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「没後25年 有元利夫展 天空の音楽」 東京都庭園美術館

arimoto

東京都庭園美術館で9月5日まで開催中の「没後25年 有元利夫展 天空の音楽」に行って来ました。
展覧会ホームページ⇒ http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/arimoto/index.html

有元利夫(1946~1985)は「画壇のシンデレラボーイ」と呼ばれるなど鮮烈なデビューを果たしましたが、38歳の若さで世を去りました(1985年に肝臓癌で逝去)。西洋のフレスコ画や二本の仏画に共通点を見出し、研ぎ澄まされた普遍の美を岩絵具や箔などを用いて表現を試みた画家でした。本展は、没後25年となる今年、有元利夫の約10年にわたる画業を、絵画のほか、版画、彫刻などとあわせて振り返ります。~展覧会チラシより一部引用。
有元利夫のプロフィール等詳細はこちら(Wikipediaに飛びます)。
本展では絵画70点弱、版画と立体作品がそれぞれ約20点ずつ出展されている、大半の作品所蔵先は、先日「三谷龍二展」を観に行ったばかりの三番町小川美術館で、他は個人像(除く卒業制作と特別出品)になっている。

有元利夫のことは、美術ファンになって間もない頃、当時の後輩から教えてもらって知った。彼女(後輩)は、有元利夫の大ファンで、「早逝してしまったのがとても残念な素晴らしい画家」だと私に熱く語ってくれたのだ。
それからかなりの時間が経過したが、なかなか絵画にお目にかかる機会を得られなかった。若くして亡くなられたので、遺された絵画がそれ程多くないのかもしれない。残念ながら最初に観た時のことが思い出せないが、郡山市立美術館かどこかのギャラリーだっただろうか、「あぁ、これが有元利夫の作品」と感慨深かったことだけは記憶している。本画とはなかなか出会えなかったが、それ以前に本や雑誌の表紙絵(下画像のような)として観ているのだろう、初めて観たという気がしなかったのは恐らくそのせいだ。
bunngei

彼の作品は、画風が個性的なので一目で有元利夫の絵画だということが分かる。
まず、描かれている人物の表情やふっくらとした体つき、これらはどの作品にも共通している。そしてこれらの人物には皆一様に脚がない。有元曰く「脚を描くと何をしているかが分かってしまうから」、人物が身に付けている裾の長いドレスも脚を隠すための道具だったのでしょうか。
私は彼の作品を観ていると、中世の西洋にタイムスリップしたような、ただしそれは非現実的空間で、むしろ古い宗教画の中に自分が入り込んだような気がした。展示空間は東京都庭園美術館。自分が画中の人物になったかのように感じたのも無理はありません。

作品の色調も似たようなものが多く、レンガ色や漆喰壁のような色、本展チラシに採用されているようなブルーを多用している。これらの色を観ていたら、なぜかボッティチェリの「春」や「ヴィーナスの誕生」を思い出した。

【絵画】
注目すべきは、絵肌である。ちょっとざらつきのある風合いは版画では決して味わえないもの。
絵肌については、東京藝術大学卒業制作の≪私にとってのピエロ・デ・フランチェスカ≫(10点連作のうち5点)が最初の実験的な試みであった。1971年に学生だった有元はイタリアを旅し、ピエロ・デ・フランチェスカ≪聖十字架物語≫。下画像は、≪聖十字架物語≫の中の一部≪聖十字架伝説 コンスタンティヌス帝の夢≫1455~1465年(Fresco, 329 x 190 cm・イタリア アレッツォ サン・フランチェスコ聖堂)。
seijyujika

残念ながらアレッツォに行ったことはないだが、どこかピエロ・デ・フランチェスカの作品に雰囲気は共通しているように思う。有元はこのフランチェスカの作品から仏画との共通点を見出し、岩絵具や箔を用いた作品制作に取り組むようになった。しかし、後年の作品を観て行くと仏教とキリスト教の両方を合わせもったような作品、例えば≪出現≫1984年が出てくる。≪出現≫では、中央に一人の人物(これが聖母マリアのように見えた)が、手をかざすポーズは「キリストの洗礼」もしくは阿弥陀如来像など、様々に想像が膨らむ。

彼の描く作品中人物には脚がないと前述したが、それらの人物は宙に浮いていることも多い。なぜ、宙に浮かんだ人を描くのか。
彼自身の言葉も展覧会では作品と共に紹介されているので、一部引用させていただく。
「音楽を聴いているとその陶酔感は浮遊に結びつく。エクスタシー(恍惚感)を絵として表現した時、人間や花を天に昇らせる。」
彼のエクシタシ―の発露が中空に浮かぶ人や舞い散る花であったとは。舞い散る花は仏画でいう散華を思い出す。

「音楽」を絵画化した作品としては≪ソナタ≫1980年、≪ロンド≫1982年、≪7つの音≫1984年など何点も描いている。有元利夫はバロック音楽、ことにビバルディが好きだった。
バロック音楽好きというのは、同じくバロックファンとしては嬉しい。私はバッハの方が好きだけれど。会場でそれを知ってから、頭の中に勝手にバッハのフーガを流して作品を観て回った。彼はバロック音楽の持つ反リアリズム、様式性、シンメトリカル、簡素でいて典雅である点を愛した。

【立体】
塑像、木彫などの彫刻作品と陶芸が並ぶ。
最近、アーティストの奈良美智さんも陶芸作品を発表して話題を呼んだが、有元もまた陶芸を行っていたのは興味深い。絵を描く人が、陶芸に求めるものは何なのだろう。

個人的にはどうしても好きな木彫や乾漆像に目が行く。
彼の木彫や乾漆像はどこかプリミティブな所があり、絵画とはまた違った魅力がある。

最後は有元自身の言葉で締めくくりたい。
「有無を言わせず、人間を捉えて刺激してしまう要素、いい絵、いい物とはその要素の大きさで決まる。」

*9月5日まで開催中。

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一村雨さま

宗教的な気持ち云々については全く仰る通りだと思います。
先日の仏像展示と同じような敬虔な気持ちになるのは
作り手の宗教心がこちらにも伝わって来るのかもしれませんね。

恥ずかしながら、ご子息の誕生と闘病が重なったことまで
思い至りませんでした。
心中察するに余りあるものが。
そのための玩具だったのかと改めて感じました。
素晴らしいご指摘有難うございます。

No title

画家の宗教的意識によって、こちらもたとえば仏像や、宗教画を見るように敬虔な気持ちになるのでしょうね。最期のころは、子どもが生まれたばかりなのに、病魔との闘いで壮絶な日々を過ごしていたのだろうと思うと、心が痛みます。
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