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「没後25年 鴨居玲 終わらない旅」 そごう美術館

kamoirey

そごう美術館で8月31日まで開催中の「没後25年 鴨居玲 終わらない旅」に行って来ました。

鴨居玲の作品は、私が美術館というものに行き始めた頃-平成16年に石川県立美術館の「没後30年 香月泰男展」を観に行った時出会った。常設コーナーに1点あって、何とも暗い作品だなと思った記憶がある。その時既に、姉の鴨居羊子の著書を読んでいたため、実弟である鴨居玲の名前や画家であったことも知っていた。

それから約6年が経過し、やっとまとまった数の作品を拝見する機会に恵まれた。本展は、首都圏で15年ぶりとなる鴨居玲の展覧会で油彩、素描合わせて80点で画業を展観する。先日姉の鴨居羊子の回顧展が同じ神奈川県の川崎市岡本太郎美術館で開催され、拝見したばかりで、こちらも非常に良い内容だった。
(参考)過去ログ「前衛下着道 鴨居羊子とその時代」http://memeyogini.blog51.fc2.com/blog-entry-1079.html

鴨居玲は、金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大学)に入学し、宮本三郎に師事する。初期の作品はマチスっぽいカラフルな色調を使った丁寧な油彩を描いている。それが一転したのは、1968年に描いた安井賞受賞作≪静止した刻≫だろう。この年、鴨居は転機のきっかけとなる作品を多く描いている。
≪静止した刻≫を観て、ジョルジュ・ラトゥールの≪いかさま師≫を思い出した。
他にも≪かるた≫など、トランプに独り興じる男の作品もあり、一層ラ・トゥールが頭によぎったのだ。≪静止した刻≫では、左に多く余白を取り、人物達は右に寄せる構図が特徴。後年の作品でもこうした構図の作品が登場するが、余白を多く取ることで背景で場の空気感を表現することに長けている。
本作も白っぽい壁なのか?背景の白に黒く渦巻くものがあり、不穏さを掻き立てる。右最奥のストーブは真っ黒。白と黒のコントラストが一層画面をひきしめる。私にはストーブが4人に刑をくだす処刑人のように見えた。

1点紹介するのにこれだけかけていては、最後まで行きつかない。先を急ぐ。

≪ボリビア・インディオの娘≫1970年も忘れ難い作品。本作がこの後の鴨居作品の特徴を明確に示している。暗色の背景、登場人物は一人。娘とタイトルにはあるが、実際その性別は画面から定かではない。褐色の帽子を被り、真っ赤な上着を着用。両目に瞳は描かれていない。

本展冒頭に≪夜≫(自画像)1947年が展示されている。鴨居が19歳の時の作品だが、この自画像も右目の焦点はどこを漂っているか分からず、左目に至ってはやはり瞳が描かれていない。
彼が終生描き続ける作品の多くに、瞳は描かれていない。落ちくぼんだ眼窩に彼は一体何を見ていたのか。

安井賞受賞後、評価は高まり個展も多く開催されるが、鴨居自身は満足せず、むしろ題材・モティーフに行き詰まりを焦燥していたという。

≪酔っ払い≫シリーズ。本展では8点の≪酔っ払い≫と題した作品が展示されている。スペイン滞在中に村人や老人を題材にしつつ、実際に描く時は鏡を置いて画家自身がポーズを取って作品化していた。その様子が作品と共に写真展示されている。

酔っ払い達の表情、ポーズは8点どれも皆違う。大きな頭部、モサモサした白髪、赤く染まった鼻。
≪酔い候え≫、≪おっかさん≫1973年、≪石(教会)≫1974年と不穏さを一層増した作品が続く。
≪石(教会)≫は、一見シュルレアリスムを感じさせる画面構成だが、その実鴨居の内面、宗教心を反映した作品であるように思う。宙に浮かぶ大きな石の尖端はとがっており、その先にあるのは教会建物。彼にとって信仰は常に壊れてしまう不安を内在化したものだったのか。信仰を絶対化できなかったことが早すぎる死につながったのか。
黒く深い背景と静かに破壊される時を待っているような教会に様々な思いが浮かぶ。

≪酔い候え≫で、酔った男が見つめるのは自身の身体の一部であるのだが、真っ暗な闇。自身の闇を覗いているようで、空恐ろしさが漂う。
鴨居の描く人物は、ほとんどが自身をモデルとしているのだが、これ程までに自分自身と相対したのはなぜなのだろう。自分自身と対話を続ける事ほど辛く厳しいものはないように思う。鴨居は一瞬として、画家としての自分との対話を止めることはなかったのではないか。

最終章では、ヨーロッパから帰国し、神戸にアトリエを構え制作した作品が並ぶ。
驚くべき作品が次々に並んでいる。
≪蜘蛛の糸≫1982年とこの作品制作のために描かれた小品、中品3点は凄い。特に完成作の≪蜘蛛の糸≫は阿鼻叫喚の地獄絵。煮えたぎる紅蓮の炎の中を無数の屍が山をなし、我も我もと天上に続く白い1本の糸を追い求める。ちょうど白い糸が人々の手に届くあたりだけが白っぽくスポットライトを当てたように輝いている。この作品は離れて観ていただきたい。画面のハイライトが抜群に作品のドラマ性を高めていることが分かる。
図録解説を書かれていた神奈川県立近代美術館館長の言葉によれば、カラヴァッジョ風な作品。光と影を巧みに操る。
これぞまさしく現代の宗教絵画だと思った。
生への執着、死への恐怖。

続く≪望郷を歌う≫1981年にも強い衝撃を受ける。
この作品では、珍しく背景色が緑青で、青く幻想的な湖にチマチョゴリを着た女性歌手が両手を掲げ、大きな口を開けて熱唱する姿を描く。
女性歌手の力強さ、崇高さ、精神性の高さは、他の作品の追随を見ない。鴨居が遺した傑作のひとつ。

≪1982年私≫1982年は、死の直3年前に描いた大作。
鴨居がこれまで描いた酔っ払い、老人、老婆、犬、裸婦など様々な人物たちが、一人の初老の画家を取り巻く。画家は真っ白で何も描かれていない
キャンバスから顔をそむけ正面を向いている。彼の口は半開きで手には絵筆もパレットもない。描くことを忘れ、これ以上どうすれば良いのだと途方に暮れる。
画面中央のキャンバスの白さが背景の暗さと好対照で、悲哀と絶望を煽っているのだった。
もうこの作品を見たら何も言えない。ただただ、絵の前で立ちすくすのみ。

1985年の死を迎える年に≪勲章≫を描く。ここで、鴨居はやや緩んだポーズを取って立っているが、表情は先に記した≪1982年私≫と同様に口を軽く開いて茫然としているように見えた。上着のポケットに描いた勲章に見立てた4つの王冠が痛々しい。

終生描くこと、何を描くかを追い求め、自分自身と向き合い続けた画家は、自身の手で57歳の短く激しい生涯を終える。
画集では、絵の迫力を感じられない。足を運び、自身の眼で作品から漲る画家の精神を感じ取って欲しい。

*8月31日まで開催中。オススメです。
本展は、この後9/11~10/24まで、北九州市立美術館・分館に巡回します。

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テツ様

ご旅行中にも関わらず、コメント有難うございます。
言葉をいくら積み重ねても、作品を観た時に感じた
思いや疑問の数々を言い表すことはできませんでした。

画家の精神の発露に対して、何と我が言葉の無力なことか。

memeさんが心を揺り動かされたことが伝わってくる、渾身のレビューですね。
鴨居の作品の数々の印象が浮かび上がりました。
ほんとに画集やWEB画像では、あの迫力は得られませんよね。
絵の持つ力に打ちのめされる展覧会でした。
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