スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「陰影礼讃」 国立新美術館

陰影礼讃

国立新美術館で開催中の「陰影礼讃」展に行って来ました。

独立行政法人国立美術館は、2001年4月に発足し今年で10年目を迎えます。本展はこれを記念し、東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館の5館が協力し開催するものです。各国立美術館のコレクションの中から、絵画、版画、写真、映像を中心に厳選された100作家・170点の作品によって、美術における影の諸相に光を当てる試みです。

陰影礼讃と言えば、否が応でも谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出す。
「影」と「翳」で1字違うところがポイント。
展覧会タイトルは、谷崎の上記著作からの引用ではあるが、もちろん伝えたい内容は異なる。

展覧会のパンフレットによれば、影は二つに分類できるそうだ。
ひとつは、足元や地面に落ちる人やモノの「影」。光が遮られた場所が薄暗く見える「陰」。
この展覧会では、視覚芸術の中での影の取扱いや役割、そしていかなる表現を生み出してきたのかを考察すると記載されている。

古美術絵画は別として、おおよそ西洋画、日本画、版画、写真と陰影表現を使用していない作品の方が、近代以後は珍しいのではないか。
そう思うと、なぜ目の前の作品達が選抜されてきたのかが気になるが、それについての詳しいキャプションはない。他の作品でも良いんじゃやないかと思えるようなものもあった。

ただ、国立5美術館のコレクションを一堂に集めて展示とは、ジャンルも様々なだけに御苦労も多かったことだろう。しかも初の試みであるだけに一層困難度が増したのではないだろうか。

展覧会構成と共に、簡単に展覧会を振り返る。
Ⅰ.影あるいは陰
冒頭の2種類の影についての考察。しかし、あんまりそれを意識することなく眺めた。写真への関心が特に現在高いので、どうしても気持ちはそちらに向く。

■影と陰の諸相
A.スティーグリッツはじめ巨匠の写真作品が7点。中でも、アンドレ・ケルテス≪モンドリアンのアトリエ、パリ≫1926年、プリント1981年・東近美。一輪の花が花瓶に活けられ、静謐な構図とあいまって、静物画のようなモノクロ写真。ここでも「影」。

■実在感の創出
ジョルジュ・モランディ≪静物≫1952年・西美のオブジェに落ちる影。長谷川潔の版画2点(京近美)が白ベースと黒ベースの対比が良かった。

Ⅱ.具象描写の影と陰
■肖像、または人のいる情景の演出
ここでは、結構各美術館の常設展でお馴染の名画が並ぶ。須田国太郎の作品が多いなと思いつつ、目が行くのは西洋版画。ケーテ・コルヴィッツ≪農民戦争≫1905年(西美)、マックス・クリンガー≪ある生涯≫より≪序 Ⅱ≫1884年(西美)、既にこの時点で私の頭から影問題は消え去り、完全に自分の嗜好の赴くまま。
ウジェーヌ・ドラクロワ≪墓に運ばれるキリスト≫1859年など、ここで展示するより、いっそゴッホ展に持って行ったらどうかと、今更思った(観に行った日は別)。

■風景表現の構成要素
ここは西洋勢でドニやアンリ=ジャン=ギョーム・マルタンに惹かれつつ、近代日本画が良かった。東山魁夷、竹内栖鳳、横山大観と名だたる巨匠の風景画3点(東近美)が並ぶ。いずれも、影の取扱いは異なる。同じ日本画であっても手法は作家により違うのが今更ながらに興味深い。

■主張する影、自立した影
ここでまたも影を忘れる。
何しろ、好きな北脇昇が4点(東近美)も展示されていた。特に≪独活≫1937年は久しぶりに観たし、≪明暗三裸婦≫1936年、≪空港≫1937年に至っては初見かもしれない。東近美の常設は毎回展示替えされているけれど、出番の多い作品とそうでない作品がある。
ぎょっとするのは甲斐庄楠音≪幻覚≫1920年頃。
そして、再びクリンガーの版画登場。どうも好きなものにばかり目が行って仕方ない。影というより自分の嗜好を試されている気がしてきた。

Ⅲ.カメラが捉えた影と陰
タイトルのごとく、写真に焦点を絞った展示。ここはもっとも楽しめたコーナーのひとつ。

アンドレ・ケルテス。この写真家を知ったのが今回一番の収穫。写真に強く興味を持ち始めて日が浅いので、名写真家と言われても、特に海外の場合はほとんど知らない。ケルテスは、この後すぐに調べたら東京都写真美術館で1995年大型の回顧展を開催している。彼は1894年ブダペストに生まれ、1985年NYで没した。
写真にも様々あるが、彼の写真は実に絵画的要素を多くはらんでいると思う。

奈良原一高≪消滅した時間より≫≪二つのサンタクロース、ニューヨーク≫1972年(東近美)、川田喜久治≪地図≫より≪原爆ドーム屋上 セルフポートレイト広島≫(東近美)、椎原治≪ムーブメント≫、第不詳のコップと花。そして、これも久しぶりに観る畠山直哉≪アンダーグラウンド≫3点(国際)は超カッコイイ。たまらなくいいです。
海外ではヨゼフ・クーデルカ≪亡命者たち≫より≪ウェールズ≫1975年(東近美)。クーデルカは現在読んでいる港千尋さんの著書にも紹介されている。チェコ出身で、マグナムフォトのメンバー。

森山大道≪光と影≫はタイトルそのまんまで、ひねりがなさすぎだと思ったが、良い写真だったな。

Ⅳ.影と陰を再考する現代
最終コーナーの展示方法がとても良かった。展示手法としては最後が一番影の存在を感じさせた。
■概念的な思考
デシュシャンの≪瓶乾燥機≫1914年、≪帽子掛け≫1917年が天井から吊るされて、これらに落ちる影、壁面や床を鑑賞する。無論、モノそのものの鑑賞もあり。天井が高いので、こんな展示も楽しい。
そして、このコーナーに入って、進行方向には杉本博≪光の教会≫1997年(国際)が展示され、まばゆい光が十字架から差し込んでいた。美しい。

高松次郎≪影≫19777年(国際)は、大阪の国立国際へ出掛ける度に挨拶したくなる位お馴染だが、今回の展示方法はより、はっきりと影と陰、両者の存在を意識できた。
また、この作品の習作や下絵が何点か出展され、作品についての理解は更に深まる。

トーマス・デマンド≪木漏れ日≫2002年(国際)28点組の写真や小林孝亘さんの絵画あり。

最後に京近美の「¥マイ・フェイバリット展」で拝見したヴォディチコの≪もし不審なものを見かけたら・・・・・≫2005年(京近美)。4面投影作品だが、3面と1面角と4面横並びではない展示方法が今回はとられていたが、これは京近美で観た時の方が良かった。やっぱり4面並んでいた方がより効果的だと思った。

グダグダの感想になってしまったが、1回の鑑賞では影と陰の違いを考えようという気がどうも起きなかった。むしろ、影があるのは当然という意識から最後まで逃れられず、詳細まで考え至らず、好きな作品だけを追いかけた。
しかし、写真や版画など好きなモノが沢山あり、興味ある作家も見付けられた。

今回1回きりで終わってしまうのは残念なので、もう少し連続して欲しい。

*10月18日まで開催中。

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。