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慈覚大師 円仁とその名宝 滋賀県立近代美術館

チラシ


青春18きっぷ最後の1回分を使って滋賀県瀬田の滋賀県立近代美術館で開催中の「円仁とその名宝」展へ行って来ました。

円仁は比叡山延暦寺で天台宗を修学し、後に入唐し帰国後に延暦寺第三世座主となった高僧です。天台宗と言えば最澄密教。
当時空海開祖の真言密教ほど天台宗は完成されていなかったらしい。

そこで最澄に見込まれた弟子の円仁は唐に渡り、天台宗法やサンスクリット語をおさめ、仏画や仏具、図像などを持ち帰り、天台宗の基礎を確立しました。

と、偉そうに書いてみましたが円仁の名は本展で初めて知った私です。
しかし、何も知らない一鑑賞者にも分かりやすい解説が随所で行われていて大変勉強になりました。
展示品一つ一つに丁寧な(長すぎず短すぎず)解説があり、割と空いていたのでじっくりゆったり見ていたら2時間半ほどかかってしまいました。

展覧会の構成は以下の通りです。

第1章 円仁の活動と生涯
第1節 円仁
第2節 最澄と天台開宗
ここで、私が注目したのは国宝「伝教大師入唐牒」。
唐に入ることを許された許可証、いわばビザかパスポートのようなもの。これは最澄が入唐した際に出されたもので、確かに最澄の名や、日付まで読み取れる。当時入唐は命がけ。航海とは名ばかりで漂流だった。

第3節 入唐求法

第2章 円仁がひろめた教え
第1節 天台密教
第2節 法華経の教え
今回目からうろこだったのはこの第2節に展示されていた装飾経の数々。
「一字連台法華経 如来神力品第二十一」では文字一つ一つを仏とみなし、全ての文字の下に蓮台が描かれていたのには驚いた。
それ以外にも5色の色紙をついで作成されていたり、金銀一行ごとに書かれていたり、お経というのはこんなにも美しく崇高なものだったかと見入ってしまった。
この第2節で展示されているお経のほとんどは国宝もしくは重要文化財である。
第3節 浄土への門~阿弥陀信仰

第3章 円仁敬慕~慈覚大師巡礼
第1節 日本仏教の母山~比叡山
ここに立っておられたのが「聖観音菩薩立像」(写真)。
印を結んだ指が美しく、ふっくらとした優しい顔立ちの観音様。

延暦寺仏像


しかし、私がぐっと来たのはその対面上に飾られていた「十一面観音菩薩立像」(大阪・長円寺蔵)である。
名づけて「どすこい」。
このような観音像は初めてお目にかかりました。
お相撲さんのような丸々とした顔立ちが特徴的。
この日は美術館学芸課長の方による「慈覚大師円仁と延暦寺の仏像」と題する講演が開催され、及ばずながら私も聴講したのですが、その際にもこの十一面観音は異形の仏像として紹介されていました。
この異形の仏像も円仁が唐から持ち帰ったものに起因するとかしないとか。

第2節 ふるさと下野
円仁は下野(現・栃木県)出身。
第3節 はるかみちのくへ
円仁は最澄に従って、東北地方を伝教のため回ったため、岩手県の黒石寺に「伝慈覚大師坐像」(チラシ左下)などが残されている。

ここでは、この黒石寺の四天王立像のうち持国天と増長天の2体に注目。確かこの四天王立像はかの「見仏記」にも採り上げられていた記憶が・・・。
顔がとても小さく上半身もスリムなのに下半身がどっしりずどんとしているのが特徴。このアンバランスさが却って目をひく。
この重厚な下半身には何か理由があるのだろうか?
再度見仏記を読み返してみよう。


国宝22件、重要文化財66件を含む約140点の名宝展。
久々に一つの展覧会をじっくり見て得るところも多かったです。


最後に大好きな小倉遊亀さんのコーナーをはじめとする常設展を見て帰路につきました。
小倉遊亀さんの作品では「月」「姉妹」「娘」など私の大好きな作品が運良く飾られていて大満足でした。


*慈覚大師円仁とその名宝 9月24日(月・休)まで開催中。

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