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「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」 愛知県美術館

ポロック展

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」 愛知県美術館 11月11日~2012年1月22日
展覧会公式サイト:http://pollock100.com/

ジャクソン・ポロックの名前を知らなくても、彼の作品はどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか?

ポロック(1912~1956)は第二次大戦直後、キャンバスを床に広げてその上一面に塗料を撒き散らす独創的なスタイルとテクニックによって、絵画芸術の新しい地平を切り開き、その後カラーフィールド・ペインティングをはじめ、後続の絵画に大きな影響を及ぼすとともに、ハプニングなど、絵画や彫刻といった従来の枠を超え出た新しい種類の芸術をも引き起こすきっかけとなりました。
44歳という短い生涯で生み出された彼の芸術は国際的な評価を得、現代美術の出発点を築いたと言えるでしょう。

2012年、ポロック生誕100年を記念し本展は開催されます。日本では初の回顧展!であり、海外美術館が所蔵する主要作品を含め、国内所蔵作品すべてを合わせ約70点によりその画業を振り返るものです。

待ちに待ったポロック展。
結論から申しますと、国内開催の海外作家回顧展として、これ以上望めないような内容です。
震災以後、特に海外作家の回顧展はモランディ展をはじめ、開催中止、もしくは延期を余儀なくされたものがある中で、よくここまで集められたと感心しきりです。
特に、新聞などでも報道されたように、イランのテヘラン現代美術館所蔵の≪インディアンレッドの地の壁画≫1950年は、ポロック作品の中でも最高レベルと評価されている1点で、評価額が200億とも言われています。
ポロックはNYのMOMAが所蔵する≪One:第31番、1950年≫、ワシントンにある≪ラヴェンダー・ミスト:第1番≫1950年、メトロポリタン美術館≪秋のリズム:第30番≫1950年など1950年に傑作が集中しています。
NYに行けば、MOMAやメトロポリタン美術館の作品を観ることもできるでしょうが、イランへおいそれと行くことはできません。
前述の≪インディアンレッドの地の壁画≫も1950年制作の最高傑作であり、かつこの機会を逃したら恐らく一生観ることができない可能性が大きい作品なのです。

1点豪華主義というのは、海外作家の展覧会ではよく見かけますが、本展は違います。
1点だけじゃなく、2点、3点・・・と初期作品から晩年のブラックポーリングと言われる技法の作品までしっかり海外からの借用品を中心に見せてくれるのです。
個人的には、そのことに一番驚き感動しました。

やはり回顧展たるもの、初期から晩年までの作品がきっちり揃ってこそ、展覧会を終えると画家の人生を辿ったような、深い充足と心地よい疲労に包まれるのですが、そんな展覧会にはなかなかお目にかかれません。
特に海外作家においては国内に主要作品が少なく、予算にも限りがあるなど様々な要因から実現が厳しいのが現実です。

にも関わらず、本展では見事にその問題をクリアし、きっちりと丁寧な構成と内容でポロックの作品のみならず、その人生や人格までも考えさせられる内容となっています。

以下展覧会の構成です。
見どころや主要展示作品は公式サイト(こちら)に詳しいのでここでは割愛します。
第1章 1930-1941年 初期 自己を探し求めて
第2章 1942-1946年 形成期 モダンアートへの参入
第3章 1947-1950年 成熟期 革新の時
第4章 1951-1956年 後期・晩期 苦悩の中で

冒頭の≪自画像≫から、いきなり胸が鷲掴みにされたようなショックを受けました。
実はその前日にゴヤ展へ行って、ゴヤ展でも冒頭にゴヤの自画像作品が展示されていたのですが、両者の自画像があまりにも違い過ぎて、ポロックのそれは、1930~33年頃、つまり20歳の頃に描かれたものなのに、目は充血し背景はどす黒く、何とも不安な様子をしているのです。
既にこの時、飲酒をしており、彼の生命を断つ原因となったアルコールにこの若さで溺れているとは、何ともやりきれません。

飲酒に関していえば、その7年後には重度のアルコール中毒になり、ユング派の精神分析医の治療を受けます。本展ではその治療のために描いたドローイングも展示されており、興味深かったです。

父親が開拓民だったこともありアメリカ先住民、ネイティブアメリカンの遺跡や文化の影響を受けていた。その結果なのか、当初ポロックが画家でなく彫刻家を志していたこともまた興味深い事実でした。貴重な小さな自刻像も1点展示されていました。

ポーリング(流し込み、pourから来ている)技法確立前のポロックは≪誕生≫1941年頃でみられるように前述のネイティブアメリカンの他、メキシコ壁画運動、ピカソからの影響を強く感じます。
同様に1945年の≪トーテムレッスン2≫でも観られ、この作品はポロックにとって重要な人物となる批評家グリーンバーグが「どんな強い言葉でほめてもほめ足りない」とまで絶賛。
この作品、図録解説によれば、背景を先に塗っているのではなく、最後に塗られているとのこと。マスキング手法というそうで、これは再訪して確認せねばなりません。
もうひとつ、本作品はシャーマニズムへの関心がタイトルなどから考えられており、ここまでで思い浮かんだのが岡本太郎。
岡本もまたメキシコ壁画やシャーマニズム、縄文への強い関心とピカソへのライバル心と、ポロックだけではなく、当時の他の画家にも言えるのかもしれませんが、太い黒枠線など共通するものがあるような気がしました。

ピカソを超えたい!
その思いが結実するのは、ポロックがイーゼル絵画から解き放たれ、オールオーヴァーのポード絵画を完成した時と言えるでしょう。
彼は支持体をイーゼルではなくアトリエの床に置いて描き始めたのです。
新しいことを思いついても「くそっ、あいつがやっちまった。」、あいつとはピカソなのですが、ピカソを意識しやはりもっとも影響を受けていた。
オールオーヴァーのポード絵画を生み出すまでの過程は、転機となる作品、特に、ヒューストン美術館≪月の器≫1945年頃、富山近美所蔵の≪無題≫1946年がは要注目、などで実際に展覧会で確認することができます。

第2章、第3章の間にポロックアトリエを原寸大に再現したものが設置され、ここでは靴を脱いで中に入ることが可能です。(下画像)

アトリエ

ここだけ、写真撮影可能で、ポロックが使用していたエナメル塗料なども合わせて展示されています。
その前に、映像コーナーがあり、映像2本ハンス・ネイムス撮影のモノクロ「無題」6分と1951年「ジャクソン・ポロック」(9分)の2本を上映。
この2本の映像では、ポロックが実際にポード絵画を制作している様子が撮影されており、ダンスのようなかなり激しく早くリズミカルな動きで筆を動かし制作していることがよく分かる。
考えるのではなく、身体の動きによって、逆に脳へ信号が送り出され、筆を動かしているような、つまり身体のリズムによって描かれた線でありドリッピング(滴らし)のような気がしました。

映像を観て、実際にアトリエでポロックの真似をしつつ身体を動かしてみるとよいのですが。。。さすがに恥ずかしい。

第3章はいよいよ彼の成熟期。油が乗り、評価が高まった時期です。しかしこれが僅かに4年ほど。
ここでは本展担当の大島学芸員のご研究成果である日本の具体派との関係が明らかにされています。

本展出展作品もこの具体との関わりの中で選択されている点に注目すべきでしょう。名品というだけでなく、何を伝えたいか、それによってしっかり作品を持ってきているのです。
1951年読売アンデパンダン展で特別出品作として日本にやってきた2点が共にここで出展されています。
読売アンデパンダン展の様子を撮影した関連雑誌『みづゑ』なども展示。
なお、具体との関係性は大島氏著述の本展図録に掲載されている「ジャクソン・ポロックと具体美術協会」をご参照ください。
なぜ、本展関連イベントに具体の嶋本昭三が招致され、パフォーマンスが行われたのかが分かります。
嶋本氏は具体とポロックを結ぶ重要な役割を果たしていました。

もうひとつ、大島学芸員の研究成果としてこちらは2003年に発表されたものですが、≪カットアウト≫大原美術館の制作時期と制作者についての考察があります。本作は、画面ほぼ中央が人型に切り抜かれており、その下に別のポロック作品が貼り付けられているもの。
本展ではこの作品の制作時期を1948年-1958年としており、完成がポロックの没後(ポロックは1956年に没)になっている点に留意せねばなりません。
大島氏の研究によれば、この作品はポロックによって1948年から49年にかけてオールオーヴァーな画面を作りだした後に切り抜かれ、切り抜いた後の処理に悩み結局未完のまま残された。遺書によれば、「作品はそのまま手を加えないように」とされていたようだが、結局妻でアーティストでもあったリー・クラズナーの判断によって1958年に別の作品を裏から貼り付けられ完成させたという。
参考:大島徹也「ジャクソン・ポロックの≪カット・アウト≫-その年代確定と作者同定をめぐる一考察」『芸術/批評』0号、東信堂、2003年

他にも≪カット・アウト≫シリーズ(6点あるが本展ではその1点を展示)については、上記以外にも大島氏が「ジャクソン・ポロックのカット・アウトシリーズ-マティスとピカソの同化の試み」や本展開催前に出版された『ART TRACE PRESS』01号(下画像)の特集「唯一にして多数のポロック」松浦寿夫×林道郎でも取り上げられています。

artp01


ポロックは生涯を通じて繰り返しをすることがなかった。
常に、前衛、新しい表現を脅迫的と言えるほど追い求めていました。
そこに彼のアーティストとしての苦しみがあったのでしょう。更に気になるのは、彼が非常にナイーブな人物であっただろうということ。それゆえ、現実からの逃避としてアルコールに溺れやすく、身体も精神も崩壊することになる。
アーティストとしての人生は、常に他人からの評価や批判、批評にさらされるということ。
これをどこ吹く風、自分の信じる道を行くだけ!と割り切れれば良いのですが、ポロックはそうではなかったのでしょう。

壁にぶつかったポロックは、ブラックポーリングの作品を発表しますが、本人はこれに満足できなかったようで、結局絵が描けなくなり飲酒運転による自動車事故で1956年に亡くなります。

ブラックポーリング≪ナンバー11.1951≫1951年・ダロスコレクションは、横長の大作で、愛知県美で今年開催された棟方志功の作品にどこか似た造形を感じました。
この件について、愛知県美術館のツイッター(試験運用中)と同館館長とがやりとりを交わしています。→ こちら。


第4章の後、愛知県美術館では参考資料コーナーがあるのも特徴。
ここでは、関連の文献やポロックの遺品などが展示されています。残念ながら、ここでの展示品は作品リストにも図録にも記載がありません。
印象的なのは、ポロックの住まいの近くの浜辺で拾った人型の壊れた鉄製の錨。棒人間といったようにも見えるし、正面の壁に展示されている様子はポロックに対する鎮魂の祈りの気持ちを込めた十字架にも見えるのでした。

なお、地下2階 アートスペースX前通路展示ケースにおいて関連小展示「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」 と題して、ポロックの芸術がアメリカや日本の大衆文化に与えた影響を、レコードやファッション、玩具等の実際のさまざまな商品から探る展示が行われています。
この小企画と企画展最終コーナーの関連文献などは、愛知展のみです。お忘れないようにご鑑賞ください。

抽象絵画はよく分からない~という方は、ぜひ学芸員によるギャラリートークのご参加を!
1月6日(金)、1月13日(金)18:30-19:10
1月7日(土)(13時半~16時)にはシンポジウム「ジャクソン・ポロックがいま私たちに語りかけること」 も開催されます。

今年一番のオススメ展覧会です。ぜひ、お見逃しのないように。
本展は、来年2月に東京国立近代美術館に巡回します。

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