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没後40年「路傍の聖者-宮芳平展」 練馬区立美術館

練馬区立美術館の実力を侮ってはならない。
前回の「芸術家の家 大沢昌助と父 三之助展」を会期末ぎりぎりに駆け込みで行って、観られたから良かったようなものの、もっと早く行けば良かったと、この時激しく後悔した。

その苦い経験があったので、今回は優先順位をあげて「宮芳平展」に行って来ました。

宮芳平i

常設展扱いではあるが所蔵作品だけでなく個人蔵の作品も半分以上ある。にもかかわらず、1階だけの展示であるせいか入場無料。
それでも、約80点の作品や関連する資料で紹介する、非常に中身の濃い展覧会でした。パンフレットかと思いきや、良く見るとほぼ全作品の画像が掲載された2つ折りのパンフレットが素晴らしい。
学芸員の解説まで掲載されていて、ちょっとした小カタログになっている。

宮芳平(1893~1971)はほぼ無名のまま亡くなってしまった画家であるが、彼を取り巻く芸術家の顔ぶれを見ればただならぬ人物、例えば、森鴎外、中村彜、高村光太郎などそうそうたる面々。
分けても、森鴎外の短編小説『天寵』(1915年作)の主人公として登場する「M君」は宮その人だという。

今回はエッチングとインクで描いた作品が大半であるが、油彩も数点あり、そのどれも作風が一貫しておらず、時代の流行を追って、自身の作品に取り入れようとした姿が見られる。
むしろ、その点ではエッチングやインクでの作品の方が、宮芳平らしさ、彼のオリジナリティを創り出しているように感じた。

例えば≪若きLの像≫1917年は、青木繁の描くたねを思い出させるし、そうかと思えば、≪聖夜≫1916年は、モーリス・ドニ風である。

それらに比べると、宮のペン画は実に興味深い。
まず、作品タイトルがほぼ全ての作品で下方の中央部に位置していて、しかも装飾文字。時代はちょうど大正時代。背景の非常に細かい升目やある一定の短い線描など、特に水彩で着彩されている作品は升目の色をところどころ変えて、色彩の小さなパッチワークのようだった。
その代表的な作品は≪湖の乙女≫1922年、同じく≪憂鬱≫1922年は象徴的。

晩年に向かうにつれて、作風が変化し、具象から抽象へと変貌を遂げる。
戦後の油彩作品≪秋紅葉≫1957年は初期のカンディンスキーのように面で線を捉えていた。
また、展覧会のチラシ表に記載されている≪自画像≫1916年こそが、一番宮らしい油彩であるように思った。他にも数点自画像はあったが、この表紙の絵は一度この目で見たいと思う。

そして、彼の画業の中でもうひとつ重要視すべきことがある。
自身でガリ版刷りで作成した自伝的≪AYUMI≫。
これも実際に印刷されたものが展示され、全ページ見ることはできなかったが、味のある文章と絵画作品がまざりあった新しい文芸誌のように見える。ここに宮の思いや生活、人生が詰まっているのだろう。

*2月15日まで開催中

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