スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

藤井達吉の全貌-野に咲く工芸 宙そらを見る絵画- 岡崎市美術博物館

待ちに待った「藤井達吉の全貌」展に行って来ました。
当初、宇都宮美術館の単独開催かと思っていたら、岡崎市美術博物館と松濤美術館に巡回すると知り栃木まで行かずに巡回を待つことにした。
藤井達吉を知ったのは忘れもしない碧南市藤井達吉現代美術館の開館記念展「藤井達吉のいた大正 大正の息吹を体現したフュウザン会と前衛の芸術家たち」であった。美術館名に達吉の名前が入っていることから察せられる通り、同館および碧南市には達吉の作品が多数所蔵されている。この展覧会の感想は過去のエントリーの通り、こんな作家が愛知県にいたのかと驚愕した。続く2009年「画家としての藤井達吉ーその創作の原点を求めて」では画家としての藤井達吉に焦点が当てられ、2008年の展覧会以上に驚きとその創作活動に圧倒される。しかし感動と同時に功績程、国内・海外での知名度・評価の低さが残念でならず、工芸、陶芸、絵画と多分野にわたる制作活動が裏目に出て工芸作家の位置付けで評価されてきたことがその要因だろう。

本展では第1章:工芸では76点(展示替え4点)、第2章:絵画:53点(展示替え2点)、第3章:図案/資料:18点(図案は図案集を1点としているので実際の展示作品数はもっと多い)とやはり工芸メインでの紹介となっている。今回は《扇面流し》などの大作屏風数点の出展がなく、これこそ達吉の本領が発揮された瞠目すべき作品で藤井達吉の全貌は本展出展作品では語れないと声を大にして申し添えておきたい。

工芸で目をひいたのは、達吉が着物や帯にじかに筆をとり絵付けをした作品。今回は後期展示期間だったので《白地松葉散し着物》《白地梅絵着物》は工芸というより画家としての絵の才も感じられる見事な出来映え。
要所要所に達吉の言葉が引用されているが「工芸は生活で使ってなんぼ」が達吉の考えで、晩年に至るまでは草花や鳥、鹿と古典作品の研究と本歌取りで達吉の斬新な感性とアイディアが発揮された作品が多い。徹底的な写生、若冲や応挙、熊谷守一らも同様だが達吉にも共通する姿勢、いや何よりそれは基本・根本なのだ。

絵画では初期の貴重な油彩の他に絹本(これも比較的数が少ない)、紙本の作品が多い。紙本は小原和紙の制作に携わり始めた頃から手透き和紙に描いているのではないか。手で触っていないのでわからないが、よくよく見ると紙の繊維が立っているものが後半多く見られた。また表装にも注目してみると、軸棒が陶製であったり、様々で面白い、個人蔵の《日光》(朝)(昼)(夜)は傑作であったが、この3点は軸棒が竹であったり木であったり3点すべて異なる素材が使用されていた。愛知県美蔵の掛軸も表装も凝っている。裂は絞り風のものが使われ軸棒が茶系の陶製であった。達吉は掛軸の表装に指示を出していたのか関与の有無が気になる。所蔵者や表具屋任せであれば相当愛着を持って作品に接していたのだと思われる。

図案集『路傍』や『創作染織図案集』の50枚セットの図案は全部手に取ってゆっくり眺めたいほど愛らしく、モダンでデザイナーとしての達吉のセンスがいかんなく発揮され結実している。

達吉は東京在住時に妹2人と共同制作を行っていたことを本展で初めて知った。このため、達吉単独制作なのか妹達との共同制作なのか曖昧な作品もあるという。

達吉は1881年碧南市に生まれ、1964年岡崎に骨を埋めたいと岡崎市戸崎町で亡くなった、享年83歳であった。

ひとりでも多くの方々に藤井達吉の作品を、工芸だけでなく絵画にも注目していただければと願っています。

*本展図録は2500円、岡崎会場では上記に紹介した過去に碧南市藤井達吉現代美術館開催の2つの展覧会図録も販売されていました。

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
ブログ内検索
twitter
最近のエントリ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。