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「マイ・フェイバリット-とある美術の検索目録/所蔵作品から」 京都国立近代美術館

フェイバリット

京都国立近代美術館で5月5日まで開催中の「マイ・フェイバリット-とある美術の検索目録/所蔵作品から」に行って来ました。

なかなか感想を書きづらい展覧会だったので、書き始める迄に相当逡巡してしまった。

冒頭、本展の目指すところをまずはご紹介することが必要だろう。京都国立近代美術館に本展図録の序文がそのまま掲載されているので、以下URLをご参照ください。
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2009/378intro.html

まず、京近美の所蔵作品分類に「その他」という謎めいた分類があることが、本展開催のきっかけであった。
曰く「その他」と言えば、どこにも分類不能なもの、雑多なイメージを持つ。
京近美の学芸員の皆様をしても分類できない、いや「敢えて分類しないことに意味を持たせた作品とは一体いかなる作品たちなのか」それを探ることが本展を楽しむポイントだと思う。

ただし、さすが京近美。そうやすやすと「その他」と分類されたのがどんな作品なのかを単純明快に見せてはくれない。ひっかけ問題のように、「その他」以外の分類とされている作品を資料として並存展示している。
したがって、鑑賞者は目の前にある作品が「その他」なのかそれ以外の「資料」作品なのかを考える必要がある。
もちろん、そんなことは考えず、ひたすら作品を楽しんでも全く問題はないのだが。

「その他」作品とされているもののうち、これは「写真」になぜ分類されないのか?と思う作品が何点もあった。
だからかもしれないが、「写真」としっかり分類されている作品も多かった。
例えば、ユージンスミスやエドワード・ウェストン、野島康三、東松照明らの作品は写真で、やなぎみわ、森村泰昌、澤田知子の作品は「その他」になる。
このニュアンスの差は何だろう。それを考えていくのが面白い。

以下はあるYoginiの日常版、「本展におけるマイフェイバリット」。

・クシュトフ・ヴォディチコ ≪もし不審なものを見かけたら≫
この4面の映像作品はカッコイイ。展示全体がカッコイイのだけれど、これ1作だけでもカッコ良かったと思う。
人の気配、まるでそこに実際にいるかのような、そして上からは人の声が。この声が小さいのが残念で、「過去の展示ではもっと大きい音で流していたとか」とブログ'A'holic days’さんが書かれていたので、それが小さいと分かった。確かに聞こえるか聞こえないかのかすかな音量で、この音量が作家本来の意図と同一なのだろうか?
もう少し大きい方が雑踏の中にいる感じ、不審感はより感じ得たかもしれない。鑑賞客がもう少し多ければ、かき消されそうな音だった。

・マルセル・デュシャン 一連の作品展示
デュシャンで始まり、デュシャンから進んでいないとも言われる現代美術。個人的に好きでも嫌いでもないけれど、この展示方法が素敵だった。見せ方が上手い。

・都築響一 「着倒れ方丈記」
この作品、初めて拝見した。写真というより文章で見せる。文字通り「その他」以外何物にも入り得ないだろう。
やなぎみわの「マイグランドマザーズ」も写真と文章で見せてくれたし、更にその前にソフィ・カルも写真と文章で見せる。都築響一の本作は文章量が多いが、出演者の個性が際立っており他人の私生活を覗き見る感じ、自分でもいやしいなと思う好奇心が掻き立てられた。消費は美徳かもと思えた。

・倉俣史郎 ≪光のテーブル≫
≪ガラスの椅子≫と一緒に展示されていたけれど、私は≪光のテーブル≫に圧倒された。形がまず美しい。椅子は冷たい感じがした。

・クルト・シュビッタース 一連の作品
彼のデザイン、コラージュはやたらと眼をひいた。1920年前後の作品とは思えない斬新さ。90年を経過してもなお、古臭さを感じない。

・フィオナ・タン ≪ゆりかご≫
やっと、フィオナの作品を見ることができた。至極単純な仕掛けにも関わらず、響くものがある。

・ローター・バウムガルテン
恥ずかしながら、知らない写真家(作家?)。これも「その他」に分類されているのは、仕掛けられた対象を撮影しているからか?
森村泰昌、やなぎみわも作家自身の仕掛けを撮影している。これら全て「その他」に分類されていた。

・ピピロッティ・リスト「私の空間に明るみを」 寄託作品
これも展示が上手かった。倉俣らの家具と一緒のコーナーに置かれていたが、インテリアシリーズの強いアクセントになっている。

・アリシア・フラミス 一連の作品
彼女?で良いのかな、の写真も「その他」に分類されていた。これは思わず欲しくなった。フォト・ドローイングらしい。どこからどこまでがドローイング
なのかは分からないけれど美しい。

・ウィリアム・ケントリッジ
言わずと知れたケントリッジ作品。これは、もう何度も見たけれどやっぱりいいものはいい。

・W・ユージン・スミス ≪楽園への歩み≫
ユージン・スミスの作品に自分がいかに弱いか思い知った。もちろん、これは「写真」で分類。べただけど、≪楽園への歩み≫とか泣けます。

本展で一番好きだったコーナーは、野島康三と川端龍子の日本画が共演している展示スペース。日本の古き夏の風景を野島が撮影し、川端が絵画表現している。この組み合わせは最高。
展示方法でいえば、他にもティルマンスの写真も点在させ方が上手かったし、利岡アートビル・コレクションのお札関係の作品ばかり集合させたのも面白かった。

総じて、内容的には地味かもしれないが、展示方法・見せ方・コンセプトが面白いので、見ていて楽しめる。好きな人にはたまらない世界だけれど、だからこそ「マイ・フェイバリット」なのだ。

ただし、ドミニク・ゴンザレス=フォルステルの映像作品をはじめ、映像作品のキャプションに上映時間が記載されていないのはいただけない。通常どこの美術館でもキャプションに上映時間を入れていることが多い。なぜ、京近美さんは入っていなかったのだろうか?
どの程度の上映時間かで鑑賞順序を変えることもある。来館者の誰もが時間に余裕がある訳ではないのだから。ちなみに図録の方には上映時間記載されているので、余計に納得がいかない。
また作品リストも作成されておらず、図録購入して下さいと言わんばかりの姿勢が気になった。メモを取りにくいので作品リストは希望者だけにでも配布して欲しかった。

フルクサスについて、もっと知らねば!
それにしても、本展を見てますます写真が好きになっていくなぁ。

*5月5日まで開催中。なお、所蔵作品は写真撮影可能だそうです。

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