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「生誕130年記念 鰭崎英朋展-明治・大正の挿絵界を生きる-」 弥生美術館

eihou

年明け早々に見て来たにも関わらず、感想を書かぬまま今週末の3月28日(日)に会期末を迎える「鰭崎英朋展」。

本展では、鰭崎英朋(ひれざき・えいほう)の生誕130年を記念し、日本近代の挿絵史に残した軌跡を、初公開作品を含めた約350点によって展観し、英朋の魅力を再検証するものです。 ~弥生美術館チラシより

鰭崎英朋は、明治13年東京に生まれ、17歳で浮世絵師・月岡芳年門下の右田年英に入門。新進の日本画家として活動しつつ、挿絵画家としても活躍し、特に妖艶な美人画を得意とした英朋は、雑誌・新聞を舞台に人気挿絵画家として、生涯挿絵に専念し挿絵一筋に生きた画家です。
同じく月岡芳年門下の水野年方に師事し、美人画家として著名な鏑木清方も若かりし頃、英朋同様に挿絵画家として人気を博していたが、清方は挿絵と袂を分かち、日本画一本でやっていく人生を選んだのと対照的で、両者の挿絵作品が、埼玉県立近代美術館開催の「小村雪岱展」でも一緒に並んでいたのはつい最近のこと。

日本画家として、日本美術界にその名を残し、人々の記憶に今も残っている清方に対して、鰭崎英朋の名前を知る人はごくごく限られています。そんな英朋の足跡、そして作品の素晴らしさ、画業をたどる本展は非常に貴重な機会でした。

展覧会の構成は次の通りです。
第1章 新進の日本画家として
第2章 美しき「鏡花本」の世界
第3章 挿絵画家として生きる
第4章 波乱万丈の「家庭小説」
第5章 華麗なる装幀本の世界
第6章 瞬間をとらえる-大相撲の取組挿絵

何しろ展示作品数約350点、しかも弥生美術館の展覧会は毎回解説が丁寧で、1階2階の展示室にぎっしり作品が詰まっているので、見終わった後、底知れない満足感と集中した後の疲労感で、それっきり文章にすることができなかった(ブログが遅くなった単なる言い訳ですが)。
既に2ヶ月経過して、今もなお印象に残っていることを記してみたい。

まず、第1章。
ここでは、英朋若き頃の日本画作品が並ぶ。これがまぁ、驚く程に上手い。英朋は日本画家の道を選択していても、画壇の一角をなす実力と才能を有していたと思う。私が感銘を受けたのは「幽霊画」である。英朋の師である右田年英のそのまた師である月岡芳年の幽霊画に勝るとも劣らぬ妖艶で美しい幽霊。英朋の美人幽霊の方が、線の細さ、はかなさを感じる。男性が観た時、幽霊ながらも「守ってあげたい」という気持ちにさせられるのではなかろうか。

幽霊画以外の作品も美人画がほとんどで、こちらも後の挿絵系譜になっていくのが分かる作品。清方と比較ばかりするのはどうかと思うけれど、同時代に生きた画家として彼ら二人の美人画を見て行くと、清方の美人は「きりり」とした感じの作品が多いが、英朋の美人は「妖艶」「はんなりとした色香」が強いように思う。

展示資料の中に、英朋が語る彼の理想の美人(定義)が紹介されていて面白い。一部ですが「丸顔の婦人にあっては、目が大きく二重瞼で、鼻に丸みがあって、口は小さくて、眉も生際も濃からんことを・・・細面の婦人にあっては・・・」と延々続き、更には「襟足が良いのです」と締めくくられ、美人は襟足!と妙に記憶に残ってしまった。

第2章では、泉鏡花の作品装幀や挿絵を手がけた鏡花作品ゆかりの作品が並ぶ。
中でも最高傑作と言われる作品が、冒頭本展チラシ掲載作品の『続風流線』口絵である。
泉鏡花を中心として、彼の作品の装幀や挿絵を手がけたのは英朋だけでなく、前述の鏑木清方や小村雪岱、橋口五葉らが挙げられる。英朋は鏡花本人と個人的な付き合いもあった。しかし、当代切っての挿絵画家たちが手がけた鏡花の小説というのは余程の魅力があったに相違ない。残念ながら私は泉鏡花の小説に目を通したことがないので、その世界について今、語ることはできず、想像の域にすぎないことを恥ずかしいと思っている。

鏡花本の挿絵については、『婦系図』の口絵で、清方との合作をしていて、両者の挿絵界での人気ぶりを伺うことができると共に、作家は違えど、同一画面を描いて違和感がなく調和しているのは、各々の個性が良い方向に発揮され、両者に共通する美しさがあるせいだろう。

第3章から第5章では、英朋の挿絵画家としての作品の数々が雑誌、新聞小説、本、紙媒体を通しての活躍ぶりを堪能する。登場人物の感情はあらわになり、特に女性の嫉妬、恋情、怨嗟のごときを描かせたら右に出るものはいないのではないか。冒頭の日本画の幽霊でも感じたが、英朋は幽霊小説が好きで、幽霊そのものに非常に関心があったというから、好きこそものの上手なれの諺を思い出した。

また、英朋は方位学(易)に凝っていて、その傾倒ぶりは家族にまで影響を及ぼしたというエピソードは面白い。実は私も一時期九星方位に関心があり、吉方位への旅行をしていたこともあったので、ぐっと親近感を覚えてしまった(余談)。

最終章では、英朋の相撲挿絵を取り上げている。
妖艶な美人や幽霊と続いて、いきなり相撲の挿絵という意外な感じがあった。観察力、基本的な写実描写が卓越しているので、相撲取りを描いてもやはり上手い。上手いだけなら、他の画家でも描けるだろうが、英朋の挿絵は、彼が考案した「分解挿絵」は取組の流れが分かりやすいということで評価され、更に人気を博した。

「読者に分かりやすい挿絵を描く」相撲の世界で読者に何を求められているかを察し、絵の分野では英朋は他のライバルを寄せ付けず大人気だったという。当時は分かりやすい相撲絵がある新聞がよく売れたので、新聞各紙では人気挿絵画家は引っ張りだこ。新聞の売り上げを相撲の挿絵が左右したというから、その影響力の強さに驚いたが、肝心の英朋は相撲絵を描き始めた時、相撲が好きな訳でもなく、見たこともなかったというから面白い。

英朋がなぜ、日本画家としての才能を持ちながらも生涯挿絵画家として生きる道を選んだのか、その明確な理由は分からないようだ。解説等によれば、英朋は、浮世絵師の歌川国芳門下としての自分に誇りを持っており、市井の画家であった浮世絵師と同じように挿絵画家であろうとしたとする説が書かれていた。
本当のところはどうだったのか?亡くなってしまった英朋に、もはや確認することはできない。

*3月28日まで開催中。

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遊行七恵さま

こんばんは。
イマイチな訳がありません!
あまりにも深すぎて、更に300点もの作品があるのに作品リストがないため
結局国書刊行会の英朋作品集を買うまで記事が書けなかったのです。
リストがない時はメモを取るのが面倒で(恥)。

泉鏡花は、好き嫌い以前の前にまず一度自分で読むしかないのでしょうね。
しかし、今本を読む時間はまるでないのです。
ブログやめるか、本読むかですね。

No title

こんにちは
記事がなかなかなくて、「memeさん鰭崎イマイチだったのかなぁ」と淋しく思ってました。
嬉しいですね~読んでて「そうそうそう!!」とコブシ握っちゃいました。
鰭崎がこうして人気になって行くのが楽しいです。


鏡花はかなり偏愛してますので、いつでもお話できますよ~
ただあの文体と物語の構成は特異なので、本当に好悪が分かれるところかもしれません。
風流線は岩波版を持ってますが、筑摩版との差異を以前検証したこともありまして、岩波版は不完全だと思いつつ、それでも再読繰り返してます。
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