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「宇佐美圭司 制動・大洪水」展 大岡信ことば館

三島駅から徒歩2分、大岡信ことば館に行ってきました。

大岡信氏は詩人、歌人の仕事と並行し美術などの評論活動もされている。

6月12日まで、大岡信ことば館で「宇佐美圭司 制動・大洪水」展が開催されている。
宇佐美氏は1940年大阪府吹田市生まれ。
東京芸大を受験するが失敗、浪人生活を送るため高校卒業以後は東京在住となる。

大岡信とは、当時日本の美術評論家御三家の1人であった東野芳明を介してであったという。
宇佐美氏は、再受験でなく独学で美術の道を進む方が早道とし受験を断念。東野芳明を日本橋の南画廊に訪れ、議論を吹っかけたのが初めての出会い。作品を見て欲しいという希望に、宇佐美を気に入ったのか、彼のアトリエに出向き作品を観る。
そして、南画廊オーナーを紹介、彼にも作品を見せ、1963年に初個展を南画廊で開催。

私が大岡信ことば館を訪問した日はたまたま、学芸員+特別に館長の岩本氏のお二人によるギャラリートークが開催され、運良く参加かすることができた。前述の東野との出会い、初個展までの道のりはトークで伺った話である。

1階は天井高8m50cmと2階天井までの吹き抜けがある。
そこに、宇佐美の《山をつくる》2004年が壁面から10cm程離れた中空に吊られていた。

キャンバスはなぜ壁面に貼りついていなければならないのか?
日頃当然と思っていた事実に突然疑問符がつく。
中空に下がるキャンバスも絵画であることには変わりない。しかし、壁面から独立することで絵画の物質性も顕著になる。
傍には座布団クッションが置かれていて、床に自由に座って作品をご覧くださいと貼り紙があった。

作品の正面には二階展示室に続く階段があり、そして、入口正面、絵画のサイド壁面には大岡信が宇佐美のために作った詩「5つのヴァリエーション 宇佐美圭司のために」の中の一節が立体文字で壁面に対して垂直に飾られている。照明によって立体文字に影が生じ、その影がもうひとつの文字を作り出していた。

階段をあがる途中で詩を眺めたり、《山をつくる》を見ると、鑑賞者の視点の高さによって作品の見え方も当然変わることに気付かされる。

今回の個展テーマである大洪水は、宇佐美が尊敬するレオナルド・ダ・ヴィンチのドローイング「洪水」から着想を得、5年程前から取り組み始めたテーマ。
《大洪水へ》と題した2010年制作の作品4点、最新作一部未完の《制動・大洪水》と続く横6m弱の巨大な作品含め6点も壁面から離れ、展示室の中央に弧を描くように配置されている。
作品の中央には異なる高さの階段が置かれていて、鑑賞者は土足でも靴を脱いでも良し、壇上に寝転んでも座っても自由な位置で作品を鑑賞することが、本展の特徴。
内側に向いた作品はそれぞれ傾斜角度も高さも微妙に変えて吊るされている。よく見ると渦を巻き込むように高さが変えられていることが分かるだろう。

円弧と人型が反復し描かれ、渦状に配された円弧の動きを強調するようなアースカラーによるグラデーションが画面での特徴。人型はマスキングテープを使うものとフリーハンドによる描線の両方が見られる。

人型のずらし→横への移動
後述する4つの人型の重なり→積層(縦に移動)
これらに加えグラデーションをエアブラシでなく手作業で作家が行なうことからも、絵の中の時間性を強く意識した構造であると分かる。
縦横に広がりを見せる時間の流れ、動きにはエネルギーの発生も同時に感じさせる。

ギャラリートークでは、時間の視覚化を宇佐美が意識したきっかけとして、道路にあった車のタイヤ痕が紹介された。車のブレーキ(制動)により、タイヤと道路が摩擦することでタイヤ痕が残される、時間の流れと制動により発生したエネルギーが摩擦となり痕跡が現れる。これを機に時間を量子化することで絵画の中で視覚化する試みが始まった。


作品内部でもキャンバスそのものによる空間自体を渦と見立てた今回の展示。
洪水に制動が起きるとそこに大きなエネルギーが生じる。
見えないエネルギーの力を可視化したい。そんな宇佐美の意思を感じた。

2.「大洪水の予感、あるいは痕跡」
ここでは、1958年宇佐美が18歳で描いた《反建物》はじめ、1959ねの《最後の大阪》、そして《大洪水》を予期するかのごとく渦のような抽象絵画《ヴィリジャン、群れをなして》No.1,No.3 No.5の3連作が特に目を引く。

3.「身体への開かれ」
ここでは、1964年以後、近代を象徴するモダニズム絵画からの脱却を図らんとする宇佐美の試行錯誤の過程を観ることができた。
《夜明けの3時に》1964年において、絵画の中に人のアウトラインが登場する。次に小品《出現》1964年、この作品は非常に興味深い。画面の中央がニューマンのZIPよろしく、縦に垂直に帯状の空間があり、両側に紙面が貼られる。両方にまたがるように人型の影がうっすらと見えている。
この頃の作品には限定的にコラージュも使用されるが、以後は使われない。
絵画の平面性を打ち崩さんと《オールド・ファッション・アーケード》1965年では中央が再び凹状に凹んでいるが、こうした支持体への加工もこの作品においてのみ試みられている。

グリーンバーグの影響は当時の画家に絶大であったのだろうか。
どこか、平面性、抽象絵画からの脱却と反グリーンバーグ的なものを感じる。

そして、宇佐美が自身の表現として見出したのが人型であることは、ポロックをも彷彿とさせこれもまた興味深い。
1965年のワッツ事件記事の走る群衆の中から「 走る、たじろぐ、かがむ、投石する」4人の人型を選び切り取ったものを円に内接させ、それぞれの輪郭線が交差するところで新たな形態を見出す。
かがむ、投石するという猿から類人猿へと進化の過程をたどるような人型を敢えて選んだのは意図的なものだったのだろうか。

宇佐美圭司の《大洪水》シリーズを前にすると、人が地球に誕生した古代から円弧を辿って未来へと繋がるような厖大な時間の流れが見える。
大極の印のような宇宙の渦の中で制動が生じ、地球が誕生したのではなかったか。


宇佐美氏は現在、癌と共存、闘いの日々。
どうか、未完の作品を完成させ、新たなる宇宙的な空間を創造していただけたらと願ってやみません。
1日も早いご快癒を祈念しています。


本展では、宇佐美氏の2011年11月25日~2012年2月21日アトリエでの制作の様子とインタビューを撮影した映像(34分)が上映されています。アトリエに流れていた音楽がビル・エバンスのJAZZであったことが忘れられません。
非常に貴重な内容です。是非お見逃しなく。

テーマ:絵画・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

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