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高山登 退任記念展 「枕木-白い闇×黒い闇」 東京藝術大学大学美術館

高山登

高山登 退任記念展 「枕木-白い闇×黒い闇」 東京藝術大学大学美術館 11月17日~12月4日
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2011/takayama/takayama_ja.htm

高山登(1944年生まれ)の東京藝術大学退任記念展で、初めて同氏の作品を拝見することとなった。
2010年1月から3月にかけて宮城県美術館で開催された「300本の枕木 呼吸する空間」展の評価が高く、恥ずかしながら私はそれで初めてお名前を知ることとなった。

高山登の枕木を使用したインスタレーションは「物質と記憶の関係」をテーマとして制作され、同氏によれば「かつてアジアを侵略した日本の鉄道敷設の記憶に結びつくことを」と制作動機として語っている。
アジア侵略の鉄道敷設と言えば、満鉄のことだろう。当時の多くの日本人が抱いた野望の象徴ともいえる存在だろう、しかしそれはこと満鉄に限らず満州、そして大陸自体がそうだった。

展示室に入った瞬間、視覚より臭覚が刺激された。
鼻をつく油もしくは強烈なタールの匂い。
衝立の向こう側に、黒いシートの上に重なった大量の枕木があった。
照明は落とされ、黒い枕木だけが不気味な程、存在感を放っており、正面スクリーンでは映像が、私が行った時には目、瞳孔が投影されていた。
そして、暫くすると、何か呼吸音のような音が聴こえて来る。等間隔に発生するその「シューッ」という音は、蒸気の音らしいが、私には心肺蘇生機の呼吸音のように聞こえた。
息絶えそうな死と必死に戦う病魔に襲われた存在が横たわっているような。

そうこうするうち、映像は瞳から、水打ち際に変わった。全部で3パターンのイメージ映像が繰り返し流れる。

目の前にある重量級のインスタレーションにはなぜか思ったほどの感動が得られない。
これはごくごく個人的な問題なのだが、どういう訳か最近大掛かりなインスタレーション、よく耳にする言葉で言えばスペクタクルな傾向の強いインスタレーションに感動しなくなってしまった。
どうにも作り物感を先に感じてしまって。美術は元々作り物なのだから何をいまさらと思うのだけれど致し方ない。
なので、この感想はあまり参考になさらず、どんどんご自身の目で確かめていただきたい。

奥のスペースは半分に分かれていて、向かって左側がドローイングと版作品、右側がこれまでの展覧会記録映像や枕木制作映像の上映が行われている。

冒頭、作家のテーマは「物質と記憶の関係」と書いたが、ドローイングや版作品の方がインスタレーションよりこのテーマを強く感じた。
ドローイングは石炭で描いたのか?黒鉛の粒や重なりは物質の構成要素であり、物質を分解されたものが紙に留まる。
留まったその時間から今現在、私たち鑑賞者が作品を観るその時間を含み、時間の重さが黒鉛から表出していた。
版≪転写≫(1966年~1968年)は物質そのものの痕跡を象り、平面作品であるが姿を変えて物質化されたもののように思う。

黒鉛だけでなく≪コールタール・コラージュグラフ2003≫も同様に物質をそのまま紙に押しとどめた姿で私たちに語りかけて来る。

ご自身の記憶を昇華しようとされていたのだろうか。

インスタレーションもドローイングも拝見する機会を得られたことを有り難く思った。

なお、12月4日(日)14時~関連イベントとして田中泯によるパフォーマンス「場踊り」が開催されます。
会場は同展が開催されている東京藝術大学美術館展示室3
同展、パフォーマンスともに入場無料です。

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