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「時の宙づり-生と死のあわいで」 IZU PHOTO MUSEUM

toki

IZU PHOTO MUSEUMで8月20日(金)まで開催中の時の宙づり-生と死のあわいで」に行って来ました。
展覧会詳細 ⇒ http://www.izuphoto-museum.jp/exhibition/5337331.html

といっても訪れたのは確か5月2日。鑑賞記録では、たった6行でまとめてしまったが、今にして思い返すと今年観た写真展の中でもとりわけ忘れ難い内容だった。それにしても今年は、いつになく素晴らしい写真展が多いように思うけれど、以前より自分の関心が写真に向いているせいなのだろうか。

当初、この展覧会を観た時は何やら非常に珍しいものを実に興味深いテーマでまとめていると、本展キュレーター
の写真史家、ジェフリー・バッチェンの力量に脱帽し、凄いものを観たようだが未消化という状態で記事を書けずにいた。
数ヶ月を経て、展覧会の内容を振り返ってみると写真というもののありようについて様々に問いかけられた気がする。

展覧会の趣旨は「忘れられた写真」の意義を考察し、家庭や人々の心の中に存在していた写真の展示によって、被写体を生と死の間で宙づりにする能力に焦点を当てることにある。

もちろん、日本初公開となる300点以上もの写真や写真付きアクセサリー、写真彫刻などを観て行く中で、言わんとすることを感じとることができるのも魅力の一つではある。
しかし、個人的には、モノとしての存在感を発するヴァナキュラー(ある土地に固有)写真の魅力に強く惹き付けられた。
言わば、民俗学、人類学的視点において楽しめることがもう一つの魅力なのだった。
これほどまでに、写真に土地固有色があるとは思っていなかった。

ここでは、いわゆる芸術写真ではなく、もっと人生に身近な写真を展観していくことになる。

写真の取り扱いの民族間における差異は、非常に興味深いものがあった。
例えば、メキシコの写真彫刻(フォトエスクトゥーラ)では、写真を飾る額そのものに装飾的彫刻をあしらっているし、日本では
骨壺に写真が使用されているものまであった。共通しているのは死者に対する遺された家族や身近な人々の思いの強さ。
遺された人々は亡き人の肖像写真を眺めることで、故人を偲ぶだけでなく、来るべき死をも身近に感じていたのではないだろうか。

本展の最後に展示されているスナップ写真は撮影者自身の「影」をテーマとしたものであった。
ここでは森山大道「青森」1982年、リー・フリードランダー「キャニオン・ド・シェリー、アリゾナ」1983年(前期のみ)他1点に
加え多数の撮影者による90点の「撮影者の影が入ったスナップ写真」(1910年-80年代に撮影)がズラリと並ぶ。
撮影者自身の影が入ったスナップ写真に何を見てとるか。バッチェン氏のいう「時を宙づりにする」力を感じ取れるか、やはり再訪したかった。

本展カタログ(以下)も発売中。amazonなどでも購入できます。

tokino

*8月20日(金)まで。写真に関心がある方にはオススメします。

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