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「成層圏 vol.5  風景の再起動 宮永亮」 gallery αM

風景の再起動

「成層圏 vol.5  風景の再起動 宮永亮」 gallery αM
10月22日~11月26日 12:00~18:00 日月祝休 入場無料
http://www.musabi.ac.jp/gallery/2011-5.html

昨年春の児玉画廊東京「地の灯について」、夏の児玉画廊京都「making」から、はや1年。

そして、馬喰町のgallery αMで高橋瑞木氏のキュレーションによって待望の個展「風景の再起動 宮永亮」が開催されています。
初日に開催されたアーティストトークも拝聴し、それらも踏まえつつ今回の展示について振り返ってみようと思います。

昨年の「making」展あたりから、映像を単に見せるだけでなくインスタレーションの要素を取り入れ始めていた。例えば京都展では、映像の素材撮影に使用していた実父から譲り受けたというローバーminiが1階会場にどんと置かれていて、車内は煙草の吸殻やらぬいぐるみやらが、普段撮影に使っているのと同じ状態で置かれていて、今にして、この時も映像作品制作の断片を見せていたのだと気付いた。

本展では、このインスタレーション的な要素がより増幅されている。
愛車の代わりに会場に置かれているのは、木造の小屋で構造下部4隅に車輪を取り付けてある。車輪を取り付けた理由は、作家によると「生活者としてどう生きていくのかを考えると定住するのか疑問に感じた。そこで仮設空間としての小屋、車輪付きで移動できるような空間を考えた。」のだという。

小屋は同寸の木製パネルを使って組み立てられており、パネルは展示室内のあちこちに点在し、中には床置きされているのもあったりと、さながら工事中、未完成の状態を見せていた。
これらの展示空間に散らばっている木製パネルをスクリーンに見立て、完成作の≪arc≫(7分51秒)は、小屋の横長壁面の投影し、反対側の壁面には≪arc≫を構成している映像の素材を全てつなげた作品≪raw≫(52分22秒)といった具合に、更に点在した木材もスクリーンとして≪boats≫(3分3秒)、≪snow sun,sun≫(1分50秒)、≪joy≫(1分38秒)などが単体の素材としての姿で映像化されている。

つまり、完成作の素材と仮設小屋の素材とをリンクさせて、空間内に配置し映像を見せていて、作品の見せ方としては非常に興味深いものがあった。
と同時に、単に映像を見せるだけでなく、見せ方、素材の扱い方、更には映像制作の過程を見せることで、映像そのものの特性を鑑賞者に問いかけているのだった。
通常、私たちが映像作品を観る場合、目にするのは完成作であり、その膨大であろう労力には、例えば素材集め、アニメーションであれば大量の絵コンテなど、更に長大な時間を要する編集作業にまで思い至らない。
それを完成作をバラバラにして見せることで、完成作と素材との可逆性を提示し、また時間の逆行をも視野に入れたインスタレーションを構築した。

次に完成作である映像自体を考えてみる。
宮永の場合、映像となる素材群はすべて実写で得られたものであることが大きな特徴で、撮影で採集した素材の中から、どの部分をどのように繋げ、重ねていくか、殊に重要なのは完成作で見られるイメージの積層だろう。
作家の住む関西や実家のある北海道、そして今年旅したスウェーデンの風景など、作家が実際にある時間に存在していた場所の風景が、いくつも重なって≪arc≫は制作された。
車載機に設置したカメラと定点に設置したカメラで撮影した2種類の方法で得た素材で、いずれも作家の目や身体性が排除されていることに注目したい。
したがって、作家の意図や感性、バイアスがかかるのは、少々乱暴かもしれないが編集作業だけと言えよう。
しかし、編集に際しても作家が心がけているのは、ノイズの排除、すなわち作家の思考や感情を抑制し、心地よさを重視するという。
映像そのものは、光の集積であり作家の言葉をそのまま借りれば「自らの映像にそこまで没入や同化して欲しくない。目の前にあるように見えるものは光が映っているだけで、一歩引いて観て欲しい。」と言う。

作家自身の映像作品への信頼のなさというか、強度への心もとなさが現れた言葉だと思ったが、かといってそれを不安視している訳ではなく、問題を踏まえつつを逆に面白さとして扱っていこうというのが作家の意思であることを忘れてはならない。

最後に作品に使用されている音について。
これも実際に採集した音、具体的には青森県の竜飛崎にいた時17時に鳴る時報を引きのばし反転再生したものだそうで、ここでも素材は実際に作家本人が実在した時間の存在とその編集という映像と同じ構造がみられる。

こうして完成した≪arc≫はじめ、映像インスタレーションは実に見事だと思った。
映像の完成度は非常に高く、そして美しく、作家の心地よいものという意図が反映している。

その一方で私が気になったのは素材の内容であった。
確かに作家が実在した時間と場所を扱ったものではあるが、素材採集時には、採集しようと思ってカメラを携帯する訳で、そこに発生する作家の意図や考えを排除することはできないだろう。
それを前提にした場合、異なる場所の意味性について、どうしても考えざるを得ないのだった。特に震災前後に訪れた東北地方の風景について、また唯一の海外からの風景も異質で、単純に出かけた場所です、という説明だけでは、物足りない気がしたのだった。

「風景の再起動」、まさに採集された風景は宮永の手によって私たちの眼前に再起動したことは間違いない。

*最終日11月26日には以下トークイベントが開催されます。
トークイベント 11月26日(土)16時~17時 宮永亮x下道基行x高橋瑞木 ギャラリーαM

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