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「城戸 保 展」 ギャルリー東京ユマニテ

ギャルリー東京ユマニテで開催されていた「城戸 保 展」の最終日(9/4)に行って来ました。
詳細はこちら(ギャラリーHP)。

城戸保さん、お名前だけを聞いた時にはピンと来なかったが、昨年、愛知県美術館で開催された「放課後のはらっぱ-櫃田伸也とその教え子たち-」に写真を出展されていた方と聞いて、すぐに思い出した。
はらっぱ展で出展されていた写真作品が好印象だったことは、しっかりと私の記憶に残っていたのである。

個展開催を知ったのは最終日。何を見て個展開催を知ったのか思い出せないがとにかく駆け付ける。
城戸保(敬称略)は1974年三重県生まれ、2002年に愛知県立芸術大学大学院美術研修科修了とまだ若い。
そして、ギャラリーのサイトにあるように、写真は独学で学んだ。

ユマニテは過去に1度しか入ったことがないが、かなり広いスペースを持っている。
その白い壁に、ゼラチンシルバープリントの写真が30点並んでいた。

1点、1点丹念に追っていく。
サイズは様々、どうやら日常で見かけたものにカメラを向けているようなのだが、その実、作品としては非日常的であることにまず驚く。
これは「絵画なのか写真なのか」と思った作品が何点もあった。
縁なしで焼き付けたプリントは、白と黒のみで構成されているが、こんなにも黒に表情があったのかと痛感させられる。それは、単なる光と影の対比というものではなかった。

「fall」という一筋の滝の写真に釘付けになった。
那智の滝だろうか?
背景をギリギリまで黒く落とし込み、滝壺から落ちる水の様子を白で鮮明に表出。
これ以上でもこれ以下であってもいけない黒の色だ。
この黒があるからこそ、滝の白さが光って眼前に迫る。

逆に白の背景に黒の対象、鶏だったかを捉えた写真もあったり。

どの写真にも言えるのは非常に絵画的な写真だということだろうか。

私が写真に近頃はまり始めたきっかけは、1920年代頃の写真家による作品だった。中山岩太や安井仲治、福原路草に福原信三は大好き、野島康三はやや苦手だが、彼らの写真にすっかり引き込まれている現在。
好きが嵩じて、9/3の夜に吉祥寺の「百年」という古書店で開催された光田由里(松涛美術館学芸員)×町口覚(グラフィックデザイナー)の「写真、芸術との界面に」と題した対談を聴講して来た折も折、今回の個展と出会えたことは非常な幸運だったと思う。

一昨晩の対談で、過去の写真家や作品を吸収して自ら新しいものを生み出していく。バトンを受け渡すかのように時間軸の中でバトンを繋いで行って欲しいという話があった。

1974年生まれの城戸の写真を見ていると、私の大好きな上記1920年代の写真家たちのバトンを見事に繋いでくれている。。
印画紙の問題などもあって、ゼラチンシルバープリントも危機を迎える昨今、1920年代の写真芸術を彷彿とさせるようなそれでいて、新しい表現を見せていただいた。

黒と白の際限ない美しさに感動しただけでなく、被写体の捉え方、構図が見事。絵画のような写真、いやむしろ絵画では表現できない写真ならではの色合いとマテリアルの美しさも加わっていたように思う。

最終日だったこともあり、城戸さんが在廊されていたので少しだけお話を伺った。

写真は高校生の頃から好きだったが、愛知芸大油画専攻に入学し、時間もできたため好きな写真に取り組み始めた。
何枚も何枚も写真を焼いて、今回の黒を見つけたという。
写真は自分にとって魔術。

唯一、フラッシュをたいて撮ったというヤモリの小さな写真も忘れられない。あの1枚だけ諧調が違っていた。

*本展は既に終了しています。

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