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マレビトの会 『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』 自由学園明日館講堂

昨日で終了してしまったが、約1ヶ月にわたる舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー」略してF/T10のプログラムであるマレビトの会 『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』を観て来た。

今秋京都でも上演されていて、私が最初この演劇のポスターを見つけたのは京都藝術センターだった。
展覧式演劇というのに惹かれたのだが、テーマ性の重さといわゆる「演劇」は苦手なので、今回東京でも上演されると知っていたが前売り券の購入は見送っていた。
しかし、上演後twitter上での評判がすこぶる良く、フォロワ-さんからのお薦めもあって最終上演の当日券で鑑賞することができた。
本当にtwitterとフォロワーさんには感謝です。

しかし、百聞は一見に如かずとはよく言ったもの。
いわゆる劇場で観る演劇とこの 『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』はまるで異なっていた。
例えていうなら、演技者によるパフォーマンス&映像で見せる展覧会に近い。
また、会場が素晴らしかった。
自由学園明日館はフランク・ロイド・ライトの設計で著名な建築で以前から行ってみたいと思っていたが、明日館は外観しかのぞめなかったが、このプログラムは講堂で開催されていたので、もちろん中に入って鑑賞。
外光が差し込む中で観る演劇は新鮮、演劇は暗い劇場の中で観るという常識を既に会場からして打ち破っていた。

内容は以下のF/T10の公式サイトによるプログラム紹介をご参照いただくとして、私個人の勝手な感想を書いてみる。
http://www.festival-tokyo.jp/program/marebito/

演技者は全部で13人。
講堂の中に、点在していて、最初に受付で渡される配置図により番号が振られた場所を中心に演技を行っているが、時に動き歩きまわったり、演技時間外の時はいなかったりする。
タイムテーブルがあり、同一人の演技の中でコアな部分には黒い編みかけが付されているので、この編みかけの演技者を追いかけるのが一番効率よくこの演目を観る方法だったのだと30分後に気がついた。
同時並行で、何人もが互いに直接的に関係ない演技を始めるので、最初は勝手が分からず戸惑った。
つまり、誰の演技を観るのが良いのか分からなかったのだ。
同時に複数のチャネルから台詞や演技、視覚と聴覚による刺激を受けて、一つに集中するのが慣れないうちは難しい。
暫くすると、慣れて来て、とりあえず面白そうな演技をしている人の傍に寄って行って一人の演技に集中することにした。約20~30分でコアな演技部分が終了するが、すぐに別の演技者の演技が始まるのでまたそちらに移動する。
鑑賞者回遊型の演劇なのだ。
当初恐れていたずっと立ちっぱなしで鑑賞するのかという心配は杞憂で、壁にもたれたり、舞台に座ってもよし、会場内にある舞台装置のひとつである椅子に座っても構わない。思い思いに好きな場所で鑑賞し、歩きまわることができる。
舞台となっている講堂で、鑑賞者と演技者は完全に空間を共有し、通常の演劇のように舞台と観客席を隔てるものは何もない。
したがって、慣れないうちは誰が演技者で誰が観賞者なのかの見わけが付かないこともある。ブツブツ話していると演技者なのかと思ってしまうが、鑑賞者が独り言を言っているのだと持っていたチケットで漸く分かることもあった。

演劇の内容はタイトル通り広島の原爆投下をテーマに、広島だけでなく原爆投下時に日本にいた在日韓国人が多くいたという韓国の都市HAPCHEONを扱っている。
演技者は自らの体験や創作、台詞もテキストも演技もすべて演技者に寄って考えられ、それを報告する形式を取っている。演技者の傍らには小さなモニターが設置されていて、演技者の名前や彼らの報告内容の抜粋が映像を交えつつ映し出されている。
解説書によれば、美術館で言う作品キャプションのようなものとあったが、まさにその通り。
この小さなモニターが演技者のキャプションの役割を果たしているので、彼らが何を演技し、語っているのかのおおよそはモニターを観ているとつかめる。

また、講堂の中央舞台側にはこの演劇のガイドの役割を果たす演技者がいて、彼女が時折旗をもって各演技者を案内したり、舞台中央にある原爆投下のポイントを指示したりと不思議な動きをするのだ。
また、各演技者は基本的に単独に演技(報告)を行っているが、時折複数名によっての絡みがあり、一時たりとも目が離せない。

報告と言う形式をとっている以上、ストーリーがある訳ではないが、報告を聴いていると詩的に聴こえることが度々あり、目を閉じて彼らの語りを聴いている心地よさ、いや内容は原爆や広島に関する思い出だったりするので、楽しい話題ではないのだが、抑揚の効いた語り口に聴きほれるといった方がしっくりくる。

私は、島崇による「広島と七つの川」とチャン・ヨンドゥによる「野菜が医者になった」そして桐沢千晶の「生きているヒロシマ」「見る/見られる」が特に印象に残った。

ヨンドゥの場合、語りもだが長い手足を使ったダンスのような身体表現に目を奪われた。
それはとても美しい動きだった。

各人の報告内容は体験に基づくもので、それゆえより迫真とリアリティを持って迫って来る。

また、2階からは全体の様子を俯瞰でき、どこで何が行われているかを上から見るのも、視点が変化してこの演劇を楽しむ要素の一つになっている。
同時チャネルによる放送のようで、集中できなかったり、聞こえにくかったりという問題点も多少はあるが、すぐに慣れてしまう。

また、特筆すべきは効果音とBGMの使い方であろう。
上空を飛行する飛行機の音、サイレン、これらが流れるとバラバラに演技を行っている演技者も一端動きを止める。例えば飛行機の音が聞こえると、皆が上空を見上げるなど統一した動作を行う場面もあった。

鑑賞者と演技者の距離感がこれだけ近いという、常識破りの演劇であったが、こんな方法もあるのかという驚き。
そして、鑑賞者は上映中、出入り自由なのである。
一旦、外に出て再び会場に再入場することも可能。

しかし、演技者はずっと同じ報告を繰り返している訳ではないので、結局、次はどうなるのか、何をするのかという期待と関心のため、長居をしてしまう。
私も、その後の予定さえ入っていなければ昨日の最終公演は4時間だったので、最後までいたに違いない。

ここでは、各演技者の報告についての感想は割愛する。そこまで書くと長大な文章になりそうなので。
しかし、この演目によって「広島や原爆」のイメージが自分の体内に形づくられたことは間違いない。

また、機会があったらぜひマレビトの会の公演を観たいと思っている。
マレビトの会の公式サイト⇒ http://www.marebito.org/
*公演は既に終了しています。

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