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フランシス・ベーコン Francis Bacon Five Decades

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フランシス・ベーコン(Francis Bacon)の展覧会を日本より一足早くシドニー(Art Gallery of NSW)で開催中で、オーストラリアでは初のベーコン展ということで、会場もかなり賑わっていました。日本と違って展覧会がマス・メディア(新聞社やTV)が協賛していないせいか、市内でもほとんどポスターは見かけません。TVを見ていたら、深夜近くベーコン展のCMが入り、それにはちょっと驚いた。

Five Decadesという展覧会タイトルからも分かるように、1940年から〜1980年までの50年を10年単位で時系列で展観。油彩出品数は55点で、日本のベーコン展を企画されている保坂氏のツイートによればうち日本展との重複は約10点らしい。メモをとっていないので、朧げな記憶を頼りに展覧会の内容をざっくりと。

会場入って右手にはベーコンのアトリエの写真(ごく短い動画だったか)、これが実に混沌としており端的に言えばぐちゃぐちゃな状態。大きな円形の鏡(鏡の表面にも絵具が付着していて鏡であることが判然としない)がアトリエの主人以上に存在感がある。正面にハーバート・リードの『今日の美術』に掲載された《磔刑図》1933年が1点。

注:場内は撮影禁止。下は展示室入口。
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・1940年代
1940年代の作品はベーコン本人が破壊したため、特に1942年〜1944年に制作された油彩ではわずか10点しか現存しない(1983年日本のベーコン展図録より)らしい。1940年代の作品は8点弱だったろうか。1925年公開のエイゼンシュタインの映画『戦艦ポチョムキン』よりオデッサの大階段で悲鳴をあげる乳母の顔(この顔にベーコンは深い感銘、衝撃を受けた)が登場するあたりまで約3分程度をモニターで上映。乳母の顔からイメージを得て描いた《人物習作Ⅱ》1945〜1946年では後の作品にも繰り返し登場する黒いコウモリ傘に叫びをあげている人物の顔がオレンジもしくは大地を思わせる色を背景に描かれる。1940年代のベーコン作品はまだ筆法が定まっていない様子で粗いストローク。ピカソにも影響を受けていたことがよくわかる《A study for a figure at the base of a crucifixion 》1943-44年。《肖像画習作(Study for a portrait)1949年では早くも絵画内に透視図のような矩形枠が登場する。

・1950年代
50年代の作品を集めた展示室が本展で一番広かった。全部で何点あっただろうか。50年代以後のベーコン作品のフォーマットは顔だけのトリプティックや動物の一部作品を除き、どれも同じサイズのように見えた。日本に数点あるベーコン作品(例えば豊田市美)も同じ大きさと言えば分かりやすいか。横に長い展示室の中央にはガラスケースが続き中にベーコンのイメージソースである夥しい数の写真が展示されている。最初の展示ケースには、E・マイブリッジの連続写真やベラスケス《法王インノセント10世の肖像》1650年(モノクロ、雑誌の切り抜きか)が中心。写真も雑誌の切り抜きも全部しわしわになっていたり、一部が破れていたりとまともな状態のものが少ない。いずれもベーコンのアトリエに残されていた写真群で、無秩序なアトリエを見れば敢えてボロボロにしたとしか思えない。
写真に連動するように、《法王Ⅰ(Pope)》1951年や《裸体習作》1952年〜53年、犬の習作などがずらりと並ぶ。中でも、かがむ裸体の作品(1950年〜51年)は前記マイブリッジの写真にはハンモックの裸婦やレスリングする人物の連続写真があり、中にかがむポーズをとる姿もあった。このあたりから人物像に動きが出てくる。
次のガラスケースにはベーコンと近しい人たちの顔写真とベーコンの友人であるカメラマンが撮影したベーコン自身の顔写真が展示されている。近しい人の中にはベーコンの恋人であったジョン・ダイアーやイザベル・ロースソーンらこれらの人物を描いた油彩は1970年代のコーナーに展示されていた。
他に《Figure with meat 1954》 1954年、《ヴァン・ゴッホのための習作》1点やタイトルを失念したが、波間に半身が浮かぶ人物の作品など。50年代の作品はストロークが流れるように長く、キャンバスの目を利用、意識しているように塗り残しも多く見られる。絵肌の手の加え方は10年単位に新たな展開が見られ、これは見ていて面白かった。

・1960年代
50年代後半より徐々に色彩(特に背景色)は明るく、画面が洗練されてくる。人物はより抽象化され捻れといった動きを伴う。大画面の作品が多いが一方で顔もしくは首から上を描いた3連画もたびたび登場する。友人のルシアン・フロイドを描いた作品もあった(60年代だったか70年代だったか)。
矢印が画中に描かれるのが60年代以後か。長いストロークはなくなり画面を密に塗るが絵肌は常に単調ではなくニュアンスが付加されている。

・1970年代
1971年グラン・パレで最大規模の回顧展(108点)が開催されるが、オープニングの前日に恋人のジョン・ダイアーがホテルの部屋で自死。60年代と70年代のコーナーの間にフルサイズのトリプティックが4点(3点だったか)だけの展示室がもうけられていた。トリプティックとは別に70年代の作品は複数展示されていて、50年代に続く見所。ここは壮観、強い圧迫感があった。円弧の一部が描かれる《トリプティック》1970年他。70年代頃から、画面に新聞や雑誌の一部と思しき文字入り紙面が画面に挿入されている。

・1980年代
最後にあった作品がどうしても思い出せない。ベーコンの自画像だったか。80年代は70年代を踏襲していて大きな変化は感じられないが、絵肌にスパッタリングというのか絵具が霧吹きされたような部分が現れていた。

展示室を出ると、資料コーナーが設けられ、ベーコンの紹介映像とこれとは別にアトリエを撮影した動画(冒頭にあったものより長い)と彼のアトリエや友人たちを撮影した写真(ベーコンアトリエにあったものとは違うのでしわもなく各額装されている)を展示。また、ベーコン関連の過去の図録や作品集を閲覧できる机や小モニターで研究員?による解説をイヤホンで聴くコーナーも設けられている。

トリプティック室がすごくて記憶が抜け落ちているのと、55点(うちフルサイズのトリプティックは5点)とはいうものの、トリプティックは1点3枚組なので、展示数以上の作品を見ていて、全体を見終わるのに2時間弱かかった。

図録は日本のamazonでも予約受付中。現地では50オーストラリアドルと約5千円。図録購入をしていないため、上記のような不明瞭な内容の記録になっています。

日本の展覧会は身体を焦点にしたテーマ展とのことなので、時系列での展示を先に見る事ができたのは良かった。
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