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「平明・静謐・孤高-長谷川潾二郎展」 平塚市美術館

hasegwa

平塚市美術館で6月13日まで開催中の「平明・静謐・孤高-長谷川潾二郎展」に行って来ました。

今朝のNHK「日曜美術館」特集でも取り上げられ、朝日新聞本日朝刊の読書欄に森村泰昌氏による書評が掲載されているとか、いずれも未見・未読だがもっともっと世の中にこの画家について紹介していただきたいと思う、そんな展覧会だった。

長谷川潾二郎(はせがわ・りんじろう・1904-1988))は、戦前から戦後にかけて長く制作を続け、独自の写実表現を開拓。画壇には属さず、美術の流行にも超然とした態度をとり、結果日本近代美術史の中で特異な位置を占めることになった。
納得いくまで観察しないと描かない寡作で、孤高ともいえる制作態度、そしてペンネームを地味井平造として幻想小説家としての一面を持っていた。彼の父はジャーナリストとしての先駆け、兄:林不忘はあの『丹下左膳』作者であり
2人の弟も文学者であるという環境を考えると、彼が幻想小説家としての一面を持っていたとしても不思議ではない。

本展は、公立美術館として初めての回顧展として初期から晩年までの作品を網羅し、彼の創作ノートからの言葉をたどりつつ独創的な絵画世界を検証します。

作品は全部で油彩125点、素描3点と作品サイズこそ小さいが、1点1点の濃縮したエキスのようで、全作品観終わった時には集中のあまり心地よい疲労感に満たされる。
彼の作品、特にスタイルが完成するパリ留学から帰国して以後の作品はどれも魅力的で、たとえて言うなら一編の詩歌、あるいは句を視覚表現化しているように感じた。
できることなら、全部持って帰ってしまいたい、そんな欲望にかられる。

展覧会は、基本的に制作年代順かつモチーフ順になっています。

彼が最初に絵を描き始めたのは14,15歳の時。
川端画学校に入学するも、数か月で退学し、以後は独学で油彩技法を獲得する。
ごく初期の頃の作品は、当時流行していた岸田劉生をはじめとする草土社の影響を受けているが、≪ハリストス正教会への道≫1923年などを境にキュビスムの影響下により、画面構成が幾何学的になっていく。

そして、1930年≪窓とかまきり≫、≪猫と毛糸≫(会場冒頭に展示されている)の2枚は彼の画業の中で注目に値すべき作品。前者は、構図に驚いた。
画面一杯に大きく取られた白いの窓、左側に赤いカーテンが寄せられ、桟には小さな緑のカマキリが。窓の向こうには遠く緑の木々の頭と白い雲の浮かぶ風景が描かれる。
白、赤、緑という基本色3つの取り合わせが抜群に上手い。
色数を絞った取り合わせの上手さは、特に後半の作品群など全てにあてはまる。
更に本作の構図はマグリットを思い出させる不思議さ、珍しさがあった。この特異的な構図と色により、観る者をぐっと惹きつける。
後者、≪猫と毛糸≫は後に描く≪猫≫1966年につながる作品で、両者を比較してみると楽しい。

その後1931年に長谷川はパリへ留学。
しかし大好きな蕪村と芭蕉の句集を読み、日本について未知な自分を認識し「巴里の風景はパリ人に任せば良い。日本の自然の研究が自身の仕事である」ことに気付き約1年で帰国。
渡欧中には≪門≫、≪道≫いずれも1931年など筆跡のない平坦なタッチや細部の精緻な描き込みといった画風を確立している。特に樹木表現を観ていたら、アンリ・ルソーをはじめとする素朴派の画家による作風に似ているような気がした。
何の変哲もない風景なのに、どこか惹かれる。閉ざされた門、頑丈な壁の向こうには何があるのか。そんな風に想像力を掻きたてられる。

帰国後、彼は身の回りの風景、かつて目にして印象に残っていた風景を描き始める。
ここでは、≪時計のある門≫1935年が忘れがたい。
麻布のロシア領事館の近くを写生したもの。門は開いていて、赤いれんが壁の前には子供がボールで遊んでいる。画面の上部半分は白っぽい空で覆われ、余白が大きく取られ、その一方で、下半分は建物、門、塀など対象物で埋まっている。画面2分割の手法は、後年描く静物画で顕著に見られる。視線は、一旦大きな余白に向かって、すぐに下半分のディテールに移る。
「一番美しい色は土の色」は彼の言葉だが、本作品の土の色の表現にも注目したい。非常にリアル。

ごくごく小品の≪南禅寺風景≫1936年、≪正倉院附近≫1937年などスケッチ旅行したのか、彼の知らなかった、そして知ろうとした風景を絵に留めている。

≪芭蕉の庭≫1947年、≪食後の庭≫1947年はちょっと特異な画面で面白い。
これは、想像上の風景なのだろうか。
前者は、大きな芭蕉の木を左に配し、右側には青々とした草の上に赤い毛氈をひいて2人のおかっぱの女性が向かい合わせに座っている。茶事でも始めるのか。
近景、遠景の描き分けにより、奥行き感を出すとともに、非現実的とさえ感じる大きな芭蕉の木の存在が想像上の景色なのかと感じさせる所以だろう。
この芭蕉の木と風景は、松尾芭蕉へのオマージュなのか?彼の句から沸き起こったイメージの結実なのか。不思議な作品。

1952年頃から、静物画に取り組み始める。
ここから、延々と続く静物画の数々は圧巻で、似たような構図、モチーフで何枚もの作品をある意味執拗に描く。
そこには納得できるまで、何度でも描く彼の画家としての姿勢が透徹されている。
会場内に貼られた制作ノートの一部を読んでいると、1枚の絵を完成させるのに、色が気に入らないと言って消し、また修正し、また消してと何度も何度も試行錯誤を繰り返す。

透明感のある背景と対象となるモノ。
前述したように、画面はに分割されていることが多い。
上半分は余白、下半分にテーブルや花であれば花瓶、お皿に物(たばこ、パイプ、マッチ、果物、剣玉)が静かに佇む。長谷川が描くモノたちは、時に生きているような輝きを見せている。そして、何枚もの同じモチーフを繰り返し見ることによって、私たちはゆっくりとした時間の流れを無意識のうちに感じる。

彼の静物画には色の取り合わせの妙はより顕著になり、作品の魅力を引き立てていた。
≪玩具と絵本≫ごくごく薄い背景色にそれより僅かに濃いグレーを使用して白のテーブルクロスの存在感を表現、上には真っ赤な球の剣玉や赤白青黄の紙風船、絵本、鉛筆、白いボールがひっそりと静かにその存在を主張してはいるように感じる。

洲之内徹は彼を非常に評価していたがその作品に「目前にある現実がこの世のものとは思われない」と評したのに対し、長谷川は「実物によって生まれる内部の感動を描くのが目的。
静物がただモノがそこにある事実。」だと。
静物がたたえる内在の美を見事に表現している長谷川の静物画を観ていると、いつしか心持が穏やかになってくる。
後年になるに従い、彼の静物画は色彩も形も純度を増していくことが分かる。

静物と同じく彼が多く手掛けた「花」のシリーズも忘れてはならない。
1935年≪アネモネ≫、1938年≪バラ≫。
後者の≪バラ≫がコレクターでもあった洲之内徹の目にとまった。
この絵肌の透明感、花の立体感は、言葉では表現できない。静物画にも言えるが、彼の油彩の透明感、光と影を印刷物にした時、再現不可能なのではないかと思った。
しかし、本展図録(一般に書籍として販売しているので書店で購入可能、3000円)の印刷は素晴らしい。
不可能をほぼ可能にしていると言っても過言ではない。
透明なコップにさしたバラの複数の茎の緑とコップとバラの確かな存在感。
静かな美。

最後に、冒頭にあった≪猫と毛糸≫1930年の作品の戻りたい。
会場途中に≪猫≫1966年(チラシ表紙作品)がある。この猫、よくよく見るとヒゲが向かって右側に三本だけ。
そして、冒頭の≪猫と毛糸≫に描かれる猫に至ってはひげがない。
例によってに分割された背景に芋虫のようにまるくなった三毛猫が眠っている。ひげがないのは、あまりにも遅筆であるためなかなか手を入れられなかったらしい。
結局、片側にだけ髭を入れてこの作品は終わった。それがこの猫にはぴったり合うと判断したからだった。

どれもこれも手元に置いておきたい、傍にいて欲しいと思う作品ばかり。そして、彼の文章にも惹かれた。

最後に会場を何往復かして、もし自分が1枚買うことができるとしたらどれを選ぶか考えてみた。
≪木の実≫1965年、≪木と鳥≫1979年、≪玩具と絵本≫1979年、≪時計のある門≫1935年の4点だろうか。

「私の作品は小さい画が多いから、会場の部屋は適当に小さい部屋が良い。画が集まっている個展の部屋は、私の感覚によって呼吸する空間」。
今回の展示室は大き過ぎるだろうと、長谷川がどこかで小さな笑みを浮かべているかもしれない。

素晴らしい展覧会だった。

*6月13日(日)まで開催中。なお、TV放送後客足が極端に増えてきたので、残りの会期は混雑が予想されます。

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とら様

こんばんは。

>  画家の意図が観者に伝わらないことは良くあることですが、あえてこのように反論しているところに長谷川の強い個性があるのでしょう。

⇒ 仰る通りですね。静謐な画面の中に、凛としたものを感じるのは
  そのせいかもしれません。

No title

 洲之内徹の評価「目前にある現実がこの世のものとは思われない」 に対して 長谷川潾二郎が「実物によって生まれる内部の感動を描くのが目的。静物はただモノがそこにある事実」と反論しているのは面白いと思いました。

 画家の意図が観者に伝わらないことは良くあることですが、あえてこのように反論しているところに長谷川の強い個性があるのでしょう。
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