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「稲垣仲静・稔次郎兄弟展」 京都国立近代美術館

inagaki
京都国立近代美術館で6月27日まで開催中の「稲垣仲静・稔次郎兄弟展」に行って来ました。

稲垣仲静(いながきちゅうせい)・稔次郎(としじろう)兄弟と言っても、ご存知のない方も多いのではないでしょうか。ご多聞にもれず私もかつてはその一人。いつも、お世話になっているブログ「遊行七恵の日々是遊行」の遊行七恵様が、ある時、私に京都岡崎にある星野画廊の個展案内状を見せて下さった。
星野画廊は、本展で稲垣仲静の作品を何点も貸出している老舗の画廊で、特に明治・大正・昭和の関西画壇の作家を中心に紹介し取り扱っていらっしゃる。地下鉄・東山駅から京都国立近代美術館へ向かう道すがらにあるので、最近では京近美へ行くたびに立ち寄るようにしているが、昨年初めて訪れた際、今度、稲垣仲静の展覧会があるとオーナーの星野氏が教えて下さった。
その時、星野氏が手にされていたのは昨年開催された「躍動する魂のきらめき」展の図録で、見ると仲静畢生の名作「猫」1919年頃(上チラシ左側)が掲載されている。

この図録掲載の「猫」が、私の仲静作品との初めての出会いとなる。
星野氏曰く、「夭折の天才で、遺された作品が非常に少ない」とのことだった。

本展では、この稲垣仲静(1897-1922)と弟の型絵染人間国宝に指定された稲垣稔次郎(1902-1963)の二人の芸術と足跡をたどります。特に、仲静の遺作のうち、現在所在の分かる作品ほぼ全てと、虎のモティーフを愛した稔次郎の代表作を集めて展示している。

やはり、私の関心はどうしても稲垣仲静に向いてしまう。
「猫」1枚ではどんな画家であったのか、見定めることなどできない。仲静は若干25歳で腸チフスによってあっという間に召されてしまった。本人もまさかの早逝であったに違いない。

父は日本画科であり、また工芸図案家であったことも関係してか、仲静は1912年(明治45年)京都市立美術工芸学校絵画科に入学する。入学当初は、かたいデッサンが徐々に習熟していく過程がよく分かる。卒業近くの彼の作品は非常に写実的で、美しい線を描いている。彼は美工を卒業後、1917年(大正6年)京都市立絵画専門学校(絵専)に入学。

この辺りから、作風の激しい変遷が始まる。大正時代に流行したデロリ、あの甲斐庄楠音のような白塗りでおどろおどろしい「舞妓」の作品などが登場する。
そうかと思えば、当時話題の作家であった岸田劉生の影響を受けたのか、自画像をはじめとする超写実的な作品が何点かあった。中でも印象深いのは「軍鶏」1919年。群鶏を実際に見たことはあっただろうか?記憶を探ってみるが、イメージが浮かばない。でも、これほどまでに威圧的で鶏とは思えない、むしろ人間のように屹立したポーズをとっている鶏は初めて見た。

羽毛の付きかたはおろか禿げ具合、そして特筆すべきは両足の太さと鋭い眼光。
こんな鶏が目の前に現れたら、即刻敵前逃亡しそう。

同じく1919年の作品「鶏頭」の極めて精緻かつ丁寧な彩色。超リアルに葉っぱの虫食いまで表現するあたり、鶏だいすきな江戸の画家:伊藤若冲を思い出す。無論作風はまるで違うけれど。

1919年の1年間に仲静は代表作のほとんどを制作している。死の3年前に何かが彼に乗り移りでもしたのかと神がかり的なものさえ感じる。
「馬之図」、そして冒頭の「猫」、「林檎と葡萄」「牛」これらも、1919年に全て描かれているのは驚異的と言える。
どの作品にも完成作の前に何枚もデッサンを描いており、本展では完成作だけでなくそのために描かれたデッサンも併せて展示されているので、比較してみると面白い。特に「猫」は下図ではなくドローイングで「黒猫」「暖を取れる猫」など愛らしい仕草や表情の猫たちが登場。仲静はさては猫好きだったのだろうか。

1920年「霞日」は前年に見せた超写実が幾分控えめになって、その分情緒的な表情を見せる。
1921年、ここでは甲斐庄楠音の作品とよく似た裸婦のデッサン・スケッチが多数展示されていた。流行を追ったのか。それとは別にドローイングで「深淵」、デロリ風味の「太夫」、そしてやや沈鬱な雰囲気の「夜桜」、「久世にて」など風景画に挑戦する。常に新しい方向性を見出そうとする仲静であったのか。

とても鉛筆(色鉛筆)だけで描いたとは思えない「ライオン頭部」など、モチーフは実に様々で、彼は道に迷っていたのかとさえ思えてくる。

1922年、死の前に素晴らしい大作を完成させる。「寒汀」「三羽の鷺」。これまで見て来た作品と趣を異にしており、正当な日本画技法で描きつつ、デザイン的な側面から見ても非常に素晴らしい作品。図案化であった父の才能の継承が感じられる。とりわけ、「寒汀」は本展のマイベスト。ここに至った仲静のその後の作品も是非見てみたかった。夭折が惜しまれてならない。


一方、弟の稔次郎は尊敬する兄:「兄貴との二人展をやりたい。兄貴には負けへんで」と言っていたそうだ(チラシより)。

工芸家、図案家の道を歩んだ稔次郎の作品は、京都らしい年中行事を取り入れたり、常に新しく斬新なデザインを心掛けていたように思った。興味深かったのは型染に使用する「染型紙」であった。切り絵のようなそれは、色を塗る前から美しい図案であることがよく分かる。「御室の塔」「虎」「兎」などそれらは型紙のままで重文に美しいし、今でも通用するようなデザイン。
稔次郎曰く「型を掘る時が一番楽しい。後はもう労働ですよ」。
その染織技術を活かした着物の数々。和服好きにはたまらないであろう斬新な意匠を拝見できた。

「東の芹沢、西の稲垣」と謳われたの人気作家であった稔次郎。その美しい図案と染織の技を堪能した。

なお、本文中にご紹介した星野画廊では、現在「国画創作協会を中心にして稲垣仲静の周辺・小さな名作たち」と題した展覧会を開催しています。
詳細 ⇒ http://www10.ocn.ne.jp/~hoshinog/yokoku/index.htmlこちらも6月27日まで開催中。仲静の作品も数点出展されており、京近美から徒歩数分です。ぜひお立ち寄りください。

*6月27日まで開催中です。
本展はこの後、以下に巡回します。
・7/17~8/2 笠岡市立竹喬美術館
・9/14~10/24 練馬区立美術館

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