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小林徳三郎 研究図録のこと

ふくやま美術館で2013年12月21日〜2014年4月6日(前後期で展示替えあり)まで開催されていた所蔵品特集展示「発見!小林徳三郎」の研究図録が刊行された。図録刊行に関しては同展の案内にも掲載されていて発刊を待ち望んでいたが、残念なことに、一般販売はなく各県の公立美術館等に配布されたとのこと。
私も都内に出た折に、ある美術館の図書室で閲覧することができたため簡単に感想をとどめておきたい。私にとって、小林徳三郎はまさしく「発見!」そのものだったから。

研究図録<127頁B5判型>の構成は次のとおり(目次より抜粋)。
ごあいさつ
総論・小林徳三郎   平泉 千枝(ふくやま美術館学芸員)
Ⅰ  展覧会出展作品 ーフュウザン会・春陽会
Ⅱ  旧・小林家コレクションーふくやま美術館・広島県立美術館所蔵ー
Ⅲ  資料編ー日記・書簡・年譜ー
Ⅳ  画家のことば
主要参考文献
小林徳三郎作品を所蔵する美術館
ふくやま美術館所蔵作品目録


特集展示を拝見してからかなりの時間が経過してしまったため、あの日の感動をよみがえらせるのは難しいが、図録に掲載されている徳三郎の絵を見ていると、色づかいやかたちにマティスに近しいものを改めて感じた。展示では分からなかったが、徳三郎は文才もなかなかのもので、「画家のことば」では『中央美術』『アトリエ』など雑誌類に寄稿した文書を目にすることができる。いくつか気になる文章があり中でも「頌栄女学校の美術教育」の中で徳三郎が美術教師として女学生に与えた課題が目をひいた。一部抜粋すると
「私は一年二年には写生の時間を多くして、級が進むに従って図案を多くやらせます。(中略)此頃試みているのは最初は色紙で極簡単な形(三角とか丸とか)を切りぬいたものを沢山用意さして、それを白紙の上で種々雑多に並べさしている中に子供の感覚によって自然と単純な調和ある模様が生まれて来る、こんな方法をやらしています。そして段々と紙片の形を複雑にして行けば、その配列の結果も複雑になります。(以下略)」

徳三郎が手がけた図案で現存するものはごく数点だが、写生とは別に図案の制作課題で切り紙を使用している点もマティスを彷彿とさせる。
油彩に集中するために、芸術座の舞台背景やポスターなど舞台美術を親友:萬鉄五郎とともに手がけた期間は短いが、続けていればもっと興味深い舞台美術が写真として残されていたかもしれない。また、徳三郎の文章により、萬鉄五郎は徳三郎の誘いで芸術座の舞台美術に携わったことを知った。

両者の交流に関する文章を読んで行くと、フュウザン会で一世を風靡した後期印象派の画風を萬を通じて徳三郎は理解したというから、萬の影響いかばかりか、また、萬の傑出した画才と新しいものを解釈する知力をあらためて認識する。

が、徳三郎もまたもっと評価されても良い画家であると思う。
写真家の野島康三は若き芸術家のパトロンでもあったが、彼が徳三郎の才をいち早く着目し1922年自邸で「小林徳三郎個人展覧会」を開催。フュウザン会の後、春陽会という新たな作品発表の場を得る前のことで、徳三郎にとって初の個展だった。また、小説家の芥川竜之介も彼の絵を印象に残った作品として挙げている。奇抜で目立った画風ではないが、どこか人の心をとらえて離さない、これが小林徳三郎の作品の魅力だと思う。

偶然ではあるが、小林徳三郎の中学時代の同窓に福原信三、彼もまた写真を撮り企業家(資生堂)でもあり芸術家パトロンであった。中学卒業後、彼らは長く音信不通であったが、1924年3月春陽会の集まりで偶然再開。そして、ゴッホの『鰊の薫製(干魚)』の油彩が震災を逃れ福原の手元に残っていることを知る。徳三郎の油彩にも現存しないが『鰯』や『鯵』(神奈川県立近代美術館蔵)、『鯛』(ふくやま美術館蔵)がすり鉢に入った静物画がある。徳三郎の文章によれば(以下図録より引用)
「螺鈿で魚の形を塗りこんだ古い蒔絵やそれから北斎の魚の絵などを見て非常に面白くなって、初めて描いたのが鰯を三匹擂鉢に入れて描いたやつです。」 
福原が所有していた『干魚』が根底にあったことは本人が意識するしないに関わらず、その影響は少なからずあったのではないかと平泉氏が総論で指摘されているのは興味深い。


1912年のフュウザン会で発表された徳三郎の一連の木版画(京都国立近代美術館蔵)は玉乗りをしている曲芸師らを描いている。制作年代不明だが、木版画以外にも曲芸師を描いたグワッシュ着彩のものがあり、これは1912年頃浅草で興行した玉乗り一座を描いたものではないか。同じ頃、萬はじめ複数の画家がこの玉乗り一座を描いた作品を残している。案外、仲間の誰かと一緒に出かけてデッサンしたのかもしれない。

徳三郎の研究はまだ始まったばかり。徳三郎の没後もご遺族の皆様が大切に彼の作品を保管し、ふくやま美術館へ寄贈し寄付もされたとのこと。一途な思いがわずかずつでも結実することを願いたい。

*研究図録配布先等はふくやま美術館へご照会ください。

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