スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011年 私が観た展覧会ベスト15

いよいよ今年も残すところ5時間を切ろうとしています。
2011年、震災という未曽有という言葉さえ陳腐に感じるような事態が大きくのしかかり、そして現在も事態の収束は見られないという不透明で不安な状況に置かれています。
そんな中でも、展覧会が開催されそれを楽しむことができたということに、ただただ感謝するばかりです。

僭越ながら、以下「2011年私が観た展覧会ベスト15」を挙げます。分母が多いため、10に絞らず15としました。選ぶにあったて、自分に新しい発見や学びがあったこと、もう1度観たい気持ちが強いことを重視しました。

そして、この記事を最後に暫く「あるYoginiの日常」の更新をお休みさせていただくことにしました。
休載期間は決めておりません。再開があるかどうかも分かりませんが、恐らく長い休載となると思います。
これまで拙い文章と内容で画像もない記事であるにも関わらず、読んでいただいた皆さまに心から御礼申し上げます。

それでは、皆さま良いお年をお迎えください。そして、来年が実り多き1年となりますように!

<2011年 私が観た展覧会ベスト15>

第1位 「ジャクソン・ポロック展」 愛知県美術館
日本初のポロック回顧展。初期から晩年の作品までポロックの画業を知る上で重要な作品を集めている。これだけの作品を集めた展覧会は今後難しいのではないかと思う。また、個人的にも関心の薄かったアメリカ抽象表現主義作家やそれ以後の作家について考える機会を与えてくれ、視野を広げることとなった。

第2位 「五百羅漢 増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」 江戸東京博物館
ポロック展を観るまでは、本展のベスト1は揺るがないものと思っていた。空前絶後、100幅全部を一堂に会した展覧会。しかも、会期が震災とぶつかり、開催延期となり一時開催も危ぶまれたが、無事拝見できて本当に良かった。
成田山の巨大掛軸共々圧巻の内容。今後、益々狩野一信研究が進むことを願っている。

第3位 「菊畑茂久馬 戦後/絵画」 福岡市美術館・長崎県美術館 共催
本日、漸く感想記事をアップ。初期から現在の新作まで菊畑の戦後の活動を余すところなく展観。あまりにも知らないことばかりで、驚きの連続。新作タブロー≪春風≫と初期作品が頭の中でなかなか結びつかないが、それが面白い。

第4位 「黄檗―OBAKU 京都宇治・萬福寺の名宝と禅の新風」 九州国立博物館
今年は九州新幹線が開通し、九州各地で充実した内容の展覧会が頻出した。九博のみの特別展であった本展は、会期中毎日黄檗宗寺院の僧侶が展示会場内で読経をささげ、地元も一致協力していることが伝わってきた。
巨大な仏像、隠元豆の歴史、木魚の秘密などなど、黄檗宗寺院独自の文化を垣間見ることができる素晴らしい内容。
なお、黄檗宗関係の展覧会が日本橋高島屋で1月16日まで開催されているので、足を運びたい。

第5位 「木村武山の芸術」 茨城県天心記念五浦美術館
こちらも、過去最大級の日本画家:木村武山の回顧展。木村武山は、これまであまり大規模な展覧会が行われていないので過去最大級というより史上初に近い。元々、武山の華麗な日本画や優しく華やかな仏画に注目していたので、漸くまとめて拝見する機会となった。会場は、震災の被害により休館し館の復旧にあたっていた茨城県天心記念五浦美術館で、再開記念に相応しい内容だった。また、図録のお値段はお値打ちなのに内容がとても濃いというコスパの良さは嬉しかった。

第6位 畠山直哉展 「Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ」 東京都写真美術館
今年は、名古屋市美の東松照明、国立国際の森山大道など大規模な写真展も各地で開催されたが、やはり畠山直哉のこの展覧会は強く心に残った。自然と人間の営為、そしてはっとするような美しい構図の写真が続く。最後のブラスト連写と横にあった「Bird」シリーズ、そして間にあった震災前後の写真とスライド。私たちが何をすべきかを強く考えさせられた。

第7位 「ジム・ダイン展」 名古屋ボストン美術館
版画の多様性を教えてくれたのが、このジム・ダイン展であった。同時期に愛知県内ではレンブラント展(名古屋市美)、棟方志功展(愛知県美)と奇しくも版画に関する展覧会が3つ揃うという稀な状況が発生していた。中で、一番未知なる経験だったのが本展で、初期から最新作まで網羅。版画でなければできないこと、版画の魅力を改めて見せてくれた。

第8位 「小川待子 生まれたての<うつわ>」&「新・陶宣言」 豊田市美術館
こちらも、現代陶芸を陶芸、工芸という狭い枠から空間に働きかける一つの手段としての扱いで、陶彫の魅力を伝えてくれる内容だった。谷口吉生の建築と小川の組み合わせは秀逸で、陶表現を使った空間インスタレーションだった。同時開催の常設企画「新・陶宣言」もまた、この延長上にある内容で海外、国内の作家で陶表現に取り組んでいる作家をピックアップしての展観。企画と常設がピタリとはまった好企画。また、高橋節郎館の「朱と金と黒の美術」も同様に工芸でなく近現代美術の版画、オブジェ、彫刻などと一緒に展示することで、漆表現の魅力の再考を促すものだったことも忘れ難い。

第9位 「日本画の前衛」 東京国立近代美術館
1938年から1949年第二次世界大戦前後に行われていた日本画の前衛運動を紹介。こんな日本画家たちがいたのか!という驚きの連続。特に、山崎隆が戦場を描いた作品≪戦地の印象≫シリーズにノックアウトされた。

第10位 「メタボリズムの未来都市展」 森美術館
過去に観て来た建築展の中でも最大級のボリューム。合わせて各種講演会、シンポジウム、映像上映会など盛りだくさんの
イベントで展示に留まらず広く関係各位の話を聴いたり、記録する貴重な機会だった。また、本展の開催がなければ「メタボリズム」という建築運動さえ知らずに終わっていた。

第11位 「瑛九展」 埼玉県立近代美術館、うらわ美術館
同一会場だった宮崎県美で拝見していたら10位以内であったかもしれない回顧展。テーマを決めて章単位で構成。エスペラン語の使用、評論活動、そして有名なフォトコラージュ、そして晩年のほとばしるような絵画の大作。知られざる瑛九が次々と明らかにされ、特に絵画のコーナーはうらわ、埼玉近美各館展示作品をまとめて一度に拝見したかった。

第12位 「南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」展 サントリー美術館 
サントリー美術館と神戸市立博物館各館所蔵の泰西王侯騎馬図屏風が横並びで一緒に展示された貴重な機会。顔料などの成分分析、X線照射など化学的検証結果とそれについての見解を発表。南蛮美術と言えば、「BIOMBO」展の印象が強いが、本展では屏風に限らず広く南蛮美術についてを展観していた。未見作品が多数あった。

第13位 「ゼロ年代のベルリン ―わたしたちに許された特別な場所の現在」 東京都現代美術
展覧会初日に行ったので、すべての作品をまだ見ていないが、ベルリン在住のアーティスト作品を映像中心に紹介。マティアス・ヴェルムカ&ミーシャ・ラインカウフ、サイモン・フジワラなどの作品がとても良かった。また彼らのプレゼンを聴くことで作品理解が深まり、水戸芸で消化不良だったマティアス&ミーシャの映像の意図がやっと理解できたのも嬉しい。アンリ・サラの映像もあり、映像は特に充実。映像以外の作品のインパクトにやや欠けるのが残念だった。年明けに再訪したい。

第14位 「瀧口修造とマルセル・デュシャン」 千葉市美術館
瀧口修造とマルセル・デュシャンの交流をテーマに両者の作品を300点以上で展観する質量ともに充実した展覧会。
両者の作品はあちこちで見かけるが、2人に交流があったこと、また瀧口を巡る作家たちなど知らないことがまだまだ沢山あって面白かった。こちらも常設の実験工房作品と合わせて連続して楽しめる好企画。

第15位 「春草晩年の探求」 飯田市美術博物館
長野県信濃美術館「「菱田春草展-新たなる日本画への挑戦」ともに春草没後100年を記念する回顧展。飯田市美術博物館は春草晩年の作品と琳派作品の関係を焦点に据え、単なる回顧展に留まらない研究成果を見せていた。

ブログ「弐代目・青い日記帳」さんの企画クォーターごとのベスト3で挙げたもの。
第1Q ベスト3
日本画の前衛、シュルレアリスム展、佐藤忠良展

第2Q ベスト3
黄檗@九博、五百羅漢@江戸博、ジム・ダイン@名古屋ボストン美術館

第3Q ベスト3
菊畑茂久馬展@福岡市美&長崎県美、 百獣の楽園@京博、 高島野十郎@石橋、ベストサマーコレクション展@セゾン現美、春草晩年の探求@飯田市美博、ベルリン@都現美。次点:棟方志功@愛知県美、橋口五葉@千葉市美、民都大阪の建築力@大阪歴博、フェルメールのラブレター展

第4Q ベスト3
ポロック展@愛知県美、小川待子/生まれたての<うつわ>@豊田市美、木村武山の芸術@茨木県天心記念五浦美術館 

上記に挙げているもの以外で良かったのは、シュルレアリスム展:国立新美術館、「天竺」奈良国立博物館、村山槐多の全貌:岡崎市美術博物館。
現時点で未見なのは、ベン・シャーン展、シャルロット・ペリアン展、「建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ”」展といったところです。 

私的に決めている2011年度美術館賞は千葉市美術館、次点に岡崎市美術博物館を挙げたいと思います。
千葉市美術館は1年を通してヒット展覧会を連発、その充実した内容は他の追随を許しません。更に年会費2000円!で企画展は何度でも無料、図録は10%引きと内容共々充実しています。これなら、多少遠くても通いたくなります。
千葉市美術館友の会詳細はこちら

また、展覧会につきものの図録ですが、今年はよりサイズのコンパクト化が進んでいるように感じました。
「ぬぐ絵画」展(東近美)、「瀧口修造とマルセル・デュシャン」(千葉市美)、「村山槐多の全貌」(岡崎市美博)、「画像進化論」(栃木県美)などの図録がB5版以下です。図録を保存するスペースに限りもあるため小サイズ化は嬉しい半面、図版が小さくなるのは仕方のない所なのでしょうか。

今年も初訪問した美術館は沢山ありましたが、中でも毛利博物館、山口情報芸術センター(YCAM)、島根県立石見美術館は印象深かったです。特に、YCAMではほぼ1日映画<ファロッキ特集>を観て、学芸員の方によるレクチャーまで拝聴し、展示を観てと楽しめ建築だけでなく楽しむことができました。九州の石橋美術館も高島野十郎展ともども記憶に残っています。

来年は東北地方の美術館と九州の未訪美術館を訪ねられたらと思っています。

長々とお付き合いくださいまして、本当に有難うございました。

今週訪れた五浦、六角堂があった海です。

六角堂
スポンサーサイト

2011年 私が観たギャラリー展示 ベスト10

2011年私が観たギャラリーベスト10、甚だ僭越ではありますが考えてみました。
しかし、今年はかつてない程10に絞り込み、その上順位を付けるのが難しく、明日考えたらまた変わっているかもしれない、その程度に考えていただけたらと思います。今年は、関西方面のコマーシャルギャラリー以外でのスペースでの展示がどれもこれも素晴らしく、関西は美術館外のフィールドが活性化している印象を強く持ちました。

第1位 笹本晃 「Strange Attractors」 TAKE NINAGAWA
会期は、2010年12月からであったが、私が観たのは会期末ぎりぎりの2011年1月。昨年のギャラリーベストにも無論入っていないが、彼女のパフォーマンスはこの1年常に私の頭から消えることはなかった。その位、衝撃が強かった。
笹本自身が手がけたインスタレーション空間と用意された物たちを使いながらのパフォーマンス。言語と視覚刺激、そして数式とめまぐるしく展開する話法にとにかく翻弄。また、鑑賞者が何度か場所を移動させられるのも、「聞いてる!?」と発破かけられるのも新鮮。この作品しか知らないので、他の作品を観て彼女のパフォーマンスについてはもっと考えてみたい。

第2位 アンリ・サラ Kaikai Kiki Gallery
3つの映像とオルゴールやドラムといった作品を使っての映像インスタレーション。大阪の国立国際美術館の展示より、狭い空間ではあるが、まとまっていて完成度は非常に高かった。また映像それぞれが共鳴し、オルゴールとドラムが効果的に使われ、統一感が素晴らしい。最新作の映像(東京のみ)は、詩情あふれ、オルガンの音色は映像とともに琴線に触れた。

第3位 森淳一 「trinitite」(トリニタイト) ミヅマアートギャラリー
森淳一初のミヅマでの個展。何と言っても一木造の彫刻「trinitite」をメインに据えて、写真、ペインティングと新たな試みを加え、長崎原爆、トリニティー実験を回顧する手法は見事としか言いようがない。メイン展示室の空間を1点で見事にかえた。

第4位 フィオナ・タン “Rise and Fall” and New Works  WAKO WORKS OF ART
フィオナ・タンの“Rise and Fall”が素晴らしすぎて、水を媒介として時間や記憶、日常といったものを考えさせられる。女性であることを改めて強く意識させられた。彼女の朗読する詩の新作もまた良かった。

第5位 梅田哲也 「はじめは動いていた」 ART ZONE(京都三条)
梅田哲也展「小さなものが大きくみえる」 新・福寿荘、梅田哲也展「大きなことを小さくみせる」 神戸アートビレッジセンター

今年、関西で大活躍の梅田哲也。合計3本の個展をそれぞれ全て違う趣向で見せる。場所に依拠する所が大きいが、毎回新たな発見と展開を創出する姿勢が素晴らしい。

以下順位付けなし。知らなかった作家さんを中心に選択しています。

・鎌田友介個展「After the Destruction」 児玉画廊京都
フレームを使って構造体から巨大な構造体へ再構築する。完成したものは、破壊の痕跡か。空間支配力の強さを評価した。

・釘宮由衣 「Cat and Bird Paintings」 タカ・イシイギャラリー京都
海外拠点の若手作家。ペインティング、ドローイング、そしてアニメーションと絶妙な色遣いと構成で、個人的に強く惹かれた作家だった。

・「成層圏 vol.2 増山士郎」 ギャラリーαM
日本人であることのマイノリティや国境を意識させられる映像やインスタレーションで見事に展開。

・林勇気 「あること BEING/SOMETHING」 兵庫県立美術館ギャラリー棟 アトリエ1
アトリエ1の水洗い場などを上手く使って、新作・旧作映像作品を一堂に展示。新作は今後の展開が更に楽しみ。観ていて心地よくなるのが彼の作品の特徴。

・伊東宣明 個展 「預言者」 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
こちらも衝撃的な作品で忘れがたい印象が残る。頭上から降り注いだ、高笑いが今でも耳に残るのと画面の手のアップ。この2つの組み合わせが脳に直撃した。

次に、ギャラリーでの展示の枠にははまらない、もしくはジャンルがかなり違うため、同列でランキングできなかった展示をあげておく。これら3つは私個人のベスト5に間違いなく入る内容だったことを付け加えたい。

番外1:アイチ・ジーン 豊田市美術館喜楽亭、館内レストラン他
ここでは、山田純嗣のレストランでの立体インスタレーションと大作≪BOAT IN FOREST≫が抜群だった。更に、豊田市美術館敷地内の茶室:又日亭を使った展示では、山田の作品と城戸保の写真が同空間で見事に調和し、静かで情緒ある空間を作り上げていた。本来ベスト5に入れたい内容であったが、ギャラリー展示という枠にははまらないため、番外とした。

番外2:潮江宏三教授退任記念展「銅版画師ウィリアム・ブレイク」 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
コンテンポラリーばかりの中、本展はギャラリーでなく美術館で開催した方が良いような高いクォリティ。詳細な解説は宝物として保存するけれど、貴重な作品群の公開だったので是非とも図録の作成をお願いしたい。

番外3:奥村雄樹「「ジュン・ヤン 忘却と記憶についての短いレクチャー」 東京藝術大学博士審査展東京藝術大学絵画棟
最終的に完成したものは映像作品であるが、その前段階のレクチャーから考えるとプロジェクトとして評価したい。もちろん完成作は多様な方向性から考えることのできる極めて強度ある内容であった。

また、興味深い試みとして浅草寺境内に出現した「油絵茶屋再現」も記憶に残る展示だった。小沢剛+東京藝大油画科のメンバーによる油絵茶屋再現実行委員によるプロジェクトで日本における近代絵画史の裏を考えさせる興味深い試み。木下直之著「「美術という見世物―油絵茶屋の時代」を読み、色々と考えさせるきっかけを与えてくれたことに感謝したい。

この他、ベストを考える上で印象に残ったギャラリー展です。
・安部典子“TIME LAG”-Linear-Actions Cuttin Project2011 スカイ・ザ・バスハウス
・今村遼佑「ながめるとみつめるのあいだ」展vol.02 studio90・資生堂Art Egg 今村遼佑展
・内海聖史 「シンプルなゲーム」 void+、「さくらのなかりせば」 ギャラリエANDO
・加納俊輔・高橋耕平展「パズルと反芻」 Social Kitchen、 LABORATORY、Division
・釘宮由衣 「Cat and Bird Paintings」 タカ・イシイギャラリー京都
・児玉靖枝展 「深韻 2011 -わたつみ-」 MEM東京
・小林史子 「Mistletoe」 INAXギャラリー2
・「中平卓馬 キリカエ」 SIX
・西澤諭志展「ドキュメンタリーのハードコア」 サナギ・ファインアーツ
・平川祐樹 「微かな予兆」 STANDING PINE-cube
・福居伸宏 「アンダーカレント」 TKGエディションズ京都
・「成層圏 vol.5 風景の再起動 宮永亮」 ギャラリーαM
・八木良太 「高次からの眺め」 無人島プロダクション
・和田みつひと展 Ma2ギャラリー
・「ニューアート展NEXT 2011 Sparkling Days」 横浜市民ギャラリー

「菊畑茂久馬 回顧展 戦後/絵画」 福岡市美術館・長崎県美術館

福岡長崎

「菊畑茂久馬 回顧展 戦後/絵画」 福岡市美術館・長崎県美術館 
福岡市美術館:7月9日~8月28日 長崎県美術館 7月16日~8月31日

年末の課題として、夏に見た菊畑茂久馬回顧展の感想は書いておかねばならない。
同展は、福岡市美術館と長崎県美術館の共催で、ほぼ同会期に県境をまたいで開催された。秋に埼玉県近美とうらわ美術館の共催で「瑛九展」が開催されたが、「瑛九展」は宮崎会場においては宮崎県立美術館単独で開催されており、埼玉で見るより宮崎でまとめて見たかったと思っている。どうしても会場をわけてしまうと、集中力が一度途切れて、連続性が見えなくなる。殊に「瑛九展」は章単位で半々に分けて2つの館で観ることになったが、やはり一度にまとめて見たかった。確認したいことがあって後で戻ろうにも、会場が別れるとそれができないのが最大の難点。

では、菊畑茂久馬回顧展ではどうであったか。
後で、戻れない(何しろ県をまたぐのだから)のは同じだが、このボリュームだと1つの館で開催するのはほぼ困難だろう。かといって、展示替えで見せるのも後で戻れない点では同じである。

私は飛行機の関係で、長崎県美術館会場を先に見ることになった。展示内容を考慮すると福岡市美→長崎県美がベストだったが致し方ない。
長崎会場では、大型のタブロー中心に初期から最新作までが並ぶ。
この初期から最新作までの変化に翻弄され、菊畑が生み出した壁面一杯のタブロー画面からは、光、風、そしてなぜか温度までも感じた。絵画を観て温度を感じるとは、絵を観ていて自分の周囲を取り巻く環境の温度が変わって行くそんな印象を受けた。なお、長崎県美でも同館所蔵品の初期作オブジェやルーレット絵画などの展示コーナーもあったことを付け加えておく。

福岡会場では、菊畑の九州派時代の作品(1950年代-61年)から時系列的に作品を展観している。
「第1章九州派の時代 1950年代~61年」においては、東現美所蔵の≪奴隷系図(貨幣)≫1983年の再制作、≪葬送曲
NO.2≫19602年は、古代のお祭りを主題とした作品という初期の土俗的作風がうかがわれる代表作と言える。

「第2章 時代の寵児として 1962-65年」では、奴隷系図シリーズの平面化が進み、そこから≪ルーレット≫シリーズへ短かいして行く様子がよく分かる。ルーレットシリーズは絵画性が徐々に曖昧になり、物体が板に付され、オブジェ的要素が強まるのもまた菊畑の作品を観ていく上で重要であろう。そして、ルーレットシリーズはアメリカの美術館においても展示され、続く≪植物図鑑≫シリーズと共に菊畑の評価は高まる。

本展図録第3章解説から菊畑の言葉を交えて引用すると、
「絵を描くためにオブジェを作った」という菊畑にとって、オブジェは「タブロー」への到達途上に立ちふさがる、避けて通れない課題であった。その中から次第に、のちの「天動説」につながる道筋が見えてくる。
「第3章 雄弁なる沈黙 1960年代後半-70年代」
第3章では自作絵画の仕事から一旦離れ、美術史家的な仕事として戦争記録画についての論考や山本作兵衛の炭鉱画模写壁画制作、そしてこれらと平行して200を超すオブジェ制作を行っている。この時代は「沈黙の時代」とされているが、本展監修学芸員氏はむしろ多弁な時代だと評しているのが印象的だ。
なお、展示では山本作兵衛の炭鉱画や戦争記録画についての論考原稿が展示されている。また、美術館外ではあるが、1969年に菊畑は福岡市立中央児童館のモザイク壁画も手掛けており、これは現存していて、私も福岡市美へ行くバスの車窓から見ることができた。

また、第3章で圧巻なのは、大量のオブジェ展示である。菊畑にとってオブジェはどういう意味を持っていたのか、何を意図して制作し続けたのか、このあたりは図録掲載のインタビューで詳細が語られている。

菊畑の発言の中で興味深いのはオブジェを作っていてもなお、「平面のある種の絶対性、平面の永遠性というようなものに対しては、恐れるほどに心服を持ってたんだな。だから、どんなに平面を否定しようと、オブジェの中に浸っていようとも、あぁ、平面というのはどうしようもない、いかんともしがたいという、神に対する気持ちみたいなものがあったんだろうと思うね(中略)平面に対する心服がどこから出て来たのかわからないんだけど、要するに明治から近代というものに半端に汚染されて、-汚染という言い方は悪いけど、そういう日本特有の近代美術に惑わされることがなくて、西洋に巡礼するコースを辿るなんて論外で、そこに立って絵画で産声をあげたときは、僕はぐれたような形になっていた。だからなおさら平面に対する気持ちが強かったのかな。」

「第4章 ≪天動説≫への到達-オブジェからタブローへ 1970年~87年」
オブジェ制作に一応の区切りがつくのが1976年頃、その後ドローイングや立体を写真に撮って版画化するといった手法によりオブジェを平面化する動きを手探りで始める。それが、≪天動説≫へ結実していく過程が見える。
≪天動説≫においては、平面タブローと言えど、必ず物質的側面をはらみ、単純純粋絵画と言い難いものがあった。菊畑のタブローからこうした物質要素がなくなるのは、長崎県美術館に展示された最新作≪春風≫ではないだろうか。
もちろん、≪月宮≫、≪天河≫、≪月光≫、といったシリーズは絵具以外の物質付着は見られないが、絵具の存在が非常に大きい。存在というのは、彩色道具としての絵の具の役割だけでなく、絵具を塗り重ねることで相当な厚みを持って支持体に存在する、物質的な要素を意識したうえで用いられている。また、絵具の盛り上がりは画面全体に施されていることは稀で、画面の一部例えば、上部だけに用いられているのもまたオブジェの代替的仕事を果たしているように見えた。

「第5章 ≪月光≫から≪春風≫への道程 1968年-現在」
前述の通り、ここからは長崎県美術館会場にて展示されていた作品が主である。なお、作品数は少ないものの福岡市美でも展覧会構成に支障がないように新作やそこに至るまでの大型タブローの展示もある。
ゆえに、全体のまとまり感がやや薄まってしまったことは否めない。
新作≪春風≫を観つつ、冒頭で挙げた≪奴隷系図≫などの巨大立体作品などを浮かべると同じ作家が、ここまで変化するかという強い感慨にふける。
≪春風≫は、バーネット・ニューマンもしくはフランク・ステラを思わせるような絵画で色面で構成され、一部ジップのような縦のストレートなラインにグラデーションや複数色彩を使っている。これまで見られたような絵具の盛り上げはなく、ただ、物質要素としては蜜ろうがここでも使用されているが(かつてのタブローにも使用)、言われなければ一見しても分からない。

何かをふっ切ったような、これまでにない明るく軽やかな色彩を眺めていると、いよいよ「解脱」に境地に至ったのか、それ程の変化である。

以上、振り返るにはあまりに長大な内容であったが、菊畑茂久馬の今後の活躍を期待し、そして回顧展に相応しい展観を見せてくれた両美術館に感謝をこめて終わりとしたい。

水野勝規 ライトスケープ 愛知県美術館

水野勝規

「水野勝規 ライトスケープ」  愛知県美術館 11月11日(金)―2012年1月22日(日)
愛知県美術館公式ブログ:http://blog.aac.pref.aichi.jp/art/2011/11/000559.html

ポロック展と合わせて是非観ていただきたいテーマ展「水野勝規 ライトスケープ」が愛知県美術館で1月22日まで開催中です。
1982年三重県生まれ、名古屋造形大卒業→京都市芸術大学大学院修了で現在京都在住の若手映像作家さん。
プロフィール詳細はこちら

2009年のあいトリ公募企画の「中川運河」で初めてその存在を意識したが、それ以前の2007年に横浜美術館の「水の情景ーモネ、大観から現代までー展」が最初の出会いだと今更気付いた。そういえば、水の情景を撮影した映像作品が出展されていた記憶がかすかに蘇る。
2009年はあいトリだけでなく京都造形センターでのグループ展「panorama」でも淡々とモノトーンの風景を映し出し、その見せ方にも工夫が凝らされており、以後かなり追いかけている作家さんである。

ということで、愛知県美術館での小企画とはいえ個展と大抜擢。
今回も、チャレンジングな展示で、楽しませてくれている。
まず、愛知県美術館がある芸術文化センター10階へ到着したのは開館10分前だった。10階には中庭にテラスがあり、高所ながら植栽を楽しむことができる。大きく開いたガラス窓から景色を見やると、そこに2つの横長スクリーンがあることに気付く。窓の向こうに見える景色には色が付いているが、スクリーンに映し出されている映像は黒と白のモノトーン。

LANDSCAPE

二重に異なる景色をとらえた私の目はしばし混乱に陥った。
外の風景も一時として同じではいない。風が吹けば枯れ葉が舞う、木の枝はしなる。そして、モノトーンの映像もまた、一見静止画のようだが、例えば、水面の場面ではゆらぎが起こっているし、分刻みで場面転換する。時間によって、天候によってもまた見え方が変わってくる。でも絵画も光の当て方によって見え方が違ってくるし、その外的影響がより強くなっているのが今回の展示と言えるだろう。2回目に訪れた時、窓の外には雪が降っていた。このとき、手前の映像と外の景色はつかの間色彩で同調していて、風景のコラージュであった。

美術館の展示室6に入ると、真っ先に目にとまったのは、左壁に投影された円環である。
「月」の映像!
白くフェードアウト(ホワイトアウト)していく過程で、うっすらと見えてくる風景は、地球から眺める月の様子そのものだった。
ウサギは見えなかったけれど。
同様に正面の大きなスクリーンも、相当白で飛ばしている。遠くから正面スクリーンを観ると、わずか数秒の間は、ほぼ真っ白に近い状態が生じていることもある。映像作品の展示では暗室、つまり暗幕を使って光を遮るのが通常だが、チャレンジ項目その2として、暗幕を使わず、出入口はオープンにして、絵画や彫刻などの展示室と同じ状況で映像を見せているのだった。
徐々に克明に映し出される風景は、夢から覚めつつある時に見る光景に似ている。
現実にふと立ち戻っていく瞬間を、覚醒しつつ体験している、そんな気がした。

展示室内には、丸い座布団が置かれていて、鑑賞者は座布団に座って映像を体験するのだけれど、床に寝転がっているお客さんもいらっしゃって、実はとても羨ましかった。座って観るより、寝転んで、いつの間にか寝入ってしまうようなそんな心地よさが魅力のひとつ。それを存分に味わうには、寝転んでリラックスして観るともなしに風景を眺めたい。

数年前に東京都写真美術館他で「液晶絵画」展が開催された。
水野の作品は、まさしく「液晶絵画」の連続。映像の美しさは絵画的で、ここに至って、映像と絵画の違いを改めて考えることになる。、淡々と連続する映像の微妙な変化を楽しむのもポイント。ちなみに音声は使用されていないこともより絵画性を高めることの一助となっている。

幼少の頃から、景色を見たり、撮影したりするのが好きだったようで、それが今日まで継続しているというのは興味深い。
サイトで見つけたインタビューやブログ記事では、撮影7割、編集3割で制作。「動画撮影は魚釣りで、写真撮影は狩猟」というのが作家本人の言である。
ブログに掲載されている写真を見ても、非凡な才能を見せている、一瞬切り取られた風景の美しいこと。

撮影に出かけて、気長に獲物が現れるのを待っている作家の姿が作品から浮かんできた。

*展示室に今回のテーマ展特製パンフレットがあります。数に限りがあるようです。欲しい方は係の方にパンフレット希望と申し出てくださいね。

2011年第4クォーター 書いてない展覧会 No.2 

漸く、本日仕事納め。
ブログの方も、今年の展覧会記事納めしないと・・・ということで「書いてない展覧会No.2」(ギャラリー除く)、まだまだ記事に書いていないのはありますが、思い出せるだけ書いておきます。
鑑賞納めは、明日、渋谷パルコのパルコミュージアムでラストの予定です。日本橋高島屋の「隠元禅師と黄檗文化の魅力」(1月16日迄)も早く行きたい所ではあります。

・「瀧口修造とマルセル・デュシャン」 千葉市美術館 1月29日迄
待ちに待った展覧会。
瀧口修造は、初めて富山県立近代美術館で彼の部屋を模したコーナーがあり、その展示品の数々に心惹かれて以来関心を持ち続けている。大規模な個展は2001年富山近美・松濤美術館で開催された「瀧口修造 造形的実験」展の後、2005年に富山近美・世田谷美術館の「瀧口修造 夢の漂流物」展以来となる。そして、今回は瀧口修造とデュシャンの関係に焦点を当て、両者の作品を回顧するという大規模なもの。酒井抱一展も展示総数338点でしたが、こちらも330点と負けていません。千葉市美術館の企画展はホント体力勝負です。
企画展だけでなく、今回は常設で実験工房特集が組まれていて、こちらの作品も充実しており、2つ合わせると相当な数、というかヘロヘロになりました。12月11日の巖谷國士氏による講演「瀧口修造とマルセル・デシュシャン」を拝聴しましたが、巖谷氏も初めて観たとおっしゃっていたデュシャンが瀧口に宛てた書簡はファン必見もの。
第3部では、岡崎和郎、荒川修作らの作品も紹介している。
個人的には、奈良原一高が瀧口の依頼でデュシャンの「大ガラス」を撮影した一連の写真の美しさに呆然とした。瀧口修造は書く人であって描く人では当初なかったけれど、後にドローイングや有名なデカルコマニーでアーティストとしての活動を始める。瀧口の場合、その思念そのものが芸術だと思った。
12月25日まで、千葉市美術館のあるビル8階で、瀧口修造のデカルコマニー展が開催されていた。瀧口修造研究の第一人者・土淵信彦氏所蔵のデカルコマニー約30点(?)を一同に展示。千葉市美の展覧会でデカルコマニーは6点程と少なかったので、この期間限定展示を見ることができたのは非常にラッキーだった。

年明けに担当学芸員の方の講演が開催されるので、それを聴講しがてら再訪したい。なお、図録(2300円)は書籍のようなハンディサイズ(縦19×横14.9×厚2.9cm 重さ614g)で真っ白な装幀が目をひく。掲載論文5本、書簡資料集など関連資料も充実している。詳細はこちら

・虚舟(うつろぶね) 「私たちは、何処から来て何処へ行くのか」 川崎市岡本太郎美術館 2012年1月9日まで
「大野一雄、岡本太郎、澁澤龍彦、土方 巽、三島由紀夫を、画家・篠 崇と写真家・細江英公の手により表象した作品と、9人の現代作家の科学を視野に入れた制作を展示するとともに、その背景としての「宇宙」「脳」「細胞」という3つの分野の最先端の研究成果を、国立天文台、東京大学数物連携宇宙研究機構、理化学研究所などの研究者のご協力を得て、大画面の映像で見せる。」というもの。芸術と科学の婚姻とまでチラシには謳われていましたが、あまりピンと来ませんでした。
大画面の映像ってどれだったのだろう。
元々、展覧会開催のきっかけは、画家・篠 崇のアプローチだったようで、篠 崇と写真家・細江英公の作品がメイン。
全体的にどこか無理があるような印象を受けました。こういう見せ方しかなかったのでしょうか。
作品出品作家:粟野ユミト、岩崎秀雄、植田信隆、杉本博司、多田正美、銅金裕司、戸田裕介、能勢伊勢雄、藤本由紀夫

・「日本絵画のひみつ」 神戸市立博物館 1月22日迄
「日本絵画のひみつ」という展覧会タイトルがこざかしい程アンマッチな内容。展示品の中心は、「日本において製作された異国趣味美術品」で、それをもって「日本絵画」と言い切る所に欺瞞を感じた。
展示作品は南蛮美術、秋田蘭画、洋風画家・石川大浪(いしかわ・たいろう)の画業、唐絵目利(からえめきき)の仕事として、石崎融思と渡辺鶴洲など、かなりニッチな内容で出展作品は満足できたのに、どうしてもタイトルと内容の不一致が気になって集中できなかったのが残念。最初から、「異国趣味美術品のひみつ」だったら素直になれたのに。
日本絵画のポイントは取ってつけたようで、却って混乱しただけだった。

・「長谷川等伯と狩野派」 出光美術館
展覧会概要では、等伯作品を中心に狩野派との関係を踏まえて見せる内容。屏風の良いものがたくさん出ていた。能阿弥≪『四季花鳥図屏風≫、元信印の≪花鳥図屏風≫などの室町絵画も室町好きには嬉しいところ。しかし、本展で一番記憶に残っているのは後半の等伯作品と狩野派作品の「長谷川派と狩野派 ―親近する表現」。長谷川派と狩野常信の≪波濤図屏風≫を並べて、近しい表現と違う点をそれぞれ比較でき、これは面白かった。
ラストに「やまと絵への傾倒」として≪柳橋水車図屏風≫が登場。この屏風を観ていると、琳派への影響を感じずにはいられません。
狩野派も長谷川派も中国の宋(南宋)・元画、朝鮮絵画を参考に自派の画風を築きあげてきたので、似ているのは当然かもしれない。長谷川派は雪舟との関係も考えないと。
ということで、来年岡山県立美術館で「長谷川等伯と雪舟流」という展覧会が開催されます(1月20日-2月19日)。こちらも気になる所です。

・「世紀末、美のかたち」 府中市美術館

作品のかたちに注目しながら、ルドン、ゴーギャン、ドニ、ミュシャらの絵画とガレ、ドーム兄弟、ラリックなどの工芸作品、合計80点で世紀末美術を展観。「光と闇」「異形の美」「文字を刻む」「自然とかたち」の4つの視点で絵画と工芸を組み合わせ、共通する造形の特徴を紹介していた。通常は絵画単独、工芸単独、もっと言えば、作家単位での展観が多い所を両者をミックスして見せたところにこの展覧会の特徴があったように思う。作品自体に新鮮味はなかったけれど、見せ方、構成が上手い。

・「野見山暁治展」 ブリヂストン美術館
先日ブログ「弐代目・青い日記帳」のTakさんのお声かけで、第4Q展覧会ベスト3をTwitte上で募集、寄せられた呟きの中で、この「野見山暁治展」を挙げられていた方もかなりいらっしゃった。
(参考)「弐代目・青い日記帳」:2011 「第4クォーター展覧会ベスト3」 

初期の具象絵画、フランス留学後、そして帰国後と作風は変わり、抽象絵画へと進んでいく。その過程において、抽象と言っても、どこかにモチーフの形が残る作品が私は好みだった。現在の新作群では、筆は益々のびやかに自由になり、より抽象化が進みストロークも大胆になっていたように感じた。えてして、大家の作品は年を経ると、緻密とは逆方向になっていく。
初期のボタ山を描いた作品も忘れ難い。

・「酒井抱一と江戸琳派の全貌」 千葉市美術館

抱一生誕250年記念展。こちらも前述の「第4Q展覧会ベスト3」では多く挙げられていた展覧会。
展示替えで2回訪問したが、結局記事は書かなかった。酒井抱一展としては過去最大級というだけあって、作品数は凄かった。これだけのボリュームがありながら、どうも小粒だなと感じたのは私だけでしょう、きっと。「夏秋草図屏風」(東博蔵)、「秋草鶉図屏風」や鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」(根津美術館蔵)などもあったけれど、全体として書籍や掛軸、画帖などが多かった。緻密な調査で抱一前、抱一後もしっかり見せるのはさすが千葉市美術館。
特に、抱一の高弟を鈴木其一だけでなく、池田狐邨なども紹介している丁寧さ。それでも、あんまり感動しなかったのは、単に私が琳派をそれ程好きではないってことなのかも。いや、抱一より鈴木其一が好きなだからかな。

・「版画でつくる―驚異の部屋へようこそ!」 町田市立国際版画美術館 10月8日~11月23日

初日に出かけて、とても面白い内容だったが記事を書かなかったのは作品リストがなかったから。作品名をメモしてまで記事にする気力がなかった。「驚異の部屋へようこそ」シリーズは2009年にも開催されていて、今回はその第2弾。なぜか、開催概要に2009年での企画展についての記載がなく、しかも展覧会タイトルも2009年と全く同じ。検索したら、このブログがヒットしてびっくりした。タイトルは同じでも、展示作品は一部重複していたが、大半は違っていた。
更に、今回は展示室途中の休憩コーナーで荒俣宏氏のビデオ上映が行われており、それを観てから、展覧会を回ると理解しやすかった。
本展最大の目玉は、キルヒャーの作品。金沢工業大学ライブラリーセンターの所蔵品で今回はちょっと出展数が少なかったので、もう少しまとめて観たい。動物図譜や植物図譜など珍品版画や書籍が全200点と大変満足でした。図録が2600円で泣く泣く諦め。しかし2009年の同展は図録が作成されておらず、やはりこの際購入すべきか。

・「モーリス・ドニ いのちの輝き、子どものいる風景」 損保ジャパン東郷青児美術館

いや、これはもうドニの家族愛溢れる絵画の連続でした。ドニは結構好きなのですが、こんなに家族ばかり、子供ばかり集めて展示されると、抱いていたイメージが変わって行く。。。どうも、この展覧会もピンと来ませんでした。
彼の家族を中心としたプライベートな人生を追いかけた感があり。ただ、本当はそれだけじゃなかった筈で、そちらの方が気になります。

・「日本画壇の風雲児 中村正義 新たなる全貌」 名古屋市美術館
チラシ掲載図版を見て、てっきり油彩画家と思っていたら大間違い。日本画家の方でした。
日本画壇というのは、日本画の画壇のことだったのですね。この展覧会、作品解説一切なし。ひたすら作品が連なるという非常に思い切った展示方法で約230点の作品を一挙に見せる。こちらは資料や書籍ではなく、ほぼすべてタブローなのでその充実ぶりたるや伝わるでしょうか。ご本人の写真が会場にあって、ちょっと堤真一に似たイケメンの方。
しかし、その作風の変遷たるやまさに嵐のごとく次々とめまぐるしく変化していく。深く静かな雪景色があるかと思えば、やや毒々しい片岡球子の作品を思わせるビビッドな色遣いの舞子シリーズなどなど。グラフィックアートや装幀にも向いているような、現に書籍装幀もされていた。日本画だけでなく、油彩もちょっと手がけていたようで、それも納得。確かに型にはまらない作品群だった。

「村山槐多の全貌」 岡崎市美術博物館 

槐多岡崎

「村山槐多の全貌」その芸術の神髄と大作の謎?山本鼎との真実 岡崎市美術博物館 12月3日~2012年1月9日
http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/bihaku/exhibition/exhibition.html

22歳で亡くなった伝説の夭折詩人画家:村山槐多の展覧会が史上最大規模で岡崎市美術博物館にて開催中です。

村山槐多の回顧展と言えば、2009年に松濤美術館で開催された「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」が記憶に新しい。
松濤美術館での回顧展も素晴らしく、案の定図録は完売。先日都内のとある古書店で松濤美術館の槐多展図録が1万円で書棚に並んでいるのを見つけ驚愕したばかりです。

本展は、この松濤美術館での槐多展を上回り一部展示替えはあるものの槐多作品が約250点、槐多と従兄弟の山本鼎の作品が約100点と合計約350点が出品され、本展初公開作品や90年ぶりの公開となる大作など見どころが目白押し。ただし、槐多の場合、貧困にあえいでいたせいか、タブローは元々それ程描いていないようで、デッサン、ハガキ、スケッチが多い。

何と言っても本展の目玉は、1982年に「新発見の大作」とされ、後に「実は、山本鼎の作であった」と訂正された問題作の≪日曜の遊び≫1915年が特別出品されることでしょう。
本作品が誰の作だったかを、同館学芸員の村松和明氏の独自調査と研究成果によりその謎に迫っています。
実際、化学的分析結果などを紹介し、≪日曜の遊び≫に関するコーナーのスペースを広くさいていたのが印象的でした。
詳細は図録に論文と絵具調査した解析結果と共に掲載されています。遠方の方は図録(B5版の書籍サイズで2300円)だけでもお取り寄せ可能です。デザイン、編集は地元岡崎市のギャラリーなどが担当しています。
図録取り寄せについての詳細はこちら

≪日曜の遊び≫自体は、マネの≪草上の朝食≫とセザンヌ≪水浴≫を足して2で割ったような画面構成でした。
これを村山槐多作と推測しているのが、本展担当の村松学芸員の説。作者の特定についての論議は、今回の検証結果などを踏まえ、充分に議論を尽くし、「これだ!」という結論を出していただきたいと願うしかありません。また、村松学芸員は講談社より本件についての著作を出版されるそうです。調査に関して更なる詳細が明らかになるのでしょうか。こちらも楽しみです。

そして、もう一つの見どころは従兄弟の山本鼎との交流でしょう。
山本鼎は版画家としての活動しか知りませんでした。今回は初期からヨーロッパ留学中の油彩、水彩も展示され、約100点の鼎作品は非常に嬉しかった。元々鼎の版画が好きだったので喜びひとしおでした。
約100点と言えば、通常の美術館ならそれだけで展覧会を開催しているレベルですから。で、色々拝見したけれどやっぱり版画が一番良いという平凡な結論に至るのですが、油彩を見て言うのと見てないのとでは、違うのです。

槐多についての感想は、松濤美術館での回顧展のものとほぼ変わりません。
強いて言えば、槐多は画才ももちろんあったけれど、文学的素養の方が強かったのではないかと思ったことくらいでしょうか。特に今回、小説や詩の原稿が沢山出展されていたので、そう感じたのかもしれません。
参考:松濤美術館「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」感想

また、木炭デッサンの力強さも比類ないものがあります。武骨な線ですが、とにかく野性的で力がある。90年ぶりの公開となる≪無題≫1916年はその代表例のひとつ。≪尿する禅僧≫1915年は力強いデッサン力がそのまま活かされ、そこにガランスの赤や黒や黄、この赤は血の色に見えてしまうのですが、何度見ても恐ろしい程魔力を感じる絵です。この作品については、東近美で開催中の「ぬぐ絵画」でも図録で取り上げられています。心理学的解釈をすると性衝動の表出であり、その衝動の強さが周囲の自然を赤変させる、アニマリズム時代を代表する槐多の作品と言えるでしょう。

槐多と鼎、両者の精神的、経済的結びつきはよく分かったけれど、技術的な点の指導や両者の共通点はどれだけあったのか、そんな疑問が残りました。

なお、年明け1月にも本展関連イベントが続きます。
<新春・なんでも鑑定団スペシャルトーク>
日時:1月9日[月・祝]午後2時~
テーマ:槐多―驚きの結果に騒然!
講師:永井龍之介(永井画廊廊主)定員70名(当日午後1時から整理券配布)、聴講無料
会場:当館1階セミナールーム

<村松学芸員の講演会>
日時 1月22日[日]午後2時~
テーマ 夭折の天才、村山槐多の謎―引き裂かれた絵の真相
講師 村松和明(当館学芸員)定員70名(当日午後1時から整理券配布)、聴講無料
会場 当館1階セミナールーム

*本展の巡回はありません。

「イケムラレイコ うつりゆくもの」 三重県立美術館

ikemura


「イケムラレイコ うつりゆくもの」 三重県立美術館 11月8日~2012年1月22日
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/catalogue/leiko_ikemura/ikemura_shosai.htm

東京国立近代美術館で開催されていた「イケムラレイコ うつりゆくもの」展が、三重県立美術館に巡回している。

既に東近美での展覧会は拝見したものの、結局感想は書かずじまい。
三重県美での展覧会は、東近美に出展されていない作品が出ていて、構成も違うと聞いていたので、やはり三重まで行くことにした。
同じ展覧会を再訪しようと思うきっかけのひとつは、所蔵品展にある。
三重県美の常設は、蕭白作品があったり、毎回良いものを見せてくれるので、多少遠くても行こうと思わせる。今回は、今年亡くなられた元永定正氏の追悼特集展示が12月25日迄開催されていたことも大きい。
そしてもうひとつ。全く美術とは関係ないが、私は三重県美に入っているレストラン「ミュゼ・ボンヴィヴァン」が好きで、毎回こちらでランチをいただくのを楽しみにしていることも付け加えておく。花より団子は否めない。

さて、三重県美での展覧会は東近美のそれとはかなり変わっていました。
三重展では次の通り。各章での展示作品はこちらをご覧ください。
1. 魚と猫の神話 Fish and Cat Mythology
2. アルプスのインディアン Alpen Indianer
3. 原始のかたち Emerging Figure
4. 地平線にむかって
5. うみのへや Seascapes
6. 人物から風景へ Figure-Scape
7. やまのへや Landscapes
8. うかびながら Floating
9. やみのへや Lying Figures
エントランスロビー

両会場での展覧会を見ている人はそれ程多くはないと思うので、ここでは2会場での相違に焦点を絞って感想を書いてみようと思う。
全体の印象がまずまるで違った。
三重では、外に開くような印象を持った。その理由のひとつに窓から射し込む外光を利用したり、庭の彫刻を意識した作品配置をされていたことが大きい。つまり、展示室外の空間を取り入れた展示となっている。各展示室は、東近美と比較すると天井が高く、空間もゆったりしている。ただし、展示室同士がつながっていないため、一旦展示室を出て廊下もしくは踊り場に出て次の展示室へ移動することが数回発生。ここは、本館と増築した新館(柳原義達記念館)があり、どちらも館外に出ることなく往復できるが、展示室外に出ないと移動できない。このた、集中力が、途切れてしまうことは残念だった。

逆に東京では、展示室内に集約されていて、東近美は展示室に外窓はなく、各展示室もつながっているので、胎内めぐりのように美術館の中をくねくねと作品を鑑賞しつつさ迷う。また、東京では、「進化」のコーナーで蓮沼執太の音楽(効果音)がかすかに流れていた。しかし、これが三重ではなかったのが残念。

上記のような両会場の違いを踏まえて考えると、各館での展示それぞれ良い点があり、各館でのお気に入りの展示室が違う。

三重会場で良かったのは、7.「やまのへや」。は展示品によっては日よけをしめるので、今回のように屋外彫刻をこの展示室から見たのは初めてかもしれない。
テラコッタ製の「ヴーさん」、「マーさん」2004年は、外の屋外彫刻に呼応していた。形もどこか似ている。
この部屋に新作の「山水」シリーズが展示され、わずかな外光の中で作品自体が気持ちよさそうに伸びやかに見えた。
陶彫と同様に、外界と一体化するような、恐らくこの部屋を「やまのへや」に割り当てたのもそんな意図があったのではないかと邪推してみる。

両会場共に忘れがたいのは「うみのへや」。
理由は完全な主観によるもので、単に私が海好き、水モチーフ好きだからに他ならないが、イケムラ作品と言えば、これまで赤い色のシリーズ、本展でももちろん出展されているが、の印象が強かった。ところが、本展で海のシリーズを見て、海から生まれ海にかえる、生物の根源的な生死を感じた。

いきとしいけるもの、万物の生成についての感慨は、三重会場より東京会場の方にコンセプトを感じ、それは、蓮沼執太の音があった「進化」や最後の展示室などでも思いを強くした。

いずれにせよ、ドローイング、ペインティング、写真そして陶彫、ドローイングによる映像など、多様な手法を使って自身の思い描く世界を作り出していた。
疑問が残ったのは写真の使い方である。特に、三重では写真コーナーとして独立していなかったので、その必然性、なぜ写真でなければならなかったのか、が分からなかった。本展での少女の写真は過去を見せているのだろうか。
そういえば、イケムラは講演の際に「私は無垢でありたい。」と語っていた。
必ずしも少女=無垢tの図式は成り立たないが、少女の写真はいつまでも失いたくない無垢な自分の表象であったのかもしれない。

展示についてはキャプションを極力目立たなくし、解説なし、作品間のゆとりを多くとり、余韻のある空間を創出。
昨今、特に若手作家の展示を見ていると、狭い空間にびっちり作品が展示されているが、この引き算の美学は見習うべきなのではないだろうか。
足すより引く方が余程勇気がいるに違いない。

なお、常設ではイケムラが日本を出てスペインに留学していたことから、三重県美所蔵のスペイン絵画が展示されていた。
特に、ムリーリョの「アレクサンドリアの聖カタリナ」1645-1650頃は、国内ではお目にかかれないムリーリョの大作(165.0×110.4cm)掌を天に向け、上方を見上げるポーズは、宗教的法悦を表す際に用いられるという。
普段は、かかっていない作品だと記憶している。合わせて鑑賞できて良かった。

「高橋節郎と黒と金と朱の美術」 豊田市美術館 高橋節郎館

「高橋節郎と黒と金と朱の美術」 豊田市美術館 高橋節郎館 9月17日~12月25日
http://takahashi-setsuro-museum.or.jp/event/information/rgb.html

前回の続き。
高橋節郎館(1914年~2007年)は、1938年東京美術学校工芸科漆工部を卒業し、以後漆芸作家としての道を歩む。l昭和59年に豊田市で開催された展覧会が機縁となり、豊田市に多数の作品が本人より寄贈され、平成7年の豊田市美術館開館の際、隣に高橋節郎館も同時に開館している。

豊田市美術館にはよく出かけていたが、高橋節郎館は1度入って、その後はスルーしてしまうことが多かった。
しかし、柴田是真展あたりから、この館の魅力に漸く気が付き、そして今回も入ってみたら、「RGB」なる文字が目に入って、チラシも3色3種類、金、朱、黒と用意されているではないか。
ん、なんだか面白くなってきた。。。といそいそと中へ進む。

予感は見事に的中。

以下会場脇にあったギャラリーガイドより引用する。
RGB-赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)の頭文字からなるこの言葉は、光の三原色を表し、写真技術やテレビモニターなどの光学世界に用いられています。(略)無限とも思えるわたしたちの色彩世界も、究極的にはこの三色が織り成すきわめて繊細な諧調とも言えるのです。(中略)

高橋節郎は戦前の東京美術学校在学中の折から、近代における漆芸といかに向き合うかを模索していました。当時、絵画や彫刻などの美術の領域から近代的な新たな造形言語を取り入れる作家が現れる一方、それらを美術と区別されるかたちで、伝統的な工芸という概念がすでにひとつのながれを成していました。このような捩れのなかで、いかにして自らの芸術的情熱と漆芸の技巧をひとつにし、作品へと昇華するのか。はじめ色漆を用いた多色の漆絵にこの難題の解決策を求めた高橋は、しかしやがて、漆芸における根本的な二色、つまり黒と金という漆の本来的な可能性のなかに自らの幻想世界を展開することで、漆芸家としての進むべき道を見出すことになります。

本展は、黒と金の2色に高橋作品の基調をなす朱を加えた、高橋節郎の三原色-朱(Red)、近(Gold)、黒(Black)、つまりもうひとつのRGB-を立脚点に、豊田市美術館のコレクションと高橋作品とを通して、シュルレアリスムの夢想や高橋が絶えず仰ぎ見た宇宙の観想、そして、静謐な世界にふいにあらわれるユーモアと力強い生命の讃歌など、高橋作品のもつ魅力を紹介するものです。

主な出品作家は次の通り。
(黒)長谷川潔、浜田知明
(金)岡崎和郎、秋吉風人
(朱)アルベルト・ブッリ、斉藤義重、野村仁、榎木忠、コンスタンティン・ブランクーシ

まず地下階へゆっくりと降りていくと、そこは「黒」の世界だった。
漆のつやのある黒、角度によっては液体のようにも見える黒が競演している。
そして、壁面には同じ黒でも版画作品の黒が並んでいた。長谷川潔、浜田知明、いずれもモノトーンで勝負するが、長谷川の作品がどこか詩的で文学的であるのに対し、浜田のそれは戦争の残酷さ、人間の残虐さをえぐり取った戦争体験の銅販画と、作品の印象はまるで異なる。
それらの静かな版画作品を見守るように、高橋の装飾的なピアノ作品、漆絵などが並ぶ。

ミロ風のオブジェのコーナーを抜けると、次に待っていたのは「金」の世界。
ここで、最も気に入ったのは岡崎和郎の「Hisashi(庇)」シリーズである。高橋節郎館の1階奥には外庭を眺められる絶好の休憩コーナーがある。名作チェアに腰をかけ、屋外彫刻を外気温差から曇った窓ガラスからぼ~っと観ていると、右頭上に岡崎和郎の「Hisashi」があることに気づいた。
コーナーに入ってくる前にもひとつあったが、休憩コーナーのものはブロンズ製でやや大きい。
岡崎和郎と言えば昨年、神奈川県立近代美術館で個展が開催され、すばらしい内容だった。彼は自作を「御物補遺-(従来のものの見方を補いながら、全体を見通すようなオブジェ、と位置づけている。
それはともかく、ガラス1枚隔てた外界と外にあるべき庇が中にあるのを眺めていると、目に見えない空白の「内側」をかたどったのが、「庇」なのであった。
日がなこの場所で読書に耽りたい。このまま、ずっと岡崎さんの庇があると良いのにと思った。

秋吉風人さんの作品は、苦手だったけれど、「金」のコーナーで作品を観た時、ペインティングなのに、立体のような物質としての重みを感じる。

最後は「朱」のコーナー。
ここが3色のなかで、一番かっこ良かった。
特に榎忠の「薬莢」、野村仁「北緯35度の太陽」赤ヴァージョンと共に展示されていたのが忘れられない。
高松次郎の「点」や岡崎和郎のマルティプル作品を最後にもってくるあたりで感動きわまる。
好きな作家の作品ばかり。。。そして高橋節郎さんの筒型をした作品が中央に配され、この中で観るとつくづく工芸という枠組みでなく、岡崎和郎、高松次郎らの立体と同種の現代美術としか見えないのだった。

近代現代作家の作品と相まみえると高橋節郎の作品を別視点で見ることができた意義は極めて大きい。漆芸の可能性を自ずと鑑賞者自身が閉じてしまってはならないのだ。他作品と合わせて観ることにより、両者の相違点、共通点が見えてくる。そんな大切なことを気づかせてくれる好企画展だった。

小川待子|生まれたての<うつわ> 豊田市美術館

小川待子

小川待子|生まれたての<うつわ> 豊田市美術館 9月17日~12月25日
http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2011/special/machikoogawa.html
常設特別展 「新・陶・宣言」 豊田市美術館 9月17日~12月25日
http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2011/temporary/shintou.html

既に終了してしまったけれど、豊田市美術館で開催された「小川待子|生まれたての<うつわ>」展、常設特別展「新・陶・宣言」それぞれ面白く、2つの展覧会の組み合わせが良かったので感想を残しておこうと思う。
また、併設の高橋節郎館で開催されていたテーマ展「高橋節郎と黒と金と衆の美術」も素晴らしく、こちらは別記事とする。
いずれも巡回なしの豊田市美術館独自企画で、改めてこの美術館の素晴らしさを痛感した。愛知県にこの美術館があって本当に良かったと思うし、私がここまで美術を好きになれたは、地元に豊田市美術館があったからだと思い至った。

私的なことであるが、このブログ記事の脈絡のなさからお察しの通り、古美術から現代、西洋、東洋、日本、メディア芸術と多分野にわたって広く観ている方だと思う。
それでも、濃淡はあって中でも現代陶芸はあまり興味の湧かない分野だった。
毎月必ず訪れる銀座のINAXギャラリーでは現代美術ギャラリーと現代陶芸を紹介するスペースの2つがあり、目当ては現代美術の方であって、陶芸は大変失礼な言い方になるがついでに覗くという具合。

だからという訳でもないが、この小川待子展も訪れるのが最終日の前日という滑り込み状態になってしまった。
小川待子(1946年生まれ)の作家の存在も本展開催まで知らずにいた。
2002年に神奈川県立近代美術館で「小川 待子 ~呼吸する気泡」も開催されているので、既に美術館でも取り上げられている作家であることをこの記事を書いて初めて知った次第。

ということで、前知識はtwitter上での評判のみ(評判はすこぶる良かった)で臨んだ。

最初に1階の「新・陶・宣言」を観て次に2階の小川展へ。
豊田市美術館の誇る天井の高い真っ白な空間に、これまででもっとも大きな新作が待っていた。

その空間の張りつめた空気は何とも言葉では形容しがたい。

本展チラシや美術館のサイト等で「永遠の詩的存在」と評されているのも分かる気がする。
ガラス釉は、陶芸作品で使用されているのを観たことはあるが、小川の作品はガラス釉を「水」と模している点に特徴があるだろう。「水」に見えるのは、ガラス釉を湛えた外形の造形表現の賜物で、受けるものがあって初めて「水「」はその場所に留まれるのだということを見せてくれる。

陶土は土、ガラス釉は水、やきものの下には、硅砂と呼ばれるガラスの原材料となる真っ白な砂がこんもりと盛られている。
まるで、砂の中から、作品自体が生えて来て、そこに水がたまったように見える。

展示室3では、「K-2000-故宮する気泡」2000年、同一の筒型の土器が2つ、3つと塊として焼かれ、壺状の窪みにはガラス釉が溜まっている。解説によれば、作家の表現が、空間的に展開をし始めた作品とのこと。

更に、空間的展開を示した好例として、展示室5の「Li2O・NaO・CaO・Al2O3・SiO2:水の破片」2007年を挙げたい。
暗く照明を落とした空間の床に、川のように四角の瓦のように長く伸びており、手前に土器が積み重なっている。
歩きながら縦に眺めて、手前で眺めてと複数の方向から、また歩きながら作品を愛でることができ、その表情は少しずつ変化して見えた。

その一方で、初期作品にブランク-シの彫刻を思わせる真っ白な卵殻を思わせる陶肌と形を有した作品「88-KーⅣ」1988年は、作家の関心や方向性を考える上で重要な作品だと言えよう。

これまでの陶芸と言えば、分類的には工芸の分野となり、生活に身近なもの、それは抹茶碗だったり、お皿、お椀、花瓶などであった。それがいつしか陶芸作品を空間にまで影響を与えうるような彫刻として制作、発表するようなケースが増加している。
「新・陶・宣言」では、こうした陶芸を「工芸」「伝統」「因襲」といった狭い世界から引き出し、陶表現に新たな息吹を吹き込み、制作活動において一つの表現手段として「陶」を用いる作家を紹介している。
出展作家:イケムラレイコ(1951- ) 奈良美智(1959- ) 尹 煕倉(ユン・ヒチャン)(1963- ) 森北伸 (1969- ) スターリング・ルビー (1972- ) 桝本佳子 (1982- ) 谷本真理(1986- )

こうした流れで小川待子の作品を眺めると、いかに彼女の作品が彫刻的で空間に強くアプローチしているかが分かるだろう。

土、水、時間、風といった要素を作品の中に織り込み、表現している見事な陶表現だった。

図録の図版がいまひとつだったので、豊田市美術館限定販売という小川待子氏が自費出版された最新作が掲載されている作品集を購入した。

後藤靖香 「床書キ原寸」 名村造船所跡地 クリエイティブセンター大阪

床書き

後藤靖香 「床書キ原寸」 名村造船所跡地 クリエイティブセンター大阪4階 11月23日(水)~12月23日(金)
後藤靖香さんのHatena Diary:http://d.hatena.ne.jp/yasuka510/20111201

年内に関西へ行くつもりはなかった。
でも、11月の関西遠征後、名村造船所跡地の製図室と呼ばれるスペースで後藤靖香さんの新作展示があると知り、一旦は諦めたものの、評判を耳にしてやはる行くことにした。

後藤さんの作品はもちろんだが、何と言っても場所性が魅力だった。旧造船所の製図室で後藤さんの作品。
どんな場所なのか、そしてそのスペースに後藤さんの作品がどう向き合うのか、これは画像などではだめで、やはり自分の目と身体で体感したいと強く思ったのだった。

最寄駅は地下鉄四ツ橋線の北加賀谷駅。
加賀などとつくと、てっきり石川県なのか?と誤解しそうだが市内でも海に近い場所になるようだ。
駅から徒歩8分くらいで、旧名村造船所跡地に到着。
敷地内に、内海が注ぎこんでいるではないか。そうか、ここで船を造ってそのまま沖へと出航したのだろう。あり日の姿が浮かぶ。
外階段を上がって、目指す会場は4階。
入った所は、想像以上にだだっ広い空間だった。何しろ60m×20m=1200㎡の大空間。
受付にはボランティア、それとも大阪府の方だろうか?男性がお二人いらっしゃった。なぜか観客は誰もいない。
今回の展示は「おおさかカンバス推進事業」の一貫なのだが、どうも大阪府外での告知が足りないようで、私もtwitterで初めて知った次第。「おおさかカンバス推進事業」とは、大阪のまち全体をアーティストの発表の場として「カンヴァス」に見立て、大阪の新たな都市魅力を創造・発信しようとするもの。専用サイトもしっかり開設されています。:http://osaka-canvas.jp/
なお、この事業大阪府主導です。

前置きが長くなりました。
名村造船所は、造船不況により大阪から佐賀へ移転、その後は日本橋梁株式会社が一時的に原図場として使用していたとのこと。床には、橋梁設計の跡が沢山残っています(下画像)。ひとつの設計が終わるとペンキを塗って、その線を消す。そしてまた設計図を書く、ペンキで消すの繰り返し。この床には船の設計図も間違いなく眠っている。足元に造船の歴史が眠っていると知って、それだけでわくわくしてきました。

橋の設計図

受付で、後藤靖香さんお手製の解説文(A41枚)に「床書き原寸とは・・・」や上記のような会社の歴史、設計にあたっての専門用語、作品に描かれている人物や小道具の説明など、イラスト入りで詳細に案内されています。
この案内文、保存決定です。
また、関連資料となる造船所時代の古写真なども沢山受付に展示されていて、当時の様子を知ることができました。
なるほど、なぜ床書キであって、床描キでないのかが腑に落ちます。

そもそも、ここに来るまで船の設計をCAD発明以前にどうやって行っていたのか、また船を造る手順など、まるで知らなかったので、目から鱗がポロポロと落ちていく落ちていく。

こうして、船の設計についてちょっとお勉強した後に、後藤さんの大作2点と改めて対峙します。作品画像は上記の作家さんのブログに掲載されています。
後藤作品の特徴である黒く太い、力強い描線は健在。キャンバス布を支持体に、裏に木枠なしで帆布のようにぶらさがっています。敢えてここは帆布を支持体にしても良かったかもしれません。

写真で見た原図工の方のポーズがややオーバーアクション気味になっていたり、人物の目線が、ドラマティックになっているなとか、写真そのままではなく、彼女なりにイメージを起こして絵画化しているのだとよく分かります。
人物だけでなく、バッテンと(実物大スケールの線を引くための木製または竹製の長い棒)の厚みやたおやかさ、留釘(バッテンを固定するための釘)の存在感などが目の前にド迫力で迫ります。

原寸ではなく、人物も釘もバッテンも実際より大きくなっているのも後藤流。

後藤靖香さんは広島県のご出身。祖父にあたられる方が特攻隊員で戦争の話をよく聞いていたとか。そんなこともあって、戦争画モチーフの作品で評価を得た作家さん。彼女の描く人物は坊主頭が多いのですが、今回は頭髪がある!
広島の軍港と言えば呉、呉も造船で栄えた街です。
今回の制作にあたり、呉近辺の造船所に見学に行ったりとリサーチもしっかりされた成果が、解説文や作品に現れていました。
そして、1200㎡のスペースに負けない平面作品は彼女なくしては難しかったでしょう。
慾を言えば、あと2点、両面から拝見したかったです。

4階からの景色を眺めつつ、海は呉にもつながっている。もしかすると、名村造船所で造られた船が、祖父の方とも縁があるやもしれないなと想像しながら、会場を後にしました。

海

「さよなら九段下ビル」 九段下ビル3階他

さよなら九段下


「さよなら九段下ビル」 九段下ビル3階他 12月13日(火)~26日(月)
時間:12:00~21:00(※最終日のみ17:00まで)
場所:九段下ビル3階他 〒101-0051 千代田区神田神保町3-4-1九段下ビル3F

出品作家:勝亦かほり・加藤久美子・金田翔・桐生眞輔・久次米毅・田中一平・伯耆田卓助・増田悠紀子

九段下ビル自体の存在をこの展覧会で初めて知った。
1927年に竣工し、九段下のランドマークとなっていた昭和のレトロ建築。その九段下ビルが今年で取り壊しとなり、80年余の歴史に幕を閉じるのを契機に、若手作家による作品展が開催されている。

出品作家は、東京藝術大学先端表現専攻関係者が中心。
写真、ペインティング、オブジェ、などメディアにこだわらない作品が並ぶ。
昭和のレトロビル故、サイトスペシフィックな内容となっていた。特に屋上にある立体作品、私は男根だと思ったけれど、角度を変えてみれば人型にも見える。
ビルの屋上から眼下を眺めるカラーテープで彩られたオブジェが、ちょっと寂しそうだった。

21時まで鑑賞可能、食べる作品もあり。
会社帰りにレトロビルの最後を味わってみるのも良いのではないでしょうか。

自分の足跡を残すことができて私は嬉しかったです。

2011年第4クォーター 書いていない展覧会 NO.1

近頃、さっぱり早く書けなくなってしまって、気がつけば12月もあと10日足らずになってしまった。12月どころか2011年が残す所わずかなのだ。

行ったのに書いていない記事が膨大にあり過ぎて、どこからどう手をつけてよいものか分からない。
とりあえず11月、12月に行って書いていない展覧会の感想をざっとまとめておきます。順不同。

・「感じる服・考える服:東京ファッションの現在形」 東京オペラシティ
ポストイッセイ・ミヤケ世代の東京で活躍するファッションデザイナー10組による展示。この展覧会で一番目を引くのはファッションでなく、中村竜治の会場構成だった。ファッションをテーマとする美術館での展覧会で記憶に新しいのは、MOTのフセイン・チャラヤン。その記憶と比べると、こじんまりしているのは否めない。バッグデザインとか好きなミナ・ペルホネンは展覧会向きではないような。ファッションデザインでなく、商品についているタグで音楽を作る展示があって、それは遊べた。でも、趣旨からはデザインとかファッションという枠組みとは違う楽しさ。

・「アーヴィング・ペンと三宅一生」 21_21DESIGN SIGHT
同じくファッション系展覧会で、こちらも会場構成に特色がある。坂茂の紙管を利用した空間は見事。

・三上晴子 「欲望のコード」、「オープンスペース2011」 ICC

今秋、YCAMへ行って体験した視線を利用して描画する装置は体験できなかったが、広いスペースでの作品は体験できた。
どこに動いても監視カメラのごときカメラが執拗に追いかけてくるのが、今後の未来を予兆するようで空恐ろしかった。
中央のスクリーンでは各カメラがとらえた画像がランダムに流れ、それはそれで迫力なんだけれど、管理されている感覚を強く受けた。

・アンリ・シダネル展 埼玉県立近代美術館
アンティームとは、フランス語で「親愛」や「親密」という意味を表す言葉。ル・シダネルは暮らしの情景を親しみをもって情感を込めて描いたため、アンティミストと呼ばれる。とにかく画面の静寂なことこの上なし。同じ光でも太陽の輝く光ではなく月や黄昏時の静かな光を描く。特に印象深いのは、窓辺の明かり。雪の日、夜、自宅に戻るとき、窓辺に明かりが付いているのを見つけると誰しもほっとするのではないだろうか。そんな、ほっとする安らぎを与えてくれるシダネルの静かな画面だった。

・「ウルトラマン・アート! 時代と創造-ウルトラマン&ウルトラセブン」 茨城県立近代美術館
ウルトラマンシリーズの中でも、ウルトラマンとウルトラセブンに的を絞った展覧会。
これがなかなか面白くて良くできた展覧会だった。冒頭は撮影コーナーで、ウルトラマンもセブンもドラマの1シーンのセットあり、怪獣は当然のこと飛行船まであって、みんな楽しそうにシャッター切ってました。
そこから先は撮影禁止。台本やウルトラマンのかぶり物やら、原画やら関連資料が大量に並んでいる。最終コーナーは、かつて観たことのない量のフィギュアが並んでいた。奥ではウルトラマンの飛行シーンの再現をやっていて、種明かしされてしまと、なんてことないのだけれど、なるほどと思わず納得の撮影技術だった。
家族で楽しめるので年始や冬休みにはぴったりかもしれない。

・クリテリオム82 上村洋一 水戸芸術館
エリック・サティ(1866~1925)作曲『ジムノペディ』を素材に複数の手法を駆使して解体再構成し、音とビジュアルで表現した作品。エリック・サティってよくアーティストが使用する作曲家。同じくジョン・ケージも。サティはドビュッシーやラベルに多大な影響を与えた当時の革新的作曲家だったのですね。これは、来年ブリジストン美術館で開催される「ドビュッシー展」とも絡んできそう。上村さんは、他の作品をもっと拝見したい。過去にギャラリーmomoで鎌田友介さんらとグループ展を行っているのに、これを見逃したのは痛い。

・清川あさみ 美女採集 水戸芸術館

ご存じ、刺繍を使ってアプローチしている清川あさみさん。今回もビジュアルの美しい画面を次々と繰り出す。
過去最大級の大作ではないだろうか。個人的には最後の両面展示が一番良かった。

大坂秩加 「良くいえば健気」 GALLERY MoMo 両国

大坂秩加
「兎に生まれて亀の皮を被る」2011年
acrylic, watercolors, colored pencil, chalk ground on hemp cloth and panel
90.0 x 300.0cm


大坂秩加 「良くいえば健気」 GALLERY MoMo 両国 11月12日~12月10日
作品展示風景(ギャラリーのブログ):http://artmomo.exblog.jp/17148630/

既に会期を終了してしまったが、大坂秩加さんのペインティングによる初個展「良くいえば健気」の感想は書いておきたかった。

毎回思い出から始まってしまうのは悪い癖だけれど、大坂秩加のペインティングを初めて見たのは2009年スパイラルの「ULTRA002」だった。
どういう訳か、その時の作品をあまりよく覚えていないのだけれど、非常に線が美しい作家さんだという印象を持つ。
オーナーからは、版画専攻でペインティング作品は初めて・・・というお話を伺ったというのが朧気な記憶。
昨年、銀座のシロタ画廊で初個展が開催されたがそちらは版画作品のみ。

版画ももちろん良いのだけれど、彼女の美しい線が版画だとどう頑張ってもわずかではあるが太くなってしまう。
彼女の場合は、とことんペインティングを見たかった。

そして、待望のペインティング中心の個展。
水彩、ドローイング、版画含めて約15点。圧巻なのは、個展DMにもなっている《兎に生まれて亀の皮を被る》2011年で、90.0 x 300.0cmという横3mの大作である。
聞けば、夏休み中、大学校舎が節電のため冷房が入らないため、両国のギャラリーでひたすら制作に励んでいたと言いう。

今や、彼女の作品のトレードマークと言っても良いだろう、大根足?が見事にウェーブのような形を形成しており、なぜか浴槽の縁からはローブが垂れ下がっていたり、リボンや布が垂れていたりとブラックな小道具も大坂流。

緻密な描写はますますさえて、銭湯の壁のシミやカビ、そしてモザイクタイルの間の黒ずみ、はては、水風呂コーナー?のみ丸石の浴槽で、石の配置と色の再現がリアルすぎる!
右端に転がっている小さな風呂桶が、そこはかとなく悲しい。
銭湯と言えば、富士山のペンキ絵。これはあまりに上手すぎると逆にリアルさを失うため、あえて手癖を押さえて、ぺたっとした富士山ペンキ絵で舞台道具は準備万端。

ところで、今回の個展での新作は、彼女が観た夢をモチーフにしている。
この個展に合わせて、個展カタログ子『大坂秩加 良くいえば健気』を限定300部で発売。その中に収められているのは、作品画像だけでなく、作品1つに対して1編の文章が寄せられている。
この文章が作家性というのだろうか、本人の個性を表しているように思ったが実の所はどうなのだろう。
夢で見たお話をショートエッセイとしてまとめているのだが、ちょっと詩的なものもあるが、等身大の20代女性の日常や心境を垣間見ることができる。

気になったのは、出展作品のうち《兎に生まれて亀の皮を被る》で観られるような緻密な背景描写、ディテール再現の作品もあれば、粗いタッチで背景を1色か2色でベタ塗りしている、例えば《私はまだ、よく分かりません》といった作品もある、
作家によれば、場所を特定したくない場合にこの背景テクニックを使用しているとのこと。タッチの粗さで場所の特定、不特定性を出すのは難しい。

大坂作品に共通する、ちょっと暗くて不気味な感じと、あっけらかんとした20代女性の感性が共存している点がとても面白かった。

興梠優護 「boiling point」  CASHI°

興梠優護
「/ 03」 H1621xW1303mm (F100) 2011 oil on canvas

興梠優護 「boiling point」  CASHI° 2011年12月2日(金)~12月24日(土)
http://cashi.jp/lang/ja/exhibition/995.html
興梠優護(artistサイト):http://oguy.jp/index.html

馬喰町のCASHI°で、興梠優護(こおろぎ・ゆうご)が2年ぶりの個展(2010年にGallery Art Compositionで個展「火|花」開催)に行ってきました。

随分前から見知った作家のような気がしているが、個展を拝見するのはこれが初めてということに自分自身でも驚いている。
デビュー当初のソフトクリームのように蕩けるようなヌードシリーズ(「l<エル>シリーズ」)が記憶に残っていたが、アートフェア大阪で版画作品を、文化村ギャラリーでヌード像を一新した「火」をイメージした作品を観てのち、高橋コレクションのヌードモチーフの油彩に戻って、彼の作品(「l」シリーズ)にりつかれてしまった。

以前このブログにも書いたと思うが、高橋コレクションに入っているヌードを観た時、老いることが怖くなくなった。
こんな風に肌が溶けて老いていくのなら、それはそれで良いのではないか、朽ち果てていくその姿もまた美しいかもしれないと思わせた。実際は、溶けるのではなく、しわしわになってたるんでいくのだから、現実は残酷だ。

昨年の「火」をモチーフにした作品は、彼の肉親が亡くなった際の思い、経験を昇華したもので、これまでのヌードモチーフから一転して、黒を主体とした激しい色遣いと具象と抽象の間を彷徨うような、また、これまでになく写真的な要素を持ち合わせた作品(smokuシリーズ)だった。作品画像は作家のサイトをご参照ください。→ こちら

そして迎えた今回の個展。興梠優護は、またも新しい一面を見せてくれている。
モチーフは2種類。ひとつはヌード、そしてもう一つは口の中。後者は、口シリーズとされている。
口シリーズはこれまでにもグループ展、個展で発表されている。
新しい側面というのは、ヌードモチーフの作品の色彩がより彩度が高くなり、かつて観たことのない蛍光グリーンやピンクを背景色にした作品を登場させたことだ。

また、蕩けるような皮膚は上から下に流れ落ちていたが、新作シリーズ(スラッシュ/シリーズ)では、画面から蒸気のように気体化したものが浮遊している。
2年前の個展は「melting point」、今回は「boiling point」。
起点作は、ギャラリーの最奥にひっそりと展示されている。画像は作家サイトのトップ最上段にあるもの。
タイトルは個展タイトルそのまま「boiling point」H530xW455mm (F10)2011年。

smokeシリーズの名残を中央の一部に留め、背景色は黒だが、下地に何色かを重ねているのはキャンバスの脇を見ると分かる。沸点(boiling point)というより、発火点に近いイメージだが、ここから派生して、スラッシュシリーズが始まっていく点は実に興味深い。
スラッシュシリーズでは、後に続く番号が大きいほど、制作が新しくなるが、最新作ではこれまで以上の抽象化が進んでいる。抽象化が今後どう画面上に進むのかは分からないが、/シリーズを制作していく過程において、抽象化の進行と画面構成のはざまで迷いがあるように感じた。

個展に先立ちスパイラルの「ULTRA004」ノーベンバーサイドで出展していた「/02」では、これまでにない淡い色調の背景と画面に浮遊する白い斑状のものが付されており、こちらの方が「沸点」のイメージに近い。
近づいて絵肌を確かめると、遠目ではフラットに見えていたが、実際は少しずつテクスチャーやニュアンスの付け方が違っていて、様々なテクニックが多用されているとのこと。
実際にざらつき感やつるっとした画面の部分など、それぞれ触って確かめたくなる衝動に駆られる。

淡い色調で軽さがあるので、塗りは薄いかと思いきや、実際は何層にも塗り重ねられていてこちらの想像以上に絵の具層
は厚かった。不思議なことに淡い色調な背景を使っているのはこの作品だけ。元々、肌色の色相の使い方は抜群に上手く、作家も扱いやすいのだろう。同じような扱いやすい色として黒が挙げられる。
ところが、蛍光グリーンのような軽く明るい色の作品を仕上げるのには、相当手こずったのか、「/03」(トップ画像)でピンクを使って後は、再び得意の黒背景に戻っているのは惜しまれる。

「/03」と同じく黒、白、緑、赤など捕色関係にある色だけを使った、怒りもしくは情熱を感じさせる作品などは非常に力強く、メランコリックな雰囲気が漂う。

口シリーズも作家が関心を持つ皮膚へのアプローチの延長線上にあり、むしろこちらの方がストレートに皮膚感覚を鑑賞者に与える。ここでは赤と肌色系統の色相グラデーションを巧みに操る。口の巨大なアップは、こちらが食われそうで怖かった。

モチーフとしての皮膚、触覚的なテクスチャー、興梠作品は鮮やかな目で触れる絵画へと進化していた。そして、この進化は今後も続くと信じている。

*12月21日AM1:35に加筆。

「アートとブックのコラボレーション展―出会いをめぐる美術館の冒険」 うらわ美術館

artbook

「アートとブックのコラボレーション展―出会いをめぐる美術館の冒険」 うらわ美術館 11月23日~1月22日

うらわ美術館の恒例アートブックの展覧会が始まっています。
2009年の同時期に開催された「開館10周年記念オブジェの方へ-変貌する「本」の世界-」展で同館のアートブックコレクションに魅了され、毎年開催を楽しみにしている企画。

今年は、北九州市立美術館と組んで、うらわと北九州各館のコレクションを展示することで、違った側面からコレクションを観てみようという試み。
さんざん、国内各地の美術館へ行っているが、北九州市立美術館は分館ともどもいまだ未踏の美術館だが、何と7000点もの所蔵品があるとのこと。対するうらわ美術館は、アーティストブックや本のオブジェに主眼を置いたコレクションで約1000点。1000点では、さすがに長年続けていればマンネリ感も出てしまうことだろう。

本展は、うらわ美術館の後、来年5月に北九州市立美術館に巡回する。それぞれの地で、他館のコレクションと一緒に展観することで、馴染み深いコレクションも違って見えて来るのではないだろうか。
キーワードはA(Art)、B(Book)、C(Communication)、ABCである。本のページを繰るように展覧会を追ってみよう。

序章:出会い 類似と相違、相関関係からみえる、もうひとつの光
いきなり、カウンターパンチが。
最初に登場するのは、北園克衛(彫刻家:橋本平八の実弟)著『サボテンの花』。装幀は、恩地孝四郎。
この装幀原画を北九州市美が所蔵し、1938年の初版本をうらわ美が所蔵している。ついに2点が初対面となった。
これ、見ただけで嬉しくなる。
あぁ、良い企画だなと。そして、この思いは最後に向かうにつれ強くなるのだった。

駒井哲郎の版画も好きだけれど、ここでは省略。次に、控えていたのが加納光於のオブジェ2つ。作品タイトル《アフラットの船あるいは空の蜜》1971年~72年。2点tろも同じタイトルで、ほぼ同じ大きさであるが、内部にあるものが全体サイズ同様微妙に違う。
奥に、大岡信の詩が書かれたものが入っているが、内部を破壊しないと取り出すことができない仕組み。
作品性もおもしろいが、もっと興味を惹かれたのは、各館での作品分類の違いである。
類似の作品にもかかわらず、うらわ美術館ではブック・オブジェ、北九州市立美術館では彫刻で分類保管されている。
過去に、京近美で「マイ・フェイバリット展」が開催され、分類をキーにした展観であったことが思い出された。
加納の作品分類によって、両館の考え方、特色がよくあらわれていた。

また、ここで加納光於の作品が気に入り、銀座の東京ユマニテで12月21日まで開催中の加納の古典「地平の蜜蜂」を見てきたが、オブジェは3点、うち箱物は非売品の1点だけ。平面もおもしろかったが、強く心惹かれたのは箱のオブジェだった。最下部に絵の具が残った金属のパレットナイフが置かれていたのが忘れられない。

第1章 読む 読めない本を読む。文字ではなく作品を読む。
本といえばまずは読むものだろう。しかし、ここで登場するのは文字がない本である。
いきなり、ここから上級レベルの思考が要求される。

・・・と私の好きな安部典子さんの作品が2点。《Liner-Action Cutting Project11-23》、《Through the Edges》いずれも2003年の作品を見つけた。傍らには福田尚代さんの作品も3点、こちらもおなじみ。
安部さんは本をカッティングして切り抜く、福田さんは文庫本などの本の紙面を支持体として文字に刺繍を施している。意味をもつ文字を消してしまうというのがこの2人の作品に共通していた。

更にはもっとも追いかけ中の山口勝弘《Liber Liber》1975/2001
鏡を外側に貼り付けた本型のオブジェ。これを脇に抱えて街に出かける。歩くたびに鏡に周囲の人々や街の風景が映り込む。文字以上の視覚情報がそこで明らかにされていた。山口勝弘はすでに2011年の今現在取り組んでいることを35年前にやっていた。先見の明としか言いようがない。生まれてくる時代が早すぎたのが残念。

村岡三郎も河口龍夫の本の形をした鉛の本と鉄の本。彼らは本来、本の素材としては考えられないものを使って作品化されている、今ここで物言わぬ作品達が何か働きかける日を待つとしよう。

第2章 報じる 本はメディアである、残るメディアである。
本にもいろいろあるが、書籍からちょっと離れて、活字メディアである新聞や雑誌を取り上げる。
サブカルチャー的な資料が満載。明治の宮武外骨、赤瀬川原平の『櫻画報』シリーズ。などなど。

第3章 編む 本には始まりがあって終わりがある。編み方次第で物語が変わる。
版画集を編集面にフォーカスし展観している。珍しい試み。
シャガール、ピカソ、マティスの版画集をプロデュースした人物は誰だったのか。展覧会を見れば分かります。
が、私のイチオシはディーター・ロートの作品集を複数見ることができたこと。
ディーター・ロートの回顧展をいつか見たい。彼が手がけた本がずらりと並ぶ風景はさぞかし面白い光景になったのに登山年。

第4章 開く むしろ閉じた本に、込められた思いと未来を感じる。
うらわ美術館所蔵の《具体-インターナショナル・スカイフェスティバル》の作品を主眼にして、北九州市美の具体派作家の作品を1人1点紹介している。
ほかにここでは、ソル・ルゥット、デュシャン、ウォーホルにフルクサスのジョージ・マチューナス、メル・ボックナーの写真やアメリカニューペインティングのバスキア等々、ポロックやそれに続くカラーフィールドペインティング以後のアメリカ現代美術の流れを概観できた。


図録は、本展にあわせて、両館のコレクションを各々分けて中央で観音開きさせる凝った作り、なのに1800円は驚きの安値。中の作品写真も美しくデザインと写真に惚れて買ってしまった。。手に手間をさせること、紙の質感、香りなど、ネットではなかなか味わえない感触で、その感覚を忘れないようにしたい。

奥村雄樹 「ジュン・ヤン 忘却と記憶についての短いレクチャー」 東京藝術大学博士審査展

奥村

奥村雄樹 「ジュン・ヤン 忘却と記憶についての短いレクチャー」 東京藝術大学博士審査展
東京藝術大学絵画棟1階 12月11日~12月21日 注:12月19日(月)休 10時~17時[入場は16時半迄)

東京藝大博士審査展に出展中の奥村雄樹 「ジュン・ヤン 忘却と記憶についての短いレクチャー」を拝見した。

作品は12月21日(水)まで上映中であるため、これからご覧になる方は以下、読まない方が良いかもしれません。
ただ、この作品に関してはどこからどこまでをネタとするのか、その範囲が個人的には分かりません。以下をお読みいただいた場合、作品についての新鮮味は薄れるでしょうが、逆に最後まで観てみようと思うのではないかと勝手に考えています。

---------------------------------------------------

完成作は30分の映像作品であるが、この作品の元となっているアーティスト:ジュン・ヤンの特別講義は今年の11月17日に実際に行われている。質疑応答も含めたら2時間を超える熱いアーティストトークだった。詳細はこちら

学生だけでなく学外の人間でも受講できたため(しかも無料)、厚かましく私も聴講。この講義は同時にユーストでも中継され、その後数日間はアーカイブで視聴することが可能だった。
講義の様子を撮影し、後日、主催者である奥村雄樹の作品として使用されることが事前に告知されていたので、どんな作品になるのだろうと楽しみにしていた。

このため私にとっては、完成された映像作品だけでなく、特別講義の準備から告知などの段取り、そして講義当日のディレクション、統括も含めたプロジェクト全体が彼の作品だと思っている。

特別講義は、1975年生まれのトリリンガルの男性アーティスト:ジュン・ヤンによって、そして通訳は小林禮子氏によって行われた。
しかし、本作では、アーティストの姿はほとんど登場しない。映像の中心は通訳者の半身アップで、時折、会場にいた聴衆に場面が変わる程度。アーティストはラストに少しだけ登場し、特別講義について知らない観客は、ここで初めて明確に作品のからくりが分かる。
講義内容は2時間、映像は30分、4分の3は編集によりカットされている。
実際の時間より早回しされている部分もあり、更に画面切り替えの速さなど、かなり手が入っていた。

英語によるアーティストのスピーチを通訳する通訳者の映像と通訳(日本語音声)と、そして画面下には英語字幕がある。
(誤)なお、重要なのはこの英語字幕が奥村雄樹自身により行われていることだ。
 → 正しくは荒木悠(アーティスト)が担当し、重要なのは通訳者の日本語を英語字幕にしているという点にあった。
注:作品は会期中何度か手が加えられ、当初、英語字幕は付いていなかったとのこと。完成作は英語字幕付

博士審査展での出展であるため、作品にはもれなく博士論文がついている。
本作における論文テーマは『身体の非実在性がもたらす超次元的経験の諸相について-「うつる」という概念を手がかりに』。

「身体の非実在性」とは何のことだろう。私は作品を観た当日(12月17日)に次のような感想をこの記事中で書いた。
特別講義を行ったアーティスト:ジュン・ヤンの身体は映像では見られず(非実在)、彼の言葉を通して、その思考が通訳者を一時的にのっとり、通訳者の身体を通じてアウトプットとして発声される。これを言葉を媒介とした憑依体験(憑依という言葉を奥村はよく用いる)と位置づける。

ところが、上記は、論文タイトルや日頃からのtwitter上での作家の呟きなどにより勝手類推したものだった。つまりは憶測。
12月18日深夜にアップした記事を作家が読み、以下のレスtweetを頂戴した。

@oqoom :僕が論文で言ってる「身体の非実在性」とは、身体というものが非実在的(事実として存在しない)な領域を不可欠な構成要素としてるという意味です。たとえば私にとっての私の身体は、鏡像という非実在的な領域なくして成立しない。など。

これも日常レベルでの言葉を媒介とした誤解釈の一例と言えるが、ひとまず脇に置いておく。


オリジナル:ジュン・ヤン(英語) → 通訳者:小林氏(日本語) → 英語字幕:発話された日本語を英文へ視覚化

ジュン・ヤンの英語によるスピーチをオリジナルとすれば、最終的に生まれた英語字幕はそのコピーだ。
ここには、様々な誤解や解釈の差異が生じる可能性を孕む。
通訳者は、他人の目に見えない思念に支配されているのか、自分自身の制御化にあるのかという疑問が生じてくる。更に、翻訳者についても同様のことが言えよう。

鑑賞者たる自分は翻訳者による英語字幕を眺めつつ通訳者の日本語スピーチを聴くという聴覚と視覚で異なる言語領域にとらわれる体験。更に言えば、私は特別講義を受講したため、自分自身の記憶にアクセスしつつ、ジュン・ヤン自身の言葉はどうであったかを思い出そうとしていた。ここにおいて、見えないジュン・ヤンの存在を意識していたのは間違いない。

したがって、聴覚・視覚の2チャンネルの異言語支配+アルファ(時間を遡及し脳内記憶にアクセス)、が同時に行われたことで、十分に集中することができなかった。いや、違う。集中できなかったのは、通訳者自身の体内を通じて発せられる音声であっても、思考は借り物だったためか。一体、通訳時において、通訳者はどのレベルまで被通訳者の支配が及ぶんでいるのかを考えさせられる。

また、本作は、鑑賞者の体験や経験値などによって鑑賞体験がかなり異なることも特徴として挙げられる。
冒頭で「ネタばれの範囲」について触れたが、講義に参加し聴講した観客は、すぐに登場人物が通訳者であると分かるし、アーティストの背景や制作、関心事を知っているほどネタバレ度は高い。
逆に、何も知らずに作品に接した日本語を母国語とする観客の鑑賞体験はどうなるか。彼らはまず通訳者の日本語発話と映像に注意を払うだろう。どこか自分の言葉ではないような言葉を話す人物を観て、彼女をアーティストまたは講師と思ったに違いない。しかし、どちらであっても、この作品を楽しむことはできるだろう。そこに作品としての精度の高さを感じた。

通訳者、翻訳者、鑑賞者(オリジナルを知っている、知らないの2層に分かれる)と複数層の立場において、複数の言語とチャネルを絡めつつ作家の関心領域を検証する作品だと言えるだろう。当初の予定としては、通訳者の立場がメインだった筈だが、見事に多層的な展開を見せている。大がかりな認知心理学実験のようにも感じた。


なお、奥村はtwitter上で本作について12月18日に補足をされていたので、付け加えておきたい。
@oqoom 奥村 雄樹
【突然ですが独白】今回の僕の作品は、もちろんこれまで僕がやってきたことの延長線上にあり、それを更新するものですが、それとは別に、芸大の博士展という文脈に対する僕なりのアプローチでもあります。(1)

そもそも僕が博士課程に入ったのは、ぶっちゃけ、台湾の美大で教えるために博士号が有利らしいから…というものでした。当時おつきあいしていたのは台湾の方で、移住も考えていたので。(2)

(大学での講師業は、天職…ってのは言い過ぎだけど、とても好きな、やりがいのある仕事です。3年間つとめたムサビの非常勤講師業が今年度で終わるので、心の支えが…。玉川は続けます)(3)

しかし、そうやって博士課程に身を投じることは、そもそも美大の実技系の博士課程は単なるモラトリアムの延長でしかないと思ってた(今も基本的にはそう思ってる)僕にとって、自己矛盾でした。(4)

今回の作品は、ある意味、この矛盾を乗り越える試みでもあります。東京芸大で作品を作り、見せ、博士課程に在学し、博士審査展に作品を出すという状況における、いわばサイト・スペシフィックなプロジェクト。ジュンの講義を企画することから今回の展示までの全体が、です。(5)

だからこそ今回の作品は、芸大美術館のホワイトキューブではなく、絵画棟アートスペースという校舎の中の一室で展示したかった。今年はもともと全員が美術館で展示ということになっていたけど、きちんと必然性を伝えて筋を通せば問題なかった。(6)

ここ一年の僕の日々をご存知の方はよ~~くわかると思いますが、いわば、僕は東京芸大でArtist in residenceをしていたようなものです。もう終わりが近づいてるけど。(7)

いずれにせよ、とりわけ、いま芸大の博士課程に在学中の人、これから在学予定の人には今回の作品をじっくり30分見てほしい。この作品の実現のために僕が何を行ったのか、その全体について考えてほしい。批判しても称揚してもいいけど。そして、自分の博士展用作品でこれを乗り越えてください。(了)


作品を観て、いくつか疑問が浮かんだので以下列挙する。

(1)映像作品を観て気になったのは、通訳者の手のアップ。
細かい手の動きをカメラはよく追っていたが、何を意味していたのだろう。意味などないのだろうか。例えば、細かな手は、誰の支配が及んでいたのか。
(2)オリジナルの講義中、通訳者がもっともオリジナリティ溢れる訳を行っただろう場面があったが、作品ではカットされていた。まさに憑依と言って良い状態だと思ったが、カットしたのは30分の文脈にそぐわなかったためか。
(3)なぜ、30分の作品としたのか。やや冗長とされる恐れを感じたので。
(4)忘却と記憶についての短いレクチャーというタイトルの意味
実のところ、これが一番分かっていない。レクチャーの内容も本作の内容とも直接的には関係しないように思う。
通訳時に発生する現象のことか、それとも言葉を使用する際に我々は常に過去の記憶とアクセスするということか?

博士審査論文は100ページにもわたる大作。少し目を通してとても興味深い内容だったので、是非頭からじっくり読んでみたい。その時、作品についての感想はまた違ったものになるような気がする。
いずれにせよ、何度か反芻したくなるような、かつ、実に貴重な鑑賞体験と思考の機会をいただいた。

*12月17日にアップした記事中において、英語字幕担当が誤っていたこと、「身体の非実在性」の解釈誤りにつき、謹んでお詫び申し上げます。
・12月18日(日)23:00 大幅な加筆修正

オノ・ヨーコ 展 「灯 あかり」 小山登美夫ギャラリー東京 

オノ・ヨーコ 展 「灯 あかり」 小山登美夫ギャラリー東京 
12月10日~1月28日 冬季休廊:12月25日~2012年1月4日 12時~19時
http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/yoko-ono-light-2011/

2011年7月オノ・ヨーコは「美術の分野で人類の平和に貢献した作家」として第8回ヒロシマ賞を受賞し、受賞記念展「希望への路」を広島現代美術館で開催した。個展タイトルには、広島と長崎の被爆からの復興、そして日本画まさに今直面している地震と津波そして原発事故による被災からの復興への強いメッセージが込められた。~ギャラリーのプレス案内より一部引用

私が知っているオノ・ヨーコ作品は非常に少ない。
「Wish Tree」と横トリ2011のクリアな迷路に電話が設置されている作品くらい。

本展ではギャラリー空間全体を使ってのインスタレーションが展開されている。
私がギャラリーを訪れた際、先客はおひとりだけ。しかも、既にその方は作品を鑑賞済でギャラリーの方とお話されていた。

作品鑑賞の前にバッグなどの手荷物はすべて脇に置いて靴を脱いで鑑賞する。
順序が逆になったが、ギャラリー全体の照明が落とされ、ほぼ暗闇に近い状態。中に進む前にスタッフの方からペンライトを手渡しされる。
目が暗闇に慣れるまでは、ペンライトを頼って暗い足元を照らしつつ、両側を黒い網戸のようなもので囲って作られた細い通路に歩を進める。
奥の広い空間に到達すると、そこからは迷路が始まる。
迷路と言えば、横トリ2011の作品も迷路だったが、あちらはクリア、しかし今回は暗く、境界となっている網戸の存在はよく観ないと闇に紛れて分かりづらい。
クリアだった時には楽勝だった迷路が、ここではやたらと時間がかかる。
迷いながらも迷路の中心に辿りつく。ほのかに光っていた中心部には、電話など無論なく、あるのはサーチライトのごとき強い照明器具だった。そう書いてしまうと身も蓋もないが、光の発光主体の存在を確認。

戻るのは、来る時以上に迷ってしまった。
往復途上で網戸の向こうにある透明な人状のオブジェ≪ミエナイ人タチ≫が気になる。
あのクリアな人型は何だろう、そして最奥天井に設置されているのは、巨大な白いゾウリムシ2匹。
ゾウリムシもしくは化石だろうか?正体がよく分からない。
網戸が邪魔で向こう側には行けない。中から見ることしかできないのだろうか。そう思って、元来た道を引き返し出口まで戻った所で、「今度は外側から入ってご覧になってください。」との声が。

最初に見えるのは小展示室に置かれている「血ぬられたパンプス」。ここにも入口に網戸が設置されているので、中に入ることができない。境界が設けられている。網戸にはオノ・ヨーコの文字が書かれている。「くつ、くつ・・・」だっただろうか。
そして、広い空間出ると、床にはチラシを丸めて捨てたものと前述の透明樹脂?でできた人型が複数。
家族のように大小あったり、友達、彼、あるいは彼女、様々な人型が数か所に展示されている。

ほのかな照明の光に照らされた人型は、クリアな素材が光を反射して美しい姿をしていた。また、人型の影が白い壁面に写っている所も楽しめる。

まるで、死者の弔いのような、彼岸を見たのだろうか。黒い通路が此岸から彼岸への道筋のように見えた。

できれば、静かにゆっくり一人で鑑賞したい作品。着脱しやすい履物でお出かけください。

ゴヤ展 「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」 国立西洋美術館

ゴヤ展

「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」 国立西洋美術館 10月22日~1月29日
展覧会公式サイト:http://www.goya2011.com/news_topics/waiting-time

「マハって人の名前だと思ってたけど、違うんだね~。初めて知った。」、私が一番よく耳にしたゴヤ展の感想です。

それ、解説に書いてあったのでしょうか。
あまり、解説を読まなかったので気付きませんでした。

マハ(maja)とは、名前でなくスペイン語で『小粋な女(小粋なマドリード娘)』を意味します。
このような不特定多数を意味するタイトルが付されているため、モデルの特定については現段階でも確定できず、二転しつつも現在ではスペイン宰相マヌエル・ゴドイの愛人ペピータ・トゥドーというのが有力。

ゴヤは、高い身分の人間から恐らく着衣と裸婦で同じ女性を全身像でそれぞれ1枚ずつ描いて欲しいと依頼を受けたのでしょう。この時、ゴヤは病により46歳で聴力を失っていました。この頃、既にスペインの宮廷画家として名声を誇っていたため、聴力を失っても肖像画などの注文は途絶えることがなかったようです。
こうして描かれたのが≪裸のマハ≫と本展出品作の≪着衣のマハ≫です。
来日していませんが、≪裸のマハ≫は、スペイン史上初めてアンダーヘアが描かれた作品であり、裸婦自体も1648~1650年頃にベラスケスが描いた≪鏡を見るヴィーナス≫以来150年ぶりでした。

依頼主は、並べて展示したのではなく、着衣の後ろに裸の方を飾っていたのではないでしょうか。
人気もしくは愛するモデルその人と共にいる時にのみ普段は隠されている≪裸のマハ≫を表に出す。何とも淫靡な世界です。≪着衣のマハ≫はやけに胸の谷間が開いている・・・と思ったのと、女性の表情、特に瞳が印象的で、着衣やクッションカバーなどの布類の描写はまずまず。両の瞳はどう見ても男性を誘っているようにしか見えません。

結果、エロティックなポーズとヘアが問題となり、ゴヤはカトリック教会により異端審問所にかけられます。

展覧会は以下14のセクションから構成されています。
1.かくある私-ゴヤの自画像
2.創意と実践ータピスリー用原画における社会批判 → 油彩メイン
3.嘘と無節操-女性のイメージ:<サンルーカル素描帖>から私宝の絵画へ   → 素描と版画
4.戯画、夢、気まぐれ-<ロス・カプリーチョス>の構想段階における自由と自己検閲  → 素描と版画
5.ロバの衆:愚鈍な者たち-<ロス・カプリーチョス>における人間の愚行の風刺  → 素描と版画
6.魔物の群れ-<ロス・カプリーチョス>における魔術と非合理  → 素描と版画  
7.「国王夫妻以下、僕を知らない人はいない」-心理研究としての肖像画  → 油彩メイン
8.悲惨な成り行き-悲劇への眼差し   → 素描と版画
9.不運なる祭典-<闘牛技>の批判的ヴィジョン   → 素描と版画
10.悪夢-<素描帖C>における狂気と無分割  → 素描
11.信心と断罪-宗教画と教会批判   → 油彩と素描
12.闇の中の正気-ナンセンスな世界の幻影  → 版画、油彩
13.奇妙な寓話ー<ボルドー素描帖G>における人間の迷盲と動物の夢  → 素描
14.逸楽と暴力-<ボルドー素描帖H>における人間たるものの諸相  → 素描

蒸気をみれば、版画と素描中心であることがほぼ分かってくる。
ロス・カプリーチョスは、ゴヤの版画の中でも取り上げられることが多い。

正しくは、「版画や素描からゴヤの思考や嗜好について考えてみた。」ではどうだろうか。
版画はあちこちの美術館で展示されてるが、素描はなかなか観る機会が。
版画では、人物はじめモチーフだけがクローズ・アップされていて、どっきりするような場面をとらえていた。

クローズアップ手法であるため、ドキュメンタリーの中から溢れだす人間の本性、業がより濃厚に画面に漂ってくる。
また、本展の見どころは版画とあわせて素描が多く出展されていること。
ゴヤの線を見る貴重な機会。
素描も版画も画面上の光と影だけでなく、描かれた人間の光と影を反映しているようだった。

次に油彩について。
タペストリー工房時代の作品は、あれゴヤってこんなに下手だっけ?と思ってしまった。画面がのっぺいりしているというのだろうか。逆に良かったのは肖像画。肖像画。宗教画には良いものが数点あったが全体的に油彩は少ない。

人気と実力を兼ね備えた宮廷画家であったゴヤが、≪ロス・カプリ^チョス≫、≪戦争の惨禍≫をはじめとして風刺画、戦争における人間の残虐さなどを描き始めたのはなぜだったのか。
特に≪闘牛技≫シリーズでは目を見張った。
牡牛に突きあげられた馬はまだしも、落馬して牡牛の下敷きになったピカドール、市長が牛の犠牲になる、残酷なまでに闘牛場での悲劇を観察し描く。
その理由は、11章でみられる宗教画と教会批判にあるのではないか。
この章で、一番心惹かれたのは≪荒野の若き洗礼者ヨハネ≫1808-12年頃。
筋肉の盛り上がりが美しく、さりとて過剰でもなく、宙空を見つめる洗礼者ヨハネの姿。荒れ果てた野で休むではなく、困り果てているのか、でもその目は絶望していない。

ゴヤの時代、カトリック教会は腐敗しきっていた。
ゴヤは教会批判と共に、世相を政治を批判しようとした。地位に甘んぜず自らの信じる道を進んだのだと思う。

冒頭では、「ポロック展」と同じくゴヤの自画像が展示されている。
意思が強そうなその相貌には、ゴヤの性格がよく出ているように思った。

プラド美術館には未踏ですが、いつか行って≪裸のマハ≫と≪着衣のマハ≫が並んでいる所を見てみたいものです。

*2011年12月17日21時半一部修正と追記

八木 良太 展 「高次からの眺め」 無人島プロダクション

高次からの眺め

八木 良太 展 「高次からの眺め」 無人島プロダクション 
10月30日(日)ー11月19日(土)、11月29日(火)ー12月17日(土)
http://www.mujin-to.com/press/lyotayagi_2011.htm

横浜トリエンナーレ2011での出展も記憶に新しい八木良太の個展へ行って来ました。
旧作も一部ありますが、ほとんどが新作です。

個展タイトル「高次からの眺め」は、作家のかねてからの関心事である「高次元領域」から由来している。
一次元を「線」、二次元を「平面」、そして我々が生活する領域が縦、横、高さからなる三次元とすると、その先の四次元世界、三次元+αのαを「時間」とする考えもあるが、学術的には「時間」ではないという。

八木良太が作品を通して我々に提示する世界は、これまでも存在はしているが日常では認知できないものが含まれていた。
例えば、≪氷のレコード」≫、≪Portamento≫といった作品では、作品を通して初めて知る音や物を提供してくれた。

本展では、この日常では認知できない領域について更に踏み込んだ作品が多く見られた。

最初に目に入って、そしてやっぱり気になって最後に戻ってきたのが≪Chain Reaction≫2011年。
鉄球5個?を四列均等に上からテグスで白い直方体の台座の上に吊り下げた作品。そのうちの1つの球を持ちあげて手を離すと、カチカチと鉄球同士がぶつかり、気持ちの良い音を奏でる。そして、鉄球同士がはじかれて一斉に動き出し、やがて重力に耐えかねたように力尽き、寄り添うように元の形に戻って行く様に心惹かれる。
単純な構造であるにもかかわらず、ある一定のリズムと規則をもった動きに安堵を感じるからだろうか。

カチカチと鉄球の音が響く中、展示空間にもうひとつ、時を奏でる音があることに気付いた。
≪common sense(time)≫2011年(下画像) カチカチと鉄球と良く似た音、アナログ時計の秒針の音で時の経過を告げる。
音の発信源をみやると、石膏で一部固められた小さなカセットプレーヤーがあった。
石膏部分はカセットプレーヤーの再生、停止、電源ボタン。
操作できるのは音量つまみだけ。
永遠とも思われる時間の作品化と言ってしまえば簡単だが、寧ろ時間の流れを我々は操作できない、抗えない、ことを告げているように感じた。

高次2
*ギャラリーの許可を得て撮影、掲載しています。

壁面展示の平面作品≪CD≫2011年は、レコード、カセットテープ、と続く音声記録媒体シリーズ(勝手に命名)の第三弾というべきか、CDを剥離して、キャンバスに造形的に貼ったもの。
剥離したCDは照明や鑑賞者の見る位置により、光の反射が異なり、様々な表情を見せる。
100年後、200年後、この作品を見る人々にこれが「CD」と言われてCD現物そのものを想起できるだろうか?
記録媒体の記録的意味合いを持つ興味深い作品だった。

極めつけは、≪Passage≫2011年
作品タイトル「Passage」は、音楽の楽節、通路、(時・季節などの)経過、(体内の)導管などの意味を持つ多義語。
八木は、これをどんな意味合いで使用したのか気になった。
白い台座一面に小さなLEDライトがはめ込まれ、その傍らにデジカメがある。
LEDライトが明滅し、デジカメでその状態を写し液晶で眺めたら・・・そこには驚くべき世界があった。
これぞ、まさしく高次からの眺めとしか言いようがない。
シャッタースピードとLEDの明滅のタイムラグを利用しての作品だと思うが、それにしてもこの液晶から見える世界の不思議さ、美しさを表現する言葉が見つからない。

本展タイトルをそのまま作品名とした≪高次元からの眺め≫2011年、冒頭の≪Chain Reaction≫の原案であった≪無重力の雨≫2011年などを用いて、空間全体が高次元の世界を垣間見せてくれるインスタレーションとなっていた。
この中にいる束の間、現実の三次元界から解き離たれることができた。

森淳一展 「trinitite」 ミヅマアートギャラリー

森淳一展 「trinitite」 ミヅマアートギャラリー 11月24日~12月24日
http://mizuma-art.co.jp/exhibition/1319181804.php

ミヅマアートギャラリーでの初個展となる森淳一 「trinitite」(トリニタイト)に行って来ました。

森淳一は1965年長崎県生まれ、1996年に東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了、現在は同大学の准教授を務める。
私が森淳一を初めて知ったのは、昨年開催された東京都現代美術館の「MOTアニュアル2010」。極めて精緻な木彫は超絶技巧と言っても良いだろう、そして非常に美しく妖しげな紋様を浮かびあがらせていた。

以来、展示があるたびに拝見している。直近では、東京藝術大学美術館で今秋開催された「彫刻の時間 ―継承と展開―」展で2階最奥の展示が忘れられない。そして、この「彫刻の時間 ―継承と展開―」展で拝見した作品は、本展の序章であったことが今にして分かった。

本展タイトルの「trinitite」(トリニタイト)は、、1945年にアメリカで行われた人類初の核実験、トリニティ実験の際に生成された人工鉱物の名称を指している。この実験で使用された爆弾と同系のものが同年、長崎に投下された。長崎に生まれ育った森にとって、原爆は決して歴史の中の事件ではなく、目を逸らすことのできない現実として常に彼の傍らに影のように存在し、影響を与えてきたという。~ギャラリーサイトより引用

さて、ギャラリーの展示空間に入って、まず息を呑んだ。
中央にあった大きな三位一体像の木彫<trinity>。柿渋で着彩されたその木肌は何とも言えない古色を醸し出している。
そして、その姿こそしっかと目に焼き付けるべきだろう。
1945年の長崎原爆投下の一瞬が目の前にあった。
爆風により衣服はもちろんのこと、皮膚も髪も全てが灰塵と帰さんとする刹那が見事に彫刻の名のもとに表出されている。

近づいてみると、無数の穴があいていて、空洞の中がちらりと見える。
完全な一木造であると分かった。台座の扱いも抜群に上手く像と台座が切り離しがたい、まるで台座から像が生えているかのような作りをしている。
またしても絶技とも言える彫りの冴えを見せつける、そして技だけでなく、像から溢れるイメージや精神性、崇高性にひれ伏したくなるような感慨があった。

顔だけが3方向に分かれたまま、ひとつとなっている。
そう、前記の「彫刻の時間 ―継承と展開―」展に、同じ構造の頭蓋骨の作品があったことを思い出す。
作家によれな、藝大美術館で展示した作品が今回のドローイング的な役割を果たしたのだという。骨格から制作を始め、肉付けしていく過程を経たと考えてよいのだろうか。
本作は、ケルンのKolumba Kunstmuseum所蔵17世紀の木彫、三位一体像から着想を得ており、森はティルマンスの写真集『Wolfgang Tillmans』 :Yale(University Press・2006/6/30)の表紙(以下)に使用されている同像を見て着想を得たというが、オリジナルを超え、完全な森淳一の世界を創出している。

ティルマンス

振り向けば、<trinity>が向いている正面の壁面上に、一羽の鳩が静止している。こちらも風化した瞬間を留めて設置したもの。

奥の畳スペースにはセラミックのマリアの顔像<shadow>が置かれていた。
どこまでも深い瞳の洞は、底知れぬ闇を湛えているようで、モチーフは、長崎の浦上教会に残る「被爆マリア」。こちらも東松照明だったか、似たようなイメージの写真を見た記憶がある。
また、その隣には長崎の海岸でしか採取されない貝の一種を使っての彫刻。こちらも骨をイメージさせる素材に、銀歯が取り付けられており、同じく原爆による被爆の痕跡をイメージさせた。

また、今回は木彫だけでなく、新たに油彩や写真といった分野にも挑戦している。
特に写真は実際にある風景を撮影したのではなく、模型を制作して疑似的な場面を創り出し、それを写真撮影しているとのこと。雪景色の中の風景にしか見えない。しかし、一見おとぎ話の一場面のように見えるが、実はトリニティ実験で使用された原子爆弾研究所を模した。

複数の表現手段を用いて時系列で長崎への原爆投下を展示空間に創出していた。
素晴らしい展示でした。

「ぬぐ絵画」 蔵屋美香 氏 講演 東京国立近代美術館

「ぬぐ絵画」展 蔵屋美香 氏(本展企画者、美術課長)講演 12月10日 東京国立近代美術館
展覧会特設サイト:http://www.momat.go.jp/Honkan/Undressing_Paintings/highlight/index.html

東京国立近代美術館で来年1月15日まで開催中の「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」の企画者である東近美の蔵屋美香氏の講演に行って来ました。
展覧会も常設展示と合わせて講演前に拝見しましたが、感想よりまずはざっくりと講演の内容をまとめました。

本論からは外れますが、講演は地下1階の講堂で開催されたのですが、蔵屋氏は講演中、聴衆をどんどんあてて、質問され、授業のような緊張感を味わいました。眠気は吹っ飛びです。では、以下講演内容抜粋。メモをもとにまとめているので、間違いなどがあればご指摘くださいますようお願い致します。

・「今」「なぜ」この展覧会をするのか?

(1)東京都の東京都青少年健全育成条例改正に関わるマンガ論争、明治期(100年前)にも猥褻か芸術かという同じような論争があった。

(2)人の裸にはいつの時代でも興味があるのではないか。
自分の身体と比べて他人の身体を比較する。→ 自分の身体や経験と比較して、絵画に描かれた身体を見る。
この結果、裸体に対して誰でもが高い鑑賞眼を持っている筈。

(3)出展作品の9割が女性の裸体。男性の裸体画が少ないのは、裸婦は男性がみるものであり、男性のため、男性目線で描かれている。

しかし、現代では女性誌「アンアン」のヌード特集が人気を博すように、女性が男性のヌードを見る時代に変わりつつある。
女性が新しい視点で女性の裸身を見るのではないか、女性が女性ヌードを見るとどうなるのかに興味があった。
女性を意識して、キャプションなど会場のテーマカラーにピンクを採用してみたが、蓋を開ければ観客の9割は男性。

(4)個人的理由として、蔵屋氏の大学生時代の話題が出される。
蔵屋氏は、女子美術大学の油絵科に在籍されており、学生時代は美大生なら当然の裸婦モデルのヌードデッサンをされたご経験もある。
今でも忘れられない出来事として、4階にある大学アトリエで80人の女学生と3人の裸婦モデルによりデッサンを行っていた。そこは、暗黙の了解の中で裸であることが了解され、成り立っている世界だったが、突然モデルさんの悲鳴が。
窓を見ると、外には電柱工事をしている男性がしっかと中を覗いている姿があったという。
この事件を機に、裸は芸術の目か、エッチな目で観るかいずれかであり、両者の共存は困難だと感じた。

→ ここで、明治期の女子美術大学の裸婦デッサン風景の古写真のスライドが登場

他にも学生時代の思い出として、20歳の時、男性モデルのヌードデッサンを行う授業があったが、学生のうち3名の女子が「恥ずかしくて描けません」「と泣き出した。そこで先生が苦肉の策として、モデルに後ろ向きのポーズを取ってもらうことにしたが、男性モデルも慣れていなかったのか、突然自分も恥ずかしいと言ってサングラスをかけ始めた。
裸にサングラスという奇妙な姿。
芸術と言う約束事が崩れると羞恥が生まれると言える。

今でも美大で基礎訓練として行われているヌードデッサンも、かつてモデルは匿名だったが、最近ではモデルが自己紹介し対話して人間性を知ってから描くように変わっている。また、デッサンに入る前に学生がモデルの写真を撮影するのを防ぐため携帯電話の類は預けさせる。これによって、個人の裸身がネット上に氾濫しないように学校側が留意している。

→ 同じく明治期の女子美術大学の男性裸体デッサンの古写真が登場
→ 次に安井曾太郎の木炭裸婦デッサンのスライドへ

同じ技法で100年前も現在も描く。なぜ、裸を描く授業があるのか?疑問に思っていた。
蔵屋氏は大学院に進み、そこでは美術史専攻となり、この疑問を解明するために色々調べた。
どうやら1988年頃、西洋から輸入された学習法で、この頃の学生も疑問に思っていたことが分かった。

西欧の裸体表現は、ギリシャ・ローマに起源があり、例えば今年国立西洋美術館で開催された「古代ギリシャ展」の円盤投げの彫刻がその好例。ギリシャ時代は裸礼讃の文化だった。
古代オリンピックの再現映像が上映されていたが、そこでは如何にして性器を隠すか編集の苦労が感じられた。

しかし、その後キリスト教により美しい裸礼讃は一旦すたれる。

次にルネサンス文化が隆盛し、人間の姿に関心が向かうようになる。
ルネサンス期にベネチアで活躍したジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」の画像とともに裸婦の元祖として紹介される。

次にフランスのジャック=ルイ・ダヴィッド「テルモピュライのレオニダス」1799~1814年ルーブル美術館蔵画像がスライドに。↓

Louis_David_20111213001816.jpg

ペルシャ人によるギリシャ侵攻を防御している様子を描いているのだが、なぜ戦っているのに彼らは皆、裸なのか?
この作品が描かれた時代では、崇高な歴史的場面は裸で描くのが一番良いと考えられていた。

そして、ここからいよいよ日本洋画へと話題は入って行く。

・黒田清輝 
1860~1880年頃、猛々しい男を裸で描く流行は終わり、なまめかしい女性を描く流行へとパリは変わっていた。ヨーロッパ文化はヌードを更に助長。
黒田清輝は1884年法律の勉強のため渡仏。途中で画家を志し、1886年にはラファエル・コランに学ぶ。
黒田は、日本で裸を描いて鑑賞するという使命感に燃えていた人。
彼は、ヨーロッパ芸術=ヌード、これを日本に伝えようとした。

浮世絵は人間の身体のプロポーションが西欧のものとは全然違う。ただし、浮世絵裸婦は写実ではないが、洗練したものとして日本に定着してきた。

・狩野芳崖
西洋の裸体の描き方を学ぶ。冒頭展示資料にもあるように、当時の日本人にとって、解剖学的な西洋風の画法は非常に難しいことだったことが分かる。

(1)日本人は裸でいるべき状況を設定してから描いた。

・五姓田義松 「銭湯」
意味なく裸(西洋)でなく、銭湯をモチーフに意味ある裸を描いている。

常設にも本展関連作品として90点の裸にまつわる作品を展示した。
・土田麦遷 「湯女」 常設
風呂を流した後に男性に性的サービスをする。その翌朝を描いた作品。
・小倉遊亀 「浴女」 → 銭湯
日本画では、お風呂に入っているから裸を描いている。

(2)裸をどこで見るか。西欧と日本の違い
日本ではこっそり見る。ヨーロッパでは人が大勢いる中で見る。

黒田清輝の「朝粧」(ちょうしょう)は、須磨の住友別邸にあったが第二次世界大戦で焼失。
黒田派1894年の明治美術会第6回展とその翌年に第4回内国勧業博覧会に出展。
意味なく裸で等身大の裸が登場した記念すべき作品。この作品を出展したことにより様々な議論が生じ、騒ぎとなったが、黒田はこれに負けないと誓う。
黒田の功績は裸を通して考えると分かりやすい。
ここから「智」「感」「情」の解説が始まる。
背景やタイトルから、聖なる存在として現実的なことから切り離す工夫をした。
背景の金地はどこにいるのか分からないようにしているし、金色という色が精神世界、聖なる存在感を高めている。
プロポーションの修正が行われ、8頭身、脚の付け根がちょうど四頭身、160センチくらいの女性。明治時代の女性の平均身長が143センチ。本作品を描くにあたり姉妹モデルを使ったことが分かっているが彼女たちは6.5頭身くらいで、8頭身まで引きのばしている。

下絵、デッサン何も残っておらず、キャンバスにいきなり木炭デッサンを行った。
1枚1ヶ月で制作。赤外線調査によれば、胸や脚のゆがみを修正していることが分かる。
8頭身のすらりとした女性を作り上げた黒田。この作品を見ていると、現実が追いついて行く。ある理想的なヴィジュアルイメージが現実を変える。

村上隆が「智」「感」「情」を制作したが、サイボーグのような黒田の美化の意味、意義を村上隆が読み取ったもの。
アニメの女の子はデフォルメされている。
黒田のやったことは、「理想像」が頭にあり、現実離れしたイメージを創り出した。
村上作品は、アニメもマンガも黒田のしたことと同じなのではないかという問題提起だった。

・黒田清輝 「野辺」
野外で裸になっている→ 嘘の情景
アトリエで素描モデルをして後ろで背景を合成。当時のモデルは貧しい子供モデルが多かった。
野辺で描こうとしたのは、春の妖精、ラファエル・コランの「フロレアル」の影響がある。

この後、萬鉄五郎の「裸体美人」の解釈と黒田との関わりについての解説があるが、それらは図録に詳しいので割愛する。
裸体美人の脇毛と大きな黒い鼻の穴を消して、黒田の「野辺」に脇毛を移植した2つの蔵屋氏作の画像がスライドで上映。
確かに脇毛と鼻の穴がなくなった「裸体美人」からは色っぽさが失われ、迫力ないつるんとしたヌードになり、逆に「野辺」は妖精ではなく女になっていた。

以後は上記の作品解説中心で終了となった。これらは会場内の解説パネル図録に詳細記載されています。
・熊谷守一 「轢死」
・古賀春江 「涯しなき逃避」
・安井曾太郎 「画室」
・小出楢重 「立てる裸婦」
甲斐圧楠音と梅原龍三郎ともに美青年で、特に梅原は息子に「ナルシ」と名付ける程のナルシストであったらしい。

なお、本展図録は1600円のハンディサイズ。図録と言いつつ、大半が文章で、文章の合間に出展作品の図版が掲載されている読み物と言えます。森大志郎デザイン。

やはり、企画者意図にしたがって是非一度ご覧いただくことをオススメします。特に女性の方こそ足を運んでみませんか。
そこから何を見つけて感じるかは鑑賞者次第でしょう。

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」 愛知県美術館

ポロック展

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」 愛知県美術館 11月11日~2012年1月22日
展覧会公式サイト:http://pollock100.com/

ジャクソン・ポロックの名前を知らなくても、彼の作品はどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか?

ポロック(1912~1956)は第二次大戦直後、キャンバスを床に広げてその上一面に塗料を撒き散らす独創的なスタイルとテクニックによって、絵画芸術の新しい地平を切り開き、その後カラーフィールド・ペインティングをはじめ、後続の絵画に大きな影響を及ぼすとともに、ハプニングなど、絵画や彫刻といった従来の枠を超え出た新しい種類の芸術をも引き起こすきっかけとなりました。
44歳という短い生涯で生み出された彼の芸術は国際的な評価を得、現代美術の出発点を築いたと言えるでしょう。

2012年、ポロック生誕100年を記念し本展は開催されます。日本では初の回顧展!であり、海外美術館が所蔵する主要作品を含め、国内所蔵作品すべてを合わせ約70点によりその画業を振り返るものです。

待ちに待ったポロック展。
結論から申しますと、国内開催の海外作家回顧展として、これ以上望めないような内容です。
震災以後、特に海外作家の回顧展はモランディ展をはじめ、開催中止、もしくは延期を余儀なくされたものがある中で、よくここまで集められたと感心しきりです。
特に、新聞などでも報道されたように、イランのテヘラン現代美術館所蔵の≪インディアンレッドの地の壁画≫1950年は、ポロック作品の中でも最高レベルと評価されている1点で、評価額が200億とも言われています。
ポロックはNYのMOMAが所蔵する≪One:第31番、1950年≫、ワシントンにある≪ラヴェンダー・ミスト:第1番≫1950年、メトロポリタン美術館≪秋のリズム:第30番≫1950年など1950年に傑作が集中しています。
NYに行けば、MOMAやメトロポリタン美術館の作品を観ることもできるでしょうが、イランへおいそれと行くことはできません。
前述の≪インディアンレッドの地の壁画≫も1950年制作の最高傑作であり、かつこの機会を逃したら恐らく一生観ることができない可能性が大きい作品なのです。

1点豪華主義というのは、海外作家の展覧会ではよく見かけますが、本展は違います。
1点だけじゃなく、2点、3点・・・と初期作品から晩年のブラックポーリングと言われる技法の作品までしっかり海外からの借用品を中心に見せてくれるのです。
個人的には、そのことに一番驚き感動しました。

やはり回顧展たるもの、初期から晩年までの作品がきっちり揃ってこそ、展覧会を終えると画家の人生を辿ったような、深い充足と心地よい疲労に包まれるのですが、そんな展覧会にはなかなかお目にかかれません。
特に海外作家においては国内に主要作品が少なく、予算にも限りがあるなど様々な要因から実現が厳しいのが現実です。

にも関わらず、本展では見事にその問題をクリアし、きっちりと丁寧な構成と内容でポロックの作品のみならず、その人生や人格までも考えさせられる内容となっています。

以下展覧会の構成です。
見どころや主要展示作品は公式サイト(こちら)に詳しいのでここでは割愛します。
第1章 1930-1941年 初期 自己を探し求めて
第2章 1942-1946年 形成期 モダンアートへの参入
第3章 1947-1950年 成熟期 革新の時
第4章 1951-1956年 後期・晩期 苦悩の中で

冒頭の≪自画像≫から、いきなり胸が鷲掴みにされたようなショックを受けました。
実はその前日にゴヤ展へ行って、ゴヤ展でも冒頭にゴヤの自画像作品が展示されていたのですが、両者の自画像があまりにも違い過ぎて、ポロックのそれは、1930~33年頃、つまり20歳の頃に描かれたものなのに、目は充血し背景はどす黒く、何とも不安な様子をしているのです。
既にこの時、飲酒をしており、彼の生命を断つ原因となったアルコールにこの若さで溺れているとは、何ともやりきれません。

飲酒に関していえば、その7年後には重度のアルコール中毒になり、ユング派の精神分析医の治療を受けます。本展ではその治療のために描いたドローイングも展示されており、興味深かったです。

父親が開拓民だったこともありアメリカ先住民、ネイティブアメリカンの遺跡や文化の影響を受けていた。その結果なのか、当初ポロックが画家でなく彫刻家を志していたこともまた興味深い事実でした。貴重な小さな自刻像も1点展示されていました。

ポーリング(流し込み、pourから来ている)技法確立前のポロックは≪誕生≫1941年頃でみられるように前述のネイティブアメリカンの他、メキシコ壁画運動、ピカソからの影響を強く感じます。
同様に1945年の≪トーテムレッスン2≫でも観られ、この作品はポロックにとって重要な人物となる批評家グリーンバーグが「どんな強い言葉でほめてもほめ足りない」とまで絶賛。
この作品、図録解説によれば、背景を先に塗っているのではなく、最後に塗られているとのこと。マスキング手法というそうで、これは再訪して確認せねばなりません。
もうひとつ、本作品はシャーマニズムへの関心がタイトルなどから考えられており、ここまでで思い浮かんだのが岡本太郎。
岡本もまたメキシコ壁画やシャーマニズム、縄文への強い関心とピカソへのライバル心と、ポロックだけではなく、当時の他の画家にも言えるのかもしれませんが、太い黒枠線など共通するものがあるような気がしました。

ピカソを超えたい!
その思いが結実するのは、ポロックがイーゼル絵画から解き放たれ、オールオーヴァーのポード絵画を完成した時と言えるでしょう。
彼は支持体をイーゼルではなくアトリエの床に置いて描き始めたのです。
新しいことを思いついても「くそっ、あいつがやっちまった。」、あいつとはピカソなのですが、ピカソを意識しやはりもっとも影響を受けていた。
オールオーヴァーのポード絵画を生み出すまでの過程は、転機となる作品、特に、ヒューストン美術館≪月の器≫1945年頃、富山近美所蔵の≪無題≫1946年がは要注目、などで実際に展覧会で確認することができます。

第2章、第3章の間にポロックアトリエを原寸大に再現したものが設置され、ここでは靴を脱いで中に入ることが可能です。(下画像)

アトリエ

ここだけ、写真撮影可能で、ポロックが使用していたエナメル塗料なども合わせて展示されています。
その前に、映像コーナーがあり、映像2本ハンス・ネイムス撮影のモノクロ「無題」6分と1951年「ジャクソン・ポロック」(9分)の2本を上映。
この2本の映像では、ポロックが実際にポード絵画を制作している様子が撮影されており、ダンスのようなかなり激しく早くリズミカルな動きで筆を動かし制作していることがよく分かる。
考えるのではなく、身体の動きによって、逆に脳へ信号が送り出され、筆を動かしているような、つまり身体のリズムによって描かれた線でありドリッピング(滴らし)のような気がしました。

映像を観て、実際にアトリエでポロックの真似をしつつ身体を動かしてみるとよいのですが。。。さすがに恥ずかしい。

第3章はいよいよ彼の成熟期。油が乗り、評価が高まった時期です。しかしこれが僅かに4年ほど。
ここでは本展担当の大島学芸員のご研究成果である日本の具体派との関係が明らかにされています。

本展出展作品もこの具体との関わりの中で選択されている点に注目すべきでしょう。名品というだけでなく、何を伝えたいか、それによってしっかり作品を持ってきているのです。
1951年読売アンデパンダン展で特別出品作として日本にやってきた2点が共にここで出展されています。
読売アンデパンダン展の様子を撮影した関連雑誌『みづゑ』なども展示。
なお、具体との関係性は大島氏著述の本展図録に掲載されている「ジャクソン・ポロックと具体美術協会」をご参照ください。
なぜ、本展関連イベントに具体の嶋本昭三が招致され、パフォーマンスが行われたのかが分かります。
嶋本氏は具体とポロックを結ぶ重要な役割を果たしていました。

もうひとつ、大島学芸員の研究成果としてこちらは2003年に発表されたものですが、≪カットアウト≫大原美術館の制作時期と制作者についての考察があります。本作は、画面ほぼ中央が人型に切り抜かれており、その下に別のポロック作品が貼り付けられているもの。
本展ではこの作品の制作時期を1948年-1958年としており、完成がポロックの没後(ポロックは1956年に没)になっている点に留意せねばなりません。
大島氏の研究によれば、この作品はポロックによって1948年から49年にかけてオールオーヴァーな画面を作りだした後に切り抜かれ、切り抜いた後の処理に悩み結局未完のまま残された。遺書によれば、「作品はそのまま手を加えないように」とされていたようだが、結局妻でアーティストでもあったリー・クラズナーの判断によって1958年に別の作品を裏から貼り付けられ完成させたという。
参考:大島徹也「ジャクソン・ポロックの≪カット・アウト≫-その年代確定と作者同定をめぐる一考察」『芸術/批評』0号、東信堂、2003年

他にも≪カット・アウト≫シリーズ(6点あるが本展ではその1点を展示)については、上記以外にも大島氏が「ジャクソン・ポロックのカット・アウトシリーズ-マティスとピカソの同化の試み」や本展開催前に出版された『ART TRACE PRESS』01号(下画像)の特集「唯一にして多数のポロック」松浦寿夫×林道郎でも取り上げられています。

artp01


ポロックは生涯を通じて繰り返しをすることがなかった。
常に、前衛、新しい表現を脅迫的と言えるほど追い求めていました。
そこに彼のアーティストとしての苦しみがあったのでしょう。更に気になるのは、彼が非常にナイーブな人物であっただろうということ。それゆえ、現実からの逃避としてアルコールに溺れやすく、身体も精神も崩壊することになる。
アーティストとしての人生は、常に他人からの評価や批判、批評にさらされるということ。
これをどこ吹く風、自分の信じる道を行くだけ!と割り切れれば良いのですが、ポロックはそうではなかったのでしょう。

壁にぶつかったポロックは、ブラックポーリングの作品を発表しますが、本人はこれに満足できなかったようで、結局絵が描けなくなり飲酒運転による自動車事故で1956年に亡くなります。

ブラックポーリング≪ナンバー11.1951≫1951年・ダロスコレクションは、横長の大作で、愛知県美で今年開催された棟方志功の作品にどこか似た造形を感じました。
この件について、愛知県美術館のツイッター(試験運用中)と同館館長とがやりとりを交わしています。→ こちら。


第4章の後、愛知県美術館では参考資料コーナーがあるのも特徴。
ここでは、関連の文献やポロックの遺品などが展示されています。残念ながら、ここでの展示品は作品リストにも図録にも記載がありません。
印象的なのは、ポロックの住まいの近くの浜辺で拾った人型の壊れた鉄製の錨。棒人間といったようにも見えるし、正面の壁に展示されている様子はポロックに対する鎮魂の祈りの気持ちを込めた十字架にも見えるのでした。

なお、地下2階 アートスペースX前通路展示ケースにおいて関連小展示「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」 と題して、ポロックの芸術がアメリカや日本の大衆文化に与えた影響を、レコードやファッション、玩具等の実際のさまざまな商品から探る展示が行われています。
この小企画と企画展最終コーナーの関連文献などは、愛知展のみです。お忘れないようにご鑑賞ください。

抽象絵画はよく分からない~という方は、ぜひ学芸員によるギャラリートークのご参加を!
1月6日(金)、1月13日(金)18:30-19:10
1月7日(土)(13時半~16時)にはシンポジウム「ジャクソン・ポロックがいま私たちに語りかけること」 も開催されます。

今年一番のオススメ展覧会です。ぜひ、お見逃しのないように。
本展は、来年2月に東京国立近代美術館に巡回します。

内海聖史 『シンプルなゲーム』 void+

内海聖史『シンプルなゲーム』 void+ 11月11日(金)~12月10日(土)
http://www.voidplus.jp/satoshi-uchiumi-simple-game/

内海聖史(うちうみ さとし)さんの個展、今年の4月のギャラリエANDO(渋谷)「さくらのなかりせば」に続き、本年2度目の個展開催です。
作家プロフィールはこちら

本個展では重要な命題があった。
「完璧なホワイトキューブでの個展機会を得ることになった。画家として、作家としてどうするか?」

直球ど真ん中で行くか、カーブでかわしてみるか、制約のない展示環境を得られた時、如何にその空間を活用するのかことに真摯に考えた結果を本展では見せてくれている。

通常の個展では考えられないような開催期間中週に1回の展示替えが行われる。
メイン会場の真っ白なほぼ立方体のような部屋は天井に照明がなく、邪魔な柱も梁もない。
そして、サブ会場に応接セットがあるスペースの最奥壁面があてられている。
この2つの展示スペースを1軍と呼び、応接セットのあるサブ会場の他の壁面には、出番を待った控え投手さながらの作品達が置かれていた。

様々なプランが泉のごとく湧出た結果、今回は上記のような週1度の展示替えを行い、作家は「絵画とは何か」を思考しつつ、非常に実験的かつチャレンジングな展示を見せてくれた。

星型のキャンバスに描かれた絵画を観たことがあるだろうか?

私は本展第3週目に≪Star≫と題された赤ベース、青ベースの星型キャンバスに描かれた作品を観た。
矩形の壁面にピタリと展示された≪Star≫は、これまでの作品とは違って、色よりもキャンバスの形に意識と注意が観た瞬間一斉に流れ込むのがよく分かった。
私の中での絵画の形、固定観念は基本的に矩形、あっても円形キャンバスくらい。少し前にWAKO WORKS OF ARTで、矩形キャンバスの下部が詰め物か何かで両脇こぶのように膨らんでいたのを覚えている程度。

固定概念を超越した星型(五茫星)は、単独でのフォームの意味合いを考えてしまった。そして、フィールド自体が意味を持ち始めた途端、私の関心は色彩から遠のき形へと向かう。
それによって、これまでの作品の見方と明らかに違う信号が脳内に発信されていた。

これも作家にとっては想定済みのこと。
分かっていながら、敢えて鑑賞者に「星型キャンバスでの作品はいかがでしょう?」と問い掛けられているような。

元々絵画は洞窟壁画から始まり、建築空間、展示空間に合わせて、基本的に矩形キャンバスを使用するのが一般的。
12月9日の「アーティスト・トーク」内海聖史 x 笠原出(美術家)、中村ケンゴ(美術家)、松山賢(美術家)は、対談相手の絶妙な突っ込みと質問が上手く噛み合って、面白い内容だった。

トークの中で、「内海さんの作品は作家の内部からではなく、展示空間は言うまでもなく季節感を考慮した、古典的技法や考え方を軽さをまとうように提示」という中村氏はじめ作家以外の3名の方々からのコメントがあり、納得が行った。
ストイックなまでにシンプルな技法ではあるが、非常に手数のかかる作業は表に見えないように、完成作は軽やかに鑑賞者の前に登場する。


そして、作家の関心は色、絵の具、その材料となっている顔料にある。
好例となる逸話があり、ヨーロッパなど諸外国のオールドマスターや名品を前に出た感想は、「絵の具の色がいい。」!
とコンセプトやストーリー性はみないということに驚いた。

この作家にとって絵画とは色を見せる、色を感じてもらうための装置なのではないか。

個展初日に絵の具のお話を伺ったところ、同じ色番号でもメーカーが異なっただけで色のニュアンスが変わる、その絵の具の色の違いを利用して色のグラデーションが制作されている。

衝撃の星型キャンバスを見詰めつつ、視線がキャンバスの中をさまよう。

星の中には綿棒を押すことで作られた無数の点が何ものにも見えないように注意深く構成された画面で輝く。

気が付いた時には最終周。
ゲームにはまると時間の経過になかなか気付かない。
チャレンジングな作家の掌の上でころころと転がされた自分に気付いた。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」 静岡市美術館

ダヴィンチ

「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」 静岡市美術館 11月3日~12月25日
http://www.shizubi.jp/exhibition/future_111103.php

静岡市美術館にて開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展に行って来ました。

静岡市美術館は前回のセガンティーニ展で来訪して以来の2度目。
静岡駅と地下で直結しているので、駅近でアクセスが良いのは魅力です。東京から名古屋へ行く際に、在来線で途中下車。このパターンも2回目です。

本展は世界各地から集めた日本初公開となるレオナルドの作品や、レオナルドと弟子による共作、弟子やレオナルド派と呼ばれる画家たちの作品、レオナルドと同時代の画家たちの作品、書籍や資料など約80点を展示し、「万能の天才」の美の系譜を紹介するものです。
レオナルド・ダ・ヴィンチと言えば、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーにて開催されている「ダ・ヴィンチ展」が人気で、前売りは早々と完売。チケットがプラチナ価額でオークションに出されていたりと大変な騒ぎになっています。
人気の理由は展示される作品のラインナップの凄さにあり。以下の通りファンでなくてもあっても垂涎ものです。
「白貂を抱く貴婦人」(油彩、チャルトリスキ美術館)
「ミラノの宮廷婦人の肖像」(ラ・ベル・フェロニエール)(油彩、ルーヴル美術館)
「聖母子と聖アンナと聖ヨハネ」(カルトゥーン、ロンドン・ナショナルギャラリー)
「リッタの聖母」(油彩、エルミタージュ)
「聖ヒエロニムス」(カルトゥーン、バチカン美術館)
「救世主キリスト」(油彩、個人蔵)
「岩窟の聖母」(油彩、ルーヴル美術館)
「岩窟の聖母」(油彩、ロンドン・ナショナルギャラリー)

※「最後の晩餐」(テンペラ、サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ修道院)
「最後の晩餐」の等寸大のレプリカ(ロイヤル・アカデミー蔵)及び「最後の晩餐」のための素描習作も展示

ご覧の通り、ルーブルとナショナルギャラリー所蔵の「岩窟の聖母」2点が並べて?展示されるようです。こんな機会はこの先あるかどうか。。。ということは申し上げるまでもありません。

本展に戻ります。
なぜ、ロンドンのダ・ヴィンチ展に触れたかと言えば、上記の「岩窟の聖母」3点目が本展に出展されているからです。
今回出展されているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチと弟子(カルロ・ペドレッティ説)によるもの。
私はまだ「岩窟の聖母」を拝見したことがないので、今回出展作品を観ても、これがダ・ヴィンチの真作とされる2点とどこがどう違うのか分かりません。

ほとんど弟子の作品と言って良いのかもしれませんが、ここではどれだけダ・ヴィンチの手が加わっているかに拘るのではなく、フラットな気持ちで作品だけを観ていくと良さそうです。
と言いつつ、本展でダ・ヴィンチ真作とされるのは全作品74点中の3点。これらは第1章「レオナルド・ダ・ヴィンチとレオナルド派」に登場します。
・「衣紋の習作」1470-75頃 同タイトルが2点。
・「老人の頭部(ポワイーの断片」

確かに描写力の確かさは習作であっても勿論伝わります。が、ここでは寧ろ弟子達の作品に目を向けるべきではないでしょうか。
彼らは師であるダ・ヴィンチの仕事を近くで垣間見ていたはず。
模写であったとしてもダ・ヴィンチ作品の神髄は感じられます。専門家でも鑑定は難しいとされる15世紀~16世紀の絵画ですから、いつ真贋が覆されるやもしれません。
まだ見ぬ「岩窟の聖母」はなぜか手が気になり、美少年として愛されたサライの「ほつれ髪の女」、ダヴィンチとジャンピエトリーノ「マグダラのマリア」が良かったです。

続く第2章「レオナルド時代の女性像」
ここでは、聖母としてしか描かれることのなかった女性が徐々に俗化が始まり、1520年頃には「ターバンの女」、そして1540年頃には「鏡を持つ高級娼婦の肖像」が教訓をこめて描かれるようになります。

「鏡を持つ高級娼婦の肖像」ベルナルディーノ・リチニオは画中画が描かれており、解釈も楽しめる興味深い作品でした。
女性像だけではないと思いますが、資料としてダヴィンチも学んでいたという『人間観相学』という書籍も並んでいます。

第3章「モナ・リザ」イメージの広がり
この章が一番面白かった。何しろ、本家本もとの「モナ・リザ」不在の中で、様々な模写作品が展示室にぐるりと並ぶ。
見渡す限り、「モナ・リザ」です。
面白いのは模写にいろんな段階があるということ。
国王の依頼で模写をした「アイルワースのモナリザ」、そしてアンブロワーズ・デュボア(帰属)の「モナ・リザ」。
「あなたはどのモナ・リザがお好きですか?」と問い掛けられているような気がする。
あの笑っているのか笑っていないのか分からない、モナ・リザが一様に何とも分類しがたい表情を浮かべている様は怖かったです。
と同時に、長きにわたり後の画家にこれ程までに模写したくなる要素がある「モナ・リザ」は、果たして美の象徴なのかと考えさせられました。

また、モナ・リザが着用しているドレスに施されている刺繍の紋様はダ・ヴィンチが考案した「柳の枝の飾り紋様」とのことで、かのデューラーが木版で模様を残しているものがありました。

第4章「裸のモナ・リザ」、「レダと白鳥」
ここで、いよいよ本展チラシに採用されたサライ「裸のモナ・リザ」が登場。
顔だけ観ていると、男性なのか女性なのか判断しにくいものがあります。かろうじて、胸の二つの膨らみが男性身体にしては大きいため女性かなと。しかし、それにしては肘から肩までの二の腕が太くてがっしりしているのが気になります。
これは、ダ・ヴィンチの理想の肉体美を追いかけ制作したものなのでは?
遠景はブルーで統一し、全面の上半身裸体画は肌に触りたくなるような皮膚の表現でした。
これに限らず本連では他に同タイトルの油彩1点、エッチング2点が出展され、やはりダ・ヴィンチ本人が「裸のモナ・リザ」を描いていた可能性が高いそうです。実作はいまだ見つからず、幻の作品のままかもしれません。

図像展開例としては「モナ・リザ」だけでなく「レダと白鳥」もまた同様です。
個人的にはベルガモ・アカデミア・カッラーラ美術館の16世紀中葉フィレンツェの画家「レダと白鳥」でした。
そして忘れてならないのは「レダと白鳥」のエロスです。
何ともエロチックなつまり白鳥とレダが交尾しているような作品あり、それと関連してか「浴室のふたりの女性」フォンテンヌブロー派の作品が。
乳首をつまむあの有名なフォンテーヌブロー派「ガブリエル・デストレとその妹」ルーブル美術家蔵によく似ています。
左右に少し斜めに向かい合った2人の女性の半身裸像。
これも全章の「裸のモナ・リザ」からの展開とされています。
「裸のモナ・リザ」がここまで発展していくとは、ダ・ヴィンチも想像できたでしょうか。

最終章では「神話化されるレオナルド」と題して、ダ・ヴィンチの肖像画はじめ、サライの肖像画などが紹介されています。
チェーザレ・マッカリ「≪モナ・リザ≫を描くレオナルド・ダヴィンチ」が良かったです。
エッチングなどを通してダ・ヴィンチの生涯を追います。

本展の構成は次の通り。l
1.レオナルド・ダ・ヴィンチとレオナルド派
2.レオナルド時代の女性像
3.「モナ・リザ」イメージの広がり
4.「裸のモナ・リザ」、「レダと白鳥」
5.神話化されるレオナルド

なお、本展はこの後福岡市立美術館:2012年2月7日~3月4日、Bunkamuraザ・ミュージアム:3月31日~6月10日と巡回します。各会場により展示作品が数点異なり、東京展は前後期で1点入替がある予定です。

畠山直哉 「Natural Stories」 東京都写真美術館

畠山直哉

畠山直哉 「Natural Stories」 東京都写真美術館 10月1日~12月4日

今日で終了した畠山直哉「Natural Stories」の感想を遅ればせながら残しておこうと思う。

私はかねてより畠山氏の写真が好きで、いやご本人も好きなのだが、そのお名前を知って日が浅い。
内藤礼さんの発電所美術館での個展図録の写真が、実際にその場で観た以上に美しく繊細で、図録自体が作品のような素晴らしい写真が掲載されていた。この写真は一体どなたが撮影されたのだろう、と奥付を見るとそこに畠山氏のお名前があった。
それ以後、私の記憶に深くその名前が刻みこまれた。

なかなか個展を拝見する機会がなく、清澄のギャラリーでの個展を拝見したのが最初だろうか。
ただ、畠山氏が岩手のご出身であることは知っていたし、昨年出版された『話す写真』もしっかり買って、ABCでのトークショーにも参加。プリントの美しさ、抜群の構図は比類なきものがある。
今回の個展は開催が決まって以来ずっと楽しみにしていた。

そうして、3月11日の震災が発生。
岩手県の畠山氏のご実家は被害がないのだろうか。
そうこうするうち悪い予感が的中し、お身内が亡くなられたことを知って衝撃を受ける。
そして、新聞に掲載された畠山氏による被災後の岩手の写真。
被災した場所とは思えないような静けさで、そして悲しいくらい美しいプリントだった。

本展は、被災後の畠山直哉による初の個展。
冒頭は、もう一つの山と題して、目もくらむような澄んだブルーの「シュタイン氷河」や「ユングフラウヨッホ」をはじめとしたアルプスの風景が撮影された写真を展示。
そして、新作「テリル」と続く。

ナチュラル・ストーリーズに展示された写真から、自然と人間の営為とを考えさせられる。
特に冒頭の一連の写真には大自然に対して、卑小な人間の姿が含まれている写真が多かった。
そして、続くシリーズでは人間の行為によって出現したボタ山や工場をとらえつつ、人間の手(行為)を感じさせない。むしろ、自然の一部のように見える。

果たして人間は自然に対していかなる行為をして来たのか。
そして、人間と自然はいかに接して来たのかを問いかけられているような気がした。

コントロールしようにもどうにもできない抗えない力を持つ自然界。

会場の4分の3の所に、仕切られた一角があった。
震災後に畠山氏が撮影した岩手県陸前高田の写真と震災前に撮りためた写真がスライド上映されている。
震災後の写真は60点、あの「等高線」と同じサイズだと思う。
「等高線」は写真による辞書を作ろうという意図のもと撮影された。
今回の震災後の写真は、発表することを意識して撮影されている。
失われてしまったものたち、残されたものたち、見えなくなったものと、今見えているものをとらえている。
撮影地は、意識的にせよ無意識的にせよ、かつてそこに何があったのかを知っているその目がカメラを通して撮影している。かつてここで育った畠山氏であるからこその選択と視線だ。

震災後のこの個展で、被災地の写真を出展することは、畠山氏にとっては必然であっただろうと思う。
むしろ、出展しない方が不自然ではないか。

最後にブラストシリーズがコマ撮りアニメーションのように大スクリーンに連写されて行く。
巨大石灰石がはっぱにより破壊されていく。人智によって破壊されていく自然。
それとは逆に、自然災害によって破壊されていく人間のコミュニティー。

私たちは今一度立ち止まって考えて見る必要があるだろう。そして、展覧会は私たちに問いかけ続けていた「これから何をなすべきかを」。

「イコノフォビア -図像の誘惑と恐怖-」 愛知県美術館ギャラリー G1、G2室

「イコノフォビア -図像の誘惑と恐怖-」 愛知県美術館ギャラリー G1、G2室 11月29日~12月4日
http://iconophobia.net/

〈イコノフォビア〉。この耳慣れない言葉なのに、一度耳にするとなかなか離れがたい記憶に残る。「イコン(図像)」と「フォビア(恐怖症)」を組み合わせた言葉だという。
本展は、魅了されるがゆえ、時に恐怖さえ与えるやもしれない図像を生み出す9名の作家によるグループ展。
出品作家:阿部大介/池奈千江/鷹野健/高橋耕平/田口健太/坂本夏子/二艘木洋行/水戸部七絵/qp

出品作家は版を扱う作家(版画や写真を使用する)とそれ以外の平面作家とに大別される。
まず、版を使わない作家から。
・池奈千江 1977 愛知県生まれ 2003 愛知県立芸術大学院美術研究科油画専攻修了
彼女の油彩は非常に絵具が薄い。薄すぎて、ベールががかったような淡さ。
描かれているのは主に少女像。全身もしくは肖像画であるが、最小限の色味と線で、軽く薄く、儚く、ふわふわと画面をモチーフが漂っているかのよう。
そんな印象を一番体現していたのは≪sleep≫2011年 眠りと題されたこの作品は、「死」もまた永遠の眠りとされるのを踏まえた上で制作されたのだろうか。
生きているのか亡くなっているのか分からない、宙に浮かんだ寝姿はやはり死の予感を感じずにはいられない。

画像は、≪round≫2011年。写真撮影にはこの作品の方が向いていたので敢えて別作品を掲載。実際に目で観ないと、絵具のニュアンスは分からないだろう。
ike

彼女は名古屋市瑞穂区蜜柑山にあるSee Sae Gallery+Cafeにて12月17日まで個展を開催中。
詳細 → こちら

・水戸部七絵 1988? 神奈川県生まれ 2010 名古屋造形大学卒業
薄付きの油彩の隣に、ごりごりに濃厚かつ絵具がてんこ盛りされた作品が登場。とにかく強烈なインパクト。
絵具のてんこ盛り作家は結構見かけるけれど、水戸部(敬称略)の作品は、破たんと絶妙な画像解釈との間のギリギリの所に位置している。一歩間違うと、作品は崩壊寸前の危機にある程の破壊力を有するが、上手く均衡が取れている作品は、何にもまして力があると同時に存在感と面白さがある。
まだまだ未知数であることは、モチーフからも察せられ、絵具のチューブのような具象もあれば、タイトルは≪東京メトロ≫(下画像)なのに、メトロはどこなの?と探したくなるような抽象とが混在。
mitobe

mitobe2

作家のサイト(以下)を観ると、絵本にも関心があるという。ところで、このサイトのトップ画像も良いですね。
http://nanaemitobe.com/ 注:トップ画面は音楽が付き
今後が楽しみな作家。

・二艘木洋行 1983年生まれ 
お描き掲示板での描画を2005年より始め今日に至る。
デジタルアートの一種なのかと思いきや、手描きの水彩ドローイングもある。水江未来さんのアニメーションのような。
nisougi

月並みな表現で申し訳ないが、ポップでカラフル、オートマティスムを思わせる自由奔放な描線が特徴。
まさにお描きというのがピッタリだが、バラバラに見えつつも全作品を通しての統一感と作家のオリジナリティがある。
アニメーションなどに向いているように思うが、その方面にご関心はないのだろうか。
オリジナリティ要素のひとつに、作家サインがある。画面対比のサインの大きさはかなりのもの。中には画面の中心に名前が入っているものがあったり、レタリングとして観ても面白い。
タイトルは「梨」。untitledのダジャレ。
子供のような絵、かのパウル・クレーもそう評されることがあったが、大人の描く子供のような絵ほど怖いものはない。
作家サイト → http://unknownpop.com/about.html

・坂本夏子 1983 熊本市に生まれ 現在、愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士後期課程在学中
出品作家として、もっとも著名なのは彼女だろう。
2010年のVOCA展、国立国際美術館で開催された「絵画の庭」展など展覧会での作品発表の機会を得ている。
今回出品された2点は、最初2011年制作とあったので新作と思いきや、1点は今年2月に開催された「アイチ・ジーン」豊田市美術館会場で、もう1点は同じく「アイチ・ジーン」愛知県芸術大学芸術資料館で展示された作品らしい。

未見作は「Octopus Restaurant」で、空中に蛸が浮かび、相変わらずどこまで続くのかという程、奥行きが深い。
sakamoto

画面の中央に向かえば向かう程、細胞のような壁面が密になっていく様子には恐怖を覚える。まるで壁という壁が全て細胞で、触手を伸ばしてくるような。

そして、こんなに濃密な画面と構成を考える坂本夏子という作家にも畏怖を覚える。

・qp
詳細不明。作家サイトは発見。前記の二艘木氏とのつながりがあるよう。
アンタイトルで紙にインク、その上から保護用なのか光沢を出すためなのかニス塗りされている。
こちらもお描きに近しく、モチーフに性的描写が多いのが特徴。色づかいに特徴がある。小画面が多く、これが大画面になったらどうなるのだろうと思った。扱いきれるか。
qp

次に版表現の作家へ。

・阿部大介 1977 京都生まれ 2004 愛知県立芸術大学大学院美術研究科 修了
本展企画にも携わっている。アイチ・ジーンでは、版を利用した立体作品が印象に残っているが、今年の春のアインソフディスパッチでの個展頃から平面版画へ回帰。
本展でもトナーを利用した銅版画≪to the mass≫15枚組を展示。ストロークの痕跡が感じられるモノトーンの版表現はストイックで書のようでもあった。
abe

・田口健太 1980 長崎生まれ 2009 愛知県立芸術大学 大学院 美術研究科 美術専攻 油画・版画領域 修了
写真であって版でもある。
そう評するのは適切だろうか。技法については以下作家のサイトに詳述されている。以下。
http://kenta-taguchi.net/
ほぼ同じ少女の顔が4つ並ぶが、光の当たり方が違う。そして、その表情や顔付きも同じようだが微妙に違いを持っているような気がする。
4点の少女ドローイングをフィルムに行い、現像し写真化されたものが作品として展示されている。*画像は3点ですが本当は4点並ぶ。
taguchi

作品の印象を決めるのは、ドローイングだろう。
どこまで、魅力的な像を描けるか。光のニュアンスはその次の段階にあるのではないか。
観者の目は、最初図像全体に行き渡り、光の当たり具合などの細部への配りは次段階にある。

・鷹野健 1980 神奈川県生まれ 2005年愛知県立芸術大学大学院油画専攻修了
石膏に版を転写?する作品。
石膏の白の上に、版のインクが溶けだすようなにじみを見せる。
takano

陽炎もしくは過去の幻影を観ている気がした。版も写真も記録を残す手段のひとつであることを思い出した。
作家の公式サイト:http://www.ttakano.com/

・高橋耕平 1977 京都生まれ 2002 京都精華大学大学院芸術研究科修了
大学で版画と写真を学ばれたという。
2点の写真を使用した作品≪object≫(a man)シリーズは、一見真っ黒な画面なのだが、よくよく目を凝らすと、じんわりと人の顔らしき像が浮かぶ。
写真に油性インクを使用したまだら模様のポートレートが11点並ぶその下に1点の映像作品が。
家族にまつわる思い出話を2人の男性が池を背景に数十秒ずらして全く同一の台詞を語る作品。
音声の「ズレ」がポイントなのだが、声は声色という例えがあるように色の役割をし、支持体となる紙の代わりが画像で、映像による版表現であった。10人が同様にズレをもって発話したら10色の多色刷りとなるのか。
takahasi

彼も現在京都にて「パズルと反芻」と題した2人展を開催中。こちらは12月23日まで。
詳細 → こちら

版表現の違いに焦点を当て画像の扱いを見せるなら、山田純嗣さんの作品があればより面白かったに違いない。

9名による図像操作に翻弄されつつ楽しめるグループ展だった。

*写真は主催者の許可を得て撮影。

高山登 退任記念展 「枕木-白い闇×黒い闇」 東京藝術大学大学美術館

高山登

高山登 退任記念展 「枕木-白い闇×黒い闇」 東京藝術大学大学美術館 11月17日~12月4日
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2011/takayama/takayama_ja.htm

高山登(1944年生まれ)の東京藝術大学退任記念展で、初めて同氏の作品を拝見することとなった。
2010年1月から3月にかけて宮城県美術館で開催された「300本の枕木 呼吸する空間」展の評価が高く、恥ずかしながら私はそれで初めてお名前を知ることとなった。

高山登の枕木を使用したインスタレーションは「物質と記憶の関係」をテーマとして制作され、同氏によれば「かつてアジアを侵略した日本の鉄道敷設の記憶に結びつくことを」と制作動機として語っている。
アジア侵略の鉄道敷設と言えば、満鉄のことだろう。当時の多くの日本人が抱いた野望の象徴ともいえる存在だろう、しかしそれはこと満鉄に限らず満州、そして大陸自体がそうだった。

展示室に入った瞬間、視覚より臭覚が刺激された。
鼻をつく油もしくは強烈なタールの匂い。
衝立の向こう側に、黒いシートの上に重なった大量の枕木があった。
照明は落とされ、黒い枕木だけが不気味な程、存在感を放っており、正面スクリーンでは映像が、私が行った時には目、瞳孔が投影されていた。
そして、暫くすると、何か呼吸音のような音が聴こえて来る。等間隔に発生するその「シューッ」という音は、蒸気の音らしいが、私には心肺蘇生機の呼吸音のように聞こえた。
息絶えそうな死と必死に戦う病魔に襲われた存在が横たわっているような。

そうこうするうち、映像は瞳から、水打ち際に変わった。全部で3パターンのイメージ映像が繰り返し流れる。

目の前にある重量級のインスタレーションにはなぜか思ったほどの感動が得られない。
これはごくごく個人的な問題なのだが、どういう訳か最近大掛かりなインスタレーション、よく耳にする言葉で言えばスペクタクルな傾向の強いインスタレーションに感動しなくなってしまった。
どうにも作り物感を先に感じてしまって。美術は元々作り物なのだから何をいまさらと思うのだけれど致し方ない。
なので、この感想はあまり参考になさらず、どんどんご自身の目で確かめていただきたい。

奥のスペースは半分に分かれていて、向かって左側がドローイングと版作品、右側がこれまでの展覧会記録映像や枕木制作映像の上映が行われている。

冒頭、作家のテーマは「物質と記憶の関係」と書いたが、ドローイングや版作品の方がインスタレーションよりこのテーマを強く感じた。
ドローイングは石炭で描いたのか?黒鉛の粒や重なりは物質の構成要素であり、物質を分解されたものが紙に留まる。
留まったその時間から今現在、私たち鑑賞者が作品を観るその時間を含み、時間の重さが黒鉛から表出していた。
版≪転写≫(1966年~1968年)は物質そのものの痕跡を象り、平面作品であるが姿を変えて物質化されたもののように思う。

黒鉛だけでなく≪コールタール・コラージュグラフ2003≫も同様に物質をそのまま紙に押しとどめた姿で私たちに語りかけて来る。

ご自身の記憶を昇華しようとされていたのだろうか。

インスタレーションもドローイングも拝見する機会を得られたことを有り難く思った。

なお、12月4日(日)14時~関連イベントとして田中泯によるパフォーマンス「場踊り」が開催されます。
会場は同展が開催されている東京藝術大学美術館展示室3
同展、パフォーマンスともに入場無料です。
カレンダー
11 | 2011/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。