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「宇野亜喜良展 AQUIRAX」 刈谷市美術館

刈谷市美術館で11月3日まで開催中の「宇野亜喜良展 AQUIRAX」に行って来ました。

宇野亜喜良さん(以下敬称略)のお名前に覚えがない方も、きっとどこかで彼が手がけた「本」の挿絵や表紙絵、ポスターや絵本を見かけているんだと思います。

私も自分が見て来た挿絵や表紙絵を描いていたのが宇野亜喜良というお名前だと知ったのは、割合最近のことでした。
そして、自分が親しんだイラストやデザインを手がけた方が名古屋市生まれだと知って驚き、また嬉しくもありました。

本展は、1950年代から現在まで長年取り組み続けている「本」のデザインをやイラストレーションを中心に、これまでの仕事の全体像を紹介するものです。絵本減がをはじめ、各種ポスター、雑誌、新聞の挿絵原画、アニメーションの上映を含め約400点の展示を通じ、進化し続ける宇野亜喜良の過去から現在、そして未来までをも展観します。

本展の開催を知った時から今日までずっと待ち遠しく思っていた展覧会だったが、期待以上に充実した展示で、気が付けば二時間半も美術館にいた。実際、時間がもう少しあれば併設の佐喜知庵で、お抹茶と展覧会に因んだ特製「ピンクの薔薇」の和菓子付(300円)をいただいて3時間コースになっていたと思う。

たまたま訪れた日が木曜日の12時半頃。13時からは担当学芸員によるギャラリートークに参加することができた。
以下展示構成やギャラリートークの内容を踏まえつつ本展を振り返る。
展示構成は、
?.1950ー1959
極々初期の作品、恐らく宇野が画家を志し始めた頃のデッサンや自画像は2階の展示室外の壁に貼られた年表横に6点程展示されている。それらは、最後のお楽しみとしてとって置くことにして、冒頭は「カルピス広告」の原画1956年と1959年の2種。1956年カルピス工業に入社し、同社の広告課に配属されていた頃の作品。
これら初期の作品では、女の子の口許に注目して欲しい。
口角がキュっと上を向いていることが分かる。まだ、メルヘンちっくで愛らしいけれど、宇野亜喜良特有のエロチックな雰囲気きは全くない。

同時に初めて手がけた絵本は『どうぶつ えとおはなし』1957年頃で、これ程早くから絵本に携わっていたとは知らなかった。
展覧会を通して、一番の驚きは彼が相当数の絵本の挿絵を手がけていたことだった。

1959年に、カルピスを退社し、フリーのデザイナーとなる。
同年、彼の初期代表作とも言える「越路吹雪リサイタル」パンフレット、ポスター類をシルクスクリーンで制作。
シルクスクリーンを使用することで通常の印刷に比べ、よりしっとりした印象を受ける。既に、この一連の広告作品において、宇野亜喜良デザインとすぐに分かる特徴を見出せる。ちょっと切れ長で大きな瞳。寂しげな表情。特にポスターの構成は杉浦康平であったことにも注目。杉浦康平もまた気になるADの1人。

?.1960ー1969
ついに広告黄金期とも言える60年代到来。
ここからは行け行けドンドン状態とでも言うか、旭化成工業の「カシミロン」ポスターや雑誌『母の友』『新婦人』の表紙を担当するなど八面六臂の活躍を見せる。

中でもぐっと来たのは『ONDINE』ポスターと本。細江英公の写真(モデルは江波杏子)と宇野のイラストとのコラボレーション作品で、1963年とは思えないカッコ良さである。思わず持って帰りたくなる衝動に駆られた。危険。
コラボ作品として他に、横尾忠則と文章を梶祐輔が担当し、赤と青のセロハン紙を差し込んで、2人のイラストを交互に楽しむ企画本を作り出した。

「マックスファクター」の広告もシビれるが、この章で個人的に一番興味深かったのは3本の映像作品であった。
後にも先にも宇野の作った映像はこの3本のみ。全てを展示室内のモニターで上映している。全部観ると約24分必要だが、これは必見。
「白い塔」⇒ 「お前と私」 ⇒ 「DON(午砲・ドン)」の順に制作。
「白い塔」1964年は、白い紙にブリューゲルの版画を彷彿とさせるような魚などのモチーフが登場する幻想的作品。
「お前と私」はボディーペインティングを使用した実写。これが一番良かったと思う。
「DON」1966年は、切り絵によるアニメーションで、原画も展示されている。
しかし、宇野にとって納得の行くような出来栄えではなかったのか、キャプションによれば「アニメーションの動きを計算できない」と「DON」を最後に映像から離れる。

他に目を引くのは『近代建築』の表紙絵で、人物を排除した静物画。シュルレアリスム作品のような雰囲気を湛えていた。

また、同時並行で童話作家の今江祥智とのタッグで絵本が出版される。今江から立っての希望で実現した。今江に宇野を紹介したのが、和田誠だったというエピソードも納得。
以後、今江・宇野コンビの絵本は次々と世に生まれる。

次に演劇分野の広告にも携わる。
中でも、寺山修司と組んだポスターがまた妖しい魅力が溢れていた。
2階展示室では、傾向塗料が 使用されたポスターの発色を確かめてもらうため、特殊な照明のもとポスター8枚を鑑賞できる。

寺山の脚本完成より、ポスター校了のタイミングが早かったため、内容も知らされぬままポスターを描き、それを気に入った寺山が舞台演出にポスターに描かれた女性のポーズと同じ動きを役者にさせるなど、宇野の舞台に対する感覚はこの頃形成されていったのかもしれない。

今では、宇野が舞台構想まで練るというから、とても76才とは思えぬパワーだ。

?.1970ー1989
1970年代に入っても寺山とのコンビは続き『週刊新潮』に掲載された「人間を考えた人間の歴史/キリスト、シェークスピア。ヒットラーなど2人が考える人物像の違いがそのまま本人達の人となりを表しているように感じた。
学芸員さんのお気に入り作品が上記のキリスト作品として紹介された。

1970年代には益々芸域を広げていることを感じた。
これまでの下睫毛の長い潤んだ瞳の女性から、時代劇の挿絵で」見せるようなきりっとした線や筆遣い。

そうかと思えば、「かくし絵どうわ」シリーズで見せるユーモラスな童画、雑誌『アンアン』表紙で見せるコラージュなど、これも好き、あれも好きで
、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。好きな作品の前でウロウロしてしまった。

?.1990ー2010
最終章では、やはり芝居に関する仕事に注目した。
コクーン歌舞伎やINAXギャラリーで先に展覧会が行われていた人形劇一座「結城座」の舞台装置や人形デザインまでも手がける。

イラスト作品では、抒情的な雰囲気を極力抑えて、客観的な感じを出すイラストへと作風も変わっている。
強い特徴が排除されることで、より作風の幅が広がっていることは間違いないが、それでも宇野作品と分かる、官能的な感じは決して損なわれていない。

最終章の一番のお気に入りは、『中日新聞・東京新聞』連載の新聞小説挿絵「奥の横道」の原画が素晴らしかった。
特にブロンジーノに範を取った作品やツィッギー、ジェーン・バーキンをモデルに描いた作品はマチエールもニュアンスもモデルの特徴をよく捉えている。

図録は、あっと驚くような黒いベルベットの装丁で表紙を開くと、右下に浮き字の印刷で宇野のサインAquiraxと入っている豪華版。
これだけ凝っていれば、3000円も見合った値段だと思う。

なお、10月24日(日)14時~15時半 於:刈谷市中央図書館にて、宇野亜喜良の講演が開催されます。先着200名、聴講無料。

展覧会の初日イベントとして開催された「ライブ・ペインティング」では僅か40足らずで壁一面にイラストを描き上げたそうです。
本職とは言え、非常に描くのが早く、それもあって非常に作品の多いイラストレーターだとのことでした。

また、宇野をイラストレーター、絵本画家などと肩書を決められたくないというのも強い希望。
確かに、本展を見れば分野を問わず活躍する姿が浮かんで来る。
まだまだ、これからなのだ。

本展の巡回はなく刈谷市美術館の単独企画。あいちトリエンナーレや近隣の豊田市美術館などと絡めて楽しむこともできます。

*11月3日まで開催中です。オススメします。

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