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「GUN―新潟に前衛があった頃」 新潟県立近代美術館

初の新潟市遠征決行。
新潟行きを決意させたのは、新潟県立近代美術館で1月14日まで開催中の「GUN―新潟に前衛(アヴァンギャルド)があった頃」展だった。
「GUN」は雪のパフォーマンスで著名な新潟発の前衛集団で1960年〜70年代を中心に活動を行っていた。
と言っても、私がその存在を初めて知ったのはつい先日、Twitter上で本展開催の呟きを見てのこと。

今年は特に1950年〜70年代の国内美術関連の回顧展が気になる。
東近美の美術にぶるっ!第2部「実験場」然り、埼玉近美「日本の70年代 1968-1982」展に続き、NYのMOMAでは「東京 1955-1970」展を開催中。自身が60年代生まれということもあり、生まれた時代の美術に関心を持ち始めた。
国内前衛美術の活動は早いもので1948年〜(武生市:北美)だが、1954年発足の「具体」以後活溌化したと考えて良いだろう。「GUN」は1967年発足(ここに特に親しみを覚える)と国内前衛グループとして後発組になる。
本展冒頭では、新潟大学芸能科時代の前山忠の作品に続き、長岡市にかつてあった長岡現代美術館のコレクションや概要を紹介している。
長岡現代美術館の存在もここで初めて知ったが、GUN結成に先立つこと3年前の1964年開館し1979年閉館した。旧大光相互銀行(現:大光銀行)頭取の駒形十吉が美術蒐集家であったことから、大光コレクションを形成しこれを公開した。新潟県内には県立美術館が2つあるが、長岡市に新潟県立近代美術館があるのは長岡現代美術館の存在が大きい。後に経営苦境に立たされ売却を逃れた大光コレクションの約半分を所蔵する故のようだ。長岡現代美術館の所蔵品は当時としては破格、東京でもお目にかかれないような西洋画の名品と現代美術を有していたが、本展で展示されている大光コレクションのごく一部(例:ウォーホル「16のジャッキーの肖像」、ローゼンクイスト「成長計画」等)を見てもその素晴らしさは驚嘆に値する。長岡現代美術館だけをテーマにした展覧会もできるだろう。実際、2002年には同館で開催されていた「長岡現代美術館館賞」に関する回顧展が新潟近美で開催されている。GUNメンバーが長岡現代美術館の存在とそのコレクションに刺激を受けたという影響力は推して知るべしであった。

次に、GUN結成の大きなきっかけとなるのが、批評家:石子順造の存在である。石子を介して静岡の前衛グループ「幻触」(1966年結成)を紹介され挑発を受ける。挑発にまんまと乗ってというと語弊があるが、「新潟でも前衛集団結成」の動きが前山忠を中心に始まるのだった。「幻触」の鈴木康則、前田守一らの作品が展示されていたのは嬉しい。先日高知県立美術館へ行った際に同じく1960年代に結成された前衛美術集団:高知土佐派の特集が開催されていたが、高知土佐派も活動を影で支えていたのは批評家の存在であったことを思い出す。特に、1960年代に地方の前衛美術における美術批評家の影響力の大きさをここでも痛感した。

第2部以後はいよいよGUN結成で「GUN発言誌」や「GUN作品集」、GUN展ポスター、パンフレットなどの関連資料が丁寧に紹介され、第1回GUN展出品メンバーの前述、前山忠、堀川紀夫、近藤直行、鈴木力び作品が展示されていた。面白いのはグループ名GUNの由来で「がーん」とインパクトある発音をそのまま横文字に置き換えたのが最初。後に、眼、癌、拳銃のGUNの意味に加え「グループ、ウルトラ、新潟」の意味が加わった。グループ結成のマニフェストは反中央、地方の中央へのコンプレックス撲滅が掲げられていることい共感を覚えた。東京から再び名古屋に戻り、以前にも増して東京中心主義の文化に嫌気がさしている昨今の自分にとって、彼らの気持ちは現代においても変わることなく同調できる。

当時の潮流であったか、街頭ハプニングも行っておりその記録写真により活動の様子が察せられる。これ以後も展示作品を見る限り当時の最新美術動向を意識してか、メールアート:石のメールアートなどコンセプチュアル作品で評価を得る。これと並行し、スノーパフォーマンス「雪のイメージを変えるイベント」を成功させるのだが、その様子はスライドと写真で紹介されていた。メンバーが褌ひとつ裸なのが若さ全開、雪と格闘するエネルギッシュな姿に圧倒される。雪のイベントの根底には、雪に閉ざされてしまう新潟だからこそ、雪を制圧したいー言わば権威への反発ーという気持ちであったのは興味深い。GUN結成時のマニフェストに通ずるものがある。

スノーイベントは「アサヒグラフ」に掲載され大規模ランドアートとして高評価を得、広く知られることとなるが、その一方でグループとしての活動が収束に向かうきっかけとなったのは何とも皮肉だ。
これ以後、メンバーの脱退等があり活動は左翼化し政治的なものへと移る。しかし、これも国内状況(70年安保、大学闘争、沖縄返還・・・)を考慮するとごく自然の流れのように感じた。

彼らは常に時代に敏感でストレートに反応している。

新生「GUN」、「GUN」収束とその後の「GUN」を紹介し展覧会は幕を閉じる。GUNは正式な解散宣言をしていないが1980年以後活動は停止。

結成前から活動収束までの一連の流れは1960年以後の国内状況、美術動向と密接に影響し、スノーイベントを頂点(とすることにはやや疑問を覚える)としたグループとしての活動は物語のようだった。
うまく纏まらないが、今年感銘を受けた展覧会のひとつであったことは間違いない。

図録は刊行されているが、展示の方が圧倒的に面白い。長岡まで足を運ぶ価値は十分あると思う。

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