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「楊谷と元旦 -因幡画壇の奇才-」 鳥取県立博物館

楊谷と元旦
6月20日まで鳥取県立博物館で開催中の「楊谷と元旦 -因幡画壇の奇才-」に行って来ました。

6月13日放送のNHK教育『日曜美術館』アートシーンで同展の紹介映像が流れ、屏風絵の見事さに釘付けに。全くノーチェックだった展覧会で、詳細を同博物館サイトで見るにけ、2010年が楊谷の生誕250年に、元旦は没後170年にあたるため開催されると知り、この機会を逃せばこの両画家の作品をまとめて見ることはないのではないかと、またしても強い切迫感に襲われ急遽関西行き日程の中に組み込むことにした。
また、楊谷の画業がまとめて紹介されるのは今回が初という更に貴重な機会であることを付記しておきたい。

タイトルにある「因幡画壇」は耳慣れない言葉で、因幡の白ウサギならぬ因幡画壇とは果たしていかなるものかに、強い関心が湧きおこる。TV番組終了後、twitter上でブログ「あべまつ行脚」のあべまつ様は「鳥取と言えば沖一蛾はじめ他にも画人がいる。」とすぐに画壇の一角を成す画家の名前が出てくるあたりはさすが。私はと言えば、一蛾も鳥取関係の画家だったのかと漸くそこで知った。

さて、「楊谷と元旦 -因幡画壇の奇才-」は実に素晴らしい内容でこの後長く私の記憶に残ることは間違いない。
片山楊谷(1760~1801)の強烈な作画力、技術力に驚嘆し、こんな画家がいたのかと屏風絵、軸物いずれにおいても個性的な才能を見せつける。タイトルにあるー因幡画壇の奇才-は誇張でも何でもなく、本当にその通りだと思った。
対する島田元旦(1778~1840)は、かの有名な谷文晁の実弟。こちらは、アイヌの生活を描いた作品や実景図などに力量を発揮。そうかと思えば、濃密な唐絵風の屏風絵なども遺しており、画風多彩である。

展示作品は、前期・後期の展示替えがあるが全部合わせて164点、これに加えて同館常設展示室も特集コーナーを組み関連画家の作品など約24点を紹介。全てを観るには2時間は必要だったし、帰りの列車の時間さえ気にしなければもう1周したかった程。

展示構成と共に以下展覧会を振り返る。まず展示は作家単位になっていて、最初に楊谷、後半に元旦の順になっている。
■楊谷
プロローグ-長崎の画家-
楊谷は長崎の医師の家に生まれ、父親は「洞」某の中国人、母は日本人の熊本姓だが、特に父親についてはっきりとしたことが分かっていない。更に、楊谷の絵の師匠であるが、これもはっきりとした資料がなく、長崎のどこかで画技を学んだことは確かだが、中国人絵師に直接、もしくは中国人絵師に学んだ日本人といずれにせよ唐絵の技法を学んだようである。
ここでは、黄檗宗の関連画家である河村若芝(河村は、若冲アナザーワールド展でも若冲に影響を与えたとされる唐絵画家の一人として作品が展示されていた)、渡辺秀石、そして沈南蘋≪麒麟図≫1749年≪双鶴図≫1758年(いずれも長崎歴史文化博物館蔵)らの作品を紹介する。中でも、楊谷との関連が一番強いと推測されている費漢源の2点≪竹図≫長崎歴史文化博物館≪枇杷に小禽図≫1756年・神戸市立博物館にも注目したい。これらの作品、特に沈南蘋の濃密でカラフルな色彩絵は、これまで何度か見ているが、費漢源の作品は、むしろ墨色に特徴があり、色彩より線の画家といった印象。

【楊谷--瓊浦時代-】
ここから先は、一挙に楊谷ワールドに突入する。作品リストを見ると、お気に入りマークがみっしり付いていて、のっけから楊谷に圧倒されたことがよく分かる。中でも特にといった作品を挙げる。
・≪花王獣王図≫1783年 鳥取県立博物館
楊谷24歳の若き日の佳作。楊谷はわずか13歳で絵描きになると決め、後に諸国を漫遊し画技を磨く。本作は、縦180センチの画面に牡丹と虎を縦に上手く配置。後述するが、既に虎の描き方が楊谷流となっている様子が感じられる。

・≪猛虎図≫三幅対
楊谷の虎の特徴は、毛描きにある。尻尾も体毛もそして髭もどれも手に触れれば刺されるのではないかと思う程、直線的で毛が長い。そして、身体を覆い尽くすようにみっしりと綿密にそれらの長い体毛を一本一本肉眼視できる形式で描く。そして、顔貌も見事に虎の怖い表情を捉え、他の画家にありがちな虎なのか猫なのかといったことは決してない。
これより前に≪猛虎図屏風≫六曲一双1780年も展示されていたが、そちらは21歳の作。両者を比較すると、虎の描き方が随分上達し、かつ自身の画風を得ていることが見て取れる。一番右幅の虎は、何と何とホワイトタイガー。楊谷は白い虎をどうやって知ったのだろう。中央は黒白、左端が一番ノーマルな黄色と黒の虎。三幅あるが虎も三様。

・≪鷲図≫一幅 渡辺美術館
これも大幅だが、墨一色の水墨画。この作品で鷲は大画面に一杯、身体が紙面よりはみ出して全部が描かれていない。身体を捩じるようにし、特徴ある大きな二つの瞳はどこか一点を見つめている。この構図と鷲の瞳が忘れられない。

・≪菊慈童・花鳥図≫三幅 1791年 
楊谷は「菊慈童」をモチーフとして多く作品を描いている。そして、色彩の鮮やかさ菊慈童の着衣や髪の精緻な描写に虎とは違う別のものを見るようだ。

【特別展示】新発見の楊谷作品
・≪猛虎図屏風≫六曲一双
本展開催準備中に、発見された六曲一双の屏風絵。これが、ガラスケースなしにど~んと展示室に置かれている様は壮観。残念ながら、新発見作であるためか、図録には掲載されていない。こちらも楊谷の毛描きが見事な作品。

【楊谷-稲葉時代-】
楊谷は鳥取藩主に画技の才を見出され、茶人家の片山家に夫婦ともども養子入りする。そして、鳥取の地で画業に励む。
・≪桃園三傑図≫神戸市立博物館
・≪鶴亀図≫鳥取・興禅寺
≪鶴亀図≫は、典型的な鶴亀の吉祥画題を扱っているものの、楊谷の手にかかればかなり毛色の違った作品となっている。最大の理由はやはり構図の取り方であろう。中央に大きく鶴を一羽。背景にはなぜか波濤と岩、手前にやや小さめの亀が横向きに鶴の方を見上げている。まさしく鶴と亀が出会った場面。「かごめかごめ」という歌が頭に浮かんだ。
何ともドラマティックで面白い。

【妙法院真仁法親王との接点】
妙法院真仁法親王は当時文化サロンを成していた人物で、この人物を通じて京画壇をはじめとする他の画人たちとの交流の場を楊谷は得ていたようだ。
ここでは、円山応挙の≪龍虎図≫二幅が展示されているが、楊谷の迫力ある虎と比べるとぬいぐるみのように見えた(応挙よごめんなさい)。

・≪山水花鳥人物図押絵貼屏風≫六曲一双
・≪山水図押絵貼屏風≫六曲一双 1796年
いずれも、ますます冴えわたる楊谷の技量が見事に描出される作品。虎のみならず花鳥、鯉、亀、鶴と何を描いても上手い。

【特集】山路寺に残る障壁画
ここまででも私は十分に感動し、楊谷の素晴らしさに惚れ込んでいた。しかし、これだけでは終わらない。この特集展示は本当に素晴らしかった。
兵庫県の真言宗の寺院・山路寺には、今も楊谷の障壁画が残っている。なぜ、彼がこの寺の障壁画を描くことになったのか経緯等は不明。今回は、寺内の再現を試み、まるでお寺の中で観ているかのごとく障壁画が設置されていて、実際の状態を体験することができた。
・≪老松図襖≫
・≪渓流猛虎図襖≫
・≪牡丹孔雀図襖≫
いずれも1800年と楊谷の亡くなる前年に描かれた畢竟の大作であることは間違いない。これらは全て紙本墨画で、最初の老松図襖は狩野永徳を思わせるかのごとく、どっしりと8面を上手く使って度太い幹、うろ、そして枝まで描ききる。見た瞬間に震えが走った。
更にすごいのは、次の間の楊谷得意の猛虎図。やはり、なぜかここでも水辺の岩に這いつくばったり、身体をしならせ上を見上げるなど虎の動き方が様々で、一つとして同じ動きをしていない。
滝の描写も見事。ここで、感動のあまり泣きそうになった。しかし、楊谷は「虎の画家」と称して良いのではないか。かつて、ここまで見事に虎の絵を描いた画家を私は知らない。

このコーナー最後に、個人蔵の銀箔墨画の六曲一双屏風(これもガラスなし)≪龍虎図屏風≫が展示されている。
このド迫力。1798年頃の作品といわれるが、ここでも虎の動き方は尋常でない。実に活き活きと龍と相対する場面を描く。銀地に墨の黒が映える。

楊谷の作品は到底上記に挙げた作品だけでは尽きせぬ魅力がある。図録を再度見返してみると、前期展示作品にも素晴らしい作品が何点もあった。これ、前後期とも見たかった。

次の元旦コーナーへの橋渡しとして『兼葭堂日記』にみる楊谷と元旦と題し、楊谷と元旦が日をおかずして蒹葭堂のもとを訪れた記録が日記を元に紹介している。ここで、「木村兼葭堂像」谷文晁1802年(重文)が展示されているのも心憎い演出であった。

長くなるが、もうしばらくお付き合いください。
■元旦
いよいよ、もう一人の主役島田元旦の登場。
【特集】蝦夷を描く
元旦は、1799年、22歳の時に幕府の調査隊の一行として蝦夷に赴き、同地のアイヌ民族や景観を描いている。
ここでは亜欧堂田善≪海浜アイヌ図≫1800年、≪毛夷武餘蔦図≫1800年と、当時の江戸絵画としてはかなり異風の作品2点に注目。最近だったか、東博の常設特集でアイヌ民族に関連する資料の展示を見たけれど、これほどインパクトは強くなかった。やはり絵画にすると、当時の様子がストレートに伝わる。また亜欧堂と島田元旦の画風の比較も面白い。両者の描くアイヌの人々は、似ているようで別物に見えてしまった。

【特集】風景を写す
谷文晁が、当時の老中松平定信の命により真景図を多く遺しているが、その影響からか弟元旦も風景図を多く手がけている。
・≪東海道中図屏風≫六曲一双
・≪諸国名所図≫八面 栃木県立博物館
特に、屏風の方は、当時の東海道を行く人々の様子も描き込まれ、風俗図としても楽しめる。元旦40~50代の作品といわれている。

プロローグ-谷家に生まれて-
谷文晁は当時人気画家であったが、本人のみならず妻も弟、妹も絵をよくした。
・≪秋江独釣図≫島田元旦 1794年
17歳とは思えない技量だが、ややかたい。

【元旦】-鳥取藩島田家へ-
元旦は蝦夷から帰朝後、1801年に鳥取藩島田家に養子に入った。
ここから、鳥取藩士としてまた一方で画作も依頼される二足のわらじを履く日々となる。
・≪旭日に鶴図≫1809年 鳥取・松岸寺
あっけにとられたのはこの作品。これまで、割とよくある風景図ばかりを見て来たのに、突如この作品147.2×99.3の大幅で、デザイン的要素が非常に強い。
背景の波の描き方、そして、なぜか波の間に旭が漂っている。そしてそれを上から見下ろす鶴一羽。絵具は良い物を与えられていたのか(依頼した人物は上役?)彩色も美しく、鳥の羽根の細かな描写、透け感まで見事に表現されている。思わず、花札に使いたくなる作品だと思った。

・≪山水人物花鳥獣図≫1802年 19枚
19枚のセットで鶉や金魚!、とんぼ、月に向かって吠える狼等々モチーフの選択が個性的。

・≪群蝶図手焙≫
・≪色絵花卉藪柑子図手焙≫ 京都・両足院
いずれも仁阿弥道八の陶器で、文晁・元旦らが絵付けをしている。

【二つの幽霊図】
以前拝見した東京・全生庵の谷文一≪燭台と幽霊図≫、元旦の個人蔵≪幽霊図≫との比較。文一は、元旦の甥。いずれも同じ構図でほぼそっくり。どちらが写しなのかは不明。

【元旦】-家督相続、そして鳥取へ-
・≪群鹿群鶴図屏風≫六曲一双 1826年
沈南蘋の同タイトル作品の写しだが、単なる写しでは決してない。明らかにオリジナルを超越し、元旦そのもののオリジナルへと昇華している。あまりにも濃密で装飾的な画面にくらくらするが、これほどまでに金を多用し、絢爛豪華な作品もなかなかお目にかかれるものではない。

・≪花鳥図押絵貼屏風≫1831年 六曲一双
概して、元旦の著色作品はどれも高価な絵具を使用しているのか、色彩が実に美しく艶やか。これも唐絵風の花鳥図であるが、細部まできっちりと描き込む画技の高さが光る。

・≪不動明王図≫1837年
元旦60歳の作品。本作を描くにあたり、元旦は禊をし21日間こもって、婦女を遠ざけ全身全霊をかけて完成させた作品と言われている。本作意外に、仏画の出展はなく言われ通り元旦の信仰と魂がこもっている作品。背景の火炎描写が素晴らしい。

・≪俳仙図≫ 1838年
元旦最晩年、亡くなる2年前の作品。これまで見て来たような力の入った作品ではなく、寧ろ肩の力が抜けた洒脱で悟りの境地さえ感じる。こんな作品を描く境地になっていたという事実が作品以上に興味深い。

元旦は、楊谷と違い、これといった特徴をあげるのが難しい。風景山水、花鳥、鯉、唐絵モチーフいずれも器用にこなす画家であるのだろう。特に花鳥画は南蘋派風の濃い画面で、一方風景は兄の文晁ゆずりの作風と描くモチーフによって作風を自在に変えているのだろう。

以上で企画展示室での展示は終了だが、1階の常設展示室にもまだまだ両者の作品と新発見の関連画家・世鷺と楊江(楊谷と元旦の後継者?)の作品が展示されている。
こちらボリューム満点。これから行かれる方はお見逃しなきようご注意ください。
長くなるので、印象に残った作品タイトルのみ列挙。残念ながら、ここでの展示作品は図録に掲載されていない。更に、本展展示作品の大半が個人蔵の作品なのも見逃せない事実。次にいつ拝見できるのか・・・(涙)。

<楊谷>
・菊慈童図
・牡丹図
・孔子十哲図 鳥取県立博物館

<世鷲>
・群仙図押絵貼屏風
・寿老人・連雀・双鶴図

<元旦>
・楊貴妃・風雨牡丹図
・花鳥図
・葦に白鷺図 島田元旦・林 松林
・桜花図 鳥取県立博物館
・菊に仔犬図 ⇒ 円山応挙の円山派を学んだ成果を感じる。
・秋景山水図
・仙境雅会図 鳥取県立博物館

本展の入場料はこれだけ充実した内容で大人600円!更に驚いたのは、かなりの厚みの本図録のお値段1670円!!!
ちなみに関連論文4本、全作品解説、印章表、落款の変遷等、資料的価値も非常に高い。
これだけの大規模な企画展を単独開催された鳥取県立博物館の皆様に心から敬意を表したいと思います。恐らく準備段階から相当の年数がかかっているのではと推察しました。

鳥取は遠いと仰せの方は、せめて図録だけでも取り寄せられてはいかがでしょう。図版だけでもエネルギッシュな楊谷、元旦の魅力は伝わります。この展覧会を機に、因幡画壇の企画展を関西、京都あたりでもぜひ開催していただきたいものです。もっと彼らの作品の魅力を広く伝えていけたらと切に願っています。

*6月20日まで開催中。なお、土曜・日曜は夜間午後7時まで開館しています。通常は9時~17時。オススメです。
なお、鳥取へは京都、大阪、三宮、姫路などに停車するJR特急「スーパーはくと」号があり、私はこちらを利用しました。関西からなら往復割引きっぷもあるようです。
他に姫路⇔鳥取間を高速バス片道2300円が1日4便、こちらも検討の価値ありです。
なお、鳥取駅からは100円のループバスが1時間に3本~4本あり、博物館前に停車し所要時間約10~15分。
いざ、鳥取へ!

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楊谷と元旦ー因幡画壇の奇才 行けなかった展覧会

 NHKの日曜美術館アートシーンで鳥取県立博物館で開かれているこの展覧会が紹介されたが、「鳥取はあまりにも遠し!」と慨嘆していたところ、ブログ仲間のmemeさんが急遽遠征され、その記事がアップされた。その記事を読んですぐにこの展覧会の図録を取り寄せることにし

コメントの投稿

非公開コメント

とら様

こんばんは。
それは、楽しみですね。
印刷も良いので、お楽しみいただけると思います。
図録の感想で記事書かれては如何でしょうか。

No title

一昨日、鳥取から図録が届きました。
これから楽しみながら読みます。

とら様

こんばんは。

思い立ったが吉日です。
とらとらとらの虎づくしでした。
やっぱり、この展覧会はぜひともとら様に見ていただき
たかったなと切に思っています。
ド迫力でした。

翠さま

こんばんは。
古美術の展覧会は会期がどうしても短いので
見に行くのも気合いと時間が必要ですよね。

もしも、行けそうならぜひに。
必ずやご満足いただけると存じます。

No title

羨ましい!
「行きたしと思えど、鳥取はあまりにも遠し、せめて自分のHP内検索をしてみん」
片山楊谷の《猛虎図》はプライス・コレクション展でみてました。
とても迫力があったことを思い出してます。
その時の記事は↓ですが、今回は別に2点も出ていたのですね。
http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/JA061.htm#060707

凄く興味が

記事を拝読して、ぜひ実物を拝みたくなりました・・・が、もうひにちもないうえ、
関西に引っ越したとはいえ鳥取は遠い、ので厳しいかもです。
もっと早く知ってれば・・・
大変貴重な情報、ありがとうございました。
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