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奇なるものへの挑戦 明治大正/異端の科学 岐阜県博物館

奇なるものへの挑戦 明治大正/異端の科学、明治から大正時代にかけて日本では心霊研究や催眠術、千里眼ブームをはじめとする霊術、精神療法が大流行した。本展では、このブームを背景に「奇なるもの」に真摯に取り組んだ岐阜県出身者を中心にその足跡と近代史、精神医学や心理学の黎明まで幅広く紹介している。

胡散臭いと敬遠されがちな霊術、精神療法を科学的に証明しがたいもの=奇なるものと位置づけ、博物館で取り上げ展観する稀有な企画展である。
展示冒頭は「こっくりさん」で始まるのだが、いきなりつかみからぐいぐいひきこまれる。自分の小学生から中学生の頃、修学旅行やキャンプで夜な夜な始まるこっくりさん。懐かしすぎて泣ける。既に明治期に始まっていることが浮世絵で示されていた。こっくりさんの歴史はそんなにも古かったのか!!!
そして妖怪博士として美術界でも知る人ぞ知る井上円了は、こっくりさんの指動き現象を究明しようとしていた。

2.催眠術ブーム
催眠術に使用する複式催眠球なるものが特許申請され(初めて見た!)、会場には地元の工業高校の学生さんが作った複製があり自分で試すこともできたが、生憎車の運転をしなければならないのに、催眠にかかっている場合ではないと自重。ハウツー本や当時の催眠術療法の様子も写真が残っていた。

3,東京大学と心理学
ここからはちょっと真面目なテーマになってくる。学問としての「心理学」の始まりを紹介。やはり東大で心理学博士が国内初登場。第1号の博士に指導を受けた第2号心理学博士が福来友吉で岐阜県出身であった。ここで、ようやくこの企画展がなぜ岐阜で開催されるのか合点がいった。福来博士はこの後、紹介される千里眼事件にも大きく関与し東大教授まで登りつめたが休職→退職を余儀なくされ高山に心理学研究所を設立。東大で使用されていた心理学実験の器具も展示されていた。どうやって使用していたか、写真はあったがよくわからず。認知心理学分野での実験であったのだろうか。

4.千里眼
千里眼は遠くのものを見ることができる特殊能力いわゆる超能力者で明治期には千里眼婦人や千里眼少年が世間で評判になっていて、病人の治療までしていた。明治だけでなくこうした能力の持ち主は江戸時代いや古代、卑弥呼などもその一例と考えて良いのではないかとも思うが、展示ではそこまで触れていないのであしからず。
千里眼がインチキでなく本物の特殊能力であることを示そうと公開実験を行ったのが前述の福来助教授を中心とし物理学者、精神医学者も協力。が、展示にあった人物関係図によれば福来教授とライバル関係にあった学者により実験は失敗に終わる。
そして、実験に協力した千里眼婦人は自殺し、真実は闇に葬られるという事件自体がミステリアスな結末を迎えるのだった。ドラマを見ているかのようだが史実であるから怖い。

5.九州帝国大学と精神医学
6.中村古峡と『変態心理』
ここでは当時「変態心理」(異常心理)が学問領域として心理学と精神医学とで曖昧で学際交流が盛んであった九州帝国大学の例が写真とともに紹介されている。九大精神医学、心理学と言えば笠原嘉が著名だが、九大の精神医学の歴史は古かったのだなとここでも納得。また、日本探偵小説三大奇書に数えられる夢野久作著:小説『ドグラ・マグラ』は九大精神病科を舞台に書かれ実在の人物がモデルになったという。この直筆原稿が近年発見され、分厚い原稿用紙の束と小説には書かれていないエンディング部分→九州帝国大学精神病科教室標本完備室」の一文が書かれた部分の原稿ほか4枚が公開されていて、私の血がざわめく。ドグラ・マグラといえば、映像作家の松本俊夫監督の映画を思い出すがこれも展示には出ていない。

岐阜県出身の中村古峡は夏目漱石門下で文学を志していたが、途中精神医学への興味が高まり転向、精神医学者となる。古峡を例に文学と精神医学、心理学が相互に関係していることを紹介。森田草平(彼も岐阜県出身)と古峡
は東大同窓で二人とも漱石の門下生であり、福来友吉の精神医学の授業を受講していた(古峡が残した文書が展示)。

7.その後の福来博士
東大を追われた福来氏はその後変態心理研究家としての道を突き進む。ここでの展示では当時の福来博士の写真や東北大学の学生や土井晩翠らと結成した東北心霊科学研究会のメンバーとの記念写真などが並ぶ。同研究会の前に高野山大学教授を務めていたのは興味深い。変態心理、超常現象と密教との関連が想起される。福来博士は野原櫻州、三田光一らと念写実験を繰り返し行っている。野原の場合、馬の念写、三田の場合は月の裏側の念写写真(岐阜市公会堂での公開実験時のもの)が当時の新聞記事などとあわせて展示されていた。本当に念写で写し出された像なのかトリックなのか。

8.霊術ブーム
霊術とは明治末から昭和初期にかけて大流行した民間療法で古くは修験道にそのルーツを見出せるという。やはり山岳修験の聖地白山が近い岐阜ならではの企画。
気合術、霊術ブームの元祖:桑原俊郎、恵那山で霊感を得て霊術家となり太霊道を始めた田中守平、臼井霊気の祖:臼井 甕男(うすい みかお、彼も岐阜県出身であった)やレイキを紹介。こうしてみると岐阜県には霊術、催眠術関係者が非常に多い。驚いたのはTwitterでも情報をよく得ている人文書院が元は日本心霊学会という組織で会員向けに心霊関係本を販売していたという史実。まったく知らなかった。
太霊道の熱心な信奉者に画家:久米民十郎がいたということ。30歳で関東大震災に被災し惜しくも命を落としたが、《支那の踊り》は特に有名。本展では霊媒派、霊媒画家と自称していた久米の一気呵成に描いたと思われる《鶏の夜鳴きする声》神奈川近美蔵が出品されていた。図録には《支那の踊り》とあわせて掲載されている。NYの個展時に撮影された久米の肖像写真では智拳印に似た両手を組み合わせたポーズでおさまっていて太霊道と密教との関係も頭に浮かんだ。

9.健康法ブーム
霊術の流行の一方で明治時代は健康法が大ブーム。また明治末から大正初めまでは修養ブームが起きた。修養とは何ぞやというあたりは図録コラムに詳細が解説されている。
そういえば、萬鉄五郎も座禅健康法か静座健康法の道場に一時通っておりその縁でアメリカに渡った筈。
現在の自律神経訓練法もこれらをもとにしているのだろうか。腹式呼吸、息心調和など呼吸法を重視した健康法が目立つ。

10.熊﨑健翁の姓名学
熊崎もまた岐阜県恵那市の生まれ。易経と運命学をベースにした心道という新宗教の祖として晩年活躍。神秘学にも通ずるか。

11.奇なるものの行方
ご当地岐阜がブーム発祥という口裂け女やつちのこブームを紹介。特に前者はブーム最盛期に小学生だった自分にとって懐かしくもあり、岐阜発祥ということへの驚きと妙な納得感があった。口裂け女を使った同館オリジナル缶バッジのキャラがかわいい。

12.奇なるものを楽しむ
見せ物小屋、大垣市の安田興行を紹介。今では1軒となった往時の見せ物小屋での大人気の人間ポンプの写真やポスター、横断幕などを展示。現在はお化け屋敷で全国巡業しているという。


長くなったが、精神医学、心理学、スピリチュアル、健康法、催眠術に霊媒、最後には口裂け女につちのこ、ご当地ならではの大垣市の安田興行など多数の観点から奇なるものを一気にまとめて紹介するという稀有な企画展。来場者は実に様々な年齢層であったのも興味深かった。ある人は霊気のコーナーを見たくてそこに一目散に向かっていたし、別の方は太子道のコーナーへと。明治から昭和初期にかけてブームを起こしたこれらの霊術や健康法が今現在も受け継がれている岐阜県を間近に感じた。
図録がまた素晴らしい内容で読み応えがある。監修者2名の方の論考やコラムも展示では案内しきれなかった部分を詳細に解説している。図録は1000円。

8月24日には「明治のオカルトブームについて」題し2人の専門家が語る講演会を開催。

*8月31日まで開催中。
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