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第116回企画「ラスト・シーン展」 中京大学 C・スクエア

名古屋市内八事にある中京大学名古屋キャンパス内のアートギャラリーC・スクエアが今年の1月25日にキュレーターの森本氏による最後の企画「ラスト・シーン」展を終えた。森本氏の退職(ご定年とのこと)により後継者を採用することなく、この後2つのエンドロール企画(2月17日〜3月1日磯部友孝展「彫欲」、3月3日〜3月17日下平知明展)を残しC・スクエアは終了する。

私のような俄美術ファン(本格的に美術館やギャラリーを巡り始めたのは2006年頃〜)がこのギャラリーの存在を知ったのは6年程前のようだ。ブログ内検索をかけたところ2008年12月に初訪しようとしたが17時に閉館と知らずに行って間に合わず(2007年4月から東京に4年在住)、結局初訪は2009年7月の山田純嗣「絵画をめぐって〜The Pure Land~」だった。当時東京に住んでいたこと、日曜・祝日が休廊で17時閉廊だったためその後も気になりつつも見逃した企画展が多い。2006年以後に開催された過去の企画展はC・スクエアの公式サイトで概要が公開されているが、今の自分からすれば垂涎ものの内容で当時の自分にはこの価値が分からなかったんだなと我が愚かさを叱咤したくなった。
絵画、彫刻、写真、版画、アニメーションなど複数のメディアにわたる企画展を開催しているが、特に写真展の充実ぶりに瞠目する。

公式サイトでは確認できないが1999年にC・スクエア企画展「Underground」を開催した畠山直哉氏も同ギャラリーでの写真展の充実を検証する上で欠かせない。そして本展で再登場の畠山氏による陸前高田の写真14点は私の中で生涯忘れられない記憶として胸に刻まれた。

片側の壁面のみを使用したシンプルかつフラットな展示で写真のサイズはすべて同じ。2012年〜2013年に撮りおろした最新作であった。これまで拝見してきた震災後の畠山氏の写真の中では比較的大きめのサイズで、詳細なプリントサイズは不明だがやや横長の正方形に近く、ギャラリーがC・スクエアなだけにプリントサイズもスクエアなのかとくだらない想像まで浮かんだ程。

IMG_0137.jpg
*主催者の許可を得て撮影

14点の最初の1枚目で「これはもう畠山直哉の写真」だとわかる。2点、3点と横に並ぶ陸前高田は抑制と理性の効いた構図で見事にとらえられていた。水平、垂直、重機、うっすらと煙る空気、湿ったアスファルト道路あげていくときりがない。震災後の東京都写真美術館での個展で公開された陸前高田の写真群はまだ写真家の心の動揺をそのまま具現化していたように思う。あれからわずか約2年。2年という年月で何が変わったのか、時間の流れと変わりゆくもの・変わらないものを写真という媒体を使い鑑賞者に呈示する。卓抜した写真家の思考と目と技術と経験にはどんな言葉も陳腐になる。

観者の思考を強く促し、感情をざわめかせ、細部にわたり凝視し長時間目が離せなくなる写真群。
そして最近ひっかかっていたプリントサイズに関する違和感は畠山氏の写真に一切なかった。プリントサイズの違和感は同タイプのものを対象として同じように撮影しプリントサイズだけ大きくした際に抱くことが多い。見慣れた小サイズを大きくすることで間延びするデメリットはあっても、スケールメリットは見られないことがここ最近いくつかの写真展示であったのだが、サイズを大きくするなら大きさにあった構図・撮影技術が必要であるように思う。

本展最終日に開催されたイベント「ラスト・トーク」には残念ながら参加できなかったが、Twitter上で参加された方@konoike_gumi 様のtweetを拾ってみた。*ご本人の許可なく転載しています。
「3.11以降、僕の人生は全く変わってしまいました。つまり、複雑な人間になってしまった。今まで自分のことはある程度わかったつもりでしたが、全くわからなくなった。芸術で表すべきメタファーと、自分個人に起こった出来事がうまく接続できない。なんとかうまくやれるようになるとは思っているのですが。僕は3.11以降は故郷の陸前高田しか撮っていません。昨日も行ってましたが、唯一廃墟として残っている歩道橋を撮ってきました。変な話ですが、懐かしかった。もう全てが片付けられてまっさらな何もないものしかない中で、廃墟だけが記憶を残している。与論島に取材に行った時に、洗骨、という埋葬の風習を写真に撮ったことがあります。亡くなった人を砂浜に埋葬して白骨になったところで掘り起こすんです。気持ち悪くないのかな、と遺族の方に聞くと、懐かしい、っておっしゃるんです。陸前高田の歩道橋の廃墟を見た時と同じだと思いました。」

14点の写真の中に同じ場所を時期を違えて撮影した2点があった。1点は元あったであろうものが失われた大地でゲートボールらしき球技をしている高齢者の人たちが小さく写っている写真。もう1点は夜のとばりがおりてくる頃、ゲートボールをしていた平地が新たな建築物を建てるために掘り下げられ土中に基礎が設置されつつある状態の写真。出入口からは後者の写真の方が手前にあり、その次(奥に近い)にゲートボールの写真。こうして並べられると事実としてどちらが先なのか観者は混乱する。素直に観ると時系列に並んでいるように思えるが、どう考えてもそれはおかしい。なぜこの順番で2点を設置したのか、今も答えが出ないままもどかしい思いが残っている。


ラスト・シーン展には畠山氏の他に映像作家のかわなかのぶひろ氏、鴻池朋子氏も出展されていた。私が訪問したのは早朝だったのだが、奥のコーナーで観たかわなか氏のレトロ調のエロティックで扇情的な動画もまた忘れがたい。同一空間でこの組み合わせはないだろうという驚きも含めC・スクエアそしてキュレーターの森本氏をはじめ運営委員のみなさまに心より感謝を申し上げます。

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