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「ア・ターブル !―ごはんだよ! 食をめぐる美の饗宴―」 三重県立美術館

三重県立美術館で5月6日まで開催中の「ア・ターブル !―ごはんだよ! 食をめぐる美の饗宴―」展へ行ってきました。

食をめぐる美の響宴。
美術館や博物館へ足しげく足を運ぶようになって8年は経つでしょうか。
沢山の展覧会を観てきたけれど、「食」をテーマにした美術展は記憶になく、思い出したのは宮下規久朗氏著『食べる西洋美術史「最後の晩餐」から読む』(光文社新書」。

4章からなる構成で、美術館公式サイトに掲載されている作品リストの通り展示作品は古今東西、メディウムも絵画、写真、立体、映像と幅広く取り扱って作家が「食」をテーマに様々な手法による表現を比較し考察することが可能でした。
何度も観ている作品も、「食」に焦点を当てることでこれまで気づかなかった制作背景などを思い巡らし、食と美術との深い関わりそして人間にとっての「食」を再考する良い機会となりました。

出品作品を絞り込むのも相当ご苦労されたのではないかと思うほど多様なラインナップ。実に良い絵がたくさん出展されています。章単位に印象に残った作品をあげてみます。
第1章 芸術家たちの厨房
冒頭のブリヤ・サヴァラン『美味礼賛』1848年、これが本展の鍵かなとも思いましたが未読につきこれ以上は書けない。
香月泰男『椅子の上の章魚』1951年で足が止まる。
キャプションの作家名、タイトルにふりがなや英訳がないため「章魚」の読み方が分からないが椅子の上に描かれているのはどうやら蛸のようだ。調べてみたら「章魚」と書いてタコと読み、タコの意。ここで漢字の読み方を学ぶとは予想外の展開。余談はさておき、『椅子の上の章魚』は構図も面白く香月泰男の作風から考えるとかなり遊んだというか思い切った作品で見ていて飽きない。椅子の上になぜタコを置いたのかも気になる。

次に足が止まったのはシュルレアリスム作家の北脇昇『静物習作(かぼちゃと卵)』1949年。北脇昇のこの作品は初めて観たのではないか。東近美蔵だが、常設に展示されているのは『クォ・ヴァディス』であることが多い。非常に大きなかぼちゃの傍らに小さな卵がひとつ。空には鳥らしきものが不穏な空気を醸し出しながら飛んでいる。静物画も北脇の手にかかるとこんなに不穏でドラマティックになるのかと面白く忘れがたい。

ジュリー・ルーク『玉ねぎを切るたび泣ける』1988年は、女性がまな板で玉ねぎを刻みながら泣いているその姿をテーブルや玉ねぎもろとも情景一切合切を立体化した作品。表情が実にリアルに作り込まれている。見ているこちらも玉ねぎを刻んだ場面を思いおこし、ツーンとした玉ねぎの匂いが浮かんだ。と同時に、百瀬文の映像作品『calling and cooking』が浮かび、あの作品が出展されていても良かったなと思った。ジュリー・ルークはフィリピンの作家だが、万国共通玉ねぎに涙はつきものなのだった。

そして楽しみにしていた文化庁蔵『酒飯論絵巻』白描と本画の両方が横並びに展示されている。保存上の問題で絵巻の一部
しか公開されていないが、四季折々の食材、こんもりとした白米。。。活気に溢れた厨房。今より美味しそうな料理が出て来そう。『酒飯論絵巻』に関しては伊藤信博氏の論考「『酒飯論絵巻』に描かれる食物について ―第三段、好飯の住房を中心に―」がネットでpdf閲覧可能なので一読。

こうなると高橋由一の『豆腐』があっても良いよねとか、厨房を描いた作品が他にも色々浮かんで来て勝手に一人展覧会を開催するのも楽しい。

第2章 食卓をめぐる光景
しょっぱなからどーんと大作が。高山辰雄『食べる』1973年。前期は1946年制作の高山辰雄『たべる』が出展されていた。津がもう少し近ければ前後期来たかった。食べるとたべるをもう一度見比べたかった。同一主題で27年後に再び絵筆をとった高山。食べることは生きること、生きるためには食べること。生と死をわかつものは「食」なのか。
続いて麻生三郎『男』1940年、この並びは重い、深い。
麻生三郎がどんな思いをこめて『男』を描いたのかに思いを馳せる。食への貪欲な男の眼差しがこちらを射る。

絵画、版画と続く中、ジェフ・ウォールのライトボックス写真『Jell-O』1995年が。143.5×180サイズなのでかなり大きい。解説がないので分からなかったが、小説か何かの一場面ではなかろうか。静止した時間の中に、クラッシュしたオレンジゼリーが。ただ、この写真、食卓というより厨房では?
ロトチェンコの写真もあり、とどめは荒木経惟『食事』より7枚の組写真。
近くにいた母娘の「美味しそうね〜」という会話を耳にしつつ、アラーキーの写真は食べ物を取ってさえ妙に艶かしく、グロテスクであった。そして7枚の組写真は見事に起承転結があり彼の写真は苦手だけれど、やはり巧いのだった。

食卓で私が思い出すのは、小津安二郎の映画。『秋刀魚の味』ほか、彼の映画には食卓、食べ物がたびたび登場する。東近美フィルムセンターでの直近の展覧会を思い出す。イベントで小津安二郎の映画上映があっても良かったかもしれない。

第3章 夢の中で乾杯
第3章が私には難解であった。章解説によれば「食べ物や嗜好品は、異文化への夢や憧れを象徴的に示すこともあれば、描かれた世界の非現実感を演出する役割を果たすなど、多様なイメージを喚起します。」(一部抜粋)食べ物の擬人化、モチーフの普遍性を紹介する。

河野通勢『私も何か御役に立つそうです』1928年、これまたインパクトの強い作品。豚が一頭、「私も何か御役に立つそうです」という幟をくわえて横向きで描かれる。豚の身体にはHAM、BAKON、ラード、マーガリンと役にたった結果が文字で表現されている。風刺要素の強い作品、夢というよりリアルな現実を描き出しているように思える。河野はなぜこの絵を描いたのか。

椿貞雄『春夏秋冬極楽図』1936年、四季折々の食の風景が描かれる。まさに極楽。夢なら覚めないで欲しい。

第4章 フード・イン・ミュージアム
最終章では、「食」を扱う現代美術作家の作品を主に取り上げる。

アナ・ハスマン『青空市場』2006年(短編映画9分)が素晴らしかった。『美味礼賛』で始まりハスマンの『青空市場』でしめる(実際は近藤亜樹の「たべる地球」が最後に展示されている)。字幕は英語だけだが、椅子に担当学芸員の方による和訳が置いてある。和訳を先に読んでも後で読んでも良いので、映像をスルーしないで観て欲しいと思う。
コマ撮り手法(だと思う)による映像だが、食べ物についての多くの問題を9分にうまく纏めている。テンポが良いので見ていて飽きない。

アナ・ハスマンはクロアチアの映画監督、他の作品もあれば見たい。

第4章では、ベタかもしれないがリクリット・ティラバーニャのパフォーマンス作品『パッタイ』を取り上げても良かったのではないか。他に浮かんだのは2008年メゾン・エルメスギャラリーで行われたN.S.ハーシャ「レフトオーバーズ」展やChim↑Pom。

食を美術館に持ち込んだ現代美術作品として本展で紹介されていた作品は、ハスマンの映像作品など例外はあるにせよ第3章までで考察してきた作品と大差ないように思えた。小沢剛の醤油画やムニースの作品の先を見たかった。


最後は辛口になってしまいましたが、担当学芸員の方の工夫は図録やチケット、展覧会場外にあった食に関する本のコーナーなど関心すること仕切り。好企画です。アラーキーの写真を見て美味しそうと楽しく会話を弾ませていた母娘連れは本のコーナーでも座って、お二人で熱心に本を手に取っている姿がありました。学芸員の方が目指したのはこんな光景ではなかったのかなと思いつつ美術館を後にしました。

本展の巡回はありません。図録は1500円、オススメの展覧会です。

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