スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「彫刻の時間 ―継承と展開―」 東京藝術大学美術館

彫刻の時間

「彫刻の時間 ―継承と展開―」 東京藝術大学美術館 10月7日~11月6日
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/current_exhibitions_ja.htm

「彫刻の時間、-継承と展開-」、展覧会タイトルが見事に本展内容を簡潔に提示している。

本展は、2部構成になっており、藝大コレクションの名品を中心に飛鳥・白鳳の仏像から、近・現代の彫刻まで、日本彫刻の歴史を一望できる展示に、もう一つは、名誉教授、現職教員により空間を意識的に使い、現代の彫刻のあり様、個々の彫刻観の違いを提示するというもの。

地下階にある2つの展示室に、近世以前→近代彫刻と時代を代表する名品がずらりと並んでいる。

展示室2では法隆寺宝物館に並ぶ菩薩立像と類例の「菩薩立像」(重文)飛鳥時代をはじめ、快慶作「大日如来坐像」、「女神坐像」「男神坐像」、「獅子」、円空仏に、舟月、森川杜園らを網羅。これだけのラインナップを円空仏を除き所蔵品で揃えるコレクションの厚さ。

特に印象深かったのは「不空羂索観音立像」・平安時代後期であった。
材となる木は朽ちて、手足がなく銅と顔だけの像であるにもかかわらず、その姿は美しく聖性に満ちていた。残されたほとんど造形の残っていない木像に美を感じるのはなぜだろう。朽ちたものには、朽ちたものの美があり、それを美と感じるのは個人的な嗜好かもしれない。しかし、両腕のないその姿は、西洋彫刻で言うなら、かの有名なミロのヴィーナスも同じ。
像がまとう雰囲気はどこか橋本平八の作品につながる。

飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、江戸、明治の彫刻を見ていくと、当初は祈りの対象であったものが、近世に近づくにつれ、その意味合いが薄れ、職人技といった工芸的要素の強い作品が登場する。
明治以前の段階で、日本彫刻における2つの潮流、すなわち「聖性の強いもの、宗教的であったり、精神性を宿すもの」と「生き物や人物を写実的に三次元で表現し、情緒性のないもの」が登場している点は興味深い。

近代彫刻(の展示室では、橋本平八と平櫛田中の作品が左右に配され、入ってすぐには平櫛田中の「五浦釣人」、最奥には橋本平八の「花園に遊ぶ天女」をはじめとする名作が並ぶ。

「五浦釣人」(いづらちょうじん)の配置は、像の背中が正面になっている。
なるほど、私たちは釣り人が釣りに興じる時、その正面ではなく背中からアプローチすることに気が付いた。釣り人の正面は海だったり、川だったりと水辺であるため、正面向きは不自然になる。

支那帽や頭髪、着衣、そしてタイトルから像のモデルは岡倉天心と分かる。天心がこの竿で院展の俊英たちを釣り上げるという意味が込められているそうだ。田中は、大阪の人形師・中谷省古に弟子入りし木彫の修行を行った後、高村光雲の門下生となり、その後岡倉天心の指導を受ける。
この像をはじめとして、平櫛田中の作品は実在の人物像が多かった。田中は108歳と非常に長命で、彫刻界での知名度も高かったため、造像の注文も多かったのだろう。そして、田中は彩色技法を使い、伝統と近代の間に自身の表現の所在を求めた。この最終成果と言えるのが、「鏡獅子」で、完成までに20年の月日をかけた。本展出展作は、国立劇場にあるものの4分の1のスケールに縮小したもの。また、本展では「転生」木造(1920年)が出展されている。

田中作品の魅力はどこにあるのか、人形師、高村光雲と学んできたその技を活かした写実性の強さは感じるが、その奥にあるもの、-言葉にするのは難しく一瞬の時間を切り取ったような形-、が作品に深みを与え、江戸期から明治初期に観られるような技巧的写実彫刻と一線を画している。

本展を先に拝見したブログ「あべまつ行脚」のあべまつさんによれば、田中の作品は「情緒のない生々しさと彫りの卓越した技術、そして写実の先の「ある」という存在感と」だと仰っているのは的を得たものではないだろうか。

対して、橋本平八、彼は日本彫刻界において異質な存在であった。
近世にあげた、職工的工芸作品ではなく、かといって荻原守衛、高村光太郎らのような西洋彫刻を取り入れた作品でもない。日本古来の仏像をはじめとした作品群を研究し、自身の表現を確立したが、惜しいことに38歳の若さで亡くなってしまった。平八の回顧展は昨年、平八の地元三重県立美術館と世田谷美術館で開催されていて、改めてその作品に魅了された。私は、平櫛田中より橋本平八派なのだった、ゆえに田中作品の魅力が写実性以外どこにあるのかが分からなかった。

最奥の平八コーナーには彼の代表作「花園に遊ぶ天女」1930年、「裸形の少年像」1927年、「石に就いて」1928年、「牛」1934年、「或日の少女」1934年などが並ぶ。
中でも「花園に遊ぶ天女」はややしゃがんだ様子で、耳をすましているポーズと全身に花模様が彫られ、台座に12神(空神、花神、鳥神、風神など)の文字が刻まれている。
自然を耳からその身体に取り込み、取り込んだ自然が身体表面に表出した姿を表現したのだろうか。自然神の信仰がある日本ならではの造像で、平八の研究成果が現れた日本近代彫刻の中でも稀有な作例だと思う。
「石に就いて」「牛」(これも牛に似た石を木彫している)は、昨年の橋本平八回顧展の記事で詳述しているので省略する。

この両者の作品を挟んで中央には、高村光雲「観音像木型」、竹内久一「技芸天」、像高214.5cmの大作、高村光太郎「鯰」、萩原碌山(守衛)「坑夫」、朝倉文夫、佐藤朝山、石井鶴三「鶴田選手像」などが置かれ、日本近代木彫ワールドを形成していた。明治期の技巧溢れた彫刻の中で旭玉山「人体骨格」鹿角を材料としているが、明治期において人体骨格をしっかりと把握していた証拠としても興味深い。驚異の技であることは言うまでもないが、人体骨格の彫刻は現代においても違和感がない。


3階に進むと、現代彫刻の展示となる。
作品ひとつひとつの展示空間に余裕を持たせているため、彫刻がもたらす展示空間の変容を感じることができる。
ゆとりある空間と作品に適した照明が彫刻展示には必須だと改めて感じる。

どの作品も素晴らしかったが、先日日本橋高島屋美術画廊Xで個展があった原真一は、本来の石彫作品を展示。中でも「浴室」は浴槽に腰かける老婆と浴槽内に付着する入歯、身体の一部が切り離され独立した面白い作品だった。最奥には森淳一が非常に面白い展示を行っていた。
森淳一のコーナーでは彫刻3点と3方向から撮影した頭部頭蓋のレントゲン写真が1点が展示されている。
3方向の頭蓋骨写真は二次元であるが、それをひとつの頭蓋の中で3次元化した作品「bollde」2011年は面白い。もちろん、本来頭蓋骨は一つの形であり、3方向から見ても、元は一つの形であるが、森作品では、正面、左、右方向から見た頭蓋を一つの作品に取り込んでしまった。
十一面観音ではないが、3面頭蓋になっている。
他2点も腕と頭部をカリフラワー状、フジツボを集めて成型したような彫刻。

原真一、森淳一が身体にフィーチャーした作品を展示していたのが興味深い。
身体性と言う点においては、林武史の石彫も、表現形式は異なるが、観る側の身体感覚を呼び起こす石彫を展示していた。林武史は岐阜県美術館での2人展で初めて作品に接したが、今回もその時と同じ、鑑賞者が靴を脱いで、直接作品の感触を確かめる試み。

最後に深井隆氏の木彫「月の証-風が降りた日-」は、夢のシーンが現実化したような、別世界へ鑑賞者を誘ってくれる。

近世から近代、そして現代彫刻へ、ここでは書ききれなかったが彫刻の教育や継承という問題も考えさせられる素晴らしい展覧会でした。
図録に全作品の掲載がなかったのが残念です。

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。