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「宮本三郎1940-1945」 宮本三郎記念美術館 はじめての美術館80

setagaya

宮本三郎記念美術館で11月28日(日)まで開催中の「宮本三郎1940-1945」に行って来ました。

宮本三郎記念美術館は、自由が丘駅から徒歩7分程度。
世田谷美術館の分館として、宮本三郎のアトリエがあった土地および作品の寄贈を受け、2004年4月に開館。
かねてより、気になっていた存在でなかなか足を運べずにいたが、漸く会期末ぎりぎりで行って来ました。

自由が丘というのは、実に良い雰囲気の街で、特に美術館のある奥沢は閑静な住宅街。
住宅街の中に、溶け込むように美術館はありました。
展示室は2階のみですが、まずまずの広さ。そして何より一番驚いたのは、それ程広さはないにも関わらず、作品や資料がびっしり展示されていたこと!

「宮本三郎1940-1945」展は、1940年から1945年という激動と混迷の時代を軸とし、これに相前後する滞欧期、そして戦後の荒廃した時期のそれぞれに描かれた作品を豊富な資料、宮本自身が撮影した写真類などと一緒に展観しています。

それにしても、これほど充実かつ丁寧な展示をされているとは!もっと早く伺えば良かったです。
展覧会を辿って行くと、当時の世相の変化と共に、宮本の心境まで察せられ切ない気持ちになりました。特に最終章に展示されている「死の家族」はピカソの青の時代の作品を思わせるような、「え、これが宮本三郎の作品?」とこれまで持っていたイメージを覆されるような大作があって、しかも、この作品展示するあてもなく、それでも描かずにはいられなかった宮本の画家としての気持ち、そして戦後を迎えた一日本人としての心境が強く反映された傑作でした。

1.ヨーロッパでの日々/1938年10月-1939年12月
ここでは、宮本のヨーロッパ留学時代に描かれた、作品、主に模写を中心に展示。やはり、彼の画力は相当なものであったことが作品から読み取れる。
オリジナルが良いから尚更なのだが、レンブラントの「聖家族」の模写1939年は美しい。そして、国立西洋美術館の「コロ―展」で来日したコロー「青い服の女」ルーブル美術館蔵まであった。
彼は器用だったのか、その後の作品を観て行くとヨーロッパ留学の成果や影響が後の作品に強く現れている。

2.戦時下での日々/1940年9月-1944年8月
ここからが、今回の展覧会の核である。1940年、陸軍の依頼を受け、宮本は中国に従軍画家として渡航する。
以後、マレー半島、タイなどを巡る。
ここで、印象深いのはかの「マレーの虎」と言われる山下将軍を描いた「山下、パー縛る両司令官会見図」であるが、本展では本画はなく下絵のみ。それでも、十分に、むしろ下絵があることで、彼がこの作品をどうやって描いて行ったかの過程を知ることができた。
1943年に描いた「飢渇」からは、この時宮本は何を思って、絵筆を取っていたのかその心情を思いやると非常に複雑な感情が沸き起こって来た。宮本自身、非常に苦しかったのではなかろうか。
従軍画家の戦争責任について取りざたされることがあるが、あの時代の日本人の正気を問うたり責めたりすることができるのかと私は思う。

20点以上の素描はすさまじく、軍用機、兵士、落下傘部隊メナド奇襲の下絵など、素描ゆえにいっそう生々しく状況が伝わって来る。これらに加えて、宮本が撮影した写真も如実に過去の史実を伝えていた。

また、興味深かったのは大日本航空美術協会・編集『航空美術』航空美術普及部、1942年発行の全40点。
これには驚いた。
いや、こんなものがあったとは。
しかも出品してる作家40名のメンバーが凄い。
伊藤深水などの日本画家まで含まれている上に、鳥海青児、藤田嗣治、向井潤吉、清水登之らが軍用機をモチーフにした作品を出展しているのだった。
彼ら40名のそれぞれの表現の違い、モチーフの選択と比較していると時間がどんどん過ぎて行った。
モチーフや描き方ひとつにしても、画家の戦争に対する気持ちが反映されているのではないかと推測する。

Ⅲ.疎開生活、そして戦禍のあとに/1944年8月
宮本は健康上の理由をきっかけに、故郷石川県小松市に疎開。
本展で初めて知ったが、小松市に宮本三郎美術館がある。今度金沢に行くので、行ってみようと思った。

戦後の作品は、やさしい穏やかな作品が多い。
「ピアノ」「編み物」「風景/四手網」。風景画は日本海を描いているのだが、彼が描く日本海はそれ程冷たくも暗鬱でもない。

そして、前述の「死の家族」である。ここに、彼は自身の戦争への思いをぶつけたかったのではないだろうか。
青色の背景に、亡くなった人物が中央に横たわる。
周囲を取り巻く家族の表情はもちろん暗く沈んでいる。

なお、宮本の描いた作品は当時絵ハガキとして流通していたようで、かなりの数の絵はがきも展示されていた。
また、宮本の挿絵や装丁を手がけた本も展示されていて、これも新鮮だった。次回の展覧会ではこの宮本の挿絵がテーマになっているので、こちらも楽しみ。
今度はもう少し早く出かけようと思っている。

美術館のミュージアムショップに月光荘の品物も扱っていました。落ち着ける素敵な美術館です。

*11月28日まで開催中。

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宮本三郎記念美術館で「宮本三郎1940-1945」展を観た!

「宮本三郎記念美術館」案内 「宮本三郎記念美術館」建物外観 世田谷区には区立の「世田谷美術館」があり、他に分館は「向井潤吉アトリエ館」、「宮本三郎記念美術館」、「清川泰次記念ギャラリー」の3館があります。 世田谷美術館分館宮本三郎記念美術館で

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oki様

こんばんは。
世田谷美術館の分館3つのうち訪問したのは
今回が初めてです。
宮本三郎記念美術館のテーマは挿絵。
彼の挿絵は今回も若干展示されていましたが、非常に
興味深いので、次回展も必ず伺う予定です。
他は清川泰次あたり機会があればと思っています。

お久しぶりです。相変わらず動かれてますね。
世田谷美術館には分館が三つありますが、もう制覇されましたか?
向井潤吉と清川泰次とー。
三つのなかでは向井のアトリエ館が一番
多きいですね。宮本三郎も清川泰次も自由ヶ丘と成城学園前とアクセスの良いところにありますね、世田谷区民より、笑。
そうですか、宮本はぎっしりと展示されてましたか、清川の方は、床に清川の絵の具の痕跡があるということで意識的に床を見せて、壁にのみ展示するので展示数が物足りないんですがねー。
memeさん世田谷区の文化活動に好感もっていただければうれしいです。

せいな様

自由が丘近辺にお住まいとはうらやましい。
とても静かで住みやすそうな街です。

宮本三郎記念美術館、次の展示は挿絵が中心のようで
これまた楽しみです。
ギャラリーは、何度かあちこちで名前を見ました。
今度寄ってみますね。

No title

幼稚園から自転車で行ける距離なのに
全然知りませんでした。。
今度行ってみます。
ここまで来られる時はこちらもぜひ。大好きなギャラリーです。
http://www.gallery21yo.com/
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