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「ミン・ウォン:ライフ オブ イミテーション」 原美術館

ミン・オォン

「ミン・ウォン:ライフ オブ イミテーション」 原美術館 6月25日~8月28日

「ライフ オブ イミテーション」展は、タン フー クエン(キュレーター)が企画し、第53回ヴェネチアビエンナーレ(2009年)のシンガポール館で展観された世界巡回展です。

展覧会は大きく2部構成と考えて良いだろう。
エントランスとギャラリー1、1階廊下では、シンガポール映画黄金時代とそこに遺された豊富な映画遺産を回顧する。
1階の<CINEMA 1>と2階の<CINEMA 2><CINEMA 3>では、ミン ウォン制作の映像インスタレーションが展開されている。

全体を観終わると、映画を心から愛する気持ちと映画を使って、シンガポールという他民族国家、そしてそれゆえ生じる文化の複雑さやアイデンティティなど含意が上手く盛り込む手法。トリッキーなその映像は、同じ場面を何度見返しても、作家の意図を見逃している気がしてならない。

まず、シンガポール映画黄金時代への回顧。
ここで一番印象に残ったのは、シャーマン オンのドキュメンタリー3本。
映画資料コレクターのインタビューでは、「チケットをすべて残しておく、そのチケットを見るたびに観た映画を思い出すと語る。」。この人の映画への愛ゆえに、貴重なパンフレットやチケット、当時の映画館の様子を知ることができる。

映像として秀逸だったのは「チケット販売員」2009年(3分26秒)。
最初、このビデオはフィクションだと思った。それ程までに、でき過ぎたシチュエーションと語り。
女優を目指している若い女性が選んだアルバイトは映画のチケット販売員。女優にはなかなかなれないけれど、チケット販売員なら、映画もたまに無料で観られ、何より人間観察できるのが面白いという。
今では、チケットを買いに来るお客がどの映画を観るかまで、分かるようになったと語る。

3分半とは思えない内容で、このまま本編に続きそうな題材だった。

展示されている資料に添えられた英文には、1942年から日本に占領され、シンガポールの映画館でも映画上映が制約され、プロパガンダ映画の上映へと移行。しかし、そんな状況下であっても、戦後、小津安二郎や溝口健二が、シンガポールの映画制作者たちに与えた影響もあるという。

もうひとつの資料では、1950年代のシンガポール映画黄金期にあった映画館の名前や写真、そして最初と最後に上映された映画名など事細かな資料を展示、それらの多くは現在残っていない。1965年の独立後、画気に満ちた映画業界は崩壊し、次々と映画館は閉鎖に追い込まれた。
シンガポールの状況と日本の状況は重なる所が大きい。
日本においても1960年代をピークに観客は減少、現在に至るまで、映画館は徐々に大型シネコンプレックスへと移行し、かつてのキネマ的小規模映画館の存在は貴重になっている。

ミン ウォンが制作した映画看板も1階展示室と2階の階段踊り場に展示されている、これらもシンガポールだけでなく、かつて日本にも存在していたことは言うまでもない。


次に、ミン ウォンの映像インスタレーション3つ。
一番印象深かったのは、「ライフ オブ イミテーション」2009年 13分
この映画は、人種的アイデンティティの問題をとりあげたダグラス サークの「イミテーション オブ ライフ」1959年というハリウッド制作のメロドラマをモチーフに展開。この映画を選択している点にも注目すべき。

ミン ウォンは、登場人物の黒人の母親と混血の娘サラ ジェーンを、中国系、マレー系、インド系から3名の男性俳優を選び代わる代わる映像の中で演じさせている。

シンガポールに私は何度か行っているが、中国系、マレー系、インド系民族が見事に混在している国。
あの中にいると、日本人である自分も外国人なのに外国人という意識がなくなるような、人種としての違和感が欧米諸国や同じアジアでも単一民族国家よりも少なかったのが記憶に残っている。

映像の中で、場面が切り替わるたびに、役者も入れ替わり、あれあれあれ?といった感じ。
また、この映像は斜めに相対する2つのスクリーンで上映。各スクリーンの前には、それと同じ大きさの鏡が置かれている。
恐らく、部屋の中央あたりで鏡を覗くのが、一番良い鑑賞方法なのではないか。
鏡を観ると、同時に2つのスクリーンの映像を観ることが可能。
2つは同期しているが、わずかにズレがある。更に、2つの映像の同じシーンが流れる時、それぞれで演じている役者は異なる。
3人×2組という理解は正しいか?

この作品だけでも、何度見直したことか。。。多分6回いや7回は観たと思う。
ちなみに字幕も1つが英語の時、もう一つはスペイン語字幕が流れ、画面の台詞はどちらも英語。
中国系、マレー系、インド系の役者も皆、英語を話す。

そして、女性を演じるのがすべて男性俳優というのもひっかかる。

人種的アイデンティティや言語の問題だけでなく、性差についても意識しているのだろう。そして、ここでミン ウォンが伝えたかったのは何であったのか。シンガポールという他民族国家についての問題提起か、はたまた民族や性差を超えた融合なのか。


もう1つの2階で上映されている映像「イン ラヴ フォー ザ ムード」2009年 4分(トップチラシ画像)でも、白人女優が、元ネタの香港映画「花様年華」のマギー・チャンとトニー・レオンの役両方を演じているのは興味深い。

「イン ラヴ フォー ザ ムード」での台詞は広東語。
母国語を英語とする女優が、画面外にいるミン ウォンの広東語の台詞に続いて、同じ広東語で話す。

ここでは、3つのモニタースクリーン3面で映像を上映。
同じ場面にも関わらず、その表情や台詞まわし、詰まって笑い出す場所も異なる。


1階の「フォーマレーストーリーズ」2005年 25分。*スクリーン4面?に異なる映像がループ上映されている。
ここでは、ミン ウォン自身が16人ものキャラクターを演じている。同じシーンが3回ずつ繰り返されるのは、2階の「イン ラヴ フォー ザ ムード」に共通する所がある。

演技とは果たして非日常的行為だろうか?
存外、日常においても私たちは知らず知らずのうちに演技してはいまいか。更に、演技とアイデンティティの喪失に関係はあるのか。

まだまだ、宿題を出されてなかなかできない子供のような状態なので、こんな拙い感想しか書けないのが残念。

ミンオォンの自国の映画文化に対する強い愛情と含意に満ちた忘れられない展覧会だった。

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