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藤本涼 "live on air" G/P gallery

hujimotoryo

G/P galleryで4月25日まで開催中の藤本涼 "live on air"を見て来ました。
個展HP ⇒ http://www.gptokyo.jp/gp/ex_2010/article/live_on_air

藤本涼は、少し前に記事をアップした児玉画廊で個展開催中の宮永亮と同じく、昨年の「NEW DIRECTION展 ♯1「exp.」展(@TWS本郷)で初めて知った。
その後、今年に入り東京藝術大学先端芸術卒業修了制作展で再び、藤本作品を発見、今年卒業されるんだなぁと思ったが、、この時はちょっと印象が薄かった。

(参考)
「NEW DIRECTION展 ♯1「exp.」展の「過去ログ
東京藝術大学先端芸術表現科卒業修了制作展

今回のG/P gallery個展でも、過去に拝見した作品同様"live on air" シリーズが展示されていた。
ただし、プリントサイズが大きくなっていたように感じたが、記憶が曖昧なので実際は同じなのかもしれない。

全部で12点。いずれもどんよりとした重い空気の中で「橋」「塔」「山登りする人たち」「かもめ」などがおぼろげに写されている。
特に「山登りする人たち」は初期の野口里佳作品「フジヤマ」シリーズの1枚を思い出した。

しかし、藤本涼の作品を写真という枠にあてはめることが適切なのかは悩ましい。

会場に置かれていた説明によれば「観客における想像の世界を喚起させる≪装置≫としての写真を追求し、旅先でのスナップ、セットアップ、デジタルといった作品制作の過程を通して画像を作り出している」と書かれている。

同じく、会場にある作家のステートメントには「私はあくまで”写真を撮る”のではなく、”カメラと写真を用いてイメージを獲得する”ことに執着する。カメラの前にあるものが例え白く光った平面であったとしても、それは崇高な、茫漠とした何もない彼方である、と言い切るために作品を作る」と書かれていた。

いかにもありそうでない風景を上手く撮ったと思って楽しむか、所詮作られた世界だと思うか、作りものだと分かっていても楽しめるかによって評価が分かれるのかもしれない。

私自身、彼の作り出した世界に惹かれる-特に作品集にあった旧作など-のだけれど、どこか引っかかるものがある。いっそ写真と考えず絵画として作品を見ると、優れた構図や色彩などから彼の優れたセンスは写真であっても絵画であっても評価でき、前述のひっかかかりに囚われることなどない。
絵筆とキャンバスをカメラと写真(アクリル板か印画紙)に置き換えたと思えば分かりやすいのか。

写真と絵画の狭間を行く藤本涼の作品に今後も期待したいと思う。

*4月25日まで開催中。

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