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「ジョゼフ・クーデルカ プラハ 1968」 東京都写真美術館

プラハ

「ジョゼフ・クーデルカ プラハ 1968」 東京都写真美術館 5月14日~7月18日
http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1353.html

ジョゼフ・クーデルカ、この著名な写真家の名を知り関心を持ったのは、港千尋著『写真という出来事クロニクル1988-1994』だった。
自分のブログを検索してみたら、国立新美術館で開催された「陰影礼讃」展で初めてクーデルカの写真を彼の写真として認識した上で観ているようだ。

その後、本展が開催されると知りあまりのタイミングの良さに嬉しくなったが、諸々の事情で出かけるのが遅れてしまった。幸いなことに、東京都写真美術館の木曜・金曜夜間開館が復活したので、漸く行って来ることができた。
夜間開館は静かな環境でじっくり写真と対峙できる。

会場構成がまずは目をひく。
出入口側の壁面がアジテート、ビラで覆われている。チェコ語?で書かれていると思われ、意味は理解できないが、グラフィック的効果は抜群。今回の会場展示では、事件性を強調するもので、写真自体の質(プリント面含め)をじっくり見せることに主眼を置いていないように感じた。
これはクーデルカ自身と担当学芸員の方が打ち合わせた結果であるのだろう。

およそ、10年以上前にクーデルカは「写真家が人生の流れのなかで、そのプリントの調子を変えてゆくのは自然なことだと思うよ」と答えている。また「良い写真とは時が経てば経つほど良くなる写真のことだ」と語る。

このビラの壁とクーデルカが撮影したプラハ侵攻「チェコ事件」の写真約170点が展示された空間に身を置くと、否が応でもその場の臨場感に立ちすくむことになる。
後述する社会学者の小熊氏はビラは現代のブログやツイッターのようなものとたとえておられ納得した。

写真美術館が発行している機関誌『eyes』2011vol.69に、クーデルカのインタビューが掲載されているが、この中で、『「僕は言葉より写真の方が饒舌だから、写真を選んだんだ」と力強くつぶやいた』という行がある。
まさに、その通りでチェコ事件についての文献を1冊読むより、彼の写真で観る史実の重みは、計り知れない。

最近、写真の魅力について常に頭の中でまとまらず、もやもやとしているが、ドキュメンタリー、時間軸を越え、記録を残す優位性と、一見して誰もが撮影されている対象、被写体が言わんとする所を理解できるのではないか。
その伝達力のスピード感は、写真から映像に繋がっていく。
*映像といえば、会場に写真をスライド形式で見せるコーナーがあった。

クーデルカはチェコ出身の写真家であるが、彼はプラハ侵攻以前に、既に「ジプシー」の連作で写真家として売り出していた。
同館の4階には図書室があり、クーデルカ関連の写真集等が特集コーナーに置かれているので、ジプシーシリーズや近作などの写真集を観ることにした。
ジプシーシリーズはもとより、他のシリーズのどの作品ともこの「プラハ侵攻 1968」とは大きく異なっている。
明らかに「プラハ侵攻 1068」において、クーデルカの立ち位置は当事者側、時には被写体自身になる。

撮影者は、被写体にどれだけ心的にも物理的にも距離を置くのかが気になるところだが、この時クーデルカは、目の前に起きている現実にカメラを構えずにはいられなかったのだろう。
記録として残しておきたいという意識があったのか、それとも写真家としての習性なのか、命の危険も顧みず、彼は非常に冷静に、ソ連軍によって軍事侵攻されていくプラハの様子と、抵抗する人々をフィルムにおさめた。

人気のない広場の様子、そこには腕時計をしたクーデルカ自身の腕が写される。
人々の恐怖や苦悶を浮かべた表情、そして最後まで諦めないという強い意志を持ち、国旗を掲げる若者2人。
マスメディアを制圧する攻防は中でも激しかったようだ。
チェコスロヴァキア・ラジオ局の防衛では、破壊された建物の様子、攻防の犠牲者の無残な死体は、今の日本の状況にも置き換えられるのではないか。

これらの写真が、チェコの関係者から国外に流れたことは奇跡的で、当時の社会主義体制を考慮すると家族に危険が及ぶことを憂慮し、名乗りでることもままならなかったクーデルカの心情が慮られる。
ところで、気になるのは前述の『eyes』インタビュー記事の中で、彼に1968年当時の話題をふった際、それまで饒舌だったクーデルカがかたくなに口を閉ざしたという点だ。
同じ質問には答えたくないというのがその理由だが、40年以上前の写真を2008年に再編集し出版した背景には、「この記録写真は過去のことではなく、現在も侵略され圧政に苦しんでいる人々に関することだ。」という思いがあるのだろう。

1968年とはどんな時代であったか、当時の日本の状況について、小熊英二氏(社会学者、慶應義塾大学教授)の講義を拝聴したが、全共闘と直ちに結び付く流れではなかったが、与えられたテーマを見事にきっかり1時間で解説された。曰く、第2世代の体制への見方、フォーディズムと言われる大規模労働組合の設立・・・(ここ後日、加筆します)。

再び、クーデルカの写真に戻るが、国家と現政治体制における反発などは、取り巻く状況は違えど、未曾有の大震災と原子力発電所問題という危機を迎え、現代に生きる私たちは彼の写真を観て再び何ができるのかを問い直されているように感じた。それは、圧政や侵略と次元は別かもしれないが、現在の私たちにも置き換えられはしないだろうか。
冒頭の言葉で語るより写真が語るものは、想像以上に大きかった。
これが写真の力なのだろうか。

クーデルカは、ジプシーシリーズやプラハ以外にも静謐で美しいモノクロ風景写真を数多く撮影している。
できれば、4階図書室やNadiffなどで、彼の他のシリーズも観て欲しい。

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ジョセフ・クーデルカ プラハ1968 @東京都写真美術館

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テツ様

こんばんは。
twitterでも拙文についてご感想いただき恐れ入ります。

小熊さんには本当に驚きました。
物凄いマシンガン講義で、途中会場から「もう少しゆっくり」という
要望を「この内容を1時間で話すには、スピードダウンは無理」と
一蹴されてました。思わず笑ってしまいましたが、講義とは別に
質疑応答では、質問に対して言葉を選んで丁寧にお答えされていました。

更に、外見からは40代前半か30代後半かと思いきや、1962年生まれと知り
再びびっくり。
彼の著書『1968年』を読んでみたいです。

21世紀の×××者様

ご無沙汰しています、っていうのも何ですね。
コメント有難うございます。

どこかで観たかな~という時、自分のブログをすぐに
検索できるのって続けるモチベーションになりますね。

1968年についてもう少し掘り下げたかったのですが、
息切れしてしまいました。

素晴らしいレビューです

写真とはなにか、今の日本へのアクチュアルな問題提起も交え
長文ながらぐいぐい読ませていただきました。

小熊さんのレクチャーも聴講されて良かったですね!
彼は日本の社会学者の中でも、私などと同世代の旗手ですからね。

ずっしり重厚な写真展でした。

No title

こんにちは
どこかでこの人の名前を聞いたことがあるように思っていたのですが、「陰影礼讃」展でしたか。
私もこの展示を観たのですが色々と考えさせられる内容でしたね。
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