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福居伸宏展 「アンダーカレント」 TKG エディションズ京都

福居伸宏 展 「アンダーカレント」 TKG エディションズ京都 11月11日(金) - 12月10日(土)
http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/nobuhiro-fukui-exhibition-undercurrent-2011/
*作品画像は上記ギャラリーのサイトよりご覧いただけます。

福居伸宏さんの個展「アンダーカレント」へ行って来ました。

小山登美夫ギャラリーでは2008年の「Juxtaposition」、2010年の「アステリズム」に続いて3度目の個展となりますが、京都では初。今回は2004年以来撮影を続けている夜の都市シリーズ「アステリズム」と新シリーズ「undercurrent」と3枚組の「one and one」を含め約10点を展示しています。

私が初めて福居さんの写真を拝見したのは2010年の清澄白河での個展「アステリズム」でした。
その時は、夜の都市、住宅の風景が無機質で取っつき難く私の手に負えない気がして、それでも記憶に強く残り、自身の中で上手く消化できないことへのもどかしさを感じました。

そして、2度目の出会いとなる本展では旧作シリーズも、2つの新作シリーズも楽しむことができました。
ここでは、特に好と強く惹かれた新シリーズについて感想を書いてみようと思います。

その前に、今回の記事を書くに際し、『Researching Photography』でのインタビュー記事を読み直し、大変参考になったので改めてご紹介させていただきます。非常に充実した内容でPart1、Part2の2部構成(以下)。2010年12月5日、ゲストに福居伸宏さんを迎えて行われた「Researching Photography – Nobuhiro Fukui」に基づき、、ンタビューと書き起こしは良知暁 氏による。
http://researchingphotography.blogspot.com/2011/07/rp-record-part-1.html
http://researchingphotography.blogspot.com/2011/08/record-rp-part-2.html

まず「undercurrent」、モチーフになっているのは雨後のアスファルト道路だろう。そこには単に雨粒の残る道路の表面が撮影されているのみ。しかし、提示された像は、私たちが普段肉眼で見えていると認識しているものではなかった。
同じ光景は幾度となく目にしているけれど、残念ながら目の前の写真のように私の目も脳もそれらの色や形や質感をとらえていない。
通常眼下に見るものを正面で見ているという位置、角度の問題では無論ない。それも多少影響はしているかもしれないが、一見した時、抽象表現形の絵画にのように感じた。
今回プリントされている「undercurrent」シリーズのうちプリントされて展示されているのは2点。

雨の雫が落ちているアスファルトは、ライトの光を反射しとても美しい。夜間はアスファルトがコールタールのような粘り気のある液状に姿を変えているようで、2点のうち1点は水滴に赤っぽい色が重なっていた。赤信号時の光の反射が水滴に写り込んだのだろう。
ポートフォリオには上記2点以外に約10点程がおさめられていて、プリントされたもの全てを並べて、微妙な質感や色、痕跡の違いを楽しんでみたい。
抽象絵画のようなイメージが広がり、数を増せば増す程、作品間にある僅かな違いを感じ、その差に新たな別の気付きが生まれる可能性を秘めている。

再び展示された写真に目を移してみると、白っぽく残っているのが横断歩道の白、車の轍を見つけ、道路はこんなに人の営為を写しとっていたのかとはっとした。
光を発する水滴の質感は思わず触れたくなるような、平面であるのに、雫の感触、形を見出し触角を刺激された。
抽象絵画で時間軸を表現するのは難しいと思うが、「undercurrent」では、写されている痕跡と観者との間に横たわる時間の流れに思いを馳せることができる点にも惹かれる。

タイトル「undercurrent」はビル・エヴァンス、ジム・ホールのアルバムに同名のものがあり、過去の個展でも音楽からタイトルを採用されているケースが多い。文字通りの意味としては、「底流」もしくは「表面にあらわれない暗流」「とされる。
目に見える物質的要素を持つ「底流」(川底の流れ)と目には見えない「暗流」(感情や思想など不穏なもの)、この両義はタイトルだけでなく作品そのものが孕むものを反映している点は興味深い。

プリントサイズは96.0×144.0cmと「アステリズム」シリーズと比較してかなり大きく、このサイズも抽象絵画を想起させるのに一因と言えるだろう。

もう一つの新シリーズは、「undercurrent」以上に興味深い作品だった。
3枚セットという組写真の形式で、特に気になったのは3枚組という点。日本古美術の浮世絵3枚続きを思い出した。
浮世絵に限らず古美術の世界、特に日本美術では3幅対など3枚セットでひとつの作品とするものが旧来から存在する。
それを意識されたとは思えないが、この3枚組の写真は、どこか3幅対の掛軸のような面白さがある。

ひとつでも完成されているように感じるが、3枚並べることで、その連続性、拡張性は増幅している。
また、作品の並びを入れ替えたら果たしてどうなるのか、といったことも試してみたくなる。
背景は、単一のトーンを持つからし色。これに柿がアクセントに加わる。
ベタな背景によって奥行きがなく、柿の木の枝がぺたりと画面にコラージュされているかのよう。
注視すべきは、枝の画面上の配置で中央の1点を除く左右の2点の構図やモチーフの様子は似ているが、よく見ると違う。
中央の1枚では、左下から右上に向かって斜め上方に伸びる枝の先にあるものは柿ではなく別の果物のようで、この果物らしきものは、右端の1点の左側にも配される。
何とものどかな秋の風景。。。と言っていられない3枚の像で見れば見るほど引きこまれてしまう。

「アステリズム」シリーズの空でも見られたトーンを均一ににした背景からは非現実的な印象を受ける。この3枚組は通路脇に展示されていたため、最初、写真だと分からなかった程。被写体は住宅の外壁材として使用されるカラーサイディングだろうか?
各々54.0×36.0cmという縦長のフォーマットもまた掛軸を思わせた所以だろう。

少し時間が経過した今でも、この3幅対が気になって仕方がないのはなぜなのか。もっと気付かない見る喜びが潜んでいる予感がする。


空間の広い清澄白河のギャラリーでの新シリーズ発表を心待ちにしています。

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