スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「水・火・大地 創造の源を求めて」展 熊本市現代美術館 はじめての美術館85

水火大地

「水・火・大地 創造の源を求めて」展 熊本市現代美術館 4月9日~6月12日 10時~20時 火曜休館
http://www.camk.or.jp/event/exhibition/water-fire-earth/

九博の「黄檗展」についての記事を書いてから、日が経過してしまった。
大宰府を後に、西鉄で大牟田にて鹿児島本線に乗り継ぎ、人生初の熊本入り。到着した葉いいが、JR熊本駅前にはめぼしい大きな建物もなく、かなりさびしい風景が。熊本市って県庁所在地の筈。街がない・・・と思いきや、熊本中心部はJR熊本駅からバスか路面電車で10~15分程行った熊本城下が繁華街なのだった。
さすが、細川家の熊本藩、熊本城はこれまで観たお城の中でも国内有数の立派さ。熊本城近隣には熊本県立美術館もあり、芝生の広がる広大な公園も併設している。

熊本市現代美術館は開館時間が夜8時と遅い。毎晩8時まで開館している公立美術館は全国でここだけに違いない。その理由は、熊本市現美の図書室にある。この図書室中央部天井には光の天蓋、J.タレルの「MILK RUN SKY」2002年があり、その真下にはマリーナ・アブラモヴィッチ作の木製ベッドが十字に4台置かれている。枕にあたる部分は大理石。アブラモヴィッチは図書室本棚を作品化しており「Library for Human Use」2002年、棚の一角にベッドを組み込んだり洗面コーナーがあったりする。中央には彼女の絵画もある。
毎晩19時にはピアノボランティアの方が来られて、図書室でピアノの生演奏を聴きつつ、タレルの光の天蓋の色が刻々と変化していくのを眺めるというすごい趣向。
これ、すべて無料です。
館内は撮影禁止。以下は、玄関から中を撮影したもので、右手奥がホテルロビーのような図書室。

熊本館内

熊本館内2



他にも階段下に、草間弥生の鏡のアートワーク「早春の雨」2002年や、エントランスホールには宮島達男「Opposite Vertical On Pillar」2002年もあり。
http://www.camk.or.jp/information/facilities/artwork/index.html

これらは恒久作品として、美術館開設にあたって制作されたもの。特に図書室を堪能するだけで足を運ぶ価値はある。

さて、企画展「水・火・大地 創造の源を求めて」は、九州新幹線全線開通記念事業の一環として企画された。
熊本にゆかりのある水(豊かな地下水)・火(阿蘇・不知火)・大地を8名の出品作家による作品で展観する。
<出品作家>
杉本博司 Hiroshi Sugimoto、遠藤利克 Toshikatsu Endo、千住博 Hiroshi Senju
淺井裕介 Yusuke Asai、蔡國強 Cai Guo-Qiang、リチャード・ロング Richard Long
ディヴィッド・ナッシュ David Nash、アンディー・ゴールズワージー Andy Goldsworthy

実は、この展覧会、アンディー・ゴールズワージーが一番のお目当て。遠藤利克も気になるし・・・と好きな作家さんが多かったので、行っておきたかった。

まず、「水」。
千住博の「四季瀧図」「フォーリングカラー」2006年と杉本博司は「Sea Scape」シリーズが並ぶが、後に続くイギリスの自然派作家の作品と比較すると浮いていた。彼らの作品を観ても一向に熊本の地下水や水をイメージすることなどできない。
千住博や杉本博司の作品を批判している訳ではなく、ここで見せるには適していなかったということ。
杉本作品に至っては、豊田市美所蔵作品が6点ほど並んでいるだけで、見せ方も漫然としてメリハリなし。

しかし、次のディヴィッド・ナッシュ、アンディー・ゴールズワージーから俄然良くなってくる。
といっても、国内美術館から、主に栃木県立美術館からの貸し出し作品中心。
ナッシュは、「日光における彫刻制作写真」や実際の木彫が出ていたが、彼の場合、「火」が関係する。
彫刻に使用する木材をバーナーなどで加工し表情を創出する。

ゴールズワージーに至っては、好き過ぎて、展覧会テーマ以前に作品を観るのに必死。
これだけの数をまとめて観られたのは初めて。
前述の栃木県美はじめ、世田谷美術館などの所蔵品が出展されていた。
中で忘れられないのは「トーン・ストーンズ」1990年。
イギリスで集めた石を陶芸用の釜に入れ、強い熱を当てて作られた石を枯山水よろしく並べる。
内部が熱によって溶けだし、表面に亀裂が入る、熱エネルギーが外へとあふれ出、自然に冷えて固まるのを待つ。。
この作品の壁の向こうからなぜか、水音がして来たのだが、その理由は最後に分かった。

ゴールズワージー曰く「色彩は彫刻的である。目を見張る鮮やかな色彩。自然の有する色を開放し自律性を持たせる。」そして「自らを風景の中の変化の媒体」と語る。
葉脈の間を裂いて、松葉で縫合した葉は、一見すると蛇の紋様を描いているような、自然の一部を使用し再構成、もしくは僅かに手を加え、視点を変えて見せる手法に魅せられる。

リチャード・ロングは、花崗岩を使用した円環、粘板岩を使用した作品。大地や火の存在を意識させる。

浅井裕介は、阿蘇、熊本城、天草の土を採集し、他の土地の土と混ぜて巨大な泥絵による壁画を本展のために描いた。「泥絵・土のこだま 阿蘇-天草」2011年。
この他、箱型の作品にペイントした作品もいくつかあって、彼の作品も本展主旨によくマッチしていたと思う。

圧巻だったのは、遠藤利克「空洞説2011-KUMAMOTO」。
これは素晴らしかった。
縦に長い展示室をフルに使用したインスタレーション。最奥のコーナーは鉄板で仕切られ、向こう側を観ることはできない。聴こえるのは瀧のような流水の大きな音。
ゴールズワージーの作品があった壁の向こうから聴こえて来た水音は、これであった。
見えない水の存在は、まさに地下水の表現に相応しい。
そして、鉄板を挟んで水と反対側には、木を燃やして完全に炭化した長舟が一隻、ノアの方舟よろしく置かれている。
川から流れついたのか、ユートピア目指して漂流するのか。

遠藤利克の作品解説に興味深い記述があった。「インドの経典リグ・ヴェーダでは、火は自ら発生し、水に住む」。
まさしく遠藤の作品にはこのリグ・ヴェーダの教えが具現化されているように思えた。

冒頭の2人の展示は、若手作家に任せた方が良かったのではないか。熊本出身の若手アーティストは多数いるのに。
観客を呼び込もうとするために、作家のネームバリューだけに頼っていては、観客を唸らせるような展覧会はできないと思う。中盤以後が良かっただけに、尚更残念。

今回は、日帰りだったので次回は是非ピアノ生演奏とタレルのプログラムを体験したい。

帰り際の熊本市現代美術館の写真。熊本城を臨む繁華街にある。

熊本現代1

熊本現代2

コメントの投稿

非公開コメント

kei様

非公開コメントされる場合、ご連絡先をいただかないと
お返事ができかねます。
お手数ですが、再度公開コメントを入れていただけますでしょうか。
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。