっとした美人、気品ある美人もしくは、妖艶といっても妖しい美を描くのが上手かった。

こうした美人画が深水を美人画の巨匠とされた所以なのですが、それだけでは終わらない。

「婦女潮干狩図」1929年(昭和4年)の6曲1双屏風では、大画面に9人もの若い女性の群像を描きあげる。構想力にひいでているのが本作でよく分かる。
9人中2人は洋装、洋装2人のうち1人は当時流行していたモダン・ガールそのまま。
頭にぴたっとした赤い帽子、ローウェストのワンピース、頭髪は短めのボブ。
その一方で和装の7名は職業も様々だろう、芸妓、茶摘み?の女性、ご令嬢風と和装は和装でもてんでに違う。
9名の女性達は当時の日本女性でよく見かけるスタイルを反映しているのだろう。

なぜ潮干狩りなのかは不明だが、潮干狩りする9名の女性全身像、中央の女性が後ろ向きであること、女性の帯が鮮やかな黄色地に菖蒲紋であり着ものの裾をあげており赤い襦袢が目にも鮮やか。

そして、これが深水の日本画!?と驚いたのは「さくら」1939年6曲一双屏風の大作である。
大島に2度出向いて取材した作品。何と言っても右隻全体を覆っているような桜の巨大な樹幹、根に目を見張る。
桜と言えば、通常桜の花をメインに描いたものが多いが、深水が注目したのは、花を咲かせるために絶対的に必要な樹幹の生命力だった。
故に、巨大な根元と幹をクローズアップし、枝は画面に描かずとも、鑑賞者の頭の中でイメージが浮かぶであろうことまで考え及んでいたのかもしれない。いや、そんなことはどうでも良かったのだろう。
図録によれば、この「さくら」御舟の桜の作品を意識して描かれたものらしい。速水御舟という天才が与えた影響の大きさは計り知れない。

新出作品のひとつ「皇紀二千六百二年婦女図」は、戦時下での女性の服装をデザインしお手本とされた。
3名の女性のうち1人が着用している洋服の小豆色は、業者が誤って作りだした偶然の産物らしい。深水は、本作品を描いた直前に描いた作品を「戦時体制において不適切な表現」として指導されている。
汚名挽回というと言葉が過ぎるかもしれないが、深水にとって、太平洋戦争の戦前、戦中は画家生命の危機を感じずにはいられなかっただろう。

戦後の深水作品は、徐々に肖像画の比率を高めていく。

師の鏑木清方を描いた「清方先生像」、ベルナール・ビュフェの作品を彷彿とさせる「黒いドレス」-モデルは大内順子氏など、著名人の肖像画も多く手掛ける。

ところで、戦後作品の中で新出作品として紹介されている「巷は春雨」1955年(第6回日月社展の習作)は4面の額で展示されているが、本作は習作であって、完成作は、福富太郎コレクションの「戸外は春雨」なのだろうか。
両作品とも日劇ミュージックホールの舞台裏を描いており、両方並べていないので分からないが、同内容が描かれていると記憶している。福富太郎コレクションは、今年の3月にそごう美術館の展覧会でも公開されているので、新出作品とはならないだろう。本図と習作との関係と考えて良いのだろうか。

展示会場前半には、深水が手がけた新版画のコーナーと後半には、1943年戦時下に南方に出かけた際の風俗スケッチの展示がされている。

深水の新版画は、大正新版画の展覧会で既に何点か見ているが、本展ではこれまで見たことのない作品も含め22点も出展されていたのは嬉しい。
美人画だけでなく、「近江八景のうち 粟津」、「神立前」、「真昼」、「屋上の狂人」など風景画、詩的表現とモチーフは非常に幅広いことが分かる。

興味深いのは、深水が版画制作に向かったきっかけで、前日にアップした川合玉堂(深水とは25歳玉堂の方が年上)のアドバイスで、当時既に人気が出始めていた日本画を離れ、挿絵や版画を手掛けたという。

版画制作では色彩への試みを行い(本展でも色の異なる摺違いの版を紹介しているので要注目)、その成果を日本画に戻った際に活かしていく。
深水にとっては画業を深める上で、その表現の幅を広げるに版画制作が有効だったといえよう。

なお、11月13日(日)14時~15時半 ミュージアムホールにて、以下の講演会が開催されます。
「伊東深水の芸術」(申込不要、先着150名) 講師:平塚市美術館館長 草薙奈津子

また、11月12日(土)、11月26日(土)いずれも14時~ 展示室にて担当学芸員による解説があります。

「川合玉堂展 描かれた日本の原風景」 神奈川県立近代美術館 葉山

玉堂展

「川合玉堂展 描かれた日本の原風景」 神奈川県立近代美術館 葉山 10月22日~11月23日
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2011/gyokudou/index.html#detail

川合玉堂(1873-1957)は、現在の愛知県一宮市木曽川町に生まれ、その後岐阜へ転居、望月玉泉門下、後に幸野楳嶺門下で円山・四条派を学び、23歳で上京し橋本雅邦に師事。
玉堂は、円山四条派と狩野派を融合し、新たな境地を日本画に開拓したとされている。

地元愛知県出身の画家であり、本展にも複数出展されているが、岐阜の「鵜飼」を描いた作品をよく見かけるのですっかりお馴染みの日本画家になった。
元々、花鳥画より山水画の方が好きな私にとって川合玉堂は好きな日本画家のひとり。

本展では、玉堂の生涯を「山水画」の時代、「風景画」の時代、「情景画」の時代の三期に分け、約100点で紹介するものです。

第1章「山水画」の時代(~明治30年代)
初期作品で驚くのは≪家鴨図≫東京国立博物館蔵(本日まで)の構想力。
単に写生して描くだけではない、画面構想の力をわずか20代前半で既に身につけている。
横幅172.0、縦253.0センチの大幅である。並々ならぬ才能の持ち主であると分かる1点。

写生帖が多数出展されており、風景だけでなく、仏具の写生も余念がなく、そして言わずもがな非常に上手い。

また「晩帰」「奔瀑遊猿」などを観ていると、余白が画面の半分を占めており、もちろんそこには空気や大気、雲、空といったものを描いているが、画面びっしり描きこんだ作品が出展されているものに限れば少なかった。

第二章 「風景画」の時代(明治40年代~昭和前期)
ここからがいよいよ玉堂の油が乗ってくる時代。
「二日月」で入選を果たし、「深山濃霧」東京国立博物館蔵、これも大幅であるが、白く樹皮の剥けた大木を中心に据え、濃霧のたちこめる山の風景を描く。山間に流れる小さな川のせせらぎまで聴こえてきそうな素晴らしい水墨画。

同じく「瀑布」、思わず頭を突っ込みたくなるような激しい2段の滝、水煙があがる迫力。

墨の使い手としての卓越さは金屏風「湖村夕照」光記念館蔵でも発揮。墨のみで金屏風に描いた夕照の風景は墨の濃淡で遠近や空気を描きだしている。

ところで、葉山館での近代日本画展を初めて拝見したが、葉山で日本画?と最初驚いたが、さすがは神奈川近美。
しっかり作品がおさまる特注ケースに入れるか、もしくはケースなしで展示されている作品もかなりあって、ガラスなしで日本画を拝見できる喜びを味わった。

玉堂と言えば私の大好きな「行く春」東京国立近代美術館蔵(重文)を忘れてはならない。
本展では小下絵も合わせて出展されており、水車の配置を苦慮していた様子がうかがわれた。
それにしても、何度見ても素晴らしいの一言に尽きる。
ゆったりとした空間で見る「行く春」は、殺伐とした日常を忘れさせてく7れる。
散りゆく桜の花びらがいとおしく、物悲しく、1枚1枚の花弁がガラスを越えて鑑賞者に降り注ぐような気持さえして来た。

異質な作品としては「小雨の軒」個人蔵。筆者はどこからこの場面を観ているのか、その視線の位置が気になる。
俯瞰しているような構図。

玉堂の描く風景には、ほぼ必ず小さく人物が描かれている。
日本のミレーと呼びたくなるような、田植えの風景だったり、農作業や漁を終えて家路につく人々であったり。
玉堂の視線は自然とともに山村、漁村の人々にあったことが良く分かる。
第二章に描かれている人物はほとんど、ごく小さく描かれている。
しかし、第三章以後では、そこに変化がみられる。

もうひとつ、1941年から1945年の太平洋戦争のさなかにおいても玉堂は風景画を描いている。よく材料が手に入ったものだと思う。
中に1点、戦時の風景を描いた作品「祝捷日」。祝捷とはお祝いの日という意味。
戦勝の報に湧く、これも農村の風景を牧歌的に描く。戦時中というのに、どこかほのぼのとした印象を損なわないのが実に玉堂らしい。

しかし、気になったのは戦時中の玉堂の作画である。国威高揚のための制作はなかったのか、「祝捷日」のような穏やかな作品だけを残したのかが分からない。本展のサブタイトルは「描かれた日本の原風景」ということもあり、最初から最後まで作品を追っていくと似たような風景の作品が多い。
原風景の中になぜ富士山を描いた作品が含まれていなかったのも疑問だった。私は日本画に描かれた富士山を見るとどうしても国威高揚をイメージせずにはいられない。
検索すると、玉堂も富士山の絵を描いているので、1点でも展示していただきたかった(展示替えであったのだろうか?)。

第三章 「情景画」の時代(昭和後期)
この頃にあると、初期そして第二章で見せていたような画面の緊張感や厳しさが和らいでくる。
そして、人物が画中に対して徐々に大きくなってくることに気が付く。

玉堂は戦後、風景メインでなく人物メインで景色を背景に取り入れているように見えた。
「夏川」個人蔵、「秋晴」西宮市大谷記念美術館、「屋根草を刈る」東京都蔵、などこれまでにない人物の詳細な描写があり、より人々の生活に寄り添っている作品が頻出する。

1957年(昭和32年)「出船」で絶筆。
海原に向かおうとする船は、玉堂を浄土へと運んでくれただろうか。

葉山で玉堂展を観ることができて良かった。気持ちよく、ゆったりと鑑賞できました。それこそが、玉堂作品を味わうには必要な環境だと思います。

*一部の作品に展示替えがありますのでご注意ください。

「雪舟 花鳥を描く 花鳥図屏風の系譜」 島根県立石見美術館 はじめての美術館93

雪舟

「雪舟 花鳥を描く 花鳥図屏風の系譜」 島根県立石見美術館 10月22日~11月23日 会期中無休
http://www.grandtoit.jp/museum/exhibition/special/sesshu-kacho/index.html

旅の順序と記事の順序が齟齬して申し訳ないのですが、いきなり山口県から島根県に飛びます。
島根県立石見美術館は、旅の最後、3日目の朝に訪問しました。
まず、会期中毎日先着20名にいただけるという雪舟展オリジナル「ミニふろしき」をGET!
恐らく、梅の花をイメージしたと思われる紅色と白の大きな花模様のふろしきです。これは嬉しいプレゼント。

会場構成、展示もテーマカラーは赤と白で統一されていました。
島根県立石見美術館は、グラントワと呼ばれる島根県芸術文化センターと同美術館の複合施設で、内藤廣が設計。
外観は鱗のような瓦が壁面にもびっしり貼られていて、非常に目立ちます。
中に入るとシックな内装、茶褐色で統一された館内には、本展のテーマカラーである紅と白はよく映えます。

グラントワ

さて、本展は雪舟作品の中でも、特に花鳥図屏風をメインにその系譜を考察するものです。
2002年に京博・東博で開催された「雪舟展」、2006年に山口県立美術館で開催された「雪舟への旅」展、この2つの重要な雪舟展を観ていない(2002年はまだ美術ファンではなかったし、2006年は仕事で忙殺されていた。)のですが、2002年の「雪舟展」の図録は持っていて、なるほど図録を見ると花鳥画は出展作品も少なく、本展は、先に開催された大きな雪舟展の間隙を縫うような内容だと思われます。

第1章 雪舟と室町時代の花鳥画
冒頭、雪舟真筆と唯一認められている(2002年では可能性が非常に高い、になっているが、いつ確定したのか?)≪四季花鳥図屏風≫京都国立博物館蔵(小坂本・小坂家本)がお出まし。
いきなり、お手本のような作品がど~んと広々とした空間に配され、反対側には長椅子が置かれ、鑑賞者はじっくり椅子に座って屏風を眺めることができます。
この屏風を見たことがあっただろうか?京博には何度も行っているけれど、常設で見ていなければ、恐らく初見。
何しろ、鳥の縦のライン、立ち姿が真っ先に目に入ります。
鶴をこんな風に縦長に捉えたのは雪舟が初めてではないでしょうか、実際に鶴はこんなポーズをしているのか、その生態さえも気になって来ます。
右隻から、春夏、左隻は、秋冬とのことだが、私の目には2つの季節しか描かれていないように見える。
特に好ましいのは左隻。雪をかぶった大樹や薄?らしき枯れ草の風情が、あたり一面雪景色となった時の静けさが感じられ、凛とした空気が伝わって来るようです。
左隻には梅鶯が描かれており、だから展覧会のテーマは紅白梅カラーなのか!と納得。

一方右隻は、右端に描かれた奇妙に曲がりくねった大樹に引き付けられつつ、ほぼ中央に上方から伸びた松の細枝がするりと画面をさえぎるように垂れているのも面白い。
中央寄りの左隻に、はらりと舞い降りる白鷺が一羽。

花鳥画を観ていると、画中でバードウォッチングしているような気がする。どこに鳥がいるのかな、とあちこち探す時の楽しさ。思わぬところに見つけると嬉しくなったり。特にこの作品では画面背景と鳥の色が馴染んでいるものがいたり。
本作の最大の見どころは、やはり構図ではないでしょうか。
鶴のポーズもそうですが、モチーフの配置と描き方の妙は他の追随を許しません。不思議と奥行き感も感じられる。

本作品の所蔵について、1483年に益田宗兼の就禄祝いとして描かれたという通説が一般であるが、図録解説ではこれに疑問を呈している。室町時代にまでさかのぼって石見国益田の益田家にこの屏風があったという物的証拠は、現時点で何もないとしている。ご関心があれば、図録をご一読ください。

また、個人的な関心として、小坂本の小坂とは誰のことかが気になって、さる方に伺ったところ、政治家とのこと。
調べて見たら長野市の名士、政治家でもあり実業家でもあった小坂順造氏が旧蔵されていたと分かった。京博所蔵品になったのは平成14年度。

次は、同じく雪舟落款の≪四季花鳥図屏風≫前田行徳会蔵と永青文庫蔵(11月4日迄展示)のもの、2点。
並べて見ると、構図や画面に登場するもののなど違いがよく分かる。

更にこの後、(伝)狩野正信筆≪竹石白鶴図屏風≫真珠庵蔵、藝愛筆≪四季花鳥図屏風≫京都国立博物館蔵、狩野松栄≪四季花鳥図屏風≫山口県立美術館蔵、と並びます。

こうして、花鳥図屏風の系譜を狩野派まで辿って行くと、徐々に画面が平坦にかつ装飾的になって行くのが分かります。
冒頭にあった雪舟の四季花鳥図屏風のような緊迫感、緊張感は消え、豪奢で華やかな花鳥図へと変遷している。

これは時代が、時の権力者が求めた故なのでしょう。
権力者のお抱え絵師ともあれば、将の欲するものを望み通りに描くのが仕事。
今回展示替えで拝見できませんでしたが、11月5日~23日まで展示の可能松栄≪四季花鳥図屏風≫白鶴美術館蔵の絢爛豪華さたるや描かれている鳥も、もはや鶴のような地味な鳥は選ばれず孔雀や鳳凰となっているのも面白い。
四季の違いもより明瞭に分かりやすくなっている。

藝愛筆≪四季花鳥図屏風≫京都国立博物館蔵(重文)、藝愛も室町時代の絵師とのことだが、あまり名前をきかない。狩野派の屏風よりあっさり仕上げていて、雪舟に比較すると明らかにひ弱い。

第二章 中国(元・明)の花鳥画
第二章では、雪舟が学び参照したであろう中国花鳥画を紹介。
雪舟筆≪梅花寿老図≫東京国立博物館蔵は、雪舟の数少ない着色画のひとつ、真筆ではなく模写の可能性も高い。

根津美術館から伝馬遠≪林和靖図≫、伝銭選筆≪梨花小禽図≫はじめ他1点の中国画が、また東博からは名品、呂紀≪四季花鳥図≫(春)が出展されている。ただし、呂紀は、雪舟より20歳も年下とのこと、両者の接点を見出すのは難しいだろう。また、参考となる中国花鳥画から類似の表現、例えば植物の描き方など部分部分を導入し、独自の構図を編み出したということか。

第三章 雪舟と江戸時代の花鳥画
最後に室町時代から江戸時代へと時代を移して、花鳥画の日本への伝播を探る。
狩野探幽、雲谷派の絵画である。
確か、昨年だったか雲谷派の展覧会があったと思うが、一度まとめて大規模な展覧会を観てみたい、と本展で改めて感じた。
探幽は縮図で雪舟の≪四季花鳥図屏風≫らしき作品を写し、雲谷等益もまた同作品をもとに描いた≪春冬花鳥図屏風≫東福寺蔵。後者はことに巧みで、これはこれで良いのではないか、幾分もっさりしてはいるが。
特に雲谷派≪四季花鳥図屏風≫菊屋家住宅保存会蔵は、形式ばってはいるもののダイナミックな水流を配した力強い景観を描き出している。


さて、図録は2000円の横大型で掲載論文1本はちと寂しい。
本展は綿田稔氏(東京文化財研究所 広領域研究室長)が手がけられたようで、冒頭論文から作品解説まですべて綿田氏が手がけられています。
すなわち、綿田氏の研究成果のお披露目のような企画展だったのではないかと思われ、他の研究者の意見も論文掲載していただきたかったです。

*会場に作品リストの用意がないため、必要な方は事前に上記サイトの「出品作品」下部の出品リストを持参されると良いです。本展の巡回はありません。

ヨコハマトリエンナーレ2011 新・港村~小さな未来都市 新港ピア

ヨコハマトリエンナーレ 新・港村~小さな未来都市 新港ピア 11月6日迄 
http://shinminatomura.com/

気が付けば、ヨコハマトリエンナーレ2011も残すところあと3日!
もう終わってしまうのですね。
いまだ黄金町エリアには行けておらず、このままだと行けずに終わってしまう可能性も。。。
その前に、新・港村について簡単に感想を残しておこうと思います。

新・港村へは、BankARTからシャトルバスに乗って向かいましたが、土日や祝日は会期末のため混雑しており、バスの座席数はそれ程多くないため、1度に乗れない可能性大。10分~15分間隔と本数も少ないので要注意です。
新・港村の最寄駅は、馬車道か桜木町なのですが、両方使ってみたところ、JR桜木町までの道のりの方が散歩には楽しいです。しかし、かなり歩く。15分は最低必要です。
新港ピアという波止場の端っこにある、この建物は、正面から見るとそれ程大きいようには見えませんが、奥に長く続いているため、見た目以上に広い空間です。

受付にはなぜかいつも1人しかいらっしゃらず、閑散とした印象が私にはあります。
更に「雑然」という言葉がぴったりのカオスぶり。

いまだ工事中、もしくは完成形のない世界が、この会場の売りなのかもしれません。
建築家やアーティストによってデザインされたこの空間の電力は太陽光発電と充電システム、また楽しみながらの人力発電と未来を志向したエネルギー対策を採用。
ある時はパフォーマンス、又ある時はレクチャー会場、ラジオ放送も行われ、用途が時々に応じて臨機応変、常に変貌している生き物のような空間です。

私が行ったのは、中谷ミチコさん、潘 逸舟さんの個展がUNDER35ギャラリーで、「横浜を撮る!捕る!獲る! 横浜プレビュウ」を会場全体で展開。

中谷ミチコさんの個展は、森の狼のレリーフは良かったのですが、VOCA展にも出展されていた白のレリーフと樹脂を組み合わせた作品、ドローイングなど全体としてひ弱な印象を受けました。

「横浜を撮る!捕る!獲る! 横浜プレビュウ」では、鈴木理策さん、石内都さんの写真の展示方法が面白く、お二人の写真は設置されたインスタレーションのような装置を作品を探しながらグルグルと回っていく、歩きながら作品を見つける展開が新鮮でした。
中でも、石内さんのスナップショットは初めて拝見し、こんな写真も撮影されるんだなと驚きました。
鈴木理策さんは、最近よくお見かけする小さめの写真連作で横浜を撮影。こちらは、いかにもといった印象を受けました。焦点の合わせ方、街の風景、風が見えるような写真というのは漠然としていますが、街の空気や香りを感じます。

他に参加されている写真家の方々、佐藤時啓さん、中平卓馬さん、楢橋朝子さんらも、拝見してそれと分かる写真で、皆さん個性を発揮。

その一方で1980年代生まれの若い写真家4人による「拡張される網膜」も同時開催。
エグチマサル、藤本涼、横田大輔、吉田和生で、この中で私が知っていたのは、藤本涼さんですが、作品数がやや少なかったのは残念ですが、なかなか楽しめました。本展のための折り込み?ニュース状のパンフレットはカッコ良かった。

最奥は休憩スペースやブックショップ、カフェがあり、お酒をいただくこともできます。
外に出て、海を眺めつつぼーっとテラスでのんびりしていた夜は、とても気持ち良かった。

アートと建築が融合した空間として、新・港村のようなアウトプットはひとつの形式ではあると思いますが、奥のスペースを除き、落ち着かないなというのが正直な感想でもありました。

視線を通じて世界と繋がる。― 視線入力技術 LabACT vol.1「The EyeWriter」他 YCAM

YCAMLab  

前回の続きです。

さて、YCAMは映画だけではありません。
メディアアートでも最先端を走っています。YCAMの最大の特徴は、既存の優れた作品の紹介にとどまらず、アーティストが、YCAMの専門スタッフとコラボレーションを行い、表現の可能性を探求した新たな作品を共に制作していることです。
制作セクションは「YCAM InterLab」と呼ばれ、例えば現在東京初台のNTT インターコミュニケーション・センターにて、三上晴子「欲望のコード」もYCAMとのコラボ作品です。

たまたま2時からギャラリーツアーがあったので、参加することにしました。
ここでは、教育スタッフが常駐されていますが、今回はたまたま企画展示のアシスタントキュレーターの方にご案内いただきYCAMの展示作品紹介を伺いつつ作品鑑賞です。
受け身ではなく、参加者も発言する双方向型のツアーで、これも参加して良かった。
メディアアートは、作品を鑑賞するというより体験する感覚に近いですが、どんな意図でその作品が制作されたかを知るか知らないかで作品の楽しみ方も変わって来ます。

最初にご案内いただいたのは1階の展示室ではなく階段下の踊り場のようなフロアで開催されていた以下の展示。
3つのブースが並んでいます。
・視線を通じて世界と繋がる。― 視線入力技術 LabACT vol.1「The EyeWriter」 12月25日迄
http://www.ycam.jp/art/2011/03/labact-vol1-the-eyewriter.html

各ブースでは、視線による描画装置を開発するプロジェクト「The EyeWriter(ジ・アイライター)」の装置(3つとも全て異なる)を紹介。
オリジナルの「The EyeWriter(ジ・アイライター)」は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で体が麻痺したアメリカのグラフィティアーティストが「再び絵を描けるように」という願いをきっかけに、2010年に始まったプロジェクトで、開発後、フリーソフトとしたため、初期技術を自由に応用発展させ、本展ではエキソニモ「EyeWalker(アイウォーカー) 」 、セミトラ「eyeFont(アイフォント) 」 (いずれもYCAM委嘱作品)ら2つのアーティストユニット新作を「The EyeWriter」と共に体験できる。
大人より、子供たちに人気のようで、私が行った時は子供たちが熱心に画面に向かっていた。

実際に体験しないとこの感覚を言葉にするのは難しいが、簡単に言えば、視線で画面上をクリックできるシステム。
眼で触れる感覚を味わうことになる。以外に慣れると視線の操作が楽になる。1日目と2日目、2回やってみたが2日目の方が簡単に、早く視線を扱うことができた。
視線で触れる感覚は、むずかゆいような脳内刺激をもたらす。はっきりとした触角は瞬きした時、上まぶたと下まぶたが接した瞬間に体感するのみ。
普段はできない体験だったが、未来にはマウスなしで視線でパソコンをコントロールする日が来るかもしれない。
作品としては、エキソニモの視線で空間散歩できる「EyeWalker」が面白かった。

黒川良一

・黒川良一 「rheo: 5 horizons」 11月13日迄
http://www.ycam.jp/art/2011/03/scopic-measure-13.html

2階のスタジオで上映されていたのが上記作品。
こちらは音に触れる体験が可能な作品。黒川良一はベルリンを拠点に活躍する映像/音響アーティスト。
本展では、5チャンネルのサラウンドシステムと5台の大型モニターによって、時空間における「彫刻」を創り上げるインスタレーションを紹介。
5チャンネルのサラウンドシステムが強烈で、よく「音波」というが、大音響の波動が目には見えないけれど、身体を貫くような感覚がある。突然の音にびっくりして、跳ね飛ばされるような刺激的な作品。
視線は眼前の5スクリーンに流れる風景の映像と抽象的なカラフルな線の集積と流れ。
音をあらわす線描だとのこと。目で身体で音に触れる作品だった。
でも、残念ながら「時間の彫刻」という感想は浮かびませんでした。「彫刻」の概念って何ぞやとここしばらく考えていることをちょっと思い出した。

・sound tectonics installation #3 / #4 出展アーティスト:evala、黒川良一 12月18日迄
http://www.ycam.jp/art/2011/03/sound-tectonics-installation-3.html

磯崎新設計のYCAMは、山口市立中央図書館と隣接し、外観のみならず中に入っても気持ちの良い空間があった。
中庭が2つあり、今回は中庭スペースの床、床下がヴォイドになっているため、スピーカーを埋め込み、5.1chをそれぞれ2つの中庭に用意、evalaと黒川良一の電子音響作品を流している。
何しろ今回は雨が続いて、中庭には天井がないため、雨がそのまま落ちて来る。
中庭にはテーブルや椅子も用意されているので、晴れていればお茶を飲んだり、ゆっくりのんびりできたのですが残念。
床下に設置されたスピーカーから発された音は空に向かって飛び出し、再び頭上に降り注いでくるような、周囲をガラス壁面に囲まれているせいか、反響が強く、どこに音源があるのか俄かにはわかりませんでした。
素晴らしい音響設備であったことは間違いありません。音のシャワーを頭上から浴びているような感覚です。


さて、これらの作品すべてが入場無料。
メディアアートはまだなじみが薄いので、無料にして一人でも多くの方に体験し知って欲しいというYCAMの願いが込められています。

東京だったら、冒頭に視線入力体験は列を作るのではないでしょうか。見ているだけではなく、実際に体験してみて分かること、今回の展示はまさにその好例でした。

次回は是非パフォーマンスやライブコンサートをきっかけに再訪したいと思います。

なお、YCAMのサイトでは分からなかったのですが、センター内にはカフェもあり喫茶、軽食は可能です。

YCAM 山口情報芸術センター はじめての美術館92

YCAMこと山口情報芸術センターへ行って来ました。
公式サイトはこちら

かねてよりこの施設については気になっていたものの、情報芸術センターとは?美術館とは違うの?と疑問に思っていました。

今回、伺うきっかけになったのはYCAMシネマと呼ばれる映画館で、情報芸術センター内にある公共施設。
http://www.ycam.jp/cinema/index.html
ここでは毎月特集映画を中心として、YCAMの映画担当の方が厳選した映画の上映を行っています。
そして、10月はハルーン・ファロッキ特集!

ハルーン・ファロッキ(ハルン・ファロッキともいう)監督(Harun Farocki)特集はこの夏、東京のアテネ・フランセで開催されたのですが、この時期ちょうど仕事が多忙で、土日も他の展覧会を優先させたり、遠征したりで結局1本も観ることができませんでした。
twitterでの評判も良かったので、あいち芸術文化センターの映像ライブラリにないのか探してみましたがなし。
かなりコアな監督で一般受けするような映画ではないからか、恐らくレンタルDVDも期待できないと諦めていたのです。

ところが、山口県内の美術館をあれこれ調べていたら、YCAMでの特集を知り急遽1泊追加。山口県まで行って、何も映画を観なくても他に観光する所はいくらでもあるでしょう、と言われたらそれまでですが、何を重視するかは本人の価値観の問題。名所旧跡は逃げませんが、ファロッキ特集は次にいつ観られるのか、しかもお値段がファロッキ作品9本で1000円+本人が出演しているストローブ=ユイレ監督『アメリカ(階級関係)』1本(無料)と格安。期間中、1000円ですから曜日が違っても1度買ったチケットは使用できると知り再び驚きました。
更に、10月29日(土)にはキュレーターの阿部一直氏によるレクチャー「ハルーン・ファロッキへの視点」が開催され、こちらも非常に楽しみで、実際にファロッキの育った環境、思想から始まり、影響を受けた映画監督、例えば前述のストローブ=ユイレやロベール・ブレッソンだったり、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督(ヘルツォーク、ファスミンダー、フォルカー・シュレンドルフ、ヴィム。ベンダースらの紹介とファロッキとの共通項、ギー・ドゥボールやゴダール映画との違い、などなど関係映画の上映も含めて、2時間を超える素晴らしいレクチャーでした。

あいトリの映像プログラムで漸く、ストローブ=ユイレやロシアのアレクサンドル・ソクーロフの映画を初めて観た私にとって、今回のレクチャーは願ってもない貴重なものでした。
これから観ておくべき映画監督や興味を持った監督やあいトリ以後少しずつ観て来た映画がつながってきて、それが何より嬉しかった。やはり映画を観るだけでなく体系的な知識やファロッキ作品であれば、特にどんな点に注目して観るとより作品を楽しめるのか、これがあるのとないのとでは違うなと改めて感じた次第です。

あいちトリエンナーレの映像プログラムは本当に有意義な内容でしたが、今回のようなレクチャーがあればもっと楽しめた筈。
しっかり、ノートを取ったので。これからも紹介のあった映画など、コツコツ観て行こうと思います。

ファロッキ9作品のうち、今回鑑賞したのは
・「この世界を覗く-戦争の資料から(世界の映像と戦争の刻銘)」1988年
・「ルーマニア革命ビデオグラム(ある革命のビデオグラム)」1992年
・「労働者は工場を去って行く」1995年
・「監獄の情景」2000年
・「隔てられた戦争(識別と追跡)」2003年
他にダニエル=ストローブ「アメリカ(階級関係)」
この中では最初の「この世界を覗く-戦争の資料から(世界の映像と戦争の刻銘)」、「ルーマニア革命ビデオグラム(ある革命のビデオグラム)」、「監獄の情景」が忘れがたい。
過去の膨大な映像から取り出したショットをモンタージュし、特徴的なのはスクリーンンに同時に4画面が登場したり、ひとつの画面に二つのスクリーンが登場したりします。
音楽は使用されず、淡々とナレーションだけが流れる。
何より、ファロッキは「手フェチ」とレクチャーで教えていただき、「手」の使用を注視すると、出るわ出るわ、手のアップシーンが非常に多いことがよく分かりました。
「手「」がクローズアップされると、こちら側は何かしら「触る」「触れる」イメージを想起させます。
ファロッキの「手」が記号的に用いられている、これは無意識か意識的なのかは分からないが興味深い点でした。

ひとつ難点を言えば、この映画施設の椅子の傾斜はほとんどなく、長時間座っていると疲れてくること。贅沢は言えません。クッションは良かったし、個人の好みの問題でしょうか。

なお、11月は『エッセンシャル・キリング』のイエジー・スコリモフスキ監督特集。12月はワイズマン監督特集と観たい作品がぞろぞろ続きます。
『エッセンシャル・キリング』は私も観たのですが、これまた衝撃作品で台詞なしでたんたんと人間の本能、野性について考えさせられた映画。旧作4本と合わせての上映で、山口にいたら間違いなく通っています。

YCAMシネマのようなものが、なぜ愛知県芸術文化センター内にないのか、残念でなりません。
首都圏ではない地方都市ではどんどん映画館が減少し、中でも娯楽映画以外の作品上映の機会は得られません。
娯楽映画ももちろん楽しめますが、映画の魅力はそれだけではない、ことを知る場所が必要です。
「民間」ができないことを「公」が行うことこそ、文化行政の一つのあり方ではないのでしょうか。
YCAMは地方の文化行政事業として、市民の教育的側面、文化育成において非常に有意義な存在であると感じました。

*展示作品については次回へ続く。
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