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2011成層圏vol.4 「私」のゆくえ 松川はりX川北ゆう ギャラリーαM

成層圏vol.4

2011成層圏 vol.4 「私」のゆくえ 松川はり×川北ゆう ギャラリーαM 9月3日~10月8日
http://www.musabi.ac.jp/gallery/2011-4.html

ギャラリーαM初の2人展。
松川はりと川北ゆうの2人はそれぞれ異なるアプローチながら水を扱った平面作品を制作している。

川北ゆうは、2009年京都のstudio90での個展(これは見ていない)から認識していて、気にはなっていたが実際に作品を拝見したのは昨年のINAXギャラリーでの個展「ゆらぎのあと 景色をそそぐ」が初めて。そして、つい先月大阪のアートコートギャラリーで開催されている「Art Court Frontier 2011 #9」(9月17日迄)にも出展されており、そちらも拝見したばかり。
作家の公式サイトはこちら

対する松川はりは、本展で初めて知った作家さん。
日本画の材料を使って、支持体(紙本)と絹本もしくは今回は絹でなくテトロンを張ることで空間を作り、奥行きやぼかしを表出した作品となっている。

2人展ということで、2人の作品をどのように配置するのかも興味深い点だったが、左奥が松川はり、そこから右側と入口入って右奥スペースが川北ゆう、と各人の展示スペースはきっちりと分かれていた。

まず、最初に目に入るのは川北ゆうの作品。
前述のINAXギャラリーでは、彼女の作品は床と平行に展示されていた。したがって、私たち鑑賞者は作品を上から見下ろす形で観ることになった。例えは悪いかもしれないが、この時思い出したのは金魚すくいである。
金魚すくいの台に張られた水、もちろん金魚は存在しないが、ゆらゆらと揺れる水面が、白い下地に描かれた線描によってすくい取られていた。
彼女の作品の制作過程では、実際に水を使用する。描かれた線描が水によって浮かびあがり揺れ、私たちが目にする揺らいだり、にじんだ線の表情が出現するのである。
作品の出来には、偶然性も大きく関わってくるが、画面における線描の寄せ方などは作家の意図によってある程度操作できるが、操作範囲には限界があり、そこを超えた所に前述の偶然性が影響してくる。
実際の制作風景は見ていないが、ご本人から話を伺う限り作品が大きくなればなるほど使用する水量も多くなり、大量の水を一パネルに流す作業はまさに労働と言って良い身体活動を伴っている。

平面に置かれた支持体と線描と言えば、ジャクソン・ポロックを想起せずにはいられない。
川北の作品も中心性を持たない抽象的な作品であるためオールオーバーの範疇にくくられるのかもしれないが、全面性、均質性かと言えば、その点は異なっている。
寧ろ、作者の意図は均質性の排除であり、目には見えない水の流れや水面の表情をいかに美しくすくい取るか、絵画というより、版画に近いような一面をはらんでいる。

かねてより、自分が絵を描いているという気がしなかった、それがstudio90でパネルを床と平行にして制作しつつ展示することでより明確になったという。それ以前は、今回同様、壁に作品を展示していたので、INAXでの展示の方がレアケースだったことになる。

今回のように鑑賞者の視線の正面にあるのと見下ろすのとでは、やはり受け取るものが異なっているように感じた。水というものを意識させられるのは、やはり床と平行に置いた場合の方が強かった。

また、奥にあった小品は水墨の痕跡のようで、サイズは小さいものの、こちらの方がより水の重さを感じる作品だった。


次に松川はりの作品について。
彼女の作品は、何と言っても中央に配された1点≪内臓がぐわんとなる≫2006年の存在感が大きかった。

内臓

この1点が、入って左奥を眺めた時に最初に目に入るのだが、思わず吸い寄せられる。
一見すると分からないが、下地には銀箔を張り、上にある絹本の絵具が明るく見えるように、明度,彩度をあげる工夫がされている。下地には紙や絵具の白色を使うことも多いが、この作品は銀箔の方がより光を反射させるため銀箔を採用されたとのこと。
裏地の銀箔張りだけでなく裏彩色技法や表面には金箔も一部も使用されている。
*アップした時点では銀箔をアルミと間違った記載をしていました。謹んでお詫び申し上げます。

この作品は旧作ではあるが、新作で導入されているような支持体の上にもう1枚重ねることで空気層を創り出す試みはされているものの、見かけ上はそれと分からない。それゆえ、他の作品に観られる奥行き感や透明感にはやや欠けるが、何より胡粉の創り出す白や絹本と日本画の画材特有の小さなキラキラとした光が画面に溢れている。
また、他の作品と比べてモチーフが抽象的に描かれており、甘さがない。私は彼女の作品の中では、≪内臓がぐわんとなる≫が好ましかったが、その理由は甘さのなさだと思う。
新作やポートフォリオにあった作品は、色づかいもモチーフも甘く淡く、砂糖菓子のように今にも消えそうなはかなさがあるが、≪内臓がぐわんとなる≫ではそれが抑制されている。

新作に描かれているのは、プールの水面に映った人物像で、鏡面反射している。
松川の場合は、水をモチーフとして採用することが多い。その理由を伺った所、身体が弱く、時折ふらっと意識が遠のくことがある。意識が遠のく時の感じと水に入った時の感覚に共通するものがあると教えて下さった。

従来の日本画を打破するような画面を生み出している。日本画の画材や技法を上手く取り入れて現代の新しい平面作品をぜひとも制作し続けていただきたい。2層を重ねるという点では、新作の方がその効果が明確に現れていた。今後試行錯誤を重ねて行く中で、層を重ねることで生まれる奥行き感、ぼかし等の効果がより強く表出されることを期待したい。

個人的な嗜好を言わせていただければ、甘さや愛らしさを抑えると作品に深みが出て来るのではと思った(偉そうなことを書いて申し訳ないです)。
作家の公式サイトはこちら

まだまだ暑い9月ですが、αMの今回の展示空間は水から得られる涼を感じます。

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