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映像作品上映会 「MOVING」 京都シネマ

映像作品上映会「Moving」 京都シネマ 5/20,21,22

本日から、京都ではホテルモントレ京都を会場にアートフェア京都が開催されている。
これにあわせて、京都シネマ(地下鉄烏丸線 四条駅すぐ上のCOCON烏丸3F)で、全国から新進の映像作家9組を招いて実写、アニメーション、ドキュメンタリーなど、様々な技法で制作された短編映像作品9本を上映するイベント“MOVING”が開催されている。
“MOVING”の公式サイト→ http://www.andart.jp/moving/
参加している映像作家9組の顔ぶれは以下の通り。
かなもりゆうこ、トーチカ、林勇気、平川祐樹、松本力、水野勝規、宮永亮、村川拓也、八木良太(アイウエオ順)
*各作家さんのプロフィールは上記公式サイトをご覧ください。

ウェブサイト / アートプロジェクト“&ART”と、京都を拠点とする映像作家(実行委員は水野勝規、林勇気、宮永亮の3名)が企画する新しい試みだが、何と言っても私を惹きつけたのは参加作家の顔ぶれ。
個人的に好きな映像作家さんが名前を連ねていて、これが行かずにおれようか。
しかも、ホテルモントレ京都の“株式会社フィールド / &ART”としてブース内では、200枚限定生産オリジナルDVD(5,000円)を販売中。DVDに収録されている作品と上映される作品は違うらしい(同じ作品もあるのかも?)ので、二度お楽しみがある。*Movingとアートフェア京都で500円の相互割引あり。

さて、上映順は、林勇気→平川祐樹、八木良太→宮永亮→かなもりゆうこ→トーチカ→水野勝規→村川拓也→松本力。この順番は実行委員の面々と関係者の方とで作品が出揃ってから検討し決定したとのこと。

この中で、私が過去に作品を一度も拝見したことがなかったのは、かなもりゆう、村川拓也。以下敬称略。

村川は、今回ウィーンから生中継を使用した映像作品を上映するという、実験的なアプローチで作品を見せる。
逆に、過去に同じ作品を観ていたのが、宮永亮「Wondjina」2009年、トーチカ「STEPS」2010年(あいトリの長者町会場で上映されていた作品)。八木良太「Lento-Presto(Coridor)」2008年は、確かあざみ野市民ギャラリーでの個展で上映されていたような記憶が。。。

全作品を通じて、映画館での上映に適した作品とそうでない作品、そして容赦なく連続して9つの映像作品が流れると、作品の完成度や個性が明確になる。

個人的に良かったのは、平川祐樹「ささやきの奥に」2011年。
この作品は、先月名古屋の長者町でOne Day Cafeで3面スクリーンを使用して上映された作品をリバイズし新しい画像を追加し再構成し直したもの。私にはまるで別作品のように思えた。

このイベントでは上映後、約1時間毎日交代で出品作家3組+ゲストによるアフタートークがある。初日は、平川、八木、宮永の3名によるトーク。私はこの組み合わせのトークを拝聴したかったので、初日に行くことにした。
トークの中で、平川さんは以前は映画を撮影していたこと、そしてお金を取って上映した経験もあったが、その経験の中で違和感を感じ、映画でなく映像作家を目指すことにしたと語っていた。
確かに、映画館という強制的な場(ゲストの南氏の発言による)で、映像を観た時、もっともその雰囲気にマッチしていたのは彼の作品だった。
彼の映像には、観る者に何らかのストーリー性を想起させる力がある。
立ち込める不穏さ、言ってみればミステリー映画の一場面のような画像を観ると、次は一体どんな展開があるのかと知らず知らずのうちに考えていることに気付くだろう。
更に、映像の質においても非常に美しかったことを追記しておく必要がある。映画館のスクリーン、大画面に映し出された時の映像の美しさは、映像を語る上で重要な要素だと思う。

次に、トップに上映された林勇気の新作「The layers of everything」2011年。
林さんに関しては、兵庫県立美術館ギャラリーで開催された個展が記憶に新しいところ。
今回も上記個展作品でも使用されていたように、写真のデータをPC画面で切り抜き重ねて作り上げている。
彼の作品に特徴的なリズム感、軽やかさは、今回のイベントのトップを飾るのに相応しかった。
また、ジャスト5分という上映時間も長くもなく短くもなく、もう少し観ていたいなと思わせる適切さがあった。

ラストの松本力「halo/grow glow」2011年も非常に完成度の高い作品だった。
松本力は今年の恵比寿映像祭で、インスタレーションとして映像作品を展開。この時は、私の好みではないなと思ったのだが、今回の上映で印象が大きく変わった。彼の作品は映画館での上映に適しており、観る側にとっての環境において、立ったまま作品を観るのと逃げづらい映画館でじっくり腰を据えて作品と対峙することの違いを一番感じたのはこの作品。紙に描かれたドローイングが生き物のように自在に動き、そして背景の光や色彩の組み合わせと音楽は心地良かった。

音楽と言えば、サイレントで12分の映像を見せた水野勝規「graphite」2010年も忘れがたい。
恐らく、12分が長過ぎると思った観客も多かったのではないか。
しかし、冒頭の山水水墨画を思わせる画像が出た瞬間を私は忘れることができない。
目の前に現れたのは映像というより、山水画そのものだった。しかも、ずっと眺めていてもまるで動きがない。
機械の不調?と思ったが、しばらくしたら、別の画像が登場し、そして何度か拝見しているおびただしい水量の滝の映像が。
上映会の後、水野さんご本人にお話を伺うことができた。
私:「なぜ、いつもサイレントなのですか?」
水野さん:「映像において音楽が与える影響、印象が大き過ぎる。自分としてはそれを排除したい。映像を制作しているつもりはなく、絵画を描いているつもりで作品を制作している。」
私:「水を使用したモチーフが多いように思いますが、それについて教えてください。」
水野さん:「元々デザイン専攻だったが、ある日、水に反射した像の美しさに気付いた。これをビデオカメラで撮影し反転させ、カラーでなくモノクロで見せたら面白いかもと思ったのが映像制作の始まり。水の表情といったものが好きなんだと思う。」

今回の上映では、もう少し映像と映像の切り替えタイミングを短くした方が良かったのではないかと思った。あまりにも静止時間が長過ぎる。そういえば、昨年だったか心斎橋SIXでデビット・リンチの映画特集を観に行った時、まるで動かない画像が延々と続く作品があったことを思い出す。ただし、ご本人は自作上映中に寝てもらっても構わないと笑っておられた。

未見の作家お二人の作品は、私にはちょっとピンと来なかった。村川さんのネット空間や時差を超えてオーストリアからのネット画像をそのままスクリーンに映し出すアプローチは今後の展開によって面白くなるかもしれない。

宮永亮「Wondjina」2009年、八木良太「Lento-Presto(Coridor)」2008年はスクリーンで観てもその個性は失われることはなかった。特に「Wondjina」を私が初めて観たのは、TWS本郷の大きなスクリーンだったので、久しぶりに、同じような状況で観られたのは嬉しい。
宮永亮「Wondjina」は、TWS本郷の上映では9分と私の過去ログに記載されているが、今回は14分34秒針のフルバージョン。改めて、「Wondjina」のタイトルと作品との関連性を考えさせられた。この作品を観ていると、太古、人類が地球に生命体として誕生した時、目にしたものではないか。「Wondjina」はオーストラリアの先住民アボリジニに伝わる神話を意味する。彼らは古の生活や伝統を現在においても受け継いでいる。(参考)http://en.wikipedia.org/wiki/Wondjina

なお、上映作品について実行委員3名による作品解説が掲載されたパンフレットが配布されるが、この解説が秀逸。
そして、アフタートークでの各作家による上映作品についての感想を拝聴すると、さすがに映像作家同士、目の付け所が素人とはまるで違う。
が、美術館やギャラリー、映画館に来場する人の多くはプロフェッショナルではない。
一般の人たちが楽しめ、感動し、新たな発見があるような映像を私は期待したい。

この企画をプレイイベントとして、来年開催に向け準備中の「MOVING-京都芸術祭-」へと活動をつなげて行く予定とのこと。1人の映像ファンとして、この新しい活動に敬意を評すると共に、このプレイベントを足がかりとし、作品の更なる高次化と映像作品の普及を切に願っている。

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